【SS】花帆「梢センパイが蛸になっちゃった……」【ラブライブ!蓮ノ空】

SS


1: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 20:56:48.83 ID:UlRvM/jo
花帆「ふぅ! これで日直の仕事終わり! 早く部室に行こうっと!」

えな「あ、花帆ちゃん。お疲れ~」

花帆「お疲れ~。みんな合唱部には行かないの?」

びわこ「これから行く予定なんだけど、ちょっと花帆ちゃんにお願いがあって……」

花帆「お願い? いいよ! あたしにできることならなんでも言って! 大船に乗ったつもりでいてよ!」

しいな「ありがとう。えっとね、実は乙宗先輩に伝えて欲しいんだけど……」

花帆「うんうん。なにかななにかな!」

しいな「ここにいつものお願いしますって伝えて欲しいの」スッ

花帆「いつもの……? タッパーを梢センパイに渡せばいいの?」キョトン

びわこ「うん。花帆ちゃんは貰ってないの?」

えな「大丈夫でしょ。だって、乙宗先輩がいつも隣にいるんだから」

びわこ「あ、それもそっか。じゃあお願いね!」

花帆「はぁ……うん。承知しました~?」

花帆「……クッキーでもみんなに配ってるのかな? だとしたら、あたしも欲しいっ!」ダッ
 
2: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 20:57:48.41 ID:UlRvM/jo
──

花帆「こんにちは! あたしもいっぱいクッキー欲しいです!」ガララッ

さやか「あ、花帆さん。藪から棒にクッキーとは何ですか?」

花帆「さやかちゃんさやかちゃん!」

さやか「なんですかなんですか?」

花帆「クッキーだよ! クッキー!」

さやか「クッキーですか、そうですか……。え、どういうこと?」

綴理「さや。クッキーっていうのは甘くて食感が楽しいお菓子のことで──」グニグニ

さやか「あぁいえ、そういう話ではなく……」

花帆「梢センパイがお菓子をみんなに配ってる疑いがあるんだよ! あたしたちもこの勝ち馬に乗るしかない!」

綴理「そうなんだ。ボクも欲しいな。クッキー」グニグニ

花帆「って……綴理センパイ、何ですか? その蛸のぬいぐるみ。そんなの部室にありましたっけ?」

綴理「うん? 何言ってるのかほ」

花帆「え?」

さやか「そうですよ。敬愛する先輩の顔も忘れてしまったんですか?」

花帆「先輩……?」

蛸「『花帆さん!』」ビューッ

花帆「うわあっ! 墨吐いたぁ!? なにこれ! 本物の蛸じゃん!」
 
3: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 20:58:48.72 ID:UlRvM/jo
綴理「今日のかほ、ちょっとおかしい?」

花帆「いやいやっ! おかしいも何も! どうして蛸が! 生の蛸が部室にいるんですか! 今からタコパでもするんですか!?」

さやか「蛸蛸って。見た目は蛸ですが、乙宗先輩は乙宗先輩じゃないですか。食用の蛸といっしょくたにするのは酷いです」

花帆「え、えぇ? えぇぇ……? なにこれ、あたしがおかしいのかなぁ?」

蛸『……いいえ、おかしいのは私……そして世界よ!』ビューッ

花帆「うわあ……。机がどんどん真っ黒に……。って、文字……?」

さやか「乙宗先輩。吐くなら机ではなくこちらの大学ノートにお願いします」スッ

蛸『……あぁ、『そういう』ことになっているのね……』

花帆「た、蛸が雅な文字を綴ってる……。ほ、本当に梢センパイなんですか……?」

蛸『えぇ……。私も気づいたら蛸になっていて……』

綴理「気付くも何も、そっちのこずは最初からたこ。たここずだよ」

花帆「たここず……? というか、そっちってどういう……」
 
4: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 20:59:49.78 ID:UlRvM/jo
ガララッ

梢「……」スッ

花帆「……え? 梢、センパイ……?」キョトン

蛸『……!?』

花帆「な、な~んだっ。やっぱりドッキリじゃないですか! 人が蛸に変わるなんておとぎ話みたいなこと、起こるわけない──」

梢「……」ギュッ

花帆「ふぁっ。こ、梢センパイ……?」

綴理「でた。こずのからみつく」

さやか「あれやられると痛いんですよね。肌に変な吸着痕残りますし」

梢「……」ギュウ……

蛸『花帆さんに抱き着いている私……。なんだか、変な気持ちになるわね』

花帆「ちょっ、え!? どういうこと!? というかっ、い、痛いです! ゴリラに抱きしめられてるみたいです!」

梢「……」ギリギリギリ

花帆「い、痛い……。痛い、です……。や、やめてくだ……え?」

梢「……」ジーッ

さやか「……キス、しようとしてませんか?」

綴理「……ちゅうちゅうたこかいな?」
 
5: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:00:51.01 ID:UlRvM/jo
花帆「こ、梢センパイっ。さすがに、キス、は……。それに、こんな強引に、だなんて……。い、いや、いやですっ! やめてください!!」

蛸『……っ!』ズキッ

蛸『……』

蛸『や、やめなさい! 嫌がる相手に強引にキスだなんて、そんな背徳、私が許すわけないじゃない!』ビュンッ

梢「……っ」

蛸『……っ!!』ガバッ

花帆「……や、やっと離れた。けほっ、けほっ……。わ、わぁ……梢センパイに蛸がフェイスハガーみたいに……」

さやか「大丈夫ですか花帆さん。今日の乙宗先輩はいつも以上に強引ですね」スッ

花帆「あ、ありがとう……」

綴理「二人とも、ちょっと離れた方がいい」

さや花帆「え?」ススッ

蛸『……っ!』ビューッ

梢「……!!」

さやか「……あぁ。乙宗先輩のお顔が真っ黒に……」

花帆「い、一体なんなの~……」
 
6: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:01:52.25 ID:UlRvM/jo
──

綴理「たここずは『心』。ひとこずは『体』。そんなことも忘れちゃったの?」

蛸『……心と体の二つに分かれた、と』

梢「……」ナデナデ

花帆「……ふやぁ」ポ~…

さやか「生まれた時からそう、と乙宗先輩本人から聞きましたが……。違うんですか?」

蛸『違うに決まってるじゃない。村野さんはおかしいとは思わないの? 普通、体の中に心があるはずでしょう? それが離れ離れになっているだなんて……異常よ』

さやか「そう言われましても……。だって、『そういうもの』じゃないですか」

蛸『……なるほど。心と体が離れた現状をおかしいとは思わない、そういう常識になっているのね』

梢「……」ハムッ

花帆「ふわあっ……首筋くすぐったいですよ~……」

蛸『……というか、二人は何をしているのかしら。流石に看過できないのだけれど』

花帆「何って……何なんでしょう……。あっ、梢センパイ……」ビクッ

梢「……」ハムハム

蛸『あなた、私の体なのよね。やめなさい』ビュッ

梢「……っ」ビチャ

梢「……」ム~…
 
7: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:02:53.16 ID:UlRvM/jo
蛸『何かしら。その反抗的な目つき。またフェイスにハガーするわよ。今度は鼻の穴にぶちまけられたいかしら?』

梢「……」ナデナデ

花帆「あぁ^~」

蛸『あぁ、一体何がどうして……』

綴理「よく分かんないけど、そろそろたここずとひとこず、かほは配信じゃないの?」

さやか「あ、そうでしたね。新しい振り付けをお披露目配信、だったじゃないですか」

花帆「ふわぁ~……。え、そうだったっけ」

蛸『初耳なのだけれど……』

梢「……」タッ

梢「……」ギュッ

花帆「梢センパイ……? わわっ!」グイッ

蛸『ちょっとっ! 私を置いていかないでちょうだい!』ピョンッ

花帆「うへあっ!? 頭の上に蛸ぉ!? ……なんだか、妙にしっくりくるなぁ」

バタンッ
 
8: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:03:54.53 ID:UlRvM/jo
綴理「……さて。ボクらも練習はじめよっか」

さやか「はい」

さやか「……そう言えば、心と体ってどちらが先にできるんでしょうか?」

綴理「どうしたの、急に」

さやか「いえ。何となく思ったんです。心と体は表裏一体。でも、それが別々である限り、必ずどっちが最初、どっちが次ってのはあるじゃないですか」

さやか「乙宗先輩の場合、心と体はどちらが先にできたのかな、と」

綴理「ふむ……」

綴理「それはきっと……」

さやか「きっと?」

綴理「人による」

さやか「……」ズコッ

さやか「ま、まあ、それも正解ですよね」

綴理「だから……」

綴理「たぶん、ボクの場合は体。心で悩む前に体が動くから。でも、さやの場合は心で悩んだ後体を動かすと思う」

さやか「あぁ、それは確かに……」
 
9: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:04:55.52 ID:UlRvM/jo
綴理「でも……えぇと……。ごめん、うまく言葉にできないや」オロオロ

さやか「いえ、大丈夫です。元々抽象的な問いですから。明快に答えが出たらそれはそれでおかしい気がします」

綴理「……? ちょっと、よく分からない」

さやか「まあ、今は練習に行きましょう」

綴理「うん」

さやか「……」

さやか(私たちは体の中に心がある)

さやか(体が疲れ切ってしまえば心も正常な判断ができなくなる。心が擦り減ってしまえば体も上手く動かない。だから、表裏一体)

さやか(なら、乙宗先輩は?)

さやか(別々の場所に体と心を持つ乙宗先輩は……一方が止まれば、もう片方も止まるのだろうか)

さやか(それとも……)
 
10: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:05:56.49 ID:UlRvM/jo
──

花帆「えぇと……梢センパイ、どっちが踊りますか?」

蛸『触手で踊るのは難易度が高いわね……』ペシペシ

梢「……」ポン

花帆「え? ……任せろ、って言ってるんですか?」

梢「……」ダキッ

花帆「わわっ。また……」

蛸『……』スチャッ(銃口を向けるように口を尖らせる)

梢「……」シュン

花帆「え~っと。そ、それじゃあとりあえず、配信始めちゃいますね。ぽちっ」

花帆「こんにちは~。蓮ノ空女学院のスクールアイドル、日野下花帆ですっ。本日は練習風景を配信していきま~す!」

コメント:待ってました!

コメント:生きる希望

コメント:いきがい
 
11: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:06:47.49 ID:UlRvM/jo
梢「……」ジッ

蛸『……え? 何かしら。あぁ、あなたは喋れないのね。分かったわ』

蛸『こんにちは、皆さん。乙宗梢です。今日は新しい振り付けを初披露、ということだったのだけれど……』

コメント:新しい振り付け!?

コメント:うひょひょw楽しみですなぁ~w

コメント:たここずちゃんも相変わらず可愛いねぇ

コメント:ひとこずちゃ~ん。可愛いポーズして~

梢「……」キランッ

コメント:かわヨ!

コメント:女神!

コメント:今日が俺の命日ですか

花帆(蛸の梢センパイも、人の梢センパイも自然に受け入れられてる。これが、普通なんだ……)

梢「……」チョンチョン

花帆「あ、はいっ。まずは柔軟からですよね」

梢「……」フルフル

梢「……」スッ、スッ

花帆「えぇと? 自分を見ろ、ですか?」
 
12: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:07:38.29 ID:UlRvM/jo
梢「……」グッ

蛸『……花帆さん。ここは一旦趨勢を見守りましょう』

花帆「そう、ですね……」スッ

梢「……」フーッ

梢「……っ!!」タンッタンッ

梢「……っ!!」クネクネ!!

梢「……!!」ターンッ、クネクネ!!

花帆「こ、これはぁ! すごい! 軟体動物のようなしなやかさを持ちつつも、しっかりと芯の通った振り付け!」

花帆「静と動! 緩急が巧み! 梢センパイの新境地です!!」

花帆「まるで蛸と人間のマリアージュ!?」

梢「……」ハァ、ハァ…

蛸『あれは……私が一度諦めた振り付け……。バイオミメティクス的観点からダンスに真新しさを出そうとして挫折した……』

花帆「えっ、そうだったんですか。難しいことは分かりませんけど、すごいです!」

蛸『……』

コメント:なにこれ!

コメント:見たことない!

コメント:しばらくコメントするの忘れちゃった!

コメント:これが魅入る、ってことなんだ……
 
13: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:08:00.53 ID:UlRvM/jo
花帆「わぁ~っ! すごいコメント来てる! あたしももっと頑張らないと! 梢センパイっ、今の教えてくださいっ!」

梢「……」コクリ

花帆「やったやったっ! 早く早く!」ピョンピョン

蛸『花帆さん……』

蛸『どうして私にできないことが、体だけの……ただの器にできるの……?』

蛸『じゃあ、心の私は……。花帆さん……』
 
14: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:08:42.82 ID:UlRvM/jo
──

梢「……」サッサッ

花帆「あ、梢センパイ。あたしも掃除しますよ」

梢「……」ブンブン

花帆「えぇ? 先輩にだけなんて……」

蛸『……そう言えば、あぶら石のあるところには蛸がいる、なんて言うわね』

花帆「あぶら石?」

蛸『蛸は綺麗好きなのよ。だから、ピカピカ光る石が海底にあれば、そこに蛸がいる、なんて言われているの』

花帆「へぇ~……。あれ、でもあっちは人の梢センパイですよね」

蛸『まあ、そもそも私はきっちりとお片付けするわね。蛸は別に関係ないわ』

花帆「ですよね~」

ガララッ

えな「こんにちは~」

花帆「あ、えなちゃん。みんな。どうしたの?」

びわこ「うん。合唱部の部活動が終わったから、頼んでおいた物を取りに来たの」

花帆「頼んでおいた物……?」キョトン
 
15: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:09:34.45 ID:UlRvM/jo
しいな「えっ。乙宗先輩によろしくって言ってタッパー渡しておいたじゃん!」

花帆「あっ、そうだった! 蛸やら何やらてんてこまいで忘れてた……。こ、梢センパイ! ほら、タッパーです! お願いします!!」ササッ

梢「……?」

びわこ「花帆ちゃん? たここず先輩の方だよ?」

蛸『私……?』

しいな「ここにいつも通り、タコスミをどばーっとお願いします!」

蛸『……よく分からないけれど、了承したわ』ビューッ

しいな「ありがとうございます! これで今日も安全に帰れます!」

えな「それじゃあ花帆ちゃん、乙宗先輩、さようなら!」

花帆「あ、ちょ、ちょっと待って!!」ガシッ

えな「うん? なに?」

花帆「そのタコスミ、何に使うの?」

えな「なにって……ねぇ?」

びわこ「うん。帰り道、獣に襲われた時用だよね」

しいな「うんうん。蓮ノ空って森の中だから獣もたまに見るんだよね」

花帆「確かに、カワウソを見たけど……。それとタコスミに何の関係が……?」
 
16: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:10:25.78 ID:UlRvM/jo
蛸『……いえ、花帆さん。そういうことなら分かったわ』

花帆「梢センパイ?」

蛸『蛸の墨には毒素が含まれているの。墨を当てられれば、天敵であるウツボの感覚を狂わせることが可能なのよ』

花帆「はえ~……」

えな「そういうことです。乙宗先輩の墨って獣撃退にすご~く効果があるんですよ!」

蛸『……これは喜んでいいことなのかしらね』

びわこ「それじゃあ今度こそ、さようなら~」

花帆「あ、うん。また明日~……」フリフリ

梢「……」フリフリ

花帆「それじゃあ、掃除も終わったのであたしたちも帰りますか」

梢「……」コクリ

蛸『えぇ、そうしましょうか』

蛸(蛸となった私にも、意味はある。必要とされている)

蛸(でも、こんな必要のされ方……ちっとも嬉しくないわね……)

花帆「梢センパイ」

蛸『……っ。な、なにかしら』
 
17: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:11:17.06 ID:UlRvM/jo
花帆「あたし、梢センパイみたいに賢くないけど、頑張りますからっ!」

蛸『頑張るって……なにを』

花帆「絶対、絶対、ぜ~~~ったいっ。人に戻して見せますから!」

蛸『花帆さん……』

花帆「よいしょっと」ヒョイッ

蛸『あっ……。花帆さんの頭……』

花帆「それまでは、あたしの頭の上が梢センパイの居場所です。よろしくお願いします!」

蛸『……えぇ。頼りにしているわ、花帆さん』

花帆「えへへ。梢センパイに頼りにされてるって、なんだか変な気分ですっ」トコトコ

蛸『……』

蛸(あなたの笑顔から、私はいつも勇気を貰っているのよ。花帆さん)
 
18: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:12:07.96 ID:UlRvM/jo
──

蛸(それから、蛸である私と、体だけの私、そして花帆さんの生活が始まった)

花帆「さてっ、梢センパイが人間に戻るまで、あたしも一緒に住みますね!」

蛸『寮母さんからの許可は取ったわ。色々と迷惑をかけると思うけれど、お願いね』

花帆「はいっ。あ……早速」

梢「……?」

花帆「梢センパイ、脱ぐのはまだ少し後です。お風呂場まで行ってからですよ」

梢「……」コクリ

蛸『……そう言えば、花帆さんってお姉さんなのよね。なんだか板に付いている気がするわ』

花帆「そうですか? でも実際は……支えて貰ってばかりでしたけどね。あはは……」

花帆「もしかしたら、妹たちにやりたかったお姉ちゃん欲? みたいなのが出てるのかもしれません」

蛸『そう……』

蛸『それじゃあ、お風呂でもよろしく頼むわね』

花帆「はいっ!」
 
19: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:12:59.05 ID:UlRvM/jo
──

花帆「あぁっ、ちゃんと体を洗ってからじゃないとお風呂に入っちゃだめですよ!」

梢「……」ググッ

花帆「ぬぁっ、力、つよっ!? ブルドーザーみたい~っ!?」

蛸『私も協力するわっ! 蛸の手も、いえ、蛸の足も借りたい場面ね!』

花帆「ありがとうございます!」

蛸『……で、でもっ。蛸一匹の力、では……っ!? あぁあああああっ!?』ピョーン

花帆「あぁ!? 梢センパイが吹っ飛んだ!! そして……」

チャポン

花帆「芸術的に着水した……」

梢「……『100点』」スッ

花帆「冷静に点数上げてる場合じゃないですよ! あぁ、助けに行かなきゃ……。あ、でも、蛸なら水の中の方がいいのかな?」

花帆「ん……? どんどんお風呂場が黒く……」

花帆「ゆ……で……だ……こ? 茹蛸!? あわわわわっ!!」ザバーン

花帆「大丈夫ですか梢センパイ! 美味しく煮えちゃってませんよね!!」

蛸『だ、だいじょう、ぶ、よ……』クタッ

花帆「あぁ! ちょっと美味しそうな色合いになってる! 桶に水入れて冷やさなきゃ~~~っ!!」ダッ

蛸『おふろで、はし、ると……』

花帆「……あ」ツルッ

梢「……」ガシッ

花帆「あ……梢センパイ。ありがとうございます」

梢「……」ストッ

花帆「……ふぅ。頭を打ってこの世からさよならバイバイするところだった。じゃあ梢センパイ、水に入って体を洗いましょう」
 
20: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:13:50.03 ID:UlRvM/jo
──

花帆「今は蛸の姿ですけど、食事って同じのでいいんですかね?」

蛸『う~ん。謎ね。とりあえず実験しましょう。ごはんを持ってきてくれるかしら』

花帆「はいっ。実は、さやかちゃんから特別にお夕飯を貰ってます!」ジャーン

蛸『これは……美味しそうね。だけれど、がっついては下品だから──』

梢「……」ヒョイパクッ

梢「……」モグモグ

蛸『あぁ!?』

梢「……」グッ

蛸『グッ、じゃないわよ! 素手で食べるなんてはしたないわ! あなた、本当に乙宗梢……?』

梢「……」グッ

蛸『……また、墨を吐かれたいかしら?』スチャッ

花帆「わ~~~っ!! 流石にお部屋の中はまずいですって! お掃除が大変です!」

蛸『……』ビューッ!!

花帆「うわあああああああ!!」
 
21: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:14:41.28 ID:UlRvM/jo
──

花帆「ふんぬぬぬ……」ググッ

蛸『頑張って花帆さん! もう1レップよ! スクワットはビッグ3とも言われるくらい重要な筋トレで──』

花帆「ぬぬぬ……うりゃあっ!」ガッ

蛸『すごいわ花帆さん! 自分の限界を超えたわ!』

花帆「はぁ、はぁ……。ど、どうでしたか、梢センパイ……。あたしの雄姿、見ていてくれましたか……」

蛸『えぇ、えぇっ! 筋トレとは己の対話と同義よ。一つ限界を超えれば、それは己に克ったことを……克己したことを意味するの。花帆さんは今、己に克ち、また一歩強くなったのよ!』

花帆「あ、あはは……。それは、よかったです……」

梢「……」スッ

花帆「あ、タオル、ありがとうございます」フキフキ

蛸『ほら、私も筋トレしないといけないわ。筋肉は裏切らないけれど、裏切るのはいつも私たちなのよ』

(100㎏のベンチプレス)

梢「……」ガッションガッション

蛸『……我ながら、美しいフォームね』

花帆「ひえ~……。あんな重量でベンチプレスしたら潰れちゃいますよぉ……」

蛸『恐れることはないわ。いずれ、花帆さんにもできるようになるもの』

花帆「そう、ですかね……。って、あたしも100㎏にチャレンジしなきゃいけないんですかぁ~!?」

蛸『ふふっ』

花帆「ひ、ひえぇ~……」ソロリソロリ

蛸『なに、逃げようとしているのかしら?』ガシッ

花帆「ふぐっ。吸盤の吸着力、すごい!」

蛸『大丈夫よ花帆さん。ちょっとずつ、ちょっとずつ……体を強くしていきましょうね』グググ…

花帆「ひえぇ……」
 
22: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:15:31.87 ID:UlRvM/jo
──

花帆「そう言えば、どうしてそんなに筋トレが好きなんですか?」

蛸『そうね……。努力した分だけ、結果が目に見えて分かるから、かしら』

花帆「あぁ~……なるほど。梢センパイらしいですね。あたしはその努力だけで圧し潰されそうです……」

蛸『ふふ。結果はすぐには付いてこないわ。いずれ気付くのよ。あ、ちゃんと結果が出てるなって』

花帆「……まあ、今はこうして全力で体を動かせる、それだけで幸せなんですけどね」

蛸『……そうね。十全に体を動かせる。その幸せ、今の私なら痛いほど分かるわ』

花帆「あ……ごめんなさい」

蛸『いえ、いいのよ。幸せを幸せと気付かず享受していることに気付いたのは収穫と言えるもの』

花帆「……はい」

蛸『それとね花帆さん、話は戻るけれどもう一つ、筋トレは心を鍛えられる点も好きな理由だと思うの』

花帆「心も、ですか?」

蛸『花帆さんは知っているかしら。健全な肉体には健全な精神が宿る、という言葉』

花帆「あ、はい。体が健康なら、精神も健康? みたいなことですよね。ん? 体が健康なら、心も綺麗、みたいな意味だっけ?」

蛸『ふふ。実はね、それは本来の解釈とは異なるの。その意味でも、ダメってわけじゃないけれどね』

花帆「えぇ! そうなんですか!?」
 
23: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:16:22.89 ID:UlRvM/jo
蛸『えぇ。本来の意味は、健全な肉体には、健全な精神が乗るべき、という願いと諦めの乗った言葉なの』

蛸『実際は、いくら肉体が健康でも精神が荒れているなんて茶飯事でしょう? 体と心は表裏一体。けれど、必ずしも一致はしないものなの』

花帆「なるほど……。でも、それと筋トレがどう結びつくんですか?」

蛸『えぇ。筋トレはね、体を鍛えるのと同時に、心も鍛えられるの。もうだめだ、これが限界だ、そう決めるのは心。でも、そこを乗り越えれば自分に打ち克つことができる』

蛸『だから、筋トレの本質って心を鍛えることだと思うの。健全な肉体に健全な精神が宿るのではなく、健全な精神こそが、健全な肉体を形作るのね』

花帆「あぁ~……だから梢センパイは筋トレ大好きなんですね」

蛸『……まあ、そうね。大好きという言葉で一括りにされるのは少しばかり寂しいのだけれど』

花帆「よぉ~しっ! あたしも頑張って梢センパイみたいな強い心を克ち取りますよぉ!! えいえいおーっ!!」

蛸『……ふふっ』
 
24: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:17:14.07 ID:UlRvM/jo
──

蛸(そんな三人の……二人と一匹の暮らしも、少し慣れ始めた頃)

花帆「……」カキカキ

梢「……」ボ~…

蛸『……花帆さん、もう寝ましょう? 明日も平日よ?』

花帆『……』カキカキ

蛸(すごい集中。墨を吐く音なんて聞こえていないのね……)

蛸(私を人に戻す方法。花帆さんは必死に考えてくれている。村野さんや綴理ではだめだった。重力で物が下に落ちるように、生まれることは死ぬことを運命付けられるように、自然の摂理として私を捉えている)

蛸(心と体の問題を考えてくれるのは花帆さん、ただ一人だけだった)

梢「……」トントン

花帆「ん……。あ、梢センパイ。どうしました?」

梢「……」スッ

花帆「時計、ですか? わわっ。もうこんな時間。もう寝ないとだめですね」

梢「……」コクリ

花帆「それじゃあ一緒に歯磨きしましょう」テクテク

蛸『あ……』
 
25: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:18:05.33 ID:UlRvM/jo
蛸(……蛸である私についているのは歯舌。歯磨きは必要ない……)

蛸(蛸である生活を続ければ続けるほど、人間であることを忘れそうになる)

蛸(魂の輪郭が、日毎にぼやけていく感覚があった)

蛸(体に精神が引っ張られている。つまり、心までもが完全に蛸になってしまえば、乙宗梢は……)

花帆「──はい。一緒に寝ましょう?」ヒョイッ

蛸『あ……』

花帆「ふふ。あたし、実は頭に梢センパイを乗せるの気に入ってるんです」

蛸『……そうなのね』

花帆「はい。では、おやすみタイムです」

蛸『……おやすみなさい、花帆さん』

花帆「おやすみ、なさい……」スヤァ

蛸(寝つきがいいわね、ほんと……)

梢「……」スヤァ

蛸(……ねぇ、体のあなた)

蛸(心を鍛えれば、肉体も健全に向かっていくわよね)

蛸(それじゃあ……心が必要なくなるくらい、肉体が正しく心を体現した時……心の居場所はどこにあるのかしら)

蛸(どう思う? ……乙宗梢)
 
26: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:18:56.33 ID:UlRvM/jo
──

さやか「明後日の土曜はスリーズブーケのライブなんですよね。羨ましいです」

綴理「ボクも歌いたかった。ねえ、今からでも一枠どうにかならないかな」

蛸『ならないわよ』

綴理「ず~ん……」

さやか「あぁっ。乙宗先輩、もう少しこう……手心というか……」

蛸『……ちょっと冷たすぎたかもしれないわね。綴理、ごめんなさい』

綴理「うぅん。別にいい」ケロッ

さやか「立ち直りが早い!」

綴理「そう言えば、かほはどこ? いつ部室に来るの?」

蛸『あぁ……花帆さんは今大倉庫にいるわね。スクールアイドルクラブの歴史に何かヒントがあるかもしれないって』

さやか「へぇ……ヒント、って何のことですか?」

蛸『あぁ……振り付けのヒントのことよ』

綴理「ふぅん? そう言えばひとこずもいないけど、そっちも大倉庫?」

蛸『えぇ』

綴理「じゃあ、なんでたここずはこっちにいるの?」

蛸『……この小さな体躯で迷ったら本当に一生出られないかもしれないじゃない。大きな声を出せない身の上でもあるし』
 
27: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:19:48.10 ID:UlRvM/jo
綴理「あぁ、そっか」

さやか「あ、そうです。撫子祭のためにもう少し資料が欲しいんでした。わたしも大倉庫に行ってきます」ガタッ

綴理「さやが行くならボクも行くよ。ほら、たここずも行こう」

蛸『え……さっき言ったように……わわっ』ヒョイッ

綴理「問題ない。頭の上に乗せて、たここずが吸盤で吸ってくれれば落ちることは絶対にない」ペトリ

蛸『もう……仕方がないわね』

綴理「……あぁ、なんだかこの感触、久々だ」

蛸『え? どういうこと? 綴理の頭の上になんて乗せられたこと……』

綴理「なんでもないよ。遠い日のことさ」

蛸『……?』

さやか「……あの、乙宗先輩」

蛸『何かしら?』

さやか「綴理先輩の上で墨を吐くと、せっかくの白銀で綺麗な髪の毛が……」

綴理「わぁ~……即席の髪染めだぁ~」

蛸『ご、ごめんなさい。花帆さん以外の頭だとコントロールがズレて……』

さやか「あぁっ!? 真っ黒!!」

綴理「さや。慌てないで」

さやか「そう言われても……」

綴理「それとも、黒髪の夕霧綴理は、さやにとって魅力的じゃないのかな?」

さやか「……っ!!」

さやか「いえっ! 黒髪の綴理先輩もまた、雅で奥ゆかしい雰囲気があって大好きです! 最強です!!」

綴理「ふふふ。ありがとう」

蛸『……行くわよ』ビュッビュッ
 
28: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:20:40.06 ID:UlRvM/jo
──

花帆「う~ん、これでもない、あれでもない。ぽいぽいっ!」

花帆「やっぱり人が別の物になるなんて事例、そうあるわけないよねぇ……」

花帆「そもそも、スクールアイドルクラブだけに降りかかった、とかじゃないだろうし……」

花帆「ん? これは、蛍光灯になっちゃった少女の話? これは無機物だしなぁ」ガサゴソ

梢「……」クイクイ

花帆「梢センパイ? 大丈夫ですよ。きっと、体も心が無くて寂しいですよね。絶対、あたしがどうにかしてみせますから」

花帆「……あ、これは。童話の絵本? かえるの、王さま? なんだっけ、これ」ペラリ

サ~ン

花帆「……あぁ、そう言えば小さい頃、お母さんによく聞かせて貰ったっけ……」

カホサ~ン

花帆「あたしも、こんな素敵な出会いができればって……ん?」ペラリ

「花帆さ~ん」

花帆「えぇ!? 噓でしょ!? これでいいの!? こんな終わり方なの!?」

梢「……」ツンツン
 
29: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:21:31.17 ID:UlRvM/jo
花帆「ん? あ、さやかちゃん! 綴理センパイ! 梢センパイ! 見てくださいよこれ! まさかこんな──」ブンッ

花帆「あ、本がすっぽ抜けて──」

ガンッ

蛸(!!)

蛸(上から大きな荷物が一気に!!)

蛸(私が……っ。だめっ。蛸である私には……いえっ、それでもっ)

蛸「……っ!!」ピョンッ

綴理「あっ」

さやか「花帆さんっ!!」

花帆「あ……。嘘……」

蛸(だ、だめっ。間に合わな──)

梢「……っ」ガバッ

花帆「梢センパ──」


ガラガラガラガラガラガラッ!!


さやか「げほっ、げほっ。すごい埃……。花帆さんっ! 生きてますか! 大丈夫ですか!」

綴理「たここず、怪我はない?」ヒョイッ

蛸『私は……大丈夫だけれど……』

さやか「花帆さんっ、花帆さんっ!」ガサガサッ
 
30: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:22:08.28 ID:UlRvM/jo
花帆「さ、さやかちゃ~ん……けほっ、けほっ」

さやか「花帆さん! よかった、無事だったんですね!」

花帆「うん……あたしは平気、だけど……」

梢「……」ボロッ

花帆「梢センパイが守ってくれたから……。大丈夫ですか? 梢センパイ……。あたしのせいで、こんな……」

梢「……」グッ

さやか「乙宗先輩も大丈夫そう、ですね。よかった……」

花帆「はぁ~……よかったぁ~……。も、もしかしてこれが、筋トレの成果なのかな! 大きな荷物が降ってきても、無傷いられる強い体!」

蛸『花帆さん!』

花帆「あ、梢センパイ! すみません、心配かけちゃって……」

蛸『いえ、花帆さんが無事なら……』

梢「……」

蛸『……あなたが、守ってくれたのよね』

梢「……」コクリ

蛸『……ありがとう』
 
31: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:22:26.48 ID:UlRvM/jo
さやか「う~ん、それにしても、あんなに高い位置にあった荷物はちょっとわたしたちだけじゃ届きませんよ。これじゃ片づけられません」

綴理「肩車、する?」

さやか「いえ、先生方に助けを求めるのが現実的でしょう」

綴理「そうだね。かほ、たここず、ひとこず、一旦戻るよ」

花帆「は、はいっ。あれ、そう言えばあたし、何か掴んだような気がしたんだけど……。なんだっけ?」

梢「……」コクリ

蛸「……」

蛸(あの時、体の私は迷わずに花帆さんを庇った。私に肉体があれば、同じことをしただろう)

蛸(つまり、それは……肉体が正しく心を体現しているということであり……)

蛸(乙宗梢の心は、もう……)
 
32: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:23:20.54 ID:UlRvM/jo
──

蛸「……」ペシペシ

綴理「うん? なに、たここず」

蛸「……」

綴理「……あぁ。みんな、先に行ってて。えっと……大倉庫に、誰か近づいちゃ、まずいから」

さやか「あ、それもそうですね。先生が来るまでお願いします」

花帆「梢センパイ、綴理センパイ、よろしくお願いします!」

綴理「任せて」

綴理「……」

綴理「それで? たここず、何の用?」

蛸『えぇ。ありがとう。それにしても、よくあんな機転の利いた返し思いついたわね』

綴理「がんばった。頭がとろけそうなほど熱い」

蛸『そ、そう。ありがとう』

蛸『それで……一つ、勘のいいあなたに聞きたいのだけれど、もし、人形が一人でに歩き出せば、それは肉体に魂が宿った、ということになると思う?』

綴理「それは……よく分からない。流石に唐突すぎる」
 
33: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:24:11.56 ID:UlRvM/jo
蛸『……抽象的な問いすぎたわね。肉体に心が芽生えたなら、そもそもあった心はどうすればいいのか、ならどうかしら』

綴理「ふむ……。それって、ひとこずに心が生まれたってことでいい?」

蛸『そう捉えて貰って結構よ』

綴理「……ひとこずに、たここずのような心が芽生えたら、か」

蛸『……えぇ』

綴理「いいこと、だよ」

蛸『……え?』

綴理「いいこと、って言った。それなら、花帆もさやも、ボクも喜ぶ。こずが二人増えるなら、それはきっと、楽しいに違いない」

蛸『……』

綴理「ボク、何かおかしいこと言ってるかな?」

蛸『いいえ、何一つ。あなたは正しいわ、綴理』

綴理「そっか。それで、他に話は?」

蛸『何も』

綴理「なら、さや達に宣言した通り、先生が来るまで待とう」

蛸『えぇ……』
 
34: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:25:02.76 ID:UlRvM/jo
綴理「……」

綴理「でもさ、たここず」

蛸『……何』

綴理「先にできるのが体でも心でも、肉体だけじゃあ何も動かないよ」

綴理「心で感じて、肉体で表現する。いつだって、始まりは心の感動なんだ」

蛸『……?』

蛸『よく、分からないわ』

綴理「うん。ボクにもよく分からない」

蛸『何よ、それ……』

綴理「ボクは体が先に動くタイプだから、仕方がない」

蛸『そう……』

綴理「でも、たここずは違う。たここずは、言葉で丁寧に伝えられるはずだ。行動だけで表現するなんて、ステージの上だけでいい」

蛸『綴理……あなた、私を……』

綴理「だから、かほに何も言わずに離れるだなんて、そんなことはしない、よね? たここずはずっと、ここにいるんだよね」

蛸『……えぇ。当然よ』

綴理「よかった」

蛸『全く……お節介なんだから』
 
35: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:25:53.78 ID:UlRvM/jo
──

花帆「梢センパ~イ? いるんですかぁ~?」ガサガサ

花帆「どうしてこんな時間に呼び出しなんですかぁ~? しかも山の中なんて~。草負けしちゃいますよぉ~!」

蛸『こんばんは。花帆さん』ビュッ

花帆「わわっ、墨で居場所を知らせないでくださいよ!」

蛸『ごめんなさいね。でも、今の私にはこんなことくらいしかできないの』

花帆「まあ、いいですけど。何ですか? 明日はライブなんですから早く寝ないと」

蛸『……えぇ、そうね。だから、手短に終わらせるわ』

梢「……」ガサガサ

蛸『……あなたも来たのね』

花帆「それで、話って何ですか? も、もしかして告白……?」

蛸『いいえ、違うわ』

花帆「で、ですよね~。あはは……」

蛸『お別れよ、花帆さん』

花帆「あ、お別れですか。なるほどなるほど~……。え? ど、どういうことですか?」
 
36: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:26:44.98 ID:UlRvM/jo
蛸『実はね、常々思っていたのよ。心が無ければ、悩んで立ち止まることもないって。私は少々考えすぎるきらいがあるから、感性でのみ動く綴理を少し羨ましいって思っていたわ』

蛸『でも、心と体を切り離すことなんてできるわけがない。けれど、こうして目の前で、私の実体験として、起こってしまっている』

蛸『心と体をもう一度一つにしたい、と思うのと同じくらい、このまま完璧に切り離してやりたい、とも思っていたわ』

花帆「切り離す……? そ、それって、梢センパイが消えちゃうってことですか……?」

蛸『えぇ。要約するとそうなるわ──』

花帆「だめですっ!」

蛸『……花帆さん』

花帆「そんなの、認められないに決まってるじゃないですか! 心が消えれば、それは梢センパイじゃない!」

蛸『……そうかしら?』

花帆「そうですっ!」

蛸『では、大倉庫で肉体だけの私が花帆さんを身を挺して庇ったのはなぜかしら?』

花帆「え……」
 
37: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:27:36.70 ID:UlRvM/jo
蛸『私も、人の肉体があれば同じことをしたわ。それはつまり、肉体が心を正しく体現している、心がいらなくなった証明じゃないかしら?』

蛸『花帆さん、健全なる肉体は……達成されたのよ。蛸である私に、存在意味はもうないの』

花帆「そんな……そんな自分勝手な理屈でいなくなるなんて……。別にっ、肉体が心を理解していても、ここにいていいじゃないですか! 梢センパイが消える理由にはなりません!」

蛸『──睡眠は摂れているかしら?』

花帆「……っ」

蛸『勉強にはついていけているかしら。かろうじてスクールアイドルは続けられているけれど、他はどうかしら?』

蛸『私を人に戻すために……花帆さんは身を粉にして、自らを犠牲にしているじゃない……。そんなの、私の望むことではないわ』

花帆「それは……っ。あたしの自由じゃないですか! 梢センパイのために動きたいんです! それの何がいけないって言うんですか!」

蛸『私が辛いのよ……っ!』

花帆「……え?」

蛸『花帆さんが私のために動いてくれる……。健気に、自己犠牲を払って、私に尽くしてくれる……。それは高邁な献身に他ならないわ。けれど……痛々しいのよ』

蛸『宝石を手に入れるために、固い地面を素手で掘り進んでいるようで……見ていて辛いの。分かってちょうだい、花帆さん……』

蛸『たとえ心が消えたとしても、そこにいる……人の乙宗梢が残るわ』
 
38: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:28:28.02 ID:UlRvM/jo
花帆「……」ガクッ

花帆「……い」

蛸「……?」

花帆「ふざ……い」

蛸「……」

花帆「ふざけないで、くださいよ……」

蛸『花帆さん……』

花帆「ふざけるなっ! そんなの、見過ごせるわけないじゃないですか!」

蛸『……そうは言っても、これが最善で──』

花帆「最善だとか関係ありませんっ! 梢センパイの心が失われたら! あたしの心がどうなると思ってるんですかっ!!」

花帆「心が張り裂けます! 悲しくて悲しくて、何十年も膝を抱えて泣き腫らします!」

蛸『……何十年も泣き腫らすって、そんな』

花帆「事実です! あまり舐めないでください! あたしの……あたしの大好きなっ、乙宗梢のあったかい心をっ、舐めないでくださいっ!」スタスタ

蛸『だ、大好きだなんて……』

花帆「事実です! あまり舐めないでください! 乙宗梢を大好きで大好きでたまらないっ、日野下花帆の真っすぐな心をっ!!」ズイッ

蛸『か、花帆さん……ち、近いわ……』

花帆「分からず屋にはこんな近くで話さなきゃ伝わらないじゃないですか!!」
 
39: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:29:20.25 ID:UlRvM/jo
花帆「というかそもそも! 前提がおかしいんですよ!!」

蛸『な、なんのことかしら……?』

花帆「何が心が無ければ立ち止まることがない、ですか! 感性で動く綴理センパイが羨ましい、ですか!」

花帆「梢センパイが今手にしている強さは何ですか! それらは全て、悩んで苦しんでもがき続けたから手に入れられたものじゃないですか!」

花帆「そんな心をっ! 簡単に捨てないでくださいっ!」

蛸「……っ」

蛸『……だって』

花帆「……だって、何ですか?」

蛸『だって、不安じゃない』

花帆「何が、不安なんですか」

蛸『撫子祭……不安なのよ……』

花帆「はい。あたしも不安です。でも、去年はきちんとやってのけたじゃないですか」

蛸『それは……でも、その後私たちは全国大会を棄権して……。ステージにはたった一人で……』

花帆「だから、心なんていらない、ですか?」

蛸『……そうよ。心があるから、人はすれ違う、対立してしまう。同じ志を胸に秘めていたとしても』

蛸『なら、最初から心なんていらない。ステージの上には……肉体だけがあればいい』

花帆「違います。違いますよ、梢センパイ」

蛸『違わないわ。もし私に心が無ければ、綴理と同じ、感性だけで動ける自分なら……っ!』
 
40: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:30:11.61 ID:UlRvM/jo
花帆「──そこに、何の意味があるって言うんですかっ!」

花帆「一緒にステージの上に立てれば、それで満足だって言うんですか!? 違います! 絶対違います!!」

蛸『なら、何が違うって言うのよ!!』

花帆「すれ違っても! 対立しても! それでも、分かり合おうと心を通い合わせるからっ! ステージに花が咲くんですっ!!」

蛸『……っ!』

花帆「あたしには、その覚悟がありますっ。梢センパイや綴理センパイが何を感じてラブライブを棄権したのかは分かりません」

花帆「でも……やってみたいんです。四人でなら、きっと……花は咲きます。あたしが絶対に、花を咲かせてみせます」

花帆「だから……心を捨てるだなんて、そんな悲しいこと言わないでください」

蛸『……花帆さん』

蛸『私は……』

ガササッ!!

梢「……っ!」

イノシシ「ぶるる……」

花帆「え……い、イノシシ!?」

蛸『……っ!』チラッ

梢「……」コクリ

蛸「……っ」ビューッ!!

イノシシ「ぶひぃっ!?」バチャッ

梢「……っ!」ガシッ、ヒョイッ

花帆「あわわっ!? こ、梢センパイ、だ、大丈夫ですか!? あたしだけじゃなく蛸の梢センパイまで」

梢「……」ニコッ

花帆「梢センパイ……。はいっ、よろしくお願いします!」


タタタタタタタタタタタタッ……
 
41: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:31:02.45 ID:UlRvM/jo
──

花帆「ふぅ、梢センパイ、ありがとうございました。やっぱり鍛えてるだけあって余裕そうでしたね!」

梢「……」グッ

花帆「それに、蛸の梢センパイもありがとうございました」

蛸『気にしないで。私にできることはあれくらいだったから……』

花帆「なぁ~に言ってるんですか。墨を吐いて、アイコンタクトで人の梢センパイで合図してたじゃないですか」

花帆「心がきちんと通い合っていたってことですよっ」

蛸『心、が……』

花帆「だから、恐れないでください。きっと……撫子祭、上手くいきますよ」

蛸『……けれど、もし失敗して、花帆さんまでも失うようなことがあれば……。スリーズブーケが解散して、また一人になるようなことがあれば……』

花帆「大丈夫です」ギュッ

蛸『大丈夫って、その根拠は……』

花帆「言いましたよね。あたし、梢センパイが大好きだって」

蛸『……』

花帆「一回失敗したくらいで、愛想を尽かすと思いますか? あたしの大好き、舐めないでくださいっ!」

蛸『花帆さん……分かったわ。私、信じてみる、花帆さんの心を。それならきっと……自分の心とも、弱さとも、向き合えると思うから……』
 
42: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:31:53.51 ID:UlRvM/jo
花帆「はいっ。それじゃあ、そろそろ……戻りましょうか」

蛸『えぇ、そうね。寮母さんが──』

花帆「違いますよ。はい、人の梢センパイに渡しますね」サッ

梢「……」ギュッ

蛸『え……?』

花帆「戻る時、ですよ」

蛸『戻るって……。で、でも……どうすれば……』

花帆「望むだけで、いいんじゃないですか? 肉体が心を求めてる。心が肉体を求めてる。ただ、それだけで」

蛸『それは……』

蛸「……」

蛸『えぇ……そうかもしれないわね』

蛸「……」ギュッ

梢「……」ギュウッ

花帆「あ……淡く光って……」

梢「……」

蛸「……」

梢「……あ」
 
43: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:32:45.51 ID:UlRvM/jo
花帆「……お帰りなさい、梢センパイ」ギュッ

梢「私、元に……」

花帆「梢センパイ……」ギュ~…

梢「……ただいま。花帆さん。ありがとう」ナデナデ

花帆「えへへ……。やっぱり、これだなぁ」

梢「これ、って?」ナデナデ

花帆「あたし、梢センパイを頭に乗せるとなんでしっくりくるのかって疑問だったんです」

花帆「でも、こういうことだったんだって……今、分かりました」ギュウッ

梢「そう……。えぇ、私も、しっくりくるわ」

梢「心が無ければ……こんな思いもできなかったのね」

花帆「はい。大好きです、梢センパイ」

梢「私も……大好きよ、花帆さん」

梢(きっと……この言葉すらも──)
 
44: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:33:37.45 ID:UlRvM/jo
──

花帆「スリーズブーケでした!」

梢「ありがとうございました!」

\ワァ~パチパチパチパチ/

さやか「わ~~っ。またレベルアップしましたね! スリーズブーケ! DOLLCHESTRAも負けていられませんね!」

綴理「うん」

さやか「あれ? なんだか反応薄いですね。どうかしましたか?」

綴理「ちょっと……圧倒されて……」

綴理「こず……君はもう、次へ……」

さやか「綴理先輩」ギュッ

綴理「さや?」

さやか「以前、隣にいたのは乙宗先輩だったのかもしれません」

さやか「ですが、今あなたの隣にいるのはわたし、村野さやかです」

さやか「自分の居場所を見失いそうになった時は、わたしを思い出してください」

綴理「さや……」

さやか「後ろには乙宗先輩がいるかもしれません。ですが、前を向けばわたしがいます」

綴理「……うん。そうだね。ボクにはさやがいる。だから、大丈夫だ」

さやか「はいっ。それにしても、あの軟体動物のような柔軟さ、一体どうやって会得したんでしょうか」

綴理「なんだろうね。夢で蛸にでもなったのかもしれない」

さやか「あはは。だとすれば面白いですね」

綴理「ボクなら……何になろうかな?」

さやか「そうですね。例えば──」
 
45: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:34:28.79 ID:UlRvM/jo
──

花帆「ふぅ。ライブお疲れさまでした」

梢「えぇ。お疲れ様、花帆さん」

花帆「いや~、昨晩はどうなることかと思いましたが、無事にライブができてほっとしてます」

梢「その件は、本当に迷惑をかけたわ。ごめ──」

花帆「ごめん、じゃありませんよ!」ビシッ

梢「……えぇ、そうね。ありがとう、花帆さん」

花帆「はいっ!」

梢「それにしても、どうして数多ある動物から蛸だったのかしら。私の心って蛸に似ていると思う?」

花帆「梢センパイの心は白鳥とか綺麗な動物だと思いますけど……。でも、あたしは分かりますよ」

梢「え? 教えて欲しいのだけれど……」

花帆「はい。肉体だけの梢センパイに会った日のこと、覚えてますか?」

梢「えぇと……確か……抱き寄せて、唇を……え?」

花帆「蛸の触手は獲物を捕らえるのに向いていますし、蛸の口はキスをしたい願望の現れですかね」

花帆「あたし、思うんです。心の制御を離れた肉体は、より即物的な振る舞いをするようになるって」

梢「あ、あの……花帆さん? それはつまり……」

花帆「ふふ。言いませんよ、そんな野暮なこと」

梢「そ、そうよね。ありがたいわ……」ホッ
 
46: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:35:19.92 ID:UlRvM/jo
花帆「そう言えば」

梢「……何かしら?」

花帆「つい先ほど思い出したんですが、かえるの王さまって童話、知ってますか?」

梢「かえるの王さま? えぇ、もちろん。確か、かえるになった王子様にキスをすることで元の姿を取り戻すっていうロマン主義な童話よね」

花帆「はい。あたしも、小さい頃はそう教わりました」

梢「そうよね……ん? 小さい頃?」

花帆「実はですね、元々の話はキスで蛙から王子様に戻らないんです」

花帆「カエルを気持ち悪がった王女様は、カエルを掴んで思い切り壁に叩きつけるんです。すると、カエルの変身が解け、王子様の姿に戻るんです」

梢「え、えぇ……? なんというか、ロマンの欠片もないわね……」

花帆「あたしも真実を知ってビックリしました。正直、子供の頃の淡い思い出が壊れたような気がします」

梢「それは……なんというか、気の毒ね」

花帆「だから、ちょっと一芝居付き合ってくれませんか?」

梢「一芝居? よく分からないけれど……分かったわ。花帆さんの夢が少しでも慰められるのなら」

花帆「では、あたしが王女様。梢センパイがカエル……いや、蛸さん役です。あたしの考えた、日野下花帆のかえるの王さま、スタートです」

梢「え……?」
 
47: (ささかまぼこ) 2023/06/12(月) 21:36:29.56 ID:UlRvM/jo
花帆「梢センパイ」ニコッ

梢「か、花帆さん……?」

花帆「……」カベドンッ

梢「ひうっ」

花帆「……あなたがなるのは、蛸でも、乙宗梢でもありません」

梢「……じゃ、じゃあ、何かしら……?」ドキドキ

花帆「日野下花帆の運命の人です」グイッ

花帆「……」チュッ

梢「……っ!?!?!?!?!?!?」

花帆「……えへへ。こんなかえるの王さまなら、胸きゅん間違いなしですよね!」

梢「か、花帆さん、今のって……」

花帆「さぁてっ、撫子祭まで忙しくなりますよ! 止まってる暇なんてありません!」

梢「ちょ、ちょっと花帆さん! 今の行動に関して説明して欲しいのだけれど!?」

花帆「梢センパイ」クルッ

梢「な、何かしら……?」

花帆「だいすきですっ!」ニコッ

梢「花帆さん……って、説明になっていないのだけれどぉ!?」




おしまい
 
48: (茸) 2023/06/12(月) 21:38:17.84 ID:/mwKOoAn
とても良かった
俺、ささかまぼこのSS大好き
 
50: (もんじゃ) 2023/06/12(月) 21:40:14.79 ID:lxDo9yLJ
花帆ちゃんが蛍光灯になってしまった人ですね…!
乙でした
 
51: (もんじゃ) 2023/06/12(月) 21:42:13.26 ID:EWW7uQXJ
乙です
梢先輩も蛸先輩もかっこいい
 
54: (たこやき) 2023/06/12(月) 23:06:15.51 ID:+wIn0nyd
まずなんだよこのスレタイwww
 
53: (茸) 2023/06/12(月) 22:51:39.02 ID:aIrJMGF8
鬼才すぎる
前の蛍光灯の時も面白かった
 
56: (しまむら) 2023/06/13(火) 00:32:27.27 ID:xv1ZIEan
面白かった
 
58: (たこやき) 2023/06/13(火) 03:00:28.42 ID:W7c0aZjh
出版したらベストセラー間違いなしなのだけれど
 
59: (光) 2023/06/13(火) 10:30:43.80 ID:WZlxR7Gy
今回はモールス信号出てこなかった…
乙!
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1686571008/

【SS】梢「花帆さんが、蛍光灯になってしまったの……」【ラブライブ!蓮ノ空】
さやか「教室で授業の復習をしていたら少し遅れてしまいました」 さやか「失礼します。少し遅れました」ガララ 梢「……」ナデナデ 綴理「あ、さや。おはよ」 さやか「こんにちは、綴理先輩、梢先輩」 さやか「あ、そうです。今日花帆さん無断で休んだんですよ。理由を知ってますか?」 綴理「うん。知ってるよ。ほら、こず。説明してあげなよ」 梢「……」ナデナデ さやか「……あの。どうしてそんな暗い顔をしてるんですか?しかも、蛍光灯を撫でながら……」 梢「……村野さん。落ち着いて聞いてちょうだい」 さやか「え、はい」 梢「花帆さんが、蛍光灯になってしまったの……」
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