【SS】梨子「彼女と楽園に堕ちた日」【ラブライブ!サンシャイン!!】

SS


1: 2017/03/18(土) 19:48:37.14 ID:BDYEwVFL.net
ルビィ『久しぶりだねえ花丸ちゃん!』


花丸『うんっ!!』

ルビィ『えへへ……どうだった? お仕事平気?』


花丸『つ、辛い……機械が……パソコンが』

ルビィ『あはは……』


花丸『それにしても楽しみだな……久しぶりにみんなで集まれるんだもん』


ルビィ『最後に集まったのはいつだったっけ?』


花丸『うーん……一年前くらいかな?』

ルビィ『そんなに前だったっけ』

花丸『みんな忙しいからね』

ルビィ『千歌ちゃん達は……梨子ちゃんのところに行ってるの?』

花丸『東京だって、好きだね千歌ちゃんも』

ルビィ『おねえちゃんと果南さんも鞠莉ちゃんのこと空港まで迎えに東京行ったし、旅行も兼ねてだけど』

花丸『……私たちは梨子ちゃんのところには行けないし、じゃあさ』

ルビィ『うん』

 

花丸『――一足早く、善子ちゃんの所に行こうか』

2: 2017/03/18(土) 19:49:56.28 ID:BDYEwVFL.net
◇――――◇


梨子「暑くなってきたからね、気をつけないとだめだよ」


善子「平気よっ!」

梨子「平気じゃないからふらふらしてたんでしょ」

善子「あ、あれは……魔力を使い過ぎただけっ」

梨子「そっか」ナデナデ

梨子(……可愛いな)


善子「な、なによ子供扱いしてっ!」///

梨子「子供扱いなんてしてないよ」


善子(と、というか……ふたりきりに、なれた……)


梨子(……)

善子(べ、別に普通だし……なに考えてるんだろ……)


梨子「はいこれ、私が口つけたのでよければ」


善子「……え///」

4: 2017/03/18(土) 19:52:14.17 ID:BDYEwVFL.net
善子「じ、じゃあいただくわ///」

梨子「///」

善子「ごく……」

梨子「それ飲んだら、みんなのところに戻ろうね」

善子「言われなくてもわかってるってば」

梨子「そっか、そうだよね」

善子「ね、ねえ……」


梨子「?」

 

善子「また今度……ふ、ふたりで、遊びに……行かない?」


梨子「え?」

梨子「う、うん……いいけど///」

善子「ほ、ほんと?」


梨子「うん、どこに行こっか」


善子「そうねえ」ワクワクッ…

6: 2017/03/18(土) 19:54:48.49 ID:BDYEwVFL.net
◇――――◇


 好きな人から、ふたりきりで遊びに行こう、と誘われる。

 こんなに幸せなことって、あるのかな。こんなことがあったら、普通の女子高生なら、周りの友達に相談したりして……脈ナシだとかアリだとか、あなたは最近どうなの、とか……色んな話をするんだと思う。

 私だって、普通だったら……千歌ちゃんとか曜ちゃんとか……そういうのに詳しそうな鞠莉さんとか、相談できる相手はいるはずなのに。

 

 私は、自分が普通じゃないってことを知っている。私の恋愛対象は、小さな頃から女の子で……それでも周りには、好きでもない男の子の名前を出したりしていた。


 
 それがどれだけ辛くて……虚しいことかを知ってからは、好きな人はいないって言い続けてきた。今だって、そう。

 自分のためだけじゃないの、相手にも、迷惑がかかってしまうんだもん。だから、私はこの気持ちを絶対に……表に出すわけにはいかない。


 お姉ちゃんみたいって、慕ってくれる、女の子のことを……傷つけないために。私も、恋愛感情なんかじゃなくて、妹みたいって思わなければならない。


 どうして――善子ちゃんのことを好きになっちゃった、のかな。


 最初は変な子だなって、思ってたけど……根はかなり真面目で、可愛くて……なぜだか私にくっついてきて……。そうだね、自然にって言うのが一番正しいかもしれないね。普通すぎて、つまらない、けど。

8: 2017/03/18(土) 19:58:43.24 ID:BDYEwVFL.net
 ピ口りン、と手元の携帯電話のバイブレーションが響く。それは今まさにメールをしている、善子ちゃんからの返信があった合図。どこに行こうかって、話し合っている最中。


 好きな人とこんなメールが出来るだなんて、どれだけ幸せなんだろう。どれだけ甘酸っぱくて、心がきゅぅと締め付けられるんだろう。


 そう、普通……だったら。


 普通じゃない私は、この気持ちの罪悪感と……後ろめたさと、もどかしさと、辛さと……色々な感情がごちゃごちゃになってしまった挙句、涙が溢れる。抑えきれない想いが、世間から見れば汚い想いが……涙となって、溢れ出る。


 でも、いいの。これで私の中の気持ち悪い、であろう感情が、少しでも薄れてくれるのならば。でも……この気持ちは薄れることなく、膨らみ続ける。善子ちゃんと特別な関係になりたいって、暴れ続ける。

 

 そんな気持ちを、気持ち悪いって……言い聞かせて……私は返信のメールを作り始めるのだった。

9: 2017/03/18(土) 20:00:37.36 ID:BDYEwVFL.net
◇――――◇

善子「ふふっ……」


 梨子って、こんなこと考えてるんだ。馬鹿みたい。こーやって安定志向だから地味とか言われちゃうのよ。

 私は地味とは思わないけど、ていうか……見た目だけならかなり可愛いと思うし……。そいえば聞いたことなかったけど、彼氏とか……いる、のかな。


善子「……聞いてみよ」


 一瞬躊躇う指を、どうして躊躇うんだってブンブン首をふって、押し込む。そうよ、こ、恋バナ? って言ったら女子高生の醍醐味みたいなとこ、あるみたいだし。そ、そんなのしたことないから……こんな感じの切り口でいいのかな。

 ちょっと躊躇って送ったメールは、1分もしないうちに帰ってきた。


 ――いるわけないよ、どうかしたの?


 その字面を見た瞬間、胸が、高鳴った。不自然な高まりに、顔が熱くなってサイレンが鳴り響いたみたいに、身体の中で何かが反響する。

 そう、これはドキドキ……?


 な、なんでドキドキしてるのよっ! り、梨子に彼氏がいないから、なん、だっていうのよ。


 枕に顔を勢いよく沈み込ませて、私は恋バナなんてなかったかのように、違うメールを送りつけた。どうしてそんなことをしたのか、恋バナをしたかったはずなのに……自分でもよくわからなかった。

10: 2017/03/18(土) 20:02:01.57 ID:BDYEwVFL.net
◇――――◇

梨子「おはよう善子ちゃん」

善子「おはよ」

梨子「昨日のメール、どうかしたの?」

善子「昨日?」


 昨日……善子ちゃんから送られてきた、彼氏がいるのか、というメール。それは、私のことを、大きく揺さぶった。どうして、そんなことを聞いてきたんだろう、それを聞くより早く、善子ちゃんは話題を変えてしまった。その間の私は、善子ちゃんが好きな人でも出来たのか、それとも彼氏が出来て、私にそのことを相談しようと思ったのか……悶々として、眠気が覚めてしまった。


 だから、今回訊いたことも……私にとっては必死で、それなのに……。


善子「別に、なんとなくよ」


 善子ちゃんはいつも通り、朝は弱いみたいで眠そうな目をこちらに向けることもなく……答えてくれた。


梨子「そ、そうなんだ……好きな人でも、出来た?」

善子「えっ////」

梨子「……え?」


 

 善子、ちゃん?


 
千歌「――なになに? 善子ちゃん好きな人がいるの!?」

11: 2017/03/18(土) 20:03:31.27 ID:BDYEwVFL.net
善子「い、いるわけないでしょ!?///」


 千歌ちゃんが乱入してきたことにより、私はそれより先を聞くことは出来なかった。


 でも……今の反応で、なんとなくわかってしまった。私は人の目ばかり伺って生きて来たから……わかっちゃうんだよ。……好きな人、いるんだね……。


 当然だよね、善子ちゃんは可愛いし……私と同じように、善子ちゃんの真面目な部分に触れた男の子と仲良くなることも、あるのかもしれない。


 だとしたら、見守って、あげなきゃね。相談してくれるかな……だとしたら善子ちゃんの話を聞いてあげて、どんな風にアタックしたらいいか、とか……二人で話し合うのかな。


 なんだか他人事のように思えたのは、それにまだ直面していないからだろう。もし、善子ちゃんが顔を赤くしながら好きな人が出来たんだと、言って来たなら……。


 

 ――想像すらも、したくなかった。

12: 2017/03/18(土) 20:05:06.69 ID:BDYEwVFL.net
◇――――◇

 週末。善子ちゃんと二人でお出かけをすることになった。前々から言っていたことで、二人でどこにいこうかなって、話し合いをした結果……カラオケに行こうって、話になったんだ。


 そもそもどこかへ行こうっていう話をするのがおかしい気もしたんだけど、深く考えることはなかった。


 善子ちゃんはね、とっても歌が上手いんです。歌っている姿と声はとても凛々しくて……かっこいいな、って思ってしまう。

 ふたりだけの空間で、まるで私のためだけに歌ってくれているようで。


善子「ふふ、魔界が震えてるわ」

梨子「?」

善子「私の歌声にっ!」


梨子「そうかもね、本当に上手いと思う」


善子「当然ねっ!」


梨子「善子ちゃんの歌聞いてると、なんだか……楽しくなるっていうか、元気になるっていうか……ああもう、なんて言ったらいいのかな……」

善子「///」

13: 2017/03/18(土) 20:11:46.28 ID:BDYEwVFL.net
善子「梨子はさ、わ、私と二人で遊んで……楽しい?」///

梨子「え?///」

 突然なにを言い出すの!?

梨子「う、うん……すっごく楽しい」

善子「ほ、本当?」

梨子「うん、どうかした?」

善子(楽しい……楽しいんだ)エヘヘ…


 な、なんか……善子ちゃん可愛い。ちょっと恥ずかしがるような……もしかして不安なのかな。善子ちゃんあんまり友達いなかったらしいし、二人で遊ぶのとか……慣れてないって言ってたし。


 だとしたら……私が善子ちゃんの不安を無くしてあげたい……そう、私が善子ちゃんと会う理由は、それだよ、ね?

善子「ねね、聞いてよっ!」


 善子ちゃんは、なんだか嬉しそうな表情を浮かべながら私に携帯の画面を見せてくる。ああ……また堕天使。

 でも……それが楽しいの。善子ちゃんとふたりきりで、女の子同士のただの雑談がとたも、楽しいの。そう、それだけ。

16: 2017/03/18(土) 20:15:09.71 ID:BDYEwVFL.net
◇――――◇

 カラオケに行ったあとは、服が見たいらしくて善子ちゃんと駅前の服屋さんに足を運んだ。今日の服装は、また黒をベースにしたまのだった。日焼けしたくないって言って、夏だっていうのに……薄いとはいえダウンジャケットなんて着ちゃって……もう、汗かいてるよ?


 そう言っても堕天使だからっ! の一点張りで、まあ予測は出来てたから今日は善子ちゃんに夏らしい爽やかなのを着てほしいなっねことを言ったら、何故かわからないけど快く受け入れてくれた。


  白と青を基調にしたマリンコーデ、私はあんまりしないんだけど……それを二人で選んで着てもらったら、本当に可愛くて……。


 こんなことをするの、なんだか恋人みたい。そう、一瞬でも思ってしまった、汚い私がいた。ただの友達同士で楽しく服を見るなんて、誰でもやるよね……それなのに、私は善子ちゃんに汚い感情を抱いてしまっている。消そう消そうって思うのに、善子ちゃんの可愛くて純粋な笑顔を見るたび、私の中の汚物が、暴走しそうになる。

 

 独り占めしたい、私だけに笑って私だけに喋りかけて私だけに――。

19: 2017/03/18(土) 20:17:15.37 ID:BDYEwVFL.net
>>16
ダウン→ライダース

20: 2017/03/18(土) 20:18:03.91 ID:BDYEwVFL.net
 自分が、歪んだ感情を待っていることに目を瞑りながら、そのあとは二人でファミレスに行って、また喋って……。本格的に暗くなったあたりで、ちょっと名残惜しかったけれどファミレスを後にした。


善子「ふふふ、あーなんかすっきりしたかも今日は!」

梨子「ストレスでも溜まってたの?」


 バスを待つベンチに二人で座って、雑談の続きをする。善子ちゃんはちょっと話し足りなかったみたいで、私につられるようにバス停までついてきてくれた。私ももっと話しかったし、帰らなくていいのって言葉が自然に出て来なくて……結局待ち時間も、付き合って貰っちゃってる。


善子「ストレス……は、溜まってないわ」


 私の質問を受け止めた善子ちゃんは、少しだけスカートの裾を握りしめた。


善子「ね、ねえ梨子――女の子同士の恋愛ってどう思う?」

梨子「――は……?」


 なに、言ってるの?


 善子ちゃんは私と目を合わせないで、頷いたまま、顔をあげない。


梨子「ど、どうしたの? 善子ちゃん……」

善子「いいから……こ、こたえてよっ」

21: 2017/03/18(土) 20:21:40.36 ID:BDYEwVFL.net
梨子「……」

 善子ちゃんは顔をあげると、私を貫くくらいの真剣な眼差しを向けてきた。今まで見たことがないくらい、真剣な眼差し。……そこで私の中に一つの可能性が生まれる。もしかして、善子ちゃん……女の子のことが好き、とか?

 そ、そんなわけないっ! そんな異常な人、私みたいなおかしな人は、なかなかいないはず……。

 それとも、まだ、迷ってる?


梨子「――いい、んじゃないかな」


 でも、それでも――わたしは、善子ちゃんを、否定出来なかった。

善子「え」

 もし女の子が好きなんだとしたら、私を好きになってもらえるかもしれない。特別な関係になれてしまうかも、しれない。


 そう囁く私の中の悪魔が、汚物が……囁く。


 胸が苦しい、酸素を取り込めない。私は、善子ちゃんをこっち側に引き込もうとしている。

23: 2017/03/18(土) 20:38:31.35 ID:BDYEwVFL.net
梨子「好きになった相手が女の子でも、それは仕方ないん、じゃないかな……わたしは、いいと思う」


 何が、いいの? 辛いよ、辛いんだよ。周りに女の子が好きだなんて言えるわけなくて、言ったとしたら奇異な目で見られてあの子は女の子が好きだから、で片付けられる。音ノ木にいた時も、そういう友達が一人いた。最初はみんな気にしていないようだったけれど、少しずつ少しずつ噂が広まって……結局その子は、孤立していた。


 私は、それを見て声をかけるわけでもなく……自分がそうならないように、この気持ちを、押し〇した。誰にも言わないようにしようって、普通に男の子を好きになったふりをして、出来れば結婚をして、お母さんを安心させて……それで最後まで。


 善子ちゃんに、こんな気持ちを味わって欲しくないのに……善子ちゃんは私に相談してくれてるのに、信頼、してくれてる、のに……。本当だったら、絶対だめって、言ってあげないとなのにっ……。

善子「そ、そう思う?」


梨子「うん。もし対象が女の子でも、想いを伝えてみたほうが、いいと思うな」


 ごめん、ね。こんな、人で……わたし、善子ちゃんが思ってくれるほど、綺麗な人じゃ、ないみたい……っ。


善子「……り、梨子」

24: 2017/03/18(土) 20:39:04.11 ID:BDYEwVFL.net
梨子「うん?」

善子「彼氏、いないのよね」

梨子「い、いないよ?」///


善子「ぅ……えと」

善子(ど、どう……しよ……わたし、やっぱり梨子のこと、好きだ……)

善子(お姉ちゃんみたいって思ってたけど、このドキドキは、やっぱり……)

善子(でも、言ったら、どうなるかな……。好きになった人には告白しろって、色んなところで聞くし……)


善子(女の子同士、だけど……わ、わたしっ!!)


善子「――す、好き……」


梨子「うん?」


善子「わ、わたしっ……あ、あなたのことが……好きなのっ!!!」

25: 2017/03/18(土) 20:41:05.98 ID:BDYEwVFL.net
 凪いだ風が、善子ちゃんと私の髪の毛を巻き上げて、宙で触れ合う。ふわりと善子ちゃんのシャンプーの香りと一緒に、彼女の想いが、私を切り裂いた。

梨子「え……うそ、だよね?」

善子「ほ、ほんと、よ……。一緒にいると、楽しいし、気がついたらあなたのことばかり、考えてるし、ふたりでいると、ドキドキ、するし……あ、あああのっ、だから……わ、私と――契約、してよ……」

 なに、これ。

 善子ちゃんは身体の正面を向けて、真っ直ぐ私の目を見てくる。言葉はしどろもどろで、顔は真っ赤で、そしてちょっと涙目で……それでも、私を捉える赤い瞳は、揺るがない。


梨子「ま、前から女の子のこと、が?」

善子「ううん、梨子と一緒に遊び始めてから」


 私の、せいか……。私が、善子ちゃんを……こんな、道に……。ごめん、ね。

 


梨子「――きっと、勘違いだよ」

26: 2017/03/18(土) 20:42:40.28 ID:BDYEwVFL.net
善子「え?」

 私は燃え盛るような赤い瞳から、目をそらす。善子ちゃんは本気だ、本気の心が瞳から伝わってきて、私の心まで焼けおちてしまいそうだ。でもその本気の心は、間違ってる。良いって私が言ったくせに、いざ、言われると……だめなんだって、強く訴えかけてくる。本当は、本気の善子ちゃんを受け止める自信がない、だけ。


梨子「女の子を好きになる人ってあんまりいないし、さ……ほら女子校だから男の子と関わる機会とかあんまりないでしょ?」


梨子「だから善子ちゃんは勘違いしちゃってるんだと思う。善子ちゃんは可愛いから、きっとかっこいい男の子と話して、デートとかしたら……その気持ちも、すぐに無くなって――」


 
善子「――無くならないっ!!!」


善子「……わたし、本気、なの」


善子「リリー……ひどいよ」ウルッ…


善子「ううん、ごめんなさい……やっぱり、気持ち悪いわよね。あなたが女の子のこと、好きなわけ、ないし……」

27: 2017/03/18(土) 20:44:25.34 ID:BDYEwVFL.net
 善子ちゃんにはまた下を向いて、震えていた。スカートを握りしめた拳に、ぽたぽたと、涙が零れ落ちる。

 ぁ、ああ……わたし、ひどいこと、した。本気なの、分かってたのにそれを受け流すようにして……逃げてしまった。結局――深く、傷つけて、しまった。


善子「で、でも……私、まだあなたと遊んだりしたい。普通に、今まで通りで、いいから――嫌いに、ならないで……」


 日は沈んで、それと一緒に消えてしまうんじゃないかと思うくらい、小さく、掠れた声を善子ちゃんは精一杯言葉に変えた。


 震えたまま俯く善子ちゃんに何か言わなければ、このままだと……善子ちゃんは長い間、この傷に悩まされてしまうかも、しれない。


 どう、すればいい? わたしは、一体。


 きゅぅと唇を噛み締めた時、既に到着していたバスの運転手さんが私達に乗らないのかと声をかけてきた。私はその問いに、大丈夫ですと、きっぱり答える。


善子「かえ、らないの?」

28: 2017/03/18(土) 20:45:59.95 ID:BDYEwVFL.net
 バスの自動扉がゆっくりと閉じて、エンジン音を上げながら内浦まで向かってゆく。


梨子「ごめんね、善子ちゃん……」

梨子「実は私ね――善子ちゃんのこと……好き、なんだ」

善子「え……?」


 ごめんなさい。結局わたしは、こうするしか、ありませんでした。人と違うってことが、どれだけ辛いか、よくわかってないはずの善子ちゃんを、巻き込んでしまいました。もっと優しい言葉で、説得して、普通の道に進ませてあげることも出来たはずなのに。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


梨子「契約っていうのは……恋人として付き合うってことで、いい、んだよね?」

善子「え、う、うん……あの、わけ、わかんないんだけど」

梨子「……ごめんね」

梨子「善子ちゃんの気持ちを考えないではぐらかそうとしちゃって」


善子「ほ、本当に……梨子は女の子の、ことが?」

梨子「……うん」


梨子「昔から、ずっと……そうだったんだ」

30: 2017/03/18(土) 21:08:19.89 ID:ntIM5sVw.net
 そう、昔から。

梨子「善子ちゃんのことも、気がついたら好きになってた。ふたりで遊ぶのも楽しくてメールも電話も、いつもドキドキしてた」


善子「////」

善子「じゃあなんで、さっき、あんなにはぐらかすみたいなこと言ったのよ」

梨子「……善子ちゃんには、こっち側に来て欲しくなかった」

善子「こっち側?」

梨子「善子ちゃんが女の子を好きになるのは、私が初めてなんだよね? ……善子ちゃんは、女の子を好きになるってことがどういうことなのか、よく、わかってないんだよ」

善子「……」

梨子「居場所がなくて、好きでもない男の子のこと気になってるって嘘ついて……未来の希望もなくて、好きでもない人と結婚するか、結婚もしないで一人で生きていくか……そんな風に考えちゃうの」

梨子「……肩身って、想像以上に狭いんだよ。私も、人に言うのは、初めてだもの。親にだって言えない、言ったら……どうなるかもわからない」

35: 2017/03/19(日) 00:09:14.30 ID:sz2tb6Ve.net
梨子「周りからは親不孝だって言われて、あそこの娘さんは同性愛者だって笑われて……きっと、そんな未来が待ってる。……わたしは、善子ちゃんにそうなって欲しくなかった。ただの勘違いだって、思って欲しかった!!」


梨子「ごめんね、こんな人で……。私も、善子ちゃんのことが好きだったから、独り占めしたかったから……善子ちゃんのこと、正しい方向に進ませて、あげられなかった」

善子「っ……」


善子「――なにそれ、本当に、迷惑なんだけど」


善子「そんなことばかり言うから地味って言われるのよっ!!!」


 善子ちゃんは立ち上がって、ベンチの上で私に指を突きつける。い、いきなりどうしたの? そんなこと、言わなくても……。


善子「正しい正しくないなんてどうでもいいのっ!! わたしはね、私が思った通りにしか生きてくつもりないから! 千歌に言われたように、好きなものは好きで、それでいいじゃない!!」



善子「私は堕天使よっ!! むしろ、禁断のことに手を出す方が、しっくり来るってこと!!!

36: 2017/03/19(日) 00:10:46.22 ID:sz2tb6Ve.net
梨子「善子ちゃん……」

善子「……か、確認なんだけど……私達……恋人ってことで、いいの?」


 静かに座り込んで、さっきよりも私の近くに身体を寄せて来る。今回は身体を横に向けて、私のことを気にするように、ちらちら覗き込んでくる。暗くてもわかるくらい善子ちゃんの頰には赤が差し込んで……そんな、いつもとちがう様子に心が高鳴る。


 さっきは契約って言葉で濁してたけれど、善子ちゃんも不安だった、んだよね。でも善子ちゃんは、人の目を、気にしなくなったようだった。堕天使をやめるって言って、千歌ちゃんに説得されたことが、ここでこんな結末をもたらすだなんて。千歌ちゃんのプラス思考が、善子ちゃんを良い方向に導いたかどうかは、まだわからない。でも善子ちゃんみたいに、生きられたら幸せそうだなって思うの。


 善子ちゃんのひんやりした手の甲側から、私の手の平を重ねる。びくっと身体が跳ね上がる、緊張してるんだね。



梨子「契約、よろしくお願いします」


 

 ――私は今日、堕天使と契約をした。

39: 2017/03/19(日) 01:09:02.29 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


鞠莉『ただいまー!』ギュッ


果南『はいはいおかえりなさい』

ダイヤ『おかえり』


鞠莉『あー、果南お化粧上手くなってる!』

果南『そ、そうかな?』


ダイヤ『そうだと思いますよ。全く……逆に言えば今までが無頓着すぎたのです』


果南『まあね、流石にもう誰が見たって大人だし、これくらいはね』

鞠莉『もお、それじゃ男の人にモテモテね?』


果南『うん、彼氏みたいなの3人いる』


鞠莉『え゛!!』


果南『うそだって』


鞠莉『もー!!!!』


果南『千歌達がさ、先に梨子ちゃんのとこ行ってるから、合流しようか』

40: 2017/03/19(日) 01:10:28.26 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

 意外とサイズって適当でも大丈夫だよね。


 善子ちゃんが普段使っているらしいパジャマを見にまとうと、想像以上にしっくり来て、そんなことを思った。

 ベッドにふたりで腰掛けながら、なんとなく流れてるバラエティ番組をふたりで眺めていた。


 結局私は帰る足を失ってしまって、迎えに来てもらおうかって思ってたんだけれど、善子ちゃんの鶴の一声……いえ、堕天使の一声によって、本日は泊まらせてもらうことになりました。


 善子ちゃんの部屋に来たのは2回目で、初めてはなんだか見せたい悪魔グッズがあるとかなんとか言った時だったのをよく覚えている。


 善子ちゃんの部屋はなんだか本格的なカメラと、よくわからない水晶玉や悪魔グッズなどが部屋のどこを見ても存在している気がする。うーん、好きなのは構わないんだけれど、かなり新鮮な気分。


善子「――付き合ってるってこと、周りに言わない方がいいの?」


 善子ちゃんは不意にそんなことを言った。思えば、善子ちゃんはふざけている時でも急に真面目になったりする。


梨子「……うん、言わない方がいいと思う」

41: 2017/03/19(日) 01:16:31.88 ID:P+jqMRHu.net
 そう、言ったら、終わりだ。優しい人もいると思う、でも優しくない人もたくさんいるんだ。

梨子「……堂々と言えれば、いいのにね」

善子「言う?」

梨子「それはダメだよ、こんなこと言いたくないけど……善子ちゃんは、わかって、ない。優しい人ばかりじゃ、ないんだよ……?」

善子「……ごめんなさい」

善子「やっぱり今まで、辛かったの?」

梨子「うん……今でも、これで良かったのかわからない」

梨子「善子ちゃんのこと、大好きなの。好きで好きで……でも、こんな気持ちに従うだけじゃ」


善子「すぐそんなこと言うんだから。周りの目なんか気にする必要ない、そりゃ、学校とかでは気にした方がいいと思うけど……ここは私の部屋だし……」


梨子「……うん、善子ちゃんて強いよね……」


善子「昔本気で堕天使だって信じてたのよ、周りの目なんかもう気にならなくなったの」

梨子「くす……そうなんだね」

42: 2017/03/19(日) 01:22:55.96 ID:P+jqMRHu.net
善子「梨子だって、私の虜になっちゃったリトルデーモンなわけでしょ? 主人に任せてあなたは何にも気にしなくていーの!」


 善子ちゃんは自信たっぷりで、笑顔を見せてくれた。女の子同士でも気にしないって、本気で思ってて、その後ろめたさも、私より全然なくて……真っ直ぐだ。羨ましかった、そんな風に思えるのってすごいことだと思う。私はすぐ後ろ向きに考えてジメジメして、うぅ、これじゃ歳上失格だね。


梨子「じゃあそうさせてもらおうかな?」

善子「ふふっ、ヨハネに任せなさい」

善子「あ、ヨハネって呼んでね」

梨子「え……本気?」

善子「本気よ、契約内容にあったわよ」

梨子「な、ないよ! 善子ちゃんじゃだめ?」

善子「やだ!」

 ぅ、うう……じゃあどう呼べばいいの? ヨハネちゃん……それもいいのかな? 恋人同士のあだ名って、感じ? それでもヨハネは……。

梨子「――あ、よっちゃんて呼ぶの、だめ?」

善子「よ、よっちゃん……な、なんか締まらないけど――」

梨子「ちょっと、恋人っぽくないかな?」

43: 2017/03/19(日) 01:23:53.81 ID:P+jqMRHu.net
善子「そ、そうかも///」

 ちょっと目を逸らして頬を赤らめる善子ちゃん……ああ、可愛い……。本当に、こんな会話をする日が来るなんて。

 恋人になれるって、すっごく、幸せなんだね。

善子「じゃあ私はリリーって呼ぶから!」

梨子「り、リリー? それは、ちょっと……」

善子「いいでしょ、リトルデーモンリリーね!」

梨子「うぅ、ま、まあ……仕方ない、のかな」

善子「この呼び方も二人きりの時だけ?」

梨子「……うん、出来ればそうしよう?」

善子「リリーが言うなら、そうするわ」

善子「そ、その代わり」

善子「二人きりの時は……こ、恋人っぽく、がいい……」


 胸がきゅぅうっと締め付けられる。今までのような苦しい締め付けじゃなくて、とても、とても心地良い締め付け。よっちゃんの可愛さに心が悲鳴をあげている。急に訪れた幸せに、心が対処仕切れていない。

44: 2017/03/19(日) 01:28:36.96 ID:P+jqMRHu.net
 もじもじと恥ずかしそうにするよっちゃんの姿はとても愛おしくて、可愛くて……食べちゃいたくなるほどだった。

 それを堪えて、冷静さを失っていないフリをして、歳上のお姉さんのプライドを少しでも保とうと、よっちゃんの撫でやすい頭に手を添える。ナデナデされるのが好きみたいで、手を当てると静かに目を閉じて動かなくなった。まるで猫さんみたいだね、黒猫、かな?

善子「……ん」///ドキドキ

梨子「これじゃ、前と変わらないかな?」

善子「じ、十分よ」

梨子「そっか」

梨子「そろそろ、眠ろっか?」

善子「そうね」

 我慢、しなくていいんだ。私とよっちゃんは恋人……ふたりきりのこの空間では、思い切りイチャイチャしても、いい、んだよね?

 で、でも……こ、恋人になって1日目で……一緒に眠りたいなんていう提案、おかしいかな? わたし、勿論恋愛したことないし、でもでも、こういうのはリードしなきゃだと思うし、ああでも――。


善子「り、リリーに命ずるわ! わ、私の眠りを、一番近くで、し、守護しなさいっ!」

梨子「う、うん?」

45: 2017/03/19(日) 01:29:35.83 ID:P+jqMRHu.net
 えっと、本当によくわからない。善子ちゃんは私にびしっと人差し指の腹を見せつける。私が少し考える間を開けると、我慢できなくなったかのように声をあげた。

善子「な、なによっ! わかる、でしょ」

梨子「ごめん、眠りって……。あ、一緒に寝ようって、こと?」

 ぼんっ、と音が聞こえたような気がした。

善子「そ、そうしたいなら、構わないわ! ヨハネの元で魔力を回復しなさいっ、私の命令をいつでも聞けるようにっ!」

 一緒に、眠る……このよっちゃんのベッドで?

 そういう展開、何回も一人で想像したけれど、いざ……言われると、恥ずかしくて死んじゃいそう。心臓がばくばく言い出して、余裕を保つ力が失われていく。

梨子「うん、私もよっちゃんと一緒に眠りたい、かな」

善子「あ、あっそ……ぅぅ」///

善子「さ、先に寝るから!」

 勢いよくベッドの中に潜り込んで、背中を向けてしまった。善子ちゃん、恥ずかしいんだね。その気持ち痛いほどわかるし、それでも善子ちゃんは……どんどん私に近づいて来てくれる。私が踏み出せない一歩を、何回も踏み出してきてくれる。

47: 2017/03/19(日) 02:03:27.41 ID:P+jqMRHu.net
 ふふっと背中に笑いかけて、私は善子ちゃんの部屋の電気のスイッチ、であろう場所をそっと押す。照明が消えて、部屋には先程から流れているバラエティ番組の明かりと音だけが存在感を残していた。目の前にあるリモコンのボタンを押せば、そこは――。

 ぶつ。

 しん、と静まり返った部屋の中で、善子ちゃんの背中が一瞬びくんと跳ねたのがわかった。

梨子「……し、失礼します」

 夏前だからか、ちょっとだけ薄くて軽い掛け布団をめくり、そこに足を侵入させる。

 今までとは全然違う感覚に、胸が焼け焦げそうだ。善子ちゃんと距離がどんどん近くなって、どんどん善子ちゃんのパーソナルスペースの壁をはねのけていく、そんな感覚。

 足が両方とも入って、身体も入れて……仰向けの状態になったら、掛け布団を首元まで持ってくる。

 眠る前だっていうのに、酷く鼓動が激しい。この状況を処理しきれない。私は今、善子ちゃんと同じベッドに、入って……眠ろうとしている。

 善子ちゃんは相変わらず背中を向けちゃって、こっちを向いてはくれないけれど、その背中はリラックスとは程遠いように思えた。どこか強張っていて、私とおんなじ気持ちになってくれているのかなって、ちょっとだけまた親近感を覚える。

梨子「よっちゃん」

善子「な、なによ」

梨子「もっと、くっついてもいいかな? 枕から飛び出ちゃう」

48: 2017/03/19(日) 02:04:41.63 ID:P+jqMRHu.net
 枕が一つとはいえ、善子ちゃんはとても大きな枕を持っていた。私とよっちゃんが二人で眠るには十分な大きさで、詰める必要もほとんどない。だから、私がよっちゃんともっとくっつきたいっていう、ただの理由。我慢しなくて、いいんだもんね、よっちゃんのこと、好きって気持ち……つ、伝えてもいいんだよね?


善子「べ、べつに構わないけど」


 ちょっとぶっきらぼうにもごもご言うよっちゃんは、照れてる証拠です。チャンスとばかりにぐいっと身体を寄せて、よっちゃんの体温を肌で感じることができる距離。


梨子「よっちゃん、ありがとね」

善子「なに、が?」


梨子「……私が怖がっていた一歩を、踏み出してくれて。よっちゃんが恐れないで私に近づいてくれたから、こんな風に慣れてるんだよ。よっちゃんが何もしてくれなかったら、私は何もできなかった」

梨子「ありがとう、これからよろしくね」

善子「え、ええ」


梨子「こっち向いてよ」

善子「な、なんでよ」

梨子「よっちゃんの顔が見たいな」

善子「見てどうするの」

梨子「恋人だもん、ずっと見ていたいって思うの、変かな?」

49: 2017/03/19(日) 02:06:12.79 ID:P+jqMRHu.net
 自分でも、少し大胆だったかなとか、おかしなこと言っちゃったなって思うけれど……これくらいがちょうどいいのかもしれない。よっちゃんは結構大胆だし、やられっぱなしも嫌だしね?


善子「べ、べつに変じゃないけど」

 くるりと態勢を変えて、私の目の前、寸での距離に……愛おしい人の顔が向けられる。長い睫毛に、強気なのにどこか可愛い目、すっと高い鼻に真っ白な肌……見た目も、中身も、好き。


 赤い瞳に吸い込まれそうになりながら、私は笑みが零れてしまった。

善子「な、なによっ!///」

梨子「よっちゃん、可愛いなって」

善子「ぅ……リリーも、なかなかだと、思うわ」

梨子「そんなことないよ、ね、もっと近づいて?」

善子「ぅぅ……い、いきなりこういうこと、難しいって、いうか」

梨子「?」

善子「こんな、恋人っぽいこと……」

梨子「一緒に眠りたいって言ったのはよっちゃんだよ?」

善子「わかってる、でも……ほら、いざこうなると」


梨子「ふふっ、そうだよね。私も……すっごくドキドキ、してるよ」

善子「……///」


善子「リリー……あり、がと」

50: 2017/03/19(日) 02:07:18.18 ID:P+jqMRHu.net
梨子「ん?」

善子「高校のクラスでも友達出来たし、部活のみんなは、大切だし……それだけでも私は満足してるつもりだったのよ」

善子「それなのに、こんな……好きな人も出来て、付き合えて……」

善子「ひょっとして、こ、これすごいリア充じゃない!?」

梨子「……ふふっ、そうかもしれないね」

善子「高校半年間でこんな急展開なんだから、きっとあとの二年で世界征服よ!!」

梨子「え、ええ?」

善子「あ、それとも――」


 ベッドに入ってからも、夜は長いみたいです。

51: 2017/03/19(日) 02:08:14.84 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

 ふたりきりのベッドの中で話していた時間は二時間を超えていた。ふたりではなしているだけで時間の概念から切り離されたような錯覚を覚えてしまうほどには、私たちはお話が好きみたい。よっちゃんの魔力のせい、かな? くす、私もリトルデーモン化が1日で進んじゃったみたいだね。


 よっちゃんが眠る前の時は何か言いたそうにしながら瞼が少しずつ閉じて言って、まだリリーと話したいって言ってすぐに、小さな寝息を立て始めたの。私は消えてしまいそうな可憐さに魅せられて、余計に20分くらいはぼんやりと見惚れてたと思う。


 まるで夢みたいだねって、ふたりで言い合ったのが印象に残っている。それは良い印象でもあり、悪い印象でもあった。このまま眠ってしまったら私は一人で、よっちゃんは隣に居なくて、全て私の妄想で……結局、私たちの好きの形は、通じ合っていなかった……なんて言う展開が起こるんじゃないかとさえ、思った。


 ふたりきりの世界で誰にも邪魔をされずに過ごした一夜が幸せすぎたんだと思う。私たちの好きの形が、世間の全てに許されたようなそんな感じが、して。


 朝起きると、よっちゃんが私のことを、見ていた。よっちゃんはそれを認めないで、誤魔化してたけれど、私は知ってるもんね。よっちゃんも私のこと、好きでいてくれてるんだっていう確認になったよ。一夜を超えても、私たちの好きの形は、確かにそこにあるんだって。

52: 2017/03/19(日) 02:09:03.77 ID:P+jqMRHu.net
 午前中で帰ろうかって思ったけれど、よっちゃんのゲームを見ながらふたりでお話をしていたら、お昼を超えちゃってた。お昼ご飯もよっちゃんの家でご馳走になっちゃって……。よっちゃんのお母さんってとっても綺麗で本当に似てるんだよ、なんだか出来る女の人って感じ。
 よっちゃんもOLさんになったら、すごく人気が出そうだよね。人気が出るのはいいけれど、私のことも見てくれないと、少し、寂しいなって思うけど。


 おでかけしようかって話にもなったんだけれど、今日はふたりきりで居たい気分だったし、ものの1分もしないうちに違う話題に切り替わっていった。いくら話しても、足りない。私はそんなにお喋りな方じゃなくて、ガールズトークとかも得意じゃないんだけど、よっちゃんはお話が好きだからそのお話を聞いてるだけで面白いんだよね。


 たっぷりふたりで話して、今日はバスに乗り遅れないように夕方になったらバス停へ向かった。


善子「じゃあね、また明日」


梨子「うん、明日からの練習も、頑張ろうね」

53: 2017/03/19(日) 02:10:03.96 ID:P+jqMRHu.net
 バスへ乗り込む時も、本当に付き合う前と変わらず何気ない会話だった。よっちゃんは切り替えが上手くて、メリハリがあって……なんだかいいなって思っちゃう。私がちょっと切り替えとか苦手なタイプだからっていうのも、あるんだろうけど。


 考えるのはよっちゃんのことばかりだった。バスの窓から山の向こうへ堕ちてゆく太陽を眺めながら、よっちゃんならどんな風に言うのかなって。


 ああ、ダメダメ、切り替えないと。明日から新しい曲を作るんだって、千歌ちゃんが言ってたもんね。新しい曲、か。今度はどうなるのかな。


 よっちゃんのこと、大好きだけど、他のことに影響が出ちゃったらダメだもんね。人前でベタベタが出ないし、制限もちょうどいい、のかも。


 女の子同士っていうのも、少しはプラスに捉えることも出来るのかな。こんな風に考えることが少しでも出来るようになったのは、愛おしい人の影響なんだと強く実感することが出来た。


 悪い結果ばかり予想して、怖がって居たけれど、今は世界が明るく見えた。よっちゃん、私は幸せだよ。ありがとうね。

56: 2017/03/19(日) 02:26:53.83 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


千歌「恋愛の曲がいいのっ!」


 そこまでこだわる必要はないのではないか、というダイヤさんの指摘に、千歌ちゃんはぶんぶんと首を横に振りながら立ち上がる。机から身を乗り出してダイヤさんに訴えかける目は、並々ならぬ情熱を持ち合わせているようだった。

 ダイヤさんは少々たじろぎながらも、ため息で千歌ちゃんの情熱に答えたようだった。

千歌「なんでそんなおっきなため息つくんですか!」

ダイヤ「いえ……千歌さんの気持ちはわかります。でも、先週までに歌詞を完成させると言いましたよね?」

千歌「ぅ、そう、だけど」

ダイヤ「恋愛の歌だから苦戦しているのではありませんの? そこまで、拘らなくても……」

千歌「むぅ……で、も」

鞠莉「アイドルと言ったら恋愛! らしいじゃない?」

ダイヤ「恋愛禁止が定石なのに?」


ダイヤ「そもそも千歌さんは男性と交際したことがありますの? 好きになったことが、ありますの?」

57: 2017/03/19(日) 02:28:52.09 ID:P+jqMRHu.net
千歌「……ない、けど」

千歌「少女漫画とか、持ってるし……お姉ちゃん達から、彼氏の話とか、聞くし……」

千歌「彼氏……そっか、彼氏作れば、恋愛の曲が作れるんだ!!」

ダイヤ「どうしてそうなるのよ。まあアイドルとは違って、スクールアイドルですから……恋愛禁止とは、言えませんけど」

果南「彼氏作るってはりきるのもいいけどさ、候補はいるの?」

千歌「……」

果南「中学の時の友達にでも連絡するくらいしかないんじゃない?」

千歌「でも全然会ってないし、というか連絡先も知らないし……携帯持ったの、高校生からだし」

果南「てことは、現在の男の子の友達はほぼゼロ……」

千歌「ぅ……」


ダイヤ「諦めた方がいいみたいね」


千歌「なんでなんでっ! うぅ……そ、そうだ、ここに九人もいるんだからだれか恋愛の歌詞書けそうな人いないの!?」

58: 2017/03/19(日) 02:30:19.34 ID:P+jqMRHu.net
「……」


千歌「――よ、曜ちゃんは!? 中学の時結構告白されてたでしょ?」

曜「うぇぇ……」

果南「あぁ、そんなこともあったね」

梨子「へぇ……」

梨子(まあ可愛いし明るいしね……)


善子(……なにそれ完全にリア充じゃない)


鞠莉「あら、意外とやり手?」

ルビィ「やり手?」

ダイヤ「変なこと教えないで」


曜「そんなんじゃないってばー! でもなんか、どうしてそうなったのか……だから結局断っちゃったし」

果南「曜は明るくて誰にでも愛想いいから男の子はきっと勘違いしちゃうんだよ」


曜「そうなのかなあ……」


ルビィ「それがやり手?」

59: 2017/03/19(日) 02:31:46.99 ID:P+jqMRHu.net
ダイヤ「違います、いつか正しい意味を教えるからそれまで待っていて」

ルビィ「……はい」

千歌「曜ちゃん、書けない?」

曜「む、無理だよ恋愛の歌詞なんてっ!」

千歌「そこをなんとかっ!」

曜「うぅ、あっ、梨子ちゃんはどうなの?」


梨子「――へ?」


千歌「あー! 確かにっ、女の子っぽいしモデルさんみたいだし、モテたでしょ?」

千歌「もしかして彼氏何人もいましたー! とか?」

善子(っ……)

梨子(彼氏……)


 千歌ちゃんのその問いには、なんの悪意も込められていないことくらい、誰にでもわかること。でも、それでも……その悪意の無さが、私の心を抉った。


 彼氏がいたかどうか、男の子が好きなことが当然として、そう聞いている。私が女の子のことが好きだなんて微塵も思わないで、千歌ちゃんの赤い瞳が輝いている。無邪気な問いで、私は少し夢見心地だった昨日の海から、強引に釣り上げられてしまったみたいだ。

60: 2017/03/19(日) 02:34:21.00 ID:P+jqMRHu.net
 中学生の時……私は、記憶の引き出しを開けてみる。

梨子「――彼氏はいなかったけど、私も中学生の時、告白、されたことなら」

善子「――え!?!?」ガタッ!!

花丸「善子ちゃん?」

善子「ほ、ほんと?」

梨子「う、うん……そこまで仲も良くなかったし……私も、断っちゃったけど」

 少しずつ、当時の光景が蘇ってくる。あの時私は、告白されて……。今思えばその時が転機だったのかもしれない。

 小さな頃から女の子が好きっていうのはわかっていたけれど、中学生にもなると周りでも付き合う人が増えてきた。

 そんな中での男の子からの告白。

 今思い出しても、その人は背も高くて、かっこよかったと、思う。でも……全然ドキドキしなかった、私が彼の隣で心から笑っている姿を想像することが出来なかった。彼は悪くない、私が悪かったんだ。


 その時私は……自分が異常なんだっていうことに、確信を持ったんだ。


 
善子「よ、よかった……」

鞠莉「……?」

梨子「てことで、ごめんね。私も無理、かな」

千歌「はぁぁ……みんなして告白されててさ、むぅ……」


ダイヤ「とりあえず恋愛の歌はお預け、ということね」


千歌「はぁぁ」

61: 2017/03/19(日) 02:36:55.33 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


善子「ね、ねえ……」

梨子「うん?」

善子「――ちょっとだけ……ふたりきりに、なりたい」

善子「空き教室、いこ」

梨子「どうしたの?」

善子「いいから、お願い」

梨子「う、うん……」

◇――――◇


空き教室



善子「男の人に告白されたことあるって、ほんと?」

梨子「か、隠すつもりはなくて……」

善子「……わかってる」

梨子「どう、したの?」

善子「……なんか、わかんない」

善子「けど、やな、感じ……」モヤモヤ

善子「わ、私たち……恋人、よね?」


梨子「うん……」


善子「……恋人」

62: 2017/03/19(日) 02:37:47.12 ID:P+jqMRHu.net
善子「わ、わたし……リリーのこと、絶対……一番好きな自信あるからっ。リリーに告白した男の人よりもっ!」

梨子「////」

梨子「……不安、だったの?「

善子「へ」

善子「ふ、不安ていうか、なんていうか///」

善子「り、リリーは……び、美人だし、絶対……男の人にもモテるし///」ボソボソ…

梨子「そ、そんなことないよぉ……//」

梨子「よっちゃんだっておんなじだよ……ほんとに可愛いし、わたしで、いいのかなって……//」

善子「わ、わたしが可愛いのは、と、とーぜんだし……このヨハネがあなたを選んだんだから、ち、ちょっとは自信持ちなさいよ」

梨子「う、うん……///」

善子「ぅぅ……」


梨子「や、やめよっか……こういうの、なんか、キリがない気がする……」//

64: 2017/03/19(日) 02:55:51.84 ID:P+jqMRHu.net
善子「あなたのせいでね」

梨子「ええ……?」

善子「と、とにかく……あ、あの」モジッ

梨子「?」

善子「い、今は他の人のこと見ちゃ……やだから」

梨子「////」キュンッッ

梨子(か、かわいい……ぁぁ、うぅ、し、自然にニヤケちゃうよ……今の私、ぜ、絶対気持ち悪い顔してる……幸せ……)

善子「に、2回目は言わないんだからねっ、わかったのリリー?」

梨子「う、うん……よっちゃんもだからね」

善子「当たり前でしょ」

梨子「――だ、抱きしめて、いい?」

善子「は、はあ!?////」

梨子「ご、ごめんなさいっ……!な、なんかよっちゃんが可愛くて……」

善子「な、なによそれ……」//

梨子(ま、まだ早いよね……ぅぅ、早まっちゃったよ……ずっと好きだったから、わたし)

梨子「じゃあ、みんなのところに戻ろうか」クルッ

善子「……」

ギュッッ

梨子「ふぇ……///」

65: 2017/03/19(日) 02:56:46.20 ID:P+jqMRHu.net
善子「……あ、あなたばっかりそういうことしようとするの、き、禁止っ! 私だって……」

善子「正面だとちょっと恥ずかしいけど、これなら……」

梨子「///」ドキドキッ

梨子(よ、よっちゃんに抱きつかれてる)///

善子「……こ、これはあなたを今天界の者共から守ってあげてるんだから///ヨハネがこうやって、だ、抱きしめてなかったら……い、一瞬で蒸発しちゃってるんだからね」

梨子「……うん///」

ガタッッ

善子「ひっ」


千歌「――ふたりとも、なにしてたの?」

善子「な、なななにもしてないわよ!?」

千歌「――抱きついてた?」

善子「!?」

善子「なんかり、リリー、腰が痛いっていうから確かめてただけ!!!」

千歌「……リリー? 腰?」

善子「ぅ……」

梨子(な、なんか色々ぼろが出そう……)

梨子「ちょっと、痛めちゃったかも……」

千歌「平気なの?」


梨子「練習しながら様子を見てみるね?」

千歌「うん」


梨子「行こっか、"善子ちゃん"」

74: 2017/03/19(日) 14:22:27.36 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

二週間後


 今日はお泊りです。よっちゃんと特別な関係になってから、3回目の週末。恋人になってから二週間くらいしか経っていないんだけれど……私は自分の心が、日に日に高鳴るのを感じた。端的に言うと、よっちゃんはとても、可愛い。素直な時は素直だし、素直じゃない時は、全然素直じゃない。


 甘えてくる時は堕天使モードじゃなくなって、私にくっついてくるの。それは基本的にふたりきりになって、とてもいい雰囲気になった時だけで……それ以外は堕天使モードで私をリードしようって、頑張ってくれるんだ。よっちゃんのさせたいようにするときもあれば、私がリードしちゃう時もある、でもどちらの場合でも、心に油が注がれたみたいに燃え盛るような感覚でいっぱいになる。

 ずっとこんな風に、好きな人と一緒にいられるのに、憧れていたんだ……。


 いつもより少しだけ長い時間、バスに揺られて沼津に到着する。ここからちょっと歩くと、よっちゃんとふたりきりになれて、なんにも気にせず接することが出来る。よっちゃんが甘えてくるのも基本的には、お互いの家にいるときだけだった。


善子「ねーもっと早く」

75: 2017/03/19(日) 14:23:36.68 ID:P+jqMRHu.net
 ぷくって、小さく頰を膨らませて、少しだけ見上げてくる。よっちゃんは私にもうちょっとだけ早く歩いて欲しいみたい。多分それは、早く部屋に行って、ふたりきりに、なりたいから。


梨子「どうして?」

善子「ま、魔力が切れそうなのっ!」

梨子「うーん……」

梨子「私はよっちゃんと二人で、こうして並んで歩くの好き、なんだけどなあ」

 や、やば……言った後で、顔に熱が集まってきて、ちょっとだけ俯いてくすりと笑って見せる。

善子「///」

 ぴたり、そういう擬音が聞こえて来るかのように、善子ちゃんの足取りが止まる。


梨子「ど、どうしたの?」

 善子ちゃんは小さく震えた後、真っ赤になった顔を向け、私に手の平を、差し伸べてきた。


梨子「?」

 どうしたんだろう?


善子「わ、私の手を取り、現世を、あ、案内することを許可するわっ////」

76: 2017/03/19(日) 14:25:29.02 ID:P+jqMRHu.net
梨子「へっ///」

 思わず、素っ頓狂な声が漏れてしまう。待って、ヨハネ語の変換……えと、つまり、手を繋ぎたいって、ことかな? ほ、本当に!?

 よっちゃん、今は素直じゃないから……そういいたいんだよね?

 よっちゃんは手を向けたまま私を真っ直ぐに見つめてくる。綺麗な唇がきゅぅと閉められ、微かに震えているのは、さっき言った言葉に極度の緊張感を持っているからなんだと思う。もう何回か正面からのハグはしているけど、手を繋ぐのは、初めてだったり、する。

 え、繋いで、いいの? でも……人の目が……女の子同士で、こんな外で手を繋いだら……。

善子「い、いやなの……?」///


 目が泳いだ後、よっちゃんが甘えてくる時によく使う、上目遣いで私の心が一瞬にして高まりの極限まで上り詰めたのを感じる。顔が赤く熱くなるのはもちろん、緊張もしてきて、状況がよくわからなく、なってしまう。

77: 2017/03/19(日) 14:27:18.50 ID:P+jqMRHu.net
梨子「え、あ、いやっ、いやじゃないけど、そのっ///」

 上手く言葉が出てこない。転校してきた初日もこうやって、緊張して、肝心なところで自分の口が動かなくなってっ。

 私は首をぶんぶんふったり手を顔の前で振り切ってみせたり、とにかく余裕の無い有様をよっちゃんに見せつけてしまっている。

 そんな私の手を――よっちゃんが掴んで、優しく手の平同士を、重ね合わせた。


梨子「え///」


 よっちゃんはちょっとだけそっぽを向いて、繋いだ手を引いて、家に向かって歩みを進み始めた。


善子「い、いやじゃない、んでしょ」////

梨子「う、うん……」


 沈黙時間20秒を切り裂いたのは、ちょっとだけぶっきらぼうなよっちゃんの一声だった。

78: 2017/03/19(日) 14:28:32.82 ID:P+jqMRHu.net
 また、私はよっちゃんに踏み込んで貰ったんだ……。私は余計なことをたくさん考えて、手を繋ぎたいのに繋げなくて言い出せなくて……。よっちゃんは素直じゃなくても、自分の気持ちにはとっても素直で、正直だ。私と手を繋ぎたいって思ったから、手を繋ぐ……きっと、それだけ。


 それだけのことが出来ることが、なにより羨ましくて、私は歳上の威厳なんてもう無くなってしまってるんだって感じてしまう。

 引かれるかたちで歩いていた私は、徐々によっちゃんに歩幅を合わせて、横一線に並んで歩き出す。

 こうやって時々、リードしてくれて……かっこ、いいな……よっちゃんの横顔はなんだか強くて、輝いて見える。

 わたし、この人を好きになって良かった。本当に、そう思う。

 手に感じる汗の湿り気と、温もりが、心を暖かくしてくれる。これが幸せ……たった三週間だけれど、私は幸せって気持ちがわかった気がした。


梨子「ふふっ」

善子「な、なに?」


 よっちゃんと一緒に歩いていると、自然に笑みが溢れてくる。

 うん、よっちゃんの家に言ったら、またいつもみたいに、お姉さんとして、思い切り甘えさせてあげよう。

79: 2017/03/19(日) 14:30:49.84 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

 口数がちょっとだけ減って、まるで猫さんみたいにすり寄ってくる。それがよっちゃんの甘えたいサインで、それが始まると私は優しく抱きしめてあげる。

 最初はすっごくドキドキしたんだけれど、今は良い意味で慣れたのかなって思う。サラサラの髪の毛を撫で付けて……華奢な肩を抱き寄せる。

善子「……リリー」

梨子「なあに?」

善子「呼んだだけ」

梨子「そっか」

 こうやって抱きしめて、ふたりでベッドに入って、ふたりで眠るのが……最高なの。次の日の朝も隣によっちゃんがいるって思うと、ふふって自然に笑みが溢れる。

梨子「そろそろ眠ろっか?」


善子「ええ」

80: 2017/03/19(日) 14:31:16.26 ID:P+jqMRHu.net
 自然に抱きしめていた手を離して、もぞもぞとよっちゃんがベッドの中に潜り込んでいく。

ブブブッッ

善子「? メールだ」

梨子「?」

 メール、メール、か……。

善子「ねえねえ見てよリリーずら丸また変なメール送ってきたっ」

 なんだかとても嬉しそうに花丸ちゃんから送られてきたメール画面を私の眼前に、突きつけてくる。文字がぐしゃぐしゃになったメールだった、機械が苦手なせいなんだと思う。

善子「まったくなにを打ってるんだか」

 よっちゃんはそう言って、花丸ちゃんへの返信メールを作成し始めた。

82: 2017/03/19(日) 14:58:31.32 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


 もう、ふたりで眠るはずだったんだけどな。

 よっちゃんが花丸ちゃんとメールを開始してから30分くらいが経った。

 私といつもみたいに会話をすることは変わらないんだけれど、そこに携帯電話でメールをしていることで、なんだか、第三者が介入してきているようで、モヤモヤする。

 花丸ちゃんが悪いわけでも、よっちゃんが悪いわけでもない。


 つまり――よっちゃんを独占したいって気持ちが芽生えてしまった今の私が、悪いんだ。


 で、でも……わたしと二人きりでいるのに、ずっとメールなんて……おかしいよ。寂しいよ……。


善子「リリー?」

梨子「……」

善子「どうかした?」

83: 2017/03/19(日) 14:58:52.84 ID:P+jqMRHu.net
梨子「あ、あの……こ、こんなこと言うの、本当に悪いと思うんだけど……」


梨子「――せ、せっかく二人きりなのに……携帯電話ばっかりは、ちょっと、寂しいかなって……」

 言っちゃっ、た……。


梨子「な、なんかね花丸ちゃんばっかり構ってるような気がしちゃって……。ち、違うんだよ、わかってるんだけど……なんか、あの……」


 そう、嫉妬だ。とても、とても醜い、感情だ……わたしは心の炎の色が変わっていくのを、感じる。口に出せば、それが現実になって……自己肯定感を生み出して……罪悪感が薄れていく。


善子「えと、つまり……不安、なの?」

梨子「そう、なのかな……」


善子「……ごめんね? リリー、そんな風に思ってたなんて」

梨子「う、ううん、悪いのは私だし……」

84: 2017/03/19(日) 14:59:20.58 ID:P+jqMRHu.net
善子「――確かにリリー、私とふたりでいるときはメールしたりしないわよね。……気がつかなくて、ごめんなさい……」

善子「これから気をつける」

梨子「う、うん……っ」


 気をつける……よっちゃん、私とふたりきりの時は――メールしないでいてくれるんだ……嬉しい。……独り占めして、いいんだよ、ね?


梨子「私はふたりきりの時はね、よっちゃんしか見てないから。……好きだよ」ギュッ


善子「……も、もう。私も……」

梨子「もう眠ろう? 明日も、どこかへ行こうよ」

善子「うんっ」

85: 2017/03/19(日) 15:00:03.51 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

ファミレス


梨子「……」

善子「?」

善子「あ、メール……ごめん」

 

梨子「……」



梨子「誰としてたの?」

善子「ルビィと……」

梨子「そっ、か」

善子「リリー……ごめんね、リリーのこと不安にさせたくない」

梨子「うん……」


 よっちゃんは、そう言って携帯の電源を落とした。
 よっちゃんがメールをしているのを見ると、心のどこかがざわざわとしてくる。嫉妬の嵐が、心に渦巻いているんだ……。顔に出さないようにしようって、思っても……出てしまってるんだと思う。

86: 2017/03/19(日) 15:01:03.00 ID:P+jqMRHu.net
 だって、悲しいもん。恋人なんだよ? それなのに、目の前の恋人を見てくれないで、メールの向こう側の人のことを考えてるなんて。


 ――独り占め、したい……。よっちゃん、私のことしか、考えないで欲しいよ……。でも、だめだよね、わたしっ、こんな自己中な人だったなんて……っ。


 なんとなく、わかっていた。昔から好きになった人のことばかり考えて、その人が自分だけ見てくれたらってことを、ずっと思ってた。でもそれが叶うことはなくって、積もりに積もったこの独占欲が……よっちゃんに向けられてしまうのかもしれない。


 お姉さんだもん、そんなのだめ。余裕を持って……見守ってあげなきゃ。


善子「さ、リリー何頼む?」

梨子「えーっとね」


 よっちゃんはワクワクしながら、メニュー表を開いて、無邪気に笑う。

 ああ…」よっちゃん、私のこと、考えてくれてる……。私もよっちゃんのことしか、考えてないよ。これ、なんだかすっごく、恋人っぽい……。

 

 心の奥底に染み付き始めている、この甘美な幸福感は、私の何かを、狂わせていった。

87: 2017/03/19(日) 15:06:41.82 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


二週間後

善子「はいこれ……携帯」

梨子「ありがとう」

 渡された善子ちゃんの携帯のパスワードをアンロック、メールやLINE等連絡ツールに目を通していく。

梨子「うん」

 今日も特に変わったことはないみた……うん?

梨子「……花丸ちゃん達とお買い物に行くの?」

善子「ええ」

梨子「そっか……」

善子「?」

梨子「これ、私とじゃだめなの……?」

善子「そ、そういうわけじゃ……」

梨子「ごめん……困らせたよね、いいけど……何があったかちゃんと私に、話してね?」

89: 2017/03/19(日) 15:08:38.84 ID:P+jqMRHu.net
善子「うん」

 週末はよっちゃんに予定が入っているみたい。はぁ、デートしたかったのに……。なんで他の人と……。

 よっちゃんの携帯電話を見せて貰うようになってから約一週間。最初はちょっと抵抗があるみたいだったけれど、それで私が不安にならないならって言って、快く見せてくれるようになっていた。


 よっちゃんの全部が知りたい。よっちゃんが他の人とやりとりするのを見るのはちょっと辛いけれど、知らないより、全然いい。

 私だけ見せて貰うのは申し訳ないから、よっちゃんに携帯を渡すんだけど私のには興味ないんだって……。どうしてかな、私のこと、知りたくないのかな……。寂しい……。


梨子「じゃ、もう七月になったし……よっちゃんの家で期末テストのお勉強しよっか」

善子「え!?」


善子「な、なんでせっかくリリーとふたりなのに勉強なんてっ!!」


梨子「私とふたりだから、だよ。私が見てあげれば他の人と勉強する必要なくなるし――いいでしょ?」


善子「……」ゾクッ…

91: 2017/03/19(日) 15:12:31.31 ID:P+jqMRHu.net
 よっちゃんが一年生のみんなと勉強するっていうのも素敵だけど……どうせだったら、2人きりの方がいい。


善子「みんなと勉強するっていうのは……」

梨子「え……?」

梨子「わ、私とじゃ嫌?」


梨子「……ごめんね、そうだよね。おせっかいだったよね……」ウルッ…

善子「ち、ちょっ……違うからっ!」


善子「リリーとふたりで勉強するの好きだし、でも……」


善子(なんか最近のリリー、変……)


梨子「……」

善子「わかったわ、花丸達とお買い物したら、リリーの家に行く。そこで勉強しましょ?」

92: 2017/03/19(日) 15:16:16.51 ID:P+jqMRHu.net
 自分勝手なくせに泣き出しそうになってしまう私を見兼ねて、よっちゃんは優しく抱きしめてくれた。耳元で囁かれるその声はとても柔らかくて、違う意味で泣きそうになってしまう。


梨子「ごめんね……私、よっちゃんのこと好きで……他の人と話してるだけで、不安になっちゃって」


善子「リリー……ごめんなさい、そんな風に思ってたんだ」


善子(……リリーには私がついてないと)

梨子「ううん、私のせいだもん」


善子「じゃあリリーが不安にならないように、私も頑張る。それでどう?」


梨子「うん……ありがとう。――好きだよ」


善子「私もよ、リリー」ギュッ…

梨子「うん……////」

93: 2017/03/19(日) 15:17:27.03 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


善子「ふー、花丸達とご飯も食べて、夜はリリーの家に行って……完全にリア充ね……ふふっ」

善子「花丸達はもうちょっと沼津にいるって言ってたし、私はバス停に行って、と……」

 

梨子「――よっちゃん!」

 

善子「え……?」

善子「リリーなんでいるのっ!?」


梨子「買い物してて……夕方来るって言ってたし、このくらいのバスかなって」

善子「わざわざ来てくれたの?」

梨子「あ、でも買い物もしたかったから。ほんとはよっちゃんと買い物行きたかったんだけど……」

善子「ご、ごめん」


善子「じゃあ……」ギュ

梨子「ち、ちょっと、こんな人がいる中で手なんて繋いだら……」

善子「ちょっとくらい平気よ」

梨子「そ、そうかな」


善子「バス停まで行きましょ」

95: 2017/03/19(日) 15:20:04.93 ID:P+jqMRHu.net
梨子「う、うん///」

スタスタ

梨子「ま、周りに見られてない?」

善子「気のせいじゃない?」


 やっぱり……強いなあ。私なんかとは、大違い。


 周りの視線が気になる中、私たちはバス停に向かって歩みを進めていく。少しずつ日が落ちていくと共に、よっちゃんが握る手は強くなっていく。……周りからは見えているのに、夜になったら……どうなるのかな。


梨子「いつものバス停じゃないけどいいの?」

善子「リリーの家に行く時間は変わらないし、こっちの方が人の目も少ないし」


 バス停のイスに腰を下ろすと、白い歯を見せながら私のすぐ横に座った。私と違って人の目を気にしないで、屈託のない笑顔を見せるその姿はさながら天使のようで……私の中のジメジメした部分が浄化されていくようだった。


 バスが来るまで、しばらくそこでよっちゃんのお話を聞いていた。いつも通りの他愛もない話から、今日花丸ちゃん達と何をして何を食べて何を話したのか。それを聴くのは、とっても、辛かった。私とふたりでいるのに、他の人の話を楽しそうにするよっちゃんを見ているのが辛くないはず、ない。

96: 2017/03/19(日) 15:22:44.87 ID:P+jqMRHu.net
 でも聞きたかった。私がいないところで何を考えているのか、知りたいんだ。不安で押しつぶされそうになる私の心を癒してくれるのは、よっちゃんの綺麗な唇から溢れて来る言葉だけ。

 その言葉が、他の人のことを語るとき、それは私を突き刺すナイフとなる。ぐさり、ぐさり……花丸ちゃん、ルビィちゃん……いい子だけどよっちゃんの口からは私の名前しか聞きたくない。
 わかってる、バカみたいにワガママだってことくらい。
 よっちゃんは最初はノリノリで話をしていたけれど、私の表情が曇るのを察したのか……特に何もなかったわよって今日の話を締めてくれた。

 よっちゃんのその言葉は、全て本当だった。

 

 

 ――だって、ずっと後ろで、見てたしね。

 嬉しい……本当のこと、言ってくれる。でも、私は疑って……。


梨子「ごめん……」

善子「なにが?」

 面倒な人で最低な人で、ごめんなさいっ……。

 やっぱり私なんかが……よっちゃんの恋人なんて……。

 よっちゃんのことを独り占めしないと満足出来なくなってしまったワガママで身勝手な自分が嫌で、小さくため息を吐きつける。


善子「リリー」

99: 2017/03/19(日) 16:19:40.94 ID:P+jqMRHu.net
 不意にその声が、耳元で囁かれていた。腰をぐいっと引き寄せられ、肩まで手を回されて……抱きしめられていた。

梨子「よ、よっちゃん……」

善子「日が落ちて来たわね」

 よっちゃんは、私のことを不安にさせないようにしようとしてる。私がバカみたいに、すぐ不安になるから……こんなこと、よっちゃんにさせてしまっている。

 よっちゃんの肩甲骨の辺りに手を伸ばして、私からもぎゅぅっと引き寄せる。本来なら家でふたりきりの時にするようなことだけど、今は周りに人がいないようだったし……驚くほど大胆になれた。

 
善子「ねえ」

 私を貫くような、赤い瞳。真っ直ぐ、そこに映り込んだ私はどこか惚けたように、見つめ返している。


梨子「なあに?」

 一瞬、唇を引きむすんで、そして――。

善子「んっ……///」


 肩を優しく引き寄せられ、よっちゃんの唇が私に、重ねられた。

100: 2017/03/19(日) 16:20:26.71 ID:P+jqMRHu.net
梨子「っ……」


 一瞬の出来事、瞬きすら許されない間のはずだった。でも、よっちゃんの唇の柔らかな感触、肩を掴む手に力が入っていること震えていること、微かな反応すらも脳みそに入って処理されていた。


 ゆっくりと見つめ合うと、途方も無い多幸感が全身に流れる。


 冷静に感じられたのは、よっちゃんのことを見たかったから、知りたかったから。


 ただ、キスが終わった後に見つめ合うとそんな冷静さは直情さによって全て洗い流されていった。


 ぼんっ、と心が破裂する。顔にこれまで感じたことのないような熱量が走り出す。


 ――キス、された。き、キス……。

101: 2017/03/19(日) 16:22:06.33 ID:P+jqMRHu.net
梨子「あ、あの」

 よっちゃんも同じだった。目を少し背けて、色白な肌が煉獄の炎に当てられたように赤く染まっている。


善子「い、いいでしょ?」

梨子「う、ん」


善子「ほ、ほら……バス来たから」

梨子「そ、そうだね!」


 よっちゃんに手を引かれるがまま、私の家へと向かうバスに乗り込む。一瞬、誰かがこちらを見ていた気もしたけれど……そんなことはすぐに頭の片隅に追いやられた。

 視界に捉え続けるのはちょっと素っ気なく座るよっちゃんの横顔。鼻筋が高くて顎も細くて……この世のものとは思えない造形美、優しくて強くて頼りになって……そんな性格の良さも併せ持つ、私の恋人。


梨子「……ありがとね」


善子「……え、ええ」

 


 確かに私は、堕天使と心を重ねた。

102: 2017/03/19(日) 16:23:58.57 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

夏休み



花丸「んぅぅ……」

千歌「どーしたの?」

花丸「いやぁ……ちょっと不思議だなって」

千歌「うん?」

花丸「善子ちゃんずら」

千歌「どうかした?」


花丸「最近、というか夏休みに入る前くらいから全然遊んでくれないなって」


花丸「ねえ?」

ルビィ「うん……」

103: 2017/03/19(日) 16:24:34.50 ID:P+jqMRHu.net
千歌「善子ちゃんも忙しい、のかも?」


花丸「でもでも、その割には梨子ちゃんとはよく遊んでるみたいで」


千歌「うーん? 確かに梨子ちゃん最近遊んでくれないなぁ……電話も出ないし、メールも遅いし」


千歌「ていうか、善子ちゃんね、梨子ちゃんちに良く泊まりに来てるし」

花丸「え?」

千歌「?」


ルビィ「やっぱり梨子ちゃんとそんなに気が合うのかな?」


千歌「……そうなのかもね。うーん、いつの間にそんなに仲良くなったんだろー。私の梨子ちゃんなのにーっ!!」ジタバタ

花丸「あはは……」

104: 2017/03/19(日) 16:27:01.23 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


善子「ねえ、遊び行って来てもいい?」

梨子「え?」

梨子「……誰と?」

善子「花丸達と……」

梨子「……」

梨子「花丸ちゃん達と仲良いんだね」

善子「そ、そりゃ……」


梨子「――なんで……他の人のこと見るの!?」


善子「っ……」

梨子「ああ、ごめん……私、また」

善子「ううん……」

梨子「夏休みすっごく楽しい、から」


梨子「ごめんね……私……何言ってるんだろ……ごめんね……」


善子(リリーのそばには私が居てあげないと……わたしが……私じゃないとダメなんだ……)


梨子「花丸ちゃん達となにして遊んだか、お話聞かせてね?」

善子「……ええ」ギュッ

梨子「……///」ギュッ…

梨子「よっちゃん……」


善子「ん、キス?」

105: 2017/03/19(日) 16:28:07.80 ID:P+jqMRHu.net
梨子「もお、言わないで」

善子「んっ……」

梨子「……ん」

梨子「ふふ♡」

梨子「最近外で結構キスとか、してるでしょ? あ、ああいうこと、ダメなんだからね?」///

善子「大丈夫よ、あんま人いないところでしてるし」

梨子「外でする意味ないよお……」

善子「だって毎日リリーの家に来れるわけじゃないし……」ムス…

梨子「そ、それもそうだね」

善子「ねえ、夏休み終わるのやだ!」

梨子「んー……私もかな」

善子「だって、リリーの家に来づらくなるし……」

梨子「楽しかったね……夏休み」

善子「本当にね」


梨子「よっちゃんと付き合えたから、かなあ」


善子「当たり前でしょ、リリーは私がいないとダメなんだから」ギュッ


梨子「うん……///」

106: 2017/03/19(日) 16:30:19.77 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

九月

 はぁ、夏休み楽しかったな。


 学校が始まって一週間と少し、考えるのは楽しかった夏休みのことばかり。よっちゃんとふたりきりの時間がとっても長くとれて、Aqoursとしてもいろいろ活動して……うん、とっても充実してた、と思う。少なくとも私の短い人生の中では一番て言える自信がある。


 よっちゃんと触れ合う度、私は彼女のことが好きなんだなって、心から思うことが出来る。これって幸せなことだよね。抑圧していた気持ちが一気に解放されてしまったせいか、よっちゃんには迷惑かけることも多いけど……それでも優しく包み込んでくれていた。


 甘えちゃダメだ、よっちゃんのことを縛っちゃダメだ……わかっている、のに。


 多分他の人が見たら、私がよっちゃんに強いていることは束縛、となるんだと思う。


 少しずつ、やめていかなきゃ、だよね。


 お昼休みのチャイムが鼓膜を揺らす。やっと休憩だ。近くに座る千歌ちゃんは、その音を聞いた瞬間眠りの世界から舞い戻る。びくんと身体が跳ねて、曜ちゃんに自動販売機に行こうと声をかけながら立ち上がった。

107: 2017/03/19(日) 16:33:08.33 ID:P+jqMRHu.net
千歌「梨子ちゃんも!」

梨子「あ、私はトイレに行ってくるから……」

千歌「そっか、なにか買ってこよっか?」

梨子「ううん、大丈夫だよ」


 そう告げながらトイレの方に向かっていくと……。


梨子「……よっちゃん?」


 トイレの奥の方の、空き教室へ足早に向かう背は、紛れもなくよっちゃんだった。どうかしたのかな……?

 その背を追いかけて、この階の端っこの、普段は誰も来ない空き教室に歩みを向ける。


梨子「……?」


 え?


 教室内をを覗き込んで見ると――よっちゃんは一人で、お弁当を広げ始めていた。


 その表情には、光がない。曇って濁っているような瞳。よっちゃんのこんな表情……今まで、見たことがない……。

108: 2017/03/19(日) 16:34:06.40 ID:P+jqMRHu.net
 その表情には、光がない。曇って濁っているような瞳。よっちゃんのこんな表情……今まで、見たことがない……。

 何がしたいのかわからないまま2分くらいその様子を眺めた。

 友達が来るわけでもない、来る様子もない。携帯電話を手に……少しずつ食べ物を口に運んでいく。心底つまらなそうにお弁当に箸を伸ばすよっちゃんは……悲壮感というか、なんというか……とにかく、普通じゃなかった。


梨子「――よ、よっちゃん?」


善子「!? り、リリー」

梨子「……あの、どうしたの。こんなところでお弁当なんて」

善子「べ、別に……」


善子「た、たまには一人で食べたって、いいでしょ?」

 なんか……そういうんじゃ、ない。今のよっちゃんは……そういう気まぐれとか、じゃ、ない。

 まるで、この状況を強いられている、みたい。


梨子「……よっちゃん?」

109: 2017/03/19(日) 16:34:50.58 ID:P+jqMRHu.net
 目線の高さを合わせて、よっちゃんから話を聞き出そうと視線を交わす。すると……。

善子「……」ウルッ…


 よっちゃんの目に……涙が溜まったのを見逃さなかった。すぐに視線を逸らして、お弁当の中身を口に放り込む。


善子「い、いいからどっか行ってよ!! こんなとこ見られたら――」

 言葉を切って、口を抑える。はっとしたようなよっちゃん。何か……隠してる。


梨子「……よっちゃん、何かあったの? ……話してくれる?」

 私のためじゃない。これは束縛とは違う。よっちゃんが隠していることを聞き出さなければ……まずいことになる、そんな勘が私を動かした。


 よっちゃんは下唇を噛み締めて、俯いてしまった。肩を小さく震わせて……地面に吐きつけるように、言葉を発した。


善子「……週末、話す。お願いだから……今は教室に、戻って」


梨子「……うん、わかった」

梨子「……」

 よっちゃんの気に押され、私はその場を後にすることしか出来なかった。でも、そう……私の知らない、何かが起こっていることは、間違いなさそうだった。

113: 2017/03/19(日) 17:09:36.38 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

花丸「……梨子ちゃん達のところでお弁当食べてるとばかり」


 週末まで我慢出来なかった私は、よっちゃんの異変について、花丸ちゃんに話を聞いてみることにした。

 あれ以降の二日間もよっちゃんは空き教室で一人でお弁当を食べているようだった。
 普段は花丸ちゃん達とご飯を食べているって話だったけど……学校が始まって少ししてから、どこかでお弁当を食べ出すようになったらしい。


 よっちゃんの口からは、私たち二年生のところで食べているって話だったらしい。もちろん、私たちのところには一度たりとも顔を出していない。


花丸「……じゃあ、どこで?」

梨子「……空き教室で、食べてた」

花丸「え!?」


梨子「何も知らない?」

114: 2017/03/19(日) 17:10:44.37 ID:P+jqMRHu.net
花丸「ぜ、全然……」

花丸「どういうこと……」

梨子「わかんない、けど……週末話聞けることになってるから……それまではそのことに触れるのはやめてあげて欲しいの」

花丸「……よく、わかんないけど……」

花丸「わかった、ずら」

梨子「……うん」

花丸「善子ちゃん何か変わったことがあった、とか?」

梨子「変わったこと」


 と、言われても。ここ一週間の記憶を、手繰り寄せると……一つ思い当たる節があった。

 学校が始まってから、かなりの頻度で電話をするようになっていた。

 今思い返せば……ちょっと異常な頻度だったと思う。夏休みに毎日あったり遊んだりお泊まりしていた反動かなと軽く考えていたけれど、それが彼女の何らかのSOSだったと、したら?


 一体なんなの? どういうこと? 何が、起こってるの?


 疑問と不安ばかりが膨らんでいった。

116: 2017/03/19(日) 17:12:46.52 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

週末、梨子の家


 珍しく今日は、宿題をしなければならないらしい。先生に怒られたのと、ダイヤさんに怒られていた。


 よっちゃんは相変わらず授業中はぐでっとしてるんだろうな、なんて想像ができてしまう。私に課題のプリントを見せて、その範囲の授業ノートは書いてあるらしくて、確認のためそれも預かった。私も昔の範囲は忘れてることの方が多いし……。

善子「リリーがやってよ」


梨子「もう、何回も言わせないで。だめだよ?」

善子「むぅ……」


 よっちゃんから話を聞くのは眠る前にしよう。デリケートな問題みたいだし、おそらく人間関係か何かだと思うんだけど。きちんと話を聞いてあげて……私が助けてあげられたら助けてあげたい。


 とりあえず目の前の課題を片付けなきゃ。ええと……うん、ぱっとは解けそうにない。よっちゃんのノートを見て……。



梨子「――え……?」


 

 一ページ目から、その光景は広がっていた。

117: 2017/03/19(日) 17:13:54.63 ID:P+jqMRHu.net
 よっちゃんの丸くて可愛らしい字を搔き消すように、黒い油性ペンでバツ印が大きく書かれている。次のページ、バカ、次のページ、キモい、次のページ、死ね……次のページ次のページ次次次次……。


 そこには、数々の罵詈雑言が……明確な悪意が、油性ペンでいくつも書かれていた。どのページにも、よっちゃんが書いたはずの今回の範囲も、それによってほとんど見えなくなってしまっている。


 これは……?


善子「どしたの?」

 よっちゃんは気がついて、いない?


 私が硬直したのを不思議に思ったのかよっちゃんは後ろからくっついて、このノートを覗き込む。

善子「!?」


 声にならない声が、聞こえた気がする。ノートを乱暴に奪い取られ、浅く呼吸を繰り返す。顔面蒼白のよっちゃんは、怯えるように、ノートのページをビリビリと破り始めた。


梨子「や、やめてっ」


 まとめて、おもいっきり、何かを振り払う、ように。鬼気迫る表情で一通り破りきると、周囲にはノートだった残骸が、撒き散らされる。


 私たちの間に、沈黙がなだれ込む。

118: 2017/03/19(日) 17:18:11.54 ID:P+jqMRHu.net
 よっちゃんは……俯いて、何も口にしない。

 よっちゃんのノートには、あらん限りの悪意が込められていた。そう、そしてそれは多分――いじめ。

 目の前で俯いて、肩を震わせて、嗚咽を漏らし始めた彼女は……多分それに遭遇してしまったのだろう。


 華奢な肩を優しく引き寄せると……肩口で、私の名前を呼ばれた。心の枷が外れてしまったよっちゃんは、涙を抑えることは出来なくなってしまったんだろう。脇の下から後ろに手を回されて、思い切り涙を流し始めた。


 悲劇溢れる悲鳴にもにた泣き声、この状況を作り出してしまった原因は――私だ。
 

◇――――◇


善子「……ごめん、泣くつもりなくて」

梨子「……がんばったね、よっちゃん」


 震える唇を手でなぞって、上品な猫のような髪の毛を撫で付ける。


 よっちゃんは嗚咽を漏らしながら、なんとか事の真相を話してくれた。途中何度も躓きそうになって、その度手を差し伸べて……最後まで辿り着くことが出来た。


 ――よっちゃんは現在……クラスの人に嫌がらせ、つまりいじめを受けてしまっているらしい。

121: 2017/03/19(日) 17:20:38.81 ID:P+jqMRHu.net
 花丸ちゃん達が何も気がつかなかったのは、とにかく周りに悟られないようにピンポイントで嫌がらせをするからとのことだった。

 悪口が書かれたノートを始め、教科書がなくなったり、靴がかくされたり、画鋲が入れられていたり……よっちゃんは誰も知らないところで、様々な悪意に、晒されていた。


 それはどうしてか、どうしてよっちゃんがそんなことをされなければいけないのか……。


 私は知っている。先ほどのノートの悪口に、一つ……決定的なものがあった。

 

 ――レズ、と。


 そう、これだ。よっちゃんに聞いてみると、見事に当てはまっているようだった。


 二学期が始まって初日のことだったらしい、画像がクラスの人から送られてきたんだって。


 私とキスしてる写真、手を繋いでる写真。そう、私と一緒にいるところの写真を、何枚も。

122: 2017/03/19(日) 17:21:40.32 ID:P+jqMRHu.net
 確かに私たちは夏休みの間にかなり外出をしていた。人目もはばかることなく、手を繋いだりもするようになっていた。キスだって、時々しちゃってた。街中で私たちのことを見つけて後を追えば、こんな感じの写真を撮ることは確かに不可能じゃ、ない。

 初めてキスした時、感じた人影も……もしかしたら、この悪意ある人達の中の誰かが偶然目撃したのかも。そこから狙いを定めたというのなら……納得出来なくはない。

善子「多分……ちょっとしたら収まると思うから、へーき」

梨子「そんな……」

善子「リリーに話せてスッキリ、した」

梨子「……」

善子「……リリー」ギュッ

梨子「……よっちゃん」


善子「私は平気だから……」

梨子「そんなことないよ、誰かに相談……」

善子「だめっ……」


善子「リリーとのこと、もっと他の人に知られちゃう、それはだめ」

123: 2017/03/19(日) 17:23:05.62 ID:P+jqMRHu.net
 ……あぁ。

 私の中のどこかにある、記憶の海の一ピースと、今回のことが重なる音がした。

 同性愛であるとのこと、それが鎖となって私たちを縛り付ける。相談しようと思ってもそのことが周りにより知れるのを恐れてしまう。

 周りのことを気にしないと言ったよっちゃんでも、容赦ない悪意に怯えてしまっているんだろう。これ以上知られたらさらにひどい結果になる、正当な自己防衛が働いている証拠。

 そう、これが普通だ。

 よっちゃんは、世界の常識に、飲み込まれつつ、あった。

 これが、私たちを取り巻く環境なんだ。


 夢見心地であった、幸せな恋人期間……それが、緩やかに崩れていく音が聞こえたような、気がした。

124: 2017/03/19(日) 17:26:55.73 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

果南『リムジンなんて、初めて乗った』

ダイヤ『わたくしも……』

果南『これだから金持ちは』

鞠莉『さーつきましたー、いこいこ!』

果南『……』

ダイヤ『あれ……曜さん』

曜『ん……あ!!』

曜『久しぶりー!!!』

曜『うわ、鞠莉ちゃんそのバッグ高そー……』

鞠莉『開口一番がそれ?』

曜『だって……』

果南『千歌のこと待ってるの?』

曜『あ、もう梨子ちゃんと会ってるよ』

果南『……一緒に行かないの?』

曜『……しばらく一人にしてあげたくて』

ダイヤ『……』

果南『しばらく待ってよ』

鞠莉『そうね……』

125: 2017/03/19(日) 17:30:59.73 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


 あれから何日かが経った。


 状況は、改善されるどころか悪化する一方だ。よっちゃんは日に日に元気が無くなっていき、Aqoursのみんなにさえ、何か変だよねと、言われる始末。お弁当もいろんな空き教室を転々としたり、トイレで食べたり……。

 お泊まりも平日なのに頻繁にするようになって、口にするのは学校に行きたくないという言葉ばかり。よっちゃんは、とにかく甘えて来るようになって……でもそれは、悲しかった。

 誰にも相談出来る相手がいないってこと、私しかいない。でも……その原因は、私にある。


 私がよっちゃんをこっちの道に連れ込んでしまったから。あの時の欲望に負けて、汚いものに負けて……そのせいでよっちゃんはこんなにも傷ついて……涙を流す。わかっていたはず、なのに。

 こうなってしまうって、私は……中学校の時にわかったはずなのに。"私たち"が普通の存在ではないことは、人生を、通じて学んできたはずなのに。


 
 ――この世界は、私たちに優しくない。

126: 2017/03/19(日) 17:32:18.21 ID:P+jqMRHu.net
 よっちゃんとの幸せの日々に浸かり切って、平和ボケしてしまったせいで……本当のことに目を背けていた。私たちは普通の恋人で、世に居てもいいのだという錯覚に陥っていたんだ。そんなこと――あるはずないのに。

 原因が私である以上、私と一緒にいる以上……よっちゃんは不当な悪意を浴びせられ続け、それを解決することは出来ない。

 目の前で恋人が、暗い海の底で、もがき苦しんでいるというのに、私は……何も、できない。ただ話を、聞いてるだけ。


善子「学校、やだ……」

 ベッドに入って、私に思い切り抱きつきながら小さく呟く。霞んでいくような言霊に、よっちゃんの本心が見える。

 最初にこのことを話した時は平気と言っていた、でも今はそんな嘘をつく余裕もなくなってしまっていて、学校に、いくことが恐怖に変わっているようだ。泊まりの際はベッドの中で小さくぷるぷると震える日々。

 抱きしめても、ううん……抱きしめてしまうから……よっちゃんは、イジメられる。


 私がよっちゃんを、救うにはどうしたらいい? 私がそばにいることでよっちゃんは傷ついている。そう……私のことなんか、どうだって、いい。よっちゃんが普通になって、幸せに、なってほしい。


 例え私の手から離れても……幸せに、なってくれるのならっ。

 


梨子「よっちゃん……私たち――別れよっか」

127: 2017/03/19(日) 17:35:36.91 ID:P+jqMRHu.net
善子「……っ。は?」

善子「なに、言ってるの?」

梨子「だって……そうだよ。よっちゃん……私と一緒にいたからこんなになってるんだよ!? 私がよっちゃんのこと、こっちの道に引きずり、こんだ。あそこで私がよっちゃんのことを断って諦めていればこうはならなかった!」

梨子「いずれ、こうなるかもしれないってこと……わかってた。昔友達がよっちゃんと一緒の状況になってたから。でも、諦めきれなかった。よっちゃんのことが好きで、よっちゃんと一緒になりたくて」

梨子「私が悪者に、なるから……。私のことなんか気持ち悪いって、その子達に言ってあげて……? そうすれば、少しくらい良くなるよ……私を、恨んでよ!!!」


善子「……り、り……やだ。嫌に決まってるでしょ!?」

善子「私はリリーのことが大好きなの、リリーと一緒じゃないなんて考えられないっ。リリーがいなきゃやだ、リリーと一緒じゃなきゃやなのっ!!」

善子「だっ、て……」

善子「――私にはもう……リリーしか、いないの……お願いっ……捨てないで、よぉ……なんでそんなこと、いうの……ぐすっ」

 
 ああ……私は、なんて、ことを。


 彼女は綺麗な顔をぐしゃぐしゃに歪ませる。


 捨てないで。そう言われた瞬間……もう、後戻り出来ないのだと気がつく。

129: 2017/03/19(日) 17:48:04.74 ID:P+jqMRHu.net
 よっちゃんはもう、私無しじゃダメになってしまっていて、そうしてしまったのは私が行ってきた、信頼とはかけ離れた束縛による影響もあるだろう。毎日毎日お互いの行動を報告しあって……。

 ふと、想像してみる。

 よっちゃんと離れるだなんて、恐ろしいことを口走っていたんだ。

 だって私も……よっちゃん無しじゃ、生きていけ、ない。

 そう、別れるなんてありえない……。契約をしたんだから。私は、いや私たちは……どこかでおかしくなってしまったんだろう。


 よっちゃんをこっちの道に引き込んだんだ……私がなんとかしなければ……私が……。


梨子「あ……」

善子「ぐす……うぅ」

梨子「Aqoursのみんなに、相談……してみよ?」

善子「で、でも」

130: 2017/03/19(日) 17:48:20.14 ID:P+jqMRHu.net
梨子「……みんななら、きっと平気……。私たちのことも受け止めてくれるよ? だって、夏休みもずっと一緒に練習していたんだから……ね? みんなは仲間だよ」


善子「仲間……うん、わかっ、た……」

梨子「怖いよね……私も怖い」

 なんて言われるだろう、なんて思われるだろう。いくら仲が良くたって、簡単に崩壊してしまうことも十分に考えられる。でも……私はそれに賭けたい。

 こっちに引っ越してきて人見知りの私を救ってくれた千歌ちゃんや曜ちゃん。そして生徒会長のダイヤさんに理事長の鞠莉ちゃんなら然るべき対処をしてくれるかもしれない。


梨子「でも二人なら……。がんばろ、ね?」

善子「う、ん……」

131: 2017/03/19(日) 17:49:05.76 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


梨子「今日はどうだった?」

善子「……な、なんか変なこと言われた」

梨子「?」

善子「面白いこと、起こるよって」

梨子「……面白い、こと?」


バタンッッ


ダイヤ「――大変ですわ!!」

梨子「?」

トコトコ…


鞠莉「まずいことになった、かもね?」

梨子「ど、どうしたんですか?」

千歌「ん? どしたの」

ダイヤ「……梨子さん、善子さん」

 

ダイヤ「――あなた達二人の関係を、教えて」

132: 2017/03/19(日) 17:51:44.73 ID:P+jqMRHu.net
梨子「え……?」

曜「何言ってるの?」

鞠莉「……ここは正直に言う場面よ、二人とも」

梨子(なにこの雰囲気、ぴりぴりして……どういう、こと?)

梨子(まさか、私たちのことが……バレた?)

ダイヤ「答えて」

千歌「待って、どうしたのさ二人とも!」

ルビィ「ぴ、ぴぎ……っ」

花丸「どうしたの!?」

ルビィ「あ、Aqoursのホームページとか……SNSが……炎上、してる……? なんか、なんかすごいたくさんコメントが……」

千歌「なんで!?」

ダイヤ「……」


ルビィ「レ、ズ? え……なにこの写真……」

千歌「見せてっ」

千歌「え……。梨子ちゃんと善子ちゃんがキス、してる……? 手も繋いだり……なに、なにこれ」

133: 2017/03/19(日) 17:52:28.37 ID:P+jqMRHu.net
善子「ハッ……ハッ」ブルブル

梨子(どういう、こと? もしかして、これが……面白い、こと? 写真をばら撒いて……それで)


ダイヤ「梨子さんと善子さんが一緒にいる写真が大々的にばら撒かれて、拡散されているのですわ。友達としてより、さらに奥深く進んだ関係にしか見えない写真が、ね?」


鞠莉「これは本当のことなの?」

鞠莉「……善子ちゃんの反応を見るに聞かなくてもいいかもしれないけど」

善子「っ……」ビクッ…

梨子「っ……そう、ですね。私――善子ちゃんと、付き合ってます」

ダイヤ「……そう」

善子「っ……」バッッッ!!

梨子「よっちゃん!!!」

ダイヤ「追いかけて!」

果南「わかった! 曜も!」

曜「うんっ!」


ダッダッダッ

ダイヤ「……」

134: 2017/03/19(日) 17:53:42.92 ID:P+jqMRHu.net
千歌「梨子ちゃん、ほんと、なの?」

梨子「うん、ほんとだよ……気持ち悪い、よね……ごめんね、今まで黙ってて……」

千歌「ううん……言えないよね」

梨子「でも今日言おうと思ってたんです……。実はその写真をばら撒いた人たちを知っています」

鞠莉「本当?」

梨子「うん。実は善子ちゃん……その写真で、クラスメイトから脅されたり、いじめられたり……してるんです。そのことを今日相談しようと思って」

花丸「いじめ……?」

梨子「気がつかなかったでしょ?」

花丸「うん……」

梨子「お弁当を別の場所で食べるのもそうだし、他のクラスメイトにジュース買ってあげたりしてなかった?」

ルビィ「あ……してた、かも。どうしてだろうって思ってたけど、それって」

梨子「写真をばら撒くって言われて、買わされてたんだよ」

ルビィ「……酷い」

梨子「あの子、すっごく、苦しんでてっ……でも私じゃどうしようもなくてっ……こんなこと他の人に相談出来なくて……っ」

ダイヤ「……なるほど、わかりましたわ」

鞠莉「しかるべき対処をしないとね」

梨子「なんとか、なります、か?」

135: 2017/03/19(日) 17:54:46.03 ID:P+jqMRHu.net
鞠莉「……わからない。正直、今回のことは相当炎上してる」


ダイヤ「静岡の予選も突破して、注目もかなり集まった状態での騒動……ここからいくらでも火は大きくなりますわ。同性愛というデリケートな問題ですので、私達を中心にネットユーザ達が議論を進めて……さらに拡大していくそれに便乗する人たちもどんどん現れる」


ダイヤ「状況は、最悪と言っても、いいでしょう」

梨子「っ……」

梨子「私、私……っ」

梨子「ごめん、なさい……っ!!! 私のせいで、Aqoursにまで、迷惑を……っ、ごめんなさいっ……ひっぐ……ぅぅ」

梨子「ごめんなさいっごめんなさいっごめんなさいっ!!!」

千歌「梨子ちゃん……落ち着いて?」ギュッ

梨子「ぅ……うぅ……ううぅぅ」

137: 2017/03/19(日) 17:58:22.82 ID:P+jqMRHu.net
千歌「大丈夫だよ……ね、何があっても……私たちは味方だよ。だから、一緒に乗り越えよ?」


鞠莉「そうよ、確かに、痛い出来事だけれど……これくらい乗り越えて見せましょ」

鞠莉「そして善子ちゃんと堂々といちゃいちゃ出来るように、ね?」

梨子「みん、な……ありがとう……ごめんなさい……」

千歌「もう謝らなくていいよ、ね?」


花丸「善子ちゃんのこと、支えてくれてありがとう。今度は梨子ちゃんのことも、私たちが支えるずら」

梨子「うんっ……うん……」


ダイヤ「とりあえず、二人が善子さんを連れてくるのを待ちましょう」


千歌「うん!」

138: 2017/03/19(日) 17:59:18.50 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇

梨子「みんな、優しかったね」

善子「……うん」

梨子「……がんばろうね」

善子「ええ」

梨子「絶対私がついてるから」

善子「う、ん……」ギュッ…

梨子「おやすみ……」

◇――――◇


クスクス…


「Aqoursの人たちだ」

「桜内さんと津島さんだっけ?」

「そうそう」

「やばくない? 女同士でとか」

「しかも同一グループ内とか」

「どうやってえ ちするの?」

「さあ、笑うからやめて」

「他の子達も実は付き合ってたりするんじゃないの?」

「ほら、千歌と曜ちゃんとか」

「流石にないでしょ」

「じゃああの金髪の人とポニーテールの人は?」

「ありそー!」


クスクス…クスクス…


クスクス…クスクス…

139: 2017/03/19(日) 18:00:43.16 ID:P+jqMRHu.net
 朝から、そんな声が、周りから延々と囁かれている。

 私たちが及ぼした影響というのを初めて実感した。矛先は私たちよりも、他のAqoursメンバーに向かっている。事実よりも、事実である可能性を探す方が、人の好奇心が刺激されるのだろう。もちろん、私には登校している最中から白い目が向けられている。よっちゃんと朝は一緒にならないようにしたけれど、今はどうしているだろう。


 私たちのことはただの皮切りで……ずぶずぶの恋愛事情がグループ内で巻き起こっているなんていう見方さえされてしまっている。

 千歌ちゃんや曜ちゃんと仲が良い人たちはそんなこと言わないけれど、そこまで仲が良くない人たちは平気でうわさ話を違う学校や色々なところに拡散していく。

 そうして、私たちが築きあげたものは……少しずつ瓦解していく。

 そう、私は……とんでもないことをしてしまったんだ。

 よっちゃん……よっちゃんは耐えられるだろうか。一年生のメンバーは基本的には引っ込み思案で、よっちゃんをいじめた人たちは見るからにチャラチャラとした可愛らしい人たちだった。


 私たち二年生や三年生よりも……酷い状況になっているのは言うまでもない。

140: 2017/03/19(日) 18:01:50.99 ID:P+jqMRHu.net
 気になる……どうすればいい? 

 学校では関わらない方がいいって……思ってたけれど、心配だ……。

千歌「梨子ちゃん?」

梨子「ごめん、トイレに行ってくるね」

曜「一緒に行こうか……?」

梨子「……ううん、平気」


 曜ちゃんや千歌ちゃんは……やっぱり優しい……。私が一人にならないように気を使って……一緒に行動しようとしてくれる。特に曜ちゃんなんかは……クラスの中でも存在感がある方で、基本的には悪意をぶつけられることは少ない。

 本人もそれが多少はわかってるはずだ。

 でも、だからこそ……一緒にいちゃだめだ。とてつもない、迷惑を……浴びせるんだから。

 校内を歩くと、嫌でも視線が突き刺さる。クスクス笑われて、それでも私は一年生がいる上への階段を踏みしめる。

 一日にして、私達を取り巻く環境は大きく変わっていた。予選を突破し、浦の星の希望とさえ周りに言われた私たちが……すっかり悪者だ。

 生徒数も少ないからすぐに噂は広まった。

 一年生の階はどうなっているだろう……私はどんな目で、見られるだろう。

 階段を登りきって角を曲がると、そこはすぐに一年生の教室だ。


 

善子「――どうしてこんなことしたのよ!!」

141: 2017/03/19(日) 18:02:53.95 ID:P+jqMRHu.net
梨子「!?」


 階段付近から覗き込んだフロア内に絶叫が木霊する。しん、と一瞬の静寂の後ざわざわと教室内から人が出てくる。

 イジメの主犯格である、茶髪の可愛らしくもキツそうな雰囲気を持つ人物と、善子ちゃんが対峙している。
 善子ちゃんの怒声を聞いて一瞬表情を歪めたその子は、途端にけたけたと笑い声を上げ始めた。その子だけではない、教室内からも同様の声が上がり始める。

 クスクス…

 クスクス…


 まるで教室全体がよっちゃんをイジめているような、そんな、雰囲気……。

善子「なによ、なんなのよっ!!」


 善子ちゃんは頭を抱えこんで、絶叫する。

 それを見て、何を言うわけでもなく……周りはくすくすと笑う。

梨子「っ、やめなさい!!!」


 ここから先どうなるか、何も考えず、いや、恋人がこれ以上ないほど悲痛な状況に追い込まれているのを眼前に……考えられる余裕など微塵もなかった。

 私らしくない、身体が勝手に動く感覚。


 唇を強く噛み締め俯く善子ちゃんの手を取って……主犯格の子の前に立つ。

142: 2017/03/19(日) 18:03:48.74 ID:P+jqMRHu.net
「あれ」

 自分でも、驚くほど険しい眼光だったと思う。

 目の前に立つと、実感する。

 こいつが、こいつがよっちゃんを追い込んだ……このクラスメイト達が……よっちゃんをこんなにした。こいつらが、こいつらが……っ。

善子「リリー……」

「桜内梨子さん……リリー、リリー……恋人のあだ名ってやつ? あはは。――気持ち悪」

善子「っ」

梨子「あなた、どうしてこんなことしたの」

「どうしてって……気持ち悪い人と一緒なんてやでしょ、冷静に考えてくださいよ」

「かっこいいね、あなたの恋人は。ピンチに現れるんだもの」


 どうして、どうして……こんなにも醜くなれるの? きっとこの子はモテるだろう、スタイルもいいし、目鼻立ちもくっきりして男の子を寄せ付けるだろう……それなのに、どうして……こんなに。


 よっちゃんをいじめるのも、まるで全てただの楽しみと言わんばかりだ。私が現れてからというもの、ぐにゃりと三日月に歪む口元は、それを物語っている。


「まあ、馬鹿みたい、だけどね?」クスッ…


善子「かに……るな」

「なに、きこえないってば」


「ほら、みんなの前でして見なよ! ちゅーってさ、あはは!」

144: 2017/03/19(日) 18:04:56.02 ID:P+jqMRHu.net
梨子「あなたっ!」

 

善子「――リリーを馬鹿にするなあぁっ!!!!!」

梨子「え」


 絶叫。喉が潰れてしまうんじゃないかと思うほどの、声を小さな身体から捻り出す。次の瞬間、よっちゃんはその子に飛びかかり、マウントを取っていた。

「ちょ……」

 ――ぱぁぁんっ!!!

 よっちゃんの手が舞った。渾身の力、憎みを込めたその手は、茶髪の女の子の頰目掛けて思い切り振り抜かれている。

 もう一度、振り抜いた。

 一瞬の出来事だ。

 誰も動かない、全体重をかけられマウントを取られ、身動きの取れない相手に、よっちゃんは容赦なく平手を打ち付ける。何回打っただろうか、その手は拳へと変わり、頬骨を打つ。

 何度も、何度も。


 茶髪の女の子の綺麗な顔が歪む。私にしてみれば、それが本当の姿なんじゃないだろうか、なんて思う。醜く腫れ上がっていく、それでもよっちゃんは手を止めない。


 浅い息を吐き、過呼吸気味になりながら、その目は対象を捉え続けている。憎しみの炎が轟々と燃え盛り、消える気配はまるでない。

145: 2017/03/19(日) 18:05:52.73 ID:P+jqMRHu.net
 可愛らしい表情、切なそうな表情、嬉しそうな表情、怒っている表情、美味しそうな表情……色んな、色んな表情を……見てきた。でも、なんなの、これは……。

 まるで躊躇することなく対象を殴りつける、既に相手を人とは見ていない。今までやられたように、モノとして、そういうおもちゃとして……拳を打ち付ける。

 こんな姿……よっちゃんじゃ、ない。

 ああ……こんなになるまで、よっちゃんは……耐えていたんだ。私が少しは支えてあげられると思っていた。でも、思っているだけ、だった。

 どす黒い感情は、どこにぶつけられるわけでもなく。心の深くに、急加速的に堆積していたのだろう。

 私はやっぱり、何も出来なかった……。私の、せいだ。私がもっと……よっちゃんのことだけを見て、あげれば。こんな姿、見ることは無かったのに。

梨子「やめて……やめてよっちゃん!!!」

 叫んだ。


 それどこにほとんど同時に、後ろから男の先生の野太い声が響いた。

 

 ああ……神様、どうか、どうか。よっちゃんを助けて……ください。

146: 2017/03/19(日) 18:08:14.78 ID:P+jqMRHu.net
◇――――◇


 沼津市から少し離れた場所に、善子ちゃんはいる。

 ルビィちゃんが運転する車の助手席に乗って、少しずつ人気の無い場所へ。

 思えばルビィちゃんはとっても運転が上手くなったなって。免許を取ってしばらく運転経験を積んでもなお、ひいひい言っていたのに、今ではその様子はほとんど見られない。

 人は、色んなものに慣れていく。


ルビィ『はぁぁ……涼しいねえ』

花丸『ほんとに、今年は涼しかったね』


 併設されている駐車場にて、うんっと背伸びをしながら辺りを見渡す。

 からからと小気味のいい音で、風に揺れる木々。青々とした葉の中に、ポツポツと黄色がかった葉が存在感を出している。

 秋は、すぐそこだ。

 
 目的地の敷地内に入ると、知り合いのおじいちゃんがマルに深々と頭を下げて、出迎えてくれた。

花丸『お久しぶりです』

 おうむ返しと同様に、マルも腰を折る。

 そもそもマルとこの人が知り合いなんじゃなくて、マルのおじいちゃんが知り合いなだけで……頭なんか下げてもらう必要はないんだけどなぁ……。

 ルビィちゃんもつられて頭を下げて――お寺の奥へと、歩みを進めた。


 

花丸『久しぶりだね……善子ちゃん』

165: 2017/03/20(月) 01:28:29.59 ID:YxkfYNZk.net
◇――――◇


鞠莉「善子ちゃんは……しばらく、自宅謹慎ね」

鞠莉「いじめに加担してた子たちもだけど」

梨子「……」

鞠莉「あの写真のせいで、AqoursのブログやSNS、ホームページは炎上。しかも、スクールアイドルとしてあるまじき姿だと……学校に苦情も来てる」


千歌「そんな……」

梨子「……」


鞠莉「それに……校内での暴力事件。……次のラブライブには、おそらく出ることは出来ません」


千歌「そ、そんなのっ!!」


ダイヤ「このこともおそらく外へ広まるでしょう。そうしたら、私たちの高校のイメージは言うまでもありませんわ」

166: 2017/03/20(月) 01:29:01.58 ID:YxkfYNZk.net
千歌「……がんばって、来たのに……嘘……うそぉ……ぐすっ」


曜「千歌ちゃん……」

梨子「ごめん……ごめんなさいっ……」

ダイヤ「……謝らないで、悪いのはあなたではありません」

花丸「なんで、いつもマルとルビィちゃんが見てないところで、そんなことが……今回のこと、だって」

ルビィ「私たちが、気づいてあげてれば」

果南「こうしてても、仕方ないよ……とりあえず今日はもう帰ろう」


果南「また明日……今後のことについて話し合う。それでいいでしょ」


千歌「ひっぐ……うぅ」

梨子「……」

167: 2017/03/20(月) 01:30:02.76 ID:YxkfYNZk.net
◇――――◇
善子の家


梨子「はい、チョコレートケーキ。好きだよね」

善子「……うん」

梨子「……今回のことは、反省しなきゃだよ」

善子「……わかってる」

梨子「そっか」

善子「でも、なんで……? 私、なんでイジメられなきゃいけないの? リリーが好きで、好きな人と付き合ってるのの何がいけないの?」

善子「私をイジメてた人なんて男の人を何股もして、そっちの方がよっぽどいけないことじゃないの? どうして、どうしてっ……」


梨子「よっちゃん……」


梨子「――仕方ない、んだよ……」


梨子「ごめんね……ごめんね……よっちゃんっ……」ギュッ…


善子「……リリー」

168: 2017/03/20(月) 01:31:17.41 ID:YxkfYNZk.net
善子「私、リリーともっと一緒に居たい」

善子「リリー以外、何もいらない。だから、だから……側に、いて?」

善子「リリーがいなくなると、ダメになっちゃう、よ」

善子「今日ママにね、このこと話したの」

梨子「……本当?」

 

善子「今日はいいけれど……今後は――もうリリーと会うなって言われた、縁切れって言われた」

 

梨子「え……」

善子「だからもう、リリーはウチに来れない。――なんで、なんでなのっ!?」

善子「もう、誰も……誰も信じられないっ……リリーしか、信じられないのっ……」


梨子「よっちゃん……」ギュッ


梨子「側にいる、ずっと、ずっと側にいるっ……」


善子「うんっ……ひっぐ……うぅ」

169: 2017/03/20(月) 01:32:16.47 ID:YxkfYNZk.net
◇――――◇

善子「ねえ、恋人ってさ」

梨子「うん?」

善子「お互いの家に来た時……することが、ある、わよね」

梨子「え、えっと?」

ギュッ…

善子「今から……だ、堕天……しましょ///」

梨子「だ、堕天!?」

善子「んっ……♡」

梨子「ちゅ……んんっ♡♡」

梨子「ぷは……♡」

善子「これより、も、もっと大人な、ことよ///」

梨子「で、でも」

善子「……嫌なの? 世の中の恋人はみんなこういうこと、するんでしょ? 私だって……リリーと」

梨子「……突然、どうしたの?」

善子「……リリーともっと、近くになりたい。一つになりたい」ギュッ

 

善子「だって、私たち――普通の恋人、でしょ……?」

170: 2017/03/20(月) 01:34:10.91 ID:YxkfYNZk.net
梨子「……」

梨子「わかっ、た……いいよ、よっちゃん」

梨子「私は、よっちゃんのリトルデーモン、だからね」

 そう微笑むと、よっちゃんは優しく私のことをベッドに押し倒した。

 唇が絡み合い、生まれたままの姿になり……身体をくねくねと重なり合わせる。

 正直こんなことをするとは思わなかった。多分よっちゃんは、性欲とかそういう目的じゃない。ただただ、私と近くに居たかったから。

 強く強く抱きしめられる手は、どこにも逃さないと言っているかのようだった。同時に、怖い、怖いと、助けを求めているようにも感じられた。

 心は繋がり重なって、本当の意味での……恋人になれた気がした。ふわふわと視界が揺れ動く中、よっちゃんは私のことを見つめて……優しく微笑む。

 ――私は今日、堕天使と共に堕天したのだろう。

 
 ここから向かう先はどこか、楽園か……そう、ふたりだけの楽園。私はそれだけが望みだった。

 誰からも邪魔をされず、ふたりだけで暮らしていきたい。

 よっちゃんの腕の中で、絶頂の波がゆらゆらと引いて行く。

 この瞬間だけは……ふたりだけの世界に堕ちたような、そんな錯覚に陥ることが出来たんだ。

 大好きだよ。


 ほぼ同タイミングで、囁いた。それだけで十分だった。


 続けて消え入るような口づけをして……まどろみの世界へ導かれた。

171: 2017/03/20(月) 01:37:20.79 ID:YxkfYNZk.net
◇――――◇

 次の日。


 ――学校に行かないでと懇願するよっちゃんの言葉を無視することが出来なかった。


 ママはパパの仕事先に行っていて、夕方まで帰ってこない。だから登校のときだけ、時間を潰してから、家に戻ってきた。

 初めて学校をさぼった。

 窓から日差しが差し込む中、途端に罪悪感が湧いてくる。今までこんなことしたことなかった。でも、その罪悪感はよっちゃんといるとすぐに消えた。

 そしてまた、身体を重ねた。

 その時だけは……不安とか、そういうのが一切忘れられるんだって。

 私も、よっちゃんに抱きしめられていると、この世の他のものは全ていらないって、思えてしまう。よっちゃんさえ、いれば。


 そう傾く時、脳裏によぎるのは、先日部室で涙を流した千歌ちゃんの姿だった。


 私がよっちゃんに対して女の子同士でもいいんじゃないか、と言ったことから始まった今回の騒動。そのせいで、千歌ちゃんの夢まで壊してしまいそうになっている。

 ああ、もう私はあの集団にはいられない。みんな優しくてとても頼りになって……でも、だからこそ私なんかがいていい場所じゃない。


 私はよっちゃんと別れるつもりはない。よっちゃんと私が一緒にいる限り、延々と今回のことは言われ続けるだろう。そう、私とよっちゃんがいることで、千歌ちゃんの壊れそうになってしまっている夢を、完膚なきまでに、砕いてしまう結果さえも見える。


梨子「よっちゃん……Aqours、抜けよう……?」

173: 2017/03/20(月) 02:09:35.28 ID:YxkfYNZk.net
 そう提案した時、よっちゃんは私のことを察してくれたのか……静かに頷いてくれた。

 リリーと一緒ならそれでいい。

 その一言だった。

 嬉しかった。

 これで私は、よっちゃんとずっと一緒にいることが出来る。よっちゃんを守ることが出来る。よっちゃんの一番側で……。何にも邪魔はさせない、絶対に。


梨子「明日、よっちゃんの分まで……退部届け出してくるね」


 また静かに、頷いてくれた。


 でも、泣きながら……私の胸に飛び込んで来た。


 わかってる。辛いのは、わかってるっ!!


 だって……私がこっちに来て初めて出来た居場所、よっちゃんも初めて浦の星で得た居場所。お互いの初めてが、色々な想い出が……つまった居場所だ。それを捨てるんだ……それを捨てても尚、私はよっちゃんと一緒にいたい。そうすれば、私の全てを、向けられるから。


 ごめんなさいみんな、私はもう……後戻りは、出来ません。
 

174: 2017/03/20(月) 02:13:50.79 ID:YxkfYNZk.net
◇――――◇

部室

ダイヤ「なんのつもりですのこれは!」

千歌「梨子、ちゃん……?」

千歌「なんで……?」

梨子「私と善子ちゃんが居たら、永遠にこのAqoursは浮上出来ないって、思ったからです」

梨子「だから、やめさせてください。私、今の状態のままここに居させて貰えたとしても……何も出来ることはありません」

曜「ち、ちょっと待ってよ……急にどうしたの」

梨子「みんなには……本当に感謝しているんだよ。私に居場所を与えてくれた」

梨子「でもね……この居場所があると……よっちゃんのことを全部見ていられない……あとは、この居場所さえ無くなれば……私はよっちゃんのことを、もっと、もっと!!!」

果南「お、落ち着いて」

果南(なんかやばいよ……梨子ちゃん……)

梨子「もう、私……みんなの知ってる私じゃない。よっちゃんと付き合って……色んな人に裏切られて、色んな悪意をぶつけられて……守れるのは、私しかいない」

梨子「私が守らなくちゃ……だから」

175: 2017/03/20(月) 02:14:34.90 ID:YxkfYNZk.net
ダイヤ「あなたは何も悪いことはしていません、だからここから去る必要なんて、何も無いのよ?」

梨子「悪いことはしました!! よっちゃんのことをこっちの道に引き込んだのは、私……っ。私は知ってたんです、昔私の周りにも同性愛としてイジメられた人がいた……だから絶対に、誘導すべきじゃなかった! あの時のよっちゃんは迷ってたはずで、私が変なこと言わなければ……こうなることなんて、なかった……!!」

梨子「だから、責任を取らせてください。もう、もう……よっちゃんの側に居てあげないと」

梨子「よっちゃんはきっと悲しんでる、私がよっちゃんの側に居てあげないとなの!!!」

千歌「っ……」

梨子「ほ、ほら……おかしい、でしょ。私……でも、でもね……これくらいしないと、よっちゃんのことを守れない」

鞠莉「梨子、あなたは疲れてるだけよ。いじめた人たちのことは私たちがなんとかする、だから」

梨子「なんとかって、なんですか!! 謹慎が解けたらまた学校に来るでしょう!? 今度はイジメじゃなくて、無視とかそういう対応になるかもしれない!」

梨子「そしたらどうするの!? 無視なんか、ただの人間関係の拗れでしかない。対応なんて、できっこない」

花丸「マルとルビィちゃんが……責任持って、善子ちゃんのことを守る。一緒にお弁当も食べるし、今度こそ」


梨子「……そうしたって、肩身の狭い思いをするしか、なくなる。それだけはもう、どうしようもないよね」


花丸「っ」


梨子「だから、私が付いててあげるの。お弁当だって、どんな時だって……」

176: 2017/03/20(月) 02:16:35.53 ID:YxkfYNZk.net
梨子「私があの子の世界を、未来を奪ったんだ!! だから、だからぁ……ぐす」

梨子「お願いだから……っ。みんなには感謝してるの、だからこれ以上……私たちの世界に――入ってこないで……っ。私達がいるだけで……みんな、みんな不幸になってく……っ」


千歌「そんなこと、ない」

千歌「そんなことないよ梨子ちゃん……私ね、梨子ちゃんのことが必要だよ……お願いだから、そんなこと言わないで……?」


梨子「曲が今まで通り欲しいなら……作るから。せめて、それくらいはさせて」


梨子「でも、それだけ……曲があれば、いいでしょ?」


千歌「ふざけないでよ!!!」


千歌「ふざけ、ないでよ……曲が作れるとか、そういうのも大切だけど……私が梨子ちゃんに居なくなって欲しくないのは……単純に、梨子ちゃんと一緒がいいからだよ!! 梨子ちゃんと善子ちゃん、二人がいないときっと、それはもう私たちじゃなくなるっ!」


千歌「ねえ、梨子ちゃん……行かないでよ……ぐす……夏、あんなに頑張ったよね? 梨子ちゃんも、楽しかったでしょ……? だから、だから……っ」ギュッ…


梨子「千歌ちゃん……ありがとね……。でも、ごめん……私達はいない方がいい。居なくなって、関係なくなったってことにして……また、夢を追いかけて? 私は千歌ちゃんが頑張っているところ、好きだったよ、だって私たちは9人でって、決めたじゃん!!」

梨子「……」


千歌「……やだ、やだやだやだやだ!!! 絶対受け取らない、退部届けなんて、絶対受け取らないから!!!」

177: 2017/03/20(月) 02:19:16.73 ID:YxkfYNZk.net
梨子「だとしても……私はもう、ここには来ない。みんなも……本当にありがとう」

ダイヤ「本気……なのですか」

梨子「伝わらないかな」

果南「今話してもダメそうだから、後日また話に行くよ。だから……それまでにもう一度、考えておいて」

鞠莉「私達は待ってるから」

梨子「……」


鞠莉「……逃げる理由を、善子ちゃんにするのは、良くないわよ」


梨子「っ……そんなんじゃない。あなたには……わからないよ」


梨子「じゃあ、さようなら」


千歌「梨子ちゃんっ……! 梨子ちゃ――」


バタンッッ


千歌「ひっぐ……うぅ、りこちゃ……ううぅぅぅ……」


千歌「なんであんな言い方したのさ!! 戻って来なかったら、どうするのさ!! うあぁぁ……ん……」


果南「今は落ち着かないと……みんな冷静になれてないんだよ」ナデナデ

千歌「でも、でもぉっ!!」

千歌「ううぅぅぅ……」


曜「っ……」

179: 2017/03/20(月) 02:25:49.40 ID:YxkfYNZk.net
◇――――◇


 今日も、学校をサボった。


 昨日もサボった。

 親にはこっぴどく叱られている。


 でも、それでも……私は学校に行くわけには行かない。謹慎中のよっちゃんは、私がいないと不安で不安で仕方がないって、くっついてくる。

 学校に行って……? という私のことを想ったよっちゃんの願いも……涙目で言われたらなんの意味もない。私はずっとそばにいなければいけない、それが責任だ。

 側に居て、キスをして、身体を重ねていれば……嫌なことは忘れられた。その時は……至福の時で、よっちゃんも屈託のない笑顔を見せてくれる。

 ああ、私はこうやって……生きていくしかないんだ。

 もう絶対によっちゃんが泣かないように、これ以上……辛く思わないように。


 携帯電話の電子音は忙しなく鳴り響いている。

 Aqoursのメンバーからだ。


 いつもいつも、あの人たちは私達を心配してくれてる。でも、でもね……もう心配する必要は無いよ。


 世界は無情だ。

180: 2017/03/20(月) 02:26:26.47 ID:YxkfYNZk.net
 よっちゃんの親だけでなく私の親すらも……もうよっちゃんとは縁を切れと言ってきた。怒りで、血管が破裂しそうになるまで、言い合いをした。

 そう、誰もわかってくれない。

 誰も。私達の気持ちをわかってくれない。お互いの家でしか、ふたりきりになれないというのに、その居場所まで取り上げられてしまったら、私達はどうしろというの?

 もう学校に居場所なんて、ない。だって捨てて来たんだもの。

 ううん、もう……どこにも私たちに居場所はない。

 この世界は意地悪にできていて、どこまでも私達のことを苦しめたいらしかった。

 よっちゃんは、泣いていた。二度と泣かないように守るって言ったのにも関わらず、私は悲しいほどに無力だった。


 どうしようか、答えの見つからない海に飛び込んだ時……よっちゃんはある言葉を呟いた。


 ――死にたい、と。

 リリーと一緒に居られない世界なんていらない、リリーと一緒じゃなきゃ、生きてる意味はない、と……。


 答えの見つからない海が、光り輝いた。まるで、そう……天からの贈り物のように、その考えが私の中を満たしていった。


 次の瞬間には――一緒に、逝こっか。と呟いた。

181: 2017/03/20(月) 02:27:36.93 ID:YxkfYNZk.net
 またしてもよっちゃんは……穏やかな表情で静かに、頷いてくれた。

 ――よっちゃんが仰向けになって、目を閉じている。よっちゃんの部屋、どこか悟りきった柔らかな目元のまま、口を開いた。


善子「……すぐに、来てね」

梨子「う、ん……」


 大きく嚥下する喉元。陶器のように滑らかで透き通ったそこに、包丁の切っ先を、突き立てる。

 浅くなる息、震える肩、よっちゃんの頰に私の涙が伝って零れ落ちる。


善子「どうして泣いているの? ……私、リリーと一緒だもの、怖くなんてない」

梨子「よっ、ちゃん……」

梨子「なんで、どうして……こう、なっちゃった、んだろうね……」

善子「はは……私が不幸だから、に決まってるでしょ」

善子「堕天したら……リリーとふたりきりになれるかな」

梨子「うん、うん……」


善子「でも……あなたと会えて」


善子「――幸せ、だったわ」

182: 2017/03/20(月) 02:31:43.81 ID:YxkfYNZk.net
 震える、震える震える。


 包丁を振り上げる。


梨子「あああああああっ!!!!!」

 そして、金切り声に近い絶叫を上げながら、その綺麗な喉元に刃を突き立てた。

 ぐにゅりと抵抗はあったものの、体重を全て乗せたおかげか、深部まで、突き刺さる。
 よっちゃんの大きく見開いた目は確かにこちらを捉えている。


梨子「ぁぁ……」

 包丁を抜くと、血液が飛び出してくる。辺りを染め上げ、返り血で……私の顔はぐしゃぐしゃに汚れてしまっている。


 ――私は、恋人を手にかけた。

 そして。


梨子「っ、ぁ……」

 その感触がべったり残ったまま、私は自身の胸を、貫いた。


 引き抜くと同様、どくどくと血液が失われていく。手足が痺れる、視界がぐわんぐわんと揺れ動く。ああ……これが。


 既に虫の息のよっちゃんの横に倒れこむと、微かにこちらに目線を向けた。もう喉が潰れて声は出ないだろう、でも……。


 ありがとうって、青白く変色した唇が言ってる。

183: 2017/03/20(月) 02:33:32.02 ID:YxkfYNZk.net
梨子「よっ、ちゃん……」

 頰を撫で付けると、手にべっとりと張り付いた血がよっちゃんを汚す。やがて目が閉じて……それが絶命の合図だった。

 最後の力を振り絞って、抱き寄せる。もう、私も長くはない。すぐに、行くよ、よっちゃん。


 と、不意に電子音が鳴り響く。倒れ込んだすぐそばには……私の携帯が置いてあって、電話がかかって来ていた。相手は――千歌ちゃん。

 千歌ちゃんには、感謝しても、仕切れない。本当にありがとう。千歌ちゃんは何も悪くないよ。

 その太陽みたいな笑顔で、頑張って、ね? 曲は作れなくなるかもしれないけれど、なんとか、千歌ちゃんなら状況を打開してくれるって、信じてる。本当に、ごめんなさい。

 視界にだんだんと靄がかかっていく。本当に楽しかったな。よっちゃんと過ごした日々が、次々と蘇ってくる。これが走馬灯。

 初めてデートをした時、告白された時、手を繋いだ時、ハグした時、それ以上のことをした時。全部、全部大切な思い出だよ。

 ――よっちゃんは先に堕天したみたい。私も、そっちへ行くよ。私はよっちゃんのことを守れたかな、うん……少なくともこの無情な世界からは守れたんじゃないかな。この世界で生きていたら、きっと、よっちゃんは心が壊れてしまって、いただろう。


 そう、私達みたいな人がもう出ないように、私達は私達の命を持って……世界と戦ってみせる。きっと、誰かがこの命のメッセージを受け取ってくれるはずだ。

184: 2017/03/20(月) 02:34:33.17 ID:YxkfYNZk.net
 私達は、無力な子供だった。身に余る思いを抱え、それを相談することもできず、自らの手で世界という大きな敵と対峙することも出来ず、立ち尽くすのみ。親の庇護下の下で暮らすしか、ない。

 いっそのこと、飛び出してしまえばよかったのだろうか。高校もやめて、中卒だけど二人で協力すれば、なんとか生き抜いていけたのだろうか。

 今となってはわからない。

 
 テレビなんかでは、愛の形は様々だと何度も言っているじゃないか。でも、一度根付いた常識を覆すのは容易ではない。一人悪意を持った人がいるだけで、ニュートラルな人間は影響され、悪へと変貌する。
 

 私達はそれに屈したことになるのだろうか。ううん、違う。勝負はこれからだ。私達がこの世界に残していくもので……きっと、誰かが幸せになってくれるはず。親にすら否定される私たちの形をどうか……見守って欲しい。

 きっと、この先に待ってるのは、楽園。堕天した先で、よっちゃんとふたりだけで幸せになれるって信じてる。だからね、私ももう、怖くないよ。リトルデーモン1号として……あなたの側にいられて、心から、幸せでした。

 ありがとう。


 
 ――また、会おうね。

185: 2017/03/20(月) 02:35:23.44 ID:YxkfYNZk.net
◇――――◇


千歌『でもさ……今更になって、二人が何を考えていたのか、分かった気がするんだよね』

曜『?』


 ここにくるのは何度目か、去年は忙しくて来ることは叶わず……一年開いての来訪となった。


 梨子ちゃんが眠っているという墓石を眺めては、当時のことを思い出す。

 まるで、ここへ来ればまたあのピアノの音が聞こえてくるような気がして。

千歌『きっと、二人で一緒に居たかっただけなんだと思う』

曜『……』

曜『お墓も一緒になれたら、良かったのにね』

千歌『うん……』


 善子ちゃんと梨子ちゃんは別のお墓で眠っている。でも、きっと……ふたりは一緒のところで、幸せになっていると思う。

 私は何年も前、この世界が優しくないことを知った。どれだけ愛し合っていても、どうしようもないことを知った。


 だから。


千歌『ここに来るとね……頑張らなきゃって、思うんだ』

188: 2017/03/20(月) 02:37:28.40 ID:YxkfYNZk.net
 同時に、二人のことを想っては涙が出る。一体どんな気持ちだったのだろう。当事者でないとわかるはずもないけれど……想像してしまうだけで胸が張り裂けそうになってしまう。


 どこにも希望が無かったんだろうか。私たちは彼女達の居場所には慣れなかったんだろうか。


 どうして私たちは何も出来なかった? 何をすれば、救えた?


 繰り返す自問自答に、最適な答えはいつも見つからない。


 毎回、こうだ。毎回来ては、曜ちゃんに慰めて貰っちゃってる。


曜『うん、頑張ろう……二人の分まで』


 二人の分まで、私は時間を重ねる。


 夕焼けが暗闇に成り行くのを見て、また今日が終わることを実感する。

 少し前に、夏の将軍様はどこかへ消えて行った。冷夏と言われる現象らしい。汗っかきの私にとってはありがたいけれど、海に入れる期間が短くなったのだけは許せなかった。

千歌『さ、内浦に帰ろ。果南ちゃん達も外で待ってる。花丸ちゃん達も、きっと向こうで首を長ーくしてるよ』

千歌『明日は善子ちゃんのところに、みんなで行こうね』

千歌『今日は飲むぞー!』


 勢いよく頷く彼女に笑いかけて、最後に、振り返る。

 今日が終わって、また彼女達とは時間が離れる。私はあの時と比べると髪が少し伸びた。お化粧もばっちり覚えたし、マナーもいろいろ覚えた。時間は否応なく流れて、あの日事件が発覚した時、赤ちゃんみたいに泣き叫んで暴れた……子供の私は小さくなって中で眠っている。

 今ではあのことはきちんとした現実と捉えて、記憶の海の、闇の中に、今も漂っている。


 そうやって、古いものはどんどん、新しいものに塗り替えられて、風化していってしまう。

189: 2017/03/20(月) 02:38:20.26 ID:YxkfYNZk.net
 当時は女子高生心中事件として大きく取り上げられ、様々な議論を巻き起こしていたが……今では、どれくらいの人が覚えているのだろう。彼女達が世界に投げかけた問いは、命を賭した、力は……どれだけ響いたのだろうか。


 分からない。

 それでも。


 事件のすぐそばにいながら、大切な友達をすぐそばで失いながらも、それに耐え抜いて、私たちはなんとか大人になった。


 彼女達の望んだ世界は、理想だったんだろうか。私たち大人は理想を語ると、最近は、否定されることが多くなった。


 だから……彼女達は犠牲になった。子供は世界と戦えない。私たち大人が、変えて行かなきゃならないんだ。でもその大人が理想を語らないのなら、子供が大人の中で小さくなって、語らなくなるのなら……いつになったら、世界が彼女達の叫びに気がつくというのだろう。


 理想と現実はいつも隣にいて、どちらに手を伸ばそうとするかは……自由なはずだ。でも大部分が、現実に手を伸ばしては、理想を否定する。


 彼女達は、理想に手を伸ばしたのだろう。


 だから、私たちは……それをなんとかして、伝えていかなきゃならない。

190: 2017/03/20(月) 02:40:27.27 ID:YxkfYNZk.net
 彼女達が命を捧げて世界に投げかけた、絶叫を、酒の肴にして第三者に話すとか、さぞ己が体験した武勇伝のように語る大人がいることも事実だろう。今や廃校した浦の星女学院といえば、その事件なのだから。

 そんな人がいることは、許せなかった。ぎりりと奥歯に力が入りながら、そして最後に私は、カバンからあの時の退部届を取り出す。

 何年もの時間が経って、しわくちゃになってしまったけれど……私はこれを受け取ったつもりはない。いつか返してやるって、今でもそう思っているんだから。

 私たちは9人でAqoursって、そう決めたんだ。それは今でも変わっていない。だからね、私はいつまでもこれを預かっているよ。

 思わずして、退部届を掴む指に、力が入る。


 忘れないよ。


 私が彼女達に対して何も出来なかったこと。二人の悲鳴に気がつかず、能天気に自分のことばかりを考えていたこと。


 その昔、幼い力で持って、必死にもがき苦しみ世界と戦った少女達が居たことを――私は忘れない。

 ばいばい。次はいつになるか、わからないけれど。この先も、ずっと、ずっと。


 

 ――また、会いに来るからね。


 



 

 

 

おわり。

192: 2017/03/20(月) 02:43:37.89 ID:YxkfYNZk.net
こんな話を最後まで投下出来てびっくりしました。こんなの読んでくれた人にも本当に感謝してます。


梨子「彼女は悪魔を律せない」

善子「彼女とゲヘナへ堕ちたなら」

梨子「私と彼女で」梨子「ウロボロスの契約を」


 生えてるけど、幸せなやつなので…良かったらお口直しにどうぞ…。本当にこんなSS書いてしまって、ごめんなさい。

212: 2017/03/20(月) 11:36:33.41 ID:y6U6qc7Q.net
こういう時にこそメノ^ノ。^リが欲しいと思うのだ

214: 2017/03/20(月) 12:20:13.64 ID:9PvVutYr.net
悲しいのに引き込まれて最後まで読んだ

引用元: http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1489834117/

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