【SS】お母様、見てくださっていますか?【最終回記念】【ラブライブ!スーパースター!!】

SS


1: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:24:17.52 ID:cWh2CW7/
追想

2: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:25:18.86 ID:cWh2CW7/
「奥様が…亡くなられました…」

サヤさんからそう電話で伝えられたあの日。

私は全てを失いました。



最初にお母様が倒れたのは、中学3年生の夏のことでした。

お医者様には、過労によるものだと説明されました。

私は心配しながらも、どこかで納得をしていたのを覚えています。

ちょうど学校設立の手続きが全て終わった頃でしたから。

お母様はそれまで、寸暇を惜しんで方々に駆け回っていました。

家に帰らない日も少なくない日々。

今まで倒れなかったことが不思議なほどです。

そのせいかこの頃、お母様はあまり笑わなくなっていました。

4: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:27:43.42 ID:cWh2CW7/
「きっと安心しちゃって一気に出ちゃったのよ」

お母様はベッドの上でそう言っていました。

「でもよかった…これで無事開校できるわ」

「しばらくの間、休憩することにしましょ」

こんな時まで学校のことを。人は変わらないものです。

お母様に別れをつげ、家に帰ってお父様とサヤさんに事情を説明しました。

サヤさんは不安そうな顔で、どうかお大事にと言ってくださいました。

「大丈夫ですよ。母は開校手続きで疲れているだけです」

「設立がうまくいったことを、とても嬉しそうに話していました。」

それを聞いて、それは何より、とサヤさんも一緒に喜んでくれました。

5: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:29:09.35 ID:cWh2CW7/
・・・ですが、お父様は、そうはいきませんでした。

「そもそも学校を作ろうなどということがおかしかったじゃないか」

お父様はしばらくの沈黙のあと、そう口にしました。

「廃校になった場所にもう一度作ってどうする?二の舞になるだけだろう」

「自分で思い出を懐かしむのは勝手だ、しかしそれに他人を巻き込むなとあれほど言ったのだが」

いきなり飛び出してきた、お母様を侮辱する発言。

私は黙っているわけにはいきませんでした。

「そんな言い方は無いと思います!お母様は大切な母校を再建しようと努力して」

その言葉はお父様に遮られました。

6: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:34:51.04 ID:cWh2CW7/
「努力した結果倒れて入院か?自己管理も出来ずに運営ができるはずがない」

「現実を見ろ。家計をすり減らしてまであんな物を作り、その上まだ金をかけさせる」

「このご時世に教育でいくら採算が取れる?ボランティアになった覚えはないぞ」

お父様は怒鳴りながら続けます。

「私はこの家を出て行く。情熱だけある愚か者にいつまでも付き合っていられない」

「そんな…ひどいです!こんな大変な時に!」

「恋、お前もよく考え 。どちらに着いていくのがお前の幸せになるか、と」

「こちらに来たければいつでも言え。嫌なら好きにしろ」

最後に、吐き捨てるようにそう言い残して、お父様は去っていきました。

7: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:41:40.85 ID:cWh2CW7/
私は泣きました。

あの言いよう、きっと昨日今日の話ではないのでしょう。

思えば、お父様はずっと開校に反対していました。

元々お父様は合理主義です。

今になってみると、お父様の気持ちがわからないわけではありません。

莫大なお金をかけてまで人の集まるかもわからない新設校を作ることは、相当な博打に見えたのではないでしょうか。

それでも私は、お母様と共にいることを選びました。

8: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:45:48.66 ID:cWh2CW7/
理由は3つありました。

お母様を助けたいこと。

辛辣なお父様へのささやかな反抗心。

そして、お母様の高校に、入学すること。

私は忘れられなかったのです。初めてお母様から、新しい学校のお話を聞かされた時のことを。

「結ヶ丘、それが私たちの作る学校の名前よ」

「素敵な名前ですね、美しい響きです」

「人と人とを、音楽で結んでいく、そんな学校にしたいの。そんな人を育てたいの。」

9: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:48:04.56 ID:cWh2CW7/
その日に誓いました。

必ずお母様の作る高校に入学する。お母様の理想を体現して見せると。

そしてその決意を、改めて心に刻み込んだのです。

そこからは一直線でした。

毎日、一心不乱に勉強をしました。

お母様の通っていた神宮音楽学校の流れを汲み、『音楽科』が設けられることは聞いていました。

バレエを続けている私には受験資格があります。

それに、結ヶ丘は音楽学校の後継なのですから。

お母様の期待に沿うためにも、音楽科を重要視するのは自然なことでした。

10: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:59:01.41 ID:cWh2CW7/
音楽科なら音楽が出来たなら構わない。勉強は要らない。

そう考える方もいらっしゃるかもしれません。

しかしお母様は優しい反面、どこかで厳しい方です。

音楽だけできてその他が全く駄目、というような人間を育てることは間違っていると力説したそうで。

普通科ほどではありませんが、しっかりと学力試験もありました。

勉強を続けながら、バレエの練習も欠かせませんでした。

元々私はテストの点数は取れる方だったので、むしろバレエが中心だったかもしれません。

もちろん時々、お母様のお見舞いに行っていました。

行くたびにお母様は笑顔を見せてくれましたが、どこか作り笑いでした。

11: (はんぺん) 2021/10/20(水) 21:59:43.11 ID:cWh2CW7/
お見舞いを重ねるうちに、お母様は痩せていきました。

「あまり食欲が出ないのよ」

お医者様にはちゃんと食べなさい、って怒られるんだけどね、と言っていました。

優しく、弱々しい声でした。

お母様は回復しているのだろうか?いつ退院できるのだろうか?

何度も考えました。

しかし中学生の私に、分かることはありませんでした。

12: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:01:06.58 ID:cWh2CW7/
私はお母様への心配をかき消すように、ますます練習に打ち込みました。

それだけが私のできることでした。

そうして毎日が過ぎ去っていきました。

試験の前日に、サヤさんに、久しぶりにお母様のお見舞いに連れて行ってもらいました。

「恋、明日が試験でしょう?こんな所に来ている場合ではないわ」

お母様はやつれた顔で怒って見せながら、そう言いました。

「大丈夫です。やれるだけのことはやってきましたから」

「お母様、絶対に合格して見せます。お母様の高校に、入学して見せますからね」

13: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:02:03.51 ID:cWh2CW7/
私は、お母様を元気づけたかった。

合格すれば、お母様の高校に受かって見せれば、きっと笑ってくれる。

そうすれば、きっと退院して、また一緒に暮らせる。

そんな期待がありました。

次の日、私はいつもと同じように、いえ、いつも以上のパフォーマンスができたと自負しています。

やり切った。心からそう思いました。

そして、合格発表の日。

正午の発表に備え、校門の前で待機していました。

14: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:03:55.05 ID:cWh2CW7/
お母様の高校の、なんと美しいことでしょう。

入学したい。ここに通いたい。正直な気持ちでした。

時計の針が揃うのと同時に、貼り出された紙の中。




ありました。私の番号が。

嬉しかった。嬉しかった。

私はほとんどスキップするようにお母様の入院する病院へ向かって行きました。

そうだ、今日は苺を持って行こう。

そうしてお母様とサヤさんと、3人で食べながらゆっくりと話そう。

なんて素晴らしい。そう思ってスーパーマーケットに立ち寄りました。

15: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:06:43.22 ID:cWh2CW7/
サヤさんから電話がかかってきたのは、エコバッグに苺を詰め終わった時でした。

「サヤさん!私、無事合格しました!」

挨拶もなしにいきなりそう叫びました。

「あっ合格…それはおめでとうございます…ただ…」

サヤさんの声は、合格した受験生を祝うようなそれではありませんでした。

「どうしましたか?私、それなりに努力したつもりですが…」

「いえ、もちろん素晴らしく思っております、ですが…」



「実は…お母様が…亡くなられました…」

16: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:08:11.30 ID:cWh2CW7/
言葉が出ませんでした。

意味がわからなかった、というのが正確かもしれません。

なぜ?つい先日まであれほど元気だったではありませんか?

病院まで走りました。

私はお母様に笑って欲しかったのに。こんな形で終わってしまうの?

病室に着いて目にしたのは、幾人かの看護師の方々と、泣き崩れるサヤさん。



そして、白い布をかけた、お母様でした。

苺のパックが落ちる音を聞いたのを最後に、しばらくを覚えていません。

17: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:09:40.58 ID:cWh2CW7/
お金がなくお葬式を開けなかった。

お母様の知人、友人に葉書を出した。

覚えているのは、そのくらいです。



2週間か、3週間経ったか…。

ようやく落ち着いた頃、サヤさんが手紙を1通、持ってきました。

悲しみの癒えない私は、そんなものどうでもいい、と突き放しました。

しかし、サヤさんは、お母様からです。と言ったのです。

18: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:10:53.36 ID:cWh2CW7/
『恋へ。合格おめでとう。

書いているときには、まだ合格したのかは知らないのだけど、きっとそうでしょう?
あなたの頑張りを見ればわかります。

実は私は、だいぶ前に余命宣告をされていたの。だからこの手紙が届く頃にはきっといないでしょうね。

黙っていてごめんなさい。あなたの受験に差し障ってしまうと、と思って。

あなたは私の誇りです。結ヶ丘に入学してくれて、本当に嬉しいわ。

あなたの制服姿を見てみたかったのだけれど、残念。

幸せな高校生活を送ってくれることを祈っています。母より。』

19: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:15:10.00 ID:cWh2CW7/
何度も、何度も読み返しました。私のお母様。私の高校の創立者。

その人を失ってしまったのだと、お母様の温もりの中で痛感しました。

泣きました。

泣いて泣いて、泣き疲れるまで。

あの日、私は全てを失いました。

20: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:17:36.04 ID:cWh2CW7/
お金。

お父様。

そして、お母様。

もうサヤさんを雇っていけるのも長くないでしょう。

チビも高齢で、いつどうなるかわかりません。

ですが、お母様はそれに悲しむ私を見たくはないでしょう。

私はもう一度誓いました。お母様の望む人間になって見せる、と。

そのために、涙を流すことを、自分に禁じました。

強くあるために。今日で泣くのは終わりにしよう。

21: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:20:52.45 ID:cWh2CW7/
春休みに入って、ずっと気になっていたことを調べてみることにしました。

曰く、スクールアイドル。

お母様が昔、学校アイドル部なる部活動をしていたと話していたのを覚えていたのです。

私も高校生になるなら、スクールアイドルをやってみたい。そう思いました。

なるほど、部活動の一環としてアイドル活動をする高校生を指すそれは、とても輝いて見えました。

学生とは思えないレベルの歌とダンス、そしてその笑顔。

魅力は充分でした。

22: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:22:27.19 ID:cWh2CW7/
全国のスクールアイドルが競い合うラブライブ、そのステージからの景色はどれだけ美しいでしょうか。

調べれば調べるほどスクールアイドルは楽しそうに思えました。

よし、始めてみよう。

私は手本として、お母様の活動を見てみたくなりました。

家のアルバムの中にあったかしら。

サヤさんにも手伝ってもらい、あちこちを探しました。




ですが、1枚も見つからなかったのです。

23: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:25:16.11 ID:cWh2CW7/
辛うじて見つけたのは詳細不明の鍵2本のみ。

そんなはずがあるでしょうか?お母様の思い出なのでは?

写真でなくとも、衣装だったり、歌詞や作曲の形跡だったり。

何かしら残っていてもいいはずです。

違和感を覚えました。

そうだ、お友達の中に知っている人がいるかもしれない。

と言っても誰がどこに住んでいるのやら…。

そこで思い出しました。1人知っている。

24: (はんぺん) 2021/10/20(水) 22:30:51.22 ID:cWh2CW7/
私は先日電話口で話した、結ヶ丘の理事長になったというお母様の古い友人をたずねることにしました。

彼女は早くも学校にいました。

「あなたが花の娘さんね。そっくりだわ」

会うなりその人はそういいました。

「改めて合格おめでとう、私がこの学校の理事長よ」

「ありがとうございます」

「それで、会いたいって何の用かしら?」

早速本題に切り込んできます。

「神宮音楽学校の記録を見せてほしいのですが」

「記録?色々あるわよ、生徒名簿とか会計とか」

言われてみれば当然のことです。私は言い直しました。

「『学校アイドル部』の活動記録が見たいんです」

27: (はんぺん) 2021/10/21(木) 06:41:43.27 ID:dwIxZzsD
その時。

ほんの一瞬、彼女の表情が変わりました。

懐かしむような、疎ましく思うような、そんな顔でした。

すぐに無表情に戻り、落ち着いた声でこう言いました。


「ありません。」


ない?そんなはずがありません。

「どうしてないのですか?たしかに母は学校アイドル部として…」

「ないものはないんです」

彼女は無表情のまま繰り返しました。

28: (はんぺん) 2021/10/21(木) 07:07:55.81 ID:dwIxZzsD
「そんな…」

「他に何かある?質問も受け付けるわ」

「いえ…結構です、ありがとうございました」

帰り道、私は何度も考えました。

しかし、実在した部活動の記録が存在しない理由が、全く分かりません。

それに、理事長のあの様子。

何か知っているようでしたが…


『廃校になった場所にもう一度作ってどうする?』


私はなぜかこの時、父の言葉を思い出しました。

29: (はんぺん) 2021/10/21(木) 17:32:15.55 ID:dwIxZzsD
確かに、どうしてあそこまであの場所にこだわるのでしょうか?

お母様はスクールアイドルをやっていて、在学中に神宮音楽学校は廃校になりました。

そしてお母様が繰り返し口にしていた『音楽』という言葉。

それは一種の執着にも思えましたが…。

もしかして…




もしかして廃校の原因がスクールアイドルにあったのでは?

30: (はんぺん) 2021/10/21(木) 17:37:53.39 ID:dwIxZzsD
お母様の在学中は30年ほど前。

当時、音楽学校を掲げていながらアイドル活動をしていたことに疑問が集まる可能性は充分に考えられます。

今ほどスクールアイドルは受け入れられてはいなかったでしょう。

ラブライブ等の大会もろくになかった最初期です。

チャラチャラした女子高生のおふざけだと思われたのかもしれません。

また、音楽性の観点からも批判が集まる可能性はあります。

確かに歌も踊りも音楽の1つですが、アイドルはそれ以外の要素も多い。

それが不純な音楽だ、と見なされてしまったとしたら?

音楽学校の看板にケチをつけられ、入学者が減ってしまう。

そして、廃校に?

31: (はんぺん) 2021/10/21(木) 18:17:58.93 ID:dwIxZzsD
本当にそうであったかは定かではありません。

ですが、お母様は責任を感じていたのではないでしょうか。

それなら記録のないことにも、理事長の反応にも説明がつきます。

全て処分してしまったのかもしれません。

お母様の思い出したくない、忌々しい過去だったから。

だからあそこまで精力的に結ヶ丘の開校を目指していたのでしょう。

自分が潰してしまったと考える母校を、蘇らせるという償いだったのです。

私はこの悲しい想像に納得してしまいました。

それなら、だとすれば、私のやるべきことは。

厳格な音楽を守り続けることではないのか…!

私は、スクールアイドルの道を、諦めることにしました。

33: (はんぺん) 2021/10/21(木) 18:43:41.37 ID:dwIxZzsD
私は春休みの間も、入学後に備えてバレエに打ち込み続けました。

お母様の死を、厳しい現実をかき消すように。

苦しい日々でした。

まさかお母様の仏壇も満足に買えないほど、我が家が逼迫していたとは…。

家を売る、という選択肢もありました。

しかしできませんでした。お母様の、学校ともう一つの形見であるような気がしていたからでした。

少しでもお母様を感じていたいと、思っていました。

否定するつもりはありません、現実逃避の日々でした。

34: (はんぺん) 2021/10/21(木) 18:53:27.71 ID:dwIxZzsD
そして入学後、いきなり事件が起きました。

あろうことか、お母様の学校でスクールアイドルを始めようとする者が現れたのです。

上海からの留学生、普通科の唐可可さん。

もう大量のビラを配っているとか。

私はこの時、既に普通科の存在意義に疑問を持っていました。

音楽科を推進しているのだったら、必要ないのでは?

恐らく神宮時代の反省を生かして人員を確保するためだろうと勝手に思っていました。

そんな普通科で、よりによってスクールアイドルが生まれようとしている。

認められませんでした。

私が阻止しなくては。

35: (はんぺん) 2021/10/21(木) 19:33:01.87 ID:dwIxZzsD
「このチラシを配っているのはあなたですね?」

放課後、中庭へ向かい本人に直接問いただしました。

「理事長の許可は取ったんですか?」

理事長が許可を出すはずがない。そう確信した上での質問でした。

言い換えれば、やめさせるための言葉でした。

「スミマセン。ククはただスクールアイドルを始めたいと思いマシテ…」

スクールアイドル。

お母様の後悔を信じ込んでいた私は、その言葉を耳にするのも嫌でした。

37: (はんぺん) 2021/10/21(木) 19:45:10.17 ID:dwIxZzsD
彼女はそんな私に構わず続けます。

「この学校は音楽に力を入れると聞きマシタノデ…」

その通りです。

だからこそ、スクールアイドルはそれを損ね得る。

容易く受け入れることはできないのです。

お母様のためにも。

「勝手なことはやらないでほしいのです」

「ちょっといい?」

ずっと黙っていた、もう1人の方が口を開きました。

38: (はんぺん) 2021/10/21(木) 19:47:43.01 ID:dwIxZzsD
「いきなりそんなこと言ったら可哀想なんじゃないかな?」

いきなり?いきなり勧誘を始めたのはそちらです。

「あなたは?この生徒と関係があるのですか?」

「関係…まぁなくはないというか…」

なんと。2人で活動していたのですか。

1人でも驚いたというのに。

「ならあなたにも言っておきます。この学校にとって音楽はとても大切なものです」

「生半可な気持ちで勝手に行動することは慎んでください」

本心でした。スクールアイドルに限らず、評判を損ねるような真似は見過ごせません。

「なんでスクールアイドルがダメか!ちゃんと説明してあげなよ!」

こう聞き返してきました。私の中では答えがでているだけに、鬱陶しく思いました。

「相応しくないからです。少なくともこの学校にとって良いものとは言えない」

「どうしてそんなこと言い切れるの!」

39: (はんぺん) 2021/10/21(木) 19:55:38.90 ID:dwIxZzsD
言葉に詰まりました。

お母様の過去を疑いこそしませんでしたが、私の考えが憶測に過ぎないことは分かっていました。他人に話して、理解を得られるかどうか…

だから、少し卑怯な質問をしました。

「あなたはどうなの?」

「…え?」

「あなたもスクールアイドルをやりたいのですか?」

それだけ言って、私は彼女を、現実を直視するのをやめました。

お母様を失った日を終わりとするならば。

この時がきっと、始まりだったのでしょう。

全てを無くした日が絶望だったなら。

この日、私は希望をすでに見つけていたのでした。

41: (はんぺん) 2021/10/21(木) 20:10:32.54 ID:dwIxZzsD
翌日、唐さんが朝から直談判にきました。

どうしてスクールアイドルがだめなのか、認めてくれ、と。

私はお母様のことを話す気はありませんでした。

必死に隠すようなことを他言するのは冒涜だと思ったからです。

結果、あしらう形になってしまいました。

すると唐さんは澁谷さんを連れてまたきました。

なんと諦めの悪い…。

「同じ説明を2度もしたくないのですが」

「わかんないよ!」

「そんなにスクールアイドルがやりたければ、他の学校にいくことお勧めします」

結ヶ丘でない、お母様の高校でないところなら何をしても構わない。

そんな利己的な考えです。

42: (はんぺん) 2021/10/21(木) 20:26:16.95 ID:dwIxZzsD
放課後、理事長に呼び出されました。

なんでも2人が抗議のデモをしたそうで…。

流石に困惑します。

どうしたものか…。

そんなことを考えていると

「いいでしょう、活動を認めます」

え?耳を疑いました。

理事長はお母様を知っているはずでは?

「ですが母は!」

「お母さんはここでは関係ありません」

理事長はきっぱりと言いました。

意味がわかりません。

私は納得できませんでしたが、理事長の許可したものを覆すような権限はありません。

認める他なかったのです。

複雑な思いでした。

43: (はんぺん) 2021/10/21(木) 20:45:44.08 ID:dwIxZzsD
彼女たちは代々木フェスで一位を取ることを条件に活動を認められました。

いきなり1位?無理に決まっています。

やはり理事長も何か思うものがあるのでしょうか。

そう思いながらも、なぜか彼女たちの練習をたびたび見ている自分がいました。

「また歌えなかったそうですね」

ある日、澁谷さんたちの練習の近くを通りかかりました。

澁谷さんについての噂をよく耳にします。

音楽科を受験するも、当日歌えずに落ちたこと。

先日歌おうとして、また歌えなかったこと。

本番までにどうにかしなければ、醜態を晒すことになると思いました。

44: (はんぺん) 2021/10/21(木) 20:59:42.25 ID:dwIxZzsD
ステージ当日。

気づいたら来てしまっていました。

認めましょう。気になっていたのです。

彼女たちがどれほどの力を持っているのか。

どれほどの思いを持っているのか。


いざ始まってみると、驚きでした。

歌もダンスも、以前見た時より遥かに上達していたのです。

荒削りのパフォーマンスですが、強い意志を感じました。

そして、それを見て私は今まで感じたことのない気分でした。

嬉しい?悲しい?悔しい?どれもしっくりきません。

一体これは…。

46: (はんぺん) 2021/10/22(金) 15:40:41.28 ID:eARHLYoG
それからも私はスタンスを崩すことはしませんでした。

私にとって、彼女たちの実力は大した問題ではなかったからです。

スクールアイドル自体を、正統な音楽と認めていなかったからです。

そして、お母様の実力も、低かろうはずがなかったからです。

お母様は音楽が大好きで、大好きで、大好きでした。

それでも挫折を知ったのなら、誰がどうすることもできません。

どれだけの力であろうと、スクールアイドルである限り、音楽としての栄誉は手に入らなかったのでしょうから。

翌日、理事長に呼び出されました。

あの2人が1位こそ取れなかったものの、新人賞を取ったこと。

それを鑑みて一旦は部ではなく同好会としての活動を承認することにしたこと。

「なぜそれを私に?」

本来私に言う義理はないはずです。なんら関係はないのですから。

47: (はんぺん) 2021/10/22(金) 15:42:58.05 ID:eARHLYoG
「一応、伝えておこうと思って」

理事長はそう言い、続けました。

「それで、学校アイドル部の部室を使わせようと思うのだけど、鍵がないんです。何か知っていませんか?」

私はもちろん知らないと答えようとしました。

写真1枚ないのに部室の鍵など持っているはずが…。

…そういえば家中を探し回った時に妙な鍵がありました。

そんなことあり得るのでしょうか?

いえ…だとすればまだ可能性はあります。

一筋の希望が見えた気がしました。

「心当たりがあります。明日持ってきますね」

「良かったわ。」

理事長はホッとしたようでした。

48: (はんぺん) 2021/10/22(金) 15:59:45.51 ID:eARHLYoG
「では私ではなく、直接澁谷さんに渡してくれる?」

「構いませんが…」

「頼んだわよ」

やはり不可解です。どうして私が?

新たな謎が増えてしまいました。

家に帰って、すぐに鍵を見つけました。

家中を試して回りましたが、やはりどの部屋の鍵でもありません。

「試す価値はありますね」

49: (はんぺん) 2021/10/22(金) 16:04:09.49 ID:eARHLYoG
翌日、私は早朝に登校しました。

もちろん例の鍵を試し、部室内を捜索するためです。

学校アイドル部の記録。

学校にもない。家にもない。とすれば記録や記念の物は学校アイドル部の部室にあるとしか考えられません。

恐る恐る鍵を差し込みました。

ガチャ、という音。ビンゴです。

中に入るとそこは埃だらけの、正直に言ってしまえば汚い部屋でした。

「まずは掃除ですね…」

箒とちりとり、それに雑巾やバケツを借りてきました。

鍵が我が家にあったと言うことは、お母様が最後に入ってからずっと放置されていたのでしょう。

掃除がてら捜索も続けていけば良いでしょうか。

「気合を入れて行きましょう。」

50: (はんぺん) 2021/10/22(金) 16:15:22.52 ID:eARHLYoG
どれだけ経ったでしょう。

部屋が綺麗になった時、私はこの部屋にすら何もないことを知りました。

出てくるのは埃ばかり。紙切れすらありませんでした。

ですがまだ終われません。

鍵は2本あったのです。

私は必死に鍵穴を探しました。

部屋の奥にあるもう一つのドアには鍵がありません。

ではその中か?

中に入ったその時、



予鈴が鳴り響きました。

51: (はんぺん) 2021/10/22(金) 16:18:43.90 ID:eARHLYoG
思っていたより掃除に手間取ってしまったようです。

お母様に私が遅刻するような姿を見せるわけにはいきません。

捜索は切り上げ、急いで部屋から出て行きました。

施錠を忘れたままーーー


そうです。忘れるところでした。

私はこの鍵を澁谷さんに届ける義務がありました。

休み時間に、澁谷さんのいる普通科の教室へと向かいました。

彼女は廊下で唐さん、そして音楽科の嵐千砂都さんと話していました。

鍵を渡すと、澁谷さんはなおも私にスクールアイドルについて訴えかけてきました。

ですが部室にすら何もなかったことは、私の疑念を加速させていました。

もはやこの時には、お母様がスクールアイドルを後悔していたことは私の中で事実に変わっていたのでした。

52: (はんぺん) 2021/10/22(金) 16:21:55.45 ID:eARHLYoG
「スクールアイドルじゃなければ、いくらでも応援してあげられますから」

「残念ですが、今のラブライブであなたたちが勝てるとはとても思えません」

春休みに見たスクールアイドルたちに比べれば、2人のステージはやはりまだ未熟だと思っていました。

…いえ、朝の捜索で何も成果がなかったことに、少しいらだっていたのかもしれません。

私は言いたいことだけ言い捨ててその場を去りました。

そしてこの時もう一つ気がかりなことがありました。

嵐さんはダンスで入学した方です。

その実力は中学時代からよく耳にするほどでした。

音楽科の期待だったのですが…。

澁谷さんと幼馴染だとかで、彼女たちの練習を手伝っているそうなのです。

それが嵐さんのダンスの妨げになってしまったら。

結ヶ丘のエースが失われてしまうことになります。

結ヶ丘の名をあげるためにも頑張って欲しいのですが、心配でした。

53: (はんぺん) 2021/10/22(金) 16:24:36.01 ID:eARHLYoG
7月になっても私はまだ諦めきれず、お母様の記録を探し続けていました。

何を諦められないのか、私にも分かりません。

ただ無心で学校中の倉庫を周っていました。

ここまでくると予想通りですね、何も見つかりませんでした。

普通、どのような部活動でも、大会の出場記録だったり入部届などの資料の類は発生するものです。

それが何もないなら、偶然ではなく人為的なものでしかありません。

ここで私は最終結論を出しました。

お母様は記録を全て抹消した、なぜならスクールアイドルが学校にとって害をなしてしまったから。

以降、2度と捜索をすることはありませんでした。

54: (はんぺん) 2021/10/22(金) 17:03:51.55 ID:eARHLYoG
早いもので、夏休みに入りました。

私はもちろん練習の日々です。いつも通りの時間に学校に来ていました。

人気のない学校というのは、普段通っていてもどこか違ってみえます。

どことなくそわそわして音楽科のレッスン室へ向かいました。

ロッカールームの中には、誰かの荷物がありました。

こんな早い時間に先客とは。

思い出しました、きっと嵐さんでしょう。

休み中に地区大会があると聞いた覚えがあります。

しかし澁谷さんたちもスクールアイドルの練習をするのでは?

最近メンバーが増えたそうで、人気投票までやっていました。

私としては大歓迎ですが、彼女たちから離れていて良いのでしょうか?

まさか喧嘩なんかしたり…。

とにかくレッスン室に行こう。

正直、誰もいないと思っていた学校にクラスメイトがいて、安心していたのでした。

55: (はんぺん) 2021/10/22(金) 17:17:45.86 ID:eARHLYoG
恐る恐るドアを開けると、予想は的中です、嵐さんがいました。

「嵐さん。練習?」

「うん」

「澁谷さんたちとは一緒ではないのですね」

「かのんちゃんたちはイベントがあってこっちにはいないんだ」

こっちとは…。どこでやっているんでしょうかね?

「心配してくれてるんだ!」

な…!

「そういうわけではありませんが…」

いえ。もちろんそういうわけでした。恥ずかしいですが。

「大丈夫、喧嘩したわけじゃないよ」

なんと。こちらの考えはお見通しだったようです。

「あっ」

嵐さんはバッグから何かを取り出そうとし、誤って中身を広げてそしてーーー

「退…?!」

嵐さんのファイルに入っていたのは、退学届だったのです。

56: (はんぺん) 2021/10/22(金) 17:21:09.91 ID:eARHLYoG
「…見た?」

嵐さんの声はいつもより低く、鋭くなっていました。

「い、いえ、何をですか?」

なぜでしょうか、私は咄嗟に嘘をつきました。

それから練習中も、帰宅してからも退学届のことが頭から離れません。

今まで、結ヶ丘の名を広めるためにも、また純粋にクラスメイトとしても嵐さんを応援していました。

そんな彼女が退学?大会を目前にしてなぜ?

口ではああ言っていましたが、やはり澁谷さんたちと何かあったのでしょうか。

音楽科期待の星が退学だなんて。

理由がさっぱり思い当たりません。

よく考えてみれば嵐さんについて知っていることはほとんど無いのです。

往々にして、クラスメイトというのは仲間のようで他人でもあるものですから。

もし嵐さんが悩んでいるのなら、力になってあげたいと思いました。

58: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:00:39.19 ID:eARHLYoG
しかし私は、お恥ずかしいことに友達、というものに慣れていません。

この家に家族で暮らしていた頃は、勉学や習い事で遊びに行くことは少なかったのでした。

悩み事というのは、私が今まさにそうであるように、そう易々と人に話せるものではありません。

なんとか距離感を縮める方法は…。

「そうだ、ダンサーにはダンスで仲を深めよう。まず朝からこうして…」

一通り決めて、その日は考えることをやめました。

翌朝。

今日は先客はいませんでした。

私が一番乗りです。

レオタードに着替えていると、まずい、嵐さんです。

ギリギリだったということですね。

「プラン7に変更です」

急いでレッスン室へ行きました。

59: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:02:22.24 ID:eARHLYoG
奥の方で練習していると嵐さんが着替えを済ませて入ってきました。

なにやら真剣な顔をして髪をまとめています。

まずい、忘れていました。

今日こそが嵐さんの出る大会当日なのです。

話しかけづらく、困りました。

よし、プラン15が使えるでしょう。

私は踊りながら近づくことにしました。

「おはようございます」

出来るだけ笑顔で、落ち着いて。

「わぁ、すごいね!」

嵐さんは褒めてくれました。いけます。

60: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:24:07.45 ID:eARHLYoG
「今日、大会ですよね」

「うん、午後からだけど最後に確認しようと思って」

本当に真面目な方です。どうして退学なんて…。

「澁谷さんたちはやはり…」

ここで澁谷さんの名前を出してみました。

「うん、ライブあるし」

ライブですか。活動を順調に続けているということになりますが、喜べません。

いえ、今はそんなことより退学問題です。

あのバッグの中に入っているのは本当に退学届なのか…。

一体何が理由なのか…。

「どうかした?」

しまった。考え込みすぎました。

「い、いえ、頑張ってください」

仕方ありません。ここは出直すことにしましょう。

そう思いレッスン室を出て…だめです、気になります。

そもそも悩み事なら今日の大会こそ関係してるのでは?

今日を逃してはきっと退学してしまう。そんな気がします。

戻ることにしました。

61: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:35:45.94 ID:eARHLYoG
「あの…」

「何?」

普通に見えますね。悩み事があるようには思えません。

「いえ」

思い過ごしでしょうか。

ですが確かに退学届を持っていました。それは事実です。

「あの…」

「ん?」

不思議そうな顔をしています。元気そうです。

「いえ」

やっぱり思い過ごしでは…?

「ん?」

「いえ」

違います、この目で見たのですから。

今度こそ!

「あの…」

「何?」

ドアの横!嵐さんです。

…流石に不審すぎでした。

62: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:37:29.58 ID:eARHLYoG
ベンチに移って話すことにしました。

「…そっか、見ちゃったのか」

正直に打ち明けると、嵐さんはそうつぶやきました。

「決してわざとでは…」

実際わざとではありませんしね。

「大会で優勝出来なかったら、ここを辞めるつもり」

そこから嵐さんは昔の話を始めました。 

小さい頃はいじめられていたこと。

それを救ってくれたのが澁谷さんだったということ。

彼女を支えていくために、ダンスを始めたこと。

そのダンスで優勝出来ないようなら、自信を得るために留学するつもりだということ。

全て理解できたとは言えません。

ただ、強い決意を感じとりました。

なるほど、それでスクールアイドルに入らなかったのですね。

下校しようとする嵐さんの後ろ姿に呼びかけました。

「ダンスで!ダンスで結果が出たら、どうするのですか?」

彼女は立ち止まって振り返り、笑顔で言いました。

「そんなの、決まってるよ!」

63: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:38:23.84 ID:eARHLYoG
どうしてスクールアイドルを始めようとする人は誰も彼も強い意志を持っているのでしょう。

どうして澁谷さんの周りに集まる人は皆、あんなに輝いて見えるのでしょう。

この時の私には、全くもって分かりませんでした。

高校に入ってから分からないことがあまりにも多くなりました。

なぜ?どうして?何を考えているの?

その「分からない」にはいつもスクールアイドルが、澁谷さんたちが絡んでいる。

彼女たちは、なんなのでしょうか。

…考えても仕方ありません。

今の私には、他にやるべきことがありますから。

64: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:41:15.52 ID:eARHLYoG
私も人ばかり気にしているわけにはいきません。

8月の末にバレエの大会があるのです。

嵐さんは宣言通り優勝したそうです。

喜ばしいことでありますし、私も負けていられません。

この大会で私も優勝を飾り、より一層結ヶ丘の名を轟かせる必要がありますから。

大丈夫、ずっと練習をしてきました。

自信はあります。いつも通りやるだけです。


「優勝は、白瀬小雪さんです」

結果は2位でした。

優勝?自信がある?あまりに滑稽です。

私は何をやってきたというのでしょう。

純粋な力不足ほど心を締め付けるものはありませんでした。

とてもお母様に顔向けできません。

私には、何も誇れるものはないのでしょうか…。

65: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:49:11.02 ID:eARHLYoG
またしばらくして、なんとお父様から電話がかかってきました。

ありきたりな社交辞令のあと、お父様は言いました。

「こちらに来る気はないか?」

ひどい話です。

お母様が亡くなった時には電話口のみで帰ってこようともしなかったくせに。

当然、断りました。

66: (はんぺん) 2021/10/22(金) 18:50:04.68 ID:eARHLYoG
暗い夏が明けました。

始業式の日、2つの知らせがありました。

良い知らせと悪い知らせ、というやつです。

悪い知らせというのは、嵐さんが転科した、というものです。

本来そのような仕組みはないのですが、特例で認められたと。

音楽科は入学時にどの道を極めるかを定める必要がありますから、スクールアイドルを始めるには普通科に入るしかない、ということでしょう。

率直にもったいないと思いました。

スクールアイドルはどこまでも立ち塞がるというのですね。

良い知らせとは、生徒会が発足するということです。

これは待ち望んでいたことです。

私がお母様の学校にできることは、もはや1つです。

生徒会長になり、発展を目指すのです。

67: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:00:50.10 ID:eARHLYoG
書類を書き終わった時、不安になりました。

その資格はあるのでしょうか。

今まで私は結ヶ丘のために何もできていません。

私が立候補して良いのでしょうか。

いえ、大切なのはこれからです。

生徒会長として、結ヶ丘を盛り上げるのです。

まさかの、普通科から対抗馬が現れました。

平安名すみれさん。結ヶ丘3人目のスクールアイドルです。

私を生徒会長にさせまいとしているのかもしれませんね。

ですが負けるつもりはありません。覚悟が違います。

おそらく彼女は、私と普通科の不和を突いてくるでしょう。

先手を打つのが良さそうです。

私は公約として音楽科と普通科を等しく結んでいくことを掲げました。

音楽科優先の風潮は事実ありますし、これで不愉快に思っている方たちからの票を集められるでしょう。

音楽科の皆さんの助けもあり、準備は万全でした。

68: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:11:47.75 ID:eARHLYoG
投票の末、私は無事、生徒会長に就任することができました。

平安名さんは賄賂を配っていたそうですが…流石にまずいのでは?

生徒会長という立場について初めて、理事長に聞きたいことがありました。

理事長を尋ねました。

「来年の入学希望者の数を教えてください」

「生徒会長として…いえ」

「創立者の娘として」

私が今一番気にしていたことでした。

新設校は評判が命です。

今実績を残しているのは嵐さんと…スクールアイドル同好会だけです。

これでは人が集まらない可能性がありますが…。

理事長から聞いたのは、想像よりも小さな数字でした。

大幅な増加が見込めなければ、結ヶ丘は存続していけないかもしれません。

初年度はもちろん、2年目3年目の募集でようやく学校として完成するため、とても重要なのですが。

お母様の学校を、私が結果を出せなかったために潰してしまうのか?

そんなこと耐えられません。

69: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:15:00.71 ID:eARHLYoG
理事長室から出ると、澁谷さんがいました。

「ちょっといいかな?」

彼女はいちごミルクとアップルティーのパックを持って、話しかけてきました。

私はなぜか迷わずアップルティーを受け取りました。

自分の気持ちを隠したい気持ちの表れだったのかもしれません。

澁谷さんはなおもスクールアイドルを認めない理由を問いかけてきます。

「別に何もありません」

大アリです。2回目の嘘をつきました。

私が澁谷さんたちのやりたいことを妨害しているのは分かっています。

でも、どうしても認める気にはなれない。

お母様のリベンジを成功させなければならない。

それが私の生きる意味です。

それだけ話して私は勝手に帰りました。

彼女と長く一緒にいたくなかった。

70: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:25:29.61 ID:eARHLYoG
ある日、私は生徒会長としての初仕事がありました。

実はそれを恐れていました。

昨夜決めた、新たな方針をみなさんに伝えることを。

嫌われたって構いません。学校さえ続いていくのなら。

澁谷さんたちにも、普通科の皆さんにも。

「最初の学園祭はーーー」

一度呼吸を整えます。

言うしかない。

「音楽科主体で行うことに決定しました」

皆さんの怒りが、困惑が伝わってきます。

泣き出しそうでした。

でも、もう泣いてはいけない、あの日そう決めたから。

全員から嫌われてでも、私は学校を優先したのです。

71: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:32:24.68 ID:eARHLYoG
この学校の強みは音楽です。

音楽科の紹介を主体におくことこそお母様の後悔を超える最善の手だと思っていました。

それにーーーまだやることがあります。

授業が終わると、急いで下校しました。

荷物を片付けたとき、サヤさんが部屋に入ってきました。

「失礼いたします、実は今ーーー」

「サヤさん、お話があります」

サヤさんは困った顔をしました。

「大切なお話です」

なんでしょう、と言い、心配そうにこちらを見つめています。

「サヤさん、今までありがとうございました」

72: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:40:45.32 ID:eARHLYoG
「っ!」

「暇を出すことになりました」

そう言って僅かな退職金の入った封筒を差し出しました。

サヤさんは驚いているようでも、怒っているようでもありました。

「いいえ受け取れません!」

「来月からは、サヤさんを雇っていくお金もないの」

私1人が生活していくのにやっとの貯蓄しかありませんでした。

葉月家は創立者の家として、株式のような契約を学校と結んでいます。

学校の採算が取れない以上、サヤさんと暮らしていくことは出来ないのです。

「必要ありません!私はこの葉月家に仕えているだけで…」

そういうわけにもいかないのです。

サヤさんのような立派な方を無給で働かせるなんて。

73: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:44:15.75 ID:eARHLYoG
その時、チビが飛び出してきました。

「わっ!!」

声が聞こえます。

「?!誰かいるのですか?」

倒れていたのは…なんと澁谷さんたちでした。

「今の話…ほんと?」

聞かれてしまいましたか…。仕方ありません。

「この家に残っているのは私1人。お金もありません」

全てを白状することにしました。

もう、黙っているのが辛かったのかもしれません。

「学校を続けていくためにはーーー」

「…私が頑張るしかないのです」

74: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:48:30.60 ID:eARHLYoG
全てを話し終わった時、4人とも何も言いませんでした。

翌日、学校に行くのがとても怖くなりました。

澁谷さんたちは黙っていてくれると言ってくれましたが…。

一通り話してみて気付きました。

結局は私の私情でしかなかったのです。

しかしもう後戻りできません。

茨の道を突き進む、他に選択肢は残っていませんでした。

やはり学校の雰囲気は最悪でした。

睨まれるだけならまだ温情のある方です。

明らかに避ける者、何かを囁き合う者など。

署名運動も行われていました。リコールなどでしょう。

それほどのことをしたのはわかっていますが、精神的に辛くなってしまいました。

75: (はんぺん) 2021/10/22(金) 19:58:12.20 ID:eARHLYoG
秘密を打ち明けられたからでしょうか、私はスクールアイドル同好会の部室に自然と向かっていました。

ですがそもそも1番恨んで然るべきは彼女たちです。

ドアの前で立ち往生してしまっていると彼女たちの当惑した声が聞こえました。

「私のせいです」

「…申し訳ありません」

スクールアイドルをやっていた、お母様の話をしました。

ここまで来たら何も隠すつもりはありませんでした。

記録がないこと、後悔したと思うことを全て。

改めて、謝罪もしましたが、許してもらえはしないでしょう。

76: (はんぺん) 2021/10/22(金) 20:02:58.48 ID:eARHLYoG
理事長には明日の集会で説明をすることを命じられました。

誰もいない我が家で、原稿を考えます。

もう、味方は残っていません。

今度こそ、しかも自分の行いによって、全てを失ってしまいました。

翌朝、出来るだけ遅く登校しました。

もう人に会いたい気分ではありませんでした。

演説の準備をしていると、資料室が騒がしいのに気付きました。

なんと、同好会の皆さんが資料を探してくれていたのでした。

ありがたく思いましたが、それが無意味なのはよくわかっています。

今更どうにかなることではないのです。

「全校集会が始まります、行かなくては」

「正直にみんなに話すしかないでしょうね。この学校の現状を。どうなるかは分かりませんが」

私が行こうとすると、急に澁谷さんは何かを思いついたように走り去りました。

77: (はんぺん) 2021/10/22(金) 20:30:01.26 ID:eARHLYoG
体育館の舞台袖で深呼吸します。

話を聞いてくれるでしょうか。

集会が、始まりました。

まずは謝罪します。

「すみませんでした」

「ただ私は学校の良さを知ってもらうために…」

しかし、みなさんに受け止めてもらうことはできませんでした。

「普通科はどうなるんですか!」

「学園祭に参加できるんですか!」

怒号が飛び交います。

やはりダメでした。私の蒔いた種です。どうしたら…。

78: (はんぺん) 2021/10/22(金) 20:36:32.74 ID:eARHLYoG
その時

「待って!」

澁谷さんの声でした。

「私から話したいことがあります」

何を…?

理事長は許可しました。

澁谷さんが壇上に上がります。

そしてその手に持っていたのは…

「スクールアイドル同好会の部室でこのノートを見つけました。この学校が出来る前ここにあった神宮音楽学校の生徒たちが書いたものです」

じん…ぐう…?

「こう書いてあります。”学校でアイドル活動を続けたけれど結局廃校は阻止できなかった”」

…そうです。だからお母様は…。

79: (はんぺん) 2021/10/22(金) 20:51:31.92 ID:eARHLYoG
「”でも私たちは何一つ後悔していない。学校が一つになれたから。この活動を通じて 音楽を通じてみんなが結ばれたから“」

…!

「私はみんなと約束した。”結”と文字を冠した学校を必ずここにもう一度つくる。音楽で結ばれる学校をここにもう一度つくる。それが私の夢」

そんな…。

「スクールアイドルはお母さんにとって、最高の思い出だったんだよ」

その言葉を聞いた時。

何年も忘れていた、お母様の言葉が蘇りました。

『スクールアイドルは、お母さんの最高の思い出』

どうして…どうしてこんな大切なことを忘れていたのでしょう。

私は…今まで私はなんてことを…。

「これもノートと一緒に」

唐さんが差し出したのは、衣装でした。

お母様はスクールアイドルを愛して、学校を愛していたーーー。

ようやくはっきりしました。

80: (はんぺん) 2021/10/22(金) 20:51:31.98 ID:eARHLYoG
「”でも私たちは何一つ後悔していない。学校が一つになれたから。この活動を通じて 音楽を通じてみんなが結ばれたから“」

…!

「私はみんなと約束した。”結”と文字を冠した学校を必ずここにもう一度つくる。音楽で結ばれる学校をここにもう一度つくる。それが私の夢」

そんな…。

「スクールアイドルはお母さんにとって、最高の思い出だったんだよ」

その言葉を聞いた時。

何年も忘れていた、お母様の言葉が蘇りました。

『スクールアイドルは、お母さんの最高の思い出』

どうして…どうしてこんな大切なことを忘れていたのでしょう。

私は…今まで私はなんてことを…。

「これもノートと一緒に」

唐さんが差し出したのは、衣装でした。

お母様はスクールアイドルを愛して、学校を愛していたーーー。

ようやくはっきりしました。

81: (はんぺん) 2021/10/22(金) 20:58:09.58 ID:eARHLYoG
「お母様…!」

この時私は、あの日以来初めて涙を流しました。

集会のあと理事長室に呼ばれました。

澁谷さっと2人で入ると、用意されていたのは

「はい、お母さんたちの記録」

記録…?なかったはずでは?

「理事長は知っていたんですよね、どうして言ってくれなかったんですか?」

そう聞くと理事長は軽い口調で言いました。

「責めないでよ。何も言わないで、あの子が決めるのを見守っていてほしいって」

はぁ、とため息をついています。

82: (はんぺん) 2021/10/22(金) 21:13:24.40 ID:eARHLYoG
「迷惑ったらありゃしない」

…フランクな人なのですね。

「そうだわ、葉月さん、放課後また来てちょうだい」

「わかりました」

「さ!学園祭の準備準備!」

2人して部屋から放り出されてしまいました。

何が何だか…。

「すみません、私のせいでだいぶ遅れてしまいました…」

文化祭の話が出たので、改めて謝罪をと思いました。

すると澁谷さんは

「来て!」

83: (はんぺん) 2021/10/22(金) 21:20:37.50 ID:eARHLYoG
中庭にいくと、みなさんが何か大きなものを作っています。

「これはスクールアイドルの…?」

ステージでした。

学園祭のライブ、と言うことですか。

皆さんが頑張ってくれている。申し訳なく思います。

「葉月さん」

突然、澁谷さんが私の名前を呼びます。

「ううん、恋ちゃん!」

なんでしょうか…。

同好会の皆さんが集まってきました。

「一緒にスクールアイドル、始めませんか?」

84: (はんぺん) 2021/10/22(金) 21:28:57.11 ID:eARHLYoG
耳を疑いました。

まさかそんな…。

ですが、

「ですが今まで妨害をしてきた私にそんな資格は…」

断るしかない。

「私、恋ちゃんと一緒に歌いたい!」

澁谷さんは思いを伝えてくれます。

「大丈夫、できるよ!」

嵐さんは励ましの言葉をかけてくれます。

「全く素直じゃないわね」

平安名さんは私をからかいます。

「可可たちはいつでもファインファインですよ」

唐さんは受け入れてくれます。

85: (はんぺん) 2021/10/22(金) 21:30:10.53 ID:eARHLYoG
なんと素晴らしい人たちに出会えたことでしょうか。

私は元々スクールアイドルがやりたかった。

願ってもないお話ですが、やはり私は…。

優しい風が私の背中を押しました。

応援してくれている、温かい風が。

私は…。私のやりたいことは…。

私は澁谷さんの、いえ、かのんさんの手を取りました。

86: (はんぺん) 2021/10/22(金) 21:34:31.48 ID:eARHLYoG
約束通り理事長室に行きました。

「失礼します」

理事長は笑顔で迎えてくれました。

「何から話したらいいかしらね」

そう言ってから理事長は真相を語ってくれました。

花は自分が長くないってわかってたのよ。でもあなたの受験に支障があると困るから黙ってろって言うのよ?あのメイドさんもきっとそうね。

私は応援する立場だったからずっとあの子の活動を見てきたわ。まぁ浮ついてるとか言う人はいたけどね、素晴らしいスクールアイドルだったと今でも思う。

お母さんの手紙を送ったのも私。自分じゃ出せないから代わりに出してくれですって。タイミングばっちりだったでしょ?

資料は元々あの子が全部保管してたわ。あのノートといい、タイムカプセルみたいな感じよ。

でもやっぱり1番の理由はあなたね。自分の道は自分で切り開いて欲しいんですってよ。

そんなところかしらね。またいつでも聞きに来て構わないわ。

87: (はんぺん) 2021/10/22(金) 21:38:38.72 ID:eARHLYoG
学園祭当日。

お母様と同じ衣装に身を包み、私たちは待機していました。

「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

そして、

「5!」

私のスクールアイドルとしての日々が、始まったのです。

お母様、見てくださっていますか?

空に語りかけます。

私はスクールアイドルになりました。

最高の仲間と一緒に。

自慢の娘になれたでしょうか?

風が吹きました。


88: (はんぺん) 2021/10/22(金) 21:40:32.87 ID:eARHLYoG
読み返すと設定とか流れとか結構ガバかったです
この時恋ちゃんはこんなこと考えてたのかなぁを文字起こししてみました

ありがとうございました

90: (もんじゃ) 2021/10/23(土) 07:52:23.23 ID:yrw9qrdO
完結乙
恋ちゃん視点を補完してくれる良いSSでした!

91: (たこやき) 2021/10/23(土) 21:54:49.17 ID:JKIjrIN9
アニメではキャラが何考えてるか挟んでる暇ないからね~
面白かったです!お疲れ様でした!

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1634732657/

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