2:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:00:25 ID:???00
セラス『ねぇ、花ちゃん。海に行ったとき、“落とし物”だけは絶対に拾っちゃダメだよ』
セラス『海はね、霊がたくさん集まるの。花ちゃんは優しいから、幽霊にも好かれてつけ込まれると思って……これは、忠告』
花帆(小さい頃、せっちゃんにそう言われたことがある。怖いのが苦手なあたしを揶揄うための冗談、そう思って流したけど……)
花帆(クラブの皆と一緒に海に来てるあたしは、唐突にそれを思い出した。何故かって、とっても綺麗な物をあたしは浜辺で拾ったから)
キラキラ…
花帆「わぁ、キラキラしたビー玉……シーグラス、ってこういうのかな?」ジー
花帆「……」
花帆「こんなに素敵な物なんだし……海の思い出として、これくらい持ち帰ったっていい、よね」
花帆(せっちゃんの忠告……それを上回る程の、抑えがたい衝動があった。きっと、何も起こるはずなんてないし)
花帆「……」ジー
花帆「本当、透き通った“海”みたいな色で、とっても綺麗だなぁ……」ポツリ
ザザーン…
「……」ジー
セラス『海はね、霊がたくさん集まるの。花ちゃんは優しいから、幽霊にも好かれてつけ込まれると思って……これは、忠告』
花帆(小さい頃、せっちゃんにそう言われたことがある。怖いのが苦手なあたしを揶揄うための冗談、そう思って流したけど……)
花帆(クラブの皆と一緒に海に来てるあたしは、唐突にそれを思い出した。何故かって、とっても綺麗な物をあたしは浜辺で拾ったから)
キラキラ…
花帆「わぁ、キラキラしたビー玉……シーグラス、ってこういうのかな?」ジー
花帆「……」
花帆「こんなに素敵な物なんだし……海の思い出として、これくらい持ち帰ったっていい、よね」
花帆(せっちゃんの忠告……それを上回る程の、抑えがたい衝動があった。きっと、何も起こるはずなんてないし)
花帆「……」ジー
花帆「本当、透き通った“海”みたいな色で、とっても綺麗だなぁ……」ポツリ
ザザーン…
「……」ジー
3:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:01:20 ID:???00
────────
────
ザザーン…
花帆「……あれ?」
花帆(──夢を見た。それが夢だと、直感的にわかってしまうような感覚があったから、あたしはそう気づけた)
花帆「ここは…………この前行った、海岸?」
花帆「……っ!」ピタ
────
ザザーン…
花帆「……あれ?」
花帆(──夢を見た。それが夢だと、直感的にわかってしまうような感覚があったから、あたしはそう気づけた)
花帆「ここは…………この前行った、海岸?」
花帆「……っ!」ピタ
4:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:02:40 ID:???00
ザザーン…
花帆(……押し寄せる波が足を冷やす。でもあたしは、その波を耳でしか確認できない)
花帆「っ、身体が、動かない……」
花帆(……海を背にしてあたしは、金縛りにあったかのように立ち尽くしていた。ほんの少しだって、動けない)
ズル…
花帆「……ぇ」
ズル…ズル…
花帆(……背後から何かを引き摺る音がする。だけど)
花帆(後ろを振り返ることも、できない)
花帆(……押し寄せる波が足を冷やす。でもあたしは、その波を耳でしか確認できない)
花帆「っ、身体が、動かない……」
花帆(……海を背にしてあたしは、金縛りにあったかのように立ち尽くしていた。ほんの少しだって、動けない)
ズル…
花帆「……ぇ」
ズル…ズル…
花帆(……背後から何かを引き摺る音がする。だけど)
花帆(後ろを振り返ることも、できない)
5:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:04:51 ID:???00
花帆「っ、すぅ……」
花帆(上手く、呼吸ができなかった)
ズル…ズル…
花帆(得体の知れない何かが……だんだんと近づいてくる気配を、あたしは背後にひたと感じていたから)
花帆「……!」
花帆(夢の中なのに五感ははっきりしていて、ツンと、磯の香りが鼻に抜けた)
ベチャ…
花帆(……同時に、首筋にぬるぬるとした感触もあった)
花帆(上手く、呼吸ができなかった)
ズル…ズル…
花帆(得体の知れない何かが……だんだんと近づいてくる気配を、あたしは背後にひたと感じていたから)
花帆「……!」
花帆(夢の中なのに五感ははっきりしていて、ツンと、磯の香りが鼻に抜けた)
ベチャ…
花帆(……同時に、首筋にぬるぬるとした感触もあった)
6:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:05:25 ID:???00
花帆「……っ」
花帆(その生臭さにあたしは、酷い吐き気を催しそうになる。普段は経験したことのないような、悪臭)
ペタ…
花帆「……!」
花帆(違う。嗅いだこともないはずなのに、本能でわかる。これは………………“死臭”だ)
ペタ…ペタ…
花帆「っ……」
花帆(後ろに、確実に“誰か”がいる。あたしの左頬をなぞる、氷のように冷えた指の感触。そして、その指があたしを──)
花帆(その生臭さにあたしは、酷い吐き気を催しそうになる。普段は経験したことのないような、悪臭)
ペタ…
花帆「……!」
花帆(違う。嗅いだこともないはずなのに、本能でわかる。これは………………“死臭”だ)
ペタ…ペタ…
花帆「っ……」
花帆(後ろに、確実に“誰か”がいる。あたしの左頬をなぞる、氷のように冷えた指の感触。そして、その指があたしを──)
7:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:05:54 ID:???00
────
────────
花帆「……zzz」
「……さん! 日野下さん!」バンッ
花帆「──!?? あ、あれ、ここは砂浜……」キョロキョロ
先生「いいえ。ここは教室で……今は国語の時間ですよ、日野下さん。授業中に居眠りとは良い度胸ですね」ニコッ
花帆「ぇ……あ!」ガタッ
花帆(あ、そっか、さっきのは夢……!? じゃああたし、授業中にいつの間にか眠っちゃってたんだ……!)
────────
花帆「……zzz」
「……さん! 日野下さん!」バンッ
花帆「──!?? あ、あれ、ここは砂浜……」キョロキョロ
先生「いいえ。ここは教室で……今は国語の時間ですよ、日野下さん。授業中に居眠りとは良い度胸ですね」ニコッ
花帆「ぇ……あ!」ガタッ
花帆(あ、そっか、さっきのは夢……!? じゃああたし、授業中にいつの間にか眠っちゃってたんだ……!)
8:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:06:43 ID:???00
先生「まったく……受験生なんですから、授業は真面目に受けるように。いいですか、日野下さん」
花帆「それは、えと……」
花帆「……は、はい」
先生「よろしい。では、授業を再開しますね──」
花帆「はぁ……」シュン
瑠璃乃「? ……」ジー
花帆「……」
花帆(あんなにリアルで怖かったのに、全部夢だなんて信じられない……! ……でも、それよりもずっとおかしなことがあった)
花帆(どうしてあたし、“国語の時間”に居眠りなんてしちゃったんだろう……?)
花帆「それは、えと……」
花帆「……は、はい」
先生「よろしい。では、授業を再開しますね──」
花帆「はぁ……」シュン
瑠璃乃「? ……」ジー
花帆「……」
花帆(あんなにリアルで怖かったのに、全部夢だなんて信じられない……! ……でも、それよりもずっとおかしなことがあった)
花帆(どうしてあたし、“国語の時間”に居眠りなんてしちゃったんだろう……?)
9:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:07:53 ID:???00
花帆(──あたしにとって、本は……小説は、魔法だった)
花帆(本を読めば、どんな時だってあたしは未知の世界を知れる)
花帆(物語の“海”を、どこまでも泳ぐことができる)
花帆「うーん……」
花帆(だから国語の授業なんて、最高の時間のはずで……昨日もちゃんとぐっすり眠ったはずなのに、なんでだろう……)
キラキラ…
花帆「……?」チラッ
花帆(その時、不思議と……筆箱の中に入れておいたあのビー玉が、なんとなく“海”の色に光ったような気がした)
ザザーン…
「……」ジー
花帆(本を読めば、どんな時だってあたしは未知の世界を知れる)
花帆(物語の“海”を、どこまでも泳ぐことができる)
花帆「うーん……」
花帆(だから国語の授業なんて、最高の時間のはずで……昨日もちゃんとぐっすり眠ったはずなのに、なんでだろう……)
キラキラ…
花帆「……?」チラッ
花帆(その時、不思議と……筆箱の中に入れておいたあのビー玉が、なんとなく“海”の色に光ったような気がした)
ザザーン…
「……」ジー
10:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:08:11 ID:???00
────────
────
ザザーン…
花帆「え……」
花帆「……また、同じ夢?」
花帆(あたしはまた、明晰夢を見ていた。そして、それは明確に前回の『続き』だった)
────
ザザーン…
花帆「え……」
花帆「……また、同じ夢?」
花帆(あたしはまた、明晰夢を見ていた。そして、それは明確に前回の『続き』だった)
11:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:08:35 ID:???00
花帆「っ……」
花帆(あたしは相も変わらず動けないし、冷たい指の感触があたしの頬を撫で続けている)
ペタ…ペタ…
花帆「ぁ……」
花帆(背筋が、凍る。あたしからは見えないその指が、あたしの顔の輪郭を確かめるようにペタペタと動き──)
花帆「!?? ごぽっ……っ!?」
花帆(──次の瞬間、目の前が一気に真っ青になった)
花帆(あたしは相も変わらず動けないし、冷たい指の感触があたしの頬を撫で続けている)
ペタ…ペタ…
花帆「ぁ……」
花帆(背筋が、凍る。あたしからは見えないその指が、あたしの顔の輪郭を確かめるようにペタペタと動き──)
花帆「!?? ごぽっ……っ!?」
花帆(──次の瞬間、目の前が一気に真っ青になった)
12:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:08:57 ID:???00
コポコポコポ…
花帆(あたり一面、水の色。あたしは背中から……海に、無理矢理落とされたんだ。“誰か”の手で)
花帆「……! っ……!」バタバタ
花帆(海水の中なのに、何故か目を閉じることができない。海水が痛いほど突き刺さりながら、あたしはひたすら水中でもがく)
グチャ…
花帆「!」
花帆(目の前に──“誰か”の姿があった)
花帆(あたり一面、水の色。あたしは背中から……海に、無理矢理落とされたんだ。“誰か”の手で)
花帆「……! っ……!」バタバタ
花帆(海水の中なのに、何故か目を閉じることができない。海水が痛いほど突き刺さりながら、あたしはひたすら水中でもがく)
グチャ…
花帆「!」
花帆(目の前に──“誰か”の姿があった)
13:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:09:20 ID:???00
「……」
花帆(……膨れ上がってぶよぶよとした身体。溶け出してぐずぐずに崩れた腕。びっしりと繁殖した水苔のせいで、顔はよく見えない)
花帆「……ぅ」
花帆(目を背けたくても、あたしの身体は水中の何かに絡みつかれたかのようで……その視線は、全く動かせない)
花帆「けほ、っ……」
花帆(空気を求めて開いた口は、ただ塩辛い風味だけを摂取した。肺の中に重い水が溜まる錯覚がして、夢の中なのに苦しい)
花帆(……膨れ上がってぶよぶよとした身体。溶け出してぐずぐずに崩れた腕。びっしりと繁殖した水苔のせいで、顔はよく見えない)
花帆「……ぅ」
花帆(目を背けたくても、あたしの身体は水中の何かに絡みつかれたかのようで……その視線は、全く動かせない)
花帆「けほ、っ……」
花帆(空気を求めて開いた口は、ただ塩辛い風味だけを摂取した。肺の中に重い水が溜まる錯覚がして、夢の中なのに苦しい)
14:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:09:45 ID:???00
グチャ…
花帆「!」
花帆(“誰か”は力なく右腕を動かし、その顔に突き立て──思い切り引き摺った。頬の肉が剥がれる。気味の悪い液体が溢れる)
花帆「……ぇ」
花帆(同時に……顔を覆っていた水苔が捲れ、海中に静かに剥がれ落ちた。あたしは、その“誰か”と正面から向き合って……)
花帆(──見てしまった。目の前の“誰か”はあたしにぐいと鼻先を近づける。それを辿った、向かって右側にある眼窩には)
花帆(本来あるはずの“左眼”が、無かった)
花帆「!」
花帆(“誰か”は力なく右腕を動かし、その顔に突き立て──思い切り引き摺った。頬の肉が剥がれる。気味の悪い液体が溢れる)
花帆「……ぇ」
花帆(同時に……顔を覆っていた水苔が捲れ、海中に静かに剥がれ落ちた。あたしは、その“誰か”と正面から向き合って……)
花帆(──見てしまった。目の前の“誰か”はあたしにぐいと鼻先を近づける。それを辿った、向かって右側にある眼窩には)
花帆(本来あるはずの“左眼”が、無かった)
15:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:10:10 ID:???00
────
────────
花帆「──!? っ、はっ」ガバッ
先生「……日野下さん?」
花帆「……あ、あれ? ……!」ガタッ
花帆(目を開けると──海中でもなんでもなく、普段通りの教室があった。それも授業中の。……つまり、これは)
先生「日野下さん、もしかして2日連続で居眠りですか?」ニコッ
花帆「あ、そ、その…………ごめんなさい……」シュン
花帆(だけど、先生。代わりに花帆は、とてつもなく怖い夢を見たんですよ……なんて、なんの言い訳にもならない)
────────
花帆「──!? っ、はっ」ガバッ
先生「……日野下さん?」
花帆「……あ、あれ? ……!」ガタッ
花帆(目を開けると──海中でもなんでもなく、普段通りの教室があった。それも授業中の。……つまり、これは)
先生「日野下さん、もしかして2日連続で居眠りですか?」ニコッ
花帆「あ、そ、その…………ごめんなさい……」シュン
花帆(だけど、先生。代わりに花帆は、とてつもなく怖い夢を見たんですよ……なんて、なんの言い訳にもならない)
16:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:11:23 ID:???00
先生「では……ちょうどいいので、日野下さん。いま読んでいた近代小説、その続きの文章から、立って音読してくれますか?」
花帆「! は……はい!」ガタッ
花帆「えと……」キョロキョロ
さやか「花帆さん、教科書87ページの最初からですよ」コソッ
花帆「あ、ありがと、さやかちゃん!」コソッ
花帆「! は……はい!」ガタッ
花帆「えと……」キョロキョロ
さやか「花帆さん、教科書87ページの最初からですよ」コソッ
花帆「あ、ありがと、さやかちゃん!」コソッ
17:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:11:46 ID:???00
花帆「はぁ……」
花帆(さっきの夢がまだ、あたしの中で反響している気がする。潮の匂い、波の音……海中の息苦しさが、頭から離れない)
ザザーン…
瑠璃乃「……」ジー
花帆(まぁ、でも……先生に指名されちゃったなら仕方ないよね。あたしは、教科書の件のページを開いて──)
花帆「……」ペラッ
花帆「……」
ザザーン…
花帆「!」
花帆(──その文字列に、透き通った“海”を感じた)
花帆(さっきの夢がまだ、あたしの中で反響している気がする。潮の匂い、波の音……海中の息苦しさが、頭から離れない)
ザザーン…
瑠璃乃「……」ジー
花帆(まぁ、でも……先生に指名されちゃったなら仕方ないよね。あたしは、教科書の件のページを開いて──)
花帆「……」ペラッ
花帆「……」
ザザーン…
花帆「!」
花帆(──その文字列に、透き通った“海”を感じた)
18:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:12:39 ID:???00
花帆「……」
ザザーン…
花帆「……」
花帆「……」
先生「……? 日野下さん?」
ザザーン…
花帆「……」ジー
花帆(なんて、綺麗なんだろう……! 物語の渦巻く、小説という“海”が、あたしの目を釘付けにする)
ザザーン…
花帆「……」
花帆「……」
先生「……? 日野下さん?」
ザザーン…
花帆「……」ジー
花帆(なんて、綺麗なんだろう……! 物語の渦巻く、小説という“海”が、あたしの目を釘付けにする)
19:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:14:02 ID:???00
ザザーン…
花帆「……」
花帆(その美しく懐かしい光景は、思わず、あたしも息を呑んでしまうくらいで……)
花帆(だから、ふと思った。あたしは、この中でなら…………)
(…………“死んでも”いい、って)
花帆「……」
花帆(その美しく懐かしい光景は、思わず、あたしも息を呑んでしまうくらいで……)
花帆(だから、ふと思った。あたしは、この中でなら…………)
(…………“死んでも”いい、って)
20:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:14:27 ID:???00
花帆「……」ジー
ザザーン…
ザザーン…
花帆(このまま、“海”に──)
瑠璃乃「──ダメっ、花帆ちゃん!!!」ドンッ
ガタンッ‼︎
花帆「っ!??」
先生「!?!? お、大沢さん!? いきなり日野下さんに体当たりをするなんて、ご乱心ですか!?」
ザザーン…
ザザーン…
花帆(このまま、“海”に──)
瑠璃乃「──ダメっ、花帆ちゃん!!!」ドンッ
ガタンッ‼︎
花帆「っ!??」
先生「!?!? お、大沢さん!? いきなり日野下さんに体当たりをするなんて、ご乱心ですか!?」
21:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:14:47 ID:???00
花帆「──!? はっ、はっ……」
花帆(途端に……苦しくなって、あたしは激しく息継ぎを繰り返した。あたしの視界が、だんだんと鮮明になる)
さやか「る……瑠璃乃さん、花帆さん? どうしたんですか……!?」ガタッ
瑠璃乃「さやかちゃん。……その、花帆ちゃんが」チラッ
花帆「はぁ……はぁっ、はー……はっ……」
瑠璃乃「……花帆ちゃん、ゆっくり息を吸って、落ち着いて。大丈夫だから」サスサス
花帆(途端に……苦しくなって、あたしは激しく息継ぎを繰り返した。あたしの視界が、だんだんと鮮明になる)
さやか「る……瑠璃乃さん、花帆さん? どうしたんですか……!?」ガタッ
瑠璃乃「さやかちゃん。……その、花帆ちゃんが」チラッ
花帆「はぁ……はぁっ、はー……はっ……」
瑠璃乃「……花帆ちゃん、ゆっくり息を吸って、落ち着いて。大丈夫だから」サスサス
22:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:16:00 ID:???00
花帆「っ、はっ、はっ……」
花帆(何が起きたのか、あたしは全くわからなかった)
花帆(確かさっき……そうだ、目の前に“海”があった。あたしは、文字通り息をするのも忘れながらそれを眺めていたはずで)
花帆(そうしたら、段々と……海の中なら、このまま“死んでも”いいと思って…………え?)
瑠璃乃「……花帆ちゃん」ナデナデ
花帆「はっ、はぁっ、っ……」グスッ
花帆(怖い、怖い……怖い! あと一瞬でも遅かったら、瑠璃乃ちゃんがあたしを止めてくれなかったら、あたしは……!)
花帆(──物語の“海”で溺れ、窒息していたんだ)
花帆(何が起きたのか、あたしは全くわからなかった)
花帆(確かさっき……そうだ、目の前に“海”があった。あたしは、文字通り息をするのも忘れながらそれを眺めていたはずで)
花帆(そうしたら、段々と……海の中なら、このまま“死んでも”いいと思って…………え?)
瑠璃乃「……花帆ちゃん」ナデナデ
花帆「はっ、はぁっ、っ……」グスッ
花帆(怖い、怖い……怖い! あと一瞬でも遅かったら、瑠璃乃ちゃんがあたしを止めてくれなかったら、あたしは……!)
花帆(──物語の“海”で溺れ、窒息していたんだ)
23:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:16:28 ID:???00
花帆「はっ、はぁ……ひっ、ぐすっ……」ポロポロ
瑠璃乃「あぁ、泣かないで花帆ちゃん。ルリが守るから」ナデナデ
ザワザワ…
先生「…………あの、一体、何が起こっているんですか?」
瑠璃乃「あ。えぇっと、これは……」
さやか「……」
さやか「……あの、すみません先生。わたし達3人、体調がすぐれないので早退させていただけますか?」
瑠璃乃「あぁ、泣かないで花帆ちゃん。ルリが守るから」ナデナデ
ザワザワ…
先生「…………あの、一体、何が起こっているんですか?」
瑠璃乃「あ。えぇっと、これは……」
さやか「……」
さやか「……あの、すみません先生。わたし達3人、体調がすぐれないので早退させていただけますか?」
24:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:16:59 ID:???00
────
花帆「──……んん」パチリ
「花帆ちゃん。目、さめた?」
花帆「あれ……その声は瑠璃乃ちゃん……? ここって……」ノソリ
瑠璃乃「ここはね、保健室のベッドだよ。さやかちゃんとルリの2人で、花帆ちゃんをここまで連れてきたんだ」ニコッ
花帆「ベッド……さやかちゃんと、瑠璃乃ちゃんが……」ポツリ
さやか「ええ。お体の調子はいかがですか、花帆さん?」
花帆「あ、さやかちゃん。えぇと……」
花帆(一体、何があったんだっけ……? まだ、夢の中の海中にいるような心地で……あたしの思考は淀んでいる)
花帆「──……んん」パチリ
「花帆ちゃん。目、さめた?」
花帆「あれ……その声は瑠璃乃ちゃん……? ここって……」ノソリ
瑠璃乃「ここはね、保健室のベッドだよ。さやかちゃんとルリの2人で、花帆ちゃんをここまで連れてきたんだ」ニコッ
花帆「ベッド……さやかちゃんと、瑠璃乃ちゃんが……」ポツリ
さやか「ええ。お体の調子はいかがですか、花帆さん?」
花帆「あ、さやかちゃん。えぇと……」
花帆(一体、何があったんだっけ……? まだ、夢の中の海中にいるような心地で……あたしの思考は淀んでいる)
25:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:17:16 ID:???00
さやか「いや本当、いきなり瑠璃乃さんが花帆さんにぶつかるやら、花帆さんは泣き出すやらで、わたしはビックリしましたよ……」
花帆「……あ」
花帆(そう、だった。教室で突然、あたしは“海”で溺れたみたいに呼吸ができなくなって、そして……)
花帆「そうだ……確か、瑠璃乃ちゃんがあたしを……」ポツリ
花帆「……あ」
花帆(そう、だった。教室で突然、あたしは“海”で溺れたみたいに呼吸ができなくなって、そして……)
花帆「そうだ……確か、瑠璃乃ちゃんがあたしを……」ポツリ
26:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:17:34 ID:???00
花帆(あの瞬間、あたしは息を呑み、飛び込んでいた……教科書の中の近代小説、その物語の“海”に)
花帆(……もし、瑠璃乃ちゃんがあたしを止めてくれなきゃ、あたしは窒息するところだったんだ)
瑠璃乃「もうちっと、ルリが早くから気づいてたら、こんなことにはならなかったんだけど……気づいたのは、こないだでさ」
花帆「? 気づいた、って……?」
瑠璃乃「花帆ちゃんに取り憑いてる──“幽霊”のこと、だよ」
花帆(……もし、瑠璃乃ちゃんがあたしを止めてくれなきゃ、あたしは窒息するところだったんだ)
瑠璃乃「もうちっと、ルリが早くから気づいてたら、こんなことにはならなかったんだけど……気づいたのは、こないだでさ」
花帆「? 気づいた、って……?」
瑠璃乃「花帆ちゃんに取り憑いてる──“幽霊”のこと、だよ」
27:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:18:35 ID:???00
────
瑠璃乃「──そっか。花帆ちゃん、海でシーグラスを拾ったんだ。んで、そっから海の夢を見るようになった、と……」
花帆「うん。拾っちゃいけないって知ってたはずなんだけど……綺麗だったから、つい」
花帆(あたしは2人に、今まであったこと……拾ったビー玉のことや、怖い夢の話を全て伝えた)
瑠璃乃「──そっか。花帆ちゃん、海でシーグラスを拾ったんだ。んで、そっから海の夢を見るようになった、と……」
花帆「うん。拾っちゃいけないって知ってたはずなんだけど……綺麗だったから、つい」
花帆(あたしは2人に、今まであったこと……拾ったビー玉のことや、怖い夢の話を全て伝えた)
28:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:19:14 ID:???00
さやか「シーグラス……海辺に流れ着いた、滑らかなガラス片のことですよね。ビー玉であれば、シー玉、ともいいますか」
瑠璃乃「水辺には霊が寄り付きやすいからねぇ……それに、海に行ったあの時期はお盆も近かったし」ウンウン
さやか「そう、ですね。……おそらくですが、花帆さんの拾ったそれに何か霊的なものが取り憑き、悪戯をしているのでしょう」
瑠璃乃「だね。だとすっと、対処法は……」ウーン
花帆「あ、あの…………2人とも?」
瑠璃乃「?」
花帆「なんでそんなに……“幽霊”に詳しいの!? あたし、怖いの苦手で全然、信じてもいないのに……!!」
さやか「……いま現在幽霊に取り憑かれている、当事者の花帆さんが言いますか、それ??」
瑠璃乃「水辺には霊が寄り付きやすいからねぇ……それに、海に行ったあの時期はお盆も近かったし」ウンウン
さやか「そう、ですね。……おそらくですが、花帆さんの拾ったそれに何か霊的なものが取り憑き、悪戯をしているのでしょう」
瑠璃乃「だね。だとすっと、対処法は……」ウーン
花帆「あ、あの…………2人とも?」
瑠璃乃「?」
花帆「なんでそんなに……“幽霊”に詳しいの!? あたし、怖いの苦手で全然、信じてもいないのに……!!」
さやか「……いま現在幽霊に取り憑かれている、当事者の花帆さんが言いますか、それ??」
29:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:19:37 ID:???00
瑠璃乃「いやまぁ、ほら! ルリは怪談好きの端くれとして、多少はこう……霊感? があるからね」ウンウン
花帆「え゛、怖い話が好きなうえに霊感まで……!!?」ガクブル
さやか「わたしは特段、そういう能力があるわけではありませんが、知識だけは日ごろから蓄えるようにしていますね」コホン
さやか「小鈴さんが怖い話の類をお好きなようですし……その表現力は、DOLLCHESTRAの活動にも活かせるのではないかと思いましたから」クスッ
花帆「さやかちゃんまで……! こ、怖い話を聞くと、あたし眠れなくなっちゃうんだけどなぁ……もー……!」プクー
花帆(でも、なんだか……2人と話していると安心する。文字通り、全部悪い夢だったかのように思えてくるくらい)
花帆「瑠璃乃ちゃん。……結局、あたしはその“幽霊”に対して何をすればいいの?」
花帆「え゛、怖い話が好きなうえに霊感まで……!!?」ガクブル
さやか「わたしは特段、そういう能力があるわけではありませんが、知識だけは日ごろから蓄えるようにしていますね」コホン
さやか「小鈴さんが怖い話の類をお好きなようですし……その表現力は、DOLLCHESTRAの活動にも活かせるのではないかと思いましたから」クスッ
花帆「さやかちゃんまで……! こ、怖い話を聞くと、あたし眠れなくなっちゃうんだけどなぁ……もー……!」プクー
花帆(でも、なんだか……2人と話していると安心する。文字通り、全部悪い夢だったかのように思えてくるくらい)
花帆「瑠璃乃ちゃん。……結局、あたしはその“幽霊”に対して何をすればいいの?」
30:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:20:03 ID:???00
瑠璃乃「んー、そうだね……」ウーン
瑠璃乃「まぁ、とりあえずは、花帆ちゃんが拾ったそのシーグラスを、元あった場所に返すのが一番かな」ウンウン
瑠璃乃「ルリが思うに今の状況、物に憑いてた霊が花帆ちゃんを同じ目に合わせようと取り憑いた……みたいな感じ、だからね」
花帆「? 同じ目、って……」
瑠璃乃「それは……」
さやか「………………溺死、でしょうね」
瑠璃乃「まぁ、とりあえずは、花帆ちゃんが拾ったそのシーグラスを、元あった場所に返すのが一番かな」ウンウン
瑠璃乃「ルリが思うに今の状況、物に憑いてた霊が花帆ちゃんを同じ目に合わせようと取り憑いた……みたいな感じ、だからね」
花帆「? 同じ目、って……」
瑠璃乃「それは……」
さやか「………………溺死、でしょうね」
31:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:20:29 ID:???00
花帆「……!」
瑠璃乃「花帆ちゃん、さっき“息をするのも忘れて”教科書を見つめてたからね。あのままだときっと、酸欠になってたよ」
さやか「三途の川しかり、水辺には、あの世との境界があるとも言われてもいます。……お盆の海は足を引かれる、とも」
さやか「花帆さんのことも、その幽霊が冥界……“海”に引き摺りこもうとしていたのではないでしょうか。同じ、やり方で」
花帆「……そっ、か」
花帆(あたしは、小説の物語に“海”を感じて……あの“誰か”はその隙につけ込んで、あたしをその“海”に沈めた)
花帆(……夢の中で会った“誰か”の身体が、ぶくぶくに膨れ上がっていたことをあたしは思い出す)
花帆(あれは、海で亡くなった──水死体だから、だったんだ)
瑠璃乃「花帆ちゃん、さっき“息をするのも忘れて”教科書を見つめてたからね。あのままだときっと、酸欠になってたよ」
さやか「三途の川しかり、水辺には、あの世との境界があるとも言われてもいます。……お盆の海は足を引かれる、とも」
さやか「花帆さんのことも、その幽霊が冥界……“海”に引き摺りこもうとしていたのではないでしょうか。同じ、やり方で」
花帆「……そっ、か」
花帆(あたしは、小説の物語に“海”を感じて……あの“誰か”はその隙につけ込んで、あたしをその“海”に沈めた)
花帆(……夢の中で会った“誰か”の身体が、ぶくぶくに膨れ上がっていたことをあたしは思い出す)
花帆(あれは、海で亡くなった──水死体だから、だったんだ)
32:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:20:50 ID:???00
花帆「……」
花帆(あたしは、あの時拾ったシーグラス……“海”の色のように透き通った、ビー玉の輪郭を思い浮かべる)
花帆「海に、シーグラスを返せば……全部、終わるんだよね?」
花帆(そうやって楽観的に考えると、一気に肩の荷が降りたような気がした)
さやか「はい。ですので、わたしもすぐに、またあの海に行けるような計画を立ててみますね」
瑠璃乃「うんうん。ま、大丈夫だって、花帆ちゃん! こーゆーのは基本、元あった場所に返せば丸く収まるわけなんだし」ウンウン
瑠璃乃「心配しなくても、なるようになるって!」ニコッ
花帆「……うん。そう、だよね!」
花帆(あたしは、あの時拾ったシーグラス……“海”の色のように透き通った、ビー玉の輪郭を思い浮かべる)
花帆「海に、シーグラスを返せば……全部、終わるんだよね?」
花帆(そうやって楽観的に考えると、一気に肩の荷が降りたような気がした)
さやか「はい。ですので、わたしもすぐに、またあの海に行けるような計画を立ててみますね」
瑠璃乃「うんうん。ま、大丈夫だって、花帆ちゃん! こーゆーのは基本、元あった場所に返せば丸く収まるわけなんだし」ウンウン
瑠璃乃「心配しなくても、なるようになるって!」ニコッ
花帆「……うん。そう、だよね!」
33:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:21:43 ID:???00
────────
────
花帆「……あ、ここは」
ザザーン…
花帆(3回目ともなる、あの夢の世界。今回は、スムーズに身体を動かすことができた)
花帆「もしかして……」クルッ
花帆「……!」
花帆(振り返るとそこは──美しく、懐かしい“海”)
────
花帆「……あ、ここは」
ザザーン…
花帆(3回目ともなる、あの夢の世界。今回は、スムーズに身体を動かすことができた)
花帆「もしかして……」クルッ
花帆「……!」
花帆(振り返るとそこは──美しく、懐かしい“海”)
34:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:22:17 ID:???00
ザザーン…
ズル…
花帆「!」
花帆(あたしの真正面、海の中にはあの“誰か”が立っていた)
ズル…ズル…
花帆「っ……」
花帆(あたしの方へ、ぐちゃぐちゃの身体を引き摺るようにして近づいてくる“誰か”。恐怖で身がすくんだ、その、瞬間──)
「かえして」
ズル…
花帆「!」
花帆(あたしの真正面、海の中にはあの“誰か”が立っていた)
ズル…ズル…
花帆「っ……」
花帆(あたしの方へ、ぐちゃぐちゃの身体を引き摺るようにして近づいてくる“誰か”。恐怖で身がすくんだ、その、瞬間──)
「かえして」
35:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:23:07 ID:???00
花帆「……え?」
花帆(──声がした。見た目に反して、まるで子どものように甲高い喋り方をしていたそれは……目の前の“誰か”の声だった)
「かえして」
ザザーン…
「かえして」
「かえして」
「かえして」
ベチャ…
花帆(──声がした。見た目に反して、まるで子どものように甲高い喋り方をしていたそれは……目の前の“誰か”の声だった)
「かえして」
ザザーン…
「かえして」
「かえして」
「かえして」
ベチャ…
36:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:23:32 ID:???00
花帆「……!??」
花帆(視界が──不意に、激しく揺れた。“誰か”があたしに近づき、あたしの肩を激しく掴んだせいだ)
「かえして」
「かえして」
「わたしのだから」
花帆(視界が──不意に、激しく揺れた。“誰か”があたしに近づき、あたしの肩を激しく掴んだせいだ)
「かえして」
「かえして」
「わたしのだから」
37:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:24:02 ID:???00
花帆「……!」
「かえして、くれないの?」
花帆(海中にいた時は聞くことのなかった“誰か”の声が、陸上にあやしく響く)
花帆「えっ、と……」
ザザーン…
花帆(顔を間近につき合わせた至近距離。そのせいで鼻をつく“誰か”の死臭が、あたしはやけに気になった)
ベチャ…
「ね、かえして」
花帆「……それは」
花帆(何を、とは訊かなくてもわかった。あたしが拾ってしまったビー玉……シーグラスのことだ)
「かえして、くれないの?」
花帆(海中にいた時は聞くことのなかった“誰か”の声が、陸上にあやしく響く)
花帆「えっ、と……」
ザザーン…
花帆(顔を間近につき合わせた至近距離。そのせいで鼻をつく“誰か”の死臭が、あたしはやけに気になった)
ベチャ…
「ね、かえして」
花帆「……それは」
花帆(何を、とは訊かなくてもわかった。あたしが拾ってしまったビー玉……シーグラスのことだ)
38:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:24:45 ID:???00
ザザーン…
花帆「あなたの、宝物……なの?」
「……」
「わたしの」
「2こしかない、だいじなもの」
花帆「あなたの、宝物……なの?」
「……」
「わたしの」
「2こしかない、だいじなもの」
39:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:25:42 ID:???00
花帆「……そう、だったんだ」
花帆(不思議と、納得があった。大事なものをいきなり奪われたのなら、取り戻そうと躍起になってもおかしくはない)
ザザーン…
「かえして」
花帆「その、実は……しばらくの間は、あたしが持ってることになるんだよね」
「……あなたが?」
花帆「うん。けど、すぐ海に返しに行くから、だから……」
「……」
花帆(不思議と、納得があった。大事なものをいきなり奪われたのなら、取り戻そうと躍起になってもおかしくはない)
ザザーン…
「かえして」
花帆「その、実は……しばらくの間は、あたしが持ってることになるんだよね」
「……あなたが?」
花帆「うん。けど、すぐ海に返しに行くから、だから……」
「……」
40:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:26:22 ID:???00
ザザーン…
ザザーン…
花帆(波の音がしつこく響く。あたしの思考も、音に合わせて揺らいでいく……まるで車酔いのような、そんな感覚に襲われて)
花帆「……ごめんね。あたしが勝手に、あなたの大切な物を取っちゃったから。……怒ってる、よね」
花帆(そう、自然と言葉にしていた。あんな目にあったのに、あたしは目の前の“誰か”に……死んだ霊に同情してしまったんだ)
花帆(──それが、絶対にやってはいけないことだとも知らずに)
ザザーン…
花帆(波の音がしつこく響く。あたしの思考も、音に合わせて揺らいでいく……まるで車酔いのような、そんな感覚に襲われて)
花帆「……ごめんね。あたしが勝手に、あなたの大切な物を取っちゃったから。……怒ってる、よね」
花帆(そう、自然と言葉にしていた。あんな目にあったのに、あたしは目の前の“誰か”に……死んだ霊に同情してしまったんだ)
花帆(──それが、絶対にやってはいけないことだとも知らずに)
41:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:26:56 ID:???00
花帆「だから……あたし、この宝物をあなたの元に必ず届けられるようにする。絶対……絶対に、約束するよ!」
「……」
「……やさしいね」
「じゃあ、それ、いらないや」
「……」
「……やさしいね」
「じゃあ、それ、いらないや」
42:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:27:20 ID:???00
花帆「………………え?」
「あなたがもってるほうが、きれいだから」
花帆「あたしが、って……」
グチャ…
「あなたのも、おなじいろだからね」
グチャ…グチャ…
花帆(そう言うや否や、ぐちゃぐちゃに顔を歪めた“誰か”は海の方に歩きだした。身体なんてもう、原形をとどめていないのに)
ザザーン…
花帆「……」
花帆(その通った跡には……千切れた“誰か”の皮が、薄汚れた状態で張り付いている。生々しくて、気味が悪かった)
「あなたがもってるほうが、きれいだから」
花帆「あたしが、って……」
グチャ…
「あなたのも、おなじいろだからね」
グチャ…グチャ…
花帆(そう言うや否や、ぐちゃぐちゃに顔を歪めた“誰か”は海の方に歩きだした。身体なんてもう、原形をとどめていないのに)
ザザーン…
花帆「……」
花帆(その通った跡には……千切れた“誰か”の皮が、薄汚れた状態で張り付いている。生々しくて、気味が悪かった)
43:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:27:47 ID:???00
グチャ…ズル…ズル…
「やさしいひと。すきだよ」
花帆「……っ!」
花帆(一瞬、動きが止まり……“誰か”がこちらを振り向く)
ザザーン…
「だから」
花帆(表情なんて、顔中に生えた苔のせいで判別できないはずなのに……目の前の“誰か”はニコニコと笑ったような気がした)
「つぎ、うみにきたとき」
「あなたのと、とりかえっこね」
「やさしいひと。すきだよ」
花帆「……っ!」
花帆(一瞬、動きが止まり……“誰か”がこちらを振り向く)
ザザーン…
「だから」
花帆(表情なんて、顔中に生えた苔のせいで判別できないはずなのに……目の前の“誰か”はニコニコと笑ったような気がした)
「つぎ、うみにきたとき」
「あなたのと、とりかえっこね」
44:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:28:35 ID:???00
────
────────
花帆「ん、んん……」パチリ
花帆「あれ、あたし、は……」
「おはよう……って、時間でもないかな。花帆先輩、起きた?」
花帆「! あ……吟子ちゃん!」ガバッ
────────
花帆「ん、んん……」パチリ
花帆「あれ、あたし、は……」
「おはよう……って、時間でもないかな。花帆先輩、起きた?」
花帆「! あ……吟子ちゃん!」ガバッ
45:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:28:57 ID:???00
花帆(目を開けて視界に入るのは、あの砂浜や海じゃなく蓮ノ空のレッスンルーム。そして、不安そうに覗き込む吟子ちゃんだ)
吟子「花帆先輩、部活の時間にこんなところで居眠りだなんて……どこか、疲れがあったりする? 大丈夫……?」
花帆「あー……ううん。心配しないで、吟子ちゃん」
花帆「疲れとかじゃ、全然ないんだ。……昨日の夜、ちょっと眠れなかっただけだから」
吟子「花帆先輩、部活の時間にこんなところで居眠りだなんて……どこか、疲れがあったりする? 大丈夫……?」
花帆「あー……ううん。心配しないで、吟子ちゃん」
花帆「疲れとかじゃ、全然ないんだ。……昨日の夜、ちょっと眠れなかっただけだから」
46:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:29:21 ID:???00
花帆(怖い話を聞くと眠れなくなっちゃう……実際、昨日さやかちゃんと瑠璃乃ちゃんに聞いたお話は、あたしを寝不足にした)
花帆「でも、あたしは大丈夫! きっと来週からは元気いっぱいになってると思うし!」グッ
花帆(さやかちゃんと瑠璃乃ちゃんのおかげで……あの海に、シーグラスを返しに行く日程は立てることができた)
花帆(数日。たった数日待てば……あたしは小説の“海”に溺れることも、おかしな夢を見ることもなくなるんだ)
吟子「それならいいけど…………って、あれ。花帆先輩、その筆箱に入ってる物は?」チラッ
花帆「でも、あたしは大丈夫! きっと来週からは元気いっぱいになってると思うし!」グッ
花帆(さやかちゃんと瑠璃乃ちゃんのおかげで……あの海に、シーグラスを返しに行く日程は立てることができた)
花帆(数日。たった数日待てば……あたしは小説の“海”に溺れることも、おかしな夢を見ることもなくなるんだ)
吟子「それならいいけど…………って、あれ。花帆先輩、その筆箱に入ってる物は?」チラッ
47:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:29:46 ID:???00
花帆「! あ……それはその、ちょっとした貰い物で……」
花帆(海で拾ったシーグラスの話をするのは、少し気が引けた。だって、無駄に怖がらせたら吟子ちゃんが可哀想だもんね!)
吟子「そう、なんだ。……」ジー
吟子「……? ねぇ、花帆先輩」
吟子「これ、『グラスアイ』じゃない?」
花帆(海で拾ったシーグラスの話をするのは、少し気が引けた。だって、無駄に怖がらせたら吟子ちゃんが可哀想だもんね!)
吟子「そう、なんだ。……」ジー
吟子「……? ねぇ、花帆先輩」
吟子「これ、『グラスアイ』じゃない?」
48:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:30:34 ID:???00
花帆「え? ぐらす……あい?」
吟子「そう。削られて、表面がだいぶ丸くなっちゃってるけど……かなり古い、伝統あるガラス製の“義眼”だよ」
吟子「職人技によって丁寧に磨き上げられた逸品、って感じ。すごく大事にされてたんじゃないかな……」ジー
花帆「…………」
吟子「ドール用にしては大きいけど、でも凄く透き通ってて綺麗……花帆先輩、これ、どこで貰ったの?」
吟子「そう。削られて、表面がだいぶ丸くなっちゃってるけど……かなり古い、伝統あるガラス製の“義眼”だよ」
吟子「職人技によって丁寧に磨き上げられた逸品、って感じ。すごく大事にされてたんじゃないかな……」ジー
花帆「…………」
吟子「ドール用にしては大きいけど、でも凄く透き通ってて綺麗……花帆先輩、これ、どこで貰ったの?」
49:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:30:58 ID:???00
花帆「……えっと」
花帆(前に、本で読んだことがある。プラスチック製の今と違って、ずっと昔には、人間に使う“ガラス製の義眼”があった)
花帆(……小さい頃の、せっちゃんの忠告が耳に蘇る)
『海の“落とし物”だけは拾っちゃいけない──』
花帆(あたしが海で拾ったのは、人間が落とした……………………)
花帆(……“眼球”だった?)
花帆(前に、本で読んだことがある。プラスチック製の今と違って、ずっと昔には、人間に使う“ガラス製の義眼”があった)
花帆(……小さい頃の、せっちゃんの忠告が耳に蘇る)
『海の“落とし物”だけは拾っちゃいけない──』
花帆(あたしが海で拾ったのは、人間が落とした……………………)
花帆(……“眼球”だった?)
50:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:31:33 ID:???00
花帆「……っ」
──
「つぎ、うみにきたとき」
『あなたのと、とりかえっこね』
──
花帆(そう言って笑った“誰か”。夢の中で見たその“誰か”の暗い眼窩。全てが──あたしの嫌な想像どおりに繋がっていく)
花帆「……」
花帆(あたしは、海にこれを……ちゃんと返せるのだろうか)
──
「つぎ、うみにきたとき」
『あなたのと、とりかえっこね』
──
花帆(そう言って笑った“誰か”。夢の中で見たその“誰か”の暗い眼窩。全てが──あたしの嫌な想像どおりに繋がっていく)
花帆「……」
花帆(あたしは、海にこれを……ちゃんと返せるのだろうか)
51:
◆BhjOdkCJ★
2025/09/01(月) 00:32:00 ID:???00
吟子「さて、と。遅くなっちゃったけど、今日の練習始めようよ、花帆先輩」
花帆「あ……そうだね。今日は確か、ダンスの振り付けの確認からだよね」スタッ
花帆「……」チラッ
吟子「? 花帆先輩?」
花帆「……ううん、なんでもない。始めよっか、吟子ちゃん」ニコッ
花帆(レッスンルームの鏡に映る、あたしの左眼は──透き通った“海”の色をしていた)
おしまい
花帆「あ……そうだね。今日は確か、ダンスの振り付けの確認からだよね」スタッ
花帆「……」チラッ
吟子「? 花帆先輩?」
花帆「……ううん、なんでもない。始めよっか、吟子ちゃん」ニコッ
花帆(レッスンルームの鏡に映る、あたしの左眼は──透き通った“海”の色をしていた)
おしまい