【SS】にこ「トイレのサボったリング」

にこnico SS


1: 2015/07/13(月) 00:38:23.62 ID:hyqneYS7.net
にこ「ふんふん」

ごしごしごしごし。

にこ「ふんふん」

ごしごし。

にこ「ふう、なかなか落ちないわね。トイレのサボったリング」

2: 2015/07/13(月) 00:42:12.72 ID:hyqneYS7.net
最近掃除サボってたからなあ。

トイレ掃除を始めて数十分。便器の中の黒ずみは最初よりは随分綺麗になったけど、それでも頑固にこびりついていた。

にこ「ふんふん」

ごしごしごしごし。丁度私は無心でそれを擦り続けるのに飽きてきたところだ。

にこ「……サボったといえば、あの凛ちゃんの練習に対する姿勢はどうにかならないのかしら」

4: 2015/07/13(月) 00:46:41.52 ID:hyqneYS7.net
きっと練習を遊びかなんかだと思っているのね。そんなんじゃ一流のアイドルにはなれないのに。

みんなもそれを良しとしているというか、助長しているというか。

まったくもう。所詮はそういう連中ということかな。

にこだけなんだろうな。真剣の真剣にアイドルやってるのは。

便器を擦ってこすって、そんなことを考える。

栓をひねって水を流す。

ジャー!

渦巻く水流に向かって私は叫ぶ。

にこ「バカヤロー!」

5: 2015/07/13(月) 00:52:48.12 ID:hyqneYS7.net
・・・・・



「ねえねえ、放課後どこか寄って行こうよ」

凛は花陽にそう呼びかける。

私はそれを頬杖をつきながらぼんやり眺めていた。

なによ、そんな暇があるならあのむちゃくちゃなステップ直しなさいよ。

「ん、なになにニコちゃんも来たいんだ? しょうがないにゃー」

なにを勘違いしているのよ。ニコの顔が羨ましそうに見えた?

逆よ逆。むしろ逆。

「そんなむすっとして、誘われなかったのが気になるんだ!」

「違いますー。そんな暇があったらニコはお家に帰ります」

「そんなこと言わずにさあ。ねえかよちん」

「そうだよ。花陽、たまにはゆっくりニコちゃんとお話したいな」

6: 2015/07/13(月) 00:58:30.01 ID:hyqneYS7.net
「いやよ。ニコは忙しいの、早く帰ってやらなければいけないことがいーっぱいあるんだから」

「つれないにゃー」

「アイドルはぁ、そんなに簡単にうろついていいものじゃないのよ?」

「さすが、ニコちゃんはストイックだね」

「とにかく、ニコはそんな暇はないニコ!」

にっこにっこにーのポーズを決めて、笑顔で二人を突き放す。

悪いけどあなたたちとは意識が違うのよ。

私はなんとしてもラブライブ優勝して、UTXに編入しなきゃいけないんだから。

7: 2015/07/13(月) 01:01:27.45 ID:hyqneYS7.net
「そっか」

凛は納得したように頷いた。おっと、凛ちゃん、は納得したように頷いた。

こっちを説き伏せれば花陽ちんが何か言ってくることはまずない。

私はバッグを肩にかけて立ち上がった。

「じゃあそうと決まれば早速行くにゃー!」

凛ちゃんは花陽ちゃんと私の手を引いて走り出す。

「ちょっと凛ちゃん、話聞いてた!?」

8: 2015/07/13(月) 01:06:11.09 ID:hyqneYS7.net
「いいからいいから。どこ行く? なにする?」

「あ、花陽ずっと行きたいお店があったんだ」

「じゃあそこに行こっか」

「ちょっと待ってよ、ニコは行くなんて……」

「クレープとか、スムージーを出してるお店なんだけどね」

私は成すすべなく二人に引きずられていった。

これもか弱い女の子の宿命ニコね。

10: 2015/07/13(月) 01:13:40.29 ID:hyqneYS7.net
「――どうだった?」

「うん! すっごい美味しかった」

「いいなあ。凛もかよちんのやつにしておけばよかった」

「え、言ってくれたらあげたのに」

「ニコちゃんのはどうだった?」

「うん! とってもおいしかったよっ! しあわせ~」

学校を一歩出れば私はアイドルニコにかるほかない。誰がどこで見ているかわからないんだから。

校内でも隙を見せるのはμ'sの前だけだし。

それでも決して、自分を見せることはないけどね。

「ニコちゃんも気に言ってくれてよかった!」

「また来ようね! 次は凛がかよちんの頼んだやつ食べるにゃ」

満足そうに笑う二人。

でもごめんね。次はない。

「――ニコはもう、いいよ」

11: 2015/07/13(月) 01:18:38.58 ID:hyqneYS7.net
えっ?

声はなかったけど、そんな顔だった。

今まで誰かをそんな顔にさせたことはなかった。

だって、アイドルってみんなを笑顔にさせる仕事だから。

じゃあなんで私がそんなことをしたかって?

だって、二人はグループのメンバーですもの。笑顔にさせる対象じゃあない。

一緒に笑顔にさせる仕事をしていく仲間。

そこに中途半端な馴れ合いや妥協があってはいけない。

そこを曖昧にはしない。

矢澤にこはどんなときも、絶対的にアイドルでなくちゃいけないニコっ!

12: 2015/07/13(月) 01:23:38.62 ID:hyqneYS7.net
もうすっかり遅くなってしまっていた。

「じゃあニコ、帰るね~。今日はありがとっ、楽しかったよ! ニコっ!」

私は二人を置いて帰路につく。

焦る気持ちを抑えて優雅に歩く。アイドルは醜く走ったりしないんだよ。

「ただいま」

はあ、ほら、うんざりする。これから夕飯つくって洗濯機まわして、それからそれから……。

頭の中でやることを順序立てながら、私は脱いだ靴を揃えた。

13: 2015/07/13(月) 01:29:42.57 ID:hyqneYS7.net
・・・・・

ごしごしごしごし。

もやもやする。

ごしごしごしごし。

なんとなくもやもやする。

ふと我にかえると、私はピカピカになった便器を磨き続けていた。

記憶の引き出しを開けるのに夢中になっているうちにどれくらい時間が経ったんだろう。

私はトイレ掃除を終えてその足でお風呂場へ向かう。

にこ「さあて、漂白漂白。カビキラー!」

しゅっしゅっ。

とお風呂場のカビに向かってスプレーを吹きかける。

泡が壁にへばりついて、少しずつ下に垂れる。

まるでズルズルとしがみついているようだ。

しがみついて、ずり下がるけど、離さない。

このしつこさが、カビを根っこから〇すんだ。

15: 2015/07/13(月) 01:35:50.19 ID:hyqneYS7.net
・・・・・

私はせっかく誘ってくれた二人を突き放したり


「ニコちゃん、今日はどこ行こうか」



だというのに花陽は当たり前のように私にそう言った。

私が言ったことら覚えてないのかしら。

「この間はすみませんでした」

なんだ覚えているんじゃない。

「ええ~、なんのことぉ?」

「その……無理やり連れ出しちゃって」

「んー? いいのいいの! 楽しかったよっ!」

「ニコちゃんは優しいね」

そりゃあアイドルですから。不平不満は口には出さないのよ。

「だからね、凛ちゃんと考えたの。どこだったらニコちゃんは喜んでくれるかなって」

「えっ」

「今日はどこ行くかニコちゃんが決めていいよ!」

16: 2015/07/13(月) 01:44:37.74 ID:hyqneYS7.net
そういうことじゃないんだけどなあ。

「えーと、はい?」

「それでね、その次は凛が決めるよ! で、次がまたかよちん」

ちょっとちょっと、いつの間にか次の約束まで自然にされてるんだけど。

それがよくなかった。

自分で言うのもなんだけどぉ、ニコって主導権握られるのがすっごい嫌なのね?

常にちょっーと余裕を見せていたいっていうか?

とにかく、それがよくなかったの。

「ちょっと、凛ちゃん、花陽ちゃん」

「は、はいっ!」

「えっ、わっ、ニコちゃんすごい怒ってる?」

「全怒ってないニコよ。そこに座って?」

「は、はいっ!」

「もーダメだよ? あなたたち、アイドルちょっと舐めてないかな?」

「いえそんな……」

「そう毎日毎日遊び歩いて歌が、踊りが上手くなると思う? オマケに食べ歩き!

体型維持できなきゃアイドル失格ですー! 自己管理できない三流止まりでいいの?」

「よくないです……」

我ながら、キャラを壊さないギリギリのラインだったと思う。

でも、後輩二人の甘い意識がどうにも我慢ならなかった。

同じグループのメンバーとしてら仲間として。

だいたいそれを見逃してるみんなもみんなだと思うの!

17: 2015/07/13(月) 01:49:09.05 ID:hyqneYS7.net
「わかりましたか?」

「はい」

「はい」

ニコのアイドルへの道がかかっているのよ。もっとしっかりしてよ。

あなたたちがどうなろうと、この学校が廃校になろうと知ったこっちゃないけど、ニコの邪魔はしないでよ。

「あなたたちはアイドルってものがわかってないのかも」

「はい……すみません」

「ついてきて!」

「え?」

「いいからいいから。行くよ、アイドルショップ」

ホント、よくなかった。

だってほら、私はまんまと「次に行く場所」を決めちゃったわけじゃない。

18: 2015/07/13(月) 01:58:44.11 ID:hyqneYS7.net
・・・・・


泡をシャワーで流すと、カビは綺麗さっぱり消え去って白くピカピカな床と壁と浴槽が残った。

それから残り湯で洗濯機を回しているのを確認してベランダに出て、干していた洗濯物。取り込む。

これはお母さんのシャツ。これは私の服。

これはココアの下着……ヨレヨレじゃない。

そろそろ新しいのを買ったほうがよさそうね。

そんなふうに仕分けしていく。ここはニコニー洗濯物市場。

さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。

19: 2015/07/13(月) 02:07:49.54 ID:hyqneYS7.net
・・・・・



「さあさあさあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい」

希ちゃんが楽しそうに叫ぶ。

部室のテーブルにガラクタを沢山散らかして、なんの真似事かしら。

「なにしてるの? のぞみんっ」

「おっ、お嬢ちゃんお目が高いねえ!」

「やーん、お嬢様なんてそんな、やっぱりニコからはお嬢様オーラが溢れ出ててるとか?」

「いや、様とは言ってないから」

「もう少しで穂乃果ちゃんたち来るだろうから、そしたら構ってもらうといいよ」

「なんや冷たいなあ。興味ない?」

「そんなことより、ニコの爪研ぎ知らない?」

「今なら希ちゃんの占いつきよ!」

あー、早くこのおバカさんに付き合ってくれる人こないかなあ。

隣でガヤガヤうるさいのに適当に返事をしながら私は爪のお手入れをしていた。

「仕方ないなあ。ニコっちが興味持ちそうな逸品見せたる」

21: 2015/07/13(月) 02:12:28.37 ID:hyqneYS7.net
「どうせよくわからないオカルトものなんでしょ? ニコこわーい」

「これです! アイドルの神さんが宿った品!」

アイドルの神さまですって!

ただのガラクタやくだらないオカルトに興味はないけど……。

「アイドルの神さま! ねえねてのぞみん、どれどれ見せて?」

「ふっふっふ。落ち着きなさいお嬢様ちゃん。これや!」

「ただの布切れじゃない?」

「全然違うのだ! これにはある曰くがついててね。その昔……」

「その昔……?」

22: 2015/07/13(月) 02:20:19.04 ID:hyqneYS7.net
その昔。小さな村にそれはそれは美しい娘がいた。

外から来たものが村を見て回ったら、口を揃えて「あの娘が一番美しい。あれこそこの村の宝だろう」と言っただろう。

しかし、村のものは誰一人、その娘を美しいとは言わなかった。

「どうして?」

「それはね、その、あれや。その……」

「ああ、わかった」

「うんそう。その……ちょっと身分の低いお家の娘さんやったんやね」

「悲しいさだめニコーっ」

「いるよね。普通にべっぴんさんなのに、なぜか周りからはぞんざいに扱われる、イジられる、そんな人」

「いるいる。でもアイドルならむしろそれはおいしいっていうか、そこが売りにもなるよね」

おまけにその娘の親類がいろいろやらかしていまったため、その娘は村八分にあっていた。

なんとかかんとかその村に住まわせてはもらっている。という状況だったのだ。

23: 2015/07/13(月) 02:26:41.92 ID:hyqneYS7.net
身分も能もない娘が稼ぐためには、芸しかなかった。

娘は一日中たった一人で外に立ち、踊りを続けたという。

誰にも振り向いてもらえず、誰もいない客席を相手に踊る毎日。

それでも娘は諦めなかった。

決して己の身を売ることはなかった。あくまで芸で稼ぐのだと。

時折あるほんの些細なお恵みで食いつなぎ、どうにかこうにか命を繋いだ。

たった一人で、2年の月日が流れた。

「歳でいうと、ちょうどうちらと同い年くらいの子の話やね」

「それでらアイドルの神さまはいつ現れるの?」

「まあまあ聞き」

24: 2015/07/13(月) 02:34:46.11 ID:hyqneYS7.net
2年。孤独の戦いを続けた娘にはいつしか仲間ができていた。

同じく身分を持たぬ人々である。

一人ではできなかった芸ができるようになった。

彼女らは一丸となって芸を披露した。

そしてその2年で、娘は亡くなった。



「――で、その娘さんが来ていた服の一部がこれ……と言われてるんやって」

「え、アイドルの神さまは?」

「この娘さんがそうなんよ」

「ええ~どうして?」

「大成することはなかったけど、この同じく身分の低い人たちにとってその人は希望だったんやないかなあ」

「ふぅん。いい話だね。感動したニコ」

「特別にこれ、ニコっちにあげてもいいよ」

「……いらない」

「ええ、いいの? タダだよ」

「いらない。そんなご利益」

「どうして?」

「ニコはそんなつまらない終わりを迎える気はないし」

25: 2015/07/13(月) 02:41:35.89 ID:hyqneYS7.net
「おお、ニコっちは大物やね」

「当然!」

そんなこんなしているうちに、希の不思議博覧会に付き合ってくれそうな連中がきた。

私はひっそりとその場から離脱する。

「なになに、なんの話!」

「おっ穂乃果ちゃん! お目が高い!」

「えー、穂乃果お目が高いって!」

「穂乃果ちゃんすごいにゃー!」

「むむむ、凛ちゃん……いや、なんでもない」

「ええなに気になる! 希ちゃん! 凛を占ったの?」

「ふふふ」

「教えてよー!」

「そうやね……運気アップのためにこれがいいでしょう」

「なにこれ」

「スピリチュアル望遠鏡のぞみんパワー注入バージョン!」

「おおーっ!」

「なんとこの望遠鏡……望遠鏡なのに近くのものが遠くに見えます」

「ホントだ不思議ーっ!」

それってレンズ逆から覗いただけじゃない……。

26: 2015/07/13(月) 02:46:25.33 ID:hyqneYS7.net
・・・・・



洗濯物をたたみんでいると洗濯機がピー、ピーとなる。

洗濯終わりましたよーと知らせているのだ。

ぱっぱと残りもたたみ終えて、私は洗濯機の中身を籠に出す。

さっき取り込んでガラガラになったベランダに再び洗濯物を干していく。

停留所に止まるたびに吊り革を掴む人が増える。

洗濯物たちは物干し竿でひしめき合う。

風が吹いて揺れると、ニコのお尻にひたり、と袖が張り付く。

きゃあ痴漢! なんちゃって。

27: 2015/07/13(月) 02:51:36.38 ID:hyqneYS7.net
・・・・・


がたんごとん。

プシュー、ガチャ。

バスの扉が開いて、人が一人乗って三人降りた。

私は今バスの中にいる。

「ね、ねえ、本当に大丈夫なの?」

「なにが?」

「だって、お金払ってないじゃない、いつ払うの? 私よくわかんなくて」

「くすっ。真姫ちゃんってば、おもしろーい」

この本物のお嬢様め。どうやらバスに乗ったことがないというのは本当らしい。

嘲笑と、それからなぜか嫉妬を交えて私は真姫ちゃんを笑った。

28: 2015/07/13(月) 02:52:12.61 ID:hyqneYS7.net
つづく。かも。

34: 2015/07/13(月) 12:21:39.80 ID:hyqneYS7.net
真姫ちゃんは唇を噛み結んで、膝の上で拳を握りしめている。

誰がどうみても緊張している。いつもの真姫ちゃんなら窓枠に頬杖くらいつきそうなものなのに。

「もう、真姫ちゃんたら。バス一つも乗れないなんてダメダメニコ」

「別にニコちゃんいなくたって乗れるわよ!」

「そっかー」

「……バスじゃなくて」

どうやら緊張しているのはバスのせいじゃない、という意味らしかった。

何か続けるようだったので私は黙って真姫ちゃんが口を開くのを待った。

間をつなぐ義理もないので、唇を尖らせて窓の外を眺めて待った。

「今から、UTXに行くのよね」

「うん。そうだよ」

「どうして……」

「もう、何度も説明したじゃない。真姫ちゃんもしかしておバカさん?」

「わ、わかってるわよ。なんとか編入する方法がないか話に行くんでしょう。私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」

真姫ちゃんはまた少し黙り込む。あーあーハッキリしないなあ。何に怯えてるんだか。

知ってるけどね。

「だって、ラブライブに優勝して編入の権利を得るって話だったじゃない」

「そうだったね」

「私ニコちゃんが何考えてるのかわからない」

35: 2015/07/13(月) 12:22:19.39 ID:hyqneYS7.net
「簡単なことだよ」

「自分ではそうでも、みんなが理解できてるわけじゃない」

「へえ。あの西木野真姫ちゃんが言うね」

「言わなきゃ伝わらないことってたくさんあるのよ。なんとなくだけど、最近それを知った」

「それって知られたくないことは絶対言うなってこと?」

「そうじゃない! みんなに黙って自分だけUTXに行こうなんて、そんなことできっこないのに」

「やってみなきゃわからないよ?」

「どうしてそこまで……」

「夢のためだもん。できることはなんでもやらなきゃ。真姫ちゃんだってお医者さんになりたいんでしょ? そのためには……」

「わからない」



「簡単なことだよ。だってさ」



――あの子たちがラブライブ優勝なんて、できると思う?

36: 2015/07/13(月) 12:23:21.95 ID:hyqneYS7.net
「それは……それこそやってみなくちゃわからないじゃない! そもそもそこに賭けようって言ったのはニコちゃんでしょ!」

「真姫ちゃんったら怒っちゃってかわいー!」

「私は真面目に話してるの!」

うるさいなあもう。

使えそうで、扱いやすそうで、少し私に似ていると思ったから引き入れたのに。

「真姫ちゃんってもっとクールで冷静沈着だと思ってたけどなー?」

「なっ」

「真姫ちゃんは行きたくないの? UTX」

「私は、もう……」



「そうだよね。UTX行っちゃったら、せっかくできたお友達とバイバイしなきゃだもんね!」



予想通り、真姫ちゃんは豆鉄砲がハトにかわされたみたいな顔をして固まった。

37: 2015/07/13(月) 12:24:20.07 ID:hyqneYS7.net
「そん……な……違う。私はきっとみんなならラブライブに優勝できるって思って」

「マッキー。世の中そんなに甘くないよ。そんなお遊びじゃ、アイドルにはなれない」

「遊びなんかじゃ」

「あっ、 そうだよねえ。ごめんごめんニコったらつい。怒らないでニコ」

「……」

「次のバス停で降りていいよ」

「ニコちゃん……」

「いいよ。マッキーはもう欲しいもの手に入ったんでしょ。よかったね」



がたんごとん。

プシュー、ガチャ。バスが止まる。

三人乗って……一人も降りなかった。

「どうして?」

無機質な声でそうたずねると、マッキーは窓枠に頬杖をつきながらこう言った。



「降り方がわからないのよ」

38: 2015/07/13(月) 23:48:14.46 ID:hyqneYS7.net
・・・・・



洗濯物を干し終わり一段落。というわけにはいかない。まだ家事は残っている。

アイロンがけが必要な衣類をまとめておいたスペースにアイロン台を出す。

シワのついたパンツやシャツをあつーいコテで伸ばしてやるのだ。

私はこの作業が好きだ。もともと家事は嫌いではないけど、アイロンがけは好きの部類に入る。

ジュージュー。ジュワッ。

私の頭の中ではそんな音が鳴り響く。

この空気に伝わる熱も、なんだか暖かくて気持ちがいい。

そしてこの匂い。衣類が燃えているのかなんだかわからないけど、陽だまりの匂いがする。

真っ白なシャツの上を滑らせる。

ニコはアイロンマスターなの。このアイロンもだし、ヘアアイロンもよく使う。

ニコのこのぴょんぴょこかわいい髪型も、ヘアアイロンでできている。

ときどき朝寝坊して大変なときも、ヘアアイロンはかかさない。

そういうときはこう叫びながらコテを手に持つわ。

にこ「めんどう! コテ!」

39: 2015/07/13(月) 23:55:49.90 ID:hyqneYS7.net
・・・・・



「メン! ドウ! コテっ!」

竹刀が風を切る。こういう瞬間だけは、ああ。海未ちゃんってかっこいいなって思う。

「剣道部はもうやめたんでしょ?」

「はい。ですが家柄、鍛錬を怠るわけにはいきませんから」

「ふぅん。大変だね」

「いいえ、好きでやっているんですよ。ニコもやってみますか?」

「えー、ニコはそんな、力もないし、怖いし」

「そうですか……」

「よくやるよねえ。筋肉とかついちゃったらやだな」

「言ったじゃないですか。好きでやっているんです。ニコはありませんか? 好きなこと。それをやるのと一緒ですよ」

「アイロンがけ……かな」

「はい?」

「まあ、どちらかといえばやらなくてはいけないこと、だけど」

「なら尚更同じですね。私にとっても鍛錬はやらなきゃいけないことです。でもね、やらなきゃいけないことと、好きなことが一緒なのは幸せなことですよ」

40: 2015/07/13(月) 23:59:49.25 ID:hyqneYS7.net
「そうだね。ところで海未ちゃん」

「なんですか」



「海未ちゃんにとって、アイドルって好きなこと? それともやらなきゃいけないこと?」



「どうしたんですか突然」

「答えてよ。ニコ知りたいな。海未ちゃんってアイドルをどういう風に考えてるんだろうって」

「私は、穂乃果やことりの力になりたくて、始めました」

「じゃあ、穂乃果ちゃん達の為に、やらなきゃいけないこと?」

「……。どうでしょう」

41: 2015/07/14(火) 00:08:20.95 ID:vyGlDla3.net
「そうでしょ? 言ってみれば廃校を阻止する為にやらなきゃいけないこと。それがアイドルでしょ。あなたたちにとっては」

「キッカケはそうですね。その通りです」

「正直だね。でもそれって真剣にアイドルやってる人に失礼じゃないかな」

「私たちは真剣ですよ。他の誰にも恥じる必要はない」

「だいたい、友達を助けることが、やらなきゃいけないことだっていうのがニコになイマイチわからないな」

「それは違いますよ?」

「違う? なにが?」

「別にやらなきゃいけないことではないでしょう。私に穂乃果やことりを助けなければいけない義務なんてありませんから」

「じゃあどうして力になったの?」

「さあ……ああそうだ。そうですね。力になりたかったんでしょう。私が」

海未ちゃんはそう言いながら竹刀をしまい、水を摂る。ペットボトルのフタを閉めて、タオルで額を拭ったら、ようやく言葉を続けた。

「つまるところ、私は好きでアイドルをやっているということになります」

42: 2015/07/14(火) 00:18:04.64 ID:vyGlDla3.net
私はそんな話がしたかったんじゃない。

そもそも海未と話がしたかったわけでもないけど。

ただ成り行きで始まった会話。いちいち気にかけることはない。

「不服そうですね」

「そんなことないよ。海未ちゃんは友達思いで優しいニコ~」

「楽しいですよね。やらなきゃいけないこととやりたいことが一致したときって」

「そうだね!」

「ニコはどうなんですか。あなたはなぜアイドルをやっているんですか?」

「えー、だってぇこんなに可愛いニコがアイドルにならないなんてありえないじゃない?」

「アイドルにならなくてはいけないから、が答えですか?」

「もう、硬いなあ海未ちゃんは。ジョーダンだよ」



それじゃニコが、やらなきゃいけないからアイドルをやってるみたいじゃない。

「ではなぜ?」

「好きだからやってるんだよっ!」

「フフッ。聞くまでもありませんでしたね。わかっていますよ。ニコがアイドル大好きだってことは」

「えへへ」

「だからわかっているんです。誰より大好きだから、私たちの姿勢や動機を好ましく思ってないんだろうな、と」

「えー、そんなこと思ってないよ?」

「申し訳ありません」

43: 2015/07/14(火) 00:28:25.11 ID:vyGlDla3.net
謝ることないじゃない。

謝られたら、もしかして自分が思ってるほど私って私を隠せてないのかな。って思っちゃうじゃない。

アイドルニコはいつも笑顔で、どこでも笑顔で、誰にでも笑顔でなくちゃいけないんだから。

だから今も笑う。飛びっきりのスマイル。ニコッ。

「くすっ! やっぱり海未ちゃんはすごいニコ!」

「いえ。私はニコのほうがずっとずっとすごいと思っています」

「なんか、正義の味方って感じ。いかにも」

「ありがとうございます」

「じゃあそんな海未ちゃんはさ、もしもニコがここからいなくなっちゃったら……どうする?」

「連れ戻すに決まってるじゃないですか」



その笑顔は、さっきの私のものよりずっとずっと自然な笑顔だった。

本人はおろか、世界が、海未ちゃんが笑っていることにすら気がつかないんじゃないかって思っちゃうくらい、自然な笑顔だった。

「ニコだけじゃない。みんな、一人でも欠けたらダメなんです。きっと私は連れ戻しに来ますよ。家にだって行っちゃいます。親にだって会っちゃいます」

「それは困るなあ」

「だから、どこにも行かないでくださいよ?」

44: 2015/07/14(火) 00:34:11.20 ID:vyGlDla3.net
・・・・・



ジュージュー。ピッピッ。ピシッ。

シワひとつない真っ白なシャツ。ああステキ。

こういうタイトな感じの衣装もアリかも。

……あれ、このシャツボタンが外れてる。

私は押入れから裁縫箱を取り出した。

チクチクチクチク。

糸を交差させて頑丈にボタンを止める。

糸を少し余らせるのを忘れずに。穴に通しやすくて、それでもってみっともなくない絶妙な縫い方。

チクチクチクチク。

そういえば、今度の衣装はどんなコンセプトにしようかな。

45: 2015/07/14(火) 00:42:02.83 ID:vyGlDla3.net
・・・・・



「ことりちゃんはさ、アイドルに向いてるよ」

「えー! そんなこないよー」

「そんなことあると思うけどなあ」

「えへへ、うふふ。ありがとう。嬉しいなあ」

ことりちゃんと一緒にミシンをドタタタタ、と動かしながら、ふとそんなことを口走ったときがあった。

「ニコちゃんはあんまり人を褒めないから、ことりは嬉しいです」

「ニコが言うんだから間違いないニコ! 自信もっていいんだからね」

「自信かあ」

「そうそう。アイドルはそうでなくちゃ。その点ことりちゃんって、しっかり自分の良さをわかってるじゃない」

「そんなことないよ」

「そうよ。ニコにはお見通しニコ。ことりちゃんって実は一番オトナって感じ」

「そ、そんなことないよ」

「そうよ。知的ぶってる赤髪ちゃんや金髪会長なんかより、一番頼り甲斐があると思うな」

「ど、どうしたのニコちゃん、照れちゃうよぉ~」

46: 2015/07/14(火) 00:55:26.83 ID:vyGlDla3.net
ことりちゃんは赤くなった顔を両手で覆う。

でもきちんとミシンは止めていて、やっぱり抜かりないなって思う。

「穂乃果ちゃんや海未ちゃんに隠れてるようだけどね」

「二人は本当に素敵だから、見ていたいの」

「子どもだから、見守ってあげなきゃの間違いじゃない」

「そういうところもかわいいんだよ」

「ほら。やっぱりあなたはそういうことができるコなんだよ」

「そういうことって?」

「ぶっちゃけ、私のことどう思ってる?」

「ニコちゃんも大好きだよ」

「私が珍しく茶化さないで真面目に話そうってのよ。そっちも真面目に答えなさい」

「きっとことりなんかに聞いても、なんの参考にもならないよ?」



私が素で喋ってもこの子は狼狽えない。

どころが顔色ひとつ変えない。気にも留めない。

「あなたはそういう子だから、私のこともわかってるんでしょ」

54: 2015/07/15(水) 00:12:12.65 ID:vkXPIbPD.net
「そうだなあ。ああそういえば、この前真姫ちゃんがニコちゃんはμ'sいちのクセモノだって」

「あなたの言葉を聞きたいのよ」

「うーん。わかった! ニコちゃんはねえ、強い」

「強い?」

「うん。だって誰にも頼らないんだもん。弱音も吐かないし、弱みも見せない」

「あなたにはニコがそう見えるの?」

「違ったかな? ごめんね」

「いいえ。ありがとう。ずっと気になっていたの。あなたには気づかれているんじゃないかって」

「私はニコちゃんのそういうところも、いいと思うよ」

「やっぱりことりちゃんは向いてるよ。自分がどういうものかよくわかっているし、どういうものであるべきかもわかってる」

「ニコちゃんはそうじゃないの?」

「ニコはニコをよくわかってるけど、ニコがどうあるべきかはわかってないもの。だから盲目的になっちゃうの。自分が信じた自分しか信じるものがないから。盲信的とも言える」

「難しいなぁことりには。きっと難しく考えすぎなんだよ」

「その点、あなたは自分に求められているものがわかってて、それをこなす器量もある」

それが、私がことりはアイドルに向いていると思う所以。

そしてそれはニコが持ち合わせていない唯一にして致命的なもの。

私の中には、ニコを信じるしかない私と、それだけでは足りないことに気がついている私がいる。



「ずるいよ。ずるいんだよことりちゃんは」

55: 2015/07/15(水) 00:19:13.99 ID:vkXPIbPD.net
結論。ことりはずるい。



「誰だって、誰かを羨むものじゃないかな。自分の全てに満足している人なんていないよ」

「ニコにはあなたが羨ましい」

「ことりには、ニコちゃんが羨ましいよ」

「ニコが?」

「うん。ニコちゃんが羨ましい。そこまで自分を信じられるニコちゃんが。ニコちゃんはことりのどんなところが羨ましいの?」

ニコは、ことりの余裕が羨ましい。

ニコはもう時間がない時間がない、って内心いつも焦ってる。

ニコももっと、ドッシリと構えられれば。

……いや、それで本当にいいの? 時間がないのは事実だし、次はもうないかもしれない。

ああもう、分からなくなってきた。私は何がしたいんだろう。

私は何に焦ってるいるの? 誰の何がずるいの?

ふと脳裏に浮かぶのは、楽しそうに笑うμ'sのみんなだった。

57: 2015/07/15(水) 00:27:41.95 ID:vkXPIbPD.net
・・・・・



シャツのボタンを付け直したニコは裁縫セットを綺麗にしまい直して、立ち上がる。

にこ「う、わっと」

長い間正座だったので足がしびれていた。

時計を確認する。……うん。まだ時間はある。余裕だ。

私は掃除機をかけることにした。

ブォーンと音を立ててホコリを吸い取る。

ブォーン。ズイーン。

よほど溜まっていたのだろう。すぐに中身がいっぱいになった。

中身を捨て、再びスイッチを入れる。

ブォーン。ズイーン。

机の整理もする。誰が散らかしたのかしら。いつの間にかこんなに汚くなってるなんて。

必要な資料や教科書は棚に戻し、いらない紙くずをゴミ箱に入れる。

そのうち、探していたものが見つかったりする。

例えば、失くしたと思っていたアイドル雑誌とかね。

にこ「こんなところにあったのね」

59: 2015/07/15(水) 00:40:12.25 ID:vkXPIbPD.net
・・・・・



「こんなところにあったのね」

「生徒会の資料失くすなんて、しっかりしてよ生徒会長~」

「あはは……悪いわね。整理手伝ってもらって」

「まったく。ここは絵里ちゃんの部屋じゃないんだよ? こんなに汚して」

「どの口が言うんですか穂乃果。絵里は生徒会の業務をこなしつつ練習に顔を出しているんですから、これは私たちの責任でもあるんですよ」

「いいのよ海未、実際散らかしてるのは私だし。あとは一人でできるから」

「しかし……」

「そうだよ海未ちゃん。みんなでやることないじゃない。ちょっとでも練習しなきゃだよー。絵里ちゃんだってこう言ってくれてるし」

なんでニコたちまでお手伝いする必要があるのよ。

さっさと練習に行かなきゃでしょ。それともなに、生徒会室の掃除を手伝ったらダンスがうまくなるの?

「確かにニコの言うことも一理あります。ですが、メンバーが困っていたら助けるのが普通でしょう」

まーた海未ちゃんの面倒臭いのが始まった。

「あー、はいはい。じゃあこうしましょ。一人ずつ残って手伝うの。交代でね。九人みんなでやってたってしょうがないニコ」

「そうね……そうしてくれると助かるわ。ありがとう。ニコ」

「じゃ、少ししたらウチが代わるからそれまでよろしくな。ニコっち」

「じゃあ練習行くにゃー」

ちょっと待って。なんでニコが残ることになってるのよ。

最初の数人で全部片付けてもらおうと思ってたのに!

60: 2015/07/15(水) 00:50:03.03 ID:vkXPIbPD.net
「…………」

「…………」

ちーん。エリーとふたりぼっち。話すことないわ。

まあこの子は見た目は100点だしダンスも上手いしで文句ないんだけど。

文句がないかわりに別に会話のタネもない。

「……悪いわね。ニコ」

「ううん、気にしないで! さあ、パッパと片付けちゃうニコー!」

「その割には……あまり手が動いてないけど」

バレてた。仕事量に関わらず時間で交代がくるなら働かなくていいやって思ってたのに。

「ええーやだ、そんなことないですよぉ~。うーんうーん、重くて持てない~」

「なんだ、早く言ってよ。はい」

積まれた資料をわざとらしく持ち上げられない動作をしているとヒョイ、と絵里ちゃんが持ち上げてくれた。

ドキ。なかなかやるじゃない。天然って怖いニコ。

61: 2015/07/15(水) 00:56:15.97 ID:vkXPIbPD.net
「……? どうしたのよ」

「なんでもない!」

μ'sのみんなといると、とりわけこの絢瀬絵里といると、ニコはついある感情にとらわれてしまうことがある。

劣等感。

ニコが一番かわいくて、ニコが一番努力してて、ニコが一番アイドルに近いはずなのに。

ニコが一番のはずなのに!

日本人離れしたプロポーション。整った顔立ち。知性を感じるオーラ。

唯一ニコが認めて加入した存在。

それはつまりニコの存在を脅かすかもしれないということ。

アイドルグループは仲間であり、ライバルでもあるんだから。

63: 2015/07/15(水) 01:03:43.26 ID:vkXPIbPD.net
こんなはずじゃなかった。

あんなちゃらんぽらん集団。ニコだけは違うって。ニコは特別なんだからって。

でもときどき怖くなる。もしかしたらニコって、特別なんかじゃないのかも。なんて。

ここにいるとそう思わされるときがある。ならどうしてニコ、ここにいるだろう。

「絵里ちゃんはさ、どうしてμ'sに入ろうと思ったの? あんなに拒否してたのに」

「その話は勘弁してよぉ」

「だって気になるじゃない。何があなたを変えたの?」

「ずっと、理由を探していたのよ」

65: 2015/07/15(水) 01:18:50.09 ID:vkXPIbPD.net
「理由ってなんの?」

「私はね、学校が廃校になるならそれもいいかなって思うの」

「ええ~なんの話ー? まあニコもそう思うけどぉr

「穂乃果たちは廃校を阻止しようってアイドルを始めたじゃない」

「だから自分がアイドルをするがなかったって? 理由ってそういうことじゃないんじゃない?」

「そうよね。でも、なかなかそれがわからない人もいるのよ。例えば、たった2ページで加入を決める人もいれば、1巻丸々かかる人もいるのよ」

「なんの例えよそれ。絵里ちゃんおもしろーい」

「いたって真剣なんだけれどね」

66: 2015/07/15(水) 02:06:37.38 ID:vkXPIbPD.net
「……で、なんだったの? その理由って」

「私ね、本当はこの学校が大好きで、廃校になんかなって欲しくなかったの」



結局またそれか。みんな揃いも揃って廃校、廃校ってなんなの?

理解できない。



「まあそれでも、好きじゃなきゃできないわよね。こんなこと。なんだかんだ言って、『やってみたかったから』なのよね」

「それが理由?」

「そうよ。ニコはやってみたくなかった?」

「まさか。ニコはアイドルやりたくてやりたくて」

「そうよね。なのに、なんで全然本気を出さないの? もったいないなあって思ってたの。絶対すごいアイドルになれるのにって」

「えっ?」



……えっ?

67: 2015/07/15(水) 02:12:24.86 ID:vkXPIbPD.net
「やだなエリチカちゃん。ニコは本気だよー? あなたなんかにそんなこと言われたくないな」

顔がヒクヒクする。鎮まれ。鎮まるのよニコ。

ぐぬぬ……あんたたちごとにそんなこと言われて黙ってられるか!

「私が本気じゃないですって!? ふざけないでよ、あなたたちなんかよりアイドルに真剣なのは私よ! お遊びでやってるクセにえらそーに何言ってるの!? むかつく!」

「ご、ごめんなさい、そんなに怒るとは……ごめんなさい悪気はなかったの」

「ふー……ふー……」

むかつく!

「だって……ニコはμ'sのみんなといるときも……みんなとは違う何かを見ているように見えたから……」

68: 2015/07/15(水) 02:22:30.98 ID:vkXPIbPD.net
「あったりまえでしょー! あなたたちとはワケが違うんだから! あなたたちこそいっつもどこに遊びに行くだの何食べるだのってやってるじゃない」

「じゃあなんで練習一つにしたって真剣にできないの? 好きなダンスだけ踊って筋トレも走り込みも手抜きじゃない」

「はあ!? 練習……」

「あなたいつも練習しよう練習しようって歌って踊るだけじゃない」

「な……」

「みんなは筋トレだってなんだって真剣にやってるのよ」

「後から入ったクセに偉そうに……」

違う。正論だ。

自分はみんなとは違うんだって斜に構えてたのは私だ。

みんな『好きで』μ'sをやってるのに、私一人が『UTXに入りたくて』μ'sをやってるんだ。

69: 2015/07/15(水) 02:30:45.78 ID:vkXPIbPD.net
アイドルに一番真剣なのは私だと思っていた。

でも、私が一番μ'sに真剣じゃなかった。

「……ごめん絵里ちゃん。言い過ぎた……ニコ」

「……私も冷静じゃなかった。ごめんなさい」

ちーん。再び気まずい沈黙。

ニコというと思っきり本性丸出しで声を荒げたことに対する自己嫌悪で消えてしまいたかった。

「おつかれえりちー、ニコっち。代わりにきたよー」

「あ、ああ……ありがとうのぞみん。じゃあニコもう行くね」

「みんなもうダンスレッスンに入ってるからすぐ合流してや」

「……ううん。ちゃんと基礎練してからにする」

私は希のほうだけ見て手を振り、生徒会室から去った。

70: 2015/07/15(水) 02:37:20.67 ID:vkXPIbPD.net
・・・・・



にこ「ふう。お掃除終了っと」

家中ピカピカ。朝一のトイレ掃除から始まり、お風呂掃除、洗濯、アイロンがけ、部屋の掃除機がけまで片がついた。

最近家事がサボり気味だったので久しぶりに充実感がある。

にこ「よし。じゃあお昼ご飯つくるかな」

冷蔵庫に昨日の夕飯のハンバーグがある。

それをフライパンに出して火にかける。

そこにとろけるチーズを乗せればにこにー特性チーズハンバーグよ!

フタをして少し待つとハンバーグの上のチーズが熱で溶け出す。

ジュウ。トロトロ。とろーり。

うん。いい匂いニコ。

お腹ペコペコ! 早く食べたーい!

71: 2015/07/15(水) 02:46:54.81 ID:vkXPIbPD.net
・・・・・



「お腹へったー!」

「もう、穂乃果ちゃん。これから練習ニコよ?」

「ニコちゃんなにか食べ物ない?」

「仕方ないなあ。はい、チョコレート」

「わーいありがとうニコちゃん!」

「味わって食べてよ~?」

「んー、うまーい! これどこの?」

「あー、なんて言ったかな。今度花陽ちゃんに聞いておくね」

「花陽ちゃんと買いに行ったの?」

「うん。この前はワッフル食べに行ってー。あ、ゲームセンターも行ったの。それから……あ、聞いてよ凛ちゃんったらカラオケでね……!」

「ふーんいいなー。穂乃果も行きたかったなー楽しそうだなー」

「じゃあ今度一緒に行こっか」

「いいのー! やったー」

76: 2015/07/15(水) 18:00:06.10 ID:vkXPIbPD.net
「いいのいいの。ニコはもう疲れちゃったニコ~。二人とも強引なの」

「じゃあさ、今度みんなで遊びに行こうよ」

「二人の相手してくれる人が増えたら助かるニコ~」

「そっか。よかったよかった」

「よかった? なにが」

「これは穂乃果の話なんだけどね」

「もう穂乃果ちゃん、話があっちこっち飛びすぎ」

「昔、高校生になるよりも前。ことりちゃんと海未ちゃんと洋服屋さんに行ったんだ。それでことりちゃん、すごい変わった服を持ってきて、着てみてって言うんだよ。コスプレみたいなやつ」

「ことりちゃん、好きだもんねえ」

「穂乃果も海未ちゃんもやだって言うんだけど、もう無理くり着せられちゃって。心底嫌だったよ。まあそれが今日まで何百回もあるわけだけど」

「どうしたの急に苦労話なんか始めて」

「今はそれほど嫌じゃないっていうか。どこかで気付いたんだ。あれ、あんまり嫌じゃないぞ、って。むしろ楽しいよね、って」

「……結局なんの話?」

「なんのこともない話だよ」

「そっかー」



……これで三人目か。

やっばり私は私が思っているほど私を隠せていないみたい。

77: 2015/07/15(水) 18:00:44.92 ID:vkXPIbPD.net
「さすが穂乃果ちゃん。でも寄り道を正当化はできないニコ」

「大丈夫だよニコちゃん。私たちは少しずつ夢に近づいてる」

――夢に近道なんてあるのかな。

「夢に近道はないけど」

「……!」

「でもちゃんと近づいてるよ。同じ夢かはわからないけどさ」

「どうかな……最近は前より遠くに見えるようになっちゃった」

――弱音を吐かないし、弱みを見せない。ニコちゃんは強い。

「自分は特別だって信じて疑わなかったのに。穂乃果ちゃんたちといるとニコが消えてしまいそうになる」

「そんなことないよ。穂乃果にとってニコちゃんは特別だよ。始めてあったときから一緒にアイドルやりたいって感じた。ホントだよ」

「私はあなたたちに始めてあったとき、心底見下してた」

「えっショック」

「入ってからもね」

「えっ」

「つまんなかった。通過点にすぎない人たちなんてどうでもよかった」

「えっ泣きそうなんだけど」

「でも」

78: 2015/07/15(水) 18:01:42.93 ID:vkXPIbPD.net
穂乃果ちゃんの言うとおりだよ。

仕方なく入ったμ'sも、無理くり連れてかれる放課後の寄り道もだんだん……。

でもニコはそれ以上にアイドルが好きでアイドルなりたくてアイドルにならなくちゃいけないから。

そのためなら周りを蹴落とすことなんて簡単。弱肉強食の世界でも生きていける。だってニコは強いから。

ニコは特別ニコは特別ニコは特別。

誰にも負けない負けるはずがない。負けていいわけがない。

だってニコは誰よりもアイドルに相応しいんだから! そう信じて耐えて耐えて耐え抜いて笑って踊ってやり抜ける。

なのにどうして輝けないの?

八つの光がニコをかき消す。

やめて、お願い、ニコを消さないで!

ニコはニコから光を遠ざけた。ニコの輝きが霞まないように。

遠くで光る彼女たちを見下した。ニコが特別であり続けるために。

認めたくなかった。ニコが特別ではないということを。だから……。

「それは違うよ」

80: 2015/07/15(水) 18:23:26.03 ID:vkXPIbPD.net
「みんなそうなんだよ。ニコちゃんだけがそうじゃないんだよ。私も、凛ちゃんも、花陽ちゃんも、希ちゃんも、真姫ちゃんも、海未ちゃんもことりちゃんも絵里ちゃんも」



・・・・・

「穂乃果たちはきっと大丈夫! なんとかなるよ!」

不安だよ……私も誰か励ましてよ……。



「みんな凛についてくるにゃー!」

私、嫌がられてないかな……?



「花陽は鈍感でいいところなんてないから……」

私はきっとやれば出来る子私はきっとやれば出来る子。



「うちのパワーで恋愛成就! どやどやー?」

私、もう寂しいのはイヤだよ。



「真姫ちゃんにかかればアイドルなんて楽勝よ」

私知らなかった。ダンスってこんなに難しいの……?



「無理です恥ずかしすぎます!」

次はウィンクと投げキッスどこで入れようかな。



「ことりには難しいよお」

私はわかるけど、黙ってたほうがよさそうだなあ。



「私にはアイドルを始めるだけの理由がなかったの」

今の発言エリチカ的にかしこい!

・・・・・

「みんな、誰もが、そうやって頑張ってるんだよ。穂乃果はそう思うな。ニコちゃんのことだって、みんな見てる。気にかけてる。だからわかるんだよ」

83: 2015/07/15(水) 20:22:53.56 ID:vkXPIbPD.net
ずっとキャラをつくって本音を隠して、能天気な人たちをバカにしてきた。

それで私だけは人とは違うんだって優越感に浸ってた。

でもアイドルニコの中にそういう私がいるように、能天気だと思ってた人の中にもそういうのがある。それが当たり前だ。

私だけが気付いていなかった。

滑稽過ぎる。これじゃ私が一番のバカじゃない。

「もう……遠すぎる。私にはすべてが遠すぎる。あんなに近くにあったはずなのに……」

それ以上、なにも言えなかった。

穂乃果が何かを言ってくれなければ、私は自発的に発する言葉を失った。

もし穂乃果も黙り込むのなら、もう一生沈黙の中にいてもいい。とさえ思えた。

「じゃーん。スピリチュアル望遠鏡のぞみんパワー注入バージョン! 希ちゃんにもらったんだあ」

「なによそんなんで空気変えられるとでも思った?」

「いいからいいから。覗いてみて」

私は黙ってスピリチュアル望遠鏡のぞみんパワー注入バージョンを覗いた。

穂乃果の能天気には意味があるということを知ったから。

「おーいニコちゃん。見えますか」

「見えるけど、この望遠鏡がなに?」

「別に意味はないけど」

「ないんかーい!」

「あはは。いいね」

84: 2015/07/15(水) 20:25:36.48 ID:vkXPIbPD.net
私は黙って望遠鏡を覗き続ける。

「私、どこに見える?」

「すっごく遠くに見える」

「そうなの。実はこの望遠鏡、望遠鏡なのに近くのものが遠くに見えるのだーっ!」

「知ってる。レンズを逆から覗いてるだけでしょ。でもね穂乃果、やっぱり私にはあなたが遥か遠くに見える」

「私はここにいるよ」

遥か遠くに見えるはずの穂乃果の手が私の手に触れた。

「遠くに見えても、私たちはすぐ側にいるよ。ニコちゃんの夢も、そんなに遠くはないよ」

いつまでも私は望遠鏡を覗き続けた。滲んでボヤけて何にも見えないけれど、それを穂乃果に悟られるのが嫌だから。


「ニコちゃんは自分の光が霞むから周りの光を蹴落とすって言ったけど……それは間違ってるよ」

「そうね。そもそも光ってすらいなかった」

「九つの光が合わさったら、もっともっと光り輝くと思うんだ」

「甘いのね。相変わらず」

「ニコちゃんは特別だよ。私たちは特別だよ。μ'sは蹴落とすライバルなんかじゃない。私たちはひとつの光なんだよ」

85: 2015/07/15(水) 20:28:34.64 ID:vkXPIbPD.net
・・・・・



にこ「ごちそうさまでした」

昼食を終え、私はお皿を洗いながら時計を確認する。そろそろ時間だ。

洗い終わったら着替えて、バッグを肩にかけて、もう一度鏡をチェック。よし、立ってても仕方ない。座ろう。

ソワソワ。ソワソワ。

ピンポーン。

インターホンの音が部屋に響く。きた!

「おはようニコちゃん」

「もう午後よ」

「その日初めてあった人との挨拶はおはようございますで間違いはありませんよ」

「わかってるニコ。ジョークニコ」

「じゃあ行こうか」



最近、家事をする暇がない。

なんやかんやと大忙しで、部屋の隅にホコリは溜まるし、洗濯物は溜まるしでもう散々。

なんでそんなことになったかって?

しつこい泡は壁にへばりついて、カビを根っこから〇しちゃうのよ。

薬用石鹸恐るべし。

おかげで明日も明後日も、私はトイレ掃除をする暇がない。



うちのトイレのサボったリングは私の心が笑った証。

86: 2015/07/15(水) 20:29:10.21 ID:vkXPIbPD.net
にこ「トイレのサボったリング」



終劇

91: 2015/07/15(水) 20:58:36.59 ID:vkXPIbPD.net
誤字脱字多くてごめんなさい
最後までお付き合いくださったかたありがとうございました

94: 2015/07/15(水) 21:37:02.27 ID:WfkYfLAI.net
>>91
面白かったよありがとう
またどこかで!

87: 2015/07/15(水) 20:35:32.40 ID:XsCuVo9C.net
すごい
それしか言えねえ

88: 2015/07/15(水) 20:36:27.43 ID:1X1DhGAD.net
俺「えっ泣きそうなんだけど」

89: 2015/07/15(水) 20:37:44.96 ID:5/OySkxo.net
おっつ

93: 2015/07/15(水) 21:15:13.62 ID:W8vc6LzM.net
ほんとにすごい作品でした
本当にアイドルになりたいニコちゃんの迷いが上手く描写されてて…もう泣きそう

95: 2015/07/15(水) 21:41:29.80 ID:NuMzjBDq.net

完成度高すぎ

96: 2015/07/16(木) 01:01:47.79 ID:/ywFnXlW.net
素晴らしいの一言

97: 2015/07/16(木) 02:24:21.86 ID:F+zNsoEk.net

98: 2015/07/16(木) 02:28:17.93 ID:b3KW61Cd.net
これは良い
おつ

99: 2015/07/16(木) 02:40:04.90 ID:WthhFl9/.net
文章が特徴的で引き込まれた

102: 2015/07/16(木) 10:04:51.40 ID:yrcxh71p.net

面白かったよ

ところで連載再開はいつになるんですかね…

103: 2015/07/16(木) 15:08:06.85 ID:TsKslS5I.net
乙です!素敵な作品、ありがとうございました。

104: 2015/07/16(木) 15:29:39.91 ID:W+Np5sVj.net
おつおつ
本当に素晴らしかった

引用元:

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