【SS】いちばんめのねがいごと~ダイヤの大冒険~【ラブライブ!サンシャイン!!】

SS


2: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:19:19.46 ID:qgabCeFi
代行ありがとうございます。

◆黒澤姉妹メインのお涙頂戴ものです。モノローグあり。
シブに投稿したものを改行等したものとなります。

ファンタジー世界モノではありません。(期待された方ごめんなさい。)
サンシャイン世界観ベースで、ダイの大冒険の一部設定パロディです。

ダイの大冒険で降幡愛さんが演じるキャラクターに関する設定のネタバレがあります。
ダイ大の原作未読でアニメを追っている方はご注意ください。
未読の方でも楽しめるようになっていますが、途中でダイ大準拠のトンデモ設定が出てくるのでご了承ください。
既読の方はネタバレご配慮頂けると嬉しいです。

割と長めですので、まったりとお楽しみください。
 
4: (調整中) 2022/06/04(土) 15:22:27.71 ID:qgabCeFi
SS「いちばんめのねがいごと~ダイヤの大冒険~」

◇⓪

姉というものは損だ。
それまでは家の中で主役だった筈なのに、いつの間にか後から出てきた妹にその座を奪われている。
お姉ちゃんなんだから我慢しなさい。お姉ちゃんでしょ。頂き物のケーキも、テレビのチャンネルも、母と手をつなぐことも、妹が第一優先。

妹はすぐ泣くし、我が儘で甘えてばかり。母やわたくしに泣きつけばどうにかなると思っている。責任感も無く、お稽古ごとも誰も見てないと手を抜いたり、わたくしのプリンを勝手に食べたりとやりたい放題だ。
わたくしだって我慢して頑張っているのに! 手のかかる妹に構ってばかりで、お母さまは全然わたくしを褒めてくれない。黒澤家の長女としてのツトメとして当たり前、なんだとか。次女のツトメは内浦には存在しないのでしょうか。

でも、妹は可愛い。
何故かわたくしはそれに逆らえず、あれやこれやと面倒を見てしまう。妹の方にもそれを自覚している節があって、上手く相手とタイミングを見計らって、したたかに甘えてくる。
こんな調子じゃ大人になってちゃんと生きていけるのでしょうか。その分わたくしがしっかりとしなくては。そんなことを考えている時点で妹の術中に嵌っている気がしてならない。

恋愛では先に惚れた方が負けだと、ものの本で読んだことがある。残念ながらまだ実践には至っておりませんが、その文章を読んだとき、思わず妹のことを連想した。わたくしの後ろを危なっかしく付いてくる妹。不出来で、未熟で甘ったれで、でもわたくしのことを大好きな妹。わたくしに面倒見てもらうことを当たり前と信じて疑わない妹。

後から生まれてきた時点で姉のわたくしは負けているようなものだ。だってあの瞳を裏切ることなんてどうやったって出来そうにない。

してみるとわたくしは妹のおかげで頑張れているとも言えるのかもしれない。
厳しいお稽古や躾を乗り越え、自らを磨く。弱音は言わない。妹の手本にならなければ。わたくしが家のツトメを完璧にこなせば、妹はその分自由に好きなことを出来る。

一人っ子だったらへこたれていたかもしれない。一人じゃないから何とか背負えている。
……いや、どうだろう。損をしているのかも。騙されているような気もする。世界中の長女長男もこんな調子なのだろうか。一人っ子の果南さんや鞠莉さんには無縁な、昔からの葛藤。



「おねえちゃん、宿題手伝って……。全然分からないし、このままじゃ終わらないよ……」

「またですか。もう22時ですよ。大方スクールアイドルの雑誌か映像を見ていたのでしょう。あれほど先にやりなさいと普段から言っているでは無いですか」

「ごめんなさい。でも——」

やはり、姉というものは損な存在だ。結局許してしまうのは最初から決まっている。

「まったく、しょうがないですわね。見せてみなさい、ルビィ」



——ねえ、いもうとってしってる?

——わかんない。なあにそれ?

——いもうとっていうのは、かぞくのいちいんで、わたしよりちいさくて、まもってあげないといけなくて、そのためなら、なんだってがんばれるのよ! わたしはおねえちゃんなんだ!

——すごい! いいなあ。いもうと、うちにもこないかなあ!?
 
5: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:25:36.09 ID:qgabCeFi
◇①

果南「よし! いいよ! ワンツースリーフォー! もう少し!」

ルビィ「あっ!」

曜「ルビィちゃん! 大丈夫!?」

ルビィ「ごめんなさい、大丈夫。ちょっと足がもつれちゃって」

果南「このステップは難易度高いからね。でもかなり良くなってきてるよ! さあ、もう一度最初から!」

ルビィ「はい!」



花丸「……はぁ、……はぁ、や、やばいずら……」

善子「も、もう駄目……。スパルタすぎよ……」

ルビィ「ゅ…………」

千歌「あははっ、ルビィちゃん、ぐでーっとしちゃってる」
梨子「今日は特にキツかったから……、はぁ…、私もすっからかんかも」

曜「うーん、いい汗かいたね! みんな、ストレッチはしっかりね」

鞠莉「体を動かすのってサイコーね! このところ理事の書類仕事も多かったからいいリフレッシュデース!」

果南「うんうん。みんなかなり体力も付いてきたね。これなら次はまだまだ行けそうかなん?」

善子「あの野生児たち、……何なのよ。普通にピンピンしてるじゃない……」

花丸「人種から違うずら……。淡島原人たちとマルたち普通の人間とを一緒にしたら駄目だよ」※レズ・サピエンス

果南「善子~、花丸~、聞こえてるぞー? 進化を促すため千本浜ダッシュをサービスしちゃおうかな~?」

善子「わああっ、何でもないわよ!」
 
6: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:28:42.63 ID:qgabCeFi
花丸「ルビィちゃん、大丈夫? みんなが休憩中も果南ちゃんにマンツーマンでステップ教えてもらってたし、疲れてるんじゃない?」

ルビィ「心配してくれてありがとう、花丸ちゃん。ちょっと疲れちゃったけど大丈夫だよ。休憩なしで付き合ってくれた果南ちゃんにお礼言わなきゃ」

花丸「でもすごいよ! あのステップを一年生で一番早くマスターしちゃうなんて。マル全然この先出来る気がしないのに……」

善子「そうね。よくやったわリトルデーモン」

花丸「……なーんで善子ちゃんが偉そうなの? まだ善子ちゃんも出来てないのに」

善子「ふっ、我が眷属の成果は我が成果。褒めて遣わすのが堕天使の掟よ。誉れ高きルビィ。……後で私にコツを教えてもいいのよ」

花丸「最初から素直にそう言えばいいのに」

ルビィ「あはは……。ルビィも復習したいし、みんなで練習しようね」
 
7: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:31:49.87 ID:qgabCeFi
ダイヤ「ルビィ、今日は頑張りましたわね。あの難しいステップを習得するとは」

ルビィ「うんっ、ありがとうおねえちゃん! ルビィね、どうしても今日できるようになりたくて頑張ったの! おねえちゃんたちと早くフォーメーション合わせたいんだ!」

ダイヤ「焦らずとも大丈夫です。果南さんとわたくしたちで間に合うようにメニューを組んでありますので、無理をせず着実に、何事も急がば回れ、基礎が大事です。……とはいえ、今日のルビィはよくやりました。果南さんも驚いていましたよ」

ルビィ「えへへっ、そうでしょー? ルビィ、頑張ったんだ。でも疲れた~」

ダイヤ「コラ、腕を組もうとするのではありません! 帰り道でもしっかりと背筋を伸ばして、ダラダラと歩いてはなりません!」

ルビィ「むー、いいじゃん! 今日はルビィ頑張ったんだもん!」

ダイヤ「……はぁ。ちょっとは見直したと思ったらこれですか」

ルビィ「普段はしないよー、他の人にもしないもん。今日だけ」

ダイヤ「……まったく、仕方ありませんわね」

ルビィ「えへへ、ぴょーん!」

ダイヤ「抱きつかないっ!」

ルビィ「……あれ?」ガクッ

ダイヤ「!? ルビィ、大丈夫ですか?」

ルビィ「あれ、おかしいな。なんか力抜けちゃった」

ダイヤ「さっきだけですか? 今は大丈夫ですか?」

ルビィ「うん……。なんでだろ? やっぱり今日張り切りすぎちゃったかな」

いつものことではある。最近は少し成長したものの、ルビィは昔からドジというかどんくさいところがあって、たまに何もないところでこけたり、物にぶつかったりする。その度わたくしはルビィを宥めたり、フォローしたりと大変だ。

そのくせ当のルビィに目を戻すと何もなかったようにけろりとして甘えてくる。これも姉税というものだろうか。ルビィについて言えば税率が他所の家よりもいささか高い気もしますが。

ルビィ「ねえ、手、つなご?」

ダイヤ「……はいはい。また一人でつまずかれても困りますからね。今日だけですよ」
ルビィ「うんっ!」ギュッ

当たり前のように体重を預けてくるルビィ。当たり前のようにそれを受け入れてしまうわたくし。
……いつかはこれが当たり前で無くなる日は来るのでしょうか。自分が卒業後のルビィを憂う。自分の将来よりも先にルビィの将来を考えてしまうのは我ながらどうなのでしょうか。

ルビィ「ねえ、帰ったらアイス食べたい。ダッツの限定のやつ」

ダイヤ「駄目です。あれはとっておきと決めたではないですか」

ルビィ「えー、今日頑張ったでしょ?」

まったく、ひとつ許したらすぐこれですから。

ダイヤ「しょうがないですわね。食べるなら夕食の後ですわよ。それと、宿題もきっちり終わらせるように」

ルビィ「はーい! えへへ、楽しみだなあ」

やっぱり、姉は損だ。
 
8: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:34:54.94 ID:qgabCeFi
◇②

千歌「ねえ! 今の良かったんじゃない!?」

曜「うんうん! すごく手応えあった! 果南ちゃん、どうだった?」

果南「文句ナシ!! すごく良かったと思うよ!」

鞠莉「さっすがマリーたちデース! これでラブライブも優勝間違いなしね!」

千歌「これが、わたしたちの最後の曲……。浦の星の名前を刻む為の。——WATER BLUE NEW WORLD」

梨子「うん……。Aqoursが勝つための曲。最高のパフォーマンスになるよ。絶対……」
千歌「もう……梨子ちゃん、泣いちゃってるじゃん……」

梨子「千歌ちゃんこそ……、まだ決勝はこれからなのに……」グスッ

鞠莉「あらあら、気が早いわね。それに最後の曲じゃないわよ~。ねえダイヤ?」

ダイヤ「ええ。そうですね。わたくしたちは優勝するのです。優勝校にはアンコールがありますから」

果南「まったく。気が早いのはどっちなんだか。でも、手応えは、ある。優勝しよう。みんなで、この曲で」

花丸「すごい……。Aqoursって、みんなって本当に。この曲を決勝の舞台で踊るんだね」

ルビィ「うんっ! これが、ルビィたちの、Aqoursのイマの最高の歌」

善子「ええ、わたし、浦の星に、Aqoursに入ってよかった——」

花丸「善子ちゃん、泣かないでよ……。なんだかマルまで……」グス…



果南「ふふっ、一年生も良く頑張ったね。私が言うのもなんだけど、かなりハードな練習メニューを組んできた。キツかったと思う。でも誰も休まず、脱落もせず、今日まで付いてきてくれた。練習は裏切らない。ダンスも歌も、もちろんこの曲も、誰にも負けない。絶対に勝とう」

鞠莉「そうね。今となっては地獄の特訓もいい思い出だわ。勝って、この瞬間に、私たちの名前を刻み付けましょう」

ダイヤ「ええ。どんなに惜しくとも時は流れていく。数日後には閉校祭の準備も始まります。衣装は曜さんとルビィの尽力でほぼ完成しつつあります。
本番は何があるか分かりません。ですが、十分な準備は自信と余裕を与えてくれます。油断せず、さらに完成度を高めていきましょう。それでは本日はここまでです。風邪などひかないよう気を付けて帰ってくださいね」

Aqours「はいっ!」
 
9: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:38:02.21 ID:qgabCeFi
ルビィ「♪~」

出来たばかりの新曲を上機嫌で口ずさむルビィ。ですが、今日ばかりは致し方ないかもしれません。自分だって昂揚を隠すのにひと苦労だ。それほどまでにわたくしたちの歌は素晴らしいものが出来上がった。これなら優勝できるという確信すらある。

まだ何も成し遂げていない身で浮かれるのは厳禁と知りつつも、これなら自らを褒めても良いと自惚れてしまう自分もいる。

ダイヤ「浮かれて車道に出ないようにね。あなたはただでさえフラフラとしがちなのですから」

窘める言葉も半分は自分に向けたものだ。スクールアイドルというものにずっと憧れてきた。ラブライブ決勝——アキバドームという最高の舞台で、自分たちの最高のパフォーマンスを出来る。それで興奮するなという方が難しい。

ルビィ「えへへ、ルビィね。ずっと憧れてたの」

ダイヤ「あら、何をですか」

ルビィ「おねえちゃんと、Aqoursのみんなと、夢の舞台で歌って、踊りたいって。最初はスクールアイドルが出来るだけで幸せだったけど、ほんとはずっと、μ’sやA-RISEみたいに、ラブライブの決勝で、最高の舞台で、キラキラ輝きたいって思ってた。
おねえちゃんと一緒に、スクールアイドルごっこしてた時から、ずっと」

ダイヤ「ルビィ……」

ルビィ「おねえちゃん、ルビィね、おねえちゃんと一緒にスクールアイドルが出来るなんて思ってもみなかった。ずっと、ずっと、憧れてたんだ」

無邪気な笑顔が夕陽に溶けて少し胸を刺す。この2年、わたくしの勝手な我が儘でスクールアイドルを遠ざけた。ルビィも面と向かっては家でスクールアイドルの話題を出さなくなった。今となっては苦く刺さった後悔の棘。ルビィは誰を責めるでもなく、ただ今の奇跡を喜んでくれる。

まだ終わりたくない。わたくしともっと歌いたい。置いていかないで。北の大地でそう言って感じた妹の温もりを思い出す。あの時も海沿いの道、夕刻だった。まだそう時間は経っていないのに、函館の赤煉瓦と薄化粧の白雪の景色は遠い過去のようだ。時は流れていく。わたくしたちの新曲の旋律は、あるいは痛みを伴うからこそ美しい。

ダイヤ「ええ。わたくしも、あなたとこうして共に時間を過ごすことが出来て、幸せです」

ルビィ「うんっ。ルビィ、最高のパフォーマンスが出来るようにまだまだ頑張るっ! 最後かもしれないから、おねえちゃんと一緒に一番のルビィを見せたいんだ!」

ダイヤ「あら、このところずっと練習に気合が入っていたのもそのせいですか?」

ルビィ「えへへ、最近ルビィ絶好調なんだ! きっとおねえちゃんがルビィのことたくさん想ってくれるからかな!」

ダイヤ「……まあ、否定はしませんが」

ルビィ「あ、おねえちゃん!」

ダイヤ「もう、忙しないですわね。今度はなんですの」

ルビィ「みて、一番星!」

ルビィが指差す方を見上げる。
水平線に斜陽がのんびりと佇み、すみれ色のグラデーションに銀の輝きが静かにぽつりと浮かんでいた。

こうしてルビィと一緒に帰るのも、スクールアイドルを一緒に始めてからのことだ。それまではわたくしは生徒会や委員会の仕事で、ルビィは花丸さんとで、別々に帰ることがほとんどだった。

コートを着込んだ二人の影が長く伸びる。こんな穏やかな帰り道は、もう一度スクールアイドルを始めるまでは想像したことが無かった。
 
10: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:41:09.27 ID:qgabCeFi
ルビィ「知ってる? 一番星を見つけたらお願いごとするのがいいんだって」

少々子供っぽい発言も、少し切実に感じて胸が苦しくなるのは自分がセンチメンタルになっているからだろうか。沈む夕陽は避けられない別れのようだ。焦れるような朱の背後、気付くとすぐに夜のとばりが今かと息をひそめている。

ルビィ「ねえ、おねえちゃんの願いごとはなあに?」

ダイヤ「決まっていますわ。Aqoursでラブライブに優勝すること。浦の星の名を刻むこと。今はそれだけ」

ルビィ「うんっ! 一緒に頑張ろうね!」

そしてルビィ、叶うならば、もっとあなたとずっと一緒に——。

変わっていく空の色。願いをかけるように、今日の一日のピリオドのように、ルビィが見つけた一番星がひとつ、浮かんでいた。

わたくしたちは、ラブライブで、勝つ。
 
11: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:44:16.43 ID:qgabCeFi
◇③

——キセキは叶った。
浦の星女学院スクールアイドル部、Aqoursはラブライブで優勝した。

決勝のライブパフォーマンスは正直あまり記憶に無い。夢の中にいるみたいというか、ステージから見えた輝きと、ふわふわとした浮遊感だけが残り、思っていたような一生に一度の舞台という現実感は湧いてこない。楽屋で皆と弾けるように喜び合って、笑って泣いて、抱き合ったことは何となく覚えているのだけれど。

あの時、確かにわたくしたちはひとつだった。改めてあの時の感覚を誰かと話すことはしていない。何となく軽々しく口に出来ないような暗黙の了解があって、皆がそわそわしながらも、その後の日々を過ごしていた。

浮き足立っているのはAqoursの面々だけでなく、浦の星の生徒全員も、内浦——沼津の街もそうだった。ラブライブ優勝と、避けえない廃校という現実。お祭りと不幸が同時に来たようなちぐはぐ具合。それでも日々は続いていく。



千歌「ええっ!? Aqoursにフェスイベント出演依頼!?」

鞠莉「イエース! ラブライブ優勝校として、ミニライブをお願いしたいって」

曜「すごいね。これで何件目?」

梨子「それだけラブライブという大会が注目されてるんだね」

ラブライブ優勝後、Aqoursにはイベント出演の依頼が数多く舞い込んできた。取材やライブなど様々な申し入れがあり、スクールアイドルとしては有難くも、なかなか全てに応えることは難しいといった状況だ。

梨子さんの言ったように優勝校ということもそうだし、やはり浦の星の今年で廃校になることも世間の注目を集め、地元以外からも多く声がかかった。Aqoursや浦の星にも多くのメッセージや応援の言葉や寄せられ、惜しむ声も驚くほど多く頂いた。

Aqoursは浦の星の残りの時間を大切に過ごしつつ、皆で相談しながら、お世話になった方々や、昔からAqoursを応援してくれたイベントを優先し参加を決めた。
 
13: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:47:23.14 ID:qgabCeFi
ルビィ「こ、こんな規模のイベント……。ルビィちゃんと出来るかな……?」

善子「何言ってるのよリトルデーモン。私たちはあの満員のアキバドームで最高のパフォーマンスをしたのよ。そんな弱気になってどうするのよ」

ルビィ「うぅ、でも……。変なパフォーマンスしてがっかりさせちゃったらどうしよう……」

ダイヤ「ルビィ、自信を持ちなさい。優勝したとか、誰かに期待されているとかは関係ありません。今まで皆で練習した時間は、Aqoursとして過ごした時間は決して無為なものではありません。
仮に少しばかり失敗したって、Aqoursは9人もいるのです。誰かが絶対にカバーしてくれます。萎縮するより、思いっきりライブを楽しみましょう。わたくしたちのライブはまず一番にわたくしたちのものなのですから」

ルビィ(——!!)

千歌「さっすがダイヤさん! Aqoursとしてイマを楽しまないと! ね、ルビィちゃん」

ルビィ「うんっ、ありがとう、おねえちゃん、千歌ちゃん!」



善子「……まったく、同じ姉妹でもこうも違うものかしら。実際のライブでのルビィのパフォーマンスは不安どころか、こっちが見惚れちゃうくらいなのに」

果南「いやいや、むしろダイヤの方が変わったんだよ。ダイヤが小さい頃なんて、気弱だし、何かあるとすぐ叫ぶし、今のルビィにそっくりだったよ。ピギャーって」

ダイヤ「ちょ、ちょっと果南さん!?」

果南「今の自信満々なダイヤだって、昔からそうだった訳じゃなかった。今のダイヤの性格は、ダイヤが昔から積み重ねてきた色んな努力の結果で出来上がってるってこと。今とは口調も違ってたしね。いつからかは……、えーっと、忘れちゃったけど、とにかく少しずつ変わっていったんだ」

ダイヤ「み、皆の前で昔の話はやめてくださいっ」

果南「ごめんごめん、別にからかってる訳じゃないよ。克己心というか、向上心?みたいなもの、尊敬してるって言いたかったんだ」

ダイヤ「も、もう……、それはそれで恥ずかしいのですが……」

善子「だったら、いつかルビィも“善子さん、まだまだですわ!”とか言うようになるのかしら……。全然想像できないけど」

果南「ふふっ。みんなそれぞれのペースでゆっくり自信を付けていけばいいんだよ。なりたい自分になるってそういうことでしょ? 善子はいつ魔界を卒業するのかな~?」

善子「やめてっ! 遠回しに現在進行形の黒歴史を批判しないで!」

Aqours「あははっ」



果南「そんな訳でルビィ、心配しなくても大丈夫。ルビィの歌もダンスも、ラブライブ優勝者として相応しいものになってるし、今の時点で自信が無かったとしても、結果の後から付いてくるよ」

ルビィ「果南ちゃん……」

善子「よーし、ルビィ、特訓よ! 更にレベルアップして見に来てくれた人をびっくりさせちゃいましょう!」

花丸「マルも特訓する! ルビィちゃんも一緒にやろうよ!」​

ルビィ「善子ちゃん、花丸ちゃん……。うんっ! ルビィ、もっともっと頑張る!」
 
14: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:50:30.35 ID:qgabCeFi
◇④

ルビィ「あっ!?」

花丸「ルビィちゃん! 怪我は無い?」

ルビィ「うん、ごめんなさい。またルビィが——」

最近、ルビィの不調が目立つ。たまに力が抜けるみたいで、足がもつれたり、転倒することが増えてきた。
ルビィは隠しているつもりのようですが、練習中だけでは無く、日常生活でも頻度が増えている気がする。

果南「いいんだよ、ルビィ。無理をしても余計に良くないし、今日は見学しても——」

ルビィ「大丈夫! たまたま躓いちゃっただけだから。今度は集中するから。みんなと一緒に練習させてほしいの」

果南「ルビィ……」

誰もルビィが集中できてないなんて思ってもいないし、責めもしない。ただ純粋にルビィの身体を心配しているだけだと分かる。けれどルビィはすがるように練習参加にこだわった。



ルビィ「痛っ!」

果南「そこまでだよ、ルビィ」

ルビィ「そんな、ルビィ、出来るよ——!」

果南「今日はおしまい。怪我でもして取り返しのつかないことになったらどうするの? ルビィだけじゃなくて、Aqours全体の問題なんだよ。ルビィが欠けたら、それはAqoursのパフォーマンスじゃない。身体を休めるのも練習の内。分かった?」

ルビィ「……うん」



ダイヤ「すみません、果南さん」

果南「うん? なにが?」

ダイヤ「ルビィのことです。言いにくいことを言わせてしまいました。本当はわたくしが止めなければならなかったのに」

果南「気にしないで。誰がとかじゃないよ。ルビィはAqoursにとってなくてはならない存在だし、私にとっても妹みたいなものだし。
でもキツく言いすぎちゃったかもね。どうしても一年の時の鞠莉が重なっちゃってさ。やる気があっても無理して怪我、なんて誰も笑顔にならないからね。後でルビィのこと、フォローしておいてくれる?」

ダイヤ「ええ、ありがとうございます」

果南「でも、実際、どうなのかな」

ダイヤ「分かりません。本人は誤魔化していますが、たまに力が抜けることがあるようです。熱や頭痛などは無いようですので、風邪やインフルエンザのような流行り病とも違うようですが——」

果南「うーん、私たちは専門家じゃないから分からないけど、最近結構な頻度で起きてるからね。Aqoursの活動云々を抜きにしても心配だよ」

ダイヤ「そうですね。お医者さんに見てもらうことも考えなければいけませんね。本人があの調子ですのでなかなか素直に頷いてくれるかどうか……」

果南「少し休んで何事も無く治ればいいんだけどね」
 
15: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:53:37.42 ID:qgabCeFi
◇⑤

ルビィが倒れた。

移動教室の最中だったらしい。
慌てて保健室に行くと花丸さんと善子さんの付き添いを受けた、ルビィの申し訳なさそうな笑顔がわたくしを出迎えた。

ルビィ「えへへ、ごめんね、おねえちゃん」

ダイヤ「ルビィ……大丈夫ですか」

ルビィ「うん。花丸ちゃんと善子ちゃんが良くしてくれて。なんか身体に力が入らなくなっちゃったの。なんでだろ」

ダイヤ「そうですか……。まず、怪我が無かったのは良かったです。花丸さん、善子さん、ありがとうございました」

花丸「ううん、マルもルビィちゃんが無事でよかった。意識を失ったのもほんの短い間で、すぐ起きてくれたし」

善子「ええ、でも倒れたのも階段の踊り場付近で運が良かったわ。周りに誰もいない場所で、高い所でこうなったら、なんて考えたくもないわね」

ダイヤ「寝たままで大丈夫です。今はどうですか、立ち上がったり、歩いたりは出来そうですか?」

ルビィ「ちょっと……、ダメかも。足が痺れたような感じで、力、入らないかも。でも、大丈夫だよ。ちょっとだけ待ってれば治るもん。いつもそうだもんっ」

花丸・善子(——!)

ダイヤ「……ルビィ、今回のことは初めてではありませんのね」

ルビィ「あっ——」

ダイヤ「ルビィ、こうなったらもう誤魔化しは無しです。このところスクールアイドルの練習をしていなくてもこうなったのです。正直に話してください。いつからこうなったのか。今の身体の状態。今日は早退してお医者さんに行きましょう。わたくしも一緒に行きますから」

ルビィ「そんな……、大袈裟だよ。ちょっと転んじゃっただけで——」

ダイヤ「お願いですから!!!」

ルビィ「っ——!」

ダイヤ「ルビィ……、分かってください。あなたのことが心配なのです。ルビィの身に何かあったら、わたくしは……」

ルビィ「おねえちゃん……」

花丸「ルビィちゃん。マルも同じ気持ちだよ。一旦スクールアイドルのことは忘れて、病院で診てもらおう? もしも取り返しのつかないことになったら——、マル、一生後悔する」

ルビィ「ルビィ、もう二度と、みんなと踊れないのかな。スクールアイドル、出来ないのかな……っ」

善子「ルビィ、大丈夫よ。何事も無ければそれでみんなも安心できるじゃない。絶対大丈夫よ……。みんなでルビィのこと待ってる。置いてけぼりになんてしないから……」グスッ

ダイヤ「ルビィ……」

ルビィ「……うん。分かった」
 
16: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:56:44.17 ID:qgabCeFi


そこからは早かった。
学校からも連絡が行っていたのだろう。ルビィから聞いたこと、お母さまに全てを話した。わたくしたちは早退し、黒澤家の車でそのまま帰宅。黒澤家のかかりつけ医に診て頂いた。

結果は原因不明。本人が言っていたように、ルビィ自身はじきに普段通り歩けるほどに回復した。

翌日は沼津市の総合病院へ行った。かなりの時間をかけて診察を受けたものの、やはり原因は分からなかった。病気ではない。体調に問題は無い。ただ不定期に身体の力が抜ける時がある。日常生活は安静にして、誰かが隣についていればひとまずの問題は無さそうだ。ただし激しい運動は厳禁。ルビィには自分か母が付き添うことにする。いつもは構ってほしがるくせに、今回は申し訳なさそうに困ったように笑うルビィに、安心させるように手を握る。


一日安静に過ごし、翌日は土曜日だった。
市内の病院から紹介状を書いて頂き、都内の病院に向かう。この辺りは黒澤家の力もそうですが、鞠莉さん——小原家にも尽力いただいた。

出来る限りの検査、診察を受けた。神経、血液、脳、筋ジストロフィーやALS、ナルコレプシー。精神、外傷、遺伝病、さまざま。かなりの日数をかけて目まぐるしいほどに色んな場所を回った。その世界の権威とされる専門医にも診て頂いた。

結論として分かったこと。——原因不明。
現代医学の見地において、黒澤ルビィは身体上および精神上の問題は確認されない。にも関わらず、身体の力が抜ける瞬間があり、診察を受けている数日の間にもその頻度は上がっていた。眠るようにごく短い間意識が飛ぶこともあった。

ある先生は言った。
至って健康体です。何も問題はありません。ですが、分からない。まるで、生命力だけが失われていくようだ——。

ルビィは分かっていたのでしょうか? 一度でも線を越えたらもう戻れないことを。
徒労感のままにわたくしたちは内浦に戻ってきた。ルビィが倒れた日から一週間が経っていた。
 
17: (はんぺん) 2022/06/04(土) 15:59:51.27 ID:qgabCeFi


果南「そっか……」

ダイヤ「ええ、すみません。ご心配をおかけして。特に鞠莉さんには色々と力になって頂きましたが——」

鞠莉「いいのよ。ルビィの為ですもの。でも、ルビィもダイヤも大変だったわね。ダイヤ、ちゃんと休めてる?」

ダイヤ「……ええ。ですが、まずはルビィのことです」

千歌「ルビィちゃんはおうちですか?」

ダイヤ「はい。母や、家の者に看て頂いています。わたくしもそばにいたいのですが、このところ休んでしまいましたし、学校を疎かにするわけにもいかず、両親からは学校に行くようにと……」

鞠莉「ダイヤも無理しちゃ駄目よ。目の下のクマさん、酷いことになってるわ。ルビィが心配なのはもちろんそうだけど、ダイヤに倒れられちゃ元も子もないわ」

ダイヤ「鞠莉さん……、ええ、肝に銘じます」

花丸「ダイヤさん……、マルたち、ルビィちゃんのお見舞いに行ってもいいですか?」

善子「そうね! しばらく会えてなかったし。とっておきのプリンを持って行きましょ」

ダイヤ「花丸さん、善子さん……。ありがとうございます。体調自体は問題ありませんし、会話も出来ますので、是非そうしてください。ルビィも喜ぶと思います」

曜「よーし、みんなで押しかけても悪いから今日は善子ちゃんたち、明日は二年生でお見舞いに行こっか?」

梨子「うん! ルビィちゃんの元気な声、聞きたいな」

千歌「チカもみかん用意しなきゃ! きっとすぐ元気になるよ!」

ダイヤ「皆さん……。ルビィの為にありがとうございます。ですが、Aqoursとして既に受けているイベントもいくつか控えています。浦の星や沼津の代表として引き受けた以上、穴をあけることは出来ません。わたくしとルビィは参加できませんが、活動に影響がない範囲にして頂けると……。果南さん、鞠莉さん、お願いしますね」

果南「…………」
 
18: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:04:11.97 ID:qgabCeFi
◇⑥

果南「やあ。ごめん、ルビィが大変なのに」

ダイヤ「いいえ。ですが、珍しいですわね。果南さんから呼び出しなんて」

果南「時間ぴったりなところがダイヤらしいね。……無事抜け出せた?」

ダイヤ「ええ。家は今、ルビィのことでかかりっきりですから。それにまさかわたくしが夜遅くに家を抜け出すなどとは思ってもみないでしょう。普段の行いというものですね。それで、どうかしたのですか。こんな遅くに」

果南「うん……。時間も無いし、持って回った言い方も良くないから端的に聞くね。
——ダイヤ、これからどうするつもり?」

ダイヤ「どうする、といいますと……」

果南「決まってる。ルビィのことだよ。出来る限り病院で検査をして原因は分からなかった。でも、それで諦めるダイヤじゃないでしょう?」

ダイヤ「…………」

果南「他でもないルビィのことだもんね。ダイヤは他の誰が諦めても、絶対に他の方法を探すし、最後まで手を尽くそうとする。他の何を犠牲にしようと——でしょ?」

ダイヤ「果南さん、どうして……」

果南「目を見れば分かるよ。これでも長い付き合いだしね。大体私たちの中で一番頑固で諦めの悪いのがダイヤだから。ちょっと医者に匙を投げられたくらいで諦めたりしない。ましてや明確な結論が出てるわけじゃなくて原因不明。他の人が駄目でも、ダイヤは自分で納得いくまではやるだろうと思って」

ダイヤ「……なんでも分かり合える幼馴染というものも考え物ですわね。確かに、果南さんの仰る通りです。医療の分野においては何も分かりませんでした。ですが、病気では無いということは分かったのです。であれば、他に要因がある。医学以外の分野をすべてあたるのみです。とはいえ、さっぱり見当もつきませんが」

果南「具体的にはどうするつもり?」

ダイヤ「まずは図書館でしょうか。ルビィと似たような症状の記述のある文献を探し、可能性を洗い出す。そして、それに対する原因と対策を調べていく。
どのみち現代科学では何も分からなかったのですから、いわゆるオカルトのような可能性も含めて総当たりであらゆる方法を模索していることとなるでしょう。
スクールアイドル部としての活動はしばらく出来ませんが、果南さん、よろしくお願いします」

果南「…………」

ダイヤ「? 果南さん?」
 
19: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:07:21.29 ID:qgabCeFi
果南「ダイヤ、本気なんだね。ルビィの側にいるんじゃなくて、どうあっても、何をしてもルビィを直す手段を探すんだね?」

ダイヤ「無論です。わたくしはルビィの姉ですから」

果南「分かった」
ダイヤ「果南さん、何を——」

果南「ダイヤ、明日もう一度、同じ時間に出てこれる?」

ダイヤ「え、ええ……ですが」

果南「どうせなら、ひとつ、試してみたいことがある」

ダイヤ「え……」

果南「期待はしないで。でも何ともならないのなら、やってみたいんだ。……詳しくは明日説明する。動きやすい服装と着替え、持ってきて。大丈夫、日付を跨ぐくらいの時間には帰れると思う」

果南さんの有無を言わさぬ口調と、いつになく真剣な目にそれ以上は聞けなかった。果南さんなりにルビィと、わたくしのことを想って言ってくれているのは充分に伝わってきた。
どのみち現状なんの手立ても無いのだ。叶うのなら藁にも縋るし、悪魔とも契約する。

ダイヤ「分かりました。他に準備するものは?」

果南「大丈夫。必要なものはこちらで準備しておく。必要なのは覚悟だけだけど——そっちは聞くまでもないか。しっかり寝て体調は万全の状態にしておいて」

何にせよ、明日だ。
待っていてください。ルビィ。
 
20: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:11:01.14 ID:qgabCeFi


翌日、夜。
果南「無事来れたね。じゃあ行こうか、歩きながら説明する」

時間を気にしながら果南さんは歩き出す。

ダイヤ「ええ。ですがどちらに?」

果南「私の家。淡島に行く」

ダイヤ「は——?」

果南「ふざけてる訳じゃないよ。船つけてあるから乗って」

ダイヤ「え、ええ。分かりました」

淡島は通常フェリーで行く。
果南さんはジェットスキー——水上バイクも持っているが、今回は普通の小型船だ。果南さんはこれからについて説明してくれた。いつものおおらかな口調では無く、淡々とした語り口が疑問を差し挟むことを許さない。

果南「淡島神社って何を祀っているか知ってる?」

ダイヤ「い、いいえ」

果南「昔は弁財天——内浦は漁村だったからね。海上安全、大漁祈願を祈願されて建立された。御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。弁財天とも同一視される女神で、技芸、金運の神様——スクールアイドルにもぴったりの神様ってわけ」

ダイヤ「……」

果南「淡島神社の御神体は宝石……というか宝玉なんだけど、そこに行く。ダイヤ、これ着て。着方は分かるでしょ?」

果南さんのご家族に気付かれないよう家には入らず、ダイビングショップの小屋を利用する。
果南さんが寄越してきたのはダイビングスーツだった。確かに果南さんに付き合って夏場にダイビングやシュノーケリングをしたことはありますが……。

ダイヤ「待ってください。御神体のところに行く。それは分かりましたが、社殿は山の上でしょう? 何故ダイビングスーツを」

果南「本殿は山の上だけど、御神体はそこには無い。島の裏に祠があるの。殆ど海の中だけど」

そうだったのか。果南さんのくれたスーツを着る。通常ダイビングスーツはいわゆるウエットスーツだが、冬場は完全防水のドライスーツを用いる。冬にダイビングなどわたくしには狂気の沙汰ですが、果南さんは一年中暇さえあれば海に潜っている。

ドライスーツを着込み、果南さんから渡されたヘッドライトを装着し、森の中を歩く。こちら側はホテルオハラ——鞠莉さんの家とは反対側で人の通る道は無い。小枝をかき分けながら道なき道を歩く果南さんに置いて行かれないようひたすら付いていく。

果南「今夜はタイミングが良かった。あと一時間弱。急がなくても多少余裕はありそうだね」
ダイヤ「どういうことですか?」

果南「さっき祠は殆ど海の中って言ったでしょ? 今日は?」

果南さんが上を指差す。見上げるも何もなく空を覆う木々の葉と冬の星々、それに漆黒の闇が広がるのみ、ですが——。

ダイヤ「月が無い……? まさか、干潮?」

果南「さすがだね。今日は新月。潮位差——潮の満ち引きが大きくなる大潮。そしてあと一時間弱で干潮になる。そこまで泳ぐ必要はあるけど、祠が海上に出るんだ。
昔は常に祠が海上にあって、体重の軽い子供なら行けたみたいだけど、ここ十年くらいで急激に条件がシビアになったみたい。ま、海中の祠ってのもロマンがあるけどね。これも地球温暖化の影響ってやつ」

水位が上昇しているということか。今となっては潮が大きく引いた時だけ訪れることが出来る祠。

ダイヤ「成程。ですがその祠にある御神体とルビィに何の関係が——?」

誰もいない、いるはずのない道を進む。果南さんは道を分かっているようだが、ヘッドライトがあってなお、進むのは息苦しさ、困難さを感じる。

果南「古い言い伝えでね。じいちゃんから聞いたんだ。じいちゃんのひいじいちゃん、なんかけっこうすごい漁師だったらしいんだけど、ここからは昔話ね」
 
21: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:14:19.13 ID:qgabCeFi
果南さんの話はこうだった。

松浦の家系は代々漁師だった。網元である黒澤の家とは主従の関係になる訳だが、まあここでは関係ない。果南さんの祖父の曾祖父——何代前か、何年前かを数えるのは本筋では無いので止めておこう。一言で言えば“むかしむかし”の物語だ。

内浦は基本的に漁業で生計を立ててきた。今のように観光産業という概念も無い頃だ。伊豆は昔から保養地として栄えていたものの、内浦は言ってしまえば冴えない田舎町だ。漁が人々の暮らしの生命線だった。

そこに一匹の鮫が迷い込んできた。ただの鮫では無い。大きく凶暴で人をも襲う。漁師も何人か犠牲に遭った。天敵も競合もいない生態系は絶好の狩場だ。鮫は内浦近海を縄張りとして住み着き、大いに猛威を振るった。

このままでは漁もままならない。漁師たちは鮫狩りを画策する。網すら食い破る怪物だ。狩りは困難を極めた。鮫が現れるのを待ち、網や槍で挑む——犠牲者を出しながらも漁師たちは鮫を仕留めることに成功する。その戦いでひと際活躍し、皆を鼓舞し、遂にはとどめをさしたのが果南さんのご先祖だった。

その鮫の体内には美しい石が入っていた。漁師たちはそれを奉り、既にあった現淡島神社の本殿とは別に、海上に祠を作った。海からやってきた宝は山では無く、海に祀ることこそ相応しい。勇敢に戦った男衆たちを讃え、海を畏れ敬い、恵みに感謝する。そして漁の安全と、村の安寧と発展を祈る——そんな目的で祠は作られたそうだ。

果南「御神体は祠に納められた。実際に私は見たことは無いけど、それは美しい宝玉だったみたい。それはこう呼ばれたらしい。——“海の涙”と」

黒澤家にこの話が伝わっていないのは長年の間に失伝したのか、漁師たちが意図的に隠したのか。現地で苦労した者だけが自分たちの為に作った祠だとすれば後者のような気もする。

それにしても宝玉を涙とは。鮫を海神(わだつみ)の使者と捉え、それを自分たちの生活の為に〇めてしまった罪悪感か、それとも犠牲となった漁師たちへの悲しみゆえか。自然と共に生きるというのは今より遥かに過酷だったに違いない。

果南「そしてここからが本題。御神体でもあるその宝玉は尾ひれがついたのか、ありがちな言い伝えがある。

——“海の涙”は願いを何でも叶えてくれる。眉唾だけどね。少なくともじいちゃんは本気で信じていた」
 
22: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:17:26.25 ID:qgabCeFi
程なくして果南さんの目指す場所にたどり着いた。海の音が聞こえるが、月が無いと真っ黒で何も見えない。果南さんの用意してくれたシュノーケルを付け、冬の海を泳ぐ。ドライスーツのおかげか、意外にも海中は暖かく、むしろ歩いていた方が寒いくらいだった。

果南さんの後ろを必死で付いていく。かなり長く感じたものの、実際に泳いでいたのは5分と経っていなかった。祠にたどり着いた。

慣れない夜間の泳ぎでかなり体力、精神を消耗してしまっていたらしい。視覚的にも精神的にも先の見えない夜の海を泳ぐのは誰かと一緒にいても孤独感がすごい。ようやく足場についた時は思わずへたり込んでしまった。

果南「お疲れさま。頑張ったね。時間もばっちりだったよ」

果南さんが背中をさすってねぎらってくれる。我がことながら単純なもので、地に足が着いたことと人の温もりに安心感を覚える。

どこに持っていたのか、果南さんがペットボトルを手渡してくれた。人工甘味料の入った甘いスポーツドリンクがここまで美味しく感じるとは……。少しほっとしたのも束の間、これからが本番と気を入れ直す。

ダイヤ「これが祠……。この中に例の宝玉が——。ですが果南さん、大丈夫なのですか」

果南「ん? 何が?」

ダイヤ「願いを何でも叶えてくれる。その真偽がどうあれ、この行為は代々伝わる御神体を勝手に暴き、私的に使うことに他なりません。わたくしはどうなったって構いませんが、果南さんは……」

果南「もう、今更? 私たちは一蓮托生でしょ。可愛いルビィの為だもん。もし海の神さまが本当にいるなら、きっと内浦の子供たちを見守ってくれてる。願いを使っても許してくれるよ。じいちゃんたちにばれたら……、まあ大目玉だろうけどその時は一緒に怒られよう? 胸を張って言えばいいよ。わたしたちの妹の為だって」

ダイヤ「果南さん……」

果南「大丈夫、ばれないって。祠はここ何十年か開いてない筈だし、無くなっても気付かれない。第一、単なる言い伝えだから、願いが叶う保証なんてどこにも無いしね。駄目だったらこっそり閉めて、また他の何かを探しに行こうよ」

ダイヤ「はい……、ありがとうございます、果南さん」

万感の思いを込めて頭を下げる。涙腺が緩みそうになるが、目をぎゅっとつぶって堪える。まだわたくしは何も成していない。

果南「……じゃあ、開けるよ。あまり時間をかけると潮が満ちてくる」

ダイヤ「ええ。お願いします」

祠はごくごく小さかった。確かにこれでは宝玉をひとつ納めるのでいっぱいになる大きさだ。何時間か前までは海中にあったのだろう。祠は海水で濡れていた。

規模の割に厳重とも言える木の扉を開ける。扉とは言いつつも、実際には封に近い。悪戦苦闘しつつも木で打ち付けられた扉を釘抜きで開けていく。

やがて全ての釘が抜け、ようやく木の封が開く。木材は海水で腐食、老朽化していて、新たに封をするのであれば木から新調する必要があるだろう。

果南「——よし。取れた。開けるよ」

用の立たなくなった木材を暗い海に投げ捨てる。開いた祠の暗がりに果南さんがライトを当てる。この中に御神体、宝玉がある。本物なのか、これでルビィは治るのでしょうか——

果南「えっ? そ、そんな、何で——」

動揺する果南さんの声。慌ててわたくしも祠に目をやる。

果南「……何もない」

——果たして、そこにはただの空洞があるだけだった。
 
23: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:18:24.94 ID:qgabCeFi


果南「嘘だ。なんで——」

何度もライトを当て、祠の内部を手で探る果南さん。

果南「おかしい。そう都合よく願いが叶わないのは覚悟してた。でも、昔じいちゃんは御神体を見たことがあるって言ってた。何も入ってないなんてこと——」

ダイヤ「…………」

果南「まさか、全てが嘘だったとか——」

ダイヤ「いいえ」

果南「え……? ダイヤ?」

ダイヤ「その言い伝えは本当です。願いが叶うというのも」

果南「じゃあなんで無いの? ダイヤは知ってたの?」

ダイヤ「いいえ」

果南「どういうこと?」

ダイヤ「願いは既に叶えられた後だからです。だから、宝玉は既に無い。いいえ、形を変えて、別の場所にある」

果南「ダイヤ……? 何を言ってるの? 何を知ってるの?」

ダイヤ「思い、出しました。わたくしは昔、ここに来たことがある」

果南「ダイヤが? どうやって——」

蘇る幼い日の記憶。どうして忘れていたのでしょうか。
出会いの日。ルビィと初めて会った日——。
 
24: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:21:34.04 ID:qgabCeFi
◇⑦

——黒澤ダイヤは一人っ子だった。

沼津市ホテル旅館協同組合の総会は各ホテルが持ち回りで会場となる。
議題は観光客の誘致や地域振興のキャンペーン、その他さまざま。各ホテル、旅館の代表者はもちろん、時には市長や議員、地元の名士も参加する。黒澤の家もその一つだ。

その年の会議はホテルオハラにて行われた。鞠莉さんがこちらに転入してくる前、わたくしが果南さんとも知り合う前。わたくしが小学校に上がる前のこと。



幼い頃、わたくしは黒澤の家が嫌いだった。

厳しい躾、多くの習い事。お稽古は厳しく、?責がすぐ飛んでくる。
自由に遊ぶことも出来ない。テレビやおもちゃも両親に厳しく制限されていた。黒澤家の娘として相応しく——。堅苦しい礼儀作法、言葉遣い、よく分からないしきたりや行事への参加。黒澤家のツトメってなに?

何でうちだけ? どうして自分ひとりだけ? どうしてみんなと遊んじゃダメなの?

幼稚園の周りのみんなは、そんなこと誰もやってない。夕方になるとお母さんが迎えに来てくれて手をつないで帰る。なんでわたくしにはお母さまが来てくれないの? 黒い車が時間通りに迎えにくるだけ。お手伝いさんは良くしてくれたけど、壊れ物を扱うように大切にしてくれるだけ。“あの黒澤家のご息女に馴れ馴れしい口はきけない”んだって。

その日、なぜ母が出席した会議に自分も付いていったのかは覚えていない。
たまたまお稽古が休みのタイミングだったのか、フェリーに乗りたいとでも我が儘を言ったのか。あるいは母はわたくしに普段の仕事を見せたかったのかもしれない。黒澤家の務め、社会見学の一環という訳だ。

ホテルオハラで行われた組合の集まりは懇親会も兼ねており、昼食をはさむ長丁場だった。
出席者に付いてきた子どもはホテルのキッズスペースに集められ、めいめい遊んで時間を潰した。殆どの子供が小学生以上であり、わたくしは最年少だった。

備え付けのテレビにはアニメが流れており、他にも子どもが好きそうな玩具やパズル、絵本などが置いてあった。遊び慣れていないわたくしは不自由なもので、自由にしていいと言われれば逆にどうしていいか分からないといった始末。
おろおろしていると少し年上の女の子が声をかけてくれた。お母さまにさっき紹介してもらった子だ。こう言っていた。たしか、十千万さんのところの娘さん——

「こんにちはっ! ダイヤちゃんだっけ? よかったらおはなししない?
しまちゃんは用事があってこれないし、ちかちゃんはまだ小さくておるすばんだから、ひとりでつまんないなあっておもって!」

ダイヤ「う、うん……あなたは?」

「わたしはみと! たかみみとっていうの! もうほんとたいくつしちゃって」

高海美渡さん。千歌さんのお姉さんとの初めての出会いだった。
 
25: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:24:46.26 ID:qgabCeFi


美渡「そうなんだ。ダイヤちゃんもたいへんだね」

気が付くとわたくしは黒澤家に対する不満をしゃべっていた。
旅館の娘というのも苦労があるようで、美渡さんは同じように自分の家の不満を漏らしながらも、初対面にも関わらずわたくしの愚痴を聞いてくれた。美渡さんはさっぱりとした性格で、あっけらかんと普段は言えないわたくしの気持ちも受け止めてくれる。

普段から近くにいる人だったら言えなかっただろう。言ってしまえば直接関係が無く、年上で、弱音を吐いても問題が無い相手だったからこそ、かつての自分も本当の気持ちを吐露できたのかもしれない。

美渡「わたしもヤなことばっかりなんだけどね。がまんしないとってがんばってるの。ダイヤちゃんとおなじだね」

子どもは子どもなりに苦労がある。今思えば笑ってしまうような人生相談。だけど、当時の自分には切実な悩みだった。

ダイヤ「みとさんは、どうやってがまんしてるの? なんでじぶんばっかりっておもわない? もうむりってなったりはしないの?」

美渡「うーん、そうだなあ」

顎に手を当てて考える仕草。そんなこともわたくしの目には少し大人っぽく映った。やがて答えを思いついたらしく、美渡さんは目を輝かせる。

美渡「ねえ、いもうとってしってる?」
 
26: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:26:31.50 ID:qgabCeFi


昼食の時間になって、自分たちにも子ども向けの仕出し弁当が配られた。
自分一人で食べられる。だってわたくしは黒澤の娘だから。

食べ終わった頃、やがて母が様子を見に来た。食べ方が汚いと怒られた。頑張って教えられたとおりにしたのに。他の子はもっと汚いのに。そう言うともっと叱られた。黒澤家は他とは違う。年齢は関係ない。黒澤家の娘として相応しい振る舞いを——。いつものやつだ。

誤解の無いように言っておくと、両親は厳しいだけで理不尽なことは言わなかった。決して手を上げることも無かった。わたくしをちゃんと愛してくれていたし、今になって思えば自分の為を思ってのことだと分かる。きっと自分たちもそのように育てられてきたのだろう。

それでも、幼い自分に求める要求は厳しかったし、当時の自分にそれを理解しろと言ってもかなりキツイものだと思う。他所とは違う。美渡さんに話を聞いてもらったのに、突き放されたような孤独を感じた。

声に出せない悲鳴を上げてきた自分はその日、ついにパンクしてしまったのだろうか。
母が会議に戻った後、耐えられなくなって、ひとりホテルを飛び出した。

どこをどう走ったのか覚えていない。元より初めての場所だ。感情のままに走って、迷って、海辺にたどり着いた。遠くに岩場が見える。因幡の白兎になった気分で、わたくしはぴょんぴょんと岩場を飛んで行った。

岩場の先、小さな祠があった。
もうやだ! 誰もいない秘密の場所。感情のままに叫ぶと、きらりと光るものがあった。

ダイヤ「え、なあに?」

木の扉の奥、何か光が漏れていた。
よく分からない。けれど、何かが答えてくれたんだと思った。ひとりぼっちのわたくしに応えてくれたんだから、悪いものではない。直感的にそう思った。

ダイヤ「なに? だれかいるの?」

ドキドキしながら近づく。まるで生きているように、光はますます強くなる。

ダイヤ「こわがらなくていいよ。おいで」

手を伸ばす。木の扉は閉まったまま。けれど、いつの間にかわたくしの手にその光はあった。

——ねがいごとはなあに?
そう、聞こえた気がした。
さっきの美渡さんとの会話が蘇ってきた。



美渡「ねえ、いもうとってしってる?」

ダイヤ「わかんない。なあにそれ?」

美渡「いもうとっていうのは、かぞくのいちいんで、わたしよりちいさくて、まもってあげないといけなくて、そのためなら、なんだってがんばれるのよ!
わたしはしまちゃんのいもうとだけど、ちかちゃんがうまれて、わたしはおねえちゃんになったの。わたしはおねえちゃんなんだ! ちかちゃんのためなら、わたしはがまんもできるし、ちかちゃんがないてたら、なんでもしてあげるの!」

ダイヤ「すごい! いいなあ。いもうと、うちにもこないかなあ!?」



ダイヤ「いもうとがほしい——。ひとりはもう、いやなの。いもうとがいれば、おうちのこともがんばれる。つらくてもがまんできる。つよくなってまもってあげるんだ——」

それが、最初の——、いちばんめのねがいごと。
ひと際強く、光が瞬いた。

その日、わたくしに妹が出来た。
母はそれが当たり前のように、昔からそうだったように、わたくしたち二人を連れて家に帰った。ただ一つ、姉妹二人で黙って外に抜け出したことへのお小言だけ頂戴した。

妹の名前は黒澤ルビィ。わたくしの大切な妹だ。
 
27: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:31:15.39 ID:qgabCeFi
◇⑧

果南さんに送って頂き内浦に戻る。

とてつもなく長く感じたものの、実際には果南さんが言っていた通り、日付を跨ぐくらいの時間だ。慣れない泳ぎといくつかの事実を思い出した衝撃で、身体は疲労困憊にあり頭も重い。しかし、今日はまだやるべきことがある。

こっそりと自宅に戻る。広い敷地はこのような時に便利だ。セキュリティさえ事前に把握しておけば、誰にも気付かれることなく自室までたどり着ける。静かに襖を開ける。
二人とも分かっていたのだと思う。ルビィが待っていた。

ルビィ「お帰りなさい、おねえちゃん」

ダイヤ「……ルビィ。起きても大丈夫なのですか?」

ルビィ「うん。おねえちゃんこそ大丈夫? 疲れてない?」

ダイヤ「そうですね。疲れてないと言うと嘘になりますが、それより今はあなたと話したい。——ルビィ、あなたは知っていたのですか?」

ルビィ「ううん。ルビィも忘れてた。おねえちゃんが思い出したからかな。ルビィもさっき突然分かったの。ルビィは海の涙——。奉られていた宝玉だった」

ダイヤ「ルビィ……」

ルビィ「でもね、おねえちゃんに会えて、おねえちゃんのねがいごとが聞けてよかった。おねえちゃんの家族に、妹になれて、ほんとうによかった」

ダイヤ「ルビィ——、ではあなたは、わたくしの……。妹がほしいというわたくしの願いを、今までずっと……! ずっと、かなえ続けて……」

ルビィの笑顔、泣き顔。困った顔、嬉しそうな顔。今まで過ごしてきた時間すべてが宝石のようにキラキラと輝いている。

ダイヤ「……ずっと、わたくしのために——」

ルビィ「泣かないで、おねえちゃん。ルビィはね、ずっと幸せだったよ」

ダイヤ「ルビィ……?」

ルビィ「ルビィもずっと一人だった。何十年もずっと、祠の中で寂しく誰かを待ち続けていたの。ずっと、暗くて狭いところで、誰の声も届かなかった」

ダイヤ「……」

ルビィ「そこに、おねえちゃんがやってきたの。おねえちゃんの純粋な願いはすぐに伝わってきた。ルビィも同じ気持ちだったよ。——ひとりはイヤだって」

ダイヤ「ルビィ……」

ルビィ「それで、ルビィはおねえちゃんの妹になった。それからはずっと一緒だったね。おねえちゃんはそれから、ずっと頑張ってた。
ルビィ、見てたよ。つらいお稽古も、おうちのことも、学校のことも——、おねえちゃんずっと頑張ってたよね。ルビィのこと、守ってくれたよね。ルビィ、弱虫だし、習い事も上手くできないし、すぐ泣くから、おねえちゃん、大変だったよね」

ダイヤ「いいえ……! 大変なことなんてありません。ルビィ、あなたがいてくれたから、ひとりじゃないから、わたくしは頑張れたのです! あなたがいなければわたくしなど——」

ルビィ「おねえちゃんはたくさんのこと、頑張って、おかあさんやおうちの人に認められるようになっていった。自信もついて、色んなことを出来るようになっていった。
果南ちゃんや鞠莉ちゃんと知り合って、一緒に笑い合えるおともだちも出来た。ルビィはダメダメだったけど、ほんとうにずっと、楽しかったね——」

ダイヤ「ルビィ……」

ルビィ「まさか、おねえちゃんと一緒にスクールアイドルが出来るなんて思いもしなかった。しかもラブライブで優勝できるなんて! ルビィの夢、叶っちゃったなあ。これってキセキだよね!」

ダイヤ「……」

ルビィ「でも、もうそろそろ、お別れみたい」

ダイヤ「! そんな……!」
 
28: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:34:25.07 ID:qgabCeFi
ルビィ「もともと海の涙は、誰かの願いをかなえるとその場で消えてしまうものなんだ。そしてゆっくり時間をかけて、またどこかの海で生まれるの。

おねえちゃんがずっとルビィと一緒にいたいと願い続けてくれたから、十年以上も一緒にいることが出来たけど、そろそろ限界だったんだ。このところ身体の力が急に抜けちゃうのも、その前触れだったんだと思う」

ダイヤ「何とも……なりませんの?」

ルビィ「……うん。おねえちゃんの願いの強さに関わらず、じきにルビィは消える。むしろラブライブ決勝を何事も無く過ごせたのが最後の輝きだったんじゃないかな。
今になって思うと、おねえちゃんの想い、すごかったもん。ルビィへの気持ち、ラブライブへの気持ち、Aqoursへの気持ち、すごく伝わってきたよ」

ダイヤ「ルビィ……」

ルビィ「最後に……おねえちゃん、おねがいごと、聞かせてくれる?」

ダイヤ「願い事を?」

ルビィ「うん。ルビィも、おねえちゃんも、海の涙のことを思い出したから、前よりもっと、自覚的に力を使えると思う。このままいつか立つことも出来なくなって、ベッドの上で消えていくくらいなら、おねえちゃんの為に、最後に力を使って消えたいの」

その瞳。まったく、誰に似たんだか。気弱なくせに頑固で、覚悟を決めたら誰の言うことも聞かずに貫き通す。

それでわたくしも覚悟を決めた。お別れの時だ。どうせ最後なら、やりたいことをやりたいようにやる。スクールアイドルが教えてくれた。悔やまない生き方がしたい。
ルビィがいなくなるのなら、最高の思い出を、消えない生き方をわたくし自身に刻み付けるまでのこと。
そうしたら、この先、わたくしとルビィはずっと一緒に生きていける。

ルビィ「おねえちゃんの、ねがいごとはなあに?」

ダイヤ「わたくしの願いは——」

——ルビィ、もう一度あなたとライブがしたい。

そして、出来れば世界中のみんなに伝えたい。あなたが教えてくれたことを。
あの頃のわたくしのように、ひとりで孤独に膝を抱えているみんなに届くように。
ひとりじゃ、ないよって——
 
29: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:37:33.37 ID:qgabCeFi
◇⑨

次の日からラストライブに向けた準備が始まった。

ルビィは久しぶりに学校に登校した。
もちろん、全てが元通りという訳では無い。願いの方向性の問題だ。わたくしたちは、出来る限り長く一緒にいることより、時間は短くとも最高の思い出を作ることを選んだ。限られた時間ではあるが、これでルビィはスクールアイドルとしてのパフォーマンスが出来る。

Aqoursのみなさんには全て説明した。果南さんにも口添えして頂いたが、なぜか皆、すんなりと納得してくれた。こんなに信じがたい話なのに? もしかしたらルビィの力が働いたのかもしれないが、ともあれ有難いことだ。
ルビィのラストライブに向け、Aqoursは活動を始めた。

ライブはルビィの体力を考え、一曲だけと決まった。

時間は無いし、一曲だけということもあり、告知はごく限られた範囲とした。浦女のみんな、家族、Aqoursを支えてくれた方々。千歌さんたちのファーストライブと比べてもごくごく少ない。
それでも、いつもわたくしたちの——ルビィの側にいて、愛してくれた方々だ。精一杯伝えたい。

我が儘を言って、今回はわたくしとルビィに作詞を任せて頂いた。伝えたいこと。ルビィが教えてくれたこと。おそらく一度きりしか歌われない歌に、全てを込めた。

——not ALONE not HITORI。
ルビィの歌だ。

作曲は梨子さんが担当してくださり、素晴らしいものが出来上がった。
カントリー調の優しい旋律。ルビィにぴったりな曲調だった。

振り付けは果南さん。
ルビィの体調でも出来るよう、振り付けは簡単なものにしてくれたのだろう。表向きは曲のテーマに合わせ、見ているみんなに真似してもらえるようなものを、ということだったが、もしかしたらルビィにはバレているかもしれない。あの子は見かけによらず聡い子だ。

ルビィ「えへへ、ルビィのセンター曲だ。うれしいなあ」

ルビィは久しぶりのスクールアイドル活動に嬉しそうに練習した。花丸さんや善子さんとも大げさにはしゃいでいた。わたくしは噛み締めるようにルビィとの最後の日々を過ごした。
瞬く間に日々は過ぎ、あっという間に週末、ライブ本番の日がやってきた。
 
30: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:40:40.44 ID:qgabCeFi
◇⑩

ダイヤ「ルビィ、みなさん、準備は大丈夫ですか?」

頷くAqoursの面々。

ライブは一曲だけ。衣装は制服。会場は浦女の体育館。ごくわずかな観客。わたくしたちは振り付けに合わせ、後ろ向きで待機している。幕が上がると一瞬だ。
ルビィの表情は——、こちらからは見えない。

幕が上がる。

not ALONE not HITORI。
この日の為に作ったイントロが流れ出す。
イントロに合わせてAqoursの皆が順に振り向いていく。歌い出しはルビィから。
わたくしの番になり、観客の方を振り向く。思わず目を開く。

そこには、満員の観客と、虹色のペンライトの海があった。

同じように驚くAqoursのメンバーの気配が伝わる。
ルビィの為に? たった一曲の為に、こんなに?
優しくわたくしたちを照らしてくれる光はこう言っていた。
——ひとりじゃないよと。

歌が始まる。歌い出し——Aメロはすべてルビィのパートだ。

——どんなに遠くても大丈夫だよ。ぜったい、とどけたい、このきもち……
ルビィは泣いていた。泣きながら歌っていた。この光景を見て、必死で涙をこらえようとしながら。

スクールアイドルはむしろファンに支えられているのかもしれない。わたくしたちは見ている人に何を与えられていたのだろう。パフォーマンスをしながら、気付けば、ファンの方々に多くのものをもらっている。教えてもらっている。伝えてもらっている。
大好きだと、ひとりじゃないと。

みんなに優しく見守られながら曲は続いていく。気付けば、梨子さんや善子さんも泣いていた。

最後のサビだ。再びルビィのソロパート。
——ひとりじゃない ひとりじゃない——
いつの間にか泣き止んだルビィが力強く歌いあげる。それに応えるようにAqours全員で最後のサビを歌う。

ああ、あなたと、このステージに立てて、本当によかった。Aqoursだけではない。集まってくれた観客の方々、支えてくださった方々。みんなの大好きがこのステージを作り上げている。

ルビィの最後のステージが幕を下ろした。

わたくしたちはみんなにちゃんと伝えられたでしょうか——、あなたにはたくさんのものをもらってばかりでしたね、ルビィ。
 
31: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:43:47.66 ID:qgabCeFi


その時、不思議なことが起こった。

Aqoursのことを知っている人々、Aqoursのライブを見たことがある人に、どこからか歌が聞こえたのだ。
ある人は気のせいかと笑い、ある人ははっきり聞こえたと主張する。
ある人は言った。
——Aqoursが歌って、伝えてくれた気がする。ひとりじゃないと。

理亞「ねえさま、私、ヘンになったと思う? 何故か、ルビィが、Aqoursが歌ってる気がするの。Aqoursは内浦にいるはずなのに。大切なことを伝えてくれてる気がするの。……何故か、涙が、止まらないの」

聖良「いいえ、おかしくはありませんよ。だって、私にも、聞こえているのですから」

理亞「私ね、ねえさまが卒業しても、スクールアイドル、続ける。Saint Snowは終わってしまったけど、新しい仲間を探して、ルビィたちに負けないグループを作るの」

聖良「理亞……」

理亞「ねえさまと離れてしまうのは寂しいけど、わたし、頑張る。だって、ひとりじゃないから。ねえさまが、ルビィたちが、離れてても側にいるって教えてくれたから——」
 
32: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:46:55.98 ID:qgabCeFi
◇⑪

花丸「ルビィちゃん、お疲れさま」

ルビィ「花丸ちゃん……、うん。ありがとう。一緒に歌ってくれて。今まで、ありがとう」
花丸「もう、お別れなの……?」

ルビィ「うん。今日で、おしまい」

花丸「どうしても?」

ルビィ「——うん。ごめんね」

花丸「そっか……」

ルビィ「……」

花丸「マルね、ずっと思ってた。所詮人はひとりだって。どんな人だって、ひとりで生まれて、ひとりで死んでいくんだって。……ルビィちゃんに会うまでは」

ルビィ「花丸ちゃん……」

花丸「はじめての、おともだちなの。ルビィちゃんがマルに教えてくれたの。ひとりじゃないって。誰かと出会う前から、誰かと仲良くなる前から悟ったふりをして諦めてたマルを変えてくれたの。出会いは宝石だって、教えてくれたの」

ルビィ「……」

花丸「今度はね……、こんどはっ、マルがルビィちゃんを見つけて、お願いをするよ。マルと、……おともだちになってくださいって……っ。また会える日まで、マル、ルビィちゃんに胸を張れるように生きていく。だから、またマルに会いに来てね……」

ルビィ「うん、約束」

花丸「……うんっ」

ルビィ「花丸ちゃんのこと、よろしくね。善子ちゃん」

花丸「——!」

善子「……気づいてたのね」

ルビィ「ルビィもね、二人に会えてよかった。……ルビィはおねえちゃんの願いでルビィになった。おねえちゃんの願いがルビィの存在する理由だった。だけど、二人に会えて、ルビィだけの願いが出来たの。おねえちゃんの願いとは関係ない、ルビィだけの生きる理由。

花丸ちゃんと善子ちゃんと、もっと一緒にいたい。もっともっと仲良くなりたいって。
——ねえ、楽しかったよね」

善子「……ええ。あなたたちに出会えて、一緒にスクールアイドルが出来て、とても、楽しかった。私たちは、最高の友達で、仲間だったわ。不運な私には——もったいないくらい」

ルビィ「……うん」

花丸「マルも、三人で一緒に過ごした時間は、宝物だよ。絶対に忘れない」

ルビィ「三人で歌った、Waku-Waku-Week! 楽しかったよね。たくさんのはじめてを、三人で一緒に冒険したね」

善子「そうね……。ギャーギャー言いながら、泣いて、笑って、三人とも臆病だから、恐る恐る手をつないで」

花丸「今日は終わりじゃないよ。きっと、いつの間にか、また始まる。終わりは始まりだもん。だから、マル、笑顔でお別れしたい」

善子「ええ。ルビィ、わたしのリトルデーモン。今日までありがとう」

ルビィ「うんっ! ルビィこそ、ありがとう! 善子ちゃん、花丸ちゃん!!」
 
33: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:50:45.57 ID:qgabCeFi
◇⑫

全てが終わった。

最後のライブは暖かい拍手と声援に包まれ、ルビィは笑顔でお礼を告げた。
気を利かせてくれたのだろう。Aqoursのみなさんは先にルビィとお別れを済ませ、最後に二人きりにしてくれた。

ずっと練習してきた学校の屋上。Aqoursとして一番長い時間を過ごした場所。
たくさん頑張ってきた時間が愛しいのは、きっと、隣に愛するあなたがいてくれたから。

錆びた音のする鉄扉を開けると、黄昏の夕日とフェンスを背に、ルビィが待っていた。

ダイヤ「ルビィ……」

ルビィ「おねえちゃん、終わったね」

ダイヤ「ええ、ルビィ、立派でしたわ」

ルビィ「えへへ、ちょっと泣いちゃったけど」

ダイヤ「いいのですよ。ありのままのあなたで。ありのままのAqoursで。だからこそ好きになって頂けたのでしょう。わたくし、恥ずかしながら知りませんでした。あんなにわたくしたちが皆さまに愛してもらえていたなんて」

ルビィ「ルビィも……。みんなの暖かい気持ち、虹色の光からすごく伝わってきたね」
 
34: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:53:51.52 ID:qgabCeFi
ルビィ「おねえちゃんに言いたかったことがあるの」

ダイヤ「ええ、何ですか」

ルビィ「Aqoursって、色んなキセキを起こしてきたね。廃校を止めることは出来なかったけど、今になって思うと、すごいことをしてきたなって」

ダイヤ「——そうですわね」

Aqoursとして過ごした輝く季節は一生の誇りだ。

ルビィ「ルビィは誰かの願いをかなえることが出来る。でも、ラブライブ優勝も、入学希望者の数も、ルビィの力は関係ない、おねえちゃんたちだけの力だから、心配しないでね。……不正とかおねえちゃん、キライだから」

ダイヤ「そんなこと、どうでもいいのです……! わたくしはただ——」

正しくなくとも、あなたともっと一緒にいたい。けれど、叶わないことは、口にしない。それはルビィを困らせるだけだ。

ダイヤ「ルビィ、今までありがとうございます。こんなに弱いわたくしの、側にずっといてくれました。あなたがいたから強くなれたのです。なりたい自分になろうと歯を食いしばってこれたのは、あなたのおかげでした。あなたに出会えてよかった。わたくしの妹になってくれて、ありがとうございます」

ルビィ「ルビィこそ、今までありがとう。おねえちゃんはルビィに命をくれた。ずっと側にいて、たくさんの優しさを、笑顔をくれた」

人はひとりで生きられない。誰かのことを大切にするから、誰かと分け合うから、喜びは生まれると知った。

あなたがいなければ、きっとわたくしは一人のままだった。
あなたはわたくしに、全てをくれた。

ルビィ「ねえ、最後に、おねえちゃんの、おねがいごと、教えて? ルビィじゃなくて、おねえちゃんがこれからの人生で叶えるねがいごと。おねえちゃんの為のねがいごと」

ダイヤ「そうですね——」


「あなたが教えてくれたことを、今度はわたくしの声で伝えたい。
孤独を感じている世界中のすべてのひとに、わたくしの声を届けたいのです。
あなたが歌ったように、ひとりじゃないと」


もっとずっとあなたと一緒に生きたい。その願いは口にしない。
代わりに誓ったのは、強がりなわたくしの、いちばんめのねがいごと。わたくしがこれから叶えていく生きる意味。

ルビィ「うんっ! おねえちゃんなら、きっと叶うよ!」

ルビィは笑顔で大きく頷いてくれた。
 
35: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:54:57.08 ID:qgabCeFi
日が落ちる。

ルビィ「ねえ、おねえちゃん、ルビィの我が儘聞いてくれる?」

ダイヤ「ええ、仕方ありませんね……」

ルビィ「ルビィのこと、撫でて」

ダイヤ「ええ、これでいいですか」

ルビィ「もっと」

ダイヤ「まったく、いつまでたっても子どもなんですから——」

ルビィ「ルビィのこと、抱きしめて」

ダイヤ「ええ」

夕陽に屋上が赤く染まる。いつまでそうしていただろう。永遠のような、一瞬のような日々だった。

ルビィ「もう、大丈夫だよ」

ダイヤ「……」

ルビィ「おねえちゃん、後ろ向いて」

ダイヤ「はいはい」

ルビィ「おねえちゃん」

ダイヤ「もう、今度は何ですか」

ルビィ「——だいすき」

ダイヤ「ルビィ——」

振り向くと、もうそこにルビィはいなかった。
ルビィがいたその場所には、願いをかけるように、まるで未来を導く光のように、一番星がひとつ、浮かんでいた。
 
36: (はんぺん) 2022/06/04(土) 16:59:02.15 ID:qgabCeFi
◇⑬

ルビィは消えた。

それと同時に皆からルビィの記憶が消えていた。Aqoursのメンバーも、わたくしの家族も例外ではない。写真やインターネット、新聞の記事からも消えていた。もともとそんな人間はいなかったかのように。

何となくそんな気はしていた。最初にルビィが妹になった時も記憶の上書きが起きたのだ。ルビィが消えた時も同じことが起きたのだろう。

ルビィのことを覚えているのはわたくしただ一人。それでも、Aqoursの皆や、親しい人には、ルビィの記憶自体は無くても、ルビィと過ごした日々の影響は残っているようだ。
花丸さんや善子さんは少し変わったように感じる。前よりもしっかりとしてきて、Aqoursの皆を驚かせている。

ルビィがくれたものは今もこうして皆の中に息づいている。もちろん、わたくしの中にも。
 
37: (はんぺん) 2022/06/04(土) 17:02:10.97 ID:qgabCeFi


果南「やあ、お待たせ」

ダイヤ「果南さん、ありがとうございます」

果南「驚いたよ。海の祠に連れてけなんてさ。ダイヤ、祠のこと知ってたっけ?」

ダイヤ「ふふ、果南さんに教えて頂いたのですわ」

果南「??」

遠い昔、わたくしの願いはかなっていた。

果南さんと祠を暴いた夜から、祠はそのままになっていた。今は誰にも気付かれていないようですが、一応扉を塞いでおく必要はある。

そろそろ暖かくなってきたある日の昼、わたくしは果南さんにお願いして、海の祠を塞ぎに行った。干潮は日に二回。今回は夜では無く、日中に行くことにした。どのみち宝玉は無いのだ。ばれたら開き直ってしまえばいい。宝物はもう胸の中にある。

日の下で見る祠は予想以上にこじんまりとしていた。これではずっと待っていたルビィも寂しかったでしょう。

果南「え、なになに!? 扉開いてるじゃん!!? これ、ダイヤが?」

ダイヤ「ええ、実はこっそり。今日は隠蔽工作です」ニッコリ

果南「うそーん……」

驚きはしても責めたりしない果南さんに苦笑する。本当にお人好しなのですから。
そんなあなたの大きく広い心に、いつも助けられてきました。ああ、わたくしたちの周りはいつも、本当に素敵な出会いに溢れていた。

果南「ん? それ、なに? 扉をふさぐのは分かったけど、何か入れるの?」

ダイヤ「はい。どうせなら、願いごとでも奉納しようかと」

果南「あ、それ絵馬か。さっきショップで買ってたやつ?」

ダイヤ「ええ。ですが、神頼みではありません。これは誓いです。わたくしの願いは、わたくし自身で叶えます。わたくしに大切なことを教えてくれたあの子に、見ていてもらわなければ。——わたくしの願いは、現実になりますの」

果南「よく分かんないけど、ダイヤが真剣なことは分かった。手伝うよ」

ダイヤ「果南さん……、ありがとうございます」

非力なわたくしは果南さんにフォロー頂き、悪戦苦闘しながら、木材に釘を打ち付ける。祠の中には、無事わたくしの願いごとが納められた。

絵馬には、あの赤い世界でルビィに伝えたままを書いた。いちばんめのねがいごと。あなたがくれた生きる意味。見ていてください、ルビィ。

一番星に願いをかけた夕方。ひとりで膝を抱えた夜。眠れないならと、みんなと騒いだオールナイトのパーティ。それもいつか終わる。孤独な夜も、賑やかな夜もいつかは終わり、また新しい朝がやってくる。

さあ、そろそろ走り出しましょう。
 
38: (はんぺん) 2022/06/04(土) 17:03:08.16 ID:qgabCeFi
◇エピローグ

『こんばんは。みなさま、初めまして。本日のパーソナリティを務めます、DJダイヤと申します。冠番組を頂くのは初めてで、いささか緊張しておりますが、楽しい時間をお届けできるよう精一杯頑張ります。本日はよろしくお願いいたします』

果南「いやー、ダイヤも遂にラジオでパーソナリティデビューか。まさかこんなことになるとは高校生の私たちに言っても信じないだろうなあ」

鞠莉「そうね。まだ信じられないくらいよ。聞きなれたダイヤの声がラジオから聞こえてくるなんて。これ、全国に流れてるんでしょう?」

果南「そうらしいね。全国で聞けるし、インターネットなら世界中でも聞けちゃうんだって。善子が言ってた」

鞠莉「あら、イタリアに出張の時もダイヤの声が聴けるなんて。これなら海外出張も楽しく過ごせそう」

果南「しっかし、DJとはね。最初聞いた時は何事かと思ったよ。ラジオパーソナリティのことだったんだね」

鞠莉「そうね。今となってはターンテーブルをスクラッチするクラブDJのイメージが強いけど、DJとはもともとディスクジョッキー——CDやレコードで音楽を流す人という意味だから。
でも、ダイヤもスクラッチの練習はしてるみたいよ。今度DJのイベントに出るみたい」

果南「本当に? こっちは戦隊もののヒロインのオーディション受けるって聞いたけど」

鞠莉「ワーオ、アメージング……」

果南「とにかくラジオパーソナリティがやりたくて、知名度が欲しいんだって。あのダイヤが芸能界とはね……。ダイヤに何があったんだか。よく黒澤の家も許したよね」

鞠莉「ふふっ、そうね。でも本気になったダイヤは誰にも止めることは出来ないわ。覚悟を決めるだけの何かがあったんでしょうね。ご両親とも相当バトルしたんじゃないかしら」
果南「あっちはあっちで堅いからね」

鞠莉「——でも、ダイヤは夢を叶えた。硬い意志で努力を重ねて、こうして世界に声を届けている」

果南「頑張ってたよね。まさかダイヤがここまでくるとは。ダイヤの大冒険って感じ?」

鞠莉「ふふっ、なあに、それ? 千歌っちみたいなこと言って。でも、そうね、ダイヤからすればこれまでの道のりは大冒険だったでしょうね。本人はまだまだですわって言いそうだけど」

果南「聞いてる限りトークもいい感じだし、番組としてもよさげっぽいけどね」

鞠莉「あら、もうそろそろ終わりみたい。あっという間ね」

果南「そう感じるのはダイヤの実力もあってのことなんだろうね。流石というか」


『さて、そろそろお別れのお時間が近づいてきました。ここで、ひとつだけお話しさせてください。

僭越ですが、わたくし、DJダイヤには夢があります。
どんなに遠くても、たとえ会えなくても、世界の果てまでも、聞いてくれているあなたに、わたくしの声を届けたいのです。

ひとりにはさせません。ずっと一緒にいます。
疲れたとき、寂しいとき、もう駄目だって思ったとき、何もかも投げ出したいと思ったとき、わたくしのことを思い出してください。
わたくしはこうして、声を届け続けます。

本日は本当にありがとうございました。
それでは、また来週お会いしましょう。

それでは今週はこの曲でお別れです。あなたにきっと、届きますように。
LONELY TUNING——』

〈了〉
 
39: (はんぺん) 2022/06/04(土) 17:06:17.06 ID:qgabCeFi
◆あとがき、補足、あるいは蛇足

最後まで読んで頂きありがとうございました。
黒澤姉妹×ダイの大冒険でした。

今更ではありますが、降幡愛さん、『ダイの大冒険』ゴメちゃん役、おめでとうございます。

大好きだったダイ大が再アニメ化し、ゴメちゃんの声をふりりんがあててくれるなんて……。ふりりんもっと声優として売れてほしいですね。水のエレメントしゃんも演ったし、次はプリキュアメインキャストになってくれんかな……。

前作が長すぎた反省を活かし、短めにしようと思ってたらあれやこれやと32,000字超……。それでも前作の半分強くらいの分量ではあるのですが。
もしも本作を気に入って頂けましたら、是非過去作『white island』も読んで頂けると嬉しいです。
【SS】曜「私と梨子ちゃんとでラブソングをデュエット!?」【ラブライブ!サンシャイン!!】
■約60000文字■SS「white island」 ◇④-0/③-1 曜「え!? 私と梨子ちゃんとでラブソングをデュエット!?」 千歌「うん! 今度のクリスマスライブでね」 曜「ええっ!! そんな急に……」 梨子「そうよ。いきなりラブソングとか言われても……」 千歌「ええーー、二人なら絶対素敵なのに! 大丈夫だよ!」 曜「いやいやいや……」 ダイヤ「もう千歌さん。二人とも戸惑っているではありませんか。一から説明しなくては」 千歌「うー……、はい。じゃあダイヤさん、お願いします」 ダイヤ「はい、では皆さん、聞いてください。ほら、曜さんも座って」 曜「は、はい」


黒澤姉妹の死別モノは大体ダイヤが早逝することが多いのですが、今回はゴメちゃんつながりでダイヤが残る形となりました。
ダイヤさんの生き様、気に入って頂ければ嬉しいです。

以下は今回の主要メンバーと楽曲に関するコメントです。もしよければお付き合いください。
 
40: (はんぺん) 2022/06/04(土) 17:09:23.68 ID:qgabCeFi
●黒澤ダイヤ

今作の主人公。覚悟ガンギマリ侍のダイヤさんです。

お堅いなどと言われることも多いですが、ダイヤさんはすごく強い人間だと思います。
自分に厳しく、他人に厳しくも甘く優しい。ダイヤさんはアニメ開始時点で人間的にはある程度完成されているのですが、おそらくもともとは強い人間では無かったんじゃないかな。彼女の弛まぬ努力により、後天的に能力と自信を身に付けていった。周囲の期待をその背中に背負って、誰かの為により強くなれるタイプ。素敵ですね。

ダイの大冒険原作では、主人公であるダイがゴメちゃんにまた出会えたら友達になろうと言うのですが、ダイヤさんは覚悟が決まりすぎているので、その役目は花丸ちゃんとなりました。

今作のもともとの仮タイトルは『ダイヤの大冒険~わたくしがDJになった理由~』でした。副題はレトロゲームのパロディですが、エピローグのネタバレがすぎるのでボツとなりました。DJダイヤは、EDM系のAZALEAや小宮さんのDJ活動の要素から出てきたキャラ付けですが、自分なりにダイヤがDJになる過程を、楽曲に絡めて描いてみました。

何を隠そう拙者、中の人要素がキャラクター設定に逆輸入されるのが大好物でござる…!
DJダイヤ、ドリカラMVのふりりんのカメラポーズ、Aqoursマガジンの曜ちゃんのコンバースなど……。キャラとキャストが二人三脚で活動を続けるラブライブでしかない魅力のひとつかなと思います。

同様に小宮さんがダイヤに寄り添う姿勢も大好きです。ドリコンday2の絵馬の話、すごくグッときました。ラストの絵馬のエピソードはこの話がもとになっています。

●黒澤ルビィ

まさかの人外。神の涙ならぬ海の涙。

ルビィちゃんってかなり振り幅が大きいキャラクターで、媒体、時系列で様々な面を見せてくれる。ソロ楽曲3曲のバラバラな方向性からしても、様々な魅力が伝わってきますね。今回は『1star』の聖母ルビィちゃんのイメージで、超自然的な感じを出してみました。

ルビィちゃんは幼い言動からの成長・行動のギャップが魅力のキャラクターなので、なかなかモノローグを書くのが難しい。いつか挑戦してみたいですね。
 
41: (はんぺん) 2022/06/04(土) 17:12:31.68 ID:qgabCeFi
●松浦果南

めっちゃいいやつだな、果南ちゃん…。

ダイヤの親友兼、幼いダイヤを知る人兼、海の涙伝説の語り手と、サブキャラとして大活躍。
海の涙の設定を語るところはちょっと民間伝承、伝奇ものっぽく仕上げてみました。果南ちゃんのご先祖めっちゃ強そうだよね…。トリコみたいな感じ。

●高海美渡

まさかのみとねえ登場。
幼いダイヤちゃんに「妹はいいぞ」と吹き込む内浦のシスコンアンバサダー。

みとねえって千歌ちゃん大好きだよね…。あーたこーだ言いながらもシスコンを隠し切れないみとちかも、大人の感じで優しく見守るしまみとも良き。

知ってるか? 十千万の三姉妹 10×1,000×10,000は魅力一億倍なんだぜ…。


●not ALONE not HITORI

待望のルビィ単独センター曲。死ぬほど好きな曲です。

Twitter等でも言われていましたが、降幡さんがトークの実力のみで掴み取ったセンター曲。
ラブライブANNや、様々な場面でAqours、ひいてはラブライブシリーズを支えてくれた降幡さんが、色んなものを貰ってきたルビィちゃんにプレゼントを贈り返してあげたようにも感じます。

そして6thOCEANstage day1。ドームにかかった虹を見て、降幡さんが泣きながら歌ってくれた場面はきっと忘れることは無いと思います。

Aqoursに会いたくても会えない期間、それは無明の夜のようでした。
Aqoursに伝えたかった。会えない時間も、Aqoursの音楽は自分たちの側にいてくれて、しんどい毎日を支えてくれたことを。Aqoursが大好きだってことを。

降幡さんの涙は、自分たちの気持ちが伝わったということを教えてくれた。たとえ声が出せなくても、大好きは伝わると。Aqoursから一方的にもらうだけじゃなく、自分たちからも何かを返すことが出来た。虹色の光の一員となれたこと、とても嬉しく感じました。次はピンク一色で染めたい気持ちもありますが…。

すみません、語りすぎました。
円盤はday1も収録してくれよ…! 頼むぞ運営…!!
 
42: (はんぺん) 2022/06/04(土) 17:13:29.38 ID:qgabCeFi
●LONELY TUNING

AZALEA楽曲。当初は隠れた名曲、社畜応援ソングの立ち位置だったのですが、アゼの1stライブを経て、図らずも大きな意味を持つ楽曲となったと思います。

前述のnAnH(ノトアロ、ノアノヒと世間では呼ばれているようですね)とは、テーマ的にもラジオ・DJ要素でも共通する部分があり、最後の最後に出てくる今作のキー楽曲となりました。

実際のリリースの時系列とは逆になりますがnAnHを経て、卒業後にダイヤさんが自分なりに伝えたいことをこの歌にしたというのが本SSでの解釈です。その為やや牧歌的で抽象的なnAnHに比べ、LTの方が現実世界・社会人っぽさを感じます。
ダイヤさんに癒されてえ…。

●ダイの大冒険

めちゃめちゃハマった漫画です。
構成の巧さ、ドラクエの設定の漫画への落とし込み、敵味方共に芯の通った魅力的な登場人物と全てのキャラクターに見せ場のあるドラマ性…。

細かすぎて伝わらない好きなところを言います。ダイがゴメちゃん(神の涙)と初めて会うとき、幼いダイがちょうちょを追いかけているところを見守るブラスじいちゃんの笑顔が死ぬほど好きです。

みなさま是非アニメもよろしくお願いします。筆者はポップ推しです。閃光のように…!
 
43: (はんぺん) 2022/06/04(土) 17:16:38.53 ID:qgabCeFi

最後の最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。
また、前作についても、コメント頂きありがとうございました。

自分の趣味全開で書いており、しかも長いので、最後まで読んで頂けるのかというのが常に不安なのですが、自分の書いたものに反応を頂けるのは嬉しいことですね…。

次回はショートギャグとかで10,000字以下におさめたいのですが…。
それではこのへんで。ありがとうございました。
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1654323442/

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