【SS】曜「ようちかノート?」【ラブライブ!サンシャイン!!】

SS


1: (新日本) 2020/05/19(火) 11:54:03.24 ID:YfP4UBDQ
ようちかSS
 
3: (新日本) 2020/05/19(火) 11:55:39.65 ID:YfP4UBDQ
曜「……」


パタン


……本を読むという行為にも、すっかり飽きてしまった


曜「……」


窓の外に映るのは、いつもと変わり映えのない景色。長年親しんできたこの情景も、すっかりセピア色にかすんでしまったように感じる


曜「はぁ……」


曜「……」


曜「暇だなぁ……」
 
4: (調整中) 2020/05/19(火) 11:57:11.99 ID:YfP4UBDQ
曜「……んしょ……んしょ」


体の一部分が使えない生活というのは想像していたよりも遥かに不便で、体勢を変えるという行為すらもままならない


曜「……はぁ」


もちろんやるべきことがないっていうこともあるんだけど……この体では出来ることも限られてしまっている


それがなんとももどかしいのだが……もう動きたいという欲求なんて、体の中から抜けて行ってしまったみたいだ


あの時、涙と一緒に


曜「……」


曜「……もう一回、寝よ」


そしてまた私は惰眠を貪る
 
6: (調整中) 2020/05/19(火) 12:01:24.28 ID:YfP4UBDQ
先週のことだった。私は足の運動機能を失った


診断名は脳挫傷。外傷性脳損傷という病気の一種らしい。


脳に強い衝撃が与えられることで、体の機能の一部の機能が欠損してしまう病気だそうだ。この辺りはお医者さんが丁寧に説明してくれた


お医者さんは、幸運にも私の症状は比較的軽度である、と言ってくれた。人によっては排尿障害などの大きな症状を発症することもあるそうだ


だから、まあ運が良かった方……なのかな?おかげで一週間程度という短期間で入院を終え、早い段階で自宅療養に切り替えることが出来た


もちろんまだ……いや、ずっと、なのかな?……歩くことが出来ないから、こうしてベッドの上に縛られた生活を送ってるんだけど
 
7: (調整中) 2020/05/19(火) 12:03:49.27 ID:YfP4UBDQ
曜「ふぅ……」


大きく息を吸って窓の外を見つめる。といっても別に外の景色になんて興味はない


全てどうでもよくなってしまった。別にこれは怪我のせいじゃなくて……多分、自分が受けるべき宿命、だったんだと思う


今まで、小さいころからずっと、私は恵まれた環境で楽しめたから、その代償、というものなのだろう


あの頃の思い出は、全部ひと夏の思い出で、冬が来たら自然と忘れていくもの。そう落とし込むことで、自然と今の生活に納得できるようになった
 
8: (調整中) 2020/05/19(火) 12:04:58.44 ID:YfP4UBDQ
曜「……」


……もちろん私だって、お医者さんに怪我のことを告げられたときは泣き出すほどに悲しかったけど……そう考えることで不思議と現実は受け止められたから


飛び込みの練習で調子に乗ってできもしない大技を披露しようとした自分が何より一番バカだったし、足だけで済んだことすらも奇跡だったように思えてくる


これでもう飛び込みは一生できなくなることは間違いないだろうけど……別にそれでも構わなかった


だって私が飛び込みをする理由なんて、本当は何もなかったから。もう私には必要ないことだったから


私が本当に望んでたのは、心から欲しかったものは、もう……


曜「……」


曜「……私の青春、終わっちゃったな」


泡の抜けた炭酸のようにか細い声で、私はつぶやいた
 
10: (調整中) 2020/05/19(火) 12:07:56.82 ID:YfP4UBDQ
退院して間もない、あるよく晴れた日のことだった


曜「……」ボーッ


クルッポー


曜「……鳩」


チュンチュン


曜「……」


バサバサッ!


曜「……あ、いっちゃった」


曜「……」


バタン!!


曜「……?」


ヒョコッ!


千歌「曜ちゃん!お見舞いにきたよっ!!」


曜「……」


曜「……え?千歌ちゃん……?」
 
11: (調整中) 2020/05/19(火) 12:09:41.81 ID:YfP4UBDQ
目の前に見えるのはよく知った幼馴染のまぶしい笑顔。間違えるわけなんてない。だって夢にまで見た友達だから


……もう諦めてしまった、たった一人の親友だったから


だから目の前の光景が信じられなかった。とっさのことで言葉にならない


曜「……」


千歌「いや私は私だけど……もしかして覚えてない……とか?」


曜「……」


曜「……いや、大丈夫だよ千歌ちゃん。ちゃんとぜんぶ覚えてるから」


……そうだよ、忘れられるわけ、ない


千歌「……」


千歌「なんだぁ~……」ホッ
 
12: (調整中) 2020/05/19(火) 12:11:44.89 ID:YfP4UBDQ
千歌「もう!びびらせないでよ!曜ちゃんの中から私の記憶がぜんぶ抜け落ちちゃったんじゃないかって心配だったんだよ!」


曜「あ、あはは……ごめんね……」


だって……千歌ちゃんはもう私には興味がないものと思ってたから


運動の出来なくなった私なんてただの置物で、もう価値なんてないと思ってたから


だから……


曜「……」


千歌「……どう、したの、曜ちゃん?」


曜「ううん、なんでも……」


千歌「そう、なら……」


曜「……」
 
13: (調整中) 2020/05/19(火) 12:13:54.49 ID:YfP4UBDQ
曜「あ、千歌ちゃん……お見舞い、わざわざ、ありがとう……」

千歌「う、ううん、大丈夫だよ!私と曜ちゃんの関係だもん!曜ちゃんが気にすることじゃないよ!」

曜「あ、うん、そだね……ありがと……」

千歌「うん……」

曜「……」

千歌「……」

曜「……」
 
14: (調整中) 2020/05/19(火) 12:15:16.11 ID:YfP4UBDQ
千歌「……やっぱり退屈だよね、入院って」

曜「……え?」

千歌「そうだよね。ずっとお部屋の中だろうし……ベッドでじっとしているっていうのも、大変だよね……」

曜「え?あ、うん……まあ、それなりに……」

千歌「そうだよね……やっぱり、そうだよね……」

曜「……」

千歌「……というわけで私ね!考えてきたんだ!ほら見て!じゃじゃーん!!」

曜「……?」


……大学ノート?


曜「……なにこれ?」


千歌ちゃんはノートを見せて、ただにこにこと笑っている
 
15: (調整中) 2020/05/19(火) 12:17:20.58 ID:YfP4UBDQ
曜「……ようちか、ノート?」

千歌「そう!曜ちゃんと私だけの大切なノート!だから、ようちかノート!」

曜「は、はぁ……」


……千歌ちゃんのネーミングセンスはやっぱり適当だと思う。犬の名前にしいたけなんて付けた日には耳を疑った。食べ物じゃないんだから


千歌「でねでね!使い方はね!はい!」

曜「……?」

千歌「ほら!曜ちゃんがやりたいことを、自由に書いていいよ!」

曜「……自由帳ってこと?」

千歌「うん!ほら!曜ちゃん早く早く!」

曜「え、えぇ……?」


……どういうことなんだろ?
 
16: (調整中) 2020/05/19(火) 12:18:32.55 ID:YfP4UBDQ
曜「……」

千歌「……?曜ちゃん、やりたいこと、ないの?」

曜「そんなこと言われても、すぐには思いつかないっていうか……」

千歌「ほら!何を食べたいとか!あんなことしてみたいとか!色々あるでしょ!」

曜「い、色々って……」


私はこの生活にもう慣れてしまったから、これ以上望むものなんてない。いや、望んじゃいけないのかもしれない


だって私が欲張ったから、あんな風に……


千歌「ほーら!あんまり女の子を待たせてるようじゃモテないよ!曜ちゃん!」

曜「え?あ、うん……」


モ、モテないって……そんなストレートに言わなくても……
 
17: (調整中) 2020/05/19(火) 12:20:09.22 ID:YfP4UBDQ
曜「……」


……やりたいこと、か


曜「……」


そういえば、もうすぐ海開きの季節なのかもしれない。開け放した窓からふいに入ってくる夏の風が、私にそれを思い出させた


ということは……今頃私は海に飛び出していたのかも。もしもあの事故がなかったのなら


そんな仮定に、意味なんてないけど


曜「……わかった」


そういって私は、重い手を挙げてペンを走らせる


曜「……」カキカキ


『海を見たい』


曜「……これで、いいの?」

千歌「ふむふむ……なるほど……」
 
18: (調整中) 2020/05/19(火) 12:21:43.53 ID:YfP4UBDQ
千歌「よし!わかった!ちょっと待っててね!曜ちゃん!」

曜「あっ!どこ行くの!?千歌ちゃん!?」

………



ピロロロ


十五分も立たないうちに、私のスマホに電話がかかってきた。相手はもちろん千歌ちゃんから


曜「……?」


テレビ電話……?


ピッ


千歌『もしもーし!曜ちゃん!見えるー?』

曜「え、あ、うん……ってそれは……?」

千歌『もちろん!曜ちゃんが見たいって言ってた!海だよ!!』
 
19: (調整中) 2020/05/19(火) 12:23:09.29 ID:YfP4UBDQ
曜「じゃなくて……私が聞きたいのは、なんでそんなヘッドセットを千歌ちゃんが付けているのか、ってことだよ」

千歌『あ?これ?じゃじゃーん!見て見て!ライブで使ってるやつを借りてきたんだよ!鞠莉ちゃんに頼んで!』


確かにそのヘッドセットには見覚えがあった。千歌ちゃんがいつもライブの時に使ってたやつだ


曜「……で、なんでわざわざそんなのつけてるの?」

千歌『だってほら!なんかテレビの中継っぽいし!カッコイイ!』

曜「……」

千歌『それにね……ほら!曜ちゃん、聞こえる?』

曜「……?」


これは……
 
20: (調整中) 2020/05/19(火) 12:23:10.35 ID:YfP4UBDQ
曜「じゃなくて……私が聞きたいのは、なんでそんなヘッドセットを千歌ちゃんが付けているのか、ってことだよ」

千歌『あ?これ?じゃじゃーん!見て見て!ライブで使ってるやつを借りてきたんだよ!鞠莉ちゃんに頼んで!』


確かにそのヘッドセットには見覚えがあった。千歌ちゃんがいつもライブの時に使ってたやつだ


曜「……で、なんでわざわざそんなのつけてるの?」

千歌『だってほら!なんかテレビの中継っぽいし!カッコイイ!』

曜「……」

千歌『それにね……ほら!曜ちゃん、聞こえる?』

曜「……?」


これは……
 
21: (調整中) 2020/05/19(火) 12:25:00.97 ID:YfP4UBDQ
ザァ…ザァ…


……砂浜の音だ。波が寄せては引く音と、歩くときに鳴るシャリシャリっていう音。何度も聞いたことがある音だから、間違えようがない


千歌『ね?聞こえるでしょ!海の音!』

曜「え、あ、うん……」


私のスマホからは、千歌ちゃんの声に加えてざぁ…ざぁ…という波打ち際の音が静かに流れてくる


千歌『実はね!私のスマホ、高性能のマイクついてるんだ!だから海の音も!ばっちり聞き取れるんだよ!』

千歌『で、そしたらスマホ体から離さなきゃだから……こうやって私はヘッドセット使ってるってわけ!曜ちゃんの声私も聞きたいし、私の声も曜ちゃんに聞いて欲しいし!』

曜「……」


なるほど。スマホとインカムの二刀流ってわけだね。よく考えられてるなぁ


……千歌ちゃんのくせに
 
22: (調整中) 2020/05/19(火) 12:26:49.78 ID:YfP4UBDQ
ザァ…ザァ…
サラサラ…

千歌『で、どうどう?初めてのお使いの感想は!けっこういい感じでしょ?』

曜「うん……」


感想か……


曜「……」


意外と臨場感は感じられた。もちろん風や温度を肌で感じられたわけじゃなかったけど、それでも十分だと思った。部屋に引きこもっているよりずっといい


けど、なんだろ、それ以上に


曜「……」


ちょっとだけだけど、嬉しかった


この景色を千歌ちゃんと共有できていることが、ちょっとだけ、嬉しかった……画面越しではあったけど


曜「……うん、ありがと、千歌ちゃん」

千歌『えへへ~、どういたしまして!』

千歌『じゃあ私、そっちに戻るね!いったん中継切りまーす!』
 
23: (調整中) 2020/05/19(火) 12:28:18.41 ID:YfP4UBDQ
バタン!!

曜「あ、千歌ちゃん……おかえり」

千歌「うん、ただいま。曜ちゃん」

千歌「ねえねえ!どうだった私の計画!すっごくよかったでしょ!」


千歌ちゃんの無邪気な質問に対して、私も素直な気持ちをぶつけてみる


曜「うん、良かった。ありがと、千歌ちゃん」

千歌「というわけでノートの話に戻るけど……はい!」

千歌「曜ちゃんがこのノートにやってみたいこと書いて、それをとりあえず私がやってみて、中継するの!」

千歌「そうしたら曜ちゃんの退屈さも少しは紛れるとは思うんだけど……ダメかな……?」

曜「……」

曜「……ううん、ダメじゃないよ」

千歌「ホントに!?やった~!じゃあ曜ちゃん!明後日までにノートに色々書いておいてね!宿題だからね!それじゃあまたね!曜ちゃん!」

曜「え、あ、うん……わかった」


こうして、私と千歌ちゃんだけの中継生活が幕を開けた
 
29: (新日本) 2020/05/19(火) 15:04:38.11 ID:YfP4UBDQ
曜「……」

曜「やりたいことをノートに書く、か……」


やりたいこと、欲しいもの


そんなのもちろん決まってる。たとえ足やこの体を全て失ってしまったとしても手に入れたいものが、私には一つだけある


でもそれだけは言い出せない。だってその顛末が今の姿だから。今度は周りの人を……千歌ちゃんすらも巻き込んでしまうかもしれない


だから、私は……


曜「……」


……なんてこと書いてたら、重い女の子だって思われちゃうよね、きっと


曜「……」

曜「はぁ……」


ゴロン


とりあえず軽い気持ちで……


一番最初に思い浮かんだ簡単なお願いを、簡単にノートに書きこんでみた
 
30: (新日本) 2020/05/19(火) 15:06:11.58 ID:YfP4UBDQ
『カラオケ行きたい』


千歌「……え?これだけ?」

曜「まぁ……思いつかなかったから……」

千歌「もうーっ!!なんでもいいんだよ別に!それにこんな簡単なものじゃなくても!例えば……ハーゲンダッツお腹いっぱい食べたいとかでも!」


それ、千歌ちゃんがやりたいことじゃん


それにもし『宇宙旅行がしたい』なんて書いちゃった暁には、例え悪魔に魂を売ってでも叶えようとしちゃうはず。だって千歌ちゃんのことだもん


千歌「……ま、いっか。でもなんでカラオケなの?」

曜「いや、最近歌うたってなかったから、たまにはいいかな~ってだけで……」

曜「……別に深い意味はないよ」

千歌「あっそう……じゃあ曜ちゃん!私今からカラオケ行って中継してくるから!ちょっと待っててね!」

曜「うん、わかった」
 
31: (新日本) 2020/05/19(火) 15:07:48.79 ID:YfP4UBDQ
千歌『というわけで~私はいま沼津のカラオケボックスにいまーす!』

千歌『はい拍手~!!』


シーン


曜「……?」

千歌『……///』カァァッ

千歌『もう!!//曜ちゃん!!//何か言ってよ!!!///恥ずかしいじゃん!!//』

曜「え!?あ、えっと……私のせいなの!?」

千歌『だって私独りなんだよ!?カラオケなのに!寂しいじゃん!!何か反応ないと一人で歌い続けることになるんだよ!?』


た、確かに……
 
32: (調整中) 2020/05/19(火) 15:08:56.86 ID:YfP4UBDQ
千歌『というわけで!行きます!こほん!……こんちかー!!!』

曜「……へ?」

千歌『……も、もう!!//曜ちゃんがやってくれないと私がバカみたいじゃん!!//はい曜ちゃん!!//こんちかー!!//』

曜「こ、こんちかー……」

千歌『かんかん!』

曜「……」

千歌『ほら!かんかん?』

曜「……みかん」

千歌『かーん!かーん!』

曜「み、か、ん……」

千歌『うん!よくできました!』


……千歌ちゃんは恥ずかしくないのかな、これ?
 
33: (新日本) 2020/05/19(火) 15:11:07.04 ID:YfP4UBDQ
千歌『ふぅー……曜ちゃん、カラオケの雰囲気伝わった?』

曜「いや、カラオケっていうより……」


まるでライブ会場みたい。千歌ちゃんがインカム付けてるから、ますますそう見える


千歌『ん~っと、なに入れよっかな~まずは……』


ピッ

~♪


千歌『よし!行くよ!曜ちゃんは準備オッケー?』

曜「うん、もちろん」


一応こうなることを想定して、ちゃんとイヤホンは用意してある


千歌『じゃあ曜ちゃん!手拍子お願いね!いっくよー!!』
 
34: (新日本) 2020/05/19(火) 15:14:15.03 ID:YfP4UBDQ
千歌『わんもあすとーり~新たなすとーり~追いかけてると~き~は~』

曜「……」パチパチ


……やっぱり千歌ちゃんの歌い方、私は好きだな


一言一言、言葉が柔らかく紡がれていて、すごく勇気を貰える……って言ったらいいのかな?


さすが歌詞職人だなーって……まあそんな感じ


千歌『ふぅ~……どうだった、曜ちゃん?』

曜「え?あ、うん……良かったよ」

千歌『あーっ!曜ちゃん今上の空だったでしょ!』

曜「い、いや……そんなことないよ」


少し考え事してただけだよ。その言葉は心の中で飲み込んだ


千歌『むぅ……ねえ曜ちゃん!自分の歌を他人に聞かれるのってすっごく緊張するんだよ!!』

曜「……千歌ちゃんはいっつももっと大きな会場で歌ってたじゃん」

千歌『それはそれ!これはこれなの!』

曜「……そんなものなのかな?」

千歌『そんなものなのです!』


そう言って千歌ちゃんは、ぷーっと膨れた顔をカメラに向けた
 
35: (新日本) 2020/05/19(火) 15:15:49.86 ID:YfP4UBDQ
千歌『あ、そういえば曜ちゃんも歌う?……ってそっか、曜ちゃんはお家なのか』

曜「そうだね千歌ちゃん。ごめんね」

千歌『というわけで私は今から曜ちゃんが歌いたい曲を歌うよ!』

曜「……いや、何が“というわけ”なの?」

千歌『曜ちゃん!今日のカラオケの目的を忘れてもらっては困ります!』

曜「目的って……千歌ちゃんが楽しむためじゃないの?」

千歌『ちっがーう!もう!ノート!ノートだよ!!』


あぁ……そういえば私が『カラオケに行きたい』なんて書いちゃったからこんなことになってるのか


千歌『もともとは!私が曜ちゃんの代わりになって外の様子をお伝えするのが目的なの!曜ちゃんがやりたいことやらなくちゃ意味無いの!』

千歌『というわけで曜ちゃん!リクエストリクエスト!!』

曜「え、えぇ……?」

曜「……」


……千歌ちゃんが私のためだけに歌ってくれるってことだよね、これ?
 
36: (新日本) 2020/05/19(火) 15:18:03.61 ID:YfP4UBDQ
千歌『……曜ちゃん、これだよね?』

曜「うん、合ってるよ」


私がリクエストしたのは、最近CMでよく耳にするあのラブソング。閉じこもりの生活を送るうちに、流行とかにもすっかり詳しくなってしまったみたいだ


千歌ちゃんももちろん知ってくれてたみたいで、私が少しフレーズを口ずさむと、あああれねとすぐに理解してくれた


千歌『じゃ、じゃあ曜ちゃん、いくよ!自信ないけど……』

曜「あ、千歌ちゃん待って!カメラ!逆!」

千歌『ほえ?だって曜ちゃんに臨場感をお伝えするために、画面のほう向けた方が……』

曜「いいのいいの、私は歌ってる千歌ちゃんが見たいから」

千歌『で、でも、それじゃあノートの意味が……』

曜「細かいことは気にしない、ほらほら」

千歌『よ、曜ちゃんがそこまで言うなら……』


クルッ


千歌『これで、いい……?』

曜「うん!バッチリ見えるよ!」

千歌『もう!曜ちゃんは見るんじゃなくて一緒に歌うの!心の中で!』


それでも私は、やっぱり千歌ちゃんから目が離せなかった
 
37: (新日本) 2020/05/19(火) 15:19:31.72 ID:YfP4UBDQ
千歌『ふぅ……さすがにこれだけ歌うと疲れるよ……』

曜「お疲れ、千歌ちゃん」


リモートでのカラオケなんてのは初めてだったけど、意外と楽しめた……ような気がする


千歌『……』


これも全部千歌ちゃんのおかげだ。千歌ちゃんがこれだけ頑張ってくれたから


曜「……」

曜「……ねえ千歌ちゃん、あのノートのことなんだけどさ」

千歌『うん、なになに、曜ちゃん?』

曜「千歌ちゃんはなんで……あのノートを作ろうって決めたの?どうして?」

千歌『……?曜ちゃん、どういうこと?』

曜「あ、いや……ただなんで千歌ちゃんがここまで私なんかに尽くしてくれるのかなーって気になっただけで……私もうAqoursにだって復帰できないかもしれないし……」

千歌『……』

千歌『うーん、なんでだろうな~……』
 
38: (新日本) 2020/05/19(火) 15:21:21.23 ID:YfP4UBDQ
曜「あ!ごめんね!なんか重い話しちゃって!千歌ちゃんごめん!今のは忘れて!」

千歌『……』

千歌『……でもね曜ちゃん。私は曜ちゃんとお話できてすっごく楽しいな。曜ちゃんとこうやっていろいろな経験をして、もちろん今の曜ちゃんにはできないこともあるかもだけど、こうやってあれ楽しいね、これ綺麗だねって言い合えるのがすっごく嬉しい。そう思うの』

曜「……」

千歌『……だからね、私は曜ちゃんが生きていてくれることが……それだけですっごく嬉しいよ?』

曜「千歌、ちゃん……」

千歌『だから曜ちゃんにもっと尽くしてあげたいって思っちゃうのかもね~』ニコッ

曜「……」


……やっぱり千歌ちゃんはずるい。そんな顔されると、ますます甘えたくなっちゃうから
 
39: (新日本) 2020/05/19(火) 15:23:26.43 ID:YfP4UBDQ
千歌『……ねえ曜ちゃん?』

曜「……なーに?」

千歌『曜ちゃんは、その……楽しかった?』

曜「うん、もちろん、ありがと千歌ちゃん」

千歌『良かったぁ~……!!曜ちゃんが楽しめてなかったらどうしようって、それだけが心配で……』

曜「楽しくなかったらあんなにリクエストなんてしないよ。今日は本当にありがとね」

千歌『こちらこそありがとうだよ曜ちゃん!私もすっごく楽しかった!久々に曜ちゃんと遊べたって気がするし……』


プルルルッ!


千歌『あっ!はーい!……どうやらもうすぐ時間みたい。そろそろ曜ちゃんのとこに戻ら……』

曜「あっ!待って千歌ちゃん!最後にもう一曲だけいい?」

千歌『まあもう一曲くらいなら大丈夫だと思うけど……なになに?』

曜「……」


コショコショ
 
40: (新日本) 2020/05/19(火) 15:27:13.06 ID:YfP4UBDQ
千歌『……うぇぇ!?や、やだよそんなの!恥ずかしいよ!!//』

曜「お願い千歌ちゃん!一回だけでいいから!」

千歌『で、でも……//』


まあ千歌ちゃんが渋るのは想定内。私だって持ち歌を本人の前で歌うなんて恥ずかしいからね


だからちゃんと作戦は考えてある。といっても今思いついたんだけど


曜「……ねえ千歌ちゃん、さっき私の代わりに歌ってる、って言ったよね?」

千歌『え、あ、うん……そうだね……』

曜「私が自分の持ち歌を歌うのは何の問題もないわけじゃん。ということはここで千歌ちゃんが私の代わりに私の歌を歌うって言うのはすごく自然なことなんじゃないかな?」

千歌『それは……そうかもだけど……』

曜「というわけで千歌ちゃん!ほら!いってみよー!!」

千歌『よ、曜ちゃん!?私、まだ、心の準備が……//』


……少しワガママ言い過ぎちゃったかな?


千歌『じゃ、じゃあ、行きます……//』

曜「うん!千歌ちゃん!頑張って!」


でも、それでもね


私のことを受け入れてくれる千歌ちゃんのその優しさに、心の底から憧れてしまう
 
43: (新日本) 2020/05/19(火) 18:51:10.97 ID:YfP4UBDQ
曜「~♪」カキカキ


私はようちかノートを日記替わりにすることにしてみた。まあ実態は日記というより落書きなんだけど


私がやりたいことを膨らませて、千歌ちゃんとそれを考えて、千歌ちゃんが願いをかなえてくれて、私が感想を書く。これが千歌ちゃんに出来る私なりの恩返しだと思った


曜「カラオケの感想、か……」


……楽しかった。また行きたい。そんな小学生みたいな言葉しか浮かんでこない。だって私は歌詞担当じゃなかったし


曜「……」カキカキ


それでも心に浮かんだ素直な言葉を、ただノートに書き連ねる


曜「……」


……千歌ちゃんは喜んでくれるのかな?
 
44: (新日本) 2020/05/19(火) 18:52:39.57 ID:YfP4UBDQ
千歌『私は曜ちゃんが生きていてくれることが……それだけですっごく嬉しいよ?』

曜「……」

曜「……いいのかな?」


……まるで魔法のノートみたいだ。幼いころに読んだ魔人のランプの絵本を思い出す


でも確か……あれは最後欲を張った主人公が、自ら破滅の道を進む結末だったはずだ


曜「……」

曜「じゃあ私も……」

曜「……」フルフル


違うよね。だってこれは私のエゴじゃなくて……千歌ちゃんだって望んでくれてることだから


曜「……」ぎゅっ


……それに私はもう足を失っている。これ以上失うものなんて何もない


だから、魔法のノートはやめられない
 
45: (新日本) 2020/05/19(火) 18:54:06.56 ID:YfP4UBDQ
『ジェラート食べたい』


千歌「……ほえ?じぇらーと?」

曜「うん、アイスみたいなやつだよ。ほら、駅前にこの前お店が出来たって噂になってた……」

千歌「……ああ!あれね!わかったよ曜ちゃん!じゃあ私が買ってきて……」

曜「ううん、違うよ千歌ちゃん、食べるのは千歌ちゃんだよ」

千歌「え?でも食べものなら曜ちゃんでも食べられ……」


そんなわけにはいかない。お腹壊したら大変だもん。この姿だとお手洗いに行くのも一苦労だしね


曜「私は千歌ちゃんが美味しそうに食べてる様子が見たいの。それに千歌ちゃんが中継するってことがこのノートのお約束なんじゃないの?」

千歌「え、いや……別にそういうわけじゃ……」

千歌「……まあ曜ちゃんがいいなら私はいいけど」

曜「うん、じゃあお願いね千歌ちゃん」
 
46: (新日本) 2020/05/19(火) 18:55:20.35 ID:YfP4UBDQ
千歌『曜ちゃん、聞こえる?』

曜「うん、ばっちりだよ、千歌ちゃん」


千歌ちゃんが向かったのはBiViの中にあるファーストフード店。浦女からはちょっと遠いけど、気軽に都会っぽい雰囲気を楽しめるってことで浦女生からも人気の高いお店だ


曜「千歌ちゃーん?お店には何が売ってるの?」

千歌『えーっと……ジェラートの他にもクレープとかタピオカドリンクとか……あ!クレープなら曜ちゃんも大丈夫なんじゃない?』


確かに。固形物の方が胃腸に優しいかもしれない。完全に素人の推測だけど


曜「じゃあお土産にはクレープ一つ、お願いしちゃおっかな?千歌ちゃん?」

千歌『うん!まかせて!すみませーん!イチゴミルフィーユのジェラートとクレープ一つ!下さい!』
 
47: (新日本) 2020/05/19(火) 18:56:54.50 ID:YfP4UBDQ
千歌『あーむっ!』


パクッ


千歌『うん!すっごく美味しいよ!曜ちゃん』

曜「ねえ千歌ちゃん、どんな味がするの?私にリポートして見て欲しいな」

千歌『ええっ!?えっと……冷たい!』


いやジェラートだから当たり前でしょ、それは


曜「そうじゃなくて……ほら!味だよ味」

千歌『えっと……イチゴが甘くておいしいです』


それも何となく想像できる


曜「千歌ちゃん、そんなんじゃアナウンサーにはなれないよ?しっかり食レポしないと」

千歌『ええっ!?じゃ、じゃあ……』


パクッ


千歌『ミルクとイチゴが相性抜群で……』

曜「ふむふむ……」


パクッ


千歌『……うん!やっぱりすっごくおいしい!もうめちゃくちゃにおいしいよ!』

千歌『曜ちゃん!どうかな、ちゃんと伝わった?』

曜「……うん、ありがと」


千歌ちゃんが楽しそうだなっていうことは、すっごく画面から伝わってきたからね
 
48: (新日本) 2020/05/19(火) 18:59:00.41 ID:YfP4UBDQ
パクッ


千歌『ん~♪』

曜「本当に美味しそうに食べるよね千歌ちゃんは。こっちまで楽しくなってくる」

千歌『え~そうかな~♪』

千歌『……でも曜ちゃん、なんかごめんね。この前のカラオケとは違ってこれじゃ曜ちゃん画面見てるだけだし、私だけが美味しい思いしちゃってるし……』

曜「ううん、大丈夫だよ。それに私から言い出したことだし」

曜「千歌ちゃんが楽しそうにしてる様子を眺めていることが、私にとっての一番の幸せだから」


この言葉に嘘はない。千歌ちゃんの幸せこそが私の生きる意味であって、そこにほんの少しだけ私がいれば、満たされるって思えてくるから


千歌『曜、ちゃん……』

千歌『で、でもね!私の楽しみが、曜ちゃんが不幸になっていいって理由にはならなくて……わ、私だって、曜ちゃんに笑っていて欲しいって思ってるから、だから……』

曜「千歌ちゃん……」


電話の向こうの千歌ちゃんは、いつになく真剣な顔を私に見せる


覚悟を秘めた真っ直ぐな目と堅く結ばれた口元。その周りには、食べかけのジェラートがべったりとついていて……


曜「……ぷっ」


……その不釣り合いな格好に、思わず笑いが吹き出してしまった。千歌ちゃんには悪いんだけど
 
49: (新日本) 2020/05/19(火) 19:00:24.80 ID:YfP4UBDQ
曜「あははっ!千歌ちゃん!!ジェラートお口にべったりついてるよっ!!」

千歌『うぇぇ!!?どこどこ!?……はい!これでとれた?』

曜「まだ、頬っぺたにもついちゃってるもん!」

千歌『えええっ!!?ど、どうして……?』フキフキ

曜「さっきの千歌ちゃんサンタクロースみたいになってたよ!すっごく可愛かった!スクショしようかと思ったくらいだもん!」

千歌『えぇ~……やめてよ、恥ずかしいよ~……』

曜「ふふっ、ははははっ!!」


千歌ちゃんには悪いけど笑いが止まらない。それだけに不意打ちで、とても可愛かったから
 
50: (新日本) 2020/05/19(火) 19:01:47.91 ID:YfP4UBDQ
千歌『……』

曜「あ、ごめん千歌ちゃん、こんなに笑っちゃって……」

千歌『ううん、そういう事じゃなくて……』

曜「……?」

千歌『やっと曜ちゃん、笑ってくれたなぁ……って思って』

曜「……え?」

千歌『曜ちゃん怪我しちゃって以来あんまり笑わなくなったなぁって思ってて……私、笑ってる曜ちゃんの方が好きだから、曜ちゃんの笑顔見たいなぁってずっと考えてたから……』

千歌『だから、どんな形でも、曜ちゃんがまた笑ってくれたことが、私、嬉しいの!』

曜「千歌ちゃん……」

曜「……そうかな?私、そんなに笑ってなかったかなぁ……?」

千歌『ふふっ、あははっ!』

曜「……もう、千歌ちゃんまで、どうしたの?」

千歌『ううん、なんでもない!ただ私も笑いたくなっちゃったから!』

曜「……何それ、変な千歌ちゃん」


そう言って私も、くすりと笑った
 
51: (新日本) 2020/05/19(火) 19:03:25.03 ID:YfP4UBDQ
ガチャッ

千歌「曜ちゃん、ただいま~」

曜「あ、千歌ちゃんおかえり!今日の中継も素晴らしかったであります!」

千歌「ふっふっふ~、もう何回も経験を積んだからね!私も今やもう立派なリポーターだよ!」

千歌「あ、そうだ!はいこれ、お土産だよ」

曜「うん、ありがと~、実はずっと楽しみだったんだ~」


プラスチック容器を開けてホクホクのクレープを取り出すと、甘い匂いが部屋の中に充満した


曜「いっただきま~す、かぷっ♪」

曜「もぐもぐ……」


……うん!すっごくおいしい!久々に甘い甘いスイーツを食べたからか、この甘ったるささえもなんだか心地いい


口の中に濃厚に広がるクリームは、まるで夢を見せてくれているかのようだ
 
52: (新日本) 2020/05/19(火) 19:05:25.33 ID:YfP4UBDQ
曜「~♪」

千歌「……」ジーッ

曜「~♪」

千歌「……」ジーッ

曜「……千歌ちゃんも食べる?」

千歌「えっ!?いいのぉ!?」


そんな顔されちゃったらもう断れないよ


千歌「でも私、さっきジェラート食べてきたばっかりだから……」

曜「そんなこと気にしない気にしない♪ほら、あーん♪」

千歌「じゃ、じゃあ一口だけ、あーん……」

千歌「もぐもぐ……」

千歌「……!!?」

千歌「なにこれ!!すっごく美味しい!!甘くてふわふわでさいっこー!!」


そう言って千歌ちゃんは頬が緩みまくった顔を見せる。この笑顔を見られるのも幼馴染の特権の一つだ
 
53: (新日本) 2020/05/19(火) 19:07:17.76 ID:YfP4UBDQ
曜「うん、そうだね千歌ちゃん。私もうお腹いっぱいだから残りは千歌ちゃんにあげるよ」

千歌「……ほんとうにいいの?」

曜「うん、外出られないからあんまりエネルギー必要としないんだ」

千歌「じゃ、じゃあ、遠慮なく……」


パクッ


千歌「ん、んん~♪しあわせぇ~♪」


そんな顔をみせてもらえることも私の幸せの一部なんだよ、千歌ちゃん


千歌ちゃんは笑顔がころころと変わるところが良いところだと、昔から私は思ってた。こうやって隣にいてもらえるだけで楽しさを分けてもらえるから


だから、隣にこうしていてもらえるだけでいい。千歌ちゃんが作ったノートが、私に教えてくれた


曜「……」


だからずっと、ずっとずっと二人だけでいられたらいいのに
 
54: (新日本) 2020/05/19(火) 21:43:03.86 ID:YfP4UBDQ
曜「ふんっ……!!」


プルプル


曜「……」


試しに足に力を入れてみたけど、やっぱり少ししか持ち上がらない。この調子じゃ人並みに歩くなんて夢のまた夢だろう


千歌「曜ちゃん……やっぱり、だめ……なの……?」

曜「うん……だめみたい……あはは……」

千歌「そう、なんだ……」

千歌「……」

千歌「……リハビリの調子はどうなの?」

曜「うん、普通、かな……」


……別に嘘はついてない。普通にリハビリトレーニングのメニューはお医者さんに言われた通り毎日こなしているから


ただ……自分の足でまた歩けるようになりたいっていう願望は、正直に言うと……あんまりなかったりする


それは……
 
55: (新日本) 2020/05/19(火) 21:44:24.59 ID:YfP4UBDQ
曜「……」チラッ

千歌「……」


……もうやりたいことが、やるべきことがなくなってしまったから。私の中から


怪我をした時に真っ先に脳裏によぎったのは、Aqoursのことと飛び込みのこと


千歌ちゃんと二人で始めたAqoursってグループは私の中の一番の宝物だったんだけど……気づかないうちに壊されていた


……別に誰かを責めたいわけじゃない。ただ自分が幼かったから。千歌ちゃんと向き合ってこなかったから。ただそれだけのこと


それに飛び込みだって元をただせば千歌ちゃんに自分を見ていて欲しくて始めたもの……だからもう今は必要ない


だって今はもう


曜「……」ピラッ


このノートがあるから
 
56: (新日本) 2020/05/19(火) 21:45:45.35 ID:YfP4UBDQ
曜「……」ペラッ


ページももう半分くらい埋まってきた。それだけ私たち二人だけの思い出が増えたってことなのかもしれない。その事実が、私にはたまらなく嬉しい


曜「……」ニコッ

千歌「曜ちゃん……?」

曜「ううん、なんでもない」


だからもう、私に望むことなんて何もない。千歌ちゃんと二人でいられるなら、何を犠牲にしても構わない。本気でそう思えてくる


だから私は、リハビリは頑張らない


千歌「……あのね曜ちゃん!私ね!」

千歌「私は……!絶対良くなるって信じてるから……!!」

千歌「上手く言葉にはできないんだけど……信じてるから、曜ちゃんのこと……!!」

千歌「曜ちゃんなら奇跡も起こせるってこと……本気で……!!」

曜「……」

千歌「だから……だから……!!!!」

千歌「……一緒に頑張ろうね!!」

曜「……うん」


また一つ私は嘘をついた
 
57: (新日本) 2020/05/19(火) 21:48:56.16 ID:YfP4UBDQ
7月に入ってから二週間が経とうとした土曜日、千歌ちゃんは自転車で富士山の方向を目指していた


千歌『はぁ……はぁ……キツすぎるよ……これ……』キコキコ

曜「千歌ちゃん……頑張って!頑張って!あと少し!もう少しで……」

千歌『はぁ……うん!もう少し!!もう少しだよ!!ファイトー!!!』ギコギコ


なんでこんなことになっているのかといえば、これもまた私がノートにお願いしたからだ
 
58: (新日本) 2020/05/19(火) 21:50:54.75 ID:YfP4UBDQ
『遠くに行きたい』


千歌「遠く……遠くって、どこ?」

曜「うーん、わかんないけど……遠いとこ!できれば誰も知らないところがいいな!」


理由なんて特にないけど、無性にどこか遠くに、誰も知らないところに行きたかった。千歌ちゃんと二人で


千歌「誰も知らないところ……そんなとこ、あるのかなぁ……?」


私のはちゃめちゃなお願いにも、ちゃんと真剣に向き合ってくれる。こういうところがすごく千歌ちゃんらしい


千歌「……!!!」


千歌ちゃんは少し考えこんだ後、ぽん!と手を打った


千歌「そうだ曜ちゃん!私ね、行ってみたい場所があったんだ!」

曜「どこどこ、千歌ちゃん?」

千歌「ほら!ここ!」


そういってスマホの画面を私に差し出す
 
59: (新日本) 2020/05/19(火) 21:52:21.91 ID:YfP4UBDQ
曜「……欅平ファミリーキャンプ場?千歌ちゃん、キャンプ行きたいの?」

千歌「ううん、そういうわけじゃないよ。ただ富士山が綺麗に見えるってことで気になってたの」

曜「ふーん……」


確かに千歌ちゃんの見せるホームページには、見渡す限りの芝生と遠くに映える富士山の様子が映し出されている。私もその写真は、すごく幻想的だと思った


千歌「ほら、私たちってこんなに富士山の近くに住んでるけど、案外あっちの方って行ったことないでしょ?だからたまには海とは逆の方向を目指してみるっていうのも、いいかなって……」

曜「ま、まあ、確かに……」

千歌「曜ちゃんにとってはあんまり遠い場所、って感じもしないかもだけど、私は一度近くで見てみたいから……」

千歌「……だめ、かな?」

曜「ううん、千歌ちゃんが行きたい場所なら、私はどこでも嬉しいから。大丈夫だよ」
 
60: (新日本) 2020/05/19(火) 21:54:26.55 ID:YfP4UBDQ
千歌「じゃあ今度のお休みは二人で富士山を目指すよ!自転車で!」

曜「うん!……って、自転車で行くの!?」

千歌「だって普通に行ったってつまらないもん!」

曜「で、でも、それにはちょっとだけ離れすぎてるような……」

千歌「大丈夫だよ!曜ちゃんが手伝ってくれるならなんでもできるって、私、信じてるから!」

曜「千歌ちゃん……」

千歌「私と曜ちゃんで、誰もできないようなすっごいことをするの!それってとってもカッコイイことなんじゃないかな?」

曜「カッコイイ……」

曜「……うん!私もそう思う!」


私だって千歌ちゃんのこと信じてるから。千歌ちゃんと二人ならなんでもできるって、そう信じてるから


千歌「よーし!じゃあ今度の土曜日!曜ちゃんも、準備しといてね!」


こうして、私と千歌ちゃんの、二人だけの無謀な自転車旅がスタートした
 
61: (新日本) 2020/05/19(火) 21:56:39.69 ID:YfP4UBDQ
千歌『はぁ……はぁ……』キコキコ


千歌ちゃんは息を切らせながら長い長い坂を上っている。目の前にそびえ立つ大きな白い入道雲が、夏の暑さを残酷に語っていた


海街の沼津から富士山に向かう道はずっと上り坂なので、もう30分もただひたすら坂を上り続けてることになる


曜「千歌ちゃん……頑張れ!頑張れ!」


一方で部屋の中でお留守番の私にできることは、ただ画面をみつめることだけ。胸の前で手を組んで、ただ祈るように画面を見続ける


千歌『はぁ……はぁ……』ギシギシ


遠くからはけたたましいセミの鳴き声。千歌ちゃんの泣くような吐息とシンクロしながら、私の元に伝わって来てる


千歌ちゃんは本当に苦しそうで、息を吐くたびに私の胸がチクチクと痛む。
 
62: (新日本) 2020/05/19(火) 21:58:00.46 ID:YfP4UBDQ
曜「千歌ちゃん……」


千歌ちゃんがこんなに苦しそうにしてるのは、元をただせば私が無茶なお願いをノートに書いたことが原因なのであって……


その事実が、私には少しだけ苦しい。見てるこっちまで息が詰まりそうになる


千歌『はぁ……はぁ……』キコキコ

曜「……千歌ちゃん、大丈夫?苦しくない?少し休む?」

千歌『はぁ……休ま……ないっ!!!まだ!!まだ大丈夫だよ!はぁ……曜ちゃん!!』

曜「そう……で、でも!無理しないでね!つらくなったら、いつでも言ってね……!!」

千歌『うん……!!ありがとっ!!曜ちゃん!!私!まだまだ!だいじょう、ぶっ!!』ギコギコ

曜「千歌ちゃん……」


その横顔がずっとカッコよくて、いつも私の憧れだった
 
63: (新日本) 2020/05/19(火) 22:00:01.61 ID:YfP4UBDQ
千歌『ねえ……曜ちゃん!!はぁっ……聞いてっ!!』

曜「……?どうしたの、千歌ちゃん?」

千歌『私ね、今!苦しい!苦しいよ!!でも……でもね!!はぁ……それ以上に!!』

千歌『楽しい!!すっごく……楽しいの!!』

千歌『ねえ、曜ちゃん……この気持ち、伝わってる?私のこの気持ちが、この高鳴りが……この熱さが!!曜ちゃんに、届いてるといいな!ふぅ……!!』


私のスマホの画面に映し出されているのは、千歌ちゃんが見てるのとおんなじ景色。自転車に乗ってるときは自撮りが出来ないので、固定したカメラから前方を映し出すことしか出来ない


だから私は、今の千歌ちゃんの様子を見ることは出来ない。ただ、それでも……


……千歌ちゃんは今、すっごい笑顔で前を見てるんだろうなと、ただなんとなくそんなことを考えてしまった。根拠なんてないけど
 
64: (新日本) 2020/05/19(火) 22:02:16.98 ID:YfP4UBDQ
曜「千歌ちゃん……」

曜「……うん!私も楽しい!千歌ちゃんが感じてる楽しさが、まるでこっちまで伝わって来てるみたいだよ!」

千歌『ほんとう……?私の気持ち、曜ちゃんにちゃんと伝わってる?』キコキコ

曜「うん!もちろん!私もすっごく熱くなってくる!」


千歌ちゃんの汗が飛び散ったのか、いつの間にか送られてくる映像は少し曇りがかかっていた。


でも、それでも私には、千歌ちゃんが夏の強い日差しの下で、一生懸命に走る姿がありありと感じられる


汗まみれになりながら笑顔を弾けさせ、ただがむしゃらに突き進むその姿は、まるで清涼飲料のCMみたいだ


私はそんな千歌ちゃんを、ただひたすらにカッコイイと思う


曜「……ねえ千歌ちゃん、あのね、おかしな話だけど、私、今、千歌ちゃんの隣にいるみたいなんだ。こんなに離れているのに」

曜「千歌ちゃんの音が、息遣いが、心臓の鼓動とか胸の熱さとかが全部手にとるように想像できるから……まるで私も炎天下にいるみたい。千歌ちゃんと一緒に走ってるみたいだよ」


千歌ちゃんと一緒に無我夢中で砂浜を駆け回った、あの頃の日々を思い出す


千歌『うん、私も……!ずーっと曜ちゃんと一緒だよ!!』

曜「千歌ちゃん……」

千歌『よし!!もうひと踏ん張りだよ!!』
 
65: (新日本) 2020/05/19(火) 22:04:47.57 ID:YfP4UBDQ
千歌『ふぅ~……ついたー!!!』ゴロン

曜「千歌ちゃん……すごいよ千歌ちゃん……」

曜「ねえ千歌ちゃん!すごいよ!だって沼津からここまで一人で走ったんだよ!!暑い中!!これって誰にでも出来ることじゃないよきっと!!」

千歌『えへへ……そうかなぁ……』

千歌『でも、ありがと曜ちゃん……私、やりきったよ……』

曜「うん!おめでとう、千歌ちゃん……!!」

千歌『あ、そうだ曜ちゃん……』

曜「……?」


ガサガサ


千歌『よいしょ……これで見える?私のこと』

曜「うん、千歌ちゃんの顔がしっかり見えるよ」
 
66: (新日本) 2020/05/19(火) 22:06:58.38 ID:YfP4UBDQ
顔の上に汗がはじけ飛び、前髪は汗を吸い過ぎたのかすっかりぺたぺたっとしてしまっている。まるでシャワーを浴びた後みたいだ


でも、汗が太陽の光を受けてキラキラとした輝きを放っているその姿を、私はとても美しいと思った


千歌『えへへ~、良かった~』


もっと見ていたい。千歌ちゃんの顔を、もっと見ていたい


そしてこの映像を、胸に深く刻み込んでいたい


ゴロン


千歌『ふぅ~……風がすっごく気持ちいいよ……』


そう言って千歌ちゃんは芝の上に寝っ転がる。そよ…そよ…という風に草が揺れる音だけが辺りを包む
 
67: (新日本) 2020/05/19(火) 22:08:36.24 ID:YfP4UBDQ
私も一つの達成感に包まれながら、千歌ちゃんの横顔を見つめる。……別に私は何も成し遂げてないけど


ただの夏のワンシーン、それもどこにでもあるような日常の一幕なのに、千歌ちゃんが寝転ぶその様子は、千歌ちゃんの見つめるその景色は、私にはすごく印象的だった


やっぱり……やっぱり千歌ちゃんはすごい。私にはできないことを、私だけじゃ見えない景色を、軽々と見せてくれるから


千歌ちゃんは、本当にすごい


曜「……ねえ、千歌ちゃん?」


千歌『ん、なに、曜ちゃん?』


ありがとう、と伝えようと思ったけれどつい気恥しくなってしまい、照れ隠しに違う事を聞いてしまった


曜「……どうしてここに来たいって思ったの?」
 
68: (新日本) 2020/05/19(火) 22:11:33.24 ID:YfP4UBDQ
千歌『あ、ああ、それはね、曜ちゃんに富士山を近くで見せてあげたいってことと、私が一度来てみたかったってのもあるんだけど……』

曜「……けど?」

千歌『……私ね、夢だったんだ。こうやって曜ちゃんと二人だけの景色を追いかけるのが』

千歌『小さい時から曜ちゃんはいつも私の先を走ってて、私はいつも曜ちゃんに新しい世界を見せてもらってたから。曜ちゃんにずっとすっごく感謝してたんだけど、いつか曜ちゃんに、私の方から恩返ししたいなって……』

曜「……」


……そんなことない。小さい時からたくさん貰ってきたのは、こっちの方だ


千歌『それでね、曜ちゃんが怪我しちゃって、お外に出られなくなっちゃって……私ね、思ったの。今度は私が曜ちゃんに、世界、見せてあげる番なんだろうなって』

曜「千歌ちゃん……」

千歌『だから今日は私の見てる世界を曜ちゃんにも見て欲しいなって、こうやってカメラをセットして冒険しようって思って……新しい景色探しにここまで来たんだけど……』

千歌『……どうかな、曜ちゃん。新しい、私だけの景色、曜ちゃんに見せてあげられること、できたかな?』


千歌ちゃん……


曜「……」


……なんでだろ。こんな大切な場面なのに、言葉が溢れて出てこないや


ダメだな、私……やっぱり千歌ちゃんみたいには、カッコよくはなれないから


だから、一言だけ


曜「……千歌ちゃん?」

千歌『ん?なーに、曜ちゃん?』

曜「今日は本当にありがと。私、すっごく楽しかった」

千歌『えへへ~、良かった~』


そう言って千歌ちゃんは、可愛らしい笑顔をカメラに向けた
 
72: (新日本) 2020/05/20(水) 17:28:12.48 ID:/9P+ba7q
曜「……」ペラッ

曜「……」

曜「はぁ……」


リハビリ、やるか……


曜「……」ニギニギ


……やっぱり左足は思うように動かない


お医者さんに言われて、私は毎日手動で足を動かすようにしている。関節が完全に固まってしまうのを防ぐためらしい


別に痛くはなかった。足が棒になってしまったわけではないので、手で持って動かせば、ちゃんと動く。しんどかったけど、痛みはない


それに、なんとなくだけど、もう二度と自分の足で立つことはないんだろうな……という予感が、そんな感覚があった


だから、正直どうだっていいと思ってた


けど……
 
73: (新日本) 2020/05/20(水) 17:30:02.74 ID:/9P+ba7q
曜「……」スッ


私はスマホのアルバムを起動し、千歌ちゃんの写真を取り出した。この前の自転車旅の時の写真も、しっかりと大切な思い出フォルダにしまってある


写真の中では千歌ちゃんが満面の笑みを浮かべている。疲れていたのか笑顔は不格好だけど、私にとってはすっごく輝いて見えた


曜「千歌ちゃん……」


……千歌ちゃんの見せてくれた新しい景色。きっと千歌ちゃんだからこそたどり着けた場所なんだろうな


これからも千歌ちゃんはもっといろんなことに挑戦して、そのたびに大きな奇跡を実現していって、そうして大人になっていって……


……いつかは私の手の届かない場所に、行っちゃうのかな?


そうしたら、もう私のことなんて—
 
74: (新日本) 2020/05/20(水) 17:31:57.00 ID:/9P+ba7q
曜「……」フルフル


そんなわけ、そんなわけない。だって千歌ちゃんは幼馴染だもん。もう十何年も一緒に過ごしてきた仲だもん


それに千歌ちゃんは私に勇気をくれた。これに応えられなかったら幼馴染失格だ。友達だって名乗ることは出来ない


だから、だから私は、また自分の足で立たなくちゃいけない。千歌ちゃんに頼らず、自分で、自分の道を歩かなきゃいけない。


そうして千歌ちゃんと正面から向き合えるようになって、対等って認めてもらえるようになって、隣を歩いて、そうして私は、私は—


曜「……」

曜「ふんっ!!……」


プルプル


ピクピク


曜「はぁ……はぁ……」


なのに、なのに、どうして—


曜「……くそっ!」ドン!


—私の足は、動かないの?
 
75: (新日本) 2020/05/20(水) 17:34:09.75 ID:/9P+ba7q
『学校に行きたい』


千歌「曜ちゃん……学校来てくれるの……?」

曜「うん。また元の生活……普通の生活が出来るようになったら、だけどね」

曜「でも……その前に、今の学校がどんな感じになってるのか、ちょっとだけ気になるから、見ておきたいっていうか……」

千歌「曜ちゃん……」


ギュッ


千歌「曜ちゃん……私、嬉しい」

千歌「私もね、曜ちゃんとまたいつも通りの学校に行って、いつも通りおしゃべりして、いつも通りまた明日ねって言うの、ずっと楽しみで……またあんな風な時間を過ごせたらなってずっと思ってて……」

曜「千歌ちゃん……」

千歌「もちろん、曜ちゃんが学校来られないのわかってたけど、いっぱい問題起っちゃうんじゃないかってことは、わかってたんだけど……でも、それでも私、曜ちゃんに来て欲しくて……」
 
76: (新日本) 2020/05/20(水) 17:43:44.99 ID:/9P+ba7q
曜「……」

……千歌ちゃんの腕の中は、とても暖かい。この暖かさも昔からの私だけの特権の一つ


でも……いつかは、いつかは私が、千歌ちゃんを照らし返せるようにならなきゃ、なんだよね


そんなこと、ずっとわかってたはずなのに


千歌「……曜ちゃん?」

曜「……ううん、なんでもないよ」

曜「それでね、私、久々の学校ってちょっと不安だから、みんな私のことどんな風に思ってるんだろうって、ちょっとだけだけど、不安だから……千歌ちゃんに学校の様子、教えて欲しいんだ」

曜「お願い……出来るかな?」

千歌「うん!もちろん!私、曜ちゃんが学校来られるようになるためだったら、なんでもやるから!だから私に任せてよ!」
 
77: (新日本) 2020/05/20(水) 17:46:56.60 ID:/9P+ba7q
千歌『え~っと……こんな感じかな?』


背景にはいつもの坂。海の向こうからは富士山が覗いている


千歌『……あ、学校こっち側か』


千歌ちゃんは一人でぶつぶつと話しながら、カメラをくるくると回した。どうやら周辺の様子も私に見せてくれるつもりらしい


遠くに見えるのは古びた校舎。コンクリート造の上に塗装が所々剥がれかけたその様子は、私が元気に通ってた頃と何も変わってない。


まあ一ヶ月程度で校舎が急変してしまったらそれはそれでおかしな話なんだけど、変わらずにそこにあり続けているというその事実が、私をとても安心させてくれた


曜「……ありがと千歌ちゃん。すっごくわかりやすいよ」

千歌『でっしょー!!私だって研究してるんだからね!えっへん!』

梨子『あ!千歌ちゃん、おはよう……それは?』
 
78: (新日本) 2020/05/20(水) 17:48:27.52 ID:/9P+ba7q
画面の外から梨子ちゃんの声が聞こえた。どうやら今朝は別々に登校してたみたいだ


千歌『あ、これはね、曜ちゃんと今電話繋がってるんだよ!これで曜ちゃんも一緒に授業受けてるみたいだねって!』

梨子『ふーん……じゃあ私の声も曜ちゃんに届いてるのかな?曜ちゃん、聞こえてる?』

曜「うん、ばっちり聞こえてる。久しぶりだね、梨子ちゃん」

梨子『ええ、おはよう。曜ちゃん……もしかしてこれ、ビデオ通話なの?』

千歌『うん!そうだよ!』


梨子ちゃんは千歌ちゃんのスマホの前に立って、胸の前で小さく手を振ってくれた。私の姿があっちに見えているかはわからないけど、それに合わせて私も手を振り返す


梨子『……そういえば千歌ちゃん、今日、日直じゃなかった?』
 
79: (新日本) 2020/05/20(水) 17:50:01.35 ID:/9P+ba7q
千歌『へ?日直?』

梨子『もう!昨日言ったじゃない!明日、日直だから忘れないでねって!』

千歌『……うぇぇぇ!!?そ、そうだった!やば!完全に忘れてたよ!!どどどどうしよ!!?』

梨子『まだ十五分になる手前だし、走れば間に合うんじゃない?』

千歌『うん!ありがと梨子ちゃん!ちょっと行ってくるね!』

千歌『……あ!そうだ!曜ちゃんのこと梨子ちゃんに任せるから!私が帰ってくるまでお願いね!』


そう言って千歌ちゃんは自分のスマホを梨子ちゃんに預けて走り去っていった


梨子『ええ~!?ま、任せるって、どういうこと!?』


タタタタタッ


梨子『……もう、相変わらずそそっかしいんだから』

曜「ははは……ほんとだね……」
 
80: (新日本) 2020/05/20(水) 17:51:09.03 ID:/9P+ba7q
梨子『……』

曜「……」

梨子『……曜ちゃん、体の調子は大丈夫なの?』

曜「うん。まだちょっと足が言う事きかないけど、問題ないかな」


……その足が動かないってことが一番の問題なんだけどね


梨子『そう……』

梨子『……』

梨子『……で、でもね!曜ちゃんならきっと、どんな困難でも、全部乗り越えられるって思ってるから!』

梨子『私だって、応援してるから……』

曜「うん。全部わかってるよ。ありがと、梨子ちゃん」
 
81: (新日本) 2020/05/20(水) 17:54:38.34 ID:/9P+ba7q
曜「それより、学校は最近どんな感じなの?最近の千歌ちゃんの様子とか、教えて欲しいなって……」

梨子『そうね……千歌ちゃんは相変わらずよ。さっきだって日直のこと忘れてたくらいだし、小テストの点数もギリギリだし、授業中だって、上の空のことが多いかも……』

曜「そ、そうなんだ……」

梨子『……あ!最近と言えばね!聞いて曜ちゃん!この前の七夕の日にみんなで屋上で星空観察会したんだけどね……』


……聞いてない、そんな行事


梨子『一年に一度の七夕の日だからみんなで短冊にお願い事書いて……あ、あと果南ちゃんが家から望遠鏡持ってきてくれて、すっごく本格的なやつでもうびっくりしちゃって……』

曜「ねえ、いつ決まったの?その行事」

梨子『え、えっとね……確か鞠莉ちゃんが前日に急に思いついて、ダイヤさんがなんとか頑張ってくれて、それで……』

曜「……そう」


……じゃあ私が今まで知らなかった、っていうのも仕方ないことなんだろうね
 
82: (新日本) 2020/05/20(水) 17:57:43.52 ID:/9P+ba7q
今年の私の七夕は、いつもとは違い自室で過ごすことになった。部屋の中からでもちゃんと天の川は見ることが出来て、ノートにお願いごとを書きながらただ眺めていたのを覚えている。窓の外からは澄んだ星空が見えていて、息をのむくらい感動した


でも……みんなと、千歌ちゃんと過ごす七夕は、私にはない夏だった。今年の千歌ちゃんの夏の一ページには、多分私の名前はない


もちろん私にだって、千歌ちゃんと一緒の七夕の経験なんてたくさんあるし、小さいころは毎年のように千歌ちゃんと果南ちゃんの三人で過ごしてきたから、千歌ちゃんにとっては何も特別なことじゃないのかもしれない。私なんてその程度の存在なのかもしれない


でも、高校二年生の夏は、今この瞬間、今しか感じることのできない、一瞬だから


すごく、羨ましい


曜「……」

梨子『……曜ちゃん、どうかしたの?』

曜「え、あ、うん。大丈夫だよ」


千歌ちゃんは今年はどんな願い事をしたんだろう


何の脈絡もなく、そんなことを茫然と考えてしまった
 
83: (新日本) 2020/05/20(水) 18:01:03.79 ID:/9P+ba7q
先生『三角関数の加法定理をこのように式変形することで、積和の公式と和積の公式の二つが導ける。この公式はサインの場合とコサインの場合の二通りがあるから……』

曜「……」カキカキ


人生で初めてのリモート授業。私は一応板書をとっている。意味があるかはわかんないけど


もちろん授業のノートはようちかノートではなく、別の専用のノートを使っている。千歌ちゃんとの大切な思い出を汚すわけにはいかない


先生『……これらの公式は本当に大切なので、出来れば覚える、もしくは導出の方法だけでも暗記しておくように』


……千歌ちゃんの頭の中は今はてなマークでいっぱいなんだろうな


小学校の時から、千歌ちゃんの様子を確認するっていうのが、私の授業中のひそかな楽しみの一つだった


千歌ちゃんの考えてることはすっごくわかりやすい。楽しいことを考えている時には頭のてっぺんの髪の毛がぴょこぴょこ跳ねるし、眠そうにしているときはゆらゆらと揺れている。まるで猫のしっぽみたいだ


だから私は、千歌ちゃんの感情はけっこうわかっている方だと自負している。自慢じゃないけど
 
84: (新日本) 2020/05/20(水) 18:02:18.82 ID:/9P+ba7q
千歌『すぅ……むにゃ……』


画面の端からは千歌ちゃんの眠そうな声が微かに聞こえてくる。どうやら私の予感は的中したみたい


曜「千歌ちゃん……千歌ちゃん……起きて……!!」


……私が小さな声で話しかけても全然反応がない。


私からの音声はオフにしてるのかな……?まああっちは授業中だし、うるさくしたら迷惑だもんね


曜「千歌ちゃん!……千歌ちゃん!」

千歌『むにゃ………がくっ!』


バタン!!


曜「千歌ちゃん!!?」
 
85: (新日本) 2020/05/20(水) 18:04:03.44 ID:/9P+ba7q
千歌ちゃんの体が思いっきり倒れたのに合わせて、スマホの角度も切り替わる。今まで黒板を映していた画面に代わりに映し出されたのは、千歌ちゃんの幸せそうな寝顔


曜「……」

曜「千歌ちゃん……」

千歌『むにゃ……すぴ……えへへ……』


……千歌ちゃんの寝顔をここまでアップで見たのは初めてだ。天使みたいな横顔に、思わず釘付けになってしまった


でも……起こさなきゃだよね。千歌ちゃんが先生にお説教されちゃう姿は、私は見たくない


曜「千歌ちゃん!千歌ちゃん!」ユサユサ

千歌『えへへ……むにゃ……』

曜「千歌ちゃん!千歌ちゃんってば!起きて!」


私の声は部屋の中でこだまするだけ。全然届きそうな気配がない


曜「千歌ちゃん!千歌ちゃん!」


届け!私の声!届いてよ!!


曜「千歌ちゃん!千歌ちゃん……!!」
 
86: (新日本) 2020/05/20(水) 18:06:01.45 ID:/9P+ba7q
トントン


梨子『千歌ちゃん、ほら、起きて?授業中だよ?』ヒソヒソ

千歌『りこちゃ……あ!ごめん!私、つい……』

梨子『もう……もうすぐ期末テストなんだから、ちゃんと聞いてなきゃだめだよ?』

千歌『はーい……ありがと、梨子ちゃん』

梨子『ううん、これくらい平気よ』

曜「……」


……梨子ちゃんの声はちゃんと届いたんだね、千歌ちゃんに


別に深い理由なんてないんだろうけど。ただ近くにいるかいないかってだけだろうけど


曜「……」

曜「はぁ……」


授業にも退屈になったので、私はベッドに寝っ転がり、真っ白な天井を見上げる


曜「……」


……千歌ちゃんの隣を歩いて行くのは、もう梨子ちゃんの役目になっちゃったのかな?


こうやって千歌ちゃんには私のいない思い出がたくさん増えて……


……いつか私の名前は、その中から、抜け落ちていくのかな?


そんな不安が、頭にこびりついて離れない
 
89: (新日本) 2020/05/20(水) 21:14:16.95 ID:/9P+ba7q
曜「よいしょ……」

曜「ん、んんっ……!!」


プルプル


手すりにつかまって立ってみる。右足はだいぶ力が入るようになってきたので、ぷるぷると立つことは出来るようになった。それでも片足立ちにはまだ遠いけど


でも……いつまでたっても歩くことは出来るようにはならなかった


曜「はぁっ……くそっ!!!」


これじゃあ千歌ちゃんのそばに行くことが出来ない。ただ千歌ちゃんが離れていくのを、いつか千歌ちゃんがどこかに行ってしまうのを、ただ指をくわえて眺めているだけ


そんな日々からはもうお別れする。そう心に堅く誓ったのに


なのに


私の人生は、いつも思い通りには進まない
 
90: (新日本) 2020/05/20(水) 21:15:34.36 ID:/9P+ba7q
曜「くそっ……!!!くそっ!どうして!……どうして!!」


どうして私だけがこんな思いをしなきゃいけないんだろう。どうして私から全てを奪うんだろう。足も、大切な千歌ちゃんすらも


どうして……どうして……!!


曜「ひくっ……ひくっ……」


……だめだ。心の弱さを許してしまうとすぐに涙が溢れてくる。こんなみっともない姿は、千歌ちゃんには見せることなんて出来ない


でも、でも……


……あのノートになら


あのノートならきっと、不安も、焦りも、欲求も、願望も、祈りさえも叶えてくれるって信じてるから。だってあれは千歌ちゃんが私にくれた、私だけの魔法のノートだから
 
91: (新日本) 2020/05/20(水) 21:17:01.38 ID:/9P+ba7q
曜「ぐすっ……ぐすっ……」


………


……ねえ千歌ちゃん、私たちってこれからどうなるんだろう?大人になるってどういう事なのかな?いつかは二人、別々の道に進ってことなのかな?


………


……ねえ千歌ちゃん、私は……私はこれからどうなっちゃうのかな?ちゃんと大人に、なれるのかな?


千歌ちゃんの進む未来に、私はそこに、ちゃんといますか……?


曜「ひぐっ……ちか、ちゃぁ……」


お願い……お願いだから……


このお願いだけは、せめて最後に……


………



 
92: (新日本) 2020/05/20(水) 21:18:37.86 ID:/9P+ba7q
プルルッ
プルプルプルッ


ガチャッ


千歌『あ、もしもし曜ちゃん?どうしたの?こんな夜中に』

曜「ごめんね千歌ちゃん、今大丈夫?」

千歌『ううん、大丈夫だよ。どしたの?』

曜「ちょっと急に寂しくなっちゃって、千歌ちゃんの声が聞きたくなっちゃったの。ごめんね急に」

千歌『い、いや、曜ちゃんが話したいなら、私はいいんだけど……』

曜「……うん」

千歌『……曜ちゃん?』

曜「……あのね、千歌ちゃん」

千歌『うん……』

曜「……私ね、千歌ちゃんの声聞いてると、安心できるんだ」

曜「だからね……」

曜「しばらく、お話していて欲しい……」

千歌『うん、いいよ』


………



 
93: (新日本) 2020/05/20(水) 21:19:35.12 ID:/9P+ba7q
それから私と千歌ちゃんはたくさんのお話をした


幼稚園のころの話、小学校のころの武勇伝、中学校のときの思い出


その一つ一つが私にとっての輝きで……千歌ちゃんが覚えてくれてるっていうだけでも、私はとっても安心できた


だって過去は変えられないから。記憶として私の中に深く残ってるから。全部全部紛れもない事実なんだから


曜「……ねえ、千歌ちゃん」

曜「……」

曜「……Aqours、楽しい?」

千歌『……どうしたの、急に?』

曜「いや、ちょっと聞いてみたくなっただけ」

千歌『……』

千歌『……うん、楽しいよ、すっごく』
 
94: (新日本) 2020/05/20(水) 21:21:05.15 ID:/9P+ba7q
曜「……」

曜「……そっか」

千歌『うん。私ね、浦の星に通えてよかったなって、心から思ってる』

曜「……」

曜「……そっか」

千歌『うん……』

曜「……」

曜「……ねえ千歌ちゃん、あのね」

千歌『なーに、曜ちゃん?』

曜「……」

曜「私たちって、これから……」


………


……いくら千歌ちゃんでも、未来のことはわかんないよね。さすがに


千歌『……曜ちゃん?』

曜「……」

曜「……ううん、やっぱりいいや、なんでもない」
 
95: (新日本) 2020/05/20(水) 21:22:39.32 ID:/9P+ba7q
曜「ありがとね千歌ちゃん、今まで。私ね、千歌ちゃんには心から感謝してるの。感謝してもしきれないくらい」

千歌『……曜ちゃん?どういう意味なの?』

曜「ううん、言いたくなったから言ってみただけ」

千歌『そう、なんだ……』

曜「うん……」

千歌『……曜ちゃん?私ね、曜ちゃんの気持ちに向き合っていたいの!だから何か不安が—

曜「ごめんね千歌ちゃん。ありがと。だいぶ落ち着いた。今日はもう切るね?」

千歌『あ!曜ちゃん!待って!』


ピッ


曜「……」


……ごめんね千歌ちゃん。やっぱり酷だと思うんだ


私の未来を、現状を、失敗を、全て千歌ちゃんに押し付けてしまうのは


だからこれが、今の私に出来る、最大の贖罪
 
96: (新日本) 2020/05/20(水) 21:24:54.36 ID:/9P+ba7q
ガチャン!


千歌「曜ちゃん!今日も来たよ!」

千歌「……ってあれ?曜ちゃん?」

曜「すぅ……すぅ……」

千歌「……って寝てるし」

千歌「……」


ギィーッ


千歌「……」ポンポン

千歌「……?」チラッ

千歌「……」


ピラッ


千歌「ノート……すごい……こんなになるまで、使い込んでくれたんだ……嬉しい……」
 
97: (新日本) 2020/05/20(水) 21:26:06.52 ID:/9P+ba7q
千歌「……」


ペラッ


千歌「……あっ、これ、この前カラオケ行った日のことだ」

千歌「……」ペラッ

千歌「……?」


ペラッ


千歌「……」


ペラッ


千歌「……」

千歌「曜、ちゃん……」
 
98: (新日本) 2020/05/20(水) 21:27:55.99 ID:/9P+ba7q
曜「ん、んん~……!!」

曜「……」


……今日は少し長く眠ってしまった。昨日の夜は色々考えこんでたから、あんまり眠れていない


曜「……」ボーッ

曜「……あれ?千歌ちゃん?」


部屋の配置が微妙に変わっている。私の部屋に誰か来たってことは……千歌ちゃんなのかな?……期待を込めて、そう推測してみる


曜「千歌ちゃん!ちかちゃーん!」

曜「……もう帰っちゃったのかな?」

曜「ま、いっか……」
 
99: (新日本) 2020/05/20(水) 21:28:57.47 ID:/9P+ba7q
曜「……」

曜「……あ、そういえばノートにこの前の学校のこと、書いとかなきゃ」

曜「ノート……ノート……」

曜「……あった」

曜「……?」


なんでベッドの下に落ちてたんだろ?寝てるときに当たっちゃったのかな?どんだけ寝相悪いんだろ、私


でも変わらずにノートが手元にあることに、安堵感を覚える。だってこの日々は幻想じゃないってことだから


曜「……」カキカキ


いつも通り、気持ちは全てノートにぶつけることにした。この祈りさえも、叶えるために
 
100: (新日本) 2020/05/20(水) 21:30:19.17 ID:/9P+ba7q
夏休みを目前に控えた日曜日、私は千歌ちゃんに誘われた


曜「一緒にお出かけ?」

千歌「そう!ねえ、たまにはいいでしょ?電話じゃなくて!一緒に二人でお出かけするの!」

曜「で、でも、私、歩けないし……」

千歌「大丈夫!さっき病院行って車いす借りてきたから!それにお医者さんの許可だってちゃんと取ってあるよ!」


い、いつの間に……


今までも外に出るなとは言われてないから、車いすを使えば外出できないことはなかったんだけど……それには踏ん切りがつかなかった。いつだって私は臆病だったから


それに車いすを押してくれる人もいなかったし
 
101: (新日本) 2020/05/20(水) 21:31:22.50 ID:/9P+ba7q
千歌「私が曜ちゃんのこと精一杯サポートするから!絶対に大丈夫だよ!絶対!絶対だよ!」

曜「……外に行くって、どこに行くの?」

千歌「それは……」

千歌「……」

千歌「……内緒。私ね、曜ちゃんに見せたいものあるんだ」

曜「ふーん……」


……サプライズってことなのかな?


曜「うん、わかった。私もそろそろ外に行きたいなって思ってたから。今回は千歌ちゃんにサポートされてみることにする」

千歌「うん!私に任せて!」
 
102: (新日本) 2020/05/20(水) 21:33:12.48 ID:/9P+ba7q
ピカッ!!


曜「うわっ、まぶしい……」


刺すような太陽光に、思わず目を細めてしまう。目を背けてしまいたくなる


……外ってこんなに明るかったんだ


千歌「曜ちゃん、大丈夫?日傘さそっか?」

曜「……ううん、大丈夫。私だって元水泳選手で、日焼けには慣れてる方だから」

千歌「でも、曜ちゃんの透明なお肌傷ついちゃうし……だから代わりに、ほら!」


ペタッ


曜「きゃっ!冷たい!千歌ちゃん……!!」


このぬめぬめ感は……日焼け止めクリーム?


千歌「曜ちゃん、我慢してね~、急に紫外線に当たると健康にも悪いって、梨子ちゃんも言ってたから~」ペタペタ

曜「えっ!?千歌ちゃん!?そ、それくらい、私一人でもできるからっ!!」

千歌「えへへ~、今日は私が曜ちゃんのお世話係だからね~♪」

曜「ええっ!?関係ないでしょ!!これは!!」


でもなんだか、悪い気はしないというのが本音だった
 
103: (新日本) 2020/05/20(水) 21:34:58.51 ID:/9P+ba7q
曜「それで、どこに向かってるの?」キコキコ

千歌「とりあえず、内浦!」

曜「内浦……」


……三週間ぶりかな?


千歌「あっ!曜ちゃん、バス来たよ!乗らなきゃ!」

曜「ええっ!?で、でも、車いすじゃ、迷惑なんじゃ……」

千歌「ううん、そんなことないよ!だって運転手さんも優しいから!」
 
104: (新日本) 2020/05/20(水) 21:36:26.14 ID:/9P+ba7q
プシュー


運転手「お嬢さんたち、乗るのかい?」

千歌「はい!乗ります!」

運転手「そうかい……ちょっと待ってな」

曜「……?」

運転手「……スロープがあれば、大丈夫かい?」

曜「え?あ、はい……ありがとう、ございます……」

運転手「それで、どこまで行く?」

千歌「浦の星女学院前までお願いします!」

運転手「はいよ。バス揺れるから、しっかり捕まっときな。あとタイヤにはロックかけとくんだよ」

千歌「はい!ありがとうございます!」

曜「あ、ありがとう、ございます……」
 
105: (新日本) 2020/05/20(水) 21:37:49.29 ID:/9P+ba7q
プシュー


千歌「ふぅ……とりあえずここまでは来れた、と……」

曜「……にしてもビックリだよ。まさかあそこまで優しくしてもらえるなんて」

千歌「そうかな~、普通だと思うよ~、曜ちゃんと学校来てたときだって、優しかったじゃん!みんな!」

曜「……」


……そう、だったのかな?あんまり覚えてないや


千歌「よし!ここからが本番だよ!」

曜「ま、まさか、千歌ちゃん……!?」

千歌「うん!もちろん!曜ちゃん行くよ!」

曜「ええっ!?も、もしかして……」


………



 
106: (新日本) 2020/05/20(水) 21:39:35.08 ID:/9P+ba7q
千歌「ふぅ……ついた~!!」

曜「ち、千歌ちゃん、わざわざ私のために、坂道まで押してくれるなんて……」

千歌「いいのいいの!私から誘ったお出かけなんだから!」

曜「そ、それで、私と来たかった場所って……」

千歌「うん、ここだよ。浦の星」

曜「千歌ちゃん……」

千歌「あ、でもちょっとだけ違うかな?曜ちゃんに見せたいのは、ここじゃないから」

千歌「だから曜ちゃん、もう少しだけ頑張れる?」
 
107: (新日本) 2020/05/20(水) 21:41:07.36 ID:/9P+ba7q
ウィーン


浦の星についてるエレベータを使って、私たちは屋上を目指す


エレベーターは屋上までは繋がってないみたいだったから、階段を昇ることを覚悟してたんだけど……その心配は杞憂に終わった


鞠莉ちゃんが私が復学したときのことを考えて、わざわざ簡易的な階段昇降機を用意してくれてたみたい


……別にそこまでしてくれても良かったのに


曜「……」

曜「屋上……」


見慣れた光景のはずなのに、ずいぶん新鮮に見える


私たちの屋上。たくさん練習した屋上


思い出の屋上。千歌ちゃんと過ごした屋上


私のあたりまえの日常があった場所


曜「懐かしい、な……」
 
108: (新日本) 2020/05/20(水) 21:42:24.85 ID:/9P+ba7q
カツカツ


千歌「……ねえ曜ちゃん」

千歌「私ね、曜ちゃんに言おうと思ってたこと、あるんだ」


カツカツ


曜「……千歌ちゃん?」

千歌「……聞いて曜ちゃん」

千歌「ここで……私たちの屋上でしか、できない話なの」

曜「うん……」

千歌「……あのね」

曜「……うん」

千歌「……」

千歌「……私、見ちゃったんだ。曜ちゃんのノート」
 
109: (新日本) 2020/05/20(水) 21:44:25.45 ID:/9P+ba7q
曜「ノートって……」

千歌「……うん。ようちかノート」

曜「……え?」

千歌「ごめんね曜ちゃん、悪気はなかったけど、つい読んじゃった」

曜「そう……」

千歌「……それと、もうひとつごめん。私、曜ちゃんの気持ち、気づいてあげられなかった」

千歌「そうだよね。いきなり足、動かなくなるんだもん。不安じゃないわけ、ないよ」

曜「不安……」

千歌「誰かの助けが必要で、自分の未来もわかんなくて、それでも生き続けなきゃいけないんだもん。苦しくないわけ、ないよね」

曜「……」

曜「未来……」

千歌「……ごめんね曜ちゃん、私、知らないうちに、曜ちゃんのこと、苦しめちゃってたみたい」
 
110: (新日本) 2020/05/20(水) 21:46:19.59 ID:/9P+ba7q
スタスタ


曜「千歌ちゃん……?何、してる、の……?」


そう言って少しずつ千歌ちゃんは屋上の奥の方に歩いていく。私から離れて、遠くの方に


曜「……」


千歌ちゃんは何を言ってるんだろう……?


千歌ちゃんが私を苦しめたことなんて今までにない。一度も。そういう風に考えたことは絶対にない


だから、あのノートには、そんなことなんて、書いて……


曜「……!!!」


もしかして、もしかして!



『私の未来が知りたい。自分がこの先どうなるか知りたい』
 
111: (新日本) 2020/05/20(水) 21:47:55.26 ID:/9P+ba7q
千歌「私ね、曜ちゃんがもし元の生活を、私と同じような生活が出来たらなって、ずっとそのことばっか考えてたの。でもそれじゃ、今の曜ちゃんのこと、全く、考えてないよね」

千歌「だから幼馴染、失格なんだ」

曜「ちがっ……!!そんな、こと……」


そうだ!願ったのは私だ!生きたいって叫んだのは、私なんだ!


ぜったいに!千歌ちゃんのせいなんかじゃない!苦しんでなんかない!千歌ちゃんに苦しめられてなんかない!だって!千歌ちゃんがいてくれたから!私!今日まで生きて!


千歌「……だからね、私、曜ちゃんの未来になることにしたんだ。私が曜ちゃんの進む道、教えてあげるの」

曜「千歌ちゃん!!何言ってるの?そっち!あぶ、な……」


スタッ


フワッ


千歌「……ねえ曜ちゃん、私も高いところから落っこちたら、足、動かなくなっちゃうのかな?」
 
112: (新日本) 2020/05/20(水) 21:49:52.60 ID:/9P+ba7q
千歌「これでようやく曜ちゃんとおんなじに、なれるのかな?」

曜「千歌ちゃん!やめてよ!そんなことして欲しいなんて言ってない!」


私はそんなお願いなんかのために、あのノートなんて使ってない!!


千歌「ううん、いいの。これが私の使命だから。私は曜ちゃんの希望にならないといけないんだよ?」

千歌「それしか私にできること、ないんだもん」

曜「千歌ちゃん!そっち……あぶないよ!!!」


いや!!それだけはいや!!千歌ちゃんだけはだめだから!!お願い!!


千歌「……」


ヒュォォ…


曜「千歌ちゃん!!千歌ちゃん!やめて!やめてよ!!お願いだから!!」


私は渾身の力で呼びかける。それでも声は届かない。こんなに近くにいるのに、いつだって言葉は私たちを裏切る


だから!私に出来ることは!!もう!!
 
113: (新日本) 2020/05/20(水) 21:51:04.57 ID:/9P+ba7q
曜「ううっ!!ちか、ちゃん……!!!」


バタン!!


曜「はぁ……ちか、ちゃん……!!ま、って……!!」

曜「おね、がい……!!!!」


届け……届け!!!!あと少し!手、伸ばして!!


千歌「うそ、曜ちゃん……足……うわぁぁぁ!!!?」


バサッ!!


曜「えっ!?千歌ちゃん……!!?わっ!!」


ドサッ!!


曜「待って、千歌、ちゃん……!!」


………



 
114: (新日本) 2020/05/20(水) 22:35:21.74 ID:/9P+ba7q
曜「……」


パチッ


ここは……知らない天井……いや、少し懐かしい天井だ……


この無機質な白色には見覚えがある。でも……もう入院は終わって、家に戻れたはずなのに


なのに……どうして逆戻りなんだろ?


もしかして……


梨子「あっ!曜ちゃん!曜ちゃん!!」

梨子「曜ちゃん!!」ダキッ

曜「梨子ちゃん……」

曜「……」

梨子「もう!曜ちゃん!心配したんだよ!!」


心配……?


曜「……千歌ちゃん!!!」
 
115: (新日本) 2020/05/20(水) 22:36:41.00 ID:/9P+ba7q
曜「千歌ちゃん!千歌ちゃん!!ねえ!千歌ちゃんが大変なの!!千歌ちゃんが……!!千歌ちゃんが!」

梨子「曜ちゃん落ち着いて!千歌ちゃんは大丈夫だから!」

曜「大丈夫って何が!!とにかく千歌ちゃんが大変なんだよ!今すぐ……」

梨子「曜ちゃん!千歌ちゃんなら大丈夫よ!ちゃんと生きてるし、怪我だってしてない!だから……!!」ギュッ

曜「……ほんとに?」

梨子「ええ、ほんとうよ」

曜「ねえ!千歌ちゃんはどこにいるの?まさか同じ病院に……?」

梨子「ううん、今はダイヤさんや果南ちゃんと一緒にいると思う。千歌ちゃん、無茶なことしちゃったみたいで、三年生、すっごく怒ってて……」

曜「……そう、なんだ」
 
116: (新日本) 2020/05/20(水) 22:37:49.88 ID:/9P+ba7q
それから梨子ちゃんは、あの後の出来事を教えてくれた


梨子「あの日はね、校舎のバリアフリー化に向けてね、鞠莉ちゃんが学校で準備してて……鞠莉ちゃんが偶然、屋上の曜ちゃんの声聞こえたみたいで、急いで行ったら曜ちゃんが倒れてて……」

梨子「そこからもうみんな大パニックよ。千歌ちゃんが木に引っかかってたんだもん。それに曜ちゃんも、気を失っちゃってたみたいだから……」

梨子「千歌ちゃんの方は擦り傷だけで済んだっていうのが、不幸中の幸いだったっていうか……」

曜「……うん、そうだったんだ。良かった」

梨子「それで曜ちゃんがもしもこのまま意識戻らなかったらどうしようって、私、そのことだけが心配で……」

曜「……ねえ千歌ちゃんは?千歌ちゃんはどこにいるの?千歌ちゃんには会えないの?」

梨子「曜ちゃん落ち着いて。今は曜ちゃんのことが優先よ。まずは一応検査しないと、ね?」

曜「あ、うん……」
 
117: (新日本) 2020/05/20(水) 22:39:02.98 ID:/9P+ba7q
医者「体の方にも目立った外傷は見受けられませんし、CTの方でも異常は……変化は見られないようです。問題ありません」

医者「ですので、明日にでも退院できると思いますよ」

曜「はい……ありがとうございます……」

医者「では私はこの辺で。何かあったらナースコールで知らせて下さいね」

曜「……わかりました」


ガラガラッ


お医者さんはそう言い残して私の個室を去っていった


曜「……」


窓に映るのは、あの日と同じ鉛色の雲。初めて足が動かせず、絶望した日々を思い出した


でも私はあの日の私じゃない。私はもう克服できた。ノートが私を変えてくれたから


曜「……」

曜「千歌ちゃん……」
 
118: (新日本) 2020/05/20(水) 22:40:24.48 ID:/9P+ba7q
あの日、二人で屋上に行った日、千歌ちゃんは確かに空の向こうへと飛んで行った


その映像はとても印象的で、背景の青空へと飛び込んでいくその姿は、今でも脳裏を離れない


それだけあの時の千歌ちゃんはとっても綺麗で……千歌ちゃんがあそこまで私に尽くしてくれていることを、嬉しく思っている自分がいたのかもしれない


曜「……」


でも、やっぱりそれでも


私は千歌ちゃんには、こんな思いはして欲しくない


千歌ちゃんだけは幸せになって欲しい。これが私の一番のお願いだから


曜「……」


足を……いや、何かを失うことがどれだけ苦しいことなのかは私が一番わかってるはずで、きっと千歌ちゃんだってわかっていると思ってた。だってずっとそばにいてくれてた人だったから


だから本当に、千歌ちゃんの気持ちが、わからなくなってしまう


曜「……」

曜「どうして……どうしてなんだろ……」


あれから壊れた頭で精一杯考えたが、千歌ちゃんの行動のその意味は、結局わからないままだった
 
119: (新日本) 2020/05/20(水) 22:41:43.35 ID:/9P+ba7q
ガラガラッ


曜「……?」

ダイヤ「ほら、千歌さん?」

千歌「……」

曜「千歌、ちゃん……」

千歌「……おはよ、曜ちゃん」

曜「うん、おはよう……」

千歌「……」

果南「……ねえ千歌、ほら、曜に言わなきゃいけないことあるんじゃないの?」

千歌「……」

ダイヤ「大丈夫ですわ、千歌さん。きっと伝わります」

千歌「……うん」

曜「……」

千歌「……ねえ曜ちゃん、あのね」

千歌「ごめんなさい」


ペコリ
 
120: (新日本) 2020/05/20(水) 22:43:49.54 ID:/9P+ba7q
曜「……うん」

千歌「曜ちゃんに心配かけちゃって、迷惑かけちゃって、ほんとうにごめんなさい」

曜「……」

曜「……うん、私ね、すっごく心配だった。千歌ちゃんのこと」

曜「だって千歌ちゃん、死んじゃうかもしれなかったんだもん。命は助かっても、怪我しちゃうかもしれない。千歌ちゃんがそんな目に遭うのは嫌なんだ、私が」

千歌「……」


本当の気持ちを探していくみたいに、私はぽつりぽつりと言葉を並べていく


曜「千歌ちゃんはもっと、自分のこと、大切にして欲しいんだ。あのね千歌ちゃん、私ね、毎日千歌ちゃんに大切な物、たくさん貰ってるんだ。それだけで私は十分だから」

曜「だからね千歌ちゃん、私の病気のことで、千歌ちゃんがそんなに悩むことは、ないんだよ?」

曜「これは私の問題だから……」

曜「私は、千歌ちゃんが生きていてくれれば、千歌ちゃんが無事だったなら、それで……」
 
121: (新日本) 2020/05/20(水) 22:45:12.24 ID:/9P+ba7q
千歌「……」

千歌「……はあ?なにそれ!!」

千歌「曜ちゃん!私の気持ちなんて!ぜんっぜんわかろうとしてくれないじゃん!バカ!曜ちゃんの!バカバカバカ!!」

曜「千歌ちゃん……」

千歌「ねえ曜ちゃん、あのね……私だって!私だってね!!曜ちゃんのこと!大切だって思ってるんだから!!曜ちゃんがいるから、私!生きていられるんだから!!」

千歌「だからね!曜ちゃんだって!簡単に!消えてなくなりたいだとか!死にたいだとか!やめてよ!そういうの!!」

曜「……」


やっぱり、ノートのこと、知ってたんだ……
 
122: (新日本) 2020/05/20(水) 22:46:39.68 ID:/9P+ba7q
千歌「足が動いてた方が良かったとか言わないでよ!私なんてとか考えるのやめてよ!!弱気なことなんて言って欲しくない!お願いだから!!」

曜「……」


……思い当たる節はたくさんある。あのノートに書いたことだ


いつだって私は取り繕って、笑顔を張り付けていたから


だって怖くないわけない。苦しくない、なんて絶対にない


千歌「それじゃあ、まるで……」

千歌「……私が悪いみたいじゃん」

千歌「私のせいで、曜ちゃんの人生、めちゃくちゃにしちゃったみたいじゃん……」

曜「ち、千歌ちゃん……?」

曜「……私、そんな風に考えたこと、一度もないよ?それに、千歌ちゃんには関係

千歌「あるよ!!大ありだよ!!だって!!だって!!!」

千歌「あの日!!あの時!!私が軽い気持ちで言っちゃったから……曜ちゃんの大技、見て見たいなんて言っちゃったから……!!」
 
123: (新日本) 2020/05/20(水) 22:48:07.03 ID:/9P+ba7q
曜「……」


そう言われて私は、怪我をしてしまったあの日のことを思い出す


曜「……」


……私の飛び込みはいつだって千歌ちゃんのためにあったから


あの日だっておんなじで、私は千歌ちゃんのためだけを考えて、出来もしない4回半をやろうとしたら、バランスを崩して変に頭をぶつけてしまて……この有様だった


曜「で、でも!あれは私の自業自得で……だから、千歌ちゃんは何も……!!」

千歌「そんなことない!!ぜんぶぜんぶ私の責任なんだよっ!!」

千歌「本当は私だって嫌だよ!!曜ちゃんともっといろんなことしたかったよ!!もっと遊んで!一緒にAqoursで歌って!踊って!いろんなとこ行ったり!二人で遊んでいたかったよ!!」

千歌「でも、私……全部!壊しちゃったから……!!」

千歌「私が、めちゃくちゃにしちゃったんだよ……!!」

千歌「だから私が曜ちゃんの足にならなきゃいけないの!!それが私にできるせいいっぱいだから……」

千歌「ひぐっ……!!ぐすっ……!!だから……だから……!!ぐすっ!!」

千歌「ごめん、なさい……曜ちゃん……ほんとうに……ぐすっ……」

曜「千歌、ちゃん……」

千歌「うわーん!!ようぢゃん!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!わたし……わたし……!!」

曜「……」


………





千歌ちゃんの震えるような泣き顔をこんなに間近で見せつけられたのは、この日が初めてのことだった
 
124: (新日本) 2020/05/20(水) 22:49:38.71 ID:/9P+ba7q
曜「……」

千歌「すぅ……」

曜「……」

曜「……寝ちゃってる、のかな?」


泣きつかれて寝ちゃうなんて、本当に千歌ちゃんは赤ちゃんみたいだ


曜「……」


……どう、したらいいんだろ


私は、これから


だって私が


私が、千歌ちゃんを苦しめているなら


なら、


なら……


曜「……」


ガラガラッ


果南「……ねえ曜、ちょっといい?」チョイチョイ

曜「果南、ちゃん……」

果南「ちょっと風、当たりに行かない?」
 
125: (新日本) 2020/05/20(水) 22:51:36.57 ID:/9P+ba7q
キコキコ


果南ちゃんに車いすを押されて連れてかれたのは、緑溢れる病院の中庭


ヒュオォー…


曜「……」

果南「ん~!気持ちいいね!やっぱり!」

曜「……果南ちゃん、話って何?」

果南「……」


ドサッ


果南「……うん、あのね」

果南「千歌ね、本当に苦しんでたみたいなんだ。ほら、昨日もあんまり眠れてなかったみたいだし」

曜「そう、なんだ……」

果南「うん……」
 
126: (新日本) 2020/05/20(水) 22:52:50.18 ID:/9P+ba7q
曜「……」

果南「……」

果南「……あのね曜、私は千歌の気持ち、ちょっとはわかるよ?」

曜「……?」

果南「だってね、私もつい考えちゃうんだ。なんで曜なんだろうって」

果南「たくさんいる水泳選手の中で、なんで曜だけがこんな目に遭っちゃったんだろうって」

果南「どうして私じゃないんだろう……って考えちゃうこと、あるんだ」

曜「……果南ちゃんには関係ないじゃん。あれは私の事故だったんだから」

果南「うん、そうだね。でも別に曜が悪いっていうわけでもないんだよ?」

曜「……」

果南「起っちゃったことはしょうがないこと……なんて軽い言葉じゃ済ませられることじゃないんだけど、でもそう考えなきゃ、前に進めないと思うんだ」

曜「前に……」

果南「うん。だって私たちには過去は変えられないもん」
 
127: (新日本) 2020/05/20(水) 22:54:05.00 ID:/9P+ba7q
果南「でも未来は変えられる。今を頑張ればね」

曜「……」

果南「きっとね、千歌もおんなじこと考えてたんじゃないかな?曜との未来が楽しくなるように、千歌なりに考えた結果がこれなんだよ、きっと」

果南「もちろん、屋上から飛び降りようとしたのはやりすぎだとは思うけど……」

曜「……」

曜「……でも、千歌ちゃんには……もちろん果南ちゃんにも、関係ないじゃん。私の未来なんて」

曜「私の人生なんて関係ないじゃん。果南ちゃんには」

果南「んー?そんなことないよ?」

果南「だって私と曜の関係じゃん。見捨てられるわけないよ?」
 
128: (新日本) 2020/05/20(水) 22:55:04.62 ID:/9P+ba7q
曜「でも……」

果南「確かに私のワガママだと思うよ。曜はこんなに苦しんでるのに、それを見ないふりをして、ただひたすらに頑張って生きて欲しいっていうのは。曜にとってはすっごく苦しいことだって思う」

果南「でもね、曜には頑張って生きていて欲しい。私のために」

曜「……」

果南「……ほんとはね、自己満足なんだ。私だって生きる意味とかはわかんないけど、でも曜や千歌と一緒にいると楽しいんだよ」

果南「だからこれからも、ずっと一緒にいて欲しいんだよ」

果南「これが私の全力のお願い。多分千歌も、おんなじこと考えてるんじゃないかな?」
 
129: (新日本) 2020/05/20(水) 23:01:36.16 ID:/9P+ba7q
………





千歌「ん……」

千歌「……」

曜「あ、千歌ちゃん、おはよ」

千歌「曜ちゃん……」

千歌「……」

千歌「……ご、ごめんね長居しちゃって!じゃ、邪魔だったよね!」

千歌「というわけで、そろそろ私、帰るね!!疲れて寝ちゃってた私が言えることじゃないと思うけど……あ、あははっ!あはははは………」

曜「……」

千歌「じゃ、じゃあね曜ちゃ


ガシッ!!


曜「待って」

曜「まだ私の話、終わってないから」
 
130: (新日本) 2020/05/20(水) 23:02:49.12 ID:/9P+ba7q
千歌「曜ちゃん……」

千歌「で、でも、もう……いいよ……わかったから……」

曜「だめ、やっぱり千歌ちゃんはわかってないよ、本当の気持ち」

千歌「本当の、気持ち……」

曜「あのね千歌ちゃん」


ギュッ!


千歌「曜ちゃん……?」


ギュッ


曜「だめ、こっち見ないで。泣いてるとこ見られたくない」

千歌「うん……」


……私、声、震えちゃってる。すごくカッコ悪い


あーあ、千歌ちゃんの前では、カッコイイ私でいたかったんだけどな……
 
131: (新日本) 2020/05/20(水) 23:03:45.43 ID:/9P+ba7q
曜「ぐすっ……ぐすっ……」

千歌「曜、ちゃん……」

曜「……」


それでも頼りない勇気を振り絞り、精一杯の言葉を紡ぎだす


曜「……私ね、やっぱり怖いんだ」

曜「だって歩けないんだもん。怖くないわけないよ。何が起こるかもわからなくて、もしかしたらもっとひどいことになっちゃうかもしれない」

曜「苦しい、苦しいよ。この生活は。不安だらけだよ」

曜「ごめん千歌ちゃん、やっぱりね、辛いんだ。だって私、弱いんだもん……」ポロポロ

千歌「うん、ごめんね、曜ちゃん……」
 
132: (新日本) 2020/05/20(水) 23:04:41.42 ID:/9P+ba7q
曜「……」

曜「……でもね、苦しくても、頑張らなきゃいけないって、千歌ちゃんがそう教えてくれたから」

曜「私に出来ることなんてわかんないけど、それでも……」

曜「千歌ちゃんにもらってきたもの、少しずつ返していきたいって思ってるから……」

千歌「……ううん、そんなことないよ、私なんて、なにも」

曜「それでも、私は楽しかったの!千歌ちゃんがいてくれたから楽しかったの!今までどんなことでも!!」


ギュッ!!


千歌「曜ちゃん……」
 
133: (新日本) 2020/05/20(水) 23:06:08.49 ID:/9P+ba7q
曜「千歌、ちゃん……あのね……」

曜「私ね、千歌ちゃんと……もっと楽しいこと、していたいの……」


……情けないって思う。だってすっごく弱いんだもん。千歌ちゃんに全部頼りっきりだから


こんな自分に、千歌ちゃんが振り向いてくれるわけなんてない


そんなことくらい、わかっているのに……


曜「千歌ちゃんと一緒にいることがすっごく楽しくて、だから……だからね……」

曜「私だけがたくさんのものをもらってて、返せるものなんて何もないのかもしれないけど、でも、それでもね……」

曜「私ね、頑張るから。もっともっと。苦しくても精一杯、頑張るから……」


……こんなセリフ言いたくなかった。せめて、せめて千歌ちゃんだけには


だってすっごくカッコ悪いんだもん。きっと嫌われちゃうかもしれない


今までのカッコイイ私のイメージが、全部、台無しだよ……
 
134: (新日本) 2020/05/20(水) 23:07:43.40 ID:/9P+ba7q
曜「だからね……、千歌ちゃんには、応援、していて欲しいっていうか……」

曜「私の一番は、千歌ちゃんであって欲しいから……」


ギュッ!


曜「私ね……千歌ちゃんに、隣にいて欲しい。一番に」


ニギッ


曜「ずっと、これからもずっと」

曜「お願い、できますか……?」


……ねえ、千歌ちゃん?


私のこの不器用な想いは……ちゃんと伝わっていますか……?
 
135: (新日本) 2020/05/20(水) 23:08:52.28 ID:/9P+ba7q
千歌「……よう、ちゃん」


ダキッ


千歌「ひぐっ……ぐずっ……!!」

千歌「よう、ちゃん……!!ようちゃん!!ようちゃん!!!」

千歌「うわーん!!ようちゃん!!ようちゃん!!ぐすっ!!」

曜「……どうして千歌ちゃんが泣いてるの?ぐすっ」


泣きたいのは、こっちだっていうのに


だって苦しいのは、私の方なんだよ?……


曜「千歌、ちゃん……ぐすっ……千歌ちゃん……」

千歌「ようちゃん!!うわーん!!!!……ぐすっ……!!ようちゃん!!ようちゃぁん!!」


もう、千歌ちゃん、泣かないでよ……


だってこれじゃあ千歌ちゃんのお返事、わかんないよ……


……



 
136: (新日本) 2020/05/20(水) 23:13:20.13 ID:/9P+ba7q
9月1日、二学期の始業式の日。私は千歌ちゃんに連れられて、車いすで学校に向かっていた


プシュー


千歌「ふぅ……とりあえずここまで来た、と……」

曜「ごめんね千歌ちゃん、私なんかのために、たくさん大変なことさせちゃって……」

千歌「……」


ペシッ!!


曜「あいたっ!」

千歌「曜ちゃん!『私なんて』禁止だよ!あの日約束したじゃん!!」

曜「そ、そうだった……ごめん、千歌ちゃん……」
 
137: (新日本) 2020/05/20(水) 23:14:14.33 ID:/9P+ba7q
ペシッ!!


曜「いてっ!こ、今度は何!?」

千歌「『ごめん』も禁止だよ!私が好きでやってることだからいいの!」

曜「え、えぇ……そんなの、聞いてないよ……」

千歌「私が今決めたんだよ!言われても嬉しくないからね!」

曜「むぅ……じゃあ、なんて言えば……」

千歌「ありがとう!」

千歌「曜ちゃん、お礼を言うときは、ありがとうって言えばいいんだよ!その方が私は嬉しいもん!」

曜「千歌ちゃん……」

曜「うん、ありがと、千歌ちゃん」

千歌「えへへ~、どういたしまして!」
 
138: (新日本) 2020/05/20(水) 23:16:03.58 ID:/9P+ba7q
あれから千歌ちゃんとはいくつかのルールを決めることにした


まずは学校に行けるようにすること。もちろん千歌ちゃんや鞠莉ちゃんたちの支援がないとできないことだったけど……


……千歌ちゃんがすっごく頑張ってくれた。私のために


あっ、こういう風に考えちゃだめって言われたんだっけ……


曜「……」


千歌ちゃんは私のサポートを、やりたいからやってくれるって言ってくれた。私のためとか自分のせいとか関係なしに


ただやりたいからやってくれると言ってくれた


だから……私も、やりたいことを自由にやって、いいのかもしれないって思う。この不自由な体でも


千歌ちゃんと一緒にいると楽しい。楽しいから一緒にいる


ただそれだけの事。幼馴染とか怪我とかじゃなくて、そんな単純なことだったんだ
 
139: (新日本) 2020/05/20(水) 23:17:39.62 ID:/9P+ba7q
曜「……うん」


これも千歌ちゃんが気づかせてくれたこと。そしてあのノートが教えてくれたこと


ノート……


曜「……」


……ノートには残りのページが無くなったから、もうしばらく使ってない。本当は捨てるべきかとも思ったけど……やっぱりあれはあれで大切な思い出の一つだから、そういうわけにもいかなかった


でも……


……もう私には、魔法のノート、必要ないよね?


だって……


曜「……」チラッ


……私のお願いは、こんなに近くにあるんだもん


今も、昔も。きっとこれからも


あとは勇気を振り絞って……手、伸ばすだけだよね?


千歌「……?」

千歌「どうしたの、曜ちゃん?」

曜「……ううん、なんでもないよ!」


いつかきっと、この気持ちは届けてみせる、伝えてみせるからね


誰よりも大切な、千歌ちゃんに
 
140: (新日本) 2020/05/20(水) 23:18:48.03 ID:/9P+ba7q
曜「あ!そうだ千歌ちゃん!写真!写真撮ろうよ!」

千歌「写真……?どうして急に?」

曜「そうだなぁ……二学期最初の登校記念とか?」

千歌「えぇ~…絶対その理由適当じゃん……」

曜「いいからいいから♪えっと……」

果南「おっ、千歌に曜じゃん!おっはよー!」フリフリ

曜「果南ちゃん!いいところに!ちょっといい?」

果南「ん、どうしたの?」
 
141: (新日本) 2020/05/20(水) 23:20:42.86 ID:/9P+ba7q
果南「おっけー!写真ね!任せてよ!」

曜「うん!お願いね、果南ちゃん!」

果南「千歌!曜の後ろにいるとなんか変だよ!もう少し右寄って!」

千歌「え、えぇ~?急に写真なんて恥ずかしいよ……」

果南「もうちょっと前!曜のとなりに立つ感じの方がいいんじゃない?あ!もうちょい寄って、千歌!」

千歌「こ、こう……?」


戸惑いながらも千歌ちゃんは私のすぐ左隣に立つ。私と千歌ちゃんの距離は今すっごく近い
 
142: (新日本) 2020/05/20(水) 23:23:10.02 ID:/9P+ba7q
これなら、


手、伸ばせば……


果南「うん!いい感じ!」

曜「……」


……私だって、ちょっとくらい大胆になってもいいよね?


だって私だって、恋する女の子なんだもん


果南「ほら二人とも笑って~!撮るよ~!!」

果南「はい!チー

曜「えいっ!」


ギュッ!!!!


千歌「わっ!?曜ちゃん!?」

曜「えへへ~、捕まえたっ!」


パシャッ!!


曜「もう放さないからね!千歌ちゃん!」


そしていつか千歌ちゃんを連れだしてみせるからね!


私だけの世界に!!


果南「うん!バッチリとれたよ!」

曜「ありがと果南ちゃん!」


こうして私と千歌ちゃんの思い出が、また1ページ増えました
 
143: (新日本) 2020/05/20(水) 23:23:57.48 ID:/9P+ba7q
終わりです。お粗末様でした
ここまでコメント&お読み下さり、大変ありがとうございました
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1589856843/

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