【SS】千歌「ここで…ホテルオハラで働かせて下さい…!」鞠莉「……」【ラブライブ!サンシャイン!!】

SS


1: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:38:51.67 ID:gNeHRktr
私、高海千歌は焦っていた。

3年生になり、Aqoursは夏のラブライブ全国大会で入賞を逃した。

それを機に私たち同級生3人は冬のラブライブは諦め、ルビィちゃん達下の学年に部活を引き継ぎ引退した。
 
2: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:39:12.59 ID:gNeHRktr
引退してすぐ、曜ちゃんは海上保安大学校に、梨子ちゃんは東京の音楽大学への進学を目指して受験勉強を始めた。

私は…なにも決められていなかった。
進学をするのか、家の仕事を手伝うのか、それとも就職をするのか。
 
5: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:42:03.49 ID:gNeHRktr
高校生活の1年と半年はスクールアイドルに打ち込んだが、それが終わった今、私にはなにがあるのだろう…何が向いているのだろう…何になりたいのだろう。

私は、分からずにいた。
 
6: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:42:47.95 ID:gNeHRktr
千歌「やっぱり…十千万を継ぐ方向で考えようかなぁ…」

曜ちゃんや梨子ちゃんは引退してすぐに気持ちを切り替えたのか、勉強で忙しそうだ。

クラスは同じだけど徐々に一緒に過ごす時間は減っている。
 
8: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:43:46.19 ID:gNeHRktr
はっきりした目標がある二人に相談できれば良いのだろうけど、何となく今の自分が情けなくて相談できなかった…

そんな時、イタリアの大学に進学した鞠莉ちゃんが、来月大学を休学して淡島のホテルオハラに支配人として戻ってくると言う情報が入った。
 
9: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:44:20.71 ID:gNeHRktr
鞠莉ちゃん、帰ってくるんだ。

私は内浦の旅館の娘。
鞠莉ちゃんは世界トップクラスのホテルチェーンオーナーの娘。
規模は違うけど、何かヒントは得られるかもしれない…いや、得るんだ!
 
10: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:45:30.68 ID:gNeHRktr
月が変わり、鞠莉ちゃんは内浦に帰ってきた。

集まれたメンバーでお帰りパーティを開いて再会を喜んだ次の日、私は放課後鞠莉ちゃんの元を尋ねた。
 
11: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:47:04.57 ID:gNeHRktr
鞠莉「千歌っちいらっしゃい。私の部屋に来るの、意外と初めてよね。
で、何か悩みでもあるの?」

千歌「鞠莉ちゃん、悩みというか…相談、いや、お願いがあるんだ」
 
12: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:48:14.74 ID:gNeHRktr
鞠莉「…なぁに?いつになく真面目な顔しちゃって」

千歌「ここで…ホテルオハラで働かせて下さい…!」

鞠莉「……」
 
13: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:49:53.50 ID:gNeHRktr
千歌「だめ…だよね。そんな簡単に雇ってもらえるようなホテルじゃないのはわかってたし…ごめん!忘れて!」

鞠莉「何で?」
 
14: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:50:27.78 ID:gNeHRktr
千歌「私。色々考えたけどやっぱり内浦が好きで、十千万旅館が好きだから、継ぎたいって思ったの。
でも、ただ継ぐんじゃダメだって。少しでも今より良い旅館にしたくって…だから、世界トップクラスのホテルオハラで働いて成長できたら、十千万に還元できると思って…」

鞠莉「うちと十千万は内浦ではライバル企業よ。踏み台にするつもり?敵に塩を送れと?」

千歌「そ、そんなつもりじゃ…でも、そう思われても仕方ないよね…」
 
15: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:51:11.72 ID:gNeHRktr
鞠莉「…良いわよ」

千歌「え?」

鞠莉「良いわよ。千歌の覚悟と勇気を買いましょう。ただし期限は1年間よ」

千歌「あ、ありがとう…!私がんばるよ!」
 
16: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:51:11.80 ID:gNeHRktr
鞠莉「…良いわよ」

千歌「え?」

鞠莉「良いわよ。千歌の覚悟と勇気を買いましょう。ただし期限は1年間よ」

千歌「あ、ありがとう…!私がんばるよ!」
 
17: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:51:47.32 ID:gNeHRktr
千歌「あ、ありがとう…!私がんばるよ!」

鞠莉「条件もあるわ。TOEICで600点。
来年1月の試験を期限にしましょう。
それまでに600点取ること」

千歌「え…」
 
18: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:52:19.67 ID:gNeHRktr
鞠莉「ホテルオハラはグローバルホテルグループだから、それが最低条件よ。
いくら千歌っちとはいえ、無条件とはいかないわ。
グループのブランディングに関わるしね。オーケイ?」

千歌「わかった…私、やるよ!」

鞠莉「600点取れたらまたきなさい」
 
19: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:53:11.83 ID:gNeHRktr
千歌「うん!ありがとう鞠莉ちゃん!」

600点か…そもそもTOEICてよくわからない。
英語の試験…だよね。
600点って難しいのかな。
 
20: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:53:43.11 ID:gNeHRktr
千歌「おお…」

ネットで調べればすぐに出てきた。
外資系ホテルマンの就活で求められるレベルらしい。
 
22: (もんじゃ) 2020/07/04(土) 23:54:31.93 ID:gNeHRktr
千歌「やるしかないよね…
みんなが5教科7科目勉強してることを思えば、英語だけに集中すればいける…!かなぁ…」

不安でいっぱいだけど、まずは明日沼津に参考書を買いに行こう。

千歌「お小遣いで参考書買えるかな…
進路のことだしお母さんにお金出してもらえると信じよう!!」
 
23: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 00:07:58.13 ID:RI6m7NH/
その夜お母さんに進路の話をした。
少し心配そうな顔をしていたけど、参考書代と試験費用は出してくれることになった。


千歌「ありがとうお母さん。助かるよ〜!!」

千歌母「頑張りなさいよ。小原さんに迷惑かけないようにね」
 
24: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 00:08:11.63 ID:RI6m7NH/
千歌「それは…どうかな」

千歌母「こらこら。…中途半端はダメよ?」

千歌「…うん!頑張る!」
 
25: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 00:08:29.55 ID:RI6m7NH/
勉強は大変だった。
けど目標がはっきりしてる分、頑張れたと思う。

最初に受けた試験は300点もいかなかったけど、受けるたびに点数は伸びていた。
 
26: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 00:08:50.82 ID:RI6m7NH/
そして、運命の1月の試験では…

千歌「60……5点…605点!やった!!やったよ曜ちゃん!梨子ちゃん!!」
 
27: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 00:09:03.34 ID:RI6m7NH/
曜「おめでとう千歌ちゃん!私も負けてられないな…頑張らないと」

梨子「ふふ、英語は千歌ちゃんに教えてもらおうかしら」

千歌「よーし!鞠莉ちゃんのところ行ってくる!二人も頑張ってね!じゃ!」
 
38: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:26:55.57 ID:RI6m7NH/
〜ホテルオハラ 鞠莉の部屋〜

鞠莉「605点…ね」

千歌「やっと取れたよ〜!ギリギリになっちゃったけど」

鞠莉「ま、点数を提示したのは私だしね…」

千歌「?何か言った鞠莉ちゃん?」
 
39: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:27:31.42 ID:RI6m7NH/
鞠莉「いいえ…
じゃあ、卒業式の次の日、朝8時半にきなさい。
貴女をオハラに住み込みで来年の3月31日までの1年間、インターンとして採用する。
用意して欲しい書類等は、この紙に書いてあるから揃えて初日に持ってきて。
それと、誓約書等も渡しておくから、署名捺印も忘れないで」

千歌「うん!私頑張るね!鞠莉ちゃん!」

鞠莉「ええ。では来月、待ってるわ」

そうしてあっという間に卒業となった。
 
40: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:27:50.60 ID:RI6m7NH/
曜ちゃんも梨子ちゃんも無事にそれぞれの目標に合格した。
二人とも沼津からは離れてしまうけど、定期的に集まろうと約束した。
私も二人に負けないように頑張らないと。

そしてインターン初日の朝…

千歌「じゃあ行ってきます!」

美渡「迷惑かけて追い出されんなよ〜」

千歌「美渡ねえうるさい!!」

志満「オハラのお嬢さんによろしくね」

千歌「うん!」
 
41: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:29:32.11 ID:RI6m7NH/
〜淡島ホテル 総支配人室〜

鞠莉「きたわね」

千歌「鞠莉ちゃん!今日から1年、よろしくお願いします!」

鞠莉「今日からこのホテルでは、私と貴女は雇用者と被雇用者の関係よ。
鞠莉ちゃんなんて呼び方はノーよ」

千歌「す、すいません…小原…小原…」
 
42: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:30:08.64 ID:RI6m7NH/
鞠莉「小原さんで良いわよ。じゃあMs.高海。
貴女には1年間を通してハウスキーパー、ベルガール、フロント、コンシェルジュの4つの仕事を行ってもらう。
しっかり学びなさい」

千歌「はい!よろしくお願いします!」

鞠莉「こちらこそよろしく。
では、初日はホテルの各部門を回ってどんな仕事があるのか、どんな仕事をしているのか学んでもらうわ。
それぞれ話は通してあるから、しっかりね」
 
43: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:31:30.08 ID:RI6m7NH/
そうして私は各部門を回って、それぞれの場所で働いている人たちからお話を聞いた。
みんな内浦の旅館の娘である私にも優しく丁寧に説明をしてくれた。

わかってはいたけど…十千万とは規模がまるで違う。
従業員の数も、仕事の幅も。
それでいて、質も高い。
私は圧倒されてしまった。とんでもないところに来てしまったのかもしれない…

そうしてあっという間に1日が終わり、私は鞠莉ちゃんに呼び出された。
 
44: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:32:07.29 ID:RI6m7NH/
〜淡島ホテル 総支配人室〜

鞠莉「お疲れ様。どうだった、インターン初日は」

千歌「いや〜緊張したけど、みんな良い人で良かったよ〜!じゃなくて…みんな良い人でなんとか明日からも頑張れそうです!」

鞠莉「はぁ…」

千歌「小原さん…?」
 
45: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:34:44.45 ID:RI6m7NH/
鞠莉「Ms.高海。荷物をまとめて明日の朝帰りなさい」

千歌「え?どういうこと…?」

鞠莉「見込みないわ。
貴女がいるとオハラの質が下がりかねない」

千歌「ちょ、ちょっと待って下さい!なんで!」
 
46: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:35:14.96 ID:RI6m7NH/
鞠莉「貴女がただの新規採用者ならなまだ良いわ。
でも、貴女は内浦の老舗旅館十千万の後継者としてインターンに来たのよね?」

千歌「そうです…」

鞠莉「それが何?オハラの仕事を1日通して肌で感じて出た感想が『みんな良い人』ってどう言うことなの。
貴女、1日何を見ていたの?」

千歌「それは…」
 
48: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:36:21.32 ID:RI6m7NH/
鞠莉「目的意識が低すぎる。
ただでさえライバル企業の娘を受け入れていると言うのに、従業員としても成長の見込みがないならばこちらのメリットは皆無。
帰りなさい」

千歌「まって…まって下さい!!」
 
49: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:37:47.42 ID:RI6m7NH/
鞠莉「いつまで高校生気分なの?
はっきり言うけど、貴女は特別扱いでホテルオハラに入社してるの。
周囲の目はコネで入った旅館の娘として貴女を見るわ。
それは働く上でのデメリットよ。
その視線を覆すには、貴女は普通に入社した誰よりも血の滲むような努力が必要なの。
それでやっと、普通に評価されるラインに立てるかどうかなのよ」

千歌「……はい」

私は、どこか軽く考えていたんだ。
友達の鞠莉ちゃんのところでなら、楽しく学んで成長できるんじゃないかって…
でもそんな考えは甘かったんだ。
情けなさで涙が出る。私はなんて無力なのだろう。
 
50: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:39:23.75 ID:RI6m7NH/
千歌「ごめんなさい…働くと言うことを…甘く見てました…
考えを改めますから、お願いです、チャンスを…下さい…」

鞠莉「……」

鞠莉「1週間…1週間あげるわ。
この1週間で私が貴女をここに置いても良いと思えなければ、荷物をまとめて帰ってもらうわ。
良いわね?」
 
51: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:40:26.43 ID:RI6m7NH/
千歌「はい…ありがとうございます」

鞠莉「疲れたでしょう。部屋に戻って休みなさいい」

千歌「失礼します…」

そうして私は総支配人室を出た。


鞠莉「………千歌っち」
 
52: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 13:41:52.23 ID:RI6m7NH/
Aqoursでいたときは、頑張ればなんでもできる、なんでもやれると思っていた。
奇跡は起こせると。
でも一度スクールアイドルという枠から外れた私は、たまたま旅館の娘に生まれただけの女でしかなかったんだ……
自分は世界で特別、主人公、どこかそのような錯覚に陥っていたんだ。
本当はわかっていたはずなのに、いつしか忘れていた。

まだ私は…何者でもない只の高海千歌…

千歌「悔しい…悔しいよ…」

みんなが支えてくれていたから、私はAqoursのリーダーでいられた。
私は一人で何かを成せるの…?
社会に出ることの厳しさを、鞠莉ちゃんは教えてくれたんだ…

千歌「やるしかないんだ…やるしか…」
 
58: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 21:58:35.83 ID:RI6m7NH/
お腹がすいた…
私は従業員食堂に夕食を食べに向かった。

従業員A「十千万の娘さん、英語もいまいちだし、要領もそんなによくなさそうだったわね」

従業員B「まあコネなんだしそんなもんじゃない?」

従業員「仕事の邪魔にならない程度になれば及第点でしょう」

私の話だ…
そうだよね…やっぱり鞠莉ちゃんのいう通りなんだ…
チャンスをくれと言ったけど、やっぱり大人しく帰った方が、良いのかな…
 
59: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 21:59:44.33 ID:RI6m7NH/
千歌「うっ…うぅ…」

止まったはずの涙がまた溢れてくる。

その時、私が入ろうとした入り口と反対側の入り口から鞠莉ちゃんが入ってきた。

鞠莉「貴女たちは…いつから、入って1日目の子の批評ができるほど偉くなったのかしら」

従業員A「小原さん…」

従業員B「失礼しました」
 
60: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 22:00:19.15 ID:RI6m7NH/
鞠莉「貴女たちがホテルスタッフとして優秀なのは事実だけれど、いない人間のネガティブな話で盛り上がれるほど余裕があるのかしら」

従業員C「……」

鞠莉「ホテルの仕事は一人ではできない。
チームプレーなの。同じスタッフの陰口を叩くような人間はどんなに優秀でもオハラグループには相応しくないわ。
今回は大目に見るけど、注意しなさい」
 
61: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 22:01:03.41 ID:RI6m7NH/
鞠莉ちゃん……

きっと鞠莉ちゃんも食事を取ろうとしたのだろうけど、居心地の悪さを感じたのか、そのまま私の隠れている入り口の方まで向かってきた。

千歌「まずっ…」

鞠莉「!…ちかっ…Ms.高海…ここは些か雑音が多いわ。
お金は私が払うから、ルームサービスで食事を取りなさい。
じゃあ、おやすみなさい…」

千歌「ま、鞠莉ちゃ…」

鞠莉「小原さん、でしょ」

千歌「ご、御免なさい…」
 
62: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 22:03:04.93 ID:RI6m7NH/
従業員A「新しい支配人、本当おっかないわね」

従業員B「絵に描いたような親の七光なのにね。笑っちゃうわ本当」

従業員C「舐められないように必死なのかしらね」

鞠莉ちゃんの話になってる…
鞠莉ちゃんあまり従業員の人たちとうまく行ってないのかな…
確かに仕事中の鞠莉ちゃんはピリピリしていて怖いけど、けどなんか…

親の七光?

確かに親の存在は大きいとは思う。
でもそれだけで、鞠莉ちゃんがここの総支配人を任されるとは思えない。
 
63: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 22:04:01.90 ID:RI6m7NH/
千歌「モヤモヤする…」

鞠莉ちゃんは期待できないと笑われる私の陰口に、同調することなく怒ってくれた。
私もその誠意に応えたい…でも私にできることは…

千歌「踏み出すんだ…」
 
64: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 22:04:33.16 ID:RI6m7NH/
千歌「す、すいません!!!!」

従業員ABC「!?」

従業員A「やば…聴かれてた…?」ヒソヒソ

従業員C「いや…大丈夫じゃない?」ヒソヒソ

千歌「今日は1日ありがとうございました!!!!明日もよろしくお願いします!!!!!」

従業員B「え、ええ…こちらこそ」

千歌「では、おやすみなさい!!!」
 
65: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 22:05:12.92 ID:RI6m7NH/
私はここにいる!
少しでも存在をアピールするんだ。
できることは少ないけど、挨拶はできる。

今できることを全力でやる。
できることが増えたらそれも全力でやる。

今の私はマイナスからのスタートなんだ。
全部拾って全部やってやるんだ。

まずは1週間、鞠莉ちゃんを裏切らないためにも、
自分のためにも、がむしゃらにやるんだ。
 
66: (もんじゃ) 2020/07/05(日) 22:05:53.31 ID:RI6m7NH/
でも…

千歌「……ルームサービスたっか……」

とてもじゃないけど、鞠莉ちゃんがお金持ちだとしても頼めない。

千歌「…朝たくさん食べよう……」

そうして私のインターン初日は終わった。
 
68: (もんじゃ) 2020/07/06(月) 22:15:09.18 ID:apXxA9e9
空腹で目が覚めた。

その空腹と従業員食堂の美味しさが相まって、
おじさんシェフが少し引いてるように見えるくらいには食べてしまった。
今日からは本格的に仕事が始まる。
気合を入れないと。

更衣室では授業員同士が制服の着こなしに乱れがないかをチェックし合っている。

千歌「なるほど…誰か相手を探さないと…」

キョロキョロあたりを見渡していると、初老の女性スタッフを見かけた。
昨日の説明では確か…
今日からお世話になるハウスキーパーの現場を実質仕切っているベテラン職員の花田さんだ。
 
69: (もんじゃ) 2020/07/06(月) 22:15:45.41 ID:apXxA9e9
千歌「あ、あの!!」

花田「は〜い。あら高海さん。
朝から元気で素敵ね。おはよう。どうしたのかしら?」

千歌「おはようございます!あの、私の服装チェックお願いできますか!?」

花田「もちろんよ。ふむふむ…うん、概ね大丈夫ね。強いていうならタイが少し曲がっているかしら…はい、これで良し!」

千歌「ありがとうございます!」

花田「チェックされるだけじゃなくて、チェックできるようにもならなきゃね。
明日からは私の服装チェックをお願いしようかしら!よろしくね、高海さん」
 
70: (もんじゃ) 2020/07/06(月) 22:19:36.11 ID:apXxA9e9
千歌「きょ、恐縮です!」

花田「高海さんは…鞠莉ちゃんのお友達なのよね?」

千歌「はい!と言っても今は雇用者被雇用者の関係ですけど…」

花田「その二つはどちらかじゃなきゃいけないわけじゃないでしょう?
鞠莉ちゃんもきっと高海さんのこと、大事な友達と思っているわ。
私は鞠莉ちゃんが生まれた時にはもうここで働いていたから分かるの。
あの子はとっても友達思いの優しい子だから…心配しなくても大丈夫よ」

千歌「…はい!」
 
71: (もんじゃ) 2020/07/06(月) 22:20:45.42 ID:apXxA9e9
花田「でも…ここに総支配人として戻ってきてからは、少し思い詰めているみたいね…
笑顔じゃない鞠莉ちゃんを見たことなんて、本当に数えるほどしかなかったから、今のあの子を見ていると少し心配なの。
こんなこと言える立場じゃないんだけど、鞠莉ちゃんが辛そうにしているところを見かけたら、話を聞いてあげて。
きっとまだ…鞠莉ちゃんは立場と心のバランスが取れていないから…」

よく見てるんだな…生まれた時から鞠莉ちゃんのことを知ってるんだもんね…
やっぱり鞠莉ちゃんも今辛い時期なのかな…

そうだよね。鞠莉ちゃんは家柄関係なく留学の話が来るぐらい優秀だったけど、だからって卒業して1年2年で、この規模のホテルの運営を任されて難なくこなせるはずなんてないだろうし…

千歌「はい!今の私にできるかはわかりませんけど、任せてください!!」

花田「ありがとう。さ、長話しちゃったわね!
ビシバシしごくから、覚悟してなさいね!」

千歌「お願いします!!」
 
72: (もんじゃ) 2020/07/06(月) 22:36:07.18 ID:apXxA9e9
千歌「疲れた……」

覚悟はしていたけど、思った以上にハードだった。
シンプルに重労働の側面もあるし、部屋の整理も細かい気配りが必要だった。

千歌「見えないところにも、宿泊者の皆様に快適に過ごして貰いたいって気持ちが行き届いてるんだな…」

私は持ってきたルーズリーフとボールペンを取り出した。
今日から毎日絶対に続けると決めたことがある。

千歌「よし…!」
 
73: (もんじゃ) 2020/07/06(月) 22:36:45.87 ID:apXxA9e9
〜3時間後 総支配人室〜

コンコン

鞠莉「どうぞ」

千歌「今お時間大丈夫ですか…?」

鞠莉「ええ、もちろんよ。今日もお疲れ様。
どうしたの?」

千歌「これを見て欲しくて…」

私は1枚のルーズリーフを差し出した。
 
74: (もんじゃ) 2020/07/06(月) 22:37:22.46 ID:apXxA9e9
千歌「ルーズリーフでごめんなさい…他に紙がなくて。
今日1日で学んだこと、考えたこと、反省点、それぞれ明日にどう活かすか。
考えてまとめてきました!
これから毎日報告書として持ってきます!
……読んでいただけますか?」

鞠莉「Ms.高海…ええ、もちろんよ。必ず今日中に目を通しておくわ。
ってこれ全部英語!?」

千歌「うん…やっぱり語学力まだまだだし、文章書くなら一緒に練習も兼ねようと思って。
と思ったら書くのに3時間もかかっちゃいました。えへへ…
あ、添削もお願いします!!」

鞠莉「え、ちょっ…まぁいいわ。
明日のレポートを受け取る時にフィードバックするわね」
 
75: (もんじゃ) 2020/07/06(月) 22:38:00.48 ID:apXxA9e9
千歌「それとお話がもう一つ…」

鞠莉「…何?」

千歌「晩ご飯一緒に食べません?」

鞠莉「はぁ?…まあ良いけど。
私といたら…悪目立ちするわよ」

千歌「そんなの関係ないですよ。
周りにどう思われようが、私は小原さんと晩ご飯が食べたいだけです!
じゃあ食堂行きましょう!!」

鞠莉「仕方ないわね…」
 
80: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 22:07:44.73 ID:3VSmrICY
〜従業員食堂〜

千歌「おすすめのメニューって何かあります?」

鞠莉「…サンドイッチかな」

千歌「あ〜今朝食べたけど美味しかったです!マヨネーズが今まで食べたことない感じで凄い印象的でした」

鞠莉「ママのレシピなのよ、ここのサンドイッチ。
ママは元々町の洋食屋さんの厨房で働いていてね、そこに客として入ったパパと出会って結ばれたの」

千歌「ほえ〜あのママさんが、意外ですね」

鞠莉「で、その母が作っていたサンドイッチのレシピを、そのままここでも使っているってわけ。
…直接作ってもらったことがあるかは…
正直記憶にはあまりないんだけど…数少ない『母の味』がこのサンドイッチなの」

千歌「素敵ですね…それを聞くとより一層美味しく食べられる気がします」

鞠莉「つまらない話しちゃったわね…忘れてちょうだい」

千歌「つまらなくなんてないです!話してもらえて嬉しいですよ、私」

鞠莉「…ありがとう」
 
81: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 22:09:19.72 ID:3VSmrICY
千歌「小原さん、何か辛いことでもあるんですか?」

鞠莉「そう見えるかしら?見えたとしても、Ms.高海には関係ないわよ。
さ、早く食べて部屋に戻りましょう。
この後あなたの報告書読まなきゃいけないんだから」

千歌「あはははは…ですよね!
すいません!」

鞠莉「いいわよ。
ご飯、誘ってくれてありがとう」

そのあとは淡々とご飯を食べて終わった。
やっぱり内浦に戻ってきてからの鞠莉ちゃんは少し様子がおかしい。
花田さんも言っていたけど、やはり総支配人という立場のプレッシャーで思い詰めてるのかな…

以前の鞠莉ちゃんといえば、シャイニーシャイニーなにかと騒いじゃう陽気なお姉さんって感じだけど、再会してからはルー語を全然喋らない。

でもなんだかんだでお願いやお誘いは聞いてくれるし、「お疲れ様」とか「ゆっくり休みなさい」とかめちゃくちゃ気遣ってくれるし、本質的には変わってない…のかな?
なんとかして力になりたい…けど…

千歌「まずは追い出されないように自分のことを考えないとじゃん!!!」

部屋で1人声をあげてしまった。
自宅警備員に就職は困る。
まずは、まずは自分のことだ…!
ハウスキーパーを、極める…!
 
82: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 22:10:25.83 ID:3VSmrICY
その次の日も、花田さんの鬼丁寧な指導の元徐々に仕事を覚えていった。
レポートも毎日欠かさず書いた!
相変わらず2時間半以上はかかるけど…

レポートを出しに行くたびに鞠莉ちゃんを食事に誘ってみたりして。
忙しそうな時は流石に断られてしまったけど、大体はOKしてくれた。

高校の時みたいに会話が弾むって感じではないけど、なんとなく今の鞠莉ちゃんの雰囲気みたいなのは掴めてきた気がする。

鞠莉ちゃんに『初日から追い出そうとした人間によくそんな絡めるわね』って苦笑いされたけど、正直そこまで引きずってない。
だって鞠莉ちゃん、ツンツンしてるように見せて優しさを隠しきれてないから、なんか可愛くてついつい笑いそうになってしまう。
…と、調子乗ってると失敗した時に怖いからこの辺にしておかないと。

そして運命の1週間目だ。
 
83: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 22:15:25.42 ID:3VSmrICY
〜総支配人室〜

千歌「小原さん!今日の分のレポートです!!」

小原「はい。確かに受け取ったわ。
今日もびっしりね。お疲れ様。
書くスピードもどんどん上がってきたんじゃないかしら?」

千歌「といっても3時間が2時間半ですから…」

鞠莉「進歩は進歩でしょ。さぁ、ご飯食べに行きましょうか。
しっかり食べて、明日からも頑張りなさい。
ハウスキーパーは1日にしてならずよ」

千歌「ほぇ…あ、は、はい!!
いきましょう!サンドイッチ食べましょう!!」

鞠莉「声大きすぎ」

千歌「ごめんなさい!!えへへ…」


残ってもいい…ってことだよね!?
よ、良かった〜!!
それに鞠莉ちゃんからご飯誘われるのも初めてだ!
っと、調子に乗らない調子に乗らない。
勝って兜のなんとやらだ!
 
84: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 22:19:05.15 ID:3VSmrICY
こんな感じで、やっとデレを見せたと思った鞠莉ちゃんですが、相変わらずホテル内ではツンツンしてる感じ。
所々で鞠莉ちゃんのことを話してる人たちを見るけど、結構マイナスな話をしてる人が多い気がする…

一方で、花田さんや総料理長の加藤さんのような、鞠莉ちゃんを産まれる前から知っているようなスタッフの人達は、鞠莉ちゃんを見ると、とっても優しげで…でもどこか寂しそうな目で見ていた。

千歌「鞠莉ちゃん、昔と変わりました?」

花田「変わった…ってわけではないと思うわ。
千歌ちゃんも変わったなんて思ってないくせに〜もう!」

千歌「ですよね。
何か壁に当たっているというか…なんというか…分からないけど…
とにかく!陰で色々言われるような人ではないってことは間違いないので、みんなの誤解を解きたいです!」

花田「そうね…でもそればかりは、私達が言って何か変えるというのは難しいわ。
鞠莉ちゃん自身の問題になってくると思うの」

千歌「…ですよね…
あー!もやもやするから仕事戻りましょう!
花田さんの煎れる紅茶とても美味しかったです!ごちそうさま!」

鞠莉ちゃんのことも気になるけど、気になるけど自分のことに集中しないと、
追い出されても文句は言えない。

千歌「午後もお願いします!」
 
85: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 22:20:16.66 ID:3VSmrICY
そうして3ヶ月が経った。
私は鞠莉ちゃんから指示され、ハウスキーパーの仕事からベルガールの仕事に移ることとなった。
遂に、お客様と直接会う仕事だ。

ハウスキーパーのみんなへの挨拶もそこそこに、忙しない異動になった。

花田「またお茶しましょうね、千歌ちゃん。頑張るのよ。辛くなったら何でも話してね」

千歌「花田さん…花田さん…ありがとうございました…!ぐすん」

花田「ほらほら、確実にすぐ会うだろうから泣かないの」

そうして私は今日からベルガールとなるのであった。

これを機に私は一つのお願いを鞠莉ちゃんにすることにした。
 
87: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 22:47:12.58 ID:3VSmrICY
〜総支配人室〜

鞠莉「スピーキングを上達させたい?」

千歌「はい!書けて読めるようにはある程度なってきたんだけど、どうも話すのは自信なくて…
小原さん話すのもネイティブ級だから、英会話レッスンをつけてもらえないかと…」

鞠莉「Ms.高海…あなた、私のことを暇人だと思ってない?1日ここに座っているだけだと」

千歌「…わりと」

鞠莉「荷物をまとめてでt

千歌「う、嘘です!冗談です!ごめんなさい!!」

鞠莉「調子に乗らないの!もう!」

千歌「す、すいません…」

鞠莉「で、英会話レッスンね。うん、お断りします」

千歌「え、ええ!なんでですか!」
 
88: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 22:47:52.03 ID:3VSmrICY
鞠莉「私の英語…訛ってるのよ。
中途半端にイタリア暮らしを挟んでいるせいだと思うんだけど。
恥ずかしいからあまり言いたくなかったんだけど、結構コンプレックスだし…貴女には綺麗な英語を身につけて欲しいわ」

千歌「全然わからないけどなぁ」

鞠莉「ちょうどベルボーイ・ベルガールの現場トップのジェニファーが1番きれいな西海岸英語を喋るわ。
ジェニファー以外も、あの部署はみんなネイティブレベルの英語力だから、なるべく英語で会話してもらったりしてみたら良いんじゃないかしら。
ジェニファーには伝えておくわ」

千歌「ありがとうございます!本当に、何から何まで…」

鞠莉「御礼なんていらないわよ。結果で示してちょうだいね」

千歌「はい!!」
 
89: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 23:06:54.89 ID:3VSmrICY
〜ベルボーイ・ガール控え室〜

千歌「……というわけでして、今日からお世話になる身でいきなりなお願いだとは思いますが、ご迷惑でない範囲で英語での会話をお願いします…!!」

ジェニファー「ハッハー!!!マリガールのお願いとあればお安い御用よチカガール!!」

千歌「よ、呼び名の癖が強い…」

ケイン「やあ!俺はケイン!
よろしくなチカガール!!
レディフラワーから聞いたぜ!
わずか3ヶ月でハウスキーパーズの誰よりも早くシャワールームのアメニティ交換ができるようになったそうじゃないか!!!」

千歌「れ、レディフラワー?花田さんのことですか?」

ケイン「Oh…他に誰がいるんだよチカガール!!あたり前の事を聞き返すのはナンセンスだぜ」

千歌「で、でも花田さんは私があくびしている間にベッドメイキング終わらせちゃうし、他の人たちも丁寧ですごく仕事が早いので、私なんて…」
 
90: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 23:07:21.14 ID:3VSmrICY
ジェニファー「なーに言ってんのさ!
そのいかれたスキルとスピードの持ち主のレディフラワーよりも、あんたは早く風呂場のアメニティ交換ができるんだろう!?
なんだって1番ってのはすごいよ!?
自信もちな!ねぇケイン!?」

ケイン「オフコースさ!!!
ここでもなんでも良い!トップを狙いな!トップを!!
っと、英語で喋るんだっけか。ついついテンションあがってジャパニーズがでちまった!ソーリーな!」

千歌「テンション上がると日本語なんですか!?」

ジェニファー「細かいことはいいのよ!
この仕事は大変よ。特に団体客となると人数以上に荷物は膨大になるし、取り違いも起きやすい。
力仕事の中に繊細な観察眼や注意力が必要になっるってわけさ。オーケイ?」

千歌「お、オーケイ!」

ケイン「さあ!説明は終わった!
いくぜチカガール!!振り落とされるなよ!
俺たちにな!」

千歌「無理かも」
 
91: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 23:12:26.59 ID:3VSmrICY
〜総支配人室〜

千歌「濃くないですか?」

鞠莉「…言いたいことは分かるわ」

千歌「小原さんの爪の垢を濃縮還元して飲ませたのかってレベルのノリでした…でも実際英語の勉強にはなりました…
ちょっと洋画みたいな喋り方になりそうですけど」

鞠莉「ま、まぁあなんであれ勉強になったなら良かったわ。
明日からもしっかりね。フロント業務やコンシェルジュ業務に行く前に、しっかり接遇の基礎を身に付けておきなさい」

千歌「はい!頑張ります!
あ、今日の報告書です。新しい部署なので気合入ってルーズリーフ両面4枚になっちゃいました」

鞠莉「……今日は晩ご飯一人で食べなさいよ」
 
94: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 23:37:34.97 ID:3VSmrICY
ベルガールの仕事は楽しかった。
人と触れ合うのは好きだったし、外国人宿泊者の方々に、自分が話す日本語以外の言葉が通じるのか新鮮で、嬉しくて、刺激的だった。

『今までの自分とは違うかも!』って、少しだけ心が躍る。

ジェニファーとケインのキャラは相変わらず濃すぎるけど、英語の指導はとても丁寧にしてくれて、1日1日と自分の語学力が上がるのを実感できた。

何回か大型ツアー客の手荷物の取り違いを犯してしまったけれど、ケインとジェニファーは笑いながら
『私たちの中に取り違えたことないやつがいたらモグリさ!』
と笑い飛ばしてくれた。
頭ごなしに怒られるよりも、気をつけなきゃいけないなって気持ちになれた。
鞠莉ちゃんには割と怒られた。それもバランスだと思う。

ハウスキーパーの時も思ったことだけど、ホテルオハラのスタッフは他者を協調し、尊重する姿勢が本当に徹底されていると思う。
私は自分のことで手一杯だけど、少しずつでも周りを見て動けるようになっていきたいな。
 
95: (もんじゃ) 2020/07/07(火) 23:39:04.48 ID:3VSmrICY
そうして、必死に過ごすうちに夏が終わり、秋も半ば、少し肌寒い季節になった。

ちなみに私は、休日は本土に帰らず部屋でハリーポッターの原書を読んだり、使わずに貯まっていくお金で釣り道具を買って海釣りをしたりしている。
というより淡島にいると他にすることがない。
総料理長の加藤さんとは、気付いたら釣り仲間になっていた。

加藤「千歌さん、そのルアーもしかしてシマノの新作ですな?」

千歌「そういう加藤さんこそ、そのルアーはジャッカルの新作ですな?」

加藤「いいものをお持ちで」

千歌「そちらこそ」

加藤「ふふふ…」

千歌「ふふふふ…」
 
101: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:03:04.74 ID:vBx07Gxw
〜フロント業務担当控え室〜

千歌「クリスマスイベント…ですか?」

カルロス「はい。毎年恒例イベントでして、各部署から2人ずつ実行委員会をこの時期に選出するんですよ」

こちらの方はカルロスさん。
フロント業務の現場トップを担っている40代半ばの男性職員だ。
純アメリカ人だけれど、ご両親が日本に移住してきてから生まれたそうで、英語よりも日本語のほうが上手だ。

ケイン「もちろんベルボーイ・ガール部門は俺たちだぜチカガール!!」

ジェニファー「私ジェニファーと漢ケインがクリスマスをこの内浦に連れてくるのよ!!
血湧き肉躍るわ!」

千歌「…何で2人がここにいるの!!」

ケイン「Oh...チカガール…邂逅の日に言ったろ?当たり前のことを聞くのはナンセンスって…
俺がここにいる理由…チカガール、君がここにいる理由それは…ここがそう、ホテルオハラだからさ」

千歌「…もう逆に英語で喋ってもらっていいですか」
 
102: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:03:38.22 ID:vBx07Gxw
カルロス「ははは!相変わらずお二人は愉快ですね。
で、うちからは私と、もう1人をせっかくの機会ですし高海さんにお願いしたいのですが、良いでしょうか?」

千歌「はい!もちろんです!
やってみたいです!!」

ジェニファー「最初の実行委員会議は今日の16時からよ。
斬新なアイディアを用意しておきなさい!」

ケイン「ここ数年は少しマンネリ化してるからな…新しい風、吹き込んでくれよ!」

千歌「毎年どんなことをしているんですか?」

カルロス「宴会場でのディナーショーですね。クリスマス特性コースの料理と、プロのミュージシャンを招いての演奏や地元の聖歌隊の皆様のコンサートが通例です」

千歌「うわぁ素敵ですね!聞いただけで楽しみです!
ふむふむ…斬新なこと…か…」
 
103: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:04:57.51 ID:vBx07Gxw
〜16時10分 ホテルオハラ会議室〜

鞠莉「では例年通り、演奏には沼津フィルハーモニー管弦楽団をお呼びしましょう。聖歌隊の方々にも依頼をお願いします。
他に、何か意見がある方はいますか?」

千歌「はい!はい!」

鞠莉「はい、Ms.高海」

千歌「私たち従業員で歌を歌うなんてどうでしょうか!
もちろん、何曲もじゃなくて1曲でいいんですけど、1年間の感謝と来年もよろしくお願いしますって気持ちを込めて、従業員一同で歌を歌いたいです!」

ケイン「のったぜチカガール!!
獅子浜のマイケルと呼ばれたかった俺の出番だな!」

千歌「よ、呼ばれるといいですね」

ジェニファー「伴奏は任せなさい。
こう見えて私、小学校の合唱コンクールの伴奏で校長に褒められた経歴の持ち主よ」
 
104: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:05:32.90 ID:vBx07Gxw
鞠莉「ちょっとあなた達、勝手に話を…」

加藤「賛成」

花田「私も賛成!
私の仕事だとお客様に直接御礼を伝える機会なんてないから、有難いわ」

カルロス「今までなかった試みですけど、良いんじゃないでしょうか。
従業員の顔が見えるホテルというのも、印象として悪くないかと思いますよ総支配人」

鞠莉「…わかったわよ」

千歌「あ、従業員の合唱に関しては私が責任を持って取り仕切らせていただきます!小原さんと!」

鞠莉「えっ」

加藤「賛成」

花田「私も賛成」

ジェニファー「決まりよマリガール!
観念なさいな!」

鞠莉「な、なんなのよもう…」
 
105: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:07:45.64 ID:vBx07Gxw
〜総支配人室〜

千歌「ご、ごめんなさい小原さん…」

鞠莉「良いわよ。
貴女がお客様のためを思って主体的に考えたんでしょう。それを思えば気にならないわ…」

千歌「小原さんは本当に優しいですね」

鞠莉「追い出そうとしたのに?」

千歌「追い出そうとしたのに」

鞠莉「まあいいわ。
曲は何を歌うの?」

千歌「考えたんですけど、やっぱりクリスマスソングですよね。
それでいてみんなが知っている…だからジョンレノンのHappy Xmasが良いかなって。
オハラは従業員も宿泊客もグローバルですから、ピッタリだと思いません?
合唱用の楽譜もあるし」
 
106: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:10:08.20 ID:vBx07Gxw
鞠莉「…うん。いいわね、いいと思う。
それでいきましょう」

千歌「で、最後のサビは小原さんのソロでお願いしますね」

鞠莉「えっなんでよ!」

千歌「やっぱり総支配人として、従業員代表の歌声を届けてもらわないと。
では、決まりで!」

鞠莉「もう…勘弁してよ…」

千歌「…ダメですか?」

鞠莉「あーもうそんな目で見ないで!わかった!わかったわよ!」

千歌「えへへ、ありがとうございます!
練習の日程組みたいので、従業員のシフト見せていただいてもいいですか?」

鞠莉「…はい」
 
107: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:11:12.49 ID:vBx07Gxw
従業員合唱は私が思っていた以上にみんな興味を持ってくれたみたいで、時間を作って練習に参加してくれた。
本当に助かります。
なによりも鞠莉ちゃんが練習に絶対参加していたのが面白かったな。
めっちゃやる気じゃん!

ジェニファーのピアノは伊達に校長(誰!)に褒められただけあり、中々の腕前だった。
けど梨子ちゃんって本当にピアノ上手だったんだなって再認識した。

そんなこんなで時間は流れてクリスマスイベント当日の12月24日になった。
悔しいけどこの2ヶ月弱で1番成長したのはジェニファーのピアノだった。
一方でケインは…恐らく獅子浜のマイケルと呼ばれることはない。

当日の私は、花田さんと一緒に自分たちの出番までクリスマスイベントに参加してくれる宿泊客の皆様の会場案内だった。
 
108: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:12:39.36 ID:vBx07Gxw
ダイヤ「千歌さん!」

ルビィ「千歌ちゃん!」

千歌「ほぇ?うわ!ダイヤちゃんとルビィちゃんじゃん!久しぶり!!」

母澤「こんばんは〜」

父澤「おや?高海さんちの千歌さん。
お久しぶりですね。志満さんから聞きましたよ。
今オハラで修行中なんですよね。
うん、中々制服姿が様になっているじゃないですか。一人前になる日も近いかな?」

千歌「あわわわわ!黒澤さんちのご両親まで!!ご無沙汰しております!
宿泊されるんですね!ありがとうございます!」

ダイヤ「鞠莉さんと千歌さんがいるんですから、今年のクリスマスはどうしても泊まりたいって頼み込みましたの」

ルビィ「今年のクリスマスプレゼントはこれで!!っておねだりしたんだよ!
たまにはわがまま聞いてもらわないと!」

ダイヤ・ルビィ「ねー!!」
 
109: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:27:05.92 ID:vBx07Gxw
父澤「わがままなんてとんでもないよ。
可愛い妻と娘達の笑顔が見られるんだ。私がクリスマスプレゼントをもらったようなものだよ。ありがとう」

母澤「まったくそうやって格好つけて!ボロが出ますよ」

父澤「本心だよ本心。そうだ、花田さん。
うちの娘達が千歌さんとお友達でね。少しお話しさせてあげてもいいかな?
忙しいかい?」

花田「あら黒ちゃん久しぶりね!
もちろんよ。人手は足りてるし、千歌ちゃんも久し振りの鞠莉ちゃん以外のお友達でしょう。
こっちは気にしないで!」

父澤「ありがとう。
じゃあ、私とお母さんは先に席についてるから、後からきなさい。
では花田さん、千歌さん、ご機嫌よう」

母澤「ご機嫌よう」

千歌「ありがとうございます!!
…ふー……相変わらず2人のお父さん、めちゃくちゃ、かっこいいね…窒息しかけた…」
 
110: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:35:20.29 ID:vBx07Gxw
黒澤姉妹が美人なことからも分かる様に、2人のご両親も非常に端正な顔立ちをしている。
特にお父さんのほうは内浦に生まれてから今に至るまで、その期間に生まれた内浦女子の初恋の相手の9割と言われている(千歌調べ)

中学時代から、長浜のバス停でバスを待つ姿すら美しいと『バス停の君』と呼ばれていたとお母さんから聞いている。
…うん。納得!って感じ。
初見なら間違いなく10秒は動きと呼吸が止まる美しさなんだよね。
多分前世はメデューサか何かなんだろうと思う。

ダイヤ「かっこいい…ねえ…」

ルビィ「お母さんが美人すぎるって言うのは素直に納得できるけど、お父さんはなぁ…」

ダイヤ「この前だってお母様においしい牛乳買ってきてって言われたのに素で間違えておいしい低脂肪乳買ってきましたし…」
 
千歌「可愛い女の子の料理下手みたいなもんじゃん!
むしろそのギャップにドキドキするよ!
てか黒澤家ってお母さんがお父さんに買い物頼むような家庭なの!?」

ルビィ「納豆買ってきたと思ったら大粒だし…」

千歌「それはルビィちゃんの好みだよね」
 
111: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:50:27.00 ID:vBx07Gxw
ダイヤ「確かに何もしなければかっこいいかもしれませんが、案外ポンコツですわよ?」

千歌「やっぱ親子なんだね」

ダイヤ「…どういう意味?」

ルビィ「ぷくく…」

ダイヤ「ルビィ!」

ルビィ「何さ!すぐそうやって怒鳴れば大人しくなると思ったら大間違いだよ!
お姉ちゃんが東京でカラオケ三昧の間にも私は成長してるんだから!」

ダイヤ「ぐぬぬ…」

千歌「そうだ、ダイヤちゃん大学はどうですか?
薬学部って大変なんでしょ?」

ダイヤ「大変ではありますが…その先を思えば苦ではないわ。分かってくると楽しいものよ」

千歌「流石だなぁ…ルビィちゃんは?勉強の調子は?」

ルビィ「今年予備試験はなんとか受かったから、来年は本試験!
本当は今日も勉強しなきゃだけど、ホテルスタッフに鞠莉ちゃんと千歌ちゃんがいるオハラは今日だけだから!
そういえば聖歌隊には花丸ちゃんもいるのかなぁ」
 
112: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:53:02.18 ID:vBx07Gxw
千歌「すごいね〜!
花丸ちゃんともさっき話したよ〜2人がいるって知ったら喜ぶよ!
ありがとうね。絶対素敵な会にする!」

ダイヤ「しかし千歌さん、鞠莉さんはいませんの?」

千歌「多分ギリギリまで仕事だと思うな。
いつも大変そうなんだ」

ダイヤ「そう…鞠莉さんなら真っ先にこの集まりに飛んできそうですが…。
いきなりの管理職ですものね。会の前に挨拶したかったけど、仕方ないわね」

千歌「あーー!そろそろ時間だ!戻るね私。楽しんでね!!」

ルビィ「話せて良かったよ!頑張ってね!」

ダイヤ「無理しないでちょうだいね」

千歌「ありがとう!!」
 
113: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 20:55:57.88 ID:vBx07Gxw
イベントは司会のジェニファーの簡単な挨拶で始まり、聖歌隊の賛美歌が聞こえ始めた。
久々に見た花丸ちゃんは少し大人びた感じがする。
そういえば花丸ちゃんは沼津市役所に就職先が決まったんだって!
地元で働く事を選んでくれるって、なんか嬉しいよね!

その後は沼津フィルハーモニー管弦楽団の演奏をBGMにゆったりとしたディナータイムが始まる。
みんなリラックスしてくれているみたい!

見間違いじゃなければ今、黒澤姉妹のお父さんがワインをスーツにこぼしていた。

鞠莉「はぁ…はぁ…間に合ってるわよね?」

千歌「小原さん!もうすぐですよ。
ギリギリまで仕事だなんて頑張りすぎですって…」

鞠莉「そうも言ってられないのよ…私がギリギリまで頑張らないんだったら、世の中誰が頑張るっていうのよ…」

千歌「小原さん……」

ジェニファー「では、一旦ここで真ん中のプログラム、従業員一同によるHappy Xmasの合唱を行いたいと思います。
合唱団代表の総支配人・小原鞠莉さんからの挨拶です。では総支配人、お願いします」

パチパチパチパチ
 
151: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:20:27.47 ID:bNBTp2gD
>>114
気づいてくださりありがとうございます。その通りです。
 
115: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:05:39.67 ID:vBx07Gxw
鞠莉「…皆様、今日はホテルオハラ淡島にお越しいただきありがとうございます。
昨年の秋から総支配人を務めさせていただいている小原鞠莉です。
大切な人と過ごすクリスマスという特別な日・時間に…このホテルオハラを選んでいただけた事、心よりお礼申し上げます。

今夜は、ホテルオハラでも初めての試みとなる従業員合唱団による合唱を、皆様に届けたいと思います。
今日来てくださった事、日頃の御愛顧への感謝を込めて…そして、来年も素敵な滞在体験をお届けするという誓いを、私たち全員で心を込めて贈ります。どうか最後までお聞きください。

Happy Xmas」

そうして、私ちの合唱が始まった。

ケイン「ハッピーバースディキョウコ ハッピーバースディジュリアン」
 
118: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:17:41.63 ID:vBx07Gxw
この曲は、歌詞のシンプルさや有名さもそうだけど、何より鞠莉ちゃんに届いて欲しいと思って選んだ。
ホテルオハラのスタッフは、みんな鞠莉ちゃんが好きだ。私も大好き。

でも、花田さんも加藤さんもカルロスさんも私もみんなも…どんな鞠莉ちゃんも好きだけど、一番好きなのは楽しそうにしている鞠莉ちゃんなんだと思う。

鞠莉ちゃんの心の中のモヤモヤとの戦いが、この合唱を通して少しでも収まれば…そんな私の利己的な願いが、この合唱の裏テーマなのである。

そうして、鞠莉ちゃんのソロ、最後のサビだ。
 
119: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:21:59.48 ID:vBx07Gxw
鞠莉「A very merry Christmas
And happy new year」

ああ…やっぱり鞠莉ちゃんは鞠莉ちゃんだ!
力強くて…訴えかけるようで…でもどこか慈しみに満ちている歌声…
会場の空気が変わった。
身震いするような、願いにも似た鞠莉ちゃんの声が会場のみんなに刺さるのが分かる。

…そうして合唱は終わった。
一瞬会場は鎮まりかけたけどその後すぐ、

父澤「ブラボー!!!」

宿泊客「メリークリスマス!!」

宿泊客「ありがとう!!」

皆の声が聞こえる…どうやら大成功みたいだ!
言い出しっぺの私としてはとっても安心だ…それと、何よりも…鞠莉ちゃんの顔だ。
 
120: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:25:11.14 ID:vBx07Gxw
鞠莉「皆さん、お聞きくださりありがとうございました。
私の…私たちの気持ちは届いたでしょうか。
この後もクリスマスパーティは続きます。

メインもデザートもシェフが腕によりをかけて作った逸品です。楽しんでください。

では、沼津フィルハーモニー管弦楽団の皆さん、素敵な演奏をこの後もよろしくお願いします」

千歌さん「小原さん、笑ってる!
久々に見ました!」

鞠莉「私も、嬉しいことがあったら笑うわよ。もう」

ケイン「おーーい!マリガール!!なんだよあのソロ!!!
鳥肌立ったぜ!!!とんだ隠し球だよなぁジェニファー!!!」

ジェニファー「全くよもう!!見てよこの鳥肌ぶつぶつで…あーもう食べられちゃうっての!!!
ねえ!マリガール!!」

花田「鞠莉ちゃん…楽しかったわね〜!
お客様もきっと、喜んでくれたわね!」

鞠莉「花田…そうね。そうだといいな」
 
121: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:29:52.26 ID:vBx07Gxw
イベントは最後までトラブルもなく無事に終わった。
鞠莉ちゃんはそそくさと部屋に帰ってしまったけど、みんなスタッフ一同、みんな満足げな顔をしてくれている。嬉しい!

片付けを終えた私は今日の分の報告書を書き上げた。もうA4一枚びっしり書くのに40分も掛からなくなった。
 
122: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:36:01.78 ID:vBx07Gxw
〜総支配人室前廊下〜

千歌「あっ」

ダイヤ「あら」

千歌「鞠莉ちゃんにお話…?」ヒソヒソ

ダイヤ「ええ…歌は素敵でしたが、やっぱり以前とは様子が違うなと思いましてね。先に私が二人で話してくるので、千歌さんは待っていなさい」ヒソヒソ

コンコン

ダイヤ「鞠莉さん、ダイヤです。入るわね」

鞠莉「ダイヤ…今日はありがとうね。
家族みんなで来てくれるなんて、嬉しいわ」
 
123: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:41:10.11 ID:vBx07Gxw
ダイヤ「あまり嬉しそうな表情には見えませんわよ。
ねえ、鞠莉さん。何かあったの?私で良ければ話してください」

鞠莉「なんでもない…いや、なんにもないのよ…私には」

ダイヤ「なんにもない?」

鞠莉「私ね…ダイヤに嫉妬してるの。ルビィにも…
小原家よりも長い歴史を持つ黒澤家に生まれたのに、家を継がずに自分の道を選んで進んでいく二人に…」

ダイヤ「鞠莉さん…」

鞠莉「本当にすごいよ…私は…小原家の鞠莉じゃない自分には価値がないんじゃないかって…思ってしまったの…
ダイヤ、知ってる?私より優秀な人間って、世の中にたくさんいるのよ?
パパもそう、パパの部下も、同業他社の人たちも…みんな優秀。
私がオハラグループを継ぐよりも、遥かに会社を大きくしていけるような人達が世の中に溢れてるの。
私はね、パパの娘というスーパーシード権を使ってここの総支配人でいるだけなの。
分かるでしょ?私から小原をとったら何も…」

ダイヤ「鞠莉さん!!!!」

鞠莉「…!」
 
124: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:46:14.69 ID:vBx07Gxw
ダイヤ「もうおよしなさい…
価値がない?冗談やめてよ!
私や果南さんや千歌さんは、あなたが小原家の鞠莉だから一緒にいると思う!?居たいと思ってると思う?どうなのよ!答えなさい!」

鞠莉「それは……」

ダイヤ「勝手に自分で枠作らないで…
私は小原家の鞠莉じゃなく、小原鞠莉、貴女だから好きなの。一緒にいたいの。
はっきり言ってあげます。そんな事、私に言われなくてもわかっているんでしょう?」

鞠莉「ダイヤ…」

ダイヤ「貴女は…まだまだ能力が足りない自分が楽になる為の言い訳に、そのひねくれた理論を使っているだけよ。
一人の鞠莉としてこのホテル業界で戦うことよりも…ダメな時に『私はどうせ…』って言い訳するために卑屈になってるだけ。違いますか!?」
 
125: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:51:21.01 ID:vBx07Gxw
鞠莉「そうよ…そうよ!!だって怖いじゃない!!
私まだ20歳なのよ!?
それなのに大学通いながらパパの仕事見せられて、すごい人たちに合わされて、自分の見ていた狭い世界に気付かされて…いきなり広がる世界は私にとって砂漠に一人放たれるようなものだった……
怖いに決まってる…楽な方に逃げたくもなるわよ!
負けてたまるかって、最初は思った!
でもやればやるほど周りの凄さに気づいて挫けるのよ……
その矢先に、ここの総支配人よ……もう、どうしていいのか…わからなかった…
でもね…逃げられなかったの…だって私、小原鞠莉だから……これ以外の生き方を選ぶ勇気の方がなかったのよ……」

ダイヤ「……私も、なりたいものができたと父に伝える時は本当に震えました。
だってそうよね、ずっと黒澤家を継ぐために育てられていたと思っていたんだもの。
父を、母を裏切るってことになるのかな、なんて思いましたわ。
でも実際は逆。
父も母も私が自分で道を選んだ事を喜んでくれましたわ」

鞠莉「ダイヤの家は…そうだったかもしれないけど…」
 
126: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 21:59:20.94 ID:vBx07Gxw
ダイヤ「鞠莉さんの家もきっとそう変わらないと思うわよ。
元々鞠莉さんのお父様は鞠莉さんの気持ちを尊重してくださる方でしたし、お母様とのイタリアでの騒動も、双方の理解不足なだけだったでしょう?
鞠莉さん、親というのは子供の私たちが思っている以上に私たちを縛り付けてなんていないのですよ。
そして、私たちが思っている以上に、私たちのことを想ってくれているのです。
私は自分の道を歩めている事以上に、このことに気付けたことが何よりの収穫ですわ」

鞠莉「そうなのかな…」

ダイヤ「ええ!でも、私は鞠莉さんはこの仕事に向いていると思います。
歌っている時の鞠莉さんは、Aqoursとして活動していた時のように、素敵な笑顔でしたから。
貴女は誰かに楽しさと幸せを与えるホテルの仕事が天職だと思います。
貴女は誰かが喜んだ時、楽しんでいる時、成長した姿を見た時に、まるで自分のことかのように喜べる優しさを持った人です」
 
127: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:06:52.03 ID:vBx07Gxw
鞠莉「誰かが…成長した姿を見た時…」

ダイヤ「千歌さんの事です。
あの合唱、きっと千歌さんの提案でしょう。
歌い終えて挨拶を済ませた後、貴女は真っ先に千歌さんの方を見ていましたわよ。
あの子のことだから…きっと最初は頼りなかってのではなくて?
でも今となってはあの子も、宿泊者の…いやスタッフまで含めて関わった人全てを幸せにしたいという思いで動けるようになったのでしょうね。
貴女の想いは、しっかりと届いているのです。
他の誰でもない、『小原鞠莉』の想いが」

鞠莉「私の想い…か…」

ダイヤ「私の言いたいことは言いましたわ。
大丈夫よ、鞠莉さん。
みんな、貴女のことが大好きなんだから。
貴女の思うやり方で、やればいいの。
みんなもそれを望んでいますわ」

鞠莉「ありがとう…
私は、私でいいのよね?マリーで、いいのよね?」

ダイヤ「何度も言わせないでよ。もちろんですわ!
さぁ、私はこの後家族で徹夜でカタンをするので部屋に戻りますわ。
素敵なクリスマスをありがとう…メリークリスマス、ですわ」

鞠莉「ええ、メリークリスマス、ダイヤ。ルビィやおじさまおばさまによろしくね」
 
128: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:11:16.68 ID:vBx07Gxw
〜総支配人室前廊下〜

千歌「あ、ダイヤさん!すごかったね…」ヒソヒソ

ダイヤ「ちょっと泣いてましたから、3分ほどあけて入りなさいね」ヒソヒソ

鞠莉「聞こえてるわよ」

ダイヤ「ピギィっ!で、ではご機嫌よう」

鞠莉「聞いてたわね?」

千歌「えへへへ…あ!これレポートです!!!」

鞠莉「ふふ、いいわ。中に入って。紅茶でも煎れましょう。今日くらいレポート休めば良いのに。変に真面目ね」

千歌「こういう時こそやらなきゃな〜って思っちゃって…迷惑でした?」

鞠莉「まさか。毎日の楽しみなのよ。貴女のレポート。さ、座って」

千歌「失礼しま〜す」

鞠莉「ねえ、Ms.高海。私のこと、恨んでる?」

千歌「え〜恨んでると思います?ケインにナンセンスって言われますよ?」
 
129: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:16:12.22 ID:vBx07Gxw
鞠莉「そうね…でも…ごめんなさい…
ずっと謝らなくちゃって思ってた…言いがかりをつけて…追い出そうとして…
はっきりいうと、八つ当たりだったの…私はこんなに苦労してるのに…ホテルオハラで働きたいって言われて…私は働きたくなんてないのにって…」

千歌「そっかぁ…でもそれは小原さんの気持ちでしょ?
私はあの初日があったから頑張れてる。今の自分がある。
英語も上達して、ホスピタリティのなんたるかも少しずつ分かって。
プラスに毎日向かってる実感ができている今が、人生で一番幸せ。
だから、感謝はしても恨む道理なんて…ないよ?」

鞠莉「ごめんなさい…ごめんなさい…私が、私が弱かったの…」

千歌「弱くなんてないよ。私だったらこのホテルいきなり経営しろって言われたらビビって逃げちゃうもん。
理由はどうであれ、鞠莉ちゃんは逃げずにここに来たんでしょ?強いよ!」

鞠莉「ありがとう…本当に、そう言ってくれると…救われるわ…」

千歌「あ!でもやっぱ、許さない!」

鞠莉「えっ…」

千歌「条件付きで許してあげる!その条件はね…」

鞠莉「条件は…?」
 
130: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:23:28.64 ID:vBx07Gxw
千歌「また…鞠莉ちゃんって呼んで良いかな…?千歌っちって呼んでくれるかな……?」

鞠莉「…呼ぶわよ、千歌っち。呼んで、また鞠莉ちゃんって…本当はずっとそうしたかった…
素直になれなかったの…つまらない意地ばかりはって…ごめんなさい…ありがとう…千歌っち」

千歌「鞠莉ちゃん…鞠莉ちゃん…ありがとう、変わるきっかけをくれて…私、変われたよ!鞠莉ちゃんのおかげで!」

鞠莉「私もよ…ありがとう…日々頑張って成長する千歌っちを見て、誇らしかった!嬉しかった!
貴女がいたから…挫けずにこれた…今とっても…シャイニーな気持ちよ。
今日のイベントも、楽しかったわ…」

千歌「それ言ったらみんな喜ぶよ。花田さんも加藤さんも、他のみんなもみーーーんな、鞠莉ちゃんの笑顔が大好きなんだから」

それから、私たちは次の日も仕事だというのにいろいろな事を話した。
今までの二人の、ちょっとした距離を取り戻すかのように。
 
131: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:28:04.48 ID:vBx07Gxw
千歌「ねえ、私たちの卒業式の日に善子ちゃんが陽ちゃんに告ったの知ってる?」

鞠莉「え、何それ詳しく千歌っち」

千歌「ルビィちゃんが司法試験受けようとしてるのは?」

鞠莉「黒澤姉妹はどこに向かってるの?」

他愛もない話をして過ごす時間はとても楽しかった。
そうして、3時間睡眠で次の日の仕事が始まる。
 
132: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:35:09.60 ID:vBx07Gxw
〜ハウスキーパー〜

鞠莉「ねーえ花田!何か仕事で困っていることはない?」

花田「うーん…若いこの人手不足ね。はい、鞠莉ちゃん手伝って」

鞠莉「Oh…」

花田「ふふふ、お帰りなさい、鞠莉ちゃん」

鞠莉「花田…ただいま!」
 
133: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:38:55.50 ID:vBx07Gxw
〜厨房〜

鞠莉「ねえ加藤、正月メニューの準備はどう?
今度の正月もと〜〜〜ってもシャイニーな料理よね?試食会とかはないのかしら?」

加藤「試食会はあります」

鞠莉「Oh!シャイニー!!いついつ!?」

加藤「でも鞠莉お嬢様の分の試食はありません」

鞠莉「え!なんでよ!!!」

加藤「ずっと冷たかった人には食べさせません」

鞠莉「けち!!」

加藤「あ、でもこれだけは言わせてください」

鞠莉「…何よ!」

加藤「鞠莉お嬢様、お帰りなさいませ」

鞠莉「みんな…そればかりなんだから…ただいま!」
 
134: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:42:49.98 ID:vBx07Gxw
〜釣り〜

千歌「加藤さん釣れてます?」

加藤「釣れてるように見えますか千歌さん」

鞠莉「二人とも〜私も釣りしてみたいわ!混ぜて混ぜて」

千歌「鞠莉ちゃんごめんよ。ここの釣り場は二人用なんだ」

鞠莉「えっ…」

加藤「あと、高額納税者も立ち入り禁止です。
警備が来ますよ」

鞠莉「い、意地悪!!!私が悪いとはいえ!意地悪!」

加藤「冗談ですよ。さあこの竿をお使いなさい。使い方はYouTubeでも見てください」

鞠莉「そこは加藤が教えてよもう!!」

ケイン「おいおい盛り上がってんな!
俺たちも混ぜてくれよボーイズアンドガールズ!!」

ジェニファー「竿なんて軟弱なもんいらないわ!
女は黙って素手よ!!」

千歌「こ、混沌が来た…」
 
135: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:46:48.22 ID:vBx07Gxw
〜チェックアウト〜

父澤「素敵なホテルステイをありがとうございました。
鞠莉さんも、いろいろ大変かとは思いますが、私も経営者の端くれ。困ったことがあったら何でも相談してくださいね」

鞠莉「おじさま…ありがとうございます。
一緒に内浦を盛り上げていきましょうね」

父澤「もちろんです!
千歌さんも、十千万に戻ってからも、何かあったら頼ってきてください」

千歌「は、はい!!」

父澤「じゃあ。行こうか。
ではまた。御機嫌よう」

黒澤レディース「ご機嫌よう!」
 
136: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 22:52:02.15 ID:vBx07Gxw
そうして、無事に正月を迎えて、私のインターンは残すところ3ヶ月となった。
あっという間だったな…ハリーポッターはまだ賢者の石だ。釣りにハマりすぎた。

正月明けから、私はついに最後の部署であるコンシェルジュに異動となった。
ホテルオハラのコンシェルジュは、各ラグジュアリールームの宿泊客一部屋につき一人が担当するシステムらしい。

ここで、私は宿泊業で生きていく決める最後の一押しとなる体験をすることになったんだ。

私たちコンシェルジュは、ホテル最上階にあるラグジュアリールームの宿泊客専用のラウンジで待機している。
宿泊者はここでのチェックインも可能だ。
その日は夜の1時半ごろ、予約のお客様が到着した。私はちょうど夜勤だったので対応することになった。
初老のアメリカ人男性の方で、お一人での宿泊だった。
 
137: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 23:02:23.04 ID:vBx07Gxw
男性「仕事が長引いてね…すっかり遅くなってしまいました。申し訳ない」

千歌「お気になさらず!荷物と上着をお預かりしますね!」

男性「ありがとう、ああ。日本語で大丈夫だよ。
得意なんだ、日本語」

千歌「心遣いありがとうございます。
お言葉に甘えて、日本語で失礼しますね」

男性「私の練習にもなるしね。…それと、もうレストランはしまっているよね?晩ご飯を食べ損ねてね…」

千歌「そうですね…レストランは夜の12時にバーも含めてしまってしまいます」

男性「そうか…」

千歌「あ、あの!!従業員食堂のもので良ければ…用意できますが…」

男性「良いのかい?」

千歌「いや、でも本当に豪華なものではないんです!本来であればお客様に出すものではないので…」

男性「構わないよ当然さ!!ありがとう!」

千歌「よかったです。では、部屋までお持ちしますね!」

男性「待ってるよ。そうだな、シャワーも浴びたいから…」

千歌「40分ほど経ってからお届けしましょうか?」

男性「そうだね、うん。それで頼むよ。ありがとう」

千歌「では、まずは部屋までご案内しますね」
 
138: (もんじゃ) 2020/07/08(水) 23:47:52.13 ID:vBx07Gxw
部屋に案内後、たまたま夜勤で授業員食堂にいた加藤さんからサンドイッチとコンソメスープを受け取った。

加藤「お客様は誰だい千歌ちゃん?」

千歌「ジェフ様ですね!」

加藤「あの方か。忙しいのに毎年きてくれるんだよ。鞠莉お嬢様のお父様の友達らしくてね。
よろしく伝えておいてください」

千歌「はい!」
 
139: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:02:21.22 ID:bNBTp2gD
部屋に案内後、たまたま夜勤で授業員食堂にいた加藤さんからサンドイッチとコンソメスープを受け取った。

加藤「お客様は誰だい千歌ちゃん?」

千歌「ジェフ様ですね!」

加藤「あの方か。忙しいのに毎年きてくれるんだよ。鞠莉お嬢様のお父様の友達らしくてね。
よろしく伝えておいてください」

千歌「はい!」

〜ジェフの部屋〜

千歌「お食事をお持ちしました!」

ジェフ「ありがとう。何かな何かな。楽しみだね」

千歌「従業員食堂看板料理のサンドイッチと、温かいオニオンスープです。
飲み物はミネラルウォーターと炭酸水、コーヒーをお持ちしました。
ごめんなさい。
本当は晩ご飯と翌日の朝食ビュッフェ付きのプランだったんですよね?
今回は代わりになるかはわかりませんが、明日のお昼にオハラ淡島内の全ホテル・バー使えるお食事券を用意しました。
よろしければお使いください!」

ジェフ「良いのかい…?私の都合で遅れただけなのに?」

千歌「宿泊していただく皆様に最上級のおもてなし!
それがホテルオハラですから!
では、食事が終わる頃に食器を下げに参ります」
 
140: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:06:18.13 ID:bNBTp2gD
ジェフ「すまない、ここにいてくれないか?
誰かと食べたいんだ。
忙しいなら構わないんだが…話を、聞いて欲しくてね…」

千歌「ふふ、私で良ければ!」

ジェフ「ありがとう。さてサンドイッチをいただこう。
…美味しいな。私こう見えてサンドイッチが大好きでね。
妻がね、忙しい私が働きながらもしっかり食べられれるようにって、毎日サンドイッチを作ってくれたんだ…」

千歌「うわぁ!素敵ですね!」

ジェフ「だけどね、半年前、その妻が死んだんだ…脳梗塞だった。
忙しかった私は、妻がそんな病気だなんて知らなかったんだ…妻も、仕事に生きていた私に心配をかけまいと黙っていたんだろうね…」

千歌「そんな……」

ジェフ「稼げるようになったときは…妻や子供に不自由ない暮らしをさせてあげたい一心だった。
でも気づけば、稼ぐことが1番の目標に錯覚してしまった……
お金は残っても、一番大切な宝物を…失ってしまったんだ。お金ではもう、手に入らないね…」

千歌「後悔…しているんですか?」

ジェフ「わからない。間際に妻は私に『愛している』と言ってくれた。
その言葉が本心ならば、今の自分があるこれまでの生き方を後悔するのは妻に失礼なんじゃないかと思う。
だが、他の生き方をしていれば、今年もこうして私と妻の友が運営するこのホテルに、一緒に来れたのかもしれないと思うんだ。
きっとこの答えは、出ないんだろうね」
 
141: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:07:13.35 ID:bNBTp2gD
千歌「奥様のサンドイッチは、美味しかったですか?」

ジェフ「もちろんだよ!世界で一番さ。
思えば毎日、無償の愛を注いでくれていたんだね…」

千歌「このサンドイッチ、今のここの総支配人のお母さんのレシピなんです。総支配人は『母の味だ』って言ってました。
そう思うとなんか、サンドイッチって愛の象徴みたいですね!なんて…あははは」

ジェフ「そうか…あの娘の…そうか。そうだね。
愛の象徴なのかもしれないね。
私は…ちゃんと愛されていたんだな…
ふぅ、つまらない話をしたね。夜勤だから疲れているだろう?
私はもう大丈夫だ。ありがとう」

千歌「お話ししてくれてありがとうございます。
この後も素敵な滞在を」

ジェフ「お嬢さん、お名前は?聞かせてくれないか」

千歌「千歌…高海千歌です!」

ジェフ「千歌、来年もくるよ。また君に会いにね。
暖かいサービスをありがとう」

千歌「あ、あ〜私、今年の3月いっぱいまでのインターンで……」

ジェフ「そうか…残念だ…」

千歌「で、でも!!沼津にはいます!絶対に!会えますよ!!必ず!」

ジェフ「ああ、そう願うよ。じゃあ。おやすみ、千歌」

千歌「おやすみなさい、ジェフさん」
 
142: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:08:48.29 ID:bNBTp2gD
なんだろう、この気持ち。
ドキドキする。
そうか…宿泊してる人それぞれに、人生がある。
かけがえのないドラマがある。

私がの19年が過ぎる裏で、他の人たちにも19年が流れてる。
私がいろいろな体験をしてきた裏で、他の人たちも色々な体験をしている。

そんな時間と体験が交差する場所が、ホテルや旅館なんだ。
それぞれの特別な人生・時間にちょっとした彩りを添えさせてもらう仕事なんだ……

誰かの幸せの手助けができる。なんて素敵な仕事なんだろう。

千歌「ふぁぁぁ!!」

完全にハマってしまったみたいだ。この仕事に。
十千万も、きた人全員の思い出になるような旅館にしたい!絶対に!

鞠莉「千歌っち?何廊下で放心してるの?」

千歌「鞠莉ちゃん!私ね!十千万を継ぐよ!」

鞠莉「知ってるけど…じゃ、私はMr.ジェフに挨拶してくるから、千歌っちもラウンジに戻りなさいね。お疲れ様」

千歌「お疲れ様、鞠莉ちゃん!」

きっと、この仕事を続ければ何度も体験するような些細な体験なのかもしれない。
それでも私にとっては掛け替えのない体験だった。

そうして月日は流れ、インターン最終日を迎えた。
 
143: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:09:21.30 ID:bNBTp2gD
〜総支配人室〜

鞠莉「千歌っち。1年間、本当によく頑張ったわね。この1年で貴女は、このホテルに欠かせないスタッフになったわ。ね!みんな!」

花田「ええ。ずっと残って欲しいわ。貴女のアメニティ交換の後じゃ全部スローモーションに見えるもの」

ジェニファー「いくら荷物取り違えてもフォローするからさ!残っちゃいなよ!」

カルロス「寂しくなりますよ」

加藤「また、釣りしましょうね」

千歌「みなさん…本当にありがとうございました!!」

鞠莉「さあ、船まで送るわ」

千歌「うん…!」
 
144: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:10:15.43 ID:bNBTp2gD
〜船着場〜

鞠莉「後10分くらいね。船が来る前に、はいこれ」

千歌「おも!これは?」

鞠莉「貴女が1年間書いたレポートのコピーよ。原本は私のトレジャーだから…
挫けそうな時は読み返しなさい。
1年間1日も欠かさずに書いた貴女の努力と成長の証拠よ。
自信を持ちなさい」

千歌「鞠莉ちゃん…本当に、本当にありがとう!」

鞠莉「お礼を言うのは私の方よ。千歌っちのおかげで、私はまた一歩新しい自分を踏み出せたの。さあ、船がきたわ。行きなさい」

千歌「…またね!」

鞠莉「またね」

そうして私は船に乗り込んだ…と思いきや乗客が一人降りてきた。その人は…

千歌「鞠莉ちゃんのお母さん!?」

鞠莉ママ「あら、高海千歌さん。久しぶりね。
1年間お疲れ様。
鞠莉の相手してくれてありがとう。
帰るのね…また、遊びに来て頂戴ね」

千歌「はい!では!」

そして私は1年ぶりに本土へと戻るのだ。
 
145: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:11:35.91 ID:bNBTp2gD
〜船着場〜

鞠莉「ママ!?」

鞠莉ママ「久しぶりね、鞠莉。大変だと思うけど、高海千歌さんを見てわかったわ。頑張ってるみたいね」

鞠莉「うん!マリー頑張ってるよ…ここが大好きだもの」

鞠莉ママ「あらあら抱き付いたりなんかして。まだまだ子供ね」

鞠莉「ママ、頑張ってるマリーに一つだけご褒美が欲しいの」

鞠莉ママ「なぁに?」

鞠莉「ママの…サンドイッチが食べたいの」
 
146: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:11:57.23 ID:bNBTp2gD
〜十千万旅館〜

千歌「ただいま!志満ねえいる!?」

志満「あら千歌ちゃん!お帰りなさい!」

千歌「私旅館継ぐよ!良いよね!?」

志満「もちろんよ〜これでやっと安心して結婚できるわ〜」

千歌「…結婚?」

志満「千歌ちゃんがいない間に素敵な出会いがあってね、今結婚を前提にお付き合いしてるのよ」

千歌「き、聞いてないよ…」

志満「言ってないもの。変に情報入れて困らせたくなかったし。じゃあ、お母さんにも言っておくわね」

千歌「な、なんか釈然としない〜!!」
 
147: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:14:27.23 ID:bNBTp2gD
〜数ヶ月後 ホテルオハラ屋上〜

鞠莉「正式に継ぐのね」

千歌「うん。来年の正月明けから女将になるよ」

鞠莉「私も、自分のホテルグループを作るの」

千歌「え!すごい!」

鞠莉「オハラグループみたいなラグジュアリーホテルじゃなくて、内浦のような地方の活性化につなげるようなホテル展開をしたいの」

千歌「…良いね!」

鞠莉「今は内浦にいない人たちが、安心して帰って来られる場所として残し続けたい。
きっと日本中、他の地域に私たちのような思いの人達がいる。
そういう人達とオハラの財力があれば、すごいシナジーが生まれそうじゃない!?」

千歌「うん!できるよ、絶対に」

鞠莉「頑張りましょうね…一緒に」

千歌「当然!」

鞠莉「さあ、中に戻りましょうか。日焼けしちゃうわ」

千歌「鞠莉ちゃん、あれ!あれ!」

目線の先にはダイビングショップに向かうポニーテールの女性の姿があった。
海外にダイビング留学していた果南ちゃんで間違いない!

鞠莉「シャイニー!!まだまだ内浦も、盛り上がりそうね!」
 
149: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:15:12.21 ID:bNBTp2gD
〜翌年正月明け 十千万旅館〜

美渡「馬子にも衣装だな〜」

千歌「ふんだ!」

千歌母「似合ってる似合ってる。素敵な着物ね」

志満「女将就任おめでとう。がんばるのよ」

千歌「うん!」

ガラガラガラ

美渡「お、おい!お客様きちゃったぞ!!」

千歌「い、今行きまーーす!!」

慌ただしいスタートだ。
でもそれも、私らしい。

千歌「十千万旅館にようこそお越しくださいました。…あ…」
 
150: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:16:10.50 ID:bNBTp2gD
女将人生初めてのお客様は、私をこの道から抜けられなくしたあの人だ。
そうして、私の道はここから続いていく。

千歌「今日は…お早いお越しですね!
ウェルカムサービスにサンドイッチと温かいオニオンスープはいかがですか?」



千歌「ここで…ホテルオハラで働かせて下さい…!」鞠莉「……」 完
 
155: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:37:54.08 ID:bNBTp2gD
最後まで読んでいただきありがとうございました。
Aqoursではなくなった千歌はどう生きるのか、鞠莉の人生の鞠莉なりの苦労を自分なりの解釈で書かせていただきました。

書くにあたって、ホテルオハラという舞台の都合上本編からの出演キャラより多いオリジナルキャラ数になってしまったこと、
私のSSの世界線の都合で出せなかったAqoursキャラがいたことは、大変申し訳ありません。
 
156: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 00:39:26.42 ID:bNBTp2gD
あと曜の字を陽と誤字っていました。
本当に申し訳ありません。
 
159: (しまむら) 2020/07/09(木) 01:39:12.26 ID:dmjXtK66
とても楽しませてもらいました。投稿お疲れ様でした!
 
162: (八つ橋) 2020/07/09(木) 15:14:50.89 ID:tHJjCIsG

読みやすかったわ
 
164: (もんじゃ) 2020/07/09(木) 22:05:52.58 ID:7ZJF3AmH
ちかっち一生懸命頑張っててえらい?
 
165: (しうまい) 2020/07/09(木) 23:08:52.84 ID:06SH3udD
すらすら読めたし内容も良すぎた
乙でした!
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1593873531/

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