【SS】ことり「飛べない電車と、ドーナツの食べ方」

SS


1: 2015/12/06(日) 02:53:01.12 ID:9uEv9PTl0.net
昨日のドーナツ、食べきれなかった。


友達だなんて、呼べなくなった。

2: 2015/12/06(日) 02:53:56.68 ID:9uEv9PTl0.net
朝からずっと意味なく電車に乗ってるの。
山手線の一番はじっこの車両、もうみんな降りちゃってる。
反対の席の窓、新宿のタワレコの広告が映って流れてく。
行くあてもなくて、居場所もどこにもなくって、
どこかに飛んでいってしまいたくて。

学校、もう二時間目が終わる頃かな。
穂乃果ちゃん、英語の課題だいじょうぶだったかな。
一人だけ別の世界においてけぼりになったみたい。
もう、ことりったら、なにやってるんだろう。


昨日、海未ちゃんに告白しちゃった。
勝手にふくらませた想いを
勝手に海未ちゃんにおしつけて、
困る顔を見るのも堪えられなくて、ことりはまた逃げた。

ずっとこのままでいれるって思ってた。
せめて、友達のふりさえうまくできてたら、
海未ちゃんのいちばん近いとこに居れるって思ってた。
昨日までは、永遠だったのに。


昨日のこと、頭のなかでずっとぐるぐるしてる。
瞼の向こうにぼうっと浮かんで、
傷痕みたいに剥がれないの。

3: 2015/12/06(日) 02:54:34.54 ID:9uEv9PTl0.net
放課後夕焼け帰り道、吐きそうなほど晴れた空、
雲一つなく陽の光にさらされきった肌の熱、
夕陽が青く染まっちゃう、海未ちゃんとわかれる十分前
切れたストラップを拾い上げた海未ちゃんに
もう
正しすぎる顔なんて堪えられなくって

その瞬間
私はぜんぶうちあけたの。

上空を渡ってく鳥たちの声が、耳の奥でじりじり響いてた。
「帰るね」ってことりの声しかきこえてなかった。
海未ちゃんの顔、みれなかった。

4: 2015/12/06(日) 02:57:51.53 ID:9uEv9PTl0.net
時が遠くへいってしまう。
夜が来て、ベッドシーツに涙声を隠せるのも明け方までで
冷蔵庫に閉じこめた残りのドーナツだっていつか賞味期限が来て
もう二度と食べられなくなっちゃう。

ことりの世界が離れていっちゃう。
昨日とおんなじ顔なんて、もう、できないよ。

だからことりは自分を閉じこめた。
このつめたい箱のなかに。
ドーナツみたいに冷凍保存、
そしたらこの熱と目眩もさめちゃえばいいのになって。

そんなわけないのにね。あはは。

5: 2015/12/06(日) 03:09:24.83 ID:9uEv9PTl0.net
電車の冷房がきつすぎて、
さっきから自分の腕をぎゅーってしてる。

学校のカバンを抱き枕がわりにしがみつく。
日差しはどんどん強くなっていくのに
ことりの身体、
みるみる冷えてっちゃう。

朝はあんなに混んでた山手線(もう何周したんだろう?)
制服やスーツ姿の人たちはみんな降りちゃって
お客さんなんてもう四、五人くらい。

ああもう、何時間たったのかなあ?

向こうの窓を流れてく高架線、
ビルに遮られてちらちら瞬く陽の光、
いくら目を閉じても強く染み込んできて
ちくちく痛んで泣いちゃいそう。

でも、涙は出ないの。
涙は夜に使い果たして、痛くて寒いのしか残ってないから。

7: 2015/12/06(日) 03:10:05.62 ID:9uEv9PTl0.net
風邪を引いたからって、穂乃果ちゃんには言った。
さっきっていってもずいぶん昔なんだけど、
ほんと、朝はちゃんと学校に行けそうな気がしてたのに、
穂乃果ちゃんの顔を見たら
学校に着いたら海未ちゃんに会わなきゃって思ったら

もう他人なのに、
これから海未ちゃんの友達の振りしなくちゃって考えたら
ことり、もう、

だめだった。
どっか遠くに行かなきゃって思った。

本当に風邪ならよかった。
いっそ昨日が大雨ならよかった、
どしゃ降りの雨に打たれて身体を冷やしきって倒れてたら、

ストラップだってなくさなかったのに。
ドーナツなんて買わなかったのに。

9: 2015/12/06(日) 03:10:46.45 ID:9uEv9PTl0.net
手に持ってるカバンがかたい。
誰かの身体とはぜんぜんちがうの。

ぷしゅーって音がして、
また車両のドアが開いた。

運転席側に小学生くらいの子どもたちがいっぱい乗ってきて
みんながわちゃわちゃ騒ぎたくなるのを
引率の先生がどうにか抑えてる。

だれかがことりのこと見てる気がする。

制服のまま乗っちゃったから
ずる休みだってみんな分かってる。
カバンをぎゅってする。腕がいたいくらい。
ほんとに風邪ひいたみたいな息になる。

でもこれはウソなんだ。
ことり、風邪なんてひいてない。
腕が冷たいのも息が苦しいのも、ウソついてた罰なんだ。
昨日までずっと海未ちゃんの横で、
ただの友達の振りして黒い気持ち隠して生きてた罰なんだ。

10: 2015/12/06(日) 03:11:27.24 ID:9uEv9PTl0.net
電車がぐるぐる進み続ける。
あの子たちだって、いつかは降りていく。
みんな降りる場所があって、目的地があって、
誰かがそこで待ってるから。

がたんがたんって電車がゆれてる。
さっき見たようなトンネルをくぐって、一瞬向こうが暗くなる。
頭の上から響くような、世界がずっと揺れるような音。
いつかどこかで覚えたような、
ちっちゃい頃を思い出すみたいな。


ああそうだ、
海未ちゃん、覚えてる?

ことりがあの子たちと同じくらいだったころ、
こんな風に電車で出かけたの。
二人でおばあちゃん家に行くはずだったのに、
降りる駅を間違えちゃって、そっから迷子になっちゃって、
穂乃果ちゃんいなくて
海未ちゃんやことりのこと、誰も引っ張ってくれなくって。

しらない町で遭難して、もう帰れないって。
はじまりはうきうきしてたのに、結局どこにも行けなくって。
このまま二人きりで誰にも会えずに生きてくのかなって、
ばかだったから、そんなことまで思っちゃったの。
あはは。

ねえ、もしそうだったら、どうなってたかなあ?
今の私は悪い子だから、
世界で二人きりでも海未ちゃんとならって、
ああもう、
窓ガラスさん、私のそんな顔みせないで。

11: 2015/12/06(日) 03:12:08.12 ID:9uEv9PTl0.net
少しずつ身体に重力がかかって、電車がまた止まる。
向こうのあの子たちがぞろぞろ出て行く。
駅のアナウンス、
ホームに流れる放送のメロディ、
ことりのことちらちら見てる子どもたち、
耳をふさぎたいのに、腕がこれっぽっちも動かない。

そのとき、
胸の中がぶるぶるぶるって震えだした。
気持ち悪くなってカバンの中の携帯を開いちゃって
いつものくせで着信まで受け止めちゃって、



画面に、あの人の名前があった。

『――ことり?、あなたいまどこに、――』

13: 2015/12/06(日) 03:13:15.78 ID:9uEv9PTl0.net
ドアの閉まる音がして、また電車が次の駅に向かっていく。
私の親指が勝手に電話を切った。
いつもの声と、息づかいが受話器ごしに伝わって、
腕の芯から震えだした。

だめ、あの声をもう一度聞いたら、おかしくなる。
こわれちゃう、こわれちゃうから





電源をなんとかして切ったら腕の震えがとまった。
気づいたらまた世界の方が揺さぶられてた。
心の中でさけんでる。耳鳴りみたいにずっとひびいてる。
あの人の名前にすがってる。

でもね、助けはぜったい来ないの。
今すぐ降りてそこへ行けばいいのに。わかってるのに。
私の臆病な身体が、あの人へ続く道をぜんぶ塞いじゃうから。
「友達」に戻れるまでは学校にもどれないって、わかってたから。

14: 2015/12/06(日) 03:13:56.55 ID:9uEv9PTl0.net
反対の席、腕の向こうで黒いスーツ姿の男の人が座ってた。
視界の隅っこの革靴が光ってみえて、
ことりに何か言ってる気がする。

こんな晴れた日に何をしてるんだ。
学校はどうしたんだ。
お父さんの声? ちがう、もっと黒っぽいの。
広げたパソコン、キーボードをたたく音。
ひそひそ声みたいにちゃかちゃか鳴ってる。

普通にしてなきゃって思う。
普通になれたらことりは外に出られるんだから。
穂乃果ちゃんに、みんなに、あの人には心配かけちゃいけない。
昨日までの南ことりに戻るの。ぜったいに。

冷え切った腕がかたくなって、自分のものじゃないみたい。
鳴りっこない携帯を指が痛くなるほど握ってる。
暗い夜道で握りしめた懐中電灯みたいに、かすかな光。
後ろから差す日光にかき消されて存在も忘れちゃった光。

ほんとに真っ暗ならよかった。
こんな風に晴れてなければ
まわりの暗闇に自分の黒いのを溶かし込んで
泣くことも、ごまかすこともできたのに。
ああ、また逃げてばっかりだよ。

15: 2015/12/06(日) 03:14:37.40 ID:9uEv9PTl0.net
急に黒い革靴が動いて、のどの奥までびくってなる。
ことりに近づく。足音。ざわめき。息がとまる。
指がいたい。ビジネスバッグが耳のすぐ近くを抜ける。
私のカバン、金具が肌に食い込む。近づく、近づく! 息が、

その人が出て行った。
私の後ろ側、開いてたドアから、そそくさと。
カバンが腕から離れない。離してくれない。
ことりのことなんて誰も気にしてない、わかってる。

ああ、こんな姿、私の大好きなあの人なら
失望しちゃうんだろうなって
ああぁ

16: 2015/12/06(日) 03:15:18.24 ID:9uEv9PTl0.net
それから顔をうつむかせて、くずれ落ちそうな足下に耐えてる。
何周したかも分からないほど時間の感覚をぼやかして、
そのまま通り過ぎるのを待ってる。
ことりのことなんて置いてけぼりにして、おねがい、遠くへ。

なのに向こうの窓の太陽が
今度こそ真っ直ぐ強い光をちらちら放つから
まぶた一枚分の暗闇もくれなくって、ここから動けなくって。

できるだけ、意識を遠くにとばそうって考えた。
遠くへ、ずっと遠くへ。
頭に浮かぶのは飛行機が滑空する姿。
そう、ここは国際線旅客機の客席。私はまぼろしの乗客。
あの日に乗れなかったチケットの行く先へ
ことりは今、飛び立とうとしてるの。

そういうことにしたかった。
できれば、この車両ごと本当に空へ飛んでいってほしかった。
ああでも銀河鉄道って夜行便しか出ないのかなあ?
こんな日差しの強い昼は
昨日みたあの鳥だって、あつくて渡れないのかな。

18: 2015/12/06(日) 03:15:59.01 ID:9uEv9PTl0.net
飛行機と違って、昨日の鳥たちは旋回してなかなか消えなかった。
ぐるぐる、ぐるぐる、赤い空を回って。
焼け跡みたいにあざやかな空、
海未ちゃんのカバンには放課後もらった誰かのお手紙、
一緒に食べよって持ってきたことりのドーナツなんて頭になくって、
はずかしそうで、びくびくしてて、
でもほんとは誰かに想われるのがうれしくって、
ことりの知らない顔をしていて。

だまってるべきだって分かってた。
だってあの人、私の知ってる海未ちゃんは
ことりのこと、あんな風に大事にしてくれるから
ほんとの気持ちなんて伝えたら
今もふらついて倒れちゃいそうだなんて知ったら
同情で、違う気持ちを隠してでも、付き合ってしまいそうだから

ウソがへたっぴな海未ちゃんの心は
昨日切れちゃった、お揃いのストラップのひもみたいに
ぶつんと切れてしまうから。

19: 2015/12/06(日) 03:17:06.61 ID:9uEv9PTl0.net
なんで開けて見ちゃおうなんて言ったんだろう。
海未ちゃん、にやけ顔をよじって隠しながら手紙を開けてた。
あの指が封筒のシールを開けて
あの目がかわいい丸文字を追いかけて
あの唇は、誰かのまっすぐな気持ちに思わずゆるんでしまって
ほっぺたまで赤くして、どうしましょうことり、って

ことりにきかないで、っていった。
記憶の中で、赤すぎる空がケロイドみたいに焼け付いた。


海未ちゃん、誰かとキスしたいって思ったことある?
海未ちゃん、枕をだきしめながら誰かのにおいを思い出したりする?
海未ちゃん、好きな男の子の話を聞いて耳をふさぎたくなることある?
海未ちゃん、一番近いとこにいる人が、誰よりも遠く感じたことはない?
ねえ、海未ちゃん、
こんな気持ち、わかりっこないでしょう?



だめだよ
顔をカバンに押し当ててたらひどい顔はごまかせる
でも、だめ
もうあの場所に戻れない
自分のことそんな風に見てたなんて知った海未ちゃんは
無理して友達でいようとするけど
でももう、昨日までの友達にはなれない

20: 2015/12/06(日) 03:17:47.46 ID:9uEv9PTl0.net
このまま消えちゃいたい
かわいくない、黒くなった私なんて見せたくない
ぐるぐるしてる、ぐるぐる、ぐるぐる
もう、やだ
たすけてよ





まぶしくて薄目あけてた
ぷしゅーって音して向こうがわのドアがあいた
ローファー 白いソックス スカート 音ノ木の制服
白い腕と指先 手のなかで携帯 ストラップ 伸びた髪の毛先

うそ
ちがう、まぼろしにきまってる!
そんなはずない だって



  「――ことりっ!」

22: 2015/12/06(日) 03:20:25.73 ID:9uEv9PTl0.net
その人がことりの手首をつかむ
ひっぱる 息ができない 心臓が浮きあがったみたい
カバンもってる 足下が浮かんで
あんなにかたかった身体がかるくて 空を飛んでるみたい
すごいスピードで景色がながれてく
ホーム 人混み 自動販売機 くだる階段
まぼろしなんかじゃない ほんとにここにいる
ああもう なんでなの
もう少しで忘れちゃえたかもなのに
どうしてあなたはそういうことするかなあ!

どうしてあなたはいつでも ことりの一番なの


「大丈夫ですか?
 とにかく外に、出ましょう、落ち着いて、話しましょう」


息切れしてて、全然落ち着いてない声
にぎる力がひどすぎて、ことりの手首も折れちゃいそう
泣いちゃいそうだよ
笑っちゃいそうだよ
急に空を飛んだせいで、ことり、もうワケわかんなくなってるよ



「とにかく静かなところに、適当な店でもみつけっひゃっ!?」

がしゃん! ぴんぽーん。

急に止まった。
ことりの身体もぶつかって、景色が止まった。

改札口、もう一度タッチする。やっぱり赤い。ぴんぽーん。

23: 2015/12/06(日) 03:20:53.54 ID:9uEv9PTl0.net
「すみません。ことり」

やっとことりの方を振り向いた海未ちゃんは
ひどく申し訳なさそうに眉をさげていて


「財布、学校なんです。……千円だけ借りていいですか?
 あとで絶対返しますから」



そこで心のメーター振り切っちゃった私は
その場にしゃがみこんで
しばらく笑いが止めらんなかった。

海未ちゃん、ごめんなさい。

24: 2015/12/06(日) 03:21:21.36 ID:9uEv9PTl0.net
  ◆  ◆  ◆

駅前のマックがなくなっちゃってて、他のお店を探そうとしてた。

線路沿いの道から離れて坂道をのぼってく。ふたりで。
茶色いマンションやちっちゃな家の並ぶ道。
狭くて車の通りもあんまりない方へ、なんとなくのぼってく。

海未ちゃんはなんにも言わない。
ごめんね、って私の言葉、気泡みたいに浮かんで溶けて消えた。
ことりのこと、たぶん連れ戻しに来たはずなのに、
海未ちゃんはどんどん奥の深いところへいってしまう。

ここからだと海未ちゃんの横顔しかみえない。
でも海未ちゃんはひどく軽そうで
風にとばされちゃうほど弱々しくぼやけてみえた。
持ってくれてる私のカバンの重さで、ギリギリひっかかってる。

ことりにそんな顔してくれるのがうれしいなんて、
そんなこと、絶対いえないけど。

26: 2015/12/06(日) 03:22:16.18 ID:9uEv9PTl0.net
陽が陰ってぼんやり白けた色してる。
知らない道なのにやわらかなデジャヴに囲まれて
ちっちゃい頃かぶってたタオルケットみたいな、なつかしい感じ。

もうそんな時間だったんだ、
って思って携帯みたけどまだ三時半でくもってるだけみたい。

携帯を閉じた手首、あざになって赤くのこってる。
さっき海未ちゃんが握った手のかたち。
まだひりひり沁みてる気がして親指でなぞってみる。

「……ごめんなさい。ことりのこと、傷つけてしまって」

海未ちゃんがいう。
なんにもわかってないんだから。
その手首を、ことりのほっぺに当ててみる。
ひりひりしたあったかいのが肌ごしに流れて、たまらない感じ。
あの人が、ことりのためにくれた傷。


「ううん。
 海未ちゃんがくれるなら、
 ことりは、なんだってうれしいんです」

口をついて出ちゃったけど、よくなかったかな。

27: 2015/12/06(日) 03:22:44.12 ID:9uEv9PTl0.net
海未ちゃんはきょとんと目を開いて
「……あのストラップの話でしたら、新しいの買いましょうよ」
なんて言ってくれた。

ああそっか、あれ一緒に買った時
海未ちゃんが会計して穂乃果ちゃんとことりに手渡したんだっけ。
そんなことじゃないのになぁ。もう。

28: 2015/12/06(日) 03:23:12.05 ID:9uEv9PTl0.net
次のお店なんてどうでもよくなってた。
海未ちゃんが慣れた町を歩くように坂道を進んでいく。
このまま二人でどこまでも歩いていけたらなって考えてた。
ほんとは話さなくちゃいけないこと、他にあるのに、
歩いてる間はだまってても大丈夫な気がしてた。

あの空だって曇ったままでいてくれそうだった。

駆け落ちしてるみたい、
ってこっそり思ったりしちゃう。


「……ねえ、」

海未ちゃんが振り向く。

「ことりのこと、どうやって見つけたの?」

30: 2015/12/06(日) 03:24:06.55 ID:9uEv9PTl0.net
ほんの数センチ離れたところで
なにか言おうとして口にする言葉にはずかしくなって
勝手に口ごもっちゃう、かわいい人がいる。

わらいませんか、なんて聞いてくるの。
さっきいっぱい笑っちゃったもん、
って言ったら海未ちゃん苦いもの食べた変な顔をした。

「……聞こえてしまったんです。
 電車が出る時の、駅のメロディー。ありますよね?」

言いながら、向こうむいたまま。
私と海未ちゃんのあいだを風がするりと抜けて髪をゆらしてく。

「それで、……その、昨日のことが頭にあったので、
 ことりが家にいないと知って、血がのぼったというか、
 いや、違いますね、頭の奥が急に冷たくなった、
 ああそうです血の気が引いたといった感覚でした」

三時間目の休み時間、
そうやって海未ちゃんが学校を抜け出してきた。
穂乃果ちゃんに荷物や後のことを頼んだまま、
カバンも持たずに、こんなところにまで。

31: 2015/12/06(日) 03:24:34.38 ID:9uEv9PTl0.net
授業、さぼっちゃいました。
たははって笑ってみせる海未ちゃんの声が
手首の青あざなんかよりずっとことりの胸の奥をざくざく刻むの。

あの電話の後もことりはぐるぐる回り続けていて
同じ駅に行ったって会えるあてなんてひとつもなかったのに。
海未ちゃんは、私のせいで。


「……ばかっ、なんでそんなことしちゃうの」

「ひどい言い方しますね。
 でも、あの駅だから、絶対そこにいると思ったんです」

「さっきの駅に? いるかわかんないんだよ?
 それに、放送のメロディーだけじゃ、普通わかんないよ」

32: 2015/12/06(日) 03:25:02.36 ID:9uEv9PTl0.net
「だってその……ことり、覚えてますか?
 昔、祖母の家に行く途中に二人で迷子になったんです」

ちょうどこの辺りですね、って海未ちゃんが振り向いた。


坂道が とぎれた。
上り坂を抜けた突き当たり
道の反対側 ガードレールの向こう側
高台の下には昔から建ってた青や茶色の家の屋根
うすくなった雲から、また太陽がこぼれだして降りそそぐ

風が揺らした長い髪と海未ちゃんが
おつかいに来た女の子みたいに子どもっぽく
ちっちゃく見えたの

ああ ここだったんだ
海未ちゃん、覚えてたんだ

33: 2015/12/06(日) 03:25:57.15 ID:9uEv9PTl0.net
「帰りの切符代、ことりに出してもらったんですよね」

「……あは、かわらないね」

「そうですね。
 私は結局、今でもことりがいないとダメみたいです」


記憶と同じ場所に立って海未ちゃんがわらった

あの時の海未ちゃんは涙目で
もう二度と家に帰れないかもってびくびくしてて
ことりの手を痛いくらいつかんで離さなくって
せめて海未ちゃんだけでも帰してあげたかったから
いろんな人に道を聞いて
いろんな人に迷惑をかけちゃって


「……ことりも、変わんないよ」

変われたのは、海未ちゃんのほう
ことりはずうっと、この場所に縛られて、子どものまんま

35: 2015/12/06(日) 03:26:24.98 ID:9uEv9PTl0.net
今の海未ちゃんは道を知ってて、自分の足で歩いていけるひと
私も覚えてない私のことまで分かっててくれてて
子どもの私を傷つけないようにしてくれる
ことりばっかりが、こうやって海未ちゃんを道に迷わせてる

だから
そういうの、よくないなって気づいたの
海未ちゃんはちゃんと、帰してあげなくちゃいけないの


「海未ちゃん」

「なんですか、ことり」

大丈夫だよ。
海未ちゃんはことりのこと見ててくれる
だから

「ごめんね」


「……海未ちゃん。昨日のこと、わすれてください」





帰りぎわになって、
やっと海未ちゃんはうなづいてくれました。

雲はとっくに流れてしまってて
ことりたちは、影一つない大通りを抜けて
なにもいえないまま 同じ駅に着いたのでした。

36: 2015/12/06(日) 03:26:52.74 ID:9uEv9PTl0.net
  ◆  ◆  ◆

乗る前に、穂乃果ちゃんにかけなおした。
着信 いっぱい来てたから。

37: 2015/12/06(日) 03:27:47.30 ID:9uEv9PTl0.net
『もしもしことりちゃん? 具合だいじょうぶ!?
 さっきね、いきなり海未ちゃんがことりちゃんの家に、』

『え? 海未ちゃん、いるの?
 ってか、ことりちゃん今どこなの? 外?』

『……うん、うん』


『そっか。……うん、分かった』

『みんなには、穂乃果から伝えとくね。
 今だって絵里ちゃんたちが練習見てくれてるから』

『終わったら穂乃果待ってるから。
 海未ちゃんのカバン持って、校門のとこで』

38: 2015/12/06(日) 03:28:15.06 ID:9uEv9PTl0.net
『ねぇ、あのね』

『私はね、海未ちゃんが詞に書くような気持ち、
 本当はわかんないからさ』

『マンガとかで想像するしかないんだけど』

『こんなこと言うのは本当は私じゃないって分かってるけどさ』


『ことりちゃん、いかないでよ』

『ううん、海未ちゃんにもいってほしくない』
『一緒にいたい、ずっとみんなで楽しいことしてたいっ!』


『穂乃果のこと、おいてかないで』

40: 2015/12/06(日) 03:28:42.91 ID:9uEv9PTl0.net
『ことりちゃんが海未ちゃんのものになってもいい、
 海未ちゃんがことりちゃんのものだっていい、』

『だけど……どっか行っちゃうのは、ちがうよ』
『声が聞こえるとこで、えへへって笑っててくれたら、
 もう、それだけでいいんだから』


『海未ちゃんの分まで、言っちゃうからね』

『……私と海未ちゃんから、もう逃げないでよ』


『ねえ、穂乃果たちの声、聞こえてるよね?

 ことりちゃん?』

41: 2015/12/06(日) 03:29:40.36 ID:9uEv9PTl0.net
  ◆  ◆  ◆

乗り直した電車、もう大丈夫だった。
もうたぶん下校時刻で、
部活のない三年生は帰る時間で、
今だって隣で他校の子がつり革片手に単語帳ひらいてる。

私たちはまるで
授業を終えて帰る三年生みたいにしてた。
赤本も志望校も持ってないのに
決まったレールをちゃんと進んでるような顔してた。

海未ちゃんの顔は見えない。
ことりがそっち側の腕でつり革につかまってるから
それに、ちゃんとまっすぐ前を向いてるから
海未ちゃんの顔なんてわかんない。

窓から見える空の色が、ちょっとずつ変わってきてる。
高校に戻って穂乃果ちゃんに会うころにはきっと
夕方のあんな色になってるの。昨日みたいな。

ことりはずっと、さっきの電話のこと考えてた。
ちゃんと終わらせたはずなのに、
乾きたてでぴりぴりするかさぶたみたいに
さっきからチクチクしてた。

42: 2015/12/06(日) 03:30:08.31 ID:9uEv9PTl0.net
海未ちゃんは窓の向こうをずっと見てた。

カバンはさっき無理いって返してもらっちゃったし
パスモだってよけいにチャージしといたから
帰ろうと思えば、海未ちゃんはひとりで帰れるんだ。

行きたければ行ける
離れたければいつだって置いていける
そんな状況をわざと作って、お互いが動かないのをずっと見てる
私たち、そんなことばかり繰り返してきたんだ。

海未ちゃんはたぶん、びっくりしてただけ
やさしい人だから
ことりの想いをナシにしたら、友達でいられなくなるって思ってるの
ことりだってそうだったから

でもね、大丈夫だよ
明日からはちゃんと、友達に戻るから
穂乃果ちゃんと三人で、九人で、やっていけるから

43: 2015/12/06(日) 03:30:36.17 ID:9uEv9PTl0.net
窓の外はもうだいぶ暗くなっていて
屋根がみっちり詰まった狭い線路の景色も遠くなって
ビルの灯りがちかちか瞬きはじめてて
ことりたちの街に戻って来ちゃったんだ、って思ったの

貨物列車が反対方向に過ぎていく
気のはやいネオンライトが光り出して
電車が最後の陸橋に入っちゃう

もう駅に着いちゃうね
開くドア、こっちの方だよ

って、海未ちゃんは全然気づいてなくって
駅に向けて少しずつかかるブレーキの重さに引っ張られて
らしくないよろけ方して転びそうだったから
そのときだけ、ことりが海未ちゃんの手をつかんだの
そのときだけ


大丈夫。
友達だって、これくらいはするものだよね?

46: 2015/12/06(日) 03:31:31.15 ID:9uEv9PTl0.net
  ◆  ◆  ◆

近道しよ、って引っ張ったのはことりの方。

神社の参道みたいな長い階段を抜けて
鉄道の長い陸橋の下をくぐってくと、少し早く着けるんだって
そういうの全部、穂乃果ちゃんに教えてもらったの。

海未ちゃんは、いつの間にかことりの後ろを歩いてた。
駅になにか大事な忘れ物しちゃったみたいに
ちらちら振り返ったりしちゃって。
もう、あなたなんにも持ってきてなかったでしょう?


「ことり……いえ、行きましょう」

上り坂や階段は海未ちゃんが好きだった。
海未ちゃんが好きなもの、ことりも好きになった。
だって、目の前しかみないでいられるから
遠くの灯りや空なんて気にしないで、一段一段あがって行けるから。

はやく、三人にもどろうね。
そしたらきっと、穂乃果ちゃんが引き戻してくれるよ。
だからはやく、
夕焼け放送が鳴らないうちに、風邪ひいちゃわないうちに、ね?



「――待ってください」

47: 2015/12/06(日) 03:31:59.00 ID:9uEv9PTl0.net
後ろの海未ちゃんが、同じ手を引いた
さっきみたいな痛みがささった

「っ!」

びっくりして、ひきちぎるように振り払っちゃったの

「あ……ごめんっ、ごめんね、海未ちゃん、」


ちょうど、さっき乗ってきた列車の高架下
コンクリートの柱をつつむ水色の金網のところ
高架下の暗がりは、風の音が遠くて
お母さんのおなかのなか こんな感じだったのかな


あの人は、そのはじっこでひとり立ってて
腕をのばせば届くぐらいの距離なのに
頭の上でごうごうと音が鳴ってて

48: 2015/12/06(日) 03:32:26.76 ID:9uEv9PTl0.net
「……いたかった?」

「はい、……ことりのせいじゃないんです」

うそだ
じゃあなんで、そんな、今にも泣いちゃいそうな顔してるの
なんで、いま私が傷つけた手よりも
さっき私の手首を引いた方の手をさすってるの

「ことり、――――っ!」

あの子のちっちゃな声が、
天上をはしる電車の音にかき消されちゃう
もう一度って近づく、そばにいきたい、耳元でいってほしい、
昨日までの私ならそうやって近づけたのに!

「海未ちゃん……きてよ」

振動が伝わって、今でも重い音
コンクリートや奥の建物の隙間から、夕暮れがこぼれてくる
ああ、本当に同じ時間になっちゃう

海未ちゃんが一歩後ろにさがる
ことりから逃げようとする

“逃げないでよ”

――あと少しで口からすべりでそうだった
こころの奥がはがれ落ちるみたい

「……いかないで」

今のことりの声、穂乃果ちゃんみたいだった
ああ、なんで分からなかったんだろう!

49: 2015/12/06(日) 03:33:21.46 ID:9uEv9PTl0.net
「じゃあ、どうしたらいいんですか」

おねがい
海未ちゃんの、まっさらな気持ちを聞かせて

「……できません」

海未ちゃんは顔をふせたまま
ことりに傷をくれた方の手をさすったまま
制服のシャツをくしゃくしゃに握りしめたまま



「わからないんですっ、自分のことも、なにもかもっ!!」

50: 2015/12/06(日) 03:33:49.19 ID:9uEv9PTl0.net
海未ちゃんがいう

ことりのこと、ひどく恥ずかしい夢に呼んでしまったって
ことりのこと、眠る前に思い出してはさみしく思うんだって
ことりのこと、未来を思い浮かべて、いつも心に閉じこめてきたんだって

ああもう、なんでこんなこと言わせちゃったんだろう
私があなたのこと、信じきれなかったばっかりに
あなたはそんな顔をしてる

そうなの
向こう側のあの人の顔は
いつか 窓ガラスに映った
私のなさけない顔に、あまりにもそっくりだった

どっから どうみたって、

「ことり、こんな気持ち、どうしたらいいんですか……?」


私のだいすきな人は 私とおんなじかたちをしてた

52: 2015/12/06(日) 03:34:17.03 ID:9uEv9PTl0.net
「ねえ、海未ちゃん」

ゆれ動いた太陽が、一瞬、影をつくった
しらない町でさまよって、ふたりぼっちになった女の子
泣きじゃくりながら後をついて手は離さなかった迷子の女の子
ああだめ、ことりもくしゃくしゃな顔してるよね

わたしたち、双子になって産まれなおすみたいだって かんじたの
あは
それなら、赤ちゃんみたいに泣いちゃっても仕方ないよね

53: 2015/12/06(日) 03:35:11.64 ID:9uEv9PTl0.net
ねえ、うみちゃん、聞いて

その気持ち あい、って呼んでいい?


―― あい、ですか

そうだよ、

ことりと、おんなじ形してるよ、ぜったい



「おそろい、なんですね」

55: 2015/12/06(日) 03:35:39.69 ID:9uEv9PTl0.net
海未ちゃんは、私が払いのけた方の手をさすりはじめた
自分の顔をかくすみたいに

でもだめだよ
だって、隠したって、わかっちゃうんだから


あの子のこわばった脚がゆるんだ
ううん、動けたのはわたしの方

見えない糸にひっぱられるようにして
傷を重ねるように、その手を重ねた

わたし、ここにいていいんだ
って きっと海未ちゃんだって思ってる
肌ごしのテレパシー
いつまでも続けられるって、今だけは信じてた

57: 2015/12/06(日) 03:36:07.54 ID:9uEv9PTl0.net
――ことりの気持ちも、おんなじにして

ことりは、その人に ぎゅってされた

それから相合い傘のように重なって
遠くの雨みたいに
しとしと 甘い涙を降らせあった

薄目をあけた先
まぶたの向こう側の空が
世界でいちばんきれいな色で染まってて
あなたにおしつけちゃうように

そうやって
くちびるに熱と祈りをこめて ささげる
ぴくん、ってふるえたその腕
今度こそにげないようにってぎゅっとした

58: 2015/12/06(日) 03:37:02.45 ID:9uEv9PTl0.net
あつい息にとけて、
どろどろになって、
ひとつの生き物になったみたい
胸のリズムをおなじにして
あなたの奥へしずんでく

ねぇ きこえる?
これが あい だよ
あなたとおそろいの、あついものだよ


目を閉じたら、
世界にはくちびるの熱につつまれてた
この人のために生きようって 熱のなかで誓った
だから、陽が沈むころまでずっと、ぎゅうってしてた

59: 2015/12/06(日) 03:37:30.47 ID:9uEv9PTl0.net
  ◆  ◆  ◆


『穂乃果ちゃん、ごめんなさい。もうちょっとで着くから』

『あとね やくそくします』


『わたしたち、もういなくならないから』

『そうだね、
 いつかまた、どこか遠くの国へ飛んでっちゃうかもしれない』

『でも穂乃果ちゃんの声は、ちゃんと聴いてるから』

『海未ちゃんと一緒にいて、今度こそ、そう思えたんです』


『……ありがとう。だいすき』


『じゃあ、高校でね』

61: 2015/12/06(日) 03:38:24.06 ID:9uEv9PTl0.net
声を聞いたら、
つないだ指を握り返されたら、
ああやっとちゃんと帰ってこれたんだって思えた。

街灯がぽつぽつと灯りはじめてて
ほかの制服の子たちが帰ってくのにまぎれて
ことりたち、ただの帰り道みたいだった。

でもわたしたち、
世界で一番きれいな秘密があるんだよ。
わらっちゃうよね。
って、海未ちゃん、まだ顔まっかなのですが。

海未ちゃんの手を引っ張りながら
穂乃果ちゃんの声を聞きながら
なんでだろう
日が暮れても、季節が変わっても、
地球が太陽のまわりを何回まわっても、
すべてが同じように、うまく行く気がしてた。

信号待ち。
ああもう、昨日寄ったミスドのとこまで来ちゃったね。

62: 2015/12/06(日) 03:39:01.31 ID:9uEv9PTl0.net
『……ねえ、穂乃果ちゃん』
『昨日ね、ドーナツ買ったんだけど、おなかいっぱいなの』

『あしたもし余ってたら、三人で一緒にたべませんか?』

それいいですね、って海未ちゃんがやっとほほえんだ。
電話口からも同じような声がきこえた。


明日につなぐ約束。
こうやってわたしたち、きっと歩いていられる。


おわり。

83: 2015/12/07(月) 18:39:44.49 ID:NIsUIHVj0.net
テレ玉多才すぎる
すごくことりちゃんらしいことりちゃんだった、おつ

84: 2015/12/07(月) 21:13:27.23 ID:91iq5h/c0.net
なんてすばらしいことうみ…乙
確かに一気にスラスラ読めてしまった

72: 2015/12/06(日) 10:01:31.79 ID:OHxEYxtt0.net
引き込まれた
素晴らしい

引用元:

【SS】絵里「ねぇ海未、ミスドの新作の前に大事な話があるの」ドキドキ【ラブライブ!】
1: 2015/10/21(水) 23:57:22.95 ID:YqtR/16f0.net 絵里「実はね、海未、・・・私、    ――あなたのことがずっとすk 店員「カフェオレのおかわりお持ちしましたー...
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