【SS】失踪宣言【ラブライブ!虹ヶ咲】

SS


1: (しまむら) 2023/03/31(金) 23:49:51.54 ID:hLZoiiGQ
アタシの心の中には2つの決め事がある。

1つは今までのこと。

そしてもう1つはこれからのこと。
 
2: (しまむら) 2023/03/31(金) 23:56:03.40 ID:hLZoiiGQ
――
―――
アタシは璃奈のライブに行かない。

アタシと璃奈は虹ヶ咲の同好会で一緒にスクールアイドルをやっていた。

でも、スクールアイドルはスクールアイドル。本物のアイドルとは違う。

そんな考えがあったからか、アタシは卒業後の進路としてアイドルのアの字も考えていなかった。

でも、璃奈は違った。当時の呼び方だから、りなりーって呼んだ方がいいかな?

りなりーは人一倍一生懸命に努力を重ね、いつしか彼女の人気はスクールアイドルの域を優に超えた。

そんな急成長の中でりなりーは表情をだんだんと取り戻していき、それが彼女自身の自信へとつながっていた。

彼女や周囲の人間にとって、進路など考えるに値しない悩みだ。天王寺璃奈にとってアイドルは天職だった。

アタシが璃奈と付き合い始めたのはその時くらいからだったかな。

なんとなくの関係が続いていて、関係を明確にすることで壊れてしまうことが怖くて。

でも、その時のりなりーはアタシとは違うステージにいて。

だから、しっかり言葉にしておかないと離れていってしまう気がした。

だから、アタシは勇気を出した。
 
3: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:00:13.69 ID:cGP1qvx8
別に付き合ったからと言ってアタシたちの生活が大きく変わることはなかった。

アタシはただの大学生だし、璃奈は売れっ子のアイドル。

璃奈のスケジュールがタイトすぎて、それらしいことは電話くらいしかできなかった。

でも、それでも。

いままで恥ずかしくて口にできていなかったお互いを思う気持ちをストレートに伝えられるようになったのは大きな変化だった。

友達やスクールアイドルに対する「大好き」とはまた別の意味の「大好き」。

ただ、特別な関係になったとて、アタシと璃奈は同じ同好会の仲良しの先輩後輩の延長線くらいにしか思っていなかったのかもしれない。

それが気の緩みだった。自覚が足りなかった。

女性同士だからか、それとも決定的な証拠は絶対に残さないようにしていたからか、アタシたちの関係がメディアで報じられることはなかった。

どこまで行っても「高校時代の先輩後輩で、仲の良い女友達」という言い訳ができる余地を残しておいた。

しかし、ネット上の一部の人間がアタシたちの関係を疑い始めた。
 
4: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:02:22.98 ID:cGP1qvx8
特に匿名掲示板ではアタシたち二人が出かけている姿の盗撮写真がアップロードされ、それについて激しく議論が繰り広げられていた。

それでも、そんな邪推をしている人たちはごく一部の界隈だから気にする必要はない。

これからも今までのように気を付けていれば問題になることはない。

アタシと璃奈はそんな風に考えていた。

そして事件は起こった。
 
5: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:04:27.38 ID:cGP1qvx8
――
―――
その日は璃奈の単独ナンバリングライブの日だった。

アタシは璃奈からもらった関係者チケットを握りしめ、少し分かりにくい場所にある関係者入口へと向かった。

最初は入場に戸惑ってしまったけれど、今では慣れたものだ。

関係者は早い時間に入ると目立ってしまうため、開演ギリギリの時間に入場する。

アタシは有名人じゃないからそんな気遣い入らないけれど、周りに合わせて遅い時間に入るようにしている。

開演時間が近づき、璃奈のファンが少なくなったのを見計らって関係者口へと向かった。

『今から入場するね』

璃奈にメッセージを送る。忙しいかな?と思ったけれど

『ありがとう。愛さんに楽しんでもらえると嬉しいな。从||>?<||从』

と、すぐに返信が来た。思わずにやけてしまう。璃奈って本当にかわいい。

『もう今から楽しみでしょうがないよ!グッズもたくさん買っちゃった!!』

『今写真送るね!!』

そう送信し、スマホで手元の袋の中身の写真を撮ろうとした瞬間



――背中に経験したことのない熱さを感じた。
 
6: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:06:41.17 ID:cGP1qvx8
何が起こったのか理解できなかった。

周りのスタッフや入場前の観客がアタシに駆け寄ってくる。

大丈夫ですか?と何回も問いかけられる。

日本語は分かるのに、意味が理解できない。

大丈夫ってどういうことだろう?アタシ、今大丈夫じゃないのかな……?

床に広がる血と、複数人に取り押さえられながら大暴れする男の姿。

――あぁ、この男に刺されたんだ…… こんな事件って本当にあるんだな……

あまりの非日常に、どうしても現実のこととは思えなかった。

薄れゆく意識の中、スマホの通知が目に入った。

『愛さん。どうしたの?』

『もしかして写真送ってくれた?電波の情報が悪いかも?』

『あれ?既読もつかなくなっちゃった?』

『おーい?愛さん?』

……そうだ、今日は璃奈のライブだったんだ。

「あぁ、あの……」

アタシは精一杯の力を込めてスタッフに話しかける。

「無理しないでください!今救急車を呼んでいるので!」

切羽詰まった声色でアタシをなだめる。でも、アタシにとってそんなことはどうでもいい。

「このことは……璃奈には……、天王寺璃奈には言わないでください……」

「ライブに支障が出るといけませんから……お願いだから言わないで……」

そこまで言って、アタシの意識は完全に途切れた。
 
7: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:08:51.36 ID:cGP1qvx8
――
―――
目覚めたとき、アタシは病院のベッドの上にいた。

目覚めたといっても半分夢の中で、現実との区別がなくふわふわした感覚だった。

まるで酔っぱらっているような、そんな気分。

もう一度深い眠りに入りたい、そんなことを考えながらも視線を移動させると、

そこに璃奈の姿があった。

「――璃奈?」

声にもならないかすれた声で、そうつぶやいた。

「ッ!愛さん!!」

璃奈は今まで見たこともないくらい驚いた顔で、そして今まで聞いたこともないくらい大きな声でそう叫んだ。

「ちょっと待ってね!いま先生呼んでくる!」

璃奈は全速力で部屋から出て行ってしまった。
 
8: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:11:03.71 ID:cGP1qvx8
その後、病院の先生から病状について説明を受けた。

想像通り、アタシはあの日ライブ会場で背中を包丁で刺されてたくさん出血したらしい。

ライブスタッフがすぐに救急車を手配してくれたため一命はとりとめたものの、一週間も意識が戻らなかったみたいだ。

その間、璃奈はずっと病院にいてくれたらしく、それを聞いてアタシは思わず泣いてしまった。

「じゃ、私はこの辺で。何か不安なことや体調に気になることがあったらすぐに呼んでね。」

「あと、明日からはまた検査やリハビリが大変だと思うから、今日はゆっくり休んで。」

「君と話したくてうずうずしている子がいるからね、わたしはここで失礼するよ。」

先生が横目で見たドアの方を見ると、隙間から璃奈が今か今かと病室に入るタイミングをうかがっていた。

先生の退出と同時に璃奈が病室に入ってくる。

「愛さん、大丈夫……?」
 
9: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:13:15.03 ID:cGP1qvx8
「全然大丈夫だよ!それよりずっと病院にいてくれたって聞いたけど、大丈夫?」

「私は全然……。だって私のせいで……」

「なんで璃奈のせいになるのさ!」

「えっと……」

璃奈は言いにくいことを隠しているようだった。

「愛さんを自分のライブに誘ったせいだと思ってる?そんなわけ」

「違う! ――あれは……私のせいだから……」

「璃奈……」

「そっそうだ璃奈!仕事は大丈夫なの!?」

「それは心配いらない」

「だってそんなわけ……スケジュールの空きなんてないでしょ?」

「ちょっと今は休んでいる」

「休むって……、愛さんが入院しちゃったから?」

「愛さんに話さないといけないことがたくさんある。聞いてくれる?」

璃奈の独白が始まった。
 
11: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:15:33.55 ID:cGP1qvx8
――
―――
今回の事件は璃奈の熱狂的なファンが起こした事件だった。

アタシと璃奈の関係はあくまでネット上の噂レベルだったけど、犯人はその噂を真剣に信じちゃったみたい。

それで、アタシに包丁を突き刺した。

あいにく犯人はその場で取り押さえられ、アタシ以外の被害者を出すこともなく、犯行をすべて認めているとのこと。

ただ、人気アイドル天王寺璃奈のライブ会場での〇人未遂事件とのことでメディアでも大きく取り上げられてしまった。

今でも病院の周りでは報道の関係者が待ち伏せしているらしい。

大手メディアではアタシたちの関係を「犯人の勘違い」として報道していたが、一部の雑誌やネットメディアではその関係性を面白おかしく切り取った煽情的な記事も見受けられた。

実際のところ、切り取りされた関係そのものことが真実であったのは笑えない冗談だった。
 
12: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:16:00.88 ID:cGP1qvx8
それと悔やんでも悔やみきれない事実がもう一つ。

この事件のせいで璃奈のライブは中止になってしまった。

璃奈に伝えないで。そうアタシは願ったが、ここまでの大きな事件を隠してのライブは不可能だろう。

開演直前での公演中止の決定に、会場内ではかなり不満の声が上がったそうだ。

そんな中璃奈がひとりステージに上がり、今の状況を説明してファンの方々を説得した結果、多くの人たちが納得してくれたみたい。

俺たちも悔しいけれど、一番悔しいのはりなりーだよね。と。

その後、刺された被害者がアタシであることを知らされたんだって。

スタッフも言いにくかったのか、はたまたアタシの希望を最大限尊重してくれたのか。

ファンのほとんどは恋愛報道を信じていない。璃奈の言葉を信じている。

でもその発言が嘘であり、犯人の供述が正しいことは璃奈自身が一番理解している。

その溝に璃奈はひどく心を痛め、そんな状況を作り出してしまった普段の軽率なアタシの行動に怒りを覚えた。

もっとアタシが外での振る舞いに気を付けていればこんなことにはならなかったのに……

傷口よりも心が強く傷んだ。
 
14: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:16:26.82 ID:cGP1qvx8
――
―――
あれから1カ月、アタシの体はだいぶ良くなってきた。

警察に証拠品として回収されていたスマホも返却され、テレビ以外のメディアに触れることもできるようになった。

なってしまった、という表現の方が正しいかもしれない。

ネットでは璃奈を応援する意見がある一方、不信感を抱いているファンの意見も見受けられた。

それに何より悲しかったのは「りなりーのファンは頭のおかしい人間ばっかりだ」という意見が多く見られたことだ。

あの犯人一人のせいで、璃奈のファン全員がそのような見方をされてしまうことが悲しかった。

それに、璃奈がこの意見に目を通して心を痛めている姿が目に浮かび、それが何よりも悲しかった。

アタシが倒れた直後は安全上の懸念と心理状態を鑑みて璃奈は仕事を全くしていなかったが、この1カ月で璃奈の忙しさはライブ前と同等、もしくはそれ以上になっていた。
 
15: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:16:52.64 ID:cGP1qvx8
事件を通して天王寺璃奈というアイドルを知り、ネガティブな意見を言う人が増えた一方、彼女を好意的にとらえる人間もその数倍現れた。

ますますアタシたちはお互い会いにくくなってしまった。

「このまま離れ離れになっちゃうのかな……」

病室の窓にかけられたカーテンの隙間からほんの少しだけ見える空を見上げながら、そう小さくつぶやいた。
 
16: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:17:20.15 ID:cGP1qvx8
――
―――
退院の日、家族とおねーちゃん、そして璃奈が迎えに来てくれた。

仕事は?と聞くと「体調が悪いって言って休んだ」だってさ。真面目ちゃんな璃奈はどこへ行ったのやら。

でもこれで、決心がついた。

「ちょっとごめん、璃奈と話したいことがあるから一旦二人にしてもらっていい?」




「愛さん、話って何?」

「……」

「愛さん?」

「2つ、決めたことがあるんだ。」

「決めた、こと?」

「まず、アタシはもう璃奈のライブにはいかない。」

「な、なんでっ!」

全くの想定外の発言だったようで、璃奈の顔は分かりやすく慌てている。
 
17: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:17:48.76 ID:cGP1qvx8
「愛さんが恐怖を感じるのもわかる。でっでも!これからは警備をもっと厳しくするし、愛さんにも専門のガードを……」

「うん、ありがとう。でも、もうダメなんだ……」

「ダメって……?」

「……もう、璃奈に迷惑かけられないよ……」

「そんな迷惑だなんて!私はファンのみんなはもちろんだけど、愛さんに見てもらいたい!」

「愛さんに見てもらえることを楽しみに練習だって頑張ってる!」

「愛さんに楽しんで「でもだめだよ!」

思わず言葉をさえぎってしまう。

璃奈の気持ちが伝われば伝わるほど、アタシの心は痛めつけられる。

「ライブだけじゃない。ほかのイベントもそう。アタシが行くとさ、璃奈に迷惑かけちゃうから……」

「迷惑だなんてそんな」

「だって今回だってそうでしょ?アタシが行かなければライブは中止にならなかった!ファンのみんなを悲しませるようなことにはならなかった!」

「悪いのは犯人で……」

「――いや、アタシたちが付き合っていなければこんなことにはならなかった。」

お互い沈黙してしまう。
 
18: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:18:32.00 ID:cGP1qvx8
「……ごめんなさい」

「アタシこそごめん。別に璃奈を責めたいわけじゃないから……」

「それに、さすがに〇されかけたところにまた行くのは怖いしさ……」

アタシは1つ、嘘をついた。

どんなに怖くとも、璃奈の現場であれば何としてでも行きたい。

でも、そんなのはアタシのわがままだ。

「それからもう一つ言いたいことがある。」

「……なに?」

「アタシたち、もう別れよう。」

「……」

あぁ、言葉も包丁もかわらないや。

璃奈が私の言葉で深く傷ついたことが、手に取るように分かる。

それを悟ってか、璃奈はアタシに背を向け

「――私のどこが嫌い?」

と尋ねた。
 
19: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:19:11.55 ID:cGP1qvx8
「いや、嫌いとかじゃなくって!」

「これから璃奈はもっともっと人気アイドルになると思う。アタシも応援したい。」

「きっと歴史に名を残すようなアイドルになれると思うんだ!でも、そこにアタシは必要ないよ……」

「そんなことない」

「そんなことあるんだよ!どうやっても璃奈にとって今の関係は足枷になっちゃう。それは……だめなんだよ……」

「愛さん……」

「それにさ、伝説のアイドルとして大成するりなりーを愛さん見てみたい!」

もう一つ嘘をついた。いや、嘘ではないかもしれない。

でも、璃奈と別れてまでその光景を見たいかと聞かれれば、否だ。
 
20: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:19:45.36 ID:cGP1qvx8
璃奈を手放したくない。でも、そんな大切な璃奈の事を考えたらアタシたちは分かれるべきなんだ。

「それは、愛さんと離れ離れにならないとかなえられない夢なの?」

「……」

「そう、思う。」

「いま日本中がアタシたちの関係に注目してる。これ以上関わったら本当にアタシたちの関係がバレちゃう。だから……だからダメなんだよ……」

今にも目の奥からあふれ出しそうな涙をぐっとこらえる。

「愛さんがそう望むなら……。分かった。」

「……このお別れが無駄にならないように、私頑張る。」

震えた声で、振り返ることなく、璃奈はそう答えた。

「うん、応援してる。」

精一杯の作り笑顔で、そう答えた。それでも、せっかくの作り笑顔も、璃奈は一瞥もくれずその場から去ってしまった。

――これでよかったんだよね……

この日以降、アタシは何度もそう自分に言い聞かせた。
 
21: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:20:19.30 ID:cGP1qvx8
――
―――
璃奈とアタシが離れ離れになってから1年が過ぎた。

そして今日は璃奈のライブの日。

あの事件以降、アタシの予想通り璃奈の人気は右肩上がりだ。

スキャンダルが発覚することもなく、璃奈はまさに「アイドルの中のアイドル」の存在へとなっていった。

中止ライブからも璃奈は積極的にライブを開催してきた。

アタシはそのたびに直接見たい気持ちを押し〇し、自宅のオンライン配信で視聴していた。

別れてからも璃奈は変わらず関係者席のチケットを送ってくれた。アタシの気持ちを考えてか「いらなかったら誰かにあげていいから、」という文言と一緒に。

でも、結局一度も使えずに全部とってある。
 
22: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:20:53.20 ID:cGP1qvx8
その厚みがアタシの未練を表しているようで、コレクションが増えるたびに嫌気がさす。

璃奈のライブは本当に人気で喉が手が出るほどチケットが欲しい人がたくさんいる。

だから、こんな形でチケットを無駄にすることは良くないことだとわかっている。

でも、このチケットを渡してしまったら璃奈もいっしょにどこかに行ってしまうような気がして、どうしても気が進まなかった。

今日もまた、ライブ開始の1時間前にパソコンを開いた。
 
23: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:21:28.35 ID:cGP1qvx8
――
―――
今日のライブも本当に素晴らしかった。

いや、いつも以上に気合が入っていたような気さえした。

スクールアイドル時代のデビュー曲から始まり、まるで璃奈のここまでの半生を一緒に歩むような、そんなステージ。

そんな集大成のようなセトリに掲示板やSNSでは「ラストライブなのでは?」との意見も見受けられた。

そんな心配をよそに、璃奈は何事もなかったかのように最後のMCを終え、舞台を降りた。

本当に、素晴らしいステージだった。

璃奈のライブの様子は夜のニュースでも大きく取り上げられ、アタシはなんとなくその放送を眺めていた。

「璃奈、あれから本当に大きくなったね……」

そう小さくつぶやいた瞬間、速報テロップの文字がアタシの目に飛び込んできた。

人気アイドル天王寺璃奈を乗せた車が海岸に落下 行方不明の模様

全身から汗が吹き出し、震えが止まらなくなり、そして意識が遠くなり、床がアタシの体を強く打った。
 
24: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:22:05.63 ID:cGP1qvx8
――
―――
あれからアタシは何もできていない。

意識を取り戻した後もつけっぱなしのテレビは璃奈の話題で持ちきりだった。

天王寺璃奈という人間の事故を最大限活用しようとする姿勢に吐き気を感じたが、それでも璃奈が助かったという情報をいち早く知りたくどうしても電源を切ることはできなかった。

アタシは璃奈にゆかりのある人に電話を掛けた。

事務所、マネージャー。

どちらも通話中で全くつながらなかった。

同好会のメンバーは何も反応が無かった。

でも、これは決して冷たいわけではない。

アタシもそうだ、いちいち話題にあげる気にならない。

りなりーのニュース見た?大丈夫かな?心配だね。

そんな言葉を送って何になる。

そんなことを考えていた気がする。
 
25: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:22:32.87 ID:cGP1qvx8
1日が、2日が、そして5日が経った。

いくら時間が立とうとも、物事は1ミリも進展しなかった。

璃奈は見つからず、世間でもあきらめムードが漂っていた。

そんな発言を見てはブロック。

天王寺璃奈は自分の死期を悟っていたからあんなセトリにしたんじゃないか。

ばかばかしい。ブロック。

人気が落ちぶれて苦しんでから引退するよりある意味ではよかったのでは。

いいわけあるか。ブロック。

天王寺璃奈は人気になりすぎた故に闇の機関によって消された。

脳みそ腐っているのか。ブロック。

ブロックブロック

ブロックブロックブロック

こんなことをしても璃奈が見つかるわけでもないのは分かっている。

それでも今のアタシには何もできない。ベッドから起き上がることさえも。

ブロックブロックブロック

ブロックブロックブロック

ブロックブロックブロック

いつしかアタシのアカウントからは天王寺璃奈に関する投稿が一つも見られなくなった。

そして1年後、天王寺璃奈は行方不明状態が続き、正式に死亡が宣言された。
 
26: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:23:10.92 ID:cGP1qvx8
――
―――
ピンポーン

玄関のチャイムが鳴る。

ピンポーン

もう一度鳴る。

大体の人がここで引き下がる。

ピンポーンピンポーン

もう、出たくないって何でわからないのかな。

「うるさい!」

大声で怒鳴ってしまった。

事故があってから、アタシの心は荒れに荒れ、ほんの些細なことでも癇癪を起してしまう。

そんな自分が許せず、自分自身にもイライラしてしまう。

コンコン

小さくドアをノックする声と共に、聴きなじみのある声が聞こえた。

「……愛さん?」

「えっ……」

その声の主を間違えるはずがない。アタシが一番好きで、アタシにとって一番大切な存在。

アタシが急いで玄関の扉を開けると、そこには天王寺璃奈の姿があった。

「璃奈……」

「愛さん、詳しいことはちゃんと話すから、とりあえず入れてくれる?」

璃奈は周囲を警戒するように小さな声で言い、アタシの返答を待たずして部屋に上がり込んできた。

再開の嬉しさよりも驚きが上回ってしまって頭が真っ白だ。
 
27: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:23:43.80 ID:cGP1qvx8
「愛さん……部屋散らかりすぎ。」

「えっ……。」

「もう、いつまで驚いているの?」

「だって……だって璃奈は死んだって……」

「私は死んでないよ。ほら?」

璃奈がアタシに抱き着いてくる。

全身が璃奈に包まれ、心が落ち着く。

懐かしい匂い。

懐かしい感覚。

もう二度と戻れないと思っていた場所。

「でも璃奈が無事でよかったよ!早速事務所に行こう!いや、最初は警察……」

「愛さん待って。」

携帯を取りに行こうとしたアタシを制止させる。

「……私が生きているってことは誰にも言わないで。」

そこから璃奈の独白が始まった。
 
28: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:24:22.52 ID:cGP1qvx8
――
―――
まず驚いたことは、あの事故は偶然ではなく完全な故意だったこと。つまり計画されたものだった。

車に細工をし、誰も乗っていない状況で車を海に落とした。

まるで天王寺璃奈がそこに乗っていたかのように勘違いするように。

警察やメディアは天王寺璃奈が海に転落したと勘違いし、一生懸命に捜索をした。

でも、発見させるわけがない。なぜなら璃奈はそもそも海に落ちていないのだから。

しかもこの計画は1年がかりだったらしい。

何とかマネージャーを説得し、長期間の仕事を避け、単発の仕事ばかりを受けていた。

理由は簡単。失踪した後に迷惑をかけたくなかったから。

そして1年後、計画通り天王寺璃奈は死亡という扱いになった。

「状況は分かったけどさ、いやいきなりの事すぎて全然整理できていないんだけど…… どうしてそんなことしたの?」

「私がアイドルを辞めるため。」

「それだったらここまで大掛かりなことをしなくても……」

「それはだめ。私がたとえ普通にアイドルを引退しても、元アイドルという肩書きが付いちゃう。」

「元アイドルだと何か不都合があるの?アタシだって元スクールアイドルで……」

「もう傷は大丈夫?」

その瞬間、アタシはすべてを理解した。

「璃奈……」
 
29: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:24:51.96 ID:cGP1qvx8
「そう。自分で言うのははばかられるけど、私は結構人気なアイドル。」

「いや、結構人気なアイドル、だった。」

「ファンが増えていくにつれて、やっぱり少し過激な人も出てきた。」

「そして規模が大きくに連れて、その中でもかなり過激な人が出てくる。」

「そういう人はたとえ私がアイドルを辞めたとしても……」

「うん……」

たとえアイドルを辞めたとしても、自分以外に危害が加わるかもしれない。

残りの人生、ずっと自分や周囲が傷つく心配をしながら生活しないといけない。

それだったらいっそのこと天王寺璃奈を死んだことにしてしまう。

璃奈らしいと言えば璃奈らしい考え方だった。

「愛さんの事件があってからずっと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。」

「愛さんは優しいから、あの事件は私のせいじゃないって言ってくれるのは分かっていた。」

「でも、その優しさに浸かっていたら、いつか本当に愛さんを失ってしまうかもしれない。あの事件の日、私は本当に怖かった。」

「あの時感じた苦しみを、もう私は味わいたくない。」

「ありがとう、璃奈……。」

もうアタシたちの間を切り裂く障害は何一つない。

璃奈はみんなのアイドルりなりーでいることよりも、アタシだけの璃奈でいてくれることを選んでくれた。

その決して途方もなく大きな決断が、とてもとても嬉しかった。

「今の私は戸籍も何もない。きっと不便をかけると思う。」

「そんなこと大丈夫!一つ一つ解決策を考えていけばいいんだよ!」

「アタシは璃奈がいてくれれば、それだけで幸せなんだから!!」

アタシは璃奈と再び一緒になることができた。
 
30: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:25:31.25 ID:cGP1qvx8
――
―――
後日、とある動画サイトに一本の動画が上がった。

サムネイルにはアイドル衣装の天王寺璃奈が映っていた。

タイトルは「応援してくれたみんなへ」

内容はこんな感じ。

今はライブの日の前日で、急に撮影をしている。

どこでもドアの開発をしていたら、違う世界線の私からのヘルプ信号を受け取った。

とても大変なことが起こっている。そしてその世界を救うためにはこっちの私の技術が必要。

でも、この秘密は誰にも言えなかった。誰かに言うとこっちの世界の歴史が変わってしまい、向こうの世界にも影響するから。

だから、最後のライブは私の集大成のようなライブにした。直接は言えなかったから、歌やダンスでみんなにありがとうを伝えた。伝わっていたら嬉しいな。

急に姿を消してごめんなさい。

そして、応援してくれたみんな。本当にありがとう!!



まるで物語のようなシナリオにファンは困惑し、フェイク映像ではないかという意見が出回った。

しかし、公開後まもなく天王寺璃奈のSNSアカウントからも同動画のURLが予約により投稿され、本人による映像であることが証明された。

内容は荒唐無稽でいくら発明家としても名をはせている彼女とは言え全員が全員信じられるものではなかった。

しかし、ファンは璃奈はこの動画の通り”直接言うことの出来ない事情”があって、それを隠すためにこんな言い回しをしている。つまり、本当はりなりーの言う通りどこかで生きているんじゃないか、そんな希望を抱く意見が散見されるようになった。

もちろん、本当に生きているかなんかは分からない。99%信じられる話ではなかった。

天王寺璃奈は自〇したと考えるファンもいた。これは遺書である、と。

もしかしたらこの動画自体が本当にフェイクかもしれない。

そこに確実なことは何一つなかった。
 
31: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:26:42.84 ID:cGP1qvx8
騒動の超本人曰く、

「真実なんてどうでもいい。みんなが自分なりの答えを見つけて納得してもらえればそれでいい。」

「そして、次の推しを見つけてくれればいいんだよ。」

だってさ。

超人気アイドル天王寺璃奈は確かに死んだけれど、今でのファンの心の中で生き続けている。

そして、可愛い同好会の後輩の天王寺璃奈は今日もアタシの隣で彼女でいてくれている。

これが最適解かどうかなんてわからない。

でも、アタシは今すっごく幸せだ。

おわり
 
32: (しまむら) 2023/04/01(土) 00:27:12.24 ID:cGP1qvx8
ここまで読んでいただきありがとうございました。
半年ぶりに書いたSSでリハビリがてら2000文字くらいのSSを書こうとした結果、あいりなが好きすぎて1万文字になってしまいました。
それではまたどこかで!
 
34: (もんじゃ) 2023/04/01(土) 00:47:15.67 ID:6DmHK9rb
あと9万字くらい足りない
 
35: (茸) 2023/04/01(土) 01:23:03.07 ID:glTH61gG
うおーあいりな尊い😭
 
37: (もんじゃ) 2023/04/01(土) 02:17:18.20 ID:YEydthBk
オチにビックリした
面白かった
報われる話はいいね
 
38: (もんじゃ) 2023/04/01(土) 10:59:30.81 ID:Ci6WvHK2
とても面白かった、乙!
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1680274191/

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