ダイヤ「最愛のあなたへ」

AqoursーSS


残酷な描写あり。閲覧注意です
目次
1 2 3

1: 2017/12/10(日) 08:20:09.39 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「ぅ。ここは……?」

ダイヤ(清潔なベッド。腕から伸びる点滴の器具。どこかから漂う消毒液の匂い……)

ダイヤ(病院。倒れたんですのね、私。確かに今日は暑かったから、熱中症でしょうか)

ダイヤ(ナースコール……呼んだ方がいいんですのよね、これ。気は進みませんが)ポチッ

ダイヤ「……」

パタパタパタ…

看護師「失礼しまーす。あ、目が覚めたんですね。こんにちは。気分はいかがですか?」

ダイヤ「……前より好調なくらいですわ。手厚い治療を施していただいたようで、ありがとうございます」

看護師「いえいえ。親切な方が119番してくださったんですよ。それがなければ、最悪、命はなかったかも」

ダイヤ「そうですか。確かに、親切な方だったのでしょうね」

ダイヤ「私のようなホームレスに救急車を呼んで頂けるなんて」

2: 2017/12/10(日) 08:20:48.35 ID:fWoH6ZEU
看護師「……やっぱり。保険証どころか身分証も手荷物も何もない。服は洗ってなくてボロボロ。そうだとは思ってましたけど」

看護師「何か事情がおありなんですか? あなたのような若い女性がホームレスだなんて」

ダイヤ「服、交換して頂いたんですのね。手術着というのでしょうか。清潔で、とても助かりますわ」

看護師「……。お名前、聞かせてもらっても?」

ダイヤ「ゆえあって名と家は捨てましたもので。恩を仇で返すつもりはないのですが、こればかりは名乗れませんわ」

看護師「……少し、待っていてくださいね」

パタパタパタ…

ダイヤ「……」

パタパタ

看護師「すみません、お待たせしました。先生、どうぞ」

「ふーん。目が覚めたの。やつれて不健康そうな見た目のわりに元気そうね」

ダイヤ「!?」

「初めまして、名無しのホームレスさん。ご機嫌は如何かしら」

ダイヤ「……西木野、真姫」

3: 2017/12/10(日) 08:21:23.31 ID:fWoH6ZEU
真姫「どこかで会ったかしら? ……いいえ。まあ、いいわ」

真姫「その通り。西木野総合病院、勤務医の西木野真姫よ。あなたの担当になったわ。よろしく」

ダイヤ「……恐縮ですわ」

真姫「で、あなたの名前は? 年齢は?」

ダイヤ「そちらの看護師さんにはお答えしました。名と家は捨てた、と」

ダイヤ「年齢は……はて。この夏は家を出てから何度目だったでしょうか……」

真姫「はぁ……。言いたくないけどね。私たちは慈善団体でもなければ、暇人でもないの」

真姫「あなたがどんな理由でホームレスなんてやってるか知らないけど、浮浪者の世迷いごとに付き合ってる暇はないのよ」

真姫「もう一度聞く。名前は」

ダイヤ「返答は変わりませんわ。名と家は捨てました」

4: 2017/12/10(日) 08:22:22.95 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「どうしても私を呼びたいというようであれば、そうですわね。カーボン、とでもお呼びください」

真姫「どこの特殊部隊のコードネームよ……」

ダイヤ(本名もさして変わりませんがね)

真姫「まったく。この手の患者は厄介者ばかりって本当ね。だから経験の浅い私が回されたんでしょうけど」

ダイヤ「なんでしたら、追い出してくださっても構いませんのよ?」

真姫「そうしたいわよ。でも、病院に担ぎ込まれた患者に対し、平等な治療を施すよう最大限の努力をするのが医者の義務よ」

真姫「分かる? 努力することが義務なの。あなたはその義務を、あなたの都合で阻害しようとしている」

真姫「諸々の手続きのためにも、あなたの素性は必要よ。場合によっては行政の力も借りることになるし」

ダイヤ「……素性を知られるわけには参りません」

真姫「……本当、面倒な患者」

真姫「いいわ。名乗る気がないなら、こっちの方で暴いてあげる」

真姫「それまで大人しくしてなさい。私はこれで失礼するけど、何かあったらナースコールを押していいから」

ダイヤ「承知しましたわ」

5: 2017/12/10(日) 08:22:50.58 ID:fWoH6ZEU
真姫「あと、この病室から出るのは禁止。これは特別措置よ。あなたが素性を話せば緩和してあげる」

ダイヤ「お手洗いなどは?」

真姫「尿瓶くらいあるに決まってるじゃない」

ダイヤ「……なるほど」

真姫「ま、それもあなたの素性が割れるまでの措置よ。これが嫌なら全部話してしまうことね」

ダイヤ「……」

真姫「じゃあね。重ねて言うけど、大人しくしていること。……行きましょ」

看護師「はい」

ダイヤ(夜には脱走しましょう。ここにいるのは不味いですわ)




6: 2017/12/10(日) 08:23:31.14 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「……」

ダイヤ(夏、ですわね。陽が落ちるのが遅い。脱走するならやはり、暗くなってからが良いのですが)

ダイヤ(早く、夜にならないかしら)

真姫「――失礼するわ」

ダイヤ「……西木野先生」

真姫「食事は全部食べたようね。どう? 病院食は」

ダイヤ「久方ぶりに人間らしい食事でした。こんなに美味しい食事も、安心できる睡眠も、いつぶりだったか」

真姫「そう。何よりね。ホームレス生活以下だとか言われたらどうしようかと思ったわ。――ま、それはいいけど」

真姫「本題よ。ちょっとあなたに会ってほしい人がいるのよ。何とか都合を合わせて、会いに来てくれたわ」

ダイヤ「……私に?」

真姫「ええ。きっと、あなたも知っている人よ。――入って」

ダイヤ「……っ!?」

ダイヤ(不味い。この人は、不味いですわ……!)

花陽「……」

7: 2017/12/10(日) 08:24:12.61 ID:fWoH6ZEU
真姫「悪いわね、花陽。忙しいだろうに、急に呼び出しちゃって」

花陽「ううん。ちょうど時間があったから。真姫ちゃんが頼ってくれて嬉しいよ」

花陽「……それで、この人? 面会して欲しいって」

真姫「ええ。おそらく、元スクールアイドルよ。μ'sの活動から10年も経った私を西木野真姫と言い当てた」

真姫「そんなことが出来るのは、よほど熱心にスクールアイドルを追いかけていた人だけだわ」

真姫「見た目もやつれてはいるけど整っているし、彼女自身がスクールアイドルであった可能性は高い」

真姫「それなら、あなたなら分かるだろうと思って。ちなみに、にこちゃんは今日は無理ですって」

ダイヤ(か、かしこい……っ!? それだけの情報で私をスクールアイドルと看破するとは、さすがはあのエリーチカと双璧をなすμ'sの頭脳……!)

8: 2017/12/10(日) 08:24:57.07 ID:fWoH6ZEU
花陽「うーん」ジーッ

花陽「……黒髪、ツリ目、エメラルドグリーンの瞳、口元のホクロ」ブツブツ

花陽「……年齢は、20代前半かなぁ? それが高校生となると5年くらい前のスクールアイドル」ブツブツ

真姫「情報を補足するわ。しばらく様子を見てたけど、かなり育ちがいい。どこぞのお嬢様ね」

花陽「お嬢様。5年くらい前。それが今はホームレスで、この顔立ちは……、――っ!?」

花陽「――ま、真姫ちゃん! その人から離れてっ!!」

ダイヤ「……っ」

真姫「え? ちょ、どうしたのよ花陽」

花陽「お願い、離れてっ。その人は、危ない日とかもしれないの……!」

真姫「危ないって……」

9: 2017/12/10(日) 08:25:22.38 ID:fWoH6ZEU
花陽「……真姫ちゃん。5年前に、静岡県であった連続〇人事件を覚えてる? かなり大きなニュースになった」

真姫「連続〇人? ……あったわね。地元住民が10人も被害にあった、凄惨な事件よね。沼津連続切り裂き魔事件、だったかしら」

花陽「被害者はみんな、臓器を抜き取られていた。その手口から犯人についたあだ名が」

花陽「――リバイブ・ザ・リッパー。蘇った切裂き魔。犯人は、まだ捕まってない」

真姫「ま、待って花陽。なんで今、そんな話を」

真姫「……まさか」

ダイヤ「……」

10: 2017/12/10(日) 08:26:06.23 ID:fWoH6ZEU
花陽「10人もの犠牲者を出した連続〇人。でも、ある日を境にその事件は起きなくなった」

花陽「あるスクールアイドルが消息を絶ったのと、まったく同じタイミングで、その事件は起きなくなったの……!」

花陽「ネット上では、彼女が切裂き魔に〇された説と、彼女こそが切裂き魔だったって説が今でも語られ続けてる」

花陽「その、スクールアイドルは……!」

ダイヤ「……!」ギリッ

花陽「浦の星女学院スクールアイドル、Aqoursの――黒澤ダイヤ……っ! 目の前にいる、この人だよ!」

ダイヤ(脱走しなくては。この場所から、今すぐに……!)

11: 2017/12/10(日) 08:27:03.44 ID:fWoH6ZEU
5年前、10月8日。黒澤家


曜「いやー、助かったよ。ルビィちゃんちでミシン使わせてもらえて。うちの家、ちょっと遠いから」ダダダダ

ルビィ「ううん。これからはルビィたちも衣装担当だから……。ね、お姉ちゃん?」ダダダダダ

ダイヤ「そうですわ。むしろ、作詞にしろ作曲にしろ、2年生に任せきりだったのが不自然なのです」ダダダダ

ダイヤ「それを管理し早めに体制を作るのは私の仕事だったのでしょうけれど……不甲斐なくてすみませんわ」ダダダ

曜「ううん、私たちが勝手だったんだよ。そういう話みんなとしなかったもんね」ダダダダダ

ダイヤ「ルビィ? 衣装づくりについては、あなたから積極的に曜さんと連携するように頼みます」ダダダ

ダイヤ「私も可能な限りお手伝いしますが、生徒会もありますので……。出来ますね?」ダダダダダ

ルビィ「うんっ。頑張るビィ!」ダダダダ

ダイヤ「よしよし。さすがは私の妹ですわ」ナデナデ

12: 2017/12/10(日) 08:27:44.37 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「さて、そろそろひと段落ですわね……。休憩にしましょうか」

ルビィ「あ! ルビィ、曜さんにお茶とお菓子取ってくるね!」

曜「そんな。大丈夫だよ、そこまで気を遣ってくれなくても」

ルビィ「え……。で、でも、曜さんはお客様だから、ちゃんとおもてなししないと、黒澤の娘として……」

ダイヤ「その通りですわ。曜さんは、大人しくルビィのおもてなしを受けてくださればいいのです」

曜「あー……。うん、じゃあ、お言葉に甘えて」

ルビィ「うん、ちょっと待っててくださいねっ」トテトテ

曜「……今の、ダイヤさんの受け売り?」

ダイヤ「今日の衣装づくり、ルビィから曜さんに声をかけたのでしょう? うちでやりましょうって」

ダイヤ「だから言っておいたのです。曜さんはルビィがお招きしたお客様なのだから、ルビィがしっかりおもてなしなさい、と」

ダイヤ「……張り切ってますわね。ルビィったら」クスッ

曜「あはは……。でも、何だかむず痒いや。おもてなしされるのって」

13: 2017/12/10(日) 08:28:31.91 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「そこは我慢なさってください。あの引っ込み思案のルビィが、学校の先輩と仲良くなって家にお招きするなんて、昔からは考えられないことなんです」

曜「先輩って。同じスクールアイドルの仲間じゃん」

ダイヤ「ふふっ。そうですわね。本当に、いい仲間に巡り合えました。ルビィも、私も」

ルビィ「――お待たせしましたっ。冷蔵庫にあったの取って来たよ。どうぞ、召し上がれ♪」

曜「わぁ、プリンおいしそう!」

ダイヤ「あっ」

ダイヤ(あれ、私が楽しみに取っておいた、ちょっとお高いプリン……)

ルビィ「ぅゅ? お姉ちゃん、どうしたの?」

ダイヤ「……」

ダイヤ「なんでもありませんわ。なんでも」

14: 2017/12/10(日) 08:29:21.04 ID:fWoH6ZEU
曜「いただきまーす!」

ダイヤ(私のプリンが……)

ルビィ「? お姉ちゃんも食べよう?」

ダイヤ「……そう、ですわね。3個セットですもの。みんなで食べた方がいいわね。ええ、そうですわ……」

ルビィ「??」





曜「どうもお邪魔しました。何だか高そうなプリンまでご馳走になっちゃって」

15: 2017/12/10(日) 08:29:50.98 ID:fWoH6ZEU
ルビィ「ううん、そんなこと気にしないでください。ね、お姉ちゃん?」

ダイヤ「そうですわね。次は、余裕をもってプリンを用意しておきますから……」

ルビィ「そっか。他のみんなも来るかもしれないもんね!」

ダイヤ「3個セット3つでは、またなくなるかもしれないのね……」

曜「ダイヤさん、何か遠い目してない?」

ダイヤ「……いえ。いつまでもうじうじと、みっともないですわね」

ダイヤ「またいらしてください、曜さん。ルビィと共に、いつでもお待ちしておりますわ」

16: 2017/12/10(日) 08:30:27.03 ID:fWoH6ZEU
曜「いやぁ、今度は私の家に来てよ。目いっぱい、おもてなしさせて頂くであります! ヨーソロー!」ビシッ

ルビィ「いいんですか?」

曜「もちろん!」

ダイヤ「では、次の衣装の打ち合わせは、曜さんの家ということで」

ダイヤ「ルビィ。曜さんをバス停までお送りしてあげて」

ルビィ「うん、行きましょう、曜さん!」

曜「わっ。ちょっと待ってよルビィちゃん!」

ダイヤ「ふふふっ」

ルビィ「――けほっ」

ダイヤ「!」

17: 2017/12/10(日) 08:31:07.68 ID:fWoH6ZEU
ルビィ「けほ、ごほごほっ、ごほっ!」

曜「ル、ルビィちゃん大丈夫……?」サスサス

ルビィ「けほっ……。だ、大丈夫です。ごめんなさい。バス停、行きましょうか曜さん」

ダイヤ「……ルビィ。曜さんは私がお送りします。あなたは部屋で休んでいなさい」

ルビィ「で、でも……」

ダイヤ「スクールアイドルが喉を痛めるつもり? あなただけの問題ではないのよ?」ジロッ

ルビィ「……うん。わかった」

ダイヤ「よろしい。行きましょうか、曜さん」

18: 2017/12/10(日) 08:31:41.57 ID:fWoH6ZEU
曜「あ、うん……」チラッ

ルビィ「……」シュン

曜「――ルビィちゃん」

ルビィ「あ、はい。何ですか、曜さん」

曜「今日、誘ってくれて嬉しかったよ。プリンおいしかった! またね!」ニコッ

ルビィ「は、はいっ。また」

ダイヤ「……。では、行きましょう」

19: 2017/12/10(日) 08:32:11.63 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「先ほどは、ありがとうございました」

曜「え?」

ダイヤ「ルビィのこと、フォローして頂いて。あのままだとしばらく落ち込んでいたかもしれません」

ダイヤ「あなたに声をかけて頂いたおかげで、少し、元気を取り戻してくれたかも」

曜「……ダイヤさんって、すっごい過保護だよね」

ダイヤ「……? 何のことですの?」

曜「いやいやいや。ルビィちゃんにめちゃくちゃ甘いじゃん、ダイヤさん」

ダイヤ「ルビィに? まさか。私、ルビィにはかなり厳しく接しているつもりですわ」

曜「あれで!?」

ダイヤ「な、何ですか。どう見ても厳しい姉でしょう」

20: 2017/12/10(日) 08:32:38.77 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「正直なところ、ルビィに嫌われていないか心配なくらいで。でも、これもルビィのためですから……」

曜「いや、ない。それは絶対にない」

ダイヤ「えっと。それは、ルビィに嫌われているのが? それとも、厳しい姉というのが?」

曜「両方だよ。ルビィちゃんはダイヤさんにべったりだし、ダイヤさんはルビィちゃん相手にはいつも口元緩んでるし」

ダイヤ「ゆ、緩んでいますか? 私の、端正で色っぽい口元が?」

曜「え? 何でいま自慢したの?」

ダイヤ「これは想定外ですわ。もっとルビィに厳しく接した方が良いのでしょうか……。でも、これ以上なんて、とても」

曜「筋金入りのシスコンだ……」

ダイヤ「失敬な。私、別にシスコンではありませんわ。それに」

ダイヤ「妹を、家族を大切に思うことの、いったい何がおかしいと言うのですか」

曜「……幸せだね。ルビィちゃんは」

21: 2017/12/10(日) 08:33:03.23 ID:fWoH6ZEU
曜「あ~あ。私もダイヤさんみたいなお姉ちゃんが欲しかったなぁ。私、一人っ子だし」

ダイヤ「ふふ。私で良ければ、いつでも姉代わりになりますわよ?」

曜「本当? わーい! ダイヤおねーちゃーん!」ダキッ

ダイヤ「早速ですか? まったくもう。調子のいいこと」ナデナデ

ダイヤ「でも、姉妹がいるとお父様と一緒にいる時間も半分になってしまうかもしれませんわよ?」

曜「うっ、それは困る! ただでさえ一緒にられる時間が減ってるのに!」バッ

曜「パパさ、最近、帰ってきたらお風呂一緒に入ろうって言っても笑って誤魔化すんだよ、酷くない!?」

ダイヤ「……あなたも大概ファザコンだと思いますわ」

曜「え? そう?」

ダイヤ「やれやれ……。あ、バスが来ましたわよ」

22: 2017/12/10(日) 08:33:56.92 ID:fWoH6ZEU
曜「ホントだ。じゃあね、ダイヤさん」

ダイヤ「ええ」

ダイヤ「……ルビィと、これからも仲良くしてあげてくださいね」

曜「」キョトン

曜「――ぷっ。あはははは!」

ダイヤ「え? な、何で笑うんですの!?」

曜「もちろん、言われなくたってそうするよ! それに――、」

曜「ダイヤちゃんとも、ね!」

ダイヤ「え」

「ドア、閉めまーす」ウィーン

曜「」ヒラヒラ

ダイヤ「……ふふ」ヒラヒラ

――ブロロロロロロロ

ダイヤ「本当に、いい仲間に恵まれましたわ」

ダイヤ「帰りましょうか。ルビィに生姜湯でも飲ませませんと」

23: 2017/12/10(日) 08:34:36.66 ID:fWoH6ZEU
10月10日。浦の星女学院、屋上


果南「ワン・ツー・スリー・フォー、ワン・ツー・スリー・フォー!」

果南「はい、オッケー。いったん休憩ね。水分補給はしっかりするように!」

千歌「ふへぇ……。疲れたぁ」

梨子「日に日に厳しくなるね、練習」

鞠莉「オフコース! 私たちに残された時間は少ない、となれば練習あるのみデース!」

曜「まあ私たちは何とかなってるからいいけど……」チラッ

善子「……きっつ」

花丸「こー、ひゅー……。こー、ひゅー」

ルビィ「けほっ。けほけほっ」

曜「1年生たちがヤバい」

24: 2017/12/10(日) 08:35:21.59 ID:fWoH6ZEU
千歌「みんなインドア派だから」

梨子「……そうだよね。私も結構キツいもん」

果南「メニュー、ハードにし過ぎたかな」

ダイヤ「難しいところですわよね。特に私たちはメンバー同士の体力差が激しいですから」

花丸「だ、大丈夫ずら。どうにか、ついていくから……」

善子「そ、そうよ。このくらい、この堕天使ヨハネにとっては準備運動にもならない……」

善子「そう! 禁断のグリモワールの解読を終えたとき、このヨハネの封じられし真の力が!」

果南「いつにも増して分からない……。マル、通訳できる?」

花丸「えぇっと。善子ちゃん、この前に古本屋さんで怪しげな本を見つけて」

花丸「日本語じゃないから苦労してるんだけど、この試練を越えればどうたら、って熱心に読み進めてるずら」

善子「怪しげな本じゃなくて禁断のグリモワールよ。悪魔召喚により召喚者の願いを叶える秘法が記されているわ……」

善子「その秘法により、堕天使の力は新たなるステージへ! ……あと、善子じゃなくてヨハネよ」

25: 2017/12/10(日) 08:35:49.41 ID:fWoH6ZEU
鞠莉「つまりいつもの善子だと」

善子「だからヨハネよ」

ダイヤ「まあ、グリルキッチンだかグリム童話か知りませんが、この練習に根を上げないのは良いことですわ」

ダイヤ「ルビィも、まだやれますか?」

ルビィ「う、うん。だいじょ――けほけほっ!」

ダイヤ「ルビィ……?」

曜「もしかして、まだ調子悪い?」

ルビィ「いえ、大丈夫です。やれま……けほっ」

ダイヤ「……すみません、みなさん。今日はこれで失礼させてください。ルビィを病院へ連れていきます」

鞠莉「ええ。それがいいわね」

26: 2017/12/10(日) 08:36:15.57 ID:fWoH6ZEU
ルビィ「ま、待って、大丈夫だから! けほ、けほっ」

ダイヤ「一端の口を叩くのは体調管理が出来てからですわ。私にとやかく言われるのが嫌なら、まず自分の体調くらいは管理なさい」

ルビィ「で、でも。地区予選までもう時間も……」

ダイヤ「やる気があるのは結構。ですが、それでみなさんに風邪を移す気? 言ったはずよ。あなただけの問題ではない、と」

ルビィ「……っ」

ルビィ「……はい。分かりました」

花丸「ルビィちゃん……」

ルビィ「ごめんね、みんな。先に帰るね」

ダイヤ「行きますわよ」

ルビィ「うん」トボトボ

梨子「大丈夫かな、ルビィちゃん」

千歌「……私達は練習しよう。今は、それしかないから」

果南「だね。っし、じゃあ休憩終わり! 続けるよ、みんな!」

「「はーい!」」

27: 2017/12/10(日) 08:37:04.70 ID:fWoH6ZEU
10月19日。黒澤家


ルビィ「けほっ、こほっ」

ダイヤ「大丈夫、ルビィ?」サスサス

ルビィ「うん……。ごめんね、もう1週間以上も。ルビィも早く治したいんだけど……」

ダイヤ「無理しなくていいですわ。あなたのペースで治せば。ね?」

ルビィ「でも、ラブライブが」

ダイヤ「心配しなくても千歌さん達なら大丈夫ですわよ」

ルビィ「うん。でも、そういうことじゃなくて……」

ダイヤ「……。飲み物を作ってきますわ。はちみつとレモンのでいい?」スック

28: 2017/12/10(日) 08:37:30.60 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(分かっています。ルビィはずっと、やりたがっていたんですもの。スクールアイドルを)

ダイヤ(地区予選まであとわずかのこの時期に練習すらできない口惜しさは、想像するに余りある……)

ダイヤ(私が治せるものなら治してあげたいのですが)

黒澤母「……ルビィの調子は、まだ戻りませんか」

ダイヤ「お母様。……ええ。芳しくありませんわ」

黒澤母「お医者の先生も困っておいでなくらいですからね……」

ダイヤ「咳が続いているだけですからね。熱や、他の風邪の症状は何もないとなると、対処療法しかないのも分かりますが」

黒澤母「そろそろ一度、沼津の病院へ連れていきます。それなら何とかなるかも」

ダイヤ「セカンドオピニオン、ですか。……そうですわね。それで、ルビィが1日でも早く治るなら」

黒澤母「それでは、急ですがその飲み物を飲んだらルビィを連れていきます。留守は任せますよ」

ダイヤ「承知しましたわ。吉報をお待ちしております……」

29: 2017/12/10(日) 08:38:31.70 ID:fWoH6ZEU




ダイヤ「おや。花丸さんに、善子さん?」

善子「ルビィのお見舞いに来たわよ。あと、ヨハネ」

花丸「こんにちは。ルビィちゃんは?」

ダイヤ「あ……。来ていただいて申し訳ありませんが、ルビィは今は、沼津の病院へ」

善子「沼津? 何よ、私は入れ違い? っていうか、この辺りに病院ってないの」

花丸「あるよ。マルも小さいころからお世話になってる病院」

花丸「でも、わざわざ沼津までって。もしかして、そんなに悪いずら……?」

ダイヤ「いえ。長引いているので念には念を、と言ったところですわ。ご心配には及びません」

30: 2017/12/10(日) 08:39:05.38 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「それにしても、お2人がいらっしゃるってご連絡頂いていたでしょうか。もしかしてルビィへ連絡を?」

善子「え? ずら丸から連絡きてないの?」

花丸「ルビィちゃんに連絡したよ。その、あいふぉーん?で」

ダイヤ「ではルビィで連絡が止まっているのですわね。まあ、病院では仕方ないのかも」

善子「……ずら丸。ちょっとスマホ貸しなさい。……やっぱり。あんた、おばあちゃんに誤爆してるわよ。お見舞い行ってくるって」

善子「というかあんたのおばあちゃん、スタンプで返事してるわよ。フランクね……」

花丸「誤爆? あいふぉーんって爆弾なの?」

善子「宛先を間違えてるってこと。それから、いい加減にスマホのこと全部iPhoneって呼ぶのやめなさい」

花丸「善子ちゃんが持ってるの、あいふぉーんじゃないの?」

善子「後で説明するわ。あと、ヨハネよ……って、そうじゃなくて」

31: 2017/12/10(日) 08:39:42.40 ID:fWoH6ZEU
善子「悪いわね、ダイヤ。急に押し掛ける形になっちゃって。ルビィがいないんじゃ仕方ないし、引き上げるわ」

花丸「これ、お土産のお芋のケーキ。ルビィちゃん、好きだと思って」

善子「旬だしね、サツマイモ」

ダイヤ「まあ。そんな、わざわざ」

ダイヤ「何でしたら、上がっていきますか? ルビィも出かけてからそれなりに経ちますし、しばらくすれば戻ってきますわ」

花丸「いや。ルビィちゃんもいないのに悪いよ」

ダイヤ「お茶菓子くらいはお出ししますわよ?」

花丸「お邪魔しますずら~」

善子「あんたね……。そうやってすぐ食べ物に釣られるのは悪い癖よ」

善子「ほら。馬鹿なことやってないで帰る――、」

ザーッ ザーザーッドジャーッ ピカーン、ゴロゴロゴロ…ダレカタスケテー

善子「……おぉぅ」

花丸「あれ。急に雨が降ってきたずら」

32: 2017/12/10(日) 08:40:23.10 ID:fWoH6ZEU
善子「雨って言うか嵐よ、これは……」

花丸「傘ある?」

善子「ない。天気予報では晴れだって言ってたから。ほら、スマホの天気でも晴れだし」

花丸「おー。未来ずら」

善子「予報だもの。そりゃ未来よ。外れたけど」

花丸「これが、すまほ? あいふぉーんとは何が違うの?」

善子「……雨宿りしながら話すわ」

ダイヤ「ええ。どうぞ、お上がりくださいまし」

善子「……お邪魔します」

善子「ああ、本当。ヨハネって雨の似合う女……」

33: 2017/12/10(日) 08:40:54.42 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「お茶菓子、お持ちしましたわ」

善子「だから、iPhoneってのはアップル製品のスマホで――、」

花丸「りんご? 食べられるの?」

善子「そうじゃないわよ。ほら、Macって聞いたことない?」

花丸「マクドナルドは関係ないんじゃ」

善子「食べ物から離れなさいよ! ジョブズが死んだとか、何年か前に騒がれてたでしょ」

花丸「……職業が、死ぬ? あ、聞いたことあるずら。えーあいが台頭して人間の職が奪われるんだよね」

花丸「ところで善子ちゃん。えーあいって何ずら?」

善子「ああっ、もう! 何なのよその中途半端な知識は!?」

ダイヤ「ふふ。楽しそうですわね」

善子「楽しくない! 交代よ、ダイヤ。堕天使的にこれ以上の説明は無理」

ダイヤ「堕天使とスマートフォンに何の関係が」

34: 2017/12/10(日) 08:41:34.84 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「それより花丸さん? お菓子はいかがですか?」

花丸「ありがとうダイヤさん。もぐもぐ。ルマンドおいしいずら」

善子「……バカバカしくなってきたわ」

花丸「善子ちゃんは食べないの? なくなっちゃうよ?」

善子「なに一人で全部食べようとしてるのよ! 私も食べるわよ!」

善子「あと、ヨハネよ」

花丸「もぐもぐ。で? ルビィちゃんは、まだ良くならないんだ?」モグモグ

ダイヤ「……ええ。しつこい風邪のようでして。みなさんにはご迷惑をおかけしますわ」

善子「別に迷惑ってことはないけどね。まあでも、ルビィには忠実なリトルデーモンとしてこのヨハネに仕える義務があるから」

花丸「善子ちゃんは素直じゃないずら。ルビィちゃんが心配だって言えばいいのに」

善子「うるさいわね! 主として、リトルデーモンのことを気に掛けるのは当たり前なのよ!」

善子「あと、ヨハネ」

35: 2017/12/10(日) 08:42:09.61 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「ルビィは良い友人を持ちましたわね」

善子「っ、ゆ、友人じゃなくて主従の関係だって言ってるでしょ。ルビィは特に忠実なリトルデーモンよ」

善子「そう。堕天使とは闇に活き、孤独なる存在。孤高こそが我が力の源流!」

花丸「ルビィちゃん、早く良くなってほしいずら」モグモグ

ダイヤ「ええ。本当に……」

善子「無視するな!」

花丸「……堕天使の力があるなら、魔法でも何でもいいからルビィちゃんの風邪を治してくれたらいいのに」

善子「うぐっ。あ、悪魔の力は本来、人を助けるものではないわ。もし助けようというのなら、そこには多くの供物と代償が……」

花丸「つまり無理だと」

善子「い、今はまだアカシックレコードに記されし時ではない……。そういうことよ」

花丸「……」ジトーッ

善子「……ええ、無理よ! 悪い!?」

ダイヤ「悪魔なのだから悪いのでは」

善子「そ、それもそうね! やっぱりヨハネが悪いわ!」

花丸「もう何が何だか……」モグモグ

36: 2017/12/10(日) 08:42:43.43 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「まあ、何にせよルビィの風邪ならきっとすぐに治りますわよ。沼津のお医者様にも診て頂けるのだから」

ブロロロロロ…

ダイヤ「――っと。噂をすればこのエンジン音は……帰ってきましたわね」

黒澤母「ただいま戻りました」

ダイヤ「お帰りなさいませ、お母様」

ダイヤ「ルビィ? 花丸さんと善子さんが、お見舞いに来てくださっているわよ」

ルビィ「2人が?」

ダイヤ「ええ。ケーキまで持ってきて頂いて。あなたの部屋へご案内してあげなさい?」

ルビィ「うん!」トテトテ

ハナマルチャン、ヨシコチャン
  アア、ルビィチャン。大丈夫ズラ?
 オ見舞イノケーキアルワヨ
アリガトウ! 一緒ニ食ベヨウ!
  ワーイ、ズラ
 アンタ、マダ食ベルワケ…?

ダイヤ「ふふっ。まったくルビィったら、はしゃいで。本当に病人なのかしら」

37: 2017/12/10(日) 08:43:14.41 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「沼津のお医者様から、何か良い薬でも頂いたのですか? あの様子でしたらすぐに良くなりそうですわね」

黒澤母「……ダイヤ」

ダイヤ「はい?」

黒澤母「ルビィですが、……東京で再検査することになりそうです。東京のお医者様を、紹介して頂きました」

ダイヤ「……?」

ダイヤ「え?」

42: 2017/12/10(日) 09:28:50.40 ID:fWoH6ZEU
10月21日。黒澤家


ダイヤ「お、お母様! お帰りなさいませっ」

黒澤母「……ダイヤ。ええ、ただいま戻りました」

ダイヤ「それで東京の先生は、ルビィのことは、何と……」

黒澤母「……」チラッ

ルビィ「?」

黒澤母「……心配ありませんわ。すぐに、治ります」

ダイヤ「そう、良かった……!」

ダイヤ「――こほん。まったくあなたは心配ばかりかけて。治ったらみっちり練習して頂きますからね。あと衣装づくりも」

ルビィ「うん! がんばルビィ!」

黒澤母「……っ」

43: 2017/12/10(日) 09:29:22.04 ID:fWoH6ZEU
ルビィ「? お母さん、どうしたの?」

黒澤母「……何でもありませんわ。次のあなたたちのライブ、楽しみにしていますからね」ニコッ…

ダイヤ(ルビィはすぐに治る。確かにお母様はそう仰いました)

ダイヤ(けれど、それからルビィの咳が治まることは、なかった)

ダイヤ(東京のお医者様を尋ねる頻度は、時が経つにつれて多くなっていきました)

ダイヤ(ルビィの咳も、それに伴い酷くなっていった)

ダイヤ(ラブライブ!地区予選が、始まる……)

44: 2017/12/10(日) 09:30:19.89 ID:fWoH6ZEU
11月2日。黒澤家


ルビィ「……」ダダダダダダ

ルビィ「……けほっ、ごほっ、ごほ」

ルビィ「ふー……」ダダダダダダ

ダイヤ「……ルビィ。体調が悪いのだから、無理をしないで休んで早く治さないと……」

ルビィ「……」ダダダダダ

ダイヤ「ルビィ」

ルビィ「もし治っても、地区予選にルビィは出られないよ。ルビィだけ練習できてないもん」

ダイヤ「……っ」

45: 2017/12/10(日) 09:30:45.92 ID:fWoH6ZEU
ルビィ「これだけはやらせて。衣装づくりだけは。――こほっ」ダダダダ

ルビィ「ルビィもみんなの、Aqoursのメンバーだから」ダダダダダダ

ダイヤ「……無理だけは、しないで」

ルビィ「地区予選、頑張ってね。お姉ちゃん」ニコッ

ダイヤ「……。私は、これで失礼します」スッ

ダイヤ(どうして? どうしてですの? ルビィは治るのではなかったの!?)

ダイヤ(東京のお医者様は、私たちに嘘をついていたというの?)

ダイヤ(どうしてルビィが、あんな悲しそうな顔で笑わなくてはいけないの!? どうしてっ!)

ダイヤ「――お母様っ!」バンッ

46: 2017/12/10(日) 09:31:21.97 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「ルビィの咳は一向に治る気配を見せません! 東京のお医者様はルビィを治してくださるのではなかったのですか!?」

黒澤母「……」

ダイヤ「お母様! 何か仰ってください、地区予選までもう時間がないのです!」

ダイヤ「お母様っ!」

黒澤母「……ごめんなさい」

黒澤母「私はあなたに、あなた達に、嘘をついていました」

黒澤母「ルビィの病気はもう、……治りません」

ダイヤ「……え?」

47: 2017/12/10(日) 09:31:49.22 ID:fWoH6ZEU
黒澤母「あと1年ほど。長く見ても2年は持たないだろうと、お医者様の見込みです」

ダイヤ「な、……何を、言っているのですか、お母様。1年とか、2年とか。何の、ことを」

黒澤母「……」

ダイヤ「お母様? ねえ、お母様……」

黒澤母「……ルビィの、余命です。ルビィはあと、1年と少しの命なのです」

ダイヤ「は?」

ダイヤ「え。なん、ですか、それは。意味が分かりません。理解できない……」

ダイヤ「ルビィは、治るのでしょう? それは、いつなのですか?」

ダイヤ「だってお母様、仰ったではないですか。すぐ治るって。東京のお医者様が、治してくださるって」

ダイヤ「もうすぐライブなのです。みんなで今度こそ地区予選を突破して。入部希望者を100人集めて。廃校を救って。ラブライブ本選にも出場して……」

ダイヤ「ルビィがいなくては駄目なのです。ルビィも待ち望んでいた舞台なのです」

ダイヤ「お母様だってご存知でしょう? ルビィが、あの子がどれだけ熱心にスクールアイドルをしているか」

ダイヤ「あの引っ込み思案のルビィが、ようやく、自分の好きなことを胸を張って始めたのですよ? ご存知の、はずでしょう……?」

黒澤母「……ルビィは、助かりません」

ダイヤ「――嘘をつかないでくださいッ」バンッ

48: 2017/12/10(日) 09:32:24.04 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「そんなこと有り得ない、有っていい筈がない! ルビィの命があと僅かだなんてそんなこと……!」

ダイヤ「そうだ、きっと医者が悪いのですわ! 東京の医者だからと妄信するのがおかしいのです!」

ダイヤ「そうですわ。その医者はヤブです、誤診に決まっています! もっと信頼できる、腕のいいお医者様に診て頂ければルビィはきっと――、」

黒澤母「――ダイヤっ!」

ダイヤ「何だと言うのですか!!」

黒澤母「……ルビィに聞こえてしまいます。お静かに」

ダイヤ「っ」

ダイヤ「……嘘です。そんなこと、嘘に決まっています」

ダイヤ「嘘だと言ってください。お母様……」

黒澤母「……私だって、信じたくなどありません」

49: 2017/12/10(日) 09:32:48.36 ID:fWoH6ZEU
黒澤母「先生に、CTスキャンを見せて頂きました。正直なところ、説明はよく理解できませんでしたが」

黒澤母「あの写真を見れば、誰でも分かります。病巣が、確かにルビィの身体を蝕んでいること……」

ダイヤ「何とか、ならないのですか……?」

黒澤母「どうにも、ならないようです」

ダイヤ「ラブライブは? スクールアイドルは、どうなるの?」

黒澤母「呼吸器系の病です。歌や踊りなど、出来ようはずも」

ダイヤ「ルビィの夢は? 未来は? あの子の、これからは?」

黒澤母「……」フルフル

ダイヤ「……信じません」

ダイヤ「私はそんなこと信じない」

50: 2017/12/10(日) 09:33:24.00 ID:fWoH6ZEU
黒澤母「……酷なことを言います。どうか、残り僅かなルビィの命を、私と共に支えてください」

ダイヤ「信じないと言っているでしょう!? そんな訳の分からない妄言、付き合ってなど――」

黒澤母「お願いします、ダイヤ……。私だけでは、耐えられそうにないのです」ポロポロッ

ダイヤ「――っ!?」

黒澤母「どうか、許して。この弱い母を、何もできない母を、許してください。……ダイヤ、ルビィ」

黒澤母「うっ、うぅぅぅっ」

ダイヤ「……」

ダイヤ(物心ついて、初めて母の涙を見ました。気丈な女性である母が、私の尊敬してやまない母が、とても小さく見えました)

ダイヤ(その母の涙を見た瞬間に、それが受け入れるしかない現実なのだと、理解しました)

ダイヤ「そう」

ダイヤ「ルビィは、死ぬのね」

51: 2017/12/10(日) 09:33:57.33 ID:fWoH6ZEU
11月12日。浦の星女学院、理事長室


ダイヤ(地区予選のステージに、ルビィは立ちませんでした。本人も分かっていたのでしょう、今の自分が満足にステージに立てる状態ではないことを)

ダイヤ(ルビィは自分から、地区予選の辞退を申し出ました。サポートに回ると、はっきりとメンバーの前で発言しました)

ダイヤ(私は、迷っていました。思い出作りにルビィがステージへ立つことに協力すればいいのか、無理をしないようお布団へ縛り付けてやればいいのか)

ダイヤ(だからルビィが自分で決断した時、私は心底ほっとしました。自分で取るべき道を選ばなくて済んだことに、安堵しました)

ダイヤ(私は、迷っています)

ダイヤ(ルビィとどう接すればいいのか、分からない)

千歌「鞠莉ちゃん。今の入学希望者は……?」

鞠莉「……5分おきに聞かないでよ。変化なし、よ」

千歌「だって、期限まであと30分もないんだよ? それでまだ、70人にもなってないのって、変だよ」

52: 2017/12/10(日) 09:35:00.63 ID:fWoH6ZEU
千歌「そうだ。もしかしてサーバが壊れてるんじゃない? 地区予選の時から増えてないってことは、その時から――」

果南「千歌」

千歌「か、果南ちゃ――」

果南「……分かってるんでしょ、自分でも。私たちは地区予選で敗退した。もう、入学希望者が増える要素なんてない」

千歌「ま、まだ分かんないじゃん! あと20分ある、出来ることをやろうよ! えっと、ええっと」

千歌「そう、ライブやろう!? それでもう一度、色んな人にこの学校のいい所を知ってもらって――、」

曜「……千歌ちゃん」ギュッ

千歌「よ、曜ちゃん。……放して。放してよ」

曜「待とう。今はもう、それしかないよ」

千歌「う、うぅぅぅぅぅっ……」

ルビィ「……ッ」

ダイヤ「……」

53: 2017/12/10(日) 09:35:49.17 ID:fWoH6ZEU




鞠莉「……募集が終わったわ。最終結果、68人」

千歌「……」

千歌「そっか。廃校、か」

千歌「千歌たち、何にも出来なかったんだね……。ラブライブも、廃校も、何にも」

千歌「ゼロはイチになって、イチはジュウになって。――68人で、打ち止め。それが私たちAqoursの結果」

千歌「奇跡は、起きなかった。起こせなかった」

梨子「千歌ちゃん……」

千歌「どうしよっか、これから。やることなくなっちゃったね」

千歌「……Aqoursももう、解散かな」

54: 2017/12/10(日) 09:36:15.21 ID:fWoH6ZEU
果南「ち、千歌っ、それは――!」

千歌「だって、そうじゃん。私たちは廃校を阻止するためにスクールアイドルやってたんだよ? 活動する理由がもう、ないじゃん」

千歌「それに果南ちゃんたち3年生は受験だってあるんだよ。目的もないのにスクールアイドルやってる場合じゃないよ」

果南「……それは」

「――違います」

ダイヤ「――え?」

ルビィ「ルビィは、廃校になるからスクールアイドルだったんじゃ、ないです」

ダイヤ「ル、ビィ……?」

千歌「ルビィちゃん?」

ルビィ「μ'sに憧れたの。取り得なんてなくっても、自信はなくっても、花陽ちゃんみたいに勇気をもって前へ進めば輝けるって」

ルビィ「ルビィはそんなスクールアイドルに、憧れたんだよ」

花丸「ルビィちゃん……」

55: 2017/12/10(日) 09:36:41.81 ID:fWoH6ZEU
ルビィ「練習は辛かったよ。人前で歌うのは怖かったよ。でもいざステージに立ったら、そんなこと忘れちゃうくらいキラキラして、輝いてて」

ルビィ「……廃校阻止は、大事な目標だったよ。でもそれ以上に、みんなで歌うのが楽しかった。ルビィはそんなAqoursが、大好き」

ルビィ「スクールアイドルが、大好きだから。だからスクールアイドルだったんです」

ルビィ「けほっ、ごほ……っ」

千歌「……」

ルビィ「千歌ちゃんは、どうしてスクールアイドルをやろうと思ったの? 廃校を阻止できれば、何でも良かった……?」

ルビィ「スクールアイドルは千歌ちゃんにとって、廃校を阻止するためのただの道具だったの……?」

千歌「……」

梨子「千歌ちゃん……」

曜「千歌ちゃ――、」

千歌「んああああああああああああああっ!!」ガンッ

曜「っ!?」ビクッ

曜「ちょ、千歌ちゃん!?」

56: 2017/12/10(日) 09:37:11.94 ID:fWoH6ZEU
千歌「――私だって憧れたよ! μ'sに! あのステージに! スクールアイドルに!」

千歌「最初にあったのはそれだけだった! あんな風に輝きたいって、どこにでもいる普通の私が、あんな奇跡みたいな姿になりたいって!」

千歌「廃校阻止なんて最初はμ'sの真似だった! でも、μ'sを追いかけるだけじゃダメだって知って、この学校が好きだって気持ちも本物で……!」

千歌「だから本気で、出来ることをやってきたの! でも私たちは届かなかった、何も果たせなかったっ!」

千歌「今の私たちには、μ'sの影も、廃校阻止も、目に見える目標は何にも残ってないんだよ!?」

曜「……」チラッ

梨子「……」コクコク

ようりこ「「じゃあ、やめる?」」

千歌「……ッ!」ギリッ

千歌「やめないっ! 私はまだ、何もしてない! 私たちが憧れた輝きを、見つけられてない!」

千歌「私の大好きなAqoursで、何も出来てない! このAqoursで、もっと歌いたい、踊りたいっ」

千歌「――やろう、ライブを! このままじゃ終われない、最後まで足掻くって決めたんだから!」

57: 2017/12/10(日) 09:37:41.50 ID:fWoH6ZEU
果南「ふふ。本当に千歌は、いつもいつも急なことを言い出すんだから」

鞠莉「まあでも? これでこそ我らがAqoursのリーダーデース!」

善子「今からライブの準備ってなると、時期的に大きな舞台はクリスマスね」

善子「――ふっ。聖夜を漆黒の闇に染め上げる。この堕天使ヨハネに相応しい……!」

花丸「それなら聖歌隊の方に話してみるね。Aqoursの時間、作ってくれるかも」

千歌「じゃあクリスマスライブに決定! それがAqoursのラストライブだよ!」

千歌「ルビィちゃん、それまでに風邪治しておいてね、絶対に一緒にステージに立ってもらうからね!?」

ルビィ「……」ニコッ

千歌「やろう! 奇跡なんかなくたっていい、今は何も見えなくてもいい。私たちの輝きを、全力を、この浦の星に! この青春に!」

千歌「Aqours――!」

「「「「サ ン シ ャ イ ン !!」」」」

ルビィ「……」ニコニコ

ダイヤ「……」

ダイヤ(ルビィ……あなたは)

――けほっ

58: 2017/12/10(日) 09:38:29.28 ID:fWoH6ZEU
11月15日。浦の星女学院


ダイヤ「これをチャペルまで持って行けばよろしいんですのね」

教師「ええ。頼まれてもらえる? 忙しいこの時期に、申し訳ないとは思うけど」

ダイヤ「いいえ。浦の星女学院最後の生徒会長として、だからこそ学校のために尽力したいと思います。承りましょう」

教師「助かるわ」

ダイヤ「ではこれで。失礼致します」

ダイヤ(嘘です。本当は色々なことから目を逸らしたいから、奉仕に身をやつしているだけ)

59: 2017/12/10(日) 09:39:05.44 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(地区予選敗退のこと。廃校のこと。受験もあれば、ラストライブもある。何より――ルビィのこと)

ダイヤ(不純ですわね。この私が世のため人のためと偽り現実逃避などとは、弱くなったものです)

ダイヤ(……いいえ。初めから強くなどなかったのでしょう。強く正しく、黒澤の娘かくありと努力を重ねてきたつもりでしたが)

ダイヤ(本当に、つもりでしかなかったのかも知れませんわね)

~♪

ダイヤ「……この音、チャペルのパイプオルガン? 誰かが演奏している……」

ダイヤ(この演奏技術、明らかに素人ではありませんわね。これは一朝一夕で身に付くものではない)

ダイヤ(となると)

梨子「――♪」

ダイヤ(やはり梨子さんでしたか。もはやこの浦の星で、楽器奏者と言えば彼女を置いて他にありませんわね)

60: 2017/12/10(日) 09:39:35.24 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「いい音色ですわ……」

ダイヤ(神聖なチャペルに響くオルガンの音色。この組み合わせは、どうしてこうも心が洗われるようなのか)

ダイヤ(……神など、いよう筈もないのに。もしいると言うのなら、ルビィにあんな運命、課す筈がありませんもの)

ダイヤ(でも、もし。もしも心の底から祈りを捧げれば、神はルビィを救ってくださるのでしょうか……)

ダイヤ「……」ギュッ




61: 2017/12/10(日) 09:40:20.05 ID:fWoH6ZEU
梨子「――♪」

梨子「……ふぅ」

ダイヤ「おしまいですか? 素晴らしい演奏でしたわ」パチパチパチ

梨子「わっ!? ダ、ダイヤさん。聴いてたの?」

ダイヤ「ええ。生徒会の仕事の途中でしたが、つい聴き入って、お祈りまでしてしまいましたわ」

梨子「は、恥ずかしいよ……。オルガン、慣れなくってまだ下手だから」

ダイヤ「まあ実際ピアノとは別物ですものね。足鍵盤とか。ですが、見事なものでしたわよ」

ダイヤ「これからはピアノとオルガンの二足の草鞋でやっていくんですの?」

梨子「ううん。クリスマスライブで聖歌隊にお邪魔させてもらうことになったでしょ。その代わり、って訳じゃないけど演奏を頼まれたの」

梨子「でも思ったより難しくて。安請け合いしちゃったかな」

ダイヤ「……もしや、パイプオルガンに触れたのは今回が初めてですの?」

梨子「うん。タッチが全然違うから戸惑うね。足もそうなんだけど、強弱の付け方とか、鍵盤を押してる時間とか」

ダイヤ(それであの堂に入った演奏……。梨子さん、地味で普通などと自称していますが、音楽的センスは紛れもなく怪物ですわよね)

62: 2017/12/10(日) 09:40:58.40 ID:fWoH6ZEU
梨子「ダイヤさんはチャペルにはよく来るの? さっきは生徒会の仕事、って言ってたけど」

ダイヤ「生徒会長ですので、校内の施設とあらばどこへでも立ち入りますわ。まあけれど、個人的にチャペルへ立ち入ることは少ないですわね」

ダイヤ「ミッションスクールの生徒の代表としては、如何なものかと思いますが……」

梨子「そこはまあ、花丸ちゃんなんかお寺の子だし」

梨子「でもさっきお祈りしてたって言ったよね。カトリック、って訳じゃないんだ?」

ダイヤ「黒澤家は国木田家と同じく、代々仏教徒ですわ。チャペルで堂々と宣言することでもありませんが」

ダイヤ「……ただ少し、祈ることで救われたいと。そう思ってしまったのでしょう」

梨子「……ルビィちゃんの風邪のこと?」

ダイヤ「そんなところです」

梨子「早く良くなってほしいよね。またルビィちゃんと一緒に歌いたい」

ダイヤ「……。ええ、本当に」

63: 2017/12/10(日) 09:41:53.34 ID:fWoH6ZEU
梨子「せっかくだし、私も一緒にお祈りしようかな。早く良くなりますように、って」

ダイヤ「ありがとうございます。……ですが、やはり祈ったところでどうなる訳でもないのでしょうね」

ダイヤ「祈って奇跡が起きるのならば、私たちは今頃、ラブライブ決勝の準備に勤しんでいたのでしょうから」

梨子「……」

ダイヤ「歯痒いですわ。そうと知っていても祈る以外に、出来ることがないだなんて」

梨子「……そんなことないよ。きっと、ダイヤさんがそう思ってくれてるだけでも、ルビィちゃんにとっては有り難いことだと思う」

64: 2017/12/10(日) 09:42:18.93 ID:fWoH6ZEU
梨子「ルビィちゃん、最近は凄くしっかりしてきたけど、やっぱり不安もあるだろうから。みんなで支えてあげようよ」

ダイヤ「しっかり……ね。あなたの目にもそう映りますか。最近の、ルビィの様子は」

梨子「うん。千歌ちゃんに発破かけた時なんか、びっくりしたよ。凄く力強い目をしてて。そりゃ千歌ちゃんもやる気出しちゃうよね」

梨子「それにその後だってステージの準備に衣装に、色々な意見を出して……。果南ちゃん達とライブの方針で言い争うルビィちゃんなんて、初めて見た」

梨子「風邪ひいてるんだから休んでて、って心配になるけどね。でもあれを見たら、私も頑張らなきゃって思うよ」

ダイヤ「……」

梨子「あれ。どうしたの、ダイヤさん? あ、もしかしてルビィちゃんがしっかりし始めたのが嬉しい反面、寂しいとか」

梨子「ダイヤさん、すっごい過保護だもんね。妹離れ出来てないって言うか――あれ? ダイヤさん? おーい、ダイヤちゃーん?」

ダイヤ「……」

ダイヤ(やはり、誰の目にも明らかなのでしょう。ルビィの変化は)

65: 2017/12/10(日) 09:42:50.58 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(あのルビィがここ数日、見違えるほど精力的に活動している。それ自体は喜ぶべき変化です)

ダイヤ(けれど私はルビィの変化の理由を知っています。ルビィはただ――生き急いでいる)

ダイヤ(恐らく、ルビィは勘付いています。自分の病気がラストライブまでに治ることがないこと。そして――)

ダイヤ(もう、自分の命が長くはないということを)

ダイヤ(あの子は見た目より――と言うと失礼ですが、みなが思うよりもずっと聡い。何かの拍子で気付いていたとしても、不思議はありません)

ダイヤ(ああ……私は本当に弱い。ルビィに真実を隠してきたというのに、今は自分で気付いてくれて良かったと、そう思っている)

ダイヤ(ルビィに真実を打ち明ける必要がなくなったことを、心の底から安堵している)

ダイヤ(何と情けないことでしょう。数多くの習い事も、生徒会も、アイドルも、私の弱さを隠すハリボテだったと言うのでしょうか)

ダイヤ(あの子がスクールアイドルをやりたいと言った時あんなにも嬉しかったのに、今は。今はあの子が前向きであればあるほどに)

ダイヤ(その姿を見ることが、あまりにも苦しくて)

ダイヤ(――ふふ。お母様のお気持ち、痛いほどよく分かりますわ。私は紛れもなく、あなたの娘です)

ダイヤ(許して、ルビィ。私はあなたに、向き合うことすら怖いのです。こんなところで、祈りを捧げて自分を誤魔化すことしか)

ダイヤ(それだけしか、出来ないの。どうか許して。ルビィ)

66: 2017/12/10(日) 09:43:26.21 ID:fWoH6ZEU
同、11月15日。黒澤家。ダイヤ自室


ダダダダダダ…

ダイヤ(隣の部屋からミシンの音が、聞こえます。そこに時折、咳音が混ざる。今日も遅くまで、ライブの衣装を作るのでしょう)

ダイヤ(もう休みなさい、頑張って……。どちらの言葉を選んだとしても、あまりにも白々しい)

ダイヤ(ルビィとどんな会話をすればいいのか分からない。もう、目を合わせることすら、怖い)

ダイヤ(だからルビィの小さい頃のアルバムを見ながら、ずっとこの音を、聞いています)

ダダダダ…ごほっ、ごほごほっ

67: 2017/12/10(日) 09:44:29.84 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「ふふっ。そう言えばこの頃のルビィは髪を伸ばしていたのでしたか。本当に、私にべったりでしたわね」

ダイヤ(私の後ろをおねえちゃんおねえちゃんと。おぼつかない足取りで付いて来ていた。途中で転んで、泣いたりすることもよくあって)

ダイヤ(あの子を甘やかさないよう努めていましたが、さすがに転んで泣いているところは放っておけなくて)

ダイヤ(擦りむいた膝を手当てして、おまじないであやして。ようやく泣き止んだあの子は)

ダダダダダダ…

『――おねぇちゃん、ありがとう』ニコッ

ダイヤ(必ず、私にそう微笑んだ)

68: 2017/12/10(日) 09:45:30.88 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「……っ、なぜ。なぜルビィなんですの……?」

ダイヤ「それが私だったなら。他の誰かであってくれたなら……っ!」

ダイヤ「どうして、ルビィ以外の誰かであってくれなかったの……!?」

ダイヤ(っ。いけません。そんな後ろ暗い感情に捕らわれては。運命ばかりか、他者を呪うような思考、あってはならない)

ダイヤ(仕方がないことです。どうしようもないことなのです)

ダイヤ(ルビィは前へ向いて、今を精一杯生きようとしている。それを、姉である私が呪うばかりでどうするのです)

ダダダダダ…

ダイヤ(そうですわ。悲しんでばかりいるから駄目なのです。受け入れてしまえば、今よりずっと楽になれる)

69: 2017/12/10(日) 09:45:55.02 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(だいたい、ルビィが死ぬから何ですか。そもそもあの子は、いつもいつも私のアイスもプリンも勝手に食べるし)

ダイヤ(小さい頃から我侭ばっかり。習い頃は辞めるし、鈍臭いし、好奇心が強い癖に怖がりだから犬なんかに吠えられてすぐ泣くし)

ダイヤ(お母様もルビィには妙に甘いし。姉なのだから我慢なさいなんて、私がどれほどのことを耐えてきたか)

ダイヤ(本当、面倒くさい子でしたわ。あんな、あんな世話のかかる妹――)

『ほら、ルビィ? ダイヤおねえちゃんですよー? ほらダイヤも。ルビィちゃんにご挨拶をなさい?』

『きゃっきゃ』

『ぴぎっ。……る、びぃ?』

『ええ。あなたの妹。あなたはお姉ちゃんになったんですよ』

『いもーと……』

『そう、妹。お姉ちゃんは、妹を守るものなんです。ほら、ルビィちゃんからもお願いして。よろしくお姉ちゃん、って』

『だー』

『……いもうと』

ダイヤ「……っ」

ダイヤ「私はっ。私はいったい、どうすれば……!?」

70: 2017/12/10(日) 09:46:39.01 ID:fWoH6ZEU
ごほっごほ、ごほっ。
…ぐすっ

ダイヤ「……?」

ダイヤ(ミシンの音が、やんでいる。今、咳音に混ざって聞こえるこの音は)

ぐすっ。けほ、こほっ。
ひぐっ、うぅぅぅっ。ぐす、ぐすぐすっ。けほっ。
ぅう。おねえちゃん…

ダイヤ「――ああ」

ダイヤ(私が、求めるものは。心の底から、願ってやまないことは)

ダイヤ(分かっていた筈。最初から、そんなことは――)

ダイヤ「それなのに何を、悩んだフリなどしているのですか、私は!」

ダイヤ「祈ること以外に、やるべきことがあるでしょうに……!」

ダイヤ「……っ」スタスタスタ、ガラッ

ダイヤ「――ルビィ!」

71: 2017/12/10(日) 09:47:35.35 ID:fWoH6ZEU
ルビィ「お、ねえちゃん……? あっ――」グシグシ

ルビィ「ど、どうしたの? ルビィ今、クリスマスライブの衣装を作ってるの。お姉ちゃんに似合う、可愛いの作るからね」

ルビィ「だから、何も心配しないで、待ってて――」

ダイヤ「――っ」ダキッ

ダイヤ「……」ギュゥ…

ルビィ「……お姉ちゃん?」

ダイヤ「私はあなたを、喪いたくない……っ」

ルビィ「……」

ルビィ「やっぱり、お姉ちゃんはお母さんから聞いてたんだね。ルビィのこと」

ダイヤ「はい。……やはり、あなたも気付いていたのですね」

ルビィ「自分のことだもん。何となく。お母さんもお姉ちゃんも、よそよそしいし」

72: 2017/12/10(日) 09:48:05.99 ID:fWoH6ZEU
ルビィ「それに、知ってた? お姉ちゃん、誤魔化すときはホクロのところ掻くんだよ?」

ダイヤ「そうですか、あなたもそれを……。厄介なクセですわね」

ルビィ「ねえ。知ってるなら教えて。クリスマスライブまではルビィの身体、持ってくれるんだよね?」

ルビィ「ステージに立つのは無理でも、衣装は作りたいんだ。この衣装を着て、歌ってる皆が、花丸ちゃんが、お姉ちゃんが見たいの」

ルビィ「せめてその時までは、生きていたいんだぁ……」

ダイヤ「……あなたは私が救います」

ルビィ「え?」

ダイヤ「私があなたを救ってみせる。それこそが、15年も前から定められた、黒澤ダイヤの最初の務めです……!」

ダイヤ「この務めだけは、誰が何と言おうとも、他のどんな運命が立ちはだかろうとも、絶対に果たしてみせる。何としても!」

ルビィ「……お姉ちゃん?」

73: 2017/12/10(日) 09:48:44.65 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「あなたを守ると決めた。それが姉としての誓い」

ダイヤ「最後まで足掻くと決めた。それがAqoursの誓い……!」

ダイヤ「あなたを失いたくないと、その答えを決めた! それが私の誓いっ!」ギュゥッ

ルビィ「お姉ちゃん。何を……」

ダイヤ「ルビィ、あなたは私が守ります。どんな手を使っても。何を犠牲にしようとも。どんな責め苦があろうとも……!」

ダイヤ「私はもう迷いません。祈る時間など必要ありません。ただ今は、全力で足掻いてそして起こしてみせる――奇跡を!」

ダイヤ「そのためならば。あなたが生きてさえいてくれるなら、私は――!」

ダイヤ「――どうなったって、構わない」

89: 2017/12/10(日) 19:01:26.22 ID:fWoH6ZEU
11月23日。浦の星女学院、図書室


花丸「あのー、ダイヤさん? そろそろ図書室閉めるんだけど……。終バスなくなっちゃうよ?」

ダイヤ「――あ。もう、そんな時間でしたか。失礼。すぐ片付けますわ」

花丸「ダイヤさん、ここのところ練習時間以外はずっと本読んでるよね。それ、医療関係の本……?」

花丸「もしかしてルビィちゃんの」

ダイヤ「私に出来ることはないか。そう思い立っただけですわ」

花丸「……ダイヤさん、ちゃんと寝てる? 何だか最近ちょっと、怖いずら……」

ダイヤ「私、もともと怖い先輩だったのでは」

花丸「最初は、まあ。でも、ダイヤさんは優しいお姉さんみたいな人だよ」

ダイヤ「……ふふ。姉、ね」

ダイヤ「何でしたら花丸さんも、私の妹になってみますか?」

花丸「え? あ、いや。それはルビィちゃんに怒られちゃうかも」

ダイヤ「くすっ。冗談ですわ。私、あまり甲斐性のある方ではないらしくて。妹なんてルビィだけで手一杯です」

90: 2017/12/10(日) 19:02:06.14 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「ところで、この本をお借りしてもよろしいですか。家で読み込みたいもので」

花丸「あ、うん。じゃあ早く手続き済ませちゃうから、こっちへ」

花丸「これで……よし、と。はい、返却期限は守ってくださいずら。じゃあ、オラは戸締りして帰るね」

ダイヤ「付き合いますわ。一緒に帰りましょう、同じバスなのですから」

花丸「それもそうだね」

ダイヤ(あれから、医学のことを勉強し、ルビィの担当医の方からもお話を伺いました。まずはルビィの病を知らなくてはならない)

ダイヤ(結果は、絶望的です。私の付け焼刃のにわか知識でも、ルビィの容体が如何に酷いものか分かる)

ダイヤ(まあ、それも当たり前ではあるのですが。医療のプロが太刀打ちできないものに、私のような素人が医療の中に突破口を見つけるなど、容易ではありません)

ダイヤ(そして残念なことに、医療という道を塞がれた場合、他に有力な選択肢も存在しない)

ダイヤ(助ける、と息巻きはしましたが……。いきなり行き詰まった形です)

91: 2017/12/10(日) 19:02:52.42 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(とはいえ困難であることは承知の上。とりあえず今、必要なことは知識を集めることでしょう)

ダイヤ(科学・非科学、信憑性、洋の東西、現在・過去の何もかもを問わず。それらしい情報はすべて集める)

ダイヤ(集まった知識が糧になるのだと信じましょう。不器用ですが、それしかない……)

ダイヤ(幸い、勉強は得意ですから)

善子「――あれ。あんた達、まだいたの?」

花丸「善子ちゃんも今から帰るの? オラたちは図書室にいたんだけど」

ダイヤ「珍しいですわね。善子さんがこの時間まで残っているのは」

善子「別に。ちょっと小石に躓いたら転んだ先に千歌がいて押し倒す形になっちゃって、それを曜とリリーに見咎められて言い訳に時間を食っただけ」

善子「ちなみに、ようちかりこの3人は、最終的にイチャイチャしながら帰ったわ。私だけバスに乗り遅れてこのザマよ」

花丸「……男の子の漫画の主人公みたいなことしてるんだね、善子ちゃん」

善子「不本意過ぎるわよ……。あと、ヨハネよ」

92: 2017/12/10(日) 19:03:58.24 ID:fWoH6ZEU
善子「ったく、嫌になるわね。早く帰ってグリモワールの解読を進めなきゃいけないってのに」

花丸「まだやってたんだ、それ」

ダイヤ(グリモワール……魔術書? そういえば前にそんなことを言っていたような。えぇと)

――怪しげな本じゃなくて禁断のグリモワールよ。悪魔召喚により召喚者の願いを叶える秘法が記されているわ……

ダイヤ(と、いう話でしたか。……願いを叶える秘法、悪魔召喚、ですか)

善子「ラテン語らしいことは分かってるんだけどね。さすがに難しいのよ」

花丸「ラテン語どころか英語の成績だって怪しいもんね、善子ちゃん」

善子「うっさい!」

ダイヤ(ラテン語? 確かに魔術の類とは関係の深い言語のはず……)

ダイヤ(信憑性については一考するほどの価値もありませんが。そうは言っても、他にルビィを救う有力な手立てはない)

ダイヤ(……ふむ)

93: 2017/12/10(日) 19:04:43.01 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「善子さん。何でしたらその本、私が解読してみましょうか?」

善子「はぁ?」 花丸「ずらぁ?」

ダイヤ「え。何ですの、その反応」

善子「いやいやいや。こっちが聞きたいわよ。あなた自分のキャラ理解して言ってる? いつものダイヤなら――」

善子「ぶっぶー、ですわ! そんなくだらない事をする暇があるなら、まずは予習復習をなさい! ……とか言うキャラよ?」

花丸「似てない……。というか、くだらないって自覚あったんだね」

善子「あんたは黙りなさい、ずら丸」

ダイヤ「私がどう思われているのか疑問ですが……。私も興味があるのです。そのグリモワールとやらに」

善子「……あなた本当にダイヤ?」

花丸「大丈夫? 硬度さがってない?」

ダイヤ「この後輩たちイラッと来ますわ」

94: 2017/12/10(日) 19:05:30.32 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「それで、どうなのです? 自分で言っては何ですが私、その手の作業は得意ですわよ」

善子「まあ、そうね。ダイヤなら確かにやってくれそうだわ」

善子「分かった。じゃあ、これ。お願いしていい?」

ダイヤ「持ち歩いているんですの? また随分と分厚い本を学校に……」

ダイヤ(……しかし、確かに古い。保存状態は良さそうですが、博物館にでも置いていてもおかしくない雰囲気があります)

ダイヤ(何かこう重量とはまた別の、奇妙な重苦しさが)

ダイヤ(平たい言い方をすれば。なるほどこれは――“それ”らしく見える)

95: 2017/12/10(日) 19:06:02.73 ID:fWoH6ZEU
花丸「大丈夫、ダイヤさん? さっき借りた本もあるし、重いんじゃ」

ダイヤ「まあトレーニングと思いましょう。それだってきっと、糧になる」

ダイヤ「では、確かにお預かりしました。解読でき次第、ご連絡しますわ」

ダイヤ(しかし、まあ。そうは言っても所詮は眉唾物のオカルト。読み進めたところで大した収穫もないのでしょうが)

ダイヤ(情けないことですわね。くだらないと思いつつ、オカルトにすら縋らざるを得ないなんて)

ダイヤ(……いいえ。祈るよりはマシな行為と思いましょうか。馬鹿馬鹿しくとも、みっともなくとも。足掻くと決めたのだから)

97: 2017/12/10(日) 19:06:53.67 ID:fWoH6ZEU
同、11月23日。黒澤家、ダイヤ自室


ダイヤ「……」カリカリカリ…

ダイヤ「……」カリカリカリカリ…

ダイヤ(ラテン語……どうやら古ラテン語という分類の言語のようです。なるほど善子さんが苦戦するのも分かる……)

ダイヤ(とはいえ文字はアルファベットです。これなら取っ掛かりは容易……言葉を調べて、写植して、を繰り返せばじき覚える)

ダイヤ(調べた単語をノートへ書き写すことをただ愚直に繰り返せば、使用頻度の高い言葉や文法も自ずと見える)

ダイヤ(履修とは、反覆の成果です。決して近道ではありませんが、これ以上ないほどに確実な道筋……)

ダイヤ(勉強は得意です。言語をマスターする必要もなくただ読む程度なら。――恐らく、時間はかかれど苦戦はしません)

ダイヤ(インターネットという文明の利器さえあれば。この私に読めない言語ではない筈ですわ)

ダイヤ「……ミシンの音、聞こえませんわね。さすがにルビィは眠りましたか」

98: 2017/12/10(日) 19:07:53.84 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「私も少し、休憩にしましょうか」グィッ…

ダイヤ(時刻は、午前2時を回りました。私も、いつもならとうに床についている時間ですが)

ダイヤ(ここ数日は、お台所へ飲み物を取りに行く時間になりましたわ。そのついでに――)

ダイヤ「……」テクテクテク ガラ…

ルビィ「すー……すー……」

ダイヤ「……ふふ」ナデナデ

ルビィ「んぅ……」

ダイヤ「――おやすみなさい、ルビィ。お姉ちゃん、頑張るからね」

99: 2017/12/10(日) 19:08:38.01 ID:fWoH6ZEU
11月26日。黒澤家、ダイヤ自室


ダイヤ「……」カリカリカリ…

ダイヤ(翻訳のために走らせるペンが、随分とスムーズになりました。概ね、ラテン語の文法は理解出来た)

ダイヤ(あとは、読んで日本語に直してノートに書く。ただその作業を繰り返すだけ。もはや単純作業ですわ)

ダイヤ「……しかしまさか、本当に魔術書だとは。善子さんの嗅覚もバカに出来ませんわね」

ダイヤ(本に書かれた内容は、確かに古来の黒魔術に関する秘法です。それも目を背けたくなるような、邪悪なもの)

ダイヤ(悪魔召喚、と善子さんは言いましたがそこはやや異なります)

ダイヤ(正確には悪魔そのものを呼び出すのではなく、供物を介し悪魔の力をこの世界で行使するもののようです)

ダイヤ(その、供物というものが――)

ダイヤ「……心臓やら頭蓋やら、まったく人間の欲望というものは恐ろしいですわね。命を何だと思っているのか」

ダイヤ「あるいは。これが単なる妄想ノートだから、そんな恐ろしいことが書けるのでしょうか」

100: 2017/12/10(日) 19:09:21.87 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「この本の真贋がどうあれ、こんなもの、参考に出来るわけが――……ん?」

ダイヤ「……これは、まさか。えっと、翻訳すると……」

ダイヤ「死者の蘇生術あるいは――不治の病の、治療……!?」ガタッ

ダイヤ「翻訳は……確かですわ。間違っていない」

ダイヤ「方法は――!?」

ダイヤ(……他の魔術と、そう大きくは変わりませんわね。魔方陣を描き、そこに被術者を置く)

ダイヤ(魔方陣の周辺に供物を並べ、呪文を……――供物は!?)

ダイヤ「……。はっ」

ダイヤ「なんて。なんて馬鹿馬鹿しい……」

ダイヤ(供物は、被術者と同じ生物の心臓を、十)

ダイヤ(ただの妄想にしても、趣味の悪い。ひとりの人間を救うため、十の命を犠牲にしろと?)

ダイヤ(それこそまさしく。悪魔の所業ではありませんか――)

ダイヤ「……所詮はオカルトですわね。こんなものを信じる人間が、いると思って書いたのでしょうか」

101: 2017/12/10(日) 19:09:59.17 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「ふーっ……。……時間を無駄にしましたわ」

ダイヤ「まあ、いいですわ。ラテン語の知識もまた、何かの糧になると思いましょう。さて、次は何に手を付けるべきか……」

ダイヤ「……とりあえず、休憩ですわね。冷蔵庫にプリンがあった筈ですし」

ダイヤ「ルビィ? いますか。一緒におやつにしませんか」

ルビィ「あ――うんっ、食べる!」

ダイヤ「ふふっ。まずは手を洗うんですのよ?」

ルビィ「はーい」

ダイヤ「……」

ダイヤ「……同じ生物の、ね」

ダイヤ(同じ生物の心臓。つまり、人間以外の生物に、術式を施すことが可能ということ)

ダイヤ(――実験が、出来る)

102: 2017/12/10(日) 19:10:54.96 ID:fWoH6ZEU
12月2日。内浦、山中


チュウ、チュウチュウ…

ダイヤ「……ありましたわ、山小屋」

ダイヤ(地元の人間でもごく少数の者しか知らない、朽ちた山小屋。まず人の出入りの有り得ない場所)

ダイヤ(過去にどんな目的で建てられた物か知りませんが、今は使われていないなら、少しくらいお借りしてもいいでしょう)

ダイヤ(さすがに自室で出来る実験ではありませんからね。手荷物からして不審ですし、誰かに見られる前に入りましょう)

チュウチュウ…

ダイヤ「……」ギィィ…

ダイヤ「――ふむ。埃とカビの臭いはありますが、風雨を凌ぐ分には問題なさそうですわね」

ダイヤ「季節柄かなり冷え込みますが、そこは電気もない以上どうしようもありませんか」

103: 2017/12/10(日) 19:11:56.12 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「……では。始めましょうか」

ダイヤ(マスクと、手袋。いちおう念のため、眼の保護に伊達メガネもかけましょう。何もないよりは、ね)

チュウチュウチュ―ヂュ!

ダイヤ(沼津の爬虫類等を扱うペットショップで、生餌のマウスを買ってきました)

ダイヤ(昔から、生物実験にはマウスと相場が決まっています。安く手に入る哺乳類で、小型で、海にまけば後処理にも困らない)

104: 2017/12/10(日) 19:12:34.71 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(まず1匹をケージに入れて)

ダイヤ(そして残りの10匹は。1匹ずつ、手に掴んで――、)

ヂュ、ヂュヂュヂュ、ヂュッ!

ダイヤ「……っ。ふーっ。すーっ」

ダイヤ(心臓が、早鐘を打ちます。手袋ごしに、生暖かい生き物が暴れている)

ダイヤ(手のひらにすっぽりと収まるその生き物の鼓動が、いやにはっきりと感じ取れます。今確かに、この手の中で、生きている)

ダイヤ(……手が、震える。こんな小さな獣ですが。ですが確かに生きているものを、私は、今。――その命を奪おうと)

ヂュー!ヂュー!

ダイヤ「はーっ、はーっ」

ダイヤ(気持ちが悪い。マスクの内側が蒸れて、とても不快です)

106: 2017/12/10(日) 19:13:17.20 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(手の中で暴れるこの生き物も、とても熱くて。気のせいと分かっていても、何だか、火傷してしまいそうで――)

ダイヤ「――ッ」

ヂュ!?ヂュッ、ヂュッ

ダイヤ(手に力を籠めると、一層強く暴れ出す)

ダイヤ(死にたくないと訴えていることが、嫌でも伝わってきます。それでも私は、この手を緩めません)

ダイヤ(ミシリと、身体が軋む感触が手のひらに伝わる。骨が砕け、内臓が潰れる、音)

ダイヤ(少しずつ、少しずつ抵抗する力を失っていく。その活力が徐々に失われていく様が、まさしく手に取るように分かってしまう)

ダイヤ(早く。早く。お願いです)

ダイヤ(早く、死んで――)

ヂュ、ヂュッ…ヂュ…
……

ダイヤ「……ッ、ッ」

ダイヤ「――は、あぁっ!」

ダイヤ(ようやく暴れなくなると、すぐ手を離す。ぼとりと小屋の床に落ちたそれは、ビクビクと痙攣を続け、そして)

ダイヤ(次第に、動かなくなりました)

107: 2017/12/10(日) 19:14:00.48 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「はぁ、はぁ、はぁ……」

ダイヤ(額の汗をぬぐいます。もう12月だというのに、どうしてこんなにも汗が出るのか)

ダイヤ(そのくせ、どうしてこんなにも。背筋が、寒いのか)

ダイヤ「……続けましょう。次の工程は」

ダイヤ「心臓の、摘出です」

ダイヤ(持ち込んだランプにマッチで火をつけ、床面に倒れたそれに近づける)

ダイヤ(痙攣するそれを押さえつけ、小型のナイフの切っ先を、腹に当てる)

108: 2017/12/10(日) 19:14:30.54 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「……っ」

ダイヤ(つぷりと、切っ先を押し込むと同時に膨らむ赤い水玉。次第に表面張力は決壊し、赤い液体が広がりを見せる)

ダイヤ(手袋越しの指先に触れる。あまりの嫌悪感に、腕を引きそうになるのを押し留めます)

ダイヤ(嫌悪も恐怖も、作業の邪魔です。この作業は必要なもの。ルビィを守ると決めた。魔術書の真贋を確かめなければならない)

ダイヤ(どんな手も使うと、そう決めた。このくらいで弱音など吐いてなるものか)

ダイヤ(そう。こんなもの、ただ魚を捌くことと何が違いますか。私はこれでも網元の娘。生き物の身体を開くことには、慣れている)

ダイヤ「ふー、ふーっ」

ダイヤ(震える指先で刃をはしらせ、腹を開く。ランプを近づけると、てらてらと脈動する臓物の様子がよく見える)

109: 2017/12/10(日) 19:15:11.20 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(胃の中からせりあがる物を抑え込み、観察する。さすがは哺乳類というべきか、どれがどの臓器か、何となく分かる)

ダイヤ(まさか、得た医療の知識がこんなところで役に立とうとは思いませんでしたが……)

ダイヤ(ぐじゅりとピンセットで臓器を摘まみ上げ、ニッパーで切り取る。これは肺臓。となればこの向こうにあるものが――)

ダイヤ「見つけましたわ。心臓。まだ僅かに細動している……」

ダイヤ(ピンセットで慎重に動脈を摘まむ。ニッパーを差し込んで、その小さな、けれど妙に弾力のある管を――)

ブチッ

ダイヤ(動脈を切断すると、心臓の中に残っていたのか、一気に血液が溢れ出す。開いた身体が血に溢れ、心臓の形がもう見えない)

ダイヤ「……っ」

ダイヤ(怖気を、飲み込む。こんなことで怯んでいる暇はありません)

110: 2017/12/10(日) 19:15:49.06 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(しかし、早まりました。絞め〇すのではなく、先に切って血抜きをしてから解体すべきでしたわね……)

ダイヤ(とりあえず、ガーゼを……よし。これなら)

ブチッ、ブチッ
ズズ…

ダイヤ(摘出完了、ですわ……)

ダイヤ「ふーっ……。これをあと、9つですか。なかなか、思ったより疲れますわね」

ダイヤ(肉体の疲労感はほとんどありませんが。どうも、精神の疲弊が大きいようです。温かな生き物の命を奪うという行為が、神経を擦り減らす……)

ダイヤ(まあ、ゆっくりやりましょう。時間はあるのですから)

ダイヤ(残り9つ。ひとつひとつ、ゆっくりでいい)

ダイヤ(ひとつひとつ確実に。効率のいい方法を模索しながら。トライアンドエラーを繰り返し。学習し)

ダイヤ(〇して。解して。並べて。次へ)




111: 2017/12/10(日) 19:16:27.50 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「これで、10……」

ダイヤ「はー……。終わった……」

ダイヤ(一列に並んだ、小さな赤黒い肉が、計10個。床に打ち捨てられたボロボロの肉塊もまた、10個)

ダイヤ(次は……。あらかじめ用意しておいた、魔方陣を描いたルーズリーフを、ケージに)

ダイヤ(そしてケージの中に入れておいたネズミは、手で掴んで)

ヂュッ! ヂッ・・・

ダイヤ(――絞める)

ダイヤ(動かなくなれば、魔方陣の真ん中に遺体を置いて)

ダイヤ(摘出した心臓を、魔方陣の円周上に、ひとつ、ふたつ……、……ここのつ、とお)

ダイヤ「……ふ、ぅ。これで、良し。さすがに11匹となると手慣れますわね。慣れたいと思うものでもありませんが」

112: 2017/12/10(日) 19:16:57.27 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「ともあれこれでようやく、準備が整いましたわ」

ダイヤ「後は、この呪文を唱えれば良いのでしたわよね」ペラッ

ダイヤ「呪文と言っても日本語訳ですが。なにせラテン語の発音がよく分かりませんから……」

ダイヤ(本当は可能な限り原典に近づけるため、呪文もラテン語で唱えるべきなのでしょうが)

ダイヤ(まあ、そうは言っても、そもそも駄目で元々です。失敗なら失敗で、オカルトと断じてこの本のことは忘れましょう)

ダイヤ「それにしても、我ながら何とも恥ずかしい和訳ですわね、これ……。まるで善子さんですわよ、本当に」

ダイヤ「これを音読するのは少々気が引けますが……腹をくくりましょうか」

ダイヤ「では」

113: 2017/12/10(日) 19:17:35.26 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「――我が声に応じよ。汝、地獄を統べし勇猛なる獅子。十つ、心の臓腑を対価に、我が求めに応じよ」

ダイヤ「数多の恐怖を与えし者よ。この血、はらわた、魂を求めるのならば応えよ」

ダイヤ「死にゆく肉塊に命を。死せる土嚢に魂を。――我、汝と契約を結ばん……!」

ダイヤ(――っ、今。少しネズミの身体が光った……?)

ダイヤ「……」

ダイヤ「……」

ダイヤ「いえ。気のせいですわね。何も起きませんわ」

ダイヤ「つまり、――ああ。私、善子さんのような恥ずかしい言葉を一人で喋っただけですわね」

ダイヤ(要するに、失敗です。この魔術書はただの妄想ノート。死者を蘇らせる悪魔の秘法など、有りはしないということ)

ダイヤ「まあ、オカルトなんてこんなものでしょう。最初から大して期待もしていませんでしたし、落胆もしませんが」

114: 2017/12/10(日) 19:18:14.10 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「ふわぁぁ……っと、大あくびなんて、はしたない。慣れないことをして、疲れてしまいましたわね」

ダイヤ「ここのところ酷い寝不足ですし、確かに眠い……少しだけ、ほんの少しだけ。休憩していくと、しましょうか」

ダイヤ「起きたら、ネズミの遺体の処理をしませんと……誰にも見せられません、わ、ね――」

ダイヤ「すー……すー……」





チュウ、チュウチュウ…

ダイヤ「ん、んぅ……――ぅ。寒い……」

115: 2017/12/10(日) 19:18:46.91 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「あ――山小屋……。そうでした、少し休憩のつもりが、しっかり眠ってしまったのですわね」

ダイヤ「辺りがもう暗くなり始めている。早く、片付けて帰りませんと」

チュウチュウ…

ダイヤ「っと、そうですわ。ネズミの処理もしませんと。今からだと海に行くより、埋めた方が――」

チュウ…

ダイヤ「――え?」

ダイヤ(待ってください。今、聞こえているこの鳴き声は)

ダイヤ「――そんな」

116: 2017/12/10(日) 19:19:14.22 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「そんな、そんな馬鹿な……」

ダイヤ(有り得ません。確かに絞め〇しました。手で握って、骨を砕き内臓を潰した。その手の感触は、今も鮮明に思い出せる)

ダイヤ(魔方陣の上に寝かせてから、ピクリとも動くことはなかった。そのはず。そのはずなのに……)

チュウチュウチュウ…

ダイヤ「うそ、でしょう……?」

ダイヤ「何で。生きているんですの、このネズミ……」

ダイヤ(生きて、鳴いている。生きて、動いている。〇したはずのネズミが。今、確かに私の目の前で)

ダイヤ「あ。供物の、心臓……」

ダイヤ(魔方陣の円周に並べられたソレは黒く。真っ黒く。焼け焦げたかのように、真っ黒に)

ダイヤ(まるで、悪魔が喰らっていったかのような――)

ダイヤ「――ふ。ふふふふっ」

117: 2017/12/10(日) 19:19:37.54 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ「うふふふふっ、あはは。あははははは!」

ダイヤ「有り得ません! 有り得ませんわ、こんなこと! 有っていい筈がないっ!」

ダイヤ「だって、だってこんなことが有ったら。こんなことを知ってしまったら、私、もう……!」

ダイヤ(けれど、信じがたい目の前の光景こそが現実)

ダイヤ(死んだはずのネズミが蘇っている。黒魔術は実在する。――不治の病を治療する術もまた、同じように、実在する)

ダイヤ(おおよそ考え得る中で最悪と呼べる形で。救済の道が、そこに存在してしまった)

118: 2017/12/10(日) 19:20:13.84 ID:fWoH6ZEU
ダイヤ(ああ――もう戻れません。私は禁断の果実から、その知識を得てしまった)

ダイヤ(ルビィを救う。その決意が、私の心を塗り潰す)

ダイヤ(どんな手を使っても。何を犠牲にしようとも。どんな責め苦があろうとも。私の誓いは、変わらない)

ダイヤ(黒澤ダイヤの未来は、この日、この瞬間。悪魔によって閉ざされました)

ダイヤ(最愛のあなたの未来と、引き換えにして。それはきっと、安い契約――)


  ――ダイヤ「最愛のあなたへ」――
     第一部“永遠の誓い”了

119: 2017/12/10(日) 19:21:56.66 ID:fWoH6ZEU
あまりにも長い導入部でした。ともあれ次からが本番です
次回より第二部“愛にすべてを”

今後は投下スピード落としつつ、続きます。よろしくお願いします

154: 2017/12/12(火) 00:24:13.27 ID:StyEM40q
  ――第二部“愛にすべてを”――

12月5日。浦の星女学院、生徒会室


ダイヤ「……ここは無理です。ここは老夫婦の2人暮らしでしたか、有力候補ですわね」シュッシュッ

ダイヤ「この家はお爺さんがひとりですが……鍵が面倒なタイプですわ。除外」シュッ

ダイヤ「こちらのお宅は――」

果南「――あ、やっぱりここにいた。ダイヤ、おはよう」

ダイヤ「あら、果南さん。おはようございます。生徒会室まで、どうなさいましたの? 今日は朝練で部室に集合では?」

果南「……ダイヤ。今の時間は?」

ダイヤ「え? ……あっ。す、すみません、今すぐ準備しますわ!」ドタドタ

果南「まあ、そんな急ぐことじゃないけどさ。でもダイヤにしては珍しいね、こういうの」

155: 2017/12/12(火) 00:28:56.61 ID:StyEM40q
果南「生徒会の仕事が忙しいの? 統廃合の影響で次期生徒会役員選挙もなかったもんね」

果南「って、なにこれ。内浦の地図? 何か印がついてるけど」

ダイヤ「……ああ。クリスマスライブのことで、近隣のお宅へご説明にあがろうかと」

ダイヤ「僻地の学校ですのでそう心配することもないのでしょうが、やはり大きな音を出しますから」

果南「真面目だねぇ、ダイヤは。もしかして前からそういうことやってた?」

ダイヤ「いいえ。まあ、黒澤の家の用事で伺った時に、ついでに話すことはありましたが」

ダイヤ「なにせ今回はラストライブですもの。出来るだけ多くの方に見て頂きたいでしょう? その宣伝が本当の目的です」

果南「あはは。さすがはダイヤ、ちゃっかりしてる」

果南「あと、それからさ。生徒会室に来たのはもう一つ用件があるんだけど」

ダイヤ「果南さんが生徒会に? 珍しい。また休学などと言わなければいいですが」

果南「それがさぁ。部室のドアの錠前、壊れちゃったみたいで。鞠莉とどうするか相談してくれない?」

157: 2017/12/12(火) 00:31:07.51 ID:StyEM40q
千歌「あ。ダイヤさん、こっちこっち!」

ダイヤ「呼ばなくても部室の場所くらい分かりますわよ。それで? 錠前が壊れているというのは本当ですか?」

梨子「うん。これ見て」

ダイヤ「まあ。これはひどい」

ダイヤ「これは交換が必要ですわね……。鞠莉さん。この錠前、スペアはありますか?」

鞠莉「あるみたい。さっきデータベースを見てみたけど、棚管理されてたわ」

鞠莉「でも困ったわね。これ直すの、業者呼ばなきゃダメかしら。統廃合目前でそういうのも、ねえ?」

善子「何よ、渋るわね」

鞠莉「オフコース! 何せもうほとんど今年度の予算は残っていまセーン!」

曜「貧乏って辛いね」

花丸「廃校になるくらいだから……」

158: 2017/12/12(火) 00:33:18.07 ID:StyEM40q
ダイヤ「私が交換してみましょうか?」

鞠莉「ワオ! 出来るの、ダイヤ?」

ダイヤ「分かりませんが、シンプルな取り付けかも知れませんわよ。とりあえず見えているネジを外してから考えましょう」

ダイヤ「内製化は倹約の基本です。試してみる価値はあるかと」

鞠莉「Ummmm……そうね。じゃあ、お願いしていい?」

ダイヤ「任されましたわ。では、生徒会室に工具を取りに戻ります。鞠莉さんは錠前を持ってきて頂けますか」

鞠莉「分かったわ」

梨子「生徒会室って工具とか置いてあるんだ……」

ダイヤ「うちのように人員も資金もない学校では、こういうことは自分たちで済ませる必要が出てくるのですわ」

ダイヤ「おかげさまで、日曜大工レベルのことなら出来るようになりましたわよ?」

千歌「意外とたくましいね、ダイヤさん」

159: 2017/12/12(火) 00:34:40.90 ID:StyEM40q
曜「でも、こうなると朝練は中止かな」

果南「そうだね。また放課後にしようか」

ダイヤ「では、直せそうなら今のうちに直してしまいますわ。――ああ、そうそう鞠莉さん」

鞠莉「ホワット?」

ダイヤ「壊れた方の錠前ですが、交換した後は私が回収しますが構いませんわね?」

鞠莉「あ、捨ててくれるの? 至れり尽くせりね。さっすが我が校、最後の生徒会長さんだわ♪」

ダイヤ(……計画通り。これで、ごく一般的なタイプの錠前が手に入る)

ダイヤ(思う存分、ピッキングの練習が出来ますわね……)

160: 2017/12/12(火) 00:37:38.32 ID:StyEM40q
――――
――

果南「はい、今日はここまで。お疲れさまー」

善子「あー……つっかれた。地区予選が終わっても、相変わらず厳しいことは変わらないわね……」

花丸「まあライブもうすぐだし仕方ないずら」

ダイヤ「善子さん」

善子「ん? ダイヤ。どうかした?」

善子「あと、ヨハネよ」

ダイヤ「私このまま一度、生徒会室へ戻るのですが。善子さんも来て頂けますか?」

善子「え。生徒会室に?」

花丸「……善子ちゃん今度は何したの」

善子「な、何もしてないし今度はって何よ!? ……してない、わよね?」

ダイヤ「ふふ。そう警戒するものでもありませんわ」

ダイヤ「例のブツの件――そう言えば伝わりますか?」

161: 2017/12/12(火) 00:39:54.79 ID:StyEM40q




ダイヤ「どうぞ。お約束していた本の翻訳ですわ。私の手書き文字で恐縮ですが」パサッ

ダイヤ(例のページは、抜かせて頂きましたが)

善子「ほ、本当に翻訳したの!? もう!?」

ダイヤ「ええ。恐らく間違いはないはずですわ」

善子「お、おお……日本語訳もなんかそれっぽい……!」

善子「ありがとう、ダイヤ! 私、ダイヤのこと見直したわ!」

ダイヤ「……見直されるような評価でしたの?」

善子「言葉の綾よ。――ふっ。褒美にあなたの上級リトルデーモンへの昇格を、このヨハネ直々に認めてあげてもいいわ……」

ダイヤ「上級になってもリトルは変わらないんですのね」

162: 2017/12/12(火) 00:42:23.90 ID:StyEM40q
善子「ふふふ。魔術書魔術書~♪」

ダイヤ「嬉しそうなこと……。そんなにいいものですか? 自分が翻訳して何ですが、あまり趣味のいい内容ではありませんわよ?」

善子「そりゃ黒魔術だし趣味がいいとは私も思わないけど。でも、何か格好よくない? ロマンあるし!」

ダイヤ(他者の命を犠牲に執行する儀式の、何が格好いいものですか……。いえ、しかし)

ダイヤ「……まあ、ロマンはありましたわ。奇跡そのものですもの」

善子「そうでしょそうでしょ!? ふふふ、これが分かるのなら、あなたの最上級リトルデーモンへの昇格も近いわ!」

ダイヤ「はあ。それはどうも」

善子「ふふん。今日の私は気分がいいわ。確かあなたはこれより、この学徒の園の統治を進めようと言うのよね?」

善子「何なら、このヨハネが手を貸してもいいわよ」

ダイヤ「……?」

善子「もう! お礼に生徒会の仕事を手伝うって言ってるの、分かりなさいよっ!」

ダイヤ「あ、ああ。言われてみれば意味も通じますわね」

163: 2017/12/12(火) 00:44:29.81 ID:StyEM40q
ダイヤ「……ありがたい申し出ですが、お気持ちだけ受け取っておきますわ」

善子「え、何でよ。あなた今、いろいろと忙しいでしょ」

ダイヤ(忙しいからこそ、なのですが。しかしまさか〇人の計画を立てているなどとは話せませんし……)

ダイヤ(……ふむ。ここで意固地になるのも変、ですわね。怪しまれる行為はなるべく避けたい)

ダイヤ「分かりましたわ。では、お言葉に甘えさせて頂きます」

善子「そうそう。最初からそう言っておけばいいのよ」

善子「それにダイヤとは話したいこともあるし、ね」

ダイヤ「話したいこと?」

善子「……仕事しながらでいいわ。何すればいいか、教えて」




164: 2017/12/12(火) 00:46:10.82 ID:StyEM40q
善子「えっと、この書類はこっちにまとめればいいのね?」

ダイヤ「ええ。お願いしますわ」

善子「よいせ、っと。やっぱ、こんな生徒の少ない学校でも、やることはそこそこあるのね」

ダイヤ「まあ師走ですから。冬休み前ともなれば、それなりに仕事も増えますわ」

ダイヤ「……それで? 私に話したいこととは何ですの?」

善子「……ルビィのことだけど」

ダイヤ(やはり……)

ダイヤ(予想はしていました。そろそろ誰かが突っ込んだ話をしてくるだろうと)

165: 2017/12/12(火) 00:47:21.24 ID:StyEM40q
ダイヤ(ルビィが体調を崩してから、およそ2か月が経過した。病状は治る気配すら見せず悪化の一途)

ダイヤ(おかげで最近のルビィは学校すら休みがち。本人は登校したがっていますが……お母様が諫めている)

ダイヤ(そんな状況では誰でも気付く。ルビィの病気がただの風邪ではないことを)

ダイヤ(……伏せたいですわね。ルビィの病のことは。なにせ、後からケロッと治ってしまう予定なのだから)

ダイヤ(まずは、出方を見ましょうか)

ダイヤ「ルビィが何か?」

善子「……何て言うか。まだ治らないのかな、って」

166: 2017/12/12(火) 00:49:02.21 ID:StyEM40q
ダイヤ(核心には触れず、ですか。気持ちは分かりますわ)

ダイヤ(怖いのでしょうね。ルビィの身に何かが起きていることは察しているし、気になってもいる。しかし真実は聞きたくない……)

ダイヤ(善子さん、普段の言動はアレですが根は繊細な方ですものね。自己紹介に失敗して不登校になっていた時期もあったとか)

ダイヤ(……好都合、ですわね。真実に踏み込みたくないのなら、都合のいい夢を見て頂きましょう)

ダイヤ「ええ。本当にしつこい風邪のようでして。私としても、一日も早い復帰を願っているのですが……」ポリポリ

ダイヤ「でもきっと大丈夫ですわよ。クリスマスライブは、また全員でやれますわ」ニコッ

善子「そ、そうよねっ。まったくホント、ルビィってば体力ないわ。ヨハネのリトルデーモンとして虚弱なのは問題よ!」

ダイヤ「そうですわね。復帰したら、善子さんからしっかり指導してあげてください」

善子「いいわ、この私がルビィの魔力を増幅する助けになってあげる……。あと、ヨハネよ」

ダイヤ(……さぞ、甘露でしょうね。ただの気休めの言葉というものは)

167: 2017/12/12(火) 00:50:32.19 ID:StyEM40q
ダイヤ(私だってそうでしたもの。お母様から、すぐに治ると聞いていたとき、心の底から安堵したものです)

ダイヤ(そんな甘い夢にいつまでも溺れていられたのなら。それはどんなに幸福なことか――)

ダイヤ「……さて。今日の生徒会活動は終了ですわ。引き上げるとしましょうか、善子さん」

善子「え? もう?」

ダイヤ「そうは言っても練習の後ですから、こんなものでしょう。あまり遅いと終バスが行ってしまいますわ」

善子「あれ。終バス、まだ時間ない? もう一本は余裕あると思うけど」

ダイヤ「実はこの後も予定がありますの。早めに切り上げたいのですわ」

善子「予定?」

ダイヤ(……隠し立てするのも変。嘘をついてバレるのはもっと変、ですわね)

ダイヤ「最近、ひとつ習い事を再開しまして」

168: 2017/12/12(火) 00:51:46.02 ID:StyEM40q
善子「な、習い事? こんな忙しい時期に、何を始めたのよあなた……」

ダイヤ「合気道ですわ」

善子「合気道ぉ!?」

ダイヤ「ええ。幼少の頃に護身のため習っていたのを再開したのですわ」

善子「何だって今、このタイミングなのよ。おかしいでしょ……」

ダイヤ「お母様もそう仰って反対されたのですが。まあ、必要と判断してのことです」

善子「よく分からないけど……というかダイヤ。スクールアイドルに生徒会に、ルビィの看護、合気道、で魔術書の翻訳?」

善子「さらには勉強もあるわよね。家のことも忙しかったりするんでしょ。……いつ寝てるのよ」

ダイヤ「ご心配には及びませんわ。案外、何とかなるものですので」

ダイヤ「さ。引き上げましょうか。せっかくですし、一緒に帰りましょう?」

169: 2017/12/12(火) 00:52:58.92 ID:StyEM40q
――――
――

ダイヤ(はー……疲れました)

ダイヤ(日々の寝不足に加え、厳しい鍛錬。自分が望んだこととは言え、身体の節々が痛いですわ……)

ダイヤ(ああ、今からピッキングの練習もしないと……)

ダイヤ「――ただいま戻りましたわ」

黒澤母「お帰りなさい、ダイヤ。帰ってきて早速ですみませんが、居間へ来てもらえますか」

ダイヤ「はあ。何か……?」

黒澤母「ルビィとあなたにお話があります。大切なお話が」

黒澤母「ルビィの、今後についてです」

170: 2017/12/12(火) 00:54:03.70 ID:StyEM40q
12月17日。浦の星女学院、スクールアイドル部部室


千歌「え? ルビィちゃん、今、なんて……?」

ルビィ「……入院、することになりました」

善子「!?」

花丸「……」

ダイヤ「……っ」ギリッ

曜「にゅ、入院って。そんなに悪かったの……?」

ルビィ「えっと。だ、大丈夫っ。すぐってワケじゃなくて、クリスマスライブまでは家にいますっ」

ルビィ「だから衣装は必ず――けほっごほっ、ごほっ!」

果南「あぁっ、大丈夫だよ無理しなくて。ゆっくりしゃべろうよ、ね?」サスサス

ルビィ「……ごめんなさい」

171: 2017/12/12(火) 00:55:03.57 ID:StyEM40q
千歌「えっと。年末か年明けくらいに入院する、ってこと? 病院は沼津?」

ルビィ「実は沼津からはちょっと離れちゃうんだけど……。でも静岡県だよ。ほら、この病院」スマホ スッ

鞠莉「……――ダイヤ。ルビィ。これは、どういうことなの」

ルビィ「え? どう、って」

鞠莉「私を見くびらないでもらえる? 私はこれでも、ミッションスクールの理事長よ。近隣のその手の施設くらい把握してる」

鞠莉「ねえ。どうして沼津の病院じゃダメだったの。どうしてその病院なの」

鞠莉「どうしてわざわざ――ホスピス病棟のある病院を選んだの……?」

花丸「――!?」

ルビィ「……」

172: 2017/12/12(火) 00:56:15.89 ID:StyEM40q
曜「あの。ホスピス、って?」

梨子「……ターミナルケアを目的とした医療施設だよ。簡単に言うと……」

鞠莉「どうやっても治せない怪我人や病人の、治療じゃなくて精神ケアをするところよ」

鞠莉「さらに平たく言えば――もう死ぬしかない人間が入るところ」

善子「……え?」

善子「な、何を言ってるのよマリー。だって、え? おかしいわよ」

善子「ね、ねえダイヤ? あなたついこの間、ルビィはもうすぐ治るって言ってたじゃない。そうでしょ?」

ダイヤ「……」

善子「何とか言ってよ!」

鞠莉「……あなたは知っていたのね。ダイヤ」

173: 2017/12/12(火) 00:58:28.98 ID:StyEM40q
ダイヤ「この入院の話は、私もルビィも先日聞かされたばかりですわ。お母様が準備を進めていたようです」

ダイヤ「数日いろいろと話し合って、決めたことですわ」

鞠莉「――そんなこと聞いてないのよっ!」バンッ!!

鞠莉「妙だとは思ってた、風邪にしてはいくら何でも長すぎるって! でも私はあなた達を信じてた、絶対にまた同じステージに立てるって、そう信じて待っていたのよ!」

鞠莉「それが何、いきなり入院!? それどころかホスピス病棟!? ふざけないでよ!」

鞠莉「知っていたのなら教えてよ! 何でいきなりこんな話を聞かされなきゃいけないの!? こんな、こんな大事なことを何で……!?」

鞠莉「何で話してくれなかったの!? 私たちはそんなに信用できないっ!?」

果南「鞠莉っ、落ち着いて!」

鞠莉「落ち着いていられるわけないでしょう!? だってルビィが……、ルビィが……ぁ」ポロポロ

鞠莉「嘘よ、こんなの嘘よっ。嘘だって言ってよ。ねえ、ダイヤぁ」

ダイヤ「……」

ルビィ「……ごめんなさい、鞠莉ちゃん」スッ

鞠莉「ル、ビィ……」

175: 2017/12/12(火) 00:59:24.48 ID:StyEM40q
ルビィ「ルビィもお姉ちゃんも、いろいろ大変だったから、みんなに伝えるのが遅くなっちゃった」

ルビィ「――ごめんね」ニコッ…

鞠莉「何で、あなたが謝るのよぉ……」グスグスッ

ダイヤ「……」

ダイヤ(時間が、ありません。私の卒業までにはと思っていましたが、沼津市外へ入院となれば訳が違う。……儀式が、出来なくなる)

ダイヤ(急がなくてはならない。もはや一刻の猶予もありません)

ダイヤ(何より。あんなに悲しげに笑うルビィも、大泣きする鞠莉さんも。眉を下げ立ち尽くすみなさんも、見たくない)

ダイヤ(計画は前倒しです。いろいろと不安はありますが、始めましょう。――今夜にも)

花丸「……」

187: 2017/12/12(火) 21:51:28.56 ID:StyEM40q
12月18日。内浦、路上


ダイヤ(状況のおさらいです。計画作業の事前レビューは、ヒューマンエラー撲滅の基本ですわ)

ダイヤ(さて――現在の時刻は午前2時。ただ今から一人暮らしのお婆さんのお宅へ侵入し、これを〇害します)

ダイヤ(その後、遺体を解体して心臓の摘出作業。最後に証拠の隠滅を図りつつ帰還する……)

ダイヤ(重要なことは、これが1回目の犯行だということ。今回の犯行の経験が、今後の計画の基準となりますわ)

ダイヤ(実際にやってみて不都合を感じた点は改善していく。また、1人分の心臓摘出にかかる時間などは非常に重要なデータと言えます)

ダイヤ(一晩に解体できるのは何人までか。今回の犯行で、おおよそ予測が立つようになります)

ダイヤ(当たり前ですが、一度に多くを解体できる方が良いですわ。犯行の回数と日数がかさめば、それだけ警察に捕まるリスクも高くなる)

ダイヤ(……出来る限り多くの経験を持ち帰りたいものですわね。10人もの解体は、さすがに長い道のりですので)

188: 2017/12/12(火) 21:52:58.59 ID:StyEM40q
ダイヤ(さらに言えば。今回の犯行がいつ露見するかも重要です。明日の朝にはバレるのか、明日の夜か、明後日か、1週間後か……)

ダイヤ(警察に露見してからは、犯行の難易度は大きく上がると見ていいでしょう。警備が増え、個人レベルでの警戒心も)

ダイヤ(そうなると急ぐ必要も出てくる。無理を承知で複数人の解体に着手せざるを得なくなる場合も考えられます)

ダイヤ(まあ、そればかりは運ですわね。基本、翌日には見つかるものと思って動きましょう……)

ダイヤ(――と、いうことですので)

ダイヤ「……始めましょうか」

189: 2017/12/12(火) 21:55:01.22 ID:StyEM40q
ダイヤ(まずは服装からです。手袋、長靴。それからレインコートをカバンから……。タオルも首にかけておきましょう)

ダイヤ(髪は束ね、帽子の下へ。さらにレインコートのフードを目深にかぶり……ふむ。格好はこんなものでしょう)

ダイヤ(次に鍵の確認です。このお宅の鍵は、オーソドックスなシリンダー錠。部室のものとよく似ています)

ダイヤ(ピッキング道具は堅い針金を加工し自作しました。少なくとも練習では、十分に鍵開けに利用できましたわ)

ダイヤ(ピッキングは腕時計でタイムを計測しましょう。深夜とは言え、まったく人目がないとも限らない。侵入スピードは重要です)

ダイヤ(ちなみに、携帯電話は置いて来ました。電波を発する情報機器は、思わぬ証拠に繋がりかねませんので)

ダイヤ「……」カチャカチャ

ダイヤ「……」カチャカチャカチャ

ダイヤ「……む」カチャカチャ ガチャッ…

ダイヤ(――開きました。タイムは、7分と少し。本番のタイムとしてはまずまずでしょう)

ダイヤ「ふーっ」

ダイヤ「……行きます」ガチャ ギィィィ

パタン…

190: 2017/12/12(火) 21:57:14.36 ID:StyEM40q
ダイヤ「……」

ダイヤ(カバンは玄関へ置いていきます。返り血が付いても困りますから。解体に必要な道具だけを持って行く)

ダイヤ(鉈と、ナイフ。LED電灯。ハサミ。大きめのジップロック。念のためプライヤーも……こんなものでしょう)

ダイヤ「……」ギシッギシッ

ダイヤ(家の間取りは概ね把握しています。黒澤家の用事で、何度かお伺いしたことがありますもの)

ダイヤ(さすがに寝室までお邪魔したことはありませんが、予想はつきますわ。おそらく、こちら……)

ダイヤ「はー……はー……」ギシッギシッ

ダイヤ(一歩を進めるごとに、呼気が乱れる。心臓が荒れ狂う。……今からやることを考えれば当然ではありますが)

ダイヤ(ただ家に侵入しただけでこの有様だなんて。本番はこれからだと言うのに、大丈夫でしょうか、私……)

ダイヤ(でも。やるしかないのだから)

ダイヤ「――いました。眠っていますわね」

191: 2017/12/12(火) 22:00:16.60 ID:StyEM40q
ダイヤ(お婆さんが一人、布団の中で安らかな寝息を立てている……)

ダイヤ(この方が旦那様を亡くされたのは、確か2年前のことでしたか。息子さんは上京して働きに出ていて、一人暮らし)

ダイヤ(優しい方です。私も幼い頃から、よくお世話になりました。旦那様がまだご存命だった頃、ルビィと一緒にお手玉で遊んで頂いたりして……)

ダイヤ(そんな方を今から私は、この手で――)

ダイヤ(東京の息子さんは、いったい何を思うでしょうか。自身の与り知らぬところで理不尽にも母親を〇害される。それも、遺体を解体されるという冒涜までも)

ダイヤ(……ああ。考えただけで気が狂ってしまいそうですわ。きっとこれは、考えてはいけないこと)

ダイヤ(けれど――)

192: 2017/12/12(火) 22:02:51.50 ID:StyEM40q
ダイヤ「はぁ――はぁ――はぁ」ドクッドクッドクッ

ダイヤ(……逃げてはならない。負わねばならない。それはただの自己満足でしかないのかも知れませんが、しかし)

ダイヤ(しかし、目を逸らすことなど、あってはならない……! これは、私が抱える罪過なのだから!)

ダイヤ(言い訳はしませんわ! これは他の誰でもない、私の意思!)

ダイヤ(ルビィのため、私の愛する家族のために! ルビィの代わりに――!)

ダイヤ「はっ、はっ、はっ……!」ドクンドクンドクンドクン

ダイヤ(鉈を両手で持ち、大上段に振り上げる。穏やかに眠る、無防備な、その老いしわがれた首を目掛けて――)

ダイヤ「はぁ――はぁ――は、ぁァ――っ!!」

ダイヤ(振り、下ろす)



ザスッ…!

193: 2017/12/12(火) 22:04:34.67 ID:StyEM40q
ダイヤ(思い切り体重をかけ振り抜いた鉈の刃は、骨を叩き折る感触を両手に伝えつつも、思いのほか容易に首を切断しました)

ダイヤ(すぐに、身体全体で切り離された胴体を抑え込む。インターネットで見た豚の解体動画の様子が正しいのならば、この後――)

遺体「」ビクッビクンビクン、ビタッバタッ

ダイヤ「――っ!」

ダイヤ(首から鮮血を撒き散らしながら、胴体だけが大きく暴れます。老婆とは思えないほどの恐ろしい力)

ダイヤ(いくら一軒家とはいえ深夜に大きな物音は立てたくない。必死に、制御を失った筋肉を身体全体を使って抑え続けます)

ダイヤ(首のない、血を撒き散らすただの肉塊を、ただ一心に――)

遺体「」ビクッビクッ…ビクッ…

ダイヤ「……鎮まり、ましたか。身体中、血まみれですわ……。レインコートを着てきて良かった」

ダイヤ(立ち上がり、痙攣を続ける首のない遺体を呆然と眺めます)

195: 2017/12/12(火) 22:06:38.49 ID:StyEM40q
ダイヤ(頭部を失ったと言うだけで、その物体にはまるで人間味がなくて。痙攣するそれは、何だか気持ちの悪いおもちゃを見ているよう)

ダイヤ「……いいえ。おもちゃなどではありませんわ。私が〇した、人間です」

ダイヤ「私が、この手で〇したのです……」

ダイヤ(呟くと、途端に腕が震えます。私が、私が人間を〇してしまった。人としての、とても大切な一線を越えてしまった)

ダイヤ(後悔してももう遅いし、後悔するだけの権利すらありません)

ダイヤ(今はただ。ただただ目の前の首のない遺体が――自分自身が――怖い)

ダイヤ「……落ち着きなさい」

ダイヤ「落ち着くのです、黒澤ダイヤ……! 分かっていたこと、覚悟していたことでしょう、何を今さら……!?」

ダイヤ「もう後戻りなど出来ないっ、やり遂げなくてはならないのです、最後までっ!」

ダイヤ「はぁ――はぁ――……は、ぁ」

ダイヤ「ふー……」

ダイヤ「……解体を、始めましょう。服、失礼しますわよ」ビリッ

196: 2017/12/12(火) 22:08:25.77 ID:StyEM40q
ダイヤ(心臓摘出において厄介なことは。やはり、肋骨と胸骨という丈夫な骨に守られていること)

ダイヤ(家畜の屠〇などでは腹を裂いて内臓を引き抜くのが一般的なようですが、……あれは肉を傷つけないための処置でしょう、人間相手では効率的とも思えない)

ダイヤ(心臓手術の手順は、胸骨を縦に割って胸を開くとか……。ルビィの病を調べる内に、そんなことを書いた本があった筈です)

ダイヤ(しかし特殊な器具を使うとのことで、これは真似できません。しかし手順そのものは参考になるはず……)

ダイヤ「胸骨と肋骨のつなぎ目――ここですか。ここを砕いて、肋骨から無理矢理胸骨を引っぺがしましょう」

ダイヤ「ふーっ。……始めます。まずはナイフで、皮膚をっ」ブスッ…

197: 2017/12/12(火) 22:09:35.65 ID:StyEM40q
ダイヤ(血がにじんでくる。手袋越しとは言え、その赤く生ぬるい液体に触れるたび、全身が震え怖気が走る)

ダイヤ「落ち着きなさい……。首を切り落としたんですのよ、私は。そんな人間が、今さら何を恐れるのです……っ!」

ダイヤ「このまま、皮膚を裂いて……!」

ダイヤ(――骨が露見した。骨のつなぎ目がはっきりと見える。後はこの鉈で思い切り……)

ダイヤ「ふーっ、ふーっ、ふー。……ふっ!」バギッ

ダイヤ「……もういち、ど!」バギンッ

ダイヤ(砕けた! 続けて、他の骨も……!)

ダイヤ「ふっ! ふっ! ふっ! ……っああ!!」バギッバギッ、バギッ、バギン!

ダイヤ「はーっ! はーっ!」

ダイヤ(後は、この砕けた骨を力づくで引き剥がして……!)ググッ

ダイヤ(――そうして。その中には)

ダイヤ(未だ細動を繰り返す、真っ赤にてらてらと光る臓物が――白い湯気と異臭をあげて――、)

198: 2017/12/12(火) 22:10:53.89 ID:StyEM40q
ダイヤ「う、……ぶっ!? う、んぐ……!」

ダイヤ(吐き気……!? 駄目、こんなところで吐いては駄目っ! そんな証拠は残せない!)

ダイヤ(堪えて! 堪えて……堪えなさいっ!)

ダイヤ「ぐっ、ん……んっ」ゴクン

ダイヤ「ぶ、あ――っ! はぁ、はぁっ、はぁっ!」

ダイヤ(口内に広がる、胃液の酸味。鼻腔を刺すのは、赤錆びたような血のにおいと、生温かな人の肉の臭気)

ダイヤ(不快です。ひとつ吸い込むごとに、自分が〇人者であることを否応なしに自覚させられる)

ダイヤ(それでも呼吸せずにはいられない。心がどれだけ拒んでも、荒れ狂う心臓は酸素を循環させようと呼吸を強いる)

ダイヤ(――いいえ。心にこそ、この場の空気が必要なのでしょう)

ダイヤ(この場に馴染み、己が〇人者であるのだと、もはや醜い悪鬼であると自覚せよと。人の心など捨ててしまえと!)

ダイヤ(そう、心が叫んでいる)

ダイヤ「そうですわ。何を未練がましく、いつまでも人のつもりでいるのです、私は」

ダイヤ「私は、悪鬼でいい。悪魔でいい。人の心を捨てた修羅でいい。私は! あの子のためならば――!」

ザクッザクッ
ブチッブチブチブチッ

199: 2017/12/12(火) 22:12:03.95 ID:StyEM40q
ダイヤ「はーっ、はーっ、はーっ……、はぁ……っ!」

ダイヤ(暑い……。真冬だと言うのに、なんて暑さ。レインコートも長靴も、手袋も帽子も……全身が蒸れて、酷く、暑い)

ダイヤ(汗が、止まらない。駄目、こんなところに汗を落としては。頻繁にタオルで拭かないと)

ダイヤ(このタオル、返り血でべっとりですわね。もう汗を拭いているのか、顔に血を擦り付けているのか分からない……)

ダイヤ(と言いますか、このタオルはどう処分したものか……いえ、そんなことは今はいい。今は、解体作業に集中を)

ブチュッ、クチッグチュッ…

ダイヤ(口の中がカラカラですわ。熱気に、意識が持って行かれそうになる。足元がおぼつかない……)

ダイヤ(っ、気をしっかり持ちませんと。こんなところで倒れるなんて、冗談にもなりませんわ)

ダイヤ(あと少し。あと、ほんの少しなのです。それまでは耐えなくては……!)

ブチブチッ
ズルズルズル…ブチッ

ダイヤ「はー……出来た。引き出せました、心臓……!」

ダイヤ(硬いのか柔らかいのか、ぶよぶよの肉塊をジップロックへ。これでひとまずの作業は完了ですわ……)

200: 2017/12/12(火) 22:12:56.98 ID:StyEM40q
ダイヤ(今、何時? っ、1時間半も経ったのですか……予想より遅れていますわ。まったく私も見通しが甘い)

ダイヤ(しかしこの程度なら許容範囲ですわね。早く帰り支度を済ませましょう)

ダイヤ「お風呂場、お借りしますわよ」

ダイヤ(手はず通りレインコート、手袋、長靴、すべてを着込んだまま、蛇口をひねってシャワーを)キュッ ザー…

ダイヤ(レインコートのフードを叩く、水の音……。いつか古寺でみなさんと曲を作った、あの雨漏りの音とは似ても似つきません)

ダイヤ(レインコートに阻まれて、水が直接身体にかかることはありません。酷く火照った身体の熱気を奪うには足りなくて、もどかしい)

ダイヤ(今すぐ服を脱ぎ捨てて、皮膚が剥げ落ちるくらいに身体を擦ってしまいたい衝動に駆られます。ですが、それも耐えなければ)

ダイヤ(あと少し。今日の作業はこれでおしまいなのです。あと少し、あと少しで。この地獄から)

ダイヤ「っ、レインコートの汚れ、落ちにくいですわ。脂が混ざっているのでしょうか、擦っても、なかなか……!」

ダイヤ(――いえ、落ち着きなさい。ひとつずつ汚れを落としていけば良いのです。焦ることはない。もう少し、もう少しなのですから)

ダイヤ(そもそもルミノール反応なんて、どこまで誤魔化せたものか分かりませんが……)

201: 2017/12/12(火) 22:13:47.61 ID:StyEM40q
ダイヤ「……こんなところ、ですわね。引き上げましょう」ザー キュッ…

ダイヤ「……」ペタ、ペタ、ペタ ガチャ

ダイヤ「……」ギィィィ

ダイヤ「あ――、」

ダイヤ(玄関を開けると、潮の香りがしました)

ダイヤ(とても澄んだ夜風。海辺の町の風。私が生まれ育った、故郷の風)

ダイヤ(もう、共に生きることの出来ない、風)

ダイア「……戻りましょう。お母様が目を覚ます前に、家に戻らなくては」

ダイヤ(あと、9人。必要な心臓は、あと9人分。あと9人。9人)

ダイヤ(まだ、9人も、こんなことを……)

ダイヤ「いいえ。たった、9個です。たったそれだけで、奇跡を起こせる……!」

ダイヤ「奇跡を――!」

224: 2017/12/13(水) 22:44:04.91 ID:XItt5CS/
同、12月18日。浦の星女学院、生徒会室


ダイヤ「……一睡も出来ないというのはやはり、辛いものですわね」ギシッ

ダイヤ「場合によっては授業中の居眠りも覚悟していましたが……。それどころではありませんわ。甘く見ました」

ダイヤ「瞼を閉じることが。こんなにも怖いなんて……」

ダイヤ(瞼を閉じると、暗闇の中からしわがれた手が伸びてくる……私が〇した、あの手が)

ダイヤ「……次第に慣れると信じましょう。慣れたいとは思いませんが」

225: 2017/12/13(水) 22:45:19.19 ID:XItt5CS/
ダイヤ「それよりも今後の計画ですわ。まず第一に、次のターゲットの選定を」

ダイヤ(候補は2つ。昨夜と同じく1人暮らしを狙うか、老夫婦の2人暮らしか)

ダイヤ(昨夜の犯行は2時間弱。その内の30分は侵入とレインコートを洗ったことで消費した……解体は1人につき1時間半)

ダイヤ(初犯のため手間取ったことを考慮すれば、まだ短縮は可能と見ます。が、時間の余裕は欲しい。ギリギリは危険ですわ)

ダイヤ(2人を〇害・解体したとすれば、2時にスタートしたとして、終わるのは5時~6時。……お母様が起きますわね)

ダイヤ(さらに山小屋へ戻って、蒐集した心臓をクーラーボックスに置いてこなければなりませんわ)

ダイヤ(クーラーボックスはチェーンと南京錠での施錠もしていることを考慮すると、そこでもそれなりの時間を食う……)

ダイヤ(スタートをもう少し早くすると……まだ眠っていない可能性が出てきますわ。万全を期すならやはり、1人が妥当ですわね)

ダイヤ(ただ……その場合は最短であと9日。体力と精神力が、そんなにも保てるかどうか。何より――)

コン、コン

ダイヤ「……来客、ね。はい、どうぞ」

鞠莉「――失礼します」ガチャ

226: 2017/12/13(水) 22:48:13.98 ID:XItt5CS/
ダイヤ「鞠莉さんでしたか。どうしたのですか?」

鞠莉「……昨日のこと、なんだけど。ごめんなさい、私、取り乱しちゃって……」

ダイヤ「……ああ。構いませんわよ。誰だって冷静ではいられませんわ、あんなの」

鞠莉「ルビィは、今日は……」

ダイヤ「お休みを頂きました。本人は本当に、登校したがっているのですが」

鞠莉「そう……」

ダイヤ「それで。生徒会室へは、どういった用件ですの?」

鞠莉「ううん。ただダイヤと話がしたかっただけ。迷惑だった?」

ダイヤ「迷惑などということは。私で良ければ、いくらでも話し相手になりますわ」

鞠莉「ごめんなさい。ダイヤも辛いのに」

ダイヤ「言いっこなしですわ。私の場合は、ほら。心を整理する時間もありましたし」

227: 2017/12/13(水) 22:50:11.98 ID:XItt5CS/
鞠莉「……あなたは納得しているの? ルビィのこと」

ダイヤ「納得なんて、出来るわけありませんわよ」

鞠莉「……ごめん。バカなこと聞いた」

ダイヤ「ですので、抗っているところですわ。あなたに隠し事が通じないのは身に染みているので白状しますが、私は絶賛寝不足です」

鞠莉「医療関係の本とか読み漁ってるんですってね。マルから聞いたわ」

鞠莉「……無理、しないで」

ダイヤ「聞けない相談ですわね。今、無理をしないと。……壊れてしまいそうですもの」

鞠莉「……ごめん」

ダイヤ「謝ってばかりですのね。珍しい」

228: 2017/12/13(水) 22:51:47.91 ID:XItt5CS/
ダイヤ「私相手は構いませんが、今後、ルビィと接する時はいつも通りでいてあげてください。難しい要求とは、思うのですが」

鞠莉「ううん。約束する、いつも通りに接してみせるわ」

ダイヤ「……お願いしますわね。私がいなくても、きっと」

鞠莉「? ダイヤ……?」

教頭「――し、失礼します! 小原理事長、ここにいらっしゃったんですか!」ドタドタ

鞠莉「教頭先生? どうかしたんですか?」

教頭「大変ですっ、近所で遺体が発見されたと警察から連絡が入って!」

教頭「〇人事件の可能性が高い、と……!」

鞠莉「さ、〇人事件――!? す、すぐ戻るわ。まず情報を集めて、混乱のないよう生徒に通達しないと!」

鞠莉「ダイヤ、そういう訳だから行ってくる。後で連絡するから、生徒会は指示があるまでは動かないで、OK!?」

ダイヤ「……承知しましたわ」

230: 2017/12/13(水) 22:53:55.91 ID:XItt5CS/
ダイヤ(遺体が見つかった……。さて、ここからが本番ですわね)

ダイヤ(警察の捜査と、恐らく警備が始まる。あと9日も、悠長に連続〇人などしていられませんわ)

ダイヤ(急ぐ必要があります。不安はありますが、今夜の計画は決定ですわね)

ダイヤ(2人同時……やるしかありませんわ)

231: 2017/12/13(水) 22:58:37.74 ID:XItt5CS/
同、12月18日。黒澤家


ダイヤ「……あら」

警官「夜分に恐れ入ります。静岡県警です。松野さんのことでお伺いしたいのですが、お時間よろしいでしょうか」

ダイヤ「……例の、〇人事件のことですわね」

警官「お聞き及びでしたか。今はまだ事件と事故との両面での捜査ですが……まあ、ご協力をお願いします」

ダイヤ(あれが〇人事件でなくて何なのでしょうか。いえ、形式的な対応なのでしょうけれど」

ダイヤ「もちろん、内浦住民として喜んでご協力致しますわ。一刻も早く犯人を捕まえて頂きたいですもの」

警官「ありがとうございます」

ダイヤ「立ち話も何です。お上がりください……」

232: 2017/12/13(水) 23:00:42.60 ID:XItt5CS/
ダイヤ「それでは、母を呼んでまいりますわ」

ダイヤ「妹もいるのですが、今、体調を崩しておりまして。話を聞くのでしたら、出来れば後で手短にお願いしたく」

警官「いえ。一人ずつでお願いしたいのですが、いいですか」

ダイヤ「警察の捜査とはそういうものですか。妹は極度の人見知りですので大変だとは思いますが……。結構ですわ。どうぞ」

警察「昨日は何を?」

ダイア「朝、いつも通りに起きて登校しましたわ。学校でも変わったことは……いえ。なくはありませんでしたが」

警官「と、言いますと?」

ダイヤ「まあ、部活動の絡みで少々。妹と同じ部活なのですが、妹の体調不良の件で、部員たちといざこざが」

ダイヤ「本件とは無縁のことですわ」

233: 2017/12/13(水) 23:02:39.37 ID:XItt5CS/
警官「その後は?」

ダイヤ「妹と共に帰宅を。習い事もありませんでしたし、自宅を出ることもなくプライベートタイムですわ」

ダイヤ「……警察の方は、年若い乙女のプライベートも暴きますか?」

警官「い、いえ。そこまでは……」

警官「何か、松野さんのことでお気づきになられたことは? あるいは、不審な人物を見たとか」

ダイヤ「松野さんとは普段から交流もありましたが……特には。田舎ですので、変わったことでもあれば噂にもなるのですが」

ダイヤ「それに不審な人物も見ておりませんわ。やはり田舎ですので、妙なことがあればすぐ目に入ります」

警官「そうですか……。ところで、昨夜は何をしていたか、お聞きしても?」

ダイヤ「やはり聞くのではありませんか。プライベートを」

警官「きょ、恐縮です……」

234: 2017/12/13(水) 23:04:30.51 ID:XItt5CS/
ダイヤ「昨夜は勉強をしておりました。遅くまで起きていましたわね。これでも、真面目な生徒会長で通っていますもので」

警官「そうですか。夜間、不審なことは? 物音がしたとか」

ダイヤ「特別なことは、何も」

警官「ご家族が、どのように過ごされていたかはご存知ですか」

ダイヤ「昨夜ですか。……いつも通りだったと思いますが。妹は裁縫を、母は家事を。少なくとも、外に出た者はいなかったと」

警官「……ご協力、ありがとうございます。もう結構です」

警官「お母様をお呼びいただいても?」

ダイヤ「承知しました。少々、お待ちを」

235: 2017/12/13(水) 23:06:00.86 ID:XItt5CS/
ダイヤ「……ふたつほど、こちらからお伺いしても?」

警官「何でしょうか」

ダイヤ「松野さん、どのようにお亡くなりに?」

警官「……捜査に関わる情報は、申し上げられません」

ダイヤ「そうですか。警察の方がおられるということは、通報した者がいるのでしょう? すぐに噂になると思いますが……」

ダイヤ「いえ。まあ、結構ですわ。では、もうひとつ」

ダイヤ「ご遺族の方に、お悔やみ申し上げると。そうお伝え頂くことは可能ですか」

警官「……承ります。確かにお伝えしましょう」

ダイヤ「ありがとうございます。では、母を呼んでまいりますので……ごゆるりと」

ダイア(さて……まあ、こんなものでしょう)

ダイヤ(恐らく聴取は、翌日、翌々日と続くのでしょうね。今日お話ししたことは、よく覚えておかなくては)

ダイヤ(それに今夜からは、家を出る時には細心の注意が必要ですわね……)

236: 2017/12/13(水) 23:10:10.57 ID:XItt5CS/
12月19日。黒澤家


ルビィ「いただきます」

黒澤母「ええ。どうぞ」

ダイヤ「……」

ルビィ「どうしたの、お姉ちゃん。ご飯、食べないの?」

ダイヤ「……いいえ。食べます。食べますとも」

ダイヤ(また、一睡も出来ていない。丸2日も仮眠すら取れていないというのは、思った以上に辛いですわ……)

ダイヤ(頭が重い。体がだるい。そして何より、食欲が)

ダイヤ(人間の解体なんて、やった後ですもの。食欲なんて湧くわけがない。胃も精神も、食物を拒みつつある)

237: 2017/12/13(水) 23:11:45.38 ID:XItt5CS/
ダイヤ(それでも、無理やりにでも捻じ込まなくては。周囲に不信感を与えてはいけないし、食事くらいしなくては身体がもたない)

ダイヤ「もぐ……、ぐっ、んっ……く、――ごくん」

ダイヤ「ふーっ。もぐもぐ、……んくっ、――ごくん」

ダイヤ(……この時ほど、ハンバーグが苦手なことを喜ぶことはありませんわね。こんな時に挽き肉料理なんて出てきては、すぐに嘔吐してしまいますもの)

ダイヤ(ああ――。私がお母様の料理を食べられるのは、あと何回でしょう)

ダイヤ(大好きなお母様の料理なのに……もう美味しいと思って食べることは、出来ない)

ダイヤ(もうすぐ、食べることすら出来なくなるのに)

テレビ『――次のニュースです。昨日の午後1時過ぎ、静岡県沼津市で遺体が発見されました』

ダイヤ「……」

238: 2017/12/13(水) 23:13:22.68 ID:XItt5CS/
ルビィ「……全国のニュースになったんだね」

黒澤母「こんな田舎の町で、酷いことがあるものですね……。何でも、バラバラにされていたとか」

ダイヤ「……それは、どこからお聞きに?」

黒澤母「もう噂になっていますわよ。怖いですわよね……。あまり外は出歩かないようにしないと」

ルビィ「でもルビィ、今日は学校に行くよ。衣装の試着もしてもらわないと……」

黒澤母「……分かっています。寄り道せず、早く帰ってきなさいね」

ルビィ「うんっ」

ダイヤ「……ごちそうさまでした」

ダイヤ「ではルビィ。支度をしましょう」

239: 2017/12/13(水) 23:16:24.05 ID:XItt5CS/
12月19日。浦の星女学院、スクールアイドル部部室


ルビィ「というわけで、クリスマスライブの衣装が出来ました。試着してもらえますか」

千歌「あ、うん。ありがとう……」

ルビィ「千歌ちゃん?」

千歌「……ううん、なんでもないっ! ありがとう、ルビィちゃん。すっごく可愛いよ!」

千歌「みんな! クリスマスライブ、頑張ろうね! 絶対に成功させよう!」

曜「ヨーソロー!」

ダイヤ「……」

梨子「? ダイヤさん?」

ダイヤ「……」フラッ

梨子「ダイヤさんっ!」

ダイヤ「ピギッ!? ……り、梨子さん? 耳元でいきなり大声を上げるなんて、酷いですわ」

240: 2017/12/13(水) 23:18:03.94 ID:XItt5CS/
梨子「呼んだのに気付いてくれなかったから。珍しくボーっとしてた?」

ダイヤ「あ、ああ。そうでしたか。……少し、緊張していたのかもしれませんわ。何せ最後のライブですもの」ポリポリ

梨子「そうだよね。……ルビィちゃんにとっても、大事なライブだし」

ダイヤ「ええ。成功させたいものですわね」

果南「……」

鞠莉「……? ねえ、果南。いま、ダイヤが――」

教頭「――お、小原理事長! 今度はこちらでしたか!」

鞠莉「きょ、教頭先生? え、また何か?」

教頭「その“また”です! また遺体が発見されたと連絡が……今度は、2名!」

鞠莉「なっ……!? す、すぐに職員室へ行きましょう! 近隣に危険が潜んでいます、職員すべて集めて対策会議を!」

鞠莉「ソーリィ、みんな! 今日は練習できそうにないわ! 出来ればみんなも早く帰って――!」タタタッ

241: 2017/12/13(水) 23:20:20.49 ID:XItt5CS/
梨子「……今のって、もしかして」

善子「ニュースで言ってた……」

曜「〇人事件、だよね……」

ルビィ「ぅゅ……」

花丸「2日連続で事件が起きた、ということずら? その犯人が捕まってなくて、ということは……」

千歌「これからも、事件が起きる……?」

ダイヤ「……」

ダイヤ(さて。ここからが、正念場ですわね)

242: 2017/12/13(水) 23:21:53.91 ID:XItt5CS/
12月20日。内浦、民家


ダイヤ「ぅ、あっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ! ……はーっ」

バキッバキッバキッ
ブチッブチブチブチッ ザクッ ビシュッ
ズルズルズルズル…

ダイヤ「はーっ、はーっ、はーっ」

ダイヤ(2人目、摘出完了ですわ。あとはレインコートを洗って、帰還を……)フラッ

ダイヤ「っ、いけない。気をしっかり持ちませんと。まだまだ先は長いのですから」

ダイヤ「警察の聴取も、恐らく今後はもっと厳しくなるでしょう。そんな時に疲労困憊では、どんなボロをだしてしまうか……」

ダイヤ(身体は限界かも知れませんが。けれどせめて精神だけは――! こんなところでは終われないのだから……っ)

ダイヤ(さあ。これで、5つ。あと――半分)

ダイヤ(がんばルビィ……なんて、ね。待っていて、ルビィ)

ダイヤ「……」フラ、フラ、フラ

ダイヤ「……」キュッ

ザーァァァァァ…

243: 2017/12/13(水) 23:23:56.85 ID:XItt5CS/
同、12月20日。スクールアイドル部部室


千歌「……」

曜「……」

梨子「……」

花丸「……」

善子「……」

ルビィ「……えっと。あの」

果南「……」

千歌「……ねえ。さっき鞠莉ちゃん、慌てて出て行ったけど」

果南「職員室だよ。……たぶん、そういうことなんだと思う」

善子「これで3件目……? 何人〇されるのよ、こんな田舎で」

ダイヤ(今夜は、あの家に侵入しましょう……今までと同じく2人暮らしの、あの……)

244: 2017/12/13(水) 23:25:07.31 ID:XItt5CS/
曜「なんかさ。噂で、バラバラにされてるって聞いたけど……」

梨子「そっちにも伝わってるんだね、噂……。聞いたら、内臓が持って行かれてるんだって」

千歌「狂ってるよね……」

花丸「……警察、来たずら?」

果南「来たよ。いろいろ聞かれた。早く犯人捕まえてほしいよ……」

ダイヤ(警察の警備が厳しいですわ……掻い潜るには、ルート選定も必要……マスコミも現れ始めた……)

ルビィ「あ、あのっ。クリスマスライブの、練習を……っ」

千歌「……」

ルビィ「ぅゅ……」

千歌「……ごめん、ルビィちゃん。出来ないよ、ライブなんて」

ダイヤ(県道を通るとまず見つかると思っていいでしょう……山に入って獣道を通り、そこを下って……)

245: 2017/12/13(水) 23:26:06.57 ID:XItt5CS/
ルビィ「で、でもっ!」

千歌「分かってる!」

千歌「分かってるよ。私たちにとってこれが最後で、ルビィちゃんにとっても本当に大切なライブで。だから成功させたいって、思ってる」

千歌「でも、無理だよ。たくさん人が〇されてるんだよ? そんな中でライブなんて、出来るわけないじゃん……」

ルビィ「……ぅゅ」

ルビィ「お姉ちゃん……」

ダイヤ(それなら見られることなく……いえ、油断はできない……あるいは先に行って身をひそめるか……)

ルビィ「? お姉ちゃん?」

ダイヤ(おそらく今夜にも警察の聴取はある……その時に家を空けていると危険……とすれば……)

曜「ダイヤさん?」

246: 2017/12/13(水) 23:27:11.79 ID:XItt5CS/
梨子「あの、ダイヤさん……?」

ダイヤ(どうすれば……考えがまとまりません……今夜の標的は……開始時刻は……計画のおさらいを……)

ダイヤ(あと、5人。5人を……どうやって……いつ……ああ)

果南「ダイヤ? ちょっと、ダイヤ!?」

ダイヤ(〇さなくては……〇したくない……解体の手順を……改善点は……やめてください……私を許して……)

ダイヤ(侵入経路を……あと5人……あと何日……警察の聴取はどうやって……)

ダイヤ(やめて……ゆるして……もうやめて……わたくしは……もうだれも……)

ダイヤ(だれか……たすけて……ルビィを……わたくしを……たすけて……)

果南「ダイヤ! ダイヤってば、ダイ――、」

ダイヤ(ああ……ルビィ……私は、あなたを……――)フラッ

ダイヤ「……」ドサッ…

ルビィ「――お姉ちゃん!!」

288: 2017/12/15(金) 19:07:33.49 ID:JFL4mkYC
【幕間】12月20日。浦の星女学院、保健室


果南「よい、しょっと」トサッ

ダイヤ「すー……すー……ぅ、ううぅ」

ルビィ「お姉ちゃん、うなされてる……。寝てるの……?」

果南「……疲れてた、ってことなんだろうけど。だからって倒れるまでなんて」

ルビィ「ルビィのせいだ。ルビィの身体のことで、お姉ちゃん、遅くまで起きて勉強してるから」

花丸「……ルビィちゃんのせいじゃ、ないずら」

ルビィ「……」フルフル

ルビィ「お姉ちゃんが無理してるのは知ってた。無理しないでって言っても、諦められないからって」

ルビィ「もう、助からないのにね。ルビィは……」

曜「……そんなこと、言わないでよ」

289: 2017/12/15(金) 19:08:31.18 ID:JFL4mkYC
ルビィ「……千歌ちゃん」

千歌「なに……」

ルビィ「クリスマスライブ、もう、いいです」

花丸「っ」

ルビィ「これ以上はお姉ちゃんの、みんなの負担にしかならないから。だから、もういい」

千歌「……分かった。そうしよう」

善子「いいの? ルビィ……」

ルビィ「ルビィの好きなスクールアイドルは、苦しいものでも、不謹慎なものでもないから」

ルビィ「最期にそんなライブ、見たくない。――けほっ、ごほっ!」

善子「ルビィ……」

ルビィ「ああ――何でこうなっちゃったんだろう」

290: 2017/12/15(金) 19:09:31.79 ID:JFL4mkYC
ルビィ「ごほっ……今までお姉ちゃんやみんなに我が侭ばっかりで迷惑かけちゃったから、バチが当たったのかなぁ」

花丸「そ、そんなことない! ルビィちゃんは、今だって一番辛いはずなのに前向きで一生懸命で……!」

花丸「すごく頑張ってるずら! そんなルビィちゃんにバチが当たるなんて、そんなこと……!」

ルビィ「……前向きかなぁ、ルビィは」

ルビィ「ねえ、花丸ちゃん。前に、言ってたよね? スクールアイドルで頑張って徳を積めばきっとまたルビィに会えるって」

ルビィ「ルビィもそれ、信じてみようって思ったんだ」

ルビィ「ルビィは何の取り得もなくて、今までお姉ちゃんや花丸ちゃん達に頼りっきりで。徳なんて何にも積んでないけど」

ルビィ「でもスクールアイドルとして最期まで精一杯頑張ればきっとまた……!」

ルビィ「お姉ちゃんや花丸ちゃんと、みんなと! もう一度また会えるって、スクールアイドルが出来るって……!」

ルビィ「だからルビィは弱音なんか吐かないって、死んだって吐いてなんかやるもんかって、でも。でも……っ」

ルビィ「――げほっ、ごほっ、ごほっ」

ルビィ「ルビィは……っ!」

花丸「……っ、ルビィちゃん――!」ギュッ

291: 2017/12/15(金) 19:10:23.86 ID:JFL4mkYC
ルビィ「……ルビィは、何ができるんだろう」

ルビィ「ムリしないでってお姉ちゃんに言っても聞いてくれない。ルビィがお姉ちゃんを苦しめるの……」

花丸「違う。ルビィちゃんは悪くない」

ルビィ「ルビィは何ができただろう。ルビィは何か、残せたかなぁ……?」

花丸「分からない。でも、少なくともルビィちゃんがいなくなったらマルは泣くよ。ずっと泣く」

ルビィ「えへへ……。それじゃあルビィ、また悪い子だね……。来世じゃあルビィは独りかなぁ」

花丸「違うっ。ルビィちゃんを独りになんかしない、マルは絶対にルビィちゃんに会いに行くずら、絶対に!」

花丸「だから、だからっ」

花丸「そんな風に泣かないで欲しいずら、ルビィちゃん……」

ルビィ「……」ギュッ…

ルビィ「死にたく、ないよ……」

善子「……ルビィ」

292: 2017/12/15(金) 19:11:29.89 ID:JFL4mkYC
12月20日。浦の星女学院、保健室


ダイヤ(暗闇の中、迫りくるしわがれた十の腕)

ダイヤ(逃げ惑う私に、腕は四方八方から伸びてくる。どれだけ走っても、走っても走っても。その腕を振り切ることが出来ない)

ダイヤ(ついに腕は私の脚を掴む。瞬間、脚は沼のような場所に沈んで、まるで身動きが取れなくなる)

ダイヤ(十の腕が、私の腕を、脚を、髪を、首を掴んで離さない。どれだけもがいても、その腕を振りほどくことは出来なくて)

ダイヤ(必死に身じろぎする私が腕の隙間から見た光景は――)

ダイヤ(私を取り囲むように浮かぶ――5つの、生首――)

ダイヤ「ぁ、ぅ、ぁ、あぁ――!?」ガバッ

ダイヤ「はぁっ! はぁっ! はぁっ! ……あ――」

ダイヤ「ここ、は……?」

鞠莉「ひどいお目覚めねぇ。そんなホラーコミックみたいな起き方、本当にするのね」

ダイヤ「鞠莉さん。……ここは、学校――保健室ですか」

293: 2017/12/15(金) 19:13:17.63 ID:JFL4mkYC
鞠莉「イエース。あなた、倒れたのよ。それで果南がここまで運んだ。……私はその場にいなかったけどね」

ダイヤ「倒れた……私が――っ、いま何時ですか!?」

鞠莉「わっ。じ、時間? えっと、夜の9時ね。終バスももうないわ」

ダイヤ「9時……そんなに眠っていたのですか。ルビィや、他のみなさんは」

鞠莉「帰ってもらったわ。みんな、あなたを心配して相当渋ったけど」

鞠莉「ルビィって意外と頑固なところあるのね。今日ようやく確信したわよ。あ、これダイヤの妹だーって」

ダイヤ「どういう意味ですの、それ……」

鞠莉「そのままの意味よ。自分の体調管理もせずに、無理ばっかりして。周りの身にもなってよ」

鞠莉「ダイヤあなた、倒れるまでいったい何をしているのよ」

ダイヤ「……先日お話ししたはずですわ。無理はしている、と」

鞠莉「物事には程度ってものがあるのよ」

294: 2017/12/15(金) 19:15:39.43 ID:JFL4mkYC
鞠莉「ルビィ、物凄く落ち込んでいたわよ。私は直接ルビィの言葉を聞いたわけじゃないけど、……相当参ってるわ」

鞠莉「妹を傷つけるような無理をするのが姉の――黒澤ダイヤの務めなの? その無理は本当に通さなくてはならないこと?」

鞠莉「あなたにとって本当に大切なものは何か。よく考えることね」

ダイヤ(ルビィが傷ついている。それはそうかも知れません。余命いくばく、残された時間の中で見る光景が、姉の倒れた姿では)

ダイヤ(しかし私はそれでも。鞠莉さんが如何に正しくとも、それを受け入れるわけには)

ダイヤ「……ご高説、痛み入りますわ」

鞠莉「……あなたが考えてること、当ててあげる」

鞠莉「鞠莉さんは正しいことを言っているけれど受け入れることは出来ませんわ――でしょう?」

ダイヤ「超能力者ですか、あなたは……」

鞠莉「ダイヤが分かりやすすぎるのよ、この硬度10め」

295: 2017/12/15(金) 19:16:54.67 ID:JFL4mkYC
鞠莉「……無理をするな、とは言わない。気持ちは分かるなんて軽々しく言えないくらい、あなたが追い詰められていることは分かる」

鞠莉「でも。無理をする前に私たちを頼って。きっとそれが、ルビィのためでもあるから」

ダイヤ「……ありがとうございます。その言葉、心にだけは留めておきますわ」

鞠莉「……うん。今は、それでもいい」

鞠莉「信じるよ。ダイヤ」

ダイヤ(私はその信頼を、裏切ることしか出来ませんわね。……いいえ。現在進行形で今まさに裏切っている)

ダイヤ(私はあなたに信じて頂けるような者ではありませんのよ、鞠莉さん……。私は、巷で噂の切裂き魔なのだから)

鞠莉「――さって。じゃ、湿っぽい話はこれでおしまいっ」

鞠莉「せっかくダイヤと2人っきりでお泊りデートなんだし、ゆっくりガールズトークとシャレこみましょ?」

ダイヤ「……は? 泊まり?」

296: 2017/12/15(金) 19:18:41.67 ID:JFL4mkYC
鞠莉「言ったじゃない。もう終バスはない、って。ここから歩いて帰るつもり?」

ダイヤ「確かに歩くのは辛いですが……良いのですか?」

鞠莉「私は理事長で、あなたは生徒会長よ? これ以上誰の許可を得るって言うのよ」

ダイヤ(……好都合、かも知れませんわ)

ダイヤ(学校から山小屋までの距離もそう遠くない。お母様が起きる時間までに戻る必要がない、というのはなかなか魅力的です)

ダイヤ「分かりました。体力的にも、無理に移動せずここで休んだ方が良いのでしょう」

鞠莉「あら。聞き分けがいいのね? てっきり、ぶっぶーですわが炸裂するかと思ったのに」

ダイヤ「さすがの私も、倒れた直後くらいは自粛しますわよ」

鞠莉「いい心掛けね。いつもそうだと良いのに」

297: 2017/12/15(金) 19:20:37.39 ID:JFL4mkYC
鞠莉「そ・れ・じゃ・あ~? まずは早速、ディナータ~イムっ!」

鞠莉「ダイヤが眠りっぱなしだから食べ損ねたのよね。もうマリーおなかペコペコ」

ダイヤ「ディナー? 何か食べ物がありますの? てっきりコンビニでも行くのかと思っていましたが」

鞠莉「ダイヤと夜の散歩もいいけどね。でも、たぶん速攻で警察に補導されるわよ。パトロールしてるはずだから」

鞠莉「と、いうわけで~? ……どジャァぁぁ~~~ン!! カップラーメン!」

ダイヤ「……カップ麺とは意外ですわね。鞠莉さんのイメージとはおよそかけ離れたチープな食べ物ですが」

鞠莉「もちろん普段は滅多に食べないわ。ただ仕事で帰れなくなったことを考えて、念のため置いてあったのよ」

鞠莉「ダイヤはどっちがいい? シーフードとカレーがあるけど」

ダイヤ(……どちらも匂いが強いですわね。シーフード、嫌いではありませんが、今はあの手の匂いは)

ダイヤ「カレーでお願いしますわ」

鞠莉「はいはい。ケトルも用意してあるからお湯を注いでね?」

298: 2017/12/15(金) 19:22:27.01 ID:JFL4mkYC
ダイヤ「……」

鞠莉「あれ、どうしたの? まさかカップラーメンの作り方が分からない……?」

ダイヤ「恐らくあなたよりは詳しいですわよ。まあ、私も滅多なことでは食べはしませんが」

ダイヤ「ただ、その。……このお肉、取り除いては駄目でしょうか、と」

鞠莉「……ぷっ」

鞠莉「あっはははは!? 嫌いなもの取り除きたいとか、ダイヤが小学生みたいなこと言ってる……!」

鞠莉「あっひゃひゃひゃひゃ! ひーひーひーっ」

ダイヤ「そ、そこまで笑うことですか……?」

鞠莉「ソ、ソーリィ、なんかツボった……! ……くひひひ。でも、そうよね。確かにあなた、その手のお肉苦手よね」

鞠莉「まあ、いいんじゃない? 今は私とあなたしかいないしね。マリーはそこまで厳しいことは言いまセーン」

鞠莉「嫌いなものなら残してもいいんでちゅよー? ダ・イ・ヤ・ちゃーん? ――うひゃひゃひゃ!」

ダイヤ「……どうしましょう、人生で誰かを殴りたいと思ったのは初めてですわ」

ダイヤ「まあ。ここはご厚意に甘えて取り除きますが」ヒョイヒョイ

299: 2017/12/15(金) 19:23:46.11 ID:JFL4mkYC
鞠莉「ふふっ。……普段からみんなの前でも、そのくらい素直だったらいいのにね?」

ダイヤ「ふん。意地っ張りと言う点では、あなたや果南さんには負けますわ」トポポポポ

鞠莉「えー? あなたたち2人となんて比べ物にならないくらいに素直よ、マリーは」

ダイヤ「では、果南さんが一番意地っ張りということで。――はい、ケトルですわ」

鞠莉「そうね、異論なし!」トポポポポ




300: 2017/12/15(金) 19:25:31.49 ID:JFL4mkYC
鞠莉「ダイヤって、絶対にカップラーメンは3分ちょうど待つ派よね?」

ダイヤ「作り方がそうなっているのだから当たり前では?」

鞠莉「やっぱり……」

鞠莉「マリーはちょっと早めに食べる派かな~♪」ベリッ

ダイヤ「あっ!? ま、まだ2分30秒ですわよ!?」

鞠莉「それくらいがグッドなの。……ずるずる。ん~、ベリシャス♪」

鞠莉「たま~に食べると美味しいのよね。それにこの、プラスチックのフォークがチープさを増していていい感じだわ!」

ダイヤ「お金持ちの感覚はよく分かりませんわ……」

301: 2017/12/15(金) 19:26:51.17 ID:JFL4mkYC
ダイヤ「っと。3分ですわね。では私も」

ダイヤ(ラーメン……食べる時に音を立てるのが少々はしたないと思うのですが)

ダイヤ(しかしμ'sのラーメン伝道師、星空凛先生によりますと音を立てて食べてこそラーメンであるとか)

ダイヤ(μ'sの教えを無下には出来ませんわ。この習わし、従いませんと……!)

ダイヤ「ずるずる」

鞠莉「ずるずるずる」

ダイヤ「ずるずるずる」

鞠莉「……ところで、ダイヤ?」

ダイヤ「ずるz――、はい? 何でしょうか」

鞠莉「あなたは、ここ最近起きてる一連の〇人事件についてどう思う?」

ダイヤ「……」

ダイヤ(勘付かれて、いる? いや。まさか)

ダイヤ「どう、と言いますと?」

302: 2017/12/15(金) 19:28:16.30 ID:JFL4mkYC
鞠莉「これまでの被害者は5人。すべてが身体を解体され、内臓を抜き取られていた……切裂き魔、なんてて呼ばれてる」

鞠莉「何か目的があると見て、いいんじゃないかしら。いったい犯人は何をしようとしていると思う? この平和な田舎町で」

ダイヤ「食事中にする話ではありませんわね。ずるずる」

ダイヤ「……さて、どうだか。気狂いの思考など、考えるだけ不毛なのでは?」

鞠莉「そうかもしれないけど」

ダイヤ「犯人像を絞ることは、確かに防衛をするうえで重要でしょう。しかしあなたが優先すべきは、生徒の安全以外にない」

ダイヤ「考えてもどうしようもないものを考える時間など、鞠莉さんにはないでしょう」

鞠莉「……うん。分かってる」

ダイヤ「何かあれば生徒会にもお申し付けください。尽力いたしますわ」

ダイヤ「――ずずっ。ごくごくごく」

鞠莉「わっ。スープも飲むの? ……身体に悪いわよ?」

ダイヤ「健康を考えるなら最初からカップラーメンなど食べられませんわよ」

303: 2017/12/15(金) 19:29:54.07 ID:JFL4mkYC
ダイヤ「それに今は食べられるときに食べておきたい……。気絶して無理矢理に眠ったせいでしょう。体調が戻ってきました」

鞠莉「……そう。でも気絶すれば大丈夫だからって、これに味を占めて無理ばっかりしないでよね」

ダイヤ「心得ておりますわ」

鞠莉「ホントだといいけど」

ダイヤ「――ごちそうさまでした。さて……もう10時前ですか。ぜんぜん眠くありませんわね」

鞠莉「しばらくお話しましょ? きっとどこかで眠くなるわ」

ダイヤ「そうですわね。付き合って頂けますか?」

ダイヤ(鞠莉さんが寝静まれば……行動を開始するとしましょうか)

ダイヤ(まずは山小屋まで道具を取りに。……あの山小屋も、見つかるのは時間の問題でしょうね)

ダイヤ(今日を含めてあと3日。間に合ってくれれば良いのですが)

304: 2017/12/15(金) 19:31:57.32 ID:JFL4mkYC
12月21日。内浦、路上


ダイヤ(人影――警察のパトロールはない。今なら通れますわ)サササッ

ダイヤ(現在の時刻は4時47分……概ね計画通りです。このまま学校に辿り着けば、今日の作業の全工程が完了ですわ)

ダイヤ(いちおう、コンビニまで行って朝食も買ってきました……。これで誰かに見つかっても、外に出た理由は立つ)

「――あれ。ダイヤ、ちゃん……?」

ダイヤ「――、」

ダイヤ(不味い。寄りによって、見られたくない人に見られたものです……!)

地元婦警「やっぱりダイヤちゃんだ。ど、どうしたの。こんな時間に」

ダイヤ(警察官は、本当に不味いですわ――!)

305: 2017/12/15(金) 19:33:15.33 ID:JFL4mkYC
ダイヤ「……お疲れ様ですわ。巡回中、ですか」

地元婦警「うん。まぁ、いろいろあるから。こんな時くらいは働かないと」

地元婦警「それで? 制服だけど……もしかしてこの時間に登校? え、今バス出てないよ?」

ダイヤ「昨日は終バスを逃してしまって。学校の理事長のご厚意で、保健室に宿泊させて頂いたのですわ」

ダイヤ「それで小腹も空いたので朝食を、と外に出た次第です」ポリポリ

地元婦警「理事長って、あなたの友達じゃない……」

地元婦警「学校に泊まるのは百歩譲っても、こんな時間に出歩くのは感心しない。今、この町がどんな状況か分かってるでしょ」

ダイヤ「……はい。軽率でした。申し訳ございません」

地元婦警「まぁ普段から真面目一徹なダイヤちゃんだから大目に見るけど。千歌ちゃんとかだったら補導ものよ?」

地元婦警「……今から浦の星女学院ね。送っていく」

ダイヤ「そんな。お構いなく」

地元婦警「こんな時に女の子を独りで歩かせられるわけないでしょ! 駄目だって言ってもついていくわよ!」

ダイヤ「……ご厚意、痛み入りますわ」

ダイヤ(コンビニ、寄って良かった。本当に……)

306: 2017/12/15(金) 19:34:20.98 ID:JFL4mkYC
ダイヤ(それに普段の信頼というものは積み重ねるものですわね。私が犯人などとは、露ほども思っていないようです)

ダイヤ(まさかつい先ほどまで、人を〇していたなどとは――)

ダイヤ(……痛感します。この〇人計画は、黒澤ダイヤのすべてですわ)

ダイヤ(人望、知識、経験、体力、技術……私が今日までに積み上げたこれらの、何か一つでも欠ければ瓦解する)

ダイヤ(今まで真面目に生きてきて、良かった――たとえこんな末路でも)

ダイヤ(さあ、過去を使い切りましょう。黒澤ダイヤを消費しましょう。灰になるまで燃やし尽くしましょう)

ダイヤ(ルビィ――あなたのためなら、惜しくはない)

ダイヤ(あと――3人)

307: 2017/12/15(金) 19:36:13.52 ID:JFL4mkYC




鞠莉「ど、どこへ行っていたの、ダイヤ!? 携帯も置いて行っちゃうし……!」

ダイヤ「どこって、コンビニですが? さすがに2食続けてカップ麺はどうかと思いましたもので」

鞠莉「なっ……!?」

ダイヤ「? 鞠莉さん?」

鞠莉「バカっ! こんな時間に一人で出歩くことがどれだけ危険か分かってないの!?」

鞠莉「私はあなたが、あなたが〇されてしまったんじゃないかって……っ!」

ダイヤ(ああ……。疑われることへの心配ばかりで、その発想はありませんでしたわ)

ダイヤ(信頼されている証でしょうか。先ほどの婦警さんといい、本当に)

ダイヤ(その信頼を利用するなんて、あまりに最低ですわ……)

ダイヤ「……軽率でしたわね。申し訳ありませんわ」ポリポリ

鞠莉「――っ、」

308: 2017/12/15(金) 19:37:16.56 ID:JFL4mkYC
鞠莉「……ねぇ、ダイヤ。あなたは最近、何をしているの? 倒れるまで、具体的に何を」

ダイヤ「何って、ご存知の通り医療関係の本などを片っ端から読み込んでいますわ」

ダイヤ「それから黒魔術の類の本を善子さんからお借りしたり。……いえ、自分でもどうかと思うのですが」ポリポリ

鞠莉「……」

ダイヤ「鞠莉さん? 何か顔色が優れませんが……」

鞠莉「……ダイヤ。あなたは、まさか――」

ダイヤ「何ですの?」

鞠莉「――お、お腹すいたね! せっかく買ってきてくれたんだしブレイクファストにしましょっか?」

309: 2017/12/15(金) 19:38:01.66 ID:JFL4mkYC
鞠莉「コーヒー淹れるから理事長室に行きましょ? ダイヤも飲むわよね?」

ダイヤ「え? あ、はあ。では、砂糖とミルクは多めでお願いしますわ」

鞠莉「オーケー。私、コーヒーには煩いからちょっとしたものよ? 楽しみにしててね♪」

鞠莉「ふんふふんふふーん♪」

ダイヤ「……何なのでしょうか。急に上機嫌になって」

ダイヤ(まあ、構いませんわ。……さて。次は、どちらの候補を標的にしましょうか……)

鞠莉「……」

327: 2017/12/16(土) 13:06:57.31 ID:BRBBgypw
ダイヤ「……ふ、ぅ。温まりますわね、コーヒー。いい薫りですわ……」

鞠莉「気に入ってもらえたようでなによりだわ♪」

ダイヤ「ただ、あなたの出すものは何でも高級すぎるきらいがあるので、口にするのに勇気がいるのが難点ですわね」

ダイヤ「いくらのコーヒー豆を使ったんですの、これ……?」

鞠莉「さあ? 豆の値段なんか気にしたことないし。大事なのは価格じゃなくて味と薫りじゃない?」

ダイヤ「……本当に飲むのが怖くなってきましたわ」

鞠莉「そんなの考えなくてもいいのに」

鞠莉「……ところで、ダイヤ?」

ダイヤ「どうしましたの?」

鞠莉「例の、切裂き魔のことなんだけど」

328: 2017/12/16(土) 13:07:39.28 ID:BRBBgypw
ダイヤ「……またですの? 随分とこだわりますわね」

鞠莉「気になるのよ。どうしても、あなたの口からこの事件の犯人のことが聞きたいの」

ダイヤ「私、別にプロファイリングが出来るわけではないのですが……」

鞠莉「いいじゃない。ちょっとした余興と思って、付き合ってよ」

ダイヤ「……はぁ。分かりましたわ、お付き合いしましょう」

鞠莉「じゃあ早速。まずは昨日の続きね。切裂き魔は必ず被害者から内臓を抜き出している。これに理由があるのかどうか」

ダイヤ「まあ何かしかはあるのでは? しかし、そこに合理性を求めることは出来ませんわ」

鞠莉「ホワイ? どうしてそう思うの?」

329: 2017/12/16(土) 13:08:22.78 ID:BRBBgypw
ダイヤ「どうしてって、当然でしょう。そもそも、繰り返し人を〇すという時点で合理性などありませんわ。狂っている」

鞠莉「やむにやまれぬ事情がある、とか」

鞠莉「本当は嫌で嫌で仕方がないけど、でも、そうしなくてはいけない何かが犯人にはあった――とか」

ダイヤ「……はっ」

ダイヤ「たとえどんな事情があろうと。繰り返し人を〇すに足る理由などこの世には存在しませんわ」

ダイヤ「それは悪でしかなく、ただの醜い狂気です。事情なんてあったとしても――ほんの些末な我が侭ですわよ」

鞠莉「……我が侭、ね。それはダイヤとは正反対だわ。あなたは昔から、我が侭なんて言わなかったもの」

鞠莉「悪で、狂気で。それでも犯人が通そうとする我が侭は、いったいどんなものなのかしらね」

ダイヤ「……さて。どうなのでしょうね」

鞠莉「……」

330: 2017/12/16(土) 13:09:41.28 ID:BRBBgypw
鞠莉「うん、いいわ。変な話しちゃったわね。――まだ登校まで時間あるけど、シャワールームでも行く?」

ダイヤ「使わせて頂けるなら、ぜひそうしたいですわね」

鞠莉「じゃあ決定! 何なら一緒に入る? ダイヤの色んなところの成長も確認しないといけないし――あれ。もしかして、それで成長止まってる……?」

ダイヤ「やかましいですわ! あなたとなんか入りませんっ!」

鞠莉「あら、フラれちゃった♪ まぁいいわ。じゃ、行きましょ」

ダイヤ「ええ」

鞠莉「……ねぇ。ダイヤ」

鞠莉「私たち、ずっと一緒よ。何があっても、絶対に」

鞠莉「私はそれだけは、迷ったりしない」

331: 2017/12/16(土) 13:10:18.84 ID:BRBBgypw
同、12月21日。浦の星女学院、スクールアイドル部部室


善子「ダイヤ、もう大丈夫なの……?」

ダイヤ「ええ。よく眠ったおかげか、すっかり良くなりましたわ。心配をおかけして申し訳ありません」

曜「ところで、今日はルビィちゃんは……」

ダイヤ「お休みを頂くと連絡がありましたわ」

曜「……そっか」

花丸「ルビィちゃん……」

梨子「鞠莉さんは、また職員室?」

果南「……さっきの様子だと、“また”だね」

千歌「……」ユサユサユサユサ

332: 2017/12/16(土) 13:11:05.32 ID:BRBBgypw
ダイヤ(鞠莉さんから聞きました。スクールアイドル部が、Aqoursが最後に目指したラストライブは中止になった、と)

ダイヤ(さもありなん。ルビィの体調、私の不調、暗躍する切裂き魔……とても、アイドルなどという空気ではありませんもの)

ダイヤ(……その原因は私というのが、申し訳ない気持ちで一杯ですが)

ダイヤ(それが好都合というのだから皮肉です。きっと私にはもう、スクールアイドルを語る資格などありません)

ダイヤ(それでもまだ、この部室に足を運んでしまう。未練があるということなのでしょう)

ダイヤ(……未練など、捨てたつもりだったのですが)

千歌「……」ユサユサユサユサ

梨子「……千歌ちゃん。貧乏ゆすりなんて行儀悪いよ」

千歌「……うん」

千歌「……」

千歌「……」ユサユサユサユサ

梨子「千歌ちゃん」

千歌「――んあぁあっ、もう!」

333: 2017/12/16(土) 13:12:00.39 ID:BRBBgypw
梨子「ち、千歌ちゃん?」

千歌「私、ちょっと外を走ってくる」

果南「……私も行くよ。何か、ジッとしてられない」

曜「そう、だね。私もそうしようかな」

善子「……体育会系は違うわね。こんな時に身体動かそうだなんて」

果南「善子も来る? 黙って座ってるよりはいいと思うよ」

善子「私はパス。そういうのガラじゃないわ」

曜「そんなこと言わずに行こうよ。走ると気持ちいいから」

善子「……そこまで言うなら」

334: 2017/12/16(土) 13:12:49.46 ID:BRBBgypw
千歌「花丸ちゃんと梨子ちゃんは?」

花丸「オラはいいずら」

梨子「……私も、いいかな」

千歌「……そっか」

果南「ダイヤは休んでなよ。さすがに今日も倒れられたら敵わないから」

ダイや「ええ。大事を取らせていただきますわ。お気をつけて」

千歌「じゃ、行ってくるね」ガラッ

ダイヤ「……」

花丸「……」

梨子「……」

ダイヤ(静かなメンバーが残りましたわね。……これもまた、好都合と思ってしまう私がいます)

ダイヤ(残り3人。いよいよ佳境です、入念に計画を練り直したい……と。そう思ってしまう)

ダイヤ(まったく。これでは私、身も心も〇人鬼ですわね……)

335: 2017/12/16(土) 13:13:48.06 ID:BRBBgypw
【幕間】12月21日。内浦、山道


果南「……」タッタッタッタ

曜「……」タッタッタッタ

千歌「はっ、はっ、はっ、はっ」タッタッタッタ

善子「ぜぇ……、ぜぇ……」フラフラ

善子「ちょ、ま……待って。あなた達、走るの早すぎ……っ」

果南「体力ないなぁ、善子は」

善子「善子じゃ……なくて……ヨハ――げほげほっ!」

曜「ちょっと休憩にしよっか」

千歌「ふーっ。さすがに果南ちゃんと曜ちゃんについて行くのは辛いや」

336: 2017/12/16(土) 13:14:36.19 ID:BRBBgypw
千歌「でも。……何も考えなくていいのは嬉しいよね」

果南「……色んなことがあり過ぎだよ、ここ最近」

曜「ルビィちゃん、大丈夫かな……」

果南「ダイヤのこともそうだし、そもそも私たちだって明日まで生きていけるか分からない状態だしね」

千歌「縁起でもないこと言わないでよ……」

果南「ごめん。……田舎だからさ。やっぱりみんな、知ってる人なんだよね」

果南「ついこの間まで、普通に挨拶してた人たちなのにさ。……未だに信じられないよ」

果南「そのせいなのかな。実感ないんだよね。事件のことも、ルビィちゃんのことも」

曜「……」

善子「……何のために走りに来たか分からないわね」

337: 2017/12/16(土) 13:15:06.97 ID:BRBBgypw
善子「私、もう戻るわ。これ以上走っても疲れるだけみたいだし。ダイヤと花丸のことも、気になるし」

曜「善子ちゃん……」

善子「だからヨハ――いえ」

善子「ただの善子だわ……私は。天使でも悪魔でも何でもいいから、ルビィを治す魔法があれば良かったのに」

千歌「……そんな奇跡なんて、ないよ」

善子「身に染みたわよ。そんなこと」

善子「じゃ、あなた達は走るなり泳ぐなり好きにして。私はさっさと戻って、ダイヤたちと一緒にルビィのお見舞いにでも――ぁ」ズルッ

善子「の、わああああぁぁ!?」ゴロゴロゴロ

曜「ああっ!? よ、善子ちゃんが足を滑らせて山の斜面を!?」

果南「堕天使返上してもすぐ不幸に見舞われるなんて……さすが善子」

千歌「言ってる場合じゃないよ! 善子ちゃああああん!?」

338: 2017/12/16(土) 13:16:01.79 ID:BRBBgypw
善子「い、たたた……。ぺっぺっ、うぅ……土かんだぁ」

曜「善子ちゃん、大丈夫!?」

善子「まぁ、何とかね。このぐらいの不幸なら慣れてるし」

果南「体力はないけどタフだね、善子は」

善子「だからあなたを基準にしないで……、って。あれ……」

善子「山小屋?」

千歌「ホントだ。こんなところに山小屋があったんだね……果南ちゃんと曜ちゃんは知ってた?」

果南「いや、初めて知った。この辺りはよく知ってると思ってたけど」

曜「私は千歌ちゃんや果南ちゃんほどこの辺りに詳しくないから……」

339: 2017/12/16(土) 13:16:49.72 ID:BRBBgypw
千歌「うーん。……うん、ちょうどいいや。善子ちゃんに怪我がないか、あの小屋で見ておこうよ」

果南「そうだね。打ち身とか捻挫があったら大変だし」

善子「別に問題はないけど。……でも、興味があるわね。地元の人間すら知らない廃屋なんて」

曜「じゃあ入らせてもらおっか。お邪魔しますよーそろー!」ギィィ…

曜「……うんん?」

千歌「どうかしたの、曜ちゃん」

善子「誰かいるの?」

果南「いや。今は誰もいないみたい」

果南「作業台に、ランプに……うわ、何あれ。チェーンで雁字搦めのクーラーボックスぅ……? 南京錠までかけてあるし」

曜「部屋の隅に紙束が並べて積まれてあるね」

果南「……誰かが、ここを利用してる?」

340: 2017/12/16(土) 13:17:46.54 ID:BRBBgypw
善子「例の切裂き魔でも出て来るんじゃないでしょうね……」

千歌「か、勘弁してよ……!」

曜「……千歌ちゃん。私のそばから離れないでね」

果南「曜もだよ。……大丈夫。何かあっても私が何とか――」

――チュウチュウ

果南「うっひゃぁ!?」ハグッ

曜「……果南ちゃん、苦しい」

果南「だ、だってさぁ。……で、なに。今の鳴き声みたいなの……」

千歌「……みたいな、じゃなくて鳴き声だよ。ネズミがいる」

342: 2017/12/16(土) 13:18:52.40 ID:BRBBgypw
善子「ケージの中にネズミ……飼ってるの? ハムスター、じゃないわよね。これは」

曜「うん。ネズミだね、間違いなく。それに、何だろう。ネズミと一緒にケージの中に紙が入ってる。何か模様が描いてあるよ」

善子「わっ。これ魔方陣じゃない!? これとよく似たものが本に載ってたわ!」

千歌「魔方陣って、ファンタジー的な? ネズミを飼ってるケージに魔方陣なんて……何の小屋なんだろう、ホントに」

千歌「ネズミのエサも置いてあるし。誰かがちょくちょく出入りしてるってことだよね」

善子「普通に考えれば」

善子「ここは魔術の実験場で、山小屋に見せかけた暗黒魔術師の工房ね」

善子「ネズミは魔術の実験体なのよ。そして、そこに積まれた紙束には魔術実験の成果が記されてるってわけ」

曜「善子ちゃんの中の普通が私には理解できないよ……」

千歌「いつもそういう設定考えてるんだね……」

善子「悲しそうなトーンで設定とか言うなっ!」

果南「……設定じゃないよ。それがたぶん、正解だ」

343: 2017/12/16(土) 13:19:51.99 ID:BRBBgypw
千歌「え? 果南ちゃんまで、そんな。こういうノリ、どっちかって言うと果南ちゃんが一番分かんないタイプでしょ?」

果南「これ。紙束のひとつが、このネズミの観察日記になってる」

曜「日記? 自由研究?」

千歌「冬休みに自由研究ってある?」

善子「こんな自由研究やるヤツがいたら将来有望過ぎるわよ……」

果南「いや、そんなことはどうでもよくてさ。最初のページ読んでみて」

曜「ん~? うっわ、綺麗な字……私こんな字、書けないや。えぇっと……『12月2日』」

善子「今月ね」

果南「大事なのはその後だよ」

344: 2017/12/16(土) 13:20:39.29 ID:BRBBgypw
曜「『魔術儀式により、確かに絶命したはずのネズミが蘇った。驚くべき事態であるが、事実として受け入れこの現象に望みをかけたい』」

曜「『また、蘇生術の代償や副作用がないとも知れない。時間は限られるが、可能な限りこのネズミを観察し記録を取ることとする』」

曜「……蘇った?」

善子「す、すごい! 死者蘇生魔術の成功被検体なのね、このネズミは……!」

千歌「いやいや。妄想じゃないの? これ書いた人、アブない人なんじゃ」

果南「まぁ、頭がおかしくなってる可能性はあるね。でも、書いてる本人は間違いなく大真面目だよ」

果南「……見たことない? この、バカ丁寧な文字」

善子「え――、……っ!? こ、この文字!? うそ、そんなっ!」

曜「善子ちゃん?」

345: 2017/12/16(土) 13:21:43.85 ID:BRBBgypw
善子「だって、私、この文字知ってる。しばらく、ずっと読んでたもの。……ダイヤに翻訳してもらった、魔術書の文字!」

善子「っ! そ、そうよ。あの魔方陣……ダイヤに翻訳してもらった本に描いてあったのとそっくり……!」

千歌「ダ、ダイヤさんが? まさか。あのダイヤさんが魔術だなんて」

善子「間違いないわよ! こんな丁寧な文字、そうそう見間違ったりしないわ。この日記を書いたのは間違いなくダイヤよ!」

曜「その魔術書の翻訳って、これ? 束の中に混ざってたよ。コピーかな」

善子「そ、そうこれ!」

善子「……え? な、何でダイヤがわざわざコピーなんか取ってるのよ……」

果南「このケージの魔方陣、本の中に描いてあった?」

善子「……いいえ。まったく同じものはなかったわ。似てはいるけど、微妙に模様が」

曜「……いや、あるよ。ほら、このページ」

善子「うそ!? そんな訳が――……何よ、このページ。私、このページ知らない……」

千歌「な、なんて書いてあるページなの……?」

346: 2017/12/16(土) 13:22:46.63 ID:BRBBgypw
曜「……悪魔の力を現世にて行使する。この悪魔によって得られし力は、死者の蘇生術あるいは――不治の病の、治療」

曜「ただし、悪魔の力の行使には供物が必要……その供物は」

曜「蘇生・治療を行おうとするその対象と同様の生物の――心臓を、十」

果南「――!?」

千歌「……うそ」

善子「……ね、ねえ。今、この辺で起きてる〇人事件って。確か、内臓を抜かれてたって、噂が」

善子「それって。……それってもしかして、ダイヤが魔術を使おうとして。ルビィの病気を治そうとして」

善子「それって、〇人事件の犯人は、ダイ――」

果南「――うるさいっ!」

善子「っ」ビクッ

果南「……それ以上言うと、怒るよ」

曜「……」

果南「ダイヤじゃ、ない。ダイヤなわけない。ダイヤがそんな恐ろしいこと、するわけない……!」

果南「戻ろう、学校へ! まずはダイヤから話を聞かなきゃ!!」

348: 2017/12/16(土) 13:24:49.00 ID:BRBBgypw
一昨日に諸事情で投下できなかった分なのです。すみませんでした
夜、アニメの前にでもまた来ます

364: 2017/12/16(土) 19:36:59.08 ID:BRBBgypw
同、12月21日。スクールアイドル部部室


ダイヤ(残り3人……。一気に済ませてしまいたいところですが……さすがに3人は厳しいですわね)

ダイヤ(時間もそうですが、〇害そのものにリスクがある。犯行に気付かれて抵抗を受ける可能性がありますから……)

ダイヤ(やはり、今日もまた2人。そして明日1人とする計画の方が無難でしょう)

ダイヤ(体力的には、相当にマシになっています。これなら明日まで、十分に持つはず……)

鞠莉「……チャオー」

梨子「あ、鞠莉さん……」

花丸「疲れてるね」

鞠莉「まあ、ね。……察してると思うけど、また遺体が発見されたわ。これで7人」

梨子「やっぱり……」

365: 2017/12/16(土) 19:37:28.11 ID:BRBBgypw
鞠莉「学校の周辺にマスコミも溜まってる。恐らくまだ増えるわ」

鞠莉「いちおう学校から、生徒に関わらないようマスコミに通達してあるけど……あまり意味ないでしょうね」

梨子「実は私にも今朝、取材があったよ。ほとんど答えられなかったけど」

鞠莉「それでいいわよ。どうせ不安煽って、全国向けのサスペンスドラマが作りたいだけだもの」

鞠莉「ただ真実を報道したいだけなら、ずっと警察に張り付いてればいいのに、ったく」

鞠莉「はーあ。でも、そのマスコミのおかげでホテルが儲かって仕方ないのよね。皮肉なものだわ」

花丸「一過性だろうけどね。しばらくしたら、きっと前以上に閑古鳥が鳴くずら」

鞠莉「言わないでよ……」

366: 2017/12/16(土) 19:38:08.11 ID:BRBBgypw
梨子「生徒へのアナウンスはどうなるの? もうすぐ冬休みだけど……」

鞠莉「冬休みの間の部活動は全面禁止にせざるを得ないわ。犯人が捕まりでもすれば再開できると思うけど」

梨子「早く捕まるといいね。本当に……」

鞠莉「……そうね」チラッ

ダイヤ「? なにか」

鞠莉「……ううん。各部活動との連携は、生徒会にも協力してもらうことになるわ。お願いね」

ダイヤ「……承知しましたわ」ポリポリ

鞠莉「……」

367: 2017/12/16(土) 19:38:47.86 ID:BRBBgypw
鞠莉「ところで、果南たちは? ちょっとおバカな子たちが揃っていなくなってるけど」

梨子「ちょっと走ってくるって」

鞠莉「相変わらず脳筋ねぇ。ま、それが彼女たちの良い所だけど」

鞠莉「……私も疲れた。ちょっとここでのんびりさせて――」

ダダダダダダダッ

果南「――ダイヤ!!」

ダイヤ「か、果南さん? どうしたんですの、そんなに慌てて」

果南「あの山小屋はいったい何なの!?」

ダイヤ「――っ!?」

鞠莉「山小屋……?」

368: 2017/12/16(土) 19:39:32.88 ID:BRBBgypw
果南「これっ、山小屋にあったこの翻訳!」パサッ

果南「ダイヤの字でしょ、これは……!」

花丸「翻訳? どれどれ――……え? ど、どういうことずら、これは……」

鞠莉「――っ!」

梨子「ふ、不治の病を治す……心臓を、10個……!?」

果南「答えて、ダイヤッ! これは何? ダイヤはいったい何をしてるの!?」

曜「お、追いついた……!」

千歌「か、果南ちゃん待って、落ち着いて! 今は冷静に、ダイヤさんから話をっ!」

善子「ぜぇ……ぜぇ……。ダ、ダイヤ……」

ダイヤ(……あの山小屋に、立ち入ったのですか。なぜ、あんなところに……なんという不運)

ダイヤ(いえ。今はなぜかなど、どうでもいいですわ。今、私が成すべきことは――)

369: 2017/12/16(土) 19:40:21.79 ID:BRBBgypw
ダイヤ「……」

果南「黙ってないで何か言ってよっ! ダイヤ!!」

ダイヤ(どうすれば誤魔化せるでしょうか。必要なことは私が例の〇人事件に関与していないという根拠)ポリポリ

ダイヤ(この黒魔術の翻訳者が私ではないと主張するのは無理があります。善子さんの手元にその原本があるはず……誤魔化せませんわ)ポリ、ガリ…

ダイヤ(翻訳者は私。黒魔術の内容が書かれてある。魔術の行使には10の心臓が必要である。その魔術であれば、ルビィの病を治すことが出来る……)ガリガリ

ダイヤ(すべてが繋がってしまう――当たり前ですわ。それが真実なのだから……!)ガリガリガリ

ダイヤ(何か。何か良い言い訳を……何か!)ガリガリガリガリ

果南「――ああ」

果南「そうなんだ。本当なんだ……」

果南「本当に、ダイヤなんだ……あの、切裂き魔の正体は――!!」

ダイヤ「……っ」

鞠莉「ば――バカなこと言わないでよ、果南! ダイヤが切裂き魔なわけないじゃない!?」

370: 2017/12/16(土) 19:41:12.02 ID:BRBBgypw
鞠莉「ね? そうよね、ダイヤ? 私は知ってるわ。あなたはそんなこと、する人じゃないって」

鞠莉「ダイヤは、こいつバカなんじゃないかって思うくらい真面目で、何でも変に一生懸命で、それで――」

鞠莉「それで――優しい人よ。人なんて〇さない。私たちにそんな嘘なんてつかない。そうでしょ、ねぇ――ダイヤ」

ダイヤ「鞠莉さん……」

ダイヤ(――ああ。この人は、気付いていたのですか。私が切裂き魔である可能性に、もう既に)

ダイヤ(なんて甘い人。それでもなお、私をかばおうと言うのですか。こんな私を。醜悪な切裂き魔を)

ダイヤ(どうすれば良いのでしょうか。鞠莉さんの言葉に乗れば、ここを切り抜けられるでしょうか……)

ダイヤ(きっとそうですわ。鞠莉さんが私を守ってくれる。きっと温かく、抱きとめてくれる)

ダイヤ(私がひとこと。関係などないと、そう言ってしまえば――)

ダイヤ「……ありがとうございます、鞠莉さん」

鞠莉「ダイヤ……」

371: 2017/12/16(土) 19:42:03.84 ID:BRBBgypw
ダイヤ「――騙していて、ごめんなさい」ドンッ…

鞠莉「きゃ――!?」ドサッ

ダイヤ(これ以上、鞠莉さんの信じる瞳を裏切れません……! 私は〇人鬼で、魂を悪魔に売り渡した切裂き魔ですが、それでも……!)

ダイヤ(それでも私は、あなたの友達“でした”! その誇りだけは捨てられない、捨てたくないのです……っ!)

ダイヤ「そこを退きなさい! 果南さん!」ダッ

果南「ダ、ダイ――!?」

ダイヤ(押し通る――! 部室のドアの前、いるのは果南さん、千歌さん、曜さん、善子さん……!)

ダイヤ(果南さんは距離が近い、これだけ反応が遅れてくれれば――抜けた!)

千歌「ま、待ってダイヤさ――ぎゃっ!?」

ダイヤ(問題ありませんわ! あの山小屋から学校まで走り続けてきたのだとすれば、千歌さんの体力なら……!)

372: 2017/12/16(土) 19:43:11.06 ID:BRBBgypw
ダイヤ(一番の懸念は、曜さんです! 飛び込みのトップアスリート、Aqours一の瞬発力を、果たして抜けるか――いいえ)

ダイヤ(抜かなくてはならない! ルビィのためにも!!)

曜「待ってよ、ダイヤさん! 待って――!」バッ

ダイヤ「……ッ!?」

ダイヤ(は、疾い……! まずい、これは、掴まれ――!?」

善子「や、やめて――!」バッ

曜「え――うわっ!?」ドカッ

ダイヤ「な……!?」

ダイヤ(なぜ!? 善子さんが曜さんを、押し倒した……!?)

曜「よ、善子ちゃん!? 何を――、」

善子「行って、ダイヤ! 行って!!」

善子「ルビィを――助けてっ!!」

ダイヤ「……!」

373: 2017/12/16(土) 19:43:57.70 ID:BRBBgypw
ダイヤ(ああ……善子さん。あなたは、何てことを……)

ダイヤ「……すみませんっ!」タタタタッ

果南「――ダイヤっ!?」

ダイヤ(あなたはきっと、これからずっと、この日の選択を忘れられないでしょう。忘れることなど出来ないでしょう)

ダイヤ(自分のせいで切裂き魔がのさばってしまったという事実を。そのせいで、さらに人が〇されてしまったということを……!)

ダイヤ(ごめんなさい、ごめんなさい善子さん……っ)

ダイヤ(そしてルビィをそんなにも想ってくれて、本当にありがとうございます……っ)

ダイヤ(あなたの決意――無駄にはしませんわ! 絶対に!!)

ダイヤ(戻りましょう、あの山小屋へ。そして必要な道具を取って、不要なものは処分して、そして)

ダイヤ(今夜、3人……! ここに至ってはもう、やるしかありませんわ――!)

374: 2017/12/16(土) 19:44:42.38 ID:BRBBgypw
【幕間】12月21日。スクールアイドル部部室


鞠莉「ぅぅ。ダイヤ。ダイヤぁ……どうして。どうして……」

梨子「ダイヤさんが、切裂き魔……」

善子「はぁ……はぁ……はぁ」

善子「……ごめんなさい、突き飛ばしちゃって。怪我はないわよね」

曜「善子ちゃん……。うん、私は大丈夫、だけど」

善子「そう。良かった」

果南「善子ぉ!」グイッ

善子「ぐっ……!?」

375: 2017/12/16(土) 19:45:15.29 ID:BRBBgypw
果南「何で、何で曜の邪魔をしたの!? 何でダイヤを止めてくれなかったの!?」

果南「今、ダイヤを逃がしたりしたら、また……!」

善子「……いきなり胸ぐら掴むだなんて、随分な先輩ね」

善子「ま、そうね。また〇すでしょう。10人〇し終えるまで、もうダイヤは止まらないわ」

果南「それが分かってて何で!?」

善子「何で? あなたこそ、分かって言ってるの?」

善子「ダイヤはルビィを救おうとしているのよ。逆に言えば、ダイヤを止めればルビィが死ぬのよっ!」

善子「あなたは、ルビィを〇すつもりなの!?」

果南「っ! ……で、でもっ。だからダイヤが人を〇していいって言うの!? 善子が〇すんじゃない、ダイヤが人を〇すんだよ!?」

376: 2017/12/16(土) 19:46:10.28 ID:BRBBgypw
果南「鞠莉を突き飛ばした時のダイヤの顔を、善子は見たの!? あんなに、あんなに悲しそうな顔をして……!」

善子「分かってるわよ、そんなことは! 自分でも最低のことを言ってるって分かってる、自分の手は汚さないでダイヤに全部投げ捨てて……!」

善子「それでも賭けたいと思ったの、救ってほしいと思ったの!」

善子「私は天使でも悪魔でも、ただの善子ですらないクズでいい! それでも私は、ルビィに……!」

善子「ルビィと一緒にいたいと思ったのよ……! それはそんなに間違っているの、果南っ!?」

果南「そ、それは……」

花丸「――なに言ってるの。間違ってるに決まってるずら」

善子「……は? え。花丸……?」

377: 2017/12/16(土) 19:46:55.84 ID:BRBBgypw
花丸「他人の命を犠牲にして生き永らえるなんてそんな外法、あっていい訳ないずら。ダイヤさんを止めなきゃ」

花丸「あ。あと、ダイヤさんが翻訳した例の魔術書の原本。あれ、今度うちのお寺に持ってきてもらえる? 供養するから」

善子「な、何を言っているのよ、花丸……」

善子「あなた昨日のルビィの言葉を、一番近くで聞いたはずでしょ……? ルビィは、泣いていたのよ……? ルビィは」

善子「死にたくないって、私たちにそう言ったのよ……!?」

花丸「そうだね。だから?」

善子「だから、って……!」

善子「あなた本気で言ってるの!? このままだとルビィは死ぬのよ、ダイヤはそれを覆そうとしているの!」

善子「そのダイヤを止めるってことは、ルビィが死んでもいいって言っていることと同じじゃない!!」

花丸「死んでもいいとは言わないし、思ってもないずら。でも――うん」

花丸「死ぬべきだよ。ルビィちゃんは」

378: 2017/12/16(土) 19:47:49.38 ID:BRBBgypw
善子「~~っ! 見下げ果てたわ、花丸! あなたはルビィの一番の親友じゃなかったの!?」

花丸「そうだよ。ルビィちゃんがマルをどう思っているかは分からないけど、マルはルビィちゃんを一番大切な親友だって思ってる」

善子「だったら……!」

花丸「だったら? オラとルビィちゃんの関係がどうだったとしても、変わらないよ」

花丸「諸行は無常ずら。どう足掻いても人は死ぬ。それが摂理だよ」

善子「有り難いお説教ね、クソ喰らえだわ……!」

花丸「……そうかもね。だから別に、善子ちゃんにオラの気持ちを分かって欲しいなんて思ってないよ」

花丸「善子ちゃんを責める気もない。間違ってると思うけど、でも、その気持ちも痛いほど分かるずら」

花丸「マルも、ずっとルビィちゃんと一緒にいたかった……善子ちゃんや、みんなと、ずっと」ポロポロ…

善子「……っ、あなた」

379: 2017/12/16(土) 19:49:06.41 ID:BRBBgypw
花丸「……」グシグシ

花丸「まあ、そんな訳だから。マルはダイヤさんを止めに行くよ。善子ちゃんはどうする?」

善子「……だったら、あんたの邪魔をする」

花丸「……そっか。善子ちゃんはオラと同じで、本当にルビィちゃんが大好きなんだね」

善子「当たり前でしょ……! ルビィだけじゃない、花丸やみんなも、ダイヤだって、大切な友達なんだから……っ」

花丸「そっか……善子ちゃんが友達で、オラは嬉しいずら」

花丸「でも――」トッ…

花丸「善子ちゃん、ずっと走ってヘトヘトだよね? さすがのオラもそんな善子ちゃんに捕まるほどノロマじゃないずら」

善子「あ――待っ」

380: 2017/12/16(土) 19:49:45.96 ID:BRBBgypw
花丸「みんなも、どうするかよく考えた方がいいずら。――後悔のない選択なんて、ないかも知れないけどね」タタタタッ

善子「くっ、逃げられた!? 待ちなさい、ずら丸っ!」タタタッ

千歌「花丸ちゃん……」

梨子「善子ちゃん……」

果南「……私も行くよ」

曜「行くって、どこに?」

果南「……ダイヤを止めに」

千歌「いいの? 善子ちゃんが言ってたことは」

果南「私にはマルみたいに立派な考えはないよ……。正しいこととか、間違ってることとか、そんなのよく分からない。ただ」

果南「ただダイヤに、人〇しなんかして欲しくないだけ」

鞠莉「……私も行く。ダイヤと、ちゃんと話をしなきゃ」

果南「うん。行こう鞠莉。ダイヤのところへ」タタタッ

千歌「果南ちゃん、鞠莉ちゃん……」

381: 2017/12/16(土) 19:50:37.50 ID:BRBBgypw
曜「……私はルビィちゃんのところへ行ってくる」

梨子「ルビィちゃんの?」

曜「伝えて来るよ、ルビィちゃんに。今、何が起こっているのか」

梨子「そ、そんなことしたらルビィちゃんが……!」

曜「うん。きっと、すごくショックだと思う。でも」

曜「私だったら、話して欲しかったって、そう思うだろうから。もちろん、私だったらってだけで、ルビィちゃんもそうとは限らないけど」

曜「それがもし裏目にでちゃったら……うん。ルビィちゃんの隣にいる、ずっと。それしか出来ないけど、それだけなんだけど、でも」

曜「友達だもん。それだけは、したい」

千歌「……そっか」

曜「じゃあ、行ってくるね。千歌ちゃん、梨子ちゃん」

382: 2017/12/16(土) 19:51:23.27 ID:BRBBgypw
梨子「……行っちゃったね。みんな」

千歌「うん」

千歌「……何で、こんなことになっちゃったんだろう」

梨子「分からないよ……」

千歌「……梨子ちゃんは、どうするの」

梨子「私は、ダイヤさんに賛成派、かな。……悪いヤツだ、って思う?」

千歌「ううん。……花丸ちゃんや果南ちゃんたちを追わなくていいの?」

梨子「そうだね。じゃあ、行くだけ行ってみようかな」

千歌「消極的だね」

梨子「きっと意味ないから。私なんかが行っても」

梨子「たぶん、花丸ちゃんも果南ちゃんも鞠莉ちゃんも、ダイヤさんを止められないよ」

千歌「何でそう思うの?」

梨子「あの人が黒澤ダイヤだから、かな」

千歌「?」

383: 2017/12/16(土) 19:52:04.94 ID:BRBBgypw
梨子「知ってる? ダイヤさんって実はピアノも弾けるんだよ。お琴も弾けて、日本舞踊も出来る」

梨子「お魚だって捌けるし、護身術も身につけてて、勉強なんて言わなくてもいいくらい」

梨子「それはダイヤさんが才女ってこともあるかもだけど、何より小さい頃から色んな努力を文句ひとつ言わず続けた結果」

梨子「それらすべてを捨てて、ダイヤさんは切裂き魔になったんだよ? 18年近い努力のすべてを、この数日に捧げてる」

梨子「……止められるわけないよ。私は今までずっと、ピアノに打ち込んできたから分かる」

梨子「18年という歳月の集成は、その執念は、そんなに易いものじゃない。ダイヤさんの覚悟が本物なら、もう誰にも止められない」

千歌「……」

梨子「じゃあ行ってくるね。たぶん、善子ちゃんがその辺でへばってるだろうから、拾ってあげなきゃ」

梨子「……千歌ちゃんは、何を選ぶのかな」スタスタスタ

千歌「……」

千歌「選べるわけ、ないよ……」

千歌「選べるわけないじゃん、そんなこと――!」

千歌「うぅぅっ、ぅぅぅうううっ!!」

384: 2017/12/16(土) 19:52:36.18 ID:BRBBgypw
同、12月21日。山小屋


ガタッ、ドサドサドサッバサッ

ダイヤ(ネズミは処分、観察日記も燃やしましょう、同じく魔術書の翻訳も燃やす……!)

ダイヤ(クーラーボックスはさすがにまだ持ち出せませんわ……場所を変え、山中にでも置いて来ますか)

ダイヤ(凶器その他の道具一式――持ち出しましょう。その上で夜まで身を隠せば……!)

「――ダイヤッ!」

ダイヤ「くっ、遅かったですか……!」

ダイヤ(……来ました。来てしまいましたわ。恐れていた時が)

ダイヤ(ついに、あなた達と決別するこの時が……っ)

ダイヤ「果南さん、鞠莉さん……っ」

385: 2017/12/16(土) 19:53:24.14 ID:BRBBgypw
果南「ダイヤ。やめようよ、こんなこと。いくらルビィちゃんのためだからって、こんなことおかしいよ……!」

鞠莉「ダイヤ……」

果南「自分がどんな恐ろしいことをしてるか、分からないの!? ダイヤ!!」

ダイヤ(もう、ダメですわ。覚悟を決めるしかありません……!)

ダイヤ「分かっていない訳が、ないでしょう」

ダイヤ「私だって分かっています。こんな方法、取りたくて取る人間がどこにいると言うのですか」

果南「だったら……!」

ダイヤ「だったら何だと。私に立ち止まれとでも言うつもりですか」

ダイヤ「7人も〇した私に、もう休めと? 悔い改めよと? ――出来るはずがないッ!」

386: 2017/12/16(土) 19:54:02.60 ID:BRBBgypw
ダイヤ「私の両手はもう血に汚れている、背には十字架が積み上がっている! 退路など既に死体の山で塞がっている!」

ダイヤ「もはや突き進むよりないのですわ、この先が地獄と知っていても!」

果南「何で。何で分かっててそんなことを……っ」

ダイヤ「あなたにとっては、そんなことでも。私にとって、これは“そんなこと”ではありませんわ……!」

ダイヤ「他者の命も尊厳も、私の魂すらも犠牲にするに値する希望だった! ただそれだけのこと!」

ダイヤ「退きなさい、果南さん! 私は行かねばなりませんわ。1人〇した私は、10人〇しルビィを救うまで止まれない――!」

果南「やめて、ダイヤ! 待って! 立ち止まってよ、お願いだから!!」

ダイヤ「聞けませんわ! ルビィを救う――この誓いだけは果たしてみせる、私が何者になろうとも!」

387: 2017/12/16(土) 19:54:40.18 ID:BRBBgypw
ダイヤ「それとも、あなたにルビィを救う手立てがありますの!? あの忌まわしい魔術に頼る以外の、誰もが幸せになれるような手段が!」

果南「それは……っ、でも! でもっ!」

ダイヤ「お退きなさい、果南さん! 3度目の通告はありません!」

果南「――だったら。だったらっ!」

果南「力ずくでも止めてやる! ダイヤを、ぶん殴ってでも……!」

ダイヤ「……あくまでも私を止めると。私と、戦うということですわね」

ダイヤ「――承知しましたわ。それ以外にもうないのでしょう。私も、これよりあなたを敵と見なしますわ」スッ

鞠莉「……ダイヤ」

果南「何で、構えちゃうのさ……」

果南「何で戦う気なのさ、ダイヤぁ……! やめてよ、私はダイヤとこんなこと、したくないよ……!」

388: 2017/12/16(土) 19:55:31.91 ID:BRBBgypw
ダイヤ「私だって、大切な友人に暴力を振るいたいとは思いません。しかし力ずくと言ったのはあなたの方ですわ」

果南「やめて! やめてよダイヤ!」

ダイヤ「言ったはず。3度目の通告はない、と」

ダイヤ「お覚悟ですわ、松浦果南……! 必要とあらば、私はあなたの命だって――!」

果南「ダイヤっ!」

425: 2017/12/17(日) 19:13:42.27 ID:Bghd+8As
ダイヤ「もはや言葉など不要……行きます!」ダッ

ダイヤ(果南さんは戦う用意が出来ていない。合気道は後の先に秀でた武術ですが、今こちらから仕掛けない手はありませんわ!)

ダイヤ(身をかがめ、懐へ潜り、その無防備な脇腹めがけ――当て身っ!)

果南「――くっ!?」バシッ

ダイヤ(防がれた……! さすがは果南さん、しっかり対応してきますわね。出来れば初撃で仕留めたいところでしたが……)

果南「やるしか、ない……っ!」

ダイヤ「コォォォォ、フゥゥゥ……」

ダイヤ(さて。構えられてしまいましたわ。本番はここから、と言ったところでしょうか)

426: 2017/12/17(日) 19:14:24.58 ID:Bghd+8As
ダイヤ(果南さん……出来れば本当に、こんなことになって欲しくはなかった)

ダイヤ(ただ、正直に言うと、予感はしていましたわ。人を〇すと決めた時から、きっと彼女とは相対することになるだろうと)

ダイヤ(合気道を学んだのはそのためです。幼い頃に護身で学んだ経験があることも大きいですが、何より)

ダイヤ(果南さんの力に対抗するにはこれしかない。――そう、直感していた)

ダイヤ(さあ、来なさい果南さん。私の全身全霊、魂を賭けてあなたを制します。そして私は前へと進む――!)

果南「……ダイヤ」グッ

果南「――痛いよ、我慢して……!」

ダイヤ(来る……!)

427: 2017/12/17(日) 19:15:26.12 ID:Bghd+8As
果南「ふっ――!」

ダイヤ(なんて馬鹿正直な軌道の突き……! こんなもの受け流して、入身から背後に回って――)

ダイヤ(襟首、掴みましたわ! さあ――後ろへ崩れなさい!)

果南「っ、――こ、のぉ!」ググッ

ダイヤ「んな――っ!?」

ダイヤ(こ、こらえた……!? 信じられませんわ、どんな体幹をしているのですか、あなたは……ッ!)

果南「だ、らぁっ!」

ダイヤ(ボディブロー!? 密着しすぎです、躱せません……! 肘で防ぐしかないっ!)

ゴスッ!

ダイヤ「ぐ、づぅ――!?」ミシミシミシッ

ダイヤ(ふ、防いだと言うのになんて重さ……! 腕が潰れそうになる!?)

428: 2017/12/17(日) 19:16:23.73 ID:Bghd+8As
ダイヤ(一度、距離を離して立て直しを……!)バッ

果南「……ふぅぅぅ」

ダイヤ「コォォォォ……」

鞠莉「ダイヤ、果南……」

ダイヤ(強い。本当に強いですわ、果南さん……。私の付け焼刃の合気道では、まだ彼女には届きません)

ダイヤ(腕が、痺れます。ガードはそう何度も出来ませんわね。ガードの上から相手を殴り潰すアイドルとか、何なのですか一体)

ダイヤ(それでも。負ける訳には……!)

果南「――行くよ。もう一発」

ダイヤ(負ける訳には、いかないのです――!)

429: 2017/12/17(日) 19:17:13.39 ID:Bghd+8As
果南「でやぁっ!」

ダイヤ(今度は蹴りですか……果南さんに生半可な崩しは効きません、ならば! こちらから踏み込んで迎え撃つ!)ザッ

果南「――!?」

ダイヤ(蹴りは突きよりもはるかにバランスを崩しやすい、格好の餌食ですわよ、果南さん――!)

ダイヤ(軸足――もらった! 足払い――!)ヒュパッ…

果南「ぐっ――、」グラッ、 ドサッ…

ダイヤ(倒れましたわ! この機、逃すわけにはいきません!)

ダイヤ(ガードもない、狙うは無防備な胴体! 切裂き魔は伊達ではありませんわ。その急所――内臓の位置など透けて見える!)

ダイヤ「コォォォォォォ……シッ――!」

ダイヤ(撃ち抜く――貫くように、真っ直ぐに! この右腕を……!)

果南「ご、ふ――!?」

ダイヤ(入った……! これでもう抵抗の意思など――、) …ガシッ

ダイヤ「え――?」

430: 2017/12/17(日) 19:17:55.64 ID:Bghd+8As
ダイヤ(何で私、腕、掴まれ……嘘でしょう!?)

果南「……捕まえたよ。ダイヤ――!」

果南「お、あああああああああ!」

ダイヤ「っ、ぁあ――!?」グラッ…

ダイヤ(た、倒れたまま私の腕を掴んで、腕力だけで私の体勢を崩す……!? どんな力ですか本当にっ!)

ダイヤ(駄目ですわ、こらえ切れません! ここは素直に投げられて、受け身を――!)

ダイヤ「――ふっ!」バッ

ダイヤ(よし、掴まれた腕を弾きましたわ。後は素早く立て直せば、倒れたままの果南さんより圧倒的に有利に――)

果南「――よ、っと」ッタン!

ダイヤ(――は、)

ダイヤ(何でもう立ってるんですの、果南さん。冗談でしょう……?)

431: 2017/12/17(日) 19:18:56.28 ID:Bghd+8As
ダイヤ(恐ろしいほどの体幹、バネ、筋力、タフネス。私がどれだけ鍛錬を積んでも辿り着けない境地がそこにある……!)

ダイヤ(まずいですわ! 私はまだ立て直せていない、この状態で攻撃を受けたら……!)


果南「――歯、食いしばれダイヤ」


ダイヤ(受け流し……無理です、防御……間に合いません! これは――、)

果南「でぇぇやっ!!」


ドンッ…!

ダイヤ「か、は――っ!?」


            リバー・ブロウ
鞠莉「は、入った……! 肝臓打ち――!」

432: 2017/12/17(日) 19:25:28.39 ID:Bghd+8As
ダイヤ「あ、あぁ、あ……っ」ドサッ

ダイヤ「か、ぁ、あ……」

果南「……ふぅぅぅ」

鞠莉「果南の、勝ち……」

ダイヤ(ち、力が、入りません。呼吸すら、まともには……)

ダイヤ(全身が、痙攣します。身体の中に溶けた鉛でも流し込まれたかのような……重く、残留し続ける痛み……)

ダイヤ「ぁ、ぅ。コー……ヒュー……」

果南「……痛いよね、ごめん。でも、私の勝ちだよダイヤ。止まってもらう」

ダイヤ(負け、た……? これでもう、止まるしか、ない……?)

433: 2017/12/17(日) 19:26:25.38 ID:Bghd+8As
ダイヤ「ぅ、ぎ、ぁ。ぐぅぅ……」

ダイヤ(私はもう――止まっても、いいのですか? だって、だって。こんなに痛いのです、こんなに辛いのです)

ダイヤ(こんなの、立てませんわ……戦えません。なら、仕方ないですわよね……? だって、負けてしまったんですもの)

ダイヤ(私は――)

ダイヤ「は、っぅ。ぁ、あぁぁ……」

果南「ごめん、ダイヤ。本当に、ごめん……」ギュッ…

ダイヤ(ああ――温かい、ハグ)

434: 2017/12/17(日) 19:27:29.19 ID:Bghd+8As
ダイヤ(幼いころから大好きな――果南さんのハグ。この温かさが、柔らかさが、全身の痛みを溶かしていくようで……)

ダイヤ(私に抱きしめられる資格なんてないのに、それがとても幸せで)

ダイヤ(もう――終わりにしても――)


『行って、ダイヤ! 行って!!』 『ルビィを――助けてっ!!』


ダイヤ「」ビクッ

ダイヤ(……終わったら、どうなりますの?)

ダイヤ(私がここで終わったら、善子さんのあの覚悟は……?)

ダイヤ(終わったら、私が〇した7人は、どうなりますの……? あの方たちは何のために私に〇されたんですの……?)

ダイヤ(ルビィは――)

435: 2017/12/17(日) 19:28:12.15 ID:Bghd+8As
ダイヤ(力が、入らない? 呼吸が、ままならない?)

ダイヤ(だから何だと――?)

果南「帰ろう、ダイヤ……。これからのことは、これから考えればいい。だから今は」

ダイヤ「……果南、さん」

果南「うん。どうしたの、ダイヤ」

ダイヤ「――ごめんなさい」スッ

436: 2017/12/17(日) 19:31:19.90 ID:Bghd+8As
果南「え――?」


ダイヤ(手首――取った、肘――極めた。肩――押さえた!!)ヒュッ パシッ ガッ


ダイヤ(このまま――私の体重をかけて――!)

ダイヤ「ぉ、ぁああああああああああああ!!」


 ゴ、ギッ…


「ぎっ、ああああああああああああっ!?」

「か――果南っ!!」

441: 2017/12/17(日) 20:16:29.44 ID:Bghd+8As
ダイヤ「はぁ――はぁ――はぁ――っ!」

果南「ゥ、ああぁあああ……っ!」

鞠莉「か、果南っ! 大丈夫、果南!?」

ダイヤ「――近寄らないでください!」

鞠莉「っ!?」

ダイヤ「ぜぇ、ぜぇ……。それ以上は、近寄らないでください鞠莉さん。もし近づこうと言うのなら」グッ

果南「んぎっ!?」

ダイヤ「果南さんの腕、もう2度と使い物にならなくなりますわよ……!」

鞠莉「……!」

442: 2017/12/17(日) 20:17:07.07 ID:Bghd+8As
ダイヤ「それでもなお近づこうと言うのであれば、今度は命の保証も出来かねます。心臓は別に、あなた達の物でも構いませんのよ」

鞠莉「やめて、ダイヤ! どうしてそんな、果南を人質みたいに……!」

ダイヤ「まさしく人質ですわ。正直に言いますが、まともに身体が動きませんもの。あなたに掴みかかられてはどうしようもない」

ダイヤ「あなたへの交渉材料として、果南さんは最適でしょう」

鞠莉「どうして!? 果南はただ、あなたのことを想っていただけなのに……!」

ダイヤ「そんなこと、承知しておりますわ。だから見れば分かるでしょう」

ダイヤ「私は果南さんの想いも何もかもを裏切って、今、こうしている……! あなた達の友としてでなく、切裂き魔として……!」

鞠莉「ダイヤ……」

果南「ダ、ダイヤ……鞠莉……っ」

443: 2017/12/17(日) 20:18:18.67 ID:Bghd+8As
ダイヤ「下がってください、鞠莉さん。私はこんなところで止まれない。7人でなど終われない」

ダイヤ「私の行動には、もう私の意思など介在し得ません、進むしかないっ!」

鞠莉「ダイ――、」

ダイヤ「……っ」グッ

果南「ぎ、ぁ……!」

鞠莉「っ!?」

ダイヤ「……下がってください。私は、本気ですわよ」

ダイヤ「もう7人も〇したんですもの。伊達や酔狂でこんなこと、出来ませんわ」

ダイヤ「下がりなさい、鞠莉さん」

鞠莉「ダイヤ……!」

444: 2017/12/17(日) 20:19:05.35 ID:Bghd+8As
ダイヤ「下がれと言っているのです! これ以上聞き分けがないのなら――っ!」ゴリッ

果南「あ、ぁぁあああ!?」

鞠莉「や、やめて――!」

ダイヤ「やめるかどうかはあなた次第ですわ! お願いです、私の言うことを聞いてください……っ」

ダイヤ「お願いします、下がってください。私は行かねばならないのです。だから、お願いしますっ!」

ダイヤ「もうこれ以上、私に。――果南さんを傷つけさせないで……ぇ」ポロポロポロ

鞠莉「――っ」

鞠莉「ダイヤ……」

ダイヤ「行かなくてはならない。途中では終われない。ルビィを救うまで終われない。それが私の背負った十字架……!」

ダイヤ「7人〇した。あなた達を裏切った、果南さんを傷つけた! 私にはもう何もないっ、ルビィを救うことしか、もう――!」

鞠莉「……分かった」

445: 2017/12/17(日) 20:19:54.35 ID:Bghd+8As
鞠莉「ねぇ、ダイヤ――」

ダイヤ「っ、ち、近寄らないでくださいっ!」

鞠莉「大丈夫よ。私には、あなたを止める気はないもの」

鞠莉「ねえ、ダイヤ。教えて? 私は何をしたらいい?」

ダイヤ「なに、を……?」

鞠莉「警察のかく乱? あなたのアリバイ作り? 凶器を手配すればいい? それとも――」

鞠莉「私が誰かを、〇してくればいい?」

果南「鞠、莉……?」

ダイヤ「あなたは、何を言って」

鞠莉「あなたを独りにさせないわ、ダイヤ。あなたがその十字架に圧し潰されるというのなら、私も一緒にそれを背負う」

鞠莉「――共犯者になるよ。だから何でも言って?」

ダイヤ「な……っ!?」

果南「……ま、り」

鞠莉「……」ニコッ

446: 2017/12/17(日) 20:20:47.45 ID:Bghd+8As
ダイヤ「あなたは、自分が何を言っているか分かっているのですか……?」

鞠莉「分からないで言っていると思う? 大丈夫よ。勢いは否定しないけど、それなりには考えて出した答えだから」

鞠莉「あなたの覚悟は伝わった。硬度10にどれだけ説得したって聞いてくれないこともよく分かった」

鞠莉「私も果南と同じなの。ただダイヤが心配なだけ。だから、ダイヤが私たちの言葉を聞いてくれないのなら」

鞠莉「――寄り添うよ。あなたが嫌だって言っても、絶対にそうする」

鞠莉「星にお祈りしたんだもの。ずっと一緒よ」

ダイヤ「鞠莉さん……」

鞠莉「それに私だってルビィのことは大切だし。利害も一致するなら、それでいいじゃない」

鞠莉「ね?」

ダイヤ「……本当に、私に手を差し伸べると?」

ダイヤ「あなたが私と、同じ罪を背負ってくれるというのですか……?」

447: 2017/12/17(日) 20:21:52.92 ID:Bghd+8As
鞠莉「独りで、辛かったね。ダイヤ」

鞠莉「もうムリしなくていいんだよ……?」

ダイヤ(ああ、この人は本当に。何でこんなにも、私のことを)

ダイヤ(私は本当に幸せです。殴ってでも道を正そうとしてくれる友人と、誤った道であっても共に歩もうとしてくれる友人と)

ダイヤ(その両方を得られたなんて――なんて幸福な)

ダイヤ「……こちらへ、来て頂けますか。まだ立つには少し、辛いもので」

鞠莉「うん。肩、貸すよ」スッ

鞠莉「大丈夫? ダイ――、」

ダイヤ(だからこそ)

448: 2017/12/17(日) 20:22:44.47 ID:Bghd+8As
ダイヤ「――ぅ、ぁああっ!」

ダイヤ(だからこそ、動かない身体に鞭打ってでも)

ダイヤ(この大切な友人を、巻き込まないように――)

鞠莉「――ぐっ!? ダ、イ……?」ミシミシッ

ダイヤ「……頸動脈、絞めさせて頂きますわ。大丈夫です、痛くはしません」

鞠莉「ぁ、か……っ」

ダイヤ「ありがとうございます。本当に、本当にあなたには感謝してもし足りませんわ」

ダイヤ「だから、あなたは幸せになってください。こんな地獄になど来ずに、日の当たる場所で、どうか……」

鞠莉「ぐ、ぅぁ、ダ、イ、ヤ……」

ダイヤ「おやすみなさい。鞠莉さん。あなたと友達で、本当に良かった……」

鞠莉「か――、ぁ……」ガクッ

鞠莉「……」

ダイヤ「ふー……」

449: 2017/12/17(日) 20:23:44.43 ID:Bghd+8As
果南「ま、鞠莉……ダイヤ……」

ダイヤ「果南さんも、手荒な真似をしてしまって申し訳ありませんでした」

ダイヤ「あなたの拳、あなたの優しさが伝わってくるようで――とても痛かったです。きっと一生、忘れませんわ」

ダイヤ「それでは。私はこれで」ズル、ズルズル

果南「ま、待って! 待ってよダイヤ、待って――づ!? ぐ、ぅぅぅ……」

ダイヤ「安静にしておいた方がよろしいですわよ。早めに誰かと連絡を取って、手当てしてもらってください」

ダイヤ「……ごめんなさい」ズルズル

果南「待って! ダイヤ、ダイヤ――!!」

ダイヤ「……」ズル、ズル

ダイヤ「……おや」

善子「……やっぱり、この山小屋に戻ってたのね」

梨子「奥の2人は……」

450: 2017/12/17(日) 20:24:38.39 ID:Bghd+8As
ダイヤ「善子さん、梨子さん……いらしたのですか」

ダイヤ「奥の2人は無事とは言いませんが、〇してませんわ。……ああ、ちょうどいい。2人を介抱してあげてください」

善子「あなたは、これからどうするの?」

ダイヤ「夜まで身を潜めますわ。本当に、いい一撃をもらいました……しばらくまともに身体が動きそうにありません」

梨子「ダイヤさん。……これを。スポーツドリンクとカ口りーメイト、あと使い捨てのカイロ」

ダイヤ「ふふ……気の利くことですわね。助かりますわ」

果南「待ってよ、ダイヤ! 善子、梨子、ダイヤを止めて――っ!」

善子「……早く行ったら」

451: 2017/12/17(日) 20:25:34.51 ID:Bghd+8As
ダイヤ「そうしますわ。あの声を聞くたびに、胸が締め付けられるようで」

果南「何で、何でぇ!? ダイヤを止めてよ! 何でダイヤが、人なんか〇さなきゃいけないのさ!?」

果南「何で……ぇ」

ダイヤ「……」

梨子「……また。みんなで一緒にいられるよね。ルビィちゃんと、ダイヤさんと、みんなで」

ダイヤ「……そうありたいものですわね」

ダイヤ「では」ズルズルズル

果南「ダイヤ、ダイヤぁぁぁ!」

488: 2017/12/18(月) 21:08:25.95 ID:lu9JiqX0
12月22日。内浦、路上


ダイヤ(寒い……さすがにレインコートで冬の夜の寒さを凌ごうというのは無理がありますわね)

ダイヤ(梨子さんから頂いたカイロ、本当に助かります。ピッキングもありますから、手が冷えるのは致命的ですもの)

ダイヤ(でも、もういい頃合いでしょう。夜は深まり、月も高く昇っている……。人も草木も、眠る時間)

ダイヤ「……行きましょう。これが最後ですわ」

ダイヤ(――っ、果南さんからもらった一撃、まだ完全には回復していませんわね……)

ダイヤ(けれど時間は待ってはくれない)

489: 2017/12/18(月) 21:09:07.22 ID:lu9JiqX0
ダイヤ(今夜は、3人。時間の猶予など、一切ないのだから)

ダイヤ(標的はこのお宅――)

「――待ってたよ。ダイヤさん」

ダイヤ「……っ!」

ダイヤ「……驚きました。どうしてここに?」

ダイヤ「花丸さん」

花丸「簡単なことずら。ダイヤさんが〇さなきゃいけない人数は10人。今日までに7人だから、残りあと3人」

花丸「この状況で次の日にまで持ち越すとは思えない。ダイヤさんは今夜、3人をいっぺんに〇す計画を立てるはず……」

花丸「そしてオラがもし3人〇すんだとしたら――ここにするずら」

ダイヤ「なるほど、お見通しという訳ですか……。推理小説家でも目指せるのではありませんか」

490: 2017/12/18(月) 21:10:09.14 ID:lu9JiqX0
花丸「ああ、確かにいいネタだよね。本物の切裂き魔から取材とか、そうそう出来る体験じゃないし」

花丸「でも、ちょっとこの推理は陳腐過ぎるずら。小説にするには弱いかな」

ダイヤ「ふふ、それは申し訳ありませんわ。私も小説の物語みたいにスタイリッシュにしたいところですが、現実の切裂き魔はいっぱいいっぱいでして」

ダイヤ「それで? 花丸さんはここへ来て、何をしようと? まさか社会見学という訳でもないのでしょう?」

花丸「当たり前だよ。ダイヤさんを止めに来た」

ダイヤ「私を、あなたが? こう言っては何ですが、あなたに私を止められるとは思えませんが」

花丸「もちろん力ずくで、なんてつもりはないずら。説得をしに来たんだ」

ダイヤ「説得、ね」

491: 2017/12/18(月) 21:10:57.75 ID:lu9JiqX0
ダイヤ「そんなことで止まるとでもお思いですの? 言葉などで止まれるようなら、私はもう、とうの昔に止まっていますわ」

花丸「止まるよ。止まってくれるよ。だって目の前にいるのは、狂った切裂き魔じゃない。〇人鬼じゃない」

花丸「マルたちがよく知っている、ダイヤさんだもん」

ダイヤ「……」

ダイヤ「買いかぶりですわよ。私は狂った切裂き魔で、〇人鬼。黒澤ダイヤという人間はもう、死んだも同然ですもの」

花丸「そんなことないよ。今もこうしてオラの話を聞いてくれていることが、その証明だと思う」

花丸「恐ろしいことに、想像したくもないけど、……ダイヤさんは7人も〇しておいてまだ、自分の理性と信念を維持してる」

花丸「狂った方がずっと楽だと思うけどね。そう出来ないのはやっぱり、ダイヤさんがダイヤさんだから、なのかな」

ダイヤ「……私には今の自分を正気などとは、とても思えませんが」

花丸「マルにはいつものダイヤさんに見える、それでいいずら。そして、だからダイヤさんと――問答をする。そのために来た」

ダイヤ「問答……?」

492: 2017/12/18(月) 21:12:17.18 ID:lu9JiqX0
花丸「ダイヤさんがしようとしていることは――ただルビィちゃんを苦しめるだけだって、理解している?」

ダイヤ「……」

ダイヤ「……死ぬよりは、いいはずです」

花丸「オラにはいいとは思えないずら。ルビィちゃんは助かったとしても、その魂に10人もの命という重荷を負う」

花丸「ダイヤさんは自分だけが苦しめばいいと思っているかもしれないけど、そんなことはない。このことで一番心を痛めるのは、黒澤ルビィをおいて他にないずら」

花丸「それをダイヤさんは、理解している?」

ダイヤ「……繰り返します。死ぬよりは、いい」

花丸「――嘘だよっ!」

493: 2017/12/18(月) 21:13:06.18 ID:lu9JiqX0
花丸「分かってるんだよね、本当は……! 罪を重ねて血で汚れて外法を犯して、それを全部ダイヤさんに抱えさせて生き永らえて……!」

花丸「そんなこと、ルビィちゃんが望む訳ないずら! もう一度言うよ、ダイヤさんがやってることは、ただルビィちゃんを苦しめるだけ!」

花丸「マルは、ルビィちゃんにそんな業を背負って欲しいなんて思わないっ!」

ダイヤ「……っ」

花丸「マルだってダイヤさんと同じだよ。ルビィちゃんが生きていてくれるなら何だってやる、たぶんダイヤさんと同じことだって……。でも違う、そうじゃない!」

花丸「どんなに大好きで、どんなに辛くても……大好きだからこそ、曲げちゃいけないことがあるずら! そうでしょ、ダイヤさん!?」

ダイヤ「……お話はそれだけですか」

花丸「お願い、止まってダイヤさん! ルビィちゃんを想うなら立ち止まって!」

494: 2017/12/18(月) 21:14:14.11 ID:lu9JiqX0
花丸「今のダイヤさんは逃げてるだけだよ、ルビィちゃんに一番向き合えてないのはダイヤさんだよ!」

花丸「ルビィちゃんにそんなものを背負わせちゃダメずら、ダイヤさんが逃げちゃダメずらっ!」

花丸「ルビィちゃんの手を握って最期を看取ってあげるのは、ダイヤさんがやらなきゃいけないことなんだよ……!」

ダイヤ「花丸さん」

ダイヤ「――ありがとうございます。ルビィのことをそんなにも真剣に、想ってくれて」

花丸「わ、分かってくれたの――、」

ダイヤ「これからもずっと、あの子の親友でいてあげてください。あの子はこれから、きっと辛い思いをするだろうから。あなたが、支えてあげて」

ダイヤ「私はもう、あの子のそばにはいられませんから……」

花丸「……っ、この、分からず屋っ!」

495: 2017/12/18(月) 21:15:17.87 ID:lu9JiqX0
ダイヤ「いいえ、分かっていますとも。あなたが正しいのだと、分かっています。そんなことは最初から」

花丸「じゃあどうして!?」

ダイヤ「そんなこと……。あなたの言う通りですわよ。私は逃げているだけですわ」

ダイヤ「ルビィを喪う悲しみを拒絶して、子供にすら劣るような我が侭を通そうとしているに過ぎない……」

ダイヤ「ルビィがどう思うかなんて、分かっていながら見ないようにして」

花丸「そんな我が侭、許されるわけないずら!」

ダイヤ「ですが。私にとってその我が侭は、己が人生も魂も、他者を踏みにじることになろうとも。すべてを犠牲にしてでも果たしたい我が侭なのです」

ダイヤ「……ねえ、花丸さん。黒澤の家って、とても躾が厳しいのです。私は果南さんや鞠莉さんともっと遊びたいのに、お母様はそれでは駄目だと習い事をさせる」

ダイヤ「もちろん、それが母の愛であることは知っています。だから私は我慢を重ね、己を律し、常に黒澤家の長女としてあるべき姿を追い求め続けてきたつもりです」

ダイヤ「我が侭なんて、言った覚えがないくらいなんですのよ……?」

花丸「……何が、言いたいの」

496: 2017/12/18(月) 21:16:41.73 ID:lu9JiqX0
ダイヤ「ねえ、花丸さん。私はそんなに酷い我が侭を言っていますか? たったひとりの妹に生きていて欲しいと願うことは、そんなにも罪深いことですか……!?」

ダイヤ「この世界はっ、あなたですら! 私のこんな有り触れた、たった一度きりの我が侭を諫めようと言うのですか!?」

ダイヤ「間違っているから! 悪いことだから! ルビィにとって負担だから! そんな理由で、私の願いをあなたは否定するの、国木田花丸!!」

ダイヤ「たった一度きりの我が侭くらい、聞いてくれてもいいじゃない……っ!」ポロ、ポロ

花丸「――、」

花丸「ダイヤ、さん……」

ダイヤ「……っ」グシグシ

ダイヤ「お退きなさい。私は立ち止まるつもりなど、ありませんわ。それがたとえ子供じみた我が侭でも」

花丸「……」

花丸「……ッ」

497: 2017/12/18(月) 21:17:55.81 ID:lu9JiqX0
ダイヤ「言葉がないのであれば、下がりなさい。私を止めるだけの意思が、もうないと言うのなら」

花丸「……オラは、ダイヤさんは間違ってると、思う。ダイヤさんのためにも、ルビィちゃんのためにも、止めなきゃいけないって、思う」

ダイヤ「……ええ。きっと、そうなのでしょうね」

花丸「でもそんなダイヤさんの姿を見たら。オラにはもう――何が正しいかなんて、分からないずら」

花丸「ごめん。ごめんなさい、ルビィちゃん。ごめんなさい、ダイヤさん……! マルは2人のために、もう何も出来ないよ……っ!」

ダイヤ「……」

ダイヤ「ありがとうございます。あなたが私の我が侭を聞いてくれたこと、決して忘れはしませんわ」

ダイヤ「ルビィを、よろしくお願い致します」スタスタスタ…

498: 2017/12/18(月) 21:19:00.93 ID:lu9JiqX0
花丸「うぅ、うぅぅぅぅぅ!」

花丸「うああああ……! ごめんなさい、ごめんなさい……っ。マルは、マルは2人の友達失格ずら……!」

花丸「あああぁぁぁ……っ」

ダイヤ(……謝るのはこちらの方ですわ、花丸さん。こんなにも私たち姉妹を想ってくれるあなたに、私は仇しか返せなかった)

ダイヤ(果南さん。花丸さん――まさか人間の断末魔より、友の嘆きの声の方がよほど胸を締め付けるだなんて)

ダイヤ(知りたくなかった……そんなこと)

499: 2017/12/18(月) 21:20:06.75 ID:lu9JiqX0
ダイヤ「……さて。始めましょうか」ゴソゴソ

花丸「……」

ダイヤ(花丸さんが、後ろにいます。どうやらついて来たようですが……邪魔しないのであれば、いいでしょう)

ダイヤ(そんなことは気にせず、カバンからピッキングの道具を)

ダイヤ「……」カチャカチャ

ダイヤ「……よし」カチャ、カチ、 ガチャッ

花丸「!? ――は、はや……」

ダイヤ「5件目ですもの。慣れますわよ」

ダイヤ「それよりも、ここから先へは入りませんよう……。少々、刺激的な光景ですので」

ダイヤ「私としても自分が誰かを〇している様子など、見て欲しくはありませんし」

花丸「……うん」

ダイヤ「では。行ってきますわ」ガチャッ

500: 2017/12/18(月) 21:20:56.00 ID:lu9JiqX0




ザスッ
ブシャァァァァァ…

ダイヤ(まず、1人……)

ダイヤ(解体は後回しです。この家にいる者を皆〇しにして、安全に作業に入れる状況を作りましょう)

ダイヤ(残り2人。……行きましょう)

ギシッ…

ダイヤ(――?)

ダイヤ(今のは……)

ギシッ、ギシッ…

ダイヤ(あ、足音……!? まずい、家の者が起きていますっ! しかもこの足音は――)

ダイヤ(2人分――!!)

501: 2017/12/18(月) 21:22:00.45 ID:lu9JiqX0
ギィィィ

男性「……」 女性「……」

ダイヤ(しかも、武器を持っている、警戒されていましたか……!? 男性がゴルフクラブ、女性が包丁!)

ダイヤ(長柄に刃物! 危険な組み合わせですわね……!)

男性「あ、あぁ……」

女性「ひっ……」

ダイヤ(ですが、この光景にまだ理解が追い付いていない、今ならやれますわ!)

ダイヤ(どちらを先に狙うべきか。長柄の男性は厄介ですが……刃物はそれ以上に……! 一太刀あびれば私の血が残ってしまうっ)

ダイヤ(まずは、そちらを――!)

502: 2017/12/18(月) 21:22:42.45 ID:lu9JiqX0
ダイヤ「は、あああああ!」

ダイヤ(獲物からしても交戦は危険です! 一撃で仕留める!)

ダイヤ(ならば狙うは――その脳天!)

ザンッ

女性「が――、」

ダイヤ(しまっ――、鉈が刺さって、引き抜けない……っ!?)

男性「うっ、うあああああああ!」ブンッ

ダイヤ「く――っ!」バッ

ダイヤ(無手で挑むしか、ありませんわ……! 大丈夫です、落ち着いて対処すれば、素人の振り回す鈍器など……)

503: 2017/12/18(月) 21:23:45.87 ID:lu9JiqX0
男性「あああああああっ!」

ダイヤ(問題ありません、動きは単調! 入身から、まずゴルフクラブを叩き落として――)

ダイヤ「――あぐっ!?」ガクッ

ダイヤ(果南さんからもらった肝臓打ち――まだ、ダメージが……まずい――!?)

男性「おおおおおおおっ!」

ゴスッ

ダイヤ「づ、ぁ……っ」

ダイヤ(ひ、左肩にまともに受けた……!? この衝撃……肩の骨は大丈夫でしょうか――否!)

ダイヤ(たとえ大丈夫でなかったとしても――!)

504: 2017/12/18(月) 21:25:02.21 ID:lu9JiqX0
ダイヤ「カハァァァァァ――ア゛ア゛ア゛ッ!!」

ダイヤ(手首――もらった!)パシッ

男性「――あ」

ダイヤ(肘を固めて、返して――四方投げ!!)

男性「か、はっ――!?」ドサッ

ダイヤ「……コォォォォォ」

ダイヤ(首に腕を回し、固めて――このまま……!)

男性「が、がはっ、ぎ、あ、あ……っ」

ダイヤ(絞め落とすなんて生ぬるい真似はしませんわ! このまま――首の骨を折る!!)

ダイヤ「オオオ、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!!」ミシ、ミシミシミシミシッ

男性「ぉ、ご、ぉ、あぁ……」

ダイヤ(男性の腕が、私の腕をタップします。ですが緩めるわけにはいきません。このまま、死んでもらいますっ)

ダイヤ(これで10人、おまえで10人! このまま――死ね!!)

ダイヤ「――アァッ!!」

ゴギッ…

505: 2017/12/18(月) 21:25:57.71 ID:lu9JiqX0
ダイヤ「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

ダイヤ「やった……やった。やりましたわ。ふふ。あははは。10人です、これで10人。ついに、ついに……!」

ダイヤ「はは、あははははは。あはははははは……は」

ダイヤ(なんて。なんて虚しい、達成感……)、

ダイヤ(でもこれで、ようやく終わったのです。ようやく……)

ダイヤ「……いいえ。まだですわ。解体を、始めなくては」

花丸「ダ、ダイヤさん! 悲鳴がしたけど、大丈、――」

花丸「夫……あ……。ああぁぁぁ……」フラッ

花丸「――あ」ドサッ

花丸「……」

ダイヤ「……花丸さん。心配してきてくださったのですか……しかし、刺激が強すぎたようですわね」

ダイヤ「手袋はしているようで結構ですが……困りましたわね。これは……」

536: 2017/12/19(火) 21:25:59.80 ID:y3003WvU
同、12月22日。内浦、山中


花丸「ぅ、あ……」

ダイヤ「……起きましたか。花丸さん」

花丸「ダイヤ、さん……。ここは」

ダイヤ「山小屋へ向かっています。あなたのスマホに、善子さんから連絡が入っていました。ルビィを含めた全員が、あの山小屋に集まっていると」

ダイヤ「と言いますかあなた、スマホを持ってきてしまったんですのね……追跡されたらどうなることやら……」

537: 2017/12/19(火) 21:26:49.19 ID:y3003WvU
花丸「あ……オラ、ダイヤさんに背負われてたんだ……」

花丸「ごめんね、重いよね。もう降ろしてくれていいからっ」

ダイヤ「づ――!? ……す、すみません。肩を怪我しておりまして、あまり動かないで頂けると……」

花丸「えっ、ご、ごめんなさいっ!?」

ダイヤ「は、花丸さんは小柄ですから重さなんて気にしなくていいですわ。それに……ごめんなさい。もう少しこうしていたいですわ」

ダイヤ「あなたは、お嫌ですか? 人〇しにおんぶされるのは」

花丸「……ううん。あったかいずら」

ダイヤ「ありがとうございます」

538: 2017/12/19(火) 21:28:04.26 ID:y3003WvU
花丸「……ねえ、ダイヤさん」

ダイヤ「何でしょうか」

花丸「人を〇すって、どんな感じなの……?」

ダイヤ「……さて」

ダイヤ「あなたがそれを知る必要はありませんわ。未来永劫、絶対に」

ダイヤ「ただ、そうですわね。いい気分ではない、とだけ言っておきましょうか」

花丸「……そっか」

ダイヤ「しかし、それももう終わりました。終わったのです」

ダイヤ「私はもう、誰も〇さなくていい。それが今は、とても嬉しい」

ダイヤ「――変ですわよね。そんなの、当たり前のことなのに」クスッ

花丸「……」

539: 2017/12/19(火) 21:29:38.23 ID:y3003WvU
ダイヤ「……さて、そろそろ降ろしますわね、花丸さん」

ダイヤ「着きましたわ、山小屋に。そして――」

ルビィ「……お姉ちゃん」

ダイヤ「感心しませんわね。病人がこんな時間に外を出歩くなんて。いえ、手間は省けましたが」

ルビィ「何で、こんなことをしたの」

ダイヤ「あなたに生きていて欲しい。そう願うからですわ」

ルビィ「ルビィはそんなこと、お願いしてない」

ダイヤ「ええ、そうです。これは他の誰でもない、私の願い。私が願い、私が成したこと」

540: 2017/12/19(火) 21:30:55.94 ID:y3003WvU
ダイヤ「あなたの意思など関係ありませんわ。あなたはただ、生きてくれればいい」

ルビィ「ルビィに、そんなものを背負わせるの。10人の命なんて、そんなものを」

ダイヤ「ええ。あなたが嫌と言っても縛り付けますわ。……いいでしょう? たまには」

ダイヤ「あなたは昔から我が侭ばかりで。習い事も辞めるし、私のプリンやアイスは勝手に食べるし」

ダイヤ「たまにはお姉ちゃんのお願いくらい、聞いてくれてもいいはずですわ」

ルビィ「……っ」

パシィン!!

ルビィ「ルビィは、お姉ちゃんにそんなことして欲しくなかった……!」

ダイヤ「……あなたに叩かれたのは、初めてですわね。――ふふ。大きくなった、本当に」

541: 2017/12/19(火) 21:32:27.46 ID:y3003WvU
ダイヤ「でも、まだ足りませんわ。だってあなたはまだ16歳ですもの。若すぎます」

ダイヤ「あなたはこれから、高校を卒業して、あるいは大学へ進んで、素敵な殿方と恋をして、結婚をして」

ダイヤ「子を授かり、幸せな家庭を築いて、いつか孫にも囲まれて。そうやって黒澤の家で生きていくのです」

ダイヤ「――そうでなくては、ならない」

ルビィ「……呪いだよ、そんなの」

ダイヤ「まさしく。10人〇した者の呪いです、そう簡単には解けませんわよ」

ルビィ「そんな呪いはいらないっ!」

542: 2017/12/19(火) 21:33:40.61 ID:y3003WvU
ルビィ「ルビィだって、死にたいわけじゃないよ、死にたくなかった本当は!」

ルビィ「でも違うの、そうじゃないの……。ルビィはただ、ただ……っ」

ルビィ「お姉ちゃんやみんなと一緒にいたかっただけなの、それだけだったの……!」

ルビィ「ぅ、ぅぅううう!」

ダイヤ「……」スッ、…

ダイヤ(撫でるために伸ばした腕を、引き留めます。私にもうその資格はない)

ダイヤ(血に濡れた私の腕に今、出来ることは)

ダイヤ「もう、泣いても意味などありませんわ。すべては終わってしまったのだから」

ダイヤ「さあ。儀式を受けてもらいますわ、ルビィ。それが私の、最後の仕事」

544: 2017/12/19(火) 21:35:55.55 ID:y3003WvU
ルビィ「嫌だ! 嫌だよ! そんな儀式はいらない、ルビィはそんなことをして生きたいわけじゃないっ!」

ダイヤ(私の腕に、出来ることは)

ダイヤ「あなたに自由意思などない。……無理にでも、受けてもらいますわ」グイッ

ルビィ「ぐっ!? や、め……離し、おね、ちゃ……」

ダイヤ「……」グッ、グググッ

ルビィ「か、――ぁ」ガクッ

ダイヤ(1日に3度も人の首を絞めるなど、そうそう経験できることではありませんわね)

ダイヤ(いえ。1日に3人〇すことと比べれば、そうでもありませんか)

ダイヤ(意識を失ったルビィをおんぶします。大きくなったとはいえ、まだまだ軽い。花丸さんよりも)

545: 2017/12/19(火) 21:37:08.25 ID:y3003WvU
ダイヤ「……」ギィッ

ダイヤ「……こんばんは、みなさん。おそろいで」

善子「終わったのね」

ダイヤ「ええ。後は最後の仕上げだけですわ。いろいろとご協力、ありがとうございました」

ダイヤ「梨子さんも。差し入れ、もの凄く助かりましたわ」

梨子「……ううん。気にしないで」

果南「……ダイヤ」

ダイヤ「果南さん。腕の治療、ちゃんと受けられましたのね。良かったですわ」

果南「うん。鞠莉のホテルの人に来てもらって……」

果南「……〇して、来たの?」

ダイヤ「もちろん。3人の心臓が、このカバンの中にありますわ」

果南「……」

ダイヤ「そんな顔をなさらないでください。私はこれでも、満足しているのです」

546: 2017/12/19(火) 21:38:09.33 ID:y3003WvU
鞠莉「ダイヤ。恨むよ」

ダイヤ「構いませんわ。もう恨まれることしかない人生ですので」

鞠莉「……ファック」

ダイヤ「……さて。では、儀式を始めるとしましょうか」

梨子「手伝うこと、ある?」

ダイヤ「いえ。私が始めたことです、最後まで私の手で……。でも、そうですわね。ルビィをお願いしますわ」

梨子「うん。分かった」

ダイヤ(カバンの中から、用意しておいた魔方陣を取り出します。コピー用紙を貼り合わせて繋げた、人間1人が納まる大きさの魔方陣)

ダイヤ(次に、チェーンで巻いたクーラーボックス。南京錠を開け、鎖を解いて。中にあるのはジップロックに詰められた――7つの心臓)

千歌「ひっ……」

547: 2017/12/19(火) 21:39:34.57 ID:y3003WvU
ダイヤ(ボックスの中で氷水に冷やされたこれらを、ひとつひとつ、魔方陣の円周に並べます)

ダイヤ(今日、蒐集した3つも加えて……これで、10)

ダイヤ「……梨子さん。ルビィを、ここへ」

梨子「うん。善子ちゃん、手伝って」

善子「分かったわ」

ダイヤ(梨子さんと善子さんが、ルビィを魔方陣の中心へ。これで準備は整った……)

ダイヤ(これで。本当に、これで……)

ダイヤ「――はじめます」

曜「……」ゴクッ

548: 2017/12/19(火) 21:40:22.02 ID:y3003WvU
ダイヤ「……我が声に応じよ。汝、地獄を統べし勇猛なる獅子。十つ、心の臓腑を対価に、我が求めに応じよ」

549: 2017/12/19(火) 21:41:03.50 ID:y3003WvU
ダイヤ「数多の恐怖を与えし者よ。この血、はらわた、魂を求めるのならば応えよ」

550: 2017/12/19(火) 21:41:58.64 ID:y3003WvU
ダイヤ「死にゆく肉塊に命を。死せる土嚢に魂を。――我、汝と契約を結ばん……!」

551: 2017/12/19(火) 21:43:21.81 ID:y3003WvU
花丸「ル、ルビィちゃんの身体が、光って……」

果南「なに、これ……」

ダイヤ「……ふぅ。終わった」

ダイヤ「これで、本当の本当に。全部が、終わった。やり遂げましたわ――最後まで」

善子「成功、したの……?」

ダイヤ「ええ。実験の時と同じですわ。あの並べた心臓が黒いススのようになった時。もうルビィの病は治っていることでしょう」

善子「本当に、本当なのよね……!?」

ダイヤ「今度ばかりは、嘘ではありませんわ」

善子「良かった……良かった、ルビィ……!」

ダイヤ「……本当に」

ダイヤ(これでもう、思い残すことはありませんわね。後は……)

552: 2017/12/19(火) 21:44:22.82 ID:y3003WvU
ダイヤ「さて……」スッ

曜「ダイヤさん、どこへ……?」

ダイヤ「……お花摘み、ですわ。少しホッとしてしまったら、つい」

ダイヤ「この山小屋、水道も通っていませんし、ね?」

曜「あ、ああ。そっか。うん、ごめん」

ダイヤ「ふふ。失礼しますわね」

553: 2017/12/19(火) 21:45:02.89 ID:y3003WvU
ダイヤ「――ああ。空が白み始めている。夜が明けますわね……」

千歌「……ダイヤさん。どこへ行くの」

ダイヤ「……千歌さん」

ダイヤ「どこって、先ほど言いました。お花摘みですわ。さすがに恥ずかしいので、見ないで頂けると助かるのですが」ポリポリ

千歌「それ。嘘だよね」

ダイヤ「っ!? ……またクセが出ていましたか。もしかしてみなさんに知られていますか? 私のこのクセ」

千歌「ううん。クセのことは知らない。何のことか分からないよ」

千歌「ただ多分、いなくなるつもりなんだろうな、って」

ダイヤ「……カマをかけられましたか」

554: 2017/12/19(火) 21:45:59.96 ID:y3003WvU
ダイヤ「ええ、認めましょう。確かに私は姿を消そうとしていますわ。みなさんの前にはいられませんもの」

ダイヤ「それで、あなたはそれを知ってどうしようと? ただ黒澤ダイヤは勝手に消えてしまった、それで良かったのに」

千歌「そんなの、悲しいよ」

千歌「私はダイヤさんにいなくなって欲しくない」

ダイヤ「私は切裂き魔ですのよ? そんな〇人鬼がそばにいるのは怖くありませんか?」

千歌「ダイヤさんはダイヤさんだよ」

千歌「〇人鬼じゃなくてダイヤさんだよっ! ルビィちゃんのために無理をして、仲間のことをこんなにも想って!」

千歌「それが鬼なわけ、ないじゃん……!」

ダイヤ「ああ――どうしましょうか」

ダイヤ(千歌さんの言葉が胸に響いて。こんな私をまだ黒澤ダイヤと、仲間と呼んで頂いて)

ダイヤ(それが嬉しくて嬉しくて)

ダイヤ「私、泣いてしまいそうですわ……」

555: 2017/12/19(火) 21:47:19.83 ID:y3003WvU
千歌「行っちゃ嫌だよ、ダイヤさん。これがお別れなんて悲しいよ……」

ダイヤ「……ありがとうございます。私は本当に幸せです」

ダイヤ「ですが、だからこそ。私はここにはいられない」

千歌「ダイヤさんっ!」

ダイヤ「私が認められないのですわ。10人もの命を奪った私が、のうのうと幸せを享受するなどと」

ダイヤ「到底、許されることではありません。それこそ私の気が狂ってしまう」

ダイヤ「私は罰が欲しいのですわ、千歌さん。幸せはもはや私にとって、劇薬以外の何物でもない」

千歌「じゃあ自首するとか! なにも千歌たちの前からいなくならなくたって!」

ダイヤ「自主、ね。出来ればそうしたいところです。ですが、お分かり? 私が逮捕されるとどうなるか」

千歌「どう、って……」

ダイヤ「Aqoursの評判は地に落ちますわ。切裂き魔の所属していたグループとして、多くの誹謗中傷がみなさんを襲うでしょう」

ダイヤ「地元住民、統廃合先の高校、その他もろもろ……腫れもの扱いで済めば良い方です。差別が始まってもおかしくない」

ダイヤ「そうすると間違いなく飛び火しますわ――旅館、十千万の評判にまで」

千歌「っ!?」

556: 2017/12/19(火) 21:48:13.51 ID:y3003WvU
ダイヤ「もちろん十千万だけではありません。鞠莉さんのホテルも、果南さんのダイビングショップも、花丸さんのお寺も」

ダイヤ「善子さんや曜さん、梨子さんの親御さんにだって世間の目はある。無論、黒澤家など言わずもがな」

ダイヤ「生活できなくなりますわよ。あなたのご家族も、みんな。みんな」

千歌「……ダイヤさんは、私を脅してるの?」

ダイヤ「結果的にはそうなってしまいますわ。申し訳ありません」

ダイヤ「ですが、私もそんなことは望んでいません。だからこそ、可能な限り証拠を残さぬよう犯行を重ねたつもりです」

ダイヤ「私は逮捕は怖くない。絞首台へ立てと言うなら喜んで立ちましょう。ですが――みなさんに迷惑をかけることだけが、怖い」

千歌「……酷いよ。酷すぎるよ。そんなの、いくら何でも我が侭だよ……」

ダイヤ「そうですわね。なんと虫の良いことをと、自分でも思いますわ。ですが、それが偽らざる本当の気持ち」

557: 2017/12/19(火) 21:49:44.47 ID:y3003WvU
ダイヤ「……さあ、答えを。あなたには自分の家族も、他の仲間をも犠牲にして、私を引き留める覚悟はおあり?」

ダイヤ「力ずくで引き留めることは簡単ですわよ。私にはもう、抵抗する気力も体力も、残ってはいないのだから」

千歌「……っ」

ダイヤ「――ふふ」

ダイヤ「ええ、それでいいのですわ、千歌さん。だって、私もそうしたんですもの」

ダイヤ「他者を犠牲にし。仲間を裏切り。ルビィすら傷つけて。ただただ己が願いのために、こんなことをやらかした」

ダイヤ「でも私には後悔なんて一欠けらもない。あなただって、きっとそう思えますわよ」

ダイヤ「あなたのその選択を、とても喜ばしく思います」

千歌「……」

558: 2017/12/19(火) 21:53:43.75 ID:y3003WvU
千歌「ダイヤさんは、これからどうするの?」

ダイヤ「ご安心ください、自分で命を絶ったりはしませんわ。死んで赦される罪などとは、思っていませんもの」

ダイヤ「可能な限りは生きて。でもあえて生きようとはしないで。どこかで野垂れ死にすることが、私にふさわしい最期でしょう」

千歌「……悲しいよ」

ダイヤ「ふふふっ。――そう、まだ私を悼んでくれるのですね。とても幸せです。幸せで、胸が痛い」

ダイヤ「ああ、ですが。あえて自〇する気はありませんが、警察が私を犯人として追っていると判断した時点で、命を絶ちます」

ダイヤ「みなさんのご迷惑にはなりませんわ」

千歌「……それも、脅しだよ。通報するなって言ってるよね」

ダイヤ「ふふっ。こんな私の命など、何の脅しの材料にもなりはしないと思いますが。……あなたにとっては、そうではないのですね」

ダイヤ「好都合と、思っておきましょう。そうでないと。あなたが私を想って頂ければ頂けるほど、苦しいのですわ」

千歌「……」

559: 2017/12/19(火) 21:54:33.83 ID:y3003WvU
ダイヤ「では、私はそろそろ行きますわ。これ以上の長話は、みなさんに勘付かれてしまいますもの」

ダイヤ「さようなら、千歌さん。私を新しいAqoursへ導いてくれたあなたには、感謝してもし足りません」

ダイヤ「もはや白々し過ぎて祈ることなど出来ませんが――ええ。あなたの幸せを、心より願っていますわ」

ダイヤ「私が今日まで、みなさんのおかげで幸せであれたように。あなたにも幸あれ――さようなら」スタスタ

千歌「……分からないよ」

千歌「どうすれば良かったのか、千歌には分からないよ。ダイヤさん……」

560: 2017/12/19(火) 21:55:20.07 ID:y3003WvU




ダイヤ「……」グルグル ギュッギュゥッ

ダイヤ「凶器はまとめて紐で縛る。この紐を遠心力で振り回して、このまま――)ヒュンヒュンヒュンヒュン

ダイヤ「――ふっ!」ヒュン!

――ボチャン

ダイヤ(凶器の束を投げ入れると、海面に夜光虫が煌めきます)

ダイヤ(果南さんや鞠莉さんと遅くまで遊んだとき、よく見た光景……その後、お母様に叱られましたっけ)

561: 2017/12/19(火) 21:56:16.51 ID:y3003WvU
ダイヤ「さて、後は……髪が邪魔ですわね。目立ちますし」

ダイヤ(いつから伸ばし始めたのでしょう。自慢の、長い黒髪)

ダイヤ(誰もが私の髪を、綺麗だと褒めてくださいました。髪は女の命とはよく言ったもので、本当に、大切にしていましたが)

ダイヤ「とすれば尚のこと、ここに供養しなければなりませんわね。私の過去を、今までの誇りを」スッ

ダイヤ(片手で髪を後ろに束ね、残しておいたナイフを当てる。刃を立て、そのまま、真横一文字に――)

ダイヤ「……」パサッ

ダイヤ(掴んだ手に残る髪の束が、指を離すと潮風にさらわれて海へと還る)

ダイヤ(愛する故郷、内浦の海へと。黒澤ダイヤの象徴である黒髪が)

ダイヤ「さようなら、内浦。さようなら、みなさん。さようなら、お母様。さようなら、ルビィ」

ダイヤ「さようなら――黒澤ダイヤ」

562: 2017/12/19(火) 21:57:14.77 ID:y3003WvU
ダイヤ「……」

ダイヤ「さあ。どこへ行きましょうか。悲しいことに時間はいくらでもありますわ。どこへでも行ける」

ダイヤ「せっかくですし、秋葉原でも目指しましょうか。東京ならホームレスも生き易いでしょう」

ダイヤ「ああ――陽が昇り始めた。今朝は雲一つない、いい天気で――」グラ、フラフラフラ…

ダイヤ「なんて眩しい陽の光――とても空を見上げては、歩けませんわ――」


  ――ダイヤ「最愛のあなたへ」――
    第二部“愛にすべてを”了

564: 2017/12/19(火) 22:00:11.74 ID:y3003WvU
いろいろと感想やご声援、保守くださいましてありがとうございます

ダイヤVS果南はどうしても書いてみたかったシーンなのです
最高に格好いいダイヤさんを書くつもりが、果南ちゃんが強すぎて無理でしたが

ともあれ次の第三部“手をとりあって”が最後になります
もうしばらく、お付き合いください

602: 2017/12/20(水) 22:52:34.17 ID:qwissnGO
  ――第三部“手をとりあって”――

?月?日。西木野総合病院


真姫「い、いま目の前にいるのが、沼津の連続切裂き魔……!?」

花陽「まだそうと決まった訳じゃないけど……」

ダイヤ「……」

ダイヤ(さて。どうしましょうか)

ダイヤ(昼間に窓の外を覗いた限り、ここは3階か4階……窓からの逃走は不可能。そもそも人が出られるほど開きませんし)

ダイヤ(ガラス窓を突き破り身投げする? ……場所が悪い。ここは病院、生命維持のプロの巣窟ですわ)

ダイヤ(即死しない限り蘇生させられる。そうなったらもう逃げ場などありませんわ。身投げは最後の手段ですわね)

ダイヤ(病室の出入り口はドアひとつのみ。塞がれてはいませんが、私より真姫さんと花陽さんの方が距離が近い)

ダイヤ(……どうにも、難しいですわ)

603: 2017/12/20(水) 22:54:03.94 ID:qwissnGO
真姫「で、どうなのよ。黙ってないで答えなさい。あなたはその黒澤ダイヤで間違いないの?」

ダイヤ(ここで黙秘する意義は薄い……)

ダイヤ「認めましょう。確かに私、本名を黒澤ダイヤと申します。二度と名乗るまいと思っていましたが」

ダイヤ「さすがは小泉花陽さんですわね。今もなお、そのアイドルへの知識と情熱は衰えませんか」

真姫「やっぱりμ'sを知っていたのね」

花陽「熱心なμ'sファンらしいから……。確か、絵里ちゃん推し」

ダイヤ「そこまで知って頂けているとは光栄ですわ。ちなみに私の妹は花陽さん推しです」

ダイヤ「こんな時でなければ、サインや写真撮影などお願いしたいところですが、残念でなりませんわね」

花陽「妹さん……黒澤ルビィさんだね」

花陽「ねえ。妹さんの噂って、本当のことなの……?」

ダイヤ「噂、ね。さて何のことやら。なにぶん、もう何年もホームレスですので世間の噂話など」

ダイヤ「5年ですか? あれからもう、そんなに経ったのですか。長かったような、短いような……」

604: 2017/12/20(水) 22:55:34.04 ID:qwissnGO
真姫「あなたの妹のことなんて今はいいわよ。5年前の沼津の連続〇人、あなたが犯人というのは本当なの?」

ダイヤ「私ではない。今そんなことを言っても、信じて頂けないでしょう?」

真姫「……そうね。と言うか、考えてみればそれは私の仕事じゃないし」

真姫「とりあえず通報させてもらうわ。少なくとも失踪した行方不明者、ってことは確かなんでしょ」

ダイヤ(通報は不味いですわ。……強硬手段しかありませんわね)

ダイヤ「……真姫さん」ガリッ…

真姫「? 何よ、爪なんて噛んで――」

605: 2017/12/20(水) 22:56:33.44 ID:qwissnGO
ダイヤ「――ぅ、ぁぁあっ!」ベリィッ!

花陽「ひぃ!? な、生爪を、剥がした……!?」

ダイヤ「ぐ、ぐぅ、ぅぅうう……っ!」

真姫「な、何をやっているのよ、あなた!? 無理やり爪を剥がして、傷口から雑菌でも入ったら――」タタタッ

花陽「! ま、真姫ちゃん、近づいちゃ駄目っ!」

ダイヤ「――遅い」

真姫「え――うぐっ!?」ガシッ

ダイヤ「……真姫さん。あなたは聡明でぶっきら棒ですが、それ以上に人がいい」

ダイヤ「目の前に怪我人がいて放っておける人ではありませんわ。その不器用な優しさが、チョロくてツンデレなまきちゃんの魅力――」

ダイヤ「μ'sファンなら、誰だって知っていますわ」

真姫「く、ぅ……!」

606: 2017/12/20(水) 22:57:43.49 ID:qwissnGO
花陽「真姫ちゃんを放して!」

ダイヤ「それは出来ませんわね。何のために痛い思いをして爪まで剥がしたとお思いですの?」

ダイヤ「それから、お静かにお願いしますわ。抵抗もなさいませんよう……。念のため言っておきますが、素手でも人は〇せますのよ?」

ダイヤ「例えばこの真姫さんの細い首。ここをホールドした腕で絞め続けますと――」ミシミシッ

真姫「ぅぐっ!? ぅ、か、ぁ……っ」

ダイヤ「ほら。真姫さんのお好きなトマトみたいに真っ赤ですわ。このまま続けると青くなります。強く締めれば骨が折れます。……ご覧になりますか」

花陽「や、やめてっ!」

ダイヤ「……」スッ

真姫「かはっ、ごほごほっ!」

607: 2017/12/20(水) 22:58:26.97 ID:qwissnGO
ダイヤ「さて。お察しのとおり私、人を〇すことに躊躇はありません。大人しく言うことを聞いてくだされば幸いですわね」

花陽「……っ」

ダイヤ(嘘です。もう、人なんか〇したくない。誰も〇したくはない)

ダイヤ(まして敬愛するμ'sを手にかけるなんてそんなこと、心が裂けてしまいますわ)

ダイヤ(お願いです、花陽さん。真姫さん。私もう、誰も傷つけたくないのです……っ)

ダイヤ(だから大人しく言うことを聞いて……!)

花陽「……どうしたらいいですか。何をしたら、真姫ちゃんを放してくれますか」

真姫「は、なよ……っ」

ダイヤ「……まずはお静かに。それから、お持ちの携帯電話は床に投げ捨ててください」

花陽「……」ヒョイ カラカラ…

花陽「捨てたよ。次は」

608: 2017/12/20(水) 22:59:25.42 ID:qwissnGO
ダイヤ「病院の出口までご案内頂けますか。出来るだけ人に見られないルートで。なお、すれ違う人に助けを求めることは禁じます」

ダイヤ「真姫さんの首は自由にしておきますが……後ろにくっ付かせて頂きますわね。妙なそぶりがあれば、すぐに〇せるよう――」

ダイヤ(それも嘘ですわ。この病室さえ出られれば逃走の難度は大きく下がりますもの。出口のおおよその方向も察せますしね)

ダイヤ(もし不審な動きがあれば、その場で真姫さんを解放し出口へ走る……)

花陽「……分かりました。出口までご案内します。でも、真姫ちゃんの解放を先にして」

ダイヤ「……」ミシッ

真姫「――ぐっ!?」

ダイヤ「あなたに選択肢があるとお思いで?」

花陽「……ついて来てください」

609: 2017/12/20(水) 23:00:14.88 ID:qwissnGO
コツ、コツ、コツ、コツ…

花陽「……」

ダイヤ「……」

真姫「……あなた。こんなことをして、ただで済むと思っているの?」

真姫「あなたの身元は割れた。たとえここを逃げても、5年前の事件の重要参考人として警察はあなたの行方を全力で追うわ」

真姫「あなたに未来はない。こんなことをしても無駄なのよ」

ダイヤ「未来、ですか」

ダイヤ「そんなもの、5年も前に悪魔に捧げましたわ」

花陽「……悪魔。やっぱり噂は本当なんだね」

真姫「何なの、さっきから噂って。もしかして5年前の事件と関係が?」

花陽「……たぶん」

ダイヤ「おしゃべりはお控えください。花陽さんは黙って出口まで案内して頂ければ良いのですわ」

610: 2017/12/20(水) 23:01:13.48 ID:qwissnGO
花陽「……」

真姫「何よ。聞かれると都合が悪い?」

ダイヤ「いえ。この期に及んでは別段。私が去った後にでも、花陽さんがお話しするのでしょうし」

ダイヤ「……ところで、真姫さん」

真姫「……なに?」

ダイヤ「皆川先生。今もこちらに勤務されていらっしゃいますの?」

真姫「? 何であなたが皆川先生のこと……知り合い?」

ダイヤ「妹の主治医でした」

花陽「!」

ダイヤ「5年前のカルテがまだ残っているようであれば、黒澤ルビィのカルテをご覧になるのも良いかもしれませんわね」

ダイヤ「花陽さんも興味がおありのようですし」

花陽「……何でそれをいま、私たちに話すの?」

ダイヤ「お静かにと――いえ。いいでしょう」

611: 2017/12/20(水) 23:02:42.12 ID:qwissnGO
ダイヤ「どうせ知られてしまうことですもの。それなら、最短ルートで調べがつく方が都合が良いでしょう?」

ダイヤ「私の要求を大人しく呑んでくださっているお礼ですわ」

ダイヤ(警察へ通報されるまでの時間を稼げれば……とも思っていますが)

花陽「……着いたよ。出口」

ダイヤ「ありがとうございます」

花陽「真姫ちゃんから離れて」

ダイヤ「申し訳ありません、もうひとつ」

花陽「今度はなにっ!?」

ダイヤ「怒らないでください……大したことではありませんわ」

612: 2017/12/20(水) 23:03:43.26 ID:qwissnGO
ダイヤ「1万円を頂けませんか。この格好では見るからに病院の脱走者でしょう? 目立ってしまいますもので」

花陽「……」ゴソゴソ

花陽「はい。1万円です」

ダイヤ「ありがとうございます。――あ。余罪に強盗が付いてしまいましたわね」

花陽「真姫ちゃんから離れて!」

ダイヤ「分かっていますとも」トンッ

花陽「真姫ちゃん、大丈夫……?」

真姫「ご、ごめんなさい花陽。何ともないわ」

613: 2017/12/20(水) 23:05:02.49 ID:qwissnGO
ダイヤ「真姫さん。いえ、西木野先生」

真姫「……何よ。私はこれから、院長へ報告したり警察に通報したりで忙しいんだけど。あなたのせいでね」

ダイヤ「――申し訳ありませんでした」ペコッ

真姫「……はぁ?」

ダイヤ「手厚い看護と医療。誠意ある対応。様々な心配り。西木野真姫という立派なお医者様に対し、私は非礼しか働けませんでした」

ダイヤ「心より、謝罪いたしますわ」

真姫「……」

真姫「これ、持って行きなさい」ヒョイ

ダイヤ「おっと。……絆創膏?」

真姫「本当は消毒したいところだけど、消毒液は手元にないわ。それだけでも無いよりマシでしょ」

614: 2017/12/20(水) 23:05:51.33 ID:qwissnGO
ダイヤ「……ふふっ」

ダイヤ「重ね重ね、ありがとうございますわ、先生。では、私はこれで」スタスタスタ…

ダイヤ(さて。夜通し、歩けるだけ歩きましょう。警察が私の捜査を始める……出来るだけ、ここから離れなくては)

ダイヤ(しかしもう、いつまでも逃げられるものではありませんわね。そろそろ幕引きなのでしょう)

ダイヤ(ああ――どうして今日まで生きてしまったのか。早々に命を絶っていれば、私が東京にいることもバレなかったのに)

ダイヤ(早く死に場所を探しましょう。なるべく孤独で、無意味な場所を)

ダイヤ(――でも。出来ることならば。死に場所を選ぶ権利が私にもあるのなら)

ダイヤ(潮騒の中で、死にたいですわ。あの愛する故郷に似た――)

615: 2017/12/20(水) 23:07:25.64 ID:qwissnGO
【幕間】?月?日。西木野総合病院


真姫「……本当にごめんなさい、花陽。こんなことに巻き込むとは思ってなかったし、まさか私が人質になるなんて」

花陽「ううん。真姫ちゃんが無事でよかったよ」

真姫「あと、1万円よね。私に補填させて」

花陽「い、いいよ、これくらいなら。私もいい大人なんだし」

真姫「駄目よ。大人だからこそ。……私がヘマしなきゃあんなことにならなかったんだもの。私の責任だわ」

花陽「……そんなことない。〇人犯かもしれない人なのに、怪我したら真っ先に近づいて」

花陽「凄く立派なお医者さんだよ。そんな立派な人が友達で、私は嬉しいな」

真姫「……そ、それとお金は別でしょ」クルクル

616: 2017/12/20(水) 23:08:18.75 ID:qwissnGO
花陽「じゃあ、今度ご飯に連れてってくれる? お米が美味しいところ」

真姫「あなた1万円分食べる気? あなたなら本当に食べそうだけど……」

花陽「それより真姫ちゃん。5年前のカルテって、私にも見せてもらえる?」

真姫「シークレットデータに決まってるデッショー」

花陽「だよね……」

真姫「まあ、まずはパ――院長へ報告しに行きましょう。……大目玉だから気は進まないけど」

真姫「花陽はさっきの病室で待っていて。携帯だって取りに行かないとでしょ」




617: 2017/12/20(水) 23:09:15.75 ID:qwissnGO
花陽「真姫ちゃん遅いなぁ。やっぱり叱られてるのかな」

真姫「――花陽。お待たせ」

花陽「あ、真姫ちゃん。――と」

真姫パパ「久しぶりだね。小泉さん」

花陽「ま、真姫ちゃんのお父さん!? ご、ごごごごご無沙汰してましゅ! 真姫ちゃんがいつもお世話に!」

真姫「あのねぇ……」

真姫パパ「ははは。相変わらずだね。けれど、畏まらなくていい。娘の10年来の友人相手だ、私の方が頭を下げたいくらいだよ」

真姫パパ「それにもう10年もそんなリアクションをされては、私個人としてもショックだからね……」

花陽「す、すみません……つい緊張してしまって」

真姫パパ「出来るだけ早く慣れてくれると嬉しいよ。10年経って言うことでもないがね」

真姫パパ「……さて。これがその、逃走した患者の爪かな」

618: 2017/12/20(水) 23:10:06.44 ID:qwissnGO
真姫パパ「ああ、痛そうだ。若い女性の爪にしてはボロボロだね。苦労が伺えるよ」

花陽「あのぅ。真姫ちゃんのお父さんが、どうしてわざわざ? 院長さんの現場検証が必要だったりするんですか……?」

真姫パパ「いいや。小泉さんにご挨拶をと思ったのと、興味本位だよ。噂のことを私も聞きたくてね」

真姫パパ「当時、黒澤ルビィさんの周囲でいったい何があったのか」

真姫「パ――、ごほん。院長は黒澤ルビィさんのことをご存知なのですか?」

真姫パパ「今はほとんどプライベートだ。いつも通りで構わないよ、真姫」

真姫「と、友達の前でいつも通り呼べるわけないでしょ!?」

花陽「あはは……」

花陽「それで、あの。黒澤ルビィさんのことですけど」

619: 2017/12/20(水) 23:11:22.65 ID:qwissnGO
真姫パパ「5年前、皆川先生にかかった患者だ。私も彼女のことが気になってね。よく末永先生と彼女のことを議論したものだよ」

真姫「気になった?」

真姫パパ「娘とは似ても似つかないが、赤毛のスクールアイドルと聞いてつい、ね」

真姫パパ「いや、医者としては個人に肩入れするのは良くないことなのだが」

真姫「黒澤ルビィさんは何の病気でここへ? あるいは怪我?」

真姫パパ「小泉さんの前だ、細かい話は避けるが……端的に言えば終末期患者だった。余命は1年と少しと診断された」

真姫パパ「当時、彼女は高校一年生。ちょうど真姫と小泉さんと星空さんが、μ'sだった頃と同じ年齢だね」

真姫パパ「だから何としても治したいと思ったんだ。……不純な医者だろう?」

真姫「……そんなことないわ」

真姫パパ「ありがとう」

真姫パパ「とにかく、黒澤ルビィさんには打つ手がなかった。ただ死を待つばかりという状況で地元の――静岡のホスピスに入る手続きをしていたはずだ」

620: 2017/12/20(水) 23:12:23.36 ID:qwissnGO
真姫パパ「クリスマスの頃だった。サンタの格好で真姫をからかう算段を立てていたから、よく覚えている」

真姫「今そんな話はどうでもいいでしょ!?」

花陽「いつ見ても楽しそうだね、真姫ちゃんの家族は」ニコニコ

真姫「楽しくない!」

真姫パパ「まあ、それはさておき。……そんなある日、彼女は母親に連れられてやって来た」

真姫パパ「病気が治ってしまったので精密検査をお願いしたい、と」

真姫「治ってしまった……?」

花陽「……」

621: 2017/12/20(水) 23:13:19.48 ID:qwissnGO
真姫「ま、待ってよ。皆川先生って、あの皆川先生でしょ。ベテランの。あの人とパパが一緒になって、自然治癒するような病気を誤診するなんて」

真姫パパ「ああ。私も目を疑ったよ。だが確かに、彼女の身体から病巣は失われていた」

真姫パパ「綺麗さっぱり。最初から病気なんてなかったかのように」

真姫「……ありえないわよ。そんなこと」

真姫パパ「私もそう思う。だがカルテは残っているよ。興味があるなら調べてみるといい」

花陽「……噂、なんですけど」

真姫パパ「やはり、この不可解な事象と関係があるんだね?」

花陽「ネットでも有名なんです。黒澤ルビィさんがしばらく、体調を崩していた時期があることは」

花陽「かなり重い病気なんじゃないか、って言われてました。本当に、命に関わる病気だったんですね」

真姫パパ「それで。その噂の続きは」

624: 2017/12/20(水) 23:15:06.02 ID:qwissnGO
花陽「……黒澤ルビィさんの快復。沼津連続切裂き魔事件の終息。黒澤ダイヤさんの失踪」

花陽「この3つがほとんど同じタイミングなんです」

真姫「? あ、ああ。そうなのね。まぁ後ろ2つは、それはそうでしょうけど。……え、それで?」

花陽「沼津連続切裂き魔事件ってね。被害者は決まって、内臓を抜き取られてたんだって。それも、すべて心臓だけが持ち出されていたって」

花陽「宗教的な目的があったんじゃないか、って言われてる」

真姫「宗教?」

花陽「……ねぇ、真姫ちゃん。真姫ちゃんは彼女に――黒澤ダイヤさんに会ってみて、どう思った? どんな人だと思った?」

真姫「なにそれ。よく分からないけど……」

真姫「まあ、お堅い人間ね。あれは海未以上のカタブツよ。穂乃果なんか一緒にいたら呼吸できなくなるわね、絶対」

花陽「あはは……」

真姫「と言うか、首絞められておいて何だけど、あれは本当に人〇しだったのかしら」

625: 2017/12/20(水) 23:16:41.08 ID:qwissnGO
花陽「うん。私も真姫ちゃんと同じ印象、かな。ネットの評判もだいたいそんな感じで、あの真面目な子が人〇しなんてするわけない、っていうのが擁護派の意見」

花陽「……でも私は、彼女が犯人なんだと思う。実際に会ってみて、そう思った」

真姫「それはどうして? あなたさっき、私と同意見って」

花陽「彼女はとても妹想いな人なの。すごく過保護で……えっと、シスコン気味っていうか」

花陽「妹さんのためなら、たとえ〇人さえ厭わない――黒澤ダイヤ=切裂き魔説を唱える人は、みんなそう言うよ」

花陽「そんな黒澤ダイヤさんが起こした切裂き魔事件――ううん。心臓を持ち去るという宗教的行為と、黒澤ルビィさんの快復。この2つに関連性があるんだとしたら」

真姫パパ「……医者としては、信じたくはない話だね」

真姫「ま、待ってよ。もしかして花陽、もの凄くくだらないことを言おうとしてない?」

626: 2017/12/20(水) 23:18:03.52 ID:qwissnGO
真姫「それじゃあまるで、よく分からない怪しげな儀式のために心臓を集めて、それで黒澤ルビィさんの病気が実際に治ったみたいな……」

花陽「うん。それが、ネット上でまことしやかに語られる、沼津連続切裂き魔事件の真相――とされる噂話」

真姫「……くだらない。そんなことがあるなら、この世に医者なんていらないわよ」

真姫パパ「しかし事実、黒澤ルビィさんは全快している。その沼津連続切裂き魔事件の終息と、時を同じくして」

真姫「ちょっと。パパはこんな与太話を信じるって言うの?」

真姫パパ「にわかには信じられない。しかし確かに、黒澤ルビィさんの病気は現代の医学で太刀打ち出来るものではなかった」

真姫パパ「情けない話だが、私が保証する。――あれは奇跡や魔法でもない限り、治るものでは決してない」

627: 2017/12/20(水) 23:19:07.53 ID:qwissnGO
真姫「……じゃあ、何よ」

真姫「彼女は妹のために10人も〇して、素人が人間の解体なんてやらかして、そのせいで5年も放浪を続けていたって言うの?」

真姫「あんな栄養状態で? あんなボロボロの格好で? あんな寂しそうな目をして?」

真姫「あんな、わざわざ人質にとった相手に頭を下げるような、馬鹿みたいに生真面目な人間が?」

花陽「私はそう思う。そうとしか、思えなくなった」

真姫「……ふん。本当に、面倒な患者ね」ツカツカツカ

真姫パパ「真姫。どこへ?」

真姫「スマホ使うの。病室じゃ、さすがにね」

628: 2017/12/20(水) 23:20:40.37 ID:qwissnGO
真姫「花陽。彼女の所属グループ、Aqoursって言ったわね」

花陽「う、うん。どうかしたの?」

真姫「聞き覚えがある。そのAqoursに所属していた人を、1人だけ知ってるわ」

真姫「コンサート会場で会ってね。元9人のスクールアイドルグループで作曲担当で、さらに元音ノ木坂の生徒って聞いて、話が合ってね。連絡先を交換したのよ」

真姫「――桜内梨子。若くして名の知れたピアニストよ」

花陽「! す、すごい。まさか真姫ちゃんが」

真姫パパ「ああ。真姫が……」

「「初対面の相手と連絡先を交換するなんて……!」」

真姫「驚くところがおかしいわよ! 人をコミュ障みたいに言わないで!!」

629: 2017/12/20(水) 23:21:19.54 ID:qwissnGO
――――
――

梨子「……」ガリガリガリガリ

梨子「……」ガリガリガリガリ

~♪

梨子「ん、……着信?」

梨子「千歌ちゃんか曜ちゃんかな……もう、〆切り近くて忙しいのに」

スマホ『西木野 真姫』~♪

梨子「ヴェェェ!? ――って、駄目。口調うつった」

梨子「ま、真姫さんからなんて珍しい……えっと。もしもし、桜内です」

真姫『西木野真姫よ。ごめんなさい、夜分に』

631: 2017/12/20(水) 23:22:21.73 ID:qwissnGO
真姫『いま、時間ある?』

梨子「あー……。ちょっと手短だと嬉しいですけど、どうしました?」

真姫『悪いわね、たぶん手短には終わらないわ。でも続ける』

真姫『沼津連続切裂き魔事件――覚えてる?』

梨子「!? ……覚えてます。忘れられるわけ、ないです」

真姫『そう。じゃあ、その事件と黒澤姉妹との関係について、あなたは。あなた達Aqoursはどこまで知ってるの?』

梨子「……ネットの噂でも見たんですか。すみません、その件については誰にも何も答えないようにしていますから」

真姫『私は彼女に言ったわ。患者のために最大限の努力をすることが医者の義務だって』

真姫『私はまだ、その義務を果たしてない。彼女は私の患者よ、彼女の心に根深く巣食う病を、治療しなくてはいけないの』

真姫『これはそのための努力なのよ』

梨子「いったい、何を言ってるんですか……?」

633: 2017/12/20(水) 23:23:35.05 ID:qwissnGO
真姫『答えなさい。彼女を通報するかどうかは、それで決めるわ』

梨子「通報……? ――っ!?」

梨子「まさか。まさかそこに、……いるんですか。ダイヤさんが……!?」

真姫『……その反応。黒澤ダイヤが切裂き魔に〇害されたわけじゃないことを知っているわね』

真姫『となると失踪の理由も、あなたは知っている。それが噂の通りであることを』

梨子「――い、今すぐそちらにお伺いします、いいですか!? 西木野総合病院ですよね!?」

真姫『ごめんなさい、彼女はもういないわ。逃げられてしまった。それでいいなら来て。通報はしないでおくから』

真姫『……その罪、赦されることではないけれど、それを考えるのは私じゃないわ。私はただの医者だもの』

真姫『あなた達に、彼女の仲間たちに、すべてを任せる』

真姫『分別ある大人としては完全に間違いなんだろうけど。――懐かしいわね。スクールアイドルって、そういうものよ』

657: 2017/12/21(木) 21:31:58.58 ID:CpIF9l0r
?月?日。東京都港区、某所


ダイヤ「ふぅ……歩き疲れましたわ。もう日も暮れましたし、この公園で夜を明かすとしましょうか」

ダイヤ「また倒れでもしたら冗談にもなりませんわね。無理せずいきましょう」

ダイヤ(西木野総合病院を出てから丸2日、とりあえず南へ進んできました。海はもう、すぐそこです)

ダイヤ(そこで私の人生は、終わる……)

ダイヤ(ようやく終わらせられるのですわね。5年前のあの日から、ただ淀んだ水に沈められ続けるような時間が)

ダイヤ「……悔いはありませんわ。私は、成し遂げたのです。ルビィを救えた。それだけで満足です」

ダイヤ(ただでさえ多くを犠牲に起こした奇跡なのですから。それ以上を望むなんて、あまりにも強欲ですわ)

658: 2017/12/21(木) 21:33:07.37 ID:CpIF9l0r
ダイヤ(でも、もしも。もしも許されるのならば)

ダイヤ(もう一度あの仲間たちに。あなたに会いたい――ルビィ)


「――お姉ちゃん!」


ダイヤ(……ふふふ)

ダイヤ(この世に神様がいるのなら、随分と粋なことをするものです)

ダイヤ(そして同時に、とても残酷。恨まずにはいられませんわ。私は本当に、神様に嫌われたのでしょうね)

ダイヤ(会いたかった。でも、会う訳にはいかなかった。会うことが、とても怖かった)

ルビィ「やっと見つけた……! ようやく会えた……!」ハァ、ハァ

659: 2017/12/21(木) 21:33:43.94 ID:CpIF9l0r
ダイヤ(この暑い中、いったいどれだけ駆け回ったのか。汗で濡れた服をまとい、肩で息をする赤毛の女性)

ダイヤ(ああ――髪、また伸ばしたのですか。とても似合っているわ)

ダイヤ(背も少し伸びましたのね。顔立ちも何だか凛々しくなって)

ダイヤ(黒澤の跡取りとして、しっかりやって来たのでしょうね。私がいなくても、あなたが)

ダイヤ(大変だったでしょう? あなた甘えん坊ですものね。本当に、よく頑張ったのでしょうね)

ダイヤ(本当に――綺麗になったわ。ルビィ)

ダイヤ「……人違いではないでしょうか」

660: 2017/12/21(木) 21:34:36.62 ID:CpIF9l0r
ルビィ「そんなことない! 間違えるわけない! わたしがお姉ちゃんを間違えるなんて、そんなこと絶対に!」

ダイヤ(わたし、だなんて。あなた自分のこと、名前で呼んでいませんでしたか?)

ダイヤ(大人になったのね、ルビィ……)

ダイヤ「私は天涯孤独の身ですわ。もはや誰でもなければ、まして妹など」

ルビィ「お姉ちゃんっ!」

ダイヤ「……ふーっ」

ダイヤ「どうして、私がここにいると分かったのですか。まさか偶然ではないのでしょう?」

ルビィ「西木野総合病院で正体がバレてから、きっと海に向かう。お姉ちゃんならそうすると思った」

ルビィ「あそこから海へ向かうなら南だよ。後はしらみ潰し」

ダイヤ「なるほど。さすがは我が妹、かしこいですわね」

661: 2017/12/21(木) 21:35:40.36 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「……私のことなど忘れなさい。黒澤ダイヤなどという人間は、はじめから居なかった」

ダイヤ「それで良いではありませんか」

ルビィ「良くないもん! わたしにはお姉ちゃんがいたの、大好きなお姉ちゃんが!」

ルビィ「黒澤ダイヤが、ずっとルビィと一緒にいたんだもんっ!」

ダイヤ(ふふ。ルビィあなた、私を泣かせる気? もういろいろと限界ですのよ?)

ダイヤ(でも駄目ですわ。私はあなたと共にはいられない。この血に濡れた両手で、あなたを抱きしめることは出来ない)

ダイヤ「内浦へ戻りなさい、ルビィ。私にもう一度、黒澤ダイヤとして生きる意志はありませんわ」

ダイヤ「黒澤ダイヤはあの冬、切裂き魔という悪魔に魂を売り渡した。ここにいるのは、ただの抜け殻」

ルビィ「違う。お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。今、目の前にいる、あなたが!」

662: 2017/12/21(木) 21:36:33.81 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「私が内浦へ戻ればどうなるか、あなたにも分かるでしょう」

ダイヤ「もう警察の聴取は誤魔化せませんわ。最後の晩は本当に無茶をした……。まだ私が逮捕されていないことが奇跡のはず」

ダイヤ「私が逮捕されたら、あなた達がどうなるか……!」

ルビィ「関係ないよ、わたし達のことなんて!」

ダイヤ「関係なくなどありませんわ! 私が今日まで、どんな思いで過ごしてきたか!」

ルビィ「関係ないもん! ルビィが聞きたいのは、お姉ちゃんがどうしたいかだけだもんっ!」ポロッ…

ダイヤ「っ!?」

ルビィ「関係ないもん! ルビィはお姉ちゃんに帰ってきて欲しい、それだけだもんっ!」ポロポロポロ

ダイヤ(……ああ)

ダイヤ(私は本当に、この子の涙には弱いですわ。生まれた時から、魂にそう刻み付けられているかのように)

ダイヤ(泣いているルビィを、放っておけない)

663: 2017/12/21(木) 21:37:24.25 ID:CpIF9l0r
ダイヤ(私の心を縛り付けるそれは、ここまで来るともはや呪いの類です――愛という名の、呪縛)

ダイヤ(悪魔に捧げた魂は今もなお、その鎖に繋がれていて。ずるずると私を引き戻してしまう)

ダイヤ(黒澤ダイヤへと)

ダイヤ「……私だって戻りたくないわけ、ありませんわ。私だってもう一度みなさんと、あの日々を取り戻したい」

ダイヤ「大人になったあなたを見守りたい」

ルビィ「戻ってくれるの!?」

ダイヤ「いいえ。駄目なのです。私は幸せになどなってはならない。こんな罪を犯した私などが」

ルビィ「……じゃあ、どうしたらいいの」

664: 2017/12/21(木) 21:38:19.20 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「どうすることも。だって、犯した罪は消えない。私はもう、終わってしまった人間ですわ」スッ テクテク

ルビィ「お姉ちゃん!?」

ダイヤ「さようなら、ルビィ。最後にあなたに一目会えて、本当に良かった――元気でね」

「――終わったんなら始めればいいよ、もう一度!!」

ダイヤ「……お久しぶりですわね」

ダイヤ「千歌さん」

千歌「……」

ルビィ「千歌ちゃん……」

千歌「帰ろう、ダイヤさん。内浦に、私たちの故郷に」

665: 2017/12/21(木) 21:39:09.06 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「あなたとの話は5年前に答えが出ているはずですわ。私が逮捕された時に発生するリスクを回避する、それがあなたの選択……」

千歌「ううん。答えなんて出せてないよ。そんなこと選べなかった。選べるわけなかった」

千歌「だから時間切れになっちゃって、ダイヤさんはいなくなっちゃった」

ダイヤ「今、その答えが出たと?」

千歌「――自首しよう、ダイヤさん。罪を償って、過去を清算して。それでもう一度始めよう、見つけよう」

千歌「私たちの輝きを――!」

ダイヤ「ふふっ。輝き、ね。懐かしいですわ……。当時のあなたは、本当にそればかりで」

千歌「そうだね。でも実はこの言葉、5年ぶりに口にした」

ダイヤ「……そう。それがあなたの覚悟ですのね」

666: 2017/12/21(木) 21:40:13.76 ID:CpIF9l0r
千歌「うん。覚悟は決めた。5年もかかったけど、すごく後悔したけど、それでも、決めた。私はもう迷わないよダイヤさん」

千歌「必ずダイヤさんを連れて帰る――あの海に!」

ダイヤ「……聞けませんわね、そんなことは」

千歌「ダイヤさんっ!」

ダイヤ「お引き取りください。あなたの覚悟が出来たとしても、私がそれを望まないのですわ」

ダイヤ「自首したとしても私が犯した罪は消えませんわ。このあまりにも重い罪、償おうという意思すら傲慢というもの。それに」

ダイヤ「それに、私のせいであなた達が傷つくところなど、見たくはありませんもの……」

「ワオ。それはまるで、私たちが何一つ傷つかなかったみたいな言い方ね。もう誰かさんのおかげで傷だらけだってのに」

ダイヤ「……鞠莉さん」

鞠莉「チャオ☆ 会ったらぶん殴ってやろうと思ってたけど、あまりにも貧相な見た目してるから許してあげる」

鞠莉「今のあなたのお〇〇〇、揉んでも心地よくなさそう……」

ダイヤ「まったく、口の減らない。ルビィは随分と成長したと思いましたが、他はあまり変わりませんのね」

ダイヤ「ねえ――みなさん」


果南「……」 梨子「……」 曜「……」 善子「……」 花丸「……」

667: 2017/12/21(木) 21:41:05.64 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「あ、でも善子さんは大人びましたわ。今もやっていますの? あの、堕天使ヨハネ」

善子「もう辞めたわよ。いい歳だし、あんなことがあって悪魔を名乗れるほど図太くないわ」

善子「でも、そうね。復活してもいいわ。今夜私はまた、罪を背負うのだから――あなたと共に」

ダイヤ「ありがたいお誘いですわ……。けれど私もう、リトルデーモンどころではない罪人ですから」

ダイヤ「果南さんは、もう腕は大丈夫ですの? あの時はへし折ってしまって申し訳ありませんわ」

果南「ホントだよ。めちゃくちゃ痛かったんだから。警察にもいろいろ聞かれるし」

果南「……だから、その借りを返さないといけない。戻ってきてもらうよ、ダイヤ」

ダイヤ「怖いですわね。5年も積もった借りなんて、どんな重いものやら」

668: 2017/12/21(木) 21:41:52.94 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「……花丸さん。ルビィが今のように成長できたのはきっと、あなたの助けが大きいのでしょう。感謝しますわ」

花丸「オラは何もしてないずら。ただルビィちゃんが頑張ってるところを、見守っただけ」

花丸「そしてマルの仕事はもうおしまい。あとは、ダイヤさんの仕事だよ」

ダイヤ「ふふ。そう、私の仕事……。私にそんな大役が務まるでしょうか」

ダイヤ「梨子さん。あなたのピアノ、街頭のテレビで一度だけ聴きました。本当に、素晴らしいピアニストになりましたわね」

梨子「ううん。私の音にはいつだって迷いがあるよ。ダイヤさんの聴いたそれはきっと、私の本当の音じゃない」

梨子「取り戻しに来たよ、ダイヤさん。失ってしまった音をもう一度。そのためなら私、どんなことにも耐えられる」

ダイヤ「聴きたいものですわね……もう一度、あなたの音を」

669: 2017/12/21(木) 21:42:52.05 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「曜さん。前に拾った新聞で見ましたわ。飛び込み選手ではなく航海の道を選んだとか。応援しております」

曜「ありがとう。でも海に出る前に、陸でやり残したことをやっておきたいんだ」

曜「全速前進まっすぐに、あの広い海を進むため。水平線の向こうで、もう迷ったりしないように」

ダイヤ「大海原に澄み渡る、ヨーソローの号令……素敵ですわ。あなたとの船旅なんて、とても楽しそう」

ダイヤ「ところで、何で鞠莉さんは日本にいるんですの? おそらく外国にいたのでしょう?」

鞠莉「なんか私の扱い雑じゃない? 仕事なんてほったらかして、飛んで来たに決まってるでしょ」

鞠莉「私の覚悟は5年前から決まっているわ。あなたと一緒に罪を追うって、確かにそう言ったわよ?」

ダイヤ「そうでしたわね。あなたは本当に、変わりませんわ」

ダイヤ「ふーっ。……まったく、馬鹿な人たち。だから、あなた達を巻き込むことが辛いのに」

670: 2017/12/21(木) 21:43:33.31 ID:CpIF9l0r
千歌「そんなこと今さらだし、今はどうでもいいかな」

ルビィ「うん」

ルビィ「だって、お姉ちゃんが今まで我が侭し放題だったもん。じゃあ、ルビィたちの我が侭くらい、聞いてくれてもいいよね?」

曜「嫌だって言っても引っ張っていくよ。私たちはもう、探し疲れたし待ち疲れた」

善子「凱旋の時よ。漆黒の翼を広げ、故郷へ! そこがあなたにとって地獄だったのだとしても!」

花丸「その地獄には未来があるずら」

梨子「ダイヤさんは私たちの未来に欠けてしまった最後のピース。ダイヤさんがいないと始まらないよ」

鞠莉「逃げたいんなら逃げてもいいよ? だけどこの8人に囲まれて逃げられる?」

果南「逃がすわけない、絶対に捕まえる。でも、ダイヤの気持ちも聞くだけ聞いておきたいかな」

千歌「さあ――帰ろう、ダイヤさん」

671: 2017/12/21(木) 21:49:15.62 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「……私、本当に帰っていいんですの……?」

ルビィ「うん。帰ろう、お姉ちゃん」

ダイヤ「私、〇人鬼ですのよ? この手で10人も〇した。あなたにその命を押し付けた……!」

ダイヤ「どれだけ赦しを請うても赦されることなんてありません。それでも私を、連れて帰ってくれるのですか……? あの内浦へ……!?」

ルビィ「お姉ちゃんは帰りたくない?」

ルビィ「ルビィは、お姉ちゃんに帰ってきて欲しい。それはすごく自分勝手な我が侭なのかもしれないけど、でも」

ルビィ「命の重さなんて関係ないって思っちゃうくらい――お姉ちゃんと、一緒にいたい……!」

ダイヤ「……っ」

ダイヤ「帰りたい……! 帰りたいです……っ」

672: 2017/12/21(木) 21:49:54.30 ID:CpIF9l0r
ダイヤ「たとえ赦されなくても、たとえこの手が汚れていても、私は……!」

ダイヤ「お母様に会いたいです、みなさんともっと色んなお話がしたいですわ! あなたと――ルビィと一緒にいたい――!!」

ルビィ「――うん」ゴソゴソ

ルビィ「お姉ちゃん。これを」

ダイヤ「……ああ」

ダイヤ(これは果たされることのなかった誓い)

ダイヤ(解散ライブ。クリスマスライブのためにルビィがその魂を賭して作り上げた――)

ルビィ「お帰り、最愛のお姉ちゃん――ようこそ、Aqoursへ!!」

ダイヤ(私の体型が、あれからどれだけ変わったと思っていますの……? きっともう、ブカブカですわよ、この衣装――)

ダイヤ「あ、あああ。ああ――!」

ダイヤ「あぁぁああ――――!!」

ダイヤ(地獄の底に沈んだ魂は、鎖に引かれあの青い海へと還る。三度、私を受け入れてくれた、Aqoursのもとへ)

696: 2017/12/22(金) 23:04:33.58 ID:IBOIXY66
8月3日。黒澤家、門前


鞠莉『――私は翌朝にダイヤを連れて、ヘリで一足お先に内浦へ向かうから。みんなはそれぞれの足で帰ってきてね?』

ダイヤ「と、いうことでお昼過ぎに内浦へ帰って来てしまいましたわ」

ダイヤ(さすがにヘリとなると早いものです。私が東京に辿り着くのに、いったいどれだけの時間を歩いたか……)

鞠莉「なに? 早いことに文句でもあるの?」

ダイヤ「そういう訳ではないのですが」

697: 2017/12/22(金) 23:05:16.80 ID:IBOIXY66
ダイヤ(ちなみに、昨晩は鞠莉さんが懇意にしているホテルに全員で宿泊しました)

ダイヤ(きっと恐ろしく高い部屋なのだとは思いますが、5年ものホームレス生活は私の感覚を狂わせるには十分です)

ダイヤ(まったくもって、落ち着くことはありませんでした。いえ、部屋の勝ちもそうなのですが、それより何より)

鞠莉「ふわぁ……。でも、もう少しくら寝坊してからでも良かったのかもね」

鞠莉「ダイヤってば夜通しわんわん泣くんだもの。おかげで寝不足」

ダイヤ「……昨晩は取り乱してしまって、お恥ずかしいところを見せてしまいましたわ」

鞠莉「レアなダイヤが見えて良かったけどね。修学旅行みたいで楽しかった」

鞠莉「……たぶん、楽しいと思ったのは5年ブゥリですネ。まぁでも、それはいいとして――」

鞠莉「ダイヤあなた、何で門の前に突っ立ってるの? 早く入ったら。あなたの実家よ?」

ダイヤ「……いえ。何と言いますか、その。緊張してしまって。心の準備が……」

鞠莉「10人も〇したヤツが緊張、ねぇ」

ダイヤ「あ、あれとはまた緊張の種類が違うのですわ!」

ダイヤ「……それに。私のような罪人がこの門をくぐっても良いものか、と」

698: 2017/12/22(金) 23:06:00.73 ID:IBOIXY66
鞠莉「私は別にどうだっていいけど? 私たちの前から消え去ったりしなければ、あなたが今後どんな人生を歩もうと」

鞠莉「だから母親に会わずに逃げるんなら好きにして。なんなら私と一緒に来る? ダイヤならヒモでも大歓迎♪」

ダイヤ「冗談めかして言っていますが、本気だから恐ろしいんですのよね、あなた……」

ダイヤ「いいえ。これは私のけじめです。逃げたりはしませんわ」

鞠莉「そう。――頑張って、ダイヤ」

ダイヤ「……」コクッ

ダイヤ「すーっ、はーっ。……行きます」

ピンポーン♪

ダイヤ「……」ドキドキドキ

699: 2017/12/22(金) 23:06:53.62 ID:IBOIXY66
ダイヤ(本当に、あの時とは別種の緊張です。この私に、まだこんなにも緊張することが残っているとは)

ダイヤ(恐怖というものは、いつまで経っても拭えません。けれどその恐怖を乗り越えた先にしか、未来はないから――)

黒澤母「はい。どちらさま――」ガラッ

黒澤母「――、」

ダイヤ「ご無沙汰しております、お母様」

ダイヤ「不肖、黒澤ダイヤ。恥を忍び、ただいま戻ってまいりました」

黒澤母「……」

ダイヤ(お母様は、ルビィとは対照的に少し小さくなった気がしますわ……)

ダイヤ(こんなお歳でしたっけ。しわも、白髪も、記憶より増えたように思います)

ダイヤ(いろいろなご心労があったということでしょうか。きっとそのご心労は、すべて私の責任で)

黒澤母「ダイヤ……。ああ、ダイヤ……!」

ダイヤ(お母様は震える声で私の名を、私が捨てていた名を呼んで。追いすがるように私に駆け寄って。そして)

黒澤母「……っ!」

パシィ…ン!

700: 2017/12/22(金) 23:07:19.71 ID:IBOIXY66
黒澤母「あなたは! あなたはいったいどこへ行っていたのですか、5年間もどこに……!?」

ダイヤ「……」ジンジン

ダイヤ(打たれた頬が、熱いです。けれど)

ダイヤ(子供の頃に頬を叩かれた時は、もっと痛かったような気がしますわ。でも今は、そんなに痛くはなくて)

ダイヤ(……お母様。こんなにも老いましたか。こんなにも弱々しくなりましたか。こんなにも――たったの5年で)

ダイヤ「申し訳ございません」

黒澤母「謝って済む問題ですかっ!? 人様にどれだけのご迷惑をおかけしたか……! いったいどれだけ、あなたが恐ろしいことをしたのか!」

黒澤母「あなたのような親不孝者は知りません! 本当に、……この馬鹿娘っ!」

黒澤母「でも――」ギュッ

ダイヤ「……」ギュゥッ…

黒澤母「ルビィは、あなたが救ってくれたのでしょう……? よく、頑張りましたね……っ」

黒澤母「お帰りなさい。ダイヤ――」

ダイヤ「――はい。ただいま。お母様」

鞠莉「……」グスッ

701: 2017/12/22(金) 23:08:13.60 ID:IBOIXY66




ダイヤ「私の部屋、5年前のままですわね」

黒澤母「警察は立ち入りましたけれど」

ダイヤ「証拠は出なかったでしょう? その辺りは、抜かりなく仕事したつもりですので」

黒澤母「あなたは……。いえ、確かにそうです。警察の方も苦い顔をしておりました」

ダイヤ「やはり疑われてはいたのですか」

鞠莉「それはまあ、あれだけ派手にやれば。限りなく黒に近いグレーってヤツかな」

ダイヤ「あなた達も、よく警察を誤魔化せましたわね。大変だったのでは?」

鞠莉「軽く言わないでよ。嘘はついてないけど正直、かなり危ない橋を渡ったんだから」

702: 2017/12/22(金) 23:09:42.15 ID:IBOIXY66
ダイヤ「私が言うのも何ですが、偽計罪や蔵匿にあたるのでは」

鞠莉「だから嘘はついてない。果南の腕なんかも、ちょっとダイヤと喧嘩した結果だって言い張った」

ダイヤ「……まあ、事実ですわね。しかしそれで言い訳が立つのですか?」

鞠莉「駄目だったらいい弁護士雇おうかな。大抵はお金で何とかなるから」

ダイヤ「それでいいのでしょうか、日本の司法は……」

黒澤母「法に真っ向から逆らったあなたが言っていい台詞ではありませんわね」

ダイヤ「おっしゃる通りで……」

黒澤母「それで。あなたはこれからどうするのですか」

ダイヤ「自首することに致しましたわ」

黒澤母「……そうですか。ええ、それが良いのでしょう」

ダイヤ「ご迷惑をおかけします」

黒澤母「今さらですわね。まあ、あなたは小さい頃からほとんど世話のかからなかった子ですから。ようやく親の務めを果たせますわ」

黒澤母「……少々、迷惑の規模が大きいですが」

ダイヤ「弁明のしようもありませんわ……」

703: 2017/12/22(金) 23:10:31.51 ID:IBOIXY66
黒澤母「警察へは、今から?」

ダイヤ「猶予を頂けるのであれば、明日にしたいと」

ダイヤ「鞠莉さん」

鞠莉「ホワット?」

ダイヤ「浦の星女学院へ行きたいのですが、お願いしてもよろしいですか?」

鞠莉「……オーケー。車を手配するわ。でも、他のメンバーがそろってからでいい?」

鞠莉「これ以上ダイヤを好き勝手に連れ回しちゃうと、ルビィがベリーアングリー!になっちゃう」

ダイヤ「あの子が怒るところなど想像もつきませんが」

鞠莉「いや。けっこう言うよ、最近のルビィは……」

黒澤母「……そうですわね。まあ、昔よりしっかりしました。ええ」

ダイヤ「はあ。あのルビィが」

鞠莉「ま、まあとにかく、今からしばらくは待ち時間ね」

704: 2017/12/22(金) 23:11:36.62 ID:IBOIXY66
鞠莉「思うところはあるだろうけど、外を出歩くのは勘弁して。そんなことしたら自首する前にお縄よ」

ダイヤ「承知しましたわ」

鞠莉「みんながそろうまで、そうね。せっかくだし親子水入らずで話でもしたら?」

鞠莉「私は邪魔だろうし周辺を見て来るから。内浦に戻ったのは久しぶりだし」

「「え?」」

鞠莉「え、何その反応。ほら、積もる話もあるでしょ?」

ダイヤ「……」

黒澤母「……」

鞠莉「え? どうしたの、話したら?」

ダイヤ「……ご、ご機嫌いかがでしょうか。お母様」ギクシャクギクシャク

黒澤母「え、ええ。よろしいかと……。あなたは?」ドギマギドギマギ

ダイヤ「は、はい。見た目よりは健康ですわ」カチコチカチコチ

鞠莉「……お見合い?」

705: 2017/12/22(金) 23:12:30.56 ID:IBOIXY66




千歌「というわけで、みんなそろったよ!」

曜「今から浦女行くの?」

梨子「元、だけどね」

鞠莉「ダイヤたっての希望でね。でもその前に少し話をさせて」

鞠莉「ダイヤ。あなた、自首したら自分がどうなるかは分かってる?」

ダイヤ「逮捕の後に聴取。裁判を経て実刑判決が下れば、それに応じ刑に服すことになりますわ」

鞠莉「まあ、そうなんだけど。その実刑判決がどうなるか、よ」

ルビィ「……」

706: 2017/12/22(金) 23:13:08.84 ID:IBOIXY66
ダイヤ「実はその辺りはあまり調べませんでしたもので。お聞かせ頂いても?」

鞠莉「うん。10人も計画的に〇したら普通は最高刑は避けられないかな」

梨子「ま、待って!? 日本の最高刑って――」

花丸「……死刑ずら」

ルビィ「っ!?」

ダイヤ「……ふむ」

ダイヤ「まあ、それだけのことをしました。それが私への刑罰と言うのなら、致し方のないことなのでしょう」

黒澤母「……っ」

千歌「そんな……!?」

ルビィ「――駄目だよっ」

ルビィ「駄目だよ、そんなの。ねえ、お姉ちゃん。やっぱり自首するのやめよう? ここで静かに暮らそう? その方がいいよ」

ルビィ「ね?」

善子「ルビィ……」

ダイヤ「……聞けない相談ですわね」

707: 2017/12/22(金) 23:14:03.62 ID:IBOIXY66
ルビィ「お姉ちゃん!」

ダイヤ「ルビィ。私がここへ戻ってきたのは、もう一度始めるためですわ。失われてしまった未来を取り戻すため」

ダイヤ「その先に待っているのがたとえ絞首台なのだとしても、私は私の時間を動かしたい」

ダイヤ「それに、すぐに処刑という訳ではないでしょう? しばらくは面会も出来ますわよ」ニコッ

ルビィ「でも、でも……っ」

ダイヤ「いい大人なのだから聞き分けなさい。これが私の罪なのです」

ダイヤ「お母様も、そうすべきと思いますわよね?」

黒澤母「っ、そんな、そんな酷なことを親に言わせる気ですか……ッ!」

ダイヤ「……失礼しましたわ」

鞠莉「あー……ソーリィ。言い方が悪かった」

鞠莉「ダイヤ。あなたは恐らく、最高刑が妥当と判断されても死刑にはならない。いいえ、死刑に出来ないの」

ルビィ「本当!?」

善子「……少年法ね」

鞠莉「ザッツライ」

708: 2017/12/22(金) 23:15:29.32 ID:IBOIXY66
果南「いやいやいや。ダイヤ私と同い年でしょ。23歳。成人してるって」

善子「死刑に関わる話となると、少年法は犯行当時の年齢で適用されるのよ。当時の、高校生だった頃の年齢で」

善子「まぁ、ただ、裁判そのものは別ね。家裁での処理は無理。成人している以上、刑事裁判は避けられないわ」

鞠莉「さすが。ヨハネ様は教職志望だっけ? よく知ってるね」

善子「そりゃこれくらいはね」

善子「あと、善子よ」

鞠莉「一連の犯行は12月。ダイヤの誕生日は1月1日。ダイヤとしては狙ったつもりはないんでしょうけどね、検察は苦い顔するよ」

鞠莉「当時ダイヤはギリッギリの17歳。この年齢は裁判に大きく影響を与えるの。あと1か月犯行が後だったら、死刑は避けられなかった」

709: 2017/12/22(金) 23:17:00.16 ID:IBOIXY66
梨子「この場合は、ダイヤさんはどうなるの?」

鞠莉「最高刑が妥当と判断されても、原則として18歳未満を死刑に処すことは出来ない。となると次に重い刑罰――無期懲役が下される」

ダイヤ「終身刑ですか」

千歌「一生、牢屋の中ってこと……?」

果南「死刑より全然マシ……だけど」

ダイヤ「その通りですわ。絞首台が妥当とされても、なお温情で生き永らえることができる」

ダイヤ「あまりにも幸福ではありませんか。これ以上を求めることなど、ぶっぶーですわ」

鞠莉「さらに言うと、無期刑だからと言って一生牢獄と確定するわけじゃないの」

鞠莉「無期刑は別に、死ぬまで牢屋の中にいろ、って刑じゃないの。死ぬまでお前は許されないぞ、という刑なのよ」

曜「それにどんな違いがあるの?」

花丸「……仮釈放ずら」

鞠莉「イエース。みんな優秀ね」

710: 2017/12/22(金) 23:17:52.01 ID:IBOIXY66
千歌「仮釈放?」

梨子「えっと。刑期が終わってなくても外に出られるんだよね?」

鞠莉「素行が優秀で、再犯の可能性が低いと認められた場合だけね。だから一生牢獄も、もちろん有り得る」

曜「ダイヤさんならそれは大丈夫、だよね」

鞠莉「くっそ真面目だものねぇ。きっと刑務所で正座してるよ、正座」

ダイヤ「それ、褒められているんですの……?」

ルビィ「その仮釈放は、いつされるの?」

鞠莉「うーん……分からない。一般的に無期刑の仮釈放は、有期刑の上限である30年以上と言われてはいるかな」

曜「さ、さんじゅう!?」

果南「私たち、50歳超えちゃうじゃん……」

711: 2017/12/22(金) 23:18:47.38 ID:IBOIXY66
鞠莉「ただ、本当に分からないの。ダイヤの場合は特殊で、未成年とはいえ飛び切り凶悪」

鞠莉「未成年という部分に情状酌量があるのか、凶悪犯として重い裁きを下すべきと判断されるのか……」

鞠莉「さらにはルビィと黒魔術の事情まで踏み込んでしまうと、ね。場合によっては心神喪失状態とされる可能性も」

ダイヤ「それは困りますわ。あれは私の意思で成した罪。心神喪失などでは断じてありませんもの」

ダイヤ「私が〇した10人に、そのご遺族に、申し訳が立ちませんわ」

花丸「……本当に、相変わらず真面目だね、ダイヤさんは」

鞠莉「ホント。こんな時くらい減刑されるよう立ち回ってもいいのに」

ダイヤ「私への罰を決めるのは、私ではありませんわよ」

712: 2017/12/22(金) 23:19:44.64 ID:IBOIXY66
ダイヤ「――結構です。今後の指針が得られました。私は30年以内に、ここへ戻ってきますわ」

ダイヤ「お母様。それまでどうか、ご息災で」

黒澤母「……約束できませんわ。30年後なんて、私も80前ですもの」

黒澤母「早く帰ってきなさい、ダイヤ。もし私が先に逝くようなことがあれば、あなたの枕元に立ちますわよ」

ダイヤ「ふふっ。それでしたら毎晩、お母様にお会いできますわね」

ダイヤ「……お約束しますわ。必ず、あなたの死に目に会うと。それが私に出来る、唯一の親孝行です」

黒澤母「信じますよ。ダイヤ」

ダイヤ「はい」

713: 2017/12/22(金) 23:20:27.21 ID:IBOIXY66
ダイヤ「……では、行きましょうか。私たちの母校、浦の星女学院へ」

ダイヤ「ルビィ。全員分の衣装はありますか」

ルビィ「うん! わたしの分も作ったよ!」

千歌「え? 衣装?」

ダイヤ「よろしい。ならば果たせますわね。私たちAqoursの――果たせなかったラストライブが!」

ルビィ「がんばルビィ!」

「「「え」」」

「「「えええええええっ!?」」」

714: 2017/12/22(金) 23:21:12.49 ID:IBOIXY66
同、8月3日。旧・浦の星女学院


ダイヤ「……廃校から5年ということで取り壊しでもあったかと思いましたが」

ダイヤ「現存していますわね。学校」

鞠莉「うちが買い取ったの。学校経営は無理でも、施設を流用することは出来るでしょ?」

ダイヤ「したたかですわね、あなたも……」

ルビィ「お姉ちゃん。設営、どこにする?」

ダイヤ「手間を考えれば講堂でしょう。ラストライブの予定地とは違いますが、まあ、そこはご愛敬で」

ダイヤ「ところで――どうしましたの、みなさん。何か元気がないようですが」

梨子「いや。それは、ね」

果南「まさかこの年でこの衣装を着ることになるなんて……」

花丸「善子ちゃん、着れると思う……?」

善子「そういうずら丸はどうなのよ」

花丸「ずらぁ……」

715: 2017/12/22(金) 23:22:03.96 ID:IBOIXY66
千歌「でもさ。こういうの楽しいよね。何か高校時代に戻ったみたい!」

曜「あ、千歌ちゃん。もう着たの――って」

曜「……善子ちゃん善子ちゃん。あれ見て。あれ。お〇〇〇パッツンパッツンなんだけど」ボソボソ

善子「えっろ」ボソボソ

千歌「えへへー。千歌もまだまだアイドルで通用するかな? どう?」

曜「半ば犯罪です」

千歌「え?」

ルビィ「うーん……。背が伸びたせいかサイズが小さい……」

花丸「うわ、スカート短い……。ルビィちゃん、それで踊るの?」

善子「本当にいろいろ不健全な光景になってきたわね……」

鞠莉「ほーら、かな~ん? 観念してこの衣装を着なサーイ!」

果南「ま、待って鞠莉、着るから! でも心の準備をする時間はちょうだい! 23歳でこれを着るのは勇気が……!?」

善子「あっちはあっちで変質者がいて不健全だし」

梨子「はしゃいでるなぁ……」

717: 2017/12/22(金) 23:23:15.08 ID:IBOIXY66
ダイヤ「さて。では、私も着替えるとしましょうか」スルスル

梨子「……っ」

鞠莉「うわ、ダイヤほっそ!? ガリッガリじゃない!」

梨子「い、言いにくいことを平然と……!?」

ダイヤ「構いませんわ。無一文のホームレス生活なんて、こんなものですわよ」

ダイヤ「たまに食事にありつけるだけ幸運ですもの。時にはお腹も下しますし。……まあ、娼婦という道もあったのでしょうが」

千歌「……そういうことは、しなかったんだ」

ダイヤ「考えはしましたわ。性病にまみれ死にゆくのも一興であろう、と」

ダイヤ「ただ人との関わりは可能な限り避けたかったですし、妊娠でもしてしまうと大変ですもの」

ダイヤ「ですので私の身体、まだ清いままなんですのよ? まあ、両手はどっぷりと血に浸っていますが」

花丸「笑えないずら……」

718: 2017/12/22(金) 23:24:27.23 ID:IBOIXY66
ダイヤ「ところで、みなさんはどうなんですの? 恋人とか、ご結婚とか」

「「「……」」」

ダイヤ「え。何でみなさん黙るんですの?」

果南「察してよ……」

ダイヤ「あ、ああ。はい。何か、すみませんわ」

曜「これから30年獄中の人に謝られちゃった……」

梨子「絶対に結婚して、ダイヤさんが出てきたときに驚かせようね……」

ダイヤ「ふふ。そうですわね。みなさんのお子さんとかお孫さんとか、ぜひ、見せてください」

719: 2017/12/22(金) 23:25:15.13 ID:IBOIXY66
ダイヤ「さて、無事に着られましたわ。やはりどうにもブカブカで、今の私には不釣り合いな衣装でしょうが」

ルビィ「……ううん。綺麗だよ、お姉ちゃん」

ダイヤ「ありがとう、ルビィ。あなたの衣装のおかげですわ。それに、あなただってとても綺麗で――、」

ダイヤ「……スカート、本当に短すぎませんか? あまりにも破廉恥なような……」

ルビィ「ま、まあ他に誰も見てないから……」

鞠莉「これはカメラをセットしないと! 出来るだけロー・アングルで――」

果南「鞠莉」

鞠莉「オー、イッツジョーク♪」

千歌「でもカメラは私も賛成。みんなで撮ろうよ」

曜「そうだね。みんなで」

善子「――くっくっく。堕天使ヨハネ、完・全・復・活! 大いなる福音は、今ここに!」バサッ

花丸「着れてよかったね、善子ちゃん」

善子「お互い様よ、ずら丸」

善子「あと、善子じゃなくてヨハネ」

ルビィ「それ懐かしいなぁ」

720: 2017/12/22(金) 23:26:10.81 ID:IBOIXY66
千歌「うん。みんな着れたね」

千歌「じゃあ、始めようか。ダイヤさん」

ダイヤ「ええ。私が止めてしまったあの時間をもう一度――」

千歌「私たちが失ったあの日の輝きをもう一度――」


「「Aqours――――――!!」」


  サ ン シ ャ イ ン !!

721: 2017/12/22(金) 23:26:50.74 ID:IBOIXY66
8月4日。内浦、交番


ダイヤ「……さて。行きましょうか」

ダイヤ「ごめんください」

地元婦警「はい? どうされましたか――……観光の方ですか? ……いや、でもどこかで」

ダイヤ「ふふっ。ご無沙汰しておりますわ。私、黒澤ダイヤです」

地元婦警「あ……? あ、ああぁぁぁぁ!?」

地元婦警「ダ、ダイヤちゃん!? ちょ、今までどこに行ってたの! お母さんやルビィちゃんがどれだけ探してたかっ!」

地元婦警「ちょっと待ってて! すぐに黒澤のおうちへ連絡とるから!」

ダイヤ「いえ。もうお母様とルビィには会ってきましたわ。こちらへは、けじめを付けに」

地元婦警「けじめ……?」

ダイヤ「やはり手錠をかけて頂くのならば、この交番だろうと。ずっと、この地域を守り続けてきたこの場所で」

722: 2017/12/22(金) 23:27:32.04 ID:IBOIXY66
ダイヤ「――自首の手続きをお願い致しますわ。私の名は黒澤ダイヤ。沼津連続切裂き魔事件の真犯人として」

ダイヤ「黒澤ダイヤ。警察へ出頭いたします」



『ぷっ、あははは!? 果南あのステップなに? あなたがあんなトチったステップ踏むなんて……ぷぷーっ!?』

『う、うっさいなっ。久しぶりだったから間違えたの! 言っとくけどそっちだってメチャクチャ音程外してたからね!?』

『ぜーっ、ぜーっ……。踊りながら歌うって、こんなに大変だったずら……?』

『ふ、ふふふ……天に還る時が来たようね……。今こそ我ら、ヴァルハラへ――がくっ』

『こ、高校時代の私たちって、こんなことやってたんだね……ピアノばっかり弾いてるとこんなに衰えるんだ……』

『うーん。やっぱり5年ぶりだと鈍るね。ちょっと慣れるのに時間かかっちゃった』

『曜ちゃん全然できてたじゃん……。うぅ、旅館の手伝いで体力は落ちてないと思ってたのに……』


『お姉ちゃん』

『何ですの?』

723: 2017/12/22(金) 23:28:12.45 ID:IBOIXY66
『楽しかったね』

『ええ。本当に。この思い出があれば、この仲間たちがいれば。私はどこでだって頑張れますわ』

『……お姉ちゃんにね。ずっと、伝えたかったことがあるの』

『伝えたかったこと?』

『ルビィに10人の命なんて重いもの背負わせたこと、絶対に許さないから』

『……はい。分かっていますわ』

『でも――ありがとう。ルビィを守ってくれて。大好きだよ、お姉ちゃん』

『……ええ。あなたこそ、生きていてくれて、ありがとう』

『これからはルビィがお姉ちゃんを守るよ。何があっても、いつまでも。だから――』

724: 2017/12/22(金) 23:28:44.22 ID:IBOIXY66
『――行ってらっしゃい、お姉ちゃん。帰ってくるの、待ってるからね』

『誓いますわ。絶対に帰ってくると。私の帰るべき場所へ』


ダイヤ(たとえこの先どう生きたとしても、私の罪は決して消えない。私は生涯、〇人鬼で、切裂き魔です)

ダイヤ(けれども、そんな私の幸せを願ってくれる人たちがいる。私が共に生きたいと願ってやまない人たちがいる。だから)

ダイヤ(待っていてください、ルビィ。それがどれだけ罪深くとも、私は幸せを諦めません)

ダイヤ(だから待っていてくださいルビィ。きっと帰ってきますから――)


――最愛の、あなたのもとへ。


  ――ダイヤ「最愛のあなたへ」――
    第一部“永遠の誓い”
    第二部“愛にすべてを”
    第三部“手をとりあって”

       全三部 了

725: 2017/12/22(金) 23:31:16.06 ID:IBOIXY66
これにておしまいです
長い間お付き合いくださいまして、本当にありがとうございました
ダイヤさんの誕生日までには完結させたい、出来ることならSS内ですべてが終わった12月22日に…!という感じでした

自分で言うのもなんですが、何でこのスレが荒れなかったのか不思議です
皆様の応援があってこその完結だと思っています。感謝しかありません
また、ダイヤ推しの皆様には大変申し訳ありませんでした
私も総選挙ではダイヤさんに投票し続けましたので…どうかご容赦くださればと

でも聖良姉様はもっと好きです

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1512861609/

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