【SS】かすみ「フレーバーティー」【ラブライブ!虹ヶ咲】

SS


3: (光) 2021/08/11(水) 20:26:37.22 ID:Dz6hCbwd
中須かすみが休日の昼下がりに、パン生地の発酵を待つかたわら、一息入れようとお茶を用意したときのことだった。

茶葉の入ったティーポットに熱いお湯を注いだ瞬間、立ち上ったのは果実と花の豊かな香り……朝香果林から分けてもらったフレーバーティーの香りが脳をくすぐり、いつかの記憶を呼び起こして、中須かすみの意識は一瞬のうちに過去へと落ちた。

4: (光) 2021/08/11(水) 20:29:36.22 ID:Dz6hCbwd
「―――――――」


擦り切れた思い出は不出来な夢のように、状況をなんとなく自覚させる。ここは海の近く、波の音は届かないけれど、潮の香りは充満している。強い日差しは真夏らしく、日陰から見える白いコンクリートは熱した鉄みたいに見えた。


「―――――――」

「……んぅ゛」


両親が知らない大人と長いこと話していて、それが幼いかすみにはとても退屈だった。

どうして大人はつまらない話をこんなに長いことできるんだろう。内容はよくわからないけれど、ずっと同じようなことをグルグル話している気がする。政治とか、病気とか、ぜんぜん楽しくない。

5: (光) 2021/08/11(水) 20:33:24.87 ID:Dz6hCbwd
「……ん~~っ」


かすみは頬をぷっくり膨らませてみた。こうすると、周りの大人か、両親が「かわいい~」と反応してくれたりする。そう、自分は可愛いのだ。

でも今回はダメだった。大人たちは誰ひとり見てくれない。嫌な気持ちになった。

いつもだったら、お家だったら、両親が見てくれないなんてことはない。でも、大人たちだけで話しているとき、両親が別人のようになってしまうことがある。

視線の上で、高い場所にある二人の口は、かすみの両親に対するイメージをことごとく裏切りながら、難しい話をぱくぱく続ける。別人どころか、まるで違う生き物みたい。


だから大人たちの話は好きじゃない――ぷいとそっぽを向いた先、そこに幼い中須かすみは目を奪われた。

6: (光) 2021/08/11(水) 20:37:37.47 ID:Dz6hCbwd
女の子がいた。日陰のオアシスを飛び出て、鋭い日差しをまるで心地よいシャワーのように浴びる女の子が、広場でくるくるはしゃいでいる。

とたとた走り回ったかと思えば、その場でぴょんぴょんと跳ねてみたり。周りにはなにも遊べるものなんてないのに、ただここで生きていることが素晴らしいと体現するように、身体いっぱいを広げている。

ふわりと浮いた髪は太陽の光を反射して、少し青みがかってかすみには見えた。


「なにしてるの?」

「?」


女の子はきょとんとした顔をしている。身体は中須かすみよりも大きくて、年上っぽかったけれど、無邪気な印象が強い。

なにより、偽物みたいな今の両親よりも、年の近い彼女のほうが身近なように感じられて、声をかけるのに抵抗はなかったのだった。

7: (光) 2021/08/11(水) 20:41:39.04 ID:Dz6hCbwd
女の子は船で東京まで来たのだという。船というのは、何十人も何百人も乗せられるような大きな船で、それで一日中かけてようやっと東京につくのだという。


「船がよかったの! ゆらゆら揺れてね、いまはもう無くなっちゃったけど……地面が動くの!」


そういうわけで、女の子はもう一度地面を動かそうとして、はしゃぎまわっているのだった。

女の子の言っていることは中須かすみにはほとんど伝わらなかったし、飛んだり跳ねたりして地面を動かすのだという主張が、幼いかすみにははっきり言語化できないまでも、ひどく奇妙なことに思われた。

ただ、そんなことより、目の前で汗を跳ねながら青い髪を揺らしている女の子があんまり楽しそうなので、かすみも混ざって遊ぶのはすぐだった。

9: (光) 2021/08/11(水) 20:45:43.69 ID:Dz6hCbwd
なべて遊びにはルールがあるもので、この「地面動かし」も二人で遊び込むうちにルールができていった。

地面を動かすためのアクションは一つずつ。ターン制で、相手がやってみせたアクションを自分もやってみる。そうしてより「動いた」とお互いが納得できるアクションを発明したほうが勝ち――言葉にはしなかったけれど、そういうルールになっていることを、幼い二人はいつしか理解していた。

そしてまた、はじめこそ奇妙に思っていた中須かすみも、そんなルールができるころには、地面が動くことに疑問を抱かなくなっていた。

11: (光) 2021/08/11(水) 20:49:39.07 ID:Dz6hCbwd
思いっきり走って、急に止まる、旋回する。ぴょんとジャンプして、着地と同時に倒れ込む。その場でくるくる回る、でんぐり返しをする……かと思えばぱっと普通に歩きはじめる。

幼い二人は同じ概念を共有していた。要するに、「地面を普通に保っている何者か」を、トリッキーな動きで騙してやればいいのだ。目を回すのは自分なのか、はたまた神様なのか、パラドックスを裏切るような瑞々しい滑稽。


世界で二人だけが知っている――確かに、地面は動くのだ。

12: (光) 2021/08/11(水) 20:53:14.54 ID:Dz6hCbwd
広場の地面をあらかた動かして、しっちゃかめっちゃかな方向へと動く歩道みたいにしてしまった頃には、一人よりも二人一緒で動かしたほうが効果的だとわかっていた。

手と手をとってくるくると、いつかどこかで見たお姫様のダンスのように……実際には子犬同士のじゃれ合いのように……汗だくになって火照りながら、二人の子供はもつれ合う。


中須かすみは自分の指を相手の指に絡ませて、相手の女の子のほうがやはり年上らしいことに気づいた。

今はしっとりと熱を帯びたその指は、自分のものより大きく、力強い。健康的な柔らかさを感じるけれど、活発な性格を表すように、ところどころ傷がついている。

14: (光) 2021/08/11(水) 20:57:31.91 ID:Dz6hCbwd
汗のにじむ指の股に、相手の指が食い込むのが心地よい。はっとして中須かすみは相手の顔をみた。

ふわりと広がって青く見える髪を流して、炎天下の中ではしゃぐ女の子。きれいな顔立ちをしていた。びっくりして、つい見入ってしまうほどに。

変な話だが、肌に触れて初めて、幼い彼女は今まで遊んでいた相手がどんな女の子なのかを意識したのだった。


そういえば、と。今さらながらたくさんの「そういえば」が溢れてくる。

このきれいな女の子は誰なんだろう。どこから来たのだろう。年はいくつ?


「ねぇ、お母さんどうしたの?」

「へ? うーん、はぐれちゃった」

「え!?」

「きゃっ」


口をついた質問の答えに緊張感がなくて、思わずかすみは蹴躓いてしまった。

15: (光) 2021/08/11(水) 21:02:08.68 ID:Dz6hCbwd
どさりと、お互いに強くつながっていたせいか、バランスを立て直すのも一人の時のようにはいかず、二人そろって倒れ込んでしまう。

地面は熱いコンクリート。ジリジリと危険なそこに、頭は打たずに済んだ。互いが互いを守ったから。


「うん、はぐれちゃったのよ、そういえば。困ったわ」


転んだことなんて大したことではないのか、女の子は寝転んだまま会話を続ける。

深い海のような瞳だった。青く輝いて、自分のすべてを疑わない目をしていた。実際、この女の子は困ったなんていいながら、全く困っていないのだった。

16: (光) 2021/08/11(水) 21:07:40.31 ID:Dz6hCbwd
「変なの……ふふ」


海のほうから穏やかな風が吹いた。汗で濡れた肌を撫でながら、火照った身体を冷ましてくれるその風は、同じく火照った彼女の香りを中須かすみへと運んでくれた。

不思議な香り。どこかで嗅いだ、豊かな果実と花を思わせる……これはフレーバーティーの香り。


「えへへ……あばよーい、かすみちゃん」

18: (光) 2021/08/11(水) 21:12:37.44 ID:Dz6hCbwd
一瞬の夢想から中須かすみが醒めると、ガラスのティーポットの中はすでに赤い液体に満たされていて、名前の知らないきれいな花が開いていた。

フレーバーティーに添えられていた「美味しい淹れ方」を見て、パン生地用に設定していたタイマーを確認する。ちょうどいい頃合いだった。


ルビーが溶けたように美しいそれをカップにそっと注いで、熱いままに一口含む。

南国を思わせる甘い香りと一緒に、舌の奥に軽やかな苦味が転がっていく。


「おいし」


時間はゆるやかに過ぎていた。パンの良い出来上がりを想像して……いつか食べるあの人の笑顔を想像して。昼下りのキッチンで一人、中須かすみは待っていた。




おしまい

19: (光) 2021/08/11(水) 21:16:13.72 ID:Dz6hCbwd
失礼しました

20: (SIM) 2021/08/11(水) 21:19:58.67 ID:7/2DBMtm
すばらしいかすかり
文章も美しい
乙です

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1628680929/

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