【SS】彼方「喫茶店経営、始めました~」しずく「そこでアルバイトすることになりました」【ラブライブ!虹ヶ咲】

SS


1: (しまむら) (2級) (ワッチョイ b228-M3Bp) 2021/09/29(水) 23:29:18.47 ID:E5tdDIUx0

かなしず。
書き溜め無いのでゆっくりまったり書いていきます。

2: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/29(水) 23:30:32.97 ID:E5tdDIUx0
人生とは何なんだろう。ふと、考えてしまう瞬間がある。

私は幼稚園の頃は、お姫様になるのが夢でした。

小学生の頃は、小さい頃お母さんに連れて行ってもらった演劇に影響を受け、大女優になりたかった。

中学生の頃は、本格的に“大女優”を目指す為に努力した。

高校生の頃もそれは変わらなかった。私は“女優”を目指しつつ、スクールアイドルとして学園生活での幸せの日々を過ごしていた。

幸せだった。あの時の煌めいていた青春は、本当にいい思い出として心に残っている。すごく楽しかった。

そして今は──


ピピピピピピピピ!! ──カチッ


しずく(21)「…………」

しずく(今日も大学かぁ)


──桜坂しずく。大学3年生。

“叶うか分からない夢”の為に努力を続けている。

6: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/29(水) 23:39:26.30 ID:E5tdDIUx0
しずく「いただきます」


適当に昨日の残り物を電子レンジで温め、朝ごはんとして食べる。

虹ヶ咲学園を卒業後、私は東京の大学へ進学した。

それに伴い、一人暮らしも始めた。最初は一人暮らしの日々にワクワクしたけれど、今では何も思わない。

ただ、両親への感謝の気持ちが日々増え続けている。

炊事洗濯、身の回りの世話。子供とはいえ、言ってしまえば他の人──つまりは他人──の為に色々してくれたんだもの。
私がお母さんとお父さんと同じ年齢になった時、同じように出来ているか分からない。

本当に親ってすごい。一人暮らしに慣れず、困っていた時もよく助けてもらっていた。

ただ、もう一人暮らしとしての生活も2年が経過しました。流石に慣れてきた。


しずく「あっ、お醤油切らしてたんだっけ」

しずく「帰りに買わないと」


一人暮らしを始めてから、独り言が増えた気がする。

……皆、こうやって大人になっていくのかな。

そう思いながら私はご飯を口へ運んでいった。

10: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/29(水) 23:47:00.93 ID:E5tdDIUx0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

しずく(今日は二限からだから少し余裕がある)スタスタ

しずく(講義までの間……やるべき事をやらないと)スタスタ


大学の校外にあるお気に入りのベンチを目指し歩く。

そこは人があまり来ないから、好きな場所だった。
大学のすぐ横にあるから、講義の終わりと始まりのチャイムも聞こえるから、移動もしやすい。


しずく(よしっ、今日も誰もいない)

しずく(集中して、次のオーディションの事前配布された台本を覚えないと)


ベンチに腰掛け、バッグの中から台本を取り出す。

私は今も女優を目指している。

今度、芸能事務所に入る為のオーディションがある。
それに向けて準備をしていかなきゃダメなので、こういう間の時間も上手く使っていかなきゃいけない。

15: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/29(水) 23:55:32.99 ID:E5tdDIUx0
しずく「…………」ペラ、ペラ


集中、集中。


しずく(次こそ受からなきゃ。私はもう、21歳だ)

しずく(大学2年生までには、事務所や劇団に所属したいって思ってたのに……)

しずく(もう何回落ちてるか分からない。次は受からないと)

しずく「!!」ハッ

しずく「…っ…」ブンブン

しずく(余計な事は考えないの、桜坂しずく!)

しずく(集中するんだ)ペラ、ペラ

しずく「……」ジー


集中。集中。集中。集中。

──現実。

21: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 00:01:41.83 ID:AGzWFeft0
しずく(ダメ)

しずく(集中しないと)


集中集中集中集中集中集中。


しずく(女優になる為には、早めのデビューが必要だ)

しずく(教養も必要だし、学歴だってあった方が良いから大学に入ったんだもの。勉強も頑張りつつ、事務所に入らないとスタート地点にすら立てない!)

しずく(早い子はもう18歳とかで女優デビューを果たしてる子もいる……!)

しずく(頑張らないと!)


集中。夢。集中。夢。現実。

24: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 00:07:49.79 ID:AGzWFeft0
しずく「…ッ…」


集中。不合格通知。集中。落選。集中。集中。将来。集中。現実。集中。二十一歳。集中。不合格通知。

──私は女優になんてなれるの?


しずく「…………」


不合格。不合格。不合格。


しずく「……っ」

しずく(余計なこと考えるな。桜坂しずく!)

しずく(私は絶対に──)


prrrrrr!!


しずく「!!」ビクッ

しずく「で、電話……?」

しずく「あっ!」

しずく(この前オーディションを受けた事務所から)

しずく(結果が出たんだ!)


持っていた台本を横に置き、立ち上がってしまう。
淡い期待を持ちながら、私はスマートフォンの画面に映る【応答】をタップする。

25: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 00:11:10.64 ID:AGzWFeft0
しずく「も、もしもし! 桜坂です」

しずく「はい! いえ、大丈夫ですっ。はい」

しずく「……!! ──あっ……」

しずく「…………」

しずく「……はい」

しずく「……いえ、大丈夫です」

しずく「連絡して頂き、ありがとう……ございました」

ピッ

しずく「…………」


一限が終わったチャイムが耳に届く。

少し強めの風が吹き、ベンチのギリギリの所に置かれていた台本が揺れ──地面に落ちた。

28: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 00:22:09.65 ID:AGzWFeft0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

しずく「…………」


講義が終わり、本日の大学でのスケジュールが完了する。

この後の予定は特にない。

特にないからこそ、夢に向かって努力しなければいけない。

それはわかってるんだけど……。


しずく「……」

しずく(今日は、帰って早めに寝よう)

しずく(レポートも作らなきゃだし)

しずく(明日も講義あるし)


動けなかった。

昔は不合格だからこそもっと頑張らないとって奮起したけれど、最近ではこんな感じだ。


しずく(全力で努力出来ているのかな。私は……)

しずく(こんなだから、落ち続けてるんじゃないの?)

しずく(桜坂しずく)

30: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 00:28:19.24 ID:AGzWFeft0
しずく「……」スッ


ふとスマートフォンのメッセージアプリを起動してしまう。

そこにはかけがえのない大切な人達の名前が載っている。


しずく(スクールアイドル同好会の皆)

しずく(今、楽しい日々を過ごせているのかな?)


中須かすみさん。天王寺璃奈さん。高咲侑さん。上原歩夢さん。宮下愛さん。優木せつ菜さんこと中川ななさん。エマ・ヴェルデさん。朝香果林さん。

そして、近江彼方さん。

卒業後はちょくちょく連絡をしていたが、最近ではそれも無くなってしまった。

たまにグループチャットで誰かが話題を出し、やり取りする事もあるけれど、それも以前より減った。

皆、今の生活があるから仕方のない事だけど、何だか寂しい。


しずく(でも)

しずく(自分から何か書き込んだりするのは気が引けるんだよね)

しずく(みんな忙しいかもしれないしな~とか、色々考えちゃう)

376:>>1(茸) (スッップ Sdbf-yeAZ) 2021/11/29(月) 09:18:57.86 ID:Mi0RN4XLd
>>30 誤字修正。

× → 中川なな

〇 → 中川菜々


>>347 誤字修正。

× → 正面に見える海と大きな観覧車には、夕日が綺麗な色を差し掛かり、幻想的な風景を生み出している。

〇 → 正面に見える海と大きな観覧車には、綺麗な色の夕日が差し掛かり、幻想的な風景を生み出している。

31: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 00:35:51.65 ID:AGzWFeft0
しずく「ただいま」


家に着き、バッグを下ろしベットへダイブ。そうして私は横になる。


しずく「うぅ……今回もダメだった……」

しずく「……はぁ……」

しずく「昔ならオフィーリアにモフりながら色々話せたのに……」

しずく「今では独り言をぽつりぽつり……はぁ……」

しずく「……」

しずく「──あっ!」

しずく「お醤油……! 買い忘れたぁ……」

しずく「はぁ……」


1分間で3回のため息。幸せがどんどん消えていく。

32: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 00:49:25.22 ID:AGzWFeft0
しずく(レポートやらなきゃいけないけど、買いに行かなきゃ)

しずく(お夕飯も作らないといけない)

しずく(ご飯を抜くのは健康に良くないもんね……)

しずく「……」

しずく「時間が足りない」


焦る。ひたすら焦ってしまう。

生きているだけで、時間がどんどん減ってしまう。

大学も3年生になってから講義自体は減ったけれど、卒業論文に向けてのレポートだったりの課題や、研究発表が増えていく。

女優への夢も上手くいかない。
努力はしているつもりだけれど、全力を出せているのか分からない。

台本だって、昔は貰ったその日の内に覚えていたのに、今では覚えるのに時間が掛かる。

中々集中できない。

33: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 01:01:32.35 ID:AGzWFeft0
しずく「……」


一人でこうやって抱え込むよりも、誰かに相談した方が良いのかもしれない。

けれど、足を踏み出すことができない。

だってこれは、私が抱えている問題だもの。

それに、問題ですらないのかもしれない。


しずく「いつまでも……夢を追うだけじゃいけない」

しずく「現実を知って、いつしか将来の夢を諦める」

しずく「叶えられるのは、ほんの一部の人だけ」

しずく「……人生って言うのは……そんな物語なのかもしれない」

しずく「…………」

35: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 01:30:38.94 ID:AGzWFeft0
「ねぇねぇしずくちゃん~」

「どうかしましたか?」

「今日も台本読んでるの?」

「はい。来月公演があるので。もう内容は覚えていますけれど、登場人物への理解を深める為に復習しています」

「うわぁ……相変わらず真面目さんだね~」

「そんな事ないですよ。好きな事ですし、将来の夢の為でもありますから」

「偉いな~しずくちゃんは」

「彼方さんだって普段から勉強頑張ってるじゃないですか。偉いですよ」

「え? ほんと~? 照れますなぁ」

「普段お昼寝ばかりでなければもっと偉いんですけれどね……」

「うぐ……グサッと刺さる事言わないで~」

「ふふっ、ごめんなさい。冗談ですよ」

「油断の出来ない後輩なんだぜ……」

「……でも、まぁ……本当にしずくちゃんは偉いし凄いよ」

「へ?」

「彼方ちゃんは、将来の夢……決まってないからさぁ」

「女優を夢見て真っ直ぐ頑張ってるしずくちゃんの事、本当にすごいと思う」









しずく「……ん……?」パチ、パチ

しずく(あっ……私、寝ちゃってた……)


懐かしい夢を見ていた。

当時1年生だった私と、先輩である彼方さんとの思い出の1ページ。

何気ない会話だったけれど、憧れの先輩からそう言われたのが嬉しかったのを覚えている。

彼方さんは、普段はぽわぽわしているのにすごく周りを見ていて、本当に優しい方だった。

エマさんとはまた違う方向性のお姉さんって感じがして、癒してもらっていた。

──ただ、手のかかる方でもあった。

36: (しまむら) (ワッチョイ 9228-M3Bp) 2021/09/30(木) 01:38:47.04 ID:AGzWFeft0
しずく『彼方さん! 起きて下さい! 練習始まりますよ!?』

彼方『ん~……あと……5分……』

しずく『だ、ダメですってば! 起きて~!』



しずく「ふふっ、懐かしいなぁ」

しずく「1回寝ちゃうと、全然起きないんだよね。彼方さん」


自然と笑みが零れる。本当に懐かしい。


しずく「……」

しずく(彼方さん、将来の夢が決まってないって仰ってたよね)

しずく「いま……何してるんだろう」


メッセージアプリのフレンドリストから、彼方さんの名前を探す。

──あった。

42:>>1(茸) (スップ Sd52-M3Bp) 2021/09/30(木) 08:55:57.03 ID:lw4uLuMVd
しずく(最後にやり取りしたの、9ヶ月も前だ)

しずく(遊びの誘いだ。けど、この時忙しくて断っちゃったんだよね)

しずく(申し訳ないことしちゃったなぁ)


彼方さんとのトーク画面を眺める。


しずく(あの頃は、楽しかったなぁ)

しずく「……」


気がつくと私は、彼方さんに電話をかけていた。

なんとなくの行動。


しずく(で、電話かけちゃった……!)

しずく(やってしまった。忙しかったらどうしよう?)

しずく(というか、何を話すの? 相談? 今の状況を相談するにしても、まずはお母さん達やかすみさんや璃奈さんに連絡するべきじゃない?)

しずく(で、でもこのまま切っちゃったら雰囲気悪いよね? あー、なんでわた──)


『もしもし? しずくちゃん?』

しずく「!!」


彼方さんと電話が繋がった。

43: (茸) (スップ Sd52-M3Bp) 2021/09/30(木) 09:02:19.36 ID:lw4uLuMVd
しずく「あっ……か、彼方さん。こんばんは」

しずく「ごめんなさい。夜遅くに……」

彼方『ううん! 大丈夫だよ?』

彼方『わぁ、久しぶりのしずくちゃんの声だ~』

彼方『懐かしいなぁ……元気してた?』

しずく「えっと、はい。元気ですよ?」

彼方『……ん~?』

彼方『しずくちゃん、絶対に元気ないよね?』

しずく「!?」

彼方『何かあったの~?』

しずく(な、なんで分かったんだろう。急に電話かけちゃったからかな?)

彼方『しずくちゃん?』

しずく「あっ! ご、ごめんなさい!」ペコリ


電話越しなのに、頭を下げてしまう。

変に緊張してる自分がいる。

45: (茸) (スップ Sd52-M3Bp) 2021/09/30(木) 09:11:20.11 ID:lw4uLuMVd
しずく「えっと……その……」

しずく「彼方さん、いま何してるのかなって思っちゃって」

彼方『今? さっきまで洗い物してて、終わったところだよ~』

しずく「そ、そうでしたか……」

彼方『うん』

しずく「……」

しずく(全然何話していいのか分からない……)

しずく(このままじゃ、無駄に彼方さんの時間を使わせてしまう)

彼方『しずくちゃん』

彼方『何かあったんだよね? 私に話してみてよ』

彼方『ね?』

しずく「彼方さん……」


顔が見えないのに、彼方さんの笑顔が目に浮かぶ。


しずく「私……」

しずく「どうしたらいいのか分からなくなっちゃいました」


私はぽつりぽつりと、今の心境を語り始めた。

47: (茸) (スップ Sd52-M3Bp) 2021/09/30(木) 09:20:56.17 ID:lw4uLuMVd
しずく「大学で勉強しながら、女優を目指す日々を過ごしているんです」

しずく「でも、オーディションに受けても受けるだけ不合格通知が届くんです」


彼方さんは優しく相槌を打ってくれた。静かに、話を聞いてくれた。


しずく「焦るんです。このままでいいのかなって……」

しずく「もう諦めて、大学での勉強に集中した方がいいんじゃないかなって思っちゃって」

しずく「昔は、女優になる事しか頭になかったのに……」

しずく「今では、現実的ではないんじゃないかな? って思うんです」

しずく「夢を叶えられるのは、一部の人だけなんじゃないかって、思うんです……!」

しずく「彼方さん」

しずく「私、諦めた方が良いんでしょうか?」

しずく「女優への夢……」


絶対に困らせてしまっていると思う。けど、語り始めたら止まらなかった。

48: (茸) (スップ Sd52-M3Bp) 2021/09/30(木) 09:28:37.36 ID:lw4uLuMVd
彼方『……』

しずく「……ごめんなさい、こんな事聞いちゃって」

彼方『ううん。平気だよ』

彼方『話してくれてありがとね~』

しずく「……」

彼方『そうだなぁ……うん。難しいよね』

彼方『自分の夢と向き合うのって』

しずく「……」

彼方『よしっ、しずくちゃん』

しずく「……はい……」

彼方『さっきの事については、直接伝えたい』

彼方『今週の木曜日、会えない?』

しずく「へ? 木曜日ですか……?」

彼方『うん』

しずく「確かその日は……大学の講義も入れてないので終日空いてます」

彼方『ほんと!? やった!』

しずく「???」

49: (茸) (スップ Sd52-M3Bp) 2021/09/30(木) 09:36:09.94 ID:lw4uLuMVd
彼方『出来たばっかだから、まだ果林ちゃんとエマちゃんにしか話せていなかったけれど』

しずく「え? な、何がですか……?」

彼方『しずくちゃん!』

しずく「は、はい!」

彼方『木曜日に、今から送る住所に来てほしいの』

彼方『彼方ちゃんの喫茶店へ、ご招待~』

しずく「へ?」

しずく「彼方さんの……喫茶店……?」


──彼方さんと過ごす日常が、また始まる。

74: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/03(日) 23:17:49.63 ID:mWoNsHJn0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

しずく「……」

しずく(場所は……ここで合ってるよね?)

しずく(うん。彼方さんから送られてきた住所と、地図アプリで表示されている所と相違なしだ)

しずく「ここが」

しずく「彼方さんの……喫茶店……」

しずく(け、結構立派だ)

しずく(一から建てたのかな?)

75: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/03(日) 23:20:54.18 ID:mWoNsHJn0
しずく「!!」ブンブン

しずく(色々考えるのはあと! まずはお店の前に着いたことを彼方さんに報告しないと)

しずく「えーっと……」

しずく(彼方さん、お店の前に着きましたよっと)ススッ

しずく(送信完了です)

しずく(ちょっと待っていよう)

しずく「……」

しずく(今日の私、変じゃないよね?)

しずく(一応自分なりにお洒落もしてきたつもりだし……リボンは流石にもう付けてないけれど)

しずく(も、もう一回身だしなみチェックしておいた方が──)

ガチャ

しずく「!!」ビクッ


突然、お店の扉が開く。

そこから懐かしい方のお顔が見えた。


彼方「しずくちゃ~ん!」

彼方「久しぶり~! 待ってたよっ」ニコッ


笑顔の彼方さんが、出迎えてくれた。

78: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/03(日) 23:31:16.95 ID:mWoNsHJn0
しずく「お、お久しぶりです!」ペコリ

彼方「あれ~? なんか緊張してる?」

しずく「そ、そんなことないですよ!?」

彼方「めっちゃ緊張してるじゃ~ん」

彼方「リラックス、リラックス~」ナデナデ

しずく「!!」

彼方「私としずくちゃんの仲なんだし、そんな緊張する事ないでしょ?」

しずく「……」


私の頭を優しく撫でてくれる彼方さん。

懐かしい。本当に……。


彼方「し、しずくちゃん……?」

しずく「え?」

彼方「ど、どうしたの~? 大丈夫?」


彼方さんがおどおどしている。なんか焦っている様子だ。どうしたんだろう?

それに、なんだか彼方さんがぼやけて見えた。


彼方「泣かないで~?」ナデナデ

しずく「へ? ──へ?」

しずく「…っ…」ポロポロ

しずく「あ、あれ? なんで……私……!」ポロポロ


私は、自分が泣いている事に気が付いた。

理由は分からないけれど──涙が止まらなくなってしまった。

79: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/03(日) 23:38:30.82 ID:mWoNsHJn0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼方「大丈夫~? 落ち着いた?」

しずく「はい……」

しずく「本当にごめんなさい。急に泣いてしまって……」


店内に案内され、席に着く。


彼方「私は平気だけど……本当にもう大丈夫?」

しずく「は、はい。大丈夫です」

彼方「本当かなぁ? しずくちゃん、結構抱え込んじゃう子だから……」

しずく「ほ、本当に大丈夫ですから!」

しずく「その……なんか、懐かしくなっちゃって……」

しずく「涙が出ちゃいました……心配かけちゃって本当にごめんなさい」

80: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/03(日) 23:42:34.84 ID:mWoNsHJn0
彼方「しずくちゃん」

しずく「は、はい」

彼方「何か飲む?」

しずく「へ?」

彼方「紅茶かコーヒーなら出せるよ?」

彼方「喫茶店ですからっ」ニコッ

しずく「……」

しずく「ここは、彼方さんのお店なんですか?」

彼方「うん!」

彼方「一から作った、彼方ちゃんの喫茶店だよ~」

彼方「ま、まぁオープンしてまだ1ヶ月くらいなんだけどね」

しずく「……すごいです。こんな立派なお店」

彼方「そう? ありがとう」

81: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/03(日) 23:50:10.40 ID:mWoNsHJn0
彼方「お客様に出すものだから、味にも自信があるんだよ~」

彼方「どっちが飲みたい?」

しずく「なら……」

しずく「コーヒーがいいです」

しずく「喫茶店と言えば、美味しいコーヒーというイメージがありますので」

彼方「確かに、ドラマとかでもよくコーヒーの美味しい喫茶店みたいな場面があるよね~」

しずく「……」

彼方「すぐ入れるね? 待っててっ」

しずく「あ、ありがとうございます。何から何まで……」

彼方「良いってことよ~」

彼方「しずくちゃんが来てくれて、嬉しいよ」ニコッ

しずく「彼方さんが招待してくれたんじゃないですか」

彼方「招待を受けてくれて、ここにいるって事が嬉しいのだよ!」

しずく「は、はぁ……」

82: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 00:03:07.51 ID:NRZKS5uj0
彼方「ふんふんふ~ん♪」


楽しそうに鼻歌を交えながら手馴れた手付きでコーヒーを準備している彼方さんがよく見える。

カウンターがお客さんの座る位置──今私が座ってる席──からよく見えるから、料理とか頼んだら作ってる所を見られる。そういう内装になっていた。


しずく「……」ジー

彼方「うーん、なんだか熱い視線を感じるんだぜ」

しずく「へ!? あっ、ごめんなさい」

彼方「テキパキ動く私を見て改めて尊敬しちゃった?」

しずく「……彼方さんの事はいつだって尊敬しています」

彼方「へぇ!?///」

しずく「え? か、彼方さん? どうしたんですか?」キョトン

彼方「……な、なんでもない。さすが天然さんだなって」

しずく「???」

彼方「き、気にしないで~」

彼方「さっ、コーヒー入れ終わったよ」スタスタ

しずく「あっ、ありがとうございます」

彼方「私も座っちゃおっと!」スタッ

彼方「飲んでみて~?」ニコニコ

しずく「は、はい。頂きます」

彼方「うんっ」

84: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 00:18:45.92 ID:NRZKS5uj0
しずく「……」スッ

しずく「!!」

しずく「お、美味しい」

彼方「ほんと? やったぁ」ニコッ

しずく「すっごく飲みやすいです! ブラックなのに苦味もそんなに無くて、くどくない。美味しいです!」

彼方「色々考えて作ったやつなんだ~。ありがとうねっ」

しずく「お礼を言うのは私の方ですよ」

彼方「えへへ~嬉しいなぁ」ニコニコ


嬉しそうだけど、ちょっぴり恥ずかしそうな表情の彼方さんにすごく癒される。


彼方「ここのお店ね」

彼方「遥ちゃんのおかげで作れたんだ~」

しずく「え? 遥さんの?」

彼方「うんっ」

86: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 00:40:46.35 ID:NRZKS5uj0
彼方「遥ちゃんがね」

彼方「今度は私がお姉ちゃんに恩を返す番だよって言ってくれてね」

彼方「今まで家庭に入れていた分の……その……お金を……」

彼方「渡してくれたの」

しずく「……」


彼方さんの妹である近江遥さんは、現役のアイドルだ。
彼女は高校を卒業すると同時に、そのままアイドルとして芸能界デビューを果たした。

東雲学院で1年生の頃からセンターを務めていた彼女だ。彼女の実力は半端なものじゃなく、彼女が三年生の時には東雲学院はラブライブ優勝を果たしている。
元々ファンも多かったけれど、更にファンを増やしテレビの向こう側で活躍している。


彼方「+αのお金もあってね。それが……すごくって」

彼方「目回しちゃったよ」

しずく「……」

彼方「こんなお金受け取れないよって断ってたんだけどね」

彼方「今度は私がお姉ちゃんを支えるんだ。これで何でも好きな事をやってって……断る事を断られちゃったんだ」

しずく「……」


私は、静かに彼方さんのお話を聞いた。


彼方「しずくちゃん。覚えてる?」

しずく「え?」

彼方「私の将来の夢についての話」

しずく「……覚えてますよ」

彼方「え? ほんと? 聞いといてなんだけど、よく覚えてたね」

87: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 00:53:36.99 ID:NRZKS5uj0
彼方「しずくちゃん。私ね」

彼方「特待生の為に勉強も頑張ったけれど、なんとなく将来は好きなお料理に関わるお仕事がしたいなぁって思っていたくらいで」

彼方「明確にこれになりたい! っていう将来の夢は、なかったの」

彼方「というか、正直な話……あんまり考えている余裕がなかった」

彼方「だから、好きな事をやってって言われても正直困っちゃってた」

しずく「……」

彼方「けどね、しずくちゃん」

彼方「ここのお店は、私がやりたくて作った」

彼方「夢になったものなの」

しずく「夢になった……もの……?」

彼方「うんっ」

89: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 01:03:57.92 ID:NRZKS5uj0
彼方「調理に関わる大学に行ったから、栄養士とかの資格も取れたし調理師免許も取れた」

彼方「そんな中、私は何がしたいんだろってゆっくり考えた結果」

彼方「来てくれる方が癒されるような空間。そんなお店を開きたいって思ったんだ」

彼方「夢が少しずつ決まっていってね。そうして作ったのが、ここなの」

彼方「喫茶店『眠れる森』」

しずく「……ふふっ、彼方さんのお店っぽい名前ですね」

彼方「でしょ~?」ニコッ

彼方「よーし、ここでのんびり、楽しく過ごしていきたいな〜って考えていました」

彼方「そう、考えていました……」プルプル

しずく「か、彼方さん……?」

彼方「──のんびりなんて、過ごせない!」

しずく「!?」

90: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 01:08:42.79 ID:NRZKS5uj0
彼方「すっごい大変だった! いや、今も大変!」

彼方「お店を立てる時も大変だったし! 色々な契約も大変! 仕込みも食材や備品の発注もメニューを考えるのも装飾を考えるのも店舗状態をチェックしたりお金の計算もしなきゃだし!」

彼方「すっっっっごい大変!」

彼方「ぽわぽわと考えすぎてた! 経営する事の大変さを甘くみてた! 彼方ちゃんのおバカって反省した!」

しずく「か、彼方さん!?」


まるでマシンガン。勢いが止まらない彼方さんはグイグイと私に迫りながら言葉を発する。


彼方「──でも!」

彼方「楽しいんだ」ニコッ

しずく「っ!!」

彼方「すっごく、今が楽しいの」

しずく「……」

しずく(今が……楽しい……)

92: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 01:18:22.87 ID:NRZKS5uj0
彼方「しずくちゃん」

彼方「この前のしずくちゃんの質問の返事をするね?」

しずく「!!」

彼方「あの日、しずくちゃんは言ったよね?」

彼方「女優への夢を諦めた方が良いのかって」

しずく「……はい……」

彼方「その事なんだけどね」

彼方「しずくちゃんは、どうしたいの?」

しずく「──え?」

93: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 01:36:11.78 ID:NRZKS5uj0
彼方「夢を叶えるのは大変だし、叶えた後も大変」

彼方「困難ばかりだし反省する事も沢山ある。現に大変なう、な彼方ちゃんがここにいるし」

しずく「……」

彼方「夢というものが決まったばかりの私ですら、大変なんだもん」

しずく「……はい……」

しずく「女優への夢は……甘くない。大変なことばっかりだって……思います」

しずく「私が……一番分かってる……」

しずく「だからこそ……悩むんです。このままで良いのかって……」

彼方「しずくちゃん」

彼方「人生は自分自身が決意して、貫くしかないんだよ」

しずく「!!」

彼方「だから、私はしずくちゃんに夢を諦めちゃダメとも諦めた方が良いとも言えない」

彼方「ごめんね」

しずく「…………」

彼方「その上で、もう一回聞くね」

彼方「しずくちゃんは、どうしたい?」

しずく(私自身が決意して……貫くしかない……)

しずく「わ、私は……」


昔から夢に見ていた女優への道。

叶うか分からない、夢。

それを諦めるのか、諦めないのか。

自分自身で、決めなきゃいけない……?

そんなの──

95: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 01:47:24.50 ID:NRZKS5uj0
しずく「……いよ……」ボソッ

彼方「……」

しずく「分からないよ……」

しずく「分からない……分からないんですよ!」

しずく「どうすれば良いのか、自分でも分からないんですよ!!」

しずく「諦めた方が良いのか……夢を諦めず目指すべきなのか……!」

しずく「わかんないよ……っ…!」

彼方「……」

しずく「だから……わたしは……!」

彼方「それでいいと思う」

しずく「──へ?」

彼方「しずくちゃん」

彼方「“分からない”で、いいと思う」

彼方「だって、キミはまだ21歳だよ?」

彼方「無理に今、決めなくていいんだよ」

しずく「……」

彼方「ね?」ニコッ

しずく「今……決めなくていい……?」

彼方「うん」

96: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 02:10:12.29 ID:NRZKS5uj0
彼方「まだ焦る時じゃないと思う」

しずく「で、でも! 早い内から事務所に所属しないとですし……周りの人達にだって……」

彼方「しずくちゃん」

彼方「毎日コツコツ勉強してテストを受けるのと、前日に寝ずに勉強してテスト受けるのって、どっちが良い結果に繋がると思う?」

しずく「!! ……前者だと、思います」

彼方「うん。私もそう思う」

彼方「焦っても、良い結果に繋がらないよ」

彼方「それに、どうすれば良いのか分からない状態でオーディションに受けても」

彼方「本当のしずくちゃんの実力は発揮出来ないと思う」

しずく「……」

彼方「しずくちゃんはすごい子」

彼方「私はしずくちゃんの事、尊敬してる」

しずく「!!」

彼方「私はね」

彼方「しずくちゃんなら絶対に女優になれると思ってる」

しずく「……」

彼方「だから、今は焦っちゃダメ」

彼方「最終的にどうしたいのかはしずくちゃんが決めることだけれど、ゆっくり考えていこ?」

彼方「ねっ?」ニコッ

しずく「…………」

97: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 02:21:24.94 ID:NRZKS5uj0
しずく「ゆっくり……焦らず……」

彼方「そうそう」

彼方「彼方ちゃんのように、ゆっくりやっていこ~ぜ~?」

しずく「……」


なんだか、肩が軽くなった気がする。


しずく(確かに、そうかも)

しずく(焦っても良い結果は生まれないし……どうすれば良いのか決断できていない状態でオーディションに受けたって)

しずく(良い結果が出るはずもないよね?)

しずく「……彼方さん」

彼方「なに~?」

しずく「ありがとうございますっ」ニコッ

しずく「ゆっくり、考えていきます」

しずく「私が、どうしたいのか」

彼方「うん! 彼方ちゃんもそれがいいと思う」

しずく「…………」

彼方「ん? どーしたの?」

しずく「彼方ちゃん……」

彼方「!!」ハッ

彼方「ち、違うの! 私だよ! 私!」

彼方「うわぁ……高校の時の癖……直したのに……」

しずく「可愛いですよ? 彼方ちゃん♪」

彼方「か、からかわないでよ~!」

しずく「ごめんなさい」クスクス

彼方「もー……」


少し頬っぺたを膨らませる彼方さん。すっごく可愛い。

普段余裕のあるお姉ちゃんって感じがする彼女に、こんな表情をさせる事が出来るのなら『からかう』という行為も悪くない気がする。

98: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 02:26:15.73 ID:NRZKS5uj0
しずく「本当にありがとうございます彼方さん」

しずく「気が楽になりました」

彼方「大事な後輩の為だもん。お役に立てることが出来て私も嬉しいよ~」

しずく「……本当に優しい方ですね」

彼方「同好会の皆が私に優しくしてくれたからだよ」

彼方「私はそれをお返ししてるだけ」

99: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 02:31:46.44 ID:NRZKS5uj0
しずく「……」

しずく(本当に、良い人過ぎます)

彼方「ねぇねぇ、しずくちゃん」

しずく「はい?」

彼方「私からお願いがあるんだけど、いーい?」

しずく「えぇ。何でも聞きますよ?」

彼方「ほんと!?」

しずく「はい。彼方さんに少しでも恩返ししたいので」

彼方「義理堅い子だ……遥ちゃんとそっくりさん……」

しずく「遥さんと私が、ですか?」

彼方「うん。まぁ、一旦その事は置いといて」

彼方「しずくちゃん!」

しずく「は、はい!」


急に大きな声を出されたから、少しビクッとしてしまった。コーヒー零れなくて良かった……。

100: (しまむら) (ワッチョイ ff28-Wc2Y) 2021/10/04(月) 02:36:16.78 ID:NRZKS5uj0
彼方「良かったらね」

彼方「このお店で、アルバイトしてほしいの」

しずく「──え?」

彼方「うんっ」

彼方「短い間でも良いからさ」

彼方「お願~い!」

しずく「え? え!?」

しずく「……わ、私が……?」

しずく「喫茶店でアルバイトですか!?」


──この彼方さんからのお願いは、私が変わるきっかけとなった。

108: (茸) (スッップ Sd1f-Wc2Y) 2021/10/05(火) 09:06:06.58 ID:iKAr0tYJd
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼方「わぁぁ……!!」

彼方「しずくちゃん、私のお店の制服似合ってるね~!」

彼方「かわいい、かわいい~!」パシャ、パシャッ

しずく「……」


彼方さんからのお願いを承諾し、私はアルバイトをすることになりました。
早速制服の着合わせや契約についての対応をしていた。

今は制服に身を包ませ、彼方さんに写真を撮られ続けている。


彼方「このお洋服ね、果林ちゃんにデザインしてもらったんだよ? 可愛いでしょ~?」

しずく「え、えぇ。可愛いと思います」

彼方「でしょでしょ!?」

彼方「そしてそれを着ているしずくちゃんもかわいい!」パシャ、パシャ

しずく「…………」

彼方「髪も一つ結びにしてポニーテール……お淑やかだぜ……うおおおお」

彼方「たまんねぇ~!」

しずく「そ、そろそろやめてください!」

彼方「へ?」

しずく「へ? じゃありません!」

しずく「は、恥ずかしいです! いつまで写真を撮ってるんですか……」

彼方「いやはや、失敬失敬~」

彼方「しずくちゃんがあまりにもかわいくて……ごめんね~?」

しずく「むぅ……」

109: (茸) (スッップ Sd1f-Wc2Y) 2021/10/05(火) 09:11:43.09 ID:iKAr0tYJd
しずく「彼方さん」

彼方「ん~?」

しずく「私はもう21歳です」

彼方「うん。知ってるよ?」

しずく「だからその……」

しずく「可愛いって言って頂けるのは嬉しいんですけれど……もうそういう年齢ではないと思うんです」

彼方「年齢なんて関係ないでしょ~」

彼方「しずくちゃんはいつまでだって可愛いよ?」

しずく「むぅ……!」プクー

彼方「頬っぺた膨らませてかわいい~」

しずく「ち、違います!」

しずく「私は綺麗って言われたいんです!」

しずく「その為にお洒落も頑張ってきたのに……」

彼方「しずくちゃんは綺麗だしかわいいんだよ!」

しずく「なんか複雑……」

110: (茸) (スッップ Sd1f-Wc2Y) 2021/10/05(火) 09:17:17.62 ID:iKAr0tYJd
彼方「しずくちゃんは年齢とか色々気にしすぎだよ」

彼方「しずくちゃんは何歳になっても私の可愛い後輩なんだよ?」

彼方「いつまでだってかわいいよ~」

しずく「…………」

彼方「あ、あれ? しずくちゃん? どうしたの?」

しずく「なんでもないです」ニコッ

彼方「そ、そう?」

しずく「はい」ニコニコ

しずく(いつまでも子供扱い……!!)

しずく(これから良い所たくさん見せて、子供扱い出来ないようにさせるからね!!)

しずく(覚悟しておいて下さいね!! 彼方さん!!)

しずく「……」ニコニコ

彼方(わ、笑ってるけれど笑ってない気がする)

111: (茸) (スッップ Sd1f-Wc2Y) 2021/10/05(火) 09:21:06.33 ID:iKAr0tYJd
彼方「そ、それにしてもしずくちゃん! 本当にストレートで綺麗な髪してるよね~」

しずく「!!」

しずく「そ、そうですか?」

彼方「うんっ。サラサラだし、素敵だよ~?」

しずく「……か、彼方さんのふわふわしてるのも素敵ですよ?」

彼方「え? ほんと~? ありがとうっ」ニコッ

しずく「はい」ニコッ

しずく(き、綺麗な髪だって褒められちゃった!)

しずく(ッ~~~~~!!)

しずく(これからもしっかりとお手入れしなきゃ!)

112: (茸) (スッップ Sd1f-Wc2Y) 2021/10/05(火) 09:39:17.75 ID:iKAr0tYJd
彼方「とりあえず、制服の着合わせはこれで大丈夫だね」

彼方「じゃあ、これから契約についてお話をするね?」

しずく「はい。よろしくお願い致します」

彼方「じゃあ、そこに座って~」

彼方「しずくちゃんが初のアルバイトの子だから緊張しちゃうよ~」

しずく「え?」

しずく「い、今まで誰も雇ってなかったんですか!?」

彼方「うん。まだオープンしたばっかだし、一人で回せたからね~」

しずく「それは大変なはずですよ……」

しずく「これからは私が沢山サポートしますからねっ」

彼方「ええ子や……ありがとうね~」

しずく「頼まれたからには全力です」

しずく「──というか、彼方さん」

彼方「どったの?」

しずく「なんで私にアルバイトのお願いをしたんですか?」

彼方「…………」

彼方「ふふ~、それはね~?」

しずく「?」


彼方さんが、私の耳まで顔を近付ける。


彼方「な・い・しょ」

しずく「へ!?///」

彼方「ふふっ」


耳に息がかかるくらい距離が近く、少し恥ずかしなる。

彼方さんの方を見ると、無邪気笑っていた。


彼方「いつか教えてあ~げるっ」

しずく「……」


聞きたいことは沢山あったけれど、とりあえず私は──


しずく「わ、分かりました」

しずく「待ってます」


──赤くなってしまった顔を彼方さんに見られないように、彼女がいる方とは逆の方を見つめて、目を逸らした。




121: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/08(金) 00:15:20.78 ID:PgcjWR850
しずく「彼方さん」

しずく「ダメです」

しずく「それだけは納得できません」

彼方「……」

しずく「ここの部分だけ訂正して下さい。そうしたら契約書にサインします」

彼方「な、なんで……?」

しずく「……さっきから言ってますよね?」

彼方「いや、何回も聞いてるけど……」

彼方「これでいいじゃん」

しずく「ダメです!」

しずく「時給1500円は高すぎです! もっと安くして下さい!」

彼方「時給高く設定して怒られる事が起きるなんて思ってもいなかったよぉ」

122: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/08(金) 00:25:02.79 ID:PgcjWR850
彼方「そもそもなんでしずくちゃんがそんなにこの時給設定を拒むの?」

しずく「明らかに高すぎます」

彼方「そんなことないって~」

しずく「普通は時給1000円くらいだと思います」

彼方「こんなかわいい子が働いてくれるんだよ? 2000円は出せるよ」

しずく「な、何言ってるんですか!」

しずく「と……とにかくそんなに受け取れません!」プイッ

しずく「訂正を所望します」

彼方「頑固だなぁ」

しずく「頑固じゃありません」プクー

123: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/08(金) 00:44:39.82 ID:PgcjWR850
彼方「あれでしょ?」

彼方「しずくちゃんは自分がそれだけの時給と見合う価値がないって思ってるんだよね?」

しずく「!!」ギクッ

しずく「ち、違います! 単純に高すぎるって思ったんです」

彼方「しずくちゃん」

彼方「私は期待してるんだよ」

しずく「き、期待……ですか?」

彼方「そーそー」

彼方「これから沢山頑張ってくれるんでしょ~?」

しずく「えぇ。頑張ります」コクリ

彼方「ならさ」

彼方「私の思いも汲み取ってほしいなぁ」

しずく「……」

彼方「活躍してくれるって期待してるよ」

彼方「しずくちゃんっ」ニコッ

しずく「……彼方さんは昔からずるいです」

しずく「そんな言い方されたら……断れないじゃないですか」

彼方「それでいいんだよ~」

彼方「私が店長だも~ん。私のお店のルールは私が作るのです」エッヘン

しずく「もう……」

124: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/08(金) 00:54:16.92 ID:PgcjWR850
しずく「……わかりました」

しずく「精一杯頑張ります」

しずく「期待に応えられるように桜坂しずく、全力を尽くします!」

彼方「楽しみにしてるよ~」

しずく「ありがとうございますっ」

しずく(稼いだお金で今度彼方さんに何かプレゼントしよう)

しずく(それに……)



彼方『活躍してくれるって期待してるよ』



しずく「……っ////」

しずく(期待してくれてるの、嬉しいなぁ)

しずく(頑張ろう!)

彼方「あれ? しずくちゃんどうしたの?」

彼方「お顔が赤──」

しずく「な、なんでもないですよ!? さ、サインしますね!」サラサラ

彼方「う、うん。よろしくね~」


変に思われたかもしれないけれど、私は適当に誤魔化しながら契約書にサインをした。

こうして私のアルバイト生活がスタートしたのでした。

126: (茸) (スップ Sd8a-pGIY) 2021/10/08(金) 09:51:22.33 ID:pLmuSMp+d
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

〈夜〉

しずく(よし、今度の講義の課題終わりっと)

しずく「ん~……! 疲れたぁ……」

しずく「はぁ……オフィーリアモフりたいよ……今度実家に顔出そうかなぁ」


身体を伸ばしながら独り言を呟く。

当然一人だから誰からの反応はない。あったら怖いけれど。


しずく(誰かと集まるなんて、すごく久しぶりだった)

しずく(相変わらず綺麗だったなぁ)

しずく「彼方さん」

しずく「なんであんなに魅力的なんだろ」

しずく「というか! 元スクールアイドル同好会の皆は魅力的な方が多過ぎるよね」

しずく「私も見習わないと……」

しずく「もう21歳だけど」

しずく「はぁ……」


勝手に呟いて、勝手にテンションが下がる。

高校生の時の私はもう少し輝いていた気がする。

どうしてこんな風になってしまったのでしょうか。

127: (茸) (スップ Sd8a-pGIY) 2021/10/08(金) 09:55:42.78 ID:pLmuSMp+d
しずく「歳は取りたくないね……」

しずく「!!」ブンブン

しずく(ネガティブに考えちゃダメ。最近の悪い癖だ)

しずく「まだ」

しずく「まだ21歳だもんね」

しずく「焦らないでいこう」


目を瞑り1回深く深呼吸。焦ったって良い事はない。

彼方さんが言ってくれた言葉を思い出す。


しずく「彼方さん」

しずく「ありがとう」


そして、感謝の言葉を呟く。

今度直接伝えよう。そう思った。

128: (茸) (スップ Sd8a-pGIY) 2021/10/08(金) 10:07:14.04 ID:pLmuSMp+d
しずく(そう言えば私)

しずく(これが人生初のアルバイトになる)

しずく「…………」

しずく(な、なんかそう思うと不安になってきた)

しずく(私にちゃんとできるかな……)

しずく(しかも接客のお仕事だよね!?)

しずく(お客様にも彼方さんにも迷惑かけちゃうかもしれない……)

しずく「うぅ……」

しずく「大丈夫かなぁ……」

129: (茸) (スップ Sd8a-pGIY) 2021/10/08(金) 10:10:57.42 ID:pLmuSMp+d
『ちょっと! あなた何やってるのよ!』

しずく『も、申し訳ございません……』

『謝って済むのなら警察はいらないのよ!!』

『そうだそうだ!』

『そうです!!』

しずく『……』プルプル

彼方『お客様、大変申し訳ございませんでした』

しずく『あっ……』

彼方『ここは私に任せてっ』ボソッ

『何よあなた。ここの店長!?』

彼方『えぇ。私が──』

しずく『…………』

130: (茸) (スップ Sd8a-pGIY) 2021/10/08(金) 10:14:38.53 ID:pLmuSMp+d




しずく『彼方さん……本日は申し訳ございませんでした』

彼方『え~? なにが?』

しずく『あ、あの時……』

彼方『あー、お客様に怒られちゃった時?』

彼方『気にしなくて大丈夫だよ~』

しずく『で、でも!』

彼方『それに~』

しずく『?』

彼方『しずくちゃん、怖がってたでしょ?』

しずく『!?』

彼方『大丈夫だよ』ギュッ

しずく『へぇ……!?////』

彼方『しずくちゃんの事はぁ』

彼方『彼方ちゃんが守って』

彼方『あ~げ~るっ』








しずく「ッ~~~~~!!////」ゴロンゴロン!!

しずく(全く! あなたって人は本当にお優しいんですから!!)

しずく(ダメです! 私が彼方さんを支えるんです!!)

しずく(守られるだけなんて、嫌!)

132: (茸) (スップ Sd8a-pGIY) 2021/10/08(金) 10:25:32.34 ID:pLmuSMp+d
しずく「──ってぇ! 何妄想してるの私!?」

しずく「……」

しずく「で、でも……」

しずく「彼方さんならこう言ってくれそう……」

しずく「………………」

しずく「──よしっ」グッ

しずく(頑張ろう)

しずく(彼方さんの為に)

しずく(出勤は早速明日から。開店前に色々教えてくれるみたいだから、朝は早いけれど頑張ろう)

しずく「接客について色々調べなきゃ」

しずく「よーし……」


スマートフォンを使って、接客について調べる。

少しでも早くお役に立ちたいから。

頑張ろう、桜坂しずく。


しずく「……メモ取っておこう……」サラサラ


以上。初出勤前日の私の様子でした。

145: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/12(火) 23:53:29.43 ID:LCidnl6G0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

スタスタ

しずく(着いた)

しずく(今日ここで……私はアルバイトをするんだ)

しずく(き、緊張する…)


翌日、午前7時。

私は彼方さんのお店の前に到着した。朝早い事が原因なのか、人も少ない。そんな中私は一人でソワソワとしていた。

接客について調べている途中で寝落ちしてしまい、朝5時には目が覚めてしまった。

不思議な事に目はパッチリしていた。眠気よりも緊張の方が勝っているからだと思う。


しずく(大丈夫。大丈夫よ桜坂しずく)

しずく(接客の基本について調べてきたじゃない)

しずく(そう。接客で大事なのは)

しずく(愛嬌!)

しずく「…」ニコッ

しずく(とにかく、笑顔を作っていこう!)

しずく「笑顔笑顔。にっこりん~」ニコッ

彼方「しずくちゃん?」

しずく「うひゃあ!?」ビクッ!!

彼方「どうしたの? すごいニコニコしてたけれどぉ」

しずく「き、気にしないでください!」

しずく「──あっ! お、おはようございます。彼方さん」ペコリ

彼方「うん。おはよ~」ニコッ

147: (茸) (スプッッ Sd8a-pGIY) 2021/10/13(水) 00:30:36.37 ID:VXOMrkiYd
彼方「まだ伝えていた集合時間よりも45分くらい早いよ?」

彼方「ちょっとコンビニ行ってたらお店の前でしずくちゃんの姿が見えたからビックリしちゃったよ~」

しずく「あっ…えっと……その」

しずく「家にいてもソワソワしてしまったのと、遅刻しないようにと思って」

彼方「相変わらず真面目だねぇ」

彼方「偉い偉い~」ニコニコ ナデナデ

しずく「ま、また子供扱いですか?」

彼方「可愛がってるんだよ~?」

しずく「そんなこと言われたってあんまり捉え方変わりません……」

彼方「まぁまぁいいじゃ〜ん。よーし、折角しずくちゃんも来てくれたんだし、ちょっと早いけれど研修始めちゃおっか」

しずく「え? いいんですか?」

彼方「全然いいよ~。今日からよろしくねっ」

彼方「期待の新人さん」ニコッ

しずく「は、はい! 頑張りますっ」




148: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/13(水) 00:44:01.26 ID:exRUeHkK0
しずく「彼方さん。お待たせしました」タッタッタ

しずく「着替え終わりました」

彼方「おぉ~! やっぱりしずくちゃんのウチの制服姿が似合っててかわいいね~!」

しずく「もう何回も聞きましたよ……」

しずく「でも、ありがとうございます」

彼方「そしたら、あそこにタブレットがあるでしょ? あれに出勤管理アプリが入ってるから、出退勤はあれでやるんだよ~」

彼方「詳しく教えるね」

しずく「は、はい。よろしくお願い致します」

彼方「緊張してるねぇ~」

彼方「気楽で良いからね?」ナデナデ

しずく「……」


折角セットした髪の事を気にせず、彼方さんは私の頭を撫でる。

髪が崩れちゃいますよ。彼方さん。

──でも


しずく「……うん……///」ボソッ


もっと撫でてほしいなって思った。

顔が熱いや。

149: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/13(水) 00:49:30.86 ID:exRUeHkK0
しずく「!!」

しずく(いやいや!)

しずく「だ、ダメですよ彼方さん!」

彼方「へ?」

しずく「気楽にやって失敗しちゃったら、彼方さんに迷惑が掛かってしまいます……」

しずく「それはダメです。なのできっちりやります」

彼方「……」ポカーン

しずく「頑張りますから」

彼方「……ふふっ。本当に真面目さんだね」

彼方「肩の力抜くのも大事だよ? しずくちゃん」

しずく「そうですけど……」

彼方「けど、ありがとうね」ニコッ

152: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/13(水) 07:26:05.02 ID:exRUeHkK0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

開店時間は10時。時間に余裕があると思っていた。けれど、そんな事はなかった。

覚えることもやることも多かった。


彼方「しずくちゃん、次はレジの立ち上げとかについて教えるね~」

しずく「はい」


彼方さんは開店前の作業を丁寧に教えてくれた。

横に付きながら、分かりやすく。

私もメモを取りながら必死に覚えた。


しずく「彼方さん」

彼方「ん~? どしたの~?」

しずく「この作業を毎日一人でやってたんですか?」

彼方「うん」

しずく「それは大変なわけですよ……」

彼方「だいぶ慣れてきたけどね」

しずく「慣れてきたは楽になったというわけではないですよね?」

しずく「早くお仕事覚えて、私が彼方さんを支えます」

彼方「…………」

しずく「あれ? 彼方さん?」

彼方「……んーん、なんでもな~い」

しずく「?」


彼方さんが少しだけ目を合わせてくれなかった気がする。

なんでだろう? そんな疑問は続いた。
けれど、すぐに研修に戻ってしまったからか、私の頭も切り替わった。

153: (茸) (スプッッ Sd8a-pGIY) 2021/10/13(水) 09:24:37.67 ID:7x95kjOzd




彼方「──以上が大まかな開店前の作業だよ~」

彼方「しずくちゃん、お疲れ様でしたっ」

彼方「どうだった?」

しずく「予想していたよりもやる事が多くてビックリしました…」

彼方「まぁ、そうだよね~」

彼方「私も高校生の時にスーパーでアルバイトして驚いたなぁ」

彼方「こんな作業が裏で行われてたんだ! ってね~」

しずく「勉強になります」

彼方「さて、まだ開店までもう少し時間があるから」

彼方「ここからはお客様対応、つまりは接客についてお勉強していくよ~」

しずく「!!」

しずく「は、はい」

157: (しまむら) (ワッチョイ 4a28-pGIY) 2021/10/13(水) 23:54:06.97 ID:exRUeHkK0
彼方「ん~?」

彼方「しずくちゃ~ん」

しずく「な、なんでしょう」

彼方「接客って単語が出た瞬間にガッチガチに緊張しちゃったでしょ」

しずく「!!」ギクッ

しずく「そんなことないです」ニコッ

彼方「演技してもバレバレでーす」

しずく「……」

彼方「大丈夫だよ」

彼方「こ~んなに可愛い店員さんが来てくれたらどんなお客様でも喜んでくれるから~」

しずく「そうでしょうか……」

彼方「彼方ちゃんがお客様だったら毎日見に来るよ」

しずく「ふふっ、なんですかそれ」クスクス

158: (茸) (スプッッ Sd8a-pGIY) 2021/10/14(木) 00:10:36.68 ID:/kRwC5tYd
彼方「えいっ」ガシッ

しずく「!?」

しずく「か、彼方さん?」

彼方「ふむふむ」カタモミモミ

しずく「え? へ……?」

彼方「緊張解れたみたいだね」ニコッ

しずく「あっ……」

しずく(確かに、なんか楽になったかも……)

しずく(肩の力が抜けた気がする)

彼方「それでいいんだよ~」

しずく「……はいっ」ニコッ

彼方「うん。いい笑顔~」ナデナデ

彼方「それじゃ、お客様対応の研修を始めるよ」

しずく「よろしくお願い致しますっ」

159: (茸) (スプッッ Sd8a-pGIY) 2021/10/14(木) 00:26:57.12 ID:/kRwC5tYd
彼方「それじゃしずくちゃんに質問なんだけど」

彼方「接客で一番大切なことってなんでしょ?」

しずく「愛嬌です!」

しずく(昨日調べたらそう書いてあったもんね)

彼方「愛嬌か~」

しずく「はいっ!」キラキラ

彼方「うんうん。大事な事だよね~」

しずく「えぇ」コクリ

彼方「じゃあ、次に大事なのはなんだと思う~?」

しずく「へ?」

しずく「次に大事なの……ですか?」

彼方「うん」

彼方「接客って、大事な事沢山あるんだよ~」

しずく「…………」

しずく(な、なんだろう)

しずく「うーん……」

161: (茸) (スプッッ Sd8a-pGIY) 2021/10/14(木) 09:06:40.51 ID:/kRwC5tYd
しずく(愛嬌以外にも色々と書いてあった気もする)

しずく(言葉遣いも大事だよね? お客様だもの)

しずく(あとは──)

彼方「悩んでいますなぁ」ニコニコ

しずく「!!」ハッ

しずく「ご、ごめんなさい。先に答えるべきでしたよね」

しずく「えっと、言葉遣いも大事だと思います」

彼方「確かにそうかも~」

彼方「他には~?」

しずく「他にはですか……?」

彼方「うん」

しずく「……元気?」

彼方「確かにしょんぼりしながらの接客はお客様が気になっちゃうかもね~。元気さも大事だと思う」

しずく「はい」

彼方「これくらいでいいかなぁ。しずくちゃん、質問に答えてくれてありがとうね~」

しずく「いえ、それは全然いいんですけれど」

しずく「彼方さんの反応を見るに、どれが一番大事なことなのか正解が分からないです…」

彼方「正解」

しずく「──へ?」

彼方「どれが正解かなんて、分からないものなんだよね」

彼方「接客って」

162: (茸) (スップ Sdea-pGIY) 2021/10/14(木) 09:26:56.34 ID:y5IMf9hxd
しずく「どれが正解か分からないもの、ですか?」

彼方「うん」

彼方「ロールプレイしてみよっか。しずくちゃんはお客様役で、私が店員さんをやるね~」

しずく「わかりました」

しずく(なんか演劇部の時を思い出すなぁ)

彼方「そこの扉から入店してくるのをイメージして~」

しずく「はい」コクリ

彼方「それじゃ、始めるよ? スタート~」

しずく「がちゃ。わぁ…! こんな所に喫茶店なんてあったんですね」テクテク

彼方「ご来店ありがとうございますっ。他にお連れの方はいらっしゃいませんか?」

しずく「え? あっ、はい。一人です」

彼方「かしこまりました。お席へご案内致しますっ」ニコッ

彼方「──はい、一旦ここまで」

しずく「……」ポカーン

彼方「あれ? しずくちゃん?」

彼方「どうしたの?」

しずく「あっ! ご、ごめんなさい。なんでもないです!」

彼方「へ? そう? 何かあったらすぐに言ってね~?」

しずく「…………」

しずく(お仕事している時の彼方さん、普段とは別人みたい……)

しずく(かっこいいなぁ……こうやって今までお仕事してきて、家庭にお金を入れてきたんだろうな……夜遅くまで勉強しながら、スクールアイドルをしながら……)

しずく「──彼方さん! 私、頑張ります!」

彼方「あれ? そんなにやる気出る要因あった?」

163: (茸) (スップ Sdea-pGIY) 2021/10/14(木) 09:35:37.51 ID:y5IMf9hxd
彼方「ま、まぁいっか。さっきの私の接客を見てどう思った?」

しずく「丁寧でハキハキしていて、とても良い接客だなと思いました」

彼方「ほんと~?」

しずく「はいっ」

彼方「しずくちゃん、本当にそう思う?」

しずく「え?」

彼方「しずくちゃんはさっき、お客様として入ってきたじゃん?」

彼方「研修という概念は1回忘れて、純粋にお客様としてこの喫茶店に入店してきて」

彼方「わぁ! この店員さんの接客いいなぁ! ──って、わざわざ思う?」

しずく「? はい」

しずく「思うと思います」コクリ

彼方「めっちゃいい子だ……」

しずく「???」


彼方さんの質問の意図が分からなかった。

164: (茸) (スップ Sdea-pGIY) 2021/10/14(木) 09:49:55.70 ID:THnC+Nsvd
彼方「……よし、もう一回やろ~?」

しずく「わ、分かりました」

彼方「またしずくちゃんはお客様役ね~。じゃあ、スタート」

しずく「がちゃ。うぅ、外寒かったぁ……温かいコーヒーでも呑もう」

彼方「……いらっしゃいませ……」

彼方「1人ですか?」

しずく「え? はい」

彼方「席はあっちでーす」

しずく「……」

彼方「──はい、ここまで」

彼方「今の接客を受けて、どう思った?」

しずく「忙しいのかなぁって思いました……」

彼方「もう!」

ギュッ!!

しずく「へ!?///」

彼方「しずくちゃんいい子すぎるよぉ!!」

彼方「研修にならない~!」ギュュュュ

しずく「えぇ!?」

彼方「普通はさ、なに!? この定員さん! って不快に思うよぉ……」

しずく「そ、そうでしょうか……」

彼方「うん……」

170: (茸) (スップ Sdbf-Kjqu) 2021/10/15(金) 09:04:58.41 ID:wIuXEE5Sd
>>164 誤字修正

彼方「普通はさ、なに!? この定員さん! って不快に思うよぉ……」 ←×

彼方「普通はさ、なに!? この店員さん! って不快に思うよぉ……」 ←〇

171:>>1(茸) (スップ Sdbf-Kjqu) 2021/10/15(金) 09:13:48.87 ID:wIuXEE5Sd
彼方「皆しずくちゃんみたいなお客様ばかりなら良いけれど、そうじゃないんだよね」

彼方「難しいんだけど、お客様によってニーズは異なってくるんだ~」

しずく「そうなんですね…」

彼方「うん」

彼方「余計な対応はしてほしくない方もいれば、グイグイ声をかけてほしい方もいるの」

彼方「しずくちゃん、お洋服屋さんに行って店員さんから声を掛けてもらうのってどう思う? 嬉しい? 嫌?」

しずく「そうですねぇ……私はありがたいなって思います。なのでどっちかと言うと嬉しい、ですね」

しずく「コーディネートについても相談出来るので」

彼方「うん、同じ~。私もありがたいなぁって思う」

彼方「けど、人によってはあれが嫌だって方もいるんだよ~」

しずく「確かに、よく聞く話ですよね」

彼方「うん」コクリ

172: (茸) (スップ Sdbf-Kjqu) 2021/10/15(金) 09:23:57.12 ID:wIuXEE5Sd
彼方「つまり、ね」

彼方「接客に正解はないの」

彼方「それに、意外とお客様は店員さんの良い対応ってのは気にしないんだ~」

彼方「日本では店員さんはお客様に対して丁寧な対応をするものだって認識で浸透してるからねぇ」

しずく「海外だともっとフランクな対応が多いって聞きますよね」

彼方「そーそー」

彼方「だからこそ2回目のロールプレイみたいのは、言葉はちょっと悪いけれど~」

彼方「雑な対応をされると、嫌な印象を持つ方は多くいらっしゃるの」

彼方「良い印象は中々持ってもらえないのに、悪い印象はすぐに持たれちゃうんだよ~」

しずく「難しいですね……」

彼方「そうなの。接客ってのは難しいんだよ」

彼方「だからこそ、大事な事は沢山あるんだぁ」

彼方「そんな中私が今までの経験上で辿り着いた答えとしては~」

彼方「上手くやる事」

173: (茸) (スップ Sdbf-Kjqu) 2021/10/15(金) 09:38:25.71 ID:wIuXEE5Sd
しずく「上手く……やること?」

彼方「うん。便利な言葉かもしれないけれど」

彼方「お客様の求めるものを即座に判断して、対応していくんだよ~」

しずく「……難しいですね」

彼方「しずくちゃんなら大丈夫だよ」

彼方「元々言葉遣いも丁寧だし、思いやりもある」

彼方「それに私のお店に来るお客様は良い人ばかりだから、緊張し過ぎないで~」

しずく「──はい!」

彼方「いい返事だぁ~」ナデナデ

しずく「あ、あの……彼方さん?」

彼方「ん~?」

しずく「いつまで抱きついているんですか……?」

彼方「嫌だった?」

しずく「嫌じゃないですけれど……」

彼方「ならもうちょっとこうさせて~」

彼方「久しぶりにこうしてしずくちゃんと触れ合えるのが嬉しいんだよ~」

しずく「……もう、甘えん坊な方ですね」クスクス

彼方「昔から知ってるでしょ~?」

しずく「えぇ、よく知っています」

彼方「これが彼方ちゃんのニーズなのです」

しずく「はい、わかりました」

しずく「求められているのなら、仕方ないですね」

しずく「飽きるまで、こうしていてください」ギュッ

彼方「ふふっ、はーい!」

220:お待たせしてしまい申し訳ないです。保守ありがとうございました!!(茸) (スッップ Sd33-Br4h) 2021/11/02(火) 08:57:16.89 ID:dPOW3xSMd
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

その後、接客マニュアルや言葉遣いの資料をタブレットで読む。私が店員役になってロールプレイといった研修が進んでいった。

──そして気が付くと、もうすぐ開店時間。


彼方「さぁ、しずくちゃん」

彼方「もうすぐ開店時間だよ~」

しずく「はいっ」

しずく「私の初アルバイトがここから始まるんですね」

彼方「アルバイト自体はもうスタートしてるけどね~」

彼方「10時になって、このプレートをOPENにしたら開店だよ」

彼方「準備は出来てる~?」

しずく「緊張はしますけど、覚悟は決まりました」

しずく「桜坂しずく、精進致します」

彼方「か、硬いよしずくちゃん……」

しずく「そ、そうでしょうか?」

しずく「わかりました。もっとリラックスします」

彼方「うむうむ。それでよしっ」


にこやかに笑う彼方さんを見て、私は深呼吸をする。

さぁ頑張ろう、桜坂しずく。

そして──10時になると同時にお店にあるレトロチックな置き時計が音を奏で、合図する。


彼方「さぁ、オープン~!」カタッ


彼方さんがプレートをひっくり返し、開店した。

222: (茸) (スッップ Sd33-Br4h) 2021/11/02(火) 09:08:50.98 ID:dPOW3xSMd
しずく(は、始まった!)

しずく(よし! と、とにかく笑顔で元気よく、丁寧にやらなきゃ)

カランカラン

しずく「!!」

彼方「いらっしゃいませ~」ニコッ

しずく「いらっしゃいませ!」ニコッ

「おはよう~」

彼方「あっ、向かいのお家のおばあちゃん! 今日も来てくれてありがとうね~」

「ここのお店、大好きだからね~。それにしても……あらあら、新しい子かねぇ?」

しずく「!!(このお客様、常連のお客様だよね!?)」

しずく(よーし……!)

しずく「本日から働く事になった桜坂です。よろしくお願いいたします」ニコッ

しずく「お客様、お席までご案内致します」

しずく(杖をついているお客様だ。ゆっくりご案内しないと)

しずく「お足元、気を付けてくださいっ」

彼方「!!」

「おー、お嬢ちゃんご丁寧にありがとう~。彼方ちゃん、いつもの紅茶、よろしくね~」

彼方「あっ、はーい! かしこまりました~」

彼方「……ふふっ」クスクス


しずく「?(彼方さん、どうしたんだろ?)」

224: (茸) (スッップ Sd33-Br4h) 2021/11/02(火) 09:23:38.58 ID:dPOW3xSMd
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

人生初のアルバイト。とても緊張したし、しっかりやれるか心配だった。

けど、意外と“上手くやれた”。

彼方さんも横に付いていてくれるし、安心感があった。


しずく「オーダーです。ショートケーキ1つと、アイスコーヒー1つ。メロンソーダ1つお願いします」

彼方「かしこまりました~。ありがとうね~」

カランカラン

しずく「いらっしゃいませ! 喫茶店『眠れる森』にようこそっ」


それに、なんだか楽しい。


「Wow! こんな所にこんな雰囲気の良い喫茶店があったのね!」

「2名です」

しずく「かしこまりましたっ! お席までご案内致します」

「オー……見て見て、美女が2人もいるわ。ウチの会社で働いてくれないかしら……ねぇ?」ヒソヒソ

「……社長、商談前です。リラックスし過ぎです」

「これくらいが良いのよ! 今は休憩中だし、敬語使わなくて良いのに」

「そういう訳にもいかないっしょ……ごほん! ……いかないでしょう」

「相変わらず敬語が下手っぴね」

「……もー、うるさいなぁ……」


しずく「……」


当たり前の事かもしれないけれど、人にはそれぞれの人生がある。友人がいる。家族がいる。大切な人がいる。

ふとした瞬間に、それを感じる事が出来た。

──こうして、時間が進んでいった。

227: (茸) (スッップ Sd33-Br4h) 2021/11/02(火) 09:34:40.63 ID:dPOW3xSMd
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

しずく「疲れた……」グデー


気が付けば時間はお昼を過ぎ、私は休憩時間になった。

お店もピークタイムになり忙しくなるみたいで、研修も付きっきりで出来なくなるから今の内に休憩に入って欲しいとの事だった。

大変な時にお手伝い出来ないのは不甲斐ないし、少しだけ悔しい気持ちもあった。けれど、できる仕事がまだ少ない私がいても、かえって邪魔になる可能性が高かった為素直に休憩に入る事にした。


しずく(お店の2階にある部屋の1つをしずくちゃん専用にしたから、好きに使っていい……かぁ)

しずく(お昼ご飯まで用意してもらっちゃったし)

しずく「色々と優し過ぎるよ……彼方さん……」

しずく「……」

しずく(もっと、仕事覚えたい)

しずく(彼方さんの“役に立ちたい”)

しずく「頂きます」


彼方さんが用意してくれたお昼ご飯は、本当に美味しかった。




228: (茸) (スッップ Sd33-Br4h) 2021/11/02(火) 09:45:49.68 ID:dPOW3xSMd
彼方「ありがとうございました~!」

しずく「またのご来店をお待ちしております」


現在、17時。


カランカラン

彼方「よし、最後のお客様が退店されました」

彼方「しずくちゃん」

しずく「は、はい」

彼方「今日のお仕事おしまいだよ~! お疲れ様~!」

彼方「いえーい! ハイタッチ~!」スッ

しずく「えぇ!? すごい元気……た、タッチ~」スッ

パチン


私の初出勤が終わりを迎えたのでした。


彼方「疲れたでしょ? 朝から本当にお疲れ様~!」

しずく「正直に言うと疲れはしました」

しずく「けど、楽しかったです」ニコッ

彼方「……そっか」ニコッ

しずく「はい!」

237: (茸) (スッップ Sd33-Br4h) 2021/11/04(木) 09:09:50.30 ID:qQS0UHDPd
しずく「緊張もしましたけれど、無事に終わって安心しました。次の出勤の時も頑張ります」

彼方「しずくちゃん」

しずく「はい?」

彼方「オープンしてすぐに入店された常連のおばあちゃんにかけてくれた一言、覚えてる?」

しずく「へ? えーっと……確か……」

しずく「杖をついているお客様でしたので、お足元に気を付けてくださいって一言お声掛けしたと思います」

彼方「偉い!!」

しずく「!?」ビクッ

彼方「偉いよ~、寄り添ったお客様対応が出来てるよ~! 本当に素晴らしいよしずくちゃん~!!」

彼方「100満点中100点だよ~!!」ギュッ!! ナデナデ

しずく「そ、そんな……大袈裟ですよ」

しずく「とにかく笑顔で元気よく丁寧に。私の出来ることをやっただけです」

彼方「それを最初から出来ているのが凄いのですぞ~」

彼方「まぁけど、しずくちゃんは昔から周りをよく見て寄り添える子だったもんね。ほんとに偉いよ。ありがとうね~」ニコニコ

しずく「……ふふっ。彼方さんのお役に立てることが出来て良かったです」ニコッ

しずく「──あっ!」

しずく(つい口から出ちゃった……)

彼方「……」ニヤニヤ

しずく「い、一生懸命頑張りました!」プイッ

彼方「そっかぁ、彼方ちゃんの為に頑張ってくれてありがとうねしずくちゃ~ん!」ギュュュュ

しずく「ち、違いま……うぅ……いや、違くはないんですけれどぉ……」

彼方「しずくちゃんは可愛いなぁ」

しずく「可愛くないです!」

彼方「──でもねしずくちゃん」

しずく「?」

彼方「私の役に立とうとしなくても、良いんだよ?」

しずく「へ?」

彼方「しずくには、自分の為に頑張ってほしいなぁ」ニコッ

しずく「……」ポカーン

しずく(自分の為に……?)

238: (茸) (スップ Sd73-Br4h) 2021/11/04(木) 09:30:24.30 ID:nqpaXg0ed
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

アルバイトが終わり、無事帰宅。

夕御飯までご馳走になってしまった。今度改めてお礼しなければいけない。
今は自宅でゆっくりしながら、明日の講義で提出する為のレポートを作成中だ。

けれど、全然進まなかった。


しずく「……」


彼方『自分の為に頑張ってほしいなぁ』


しずく(自分の為に……かぁ)

しずく「彼方さん……なんで私にアルバイトのお願いをしたんだろ」

しずく「聞いても教えてくれなかったけれど、いつか教えてくれるって仰っていたよね?」

しずく「……」

しずく(自分の為に頑張ってほしい)


なんとなくの一言だった可能性もあるけれど、なんだか気になってしまった。

彼方さんは、ゆっくり今の事を考えていいって言っていた。女優への道を諦めるのか、諦めないのか。

そして、自分の為に頑張れって言っていた。


しずく「…………」

しずく(ゆっくり考えるべきなんだろうけれど、難しいや)


気持ちを落ち着かせようと紅茶の入ったカップに指を触れさせた時──スマートフォンが着信音を奏でた。


prrrrrr!!

しずく「!?」ビクッ!!


電話だ。


しずく(な、なに!? オーディションの結果は受けてないから来るはずないし……)


電話の音は、苦手だったけれど、急いで名前を確認する。
彼方さんかもしれないし。


しずく「──へ?」




239: (茸) (スップ Sd73-Br4h) 2021/11/04(木) 09:37:14.72 ID:nqpaXg0ed
しずく「……」スタスタ


土曜日の午前中の講義が終わり、やや早歩きで目的地へ向かう。アルバイトも本日はお休みだ。

──見えた。昨日電話をかけて来てくれた子達が、集合場所にいた。
更に早歩きになってしまう。


しずく「かすみさん! 璃奈さん!」

かすみ「しず子遅いよ~!」

璃奈「かすみちゃんも来たのさっきだけどね」

かすみ「しー! りな子しー!」

しずく「ふふっ、ごめんね2人とも」

しずく「久しぶり!」


親友達が、そこにいた。

243: (茸) (スップ Sdb2-+2ne) 2021/11/05(金) 09:17:46.51 ID:/LXCkLqdd
璃奈「久しぶり、しずくちゃん。まだ集合時間よりも前だし、全然平気だよ?」

しずく「うん。ありがとう璃奈さん」

かすみ「ちょっと、かすみんも冗談で言っただけだからね!?」

しずく「……」

かすみ「あれ? しず子?」

しずく「かすみさん、自分の事まだかすみんって呼んでるの?」

かすみ「むきー! いいじゃん別に! 大学にいる時は使ってないもん! 皆といる時だけだもん! それに、かすみんは永遠にかわいいかわいいかすみんだもん!」

しずく「ふふっ、冗談だよかすみさん。今日も可愛いよ」ナデナデ

かすみ「ぐぬぬぬ……」


自然と笑みが零れてしまう。

2人と会うのは約半年ぶりくらいだ。

そこそこ2人とは連絡は取っていたけれど、こうやって会うのは本当に久しぶりだ。高校生の時はほとんど毎日顔を合わせていたから、最近は寂しく感じていた。

244: (茸) (スップ Sdb2-+2ne) 2021/11/05(金) 09:23:48.92 ID:/LXCkLqdd
しずく「本当に久しぶりだね、かすみさん。璃奈さん」

璃奈「うん。皆と会えて嬉しい」

かすみ「えへへ、かすみんも嬉しい」

かすみ「まぁ積もる話もあると思うけど、とりあえず今日はかすみんから2人にプレゼントがあるのです」

しずく「プレゼント?」
璃奈「プレゼント?」

かすみ「うん。──じゃじゃーん!」

かすみ「映画の無料チケット、3枚!」

璃奈「無料チケット?」

かすみ「ふっふっふ……大学の知り合いからもらったんだ~」

かすみ「これで今話題のあの映画を観に行こうよ!」

245: (茸) (スップ Sdb2-+2ne) 2021/11/05(金) 09:36:50.34 ID:/LXCkLqdd




かすみさん達と映画を観ることになった。

ここ最近話題で有名な映画だ。ラブストーリーの王道を詰め込んだ内容のものであり、泣ける映画として有名だ。

泣ける理由としては──


『やだ! 嫌だよ! 私……死にたくない……! 貴方と、ずっと一緒にいたいよぉ……!!』


──主演の女優の演技力が半端じゃないという事。


かすみ「っ……ぅ…ぐす……!」

璃奈「…っ…」ポロポロ

しずく(2人とも、すっごい泣いてる)

しずく「……」


『でも……わたし、歌いたい……! 歌いたいよ! なんで私が……!!』


物語も終盤。元気で天真爛漫でいつも笑顔のヒロインが自分の気持ちをさらけ出すシーン。

すごく、感動する場面だ。所謂泣きポイント。

勿論私も感動している。──けど、それ以上に観ていて楽しかった。


しずく(演技力が高い……!)

しずく(すごいなぁ……声を抑えつつ、自分の気持ちを強く出している。今までずっと我慢していたんだなって言うのがヒシヒシと伝わってくる)

しずく(視聴者を没入させて、物語に引き込む演技だ)

しずく(本当に、すごいや)


内容も勿論素晴らしかったけれど、私はキャストの方々の演技に目を向けてしまっていた。

248: (茸) (スップ Sdb2-+2ne) 2021/11/06(土) 09:11:14.96 ID:YEbM41/Md
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

かすみ「……めっちゃよかったね」

璃奈「うん。半端なかった。噂以上に凄かった」

かすみ「かすみんも泣いちゃうとは思わなかった……」

璃奈「私も。BD出たら買う」

かすみ「でもずるいよ! あんなに頑張ってた子が病気になっちゃって余命が……」

璃奈「王道だった。けど、綺麗に終わって心も温まった」

かすみ「分かるー!」

しずく「……」


映画も観終わり、少し遅めのランチタイム。

そこで私達は感想会をしていた。


かすみ「しーず子?」

しずく「……へ?」

かすみ「どしたの? ぼーっとしてるけど」

しずく「そ、そんな事ないよ?」

璃奈「面白くなかった?」

しずく「すごく面白かったよ。語る事沢山ある」

しずく「……ただ、その……」

かすみ「あー、あれでしょしず子~。主演の子の演技を観て、ストーリーよりもそっちに目がいっちゃったんでしょ~?」

璃奈「私達よりも歳上の方だから子って言っていいのかな?」

かすみ「作中では15歳だからいーの!」

しずく「……」


かすみさんは、本当に色々と鋭い方だ。


しずく「うん。そうなの」

しずく「……2人に聞いてほしい事があるんだ」


私は、今女優への夢をどうするかについて悩んでいる事を2人に打ち明けた。

249: (茸) (スップ Sdb2-+2ne) 2021/11/06(土) 09:26:36.18 ID:YEbM41/Md
しずく「──とまぁそういう事があってね。今は色々と考えている途中なんだ」

璃奈「そうだったんだ……すぐに相談に乗れなくて、ごめんなさい」

しずく「り、璃奈さん? 大丈夫だから、そんな頭を下げないでよ」

かすみ「……」

かすみ「ねぇ、しず子」

しずく「うん?」

かすみ「私ね、高校生の時はアイドルになりたかった」

かすみ「テレビに出て、有名になって、世界一可愛いって事を証明したかった」

かすみ「けど、今は──諦めた! ついこの前だけど」ニコッ

しずく「え……? な、なんで!?」ガタッ


外の席とは言えお店なのに、私は席を立ち上がり大きな声を上げてしまう。


かすみ「しず子、しー」

しずく「……」

璃奈「……」

しずく「……ごめんなさい……」スタッ


周りの席の方々にも会釈し、席に着く。

250: (茸) (スップ Sdb2-+2ne) 2021/11/06(土) 09:36:12.38 ID:YEbM41/Md
しずく「けど……なんで……?」

しずく「あんなにアイドルになりたいって言ってたじゃない……」

かすみ「アイドルになってお金を稼ぐのはかすみんのやりたい事とはちょっと違うなって思ったから」

しずく「!!」

かすみ「かすみんはアイドルが大好き。本当に、昔から大好き」

かすみ「スクールアイドルも一生懸命頑張った。楽しかった! 皆が大好きだった!」

かすみ「思い出を沢山作ってくれたスクールアイドルに、感謝してる」

かすみ「そして今は、その思い出の中で皆が美味しいって言って笑顔になってくれた」

かすみ「──パン屋さんを開きたい!」ニコッ

しずく「かすみさん……」

璃奈「うん。すごく、素敵だと思う」

かすみ「えへへ、ありがとうりな子」

251: (茸) (スップ Sdb2-+2ne) 2021/11/06(土) 09:49:52.08 ID:YEbM41/Md
璃奈「私はね」

璃奈「発明家になりたかった。得意だったし、すきだったから」

璃奈「けど、今は違う」

璃奈「今は、学校の先生になりたい。絶賛教育実習中で忙しくて、中々皆と会えなかった」

しずく「学校の先生……?」

璃奈「うん」

璃奈「私は高校生の頃、色々と悩んでた」

璃奈「でも、皆が助けてくれた。私を、救ってくれた」

璃奈「ほんとに、だいすきな思い出」

しずく「璃奈さん……」

璃奈「学校にはきっと、悩んでる子は沢山は沢山いる。そして、悩みを解決出来ないまま大人になる子も、沢山いると思う」

璃奈「だから私は、そんな子達を支えたあげたい。救いたい」

璃奈「皆が私を、救ってくれたように」

しずく「っ……!」

かすみ「ねぇ、しず子」

かすみ「かすみん達の今の将来の夢、どう思う?」

しずく「……うん」

しずく「すごく、素敵だと思う」

しずく「本当に……!」

257: (茸) (スプッッ Sd12-+2ne) 2021/11/08(月) 08:59:23.41 ID:N+7vq0E7d
かすみ「ありがとうしず子」

かすみ「でもね、かすみんとりな子も同じように思ってるよ?」

しずく「え?」

璃奈「しずくちゃんが、高校な頃からずっと夢見てきた女優のへの道」

璃奈「すごく、素敵だと思う」

璃奈「けど、自分の夢を決めるのは、自分だから」

璃奈「しずくちゃんが何を目指したって、私は応援する」

かすみ「そういうこと!」

しずく「璃奈さん……かすみさん……」

かすみ「しず子はさ、真面目過ぎるんだよ」

かすみ「これだ! って思ったらその道を突き進んじゃう。そんな所がすごいなぁって思うけど」

かすみ「ゆっくり考えていいと思う」

かすみ「自分の為に、ね?」ニコッ

しずく「自分の、為に……」

258: (茸) (スッップ Sdb2-+2ne) 2021/11/08(月) 09:11:42.96 ID:HWH0jOyHd
優しく微笑むかすみさん。横で小さく頷いて私を見つめている璃奈さん。

──皆、色々考えているんだ。将来の夢と向き合っているんだ。


かすみ「ずっと女優を目指してきたから、当然周りからも期待されてたと思う。学校でもしず子の演技は有名で将来は女優だねって言われ続けてもきたから」

かすみ「でも、ゆっくり考えて良いんだよ」

璃奈「うん。それで、また悩み事とかあったら、なんでも言ってほしい」

璃奈「力になりたいから」

しずく「っ!」

しずく「……本当に……皆さん優しすぎるよ」


彼方さんも、かすみさんも、璃奈さんも──優し過ぎる。


かすみ「し、しず子……?」

璃奈「だ、大丈夫……?」

しずく「ぐす……っ……!!」ポロポロ


後悔する事ばかりだ


璃奈「あわわわわ……!」

かすみ「は、ハンカチ!」

しずく「ごめんね……ごめんなさい…っ…!」

しずく「もっと、みんなに早く相談すれば良かった…」

しずく「一人で悩むの、辛かったよぉ……!!」ポロポロ


──思いを伝えるのって、本当に難しいや。

259: (茸) (スッップ Sdb2-+2ne) 2021/11/08(月) 09:24:08.62 ID:HWH0jOyHd
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

かすみ「わぁ……! 懐かしいね」

璃奈「うん」

しずく「高校の頃はほとんど毎日この辺りに来てたのにね」

かすみ「だねー」


今、私達はお台場に来ている。

私からお願いしたんだ。虹ヶ咲学園の周りをお散歩したいって。


かすみ「しず子、落ち着いた?」

しずく「うん。落ち着いた。2人とも本当にごめんね?」

璃奈「ううん。大丈夫」


かすみさんと璃奈さんが心配そうに私を見つめてくれて、手を繋いでくれる。

優しいなぁ。


しずく「心配かけちゃって本当にごめんなさい」

しずく「けど、もう大丈夫」

しずく「何かあったら、すぐに相談するから」ニコッ

かすみ「うん! それがいいよ。何かあったらすぐにかすみんが飛んでっちゃうから!」

璃奈「私も」

しずく「えへへ、ありがとうっ」

しずく「行こ? 2人とも」ギュッ

かすみ「うん!」

璃奈「今日はとことん遊ぼう」

しずく「うんっ」

260: (茸) (スッップ Sdb2-+2ne) 2021/11/08(月) 09:48:39.85 ID:HWH0jOyHd
色々な所を歩きながら、思い出ばかりに花を咲かせる。

楽しい思い出だったり、ちょっぴり悲しい思い出だったり、あの時の事を語りながら歩く。

道の途中で見かけたコッペパンの売店でコッペパンを食べて、かすみさんが味等のメモを取っていた。

途中、電器屋さんに行った時は璃奈さんが最新の機器を見て目をキラキラさせていた。

お洋服屋さんに入った時には、二人が似合いそうな服を私が皆に選んだり、色々した。

スクールアイドル同好会にいた他の方々が今何をしているか等も、かすみさんから聞いた。

彼方さんが喫茶店を開いている事は知らなかったみたい。でも、私もその事は言わなかった。

彼方さん、まだオープンしたばかりだから果林さんとエマさん以外には伝えてなかったけれどって仰ってた気がするから。
なんで皆に教えていないのかも含めて、今度色々と聞こう。

だって、話さないと分からないこと伝わらないことも沢山あるから!


しずく「……かすみさん、璃奈さん」

しずく「本当にありがとうね」


前より少し前向きに慣れた気がした。

262: (しまむら) (ワッチョイ 1228-+2ne) 2021/11/09(火) 01:25:59.41 ID:Iq0cyaoj0
>>260 誤字修正

× → 前より少し前向きに慣れた気がした。

〇 → 以前より少し、前向きになれた気がした。

264: (茸) (スッップ Sdb2-mqca) 2021/11/09(火) 08:59:27.43 ID:2Fvz2Im7d
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

カランカラン

しずく「いらっしゃいませ! ご来店ありがとうございますっ。他にお連れの方はいらっしゃいませんか?」

「はい。あっ、アイスコーヒーのブラックで」

しずく「かしこまりましたっ。すぐにお持ちいたします。お席はこちらです」ニコッ


彼方「……」ニコニコ


スタスタ

しずく「彼方さん、アイスコーヒーをブラックでお願いします」

彼方「ほいほ~い。すぐに準備するね~」ニコニコ

しずく(あれ? 彼方さん…何かずっとニコニコしてる)

彼方「ふんふんふ~ん♪」

しずく(それにすごい上機嫌。なにかあったのかな?)




265: (茸) (スッップ Sdb2-mqca) 2021/11/09(火) 09:10:13.78 ID:2Fvz2Im7d
彼方「しずくちゃん、今日のお仕事もお疲れ様~!」ギュッ

しずく「お疲れ様でした。けど、なんで抱きつくんですか?」

彼方「いや?」

しずく「嫌じゃないですけれど…」

彼方「ならいいじゃ~ん! しずくちゃん、抱き心地良いんだもん。ぎゅ~」

彼方「今日も偉かったよ~。ありがとうね」ニコッ ナデナデ

しずく「……////」


日曜日。出勤2日目。

初出勤の時よりも忙しく感じたけれど、今日も無事乗り越える事ができた。

出来ることも少しずつ増えてきたし、仕事にも少し慣れてきた。


彼方「しずくちゃん、本当に今まで接客のお仕事してこなかったの? あまりにも即戦力過ぎて、私ちょっぴり困惑してるよ? 嘘ついてない?」

しずく「嘘なんてつきません。アルバイト自体初めてですよ」

彼方「まぁ軽い冗談だけどね~」

しずく「それに、彼方さんのお客様対応を真似しているだけですよ? 彼方さんの教え方が上手で、良いお客様対応をしているから彼方さんがすごいんですよ」

彼方「えぇ!? きゅ、急に褒められて彼方ちゃん困惑しちゃうよぉ~…///」

しずく(かわいい)

266: (茸) (スッップ Sdb2-mqca) 2021/11/09(火) 09:31:19.96 ID:2Fvz2Im7d
彼方「ねぇねぇしずくちゃん。今日も夜ご飯食べていかない?」

しずく「え? 良いんですか……?」

彼方「うんっ! むしろ食べていってほしいな~」

彼方「アルバイト代も渡したいし」

しずく「あっ、そっか。日曜日ですから週払いだと今日が締め日になるんですね」

彼方「そうそう~。契約時に話したけれど、私計算苦手だからさ」

彼方「アプリで出勤管理出来るとはいえ、数字が大きくなっちゃうと……その、ね?」

しずく「大丈夫ですよ。お給料ありがとうございます」ペコリ

彼方「働いてくれているんだからお礼を言うのは私の方だよ~。だから夕ご飯までしずくちゃんの部屋で待機してて? 締め作業だけ終わらせちゃうから」

しずく「……」

彼方「今日の夜ご飯は蓮根入りハンバーグだよ~。ガチガチに美味しく作るから楽しみにしてて?」ニコッ

しずく「あ、あの。彼方さん」

彼方「ん~?」

しずく「締め作業、私にも手伝わせて下さい」

彼方「へ? いやいや、しずくちゃん朝から閉店時間までの勤務なんだから大丈夫だよ。疲れてるでしょ?」

しずく「彼方さんだってお疲れのはずです。少しでも力になりたいんです」

彼方「でも……」

しずく「お願いします」ペコリ

彼方「……うん。わかった!」

彼方「ならお言葉に甘えちゃおうかな。しずくちゃん、少し残業タイムだっ」

しずく「え? いえ、普通にお手伝いなので残業とかではなくて──」

彼方「それはだめ」

彼方「お仕事なんだから。ちゃんとこの時間の分もお給料にプラスします」

しずく「わ、分かりました」

彼方「それでよし! じゃ、まずはね~──」

267: (茸) (スッップ Sdb2-mqca) 2021/11/09(火) 09:50:38.92 ID:2Fvz2Im7d
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼方「しずくちゃん、洗い物手伝ってくれてありがとうね」

しずく「いえ、こうした方が早く終わるので。ご飯、美味しかったです」

彼方「喜んでくれて私も嬉しいよ~」

彼方「しずくちゃん、ご飯おかわりしてたもんね~」ニヤニヤ

しずく「い、良いじゃないですか」

彼方「うんうん。良く食べる子、彼方ちゃんは好きだよ~」

しずく「むぅ……」プクー

彼方「冗談だって~」


彼方「よし! 洗い物しゅ~りょ~」

彼方「ありがとうねっ!」

しずく「いえいえ」

彼方「よーし、ならお給料渡すね。ちょっとまってて~」

しずく「……か、彼方さん!」

彼方「おっ?」

しずく「あの……」

彼方「どうしたの~?」

しずく「……聞きたい事があります」

彼方「ん~?」

しずく「なんで私に」

しずく「アルバイトのお願いをしたんですか?」


前にも聞いた、2回目の質問。

272: (茸) (スッップ Sdb2-mqca) 2021/11/11(木) 09:06:01.76 ID:L35ud9HYd
彼方「え~? だからそれはないしょ」

彼方「いつか教えるって~」

しずく「いつかって、いつですか?」

しずく「お願いします。彼方さん」

しずく「私が今……一番知りたいことなんです」

彼方「……」

しずく「彼方さん……お願い……」

彼方「もー、しずくちゃん」

彼方「そんな悲しそうな顔しながら言われると、困っちゃうよ~」

しずく「へ? ご、ごめんなさい!」

彼方「まぁ謝る事でもないけどね~」

しずく「……」

彼方「しずくちゃん。ちょっと座ろっか」

彼方「おはなししよ~」ニコッ

しずく「!! ──はいっ!」ニコッ

273: (茸) (スッップ Sdb2-mqca) 2021/11/11(木) 09:23:36.76 ID:L35ud9HYd
彼方「はい。紅茶だよ~」

しずく「ありがとうございます。頂きます」

彼方「どうぞどうぞ~」

彼方「──さて、ではではしずくちゃんの質問に答えてしんぜよ~」

しずく「はい」

彼方「しずくちゃんにアルバイトのお願いをした理由だよね?」

しずく「はい」コクリ

彼方「……本当に今教えなきゃダメ?」

しずく「出来たら今教えてほしいです」

彼方「……わかった」

彼方「すぅ……はぁ……」

しずく(し、深呼吸!? そんなに言い難い理由だったの!?)

彼方「──よし! 言います!」

しずく「お、お願いします……」

彼方「しずくちゃんと一緒にいたかったから」

しずく「……──へ?」

彼方「色々あるけど、1番はこれ」

彼方「近くにいてほしかった。しずくちゃんに」

しずく「え、えぇ!?」

274: (茸) (スッップ Sdb2-mqca) 2021/11/11(木) 09:31:36.07 ID:L35ud9HYd
彼方「ほら、しずくちゃん色々と悩んでたでしょ~?」

彼方「いつでも相談に乗りたかったし」

しずく「」ポカーン

彼方「それにね、しずくちゃんと久しぶりに会えて……本当に嬉しかったし、懐かしくなっちゃったんだ~」

彼方「楽しかったあの頃の日々が戻ってきたみたいでさ」

彼方「手放したくなかったの」

しずく「そんな……でも結局それって、私の為を思ってのお願いですよね?」

しずく「相談にいつでも乗りたかったって……」

彼方「彼方ちゃんの為でもあるよ」

彼方「一緒に働ければ、しずくちゃんと長く一緒にいる事ができるもん」

しずく「な、なんで私と……?」

彼方「…………」ムスー

しずく「へ? 彼方さん?」

彼方「……鈍感の天然さんめ~……」ボソッ

しずく「え? へ……?」

彼方「話を戻します」

しずく「え!?」


困惑して上手く言葉が出なかった。

彼方さんは私の事を気にせずどんどん話を進める。

279: (茸) (スッップ Sd43-8LI8) 2021/11/12(金) 09:10:28.50 ID:CsJhduUPd
彼方「まぁでも、しずくちゃんが言う通りしずくちゃんの為でもあるよ~」

彼方「しずくちゃん。接客のお仕事をして、色々学べた?」

しずく「……はい。色々と学べました」

しずく「人にはそれぞれ色々な人生があるんだろうなぁっという、当たり前の事も再認識できました」

彼方「うん。なら良かった~」ニコッ

彼方「……ねぇねぇしずくちゃん」

彼方「接客は、人と対話するお仕事。すっごく難しいと思う」

彼方「お客様の求めている事を汲み取って、対応する。本当に難しいお仕事だよ」

彼方「でも…その求めている事をすぐに汲み取れるようになったら、それは日常生活において財産となると思うんだ」

しずく「日常生活においての財産……?」

彼方「うん」

彼方「今、この人は何をしてほしいのか。何を求めているのか。それは自分の決めつけや思い込みなんじゃないか? という所まで含めて」

彼方「想いの汲み取りが出来るようになったら、もっともっと人に優しく出来ると思う」

彼方「人に対して、愛を持てると思う」

しずく「愛……ですか?」

彼方「うんっ」

彼方「その愛は、他者に対してだけじゃない」

彼方「自分に対してのものでもあるの」

しずく「!!」

280: (茸) (スッップ Sd43-8LI8) 2021/11/12(金) 09:28:21.36 ID:CsJhduUPd
彼方「しずくちゃん」

彼方「何回も言うけどね」

彼方「しずくちゃんは自分のやりたいようにやっていいんだよ」

彼方「しずくちゃんは自分のやりたいことに向かって頑張ってるって思ってるかもしれないけれど、周りの目とかすごく気にしてる子だよ」

彼方「どこか、遠慮してる気がする」

しずく「……」

彼方「だから…ね? ──もっと自分の為に、やりたいことをやっていいんだよ」

彼方「しずくちゃん」ニコッ

しずく「自分の、為に……」


私は、周りの目が怖かった。
周りの子達とは趣味も違ったし、私みたいな子は周りにいなかったから。

自分がどう思われているのか、嫌われたりしないか──怖かった。

けど、同好会の皆さんの前では本当の自分をさらけ出せていた。

──本当に、そうなのかな?


しずく「……彼方さん……」

彼方「ん~?」

しずく「私は、今まで……自分の為に動けていなかったのかな……?」

彼方「全部がそうとまでは言わないけれど、やっぱりどこか遠慮してたと思う」

彼方「それに……自分の問題だから自分で解決しなきゃって抱え込んでいたんでしょ? 自分の抱えてる問題だからって」

しずく「……うん」

彼方「それはねしずくちゃん。自分に対して優しくないよ」


──自分に対して優しくして、いいのかな?


彼方「いいんだよ。優しくして」

しずく「!!」

しずく(え!? 私、声に出ちゃってた!?)

彼方「しずくちゃん」

彼方「もっと自分に優しくして、いいんだよ」

しずく「…っ…!」

281: (茸) (スッップ Sd43-8LI8) 2021/11/12(金) 09:37:49.79 ID:CsJhduUPd
彼方「でも、しずくちゃんは一歩踏み出してくれた」

彼方「彼方ちゃんに電話をかけてくれた」

彼方「相談してくれた」

彼方「キミは、大事な一歩を歩む事ができたんだよ」

彼方「だから! ──もっと愛を持ってほしい」

彼方「自分の為に、ね?」

しずく「……」

しずく「良いんでしょうか」

彼方「良いんだよ」

しずく「こんな自分を好きになっても?」

彼方「こんなのじゃない!」

しずく「!!」

彼方「私は……──彼方ちゃんは!」

彼方「しずくちゃんが大好き!!」

彼方「だから……もっと自分を大切にしてよ」

彼方「困ったら、なんでも言ってよ」

彼方「言いにくかったら、私じゃなくてもいい。同好会の皆……しずくちゃんの味方だから」

彼方「それに……気付いてほしかった……」

しずく「彼方さん……」

282: (茸) (スッップ Sd43-8LI8) 2021/11/12(金) 09:48:00.76 ID:CsJhduUPd
彼方「でも……しずくちゃん」

彼方「これだけは言わせて」


彼方さんが立ち上がり、私の元までやってくる。

膝を曲げ、座っている私に目線を合わせてくれる。

そして──優しく微笑んでくれた。


彼方「……悩みに気づいてあげられなくて、ごめんね」

彼方「私に勇気を持って相談してくれて、ありがとうね」


優しく、抱きしめてくれた。

頭を撫でてくれて、包み込んでくれた。

あぁ──本当に……もっと早く相談すれば良かった。


しずく「彼方さん」

しずく「ありがとう」

彼方「──うん!」


──この日、私は変わる事ができた。

心の底から、笑顔を作る事ができた。

283: (茸) (スッップ Sd43-8LI8) 2021/11/12(金) 09:51:03.63 ID:CsJhduUPd
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼方「はい! 今週のお給料だよ~!」

しずく「ありがとうございます、彼方さん」ニコッ

しずく「有難く受け取らせて頂きます」

彼方「二日分だからあまり多くないけれど、大事に扱ってね~」

しずく(充分多いと思う……)


初めて受け取った、アルバイト代。

人生で初めてのお金だ。

──使い方は決めている。


しずく「彼方さん」

彼方「んー?」

しずく「今度、デートして下さい」

彼方「……ん?」

しずく「今度! 私とデートしてくださいっ!」

彼方「え?」

彼方「──へ!?////」


──これが私の、今やりたい事!

301: (しまむら) (ワッチョイ 2328-gETb) 2021/11/18(木) 20:59:25.93 ID:bbfGuWuJ0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

しずく『あっ、いた』


虹ヶ咲学園の広い校内を、私は早歩きしていた。時間は16時半。放課後、既に部活の時間なのに来ていない一人の先輩を探していた。

メッセージの既読も付かない。きっとまたどこかで寝ているんだろう。だから皆で彼女を探していたんだ。

そして、ベンチで気持ち良さそうに寝ている人を見つけた。探していた目的の人。

近江彼方さん。先輩である。


しずく『もぉ、またこんな所で寝て……風邪引いちゃったらどうするんですか』


聞こえていない小言を一言。


彼方『すぅ……すぅ……』

しずく『……』


本当に、気持ち良さそうに寝ている。

最初はなんでこの人すぐに寝るんだとちょっとだけ不満を感じていた。

でも、途中で知った。彼方さんは夜遅くまで勉強をしている事。家族の為にアルバイトを頑張っている事。練習だって、やっている時は一生懸命な事。周りをよく見ていて、優しい事。

──努力家の方って、素敵ですよね。


しずく『でも……もっと自分を大切にして下さいね?』

しずく『あなたは……頑張り過ぎです』






しずく「ん……んん……」


カーテンの隙間から、日差しが部屋に降り注ぐ。


しずく「!? ──寝坊した!?」ガバッ


変な感覚を覚え、突然焦ってしまう。懐かしく、心地良い夢を見ていたからかな。起きた瞬間焦ってしまった。

こういうのって、結構あるあるな気がする。
しかし、スマートフォンの画面に映る時間はまだ7時。丁度良い起床時間だ。アラームをセットしていた30分前に起きてしまった。


しずく「……」


焦っていたのが、ちょっとだけ恥ずかしくなる。

本日は木曜日。──彼方さんとのデート当日。

思いっきり、楽しもう!

302: (しまむら) (ワッチョイ 2328-gETb) 2021/11/18(木) 21:16:31.44 ID:bbfGuWuJ0




しずく「……」


集合場所である東雲駅で一人ぽつんと待ちぼうけ。でもそれも仕方ない。集合時間45分前だから。

そわそわしてしまい、早めに家を出てしまった。


しずく(流石に早く来すぎちゃったかも)

しずく(でも、遅刻するよりは全然いいよね?)

しずく(そう考えよう。ゆっくり待とう)

しずく(電子書籍でも読んでようかなぁ)


そんな風に思っていた時だった。


彼方「あ、あれ? しずくちゃん?」

しずく「へ? 彼方さん?」


彼方さんが東雲駅にやって来た。

303: (しまむら) (ワッチョイ 2328-gETb) 2021/11/18(木) 21:21:11.67 ID:bbfGuWuJ0
彼方「おはよぉ~。来るの早すぎない?」

しずく「おはようございます彼方さん。いや、それ私の台詞です」

彼方「いやぁ~」

彼方「しずくちゃんとのデートが楽しみ過ぎてさぁ~、早く来すぎてしまったんだぜ」

しずく「……も、もう! 直接的過ぎです。恥ずかしいじゃないですか」

彼方「おっ? 照れてますなぁ~。朝からいいものが見れた!」


朝から元気な方だ。

──でも、自然と私も元気になってくる。

304: (しまむら) (ワッチョイ 2328-gETb) 2021/11/18(木) 21:30:57.18 ID:bbfGuWuJ0
しずく(彼方さんと一緒にいるの。好きだなぁ)

彼方「しずくちゃんも楽しみ過ぎて早く来すぎちゃった感じ?」

しずく「ち、違います。遅刻しない為に早く来ただけです」

彼方「そっかそっかぁ~」

しずく「……嘘です」

しずく「楽しみでそわそわしちゃって……早く来ちゃいました」

彼方「!!///」ドキッ

彼方「もうっ! しずくちゃんは可愛いなぁ~!」ギュッ!!

しずく「ちょ、ちょっと! 公共の場ですから!」

しずく「それに可愛いではなく今日のコーデは綺麗目な雰囲気にしたんです! 綺麗って言ってほしいです」

彼方「かわかわキレイキレイだね~。かわ綺かわ綺」

しずく「変な造語作らないで下さい」ムスー

彼方「ふふっ、冗談だよ~」

彼方「──綺麗だよ。しずくちゃん」

しずく「!!」

しずく「ッ~~~!!/////」


顔が熱くなる。本当にこの人は油断ができない。


しずく「きょ、今日は沢山楽しんでもらいますからね!」

彼方「うん。今日を本当に楽しみにしてたよ」

彼方「エスコート、任せた」ニコッ

しずく「──はいっ!」ニコッ


彼方さんが私に手を伸ばしてくる。

私はその手をギュッと握り、彼方さんと一緒に歩き始めた。

305: (しまむら) (ワッチョイ 2328-gETb) 2021/11/18(木) 22:08:02.18 ID:bbfGuWuJ0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼方「わぁ……! 美味しそう……!」

しずく「ここのモーニング、すごく美味しいってかすみさんから聞いたんです」

しずく「だから一回来てみたくて」

彼方「連れて来てくれてありがとうー! このパンケーキ、超美味しそう!」

彼方「盛り付けとか参考になる~! 写真撮っていいかな?」

彼方「すみませ~ん! 店長さ~ん!」

しずく「ちょ、ちょっと彼方さん!? 他のお客様もいますから!」


渋谷にある喫茶店で美味しいモーニングを食べ、その後はお買い物。

そしてその後は彼方さんからやりたい事を聞き出し、実行する。

何回もシュミレーションしたデートプラン。多少のアドリブ力は必要かもしれないけれど、必ず成功させて楽しんでもらおう。


彼方「なるほどぉ……生地にそんな隠し味を……ありがとうございますー! 勉強になります」

しずく(店長さんからレシピを教えてもらっている…。店長さん優しすぎません?)

しずく(雰囲気良いし、また今度来ようっと)




306: (しまむら) (ワッチョイ 2328-gETb) 2021/11/18(木) 22:23:57.58 ID:bbfGuWuJ0
彼方「はぁ~……美味しいご飯を食べることができて彼方ちゃん幸せ~」

彼方「味も覚えたし、レシピも教えてもらっちゃった」

彼方「自分のお店の味に出来たらメニューにして出してみたいなぁ」

しずく「彼方さんの作る料理は美味しいので絶対出せますよ。楽しみにしています」

彼方「ほんと? ありがとね~」

しずく「いいお店でしたね」

彼方「うん! また来ようっ」

彼方「店長さんも良い人だったし」

しずく「ですね。お嬢様がスクールアイドルを現役でやってるって仰ってましたね」

彼方「スクールアイドル時代の思い出に花が咲いたね~」

しずく「えぇ」ニコッ

しずく「さて彼方さん。お買い物に行きましょう」

しずく「何が欲しいものはありますか?」

彼方「欲しいもの? 新しいマドラーかなぁ」

しずく「ま、マドラーですか!? 折角渋谷に来たのに……」

彼方「うそうそ。冗談だよ~。お洋服見に行こ?」

しずく「かしこまりましたっ! 行きましょう」

彼方「うんっ」

307: (しまむら) (ワッチョイ 2328-gETb) 2021/11/18(木) 23:00:57.79 ID:bbfGuWuJ0




彼方「ねぇねぇしずくちゃん」

しずく「どうしました?」

彼方「今日のお金、本当に全部しずくちゃんが払うの?」

しずく「はい」

しずく「アルバイト代があるのでご心配なく」

彼方「で、でも……」

しずく「いいんです。これは私がやりたい事ですから」

彼方「うっ……そう言われると断れなくなっちゃうよ……」

彼方「けど、本当に無理はしないでね?」

しずく「はいっ」

しずく「そうだ彼方さん! 今日この後なにかしたい事はありませんか?」

彼方「へ? うーん、そうだなぁ」

しずく「なんでもいいですよ? 今日は彼方さんのやりたい事をやりましょう!」

彼方「なら演劇かな」

しずく「へ?」

彼方「私、しずくちゃんと演劇見に行ってみたい」

しずく「演劇ですか……?」

彼方「うん」

しずく「……」


予想していなかった出来事。こんなパターンはシュミレーションして来なかった。

まさか、彼方さんから演劇の話題が出るだなんて思わなかったから。


彼方「ダメ……?」

しずく「……ううん。ダメじゃないです」

しずく「分かりました。行きましょう」

彼方「わーい! ありがとう~!」

327:大変長らくお待たせしました。保守ありがとうございました!(しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/27(土) 21:39:27.29 ID:D9XrDY0v0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼方さんから突然演劇を見たいと言われ、頑張って公演を探した。

事前に予約していたのなら話は変わってくるけれど、平日にいきなり探すことになったから正直困ったという気持ちも少々。

でも、彼方さんのお願いだ。なんとか探し、公演を見つけた。


彼方「おぉ~、文化会館! ここで演劇が見れるの~?」

しずく「はい。どうやら学生演劇があるみたいで、無料で入れるみたいです」

彼方「そうなんだ~。探してくれてありがとうね」

しずく「いえいえ。私も……なんだか懐かしい気持ちになってきました」

しずく「学生の頃を思い出すようで」

彼方「しずくちゃ~ん? 大学生も学生だぞ~?」

しずく「あっ……そういえばそうですね」

彼方「じゃあ、入ろ? …あっ! スリッパ借りれるみたいだねっ。いこいこ?」

彼方「段差気をつけてね~?」

しずく「わ、わかりましたから。そんなに急がなくても大丈夫ですよ? 彼方さん」


少し、テンションが高くなっている彼方さん。

そんなに演劇が見たかったのかな?

329: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/27(土) 21:55:01.19 ID:D9XrDY0v0
彼方「あっ、ここのホールみたいだね~」

しずく「ですね」

彼方「えっと、演目は」

彼方「『夢をかなえるゾウ?』」

しずく「!!」

彼方「おぉ~、なんか面白そうだねぇ」

しずく「……」

彼方「あれ? しずくちゃん? どーしたの?」

しずく「え? あっ、いえ……なんでもないです」

彼方「そう?」

彼方「あっ、もしかして……見たことあるやつだった?」

しずく「そうですね。何回も見てます」

彼方「そうなんだ……なら、やめとく?」

しずく「いえ、見ましょう。演劇は何度見ても面白いです。それに演じる方々が違えば、別作品のように感じる事もあれば、内容にアレンジが加えられていることもあります」

彼方「そ、そうなんだ」

しずく「はい。ですから私の事は気にしないでください。見ましょう」

彼方「うん。わかった。なら入ろう~」

しずく「はいっ」

しずく「……」

しずく(中学生の頃とか、よく見た演劇)

しずく(今の私に……結構刺さる内容だ)


色々と、思う事はあった。

けれど、以前より演劇や夢に対しては前向きになれている。彼方さん達のおかげで、前を向けている。

それを踏まえて、私は演劇を改めて見て──どう感じるんだろう?

私はそんな事を考えながら、彼方さんと中に入り席に着いた。

330: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/27(土) 22:10:39.97 ID:D9XrDY0v0




『──! ──。────!』

『─────。──』



しずく「……」


久しぶりに見る演劇。ここ最近、見る事が出来なかった。

前にかすみさん達と見た映画とはまた違い、目の前にいる人達が目の前で演技をする。
スクリーンを通してのものではなく、直に見る事が出来る。

学生演劇という事もあり、荒削りな所もあったけれど──


彼方「おぉ……!」

しずく「……」


──皆、楽しそうに、一生懸命演技している。

それが肌で伝わってくるし、いい演技や表現にとして現れている。

横で見ている彼方さんも、楽しそうだ。


しずく「……」

331: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/27(土) 22:25:33.80 ID:D9XrDY0v0
人生とは何なんだろう。ふと、考えてしまう瞬間がある。

私は幼稚園の頃は、お姫様になるのが夢でした。

小学生の頃は、小さい頃お母さんに連れて行ってもらった演劇に影響を受け、大女優になりたかった。

中学生の頃は、本格的に“大女優”を目指す為に努力した。

高校生の頃もそれは変わらなかった。私は“女優”を目指しつつ、スクールアイドルとして学園生活での幸せの日々を過ごしていた。

幸せだった。あの時の煌めいていた青春は、本当にいい思い出として心に残っている。すごく楽しかった。

そして今は──悩んでいる。

歳を重ねれば重ねる程、夢は小さくなっていった。

気が付くと、女優になりたかった夢は、私の悩みになっていた。


しずく「……」


──今、目の前で演技をしている子達の中にも、きっと私のような夢を持つ子がいるのだろう。

そして、今の私のようになる子もいると思う。


しずく「……」

彼方「っ……!」


今、手に汗握る場面を演じている子達。皆、それぞれ──夢がある。

夢を持たないで育っていく子供なんていないんだ。


しずく「おぉ……」


主演の子の、迫真の演技でホールが揺れたかのように感じた。つい、声が漏れてしまった。

──あぁ、楽しいなぁ。

演劇って、本当に素晴らしい。


しずく「……」


──彼方さん。私の夢、決まったよ。





332: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/27(土) 23:26:35.88 ID:D9XrDY0v0
彼方「いやぁ」

彼方「すっっっごく面白かった~」ニコッ

しずく「ふふっ、よかったです」

彼方「しずくちゃんが出てた演劇以外は見たこと無かったんだけど、学校によって全然雰囲気違ったね」

彼方「それに! 最後の別れのシーン……うるっと来た……」

彼方「演劇って、見ていて楽しいね! 映画とはまた違った雰囲気だった」

しずく「そうなんです。演劇は奥が深いんですよ」


彼方さんと近くのカフェでゆっくりしながら感想を語り合う。

もしかしたら、楽しめないんじゃないかなって気持ちは最初はあったけれど、杞憂だった。

すごく、楽しかった。

桜坂しずくは、やっぱり演劇が大好きなんだって再認識できた。

こうして感想を語り合うのもなんだか懐かしくて、楽しかった。


しずく「そういえば彼方さん? どうして急に演劇を見たくなったんですか?」

彼方「え?」

しずく「予想外過ぎて、正直びっくりしちゃいました」

彼方「ん~? それはねぇ…」


ニヤニヤしながら彼方さんが私を見つめる。でも、すぐにその表情は可愛らしい笑顔に変わった。


彼方「しずくちゃんと一緒に演劇見るのって、どんな感じなんだろって思ったのと~」

しずく「と?」

彼方「大好きな子が好きな演劇を、私ももっと知りたいなぁって思ったから!」ニコッ

しずく「!?」

彼方「理由は単純ですぞ~?」

しずく「な、何言ってるんですか? からかわないでください!」

彼方「からかってないよ~」

しずく「もう……」

333: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/27(土) 23:44:54.44 ID:D9XrDY0v0
しずく「……あの、彼方さん」

彼方「なになに~?」

しずく「なんで……私にそんなこと言ってくれるんですか?」

彼方「え?」

しずく「その……大好きとか、可愛いとか」

彼方「思った事を正直に言ってるだけなんだけど」

しずく「い、いや……なんで、その……そんな風に思ってくれるのか気になって……」

彼方「中々難しい質問しますな~」

しずく「ご、ごめんなさい」

彼方「ううん。謝ることじゃないよ~」

彼方「……んー、そうだねぇ」

しずく「……」コクリ

彼方「彼方ちゃんはさ」

彼方「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会で一緒に過ごしてきた皆の事が、大好きなの」

334: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 00:39:48.67 ID:tIgR7y0q0
彼方「高校生の頃、結構忙しかったからさ」

彼方「内心……ちょっぴり疲れてた時もある」

しずく「……」

彼方「けど、ね?」

彼方「皆がいてくれた。彼方ちゃんが大好きな歌を歌えたあの幸せの日々の中で、皆が支えてくれた」

彼方「楽しい時間を、くれた!」

彼方「だから……皆のことが大好きなの」

彼方「皆は彼方ちゃんにとって、大切で大好きな宝物!」

しずく「大切で……大好きな宝物……」

彼方「うん!」

彼方「……そしてね」

彼方「しずくちゃんは、その中でも特に大切なんだよ」

しずく「私が……?」

彼方「うんっ!」

335: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 00:45:39.92 ID:tIgR7y0q0
───────────────

彼方『ふわぁぁ……』スタスタ

彼方『眠い……』

彼方(今日も……アルバイト。その後に家に帰ってご飯作って、今度のテストに向けて勉強しなきゃ)

彼方『……』

彼方『ちょっと……疲れたかも……』

彼方(家族の為でもあるし……勉強は将来役に立つからやらなきゃだけど……)

彼方『……』

彼方(……少し、お昼寝しにいこう)

彼方(お気に入りのスポットにいこ)

スタスタ

336: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 00:52:01.73 ID:tIgR7y0q0
彼方(あそこは静かだからお昼寝に最適なんだよね)

彼方(人もあんまり来ないし)

スタスタ

彼方『ん?』



『─────』



彼方(あれ? 誰か……いる?)

彼方(珍しい……何か、やってる?)

彼方(何か、一人で話してる?)ササッ

彼方『……』

彼方(珍しい光景すぎて隠れちゃった)

彼方『……』ジー

彼方(リボンからして、1年生の子かな? 入学式からまた1週間くらいしか経ってないし、ほかほかの1年生だ~)

彼方(……楽しい青春が待っているんだろうなぁ)

337: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 01:03:15.14 ID:tIgR7y0q0
しずく『明日もまた! 同じ日が来るのだろう……』

しずく『──幸福は一生来ないのだ! けれども……!』


彼方『!!』

彼方(すごっ、迫真だぁ……)

彼方(セリフっぽい言い回しだし、あれかな? 演劇の練習とかかな?)

彼方(あの子……演劇部の子なのかなぁ?)

彼方『……』ジー


しずく『ふぅ……よし、次は……』

しずく『……すぅ……──』

しずく『っ……!』ツー

しずく『ぐす……っ……!』ポロポロ


彼方『!?』


しずく『あぁ……ロミオ……どうして私達は──』


彼方『』ポカーン

彼方『す、すごい……!』

彼方(あれ、演技なのかな!? 涙を流して、セリフを言ってる)

338: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 01:11:39.05 ID:tIgR7y0q0
しずく『──よし。こんなもんかな……』

しずく『まだまだ頑張らなきゃ』

しずく『夢である女優になる為に』


彼方『!!』


しずく『あっ……そろそろボイトレの時間だ……』

しずく『行かなきゃ』ササッ

スタスタ


彼方『……』

彼方(夢である……女優になる為に……)

彼方『さっきの子……夢に向かって頑張ってるんだ』

彼方『上手な演技だったのに、夢に向かってもっと努力してるんだ……』

彼方『……』

彼方『ふふっ』ニコニコ

彼方(1年生なのに、すごいなぁ)

彼方『かっこいい』

彼方『……』

彼方(彼方ちゃんも、さっきの子みたいに頑張らないと!)

彼方(なんか、気合い入った!)

彼方『よし、今日も頑張ろ~』

339: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 01:20:56.92 ID:tIgR7y0q0
───────────────

彼方「いやぁ、ほんと……びっくりしたんだよね」

彼方「まさか彼方ちゃんのお昼寝スポットで演劇の練習をしてたのが」

彼方「後ほど同じ部活の後輩になるだなんて思ってなかったからさ~」

しずく「そ、そんな事あったんですか!?」

しずく「というか、見てたんですか!?」

彼方「たまたまだけどね~」

しずく「……」

彼方「私はね、しずくちゃん」

しずく「……」

彼方「あの時、頑張ってたキミを見て……もっと頑張ろうって気持ちになれたんだ」

彼方「スクールアイドルになったのも、好きな歌を頑張りたいなって思ったから。キミの姿を見て、好きな事に向かって頑張ろうって思えたの」

彼方「……夢に向かって頑張るしずくちゃんは」

彼方「彼方ちゃんの憧れの子なの」

しずく「私が……」

彼方「うんっ!」

彼方「彼方ちゃんはあの時から」

彼方「しずくちゃんの大ファンなんだよっ!」

しずく「っ!!////」

340: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 01:25:35.80 ID:tIgR7y0q0
彼方「だから」

彼方「キミは私にとって特別なの」

しずく「……」

彼方「近江彼方は」

彼方「桜坂しずくちゃんの事が」

彼方「大好きなのっ」

しずく「彼方さん……」

345: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 18:43:41.53 ID:tIgR7y0q0
彼方「えへへ~」

彼方「言っちゃったんだぜ」

しずく「……」

しずく「あ、ありがとうございます……////」

彼方「わぁお、顔真っ赤だね~」

しずく「し、仕方ないじゃないですか!! もうっ」

彼方「照れてるしずくちゃんも可愛いよ~」

しずく「そ、そろそろやめてください! 顔熱いですし恥ずかしいです!」

しずく「それに! お、お店の中ですよ!?」

しずく「周りにもお客様がいるのに……」

彼方「え~? いいじゃん。誰も気にしてないよ~?」

彼方「しずくちゃんは周りを気にし過ぎだって~」

しずく「むぅ~……」プクー

しずく「えいえいっ」チョンチョン

彼方「わぁ!? ちょ、急になぁに~?」

しずく「ツッツキ攻撃です。時と場所を考えてください」プイッ

彼方「えっ? じゃあ場所を変えたらもっとしずくちゃん大好きって言っていいの~?」

しずく「……でゅくし」チョコン、チョコン

彼方「わっははっ! ちょ、くすぐったいでば~。脇はやめて~」

しずく「知りませんっ」プイッ

彼方(からかうと子供っぽくなるしずくちゃんかわいい~)

346: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 18:53:10.87 ID:tIgR7y0q0
しずく「……」

彼方「ごめんってしずくちゃん。さっ、そろそろお店でよっか?」

しずく「あ、あの! 彼方さん」クイッ

彼方「ん~?」

しずく「そ…その……」

しずく「わ、私も!」

しずく「……か、彼方さんのこと……」

しずく「だ、大好き……です!///」

彼方「うへぇ!?////」

しずく「そ、そんな変な声出して驚かないでください!」

しずく「……私も自分の気持ちを正直に伝えただけですから」

彼方「」

しずく「か、彼方さん……?」

彼方「……しずくちゃん……」

しずく「な、なんでしょう?」

彼方「……反則だよぉ……////」

しずく「!!」キュン

しずく(彼方さん……顔真っ赤です!!)

しずく「ふふっ、ごめんなさい」ニコッ

彼方「本当に油断出来ない子なんだから……」

しずく「……」

彼方「……」

しずく(彼方さんはかわいいなぁ)
彼方(しずくちゃんはかわいいなぁ)




347: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 19:15:51.51 ID:tIgR7y0q0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

しずく「──えっ!? じゃあ彼方さん……果林さん達以外の皆さんにお店の事を教えてなかったのは嫌われたくなかったからなんですか!?」

彼方「うん……だってほら、あれじゃん?」

彼方「新しくお店開いたから連絡しただなんて、お店に来てなにか注文してって意味で捉えられそうじゃない……?」

しずく「そんな風に思いませんよ! 絶対皆さん喜びますし来たがります」

彼方「そ、そうかなぁ?」

しずく「そうですよ」

しずく「早速かすみさん達に教えて、同窓会でも開きましょう」

彼方「ちょ、大丈夫だから! それは私がやるから~!」

彼方「ほら、もう目的地に着くよ?」


あの後お店を出た私達は、とある場所に向かっていた。

今日は彼方さんの為のデートだったけれど、私が行きたい場所に行こうと提案したんだ。

そこで、夢について彼方さんに伝えたかったから。

もうすぐ、辿り着く。

場所は──


彼方「わぁ、懐かしいねぇここ。エマちゃんのMV撮影の時にも来たよね~」

しずく「はい。懐かしいです。私もよくここに来てたんですよ?」

彼方「もちろん、知ってるよ~?」

彼方「落ち着けるし良い所だよね」

しずく「はいっ」


──水の広場公園。

正面に見える海と大きな観覧車には、夕日が綺麗な色を差し掛かり、幻想的な風景を生み出している。


彼方「綺麗だね~。もうすぐ夜になっちゃうね」

しずく「そうですね。時間が経つの、早いです」

彼方「だね~」

348: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 19:25:30.84 ID:tIgR7y0q0
彼方「やっぱりお台場はいい所だよね~」

しずく「……」


彼方さんの顔が、夕日に照らされる。

──本当に綺麗。


しずく「彼方さん」

彼方「ん?」

しずく「私、夢が決まりました」

彼方「……」


ちょっとだけ驚いた表情の彼方さん。

でも、すぐに優しく微笑んでくれる。

彼方さんは、いつも優しく微笑んでくれる。


彼方「聞かせてくれる?」ニコッ

しずく「はいっ」ニコッ

349: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 20:03:20.46 ID:tIgR7y0q0
しずく「彼方さん」

しずく「私」

彼方「うん」

しずく「女優になりたいです」

彼方「うん」

しずく「また、女優を目指します」

しずく「もう、見失ったりしません」

しずく「これが──私の想いです!」

彼方「……」

しずく「あれ? 彼方さん」

彼方「ふふふ…」ニヤニヤ

しずく「へ?」


彼方さんが突然にやにやと笑い、海に近づく。


しずく「か、彼方さん?」

彼方「すぅー……」


──そして、彼女の声が響き渡る。


彼方「しずくちゃんなら!!」

彼方「絶対に、女優になれるよ───────!!」

しずく「!?」ビクッ


私が今まで聞いてきた彼方さんの声の中で、一番大きい声だった。

350: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 20:17:10.26 ID:tIgR7y0q0
彼方「はぁ、はぁ」

しずく「か、彼方さん!? 急にどうしたんですか……?」

彼方「この声の大きさくらい!」

彼方「彼方ちゃんはしずくちゃんが女優になれるって信じてる!」

しずく「!!」

彼方「応援してる」

彼方「何かあったら、なんでも言って? すぐに相談に乗るから」

しずく「彼方さん……」

しずく「……」スタスタ

彼方「おっ? しずくちゃんどうし──」

しずく「すぅ……」

しずく「私は!!」

しずく「絶対に、女優になりま───────す!!」

彼方「!?」ビクッ

しずく「はぁ、はぁ」

しずく「あははっ」ニコッ

しずく「これ、気持ちいいですね! 彼方さん」

彼方「うん! 私もそう思ったよ~」ニコッ

352: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 20:25:33.95 ID:tIgR7y0q0
しずく「彼方さん」

しずく「やっぱり、私の夢はこれしかありません」

しずく「今日の演劇を見て、そう思いました」

しずく「やっぱり私、演技をすることも演劇も、大好きなんですっ」ニコッ

しずく「だから、それをお仕事にしたい」

しずく「私のように、女優を目指す子達に……夢を与えたい!」

しずく「才能が無いかもしれないけれど、夢を叶えたいんです!」

彼方「それでこそ、しずくちゃんだよ」

彼方「……ただ、ね? しずくちゃん?」

しずく「?」

彼方「しずくちゃんはすごい才能で溢れてるよ?」

彼方「それに」

彼方「何かをずっと好きでいられるのは、立派な才能だよ!」

しずく「!! 彼方さん……!」

彼方「本当に、応援してる」

彼方「しずくちゃんの大ファンである私が、ずっと支える!」

彼方「だから……」

彼方「自分のやりたいようにやるんだよ! しずくちゃんっ!」

しずく「──はいっ!」

しずく「彼方さん」

しずく「ありがとうっ」ニコッ

354: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 20:36:01.69 ID:tIgR7y0q0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼方「ありがとうございました~!」

彼方「またのご来店を、お待ちしてま~す」ニコッ

カランカラン

彼方「……」

彼方「んー、今日のお仕事も疲れた~」ノビー

彼方「さて、締め作業に移ろっと」

彼方(昨日、しずくちゃんとのデート……楽しかったなぁ)

彼方「……」

彼方「はぁ……」

彼方(楽しかった分、寂しさもある)

彼方(しずくちゃんともっと一緒にいたいなぁ……)

彼方「……」

彼方「ん!」パシッ

彼方「わがままはダメ。切り替えよっと」

カランカラン

彼方「へ? あの、今日はもう閉店──」

彼方「──って、へ?」

しずく「こんばんは、彼方さん」ニコッ

彼方「し、しずくちゃん!?」

彼方「どうしたの!?」

しずく「彼方さんとお話したくて、来ちゃいました」

しずく「急でごめんなさい。ちょっとドタバタしていたもので」

彼方「う、ううん! いいよ。待ってて、今お茶出すから」

しずく「大丈夫です。お構いなく」

355: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 20:43:36.01 ID:tIgR7y0q0
彼方「そ、そう?」

彼方「というか、本当にどうしたのこんな時間に」

彼方「会えて嬉しいけど」

しずく「本当ですか? ありがとうございますっ」

しずく「伝えたい事があったんです」

彼方「伝えたい事?」

しずく「はい」コクリ

彼方「どーしたの?」

しずく「彼方さん」

しずく「出来たらで大丈夫なんですけれど、もっとシフトを増やして頂けませんか?」

彼方「へ? シフト?」

しずく「はい」ニコッ

356: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 20:55:15.52 ID:tIgR7y0q0
彼方「それは別に大丈夫だけど……」

彼方「学校行きながらだと大変じゃない?」

しずく「大学は休学しました」

彼方「……へ?」

しずく「両親に相談して、認めてもらって学校側への手続きも完了しました」

彼方「え、えぇ!?」

彼方「大丈夫なの!? それ……」

しずく「中途半端になるよりも、女優を目指す事を集中することにしたんです」

しずく「これでダメだったら、諦めてまた学校に行きますっ!」

彼方「そ、そっか。まぁ、しずくちゃんが決めたんだもんね。彼方ちゃんは応援するよ」

しずく「はい!」

しずく「これは、私が決めた事です」

しずく「もう、迷いませんっ」

358: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 21:12:27.53 ID:tIgR7y0q0
しずく「空いた時間を使って、ボイトレ等にもまた通って鍛え直します」

しずく「オーディションにも受けて、何がダメか考えながら努力します」

彼方「……」

しずく「ただ、その……親への負担は減らしたいので……お金は自分で出すつもりなんです」

しずく「だから、もっとアルバイトがしたいんです」

しずく「このお仕事、好きですし……それに!」

しずく「──彼方さんと、もっと一緒にいたいから」

彼方「!!」

しずく「いい、ですか?」

彼方「何卒よろしくお願いいたします!!」

しずく「な、何卒!?」

彼方「もう、大歓迎~!」

彼方「なんならもうウチに住んじゃいなよ~!」ギュッ

しずく「す、住む!?」

彼方「やったー! しずくちゃんともっと一緒にいられる~!」ニコニコ

しずく「ちょ、彼方さん!? 喜びすぎですよ!?」

彼方「だって嬉しいんだも~ん!」

しずく「も、もう……本当に元気な方ですね」

彼方「えへへ~」ニコッ

359: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 21:23:18.03 ID:tIgR7y0q0
しずく「彼方さん」

彼方「なぁに~?」ニコニコ

しずく「私」

しずく「あの日彼方さんに電話して良かった」

彼方「!!」

しずく「あの日から、彼方さんと過ごす日常がまた始まって」

しずく「私は、前を向く事ができました」

彼方「……」

しずく「彼方さん」

しずく「本当に──ありがとうっ」ニコッ

彼方「っ……」

しずく「へ? か、彼方さん!?」

彼方「ぅう……ぐすっ……!」ポロポロ

彼方「こちらこそ、だよぉ……!」

彼方「あの日、私に電話して来てくれて……相談してくれて……」

彼方「ありがとう……!!」ポロポロ

しずく「か、彼方さん……」ッー

ギュッ

彼方「私、応援するから……!」

しずく「……彼方さん」

しずく「本当にありがとう」

しずく「──大好きです」

彼方「うん……!」

彼方「私も……彼方ちゃんも」

彼方「しずくちゃんが、大好き……!」

360: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 21:28:22.79 ID:tIgR7y0q0
人生とは何なんだろう。ふと、考えてしまう瞬間がある。

私は幼稚園の頃は、お姫様になるのが夢でした。

小学生の頃は、小さい時にお母さんに連れて行ってもらった演劇に影響を受け、大女優になりたかった。

中学生の頃は、本格的に“大女優”を目指す為に努力した。

高校生の頃もそれは変わらなかった。私は“女優”を目指しつつ、スクールアイドルとして学園生活での幸せの日々を過ごしていた。

幸せだった。あの時の煌めいていた青春は、本当にいい思い出として心に残っている。すごく楽しかった。

そして今は──また女優を目指す事を決めました。



幸せだった。あの時の煌めいていた青春が──また始まった。

361: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 21:38:32.93 ID:tIgR7y0q0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

~3年後~

「では、本日の取材はこちら! 今や映えるおいっしー! 料理で、SNSや雑誌にて注目の的になっている喫茶店! 『眠れる森』~!」

「今回は特別企画という事で、ゲストの方も一緒にリポートしていき、お話を聞いていきたいと思います」

「今、大ブレイク中の若手女優──桜坂しずくさんです!」

しずく「こんにちは。桜坂しずくですっ」ニコッ

しずく「本日はよろしくお願いいたします」

「うーん……美人……テレビ映えするわ~」

しずく「り、リポーターさん?」

「あっ、ご、ごめんなさい! では、本題に移りましょ~!」

「店長さんの、登場です!」

しずく「……」ニコニコ

彼方「どもども~。店長の近江彼方です」

彼方「本日はよろしくお願いします」ニコッ

362: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 21:48:32.86 ID:tIgR7y0q0
「店長さんである近江彼方さんとしずくさんは同じ高校でスクールアイドルをやっていて」

「しずくさんはここでバイトしていたとお聞きしています」

しずく「はい」

しずく「ここは、私の思い出の場所であって」

しずく「夢へ向かって再び歩き出すことができたきっかけの場所なんです」

彼方「……」

しずく「素晴らしい、このお店の為に」

しずく「今日はたっくさんリポートして、視聴者の方々にアピールしちゃいますっ」

彼方「な、なんか恥ずかしいなぁ~……」

しずく「どうです? リポーターさん。恥ずかしがってる彼方さんとっても愛おしくないですか?」

彼方「ちょっとしずくちゃん!? 全国放送されるんだよねこれ!? 恥ずかしいからやめてよ~!」

「大丈夫です。カットはしませんから」

彼方「えぇ……」

363: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 21:54:05.36 ID:tIgR7y0q0
「とまぁ、本題に戻りましょう」

「今日はしずくさんの思い出でもあるこのお店の特集をしつつ、どういった経緯があったのかを語った頂きたいんです!」

彼方「ほーほー」

しずく「色々ありましたから、たくさん語れますね」

しずく「ねっ? 店長」ニコッ

彼方「うん。そうだね~」ニコッ

「では、おふたりに順を追って話して頂ければと思います! よろしくお願いしますー!」

しずく「はい。かしこまりました」

彼方「うーん、そうだね~」

彼方「じゃあ、経緯を話していこっか」

彼方「しずくちゃんっ」

しずく「はいっ! 彼方さん」

彼方「まずはね~──」

364: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 21:54:49.80 ID:tIgR7y0q0
彼方「喫茶店経営、始めました~」

しずく「そこでアルバイトすることになりました」

365: (しまむら) (ワッチョイ 9f28-yeAZ) 2021/11/28(日) 21:54:57.66 ID:tIgR7y0q0
おしまい。

367: (SB-iPhone) (ササクッテロラ Spcb-3PsL) 2021/11/28(日) 22:14:44.23 ID:6xjiONIpp
すごい面白かった
お疲れ様でした

368: (みかん) (ワッチョイ bf87-Zc5u) 2021/11/28(日) 22:16:48.80 ID:h6Oj3T/+0
お疲れ様です
とても面白かったです

372: (もんじゃ) (ワッチョイ bfca-G5DM) 2021/11/28(日) 23:18:32.89 ID:pPDB1bAq0
乙です!
やはりかなしずはいい…

371: (茸) (スプッッ Sd3f-TfvS) 2021/11/28(日) 22:55:09.75 ID:sUS065prd
最高や!

381: (もこりん) (ワッチョイ 9755-HhuU) 2021/12/01(水) 22:59:46.13 ID:a8Y08+gn0

彼方ちゃんが少しずつしずくちゃんの心を解していく様子が尊かった…
しずくちゃんも夢を叶えられてよかった
そしてまさかの公式が追いついてくる神展開(あっちはレストランだったけど

377: (えびふりゃー) (アウアウウー Sa5b-uE1u) 2021/11/29(月) 22:43:29.62 ID:ee+ZU7m8a
乙です。とても面白かった

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1632925758/

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