【SS】海未「17」

うみ SS


1: (しうまい) 2021/10/23(土) 23:01:03.90 ID:oTXV+NXJ
高校生の頃の私は潔癖と言うにはあまりにも無知で、ただただ子供だったのだと思います。

この狭い校舎が社会の全てだと思い込んだ井の中の蛙。それが高校生2年生の私でした。

ある冬の日、この日は部活が休みで日が沈む前に下校するのはとても久しぶりでした。幼馴染の穂乃果とことりと談笑をしながら歩いていると学生服を着た中学生らしき男の子が数名、道の端の方で輪になって座り込み何かをしていました。
 それを見て穂乃果が

穂乃果「何かあったのかな?」

と口にするとそれが聞こえたらしく、彼らは私達の顔を見ると散る様にその場から離れて行きました。その場には何か雑誌の様な物が置いてけぼりにされて居ました。
 私達は好奇心からかそれを確認しようとした所、それはいわゆる青年向け雑誌と言われる物でした。

4: (しうまい) 2021/10/23(土) 23:11:02.28 ID:oTXV+NXJ
開かれたまま放置されたそれには、男性が女性を弄ぶ様に乱暴に身体に触れ、口で口を無理矢理塞ぎ、嫌がる顔を見て悦に浸りと姿が描かれた漫画でした。

ことりは顔を真っ赤にして固まり、穂乃果は

穂乃果「いや〜男子は好きだね」

と理解を示す様な言葉を口にしていました。私は恥ずかしいと言う気持ちよりも、女性を弄ぶ様な漫画の描写に嫌悪感と怒りを覚えていました。

6: (しうまい) 2021/10/23(土) 23:22:41.64 ID:oTXV+NXJ
それはその場を離れた後も暫く続き、同時にあの時のあの雑誌の絵が頭にこびりついて離れず、それは大人になった今でも明確に思い出す事が出来ます。

穂乃果「まあ、ああ言うのは成長の過程に必要らしいからね。仕方ないんだよ」

何かを察知してのか穂乃果は私を宥める様にする。それが余計に私を苛立たせました。それを見て穂乃果は余計におどけてみせる悪循環。そんな空気を悪い意味で一変させたのはことりの一言。

ことり「私達もいつかするのかな」

何をするのか明確に言葉にはしなかったけど、それは私にも穂乃果にも伝わっていました。

7: (しうまい) 2021/10/23(土) 23:36:01.75 ID:oTXV+NXJ
それは確かに存在する事は知っているけれど、高校2年生の私達にはどこか遠くの世界の話なのだと思っていて、私も穂乃果もことりの呟きに何も答えられず気まずい空気がただ流れるだけでした。

コンビニの前で中華まんを訳ながら食べている大学生カップル。子供の手を引く母親。店頭に貼られたポスターの女優。大型モニターに映るニュースキャスター。大人は皆んなアレをしているのだろうか。

いつの間にか私の頭の中は怒りや嫌悪感よりも何か別の物が支配していた。

11: (しうまい) 2021/10/23(土) 23:51:51.10 ID:oTXV+NXJ
それは帰宅しからも続いていた。食卓で父と母の顔を見れば、ああこの人達も澄ました顔をしているけどしたんだなと連想してしまう。
 お風呂に入る際、脱衣所で一糸纏わぬ自分の姿を鏡で見てその時を想像してしまう。いつかこの唇に、この胸に、そして…。

そんな事を考えてしまう自分がとても汚らわしく思えてお風呂場でゴシゴシと丹念に身体を洗い流す。

「私達もいつかするのかなぁ」

ことりのあの時の言葉が頭の中でこだまする。私はのぼせてしまいそうだった。

最低だ。

12: (しうまい) 2021/10/23(土) 23:59:33.38 ID:oTXV+NXJ
結局、その日の夜はなかなか寝付けず最後に見た時計の針は3時を指していた。

お陰で翌日は寝不足だった。毎朝、学校へ行くのに穂乃果とことりと待ち合わせをしている。いつも私とことりが先に着いていて

穂乃果「ごめーん。寝坊しちゃって」

と当然の様に穂乃果は少し遅れてくる。いつもなら小言の一つでも言うのだけれどこの日はそんな元気が無かった。

穂乃果もことりを私はジッと見る。昨日の事などすっかり忘れたと言う様な顔をしている。

14: (しうまい) 2021/10/24(日) 00:12:32.30 ID:GyxxBPx/
私もいつも通り振る舞う。歩きながら穂乃果のくだらない話に笑って相槌を打つ。それを続けていると元の私に戻れそうな気がしていた。

けれど私は気が付いてしまった。このまま歩き続ければ当然昨日のあの場所を通る事になる。その時、私は嫌でも昨日の事を思い浮かべてしまうと思った。

一歩一歩着実に近づいて行く。きっとこんな事を考えているのは私だけなのだろうかと不安になってしまう。

16: (しうまい) 2021/10/24(日) 00:19:59.51 ID:GyxxBPx/
遂に到着した時、やはり私は変に意識してしまった。
通学路を歩くだけなのに不自然に口数が減り、唾液を飲み込む音が気になり、緊張している事が二人にバレているのではないかと思うと不安だった。

穂乃果「あっ!!」

と穂乃果が大きな声を出した時、やはりバレてしまったかと思った。けれど、実際にはそうではなく穂乃果が大きな声を出したのは目の前を見知った顔が歩いていたからだった。

17: (しうまい) 2021/10/24(日) 00:28:21.17 ID:GyxxBPx/
穂乃果「絵里ちゃーん!!おはよう!」

絵里「あら、穂乃果!おはよう。登校中に会うなんて珍しいわね」

彼女の名前は絢瀬絵里。同じ学校に通う高校3年生。

絵里「海未とことりもおはよう」

絵里は微笑みながら私とことりにも挨拶をする。透き通る様な白い肌、長いまつ毛、スラっと伸びた長い足。同じ高校生とは思えないくらい彼女は大人っぽくて、空気が澄んでいるからか、今朝はそれが余計に目立って見えた。

19: (しうまい) 2021/10/24(日) 00:41:19.55 ID:GyxxBPx/
そんな彼女を見て私は変な事を考えてしまう。絵里はきっとモテないはずは無くてもしかしたら、した事があるのではないかと。そんな事を考えていると私は絵里の顔を直視出来なくなってしまった。鋭い絵里は私の異変に気が付き

絵里「どうしたの?何かあった?」

と私の顔を覗き込む。私は慌てて目を伏せる様にすると

絵里「なあに?そうあからさまだと流石に傷付くんだけど」

と少し茶目っ気を出しながら不満を口にした。

20: (しうまい) 2021/10/24(日) 00:43:46.93 ID:GyxxBPx/
海未「いえ。何もないです」

と答えるのが精一杯で絵里もそれ以上は追求して来る事は無かった。

ただただ、友人をこんな風な目で見てしまう自分に嫌気がさしてしまう。

21: (しうまい) 2021/10/24(日) 00:52:05.74 ID:GyxxBPx/
思えば私はだいぶ遅れている。その事にはもう随分前から気が付いてはいたけど穂乃果もことりも同じ様な物だと思っていたからさほど気にしていなかった。

けれど、教室でクラスメイトの会話に耳を澄ませてみれば必ずと言っていい程誰かしら異性の話をしていた。デートの話ならまだ可愛い物で中には人前で言葉にするのも憚れる様な内容もあった。今までそれは私にとってどうでもいい街の雑多な音とさして変わらないものだったのに今日はそれがとても耳障りだった。

25: (しうまい) 2021/10/24(日) 01:08:55.05 ID:GyxxBPx/
ホームルームが始まると次第に教室は静かになっていった。

担任が連絡事項を口にする。進路について面談がある事、期末テストの事、美術教師が産休に入る事を伝えました。

クラスの皆んなは新たな生命が誕生する事に歓喜の言葉を口にしていたけれど、その時の私はそれよりも先にやはり教師だってしているんだと思ってしまった。

私はそんな事を考えてしまう自分がやっぱり凄く嫌だった。

31: (しうまい) 2021/10/24(日) 20:21:03.13 ID:GyxxBPx/
授業中に教科書を開けばそこには昨日のあの描写が記載されている様な気がする、居眠りをする穂乃果を注意する先生も家に帰れば裸で男性に腕をまわす。ことりがペンを口元に近づければ変な事を想起してしまう。

どうしてこんな事に振り回されなければいけないのだろう。考えたくない。考えたくないと思えば思う程思い浮かぶのはそんな事ばかり。最悪。

33: (しうまい) 2021/10/24(日) 20:36:54.02 ID:GyxxBPx/
にこ「はあ!!?何がいけないってのよ!!」

放課後の部室で青年雑誌を広げる部員の姿があった。雑誌は際どい水着を着た女性が表紙で、そんな物を学校に持ってくるべきでは無いと私は言いました。

にこ「だから海未が思っている様な雑誌じゃないんだって。そりゃあ少しはエ チな漫画も載ってるけど。私は好きなアイドルのグラビアが載ってるから買っただけだから」

彼女はそう言って雑誌を読み続けました。それでも私は少しでもそう言った表現のある物を否定したかったのです。もちろん、そんな事をしてなにがある訳ではない事を理解していました。

だから、私は彼女の言う事に聞く耳を持たなかった。

にこ「なんなのよ…あんた」

彼女の冷たい声が部室に響きました。他の部員も私を冷めた目で見つめています。穂乃果、ことり。

寝不足のせいか頭がぐわんぐわんとして目が回る。

34: (しうまい) 2021/10/24(日) 20:48:10.02 ID:GyxxBPx/
気がつくと目の前には見知らぬ天井がありました。

絵里「あら、気が付いたのね」

声の方に目をやるとそこには絵里が椅子に腰を下ろしました。

絵里「倒れたのよ、あなた。大変だったんだから」

どうやら私は倒れて保健室に運ばれた様でした。

海未「ご迷惑をお掛けしました」

絵里「日頃の無理がたたったのね」

違います。そんなんじゃないのです。

絵里「にことやり合ったんですってね。心配してたわよ」

違います。私はダメな自分を否定する為ににこを利用したのです。私は心配される価値もない。

35: (しうまい) 2021/10/24(日) 20:54:59.22 ID:GyxxBPx/
絵里「今日は一日しっかりと休んで練習の方には様子を見て参加を…」

海未「違うんです絵里」

絵里「違う?何が?」

私は絵里の腕を掴みました。そして私は昨日あった出来事を絵里に話しました。

絵里「そう。そんな事があったのね」

海未「あれから頭にこびりついて離れないんです。何を見ても連想してしまって。そんな自分が嫌で、気持ち悪い」

37: (しうまい) 2021/10/24(日) 21:04:37.93 ID:GyxxBPx/
話していると段々と目に涙が溢れて来ました。絵里は私の頭に手を置くと

絵里「海未は真面目なのね。真面目であたまが硬くて面倒くさい。私と一緒ね」

と言って微笑みました。

絵里「そうね。海未の気持ちは分かるわ。日頃そう言った事に世間は寛容じゃないものね」

絵里は何かを考える様に窓の外に目を向けました。

絵里「本当の事言うと私だって興味がない訳じゃないの。ただ、人前で言う事ではないでしょ?きっと他の皆んなだってそうよ。それっておかしい事じゃないと思うの」

私は意外でした。絵里がそんな事を言うなんて信じられなかったのです。

38: (しうまい) 2021/10/24(日) 21:29:07.13 ID:GyxxBPx/
絵里「だって私はきっとこの先誰かを好きになるもの。だから興味が湧いちゃうのは仕方ないじゃない」

絵里はそう言うと悪戯っぽく笑って見せた。

絵里「私はいつか好きな人とそう言う事がしたいわ。それってとてもプラトニックでしょ?」

当時の私は絵里ほど大人にはなれません。けれど、彼女のお陰で心がほんの少し軽くなったのだと思います。

春に思いを馳せる当時の無知で愚かな私はそれが何かも分からず正体不明の悩みと共に高校生活を過ごしていきます。

大人になった今ではそんな事もあったなと苦笑いを浮かべながら思い返し、また別の悩みを抱えて生きています。

39: (しうまい) 2021/10/24(日) 21:43:02.41 ID:GyxxBPx/
大学四年生の頃に講義で島崎藤村の初恋を読んだ時、高校生の頃に読んだ時とは全く違った感想を持ちました。

恋を知り、挫折を知り、様々な事を経験して私はその詩を改めて読むと思わずクスッと笑ってしまうのです。

今の私がそれを読んだ時どんな風に思うのでしょうか。10年後の私はどう思うのでしょうか。

明日も早いので今日はこの辺で終わりにしたいと思います。

40: (しうまい) 2021/10/24(日) 21:43:22.32 ID:GyxxBPx/
おわり

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1634997663/

タイトルとURLをコピーしました