【SS】善子「どこにでもいて、どこにもいない」

だいや SS


1: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:03:10.27 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「あら、何でしょうか。
    生徒会室の『相談してね☆BOX』に、何やら怪しげな黒い紙片が入っていますわ」

――――

依頼者:堕天使ヨハネ

下記の部の設立を希望いたします。

名称:スクールアイドル部

活動:偶像を頒布し、神に等しい存在になります

活動場所:どこにでもいて、どこにもいない

――――

ダイヤ「認められませんわぁ!」

3: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:04:26.90 ID:Am6Jg4C2.net
私が丹精こめて作った『相談してね☆BOX』にこのようなイタズラをするとは、不届きな御仁です。
名前からも分かるように、『相談してね☆BOX』は極めてマジメな箱であり、生徒会の助けを求める子羊達のためにあるのです。
とはいえ、きっとこの堕天使ヨハネさんも、何か悩みがあってこのような犯行に及んだに相違ありません。
罪を憎んで、人を憎まず。
そう考えて私は、『相談してね☆BOX』の隣の『回答するね♡BOX』に回答を入れました。

4: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:05:19.37 ID:Am6Jg4C2.net
――――

回答者:黒澤ダイヤ

スクールアイドル部の設立を認めません。

理由:すでに同じ名称の部(部長:高海千歌さん)が最近設立されたため。

備考:偶像とか神とか、何をおっしゃっているのかよくわかりません。
   何か悩みがあるのなら、素直に書いてくださいますか。
   安心してください。浦の星女学院の生徒会は、いつも貴方の味方ですわ。

――――

ダイヤ 「これでよし」

こうして私は、生徒会長としての務めを果たしたことに満足し、帰宅したのです。
ところが次の日、『相談してね☆BOX』を覗いてみると……

5: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:06:11.88 ID:Am6Jg4C2.net
――――

依頼者:堕天使ヨハネ

残念ながら、月下界の住人には私の言葉はうまく伝わらないようです。
私は何も、いわゆる歌って踊れる愉快なアイドルになりたいわけではないのです。
かしこくてかわいい生徒会長ならご存知のことと思いますが、アイドルの原義は「偶像」なのです。

スクールアイドル部がもうあるというなら、それはそれで構いません。
私が設立する新たな部の表記を、「学校偶像(スクールアイドル)部」に変更してください。

この部の活動内容を、人間にも分かるように三行で説明すると、こうなります。

(1)偶像(ヨハネの写真や動画など)をネットにアップロードし、皆が共有できるようにする。
(2)これにより、ヨハネはいつでもどこでも会えることになり、この世界に遍く存在することになる。
(3)ユビキタス(遍在)という性質を神と共有することにより、ヨハネは神に等しい存在となる。

どう? ステキでしょ。

――――

ダイヤ「何ですかこれは……」

7: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:07:55.15 ID:Am6Jg4C2.net
迷える子羊かと思っていましたが、とんだ危険思想の持ち主でした。
そもそも何ですか、ヨハネの偶像って。
ユビキタスという言葉も、意味をちゃんと理解して使っているのか甚だ疑問です。
いずれにせよ、浦の星女学院の少女達の健全な精神的成長を妨げるような悪魔的な企みは、正義の生徒会長が許しません。
エリーチカに代わって、お仕置きですわ。

8: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:08:30.79 ID:Am6Jg4C2.net
そんなわけで私は、『回答するね♡BOX』に新たに堕天使ヨハネさん宛の回答を入れました。

――――

回答者:黒澤ダイヤ

浦の星女学院では、偶像崇拝は禁止されています。あしからず。

――――

9: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:09:17.11 ID:Am6Jg4C2.net
しかし翌日、懲りずに新たな紙片が『相談してね☆BOX』に入っていたのです。

――――

相談者:堕天使ヨハネ

禁じられた偶像崇拝によって神に等しい存在になることを企てる。
それこそがヨハネが堕天使たる所以なのです。

ヨハネと一緒に、堕天しない?

――――

ダイヤ「堕天って何ですか、ふざけているのですかこの人は」

11: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:11:26.49 ID:Am6Jg4C2.net
いずれにせよ浦の星女学院には偶像崇拝禁止令を公布します……今そう決めました。
こうなったら私は、校内の秩序を乱しかねない不穏分子「堕天使ヨハネ」を捕まえてやります。

千歌 「やっほー、ダイヤさん!
    今日もまた、いっしょにμ'sクイズして遊びましょうよ!」

ダイヤ「千歌さん!
    今それどころではありませんわ!」

千歌 「わわわ……近くないですか?」

たとえ寛容にして柔和なエリーチカが許しても、この黒澤ダイヤが許しません。
生徒会長の熱く燃える正義の心を胸に、私は校内パトロールを始めました。

12: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:13:00.77 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「おや、コピー機の故障ですか」

曜  「はい、衣装のデザインを印刷してたら急に調子が悪くなっちゃって……
    でも大丈夫です。
    堕天使ヨハネと名乗るスーパー女子高生が直してくれました」

ダイヤ「何と! しかし学校の設備を整えるのは生徒会の仕事ではありませんか」

曜  「でも『リトルデーモンを助けることは堕天使の務めよ』とかいうわけのわからないことを言って……」

ダイヤ「ぐぬぬ……校内の秩序を乱すどころか維持するとは、それはそれで対抗心が燃え立ちますわ。
    それで曜さん、堕天使ヨハネの風貌は?」

曜  「美少女です」

ダイヤ「それじゃあんまり要領を得ないのですが」

曜  「黒髪で、片側だけお団子ヘアーで……なんかこう、シュッとした感じの顔立ちで」

ダイヤ「シュッとしたって……分かりそうで分からないです!」

曜  「ダイヤさんも、わりかしシュッとしてますよ」

ダイヤ「それはこの際どうでもよいのです!」

曜  「ようそろ……」

13: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:16:31.31 ID:Am6Jg4C2.net
梨子 「ハアハア……」

ダイヤ「どうしたのですか梨子さん、息を切らして」

梨子 「作曲に疲れて音楽室でうたた寝していたら、恐ろしい夢をみてしまいました。
    犬のオバケに追いかけられる夢です」

ダイヤ「嗚呼、それは災難なことです。
    今はもう大丈夫なのですか?」

梨子 「はい、堕天使ヨハネと名乗るスーパー女子高生が慰めてくれました」

ダイヤ「何と! しかし悪夢にうなされる生徒の背中をさするのは生徒会の役目ではありませんか」

梨子 「でも『リトルデーモンを助けることは堕天使の務めよ』とかいう不可思議なことを言って……」

ダイヤ「ぐぬぬ……校内の秩序を乱すどころか維持するとは、それはそれで対抗心が燃え立ちますわ。
    それで曜さん、堕天使ヨハネの風貌は?」

梨子 「美少女です」

ダイヤ「それじゃあんまり要領を得ないのですが」

梨子 「紫がかった目で、背が高めで……何かこう『よっちゃん』っていう感じの雰囲気で」

ダイヤ「さっぱり分からないです!
    我が校の二年生はアバウトな形容しかできないのですか!」

梨子 「ダイヤさんは、かなり『ダイヤさん』って感じがしますよ」

ダイヤ「そりゃそうでしょ」

梨子 「ようそろ……」

14: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:17:49.56 ID:Am6Jg4C2.net
何ということでしょう、私がいくら校内を駆け回っても、堕天使ヨハネの影も形もありません。
しかしそれでも彼女は確かに校内に現れて生徒を助け、着実にファンを増やしているようなのです。

曜  「ヨハネさま……私も堕天します」

梨子 「ヨハネさま……私も堕天します」

千歌 「わー、二人とも面白そうなことやってるね!
    それじゃ私も堕天する!
    ……あ、ダイヤさんだ!
    ねえねえダイヤさん、ダイヤさんも一緒に……」

ダイヤ「堕天しませんわ!」

千歌 「ひょえー!」

ああ、堕天使ヨハネと正義の生徒会長との対決は、もう少し続きそうです。
彼女はまさに、神出鬼没。
どこにでもいて、どこにもいないのです。

16: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:18:38.64 ID:Am6Jg4C2.net
そんなことを考えながらパトロールを続けていると、校庭に一人の生徒さんが怪しげな運動をしているのを見つけました。
彼女は、何かこうシュッとした感じの顔立ちで「よっちゃん」と呼びたくなる雰囲気。
そんな感じの女の子についての目撃証言をついさっき聞いた気もするのですが……
それはさておき、彼女は反復横跳びみたいな動きで、地面に描いた二つの円の上をぴょんぴょんと飛び跳ねています。

18: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:20:06.25 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「ちょっとそこのあなた」

???「どうしたのですか?」

ダイヤ「何をしているのですか」

???「二カ所に同時に存在する練習をしているのです」

ダイヤ「何をわけのわからないことを言っているのですか」

???「でもすばやく動けば、いつかはできる気がするんです」

ダイヤ「そんなことを言うのは、とびきりアホかとびきり天才のどちらかだけです」

???「それじゃあ私、とびきり天才なのかも」

ダイヤ「それは知りませんけど……どうしてそんなことをしたいのですか」

???「決まっているじゃないですか。
    そこにいて、同時にあそこにもいたいからです」

ダイヤ「そんなことをして、何になるのですか」

???「そうすれば、いつかは、どこにでもいられるようになるかもしれませんから」

21: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:23:35.36 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「どこにでもいたい、か。
    同じ夢をもっている人を、私はもう一人知っていますよ。
    そして私が探しているのも、その人なんです。
    あなた、堕天使ヨハネってご存知じゃありませんか」

???「……ピーンチ!」

まさか、今そこにいたキュートな少女が堕天使ヨハネだったとは!
驚いて一瞬動きが止まってしまった隙に、彼女は鍛え上げられた反復横跳びで逃げ去ってしまいました。
そして愕然とした私の背後から、姿を隠した堕天使ヨハネの不敵な笑い声が聞こえてきたのです。

???「ふふふ……私を捕まえるなど100万光年早いのです、黒澤会長」

ダイヤ「ぐぬぬ……目にもの見せてやりますわ」

???「いくら私をリアルな世界で探しても詮無いことですよ」

ダイヤ「なぜですか?」

???「堕天使ヨハネは、どこにでもいて、どこにもいないのです」

ダイヤ「そんな誤摩化しは通用しません!
    正義の生徒会長黒澤ダイヤが、いつかあなたを捕まえてやりますわ!」

???「そんな無意味なことはあきらめなさい。
    それより、ヨハネと一緒に堕天しない?」

23: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:26:08.00 ID:Am6Jg4C2.net
【その日の夜、黒澤家】

ダイヤ「堕天しませんわ!」

ルビィ「わわわ、お姉ちゃん、どうしたの?」

ダイヤ「『堕天使ヨハネ』と名乗る不審者が、生徒会の神聖不可侵な『相談してね☆BOX』に怪文書を投函したり、生徒会長よりええカッコをしたりしているの」

ルビィ「後半は別にいいじゃない……
    あ、でもヨハネってもしかして、善子ちゃんのこと?」

ダイヤ「何と!
    ルビィ、その人のことを知っているのですか?」

ルビィ「うん、だって同じクラスだもん。
    あーよかった。善子ちゃん、クラスには来ないけど、
    元気に怪文書を投函したり、お姉ちゃんよりええカッコをしたりしに来てたんだね」

24: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:26:53.25 ID:Am6Jg4C2.net
あろうことか、堕天使ヨハネと名乗る少女は、私の妹と同じクラスだったのです。
私は驚いてルビィに尋ねました。

ダイヤ「その善子さんという方は、どんな生徒なのですか?」

ルビィ「うーん……実はルビィにもよく分からないんだ。
    だって善子ちゃん、始業式の日に一日だけ学校に来て、それからずっと休んでるから」

ダイヤ「そうだったのですか……」

学校を休んでいるというのは、とても心配なことです。
やはり彼女のわけのわからんイタズラの背景には、何か深刻な悩みがありそうです。
もしかすると今ごろ、家で悲嘆にくれているのかも……

27: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:28:11.91 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「ねえ、ルビィ。
    善子さんのこと、もう少し詳しく知りませんか?」

ルビィ「校外での善子ちゃんの活躍なら、よく知ってるよ。
    だって善子ちゃん、自己紹介のあとで、クラスメート全員に動画配信先のアドレスを渡してくれたから」

ダイヤ「動画配信?
    善子さんはいったい、何をしているのですか?」

ルビィ「えーとね……あ、実際に見てもらったほうが早いかも。
    もうすぐ今日の生放送の時間だよ」

そう言うとルビィは、私にスマホの画面を見せてくれました。
その先で繰り広げられていたのは、善子さんの悲嘆ではなく……

28: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:28:52.90 ID:Am6Jg4C2.net
――――

善子 「感じます……精霊結界の損壊により、魔力構造が変化してくのが。
    世界の趨勢が、天界議決により決していくのが。
    かの約束の地に降臨した堕天使ヨハネの魔眼が、そのすべてを見通すのです」

――――

ダイヤ「何ですかこれは!」

ルビィ「堕天使ヨハネの預言・公開生放送パート35だよ!」

ダイヤ「意味がわかりませんわ。
    こんな歯の浮くような台詞を口にして、いったい善子さんは何をしようとしているのです?」

ルビィ「それは……」

30: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:29:36.37 ID:Am6Jg4C2.net
――――

善子 「すべてのリトルデーモンに授ける!
    堕天の力を!」

――――

ダイヤ「いや、リトルデーモンに堕天の力を授けるとか、何やら穏やかじゃないこと言ってますけど!
    ルビィは心配になりませんの?
    クラスメートが学校を休んでこんなことをしてるのに……」

ルビィ「うん、心配になって、いつもコメントしてるんだ。
    ルビィだけじゃくて、クラスのみんなもね」

よく見ると、動画の脇にコメント欄が付いていて、そこにリアルタイムでコメントを書き込めるようです。

31: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:30:13.01 ID:Am6Jg4C2.net
――――

【コメント】

・配信乙 それはさておきヨハネちゃん、学校においでよ

・ヨハネちゃんカッコいい~♡
 だから私たちのクラスにも来てほしいな

・生放送乙 それはさておきヨハネちゃん、みんな待ってるよ

・ヨハネちゃん最高!
 そうそう、今日の数学は教科書5ページまで進んだけど、ノートとっといたよ

・ヨハネちゃんは今日も天使みたいに可愛いずら!
 そんなわけで、夕方に届けたプリント、よく読んでおいてね

――――

ダイヤ「何ですかこれは……クラスメートからの心配の声じゃないですか」

ルビィ「でもヨハネちゃんは大人気だから、もちろんクラスメート以外の視聴者もいるんだよ!」

32: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:30:55.36 ID:Am6Jg4C2.net
――――

【コメント】

・会いたかったよ、ヨハネちゃん!

・ヨハネちゃんの黒魔術が家人にバレないように部屋のドアを閉めてます

・私は部屋のドア、いつも閉めてます(笑)

・学校には行けないけど、この動画に元気をもらっています

・ヨハネちゃんは、学校に行けてるのかな?

――――

ダイヤ「なるほど……こんなに人気があるとは。
    それでルビィたちも、いつもこの動画にコメントしているのですか?」

ルビィ「うん、そうなんだ。
    急に家に行くとビックリさせちゃうからね。
    だからしばらくは、幼馴染みの花丸ちゃんに代表してプリントを届けに行ってもらってるの。
    ほかのクラスメートは、こうしてネット上で様子を見守って、
    あまりにも欠席が長引くようなら皆で会いに行こうっていう話になってるんだ」

34: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:32:00.29 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「みなさん、しっかり考えてるんですのね……」

ルビィ「あ、ルビィも書き込まないと……
    ええと、『一緒に堕天しようね! byリトルデーモン4号』」

ダイヤ「堕天? リトルデーモン?」

ルビィ「送信完了……これでよし」

ダイヤ「……」

ルビィ「あれ? お姉ちゃん、どうしたの?
    あ、そうだ! お姉ちゃんもリトルデーモンになって、ヨハネちゃんと一緒に堕天しない?」

ダイヤ「堕天しませんわ!
    ていうか、何ですかこれは!
    ルビィの優しい心につけこんで、堕天などという不埒な行為に誘うとは!
    リトルデーモン? ぶっぶーですわ!
    私の可愛い妹のルビィは、今までもこれからもずっと天使なのです!」

ルビィ「わああ、お姉ちゃん、落ち着いて!」

35: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:32:40.81 ID:Am6Jg4C2.net
愛しい妹、そして健気なクラスメートを堕天に誘うなどという行為を見過ごすわけにはいきません。
そこで私は、さっそく次の日、善子さんの家を訪ねることにしました。
一介の生徒会長がそれをするのは差し出がましいことかもしれませんが、今回の状況を考えれば止むを得ないことです。

37: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:34:32.20 ID:Am6Jg4C2.net
とはいえ、善子さんのことを心配している一年生に黙って独断専行するのは申し訳ないので、出発前に花丸さんに会うことにしました。
一年生の教室の前で花丸さんを呼び止めて、しばらく私たちは二人で校庭のベンチに座って話をしました。

ダイヤ「今日は私が善子さんの家に行くことにします」

花丸 「ありがとうございます。
    それから、ごめんなさい。生徒会長にまで心配をかけてしまって」

ダイヤ「あら、謝る必要なんてありませんのよ。
    私、花丸さんたちが善子さんのためを思っているのを知って、とても安心していますから。
    今日、善子さんに会いに行くのは、別にあなたたちの代わりに何かをしようというわけではありません。
    ただ個人的に、善子さんの考えていることが知りたくて会いに行くのです」

花丸 「えへへ、そうだったんですか」

ダイヤ「ねえ花丸さん、あなたは善子さんと同じ幼稚園に通っていたんですよね。
    さすがにその頃からは変わってしまっているかもしれませんが……」

花丸 「たしかに、ちょっと奇行が目立つようになりましたけど。
    でも善子ちゃんは、あの頃からずっと変わっていませんよ。
    マルには、それがちゃんと分かるんです」

38: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:35:20.58 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「どんな子ですか」

花丸 「善い子です」

春の日の中で、花丸さんが少し眩しそうに目を細めました。

花丸 「ちょっと善い子すぎるくらいに」

39: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:36:06.47 ID:Am6Jg4C2.net
その日の放課後、私はバスに乗って沼津の市街地にある津島善子さんのマンションに辿り着きました。
息を整えてチャイムを一度鳴らすと、善子さんのお気楽そうな声が聞こえてきました。

「あー、ずら丸?
 わざわざ来てもらうのは申し訳ないから、もうプリントは届けてもらう必要はないのよ。
 大丈夫大丈夫、怪文書を投函しに行くついでに、私が先生から直接プリントを受け取るから……」

「はじめまして、津島善子さん。
 すみませんが、私は国木田花丸さんではなくって、生徒会長の黒澤ダイヤと申しますの」

「あっ」

「怪文書の投函、いつもおつかれさまです」

「……」

「ドアを開けてくださいますか。
 私、あなたと少し話をしたくて伺いましたの」

その言葉に応じて、おずおずとした様子で善子さんがドアを開きました。

善子 「どうぞ」

40: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:37:10.04 ID:Am6Jg4C2.net
現実世界の善子さんは、ちっとも悪魔的な性格ではなく、よく気のつくお嬢さんでした。

善子 「ええと……ダイヤさん、どうぞそこにおかけください。
    少し待ってくださいね、いまお茶を淹れますから」

ダイヤ「あ……いえ、おかまいなく」

善子 「まあ、そうおっしゃらずに……わひー、お茶がこぼれた!」

41: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:37:58.85 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「わわわ、大丈夫ですか善子さん!」

善子 「ごめんなさい、私いっつもドジばっかりで」

ダイヤ「気にすることはありませんわ。
    誰にでもあることですから」

善子 「それならいいんですが、私はちょっとドジが多すぎて。
    ……はい、紅茶をどうぞ」

ダイヤ「いただきます」

43: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:38:41.12 ID:Am6Jg4C2.net
こうして私たちの二人きりのお茶会が始まりました。
しばしの沈黙のあと、当惑を隠しきれない様子で、善子さんが私に問いかけてきました。

善子 「ダイヤさん、どうして今日はわざわざこんなところまで」

ダイヤ「あなたに言いたいことがあって来たのです」

善子 「言いたいこと?」

ダイヤ「あなたの本音を聞かせてください」

善子 「あ、ヨハネの本音ですか?
    そりゃもちろん、リトルデーモンと一緒に堕天を……」

善子さんの言葉を遮って、私はさらに言葉を続けました。

ダイヤ「ヨハネの本音じゃありません。
    私が訊きたいのは、ヨハネにその言葉を言わせている、善子さんの本音です」

44: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:39:20.82 ID:Am6Jg4C2.net
善子さんはテーブルに紅茶をそっと置いて、つぶやきました。

善子 「どこにでもいたいんです」

ダイヤ「どこにでも?」

善子 「そう、どこにでも。
    ドアを開けてくれない人のところにも」

そう言うと、善子さんは、ぽつりぽつりと話を始めました。

45: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:40:04.39 ID:Am6Jg4C2.net
善子 「小さい頃から運が悪いというか、間の悪い子でした。
    友達のためにと思ってすることも、すべて裏目に出てしまうんです。
    友達を公園に連れて行ったら、雨に降られてずぶ濡れになったり。
    転んだ拍子に、友達から預かっていたお弁当をひっくり返してしまったこともあります」

ダイヤ「でもそれは、善子さんのせいではないですよ」

善子 「それでも私、そんなふうに友達に嫌な思いをさせるのが、何だか辛くなってしまったんです。
    だから私、幼稚園のころから、ほとんど友達なんてできませんでした。
    花丸ちゃんは私に優しくしてくれたけど、小学校からは離ればなれになっちゃったし」

46: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:41:03.03 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「でも、コメントを見たでしょう?
    高校のあなたのクラスメートは、みんなあなたのことを心配してますよ」

善子 「でも、さんざん人付き合いを避けてきた私が、今さらうまく友達をつくれるとは思いません。
    きっとみんなも、いざ私と毎日会ってみたら、私の間の悪さに嫌気がさしてしまうと思うんです」

ダイヤ「そんなことはないですよ。
    みんな、あなたの友達になってくれると思いますよ」

善子 「えへへ、ありがとうございます。
    そんなふうに言ってもらえると、嬉しいです」

47: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:42:05.63 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「それなら、クラスに来てくれませんか?」

善子 「そういうわけにはいきません。
    ずっとひとりぼっちでいたら、ひとつ、叶えたい夢ができちゃったから」

ダイヤ「それは、どんな夢ですか?」

善子 「さっき言った本音と同じですよ。
    私、どこにでもいたいんです。
    ドアを開けてくれない人のところにも」

48: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:43:09.91 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「ドアを開けてくれない人?」

善子 「この世界には、学校に行きたくなくて、部屋のドアを閉めてる人がたくさんいるんですよね。
    もちろん私は、『その人たちの気持ちが分かる』なんて偉そうなことを言うつもりはありません。
    でも、私、そういう人のところにいられたら、すっごく嬉しいんです」

ダイヤ「それで、動画配信を始めたんですね」

善子 「そうです。
    部屋のドアを開けてくれない人たちも、パソコンやスマホの画面は開いてくれるかもしれませんから。
    だから私、そこに顔を出すことにしたんです。
    そしたら私、どこにでもいられるようになれる気がするから」

ダイヤ「ユビキタス、ですか」

善子 「そうです。
    ドアを開けてくれない人のところにも遍く存在できるなんて、素敵なことじゃないですか」

49: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:47:17.85 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「私も、素敵なことだと思いますよ。
    でもそれは、あなたが学校に行かない理由にはならないでしょ」

善子 「でも、このユビキタスを完成させるためには、もうワンステップが必要なんです」

ダイヤ「どういうことですか?」

善子 「いくら遍在しているといっても、それは私の写真や動画が出回っているということですよね。
    でもそれって、ただの私の偶像なんです。
    でも考えてみてください。
    偶像は、本体と見比べたときにはじめて偶像であることが分かるんです。
    本体が部屋のドアから出てあちこち動き回るから、偶像と本体の区別が出てきちゃうわけです」

ダイヤ「どういうことですか?」

善子 「本体がドアを開けずに隠れたままでいれば、偶像は偶像ではなくなるんです」

ダイヤ「でも、それは……」

善子 「神さまはどこにでもいるって、よく言いますよね。
    でも、それだけじゃありません。
    どこにでもいて、どこにもいないんです」

50: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:48:26.28 ID:Am6Jg4C2.net
ダイヤ「でも善子さん、私たちは神さまじゃなくて、人間なんですよ」

善子 「まあ、それはそうですけど」

ダイヤ「だから、そこまでする必要はないですよ。
    ちょっとくらい外に出て、日の光を浴びたっていいじゃないですか」

善子 「そりゃもちろん、私だって、全国のスクールアイドルにそんな要求をするわけじゃないですよ」

ダイヤ「それなら、どうしてあなただけが、そんなことをしようとするのですか」

善子 「ひとりくらい、学校に行きたくない人のためのスクールアイドルがいてもいいじゃないですか」

ダイヤ「……」

善子 「私、輝きたくないんです」

そう言って善子さんは、紅茶の最後の一口を飲んで、静かにカップを置きました。

善子 「輝かないままで、輝かない人のそばにいたいんです」

空っぽになったカップを見つめながら、善子さんが、ぽつりと言いました。

善子 「友達がいないままで、友達がいない人のそばにいたいんです」

51: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:49:31.54 ID:Am6Jg4C2.net
しばらくのあいだ、静かな部屋に時計の針の音だけが鳴りつづけました。
そのあとで、私もカップを置いて、言いました。

ダイヤ「あなたに友達ができたら、あなたのことを見ている人は失望すると思いますか」

善子 「よくわからないけど、もしかしたらそうかもしれない」

ダイヤ「ねえ、善子さん。
    あなたは名前の通り、とっても善い子なのね。
    でも本当の善い子になるには、ちょっとだけ違った風に考えてみたほうがいいと思うんです」

善子 「どういうことですか?」

ダイヤ「ドアの向こうにいる人のこと、信じてあげて」

善子 「……」

ダイヤ「あなたの幸せを喜んでくれるくらい優しい人だってこと、信じてあげて」

52: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:50:29.41 ID:Am6Jg4C2.net
善子さんが小さく頷いたのを見て、私はゆっくり立ち上がりました。

ダイヤ「ごちそうさまでした、善子さん。
    紅茶、とってもおいしかったです」

善子 「どうも」

ダイヤ「急にお邪魔して、ごめんなさいね」

善子 「いえ、そんな」

ダイヤ「ヨハネさん、今日も生放送するんですか」

善子 「はい……見てくれますか?」

ダイヤ「そうね。
    ルビィと一緒に、黒澤家にも堕天使ヨハネを召還することにします」

善子 「ありがとうございます」

こうして私は津島家のドアを閉め、内浦の自宅へ帰りました。
善い子すぎた怪文書投函事件の犯人との対決は、こうして対決しないままに幕を閉じたのです。

53: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:51:44.64 ID:Am6Jg4C2.net
その日の夜、ルビィと私は、堕天使ヨハネの預言・公開放送パート36を観るために、夕食のあとに正座で待機しました。

――――

善子 「こんばんは、リトルデーモンのみなさん!
    部屋のドアはちゃんと閉めたかな?
    今日もこれから、ヨハネと一緒に、こっそり悪いことしようね!」

――――

【コメント】

・ヨハネちゃん、待ってたよ!

・ヨハネちゃん、今日も可愛いずら!

・今日も小悪魔的なファッションが素敵だね

・私も一緒に堕天するよ by リトルデーモン4号

・私も一緒に堕天しますわ by リトルデーモン4号の姉

・ドア閉めたよー

・ドアは閉めっぱなしだよー

――――

54: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:52:41.57 ID:Am6Jg4C2.net
悪魔の秘術を交えた学校偶像(スクールアイドル)部の堕天使ヨハネちゃんの生放送は軽快に続きます。
ひとりぼっちで、でもまったく悲しいそぶりを見せずに。
そして動画の終わりに、ヨハネちゃんはカメラを見つめて、こう言いました。

――――

善子 「今日はみんなに、ひとつだけ質問をしてもいいかな?」

――――

【コメント】

・もちろんです

・リトルデーモンですから

・期待

・ヨハネちゃんの質問に答えられるなんて嬉しいよ!

・この動画でずいぶん黒魔術の勉強はしたけど……答えられるかな?

55: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:53:41.69 ID:Am6Jg4C2.net
――――

善子 「もし仮に、万が一……この堕天使のヨハネに人間の友達ができたら、どう思うかな?」

――――

・自分のことみたいに嬉しいよ

・ドアは開けられないけど、ドアの向こうから応援してるよ

・よかったって思うよ ホントだよ

・いっぱい友達と遊んでほしいな、日の光の下で

・ヨハネちゃんが私の代わりに青春を送ってくれるなら、私はヨハネちゃんのぶんまで喜んであげるね

56: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:54:41.07 ID:Am6Jg4C2.net
――――

善子 「うわあああん、ありがとう、ありがとううう」

――――

・わっ、ヨハネちゃん泣かないで

・でもよかった、ヨハネちゃんに友達ができそうで

・ヨハネちゃん、学校で待ってるからね

・ヨハネちゃん、ドアの向こうで待ってるからね

・ヨハネちゃん、ドアは開けられないけど、これからもよろしくね

――――

57: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:55:47.09 ID:Am6Jg4C2.net
それからあとのことは、私が語るまでもなく、みなさんがご存知のことと思います。
善子さんは……いや、堕天使ヨハネちゃんは、浦の星女学院で自分の居場所を見つけることができました。
学校偶像部がスクールアイドル部と合併し、彼女がさらに輝くことになるのは、もう少しあとの話です。

58: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:56:17.78 ID:Am6Jg4C2.net
あ、今日も『相談してね☆BOX』に怪しげな黒い紙が入っていました。

59: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:56:54.52 ID:Am6Jg4C2.net
――――

依頼者:堕天使ヨハネ

いま、わたし、どこにいますか?

――――



――――

回答者:黒澤ダイヤ

どこにでもいて、ここにもいますよ。

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60: (家)@\(^o^)/ 2016/08/03(水) 02:57:31.41 ID:Am6Jg4C2.net
おわり

引用元: http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1470157390/

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