【SS】鞠莉「セイレーン」【ラブライブ!サンシャイン!!】

SS


1: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:17:06.99 ID:pgqK3lBr.net
◯月◯日 はれ

きょうから、にほんの小がっこうにかようことになった。
にほんごは、はなすのはできるけど、かくのはまだうまくない。
だから、まいにちdiaryをつけて、れんしゅうをしようとおもう。
ママにきいたら、「ぶんつう」をしたらどうかと言われた。
「ぶんつう」というのは、pen pal とのcorrespondenceのことだそうだ。
nowでyoungな今どきの若ものは、これでfriendshipとJapanese writing skillをはぐくむのだそうだ。

でもわたしは、友だちなんかいらない。
わたしには、友だちをつくっている時間なんてないのだ。
time is moneyなのだ。
そのてん、diaryはすごくいい。
ひとりでもつけられるからだ。
わたしは、つよい子だから、ひとりでもへっちゃらなのだ。

――――

2: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:18:33.35 ID:pgqK3lBr.net
果南 「ねえダイヤ、きょう転校してきた鞠莉ちゃん、とってもかわいかったね」

ダイヤ「そうですね。それに、すごく頭のよさそうな子でしたね」

果南 「でも、ちょっとしんぱいなんだよ」

ダイヤ「どうしてですか?」

果南 「あの子、ずっと口をへの字に結んでた」

ダイヤ「たしかに、ちょっと無理をしている感じがしましたね」

果南 「笑ったら、もっとかわいいんじゃないかな?」

ダイヤ「そうですね」

果南 「どうしたら、笑ってくれるかな」

ダイヤ「果南さんが、歌をうたったらいいと思いますよ」

果南 「どうして?」

ダイヤ「果南さんの歌声は、とてもきれいですから」

3: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:19:58.62 ID:pgqK3lBr.net
――――

◯月◯日 はれのちくもり

きょうは、がっこうで、おかしなことがあった。
わたしのとなりのせきの、松浦果南さんが、とつぜん歌いだしたのだ。

(もしわたしがfamousになって、このdiaryがopen accessになったら、
よむ人は、わたしが果南さんの名まえを漢字でかけることにおどろくにちがいない。
なにをかくそう、わたしはclassmateの名まえを、転校したその日にぜんぶおぼえて、漢字のれんしゅうまでしたのだ。
友だちがほしいからではない。
わたしはべんきょうをおこたらない、それだけのことだ)

それはさておいて、果南さんの話にもどろう。
果南さんは、じぶんでつくったという「すいぞくかん」という歌をわたしにきかせてくれた。
classical musicにぞうけいのふかいわたしに言わせれば、melodyはデタラメで、歌っている内ようも大したものではない。
あついおちゃをのんだら、水の中でもいきができるようになったとか、わけのわからない歌だ。
だけど、歌ごえはすごくきれいだったな。
あの歌ごえを、ずっときいていられたら、たのしいだろうな。

でも、わたしには、たのしんでいる時間なんてないのだ。
time flies like an arrowなのだ。
果南さんと友だちになれば、いっしょに歌ったりできるのかな。
でもわたしは、友だちなんかいらない。
わたしは、つよい子だから、ひとりでもへっちゃらなのだ。

――――

4: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:20:49.17 ID:pgqK3lBr.net
果南 「えへへ、わたしが歌いだしたときの鞠莉ちゃんの顔、見た?」

ダイヤ「うれしそうでしたね」

果南 「なんだかよくわからない英語をつぶやいて逃げちゃったけどね。「たいむ」なんちゃらとか」

ダイヤ「「たいむ」っていうのは、時間のことですね」

果南 「時間? 時間がどうしたのかな」

ダイヤ「わたくしたちと遊んでいる時間がない、ということかもしれません」

果南 「どうして?」

ダイヤ「それは、よくわかりませんけど」

果南 「わかった! きっとまだ知らないんだよ、友だちと遊ぶのがどんなに楽しいか」

ダイヤ「たしかに、お勉強もだいじですけど、友だちと遊ぶのもだいじですよね」

果南 「そうそう! 勉強なんかよりずっと面白いもんね!」

ダイヤ「果南さんは、もうちょっとお勉強もしたほうがいいと思いますよ」

6: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:21:44.92 ID:pgqK3lBr.net
――――

◯月◯日 くもり

きょうも、果南さんがわたしに歌をうたってくれた。
おまけに、果南さんの友だちの黒澤ダイヤさんが、ダンスまでしてくれた。
ダイヤさんは、Japanese traditional danceをならっているらしく、とてもcoolなダンスだった。
でも、ところどころ、traditionalなかんじではなく、nowでyoungなふりつけもあった。
そのことをダイヤさんに言うと、ダイヤさんと果南さんは、うれしそうに笑って、こう言った。
「わたしたち、アイドルにあこがれてるの」だって。

ヘンなの。
うわついていて、かるがるしいものを、わたしは、すきになれる気がしない。
ああいうものに「おねつ」になる人がいてもいいと思うけど、わたしにはそんなヒマはないのだ。
わたしは、小原家にふさわしい教育をうけて、globalでinternatilnalなかつやくをしなくちゃいけないのだ。
だから、立ち止まることはできないのだ。

二人の歌とダンスは、とてもすてきだったけど、わたしはがまんできる。
時間はvery very importantなのだ。
なくした時間は、もう戻ってはこないのだから。
時間をむだにするくらいなら、ひとりでがんばるほうがいい。
わたしは、つよい子だから、ひとりでもへっちゃらなのだ。

――――

7: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:22:13.49 ID:pgqK3lBr.net
果南 「きょうも鞠莉ちゃん、いっしょにあそんでくれなかったね」

ダイヤ「きょうはダンスまでしたのに、うまくいきませんでしたね」

果南 「わたしたちのこと、きらいなのかな?」

ダイヤ「そうとはかぎりませんよ。ただ、時間をむだにしないように、がんばっているだけかもしれません」

果南 「がんばってる? そんなのおかしいよ」

ダイヤ「どうして、おかしいのですか?」

果南 「歌をきくヒマもないほどがんばりすぎたら、鞠莉ちゃんがこわれちゃうよ」

ダイヤ「それはたいへんです! どうすればいいでしょう?」

果南 「えへへ。わたしに、いいかんがえがあるんだ」

8: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:23:21.90 ID:pgqK3lBr.net
――――

◯月◯日 くもり

果南さんは、きょうもきれいな声で、歌をうたってくれた。
「しつこくしたらダメですよ」とダイヤさんが止めているのに、果南さんはへいきな顔をしている。
果南さんという人は、かくのごとく、なんともこまったやつなのだ。

そして果南さんは、わたしに「いっしょに歌おうよ」と言ってれた。
でもわたしは、知らんぷりをした。
わたしは、漢字の練習をするのがいそがしいので、そんなおあそびに付き合うヒマはないのだ。

果南さんのことを見ていると、小さいころにママから聞いたお話を思い出す。

むかし、ギリシアの船乗りは、セイレーンというオバケのことを恐れていたらしい。
神話に出てくるセイレーンは、上半身が人間の女性で、下半身は鳥とも魚とも伝えられている。
セイレーンは、海で船乗りに美しい歌声を聞かせ、船乗りの行く手のじゃまをする。
その歌声に魅了された船乗りは、そこで航海をやめてしまい、目的地に着くことができなくなる。

わたしにとってのセイレーンは、どうやら、果南さんみたいだ。
でもわたしは、セイレーンにまどわされたりはしない。
マストに体をしばりつけてでも、目的地に着くために船をこぎつづけるつもりだ。
わたしは、つよい子だから、ひとりでもへっちゃら……

そんなことを考えていたら、窓に二つの明かりがついた。
オバケの目かもしれない。
セイレーンが、わたしをつかまえるために、海からやってきたのかもしれない。
すごく怖いけど、下におりて、たしかめてみよう。

――――

9: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:23:57.41 ID:pgqK3lBr.net
果南 「ふふふ、しんにゅう成功だよ」

ダイヤ「かってにお屋敷に入ったら、おこられちゃいますよ! やっぱり戻りましょうよ」

果南 「いや、ここまできたら引きかえせないよ。ほら、用意した懐中電灯、出して」

ダイヤ「どうするんですか?」

果南 「二人で、あの二階の窓に懐中電灯の光をあててみよう。
    あそこ、ぬいぐるみの影が見えるから、子供部屋だと思うんだ」

ダイヤ「それで、気づいた鞠莉さんがこちらに来てくれると思うのですか」

果南 「そのとおりだよ。ダイヤ、よくわかってるじゃない」

10: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:24:29.71 ID:pgqK3lBr.net
ダイヤ「でも、きょう、学校で相手にしてもらえなかったじゃないですか。
    ここまで来て、おんなじことを繰り返すつもりですか?」

果南 「ふふふ、きのう、言ったでしょ。わたしにはいい考えがあるんだよ」

ダイヤ「何をするんですか?」

果南 「ダイビングショップに、ときどき、海外からのお客さんが来るんだけどね。
    あちらの人たちは、あいさつをするときに、ハグをするんだよ」

ダイヤ「ハグ?」

果南 「こう、ぎゅーっと相手のことを抱きしめるんだよ。
    そしたら、あったかくなって、すぐに友だちになれるんだ」

ダイヤ「でも、日本の人は、あんまりそういうことしませんよね」

果南 「だから、学校でやったら、みんなにからかわれちゃうかもって思ったんだ。
    でも今なら、わたしたちしかいないから、きっと鞠莉ちゃんもよろこんでくれると思うよ」

11: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:25:06.55 ID:pgqK3lBr.net
ダイヤ「……ねえ、果南さん。どうして果南さんは、そこまでして鞠莉さんとお友だちになろうとするのですか。
    鞠莉さんは、わたくしたちと友達になるより、お勉強をする方が好きなのかもしれないのに」

果南 「そんなことはないと思うな」

ダイヤ「どうして、そう思うのですか?」

果南 「わたしもね、鞠莉ちゃんはお勉強するのが好きなのかなと思ったことがあるんだ。
    それで、鞠莉ちゃんが休み時間に一生けんめい字を書いてるノート、となりからこっそり見てみたの」

ダイヤ「何が書いてあったのですか?」

果南 「クラスのみんなの名前が書いてあったんだよ。しかも、漢字で!
    だからわたし、思ったんだ。
    鞠莉ちゃんは漢字の勉強をしてるふりをしてるけど、ほんとはみんなの名前を覚えて、みんなと友だちになりたいんだって」

12: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:25:44.70 ID:pgqK3lBr.net
ダイヤ「なるほど、そうかもしれませんね。
    それで、果南さんは鞠莉さんと友達になったら、何がしたいのですか?」

果南 「鞠莉ちゃんが、口をへの字に曲げてるんじゃなくて、にこっと笑ってるところが見たいな」

ダイヤ「それだけでいいのですか?」

果南 「それだけでいいよ。
    ほかには、なーんにもいらないよ」

ダイヤ「ふふふ」

果南 「ダイヤ、どうして笑ってるの?」

ダイヤ「果南さんは、鞠莉さんのことがほんとうに大好きなのですね」

果南 「えへへ、そうかもね。
    ……あ、鞠莉ちゃんがこっちに来てくれたよ!」

13: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:26:26.00 ID:pgqK3lBr.net
――――

幼い頃の日記は、私が初めて果南とダイヤと友だちになった日付で止まっている。
あの日、私は、庭の噴水の傍で果南に急に抱きつかれて、固まってしまったんだっけ。
その場で釘づけになったように硬直した私を見て、果南とダイヤが嬉しそうに笑った。
それにつられて、私も思わず口元をほころばせたのだ。

15: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:27:09.56 ID:pgqK3lBr.net
あの日、私は、自分の時間に関する認識が間違っていたことに気がついた。
それまで私は、時間を失うことを恐れて、友達もつくらずに勉強ばかりしていた。
でも、本当は、時間は失われたりなんかしないのだ。
過ぎ去った時間は、水が水槽に貯まるみたいに心の中に滴り落ちて、私の過去をすべて映し出しているのだ。

16: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:28:14.47 ID:pgqK3lBr.net
だから「失われた時は戻ってこない」というよくある台詞は間違っていると思う。
失われたかのように見える時は、ほんとうは、ただ忘れられているだけなのだ。
私たちは、まだ見ぬ未来をつかむためではなく、かつて見た過去を忘れないように今を生きているのだ。
私は、噴水の傍でセイレーンに捕まったあの夜に、ずっと釘づけになったままなのだ。

17: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:28:42.28 ID:pgqK3lBr.net
――――

それから月日は流れ――もちろん、流れ去ったのではなく私の心の中に流れ込んだのだが――私たちは高校生になった。
高校生になって間もない夏のある日、果南とダイヤがスクールアイドルの話をはじめたときも、私はそれほど驚かなかった。
小さい頃からアイドルが大好きだった二人のことだから、その憧れを実現したいと思うのは当然のことだっただろう。

18: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:29:10.75 ID:pgqK3lBr.net
鞠莉 「スクールアイドル?」

ダイヤ「そうですわ! 学校を廃校の危機から救うには、それしかありませんの!」

果南 「鞠莉、スタイルいいし、一緒にやったら絶対注目浴びるって!」

でも私は、さほど興味をもつことができなかった。
だって私は、あの夜に果南に抱きとめてもらって以来、果南とダイヤの笑顔を見ることだけに夢中になっていたのだから。
あの夜に見た二人の笑顔を再現できるのなら、ほかには、ほしいものなんて、なーんにもなかったのだ。
だから私は、二人の勧誘に対して、はじめはそっけなく断った。

鞠莉 「ごめんね、そういうの興味ないの」

19: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:29:36.19 ID:pgqK3lBr.net
すると、私が乗り気でないのを訝しむように、果南が尋ねてきた。

果南 「それなら鞠莉は、何に興味があるの?」

あなたたち二人の笑顔を見ることだけだ。さすがにそう言うのは恥ずかしいので、私は適当にごまかした。
15歳くらいの少女が得てしてそうであるように、私もやはり、斜に構えたいお年頃だったのだ。

鞠莉 「べつに。なんにも興味なんてないよ」

20: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:30:08.67 ID:pgqK3lBr.net
そんな私の言葉を、果南はカラカラと笑い飛ばした。

果南 「ねーダイヤ、聞いた? 今のアメリカンジョーク」

ダイヤ「いや、アメリカンでもないしジョークでもないと思いますけど……」

果南 「ステージの上に立ったら、きらきらと輝けるんだよ。
    そんな千載一遇のチャンスを「興味ない」の一言で逃すなんて、ジョーク以外の何ものでもないよ」

鞠莉 「それなら果南は、どうして輝きたいって思うの?」

果南は、しばらく考えているような様子だったが、ふと思いついたように言った。

果南 「きらきら輝いたら、周りの人も、きらきらした顔で笑ってくれるからだよ」

鞠莉 「そういうものなの?」

果南 「そういうものだよ。だって私も、きらきら輝いている人を見たら、笑いたくなるもん。
    ねえ、ダイヤだってそう思うよね?」

ダイヤ「確かに、そうですね」

21: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:30:49.08 ID:pgqK3lBr.net
その二人の言葉を聞いたとき、私は思った。
なるほど。二人の笑顔が見たいなら、私は何もしないままでいてはいけないのだ。
まずは私がきらきら輝かなければ、二人もきらきらした笑顔を私に向けてはくれないのだ。
それなら私は、二人を笑顔にするためなら、何でもしよう。
あの夜に見たのと同じくらい眩しい笑顔を、いま再現するためなら、何でもしよう。

鞠莉 「よし、決めた!
    私もやるよ、スクールアイドル!」

22: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:31:42.67 ID:pgqK3lBr.net
果南 「やったー!」

喜んで果南が私に抱きついてきた。

果南 「信じてたよ、鞠莉がみんなのためを思ってくれてるってこと」

そう言って私を抱きしめて離さない果南の様子を見て、ダイヤも嬉しそうに私に飛びついてきた。

ダイヤ「私も仲間に入れてください!」

二人に抱きとめられて笑いながらも、私は心の奥で二人に謝っていた。
ごめんね、果南、ダイヤ。
私は、二人が思ってるほど博愛主義者じゃないの。
私がステージに立つのも、きらきら輝くために努力するのも、みんなの笑顔が見たいからじゃない。
私が見たいのは、あなたたち二人の笑顔だけなの。
ほかには、なーんにも、いらないの。

23: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:32:10.35 ID:pgqK3lBr.net
その日の帰り道、ダイヤと別れたあとで、私は果南と二人で話をした。

果南 「ねえ、鞠莉」

鞠莉 「何?」

果南 「輝きたい?」

鞠莉 「……そうね。
    もう、何度聞いたら気がすむのよ。
    今日は、その質問ばっかりしてくるから、いいかげん答えるのにも疲れちゃった」

24: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:32:54.86 ID:pgqK3lBr.net
果南 「うふふ。
    私は、嬉しいんだよ。鞠莉の願いを教えてもらえて」

鞠莉 「そんなに大したことかな」

果南 「私、小学校の頃から心配してたんだよ。
    鞠莉は、いろんな人の期待を背負って、好きなことができずに無理してるんじゃないかなって。
    でもやっと、鞠莉の願いを教えてもらえたから、私がその願いを叶えてあげる」

鞠莉 「別にいいよ、果南の助けを借りなくたって」

私は、自分に言い聞かせるように、小さい頃に日記に書いていた言葉を繰り返した。

鞠莉 「わたしは、つよい子だから、ひとりでもへっちゃらなのだ」

25: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:33:28.08 ID:pgqK3lBr.net
そんな私の言葉を、果南はカラカラと笑い飛ばした。

果南 「本日二度目の、マリーさんのアメリカンジョークですな」

鞠莉 「何よ、信じてくれないの?」

果南 「信じないよ。
    鞠莉はとっても頑張り屋さんだからね。
    頑張りすぎて壊れちゃう前に、誰かがおんぶしてあげる必要があるんだ」

鞠莉 「そんなの要らない……ちょっと、何するの果南?」

果南が私を背負うと、そのまま軽やかに走り出した。

26: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:34:09.57 ID:pgqK3lBr.net
果南 「家までお送りしますよ、鞠莉お嬢さま」

鞠莉 「いいよ、降ろしてよ!」

果南 「降ろさないよ。このまま家まで……いや、ステージの上まで連れて行ってあげるから」

鞠莉 「そんなことしたら、果南のほうが壊れちゃうでしょ!」

そんな私の言葉を、またもや果南はカラカラと笑い飛ばした。
この世界には怖いものなど何にもないという、年頃の女の子に特有の、自信たっぷりの笑顔で。

果南 「わたしは、つよい子だから、ふたりぶんでも、へっちゃらなのだ」

27: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:34:48.32 ID:pgqK3lBr.net
この日の果南の笑顔を思い出すたびに、私の心は後悔に苛まれる。
私は、恥ずかしがらずに、ほんとうの私の願いを果南に伝えておくべきだった。
私は、果南に無理をさせてまで自分が輝きたいなんて、これっぽっちも思っていなかった。
私が輝きたいのは果南を笑顔にしたいためだったのだから、果南が笑顔になれないのなら、私は輝きたくなんかなかった。

28: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:36:51.07 ID:pgqK3lBr.net
私が自分の願いを伝えなかったせいで、果南は私を背負ったままステージの上まで走り続けた。
私が無条件に輝きたいと願っているのだという思い込みにとらわれたままで、頑張り続けたのだ。
果南は、私が思っていたよりもはるかに「つよい子」だった。
だって彼女は、私をステージの上に立たせるまでは、確かに壊れなかったのだから。

そして私を東京のステージまで連れて行ったその日に、果南は、歌うことができなくなった。

29: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:37:58.75 ID:pgqK3lBr.net
果南が歌声をなくしたトリガーを詮索しても、はっきりした答えは見つからないと思う。
疲労していたのだとか、周りのレベルに圧倒されたのだとか、色々な理由が考えられるだろう。
とはいえ、果南の心が弱かったのだと言う人がもしいたら、私はその人のことをぶん殴るだろう。
果南は弱くなんかない。
果南は逃げたわけじゃない。
私のために頑張りすぎたのだ。
だから悪いのは、ぜんぶ私なのだ。
果南を馬鹿にするな。するなら私を馬鹿にしろ。
私がもっと強い人間だったらよかったのに。私が、もっと……

30: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:38:31.85 ID:pgqK3lBr.net
ステージの幕が下りた後、果南はダイヤと私の方を向いて、私たちを安心させるかのように笑った。

果南 「ごめんね」

違う。私が見たかったのは、そんな寂しそうな笑顔じゃない。

鞠莉 「どうして謝るの? 果南はちっとも悪くない。悪いのは……」

私の言葉を遮るように、ダイヤが急いで口を挟んだ。

ダイヤ「二人とも、今は何も考える必要はありません。
    まずは、ゆっくり休みましょう」

31: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:39:29.15 ID:pgqK3lBr.net
ダイヤの言葉に従って、私たちはしばらく休むことにした。
言うべき言葉を見つけられないままの休暇は、思ったよりも長く続いた。
少なくともはっきりしていることは、私たちはスクールアイドルを今までのように続けることはできないということだった。
だから、一年目の春休みが終わりに近づいたある日のこと、私は二人にこう告げた。

鞠莉 「留学に行ってくる」

32: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:40:13.90 ID:pgqK3lBr.net
留学の話は家族を通じて何度か紹介されてはいたが、私はすべて断り続けていた。
しかし、スクールアイドルを続けることができなくなった今、私は自分のやるべきことを見つめなおす時期に来ていた。
そこで私は、一年間、日本を離れることに決めた。
海外で色々な経験を積めば、今までのような弱い自分とおさらばできる気がしたのだ。
そんな私の決意を知ってか知らずか、果南とダイヤは私を暖かく見送ってくれた。

果南 「おめでとう、鞠莉!
    私たち、応援してるからね!」

ダイヤ「海外での生活、大変だとは思いますが、健康に気をつけてくださいね。
    一年後にまた会えるのを、楽しみにしていますから」

鞠莉 「うん。それじゃあ、またね」

33: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:41:44.91 ID:pgqK3lBr.net
別れ際に、果南が、笑って言葉を付け足した。

果南 「輝いてね。私の代わりに」

その言葉を聞いた瞬間に、ステージに立ったあの日から押さえ込んでいた感情が溢れ出した。
ダイヤが急いで口を挟もうとしたが、それを押さえ込むかのように、私は一遍にまくし立てた。

鞠莉 「どうしてそんなこと言うの!
    果南のアホ、分からず屋、ガンコオヤジ!
    どうして分からないの? 私、あなたにそんなこと言わせるくらいなら、ちっとも輝きたくなんかないの!
    私がもっと強い人間だったらよかったのに、私が、もっと……」

34: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:42:41.21 ID:pgqK3lBr.net
ダイヤが様子を見かねて、私を遮った。

ダイヤ「鞠莉さん、おやめなさい!」

鞠莉 「だって……」

そのあと、優しい口調で、ダイヤが私を促した。

ダイヤ「もう飛行機が出る時間ですよ。
    だから最後は笑顔でお別れしましょう、ね?」

35: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:43:26.57 ID:pgqK3lBr.net
飛行機の中で、私は果南の最後の笑顔を何度も思い浮かべていた。
あの日ステージの上で見たのと同じ、寂しそうな笑顔。
違う、違う。
私が見たかったのは、小さい頃に噴水の傍で見せてくれた、あの眩しい笑顔だ。
ひどいじゃないか。どうしてあの時の眩しい笑顔で、寂しそうな笑顔の記憶を上書きしてくれないのだ。

36: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:44:18.26 ID:pgqK3lBr.net
旅立つのは私で、見送るのは果南とダイヤのように見えるけど、本当は逆なのだ。
私だけが、セイレーンに捕まったあの夜に、ずっと釘づけになったままなのだから。
あの夜を再現できるほどに私が強くなるまで、私は、どこにも行けない。

37: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:44:53.08 ID:pgqK3lBr.net
私は、口をへの字に結んだまま、頑張った。
海外での生活は、ちっとも寂しくなんかなかった。
わたしは、つよい子だから、ひとりでもへっちゃらなのだ。

38: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:45:38.18 ID:pgqK3lBr.net
偉大なるアメリカ人は、底抜けに明るく、底抜けに派手で、底抜けに大きなアメリカン・ドリームを見るのだ。
え? 私のアメリカン・ドリームは何かって?
シャイニー! そんなの、決まっているではありませんか。
あの夜に見たセイレーンの笑顔を、もういちど、そっくりそのまま再現することなのです。

39: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:46:22.59 ID:pgqK3lBr.net
HAHAHAHAHA!
声を無くしたセイレーン、涙で枕を濡らすのも今宵でお終いだ。
私が帰国した暁には、毎晩毎晩、あの噴水のもとでレッツ・パーリーなのだ。
きらきらした飾りと陽気なアメリカンジョークで、君の寂しい笑顔を吹き飛ばしてあげよう。

40: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:47:03.12 ID:pgqK3lBr.net
にゃははは。こうして私はド派手な一年間のアメリカ留学を終え、鼻息もvery hardに帰国したのだ。

ダイヤ「鞠莉さん、お疲れ様でした。
    無事に一年間の留学を終えたこと、嬉しく思い……わああ、どうしたのです、その金ぴかの帽子は!」

鞠莉 「シャイニー☆
    Japanese high school girlsの二人は、こういうnowでyoungな帽子がお好みかと思ってね」

41: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:47:39.81 ID:pgqK3lBr.net
ダイヤ「シャイニー☆……って、鞠莉さん、そういう性格でしたっけ?」

鞠莉 「ワーオ、ダイヤー、久しぶりー!
    聞いたよ、生徒会長になったんだって?
    にゃははは、前から大人びてたけど、ますます立派になったね!」

ダイヤ「あはは……ありがとうございます」

鞠莉 「おっと、こっちの方は相変わらずですな、HAHAHAHAHA」

ダイヤ「ちょっと、いきなり、胸を、ハグ……ちょっと落ち着いてください、鞠莉さん!」

鞠莉 「あーん、やっぱりここは果南の方が落ち着くなあー」

果南 「ふふふ、おかえり、鞠莉」

42: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:48:15.50 ID:pgqK3lBr.net
鞠莉 「ねえねえ、この金ぴかの帽子、イカす?」

果南 「うん、めっちゃナウでヤングだよ」

鞠莉 「やーん、果南、愛してるー!
    ハグしよ、ハグ!」

果南 「もうしてるじゃない」

鞠莉 「にゃははは、こりゃまた一本取られましたな!」

43: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:49:11.82 ID:pgqK3lBr.net
果南 「うふふ、よかった」

鞠莉 「何がよかったのかな?」

果南 「鞠莉の笑顔が見られて。
    ちょっと心配してたんだよ。向こうでの生活、寂しくないかなって」

鞠莉 「シャイニー☆ 寂しくなんかなかったよ!
    アメリカの夜は、きらきらしたネオンと金ぴかの帽子で、寂しく思うヒマもないほど底抜けに明るいの!
    そんなふうにアメリカナイズされた結果、私は、このようにスッゲーBIGになったのだ!
    どのくらいビッグかといえば、それはもう、ビックカメラも顔負けなほどにビッグなのだ!」

果南 「なるほど、言われてみれば、ビッグになったように見えるよ」

鞠莉 「デッショー?
    だからもう、果南に心配してもらう必要なんかないの!」

果南 「うふふ、そっか」

鞠莉 「強くなったの、私は!」

44: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:50:09.91 ID:pgqK3lBr.net
ダイヤ「ふふふ、鞠莉さん、カッコいいですわ」

鞠莉 「ねえねえ、私がいないあいだ、何か内浦で面白いことあった?」

ダイヤ「そうですね、面白いことと言っていいかどうか分かりませんが……
    まずは、もうご存知のことと思いますが、廃校は一旦回避されました」

鞠莉 「確かに、それはグッドニュースだよね!」

ダイヤ「まあ、統廃合の話もあったりして、廃校の件は、今後どうなるか分からないのですが。
    あ、そうそう。この春から、浦の星女学院に新しいスクールアイドルが誕生したんですよ」

鞠莉 「ワーオ、それもグッドニュースだね!
    ねえねえ、名前は何ていうの?」

ダイヤは、しばらく返事の仕方を考えていたようだったが、果南と目配せしたあとで口を開いた。

ダイヤ 「Aqoursです」

45: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:50:58.28 ID:pgqK3lBr.net
私は驚きが顔に出ないように、平静を装いつつ言葉を返した。

鞠莉 「何と! それって、私たちがやってたグループ名と同じじゃない!」

ダイヤ「そうなんです。
    鞠莉さんに黙ってグループ名を譲るのは申し訳なくもあったのですが、後輩から是非にと頼まれたものですから」

果南 「私の幼馴染の千歌と曜がスクールアイドルを始めたんだけどね。
    ほら、あの二人とか、ルビィちゃんとかは、私たちの活動を知ってたでしょ。
    だから、グループ名を引き継ぎたいってお願いされたんだ。
    鞠莉は、それで構わないかな?」

46: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:51:39.03 ID:pgqK3lBr.net
鞠莉 「もちろん、それは構わないし、むしろ嬉しいくらいだけど。
    でも、それなら、二人も誘われたんじゃないの?」

ダイヤ「ええ、誘っていただいたのですが……果南さんとも相談して、お断りしました」

果南 「私たちは、もうしばらく、やりたいことを見つめなおす必要があるかなって思ったんだ。
    もちろん鞠莉は、興味があったら入ったらいいと思うよ!
    きっと鞠莉なら……」

鞠莉 「うーん……申し訳ないけど、私も、ちょっとパス」

ダイヤ「ほかに、やりたいことがあるのですか?」

鞠莉 「そうだね。
    アメリカン・ドリームを、まずは叶えないとね」

果南 「アメリカン・ドリーム?」

鞠莉 「そうだよ。私だけの、きらきらした、とっておきの夢だよ」

47: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:52:22.55 ID:pgqK3lBr.net
その日の放課後、久しぶりに私はダイヤと果南と一緒に下校した。
一年という月日は長いようで短く、二人は変わらず私に接してくれた。
ダイヤは生徒会長として、果南は実家のダイビングショップの手伝いとして、それぞれ忙しい日々を送っているようだ。
新学期のことをあれこれと話していたら、すぐにバス停に着いた。

ダイヤ「それでは、私はここで」

鞠莉 「うん、また明日ね、ダイヤ。
    シャイニー☆」

ダイヤ「シャイニー☆」

果南 「シャイニー☆」

48: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:53:05.68 ID:pgqK3lBr.net
ダイヤと別れたあと、私は果南と帰途についた。
しばらくの沈黙のあとで、私のほうから口を開くことにした。

鞠莉 「ねえ、果南」

果南 「何かな」

鞠莉 「私、ビッグになったのよ、アメリカで」

果南 「ふふふ、そうみたいだね」

鞠莉 「だから、果南をおんぶすることだってできるのよ」

果南 「……そっか。
    それじゃあ、少しだけ、おんぶしてもらおうかな」

鞠莉 「家までお送りしますよ、果南お嬢さま」

果南 「それはさすがに無理じゃないかな。
    あんまり頑張りすぎると、鞠莉が壊れちゃうよ」

その言葉を、私はカラカラと笑い飛ばした。
以前のように怖いもの知らずではなくなったけれど、自信たっぷりなふりをすることはできるのだ。

鞠莉 「わたしは、つよい子だから、ふたりぶんでも、へっちゃらなのだ」

49: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:53:45.94 ID:pgqK3lBr.net
途中の坂道で、ゼイゼイと息を切らしながら、私は後ろのお嬢様に話しかけた。

鞠莉 「ときに、果南お嬢さま」

果南 「何ですか、プリンス・マリーさま」

鞠莉 「当方のホテルでは、スペシャルプランとして、今夜あなたを招待したく思います」

果南 「ありがとうございます。
    ところでスペシャルプランって、どんなことをするんですか?」

鞠莉 「きらきらしたパーティーです。
    そこで私は、念願のアメリカン・ドリームを叶えるのです」

51: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:54:23.71 ID:pgqK3lBr.net
果南 「それは光栄です。
    きっと名だたる社交界の紳士淑女が名を連ねているのでしょうね」

鞠莉 「いいえ。出席者は、あなたと私だけですよ」

果南 「ふふふ。
    ずいぶん小さいアメリカン・ドリームですね」

鞠莉 「ふふふ、そうですね。
    でもね、このアメリカン・ドリームは、あなたと私にしか叶えられないんですよ」

果南 「わかりました。
    それでは必ず、今日の夜に伺います」

そう言って果南は、坂道の途中で、私の背中から降りた。

果南 「疲れたでしょ。もうこのへんで降ろしてもらっても大丈夫だよ」

52: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:55:15.75 ID:pgqK3lBr.net
鞠莉 「いや、平気だよ! だって私はアメリカン・マッチョの……」

果南 「ううん、気持ちは伝わったから、これで十分だよ。
    プリンス・マリーさまが私の壊れるところを見たくないように、
    私もプリンス・マリーさまが壊れるところを見たくないの」

鞠莉 「……」

果南 「それじゃあまたね、プリンス・マリーさま」

私は、金の帽子を振りながら、果南を見送った。

53: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:56:33.07 ID:pgqK3lBr.net
その日の夜、私はパーティーの下準備を終えた後、自室に戻って果南の到着を待った。
待っているあいだ、ふと思いたって、小さい頃につけていた日記帳をぱらぱらとめくってみた。
日記の最後のページを読んでいると、あの夜の情景が少しずつ蘇ってくる。

――――


◯月◯日 くもり

果南さんは、きょうもきれいな声で、歌をうたってくれた。
「しつこくしたらダメですよ」とダイヤさんが止めているのに、果南さんはへいきな顔をしている。
果南さんという人は、かくのごとく、なんともこまったやつなのだ。

そして果南さんは、わたしに「いっしょに歌おうよ」と言ってれた。
でもわたしは、知らんぷりをした。
わたしは、漢字の練習をするのがいそがしいので、そんなおあそびに付き合うヒマはないのだ。

果南さんのことを見ていると、小さいころにママから聞いたお話を思い出す。

むかし、ギリシアの船乗りは、セイレーンというオバケのことを恐れていたらしい。
神話に出てくるセイレーンは、上半身が人間の女性で、下半身は鳥とも魚とも伝えられている。
セイレーンは、海で船乗りに美しい歌声を聞かせ、船乗りの行く手のじゃまをする。
その歌声に魅了された船乗りは、そこで航海をやめてしまい、目的地に着くことができなくなる。

わたしにとってのセイレーンは、どうやら、果南さんみたいだ。
でもわたしは、セイレーンにまどわされたりはしない。
マストに体をしばりつけてでも、目的地に着くために船をこぎつづけるつもりだ。
わたしは、つよい子だから、ひとりでもへっちゃら……

そんなことを考えていたら、窓に二つの明かりがついた。
オバケの目かもしれない。
セイレーンが、わたしをつかまえるために、海からやってきたのかもしれない。
すごく怖いけど、下におりて、たしかめてみよう。

――――

日記をたよりに記憶を辿っていると、やっぱり思い知らされることがある。
失われたかのように見える時は、ほんとうは、ただ忘れられているだけなのだ。
私たちは、まだ見ぬ未来をつかむためではなく、かつて見た過去を忘れないように今を生きているのだ。
私は、噴水の傍でセイレーンに捕まったあの夜に、ずっと釘づけになったままなのだ。

そんなことを考えていたら、窓に一つの明かりがついた。
私は、あの夜に出会ったセイレーンに再会するために、階下に降りた。

54: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:57:15.13 ID:pgqK3lBr.net
庭の噴水の傍に、懐中電灯をもった果南が立っていた。

果南 「会いに来たよ」

私は、かねて用意していたハチマキを締め、屋台をガラガラと引いてプリンセスを出迎えた。

鞠莉 「ヘイ、ラッシャイ」

55: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:58:11.56 ID:pgqK3lBr.net
果南 「パーティーっていうのは……この屋台でいいのかな?」

鞠莉 「ゴージャスでしょ。あなたのためのスペシャル・ディナーよ」

果南 「ちなみに、メニューは?」

鞠莉 「当店でご用意できますものは、シャイ煮と、シャイ煮と、それからシャイ煮となっております」

果南 「シャイ煮? それはどういう……」

鞠莉 「シャイニー☆」

果南 「……なるほど。よくわかりました。
    それでは、シャイ煮を一人前いただけますか」

鞠莉 「ヘイ、シャイ煮一丁!」

果南 「わあ、何かこう、独特で……独特な感じだね!」

鞠莉 「さあ、遠慮せずに食べて!」

果南 「うん、なるほど……うん……なるほど」

鞠莉 「おいしい?」

果南 「……率直に言って、まずい」

鞠莉 「にゃははは!」

56: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:58:45.02 ID:pgqK3lBr.net
シャイ煮を食べながら、果南が、ぽつりと呟いた。

果南 「ねえ、鞠莉」

鞠莉 「何かな」

果南 「あなたのアメリカン・ドリームを叶える前に、まずは私の願いを叶えてくれるかな?」

鞠莉 「私にできることなら何なりと、お嬢さま。
    何しろ、今宵のパーリーは、あなただけのスペシャルプランですから」

果南 「ふふふ、嬉しいな」

57: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 19:59:12.69 ID:pgqK3lBr.net
鞠莉 「でも、あまりにも大きな願いごとは、叶えるのに時間がかかるかもしれません。
    たとえば、お月さまが欲しいと仰られたら、当方としてはまずはロケットを用意……」

果南 「そんな大きなお願いじゃないよ。
    私のお願いは、月まで行かなくても叶えられる、小さなお願いだから」

鞠莉 「どんなお願いですか?」

果南 「自分を責めるのは、もうやめて」

58: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:00:07.00 ID:pgqK3lBr.net
鞠莉 「……」

果南 「空港でお別れするときに、鞠莉、言ってたよね。
    『自分がもっと強い人間ならよかったのに』って。
    私、あの言葉を聞いたとき、すごく辛かった。
    私が歌えなかったことよりも、あなたにあの言葉を言わせたことのほうが、ずっと辛かった。
    あなたを見送った後一年間、ずっと辛かったし、今日、おんぶしてもらっているときも、ずっと辛かった」

鞠莉 「でも、私……」

果南 「自分を責める必要なんかないし、私のために頑張る必要なんかないんだよ。
    ごめんね。私がもっと早く……あなたと初めて出会ったときに、ちゃんと伝えておけばよかったんだ」

水の枯れた噴水にそっと手を当てて、果南が言った。

果南 「私は、あなたが笑っていてくれれば、それだけでいいの。
    ほかには、なーんにも、いらないの」

59: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:00:47.35 ID:pgqK3lBr.net
鞠莉 「そうなの?」

果南 「そうだよ。
    強くなんかなくても、私はあなたのことが好きなの。
    だから私のお願い、叶えてくれる?」

私は、シャイ煮をかき回す手を止めて、うつむいたまま、呟いた。

鞠莉 「わかった」

果南 「ふふふ、ありがとう。
    それじゃあ次は、私に、あなたのアメリカン・ドリームを叶えさせてほしいな」

60: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:01:33.70 ID:pgqK3lBr.net
水の枯れた噴水の傍に腰を下ろして、私は果南の目を見つめた。

鞠莉 「私が、自分を責める代わりに、あのとき果南に言うべきだった言葉を、いま言わせて」

果南が、私の目を見つめ返した。

果南 「何かな?」

鞠莉 「歌がうたえなくなっても、私は、果南のこと、好きだよ」

61: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:02:09.25 ID:pgqK3lBr.net
果南 「……」

鞠莉 「ごめんね、私ももっと早く……あなたと初めて出会ったときに、ちゃんと伝えておけばよかったんだ。
    私も、あなたが笑っていてくれれば、それだけでいいの。
    ほかには、なーんにも、いらないの」

果南 「輝かなくてもいいの?」

鞠莉 「輝かなくてもいいの。
    果南の笑顔が見られなくなるくらいなら、輝きたくなんかないの」

果南 「私の歌、聴けなくてもいいの?」

鞠莉 「聴けなくてもいいの。
    歌がうたえなくなっても、声がでなくなっても、いいんだよ」

62: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:02:52.23 ID:pgqK3lBr.net
私のその言葉を聞いたとき、果南が私に抱きついてきた。
果南の泣き笑いを見たとき、私は、あの夜に出会ったセイレーンと再会した。
セイレーンは、今は歌をうたえなくなったけど、そんなことは、ぜんぜんまったく問題ではないのだ。
だってセイレーンは、あの夜も、今夜も、こうして私の夢を叶えてくれたのだから。

63: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:03:42.92 ID:pgqK3lBr.net
そのあと果南と私は、月明かりの下で一緒にご飯を食べた。

果南 「しかしこのシャイ煮は、しみじみとまずいね」

鞠莉 「ひっどーい!
    私が丹精込めて作った料理をまずいだなんて、そんなのあんまりだよ!」

果南 「それなら、シェフも一口食べてみてくださいよ」

鞠莉 「お安い御用だ、もぐもぐ……うん、なるほど……うん、なるほど」

果南 「どう?」

鞠莉 「まずい」

果南 「にゃははは!」

鞠莉 「にゃははは!」

64: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:04:53.98 ID:pgqK3lBr.net
あいにく、あの夜と同じで今日も曇り空なので、星はよく見えない。
でも、10年ごしの最初の願いごとが叶ったおかげで、果南と私は、いろいろなことが願えるようになった。

鞠莉 「果南の笑顔がまた見られたから、次はダイヤの笑顔を、また見たくなってきた」

果南 「私は毎日見てるけどね」

鞠莉 「あー、ずるい!
    わたくしも仲間に入れてください!」

果南 「ふふふ、もちろんだよ。
    また一緒に遊ぼうね、三人で」

鞠莉 「ねえ果南、私って欲張りだよね。
    一つ願い事が叶ったら、どんどん新しい願いごとが出てくるの。
    ダイヤの笑顔のあとは、新しいAqoursのみんなの笑顔が見たくなってくると思う」

果南 「そうだね」

鞠莉 「そのあとはきっと、学院のみんなの笑顔が見たくなってくると思う」

果南 「そうだね」

鞠莉 「そのあとはきっと、地元のみんなの笑顔が見たくなって、それから、こんどは……」

果南 「ワールドワイドだね」

鞠莉 「グローバルですからな。
    内浦から世界へ、なんちゃって!」

果南 「HAHAHAHAHA!」

鞠莉 「HAHAHAHAHA!」

65: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:05:53.93 ID:pgqK3lBr.net
――――

◯月◯日 くもり

今日は、すごく嬉しいことがあったので、久しぶりに日記を書いてみよう。
何とセイレーンが、10年ぶりに、私に会いに来てくれたのだ!
セイレーンは、10年前も、今夜も、私の夢を叶えてくれた。

何のことはない。私は、ただ、お友達が欲しかったのだ。

わたしは、よわい子だから、ひとりではへっちゃらじゃないのだ。

――――

66: (家)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:06:23.40 ID:pgqK3lBr.net
おわり

70: (庭)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:21:46.67 ID:IFOqPI0K.net
ええな
乙!

71: 2016/09/01(木) 21:06:13.94
良いねえ

72: (らっかせい)@\(^o^)/ 2016/09/01(木) 20:59:08.19 ID:dwZT20YI.net
シャイニー☆なのだ

120: (はんぺん)@\(^o^)/ 2016/09/03(土) 14:27:01.42 ID:a8I8/q05.net
最高に良かった

引用元: http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1472725026/

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