0
1: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:05:33 ID:???00
マルガレーテちゃんお誕生日SS
きなマル
地の文あり
本編+おまけ話2つ
きなマル
地の文あり
本編+おまけ話2つ
0
2: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:06:00 ID:???00
「マルガレーテちゃん、本当にこんなのがプレゼントで良かったんすか?」
私の後ろで髪を束ねながら、きな子先輩がそう聞いてくる。
「いいのよ。私がそう言ってるんだから」
「でも、言ってくれればチョコパンでも何でも作ったっすよ?きな子、パン作りには自信あるし…」
「そんなの完成する頃には日が替わっちゃうじゃない。私の誕生日なんだから、私のリクエストを優先しなさいよ」
「は、はいっす…」
わかりやすく落ち込んだ声が聞こえる。
顔は見えないが、おそらくちょっと涙目になっているのだろう。一年足らずの付き合いでもなんとなくわかるぐらい、この人はよく泣く。
「そもそも、きな子先輩がプレゼントの用意忘れたから今こうしてるんでしょ」
「うぅ、おっしゃる通りっす…」
私の後ろで髪を束ねながら、きな子先輩がそう聞いてくる。
「いいのよ。私がそう言ってるんだから」
「でも、言ってくれればチョコパンでも何でも作ったっすよ?きな子、パン作りには自信あるし…」
「そんなの完成する頃には日が替わっちゃうじゃない。私の誕生日なんだから、私のリクエストを優先しなさいよ」
「は、はいっす…」
わかりやすく落ち込んだ声が聞こえる。
顔は見えないが、おそらくちょっと涙目になっているのだろう。一年足らずの付き合いでもなんとなくわかるぐらい、この人はよく泣く。
「そもそも、きな子先輩がプレゼントの用意忘れたから今こうしてるんでしょ」
「うぅ、おっしゃる通りっす…」
0
3: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:07:01 ID:???00
始まりは今日のお昼休みのことだった。
きな子先輩が急に一年生の教室に乗り込んで謝ってきたのだ。
曰く、生徒会長の引き継ぎ作業にかまけて、誕生日プレゼントの用意を忘れてしまったと。
大げさに謝ってくるきな子先輩には悪いが、はっきり言って私は全く気にしていない。
同居している澁谷家の人間ならともかく、ただ同じ部活の先輩でしかない人から個人的にプレゼントを貰えるなど最初から期待していなかった。
まあ、同じユニットの可可先輩や恋先輩からなら多少は期待するだろうが、あいにく私ときな子先輩は別のユニットである。それに部活内で特別深い仲と言えるわけでもない。
というわけで、私も気にしていないときな子先輩を宥めたのだが、それでもきな子先輩の気は収まらず。
涙を流して私に抱きつき、挙句に『よよよ』などと聞いたことのない音を立てて泣き出したので、いよいよ私の方が困ってしまった。
横に立っている冬毬に目で助けを求めると、プレゼントの代わりとして私のいうことを聞かせるのはどうかとアイディアを貰えた。
そんなわけで、私ときな子先輩で髪型交換をしたいと提案してどうにかその場を収め、そして今に至るのである。
きな子先輩が急に一年生の教室に乗り込んで謝ってきたのだ。
曰く、生徒会長の引き継ぎ作業にかまけて、誕生日プレゼントの用意を忘れてしまったと。
大げさに謝ってくるきな子先輩には悪いが、はっきり言って私は全く気にしていない。
同居している澁谷家の人間ならともかく、ただ同じ部活の先輩でしかない人から個人的にプレゼントを貰えるなど最初から期待していなかった。
まあ、同じユニットの可可先輩や恋先輩からなら多少は期待するだろうが、あいにく私ときな子先輩は別のユニットである。それに部活内で特別深い仲と言えるわけでもない。
というわけで、私も気にしていないときな子先輩を宥めたのだが、それでもきな子先輩の気は収まらず。
涙を流して私に抱きつき、挙句に『よよよ』などと聞いたことのない音を立てて泣き出したので、いよいよ私の方が困ってしまった。
横に立っている冬毬に目で助けを求めると、プレゼントの代わりとして私のいうことを聞かせるのはどうかとアイディアを貰えた。
そんなわけで、私ときな子先輩で髪型交換をしたいと提案してどうにかその場を収め、そして今に至るのである。
0
5: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:08:23 ID:???00
「じゃあ、次はお下げ結んじゃうっすよ」
「ええ、お願い」
三つ編み部分が終わったらしい。
きな子先輩が私の後ろ髪を二房に分けてリボンを結ぶ。
こうやって自分がやってみると、きな子先輩の髪型は随分と手が込んでいるのがわかる。
ライブでもないのにこんな髪型を普段からしているなんて、きな子先輩は案外身なりに気を遣うタイプなのだろうか。
あるいは、オシャレな服を自由に選ばせた時のセンスが割と良いので、意識せずとも魅せる格好ができる人だったりするのだろうか。
「できたっす!」
きな子先輩が得意げに声をかけてきた。
物思いに耽っている間に結び終わったらしい。
「ありがとう」
軽くお礼を言い、手鏡で自分の髪型を見る。
普段は後ろに伸ばした自慢の紫髪が、ボリューミーな二房にまとめられている。
どことなく幼さを感じさせるのは、普段のきな子先輩の印象ゆえだろうか。
…なんというか。
自分から提案したことなのに、こうしてきな子先輩の髪型をした自分を見ていると妙にむず痒い気持ちになる。
慣れない髪型をしているからとか、そんな今更な理由ではない。ただ……。
「ええ、お願い」
三つ編み部分が終わったらしい。
きな子先輩が私の後ろ髪を二房に分けてリボンを結ぶ。
こうやって自分がやってみると、きな子先輩の髪型は随分と手が込んでいるのがわかる。
ライブでもないのにこんな髪型を普段からしているなんて、きな子先輩は案外身なりに気を遣うタイプなのだろうか。
あるいは、オシャレな服を自由に選ばせた時のセンスが割と良いので、意識せずとも魅せる格好ができる人だったりするのだろうか。
「できたっす!」
きな子先輩が得意げに声をかけてきた。
物思いに耽っている間に結び終わったらしい。
「ありがとう」
軽くお礼を言い、手鏡で自分の髪型を見る。
普段は後ろに伸ばした自慢の紫髪が、ボリューミーな二房にまとめられている。
どことなく幼さを感じさせるのは、普段のきな子先輩の印象ゆえだろうか。
…なんというか。
自分から提案したことなのに、こうしてきな子先輩の髪型をした自分を見ていると妙にむず痒い気持ちになる。
慣れない髪型をしているからとか、そんな今更な理由ではない。ただ……。
0
6: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:09:20 ID:???00
しばらく鏡に映った自分に見惚れていると、きな子先輩が不安げに声をかけてきた。
「ど、どうっすか?変になっちゃったりしてないっすよね?」
どうやら私が不満にしていると思ったらしい。
この人は普段は能天気でぽわぽわしているように見えるが、実はネガティブで自己評価が低い。
聞いたところによると、小さい頃からドジで他人に迷惑をかけてばかりだから、すぐに自分が失敗したのだと思いがちなのだとか。
もっとも、今回に関しては普段の私が怒りっぽいから余計に不安がらせたというのもあるだろうが。
「いいえ、ちょっと今までしたことない髪型だったから、じっくり見ていたかっただけ」
きな子先輩をフォローするように、笑顔を作りながら振り返って返事をする。
だが、そうして私の目に入ってきたのは、息がかかる距離に迫っていたきな子先輩の顔。
あまりに気が緩んでいたのか、私は固まってきな子先輩の顔を至近距離で凝視する形になってしまった。
「ど、どうっすか?変になっちゃったりしてないっすよね?」
どうやら私が不満にしていると思ったらしい。
この人は普段は能天気でぽわぽわしているように見えるが、実はネガティブで自己評価が低い。
聞いたところによると、小さい頃からドジで他人に迷惑をかけてばかりだから、すぐに自分が失敗したのだと思いがちなのだとか。
もっとも、今回に関しては普段の私が怒りっぽいから余計に不安がらせたというのもあるだろうが。
「いいえ、ちょっと今までしたことない髪型だったから、じっくり見ていたかっただけ」
きな子先輩をフォローするように、笑顔を作りながら振り返って返事をする。
だが、そうして私の目に入ってきたのは、息がかかる距離に迫っていたきな子先輩の顔。
あまりに気が緩んでいたのか、私は固まってきな子先輩の顔を至近距離で凝視する形になってしまった。
0
7: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:10:27 ID:???00
今のきな子先輩は普段と違い、栗色の髪を下ろしている。
後方からこちらへ体を傾けた拍子に長い茶髪がきな子先輩の肩にかかり、フェティシズムを煽るような独特の色気を出している。
いつもとは違うきな子先輩の姿に思わず目を惹かれる。それにつられ、髪型以外の普段通りの部分も目に入る。
素朴で目立たないが確実に美少女の部類に入る顔立ち。
白肌に映える緑色の瞳。
可可先輩が『ホッカイドーのニオイ』と言っていた、シャンプーと草花の混じったような独特の香り。
普段何気なく見ている要素の一つ一つが、なぜかこの瞬間だけ蠱惑的で抗い難いフェロモンを出しているようにさえ感じた。
「マルガレーテちゃん、どうしたんすか?」
長い間見惚れてしまったのか、きな子先輩が声をかけてきた。
我に返った私は、きな子先輩との距離を思い出して少し顔を後ろに下げる。
「な、何でもないわ。それより、きな子先輩の髪も編んじゃうわよ」
なるべく平静を装い、きな子先輩を椅子に座らせる。
こういう時に誤魔化す口実ができたのだし、やはり自分が先に編んでもらうというのは正解だった。
後方からこちらへ体を傾けた拍子に長い茶髪がきな子先輩の肩にかかり、フェティシズムを煽るような独特の色気を出している。
いつもとは違うきな子先輩の姿に思わず目を惹かれる。それにつられ、髪型以外の普段通りの部分も目に入る。
素朴で目立たないが確実に美少女の部類に入る顔立ち。
白肌に映える緑色の瞳。
可可先輩が『ホッカイドーのニオイ』と言っていた、シャンプーと草花の混じったような独特の香り。
普段何気なく見ている要素の一つ一つが、なぜかこの瞬間だけ蠱惑的で抗い難いフェロモンを出しているようにさえ感じた。
「マルガレーテちゃん、どうしたんすか?」
長い間見惚れてしまったのか、きな子先輩が声をかけてきた。
我に返った私は、きな子先輩との距離を思い出して少し顔を後ろに下げる。
「な、何でもないわ。それより、きな子先輩の髪も編んじゃうわよ」
なるべく平静を装い、きな子先輩を椅子に座らせる。
こういう時に誤魔化す口実ができたのだし、やはり自分が先に編んでもらうというのは正解だった。
0
8: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:11:21 ID:???00
それから10分ほど経ったか、ようやくきな子先輩の横髪を編み終えた。
「はい、できたわよ」
「わあ…。本当にマルガレーテちゃんそっくりの髪型っす~!」
他人の髪を編むというのが初めてで思った以上に時間がかかってしまったが、我ながら満足いく仕上がりになった。
横髪を編むのみでシンプルだが、三つ編みがあるだけできな子先輩っぽさが少し戻ったように見える。
「すっごく可愛い髪型っす!マルガレーテちゃん、ありがとうっす!」
子供のようにパッと笑顔を輝かせるきな子先輩。
これではどちらが上級生かわからないなと呆れる反面、この笑顔が誕生日プレゼントでもいいとも思えた。
などと考えていると、きな子先輩の笑顔が少し曇ったように見えた。
「はい、できたわよ」
「わあ…。本当にマルガレーテちゃんそっくりの髪型っす~!」
他人の髪を編むというのが初めてで思った以上に時間がかかってしまったが、我ながら満足いく仕上がりになった。
横髪を編むのみでシンプルだが、三つ編みがあるだけできな子先輩っぽさが少し戻ったように見える。
「すっごく可愛い髪型っす!マルガレーテちゃん、ありがとうっす!」
子供のようにパッと笑顔を輝かせるきな子先輩。
これではどちらが上級生かわからないなと呆れる反面、この笑顔が誕生日プレゼントでもいいとも思えた。
などと考えていると、きな子先輩の笑顔が少し曇ったように見えた。
0
10: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:13:23 ID:???00
「マルガレーテちゃん、欲しいものって何かないっすか?」
唐突にそんなことを聞かれた。
「ほら、高くて美味しいチョコレートとか、有名な音楽家さんのレコードとか」
チョコレート。レコードはどうせ再生機器がないから論外として、チョコレート。
まあ、欲しいか欲しくないかと言われたら、確かに欲しい。
が、何故そんなことを聞いてきたのか。
「えっと。きな子、今年はプレゼント用意できなかったから、来年はマルガレーテちゃんの欲しいものをあげたいなって」
ああ、なるほど。
そういえば、この髪型交換も元はと言えばきな子先輩が私の誕生日プレゼントを用意できなかった(と泣いてるのを見てられなくて私が妥協案として出した)のがきっかけだったか。
しかし、欲しいものと言われても…。
「…なんか、急にそんなこと言われてもちょっと思いつかないわ」
「何でもいいっすよ!今マルガレーテちゃんが欲しいなっていうか、これが足りないなってものとか!きな子が用意できるものなら何でもプレゼントするっす!」
唐突にそんなことを聞かれた。
「ほら、高くて美味しいチョコレートとか、有名な音楽家さんのレコードとか」
チョコレート。レコードはどうせ再生機器がないから論外として、チョコレート。
まあ、欲しいか欲しくないかと言われたら、確かに欲しい。
が、何故そんなことを聞いてきたのか。
「えっと。きな子、今年はプレゼント用意できなかったから、来年はマルガレーテちゃんの欲しいものをあげたいなって」
ああ、なるほど。
そういえば、この髪型交換も元はと言えばきな子先輩が私の誕生日プレゼントを用意できなかった(と泣いてるのを見てられなくて私が妥協案として出した)のがきっかけだったか。
しかし、欲しいものと言われても…。
「…なんか、急にそんなこと言われてもちょっと思いつかないわ」
「何でもいいっすよ!今マルガレーテちゃんが欲しいなっていうか、これが足りないなってものとか!きな子が用意できるものなら何でもプレゼントするっす!」
0
11: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:14:15 ID:???00
足りないな、ってもの。
そんなの、正直言って山ほどある。
自分の至らなさを自覚できる謙虚さ。
他人に素直に助けを求められる勇気。
お礼の気持ちを率直に伝えられる純粋さ。
無闇に怒らず雰囲気を和らげられる穏やかさ。
周りに自然と人が集まるような暖かさ。
私が本当に欲しいのは、形のある物じゃない。
私の失敗を打ち消せるもの。
ウィーン・マルガレーテという存在に、私自身がつけてしまった傷を埋められるもの。
不完全で歪な私を、完全にしてくれるもの。
…そんなもの、いくら敬虔な教徒相手でも神様がお与えになったりするだろうか。
いいや、もはや神様にできる範疇すら超えているのかもしれない。
人間は不完全な存在だというのは古今東西どこででも囁かれる話だ。
だが、それでも自分に欠けた部分があれば、それを埋めたいと願ってしまうのが人間という生き物だろう。
あるいは…
そんなの、正直言って山ほどある。
自分の至らなさを自覚できる謙虚さ。
他人に素直に助けを求められる勇気。
お礼の気持ちを率直に伝えられる純粋さ。
無闇に怒らず雰囲気を和らげられる穏やかさ。
周りに自然と人が集まるような暖かさ。
私が本当に欲しいのは、形のある物じゃない。
私の失敗を打ち消せるもの。
ウィーン・マルガレーテという存在に、私自身がつけてしまった傷を埋められるもの。
不完全で歪な私を、完全にしてくれるもの。
…そんなもの、いくら敬虔な教徒相手でも神様がお与えになったりするだろうか。
いいや、もはや神様にできる範疇すら超えているのかもしれない。
人間は不完全な存在だというのは古今東西どこででも囁かれる話だ。
だが、それでも自分に欠けた部分があれば、それを埋めたいと願ってしまうのが人間という生き物だろう。
あるいは…
0
12: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:15:12 ID:???00
「…ねえ、誕生日プレゼントって、前借りみたいなことできるのかしら」
「前借り、っすか?」
「ええ。来年の分の誕生日プレゼント、今日渡すことってできないかと思って」
自分に欠けた部分があれば、それを埋めたいと願ってしまうのが人間という生き物。
「き、今日っすか!?生憎だけど、手持ちのお金もあんまりなくて…」
「別に、お金で買うような物が欲しいってわけじゃないのよ」
「お金で買う物じゃない…?」
あるいは、
「きな子先輩」
「はっ、はいっ!」
自分の欠けた部分を持った人間を求めてしまうのも。
「前借り、っすか?」
「ええ。来年の分の誕生日プレゼント、今日渡すことってできないかと思って」
自分に欠けた部分があれば、それを埋めたいと願ってしまうのが人間という生き物。
「き、今日っすか!?生憎だけど、手持ちのお金もあんまりなくて…」
「別に、お金で買うような物が欲しいってわけじゃないのよ」
「お金で買う物じゃない…?」
あるいは、
「きな子先輩」
「はっ、はいっ!」
自分の欠けた部分を持った人間を求めてしまうのも。
0
13: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:15:50 ID:???00
「あなたが欲しい」
0
14: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:16:50 ID:???00
━━━━
長い沈黙。
目の前の先輩は、突然のことに思考が止まったのか驚いた表情のまま固まっている。
1時間にも1日にも感じるような長い沈黙。
きっと早鐘を打っているだろう私の心臓も、おそらく練習に励んでいるだろう体育部の声も、何も耳に入らない。
ただ、目の前の先輩からの返事を待つことにだけ意識が集中している。
今の言葉も伝わらなかったわけではないだろう。
婉曲的な表現が多いとされる日本語の中でも、一際直球な表現をしたつもりだ。
きな子先輩は鈍いところがあるが、それでも通じるようにストレートに伝えようと努めた。
返事が早く欲しい。
肯定でも否定でも、言葉でなくても首を振る程度の動作でもいい。
それがこの時間を打ち破ってくれる。
今一度きな子先輩の顔を見るため、一つ瞬きをする。
ツゥ、と涙が一筋流れていた。
長い沈黙。
目の前の先輩は、突然のことに思考が止まったのか驚いた表情のまま固まっている。
1時間にも1日にも感じるような長い沈黙。
きっと早鐘を打っているだろう私の心臓も、おそらく練習に励んでいるだろう体育部の声も、何も耳に入らない。
ただ、目の前の先輩からの返事を待つことにだけ意識が集中している。
今の言葉も伝わらなかったわけではないだろう。
婉曲的な表現が多いとされる日本語の中でも、一際直球な表現をしたつもりだ。
きな子先輩は鈍いところがあるが、それでも通じるようにストレートに伝えようと努めた。
返事が早く欲しい。
肯定でも否定でも、言葉でなくても首を振る程度の動作でもいい。
それがこの時間を打ち破ってくれる。
今一度きな子先輩の顔を見るため、一つ瞬きをする。
ツゥ、と涙が一筋流れていた。
0
15: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:17:40 ID:???00
ああ。
泣くほどに嫌だったのか。
確証はないが、何故だかそう確信できた。できてしまった。
でも、考えてみればそうだ。
特段深い仲ではない。ユニットも別で、練習も特別一緒になることが多いわけでもない。
Liella!に入る前はあんなに見下して、入った後も実力不足だなんて酷いことを言って。
私がきな子先輩に好かれる要素なんてなかった。
こんなに優しく暖かい太陽のような人に、私のような徒花は不釣り合いだったんだ。
泣くほどに嫌だったのか。
確証はないが、何故だかそう確信できた。できてしまった。
でも、考えてみればそうだ。
特段深い仲ではない。ユニットも別で、練習も特別一緒になることが多いわけでもない。
Liella!に入る前はあんなに見下して、入った後も実力不足だなんて酷いことを言って。
私がきな子先輩に好かれる要素なんてなかった。
こんなに優しく暖かい太陽のような人に、私のような徒花は不釣り合いだったんだ。
0
16: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:18:23 ID:???00
「マルガレーテちゃん」
涙声で名前を呼ばれる。
その次の句は、きっとお断りの返事だろう。
泣くほどに自分と付き合うのが嫌なのだ、どんな酷い断りの文句を言われるのか。
きな子先輩に限ってそんな酷いことは言わないだろうとわかっていても、マイナスな想像が止まらない。
いいや、そもそも断られること自体が私にとって深い傷をつけるものでしかない。
断られたくない。
答えを聞きたくない。
でも、その願いに反して私の腕はピクリとも動かない。
逃げるにも足が動かない。
目を背けようにも首も眼球も何一つ動かせない。
こんな時に周りの雑音すら何一つ耳に入ってこない。
きな子先輩が小さく啜り泣く声も、鮮明な音となって私の鼓膜に響く。
嫌。嫌。嫌。
何も聞きたく━━
「きな子で、いいんっすか……?」
涙声で名前を呼ばれる。
その次の句は、きっとお断りの返事だろう。
泣くほどに自分と付き合うのが嫌なのだ、どんな酷い断りの文句を言われるのか。
きな子先輩に限ってそんな酷いことは言わないだろうとわかっていても、マイナスな想像が止まらない。
いいや、そもそも断られること自体が私にとって深い傷をつけるものでしかない。
断られたくない。
答えを聞きたくない。
でも、その願いに反して私の腕はピクリとも動かない。
逃げるにも足が動かない。
目を背けようにも首も眼球も何一つ動かせない。
こんな時に周りの雑音すら何一つ耳に入ってこない。
きな子先輩が小さく啜り泣く声も、鮮明な音となって私の鼓膜に響く。
嫌。嫌。嫌。
何も聞きたく━━
「きな子で、いいんっすか……?」
0
17: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:18:53 ID:???00
「え…………」
「きな子、マルガレーテちゃんのものになって、いいんすか……?」
「きな子、マルガレーテちゃんのものになって、いいんすか……?」
0
18: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:19:38 ID:???00
お断りの返事を覚悟していた私には意外すぎる言葉。
日本の面倒な言い回しにも慣れてきて、ある程度は直接的に言われなくても何となく発言の意図を察することはできる。
だか、もしも私の自惚れでなければ。私のものになっていいのか、という問いは。
もしもそうだとしたら、私の答えは決まっている。
「ええ。私のものになってちょうだい、きな子先輩」
返事を聞いたきな子先輩は一瞬また驚いた顔をしたかと思うと、今度は私に勢いよく抱きついてきた。
先程までの啜り泣きは消え、代わりに大声で泣くきな子先輩の声が私の耳元に響く。
誰が見てもわかる嬉し泣きを見て、私も貰い泣きをしてしまいそうだなどと思った時にようやく気づいた。
いつの間にか、私の頬が涙でびしょ濡れになっていた。
あの返事を待っていた時からか、それとももっと前からか、私はきな子先輩を笑えないぐらいに涙を流していたらしい。
こうして一世一代の告白は、二人して泣きながら抱きつくという格好のつかない形になってしまった。
日本の面倒な言い回しにも慣れてきて、ある程度は直接的に言われなくても何となく発言の意図を察することはできる。
だか、もしも私の自惚れでなければ。私のものになっていいのか、という問いは。
もしもそうだとしたら、私の答えは決まっている。
「ええ。私のものになってちょうだい、きな子先輩」
返事を聞いたきな子先輩は一瞬また驚いた顔をしたかと思うと、今度は私に勢いよく抱きついてきた。
先程までの啜り泣きは消え、代わりに大声で泣くきな子先輩の声が私の耳元に響く。
誰が見てもわかる嬉し泣きを見て、私も貰い泣きをしてしまいそうだなどと思った時にようやく気づいた。
いつの間にか、私の頬が涙でびしょ濡れになっていた。
あの返事を待っていた時からか、それとももっと前からか、私はきな子先輩を笑えないぐらいに涙を流していたらしい。
こうして一世一代の告白は、二人して泣きながら抱きつくという格好のつかない形になってしまった。
0
19: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:20:16 ID:???00
「ねえ、いつから私のこと好きだったの?」
「最初っからっす」
「最初って、私が入学した時からってこと?」
「ううん。マルガレーテちゃんが考えてるよりもっと最初の時っす」
「じゃあ、去年の東京大会?」
「去年の代々木フェスっすよ。マルガレーテちゃんが出た時、きな子もLiella!にいたっすから」
「そうだったのね……。え、そんな時から?」
「まだ好きって言えるほどじゃなかったと思うけど、その時からマルガレーテちゃんはきな子にとって特別な存在だったっす」
「最初っからっす」
「最初って、私が入学した時からってこと?」
「ううん。マルガレーテちゃんが考えてるよりもっと最初の時っす」
「じゃあ、去年の東京大会?」
「去年の代々木フェスっすよ。マルガレーテちゃんが出た時、きな子もLiella!にいたっすから」
「そうだったのね……。え、そんな時から?」
「まだ好きって言えるほどじゃなかったと思うけど、その時からマルガレーテちゃんはきな子にとって特別な存在だったっす」
0
20: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:21:00 ID:???00
「きな子より年下なのに、一人であんなにすごいパフォーマンスができて。北海道どころか外国から東京に来るなんて」
「きな子よりずっとずっとしっかりしてて、『敵わないな』って」
「でも、それ以上にきな子にとって憧れになったっす」
「それから、どこかでまた会えないかなって思ったら、東京大会でまた会えたっす」
「そこでもやっぱり一人であんなにすごい歌が歌えてて、びっくりしたっす。本気できな子達が負けちゃうんじゃないかって思ったっす」
「でも…結局それっきり。大会に負けて悔しそうにするマルガレーテちゃんに、何の声もかけられなかったっす」
「『一人でここまで来られたマルガレーテちゃんは、それだけですごくすごい』って。『頑張って結果がついてこなかったのが悔しいって気持ち、きな子にもわかる』って」
「でも、きな子の言葉で怒らせちゃうのが怖くて、声をかけられなかったっす」
「きな子よりずっとずっとしっかりしてて、『敵わないな』って」
「でも、それ以上にきな子にとって憧れになったっす」
「それから、どこかでまた会えないかなって思ったら、東京大会でまた会えたっす」
「そこでもやっぱり一人であんなにすごい歌が歌えてて、びっくりしたっす。本気できな子達が負けちゃうんじゃないかって思ったっす」
「でも…結局それっきり。大会に負けて悔しそうにするマルガレーテちゃんに、何の声もかけられなかったっす」
「『一人でここまで来られたマルガレーテちゃんは、それだけですごくすごい』って。『頑張って結果がついてこなかったのが悔しいって気持ち、きな子にもわかる』って」
「でも、きな子の言葉で怒らせちゃうのが怖くて、声をかけられなかったっす」
0
21: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:21:43 ID:???00
「そうしたら次の年にはマルガレーテちゃんが結ヶ丘に入ってくれて」
「それだけじゃなく、同じLiella!で活動することになって」
「そこでパフォーマンスの指導をしてくれて、生徒会長になるための後押しまでしてくれて」
「実際にマルガレーテちゃんと話して、優しい子だってわかってから、きな子の中でマルガレーテちゃんへの気持ちが大きくなったっす」
「きな子にとってマルガレーテちゃんは、ずっと憧れの存在で、優しくて、大好きな女の子っす」
「きな子じゃ釣り合わないと思って半分くらい諦めてたけど……マルガレーテちゃんがきな子を欲しいって言ってくれて、すごく嬉しかったっすよ」
「それだけじゃなく、同じLiella!で活動することになって」
「そこでパフォーマンスの指導をしてくれて、生徒会長になるための後押しまでしてくれて」
「実際にマルガレーテちゃんと話して、優しい子だってわかってから、きな子の中でマルガレーテちゃんへの気持ちが大きくなったっす」
「きな子にとってマルガレーテちゃんは、ずっと憧れの存在で、優しくて、大好きな女の子っす」
「きな子じゃ釣り合わないと思って半分くらい諦めてたけど……マルガレーテちゃんがきな子を欲しいって言ってくれて、すごく嬉しかったっすよ」
0
22: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:22:34 ID:???00
聞いていて胸が熱くなった。
あんなに至らないところだらけの頃から、そこまで私のことを想ってくれていたと言うのが、たまらなく気恥ずかしく、たまらなく嬉しかった。
私なんて、まだ欠けたところばかりなのに。
私なんて、ようやく他人に優しくできるようになったばかりなのに。
今までの私を好きな人に肯定してもらえたように思えて、積み重ねた失敗も無駄でないように感じられた。
ただ、それでも。
「…私なんて、まだまだよ」
「え?」
「私は傲慢だし、他人に素直じゃないし、クラスで友達って言える人も多くない」
きな子先輩が私への憧れを吐露したように、私も吐き出す。
「でも、きな子先輩は謙虚だし素直で、人間どころか動物とだって仲良くなれる魅力がある」
「私からしたら、きな子先輩こそ私にないものをいっぱい持ってて羨ましいし、憧れちゃうわ」
「私こそ、きな子先輩のこと憧れだし、優しくて、大好きな人なんだから」
「私なんかじゃ釣り合わないと思って、告白しても断られるんじゃないかってすごく怖かったけど…」
あんなに至らないところだらけの頃から、そこまで私のことを想ってくれていたと言うのが、たまらなく気恥ずかしく、たまらなく嬉しかった。
私なんて、まだ欠けたところばかりなのに。
私なんて、ようやく他人に優しくできるようになったばかりなのに。
今までの私を好きな人に肯定してもらえたように思えて、積み重ねた失敗も無駄でないように感じられた。
ただ、それでも。
「…私なんて、まだまだよ」
「え?」
「私は傲慢だし、他人に素直じゃないし、クラスで友達って言える人も多くない」
きな子先輩が私への憧れを吐露したように、私も吐き出す。
「でも、きな子先輩は謙虚だし素直で、人間どころか動物とだって仲良くなれる魅力がある」
「私からしたら、きな子先輩こそ私にないものをいっぱい持ってて羨ましいし、憧れちゃうわ」
「私こそ、きな子先輩のこと憧れだし、優しくて、大好きな人なんだから」
「私なんかじゃ釣り合わないと思って、告白しても断られるんじゃないかってすごく怖かったけど…」
0
23: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:23:23 ID:???00
「……えへへ」
私の告白を聞いたきな子先輩が急に笑い出す。
「なんだかきな子達、おんなじようなこと思ってたんすね」
「…そうね」
お互いがお互いに憧れて、優しさに救われて、自分を低く見て相手に不釣り合いだなんて考えてた。
それがわかると途端におかしく感じ、きな子先輩につられて私も笑ってしまう。
さっきまであんなに泣いて涙の跡までくっきりと頬に作っていたのが我ながら嘘みたいだ。
「きな子先輩」
ひとしきり笑い合った後、目の前の愛しい人の名前を呼ぶ。
そうして今度は、私の方から抱きついてやった。
「大好きよ」
ちょっと驚いた様子のきな子先輩だったが、私の言葉を聞いて愛おしげに抱き返してきた。
「きな子も大好きっす」
私達以外の音が聞こえない空間で、静かにただ抱きしめ合った。
不釣り合いと思っていたもの同士が、今でも不釣り合いと思ってしまいそうなもの同士が、
それでも今はこの愛情だけは釣り合っているように思えた。
おしまい
私の告白を聞いたきな子先輩が急に笑い出す。
「なんだかきな子達、おんなじようなこと思ってたんすね」
「…そうね」
お互いがお互いに憧れて、優しさに救われて、自分を低く見て相手に不釣り合いだなんて考えてた。
それがわかると途端におかしく感じ、きな子先輩につられて私も笑ってしまう。
さっきまであんなに泣いて涙の跡までくっきりと頬に作っていたのが我ながら嘘みたいだ。
「きな子先輩」
ひとしきり笑い合った後、目の前の愛しい人の名前を呼ぶ。
そうして今度は、私の方から抱きついてやった。
「大好きよ」
ちょっと驚いた様子のきな子先輩だったが、私の言葉を聞いて愛おしげに抱き返してきた。
「きな子も大好きっす」
私達以外の音が聞こえない空間で、静かにただ抱きしめ合った。
不釣り合いと思っていたもの同士が、今でも不釣り合いと思ってしまいそうなもの同士が、
それでも今はこの愛情だけは釣り合っているように思えた。
おしまい
0
24: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:24:30 ID:???00
SS本編の方はおしまいです。
少し席を外すので、おまけ話の方は少々お待ちください。
少し席を外すので、おまけ話の方は少々お待ちください。
0
27: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:53:06 ID:???00
ただいま戻りました。
おまけの方投稿していきます。
おまけの方投稿していきます。
0
28: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:54:08 ID:???00
おまけ1
後日。
教室で冬毬に一部始終を伝えると、心底驚いたような表情をされた。
曰く、「マルガレーテはともかく、きな子先輩はもう少しフェーズを踏んで交際に至るものと思っていました」とか。
私はともかくとは何か。勢い任せに行動しがちとでも言いたいのか。そんな夏美先輩でもあるまいし。
「それで、お二人はどこまで行ったのですか?」
どこまで、か。
そんな初日でグイグイ行くわけでもないし、せいぜいハグし合ったくらいだ。
そう言うと今度は冬毬がなぜか安心したようなため息を吐いた。
「何よ、私が勢い任せで一線を越えるとでも思ったの?」
などと軽口を叩くと、冬毬はいきなり顔を真っ赤にして俯きだした。
…ははあ、なるほど。
「一線って、キスとかその程度のことを言ったつもりなんだけど」
ピタリ、と冬毬が固まる。
「何を想像したのよ」
軽くからかってやると、「知りません!」と大声を出して拗ねてしまった。
…きな子先輩に事情を説明して、お詫びのスイーツでも紹介してもらおうかしら。
おまけ1 おしまい
後日。
教室で冬毬に一部始終を伝えると、心底驚いたような表情をされた。
曰く、「マルガレーテはともかく、きな子先輩はもう少しフェーズを踏んで交際に至るものと思っていました」とか。
私はともかくとは何か。勢い任せに行動しがちとでも言いたいのか。そんな夏美先輩でもあるまいし。
「それで、お二人はどこまで行ったのですか?」
どこまで、か。
そんな初日でグイグイ行くわけでもないし、せいぜいハグし合ったくらいだ。
そう言うと今度は冬毬がなぜか安心したようなため息を吐いた。
「何よ、私が勢い任せで一線を越えるとでも思ったの?」
などと軽口を叩くと、冬毬はいきなり顔を真っ赤にして俯きだした。
…ははあ、なるほど。
「一線って、キスとかその程度のことを言ったつもりなんだけど」
ピタリ、と冬毬が固まる。
「何を想像したのよ」
軽くからかってやると、「知りません!」と大声を出して拗ねてしまった。
…きな子先輩に事情を説明して、お詫びのスイーツでも紹介してもらおうかしら。
おまけ1 おしまい
0
30: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:55:36 ID:???00
おまけ2
休日の竹下通り。
道いっぱいに広がる人混みの中、きな子先輩とはぐれないようしっかりと手を繋いで歩く。
外国人観光客も多い原宿では私たちは良くも悪くも目立たないらしく、人目をひいて群がられることもなければ、露骨に気を遣われて道を開けられるなんてこともない。
どうにかきな子先輩が気になっていたというカフェに着いて席に座り、ようやくデートらしい雰囲気になる。
お互いに普段より少し背伸びした服装。
ちょっと高めのヒールに、新品のロングスカート。きな子先輩のイメージカラーのメイズイ工 ーに近い黄色のセーターを羽織った。
きな子先輩の方は、『笑顔のPromise』の時のように髪を一つ結びにして、生地の厚い黒パーカーを着ている。
珍しく大人っぽい色合いの服だなと思って見ていたら、きな子先輩が自分の髪留めを指差して見せつけてきた。
紫色の花の髪留め。
「エレガントパープルって書いてあったっす」
得意げに笑うきな子先輩があまりにも愛おしすぎてどうにかなりそうだったが、人前なのでグッと堪える。
休日の竹下通り。
道いっぱいに広がる人混みの中、きな子先輩とはぐれないようしっかりと手を繋いで歩く。
外国人観光客も多い原宿では私たちは良くも悪くも目立たないらしく、人目をひいて群がられることもなければ、露骨に気を遣われて道を開けられるなんてこともない。
どうにかきな子先輩が気になっていたというカフェに着いて席に座り、ようやくデートらしい雰囲気になる。
お互いに普段より少し背伸びした服装。
ちょっと高めのヒールに、新品のロングスカート。きな子先輩のイメージカラーのメイズイ工 ーに近い黄色のセーターを羽織った。
きな子先輩の方は、『笑顔のPromise』の時のように髪を一つ結びにして、生地の厚い黒パーカーを着ている。
珍しく大人っぽい色合いの服だなと思って見ていたら、きな子先輩が自分の髪留めを指差して見せつけてきた。
紫色の花の髪留め。
「エレガントパープルって書いてあったっす」
得意げに笑うきな子先輩があまりにも愛おしすぎてどうにかなりそうだったが、人前なのでグッと堪える。
0
31: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:56:30 ID:???00
「そういえば、きな子先輩はどうだったの。私達が付き合ったって言った時のみんなの反応」
「あはは…。みんな、すごくびっくりしてたっす。特にメイちゃんが『お前らいつの間にそんな関係に!』って」
なんとなく想像がつく。
メイ先輩は2年生の中で一番まともだが、一番感情表現が大きく騒がしい性格だ。私の見立てでは、卒業式の時に一番泣くのがあの人だろう。
「ああ、あの人いいリアクションするわよね」
「逆に四季ちゃんはあんまり驚いてなかったっす。代わりに、夏美ちゃんと一緒になって告白の時のあれこれを聞いてきたっすけど」
それも想像できる。夏美先輩は言わずもがな、四季先輩も意外と悪ノリが激しい。
そんな聞いた話を参考に誰かへ告白するわけでもないだろうに。あ、でも四季先輩はメイ先輩に告白するかもしれないか。
「あと、千砂都先輩にも話したんすけど…なんか、お母さんみたいな反応されたっす」
嫌でも想像できてしまう。
なにせ私もきな子先輩と付き合ったことをかのん先輩に伝えたら、まるで娘の結婚式かのように嬉し泣きをされたのだから。
挙句、それをありあやお母様にも勝手に伝えたらしく、翌日の晩ご飯にはお赤飯(日本ではめでたいことがあると食べるらしい)が出てきた。
日本では後輩のことを我が娘かのように扱う風習でもあるのだろうか。日本を含めいろんな国を回ってきたが、こんな変な空気があるのは日本ぐらいだ。
「あはは…。みんな、すごくびっくりしてたっす。特にメイちゃんが『お前らいつの間にそんな関係に!』って」
なんとなく想像がつく。
メイ先輩は2年生の中で一番まともだが、一番感情表現が大きく騒がしい性格だ。私の見立てでは、卒業式の時に一番泣くのがあの人だろう。
「ああ、あの人いいリアクションするわよね」
「逆に四季ちゃんはあんまり驚いてなかったっす。代わりに、夏美ちゃんと一緒になって告白の時のあれこれを聞いてきたっすけど」
それも想像できる。夏美先輩は言わずもがな、四季先輩も意外と悪ノリが激しい。
そんな聞いた話を参考に誰かへ告白するわけでもないだろうに。あ、でも四季先輩はメイ先輩に告白するかもしれないか。
「あと、千砂都先輩にも話したんすけど…なんか、お母さんみたいな反応されたっす」
嫌でも想像できてしまう。
なにせ私もきな子先輩と付き合ったことをかのん先輩に伝えたら、まるで娘の結婚式かのように嬉し泣きをされたのだから。
挙句、それをありあやお母様にも勝手に伝えたらしく、翌日の晩ご飯にはお赤飯(日本ではめでたいことがあると食べるらしい)が出てきた。
日本では後輩のことを我が娘かのように扱う風習でもあるのだろうか。日本を含めいろんな国を回ってきたが、こんな変な空気があるのは日本ぐらいだ。
0
32: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:57:55 ID:???00
「私も、かのん先輩に伝えたら嬉し泣きされるわ、お赤飯出されるわで、なんか鬱陶しかったわれ
「あはは…かのん先輩って、ちょっと親バカっぽいところあるっすよね」
「親バカっていうか、先輩バカね。後輩でコレなら、子供でもできたらどうなっちゃうのかしら」
「な、何だかんだでいい先輩だし、いい親にもなるんじゃないっすかね…」
「…まあ、それは確かに」
少し愚痴っぽくなったが、あの人が心底愛情深いのは伝わるし、言うほど不愉快なわけでもない。
「お姉さんとかには話したんすか?」
「お姉様には一番に報告したわ。『マルガレーテちゃんは一足先に大人の階段を登ったのね~!』とか言って電話越しに泣かれたけど」
「ぷぷっ」
話を聞いたきな子先輩が吹き出す。
「何よ」
「いや、言い方がおかしくって…」
「本当にこんな言い方してたんだからしょうがないでしょ」
「そんなこと言われたって、マルガレーテちゃんのお姉ちゃんとお話ししたことないからわかんないっすよ…」
「あら、何ならあとでお姉様と話してみる?リモートになるけど」
「いいんっすか!ぜひご挨拶したいっす!なんならマルガレーテちゃんもきな子のお家へぜひ!」
軽く冗談で言ったつもりだったのに、きな子先輩が本気にしてしまったのでお互い家族にご挨拶する羽目になってしまった。
まだ付き合って数日なんだけど、日本だとこんなスピーディに家族へご挨拶とかするものなのかしら。
「あはは…かのん先輩って、ちょっと親バカっぽいところあるっすよね」
「親バカっていうか、先輩バカね。後輩でコレなら、子供でもできたらどうなっちゃうのかしら」
「な、何だかんだでいい先輩だし、いい親にもなるんじゃないっすかね…」
「…まあ、それは確かに」
少し愚痴っぽくなったが、あの人が心底愛情深いのは伝わるし、言うほど不愉快なわけでもない。
「お姉さんとかには話したんすか?」
「お姉様には一番に報告したわ。『マルガレーテちゃんは一足先に大人の階段を登ったのね~!』とか言って電話越しに泣かれたけど」
「ぷぷっ」
話を聞いたきな子先輩が吹き出す。
「何よ」
「いや、言い方がおかしくって…」
「本当にこんな言い方してたんだからしょうがないでしょ」
「そんなこと言われたって、マルガレーテちゃんのお姉ちゃんとお話ししたことないからわかんないっすよ…」
「あら、何ならあとでお姉様と話してみる?リモートになるけど」
「いいんっすか!ぜひご挨拶したいっす!なんならマルガレーテちゃんもきな子のお家へぜひ!」
軽く冗談で言ったつもりだったのに、きな子先輩が本気にしてしまったのでお互い家族にご挨拶する羽目になってしまった。
まだ付き合って数日なんだけど、日本だとこんなスピーディに家族へご挨拶とかするものなのかしら。
0
42: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/21(火) 09:32:52 ID:???00
>>32
誤字があったので修正します
× 「私も、かのん先輩に伝えたら嬉し泣きされるわ、お赤飯出されるわで、なんか鬱陶しかったわれ
⚪︎ 「私も、かのん先輩に伝えたら嬉し泣きされるわ、お赤飯出されるわで、なんか鬱陶しかったわ」
誤字があったので修正します
× 「私も、かのん先輩に伝えたら嬉し泣きされるわ、お赤飯出されるわで、なんか鬱陶しかったわれ
⚪︎ 「私も、かのん先輩に伝えたら嬉し泣きされるわ、お赤飯出されるわで、なんか鬱陶しかったわ」
0
33: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 17:59:15 ID:???00
「ああ、そうそう。冬毬へのお詫びのスイーツ、紹介してくれてありがとう」
「どういたしましてっす。ところで、喧嘩の原因は何だったんすか?」
「報告ついでに私がからかったら想像以上に怒らせちゃって。意外と恋愛関連のことにウブみたいなのよ」
「ほわあ、なんだか意外っす。冬毬ちゃんってクールな顔でアダルトな知識も平気で調べられそうなイメージだったっす」
この人、私以上に冬毬への偏見が失礼ではないだろうか。
まあ、私もそれに近しい印象は抱いていたが。
「なんか聞いたら、性知識自体は普通にあるんだけどね。付き合って結婚までするなら、冬毬なりに段階を踏んでほしいっていう思いが強いらしいのよ」
「だんかい?」
「告白、手をつなぐ、ハグ、キス、ご両親へご挨拶、って感じよ」
そして挨拶の後は結婚、それ以降の段階はまあ食事中ということもあり控えておくが。
ただ、今どきそんな段階を律儀に守るカップルなど絶滅危惧種に等しい。
冬毬としてはどうしてもそれが許せないらしく、もしかして私達も同じように段階を結婚以降のとこまですっ飛ばしていたのではないか、と本気で心配していたようだ。
それに対して私が茶化してしまったので怒ったというわけだ。
まあ、それ以上に性的な話題が大の苦手だったのが大きいと思うが。
「どういたしましてっす。ところで、喧嘩の原因は何だったんすか?」
「報告ついでに私がからかったら想像以上に怒らせちゃって。意外と恋愛関連のことにウブみたいなのよ」
「ほわあ、なんだか意外っす。冬毬ちゃんってクールな顔でアダルトな知識も平気で調べられそうなイメージだったっす」
この人、私以上に冬毬への偏見が失礼ではないだろうか。
まあ、私もそれに近しい印象は抱いていたが。
「なんか聞いたら、性知識自体は普通にあるんだけどね。付き合って結婚までするなら、冬毬なりに段階を踏んでほしいっていう思いが強いらしいのよ」
「だんかい?」
「告白、手をつなぐ、ハグ、キス、ご両親へご挨拶、って感じよ」
そして挨拶の後は結婚、それ以降の段階はまあ食事中ということもあり控えておくが。
ただ、今どきそんな段階を律儀に守るカップルなど絶滅危惧種に等しい。
冬毬としてはどうしてもそれが許せないらしく、もしかして私達も同じように段階を結婚以降のとこまですっ飛ばしていたのではないか、と本気で心配していたようだ。
それに対して私が茶化してしまったので怒ったというわけだ。
まあ、それ以上に性的な話題が大の苦手だったのが大きいと思うが。
0
34: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 18:00:24 ID:???00
「あ、マルガレーテちゃん。お口に卵ついてるっすよ」
雑談もそこそこに食事も進んだ頃、きな子先輩が指摘する。
頼んだサンドイッチに挟んだ卵サラダが口元についてしまったらしい。
無作法にならないよう常に気を付けているつもりだったが、今日はデートに浮かれて気が抜けたのだろうか。
「やだ、どこについてる?教えて」
「きな子が拭いちゃうから大丈夫っすよ」
手元の紙ナプキンで拭こうとすると、きな子先輩に制止された。
ここは好意に甘えておこう。
「お目々、閉じてくださいっす」
なんでそこまで、と一瞬思ったが、万が一ナプキンが目に入ったら嫌なので素直に従う。
「はい、閉じたわよ」
そう言って口元を拭かれるのを待つ。
が、どうもナプキンではなく素手を使ったらしい。
きな子先輩の柔肌が口の少し横あたりを触れたのがわかった。
雑談もそこそこに食事も進んだ頃、きな子先輩が指摘する。
頼んだサンドイッチに挟んだ卵サラダが口元についてしまったらしい。
無作法にならないよう常に気を付けているつもりだったが、今日はデートに浮かれて気が抜けたのだろうか。
「やだ、どこについてる?教えて」
「きな子が拭いちゃうから大丈夫っすよ」
手元の紙ナプキンで拭こうとすると、きな子先輩に制止された。
ここは好意に甘えておこう。
「お目々、閉じてくださいっす」
なんでそこまで、と一瞬思ったが、万が一ナプキンが目に入ったら嫌なので素直に従う。
「はい、閉じたわよ」
そう言って口元を拭かれるのを待つ。
が、どうもナプキンではなく素手を使ったらしい。
きな子先輩の柔肌が口の少し横あたりを触れたのがわかった。
0
35: ◆Jx41tOh9★ 2025/01/20(月) 18:01:34 ID:???00
瞬間、シン、という音すら聞こえそうなほどに一瞬で店内が静まり返った。
耳に入るのはスピーカーから流れる一昔前の洋楽のみ。
急激に無音になった状況を不審に思い目を開けると、周りの客も店員もこちらを驚いたように凝視していた。
何人かは顔を赤くしている。
いったい何があったのか、ときな子先輩の方を見ると、口元に手を抑えて笑う彼女の姿があった。
待って、さっき口元に触れた肌って。
目を閉じさせた理由って。
「えへへ」
…来年にはどこまで行ってしまうんだろうか、私達。
味もわからなくなったサンドイッチを頬張りながら将来を少し不安に思った。
おまけ2 おしまい
耳に入るのはスピーカーから流れる一昔前の洋楽のみ。
急激に無音になった状況を不審に思い目を開けると、周りの客も店員もこちらを驚いたように凝視していた。
何人かは顔を赤くしている。
いったい何があったのか、ときな子先輩の方を見ると、口元に手を抑えて笑う彼女の姿があった。
待って、さっき口元に触れた肌って。
目を閉じさせた理由って。
「えへへ」
…来年にはどこまで行ってしまうんだろうか、私達。
味もわからなくなったサンドイッチを頬張りながら将来を少し不安に思った。
おまけ2 おしまい
0
36: ◆nA93LEXc★ 2025/01/20(月) 18:19:24 ID:???00
攻めなきな子いいぞ~
0
37: ◆Kf4NymrQ★ 2025/01/20(月) 18:25:51 ID:???00
たまんねえっす!
0
39: ◆aY6wcEeG★ 2025/01/20(月) 19:29:51 ID:???00
素晴らしいっすねぇ~
引用元: https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/anime/11224/1737360333/