トンボサンクチュアリーでザリガニ釣りする徒町【蓮ノ空】

　会話のない部屋に軽く乾いた音が響く。姫芽が刻む小気味の好いリズムは、私がこの部屋で読書をする時のお決まりのBGM。
　同じ部屋にいるというのに、姫芽はゲーム、私は読書、それぞれにやりたいことをやっている。恋人らしい行為だって、部屋に来た時にしたキスの一回ぐらい。それでも、私はこの空間に居心地の良さを感じていた。
　勿論、姫芽と触れ合うことに不満を感じている訳ではない。むしろもっとしたいぐらいだ。姫芽には言ったことないけど。ただ、姫芽には姫芽のやりたいことがあって、姫芽を愛しているからこそ私はそれを尊重したい。恋人付き合いとはそういうものだと思う。
　ともあれ、早々に持参した本を読み終わった私にできることは、PCに向かう姫芽の後頭部を眺めることぐらいしかない。集中している時は邪魔をしない約束だ。一瞬『寂しい』の文字が頭に浮かんだけど、それは奥の方に仕舞っておいた。
「はぁ……」
　音を立てないよう、そっとベッドに寝転がる。ふわり、いい匂いが鼻腔をくすぐった。
「姫芽の、匂い……」
　こっそりシーツを鼻に押し当てれば、それは大好きな姫芽の匂い。途端に姫芽が恋しくなった。すぐ傍にいるのに。
　

　姫芽に触れたい、姫芽とキスがしたい、姫芽と繋がりたい。……でもダメ、邪魔はしない約束。自分でした約束を守れなかったら、私が私を許せない。
　刹那、頭を掠める邪な考え。
「……いや、それは……」
　私の頭に浮かんだ解決策は一人ですること。私だって、これまで一度もしてこなかった訳ではない。姫芽と付き合う前は、姫芽の名前を呼びながらしたことだってある。あの頃は『姫芽さん』呼びだった。ただここは姫芽の部屋で、目の前には姫芽がいる。
　ちらりと姫芽の様子を窺う。すっかりPCに集中してて、こっちには全く意識が向いていないみたいだ。
「声、抑えれば……バレない……よね」
　ヘッドホンをしている姫芽は声をかけても反応が悪い。だから急な用事の時は決まって肩を叩くことにしている。小さな声なら、多分気づかれないだろう。
「いや、ダメだよ……絶対ダメだ……」
　してはいけないと思う程、裏腹に私の鼓動は激しく高鳴る。下半身が切なくて仕方ない。そこは刺激が与えられることを期待している。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから……すぐに辞めるから……」
　誰も聞いていないのに言い訳を呟いて、下着の隙間に指を入れた。
　

　

　今日の金沢はいちにち曇天らしい。
「それじゃあ、引きこもりはやめとくかな～」
　姫芽はマウスから指を離してぐっと背筋を伸ばして、外出を決意。
　今年の暑さはヤバい。部の練習が日の出てない時間帯に固定された程度には直射日光がエグい。
　なので、晴れの日の外出は控えている。ゲームをするのに忙しいというのもある。
　せっかくの外出日和に予定のひとつもないのが玉に瑕ではあるけれど、それは廊下からどたどたと運ばれてきた。
「姫芽ちゃん、一緒にサンクチュアリに行かない？」
　聖域？　めぐるりの部屋のことかな、なんて首を傾げつつ、姫芽はにっこにこの小鈴に手を引かれた。
🏆
「なるほど。『トンボの聖域』かぁ～……』
　トンボサンクチュアリ。金沢駅からバスで３０分、徒歩で１０分ほどの自然園内にある７つの池を指す。名の通り、多くのトンボが生息しているのだけれどーー。
「いっぱい釣るぞー！　ちぇすとおおーー！！」
　ーー外来種によって数は激減。今では駆除のためのザリガニ釣りが常設されていたりする。
　ちなみにリリースは禁止。法律で禁止。捕まえたら最後まで飼いましょう。
「いや、いっぱいはやめとこうよ！？」
　

金沢PR文豪なんですよ…！
　

この文豪絶対に石川県民なんですよ…
　

ザリガニ釣ったらリリースしたらダメなんですよ…？
　

>ザリガニ釣ったらリリースしたらダメなんですよ…？
> アカミミガメとアメリカザリガニは、2023年６月１日より「条件付特定外来生物」に指定されました。
> ４．禁止されるもの
>(中略)
>野外への放出（防除の推進に資する学術研究目的で許可を得た場合を除く。）
なんですよ…！
ちなみにトンボサンクチュアリはまず最初にブラックバスが放流されるところからスタート
増えに増えまくったブラックバスをどうにか駆除したら、それまではバスに捕食されていたアメリカザリガニが大増殖
トンボの幼体であるヤゴが餌になってトンボ大激減
という地獄みたいな流れから今はザリガニ釣り常設なんですよ…
　

ザリガニ文豪…
　

ものすごくタメになるんだけどまさかラブライブのスレで外来種についてレクチャーされるとは思わなかった…
　

最近の子供は外来種問題を知っているからザリガニを釣ったらその場で虐　してるみたいなんですよ…！
　

>最近の子供は外来種問題を知っているからザリガニを釣ったらその場で虐　してるみたいなんですよ…！
つまり徒町も…？
　

>>最近の子供は外来種問題を知っているからザリガニを釣ったらその場で虐　してるみたいなんですよ…！
>つまり徒町も…？
そもそも漁師の娘だから慣れてそう
　

>>最近の子供は外来種問題を知っているからザリガニを釣ったらその場で虐〇してるみたいなんですよ…！
>つまり徒町も…？
はい！徒町その場で焼いて食べます！
　

>>最近の子供は外来種問題を知っているからザリガニを釣ったらその場で虐〇してるみたいなんですよ…！
>つまり徒町も…？
　池のほとりにザリガニＢＯＸなる場所を見つけた。
「あ～～……なるほどねえ……」
　姫芽はひとつ安堵の息を吐いて膝を叩いて、その場に座り込んだ。
　よかった。本当に、心からよかった。
「ちぇすとおおおおおおおお～～！！」
　開始して３０分。小鈴の釣果がハンパないのだ。実家が漁師だとは聞いていたけど、まさかザリガニ釣りまで得意だとは思わなかったのだ。
　昨夜の配信では、小さい頃は罠で捕らえてたと言っていたけども縛りプレイなのだろうか。なんて小鈴の竿捌きを眺めながら思う。
「回収ＢＯＸがあるなら、アタシも釣ろうかな～……小鈴ちゃん、隣い～い？」「うん！」
　森にいるような澄んだ静けさの中、親友と釣り糸を垂らす。
　今朝、起きた時には思いもよらなかった過ごし方に、姫芽は微笑みを浮かべた。ああ。長い夏休みの中で、今日は忘れられない日になりそうだな。
　なんて、２０匹目の釣果を手に笑みを浮かべる親友と笑い合いながら。
～
「え？　BOXに入れないよ？　この子たちを餌に次は海釣りするんだ！」「！？」
　

>「え？　BOXに入れないよ？　この子たちを餌に次は海釣りするんだ！」
たくましいな徒町…
　

筆が早いんですよ……！
　

🎣！
　

>🎣！
ザリガニで釣れた。
　

ちなみにザリガニを餌にすると割と大物が狙えるんですよ…！
可食できるかはさておき
　

そして魚はさや処へ…
　

>そして魚はさや処へ…
「さあ、新鮮なうちに食べてしまいましょう」
　夕食時。学食の片隅に陣取ったスクールアイドルクラブの面々のもとにやってきたのは、クロダイの刺身盛りを持ったさや処の女将。
　もとい、村野さやかであった。
「えー！？　めっちゃ豪華！　今日って何かのお祝いごとだったっけ！？」
　興奮する瑠璃乃に、さやかは自慢げに胸を張る。
「いいえ。ですが、姫芽さんの初海釣りの釣果……という意味ではお祝いごとかもですね」「え、ひめっちすっげー！　よくやった！　えらい！」
　瑠璃乃をはじめとして、部の面々が口々に褒め出す中で、姫芽は机に突っ伏したままうめいた。
「アタシ、釣り、ナメてました……。ザリガニの生命力も、それを狙う魚たちの力強さも……」
「姫芽ちゃんすごいよ！　徒町、姫芽ちゃんより大物釣れなかったもん！」
「もう大物はこりごりだよ～……」
　大物が釣れたのにどうして充電切れみたいになってんだろ、なんて思いつつ、瑠璃乃はクロダイの刺身を口に運んだ。
　うん美味しい。新鮮で歯応え抜群。お、次はこの唐揚げなんかもーー。
「姫芽ちゃん、エイばっかりだったもんねー！」
「ーーいや、これ何の唐揚げ！？」
　

レス拾って20分で続き出してくる文豪が化け物すぎるんですよ…
　

こうしてザリガニは最終的には瑠璃乃ちゃんのお肉になるのです