【SS】果林「逆光サンセット」【ラブライブ!虹ヶ咲】

SS


1:ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣) 2021/11/06(土) 22:39:55.29 ID:t/RM5Att
連投規制回避のため、1レスごとの間隔を長めに取ります



ふと目が覚めた。

着信音が鳴ったように感じた。

手探りで枕元のスマホに手を伸ばす。


『AM 01:16』


着信はない。

空耳。

鳴るはずがないことだってわかってる。

さっさと眠り直せばいいのに、私は煌々と目を刺すスマホの画面をぼんやりと眺めていた。

2: (しうまい) 2021/11/06(土) 22:43:19.40 ID:t/RM5Att
やがて反射的に目を細めると同時に、眠気はすっかり立ち消えてしまった。

三時間も前に就寝したのに、これじゃあ意味がない。

なんとなしにラインをひらく。

当然、新着メッセージなんかない。

一番ひらきたいトークルームは、もう存在しない。

数ヶ月前に削除してそれっきり。


「………はあ……」


寝ないと。

ベッドを抜け出して水を飲むと、そのままソファへ腰を落ち着ける。

月明かりも満足に射し込まない部屋の中、私はただぼうっと虚空を見つめていた。

…………
……

3: (しうまい) 2021/11/06(土) 22:46:54.72 ID:t/RM5Att
彼女はよく深夜に電話をくれた。

1時とか2時。

多かったのは1時から半までの間。

私の就寝時刻が早いことをわかっておきながら。

第一声、いつもほっとしたように私の名前を呼んだ。

──遅くにごめんなさい。

──声を、聞きたくて。

彼女は仕事が忙しくて、まともな時間に帰宅できることの方が少なかった。

私の生活リズムをわかっていてなお、そんな時刻にしか電話を寄越せないほどに。

6: (しうまい) 2021/11/06(土) 22:50:44.54 ID:t/RM5Att
最初の方は驚いてた。

お世辞にも常識的とはいえない時間帯の着信。

とても彼女らしくないと思ったから。

けれど、彼女にとってはその時間帯しかなくて、そしてその長くない毎日の通話が彼女を支えている。

やがてそれがわかるようになっていった。

気がつけば、22時に布団に入って1時に目を覚ましても翌日に全く響かなくなっていた。

8: (しうまい) 2021/11/06(土) 22:54:14.43 ID:t/RM5Att
夜中にふと目を覚ますこともあった。

スマホで確認すると、時刻は3時半だったりして。

何時間も前に送ったメッセージが既読になったっきり、通知のないトークルームに言い得ぬ気持ちを味わう。

そういうときは、布団に深く潜り込んで縮こまらないと再び眠りに就けなかった。

朝、早い時刻の短いバイブレーションに飛び起きて。

『すみません、昨日は帰るなり眠ってしまいました』

そんな一言にほっと息をつく。

9: (しうまい) 2021/11/06(土) 22:58:33.23 ID:t/RM5Att
すっかり生活は彼女に侵されていた。

そんな言い方ってないと思うけれど、事実そうだった。

夜更かしは美容の大敵。

高校の頃、得意気になって同好会の後輩達に繰り返した。

それは本当のことだし、私自身誰よりも気を遣っていた──それなのに。

十数年間も続けてきたそんな習慣があっさりと打破されたのだから、侵されたと言わずにはいられない。

そしてなによりも、その事実を全く不快に思っていない。

生活を侵され、気づけば感性すらもとっくに。

10: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:02:33.71 ID:t/RM5Att
平日はだいたいそんな風で、交わせる言葉も決して多くはなかったけど、休みの日には彼女と過ごすことが多かった。

だいたい彼女がうちに来た。

高校時代によく部屋を掃除してくれた友人とは、気軽に会えない距離を隔ててしまった。

卒業の間際に、私一人になってもきちんと片付けをするようにと、再三唱えられた。

──私、言っても社会人になるのよ?

何度そう返しても不安そうに眉を下げる彼女に後半少し苛立ってしまうこともあったけれど。

数ヶ月一人で生活して、もっともっと強く釘を刺してくれればよかったのにと思った。

二十四時間ゴミ出しできる環境って偉大なのねえ。

11: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:06:57.83 ID:t/RM5Att
彼女が初めて私の家へ来たとき、戸惑っていたのを覚えている。

──エマさんからお話を聞いてはいましたが、本当に片付けが苦手なんですね…

おかしいな、さすがに初めてうちへ呼ぶってことで、昨日片付けたはずなんだけど。

途中借りてきてくれた映画を観る予定は繰り下げになって、二人で片付けをした。

思ったよりやれることが残っていたのには驚いた。

客観的な目線を貰うのって大事なのね。

こういうの、セカンドオピニオンっていうんでしょう?

後で知ったことだけど、彼女の部屋には物が少なく、ゆえにいつでもすっきりとしていた。

まあ、あの部屋と比べられちゃあね。

13: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:12:29.97 ID:t/RM5Att
雨が降ると彼女のことを思い出す。

俗に言う、傘をさすかどうか迷うほどの雨だと、特に。

ひと雫でも鼻先に感じれば、私に「傘をささない」という選択肢はない。

降水確率が0%だってカバンに折畳み傘を常備している。

彼女は私のそんなところにしきりに感心してたっけ。

──濡れてしまうのは嫌ですが、雨ってキライじゃないんです。

部活中、急な小雨に避難した私達をよそに。

綺麗な黒髪を雨露に濡らして、どこか楽しそうに一歩ずつ踏み締めていた。

社会人になってからはさすがにそんなことはしなくなったみたいだけれど、傘をさす基準はずいぶん私と違うようだった。

14: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:17:21.26 ID:t/RM5Att
日曜日。

目を覚ませば、大抵はソファでコーヒーを飲む彼女の姿が初めに映った。

──おはようございます。あいにくの空模様ですよ。

しとしと、あるいは、ザーザー。

窓を越して室内に満ちるそんな音をBGMにして、彼女の声はいつでも優しい。

おはよう、と一言返すと、嬉しそうに微笑んでテレビをつける。

コーヒーの匂いと、雨の音。テレビの声。

テレビになんか目もくれずじっと私を見つめる瞳を、同じように見つめ返して。

やがて、コーヒーのフレグランスで目覚めのついばみをくれた。

16: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:22:50.81 ID:t/RM5Att
雨の日はあまり出かけない。

買い物にも、ランチにも、極力いかない。

そのために買い溜めは普段からそこそこ多い。

出かける予定もないのに、彼女は髪を結ってほしがった。

自分では凝った髪型にできないから、と。

鏡に映った肩越しに、満面の笑みでおとなしくしていた。

こんなので喜んでくれるのね。

誰に見せるわけでもなく、お揃いの髪型で映画を観た。

17: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:28:21.24 ID:t/RM5Att
風が吹くと彼女を思い出す。

髪がはためくような強い風の日には、特に。

彼女は、強い風が好きだった。

台風が来る前の日なんか、それはもう大はしゃぎだった。

前髪が荒れ、毛先が暴れ、たっぷり風を吸って髪がぼさぼさになることなんてまるでお構いなしで。

むしろそれが楽しいようですらあったかも。

きつく髪を結んで、普段は滅多に取り出さないキャップを深く被り込んで、風の中を散歩する彼女を眺めた。

18: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:33:06.38 ID:t/RM5Att
雨とも風とも仲がいい彼女だけれど、その両方がいっぺんに攻めてくるのは苦手だったっけ。

くるくると風の中ではしゃぐ夕暮れ。

あ、と思うよりも早く大粒が何度か地面を叩く。

途端に、うひゃ~っ!と子どもじみた声をあげながら駆け寄ってくる姿が好きだった。

安全地帯で待つ私に飛びついて、ぱあっと笑顔を見せる。

──危うく濡れてしまうところでした!

こんなとき、私はもう一人の彼女がまだ残っていることを感じて、ちょっと嬉しくなる。

──帰りましょうか。

頭を撫でるとにこにこして頷いた。

19: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:37:46.69 ID:t/RM5Att
彼女は鼻唄をよく歌った。

大抵、私が知らないリズム。

聞けばそれはスクールアイドルの曲だという。

高校卒業以来、とんと離れて久しい私には、全くわからないものばかりで。

思えば自分が活動していた頃にだって、他校のスクールアイドルにアンテナを張っていたかというとそんなことはなかった。

──覚えていないんですか?同期のグループですよ。

そんな風に目を丸くする彼女に、少しばつが悪い思いをすることもあった。

流行りの邦楽には疎いくせに。

けれど、仕事も忙しいなか変わらず熱心に情報を追っているのだという彼女に、密かに感心していた。

20: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:42:09.11 ID:t/RM5Att
──楽しかったですね。

ふとした折に遠い目をする彼女は誇らしげだった。

私達は、スクールアイドルの歴史で特筆するような功績を上げたわけじゃない。

ラブライブ!には結局出場しなかったし、決まったグループ名もなかった。

だから、今では割としっかり検索しないと数多の情報に埋もれてしまって見つけることもひと苦労。

そんな私達の活動史を彼女自身がどう感じているのかはわからない。

聞いたことがない。

──そうね。

そう相槌を打つと嬉しそうに笑うから、それでじゅうぶんだと思った。

22: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:47:09.10 ID:t/RM5Att
私の手元には、当時の活動記録のようなものはほとんど残ってない。

何度かスマホを替えたときに(データの移行に失敗して)なくなってしまった。

そもそも自分のスマホにはあまり入れてなかったから、その損失はそんなに大きくないけれど。

たまに戯れでみんなが送ってくれるものはちゃんと保存している。

見れば懐かしかったり気恥ずかしかったりして、まあ、悪い気持ちはしない。

当時運営していたサイトにアクセスすることだってもうないし、まだあのサイトがあるのかどうかもわからない。

メインで運営してくれていた後輩は情報管理に厳しいコだったから、もう消しているのかもしれない。

だから。

彼女の声を忘れてしまいそうで、怖くなるときがある。

…………
……

23: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:51:55.62 ID:t/RM5Att
──嫌です。別れたくありません…っ

彼女が涙を見せることは少なかった。

感受性が豊かだから映画やアニメを観てはよく泣いていたけれど。

自分を律するのが得意で理性的な人だから。

自身の感情を表すために涙を流す姿は、胸を打つ。

些細な意地だったと思う。

24: (しうまい) 2021/11/06(土) 23:56:46.54 ID:t/RM5Att
自分のことを考えて、彼女のことを考えて、二人のことを考えて、そうするのが一番だと思った。

考えて出した結論なのだからきっと正しいと思い込んだ。

──ごめんなさい。決めたことだから。

気持ちが落ち着けば納得してくれる。

冷静になれば、正しいことだったと理解してくれる。

──ひとりで、決めないでほしかったです。

最後にそう呟いてしゃくり上げる声は、精いっぱい聞こえないふりをした。

25: (しうまい) 2021/11/07(日) 00:01:08.05 ID:WGa5ZbP7
──あとひと晩だけ、一緒にいさせてください。

すっかり目を赤くした彼女は、すすりながら言った。

嫌だった。

まだ終電までには時間があるのだから帰ってほしかった。

──明日は朝から美容院の予約を入れてるから。

駅まで送る、と立ち上がった私の裾を掴む手が、

──そんなのキャンセルしてください。

振りほどけないほど、愛おしく思えてしまった。

26: (しうまい) 2021/11/07(日) 00:05:54.22 ID:WGa5ZbP7
──果林さん。

私の名前を呼ぶ声はいつもと変わらない。

──髪を結ってください。

肩口で適当に縛っただけの私と同じにしてほしいとねだる。

──見てください、新作が投稿されていますよ。

お気に入りのSNSアカウントを覗く。

──コーヒー淹れますね。

流しに立って歌う鼻唄は、やっと耳に馴染んできた。

──もうそろそろなくなりそうですね。

歯磨き粉を乗せた歯ブラシを渡してくれる。

27: (しうまい) 2021/11/07(日) 00:11:17.20 ID:WGa5ZbP7
──果林さん。

電気を消した部屋。

カーテンの隙間からか細く射し込む月明かりに黒髪が光る。

使ったシャンプーは同じなのに、不思議と彼女の香りがした。

穏やかに目を細めるだけなのに、消えてしまいそうなほどに儚く見えた。

違う。

明日には消えてしまう。

無視して布団をかぶってしまおうかと思った。

彼女に触れてしまうと、この決意が揺らいでしまいそうだったから。

──そうすれば、これっきりにしてきちんと終われる?

どう返してほしかったのだろう。

──約束はできません。

いたずらっぽく答えた声は、私の胸にすとんと響いた。

28: (しうまい) 2021/11/07(日) 00:13:18.66 ID:WGa5ZbP7
その翌朝。

私は一人で目を覚ました。

…………
……

30: (しうまい) 2021/11/07(日) 00:18:14.66 ID:WGa5ZbP7
「お疲れ様でした」


普段より早めに仕事が終わり、夕暮れの道を帰る。

近道の公園を抜ける途中、噴水の傍で高校生がはしゃいでいた。

カバンもスマホも脇に置いて、二人で笑い合う。

幸せそうなその笑顔がいつまでも変わらなければいい。

明日も、明後日も、卒業しても、大人になっても、ずっと。

31: (しうまい) 2021/11/07(日) 00:22:07.80 ID:WGa5ZbP7
ふと、夕焼けが目を刺した。

一瞬、彼女の姿が浮かぶ。

逆光に陰を帯びた彼女は笑っていて、なにがそんなに楽しいのか、私の名前を呼んだ。

──そんなに大きな声で、人の名前を呼ばないでちょうだい。

咄嗟に目を伏せた。

そんなことで顔が綻んだのを見られたくなくて。

きっとだらしない表情をしていた。

嬉しかったのよ。

32: (しうまい) 2021/11/07(日) 00:26:18.14 ID:WGa5ZbP7
彼女の中で、私が『何』になったのか。

それは永遠にわからない。

この先、知ることはない。

私が手を放して、失われた今日。

彼女は、今も笑っているかしら。

誰かの隣で、夕陽の中で、変わらずに。

そうであってくれたらいい。

明日こそ笑えるように、私も歩き出すから。



終わり

33: (しうまい) 2021/11/07(日) 00:28:18.97 ID:WGa5ZbP7
以上です、
お付き合いいただきありがとうございました

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1636205995/

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