【SS】かすみ「せつ菜先輩」【ラブライブ！虹ヶ咲】

この人がいなかったら私の人生はなかった。今の私はなかった。

皆さんにはそんな人がいますか？

私は「そんな人いません」って言いたいんですよ。

「自分の力だけでここまで来ました。強いて言えばお母さんくらいですかね？」

言いたいんですよ。

でも、確実に私の人生に影響を与えた人間が1人だけいたんです。

私がスクールアイドルを始めたのも、今こうしてこの舞台に立ってるのもその人の影響なんですね。

少し話は変わりますが「今買えるファッションショー」ってご存知ですか？

かすみんが中3の時分です。

当時荒川区の南千住っていう所にあったんですけど、雑居ビルの非常階段みたいな所に人が並んでるんですね。服を買いたい人が。

で、向かい側のビルにも人が並んでるんです。そこの屋上から、トレンドのファッションに身を包んだモデルが飛ぶんです。下に。

あ、ご安心ください。下は川になってます。隅田川。

モデルが川を目掛けて飛ぶ。

「あ！今の人のTシャツひとつ！」

「今のベルトひとつ！！」

なんて言うんです。

向こうはメガホンを持ってるんですが、こっちにはメガホンがないんですよ。

「ベルトひとつ！！」

「えぇ！？」

「ベルトひとつ！！！さっきの人のベルト！！！」

「え！？！？え！？！？」

「ベルト！！！ベルtもういいです！！」

みたいなことが多々ある。完全にアホじゃないですか。メガホン配りゃいいんですけどね。何故か配らないんですよ。

ええ。かすみん生粋のファオタなので、勿論参加しましたよ。

そこでその人と出会ったんですね。


その人、ずーっと「あー…あのポロシャツはないですねぇ…」なんて言ってるんです。一人でボソボソと。

「あんなポロシャツ誰が着るんでしょうか…」

で、モデルが飛び込んだ瞬間に

「すいません！！！！あのポロシャツひとつ！！！！！」

なんて言うんですよ。

変な人だなぁ～なんて思いながらずっと見てたら、声を掛けてきたんです。

「ごめんなさいね。1回データ消したダイパみたいな顔して」

その瞬間完全に心を掴まれました。

考えてもみてください。絶対おかしい人じゃないですか。初対面からこういうボケをぶっ込んで来るんですよ。

私はその人に魅了され、完全に影響を受けました。

暫く呆気に取られていると、名刺をくれたんです。

『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会　優木せつ菜』

「虹ヶ咲学園…？」

「えぇ。他の方には内緒でお願いしますね」

その日はしこたま買いました。両手に服を提げて、一緒に帰りました。帰りに上野のボンテージショップにも寄りたいということで付き合いました。


「わざわざ付き合ってくださってありがとうございます！！」

「いえ！！その…せつ菜先輩って呼んでもいいですか…？」

「構いませんよ？」

「はわぁーっ！」

「そういえば、喉乾きませんか？」

「言われてみればそうですね…あ、私そこの自販機で買ってきますよ！」

「じゃあ私は飲むヨーグルトでお願いします！！！ストロベリー」

「飲むヨーグルトですか」

「この果肉がいいんですよねぇ…」

「そうですか？」

「だって果肉がないと暇じゃないですか？」


これを日常会話で言ってくるんですよ？もう堪んない。

考えてもみてください。私なんてこうして舞台の上に立って、ようやくそのレベル言えるか言えないかでしょ？

それをいとも容易く言ってのける。

えぇ。その1年はひたすら猛勉強しました。どうしてもその人と同じ高校に入りたくて。虹ヶ咲学園に入ってスクールアイドルになるんだっていう確固たる目標が出来ました。

念願かなって入学式、私は親との記念写真よりも先に、スクールアイドル同好会の門を叩きました。

「せつ菜先輩！！！」

「あ、あなたはあの時の」

「スクールアイドル同好会に入部させてください！！」

「構いませんが、カバの背中舐める部活とかの方がいいんじゃないですか？」

かすみんには分かります。これは紛れもなくせつ菜先輩なりの歓迎の合図なのです。1年振りの高揚感を肌で感じながら、入部届に記名をしました。

「早速ですが、スクールアイドルに必要なものはなんだと思いますか？」

「やっぱりかわいさ…？ですかね」

「甘いですね、スクールアイドルに必要なものは、ずばりグッズです」

「グッズ…？」

「先日ついに私もオリジナルグッズを発売しましてね」

「おぉ！」

「サラリーマンの男性と、取引先の受付嬢の女性がキスをするんです。するとそれに連動していい感じのクラシックが流れて回り出すっていうオルゴール」

ね？最高でしょ？ちなみにかすみんはこの段階で少し濡れていました。

「欲しいでしょ！！！！あ、野暮な事は言わないでくださいね！！！！私のグッズだからって私をモチーフにする必要はどこにもありませんよ！！！！そういう時代は終わりましたから！！！」

「でも野暮な輩は言ってくるでしょうね。せめてその受付嬢の女性の顔を私にしないと、私のグッズとしては成立しないと。甘い！！！男女がキスしてオルゴールが鳴って終わりだと思わないでください！！！！」

「二人がキスをしてもう一度離れると、間にハートが生まれるんです。そのハートがパカっと割れてボールペンが出てきて、オルゴールから外れてひとりでに歩き出すと。この時、机の上にノートでも一枚広げておいてください。ボールペンがノートの所で止まってひとりでに文字を書き出すんです」

「その文字が私の曲の歌詞になってるんですよ！！！！！！」

言葉が出ませんでした。それまで浮かれてた私にもどっと不安感が襲ってきたんです。だって入部したからにはこの世界観に食らい付いていかなきゃならないでしょ？

身の縮む思いで俯く私を一瞥してせつ菜先輩が言いました。

「まぁ嘘ですけどね」

せつ菜先輩には潔さもあるんです。

私はせつ菜先輩からありとあらゆる事を教わりました。

ジョニーロットンにはもうパンクの精神は残っていないということ。

阿久悠は現代の北原白秋だということ。


でも、駄目でした。

どれだけ芸を磨いても、自分の内面と向かい合ってもせつ菜先輩には届きませんでした。

ステージで棒立ちして「これは聴こえない音楽です」みたいな表現を追求していた時期もありました。あの時は若かった。

かすみんの独りよがりなステージを他所に、せつ菜先輩は相変わらず会場を沸かせていました。


「間(あいだ)取んなよっていう話していいですか？」

「よく暗い道なんかで、遠くを歩いている老人が向こうに行ってるのかこっちに来てるのか分からない、なんてことありませんか？」

「この間その状況で、近付いて行くと距離が縮まっていくもんで、こっちに来てるパターンかと思ったら、その場でずっと足踏みしてるだけだったんですよ」

「間取んなよ」


もうドカーンですよ。いわばアイドルがする話なんて、この世で一番面白くない話ですよ。餃子食ったとかiPhone壊れたとか、そのレベルじゃないですか。アイドルがする話って。星の数ほどいるアイドルの中で、せつ菜先輩だけがどどめ色の輝きを放っていました。

その1年後です。

せつ菜先輩がバイク事故で亡くなったんです。

過去、世界を紐解いてみても、バイク事故の中でせつ菜先輩が一番飛んだらしいんです。

かすみんはそれを聞いて思いっきりお腹抱えて笑いました。

でもね、これは何も不謹慎な事じゃない。

これはせつ菜先輩が残した軌道の跡、軌跡なんです。

せつ菜先輩が運ばれたという病院を聞いてすぐに駆けつけました。

かすみんが着いた頃にはもう霊安室の中で眠っていました。

中に入ると歩夢先輩がいました。一緒に遊んでたんですね。

「せつ菜先輩、死ぬ間際になんて言ったんですか！？何の言葉を吐いたんですか！？センスは！センスはあったんですか！？」

「かすみちゃん何考えてるの…？死ぬ間際の言葉なんて覚えてないよ」

「いや絶対なんか言ったはずです！！」

私は完全に狂ってしまった。せつ菜先輩の死よりも、せつ菜先輩が死ぬ間際に、一番飛んだその後に、命を引き取る前に何と言ったのか、それしか頭になかったんです。

「なんか言ったんでしょ！歩夢先輩！！」

「あぁ苦しい、あぁ苦しいって言ってたよ！そりゃそうでしょ！？死ぬ間際なんだから！！」

歩夢先輩にこんな言葉を吐かせてしまいました。私は最低な女です。

「いや違いますよ……せつ菜先輩は！！苦しければ苦しいほど楽だって言いますよ！？せつ菜先輩はそういう人ですよ！？」

「………帰って」

帰りました。

その日から私はつきものが落ちたように己の芸と向かい合い、せつ菜先輩の軌道を追い続けました。

「この間ライオンと獣姦したんですけど、ずっと正常位でノーマルプレイだったんですよ。バックじゃなくて」

ドッ

「渋谷のイタリアンで、家族連れのお客さんが来てて、その家族連れの中に赤ちゃんがいて、その赤ちゃんが食べる用の離乳食も持ってきてて」

「大人達はパスタとかピザを食べるんですけど、そのそのタイミングで赤ちゃんに離乳食を与えたい。でも腐らないように離乳食を保冷剤と一緒に持ってきてて結構冷たくなってるから『すいません店員さんちょっと、離乳食温めてもらえますか？』って言われた時に」

「その離乳食をレンジでチンするだけのバイトをしてたんですよ！」

ドッ

こうしてステージに立っている今でも、ここに、そこに、あそこに、向こうにせつ菜先輩の姿があるんです。

せつ菜先輩が死んだことによって、中須かすみが生まれたんです。

それでは聴いてください。

⭐︎ワンダーランド⭐︎

完

せつかす…？