【SSコンペ】瑠璃乃「ルリと『秘密』」【ラブライブ!蓮ノ空】

SS


1: (光) 2023/06/18(日) 21:32:50.16 ID:vVabzRed
SSコンペ参加作品です。
https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1685782999/
 
2: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:37:44.70 ID:ilnC7IN/
>>1
代行ありがとうございます。

元ネタ:谷崎潤一郎「秘密」
蓮短編、ほぼモノローグです。
 
3: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:39:58.68 ID:ilnC7IN/
 その頃ルリは或る気紛れな考えから、今までのルリの身のまわりをつつんでいた賑やかな雰囲気を遠ざかって、学内の友達とかスクールアイドルクラブの圏内から、密やかに逃れ出ようと思い、故に方々と適当なカラオケやバッセンを捜し求めた挙句、金沢から南に降りた辺に寺町があるのを見附けて、ようようそこの寺社を巡っていたんだ。
 金沢から加賀に向けて線路をついて、犀川を登ったあたりにその寺町はあった。

 ルリは仏門はわからん。わからんけど、長いことカリフォルニアにいたからか日本っぽい建物にはうぉーってなるし、お仏像にはスゲーってなるからお寺は好きだぜ。お賽銭もちゃんと五円あげるし。そう言えばなんで五円なんだっけ?ドーナツみたいだから?ルリもドーナツは大好きだけど、桐の花のが好きだからお米のドーナツは仏様にお裾分けしてる。好きなもの食べた方が幸せだよね。
 
4: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:40:41.62 ID:ilnC7IN/
 とにかく、最近のルリのマイブームは一人で色々巡ってみること!皆といるのはすっげー楽しいけど、それはそれ、これはこれ、ルリはルリ。やっぱたまには一人でいたくなるんだよね。
 カラオケとかバッセンとか、あと釣りとかみたいな一人でできる趣味は持ってるんだけど、最近マンネリ気味かな~って思って。バッテリーも充電しまくりだと疲れちゃうかんね。で、今は新しい趣味を捜し中なんだ!ちょこっと足を伸ばして卯辰山とか内灘に行っても良いんだけど、季節的にメジャーになってるというか、具体的に言うとどこ行っても女の子の集団とかカップルがいてルリポイント低めなんだよね。
 
5: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:44:38.90 ID:ilnC7IN/
 そこでルリ、考えました。駅の方とか、逆にもっと離れた山とか海に行くんじゃなくて、街の中にもルリも皆も知らない、ベスト充電スポットがあるんじゃね!?というかなきゃ駄目っしょ!ってね。


 同時にこんなことも考えてみたよ。

 さっきも言ったけどしばらく海外住みだったとはいえ、ルリのホームタウンはやっぱり金沢。賑やかな市場とか駅前のお洒落なスイーツも見慣れたものなんだよね。アイラブジャパン!ていくみーほーむ!

 だけど、もしかしたら金沢にもルリが一度も行ってない道なき道があるに違いない。いや、思ってる三倍はあるに違いない!

 そしたら、メロンみたいな金沢の道でルリが通ったことあるとことないとこ、どっちが多いんだろってわかんなくなっちゃった。
 
6: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:45:57.61 ID:ilnC7IN/
 結構昔、小学生位かなぁ。金沢の子供はみーんな学校とか家族連れとかで、金沢城を三回くらいは必ず観に行くんだけど、ルリもなんか……確かめぐちゃんのご家族とルリの家族で行ったんだっけ。そしたら、

「るりちゃん、お小遣い貰ったからアイス食べに行こ!」

って、めぐちゃんがアイス売ってるお店に連れてってくようとしたことがあったんよね。いや、お小遣いも石川門とか紺屋坂に出てるお店で買えってことだったんだろうけど、めぐちゃんちょー張り切っちゃって。和菓子のホンポ?があるからそこに行こう!ってことになったの。ちなみにルリは金よりお抹茶派だから、ギラギラのソフトクリームは食べたこと無いんだ。花帆ちゃんは興味あるっぽかったから、食べさせてあげるついでにルリも食べても良いかも。
 
7: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:48:21.97 ID:ilnC7IN/
 それより知ってる?観光客ってみーんな薄情者なのサ。駅前通りから近江の市場と金沢城しか興味ないから、ちょーっと逆方向に行っただけで人気が全然無くなっちゃうんだ。まぁルリもその時まで……いや今もだけど、とにかくフィーリングで生きてきたとこあるから、観光地の外側がどうなってるかとか全く考えたこと無かったんだ。きっと金沢市は駅と市場とお城と兼六園はトンネルで繋がってて、あとは車でルリの家に行く道がちょこっと出て、世界は完結してるモンだとルリ思ってた。故に迷子になったルリとめぐちゃんありけり。

 いや~泣いたね。二人してわんわんにゃーにゃーちゃうちゃうと。多分道を3つくらい違えちゃっただけなんだろうけど、車で遊びに行った白山の方とか、はたまた大阪のニューワールドに行っちゃったんじゃないかって勘違いしちゃったんだ。

 まーそんな思い出があって、そういうちょい裏路地にこそ発見があるって知れたところもあるのかなぁ。金沢は地形的にぐねぐね曲がったり折れたりする道が多いから、京都とか大阪とはまた別の迷路味があって、迷おうと思えばすぐ迷えるのも醍醐味だよね。あ、でも海外じゃそういうとこ行っちゃ駄目だよ。絶対。いやマジで。
 
8: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:52:01.41 ID:ilnC7IN/
 で、今のルリは賑わいの外れにお寺が集まってるとこがあるのを見っけたんだ。正確に言うとここもちゃんとした観光地らしいんだけど、駅とか卯辰山の喧しさに比べちゃ天国だよ。いや極楽か?
 それに、ルリはお寺そのものだけが好きってわけじゃないんだよ?住宅街と観光地の境界というか、そんな小路を歩く方が好きなんだ。人だらけの大通りでも全く人のいない郊外でも歴史のある境内でもなくて、人気無いのにほんのちょっとだけ賑わいがある裏路地の方が逆説的に一人でいれる気がするんだよね。ルリも一人の他者ってことなのかな。
 だから寺町へ行くときもわざわざ犀川の北側を歩いてから雪見橋の広場を通って大回りしたり、ついてもお寺に行かないで、寺町と野町とか泉野町の区切りを探してハズレ道をぐるぐる回ったりしてた。そうするとまだまだルリの知らない道があって、ちょっとだけ寂しい雰囲気なのがまた気に入っちゃったんだ。
 
 今迄めぐちゃんに次ぐマブダチだった「キラキラ派手だけど歴史があって、そうして平凡な金沢」っていうヤツを置いてき堀にして、ルリポイント削ろうとするのから身を隠せるってんだから、すげーワクワクしたもんだ。
 
9: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:54:19.66 ID:ilnC7IN/
 でもこーやって下町を探検するのも、タダ充電するためだけじゃないんだぜ?何を隠そう、OFFったルリのこころはもうボロボロ。皆で遊んだり、練習したりするのはホントに楽しいんだけど、その楽しさがわかんなくなっちゃうんだよね。そういう時はルリレーダーにビン!って来るみたいな、め~っちゃ個性の強い、よっぽどワクワクマシマシなものでなきゃ全然テンション上がらないんだ。
 花帆ちゃんとお馬鹿やって遊んだり、めぐちゃんとスイーツ食べに行ったりするには、あまりに血圧不足……ほろり。ハイパーテンションになるにも、まずハイテンションにならなきゃ駄目ってことだね。
 いつもはゆっくり一人で充電するんだけど、それもなんだか効きが悪くなっちゃって、それまでの充実した健全さとは別の、おニューの、ルリだけの、じんわりと効く歓楽を探したかったんだ。パフェとか担々麺とか食べまくると、その翌週はなすそうめんが恋しくなるみたいな?だいたいそんな感じ。
 
10: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:55:32.13 ID:ilnC7IN/
 昔からいたから金沢の街並みはやっぱり落ち着くんだけど、そこには蓮ノ空の友達もいるからね。カリフォルニアが懐かしいぜ……おぉ、ルリの第二の故郷。年中お祭り騒ぎのストリートからバスでずーっと離れて、誰もいない海辺を見つけた時のあの刺激をルリは今、求めてるんだ。
 人がいる場所があって、そこから離れてる場所に閑散とする雰囲気があるからこそ、岩だらけの海岸とか、デッカい杉の木が生えてる森をルリだけの秘密にできるんだっていうのが、ルリのエクセントリックなライフハック。

 思い返せば子供の頃から、秘密を持つってことがとにかく楽しかったんだよね。かくれんぼ、宝探し、お茶坊主みたいな遊び――特に夕暮れ時とかに親の目を盗んでめぐちゃんのところへ遊びに行った時の面白味は、『秘密』っていう不思議な気分があったからだと、ルリ思う。故にルリ在り。
 めぐちゃんと迷子になった時も不安で泣いてたけど、きっとこの世界にはルリとめぐちゃんしかいないっていう感じが、無性にルリたちを動かしたんじゃないかな。
 
11: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:57:03.01 ID:ilnC7IN/
 そんな感じで、世界にルリだけしかいないっていうあの感覚を思い出したくて、こうして街の知らないところを散策してるってワケなんだ。
 それに皆は……花帆ちゃんとかさやかちゃんとか、きっとめぐちゃんも。ルリがこんなお寺とか何もない街角にキョーミあるなんて思わないでしょ。だからそういうルリのイメージと逆に、漆喰が茜色に染まりだす頃だったり、剥げかけた木造の軒下だったりがルリにエネルギーを分け与えてくれてるんだ。

 練習のない放課後とか、誘いのない土曜とかには一人でちっちゃなバックだけ持って、カリフォルニアで買ったキャップにサンダルで学校から出ていくのが楽しかった。たまにお財布も無しの無一文で、ルリ自慢の髪もツインテ決めずに出かけることもあったっけ。
 
12: (しまむら) 2023/06/18(日) 21:59:20.71 ID:ilnC7IN/
 ある金曜日、ルリはめぐちゃんに「明日はめぐちゃんはなんかするの?」って聞いてみたんだ。そしたら、「んー、考え中かな。でもお買い物には行きたいかも」って帰ってくる。めぐちゃんはショッピングとか結構好きでよく行ってるし、きっと明日も街の方には降りるんだろうね。
 めぐちゃんはあんまりルリに休みの予定とか、昨日何してたかとかを聞いてこない。あ、もちろん良く遊びに誘われたりはするよ?でもルリはその時々で断ったりノったりしてる。めぐちゃんはルリに充電が必要ってことも知ってるし、それがルリだってわかってくれてるから大丈夫。
 一番良い友達って、誘いを断られたりファミレスで無言になったりしても気まずくならない関係なんじゃないかな。多分めぐちゃんとは、そーいう関係になれてると思う。

 ともかく、その時のルリは一人でいたい気分で、めぐちゃんは出掛けるっていうから、テキトーに図書室にでもいようかなって思ってたの。でもなんか、ホントに唐突だったんだけど、ルリのこころの中でちょー出掛けたい!って欲求がバクハツしそうになったんだよね。『秘密』の探求に熱心だったからか、ルリは新しい秘密を求めて海千山千、どこへでも行ってやるぜ!って。
 だけどね、ルリは見つけちゃったんだ。カリフォルニアに飛び立つより、ここですぐできる、もっとすごい『秘密』。
 
13: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:00:39.20 ID:ilnC7IN/
 その日の練習が終わったら、ルリは一目散に部屋に戻って、物置にまるまるしまい込んでたダンボールをひっくり返した。カリフォルニアにいた時の荷物は半分位あけずに放置してたからどれかわかんなくて、結局全部開けちゃった。それからようやく服が詰まってるダンボールを見つけたので一安心。やっぱりルリも成長期なので?日本から持ってった服じゃ足りなくなって、向こうで結構買ったんだ。流石にめぐちゃんみたいなたわわな女の人用の服は無理だったし、コーデもあんま詳しくないから古着屋とかも見てフィーリングで、お安めのをいくつかだけどね。それをそのまま日本に持ち帰ってきたから、まー服がたっくさん増えちゃって。ヒマなとき整理しよ~って思ってまんまにしてたのは反省反省。
 
14: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:02:16.01 ID:ilnC7IN/
 それで翌日。ルリは持ってる服の中から、一番男の子っぽい服を選んで着ることにしたの。めぐちゃんにも褒められた自慢の金髪は纏めておっきなハンチングに仕舞い込んで、ロングって見えないように。服は白シャツにこれまた大きめのデニムジャケット(もっと成長すると思って買った)とあんましキチっとしてないチノパ〇〇にして、大好きなピンクはちょっと封印。靴もスニーカーにして、ポーチもわざわざフリフリしてない、可愛くない地味なヤツを選ぶことにした。

 姿見を見れば、パッと見で女の子かどうかわかんないような、所謂メンズ・ファッション?の出来上がり。少なくとも、カワイイカワイイ大沢瑠璃乃には見えないはず。その完成度に全加は思わず涙せずにはいられなかった……!

 まールリが何をしたかったかって言うと、誰にもルリがルリだとバレない格好でいたかったんだ。そうしてめぐちゃんとか友達とかとすれ違ったとしても気付かれなかったら、ルリは今までで一番おっきな、自分そのものっていう秘密を持てるに違いない……いや、秘密を持たなければならないのだ!ってこと。
 ルリは動きやすい服のが好きだけど、フツーに女の子っぽいのも好き。めぐちゃんが色々着せてくるから慣れちゃった。だから大沢瑠璃乃を隠すには、まるきり別の……それこそ性別とか関係もぜーんぶ変えて、別人になるのが一番だと思ったの。
 
15: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:03:34.22 ID:ilnC7IN/
 ルリは思い切ってその格好のまま寮を出て、金沢行きのバスに飛び乗って見たよ。みんな出かけたいからそこそこ乗ってる人は多くて、ルリの見知ったクラスメイトとかもいたんだけど、誰もルリだって気付かなかった。そりゃ学校発なんだから蓮ノ空の生徒しかいないんだけど、その中でも和気藹々として姦しい感じから一人だけ抜け出して、全く無関係のヤツが乗ってるみたいな感覚になってくるの。
 窓を見るとルリの、大きなつばに隠された瞳と目があった。キャップを被り直してその目を塞いでやると、男装の隙間から見えてたルリの姿が完全に隠れた気がしたんだ。

 それで金沢駅に降りた瞬間、ルリはすごく曖昧な、人集りを構成する一員になった感じがしたの。初めての感覚で……ルリの心臓がバクバク激しくなって、うおーって叫んでやりたい気分になってきたぜ。やらないけど。

 とにかく、すっげー気分が良かったんだ。思えばルリとみんなとの間で起こる衣擦れみたいな、気を遣い合う関係にうんざりしてたワケで、ルリが誰でもない、今日限りの別人になれたなら、こっちもむこうもそんなふうに気を遣う必要は無いんだよね。だからこころの奥でずっと、蓮ノ空の制服で繋がれたルリたちとは違う、金沢の雑踏でありながらも誰とも関係のない通行人みたいなのに、みょーな憧れがあって、それをようやく実現できたってことなのかな。
 そう思うと人間関係どころか校則とか、常識とか、良心みたいなしがらみもどんどん無くなってく感じがして、活気のある駅との方へと自然と足が動いてた。
 
16: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:05:37.20 ID:ilnC7IN/
 そんな風にルリ史上最高にイイ気分でいると、目に入るもの全てが新鮮に感じるもんなんだね。百番街にずらーっと並ぶ金沢アピのすごいお土産とかをじっくり見て回りたくなったんだ。

 プリンとかシュークリームの売ってるショーケース、瓶に詰められた金平糖にじろ飴、やたらと有名な車麩、生醤油、棒鱈なんかもある。色んな匂いが混ざってカオスな、もう何の匂いかわからなくなってる感じも良かったな。

 更に行くと、金箔と漆がピカピカ光る箸や灰皿、桐細工の二ツ引、銀のカトラリーに匕首まであらゆる工芸品が、なんでもある!って主張激しく置かれてたから、身なりの良いおばちゃんとかサングラスの眩しい外人に混じって、ひとつひとつじっくり眺めることにしたの。正にピンからキリまでって雰囲気で、特に金沢城の背後に謎の……よくわかんない冠雪した山が書かれてる扇子を出してる店の向かいに、虫食い葉の牡丹がキラキラしてる友禅がある風景はそのおかしさがツボに入っちゃった。着物の一着、刺繍のひとつがそれぞれ滑稽さを演じてる見世物小屋の役者に見えてきて、ニヤニヤしながらずーっと眺めてたよ。
 
17: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:06:57.63 ID:ilnC7IN/
 その興奮を冷めやらぬまま、駅ビルに在るサ店の壁に寄りかかって、次はどんな企みを……いや、ルリに言わせればもう企みの段階じゃなくて、〇人者が観光客の群れに紛れてるみたいな、犯罪的なまでのスリルだね。それをルリ一人で達成できるんだから、普通の人にも犯罪者にもできないようなすげー快感を得られるに違いないと、ルリは確信してた。下着に毒薬の入った武器を隠して、小松から発つ飛行機を爆破してやるようなつもりで、次はもっと深いところまで潜ってみようぜ。って、ルリのこころが囁いてた。

 そんなことを考えながらしばらくぼーっと人の流れを見てると、ふとその中に見覚えのある顔を見つけたんだ。ルリのクラスメイトが三人でくっついて、楽しそうに歩いてる。何回か話したこともある、お互いに名前を知ってるくらいのクラスメイトたち。その中のひとり、黒髪を結んでる娘の目線が一瞬こっちを向いたんだけど、それはルリを捉えることなく横切っちゃった。
 ルリはあの娘たちのことをわかったのに、向こうはそうじゃない。きっと流動するいち群衆としか見られなかったんだと思う。それがわかると、ルリは更に強い達成感が湧いてきた。
 
18: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:10:31.99 ID:ilnC7IN/
 そうしたら、もう次の作戦は決まってるんだな。ルリはやおら立ち上がると、スニーカーの足裏をカエルの吸盤みたくして、ひっそりついていくことにした。

 言っとくけど、もちろんルリにクラスメイトをストーカーする趣味は無いよ?でも、本来あそこですれ違って終わりだったはずのあの娘たちにも、あの娘たちしか知らない行先があるはずだよね。そう思ったら、ルリはその秘密を暴いてみたくなったんだ。漫画に出てくる探偵みたいな気分で付かず離れず追いかけるのは初めてだったけど、それすらも楽しかったぜ。


 駅から抜けて兼六園口を出たすぐ、時たま出店とかイベントがやってる広場につくと、あの娘たちはその一角に向かっていった。どうやら目当てはそこにあるみたい。作戦が成功したことに喜びながら、少し人集りができ始めていて、ルリも顔を突っ込んでみようとすると、そこからすごく聴き馴染みのある曲が聴こえてきた。

 一瞬でわかったよ。こう見えてルリは義理人情の女。友達の歌う曲は何十回も聴いてきてるから、間違うはずはない。背の高い見物の後ろからぴょんぴょん跳ねて見ようと――したけどすぐに諦めて、すこしだけ横にズレて見ることにしたんだ。
 
19: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:11:37.13 ID:ilnC7IN/
 そこで歌っていたのは、ルリの予想通り……さやかちゃんと綴理先輩だった。見物に囲まれて、でもそこだけは隔絶されて聳え立つ、二人だけのステージがあったんだ。
 鏡合わせにデザインされたタキシードっぽい衣装の黒が、曲に合わせて艶かしい陽光の反射を繰り返してて、お日様が出てるはずなのに、そこだけはスポットライトが当てられたみたいに輝いて見えた。手足のひとつひとつが目まぐるしく展開していく映画みたいに揺らいで、振るわれて、踊り狂ってる。そしてその輪郭を裂くようにして響く歌声。DOLLCHESTRAのキレの良いパフォーマンスが見物を打つ度に歓声が上がる。それを聴いてまた二人が更に加速する。
 ルリとめぐちゃんもステージの上の魅力では負けないけど、こういうDOLLCHESTRAの純粋なパフォーマンスはホントに凄いと思う。こう、改めて間近で見るなんて久々で……ルリは結構感動しちゃったよね。
 
20: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:12:57.99 ID:ilnC7IN/
 スクールアイドルクラブは、申し込んだり誘われたりでちょいちょいライブに出るトキがあるんだ。全員で出たり、ユニットごとに出たりはまちまちだけど、基本全員で応援しに行ってるから互いのライブ予定は把握してる。
 けどこうしてゲリラっぽくストリートライブをやるのはそれぞれの自由なワケで、皆率先してやるって宣言したり、とかはしないんだ。梢先輩とかなら部長だし、把握してるとは思うけど……ルリたちはゲリラの暗黙の了解的な、そーいう雰囲気を以て、聞かれたら答える位にしてる。
 まぁ最近はスクールアイドルみたいな音楽文化が活発だから、おっきな駅前とかなら申請すればライブもすぐできるし。
 
 そんなだから、今日DOLLCHESTRAを見れたのにはすっごい驚いたんだ。正に青天の霹靂って感じ。どこかで情報を聞きつけたのか、たまたま通りかかったのか、さっきの三人組以外にも数人、蓮ノ空の生徒っぽい娘もいる。だからルリもそれに従って、壇上にいる二人にはバレないよう、いち通行人を装ってライブを見ようと思ったのサ。
 
21: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:13:59.37 ID:ilnC7IN/
 思い出した限り、校外でライブをしてるのはDOLLCHESTRAが一番多いんじゃないかな。パッと見で一番映えるし、商店街とか街の人に良く呼ばれるんだって。まーパフォーマンスも凄いしヴィジュアルも良いから、実際一番注目を集めやすいのがこの二人なんだろうね。

 ルリも二人の顔はちょー整ってると思う。天守みたいに精巧に立てられた鼻梁と、歌声の総てを官能のままに仕立て上げる淡紅色の唇。加えて駅前の雑然で無秩序な空気を隔てて、三日月みたいに鋭く隔たれた輪郭に、漆器に散らされた金粉を思わせる、キラキラ輝く眼。曲に合わせて微細に揺れ動く、歪んだ真珠みたいなそれらを二人のパッチワーク的な付属品と見ることは烏滸がましい気がする位。それでいて、浄玻璃の瞳は真っ直ぐに向こうを見ているのに、時々二人でチラッと向き合うってんだから、見物のこころを全部纏めて簒奪する、盗人みたいな魅惑が在ったんだ。
 
22: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:15:11.16 ID:ilnC7IN/
 さやかちゃんはマジメだし、綴理先輩も……独特だから?二人ともキリッとした表情でカッコイイ雰囲気なのも理由のひとつっぽい。
 でも、その凛って感じも別に真顔ってワケじゃなくて、ちゃんと楽しいとか、嬉しいって気持が伝わってくる表情で、あくまで自然な表情なんよね。

 それに何より、表情の中に自信とか、信頼とか……っていうよりも、『確信』があるのかも。自分たちが今一番燦めいてて、それを見てるルリたちも皆二人に夢中になってるんだって、きっとわかってるんじゃないかな。
 綴理先輩はともかく、さやかちゃんは日頃自信が無いって思ってるけど、DOLLCHESTRAとしてステージに立つさやかちゃんは――すごくアトラクチヴな自尊心に包まれてるよ。
 だから、ルリはそんな二人の顔が結構好きで……すごく、羨ましいと思う。
 
23: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:16:21.12 ID:ilnC7IN/
 そんな風にぼーっと見てたせいか、いつの間にかDOLLCHESTRAのストリートライブは終演を迎えてた。さやかちゃんが丁寧に、綴理先輩は手を振りながらそれぞれの個性的な挨拶を終えると、呼応したように見物がはけてくから、慌ててルリもその場を離れることにした。
 とはいっても他に行くところも無いし、少しでもライブの余韻に浸ってたくて、結局離れた街頭に寄りかかって二人が機材やらをまとめて撤収作業をしてるのを眺めることにしたんだ。

 声をかけても良かったけど、今のルリは服の中に仕舞われた秘密の保持だとか友達をねぎらう気持とかよりも、秘密を抱えたルリの姿を見られるのが嫌だったんだ。世界が二人を軸に回ってるみたいに自由な、生き生きとしてるさやかちゃんたちの前に立った瞬間その瞳が、ルリが如何に醜い化物なのかを表す姿見に変身しちゃう気がして、考えるだけで息が詰まりそうになった。スニーカーに水溜りごと入ったみたいな不快感にたまらなくなって、帽子ごと頭を抑えると、おっきな溜息が押し出されてくる……。
 
24: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:17:29.69 ID:ilnC7IN/
 そうやって目線を足元に置いてたからだと思う。でもまさか、そんなルリに声が掛かるなんて思っても見なかったんだ。

「るりちゃん、どうしたの?」

「…………へ?」

 パッと顔を上げると、そこにいたのはルリの無二の幼馴染。めぐちゃんが不思議そうにこてんと首を傾げてた。

 あんまりにも驚いたモンだから、みぎゃー!ってすっげーおっきな声が出ちまったぜ。賑やかな街の喧騒に紛れてそこまで目立たなかったのは不幸中の幸いってヤツ。

「なっ、ななな…なんでめぐちゃんが!?」

「私?お買い物とかもしてたんだけど……一番はやっぱ、推しの子に会いに!かな」
 
25: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:19:30.66 ID:ilnC7IN/
 爽やかに微笑んで、後ろを指差すめぐちゃん。……なるほど、どうやらめぐちゃんはさっきの生徒の三人組と同じく、DOLLCHESTRAのライブを観に来てたらしかった。SNSとかでも告知の発信はしてないと思うんだけど、皆どーやって情報仕入れてんのかなぁ?

「私も驚いちゃったよ。ライブ見てたら、端っこにるりちゃんが居るんだもん。お買い物?お散歩?」

「ん、まぁそんな感じ?金沢を放浪してたら、まさかの学友と親友に再開!みたいな?」

「そっか。にしても、今日のるりちゃんはお洒落だね。カッコ良いよ!」

「そ、そう?えへへ…」

 ルリ、ファッションセンスあったのか。今週一番の衝撃。いつもはめぐちゃんの選んだ服を着てるし、今日はめぐちゃん離れしようと雰囲気変えたつもりだったんだけど、それが良かったのかな?
 
27: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:20:40.57 ID:ilnC7IN/
 それより、めぐちゃんはルリがいたことをライブの時から知ってたらしい。ルリは夢中で全然気付かなかったや。でも、そうすると……

「めぐちゃん、ルリがルリだってすぐわかったの?」

「?うん、そうだね」

「ルリ、今日は脱・ルリコーデと言いますか、男の子っぽくして髪も隠して、結構誰にも気付かれないつもりだったんだけど……」

「そうなの?」

 まさかの変装大失敗。隠れてたつもりもすぐ探されて、正にドントウォーリー、ルリ。ダブルの意味で。
 だもんでガクリと項垂れてると、めぐちゃんがんー、と可愛く考え込む。その様に、いつもと同じ女の子っぽいひらひらのファッションが似合ってるなぁ、なーんて他人事みたいな感想が浮かんだ。

「なんでだろう?パッと見てすぐにわかったんだよね~」

「えぇ~…そんなご無体なぁ」
 
28: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:22:44.69 ID:ilnC7IN/
「う~ん……あ!もしかしてだけど」

「?」

「ドルケのライブを観る時に、るりちゃんと一緒に観れたらもっと楽しいのにな~って思ったんだ。そしたらすぐ見つかって、もうビックリだよ。ぐーぜんなんてあんまり無かったし、何だかカッコイイ私服だしで新鮮だね!」

 そうやってにっこり笑うめぐちゃんに不覚、ルリの耳奥が血流の摩擦で熱くなるのを感じちゃった。そりゃ〇し文句だぜ?めぐちゃん。
 ルリが必死になって大沢瑠璃乃っていう女の所在を剥奪して、厳格に隠蔽してやったってのに、その眼隠しを外すこと無く正体を言い当てて、その上でこの格好を私服なんて言っちゃうのは、きっとめぐちゃんだけサ。
 
29: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:23:27.23 ID:ilnC7IN/
「わっ!?どったのるりちゃん?」

「愛してるぜ~!めぐちゃ~ん」

 幼馴染の度胸に飛び込むと、動じることなくふわふわに迎え入れてくれた。アスファルトに立ち続けて肉まで硬くなった足裏をいっぱいに伸ばしてめぐちゃんを抱き締める。ふわりと甘い優しさを嗅ぐと、ここが金沢駅前の広場ではなくて、時たま昼寝をさせて貰っているめぐちゃんの部屋の蒲団の中だったり、はたまたもっと誰もいない、波音しかしない長手島の森の中みたいな安心感を思い出した。
 
30: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:24:03.24 ID:ilnC7IN/
 とはいえ、今までルリが纏ってたシークレット・エージェントの妄想がめぐちゃんに破られたからか、ずっと胸の中で鉄みたく熱されてた秘密も、ぬるま湯とさして変わらないような、アスファルトに浮かぶ水溜りみたいな気がして、あっという間にどうでも良くなっちゃった。
 寺町の瓦の欠けた軒や、香炉の中でなんとか以前の形を保っている灰を見たとしても、秘密を失ったルリにとっては無味乾燥の〇風景にしか映らず、夢から醒めるみたくして興味を失っちゃうと思う。

 溜め込んできた充電が無くなった訳じゃないけど、少なくとも今日はこれ以上秘密に縋り付く気は起きなかった。
 
31: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:25:43.67 ID:ilnC7IN/
 でも――いや、だからこそ。めぐちゃんの顔を眺めてると、ルリポイントとはまた別の心地良さと言うか、肯定が生む快さがあった。
 充電はそも、ルリと他人との境界が曖昧になった時、ルリの存在を疑い、確立させるためのもの。ルリのアイデンティティであり、その崩壊でもあるってこと。じゃあその曖昧な揺らぎを超越しためぐちゃんの瞳は、一体ルリの取り繕った身形や、その中に潜む醜い機構なんかの、あらゆる側面の存在を保証してくれてるような気がした。めぐちゃんがルリを思うこころ故に、ルリは今の此処に在るのではないか。
 
 そう考えたら、眼の前にめぐちゃんがいる偶然が何だかたまらなくなって、めぐちゃんの手を取り、おっきく振り回してみる。

「よし!ヘイ、めぐちゃん!」
 
32: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:27:34.65 ID:ilnC7IN/
「なぁに?るりちゃん」

「暇かい?カッコイイルリと、お茶でもどうよ?」

「わっ、もちろん!暇暇、行こ行こ!」

 秘密というものは最終的に暴かれ、破壊され、虚無へと変貌するからこそ秘密なのかもしれない。ならばめぐちゃんとのお茶会を経ることで、もう一度厭世的な快楽へ戻ることも可能かもしれない、とそこまで考えて、ルリは思考を打ち切った。そんな企みはルリの個人的な事情に過ぎなくて、めぐちゃんの純粋な楽しみを悪用することになる。それはルリ的にベリバじゃね?って言う良心に従うことにしたんだ。 

 きっとまたしばらく経てばルリポイントも無くなって、もッと孤独と欺瞞に塗れた歓楽を欲することになるだろうけど。またこうしてめぐちゃんと笑い合えるなら、それも悪くないのかなと、ルリ思う。故に、ルリ在り。
 
33: (しまむら) 2023/06/18(日) 22:29:57.21 ID:ilnC7IN/
おわり

序文、話の流れや一部表現は谷崎潤一郎「秘密」を元にしています。

るり党と耽美派と、地の文SSの布教として書いてみました。
地の文書くのは台本とは違った楽しさがあるので是非。
 
26: (やわらか銀行) 2023/06/18(日) 22:19:47.07 ID:Km6yyyGu
瑠璃乃ss少ないから助かる
 
35: (SIM) 2023/06/18(日) 22:39:25.61 ID:v1BPMr5g

瑠璃乃らしさが表現されてて面白かった
 
36: (ますのすし) 2023/06/18(日) 22:51:14.16 ID:dh376C/3
おつ
こういうのも良いな
金沢の街中の情景が浮かんできたぜ
 
39: (しまむら) 2023/06/18(日) 23:44:07.67 ID:YlfxLbgJ
コンペで色んなss読めて楽しいな
 
40: (茸) 2023/06/19(月) 00:27:37.42 ID:/tznb4oQ

単純にルリちゃんのSSが読めて嬉しい
 
41: (SIM) 2023/06/19(月) 01:28:03.44 ID:s7819y2l
瑠璃乃ちゃんっぽさを保ちつつ純文学なの面白いな
 
38: (おにぎり) 2023/06/18(日) 23:19:30.66 ID:PMVOaA4r
金沢の民だから場面が簡単に想像できて楽しめたわ
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1687091570/

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