【SS】しずく「千両役者」かすみ「三文小説」【ラブライブ!虹ヶ咲】

しずかす SS


1: 2021/01/12(火) 22:57:13.39 ID:pVM949iA
・アニメ時空です。
・栞子等のアニメ未登場キャラは登場しません。悪しからず。
・話の都合上、オリジナルのモブキャラが登場するので、苦手な人はブラウザバック推奨です。
・しずかすSS。アニメ13話でしずくとかすみが恋仲になったという前提。

以上、但し書きです。
書き溜めてませんのでゆっくり書いていく予定です。
よろしければ最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

12: 2021/01/12(火) 23:19:52.62 ID:pVM949iA
【春】
【虹ヶ咲学園】
【演劇部 部室】

「……えー、以上で、今年度の演劇部部長に就任しました、私からの挨拶とさせていただきます」

部長「それでは、新1年生の皆さんも居ますので、ここで各々の自己紹介の時間とさせていただきます」

部長「それじゃあまずは、新2年生からお願いします。名簿順で行くと……」

部長「桜坂さん。お願いします」

しずく「はい」

ザワザワ

しずく「新1年生の皆さん、初めまして。国際交流学科2年の、桜坂しずくです」

ザワザワ

「ねえ、あの人が桜坂しずくさんだよね……スクールアイドルの……」

「去年の合同のときの主演やってた人だよね…」

「その時は1年生だったのにすごいよね……演技も歌もやばかったし」

ザワザワ

部長「ほら、1年生たち。ざわざわしないでください」

18: 2021/01/12(火) 23:36:18.18 ID:pVM949iA
しずく「あはは……」

部長「ごめんなさい、桜坂さん。続けてください」

しずく「はい。……知ってる人もいるかもしれませんが、私は演劇部のほかに、スクールアイドル同好会でも活動しています」

しずく「今年は去年以上に、スクールアイドルの活動を通して、自分のお芝居をより深く、より高く、とことん追求していきたいと思ってます」

しずく「皆さんと一緒に、どんなお芝居を作り上げていけるか。楽しみで楽しみで仕方ありません」

しずく「新1年生の皆さん、よろしくお願いします」ニコッ

パチパチパチパチ

「あ~推せるなあ…桜坂先輩……」ヒソヒソ

「こら。いくらスクールアイドルやってるからって、先輩を推せるとか言うもんじゃないでしょ」ヒソヒソ

「しょうがないじゃん。そう思わなかった?」ヒソヒソ

「まあ…桜坂先輩は魅力的なのは確かだけど……」ヒソヒソ

部長「そこ、さっきから私語が多いですよ。慎みなさい」

「す、すみません」

部長「……」チラッ

しずく「……?」

部長「……はい。じゃあ、次は━━━━

23: 2021/01/12(火) 23:51:50.95 ID:pVM949iA
【スクールアイドル同好会 部室】

ガチャッ

しずく「━━━遅くなりました!」

歩夢「あ、しずくちゃん。お疲れさま」

侑「お?演劇部の方は終わったみたいかな?」

しずく「はい。今日はオリエンテーションということで、この一年間の活動の説明と、部員の自己紹介で終わりました」

侑「そっかそっか、お疲れしずくちゃん」

しずく「ありがとうございます。ところで……」キョロキョロ

侑「?」

歩夢「?」

しずく「他の皆さんは……?」

歩夢「うーん。もうそろそろ、帰ってくる頃じゃないかな?」

ガチャッ

歩夢「あ、ちょうど来たみたい」

「いや~はははw、新1年生の呼びかけ、想像以上にきちぃ~w」

「これだけ沢山の活動団体があれば、人が分散されるのも仕方ない。根気あるのみ」

「ここはやっぱり!去年のようにソロライブをするべきではないでしょうか!一番の広告になると思います!」

27: 2021/01/13(水) 00:36:27.54 ID:oAOgU9zv
歩夢「愛ちゃん、璃奈ちゃん、せつ菜ちゃん。お疲れさま」

侑「その感じだと、どうやら手応えは薄いっぽいね…」

愛「うーん、全く無いわけじゃないんだなぁ~これが」

愛「去年のSIF見に来たって娘も居たし、スクールアイドルって名前に反応する娘なら、結構いるんだけどね~」

璃奈「スクールアイドルが好きって聞いて、好きって答える人は多い」

璃奈「でも、スクールアイドルやりたいかって聞いたら、断られるのがほとんどだった」

璃奈「璃奈ちゃんボード『しょんぼり』」

せつ菜「……確かにスクールアイドル文化に関しては、ステージに立つ人よりも、ファンとして応援する人の方が圧倒的に多いのが現状です」

せつ菜「多くの才能や努力が求められ、そのハードルを考えると、他の部活動以上に、部員集めが難しいのは仕方ないのかもしれません……」

歩夢「そっかぁ、そうだよね……」

28: 2021/01/13(水) 01:00:29.64 ID:oAOgU9zv
侑「……まぁまぁ!そんなに気に病むことないよ!」

侑「今日はまだ初日!虹ヶ咲は生徒が沢山いるわけだし、その中に『スクールアイドルやりたい!』って娘はきっといるはず!」

侑「私たちが楽しく活動してれば、興味持ってくれる娘が絶対いるはずだもん!」

歩夢「…ふふっ、そうだね」ニコッ

愛「こういうの向こうから来るのを待つしかないからな~。さっきりなりーも言ってたけど、根気あるのみ!だよね~ホントに」

せつ菜「それじゃあ皆さん!この後の時間を使って、ファンの皆さんがスクールアイドルをやりたくなるような作戦でも立てませんか!」

愛「おっいいじゃ~ん!作戦会議!」

せつ菜「まずは言い出しっぺの私から行きましょう!……ずばり、『ゲリラライブでスクールアイドルは最高ですアピール大作戦』です!」

歩夢「せつ菜ちゃん、さっきからライブやりたいだけじゃあ……」

せつ菜「バレましたか!」

\ どっ /

しずく「……」

しずく「……あの、璃奈さん」

璃奈「?」

しずく「その……かすみさん、どこ行ったか知ってる?確か璃奈さんたちと一緒に宣伝に回ってるって、聞いてたんだけど……」

29: 2021/01/13(水) 01:30:20.60 ID:oAOgU9zv
璃奈「……」

しずく「璃奈さん?」

璃奈「かすみちゃん、すっかり忘れてた」

しずく「璃奈さん!?」

愛「あれ~?しずく~、もしかしてもしかして、愛しのかすかすが居なくて寂しかったりして~?」

しずく「かすかすじゃなくてかすみさんです!もう!茶化さないでください!」

愛「あはは、ごめんごめん~つい。かすみんでしょ?」

愛「チラシ配ってる時は、確かに愛さんたちと一緒に居たんだけど、気付いたら居なくなってたんだよね~」

せつ菜「携帯も繋がりませんし、連絡も取れなかったので、もしかして先に部室に戻ってるのではと思って来てみたのですが……」

しずく「まさか……」

ピポパ

しずく「……」

侑「…しずくちゃんって、かすみちゃんのことになると、動きが機敏になるよね」ヒソヒソ

歩夢「それだけ、かすみちゃんのこと心配してるんじゃないかな」ヒソヒソ

しずく「……」

プルルルル

『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるまたは電源が入っていないため……』ツーツー

しずく「やっぱり、スマホの電源切れてるんだ…。もう、あの人ったら……」

30: 2021/01/13(水) 09:52:44.18 ID:oAOgU9zv
愛「かすみんって結構スマホ見てくれないイメージあるよねー」

しずく「はい。そうなんです」プンプン

しずく「電源が落ちてたり、メール送っても読んでくれなかったり……たまにスマホ自体を忘れてくることもありますから」

愛「ふーん。じゃあ、夜とか休みの日とか、かすみんと電話で話したいと思っても、あんま出来ない感じ?」

しずく「いや、そんなことないですよ。むしろお家にいる時の方が、かすみさんと電話できる気がしますね」

愛「ええ?そうなの?なんか意外」

しずく「前にかすみさんも言ってたんですけど、家だとついダラけてスマホいじってることが多いから、すぐ反応できるそうです」

愛「そっかー、それじゃあ夜でも休みでも安心だ」

しずく「私としては、宿題に手をつけてほしいところなんですけどね……あまりうるさく言うと、かすみさん機嫌を損ねちゃうので」

愛「へー、何て言ってくるの?」

しずく「いつものかすみさんですよ。『もー!今のかすみんはしず子とお話ししたいんだから、勉強勉強言うのやめてよー!』みたいな」

愛「へぇ~」ニヤニヤ

璃奈「璃奈ちゃんボード『ひゅーひゅー』」

歩夢「はわわ///」

侑「いや~、しずくちゃんもかすみちゃんも、仲良しなんだね~」

しずく「……は!///」

32: 2021/01/13(水) 10:37:06.80 ID:oAOgU9zv
しずく「あ、愛さん!誘導しましたね!///」

愛「何の話~?愛さんはただ、かすみんのこと聞いただけだけど~?」ヒュー

しずく「もう///はぐらかしたってダメですよぉ///」

愛「ふーん。じゃあストレートに聞かせてもらうと、しずくはかすみんとどんな話してるのさ?」

しずく「へえっ!?///そ、そんなの言えるわけないじゃないですか!///」

愛「ええ~?もしかして、ここじゃ口に出せないような、いやらし~こと話してるの?」ニヤニヤ

しずく「ち、違います!///私とかすみさんはまだそういう関係ではないですから!///」

愛「『まだ』?まだってことは、いずれはそういう仲になりたいって考えてるわけだ」ニヤニヤ

しずく「や、や……///」プシューッ

ワチャワチャワチャ

璃奈「愛さん、悪い顔してる」

侑「かすみちゃんが居ないタイミングでしずくちゃんを狙い撃ちする……愛さんったら人が悪いなあ~」

歩夢「あはは…2人とも楽しそうだね…」

せつ菜「仲睦まじくて何よりです!」ペカーッ


ガチャッ

「ちょっとーーー!?なんで皆さん、かすみんのこと置いてっちゃうんですかーーー!?」

侑「あ、噂をすれば何とやらだ」

かすみ「かすみん、あーんなに頑張って宣伝してましたのにーー!」

35: 2021/01/13(水) 11:49:49.13 ID:oAOgU9zv
璃奈「かすみちゃんごめん。部室にもう戻ってると思ってこっち来たら、まだ帰ってきてなくて、かすみちゃんの話題はそのままフェードアウト」

かすみ「りな子ひどくない!?」

愛「でもでも、何回も連絡したのに返事してくれなかったかすかすも、ひどいっちゃひどいぞ~?」

かすみ「だぁからぁ!かすかすじゃなくて、かすみんです!……電話については、その、充電がなくなっちゃいまして……」

せつ菜「まあ、無事で何よりです!で、収穫の方はどうでした!?」

侑「そうそう!どうだった!?」

かすみ「あー……それがですねぇ……」

せつ菜「それが?」

侑「が?」

かすみ「…………」

璃奈「……?」

歩夢「……かすみちゃん?」

しずく「……まさか、何もなし?」

かすみ「……ぐっふっふっふっふ」

かすみ「なぁーんとぉ!見学希望者1人、確保しましたーーー!」

せつ菜「うおおおおおおおお!!!やりましたねえっ!!!」

侑「流石だよぉ!!!でかしたかすみちゃん!」ガバッ

かすみ「ぎゃぁっ!?だ、抱きつかないでください!///!侑先輩~~~///」

しずく「……」ムッ

璃奈「しずくちゃん、どうどう」

しずく「べ、別に!ムッとなんてしてませんから!」

歩夢「◉」

愛「歩夢、どうどう」

歩夢「◉」

愛「なんか言ってよ。愛さん怖いよ」

36: 2021/01/13(水) 12:43:08.58 ID:oAOgU9zv
━━━━━━
━━━━━
━━━

【下校時間】
【帰り道】

かすみ「あ"~づがれだぁ~」トボトボ

しずく「声、汚くなってるよ、かすみさん」スタスタ

かすみ「だってだって、人がわんさかいる中、学校中を練り歩いたんだよ?もうクタクタですよぉ~かすみん…」

しずく「…予想はしてたけど、うちぐらいの規模の学校だと、勧誘は一筋縄じゃなさそうだね」

かすみ「そうだよぉ!さんざん走り回って、やっと1人確保できたんだからぁ!」

かすみ「そういえば、しず子の方はどうだったの?」

しずく「演劇部の方?そっちは、今日のオリエンテーションの様子だと、例年とほぼ同じ部員数は集まりそうかな」

かすみ「えー!ずーるーいー!」

しずく「ずるいって言われても……」

37: 2021/01/13(水) 13:28:08.87 ID:oAOgU9zv
しずく「でも、もしかしたら今年はいつもより多いかも」

かすみ「あ、そうなんだ」

しずく「……自分で言うのも恥ずかしいんだけど、私目当てで入部を決めた娘が多いみたいで」

かすみ「……しず子目当て?」ムカッ

しずく「うん。オリエンテーション終わった後も、私のところに寄ってくる娘も結構いたし」

かすみ「……」ムカムカムカムカ

かすみ「……ふ、ふーん、しず子ってば、そんな有名人なんだ」

しずく「有名人ってほどじゃないよ。やっぱり、スクールアイドルやってるのが大きいのかな?」

しずく「その縁もあって去年の合同演劇祭で主演に抜擢させてもらってるし」

かすみ「…ま、たしかに?あの時のしず子はカッコよかったもんね。みんな惚れちゃうのも無理ないよ」

しずく「ふふっ、ありがとう」

かすみ「…………」

しずく「……かすみさん?」

かすみ「……なに?」

しずく「ひょっとして……妬いてる?」

かすみ「はあ!?///や、妬いてなんかいませんけど!?///」

40: 2021/01/13(水) 14:58:12.02 ID:oAOgU9zv
しずく「妬いてるじゃん」クスクスッ

かすみ「やーいーてーまーせーんー!///」プクーゥ

しずく「顔、真っ赤っかだよ?」

かすみ「うるさいっ!///」

しずく「ふふっ、かすみさん、耳貸して」

かすみ「…?」スッ

しずく「……安心してかすみさん♡どんな人に言い寄られても、私はかすみさん一筋だから♡」

かすみ「……///」プシューッ

しずく「ね?♡」

かすみ「……し、しず子ってさ、よくそういうこと、平気で言えるよね?///」

しずく「えぇー、恋人なんだから、このくらい言えないと。それに、かすみさんも、あの時そうやって言ってくれたじゃん」


━━━しず子のこと、好きじゃないって言う人がいるかもしれないけど

━━━私は、桜坂しずくのこと、大好きだから!


かすみ「いや!あの時は、まだしず子とそーゆー関係じゃなかったし!それにあの時は、落ち込んでるしず子を励まそうと思って

しずく「そうなの?えー、じゃあ、今は私のこと大好きじゃないのかあ……しずくは悲しいなぁ~…」

かすみ「分かった分かった分かった!かすみんだって言えるもん!だからさっきみたいに耳貸して!」

しずく「はーい♡」

41: 2021/01/13(水) 15:08:28.31 ID:oAOgU9zv
かすみ「……かすみんも、しず子のことだいすきだから…!///」ボソボソッ

しずく「……♡」

かすみ「……ね、これでいいでしょ?」

しずく「ごめんなさい♡よく聞き取れませんでした♡」

かすみ「はあ!?///」

しずく「あの時みたいに大きな声で堂々と言ってくれないと聞き取れません♡」

かすみ「ぐぬぬ~!完ッ全におちょくってきてる~!」

しずく「で?♡ 今のかすみさんは私のこと大好きしまゃないんですか?♡」

かすみ「……のこと、だい、……に決まってるじゃん……///」ボソッ

しずく「ん?♡」ニコニコ

かすみ「しず子のことだーい好きに決まってるじゃん!///」

しずく「わあ、嬉しい♡ありがとうかすみさん♡」

かすみ「もう、しず子のバカ…バカバカバカ……///」

44: 2021/01/13(水) 15:52:28.32 ID:oAOgU9zv
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

しずく(こうして、高校2年生となった桜坂しずくの学園生活は幕を開けました)

しずく(演劇部では、去年以上に舞台の上に立つ出番が増え、また、大役を任されることも多くなりました)

しずく(演技力の優劣を決めるのは難しいですが、ことお客さんからの人気に関しては、桜坂しずくは部員の中でも頭一つ……いや、頭二つ抜けてると風の噂で聞きました)

しずく(桜坂しずくが舞台に立つと客席が熱を帯びるようにワッと湧く)

しずく(桜坂しずくが唄えば万雷の拍手が鳴り響く)

しずく(桜坂しずくを目当てに人が舞台へと吸い寄せられる)

しずく(手前味噌になってしまいますが、桜坂しずくの熱狂的な人気は、私自身も肌で感じ取っていました)

しずく(そんな私に対して━━━きっかけは新聞部の校内新聞の見出しでしょうか?━━━次のような異名が生まれ、いつの間にか定着してしまいました)


しずく(『千両役者・桜坂しずく』と)


しずく(……いかんせん大袈裟が過ぎるとは思いますが。旧部長に知られたら笑われるに違いありません)

45: 2021/01/13(水) 17:18:22.99 ID:oAOgU9zv
しずく(一方、スクールアイドル同好会は、相変わらずと言いますか……平常運転という感じです)

しずく(春の頃は新1年生を何としてでも呼び込もうとあの手この手で勧誘しましたが、5月を過ぎた頃からは勧誘の熱気が冷めていきました)

しずく(ただ、同好会内の空気が沈んだとか、澱んだかと言えばそんなことはなく、むしろ『これで勧誘とか気にしないで私たちのやりたいことできるね!』感で包まれてました)

しずく(……所属している私が言うのもなんですが、同好会の皆さんは…何というか…マイペースな人たちが多いと思います。良い意味で)

しずく(ちなみにかすみさんが確保してきた見学者の子も結局は入部ならず。しょげているかすみさんをなでなでしてあげました)


しずく(……かすみさんとの恋人関係。そう、それだけは去年の私たちとは大きく異なる点と言えるでしょう)

しずく(といっても、私たちの関係を知ってるのは同好会の皆さんだけ。部外の人達からは『仲の良い友達』という認識で留まっている━━━)


しずく(━━━はず、でした)

しずく(言ってしまえば、私のその認識の甘さが、これから語られる一騒動の発端になったのだと、私は今更ながら思います)

しずく(だからこれは、自業自得の物語で)

しずく(業と罪と傷とと罰の物語で)

しずく(今となっては笑うことしかできない、独りよがりな物語です)

しずく(その全てを白日のもとに晒しましょう)

しずく(その出鱈目な喜劇を、歌舞いてみせましょう)

しずく(駄文ばかりの小説に、お付き合いいただきましょう)


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

55: 2021/01/14(木) 01:11:32.37 ID:qV/qfyQA
【夏】
【虹ヶ咲学園】
【スクールアイドル同好会 部室】

侑「そういえばしずくちゃん、そろそろじゃない?」

しずく「? そろそろ、と言いますと?」

侑「合同演劇祭。たしか去年の今くらいの時期だったでしょ?」

しずく「あ!侑先輩、覚えて下さってたんですか!」

侑「当たり前じゃんか~。しずくちゃんの大舞台の立ち姿は、今でも鮮明に覚えてるよ~」

しずく「ありがとうございます…!嬉しいです…!」

侑「今年もやるの?」

しずく「もちろんです!今年もやります!それもパワーアップして!」

侑「……パワーアップ?」

しずく「そうなんです!去年は藤黄学院との合同演劇祭でしたが、今年はそこに東雲学院・青藍高校の2校が加わった、全4校の合同演劇祭となったんです!」

56: 2021/01/14(木) 08:15:42.19 ID:qV/qfyQA
愛「4校!ずいぶん思い切ったことするね~」

しずく「去年の合同演劇祭の反響を受けて、今年は東雲と青藍からの参加希望があったそうです」

せつ菜「なるほど!たしかに去年の舞台はどちらとも大盛況でしたからね!」

歩夢「それで、今回はしずくちゃん達がやるのはどんな演目なの?」

しずく「実は今回なんですが……4校とも『日本の古典演劇のリバイブ』というテーマ縛りがありまして…」

せつ菜「日本の古典演劇のリバイブ……ですか?」

しずく「はい。どういうことかと言いますと……能や歌舞伎の演目には必ず題材の元となったお話があるんですが、そのお話の魅力を今の人にも分かりやすく伝えられるように、現代劇としてアレンジして発信する、という趣向ですね」

せつ菜「なるほど!面白そうな試みですね!」

愛「で!しずく達は何やんの?」

しずく「私たちが選んだのは、『楼門五三桐』の二段目の返し「南禅寺山門の場」━━━通称『山門』ですね」

愛「ああ、石川五右衛門じゃん!」

侑「ええ!?愛さん分かるの!?」

57: 2021/01/14(木) 09:14:04.15 ID:qV/qfyQA
◇◆◇◆◇◆◇◆

桜坂しずくの作品解説コーナー♡(やらしい声)

侑「ねえ、しずくちゃん。その『山門』って、一体どんなお話なの?」

しずく「はい♡ お話しましょう♡」

しずく「まず、『楼門五三桐』は歌舞伎の演目でして、伝説の大泥棒・石川五右衛門と、当時の権力者にして五右衛門の仇敵・真柴久吉、この二人の対立を全五幕を通して描かれている、長編の時代物となります」

しずく「ただ、その全五幕が通しで上演されるようになったのはつい最近の話で、それまでは全五幕の中でも特に人気の高かった場面が繰り返し演じられるのがほとんどでした」

しずく「それが先ほどお話した、二段目の返し「南禅寺山門の場」という場面になります。名前が長いので、通称『山門』と呼ばれるようになりました」

侑「ふーん。どういう場面なの?」

しずく「ここの場面は15分という短い上演時間でして、端的に言えば、石川五右衛門が自分の仇敵が真柴久吉であることを知り、その久吉と初めて相対する場面となります」

しずく「上から五右衛門が、下から久吉がお互いを睨み合う時間は『天地の見得』と呼ばれる名場面なんですよ?」

58: 2021/01/14(木) 09:50:59.42 ID:qV/qfyQA
しずく「ただ、その名場面と負けない知名度を誇るのが、五右衛門のとあるセリフだと思います。もしかしたら、セリフだけだったらどこかで聞いたことあるのではないでしょうか?」

侑「へえ、どんなセリフなの?」

しずく「いいんですか?♡ では……おほん」


絶景かな、絶景かな。

春の眺めは値千両とは、小せえ、小せえ。

この五右衛門の目からは、値万両、万万両。

もはや陽も西に傾き、誠に春の夕暮れの桜は

とりわけ一入一入。はて、うららかな眺めじゃなぁ。


侑「あー!なんか聞いたことあるよ!」

しずく「今のセリフは、石川五右衛門が京都の南禅寺山門で満開の桜を眺めながら高らかに詠みあげているシーンで出てくるんですが、それが冒頭部分なんですよね」

侑「へぇー!初っ端からインパクトあって、観てる人もワクワクするのも分かるよ!」

しずく「そうなんです!石川五右衛門という強烈なキャラに相応しい名セリフから始まり、宿敵の久吉と天地の見得をはりあう名シーン、そこに豪華絢爛な大道具や外連も相まって、歌舞伎の醍醐味が凝縮された演目なんです!上演時間15分なのが信じられません!」

侑「し、しずくちゃん、一旦おちついて」

しずく「そうだ! 今度、侑先輩も本物の歌舞伎に一緒に観に行きませんか!?大丈夫です!歌舞伎というと古い・難しい・高尚というイメージがあるかもしれませんが、今は歌舞伎のことがよく知らない人でもお話の面白さが理解できるように創意工夫が施されており

侑「しずくちゃん!?しずくちゃーん!」


桜坂しずくの作品解説コーナー、終わりです♡(やらしい声)

◇◆◇◆◇◆◇◆

59: 2021/01/14(木) 10:54:17.34 ID:qV/qfyQA
歩夢「話を聞いてると面白そう!だけど……歌舞伎のあの動きとか声の出し方を覚えるのって、いくら演劇部の人でも大変そう……」

しずく「そうですね……歌舞伎の立ち振る舞いは一朝一夕で身につくものじゃないので、そこは難しいと思います」

愛「でも、歌舞伎を単に物真似するってわけじゃないんでしょ?」

しずく「そうなんです。今回はどちらかというと歌舞伎の演目の元ネタにフューチャーして、歌舞伎に馴染みのない若い人でも楽しめるような、そんな演劇が作れたらと考えてます」

しずく「ただ、歌舞伎の要素も上手く残したいとは思ってるので、そこは部員の皆さんとアイデアを出して試行錯誤してるところですね……」

せつ菜「大丈夫です!去年の『荒野の雨』を作り上げた演劇部の皆さんなら、きっと素晴らしい演劇が出来上がるに違いありません!」

しずく「!ありがとうございます!」

せつ菜「五右衛門役のしずくさんが舞台の上で名口上を発してる姿が目に浮かびます!」

しずく「ええ!?」

侑「あれ?しずくちゃん、今年も主役演じるんじゃないの?」

60: 2021/01/14(木) 11:32:55.12 ID:qV/qfyQA
しずく「ま、まだ決まってるわけじゃないので、オーディションもこれからなので……」

愛「えー?でも、もうこの大役はしずくで確定してるっしょー。なんせ、千両役者の元ネタみたいなもんだよ?」

しずく「もう愛さん…!それ、恥ずかしいからやめてくださいって、言いましたよね!///」

愛「え~いいじゃん格好良くて」

せつ菜「しずくさんは主役のオーディションに参加するつもりはないんですか?」

しずく「……私としては、もちろんオーディションを受けたいです」

しずく「これまでにない大役ですし、今年は4校での合同なのでその規模を考えると……役者の端くれとして、受けたくないわけありません」

しずく「ただ……私は去年の合同演劇祭でも主役をいただきました。そんな私が今年も主役をやりたいなんて、流石に欲張りが過ぎるんじゃないかと思いまして……」

しずく「だから……今回のオーディションは、出ようかどうか、迷ってます」

歩夢「しずくちゃん……」

侑「……欲張りだなんて、そんなことないと思うけどな」

しずく「え…?」

61: 2021/01/14(木) 13:58:37.49 ID:qV/qfyQA
侑「だって、しずくちゃんはお芝居が好きだってことも、お芝居のためならどんな努力を惜しまないことも、皆知ってるもん」

侑「そんなしずくちゃんなら、今年も大役を演じたい!って考えるのはおかしくないし、むしろ普通じゃないかな?」

しずく「侑先輩……」

せつ菜「そうですよ!そこでしずくさんが遠慮する必要はないと思います!」

せつ菜「もしそこで何か言う人が居たとしても、しずくさんの演技力で黙らせてやればいいだけです!」

しずく「せ、せつ菜さん……」

愛「あーんしーんせい、しずくぅ!」ガバッ

しずく「きゃっ/// 愛さん!?」

愛「しずくにはアタシたちが居るからだーいじょーぶ!愛さん、文句言わせないよ~!」

愛「『さんもん』だけに!」

しずく「……ん?……あ、なるほど」

歩夢「ふふっ、答えは出せそう?しずくちゃん?」

しずく「歩夢さん……はい、出せました!」

しずく「私、今年も主演オーディションに出ます!」

62: 2021/01/14(木) 14:18:28.85 ID:qV/qfyQA
ガチャッ

かすみ「かすみん!買い出しより戻って参りました~」

璃奈「もどりましたー」

侑「二人ともお帰り。買い出しありがとね」

かすみ「このくらいお安いごよっ……」

かすみ「ってぇ!なーんで、愛先輩がしず子に抱きついてるんですかぁ!」

愛「あれ?あ~あははwいや、しずくがかすかすが居なくて寂しがってたからつい~w」

しずく「へえ!?な、何言ってるんですか愛さん!///」

かすみ「かすかすじゃなくてかすみん━━━じゃなくて、とっととしず子を離してください!このドロボ~!」

愛「にひひwほれほれ~剥がしてみんしゃいw」

かすみ「ぐぬぬぬぬぬ~…!」

しずく「あはは……」

璃奈「あ、そういえば聞いたよ、しずくちゃん。今度、合同演劇祭やるって」

しずく「……あ、うん。そうなの」

璃奈「今年も主演はしずくちゃん?楽しみ」

しずく「…うん。まだオーディション始まってないから分かんないけど、主演になれるように頑張るね」

璃奈「しずくちゃんなら、きっと大丈夫。璃奈ちゃんボード『ファイトっ』」

しずく「ありがとう、璃奈さん」ニコゥ

64: 2021/01/14(木) 15:36:12.88 ID:qV/qfyQA
━━━━━━━
━━━━━
━━━

【演劇部 部室】

部長「……そうですか。桜坂さんも主演オーディション、参加されるんですね」

しずく「はい。よろしくお願いします」

部長「……確かに、『千両役者』桜坂しずくという役者にとって、今回の五右衛門役はまさにうってつけの大舞台ですからね」

しずく「あの、その名前であまり呼ばないで貰ってもいいですか?その…恥ずかしいので……」

部長「ああ、そうなんですか。すっかり気に入ってると思ってましたけど」

しずく「なに言ってるんですか……名前負けもいいところですよ」

部長「そうですか?少なくとも、私は桜坂さんにピッタリだと思ってますが」

しずく「……そうですか」

しずく「あの……部長、少し聞いてもいいですか?」

部長「どうぞ」

65: 2021/01/14(木) 15:56:51.76 ID:qV/qfyQA
しずく「部長は今回の演目に、どうして『山門』を選んだんですか?」

部長「別に大した理由はありませんよ」

部長「4校ともテーマが『日本の古典演劇のリバイブ』という縛りが設けられてたこと」

部長「1校あたりの上演時間が短いこと」

部長「その中でも他の学校よりインパクトを残したいこと」

部長「そういった色んな要因が重なって、それに最も適していると思ったのが、『楼門五三桐』二段目の返し「南禅寺山門の場」だった、というだけです」

しずく「……なるほど」

部長「まさか、桜坂さんの舞台として私があてがった、とでも思ってたんですか?」

しずく「い、いえ!そういうことでは━━━

部長「いくら『千両役者』と称えられてるからって、それは少し自意識過剰じゃないですか」

しずく「……はい、すみません、でした」

部長「……質問は以上ですか?主演のオーディションの日にちなどついては、また決まり次第、連絡しますので」

しずく「……大丈夫です。ありがとうございました」


ガチャッ

「桜坂さん、いますかー?」

66: 2021/01/14(木) 16:02:09.60 ID:fID+iRYn
そっか、進級したからあのイケメン部長じゃないのか

67: 2021/01/14(木) 16:23:07.72 ID:qV/qfyQA
>>66
例の演劇部部長(通称22秒先輩)は、公式からの言及はありませんがリボンの色からして3年生なのでは?と推測しております

このssでは、22秒先輩は無事卒業し、代変わりして新3年生の誰かが新部長に就任したという設定です

70: 2021/01/14(木) 16:40:44.47 ID:qV/qfyQA
今ちょろっと調べたら「22秒の女」ではなく「29秒の女」でした
失礼しました

では続けます

71: 2021/01/14(木) 17:05:43.91 ID:qV/qfyQA
しずく「?……あっ」

しずく「かすみさん、どうしたの?」

かすみ「……さっき、演劇部の人たちに聞いたら、今日の稽古はもう終わったって言ってたから……」

しずく「待っててくれたんだ。ありがとね、かすみさん」

かすみ「別にしず子待ってるのは全然へーきだけど……」チラッ

部長「……」

かすみ「ごめん。話しあるみたいだったら、かすみん外で待ってるから」

しずく「うんうん。話はもう済んでるから大丈夫だよ」

かすみ「そ、そっか」

しずく「……それじゃあ、部長。お先に失礼し━━━「桜坂さん」

部長「本演目の『山門』の主役は石川五右衛門ですが、五右衛門の最期はもちろんご存知ですよね?」

しずく「……えっと、確か……釜茹での刑によって公衆の面前で処刑された……ですよね?」

部長「……そうです。あなたも気をつけてくださいね」

しずく「……?」

部長「何でもありません。お疲れ様でした」

しずく「……はい、お先に失礼します。お疲れさまでした」

バタンッ

部長「…………石川や浜の真砂は尽くるとも」

部長「世に盗人の種は尽くまじ」

74: 2021/01/15(金) 07:54:24.75 ID:RUREq+22
1です
急な用事があり更新が滞ってしまい申し訳ありません
今日の夜に続き書きます

76: 2021/01/15(金) 22:06:24.44 ID:RUREq+22
しずく「待たせちゃってごめん。行こう、かすみさん」

かすみ「うん」

かすみ「今の人って、演劇部の部長さんだよね?」

しずく「そうだよ。3年生で、私と同じ国際交流学科なんだ」

かすみ「ふーん……なんか、前の部長さんとは全然ちがうね。雰囲気」

しずく「そう…だね。前の部長は、みんなの憧れの先輩って感じだったけど、今の部長は、みんなが恐れる先輩って感じだから」

しずく「もちろん悪い人じゃないんだよ?真面目だし、頭も良いし、演技指導も的確だし。ただ━━━」

かすみ「ただ?」

しずく「━━━あの人自身がお芝居してるところ、見たことないんだよね。私」

かすみ「……かすみん達でいうとこの、侑先輩みたいな?」

しずく「え?」

かすみ「ほら、侑先輩ってスクールアイドル同好会だけどスクールアイドルじゃないでしょ?」

かすみ「それと同じことなんじゃないかなーと思って」

しずく「うーん……そうなのかなぁ」

しずく「……かすみさんにだから言うけど、実はね、部長とはあんまりお話したこと、ないんだよね」

かすみ「そうなの?」

しずく「うん……なんというか、考えすぎかもしれないけど、向こうから壁を張られてる気がするんだよね」

かすみ「……ふんーん」

77: 2021/01/15(金) 22:42:23.52 ID:RUREq+22
かすみ「しず子の考えすぎなんじゃない?」

しずく「だといいけど……」

かすみ「変に考えたってしょうがないじゃん。合う合わないは誰にでもあるんだしさ」

しずく「…まあ、そうかもね」

かすみ「それに、かすみんとしてはぁ、そっちの方がいいかなぁって」

しずく「え?なんで?」

かすみ「だって……前の部長さんは、めちゃくちゃしず子と距離近かったじゃん!」

かすみ「何回かすみんとしず子の間に割り込んできたと思ってんのさ!」

しずく「あぁ……。まあ、あの人はああいう人だから……」

かすみ「忘れもしないよ!かすみんがしず子と同好会のことで大事な話してるって時にさ!

━━━「しずく、行こ」(アニメ2話)

かすみ「ムキーっ!あん時の澄まし顔~!かすみんの方をチラッと見てさ、しず子も待たないでとっとと立ち去っちゃってさ!」

しずく「か、かすみさん、どうどう。落ち着いて」

かすみ「しず子もしず子だよ!かすみんと作戦会議してたのに、あっさり付いていっちゃってさ!」

しずく「え、えぇ……、今更そんなこと言われても……。ごめんなさい……」

80: 2021/01/16(土) 07:21:49.19 ID:2nCHDiD5
かすみ「……最初、しず子って、部長さんのことが好きなのかなって思ってた」

しずく「え?どうして?」

かすみ「……かすみんは好きじゃないけど、顔は格好いい系だし、背も高いし、しず子には優しそうだったし」

かすみ「それにしず子も、部長さんと喋ってる時、普段と違う感じだったし……」

しずく「……うーん」

しずく「確かに、前の部長は私のこと気にかけてくれてたし、私も部長をよく頼りにしてたけど」

しずく「でも、それはあくまで部活の先輩と後輩の関係。恋愛とはまた違うよ」

かすみ「……じゃあ、恋愛として、誰かを好きになったのは……かすみんが初めて?」

しずく「そうだね。私、今までずっと演劇しか興味が無かったから、恋愛とは無縁だったかな」

かすみ「…………ふーん。そっかそっか。かすみんが初めてなんだぁ」

しずく「口元、にやけてるよ。かすみさん」

かすみ「ふぇ?な、なんのこと?」

しずく「隠し切れてませんよ?」

81: 2021/01/16(土) 07:35:32.91 ID:2nCHDiD5
かすみ「だって、相手が初めて好きになった人が自分って、なんか嬉しいじゃんっ」

しずく「そう?私は別に気にしないよ?」

かすみ「かすみんが昔は別の人が好きだったとか、誰かと付き合ったことがあったとしても?」

しずく「うん。だって、かすみさんは私を選んでくれたわけだし」

しずく「今こうして恋人になってるだけで、私は嬉しいから」

かすみ「……しず子はズルいよ。そういうこと、平気で言えちゃうのが」

しずく「かすみさんも言ってくれていいんだよ?」

かすみ「……この流れで言えるわけないじゃん!///」

しずく「ふふっ♡照れてるかすみさんもかわいいよ♡」

かすみ「バカ///バカしず子///」

しずく「♡」

しずく「……ねえ、かすみさん」

かすみ「……なに?」

しずく「次の週末、どこかお出かけでもしない?」

82: 2021/01/16(土) 08:06:16.85 ID:2nCHDiD5
かすみ「お出かけって、デートってこと?」

しずく「うん。……ダメかな?」

かすみ「いやいや!かすみんは全然大丈夫!たぶん予定ないはずだし、予定あっても何とかして空けるから!」

しずく「嬉しい。ありがとう、かすみさん」

かすみ「……でも、珍しいね。しず子の方から、デートのお誘いだなんて」

しずく「そう?」

かすみ「そうだよ。いつもデートしようって言ってるのってかすみんじゃん」

しずく「……そうかもね」

かすみ「何かあったの?」

しずく「……来週から、合同演劇祭に向けてのオーディションが控えてるんだけどね」

しずく「私、参加するからには主演を張りたいの」

しずく「だから、これから普段以上にお稽古に励んで、猛特訓しなくちゃいけないから、同好会の方に顔を出せなくなっちゃうと思うの」

しずく「こうやって、かすみさんと一緒にいる時間も、十分に取れないと思う」

かすみ「しず子……」

しずく「だから、二人で一緒に居られる時間に目いっぱいかすみさんと過ごせたら、オーディションも本番も、私、頑張れるかなって」

しずく「だから……その……」モジモジ

かすみ「……も~しょうがないな~」

かすみ「分かった!来週、かすみんがしず子に、かすみんパワーをう~んと注入してあげる!」

かすみ「だから、絶対オーディション受かって、本番成功してよね!」

かすみ「約束!」

しずく「……うん。ありがとう、かすみさん」

━━━━━━━
━━━━━
━━━

84: 2021/01/16(土) 18:49:52.47 ID:2nCHDiD5
【デート当日】
【お台場 某所】

しずく「……」チラッ

『かすみさん : ごめん!ちょっと遅刻する!』

しずく「まあ、いつものことだけど」ハァ

「遅れてごめーん!」

しずく「やっと来た」

かすみ「待った?」

しずく「待った」

かすみ「そ、即答……」

しずく「かすみさん。遅刻癖、そろそろ直そうか?」

かすみ「ごめんって……。今日はかすみん、朝寝坊しちゃって」

しずく「早寝早起き、だよ。夜遅くまで起きてちゃダメって言ってるでしょ?」

かすみ「だって……今日のデートのこと考えてたら、しず子の顔ばっか浮かんできて、寝ようとしても眠れなくて……」

しずく「うっ……」

かすみ「許して……くれる……?」

しずく「……しょうがないなあ。今日のところは不問にするけど、次はそうはいかないんだからね?」

かすみ「よしっ!」

しずく「!?」

かすみ「というわけで、今日はしず子とデート!存分に楽しもーう!」

しずく「ちょっとかすみさん!絶対反省してないよねそれぇ!?待ちなさーい!」

85: 2021/01/16(土) 19:26:42.40 ID:2nCHDiD5
かすみ「と、その前に」

しずく「?」

かすみ「しず子……その服なんだけどさ~」

しずく「え?」(参照画像 https:////i.imgur.com/LjnMiOA.jpg

しずく「な、なんか、おかしかった?」アタフタ

かすみ「派手すぎ!そんな格好で外歩いてたら、みーんなしず子の方を見るに決まってるじゃん!」

しずく「ふぇえ!?」

しずく(そう言われてみれば、今日のかすみさん、帽子に眼鏡もしてて、いつものかすみさんらしくない服装…)

かすみ「もー」(参照画像 https:////i.imgur.com/0w422Ph.jpg )

かすみ「しず子わかってる?今日はお忍びデートなんだから、そんな目立つ格好じゃすーぐバレちゃうじゃん!」

86: 2021/01/16(土) 20:03:30.45 ID:2nCHDiD5
しずく「ご、ごめん……でも、お忍びデートって言葉を私たちが使ってるだけで、要は私とかすみさんが2人がお出かけでしょ?」

しずく「傍から見れば同じグループの娘たちが一緒に遊んでるようにしか見えないし、まさか私たちが恋人だなんて思わないだろうし、そこまで隠そうとしなくても……」

かすみ「……はぁ~。だからしず子はスクールアイドルの自覚が足りてないんだよ~」

しずく「……むぅ。どういう意味?それ」

かすみ「いい、しず子?たとえばこれで外を出歩いて、町ゆく人がしず子を見たら、こうなるわけだよ」


『え?あれって虹ヶ咲のスクールアイドルの娘じゃない?』

『本当だ!中須かすみちゃんと桜坂しずくちゃんだ!本物だ!』

『どうしようどうしよう!声かけちゃう?声かけちゃう?』

『声かけるだけならいいよね!ついでにサイン貰っちゃうか!』


かすみ「というようにね」

かすみ「かすみんもしず子も、スクールアイドルとして活動してる以上、ファンはどこにいてもおかしくないって常に自覚しなきゃいけないの」

しずく「……まあ、まさにそんな感じで外で声をかけられた経験はあるから否定しないけど」

88: 2021/01/16(土) 20:26:57.74 ID:2nCHDiD5
かすみ「そりゃあ、突然ファンに声を掛けられても笑顔で対応できなきゃスクールアイドル不合格だよ?」

かすみ「そんなのかすみんだって分かってるけど……今日は別。だって、こないだ━━━」


━━━ しずく「だから、二人で一緒に居られる時間に目いっぱいかすみさんと過ごせたら、オーディションも本番も、私、頑張れるかなって」


かすみ「━━━そう、しず子が言ってくれたんだから、私は今日の二人っきりの時間を大切にしたい」

しずく「かすみさん……」

かすみ「誰の視線も感じたくないし、誰にも邪魔されたくない」

かすみ「今日は、みんなのスクールアイドルかすみんじゃなくて、桜坂しずくの恋人として━━━中須かすみとして過ごしたいの」

しずく「……ごめん、私の考えが甘かったよ」

しずく「確かに私たちは、もうただの女子高生じゃないんだもんね」

かすみ「そうだよ~。それにしず子は、演劇の方でも顔が知られてるわけだし?」

かすみ「だから━━━!」

しずく(そう言って、かすみさんは自分の帽子を突然私に被せました)

しずく「きゃっ」ボスッ

かすみ「とりあえずは、かすみんの帽子、しず子に貸したげる!」

かすみ「どうするしず子ぉ?これからのデートだけど、まずはしず子の帽子選びに、かすみん行きつけのお店にでも行こっか?」

しずく「……もう。相変わらず強引なんだから」クスクス

90: 2021/01/16(土) 22:43:27.81 ID:2nCHDiD5
◇◆◇◆◇◆◇◆

━━━それから私たちは、思いつくままに、気の向くままに、あちこちを練り歩きました

かすみ「ねえ~しず子ぉ。これなんかぁいい感じじゃない?」

しずく「…!確かに……いいかも」

かすみ「でしょでしょ~?」

━━━去年の合同演劇祭やSIFを経た私たちは、想像以上に大きな存在になっていて

しずく「あ、いいニオイするね。クレープかな?」

かすみ「食べる?」

━━━プライベートな時間を持つことも、貴重な時間になりつつあって

かすみ「うわ!ここゲームセンター出来たんだ!入ってみようよぉ、しず子!」

しずく「ほんとだね。来るの初めてかも」

かすみ「せっかくだし何かで勝負しようよぉ。負けた方がジュース奢りね!」

しずく「え~?しょうがないなあ~」

━━━だからこうやって、誰の視線も気にしないで過ごせる時間が、本当に久々で

しずく「あ!あそこの犬カフェ!こないだ本で紹介されてたんだよ?」

かすみ「ふーん、そうなんだ」

しずく「ちょっと休憩していかない?」

━━━あなただけを見て、あなただけと話せて、あなただけを想うことができる、今この時間が本当に愛しくて

しずく「かすみさん、これからどうしよっか」

かすみ「うーん……とりあえず、駅の方を向かいながら、それから考えよっか」

しずく「そうだねっ」

━━━ずっと続けばいいのに、なんて、つい考えてしまいます

◇◆◇◆◇◆◇◆

93: 2021/01/17(日) 01:00:10.91 ID:WhI/3Yn5
【駅前】

かすみ「電車の時間、大丈夫?」

しずく「うん。まだ30分くらい後だから」

かすみ「そっか。じゃあ……そこのベンチでも座ろうよ」

しずく「うん」

かすみ「よいしょっと… あ"~あ"る"ぎづがれだぁ~」

しずく「かすみさん、またオジさんになってるよ」クスクス

かすみ「だって今日、朝からずーっと歩いてたじゃん」

しずく「そうだね。私もこんなに歩いたの久々だよ」

かすみ「かすみんもひさしぶりぃ……あぁ~……」

かすみ「……ねえ、しず子ぉ」

しずく「なに?かすみさん」

かすみ「今日、どうだった?」

しずく「え?」

かすみ「今日のデート。楽しかった?」

しずく「……うん。すごく楽しかったよ」

しずく「楽しすぎて、これで今日はお別れしなきゃいけないのが、私つらいよ」

95: 2021/01/17(日) 06:39:48.64 ID:WhI/3Yn5
かすみ「しず子……」

しずく「帰らなきゃいけないのは分かってるよ?でも、これでもうしばらく、かすみさんとこういうこと出来ないと思うと……」

しずく「やっぱり帰りたくないよ……」

かすみ「……も~」

ギュッ(しずくの右手を、かすみの左手が握る)

しずく「……!か、かすみさん!?」

かすみ「うわっ。しず子の手ぇ冷たっ」

かすみ「かすみんの手、あったかいでしょ?」

しずく「う、うん……暖かい、けど……」

かすみ「なんであったかいと思う?」

しずく「えっ…?私よりもかすみさんの方が基礎体温が…」

かすみ「ぶっぶーっ!不正解~」

かすみ「分からないのしず子ぉ~?」

しずく「むぅ……じゃあ正解は?」

かすみ「正解は~、かすみんがあったかいのは、かすみんパワーがみなぎってるから!でした~」

しずく「……なに?」

かすみ「ちょっとぉ!何言ってんだコイツみたいな顔するのやめてよ!」

96: 2021/01/17(日) 07:00:24.98 ID:WhI/3Yn5
かすみ「前に言ったでしょ?『かすみんがしず子に、かすみんパワーをう~んと注入してあげる』って」

しずく「あ……うん」

かすみ「今日一日しず子と一緒に居る間、かすみんパワーをず~っと送ってたつもりだったんだけど」

かすみ「しず子、まだ足りてなさそうだったから」

しずく「…………」

かすみ「だから……しず子の手を握って、かすみんパワー注入して、あっためてあげよーかなと思って」

しずく「……うん。かすみさんのパワー、すごく感じてるよ」

しずく「すごく暖かくて……体も心もポカポカしてきちゃうよ……」

かすみ「しず子……」

しずく「かすみさんの優しさに……私、もっと甘えたい……」

(がさつに握っていた手を、指を絡めるように繋ぎ直す)

かすみ「……!///」ドキッ

しずく「こうしたら、もっとかすみさんのパワー、感じられる…かな?///」ドキドキ

かすみ「ど、どうだろ?しず子、どう?///」ドキドキ

しずく「うん……///さっきよりも、かすみさんのが、すごく伝わってくるよ///」ドキドキ

かすみ「そ、そっか///ならよかった///」ドキドキ

97: 2021/01/17(日) 07:44:13.97 ID:WhI/3Yn5
しずく「……///」ドキドキ

かすみ「……///」ドキドキ

しずく「……ねえ、かすみさん///」

かすみ「な、なに?しず子///」

しずく「その……」

しずく「キ……したい……///」

かすみ「……へ?」

しずく「だから、………ス……したいな///」

かすみ「こ、声ちっちゃいよしず子///」

しずく「だから!」

しずく「かすみさんと!キ……キス……したいです……///」

かすみ「……き、きすって……こ、ここで……?///」

しずく「うん…///ダメ……かな?///」

かすみ「こんなとこで…誰かに見られたら……///」

しずく「だいじょーぶ///今日一日、誰からも声かけられなかったでしょ?///」

しずく「せっかくのお忍びデートだもん……///中途半端なところで……帰りたくない///」

かすみ「……もー///しず子の甘えんぼ……///」

しずく「かすみさん……///」

98: 2021/01/17(日) 08:05:23.46 ID:WhI/3Yn5
かすみ「……///」ドキドキ

かすみ(うわぁ…///しず子、すっごく切なそうな表情……///かわいい……///)ドキドキ

しずく「……///」ドキドキ

しずく(かすみさんのお顔って…見てるだけで安心する……///優しくて…柔らかくて…大好き……///)ドキドキ

かすみ「……しず子、目つむって///」

しずく「う、うん///」

かすみ「……いくよ、しず子///」

しずく「……うん。来て、かすみさん///」

かすみ「ん……///」

しずく(かすみさんの手、あっつい……///)

しずく(その温もりが伝ってきて、私の身も心もすっかり火照ってしまっています…///)

しずく(もっともっと、かすみさんと暖まりたい……///)

スッ

しずく(あ、かすみさんの気配が━━━)

かすみ「……んっ♡」チュッ

しずく「んっ♡」

しずく(あっつい……♡火傷しちゃいそう……♡)

チュッ…♡

しずく(かすみさんの熱が、パワーが、━━━かすみさんの大好きが、どくどく流れてきます♡)

かすみ「しず子…♡」

しずく「かすみさん…♡」

チュッ…♡

しずく(私も大好きだよ、かすみさん━━━♡)


━━━━━
━━━━
━━━

ザッ

「…………『千両役者』も、所詮は女ですか」

パシャッ

99: 2021/01/17(日) 08:12:08.19 ID:WhI/3Yn5
一旦ここまでにします
続きは今日の夜書きます

今、構想全体のうちどの辺にいるのか端的に申し上げると、ジェットコースターで頂上まで登った所になりますかね
最後までお付き合いいただけると嬉しいです

103: 2021/01/17(日) 21:23:17.04 ID:WhI/3Yn5
【合同演劇祭 一週間前】
【演劇部 部室】

新聞部「……なるほど!去年は藤黄学院と虹ヶ咲学園の2校による合同演劇祭でしたが、今年はそこに東雲学院・青藍高校も新たに加わった、全4校による合同演劇祭、というわけですね…!」

新聞部「それにしてもすごい顔ぶれですね…!やはり去年の合同演劇祭の盛り上がりがこのような反響を呼んだのでしょうか?」

演劇部部長「そうですね。去年の私たちの演目『荒野の雨』は、劇場にお越しいただいた皆様から多くの感想が寄せられたと伺っています」

新聞部「そうですか…!絶賛の声が多数寄せられたと伺っておりますが、その要因はどこにあるとお考えでしょうか?」

演劇部部長「……やはり、主演を務めた桜坂しずくの存在が大きいと思います。彼女は当時1年生でしたが、演技、歌唱、またその存在感に圧倒された人も多かったのではないでしょうか」

新聞部「なるほど…!確かに、今では『千両役者』という異名をほしいままにする桜坂しずくさんですが、その名実が知れ渡るきっかけになった舞台、というわけですね…!」

部長「……はい、そういうことになりますかね」

新聞部「ありがとうございました…!それでは、今お話しにもあったように、去年の演劇祭の大盛況の火付け役でもあり、そして━━━」

しずく「……」ドキドキ

新聞部「━━━今年の合同演劇祭にて我が校の演目、『楼門五三桐』二段目の返し「南禅寺山門の場」、通称「山門」の主人公・石川五右衛門役を演じられます、桜坂しずくさんに、いくつかお話しをお聞きしたいと思います…!よろしくお願いいたします…!」

しずく「は、はい!よろしくお願いいたします…!」

104: 2021/01/17(日) 21:49:31.38 ID:WhI/3Yn5
演劇部部員A「いやぁ~、分かってはいたけど、今年の主演もやっぱり桜坂先輩だよね~」

演劇部部員B「当たり前じゃない。あんな責任重大な大役、桜坂先輩以外で出来る人いないでしょ」

演劇部部員C「でも、部長も本当は桜坂先輩に負けない実力者って、わたし聞いたよ…?」

A「へえ~?確かに部長の演技指導って分かりやすいけど、部長の演技ってまだ見たことないんだよね~」

B「だって、ゴエモンの敵役を演じるのが部長なんでしょ?えーっと確か…」

C「真柴久吉……」

B「そう、そいつ。オーディションもやらないで、部長が自分でやるって決めたらしいじゃん」

A「ふ~ん?まあ、あのゴエモンの敵で、しかも立場的には上にいなきゃいけない難しいポジションだから、部長で正解かもしんないね~」

C「桜坂先輩と部長による天下の見得……想像しただけでわくわくしちゃうな」

B「ま、私たちは裏でひたすら雑務だから舞台の上なんて見られないでしょうけど。それかせいぜい黒子ね」

C「ふえぇ…」

A「去年は観客席の方に居たというのに……とほほ~」

105: 2021/01/17(日) 23:05:07.91 ID:WhI/3Yn5
新聞部「……はい、私からの質問は以上になります。最後に部長さん、桜坂さん。お一人ずつ、一週間後の合同演劇祭を首を長くして待っているでしょう皆様に一言、お願いいたします」

新聞部「では、まずは、部長さんから」

部長「はい。今回、私たちは『古典演劇のリバイブ』というテーマに、歌舞伎の演目『山門』の新解釈を試みました」

部長「歌舞伎と聞くと、馴染みのない、難しい、高尚だというイメージで語られがちですが、私たちと同年代の人でも楽しめるような、そんな舞台を目指しています。ぜひ劇場に足をお運びください」

新聞部「はい、ありがとうございます。では、桜坂さん。お願いいたします」

しずく「はい。この『山門』は歌舞伎の醍醐味が詰まった濃密な15分の舞台となります。その臨場感を劇場で存分に味わっていただけるように、石川五右衛門役として全力で演じさせていただきます」

しずく「観に来て下さった皆さんがお集まりしているその絶景が、舞台の上で眺める日を楽しみにしています」ニッコリ

新聞部「…はい!ありがとうございました!今日のインタビューを基に、明日には記事を作成し、全校生徒が見られるように掲示板等に張り出しさせていただきます…!」

新聞部「演劇部の皆さん…!合同演劇祭の成功を願っております…!今日はお疲れ様でした…!」

部長「お疲れ様でした」

新聞部「失礼いたしました…!」

ガチャンッ

部長「……桜坂さん」

しずく「……はい」

部長「やはりあなたは、今回もかなり期待を寄せられているようですね」

しずく「え?」

106: 2021/01/17(日) 23:41:26.51 ID:WhI/3Yn5
部長「先ほどの新聞記事ですが、『山門』の作品解説や鑑賞ポイントに対して紙面の半分があてがわれ、もう半分は、桜坂さんのインタビューにあてがわれるそうです」

しずく「そう…ですか」

部長「それが悪いとは思いません。確かに私個人としては、演劇祭に向けての演劇部の取り組みや、古典演劇のリバイブというテーマに紙面を割いてほしいとは思いますが…」

部長「桜坂しずくという演者の集客力を鑑みれば、演劇祭の宣伝広告として満点と言わざるを得ません。事実、『山門』はよく知らないけど桜坂しずくが出演するから観に来る、という人は少なくないですから」

しずく「あ、ありがとうございます…」

部長「……」

部長「それほどの期待を背負っている以上、その期待に応える必要があります。難しい役ではありますが……私が見てる限り、桜坂さんならきっと、現代の石川五右衛門になれると思います」

しずく「…!部長…!」

部長「成功を信じて、お互い全力を尽くしましょう」

しずく「は、はい…!」

部長「……では、私はこれで失礼して

しずく「あ、あの!部長……!」

部長「はい、どうしましたか?」

しずく「えっとその……五右衛門と久吉の『天地の見得』の場面なんですが、お稽古にお付き合いいただけますか?」

しずく「今回の話の中で一番きめなきゃいけない所な以上は……呼吸を揃える必要があると思いますので……」

部長「……話は分かりました。ただ、その稽古にはお付き合いできません」

しずく「な、なんでですか…」

部長「……桜坂さん。大女優を目指しているなら、演者には色んなタイプが居ることを覚えておいた方がいいでしょうね」


部長「━━━私ね、舞台の上じゃないところで、他の誰かに自分の芝居を見せるのが、すごく嫌なの」


しずく「……」

部長「だから、桜坂さんの要求には応えられません。わがままに聞こえるかもしれませんが、ご理解ください」

しずく「分かり、ました……」

107: 2021/01/18(月) 01:42:43.03 ID:TZOWazmh
【夜】
【桜坂邸】

しずく「はあ……緊張で疲れちゃった……やっぱりインタビューって慣れないなあ…」

しずく「……」

しずく「今日の……部長の言葉……」

しずく「『舞台の上じゃないところで、他の誰かに自分の芝居を見せるのが、すごく嫌』……」

しずく「芝居が嫌いってわけじゃないんだろうけど……どうなんだろ……」

しずく「……まあ、いっか…」

しずく「……」

しずく「……かすみさんに、会いたいなあ…」

しずく「電話くらいなら、いいかなぁ…」

スッ(スマホを取る)

ポチポチ

『中須かすみ』

しずく「…………やっぱダメ」

ポイッ(スマホを離す)

しずく「この一週間は、舞台のことだけに集中しなきゃ。かすみさんとお話しなんてしたら、気が移っちゃうよ」

しずく「我慢……がまん……がんば、ろうね……」

しずく「かすみ、さん……」

しずく「……zzz」

108: 2021/01/18(月) 02:07:29.49 ID:TZOWazmh
【翌朝】
【通学路 虹ヶ咲学園前】

しずく「ふわぁ~あ……」

しずく「いけない…外なのについあくびしちゃった…」

しずく「シャキッとしなくちゃ……かすみさんに笑われちゃう」

ツーツー

しずく「? 電話?」

『高咲侑』ツーツーツー

しずく「侑先輩……?」スッ

しずく「もしもし?」

「あ、おはよう!しずくちゃん!今大丈夫!?」

しずく「はい、大丈夫ですけど……?」

「今どこ!?」

しずく「えっと……これで校門をくぐります」

「じゃあ私待ってるから、急いで昇降口まで来て!」

しずく「な、なにかあったんですか」

「写真が、拡散されてるの!」

しずく「写真……?」

「そう!」

侑「しずくちゃんとかすみちゃんがデートしてる時の写真が、校内に拡散されているの!」


しずく「━━━━━━え?」

109: 2021/01/18(月) 02:17:21.20 ID:TZOWazmh
【昇降口】

ガヤガヤガヤガヤ

「これマジ?」

「嘘だろ……」

侑「……まだかなぁ……あ!」

タッタッタッタッ

しずく「遅くなってごめんなさい!」

侑「ううん。急がせちゃってごめん!」

しずく「それで、その写真は……」

侑「昇降口前の、新聞部の掲示板なんだけど……」

ガヤガヤガヤガヤ

しずく「すごい人の数……」

侑「割り込んでくしかない!行こうしずくちゃん!」ガシッ

しずく「へぇっ!?」

侑「すみませーん!通らせてくださーい!ごめんなさーい!」

「あれ、あの子……本人じゃね?」

「桜坂さんじゃん…!」

侑「すいませ…ん!」スポンッ

侑「やっと前列!しずくちゃん、ここから見える!?」

しずく「ま……待ってくださ、い!これで!」スポンッ

パッ

しずく「……って、え。うそ━━━」

110: 2021/01/18(月) 02:43:38.45 ID:TZOWazmh
昇降口前の人だかりを強引にかき分け、最前列にたどり着いた先に広がっていたのは、目を疑う光景だった。

そこは普段なら新聞部が発行した記事を読むことができる掲示板で。

昨日の新聞部の方の話にもあったように、演劇部の特集が組まれており、合同演劇祭のことや、主演の桜坂しずくのインタビューが載せられていた。

問題は、そこではなく、その記事の周辺。

記事の周辺を囲うように配置された、十数枚の写真。

そのどれもが、鮮明に憶えている光景だった。

朝、かすみさんと待ち合わせしていた時の写真。

かすみさんと一緒にクレープを食べている時の写真。

ゲームセンターで遊んでいる時の写真。

犬カフェでくつろいでいる私たちを店の外から撮った写真。

私とかすみさんが隣り合って歩いている時の写真。

私とかすみさんが隣り合って座っている時の写真。

私とかすみさんが━━━キスしている時の写真。


ご丁寧に、どの写真でもかすみさんだけは、その目元が黒のマジックで塗りつぶされていた。

帽子を被っているおかげもあって、パッと見ただけではかすみさんとは気付けないだろう。

ただ、私のところには何も加工修正は施されていない。素顔が晒されていた。

━━━間違いない。犯人の狙いは私一人だ。

あの日のデートを尾行して、盗撮し、タイミングを見計らって、騒ぎを起こす。

その動機も、その光景を目にした時点で大方の目星は付いた。おそらく、私に対する怨恨の類だろう。

なぜなら、記事に載っていた私の顔写真を、上から塗りつぶすかのように、乱雑な字で次のように綴られていたからだ。


━━━『お前は大根役者だ』と。

117: 2021/01/19(火) 13:00:49.87 ID:G0mVyLz4
しずく「誰がこんなことを……」

侑「しずくちゃん……」

ガヤガヤガヤガヤ

「ねえ、桜坂さん!これって本当なんですか!?」

「どうなのしずくちゃん!」

侑「ちょっとみんな、一旦落ち着いてっ、!」

しずく「み、皆さん、これは━━━」

「相手は誰!?虹ヶ咲の生徒!?」

しずく「そ、それは、言えません!」

「いつからお付き合いしてるんですか?!」

しずく「それも言えません!」

「その隣の人が記事の人なの!?」

しずく「ち、ちがいます!このひとは無関係です!」

「いつかのインタビューで恋愛経験はないって言ってましたよね!?」

しずく「そ、それは……」

「あれは嘘だったんですか!?」

ガヤガヤガヤガヤ

侑「…ダメ、この状態じゃラチあかない!」

侑「…一旦退こう!しずくちゃん!」

しずく「え、えぇっ!?」

ダッ

「桜坂さん!?逃げるんですか!?」

「しずくちゃん!次の舞台、大丈夫なんだよね!?」

タッタッタッタッ

しずく「ゆ、侑先輩!何で撤退するんですか!ちゃんと事情を説明すればきっと……!」

侑「あそこで冷静に話を聞いてもらえるわけない!騒ぎがもっと大きくなるだけだよ!」

しずく「で、でも……」

118: 2021/01/19(火) 14:16:25.76 ID:G0mVyLz4
【廊下】

侑「はあ、はあ、……ここまで来れば、大丈夫かな……」

しずく「そうですね……侑先輩、大丈夫ですか…?」

侑「はあ、はぁ、……ちょっと待ってて……」

しずく「……」

侑「はぁ……はぁ……うん、大丈夫」

しずく「……侑先輩、すみませんでした」

侑「へ?何が?」

しずく「今回のことです。かすみさんとお付き合いしてることは、同好会以外には秘密にしておくように言われてたのに……」

しずく「私がかすみさんとお出かけしたいなんて言い出したから……それがこんなことになってしまって……本当にすみません」

侑「……そんな、謝らないで。しずくちゃん達は悪くないよ」

侑「ファンの子達もいるから公表は控えた方がいいとは言ったけど、一緒に出かけるのも許されないんじゃ、あんまりだから」

しずく「先輩……」

侑「……まあ、あえて言わせてもらうなら、キスはちょっとやり過ぎかな?」

しずく「そ、そうですよね……軽率でした。ごめんなさい……」

侑「その……したくなっちゃったの?キス……」

しずく「……帰る前だったんですけど、別れるのが惜しくて、一緒に居たら、抑えきれなくて……」

侑「……そっか」

しずく「でも、かすみさんは悪くないんです!無理を言ってせがんだ私が悪いんです!」

しずく「だから、かすみさんを責めないであげてください……お願いします!」

侑「……もー」

119: 2021/01/19(火) 14:49:20.26 ID:G0mVyLz4
スッ

侑「なでなで」

しずく「へ……?侑先輩?なんで、頭を撫でて……」

侑「しずくちゃんが可愛いから悪いんだよ?」

しずく「……答えになってない気がしますが…」

侑「真面目で、健気で、恋愛事はウブで、でも実は積極的で……本当に可愛いよ。あー、かすみちゃんが羨ましいなぁ」

しずく「あ、ありがとうございます…?」

侑「大丈夫。心配無用だよ。かすみちゃんもしずくちゃんも、私と同好会のみんなが守るから」

侑「さっきの囲いの人達も、今は興奮してるけど、落ち着いた後で事情を説明すれば、きっと分かってくれるはずだよ」

しずく「……侑先輩」


プルルルル

しずく「……電話?誰から……」

しずく「……!」


スマホ画面『演劇部 部長』

プルルルル

120: 2021/01/19(火) 15:06:35.96 ID:G0mVyLz4
侑「かすみちゃんから?」

しずく「いや…演劇部の部長からです…」

侑「部長さん?」

しずく「はい……電話に出ますね」

プルルルル

『通話開始』ピッ

しずく「……もしもし、お疲れ様です」

しずく「……はい、確認しました」

しずく「……分かりました。これで向かいます」

しずく「……はい。失礼します」

『通話終了』ピッ

しずく「……すみません、侑先輩。これで私……演劇部の方に顔を出してきます」

侑「……大丈夫?何なら、私も一緒に行くよ」

しずく「…………いえ、大丈夫です。さっきの先輩の言葉で、元気貰えましたから」ニッコリ

侑「……なんかあったら、すぐに言ってね」

しずく「はい、ありがとうございます」


タッタッタッタッ

侑「……しずくちゃん、大丈夫かな」

プルルルル

侑「?」

スマホ画面『歩夢』

侑「歩夢…?もしもし」ピッ

『もしもし…!助けて侑ちゃん…!』

侑「…!?どしたの!?」

『とにかく、部室に来て…!』

侑「わ、分かった!今行く!」ダッ

━━━━━
━━━━
━━━

122: 2021/01/19(火) 17:28:38.59 ID:G0mVyLz4
【スクールアイドル同好会 部室】

ガチャッ

侑「歩夢!何があったの━━━

せつ菜「だから私は言ったんです!周囲の目にはくれぐれも気をつけてくださいと!」

かすみ「知ってますよ!何回も何回も聞きましたよ!耳にタコさんができるくらい!」

せつ菜「だったらどうしてあんな写真が撮られるんですか!!」

かすみ「知らないですよ!周りに人がいる前であんなことするほど、かすみん達も馬鹿じゃないですよ!!」

歩夢「二人とも…!一旦落ち着いてってば…!」

侑「な、なに…?どうしたのこの状況…」

歩夢「あ、侑ちゃん!早くこっち来て!この二人を離して!」

侑「う、うん!せつ菜ちゃん、落ち着いて!」ガシッ

せつ菜「離してください、侑さん!今、かすみさんと大事な話をしてるんです!」

侑「私が見てる限りじゃ、話し合いになってないよ!」

せつ菜「かすみさんが話を聞かないからいけないんです!!」

かすみ「何言ってるんですか!せつ菜先輩がかすみんの話を信じようとしないからですよ!」

歩夢「かすみちゃんも落ち着いて…!」ガシッ

かすみ「歩夢先輩もかすみんの話を聞いてましたよね!?先輩からも、せつ菜先輩に何か言ってやってください!」

歩夢「喧嘩するのはもうやめて…!」

123: 2021/01/19(火) 18:47:27.29 ID:G0mVyLz4
ガチャッ

愛「おいっすー……って、そんな空気じゃないなこりゃ」

璃奈「かなり荒れてる」

侑「あ、愛ちゃん!一緒にせつ菜ちゃん抑えて!」

愛「…ったくー。じゃあ、愛さんはせっつーの方に行くから、りなりーはかすみんをお願い」

璃奈「うん。わかった」

ダッ

愛「せっつー、一旦クールダウンしよっか?」ガシッ

せつ菜「嫌です!かすみさんとの話はまだ終わってません!愛さんも邪魔するんですか!?」

愛「そう、邪魔するつもりだよ。嫌だったら力づくで離れてみ?」ググググ

愛「柔道部で助っ人に入った時に教えてもらった、直伝の固め技だけどね~」

せつ菜「この…!この…!」ジタバタ

侑「うわぁ……あんなの食らったらひとたまりもないよ……」

せつ菜「ふんぬぅっ…!」ジタバタ

愛「果たしてせっつーに逃げられるかな~?それか、深呼吸を三回するだけでも、特別に離したげるよ?」

侑「え…!?」

愛「どっちの方が賢い選択か、せっつーなら分かりそうなもんだけどなぁ~」

せつ菜「……言ったからには、守ってくださいね」

愛「おうともさ」

せつ菜「…………スゥゥー、ハァァー。スゥゥー、ハァァー」

せつ菜「スゥゥー、ハァァー………しましたよ、愛さん」

愛「はい、お利口さん。離したーげるっ」パッ

せつ菜「はぁっ!はぁ…はぁ…」

侑「せつ菜さん…!」

愛「落ち着いた?」

せつ菜「………はい。見苦しい所をお見せしました」

124: 2021/01/19(火) 21:07:27.80 ID:G0mVyLz4
璃奈「かすみちゃん、落ち着いて」

かすみ「ふゔぅー!ふゔぅー!」

歩夢「怒ってるネコさんみたいになってる……」

かすみ「しゃあー!」

スッ

璃奈「かすみちゃん、なでなで」

かすみ「!」

璃奈「かすみちゃんがこうなってる時は、頭を撫でてあげると落ち着いてくれる」ナデナデ

璃奈「こないだ、しずくちゃんが、そう言ってた」ナデナデ

かすみ「……………ありがと、りな子」

璃奈「どうしてせつ菜さんと言い合いしてたの?」

かすみ「……今日、せつ菜さんに呼び出されて、かすみん達のことが学校中で話題になってるって事を知って」

かすみ「写真を撮った犯人探しの話になったんだけど、かすみん達を目撃したファンの逆恨みなんじゃないかって事になって」

かすみ「かすみんが『こんなことするやつ絶対許せない!』って言ったら、せつ菜先輩にこう言われたんです」


━━━確かに犯人は卑劣極まりないですが、かすみさんとしずくさんも軽率だったのではないでしょうか。

━━━お二人ともスクールアイドルとして顔が知られており、更にしずくさんは演劇部の花形的存在でもあります。

━━━多くのファンがいる以上、私的な時間であってもその立ち振る舞いは弁えるべきだったのではないでしょうか?

125: 2021/01/19(火) 21:30:39.40 ID:G0mVyLz4
かすみ「……その言葉は、正しくて。正論なんですけど、かすみんとしず子の大事な時間を否定された気がして……」

かすみ「それに、どこにいてもファンがいるつもりで行動しなきゃって……そんなの、かすみんも分かってたのに……」

かすみ「なのに、こんなことになっちゃって、それが情けなくて……悔しくて……」

璃奈「……そっか」

歩夢「かすみちゃん……」

かすみ「だから……せつ菜先輩に、八つ当たりみたいな真似、しちゃいました」

かすみ「……ごめんなさい、せつ菜先輩」

愛「……ってかすかすは言ってるけど、せっつーはどう?」

せつ菜「……いえ、私も今言うべきことでもなかったのに、つい口にしてしまいました。……失言でした」

せつ菜「かすみさん、すみませんでした」

かすみ「せつ菜先輩……」

愛「……よーし、これで仲直り!よかったね、せっつー!かすかす!」

かすみ「……だから、かすみんです!今の絶対わざとですよね!?」

かすみ「というか愛先輩、さっきもサラッとかすかすって呼んでましたし!かすみん聞き逃しませんよ!」

愛「えー?なんのこと?」スットボケ

ギャーギャー

侑「……かすみちゃんとせつ菜ちゃんの喧嘩は何とか治まったみたいだね」

璃奈「うん。とりあえず一件落着」

璃奈「りなちゃんボード『ホッ』」

歩夢「私しか居ない時はどうなるかと思ったよ……。皆んながいてくれて本当に良かったぁ」

侑「……そうなると、まだ残ってるのは、しずくちゃんの問題だね」

127: 2021/01/19(火) 22:58:40.37 ID:G0mVyLz4
せつ菜「……とりあえず生徒会としては、掲示物の強制撤去と、掲示板の悪用の対策強化に動きました」

せつ菜「校内の監視カメラの確認も理事に打診しました。が……様子から察するに、了承を得るには時間がかかるかもしれません」

かすみ「えー…そうなんですか…」

愛「りなりー、校内のカメラにクラッキングとかできないの?」

璃奈「少し時間もらえれば、できないこともない」

せつ菜「やめてください!犯罪ですから!」

侑「……でも、掲示板に貼られてた写真、かすみちゃんの目がどれも黒塗りされてたんだよね」

歩夢「それって……犯人の狙いは、しずくちゃんってこと、でいいのかな……」

せつ菜「しずくさんに対する注目・非難を集中させるために、かすみさんを特定しづらいようにした、ということですか?」

侑「そういうことなんじゃないかな……」

かすみ「……じゃあ、犯人の動機がかすみんとしず子への逆恨みだとしたら、犯人はしず子のファンだった人……ですかね?」

璃奈「ファンとして応援してたしずくちゃんに、かすみちゃんという恋人がいたことで、裏切られたと感じて、しずくちゃんへの好意が敵意にひっくり返った。……確かに筋は通ってる」

愛「んー、でもそれ以外にも、可能性は考えられるよ?」

128: 2021/01/19(火) 23:08:12.66 ID:G0mVyLz4
侑「他の可能性って、たとえば?」

愛「まずひとつは、しずくのファンじゃなくて、かすみんのファンという可能性」

かすみ「ええ!?かすみんのファンはそんなことしませんよ!何言ってるんですか愛先輩!」

愛「でもかすみん、考えてみてよ?」

愛「かすみんのことが大好きなファンの子がいて、その子が二人のデートを目撃。強い嫉妬に駆られたその子は怒りの矛先を、大好きなかすみんじゃなくて、自分のかすみんを横取りしたしずくに向けた」

愛「その可能性はないって、絶対に言い切れる?」

かすみ「……そんなことする人がいたら、かすみんのファンだなんて、名乗ってほしくありません」

130: 2021/01/19(火) 23:28:12.00 ID:G0mVyLz4
愛「もうひとつは、そもそも初めからしずくのことを快く思ってなかった人物、という可能性」

愛「しずくに対して大なり小なり悪感情があって、二人のデートを目撃したそいつは、しずくを貶めることができるチャンスだと考えて、実行に移した」

愛「……という線も、考えられるんじゃないかな」

歩夢「でも、しずくちゃんは、誰かの恨みを買うような……嫌われるような子じゃないよ……?」

愛「んなこたぁ愛さんも分かってる。しずくは敵を作らない性格だから、嫌われるような言動もほとんどない」

愛「でも」

愛「恨みを買うことは、あってもおかしくないんじゃい? たとえば━━━しずくの演技の才能やその面目躍如に、嫉妬してとか」

かすみ「……!じゃあ、演劇部の誰かってことですか!」

愛「って落ち着け~い、かすみん。これは愛さんの推理だから。憶測の域を出てすらないよ」

侑「……そっか。演劇部の誰か、か……」

璃奈「……?侑さん?」

131: 2021/01/20(水) 00:38:43.39 ID:6XpdVvjY
侑「ずっと……気になってることがあったの」

侑「ねえ、かすみちゃん。あの十数枚の写真の中に、しずくちゃんが帽子を被ってなかった写真があったんだけど、それがどこの場面かって覚えてる?」

かすみ「……しず子が帽子を被ってなかったとしたら、かすみん達が待ち合わせをしてた朝の時ですかね……」

かすみ「しず子の帽子を買うことになって、お店に入るまではかすみんの帽子をしず子に被せてましたし、お店を出てからは二人とも帽子でしたし……」

侑「……やっぱり、そうだよね」

せつ菜「……ん?ということは……」

せつ菜「この写真の撮った人物は、しずくさんとかすみさんが待ち合わせしてる段階から、シャッターチャンスを見張ってた……ということですか?」

かすみ「……うそ、ですよね?」

かすみ「だって、かすみん。待ち合わせの場所は、しず子にしか言ってませんよ?」

かすみ「たまたま私たちを朝に目撃して、朝からずっと尾行してきたんじゃないんですか?」

侑「もちろんその可能性も捨てきれない。だけど……」

侑「朝の時点で二人をシャッターに収めたってことは、この時点で二人の関係を怪しんでたってことになる」

侑「朝の時点でだよ?それって相当、勘が鋭い人なんじゃない?」

かすみ「た、確かに……」

愛「もしかしてかすみん、待ち合わせ先でいきなりキスしちゃった!とか?」

歩夢「ええ///」

かすみ「いくらなんでもそんなことしてませんよぉ!」

愛「してないんだ?」

かすみ「してませんってば!」

132: 2021/01/20(水) 00:55:24.21 ID:6XpdVvjY
かすみ「あ……ただ、『デート』とか『恋人』って言葉は、使ってたかもしれません……」

侑「大声で?」

かすみ「そこはボリュームを落としましたよぉ」

侑「……じゃあ、よっぽど耳がよくなきゃ二人の会話は聞こえないだろうね。いくら遠目でしずくちゃんを確認することはできても、二人の会話が聞き取れないんじゃ、朝の時点で二人が恋仲だって分かるのは難しい」

せつ菜「…… 『たまたまお二人を目撃して、朝からずっと尾行してきた』という線は、かなり無理があるように思えてきましたね……」

せつ菜「むしろ、『二人の恋仲をすでに知っていた、もしくは、前から怪しんでいて、二人のデートの予定を予め把握していたために、朝からシャッターチャンスを待つことができた』という線の方が、色濃くなってきたような気がしてきました」

かすみ「でも!でもですよ!デートの日も、待ち合わせの場所も、かすみんとしず子以外には秘密にしてたはずです!」

かすみ「どうやって犯人は時間も場所も分かったんですか!」

134: 2021/01/20(水) 21:25:16.22 ID:6XpdVvjY
侑「……今の時点じゃ、どうやってその話を耳に入れたのかは分からない」

かすみ「……やっぱり、かすみんとしず子のスクープを朝から狙ってたなんて、おかしいですよ!」

かすみ「あの日までは、かすみんとしず子は外ではあくまで友達として振る舞ってましたもん!」

かすみ「ちょっとはイチャついたかもしれませんけど、周りに人が居ないのを確認してましたから!」

愛「……まあ~、かすみん。本人たちは隠し通せてるつもりでも、周りから見ればバレッバレなんかもしれないぞ?」

愛「壁に耳あり障子に目あり。おまけに恋は盲目ときたもんだ。二人の関係を怪しんでる人が居たって、おかしくはないっしょ?」

かすみ「うぐ……」

愛「……もっとも、確かにデートの時間や待ち合わせの情報源が謎なのは不可解だし、何より……」

愛「決定的な証拠を掴むために一日中ずっと二人を尾行した。いくらその間柄を怪しんでたとはいえ、その執着心は異常だよ」

せつ菜「それに加えて掲示板での凶行……そんなことをした人物がこの学園に潜んでると思うと、ゾッとしません」

歩夢「そう、だよね……。今朝の誰もいない時間帯に掲示板に工作したってことになるから、相当に朝早く来てるよね」

侑「となると新聞部の可能性も……?特ダネへの執着心ってことなら、一日中の尾行も説明できる……?」ブツブツ

璃奈「それか、今朝の掲示板に、演劇部の取材の記事が載ることを前もって知っていた人物」

璃奈「もちろん私たちはしずくちゃんから教えてもらってた。それに……しずくちゃんが知ってるなら、演劇部も人たちも知ってたはず」

136: 2021/01/20(水) 23:16:40.63 ID:6XpdVvjY
せつ菜「……皆さん、一旦ここで整理しましょうか」

せつ菜「今回のしずくさんの問題。それについて今、分かっていることをまとめてみましょう」

せつ菜「まず、誰が事件を起こしたのか。いわゆる犯人というやつです」

せつ菜「最初は、かすみさん・しずくさんのファンを想定していましたが、演劇部や新聞部という可能性も浮かび上がってきました」

せつ菜「監視カメラの確認の了承がまだ降りてない現時点では、犯人を断定するのはむしろ危ういのかもしれません」


せつ菜「次に、なぜ事件を起こしたのか。いわゆる犯行動機です」

せつ菜「これについては意見が大方まとまっていますが、しずくさんを攻撃の的にするためでしょう」

せつ菜「ファンなのに裏切られたから……自分の推しを横取りしたから……個人的に気に食わなかったから……考えられる理由は様々です」

せつ菜「犯人が分かればその動機も見えてくると思いますが、犯人が分からない以上は見えてこない部分でもあります」


せつ菜「私たちが整理するべきなのは、犯行そのもの。物的証拠と、かすみさん本人しか知りえない情報から、犯人の動きを追ってみることです」

137: 2021/01/20(水) 23:38:21.96 ID:6XpdVvjY
せつ菜「まず犯人Aは、朝からお台場に居合わせており、かすみさん達を遠距離から視認していました」

せつ菜「二人が来ることを知っていて待ち伏せしていたのか、知らないで偶然その場に居たのか……そこは断定できません」

せつ菜「ただ、その場面を写真に収めていたことから、お二人の関係が友達以上であるとその時点で読んでいた、と言えるでしょう」

せつ菜「そこから、犯人Aは一日中かすみさん達の後を尾行し、瞬間瞬間を写真に収めていきました」

せつ菜「そして最後。かすみさんとしずくさんがベンチに並んで……その……」

愛「キス」

せつ菜「……を、してた瞬間を撮って、その日の行動は終了」

せつ菜「そして日にちがだいぶ空きますが」

せつ菜「今日の早朝、誰も居ないタイミングを見計らって、掲示板に写真を貼るなどの細工します」

せつ菜「あとは生徒たちがそれを見て、騒動の様子を遠くから見ているだけ」

せつ菜「……というところでしょうか」

138: 2021/01/21(木) 00:16:51.79 ID:L5r7fFDf
侑「……こうして見ると、写真を撮った日と公開日が数日ちかく空いてるのは明らかに不自然だね」

歩夢「せつ菜ちゃん、新聞部はしずくちゃんの記事をいつ掲載したかって分かる?」

せつ菜「はい。昨日は新聞部が記事の発行のために特別に居残り許可を生徒会に申請していたので、そこで話は聞いています」

せつ菜「なんでも、昨日の放課後に取材し、その記事を昨日のうちに完成させて掲載したそうです」

せつ菜「帰るのは夜8時を回った頃だそうで、校内には当然だれも残っていなかったとのことです」

侑「……じゃあ、写真を貼り付けられるのは、やっぱり今朝しかないか…」

愛「うーん?じゃあ、犯人もだいぶ絞られてくるんじゃない?」

愛「そりゃ、世間の注目度からして、あの特ダネ写真で一番しずくにダメージを与えられるのが、取材の記事が掲載されるタイミングってのは分かるよ?」

愛「でもそれは記事が出るのを前もって知ってるからこそ出来るわけで、そこらのファンの子じゃ出来ないっしょ?」

璃奈「……ただ、単独犯とは限らない。写真を撮った犯人Aが、新聞部の部員Bと結託して、部員Bに写真を貼らせた可能性も否定できない」

愛「あーそかそか。さすがりなりー」

139: 2021/01/21(木) 01:25:12.14 ID:L5r7fFDf
かすみ「むむむ……なんだか考えれば考えるほど、かすみん、頭痛が痛くなってきました……」

歩夢「かすみちゃん、大丈夫…?少しそこで休もっか」

かすみ「すいません……」ゴロンッ

歩夢「もう、そんなしおらしいかすみちゃん、かすみちゃんらしくないよ?」

かすみ「歩夢先輩は一言よけーなんです……」

歩夢「ふふっ、ごめんね?」

歩夢「……ねえ、かすみちゃん。……私ね?かすみちゃん達は悪くないって思ってるんだ」

かすみ「え……?」

歩夢「確かに、私たちはスクールアイドルとして活躍してて、応援してくれてるファンの人もいる」

歩夢「だけど、私たちは高校生なんだから。誰かを好きになって、恋しくなって、愛し合って……それの何がいけないのかな?」

かすみ「…………」

歩夢「私は、かすみちゃんとしずくちゃんがお付き合いしてること、秘密にする必要はないと思う」

歩夢「むしろ、私たちの恋仲をどうか皆さん応援してください!って言っちゃっても良いと思うんだ」

かすみ「……そんなことしたスクールアイドルの人、見たことも聞いたこともないですよ」

140: 2021/01/21(木) 07:44:15.77 ID:L5r7fFDf
歩夢「そうかな?」

かすみ「そうですよ……かすみんは皆んなのかすみんですし、しず子は皆んなのしず子ですから」

かすみ「ましてや、しず子は演劇部のスターもやってるんです。……きっと皆んな、桜坂しずくが誰かのものになるなんて、許せないに決まってます」

歩夢「……」

かすみ「そんなことはかすみんがよく分かってました。だから━━━」

かすみ「しず子のことは、絶対に私が守らなきゃいけなかったんです…」

歩夢「かすみちゃん……」

かすみ「……なのに、しず子を、こんな目に遭わせちゃって……」

歩夢「……」

かすみ「かすみんは…恋人失格です……」ポロポロ

歩夢「……かすみちゃんもしずくちゃんも悪くないよ。悪いのは、あんなことした人だよ」

歩夢「だから、かすみちゃん。自分を責めないであげて?」

かすみ「ごめんなざい、あゆむぜんぱい……」ポロポロ

歩夢「今は泣いてもいいよ。しずくちゃんの代わりに、頭撫でてあげるから」

なでなで

かすみ「えぐ、しず子……ごべんね、しず子……」ポロポロ

━━━━━━━
━━━━━
━━━

144: 2021/01/21(木) 21:25:16.43 ID:L5r7fFDf
【演劇部 練習場所】

「あっ……桜坂先輩だ」

「声かけた方が…いいのかな……」

しずく「……あ」

「!」

しずく「……ごめん、部長、どこにいるか知ってる?」

「えっと……たぶん部室にいると思います」

しずく「……そっか。ありがとう」

「……あの、先輩」

しずく「…どうしたの?」

「その……こういうとき何て言っていいか分かんないんですけど……」

「……元気、出してください」

しずく「……うん。心配かけちゃって、ごめんね?」

「……桜坂先輩」

◇◆◇◆◇◆◇◆

【演劇部 部室】

しずく「……ふぅ」

ガチャッ

しずく「失礼します」

147: 2021/01/22(金) 01:26:23.88 ID:MbR7lGA1
部長「さ「わざわざ呼び出してしまってすみません、桜坂さん」

しずく「……いえ」

部長「お呼びした理由は、先ほどの電話口でもお伝え通りです」

部長「例の件に関する事実確認と、演劇部における今後の活動について、話の場を設ける必要があると判断したためです」

部長「まず、桜坂さん、あなたに何点かお聞きしたいことがあります」

しずく「……はい」

部長「例の件は、桜坂しずくに特別なパートナーがいることを示唆していましたが、それは事実ですか」

しずく「……はい」

部長「何故、我々には黙っていたのですか」

しずく「……わざわざ打ち明けるほどでもないと判断したためです」

部長「では、あなたは嘘を吐いていた、ということですか」

しずく「……」

部長「以前にあなたは、遠距離恋愛をテーマにした舞台のヒロインを演じ、その際のインタビューでは自分が恋愛経験がないと仰っていました」

部長「こちらについてはいかがですか」

しずく「……私たちの関係は一部を除いて外部には秘密にする方針でした」

しずく「そのため、あの場では居ないという発言をしました」

部長「しかし実際にはお付き合いしているパートナーがいた」

部長「桜坂さん、これはファンに対する立派な裏切り行為ですよ」

しずく「……そうですね」

150: 2021/01/22(金) 02:09:42.74 ID:MbR7lGA1
部長「……たしかに演劇部では、部員の恋愛について特に規則を設けていません」

部長「節度を保ち、風紀を乱さないお付き合いを各人に心がけていただき、仮に何かあってもそれは自己責任となります」

しずく「……」

部長「ただ、桜坂さん。あなたは今や私たち演劇部の看板であり、顔であり、花形です。言わば他の部員とは違う立場にあります」

部長「あなたに対する熱狂的な支持者も多いですが、今回はそれが裏目に出てしまったようですね」

しずく「……部の皆さんにはご迷惑をおかけして、申し訳なく思います」

しずく「合同の本番まで一週間を切ったというのに、私のことで水を差すことになってしまい、本当に……」

部長「……事実確認は以上です」

部長「次に、今、桜坂さんからもありましたが、今後の活動について━━━直近では、一週間後の合同演劇祭」

部長「それについて、お話したいと思います」

151: 2021/01/22(金) 02:36:31.55 ID:MbR7lGA1
部長「合同演劇祭で発表する我々の演目『山門』において、桜坂さんは主人公・石川五右衛門役を演じることは、既に外部にも公表されてます」

部長「ただ、今朝の騒ぎを受けて、演劇部としてこのままで行くべきか否か、改めて考えさせていただきました」

しずく「……続投か降板、ということですか」

部長「そういうことになります」

しずく(……この流れで言えば、間違いなく、降板、だよね……)

しずく(せっかくここまで、あの日があったから今まで頑張れてきたのに……)

しずく(こんなことになるなんて、本当に悔しいな……)

部長「……結論から申し上げます」


部長「━━━桜坂さん、あなたには主演を続投していただきたいと思います」

部長「ただし、ある条件付きですが」

しずく「……え?」

152: 2021/01/22(金) 04:02:22.67 ID:MbR7lGA1
部長「桜坂さんの主演続投についての判断は、三つ理由があります」

部長「一つ目は、本案件の規模からすれば、今後の対応によって信頼回復できる目処があること」

部長「先程は敢えて強い言葉を使いましたが、本案件は簡潔に言ってしまえば『桜坂しずくに恋人がいた』というだけです」

部長「飲酒や喫煙など校則に反する行為の場合は話が別ですが、こと恋愛に関しては強い拘束力はありません」

部長「もちろん、桜坂さんの立ち位置は他の部員とは一線を画す必要があります。しかし、一般論として、信頼を取り戻すには、真摯な態度で然るべき対応を取ることが一番早いだと私は思います」

しずく「……」

部長「二つ目は、演劇部の現状を鑑みるに、桜坂さんの代役を立てるのが困難であること」

部長「桜坂さんもご承知だとは思いますが、『山門』の石川五右衛門は、並大抵の役者が演じられる役ではありません」

部長「小手先の技術や演劇理論を超越して、観客全てを圧倒し魅了するような、演者としての『存在感』が求められてきます」

部長「……私見ですが、今の演劇部の部員は全員「演技は上手い」と思います。ただ、私が今言った、観客を惹きつける強烈な存在感」

部長「さしずめ『魔力』とも言えるでしょうか。その魔力に関しては、桜坂さんには誰もが敵いません」

部長「それに加えて、今から代役を立てるとなると、あと一週間しか稽古の時間がない以上、かなりの苦労を強いることになります」

しずく「……」

部長「そして三つ目ですが……この五右衛門役は桜坂さんの汚名返上・名誉挽回のチャンスでもあるということです」

154: 2021/01/22(金) 04:59:46.32 ID:MbR7lGA1
部長「……正直な話ですが、当初は降板させるべきなのではと考えました」

部長「それは罰則というよりむしろ、演者の身を守るため……つまり、桜坂さんを表舞台に立たせることは危険なのではないか」

部長「実際問題として、演者の不手際が原因で観客が暴徒化し、劇が台無しになったり演者が傷つけられた……そういう過去の事例もあります」

しずく「……それでも、私を降ろさず続投させるのは、そのリスクを背負え、ということですか…?」

部長「先ほど話した通り、今後の対応次第でそのリスクをある程度は回避できると思いますが……完全に防げるとは考えにくいでしょう」

部長「要はハイリスクハイリターンです。リスクを背負うことにはなりますが、五右衛門役として桜坂さんが舞台に立ち、劇を成功させれば、それ以上ない信頼回復が期待できます」

部長「反対に、降板はローリスクローリターンです。観客に対しての心配は減りますが、汚名返上の機会は失われます」

部長「……私としては、桜坂さんにご自分の名誉挽回をかけて五右衛門役に挑戦してもらいたい、そう強く思います」

しずく「部長……」

部長「勘違いしないでくださいよ?確かにこれは桜坂さんのこれからを案じての意見でもありますが、それ以上に……」

部長「きっとその気概で望んだ演技なら、4校の中で虹ヶ咲が一番になれるでしょうから」ニヤッ

しずく「……ふふっ。案外、侮れないお人ですね。部長」

部長「演劇が好きなだけですよ」

157: 2021/01/22(金) 08:12:23.81 ID:MbR7lGA1
しずく「それで部長、条件とは……?」

部長「……そう。その話がまだしてませんでしたね」

部長「これは、演劇部からのお願いのようなものです」

しずく「お願い、ですか……?」

部長「はい。以後、今回のようなことが起きないように、その戒めとしてご理解ください」

部長「……桜坂さんには辛いかもしれませんが」

しずく「あの、おっしゃってる意味が……」

部長「端的に申し上げます」



部長「桜坂さん、今の交際相手の方と、別れてください」



しずく「…………え?」

160: 2021/01/22(金) 18:31:51.18 ID:MbR7lGA1
部長「合同演劇祭に出演するのではあれば、今の交際相手の方とは別れていただきます。それが条件です」

しずく「ま、待ってください!」

しずく「部長はさっき、演劇部は恋愛については各人の自由だって、」

部長「だから、あなたは他の部員とは一線を画す必要がある立ち位置であるとお伝えしたではありませんか」

部長「それとも桜坂さんは、この騒ぎに巻き込まれてなお、自分は特別ではないと━━━そう思ってるのですか」

しずく「で、でも、」

部長「━━━それとも、自分の犯した罪の重さをまだ自覚してないんですか」

しずく「……っ」

部長「桜坂さん。あなたはご自身を支持する人たちの期待に叛いて、狡猾い真似を働いたんですよ?」

しずく「うぅ……」

部長「罪を犯した以上は、相応の罰を受ける。それこそが桜坂さんがこれから取るべき、真摯かつ誠実な態度だと思いませんか?」

161: 2021/01/22(金) 19:27:05.75 ID:MbR7lGA1
しずく「……部長の仰ってることは、よく分かります」

しずく「私は……ファンの皆さんに隠れて、交際を続けてきました」

しずく「秘密を守るため、嘘をつき続けてきました」

しずく「皆さんの『桜坂しずく』像が崩れるのを恐れて、仮面を被って、清純派を気取って、」

しずく「━━━皆さんの理想の桜坂しずくを、演じ続けてきました」

しずく「それが罪だと仰るならば、私は罪を認めます」

しずく「自分の狡さを、卑しさを、愚かさを、白状します」

しずく「白日のもとに晒して、罰を受け入れます」

しずく「でも」

しずく「別れろ、なんて━━━その罰は、あまりにも今の私には重すぎます」

しずく「圧し潰されてしまいます」

しずく「崩れ落ちてしまいます」

しずく「死に沈んでしまいます」

しずく「だから」

しずく「それだけは、許してください」

しずく「私から━━━あの人を、奪わないでください」

しずく「この最愛を、〇さないでください」

166: 2021/01/22(金) 21:59:01.88 ID:MbR7lGA1
しずく「お願い、します……」

部長「……桜坂さん」

部長「罰は、そう易々と受け容れられないから、罰たりえるんです」

部長「条件は変えられません。これは部長命令です」

しずく「……そうですか」

しずく「だったら……私は……」


しずく「……桜坂しずくは、合同演劇祭に出ません。自主的に降板します」


部長「…………正気ですか?」

部長「あなたが、演技を捨てる?」

部長「それは自〇行為そのものですよ」

しずく「……ええ、本気ですよ」

しずく「部長命令だとしても、私は従えません」

しずく「こうなったら、徹底抗戦です」

167: 2021/01/22(金) 22:24:40.49 ID:MbR7lGA1
部長「…………そうですか」

部長「分かりました。決定権は桜坂さんにあります」

部長「恋人を捨て、『千両役者』として生まれ変わるか」

部長「ファンを捨て、『大根役者』として細々と生きるか」

部長「その選択を、あなたに託しましょう」

しずく「……私が今さら選択を変える、と思ってるんですか?」

部長「……」

しずく「……もう他に話がないようでしたら、お先に失礼させてもらいますが」

部長「ええ、話は以上です。ありがとうございました」

しずく「それでは━━━「桜坂さん」

部長「私は確信していますよ」

部長「桜坂しずくという人間が、この一世一代の大舞台をそんな易々と捨てられるはずがないと」

部長「何故なら、あなたは頭から爪先まで、その骨の髄まで役者なのですから」

しずく「……失礼します」

ガチャッ

部長「……全く、何を言うかと思ったら」

部長「ああいう『アドリブ』は苦手だよ……本当に……」

168: 2021/01/22(金) 23:10:11.87 ID:MbR7lGA1
◇◆◇◆◇◆◇◆

【お昼休み】
【廊下】

かすみ(……しず子、大丈夫かな……)

かすみ(朝送ったメッセージも、まだ既読ついてないし……)

かすみ(教室にまで行けば、会えるよね…)

ガラッ

かすみ「桜坂さん、いますか?」

「え? 桜坂さんは……」

「今日、お休みって聞いてるよ」

かすみ「……え?」

かすみ(今日しず子が休みなはずない。だって朝、侑先輩が会ったって言ってたし━━━)

「あの……もしかして……」

「桜坂さんの…例の人って…あなたなの?」

かすみ「…!ち、ちがいますよぉっ!」

かすみ「かすみんとしず子は、ただの友達ですからっ!」

かすみ「し、失礼します!」シュババババ

かすみ(も~!朝からどこでもしず子の話題で持ちきりで嫌んなっちゃうよ~)

かすみ(かすみんのクラスメイトも朝から色々聞いてきてさあ~)

「ねえねえ!中須さん!桜坂さんってスクールアイドルの同期の子だよね!?」

「桜坂さんに恋人いるって本当なの!?どこ高とか中須さん知ってる!?虹ヶ咲の子!?」

「アイドルが熱愛スキャンダルとかヤバくない!?」

かすみ「あ"~もぉうるさいんだよぉ本当にさぁ!」

169: 2021/01/22(金) 23:59:33.73 ID:MbR7lGA1
かすみ(それからかすみんは、しず子の居そうな所をとことん探し周りました)

かすみ(学園の中を)

かすみ(学園の外でも)

かすみ(午後の授業はサボることになりましたが、そんなことは気にしてられません)

かすみ(走って、走って、ひたすらに走って)

かすみ(それでもしず子は見つからなくて)

かすみ(時刻は放課後に差し掛かろうとしていました━━━)

かすみ「しず子、家に帰っちゃったのかな……」

かすみ「メッセージもあいかわらず未読だし……」

かすみ「しょうがない……学校に戻って同好会の皆さんに━━━


瞬間。

かすみんの視界に、飛び込んでくる影。

目の前からとぼとぼと歩み寄る人の姿。

腰まで届いたダークブラウンの髪。

その髪を結んでいる赤色のリボン。

白く美しいその端正な顔立ち。

そこに映えるはライトブルーの瞳。

ただ、その瞳に光彩はなく。

桜坂しずくは、暗闇のように、翳っていた。


かすみ「━━━しず子!」

しずく「……かすみ、さん?」

173: 2021/01/24(日) 08:05:44.47 ID:UED0sztF
おはようございます
昨日は私用のため更新できず申し訳ありませんでした
今日の夜には続きを更新できると思います
その間、私の過去のssでも読んでもらいながらお待ちいただければと思います


かすみ「その声は…しず子!?」しずクマ「……」
http://itest.2ch.net/test/read.cgi/lovelive/1604583097/

しずく「鳴かぬなら鳴かせてみせます掠れ声」
http://itest.2ch.net/test/read.cgi/lovelive/1608637948/

しずく「かすみさんとの馴れ初め」
http://itest.2ch.net/test/read.cgi/lovelive/1609439255/


あとかすみんお誕生日おめでとう

174: 2021/01/24(日) 08:09:14.64 ID:LzDWnBHX
山月記の人でワロタ

180: 2021/01/24(日) 21:17:33.38 ID:UED0sztF
かすみ「どこ行ってたの!?」

しずく「……どこにも行ってない。ずっとこの辺りを歩いてた」

かすみ「……しず子のクラスメイトから聞いたよ。朝から姿見てないって、」

かすみ「だからかすみん、しず子の居そうなところをずっと回って、でもどこにもいなくて……」

しずく「……ごめんなさい」

かすみ「……かすみん、しず子はもう家に帰っちゃってるのかな、って思ってたよ」

しずく「……家になんて帰れないよ」

しずく「朝のうちに、私が欠席だってことが先生からお母さんに連絡いったみたいで」

しずく「お母さんから電話きてね。すっごい怒ってて……。話しても分かってくれなさそうだったから……」

しずく「スマホの電源も切っちゃったよ」

かすみ「……電話は出れるようにしなきゃダメじゃん。かすみんも人のこと言えないけど」

181: 2021/01/24(日) 21:59:27.45 ID:UED0sztF
しずく「……そうだね。かすみさんの言う通り、電源が切れてるスマホなんて、携帯してる意味がない」

しずく「切った電源は、入れ直さなきゃいけない」

しずく「それはそうなんだけど。頭では分かってる。だけど……」

しずく「もうこのまま電源オフでいっか━━━なんて、考えちゃう自分もいるの」

かすみ「…………しず子……」

しずく「……だって、面倒くさいじゃんか。電源を入れ直したら、色んなことが溜まってて、後処理しなきゃいけなくて、」

しずく「そこまで労力をかけたところで、所詮マイナスがゼロに戻るくらいで、元の生活が戻ってくるだけで、」

しずく「そこまでして、電源を入れ直す必要があるのかな、なんて考えちゃうの」

かすみ「……何があったの?」

かすみ「侑先輩から聞いたよ。しず子、演劇部の部長さんに呼ばれたって」

しずく「……電源を切ったようなもんだよ」

かすみ「え?」

しずく「今度の合同演劇祭の主演ね、蹴ることにしたの」

184: 2021/01/24(日) 22:25:28.44 ID:UED0sztF
かすみ「…な、なんで!?」

かすみ「もしかして、部長から降りろって言われたの!?」

しずく「うんうん。……部長は、むしろ私に続投してもらいたいって言ってた」

かすみ「だったら、なおさら何で━━━

しずく「ただし、条件を提示された」

しずく「私とかすみさんが別れる。そうしなきゃ舞台の上には出せないって言われた」

かすみ「……!」

しずく「部長はこう言ってた」

しずく「あなたはファンの皆さんの目を欺いて、好きな人とお付き合いする━━━そんな狡猾い真似を働いたんだって」

しずく「それは重罪で。……だから、罪を犯した以上は、相応の罰をきっちり受けるべきだって」

かすみ「……じゃあ、かすみんとしず子が別れることが、罰だって言うの……?」

しずく「……そういうことみたい」

しずく「悪いことをした人は可哀想な目に遭わないと、世間は納得してくれないらしい」

しずく「誠実さが足りない……ってね」

かすみ「……」

185: 2021/01/24(日) 22:54:58.45 ID:UED0sztF
しずく「……もちろん私は納得できなかった」

しずく「反論したし、他の条件を頼んでみたけど、部長はその一点張りだった」

しずく「だから……」

かすみ「……しず子の方から、主役を蹴った」

しずく「……そう」

かすみ「……そいつ、しず子の主演続投を希望してる、とか言ってたぽいけどさ……」

かすみ「━━━そんなの、絶対ウソじゃん!」

しずく「え……?」

かすみ「だってそうじゃん!しず子がこーんなに辛い時に、そんな風に追い込んで!」

かすみ「そんなの、しず子を主演の座から引きずり下ろしたいだけじゃん!」

しずく「ち、違うの。かすみさん」

かすみ「何が違うのさ!」

188: 2021/01/25(月) 00:32:06.74 ID:41+DHKtr
しずく「……悔しいけど、部長の言ってることも一理あるよ」

しずく「どんなにその舞台が素晴らしくても、不祥事を起こした演者が一人でもいたら、過小評価されて当たり前で、」

しずく「だから観客にとって、演者は常に誠実で、清廉潔白であってほしい。そう願うのも当たり前で」

しずく「……だけど私は、その期待を裏切ることになった」

かすみ「……」

しずく「恋人を捨てるか、ファンを捨てるか」

しずく「その選択を迫られて、私は……恋人を選んだ」

しずく「かすみさんを選んで、ファンを捨てた」

しずく「桜坂しずくは、役者としての電源を切った」

かすみ「…………」

しずく「……部長は正しかったのかもしれない」

しずく「舞台より恋人を優先するなんて、誰がどう見たって、役者失格だもの」

しずく「舞台に立つ資格なんて━━━「あ"~~~!!!」

「もぉ"ーう"、い"い"!!!」

しずく「……っ!」

かすみ「もういいよ!さっきからダラッダラさあ!」

かすみ「しず子の話は長ったらしいんだよぉ!!」

191: 2021/01/25(月) 01:15:16.66 ID:41+DHKtr
しずく「な、長ったらしいって」

かすみ「長いじゃんか!ずーっと、ずーっと!」

かすみ「自分のことばっかくっちゃべってさぁ!」

かすみ「ねえ、しず子!かすみんの声、ちゃんと届いてる!?」

しずく「……え? えーっと…」

かすみ「届いてるなら返事して!」

しずく「う、うん。聞こえてるよ」

かすみ「……だったら!かすみんの話も聞いてよ!」

かすみ「かすみんは!」

かすみ「……しず子に、今回の舞台をこんなところで諦めてほしくない」

しずく「……かすみさん」

192: 2021/01/25(月) 02:21:53.03 ID:41+DHKtr
かすみ「…そりゃね、元はと言えば、かすみん達が悪いよ」

かすみ「あ、付き合ったこと自体が、じゃないよ?」

かすみ「……まあ確かに? 先輩たちに明かしたときも、せつ菜先輩にはあーだこーだ言われたけど……」

しずく「……そうそう。さんざん怒られたよね」

かすみ「だって、しょうがないじゃんね。あの時……しず子からこの髪飾りを貰った時、本当に嬉しかったんだから」

かすみ「しず子の想いが、ぎゅーっと詰まってて。しず子のことが好きって気持ちがどくどく湧いてきて、抑え切れなくて」

かすみ「しず子に告白したことは、今でも間違ってないって思ってるから」

しずく「……うん」

かすみ「……ファンの皆んなに黙ってるのも良くなかったかもしんない」

かすみ「あの場でキスしちゃったのは軽率だったかもしんない」

かすみ「そこは……まあ、かすみんもしず子も悪かったってことでさ」

かすみ「これからどうやったら許してもらえるのか、とことん向き合っていけばいいじゃんか」

367: 2021/02/09(火) 13:21:01.72 ID:6fjxXFqa
>>365
作者の記憶違いによるミスです……大変失礼しました

>>362の訂正です
誤『……もう、覚えてるに決まってるでしょ?私からだもん』

正『……もう、覚えてるに決まってるでしょ?かすみさんからでしょ』

一番間違えちゃいけなきゃ肝心な場面なのに申し訳ありません…
ご指摘ありがとうございました!

194: 2021/01/25(月) 03:10:57.00 ID:41+DHKtr
しずく「……かすみさんは、やっぱりすごいよ」

しずく「こんな時でも前向きで、プラス思考で、頼もしくて」

かすみ「……そんなことないよ、しず子。かすみんがこうやっていられるのも、同好会の皆んなのおかげだもん」

しずく「え?」

かすみ「今日の朝、同好会の部室に皆んなで集まってね」

かすみ「叱られたし…励まされたし…かすみんとしず子のことで、色んなこと話したの」

しずく「……」

かすみ「……写真のこと聞いたときは、しず子を辛い目に遭わせちゃったのが悔しくて、でも何をしていいのか分かんなくて、」

かすみ「ただ自分を責めるしかなくて、ブルーな気持ちだったんだけど……先輩たちに話を聞いてもらって、かすみんも前を向かなきゃって気になれたの」

かすみ「だって、侑先輩も、歩夢先輩も、せつ菜先輩も、愛先輩も、りな子も━━━かすみん達を応援してくれてるから」

しずく「……先輩たちが」

(侑「大丈夫。心配無用だよ。かすみちゃんもしずくちゃんも、私と同好会のみんなが守るから」 )

しずく「……」

かすみ「だから、かすみんは決めたの。落ち込むのはもうやめようって」

かすみ「しず子が落ち込んでたら、かすみんがそばに居てあげるって」

かすみ「しず子が傷つけられるなら、かすみんが絶対に守るって」

かすみ「しず子が殻に閉じこもるつもりなら、かすみんがこじ開けてやるって」

しずく「かすみさん……」

195: 2021/01/25(月) 09:07:55.65 ID:41+DHKtr
かすみ「ねえ、しず子。もう一回聞くから、ちゃんと答えてほしい」

しずく「う、うん……」

かすみ「かすみんの目を見て」

しずく「あぅ…」

かすみ「しず子は、合同演劇祭、本当に出るつもりないの?」

かすみ「本当は出たいんじゃないの?」

しずく「……さっきも言ったけど、今の私に出る資格なんて━━

かすみ「資格とかは聞いてないから!出たいの!?出たくないの!?どっち!」

しずく「……出……いに、決まってるじゃん」

かすみ「……声、ちっちゃいよ」


しずく「だから、出たいに決まってるじゃん…!」

しずく「ずっとずっとお稽古して、ここまでやってきたんだから…!」

しずく「私だって…!」

しずく「舞台に立ちたいよ…!」

197: 2021/01/25(月) 11:40:59.63 ID:41+DHKtr
かすみ「……よかったぁ」

しずく「え…?」

かすみ「しず子が舞台やめる、なんて聞いたから、かすみんビックリしちゃったよ」

かすみ「演劇……嫌いになっちゃったのかなって思ったから」

しずく「……うんうん。ずっと好きでいたもん。そんな簡単に嫌いになれるわけないよ」

しずく「私だって出たい。お芝居したい。舞台の上で、キラキラと輝きたい」

しずく「……だけど、」

しずく「嘘を重ねた私は……もうキラキラ輝くなんて、できないから」

しずく「だから……」

かすみ「…………しず子。ごめん」

しずく「えっ」

しずく(そう言ってかすみさんは、私の方に腕を回して━━━)

ギュッ

かすみ「ぎゅーっ」

しずく「か、かすみさんっ!?」

かすみ「わっ、しず子冷た~い」

かすみ「こないだみたいに、かすみんパワーで……あっためてあげるね」

199: 2021/01/25(月) 12:26:00.65 ID:41+DHKtr
しずく「……うん。かすみさん、暖かいよ」

かすみ「しず子、本当に冷たいよ?お昼食べた?」

しずく「……うんうん。食べてない」

かすみ「もー、ダメじゃんかぁ」

かすみ「……って、よく考えたら、かすみんも食べてないや」

しずく「え…?」

かすみ「そうそう。しず子とお昼食べようと思ってね、お昼休みに教室行って、でもしず子いなくて」

かすみ「そこからずーっと走り回ってたら……お腹すいてたことも忘れちゃった」エヘヘ

しずく「……本当にごめんなさい。迷惑ばっかりかけて」

かすみ「いいって。お互いさまだもん」

かすみ「かすみんが困った時はしず子が助けてくれて」

かすみ「しず子が困った時はかすみんが助ける」

かすみ「二人とも困った時は、二人で助け合う」

かすみ「それが、しず子とかすみんの仲でしょ?」

しずく「……かすみさんは、優しすぎるよ」

ツーッ

しずく「優しすぎて、なんだか、つらいよ」ポロッポロム

かすみ「……しず子?」

しずく「だって私、かすみさんから貰ってばかりで、何もお返しできてないもん……」ポロポロ

かすみ「……んもぉー、よしっててばぁ」

かすみ(……しず子、ほんとうに氷みたいに凍っちゃってる……)

かすみ(心も…体も…)

かすみ(待っててしず子……もっとしず子を暖めるから……氷を解かしてあげるから……)

201: 2021/01/25(月) 16:17:31.67 ID:41+DHKtr
かすみ「……お返しできてないなんて、そんなこと言わないで」

かすみ「かすみん、しず子からいーっぱいお返し貰ってるよ?」

しずく「え…?」

かすみ「しず子は気付いてないかもだけど、かすみんね、しず子から元気貰ってますから!」

かすみ「名付けて、しず子パワー!」

しずく「しずこ…ぱわー?」

かすみ「そうだよぉ?たとえば、一緒にお昼ご飯食べたり、」

かすみ「下校時間に一緒に話しながら帰ったり、」

かすみ「夜中にトークしながら、かすみんの宿題手伝ってもらったり、」

かすみ「休みの日は一緒に出かけたり、」

かすみ「……そうやってしず子と一緒にいるとね、しず子パワーがギューンギュン入ってきて、」

かすみ「今日はいい日だったなあって思えるし、」

かすみ「明日もかすみん頑張ろうって思えるんだ」

しずく「……でも、私がしてることなんて、そんなことだけで」

かすみ「そんなことだけでいいんだよ、しず子」

かすみ「贅沢いうなら……しず子が笑顔だと、かすみん、もっと嬉しいな」

202: 2021/01/25(月) 19:43:48.41 ID:41+DHKtr
しずく「笑顔…?」

かすみ「そう!スマイルだよ、しず子!」

かすみ「しず子が笑顔だと、かすみんも笑顔になれるから!」

かすみ「…しず子が悲しそうな顔してたら、かすみんも悲しくなっちゃうから」

かすみ「しず子だってそうでしょ?」

しずく「……うん」

かすみ「……だからね」

かすみ「しず子の笑顔を奪うヤツがいたら、かすみんはソイツを許さない」

かすみ「ぜぇーったいに、許さない!」

しずく「……!」

かすみ「こっそり隠し撮りして、あんな風に見せびらかして、しず子だけ狙って……」

かすみ「あんなやつサイテーだよ!かすみん、絶対に許さない!」

かすみ「あと」

かすみ「演劇部の部長さんも、しず子を泣かせたから嫌い!」

かすみ「前の部長さんは好きじゃなかったけど、それ以上に、今の部長さんは嫌い!」

しずく「か、かすみさん……」

かすみ「ファンを捨てるか、恋人を捨てるか?」

かすみ「そんなこと言うやつの話なんか聞かなくていいよ!」

203: 2021/01/25(月) 20:00:21.10 ID:41+DHKtr
かすみ「しず子だって、そう思うでしょ!?」

しずく「わ、私は……その……」

かすみ「……」

ギュッ

しずく「!」

かすみ「大丈夫。かすみん、失望なんかしないから」

かすみ「どんな桜坂しずくも、受け容れるから」

しずく「……ありがとう」

しずく「……私、今の部長とは、ずっと距離を感じてた」

しずく「私自身、距離を詰めるのが得意な方じゃないんだけど、」

しずく「それでも今の部長とは、距離がいっこうに縮まらなくて……」

しずく「でも、無視されてるわけでもない。むしろ、いつも見られてる気配があって……」

しずく「……はっきり言って、部長のことは苦手だった」

かすみ「しず子……」

204: 2021/01/25(月) 22:11:32.23 ID:41+DHKtr
しずく「……今朝も、部長のところに行くとき……不安で心臓が潰れそうだったの」

しずく「あの冷たい視線が、脳裏によぎって……拭っても拭っても払えなくて」

(━━━侑「……大丈夫?何なら、私も一緒に行くよ」 )

しずく「……侑先輩は、気遣ってくれたのに」

しずく「なのに私は、つい強がっちゃって、」

(━━━しずく「…………いえ、大丈夫です。さっきの先輩の言葉で、元気貰えましたから」)

しずく「そんな小さな嘘を、吐いてしまった」

しずく「伸びていた救いの糸を、自分の手で断ち切って……私は……」

しずく「地獄に堕ちた」

かすみ「…………」

しずく「……かすみさん、私、もうやだよ」

しずく「舞台の上には立ちたいよ。だけど……あんな地獄にはもう落ちたくないの」

しずく「こんなんじゃ……いつまで経っても、かすみさんに笑顔見せられないよ……」

206: 2021/01/26(火) 04:46:32.07 ID:H16Njc4L
かすみ「……しず子。頭貸して」スッ

ポムッ

しずく「あっ…」

かすみ「しず子なでなで。怖かったでしょ」

しずく「……うん、怖くて、泣きそうで、でも泣けなくて、寒くて、」

しずく「……もうダメかと思った」ポロッ

かすみ「……そっか。かすみんも一緒に行ってあげられなくてごめん」

しずく「うんうん、かすみさん達は悪くない、悪いのは全部わた━━━

かすみ「しず子。もう、あんなところ行かなくていいから」

しずく「え…?」

かすみ「しず子が舞台に上がれる方法を、これからかすみん達で考えよう」

かすみ「このままヤラレっぱなしじゃ、面白くないでしょ?」

しずく「で、でも……そんなの……虫が良すぎるよ……」

かすみ「いいんだよ。しず子は、もっと図太くなったって」

かすみ「もっと思いのままに生きていいんだよ」

かすみ「だって、しず子の舞台の主役はしず子なんだから」

しずく「かすみさん……」

207: 2021/01/26(火) 06:51:37.58 ID:H16Njc4L
かすみ「しず子に笑っていてほしいのは、かすみんだけじゃないはずだよ」

かすみ「……もし、よかったら、しず子」

かすみ「スマホの電源、入れ直してほしいな」

しずく「え、でも……」

かすみ「大丈夫。かすみんがいるから」

しずく「……分かった」

スッ

しずく「…………」

しずく(スマホの電源を入れる……ただそれだけなのに……)

しずく(どうしてこんなに指が……震えちゃうんだろう……)

ガシッ

しずく「!」

かすみ「大丈夫。しず子ならできる」

しずく「……うん」

スッ

しずく(私なら……出来る)

しずく(……いけ!)

ブゥー

スマホ画面『電源起動』

しずく「…………」

ピコン

ピコン

ピコン

ピコン

ピコン

ピコン

ピコン

ピコン

ピコン

しずく「……!」

208: 2021/01/26(火) 07:21:39.06 ID:H16Njc4L
スマホ画面『メッセージがありました』


侑:元気出してしずくちゃん!いつだって私はしずくちゃんの味方だから!


歩夢:しずくちゃん。辛い時があったら、無茶しないで。いつでも私達を頼ってくれていいからね。


せつ菜:しずくさん!次の舞台で名誉挽回ですよ!この逆境を乗り越えるチャンスです!


愛:しずく~!犯人は愛さん達が絶対に見つけっから、しずくは気にしないで、舞台、絶対成功させるのだ~!


璃奈:しずくちゃん。ゴー!?ファイト!?ウィン!?


しずく「皆さん……」

しずく「あっ…」


彼方:しずくちゃ~ん。侑ちゃんから聞いたよ~?彼方ちゃんはそばに居れないけど、どんな時もしずくちゃんのこと、応援してるからね~。


エマ:しずくちゃん!困ったらいつでも相談してね!わたし、しずくちゃんの笑顔が大好きだから!


果林:しずくちゃんは色々なものを背負っていると思うけど、それはあなたが同好会と演劇部を頑張ってきた証。次の舞台、期待してるわ。


しずく「三年生の…皆さんも……」ポロッポロ

211: 2021/01/26(火) 07:54:17.43 ID:H16Njc4L
かすみ「……朝、侑先輩たちと話して、一人ずつメッセージを送ってしず子を応援しようって決まったの」

かすみ「彼方先輩やエマ先輩、果林先輩にもメッセージ送ってもらいたかったから、しず子が今トラブルに遭ってること教えちゃった」

かすみ「ごめん」

しずく「…………うんうん」

しずく「かすみさん、わたし……今、すっごく嬉しい」

しずく「同好会に入って……本当によかった」

かすみ「しず子……」

しずく「……そういえば、かすみさんのメッセージはないの?」

かすみ「あぅ、その……どんな文章がいいか、ずっとずっと考えてたんだけど……中々まとまらなくて……」

かすみ「だからかすみんは、直接会って気持ちを伝えようと思って……」

しずく「……かすみさん」

かすみ「なに、しずこ━━━

ガバッ

かすみ「うえぇ、どうしたのしず子!?いきなり抱きついて━━━

しずく「ありがとう、かすみさん。私を助け出してくれて」

かすみ「……お礼なんていらないよ」

しずく「あなたの恋人になれたなんて……私、本当に幸せ……」

しずく「大好きだよ、かすみさん」

かすみ「私も、大好きだよ、しず子」

ギュッ

━━━━━
━━━━
━━━

かすみ「……しず子。充電、満タンになった?」

しずく「うん。満タンになった」

かすみ「完全復活!」

しずく「私、もう降りたりしないから」

しずく「行こう、かすみさん。━━━この一世一代の大舞台へ」

214: 2021/01/27(水) 19:13:27.98 ID:rhXUk3la
◇◆◇◆◇◆◇◆

【合同演劇祭 前日】
【生徒会室】

トントン

菜々「どうぞ」

「失礼します」ガチャッ

菜々「お疲れ様です。突然お呼びしてしまい、すみませんでした」

「……校内放送で私の名前が呼ばれたので、飛んで来ましたよ」

菜々「本当にすみません。忙しい中お時間をいただきありがとうございます」

菜々「明日の合同演劇祭に向けての準備は、問題なさそうですか?」

「……そうですね。ほぼ整っております」

菜々「そうですか」

菜々「……それにしても残念でしたね。主演の桜坂しずくさんが、ここに来て急遽降板だなんて」

「…………」

菜々「彼女が出演しないことに対する落胆の声は、あちこちで耳にしますよ」

菜々「おそらく部内にも動揺されている方もいるのではないですか?」
菜々「演劇部部長さん」


演劇部部長「……いえ、桜坂の降板の件に関しては、特に問題ありません」

215: 2021/01/27(水) 19:44:01.03 ID:rhXUk3la
演劇部部長(以下、『部長』)「桜坂の降板は、一週間前から話を聞いてました」

部長「例の件を受けて、主演続投の意思を桜坂本人に聞いたところ、自主降板の申し出がありました」

部長「そのため部の方では、一週間という、代役の準備するには十分な時間があったため、特に支障を来たしてはいません」

菜々「そうだったんですか。それを聞いて一安心しました」

菜々「…そういえば、桜坂さんの降板が全校生徒に知れ渡ることになったのは昨日ですよね?」

菜々「通知が遅くなったのは何故なんですか?」

部長「……私としては、彼女が戻ってくるのをギリギリまで待っていたかったのですが、」

部長「流石に三日前となってはこちら側としても動かざるを得ません。そのため、お知らせが遅くなってしまいました」

菜々「なるほど。納得しました」

部長「……お話は以上でよろしいですか?私も明日の最終確認があるので、これで失礼させて━━━「いえ、」

菜々「実のところ、今日こちらに来ていただいたのは、私からお話があるため、ではないのです」

部長「……?」

217: 2021/01/27(水) 20:08:13.25 ID:rhXUk3la
菜々「と言いますのも、あなたとお話ししたい方……いえ、方々がいらっしゃいまして」

菜々「その方々とあなたのお話を、生徒会長である私が第三者として立ち会ってもらいたい、という要望があったのです」

部長「……話が見えませんね。わざわざあなたを介してまで話しをする必要性があるのですか?」

菜々「なんでも、これは個人間の話に留まらず、団体間での話になりえる、とのことでしたので」

菜々「生徒会長として、その方々の申し出を受けた次第です」

部長「……生徒会長のあなたにしては、随分とその方々に肩入れしてるようですね」

部長「こんなやり方は言ってしまえば、騙し討ちみたいなものですよ」

菜々「火急を要していたため、主旨を事前にお伝えできなかったことは申し訳なく思います」

菜々「ただ、私はあくまでも証人役です。外部に漏らす等、双方にとって不都合な行為は致しませんので、そこはご心配なく」

部長「……それで、先ほどから仰っている方々とは、どなた達なんですか」

部長「今ここには、私と生徒会長しか居ないではありませんか」

菜々「もうじきに来ますよ━━━



トントントン

「失礼します」

218: 2021/01/27(水) 20:39:48.18 ID:rhXUk3la
菜々「噂をすれば何とやら、ですかね」

菜々「どうぞ」

ガチャッ

「遅くなってしまってすみません」

ゾロゾロ

部長「……あなた達は、桜坂さんの……」

「……こんにちは、演劇部部長さん。私達は、スクールアイドル同好会です」

侑「私は音楽科3年、高咲侑と言います」

歩夢「えっと…普通科3年の、上原歩夢です…」

愛「情報処理学科3年の宮下愛だよ。よろしくね、部長さん」

璃奈「情報処理学科2年。天王寺璃奈」

かすみ「………むすぅ」

璃奈「かすみちゃん、挨拶しなくちゃ」

かすみ「……ふーんだっ」

部長「……あなたは、うちの部室によく来て桜坂さんと会ってた……」

部長「中須かすみさん、でしたっけ」

かすみ「……そうですけどぉ?それが何かぁ?」

愛「こら。そんな態度よくないぞ。かすかす」

かすみ「……だから愛先輩、かすかすじゃなくて、かすみんですってば」

219: 2021/01/27(水) 21:32:51.01 ID:rhXUk3la
侑「……今日は、演劇部の部長さんと大事な話がしたかったので、生徒会長にこういった席を設けさせてもらいました」

部長「大事な話……」

部長「察するに、桜坂しずくに関することでしょうか」

侑「話が早くて助かります」

部長「あなたたちスクールアイドル同好会と、私たち演劇部の接点を考えるならば、それしかありません」

部長「今日この場に本人が居ないのは、話の内容を考慮して本人は敢えて呼ばなかった」

部長「違いますか?」

侑「……その通りです」

部長「そして、大事なお話というのも、皆さんの様子を見るに、その内容を大体察しましたよ」

侑「……!」

部長「桜坂しずくの降板に対して、その経緯の具体的な説明と、その撤廃を要請したい」

部長「違いますか?」

侑「……いえ、合ってます」

220: 2021/01/27(水) 22:09:00.35 ID:rhXUk3la
部長「分かりました。撤廃に関してはさておき、まずは彼女の降板の経緯を説明しましょう」

部長「とはいえ、そこまで複雑な話ではありません。むしろシンプルです」

部長「一週間前に、桜坂さんの件を受けて、主演続投するか否かを確認したところ、本人より降板の要望がありました」

部長「つまり、これは自ら志願した降板で━━━

かすみ「何言ってるんですか!」

部長「━━━っ」

かすみ「しず子が自分から降板した?違いますよねぇ」

かすみ「あなたが!降板させたんです!しず子が自分から降りるように、話を誘導したんです!」

部長「……仰ってる意味がよく分かりませんが」

かすみ「とぼけたって無駄ですよぉ!」

かすみ「かすみん、ぜーんぶしず子から聞いてるんですから!」

221: 2021/01/27(水) 22:42:00.45 ID:rhXUk3la
かすみ「主演を続ける条件として、恋人と別れる」

かすみ「その人とお別れできないなら、舞台には立たせない」

かすみ「そうやって言って、しず子を追い詰めて、無理やり降板させたんじゃないですか!」

部長「……私が彼女を降板させたくて、無茶な条件を提示して、降板するように話を持っていったとでも?」

部長「呆れました。話になりません」

かすみ「なっ…!」

部長「中須さん、スクールアイドルの活動に勤しむあなたなら分かっているはずでしょう?」

部長「ファンの信頼を裏切ることが、どれだけ罪深いことなのかを」

かすみ「…!ぐぬぬ……」

菜々「……」

部長「桜坂さんの演劇部における立場は、ただの部員とはワケが違います」

部長「彼女の熱狂的な人気は、それだけ彼女を支えるファンがいたことに他ならない」

璃奈「……」

愛「……」

部長「今回の彼女の一件は、身から出た錆。この一言に尽きます」

部長「ファンの信頼を取り戻し、舞台の上に堂々と立ちたいのであれば、恋人と別れることくらい当然です」

部長「それができないのであれば、降板もやむなしかと」

歩夢「……侑ちゃん」

侑「それが……演劇部としての考え、ですか」

部長「そういうことになります」

226: 2021/01/28(木) 00:03:48.51 ID:lmj9k3t3
侑「……だとすると、しずくちゃんの降板の撤廃も、難しいということですか」

部長「ご理解が早くて助かります」

部長「先ほど中須さんは妙なことを仰ってましたが、桜坂さんは確かに自主降板です」

部長「自主的である以上、こちらが撤廃したところで、桜坂さんに戻る意思がなければ意味がない」

部長「勿論ここで言う、戻る意思とは、部の提示した条件を飲むことに他なりません」

侑「……その条件を撤廃するつもりは?」

部長「毛頭ありませんね」

侑「……そうですか」

部長「皆さんの中に、勘違いされてる方もいるかもしれませんが、」

部長「私は桜坂さんに意地悪をしたくて、このようなことを言ってるわけではありません」

かすみ「……!」ピクッ

部長「これは桜坂さん本人と、桜坂さんを支援する方々のためなんです」

かすみ「……」ピクピクッ

部長「桜坂さんが誠実な態度を見せることで、ファンの方々も怒りもやがて鎮まるでしょう」

かすみ「っけんな……」ボソッ

部長「そうなれば、この騒動も丸く収まる。そう考えれば、桜坂さんの交際相手の方のためでも

「ふざけんな」

……シーン

部長「……何か、言いましたか?」

かすみ「……ふざけんなって、言ったまでですよ」

228: 2021/01/28(木) 01:01:17.39 ID:lmj9k3t3
かすみ「さっきから聞いてたら……イライラしてしょうがないんですよ」

かすみ「意地悪をしてるわけじゃない?」

(━━━しずく「……かすみさん、私、もうやだよ」 )

かすみ「よくそんなことが言えますね」

(━━━しずく「舞台の上には立ちたいよ。だけど……あんな地獄にはもう落ちたくないの」 )

かすみ「かすみんは絶対に許しません」

(━━━しずく「こんなんじゃ……いつまで経っても、かすみさんに笑顔見せられないよ……」)

かすみ「しず子をあそこまで苦しめたあなたを、断じて許しませんから」

部長「……桜坂さんは幸せ者ですね。恋人さんからこんなにも愛されているだなんて」

部長「ファンを捨てるのも無理ありません」

かすみ「!」ダッ

愛「!かすみん、早まっちゃダメ!」

璃奈「…!かすみちゃん…!」

229: 2021/01/28(木) 01:20:46.67 ID:lmj9k3t3
かすみ「愛先輩!りな子!離して!」ジタバタ

かすみ「この人…!ぶたれなきゃ分かんないみたいだから…!」ジタバタ

愛「暴力はダメだってかすみん!」ガシッ

璃奈「かすみちゃん落ち着いて…!」ガシッ

かすみ「ぐぬぬぬ…!」ジタバタ

歩夢「あわわわ…どうしよう、侑ちゃん……!」

侑「…………やっぱり、知ってたんだ」

歩夢「えっ…?」

侑「……これで確信が持てたよ」チラッ

部長「……ふぅ」

部長「皆さんからのお話は以上でよろしいでしょうか?明日のこともあるので失礼したいのですが」

かすみ「まだですよ!まだ終わってなんかない!」ジタバタ

かすみ「謝ってください!しず子にやってきたこと、ぜんぶぜんぶぜんぶ、しず子に頭を下げてください!じゃなかったらかすみんがどうなるか


パンッ


「静かにしてください」

かすみ「!」ビクッ

菜々「中須さん。生徒会室での大声は控えてください」

菜々「それに、暴力沙汰は校則違反ですよ」

かすみ「……はい、分かりました」

230: 2021/01/28(木) 07:31:28.61 ID:lmj9k3t3
部長「もういいでしょう。これ以上は時間の無駄です」

部長「皆さんの桜坂さんに対する友情は伝わってきましたが、話が平行線をたどっていては何の意味もありません」

侑「……いや。意味ならありましたよ」

部長「……はい?」

侑「あなたとお会いして、こうして話してみて……その中で、やっと確信を得ることができましたから」

部長「……?話が見えませんね。何が分かったと言うのですか?」

侑「今回の騒動ですよ」

侑「一週間前、掲示板にしずくちゃんの写真を貼りつけて、この騒ぎを起こした張本人」

侑「その犯人が……やっと分かった」

部長「……」

侑「……生徒会長。今から私が話すことは、ここだけの話でお願いします」

菜々「分かりました」

侑「……さて」

侑「今回の騒動ですが、その犯人。犯行。そして犯行動機……これらを今から説明したいと思います」

侑「まずは犯人ですが……単刀直入に言います」

侑「犯人は━━━」


(━━━歩夢「それって……犯人の狙いは、しずくちゃんってこと、でいいのかな……」)

(━━━愛「恨みを買うことは、あってもおかしくないんじゃい? たとえば━━━しずくの演技の才能やその面目躍如に、嫉妬してとか」 )

(━━━せつ菜「…… 『たまたまお二人を目撃して、朝からずっと尾行してきた』という線は、かなり無理があるように思えてきましたね……」)

(━━━璃奈「それか、今朝の掲示板に、演劇部の取材の記事が載ることを前もって知っていた人物」)

(━━━かすみ「でも!でもですよ!デートの日も、待ち合わせの場所も、かすみんとしず子以外には秘密にしてたはずです!」 )

(━━━かすみ「どうやって犯人は時間も場所も分かったんですか!」)


侑「━━━演劇部部長。あなたです」

演劇部部長「…………」

240: 2021/01/29(金) 02:16:32.05 ID:U7P4KWoH
部長「…………私が、犯人?」

侑「はい。一週間前の騒動を起こしたのは、あなたですよね?」

部長「……何を言い出すかと思えば」

部長「失礼します。そんな妄言に付き合っているほど暇じゃありませんので」

侑「妄言じゃありません」

侑「これまでに起きたことを整理すると、こんな状況を作ることが可能なのは、部長さん、あなたしか居ないんです」

部長「……あなた達の探偵ごっこに付き合っていられませんよ」

部長「私しかあの状況を作れない?どうしてそんなこと言えるんですか」

部長「桜坂さんの様子を写真に収めて、その写真を掲示板に貼る。そんなこと、誰だって出来ることじゃないですか」

侑「いえ、誰だって出来るわけありません」

侑「むしろ、それが出来る人は、かなり限定されてききます」

部長「……」

244: 2021/01/29(金) 03:18:07.91 ID:U7P4KWoH
侑「しずくちゃんを盗撮した写真ですが、あの中に一枚、しずくちゃんが帽子を被っていない写真があったのは知ってますか?」

部長「……さあ、そこまでハッキリと覚えてませんが」

侑「しずくちゃんの話によると、あそこは待ち合わせの最初の場面だそうです」

侑「他の写真では帽子を被ってますが、それは待ち合わせの後すぐにしずくちゃんの帽子を買いに行ったからなんです」

部長「……それで、その帽子がどうかしたのですか?」

侑「帽子そのものよりも、帽子を被ってない写真が重要なんです」

侑「肝心なのは、あの場面の写真の撮ることができた人物は、その時点でしずくちゃんに隠し事がないか訝しんでおり、シャッターチャンスを待つことができたということです」

249: 2021/01/29(金) 18:01:35.55 ID:U7P4KWoH
部長「シャッターチャンスを待つことができた……。つまり、偶然お二人を目撃して盗み撮りしたわけではなかったと」

部長「事前に知っていたと、そう言いたいのですか」

侑「そういうことになります」

部長「……解せませんね。論理が飛躍してるように思えます」

部長「仮に、桜坂さんのことを知っている人物Aが、たまたまその場を通りかけていたとします」

部長「Aはお二人を見て驚いたでしょう。片方はあの桜坂しずく。もう片方は帽子に眼鏡と明らかに変装している人物」

部長「その二人が隣り合って行動しているのを見たAが、その関係を怪しむのは自然なことだと思いますが」

侑「一日中ずっと?」

部長「そのAが熱烈な桜坂しずくファンであれば、一日を棒に振ってもおかしくないでしょう」

部長「お二人が抱き合ってキスしている所を目撃したAはついに逆上。桜坂さんへの報復のため、その日に撮影した写真を公衆に晒すことを決意した……」

部長「この可能性もあるわけでしょう。二人の待ち合わせ時間を事前に知らなくても、犯行は可能なはずです」

250: 2021/01/29(金) 19:13:36.24 ID:U7P4KWoH
侑「……しずくちゃんへの逆上。そして報復」

侑「衝動的にこの騒動を起こした線はもちろん考えました」

侑「ただ、これが衝動的犯行だったとすると……ある疑問が湧くんです」

部長「疑問?」

侑「━━━写真を掲示板に晒したタイミングです」

侑「しずくちゃんのお出かけの日から、演劇部のインタビューの記事が掲示される日まで、空白の時間があります」

侑「犯人はなぜ、この空白の時間に何も動かなかったのでしょうか?」

部長「……」

侑「もし、これが衝動的な犯行だとすれば、写真を撮った次の日には実行に動いていてもおかしくないはずです」

侑「だけど犯人は、記事が掲示される日まで何も動きがなかった」

侑「これは、おかしいと思いませんか?」

252: 2021/01/29(金) 20:16:29.64 ID:U7P4KWoH
部長「……こうは考えられませんか?」

部長「……写真を撮った後で、桜坂さんにより大きなダメージを与えられる機会を狙っていた」

侑「……」

部長「あるいは、良心の呵責」

部長「写真を撮ったものの、実行に移すまでに時間が必要だった。その可能性はどうでしょうか」

侑「……なるほど。今の段階では、無いとは言い切れませんね」

部長「そうでしょう?」

侑「……なるほど」

侑「ただ、部長さん。そもそもなんですが」

侑「どうして犯人は、演劇部のインタビューが掲載される日付を前もって知ってたんでしょうか?」

253: 2021/01/29(金) 22:16:16.87 ID:U7P4KWoH
部長「…………」

侑「おかしいですよね。演劇部のインタビューの記事が掲載される日なんて、普通の人はまず知らない」

侑「なのに、写真が貼られたタイミングはその日と完全に一致しています」

侑「しかも、記事の顔写真に『大根役者だ』なんて一文も添えてありました」

侑「これは記事と写真がたまたま被ったんじゃなく、犯人が記事の存在を知っていた証拠です」

部長「……」

侑「犯人が、いくらしずくちゃんが一番傷つくタイミングを狙っていたとはいえ、」

侑「いくら良心の呵責によって実行まで時間がかかったとはいえ、」

侑「この一致は、インタビューの記事の掲載日を把握していた人でない限り、不可能に近いんですよ」

254: 2021/01/30(土) 11:42:18.87 ID:gAKyqgKP
部長「……なるほど」

部長「確かにその情報を知ってる人は限られてきます」

部長「私含めた演劇部の上層部と、桜坂さん本人。あとは新聞部の皆さんといったところでしょうか」

部長「しかし高咲さん」

部長「それが私が犯人となる理由、に果たしてなりえるのでしょうか」

侑「……」

部長「写真を掲示板に晒すのが私以外でもできるなら、私が犯人であるのは言い切れませんよね」

部長「そう。たとえば、新聞部」

部長「新聞部の誰かが桜坂さんの情報を仕入れて、写真を隠し撮りし、記事が出る日に合わせて写真を掲示した」

部長「その線も十分ありますよね?」

侑「……」

部長「それに、新聞部が誰かから写真を受け取った可能性もあります」

部長「誰かが桜坂さんたちを目撃し、写真に収め、その写真を新聞部に手渡した」

部長「つまり、写真を撮った人と新聞部の部員による共犯です」

部長「そう考えたら、インタビューの記事が載る日を知らない者でも、それが衝動的犯行だったとしても、今回の騒動を起こせるのではないでしょうか」

256: 2021/01/30(土) 12:25:06.45 ID:gAKyqgKP
侑「……なるほど」

部長「高咲さん。あなたは先ほど、この状況を作ることができるのは私しかいないと、そう仰いましたよね?」

部長「今なら前言撤回していただいても構いませんよ。勇み足であったことを認めるなら、私もこれ以上食い下がるのはやめましょう」

侑「………」

部長「撤回しなさい。そして謝罪しなさい。私を犯人だと決めつけたことを」

侑「………」

歩夢「……侑ちゃん」

侑「……ふふふっ」

部長「……? 何がおかしいのですか」

侑「いや、すみません。つい、感心しちゃいまして」

侑「部長さん……あなたは本当に頭が切れる。しずくちゃんが言っていた通りの人です」

侑「そして何より」

侑「この状況下で動揺を一切見せない胆力━━━いや、演技力は、大したものだと思います」

部長「……前言撤回する気はないようですね」

侑「はい。やっぱりあなたが犯人です」

侑「今からお教えしましょう。その証拠を━━━あなたのミスを」

257: 2021/01/30(土) 13:12:07.06 ID:gAKyqgKP
部長「ミス……ですか」

侑「そうです。あなたは私たちの前で、誤ちを犯しました」

侑「それがあなたを犯人たらしめる証拠なんです」

部長「……言いがかりではないことを祈りますよ」

部長「どうもあなたは、私を犯人だと最初から決めつけているきらいがある」

部長「先ほどまでのあなたの弁舌も、私を試していたのでしょう?」

部長「この騒動の犯人たりえる人物像に、私が合致しているのかどうか」

部長「そして、話の中で私がボロを出さないか━━━試していたのでしょう?」

侑「そういうことになります」

部長「……くだらない」

部長「私が動揺を一切見せない?それもそうでしょう。私は犯人ではないのですから」

侑「いえ、あなたが犯人です」

侑「逆に、あなたが犯人じゃないなら、おかしな点があります」

部長「……何を根拠にそんなこと


侑「では、なぜ━━━しずくちゃんの恋人が、かすみちゃんだと、あなたは知っていたんですか?」

258: 2021/01/30(土) 15:19:14.50 ID:gAKyqgKP
部長「……はい?」

侑「先ほど、あなた言いましたよね?かすみちゃんがしずくちゃんの降板の件で詰め寄った時に、」

侑「『桜坂さんは幸せ者ですね。恋人さんからこんなにも愛されているだなんて』って」

侑「ということは、あなたはかすみちゃんがしずくちゃんの恋人だと前から知っていた。そうですよね?」

侑「でもそれはおかしいんですよ」

侑「そうだよね?かすみちゃん」

かすみ「……はい」

部長「…………」

かすみ「……写真に写っているかすみんは、目元がマジックで黒く塗りつぶされてました。それも全部」

かすみ「それに帽子も被ってましたし、見た目でバレる対策はバッチリしてました」

かすみ「実際、あの写真を見た皆さんは、しず子の隣にいたのが、かすみんだって気付いてないようでした。かすみんのクラスメイトですら」

かすみ「しず子の恋人がかすみんだってことは、誰も知らないはずなんです。同好会の皆さんと━━━犯人以外は」

かすみ「なのに、どうして部長さんは、かすみんをしず子の恋人扱いしたんですか」

部長「……さあ。あなたが言ったんじゃないですか?」

かすみ「言ってませんよ。かすみんは一言も」

かすみ「しず子の恋人だなんて、今の今まで、一言も言ってませんよ」

部長「…………」

261: 2021/01/30(土) 21:30:33.79 ID:gAKyqgKP
侑「そう、かすみちゃんは一言も言ってないんですよ」

侑「というか、ここの生徒会室に来る前に、かすみちゃんには強く釘を差しておいたんです」

侑「しずくちゃんの恋人だってことを、自分から言わないように、って」

侑「なのにあなたは、しずくちゃんとかすみちゃんが恋人だってことを知っていた」

侑「それはどうしてですか?」

部長「……そもそもなんですが」

部長「『あなた達が恋人であることは、同好会の皆さんと犯人しか知らない』

部長「それは果たして本当なんですか?」

侑「部長さん」

侑「はぐらかさないでください」

侑「なぜあなたが知っていたのか、答えてください」

部長「…………」

262: 2021/01/30(土) 23:27:55.48 ID:gAKyqgKP
部長「……仕方ありませんね。白状しましょう」

侑「……」

部長「その写真を撮影したのが、演劇部の部員だったからですよ」

侑「……部員?」

部長「ええ。うちの部員の一人が、たまたま桜坂さんのデート姿を目撃したそうで」

侑「待ち合わせの時点で?」

部長「桜坂さんだと気付いたということは、そういうことなんでしょう」

部長「ああ、そうです。片方の人が桜坂さんに帽子を被せたと言ってましたね」

部長「その時に、片方の人を見たことあると思ったようで、後から中須さんだと気付いたそうです」

かすみ「……まあ確かに?しず子の隣にいるのがかすみんだって分かるのは、帽子屋さんに行く間でしょうからね」

部長「その子は変装している二人を不審に思い、二人の跡を追って、隠し撮りを試み……そして翌日、私に相談を持ちかけられました」

部長「相談内容は、桜坂さんに恋人がいる、というものでした」

264: 2021/01/30(土) 23:59:29.10 ID:gAKyqgKP
部長「その時に、その人から教えてもらいました。桜坂さんの恋人が中須さんであることをね」

侑「どうしてさっきの時点では隠していたんですか?」

部長「情報源が密告ですからね。そう簡単には口を開けませんよ」

侑「……では、相談を受けたあなたはどうしたんですか?」

部長「『桜坂さんに厳重注意する』と伝えましたが、その子は不服なようでした」

部長「きっと彼女は、私の厳重注意では、桜坂さんへの制裁が足りないと判断したのだしょう」

部長「結局、相談を聞かなかったことにしてほしいと彼女から言われました。写真も持ったまま」

侑「……」

部長「その後の彼女の行動は追っていませんが━━━おそらく彼女はその情報を、新聞部の誰かに垂れ込んだのでしょうね」

部長「そして彼女と新聞部の一人の共犯によって、あのような騒動が起きることになった」

部長「そう、これが事件の真相ですよ。高咲さん」

265: 2021/01/31(日) 00:57:59.18 ID:n4dmKnM6
侑「……その人に会わせていただくことは出来ますか」

部長「残念ながらそれは出来ません」

かすみ「はぁ!?何言ってるんですかぁ!?」ガタッ

部長「言ったでしょう。演劇部は明日、合同演劇祭という一大イベントを控えているんです」

部長「あなた達の探偵ごっこに付き合っている暇はないんですよ」

かすみ「ふざっけないでください!」

かすみ「その人がしず子にどんだけ酷いことしたのか、あなた分かってるんですか!?」

部長「……確かに、新聞部との共謀は、事態を大きくし過ぎたとは思います」

部長「彼女の処遇については、合同演劇祭が終わり次第、私の方から下す予定で元々いましたので」

侑「……」

部長「写真を撮った犯人を知っていたにもかかわらず、その事実を隠していたのは謝罪します」

部長「ただ」

部長「部員を護らなければいけない、というのが、部長としての役目なんです」

部長「ご容赦ください」

侑「…………」

かすみ「……そんな要求、こっちが飲めるわけ━━━「演劇部部長、少しよろしいですか」

部長「……?なんでしょう、生徒会長」

菜々「……今の話の中に挙がった、演劇部の部員さん」

菜々「その人を、今すぐここに呼び出してください」

267: 2021/01/31(日) 01:49:21.33 ID:n4dmKnM6
部長「……話を聞いてましたか?今は明日の本番に備えなければならないんです」

部長「部を乱すような真似は謹んでいただきたいのですが」

菜々「分かっています。ですが生徒会としては、そういうわけにもいかないのです」

部長「……今回の件が単なるイタズラで済まされないことは私も承知しています。本人には厳しく言っておきますので━━━」

菜々「いえ、それもそうなんですが、生徒会としてどうしても確めなければならない事項がありまして。そのためには本人の確認が必要なんです」

部長「……なんですか、それは」

菜々「報酬の有無です」

部長「……報酬?」

菜々「先ほどのあなたの話では、写真を撮影した演劇部部員の方が、新聞部の方に写真を渡したのではないか、という推測が立てられていました」

菜々「なるほど。それならば演劇部のインタビューの記事が掲示される日に合わせて例の写真を貼り付けることは可能です」

菜々「新聞部はその日付を知っているわけですから」

菜々「そして、もしそれが事実であった場合、ある問題が発生します」

侑「……写真を受け取った新聞部からの、演劇部部員に対する報酬があったかどうか……ってこと?」

菜々「そうです。報酬がなければ特に問題はありません。しかし━━━」

菜々「報酬があった場合。とりわけ、それが金銭であった場合、生徒会として看過するわけにはいきません」

菜々「その件に関しては、ご本人にしか分からない以上、ご本人に尋ねる必要があるんです」

268: 2021/01/31(日) 02:04:23.25 ID:n4dmKnM6
菜々「そもそも、新聞部が絡んでいるのだとすれば、本件は職権濫用にあたります」

菜々「新聞部が自分の立場を利用して、桜坂さん本人には無許可で、その名誉を傷つける形で掲示板を悪用したことになります」

菜々「加えて、その情報を手に入れるにあたって報酬が発生していたのだとすれば、」

菜々「これは新聞部の信憑性が大きく揺らぐことになる、極めて重大な案件です」

部長「……だから、うちの部員を呼べと、そう言いたいのですか?」

菜々「話を聞くだけです。時間は取らせませんので、部長さんから声を掛けていただいてもいいですか?」

部長「……できません」

菜々「何故ですか?」

部長「……それは……」

菜々「部員を守るのが部長であるあなたの務めだからですか?」

菜々「それとも」

菜々「桜坂さん達を隠し撮りして、新聞部に写真を手渡した演劇部部員━━━そんな人物は、本当は居ないから、ですか?」

部長「……!」

侑「……嘘だったんですか」

侑「さっきまでの告発は、全部、作り話だったんですか」



部長「…………そう」

…はぁ

部長「全部、演技だ」

276: 2021/01/31(日) 21:11:00.41 ID:n4dmKnM6
侑「じゃあ、どうしてあなたは、しずくちゃんの恋人がかすみちゃんだって知ってたんですか?」

部長「……どうしてって」

部長「━━━私がその写真を隠し撮りした、目撃者だから」

部長「そう言えば、納得してくれるかな?」

侑「……」

部長「そうだよ、高咲侑さん。君の読みは正解だ」

部長「私が写真を撮り、そして掲示板に貼り付けて、この騒ぎを起こした」

部長「いわゆる犯人ってやつだよ」

侑「……今回の事件の全貌を、教えてください」

部長「教えるって言ったって、君は全て分かってるんじゃないのかい?」

侑「あなたの口から聞きたいんです」

部長「……分かったよ。全部話そう」

277: 2021/01/31(日) 21:59:53.34 ID:n4dmKnM6
部長「どこから話せばいいのか悩ましいけど……じゃあ、犯行動機ってやつから話そうか」

部長「私がどうしてこんな騒動を引き起こしたのか」

部長「答えは至ってシンプル。桜坂しずくを今回の舞台から降ろしたかったからだ」

部長「もう少し正確に言うなら、私の理想とする舞台に対して、彼女の存在があまりにも大きくなり過ぎていて、もはや障害となっている━━━そう判断したからだ」

部長「誤解してほしくないのは、別に桜坂さん本人を嫌っているわけじゃない」

部長「彼女の演技は群を抜いていて、その存在感は人を惹きつける何かがある。演劇に対する積極的な姿勢はプロ顔負けだ」

部長「お世辞でもなんでもなく、私は桜坂さんを素晴らしい役者だとおもっている」

部長「ただし」

部長「桜坂しずくを囲っている取り巻きは、私は好きじゃない。彼女に対する過大評価には、時として吐き気がする」

部長「演劇の奥深さも知りもしないで、桜坂しずくしか見えていない連中を、私は愚かしいと思っている」

部長「『千両役者』だなんて、虫唾が走る」

279: 2021/02/01(月) 02:11:52.92 ID:NvbkHaqZ
部長「桜坂しずくに対する熱狂が」

部長「絶賛の声が」

部長「鳴り響く万雷の拍手が」

部長「私たちの舞台にズカズカと土足で入り込んでいるように思えてならなかった」

部長「……屈辱だった」

部長「私としては、そんな上辺じゃなく、私たちの本当の実力で勝負したいと思っていた」

部長「とりわけ、この合同演劇祭では」

部長「だから、桜坂さんにはこの舞台に要らないと判断した」

部長「しかし彼女は舞台に上がってしまった」

部長「上がってしまった以上は、引きずり下ろすしかないでしょう?」

部長「ただ、今の演劇部内では彼女のフォロワーも多い。降板するに相応しい理由が無ければ、反発もなむないだろう」

部長「だから、その理由を作る必要があった」

280: 2021/02/01(月) 07:59:02.56 ID:NvbkHaqZ
部長「私は桜坂しずくの急所を探した」

部長「しかしこれがなかなか見つからない。ある程度の過去を掘り下げてみても、使えそうなものは何もなかった」

部長「言いがかりで降板の理由を作るしかない。そう思いかけていたその時……」チラッ

かすみ「……!」

部長「中須さんと桜坂さんが話してる様子を見て、私は察した」

部長「さっき君たちは、自分たちの関係は同好会の内でしか知らないと言ってたね?」

部長「確かに普通の人間には誤魔化せるかもしれない」

部長「でも、そんな演技は、私のような演劇畑の人間には通用しないんだよ」

部長「表情や声、ジェスチャーの微妙な変化」

部長「確信したよ。この二人には友情以上の関係性にあると」

部長「そしてそれが、桜坂さんの急所につながると」

部長「利用できると考えた」

287: 2021/02/02(火) 00:05:09.82 ID:2j2KEONr
部長「演劇部の花形・桜坂しずくには恋人がいて、その事実を隠していた」

部長「一騒ぎあってもおかしくない。話題性としては十分だ」

部長「もちろん、彼女を非難する声ばかりじゃない」

部長「……というより、彼女を非難する声なんてほとんど聞かない」

部長「それもそうだ。言ってしまえば、高校生がお付き合いしていた、それだけの話なのだから」

部長「相手は誰なんだろうとか、恋人ならどこまで済んでるんだろうとか、ここ一週間そんな話題ばかりだ」

部長「ただ、私としては、周りがどう思おうが、そんなのはどうでもよかった」

部長「桜坂しずく本人」

部長「彼女だけが、彼女自身の行いに罪悪感を覚えてもらえれば、それだけでよかった」

部長「だから、そういう風に誘導した」

部長「罪の意識を植え付けた」

289: 2021/02/02(火) 05:07:24.79 ID:2j2KEONr
部長「ファンを捨てるか、恋人を捨てるか。その二者択一を桜坂さんに迫った」

部長「本来なら、そもそもそんな選択をする必要もないのは誰がどう見たって明らかだ」

部長「恋人と別れなきゃいけない理由なんて、私がそれっぽいことを言ったに過ぎない」

部長「助かったよ。彼女が内罰的な性格でね」

かすみ「……そうやってしず子をいじめて、何が楽しいんですか」

部長「楽しくはないよ?こっちだってやりたくてやってるわけじゃない」

部長「桜坂さんの降板のためには彼女の絶望的状況を演出する必要があった」

部長「だからそうしたまでだよ」

かすみ「……部長さん。あなたは最低です」

部長「そう思ってもらえたなら、演出家として冥利に尽きるよ

290: 2021/02/02(火) 07:46:25.94 ID:2j2KEONr
部長「犯行動機はそんなところで十分かな」

部長「次は犯行そのものについて説明するしておこうか」

部長「と言っても、そんな大したことじゃない。さっき君たちが説明した通りだ」

部長「桜坂さんたちの様子をカメラに収めてから、インタビューの記事が掲示される日に合わせて、プリントアウトした写真を貼り付ける」

部長「写真を貼り終えたら、あとは機を見計らって桜坂さんを部室に呼ぶ」

部長「それだけのことだからね」

部長「強いて挙げるとするなら写真を貼り付けるタイミングかな。誰も見てない時間を狙うなら、もう早朝しかなかった」

部長「あぁそうそう。今回の件で、新聞部は一切関わってないから、そこは安心していいよ。生徒会長」

菜々「……そうですか」

侑「……部長さん。ひとつ質問があります」

部長「?」

291: 2021/02/02(火) 08:07:50.40 ID:2j2KEONr
侑「しずくちゃんとかすみちゃんがデートしている写真の撮影者はあなたですよね?」

部長「そう。私だよ」

侑「お聞きしたいのは、先ほどの話の中で挙がった、待ち合わせの写真についてです」

侑「二人はいつどこでデートするかは、私たち同好会メンバーさえも知らない、二人だけの秘密でした」

侑「そうだよね?かすみちゃん」

かすみ「……はい。デートのことは、先輩たちには誰にもお話してません」

かすみ「待ち合わせの場所も、お昼休みや下校時間にしず子とこそこそ話したり、夜中に家でメールしたり、」

かすみ「しず子と二人だけの約束でした」

侑「なのに、あなたは、どうしてこの写真を撮ることができたんですか?」

侑「あなたが仰ってたように、たまたま目撃したから、なんですか?」

部長「……いや、違うよ」

侑「……知ってたんですか」

部長「そう。君たちがいつどこでデートするのかは、予め知っていた」

部長「だから私は最初から、君たちのシャッターチャンスを待ち構えることができた」

部長「じゃなかったら、あんな狙ったような写真、撮れっこないだろう?」

299: 2021/02/03(水) 11:21:46.83 ID:FD6XuVf6
かすみ「そんなの、ありえないです!」ガタッ

かすみ「しず子にしか話してないんですよ!」

かすみ「なんで部長さんが知ってるんですか!」

部長「……明日の合同演劇祭」

かすみ「……?」

部長「私たち虹ヶ咲学園の演目は、『楼門五三桐』の二段目の返し「南禅寺山門の場」……通称では『山門』と呼ばれている」

部長「15分という短さでありながらも、歌舞伎のエッセンスが詰まった濃密な内容でね。数ある演目の中でも特に人気が高いんだ」

かすみ「……急に何言ってるんですか?」

部長「虹ヶ咲版における『山門』……つまり明日の合同演劇祭では、本来の主演は桜坂さんだった」

部長「ただ、彼女は降板になった。明日の舞台の上にその姿は居ない」

部長「じゃあ、彼女の代役として誰が舞台に立つのか。誰が石川五右衛門役を15分間演じ切るのか」

部長「中須さんは気にならない?」

かすみ「気になりませんよ!そんなの、どうでもいいです!」

かすみ「変なこと言ってないで、さっさとかすみんの質問に━━━

部長「私だよ」

部長「私が石川五右衛門役を演じる……いや」

部長「『石川五右衛門役を演じる桜坂しずく』を演じる」

部長「別に難しい話じゃない」

部長「桜坂しずくを演じたことは、もう経験済みだからね」

かすみ「………え?」

302: 2021/02/03(水) 11:50:42.45 ID:FD6XuVf6
かすみ「い、今なんて……」

部長「桜坂さんを演じたことがある、そう言ったんだよ」

部長「まあ厳密に言えば、演技というより変装に近いかな」

かすみ「へ、変装……?」

部長「もちろん、長時間の継続した演技は難しい。流石に労力がいる」

部長「正体がバレることなく一日中デートするなんて至難の業だ」

部長「ただ、15分くらいなら、今の私からすれば難しい話じゃない」

部長「ちょうど━━━お昼休みの時間━━━くらいだからね」

かすみ「…う、嘘だ」

かすみ「だって、かすみんの隣に居たのは、確かにしず子で、」

部長「……ねえ、中須さん」

部長「こないだ君が作ってきたコッペパン……たしか新作と言ってたっけか」

部長「あれは少し、塩コショウが強すぎるんじゃないかい?」

かすみ「……!!」

305: 2021/02/03(水) 12:01:00.15 ID:FD6XuVf6
かすみ「な、なんで、そのこと」

部長「なんでって、私が試食したからさ」

かすみ「嘘だ」

部長「嘘じゃない」

部長「ところで、さっき君はこう言っていたのを覚えてるかい?」

部長「『待ち合わせの場所も、お昼休みや下校時間に話したり、しず子と二人だけの約束でした』って」

部長「改めて聞くけど」

部長「待ち合わせの時間を知っているのが、中須さんと桜坂さん以外に知りようがない」

部長「本当にそう言い切れるかい?」

かすみ「……じゃあ、本当のしず子は、」

部長「稽古に励んでたんじゃないかい?部長の私に何度か申し出があったよ」

部長「『お昼休みの時間、演劇部の練習室を使わせて下さい』って」

かすみ「そ、そんな……」

309: 2021/02/03(水) 12:14:59.90 ID:FD6XuVf6
侑「……つまり」

侑「しずくちゃんが昼休みの時間に稽古場にいることを知っていたあなたは、しずくちゃんに変装してかすみちゃんと接触した」

侑「そこでデートの情報を聞いて、待ち合わせの時間と場所を引き出した」

侑「そしてデート当日、聞いていた情報を頼りに、シャッターチャンスを窺っていた」

侑「……そういうことで合ってますか」

部長「二人が予定通りに来てくれたときは安心したよ」

部長「二人に異変を勘づかれて、あるいはちょっとした気まぐれで」

部長「前日の夜にメールで変更の連絡でもされたら、私の計画は台無しだったからね」

312: 2021/02/03(水) 14:50:28.30 ID:FD6XuVf6
かすみ「……テーです」

部長「?」

かすみ「あんたは!!サイっテーです!!」バッ


━━━パチーンッ


部長「……」ヒリヒリ

侑「か、かすみちゃ…

かすみ「あんたの顔なんか二度と見たくありません!失礼します!」ガチャッ

侑「…!かすみちゃん!」

愛「かすかす!」

歩夢「わ、私、追っかける!」ガチャッ

バタンッ

侑「かすみちゃん……」

璃奈「…………かすみちゃん、目が赤くなってた」

璃奈「相当ショックだったんだと思う」

侑「……部長さん。話があります」

部長「……ふう、なんでしょうか」

侑「二点、お願いがあります」

313: 2021/02/03(水) 15:36:45.35 ID:FD6XuVf6
侑「まず一つ目ですが……」

侑「かすみちゃんとしずくちゃんに謝ってください」

侑「あの子たちの心を弄んだあなたの罪は、あまりにも重い」

侑「二人に対して誠意ある謝罪を要求します」

部長「……もう一つは?」

侑「……明日の合同演劇祭ですが、」

侑「桜坂しずくの、石川五右衛門役への再登板を要求します」

部長「……桜坂さんを出せと?」

侑「そうです」

侑「彼女を舞台に立たせる。それが二つ目のおねがいです」

316: 2021/02/03(水) 20:13:02.64 ID:FD6XuVf6
部長「……もし、その要求に応じないとしたら?」

侑「あなたの犯したことを全て暴露します」

部長「…………」

侑「脅迫じみた真似が卑怯なのは分かってます

侑「同好会の仲間を……私にとって本当に可愛い後輩を、こんなに辛い目に遭わせたんです」

侑「これくらいの報いは……受けてください」

部長「……」

侑「逆に、この二つの要求に応じてくださるなら……今回の件は不問にします」

侑「……どうしますか。部長さん」

部長「…………」

部長「……分かりました」

部長「要求を飲みましょう」

317: 2021/02/03(水) 22:33:32.22 ID:FD6XuVf6
侑「……ありがとうございます」

侑「中川生徒会長、今日ここでお話ししたことは内密にお願いします」

侑「時間を割いていただいて、あと、話の場を設けていただいて、ありがとうございました」

菜々「……いえ、礼には及びません」

菜々「校内で起きた問題の解決に取り組むのが、生徒会長の務めですから」

部長「……それにしても」

部長「よく、あの情報量から私が犯人だと断定できましたね。高咲さん」

侑「……私一人でたどり着けたわけじゃありません」

侑「皆んなで意見を出し合って、話し合って、何度も手詰まりになりながら、ここまで来ることができました」

侑「……同好会の皆んながいなければ、きっと泣き寝入りするしかなかったでしょう」

部長「……いつから、私が怪しいと予想してたんですか?」

319: 2021/02/04(木) 07:16:47.17 ID:bckIEwNY
侑「……犯人の狙いがしずくちゃんに集中していたので、犯人はしずくちゃんのことを快く思わない人物だと考えました」

侑「そこから浮かび上がる犯人像として、三つの可能性がありました」

侑「一つ目が、しずくちゃんのファン」

侑「今まで応援してたのに裏切られた。しずくちゃんに対する好意がそのまま敵意として裏返った。という可能性」

侑「二つ目は、かすみちゃんのファン」

侑「自分の推しが桜坂しずくに奪われた。一種の嫉妬心がしずくちゃんへの敵意になった。という可能性」

侑「そして三つ目は、しずくちゃんのアンチ」

侑「つまり、二人の関係を知る前から、しずくちゃんに対して悪感情を抱いていた。という可能性」

侑「もちろん、しずくちゃんは誰かに憎まれたり恨まれたりするような子じゃない。最初は私もその線はないと思ってました」

侑「ただ、しずくちゃんの演劇の才能は、同業者から嫉妬を買っていてもおかしくない」

侑「そんな意見が出てから私は、演劇部が怪しいんじゃないかって、そう思うようになりました」

部長「……それは何故?」

侑「ただの直感ですよ。というより、祈りみたいなものです」

侑「━━━スクールアイドルが好きな人に悪い人は居ない。そう信じたかったからですよ」

333: 2021/02/07(日) 08:00:02.19 ID:6ez5UPx8
1です
更新滞ってしまい申し訳ありません
今夜には続き更新できると思います
この物語の結末までお付き合い頂けると嬉しいです
よろしくお願いします

336: 2021/02/07(日) 23:39:08.49 ID:6ez5UPx8
━━━━━
━━━━
━━━

【翌日】
【四校合同演劇祭 会場】

ガヤガヤガヤガヤ

「ねえねえ!虹ヶ咲の主演、やっぱり桜坂さんらしいよ!」

「え!?そうなの?!」

「突然降板になったって、前に聞いたけど……」

「私もそう聞いてたんだけどね?話聞いた限りだと、降板ってのはデマだったっぽい!」

「マジ?ちょ~楽しみじゃん!」

「でも桜坂さん、恋人のことについて何か言うのかなぁ?」

「流石に言わないんじゃない?今の今まで完全黙秘してるんだし」

「そもそもこの一週間、桜坂さんしばらくお休みが続いてたらしいからね」

「そうそう。降板って話、信じちゃってたよぉマジで」

ガヤガヤガヤガヤ


侑「……しずくちゃんの話題で持ちきりだね」

歩夢「……うん」

338: 2021/02/08(月) 10:22:32.78 ID:BKOqgV/v
璃奈「やっぱり、しずくちゃんの恋人のことで、皆んな関心があるみたい」

愛「んー、でも、全員が全員、しずくを役者失格だなんて思ってはないでしょ?」

愛「たとえば愛さんも、芸能人の熱愛報道とかついつい耳に入れちゃうけどさー、隠してたから酷いだなんて思わないもん」

歩夢「そうだよね……。不倫とか浮気だったら、話は別かもしれないけど」

侑「……全員が全員しずくちゃんの敵じゃない」

侑「そのことを、しずくちゃん本人が分かってくれてたらいいんだけど……」

愛「……いやあー、しっかし遅いなあー、かすみん」

愛「もう集合時間とっくに過ぎてるってのに」

339: 2021/02/08(月) 10:59:54.61 ID:BKOqgV/v
歩夢「……かすみちゃん」

侑「……歩夢。昨日のかすみちゃん、大丈夫そうだった?」

歩夢「……えっとね」


「遅くなりましたぁー!」


歩夢「!」

かすみ「はぁ、はぁ、……かすみん、登場です!」

愛「遅かったじゃーんかすかすぅ、心配したんだぞぉ?」

かすみ「だからかすみんです!……心配かけちゃって、ごめんなさいです」

璃奈「良かった。かすみちゃん、来ないかもって不安だったから」

かすみ「ちゃんと来るに決まってるじゃん!今日はしず子の晴れ舞台なんだし!」

かすみ「かすみんが応援に行かなきゃ、しず子がしょんぼりしちゃいますからねー」

ワイワイワイ


侑「なんだ。かすみちゃん、平気そうだね」

歩夢「……うん」

340: 2021/02/08(月) 16:46:45.56 ID:BKOqgV/v
歩夢「……」

━━━(回想)━━━

【昨日】
【生徒会室前 廊下】

歩夢「待ってかすみちゃん!」タッタッタッタッ

かすみ「……」スタスタ

歩夢「待ってってば!」ガシッ

かすみ「……どうしたんですか、歩夢先輩」

歩夢「どうしたって……」

かすみ「しず子を明日の舞台に立たせてもらう話はし終わったんですか?」

歩夢「……それは侑ちゃん達が今きっと話してるはず」

歩夢「抜け出してきたの。かすみちゃんが心配だったから」

かすみ「……かすみんは大丈夫ですよ。心配無用です」

歩夢「……嘘。今のかすみちゃんを放っておけないよ」

342: 2021/02/08(月) 19:40:41.15 ID:BKOqgV/v
かすみ「……歩夢せんぱい。一つ聞いてもいいですか?」

歩夢「……うん、いいよ」

かすみ「……歩夢せんぱいにとって、『恋人』って、どんな存在だと思いますか?」

歩夢「……そうだね」

歩夢「その人のためなら頑張れる。どんなことも乗り越えられる。そんな勇気を貰える人……かな」

かすみ「……やっぱり先輩って、ナチュラルに重くないですか?」

歩夢「そ、そうかな?ごめんね?」

かすみ「なんで謝るんですか。……ステキじゃないですか」

かすみ「自信を持ってそう言えるなんて、とってもステキだと思います」

歩夢「……」

かすみ「……今のかすみんは、恋人って何なのか、よく分かんなくなっちゃいました」

歩夢「かすみちゃん……」

345: 2021/02/08(月) 21:40:22.46 ID:BKOqgV/v
かすみ「だって……だってですよ」

かすみ「かすみんは……しず子じゃない人を、しず子だって思ってたんですよ」

かすみ「いくら演技が上手いからって、変装が得意だからって、そんなのも見抜けないなんて……しず子のこと、何も分かってないのと同じじゃないですか」

歩夢「……」

かすみ「かすみんがそこで気付いてて、おかしいなって思ってたら……しず子があんな目に遭わなかった」

かすみ「なのに、かすみんが何も見えてないから……何も疑わないでぺらぺら喋って……そしてしず子に辛い思いさせて……」

かすみ「そのくせ、かすみんがしず子を守るだなんて息巻いて……恋人面して……」

かすみ「こんなの、馬鹿丸出しじゃないですか…!」

歩夢「……ちがうよ、かすみちゃん」

かすみ「ちがくないです。……きっと、皆んな思ってるはずですよ」

かすみ「……しず子が可哀想だ、って」

かすみ「こんなやつに恋人面されてるしず子が可哀想だ、って」

歩夢「かすみちゃん!」

349: 2021/02/08(月) 22:13:18.79 ID:BKOqgV/v
歩夢「ダメだよ……可哀想だなんて、そんなこと言わないで……」

歩夢「だって、かすみちゃんは誰よりもしずくちゃんのこと考えてて、しずくちゃんのために行動して……」

歩夢「誰がどう見たって、かすみちゃんをダメだなんて思わないよ……」

かすみ「……もう、いいんです。歩夢せんぱい」

歩夢「え…?」

かすみ「明日の舞台が終わって、全部落ち着いたら、しず子にはっきり伝えるつもりです」

かすみ「かすみんは、しず子の恋人失格だって」

かすみ「しず子の恋人として、しず子の笑顔を守る資格がないって」

かすみ「しず子を幸せにする自信もないって」

かすみ「……別れようって、伝えます」

歩夢「……冗談、だよね……?」

かすみ「……かすみんは本気です」

351: 2021/02/08(月) 22:36:29.69 ID:BKOqgV/v
歩夢「……なんで、」

歩夢「なんでそうなっちゃうの……!?」

歩夢「今のしずくちゃんを守れるのは、かすみちゃんだけなんだよ…!?」

歩夢「かすみちゃんがそばに居てあげなきゃ、誰がしずくちゃんを助けてあげられるの……!?」

かすみ「……」

歩夢「かすみちゃん……」

歩夢「自分が心底ダメなやつだって、何も信じられなくなる気持ちも分かる」

歩夢「相手にとって自分が重荷になってるんじゃないかって思い悩む気持ちも分かる」

歩夢「私にだって経験があるから。だから、そういう気持ちは分かるよ……」

歩夢「だけど……!」

歩夢「上手くいかなかったから全部終わりにしようだなんて、そんなの、ただ逃げてるだけでしょう…!?」

354: 2021/02/09(火) 00:35:52.95 ID:Fxa6Qb6h
歩夢「お願い、かすみちゃん。もう一度、よく考え直して……」

歩夢「……自分を許してあげてよ」

歩夢「しずくちゃんを守ってあげてよ」

歩夢「自暴自棄にならないでよ……」

かすみ「……歩夢せんぱい」

かすみ「ごめんなさい。今日は帰って、頭冷やしてきます」

かすみ「明日の集合時間とか、また教えてください」

歩夢「……絶対来てくれるよね?」

かすみ「……はい」

歩夢「……うん、分かった。待ってるから」


━━━(回想)━━━


歩夢(昨日あんなことがあったんだもん……いつも通りに振る舞ってるけど、内心は荒んでるはず)

歩夢(かすみちゃん……)

355: 2021/02/09(火) 01:12:47.19 ID:Fxa6Qb6h
「むむ~っ?侑ちゃんから聞いてた集合場所は確かこの辺のはず~……」

「あっ!みんな発見!おーい!」タッタッタッタッ

「って、ちょっと待ってってばエマ!」

愛「おっ、エマっち!カリンにカナちゃん!」

エマ「みんなお久しぶり~!」

果林「…もう、ダメでしょエマ。人が沢山いるのに走ったりしちゃ。危ないでしょ?」

エマ「あっ…ごめんねぇ果林ちゃん」

彼方「そうだよエマちゃ~ん。エマちゃん見失ったら果林ちゃんはぐれちゃ━━━

果林「彼方?」グイッ

彼方「ま、まだ何も言ってないよぉ~…」

侑「うわあ、またこうして皆んなが集まるの、なんだかワクワクしちゃうね!」

璃奈「エマさん達が卒業して半年も経ってないのに、ちょっと不思議な気分……」

エマ「私たちも皆んなの顔が見られて嬉しいよ~!」

356: 2021/02/09(火) 02:55:29.97 ID:Fxa6Qb6h
果林「久しぶり……って言っても、電話やメールでちょくちょく連絡してたし、懐かしいって言えば大袈裟だけど」

果林「でも、こうやって皆んなの顔を見てると、なんだか安心してくるわね」

せつ菜「ですね!」

果林「……ところで、しずくと会うのは難しそうかしら?」

侑「……うん。しずくちゃんは今の時間だと、楽屋に入っちゃってるかな」

果林「……そう、残念。直接会って話できれば…なんて思ってたけど」

彼方「も~う。果林ちゃんってば、何だかんだ世話焼きだよね~」

果林「べ、別にそういうわけじゃ」

エマ「大丈夫だよ果林ちゃん。しずくちゃんへの応援、きっと届いてるはずだよ」

果林「……そうね。後はしずくの勇姿を見届けるだけね」

果林「ね?かすみちゃん」

かすみ「……」

果林「…? かすみちゃん?」

かすみ「!あっ、はい!そう、ですね!」

果林「もう、どうしたの?ボーっとしちゃって」

愛「もしかして、しずくのことで頭がいっぱいだった、とか!」

かすみ「ち、違いますよぉ!からかわないでくださーい!」

歩夢「…………」

357: 2021/02/09(火) 03:19:03.12 ID:Fxa6Qb6h
ピンポンパンポーン

『皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、藤黄学院・虹ヶ咲学園・東雲学院・青藍高校の四校による、合同演劇祭、入場開始のご案内をいたします……」

ザワザワガヤガヤ

せつ菜「始まりましたね…!私たちも並びましょうか…!」

侑「うわぁ…もう行列になっちゃってる…」

愛「去年の倍……いや、倍以上って感じかぁ。しずくちゃん目当てで来た人も相当いるだろうしねぇ」

かすみ「…………」

プルルルルルル

かすみ「?」パッ

かすみ「……!」

かすみ「ご、ごめんなさい!皆さん先に行っててください!」ダッ

侑「え?かすみちゃん?」

かすみ「必ず開演までには間に合わせますので!」

タッタッタッ

侑「あっ…行っちゃった」

せつ菜「電話を持ちながら慌てて走っていきましたが、何か急用でしょうか?」

歩夢「……」

359: 2021/02/09(火) 07:20:34.06 ID:Fxa6Qb6h
タッタッタッタッ

かすみ「はあ、はあ……」

かすみ「……」スッ


スマホ画面『桜坂しずく』プルルルルルル


かすみ「……しず子」

ピッ

『……もしもし、かすみさん?』

かすみ「……どうしたの、しず子」

『ごめんね、今、大丈夫かな?』

かすみ「……うん、大丈夫」

360: 2021/02/09(火) 07:39:06.59 ID:Fxa6Qb6h
『…………』

かすみ「……しず子?」

『……やっぱり、かすみさんの声きいてると、安心するな』 

かすみ「……!」ドキッ

『もう少しで本番なんだけどね。今すっごく、緊張してる』

『きっと、今日までに色々なことがあったからだと思う』

かすみ「……ほんとだよ」

かすみ「色々なことがありすぎて、かすみんも目回ってるから」

『うふふ、そうだよね』

『だからかな?舞台の上にあがるのに、こんなにドキドキしてるの初めて』

『だから……かすみさんの声を聞きたくて、電話しちゃった』

かすみ「……そっか」

かすみ(……嬉しい。すっごく嬉しい)

かすみ(嬉しいはずなのに……あいつの顔がちらつく……)

かすみ「……ねえ、しず子」

『?』

かすみ「……しず子は、本当にしず子なんだよね?」

362: 2021/02/09(火) 07:57:18.81 ID:Fxa6Qb6h
『……? 私は私だよ……?』

かすみ「……じゃあ、かすみんとしず子、どっちから告白したか覚えてる?」

『……もう、覚えてるに決まってるでしょ?私からだもん』

かすみ「いつ?」

『去年のスクールアイドルフェスティバルの最中』

かすみ「どこで?」

『タイミングってこと?ヒーローショーが終わって、ベンチで一休みしてる時』

かすみ「……」

『合ってるでしょ?』

かすみ「……うん。全部あってる」

『……そんなこと聞いて、どうしたの?』

かすみ「……ねえ、しず子」

かすみ「しず子は、かすみんのこと、好き?」

372: 2021/02/09(火) 15:44:14.90 ID:6fjxXFqa
応援ありがとうございます
せっかくなので>>362から書き直します

从cι˘σ ᴗ σ˘* 再掲だよしず子

364: 2021/02/09(火) 10:54:34.94 ID:6fjxXFqa
『…………』

かすみ「……ごめん、しず子が今一番大事な時に、変なこと聞いて」

『…………もう』

かすみ「……しず子、怒ってる……?」

『……笑顔がステキなところ』

かすみ「…え?」

『表情豊かで、人懐っこくて、ワンちゃんみたいなところ』

『自分が一番かわいいって信念に真っ直ぐで、負けず嫌いで、努力家で、』

『自己中心的で生意気な人に見えるけど本当は人一倍優しくて、』

『私が挫けそうになった時は、すぐ駆けつけてくれて私を勇気づけてくれる』

『そんなあなたのことが好きです』

『━━━桜坂しずくは、誰よりも一番、中須かすみを愛しています』

373: 2021/02/09(火) 15:53:25.07 ID:6fjxXFqa
『……? 私は私だよ……?』

かすみ「……じゃあ、かすみんとしず子、どっちから告白したか覚えてる?」

『……もう、覚えてるに決まってるでしょ?かすみさんからでしょ』

かすみ「いつ?」

『去年のスクールアイドルフェスティバルの最中』

かすみ「どこで?」

『タイミングってこと?ヒーローショーが終わって、ベンチで一休みしてる時』

かすみ「……」

『合ってるでしょ?』

かすみ「……うん。全部あってる」

『……そんなこと聞いて、どうしたの?』

かすみ「……ねえ、しず子」

かすみ「しず子は、かすみんのこと、好き?」

374: 2021/02/09(火) 15:54:07.03 ID:6fjxXFqa
『…………』

かすみ「……ごめん、しず子が今一番大事な時に、変なこと聞いて」

『…………もう』

かすみ「……しず子、怒ってる……?」

『……笑顔がステキなところ』

かすみ「…え?」

『表情豊かで、人懐っこくて、ワンちゃんみたいなところ』

『自分が一番かわいいって信念に真っ直ぐで、負けず嫌いで、努力家で、』

『自己中心的で生意気な人に見えるけど本当は人一倍優しくて、』

『私が挫けそうになった時は、すぐ駆けつけてくれて私を勇気づけてくれる』

『そんなあなたのことが好きです』

『━━━桜坂しずくは、誰よりも一番、中須かすみを愛しています』

376: 2021/02/09(火) 21:55:48.84 ID:Fxa6Qb6h
かすみ「……!しず子……」

『……かすみさんは?』

かすみ「…え?」

『かすみさんは、私のこと、好き?』

かすみ「……うん。好きだよ」

『私のどんなところが好き?』

かすみ「……そんなの、選べっこない」

かすみ「全部。しず子の全部が好き」

かすみ「上手く言葉にできないけど……しず子のどんなところも好き」

『……嬉しい。ありがとう、かすみさん』

379: 2021/02/10(水) 08:06:58.24 ID:l3aR6pbm
ドクンドクン

かすみ(……かすみん、こんなに高揚しちゃってる)

かすみ(胸の鼓動が速まって)

かすみ(顔が紅潮して)

かすみ(身体中が火照って)

かすみ(しず子のこと以外、考えられなくなってる)

かすみ(好き)

かすみ(しず子のことが好き)

かすみ(大好き)

かすみ(ずっと、しず子の隣にいたい)

かすみ(しず子の恋人として、しず子の幸せにしたい)


かすみ(……だけど)

かすみ(しず子は、本当に幸せになれるのかな)

かすみ(かすみんが他の誰かだったら、しず子はこんな辛い目に遭わずに済んだのかな)

かすみ(━━━本当に、このままでいいのかな)

382: 2021/02/10(水) 22:43:03.90 ID:l3aR6pbm
かすみ「…………」

『……かすみさん?』

かすみ「……あ、ご、ごめん」

『……やっぱり、今日のかすみさん 、なんかおかしいよ』

かすみ「お、おかしくなんかないよ」

『うそ。絶対おかしい。いつものかすみさんじゃないもん』

『どうかしたの?』

かすみ「……何でもないよ」

『何でもなくない』

『かすみさんにとっては些末な事かもしれないけど、私にとっては一大事なんだから』

『長くなってもいいよ。まだ開演まで時間あるから』

かすみ「ダメだよ……しず子は今、本番前の一番大事な時で

『こんくらいで演技に支障きたさないから。モヤモヤしたまま舞台に上がる方が支障きたすよ』

かすみ「…………」

『お願い、かすみさん。何があったの?』

384: 2021/02/11(木) 03:06:34.87 ID:Axu0uLhL
かすみ「……かすみんは、しず子の恋人失格なの」

『…どうして?』

かすみ「……かすみんがおバカだから」

かすみ「部長さんがしず子に変装してても、気付けないような大バカだから」

『え…?』

かすみ「かすみんがあそこで気付いてたら、しず子が辛い思いしないで済んでたのに」

かすみ「それなのに、しず子を守るなんて……大バカもいいとこだよ……」

『えっと、ごめん、かすみさん……』

『どういうこと……?』

かすみ「……昨日、判明したの」

かすみ「写真を貼り付けた犯人は、演劇部の部長さんだったの」

━━━━━
━━━━
━━━

かすみ「……っていうのが、かすみんとしず子の秘密を知ることができたトリックだったの」

『……信じられない』

385: 2021/02/11(木) 07:51:25.44 ID:Axu0uLhL
かすみ「……そう、だよね。しず子も幻滅するよね」

かすみ「恋人の顔も区別できないなんて━━━」

『違うよ、かすみさんじゃない。信じられないのは……部長の方』

かすみ「え…?」

『かすみさんを侮辱するような真似をして……』

『そんなの絶対に許せない……』

かすみ「し、しず子……?」

『かすみさん、今日の舞台しっかり見てて』

『本物の桜坂しずくを、魅せてあげる』

『最大限のしず子パワーを届けてあげる』


『嫌な記憶は、上から丸ごと塗り潰してあげる』

かすみ「……分かった」

『じゃあ、またね』

プーブープー

かすみ「…………頑張れ、しず子」

398: 2021/02/13(土) 02:11:08.52 ID:h5TW+zqD
【劇場会館 客席】

校内アナウンス『……ご案内いたします。間もなく、四校合同演劇祭、虹ヶ咲学園の部が開演となります。携帯電話をお持ちの方は……』

侑「……かすみちゃん、まだ来ないね。大丈夫かな……」

璃奈「遅れてきた時はいつものかすみちゃんだったけど、電話に出る時は表情が険しかった」

せつ菜「愛さんが『あたしが入口で待ってるから大丈夫』と言ってましたので、かすみさんがはぐれる心配はないと思いますが……」

歩夢「……」

タッタッタッ

「急げ急げ~!間に合わないぞかすかす~!」

「待ってください愛せんぱあい!速いですってば!あとかすみんです!」


せつ菜「あっ!来ました!」

侑「よかったぁ」ホッ

400: 2021/02/13(土) 07:46:44.30 ID:h5TW+zqD
愛「せーふ!いや~危なかった!」

かすみ「はぁ、はぁ……だからって飛ばしすぎですよぉ……」

せつ菜「お二人がなかなか見えないのでどうなるかとヒヤヒヤしてしまいましたよ」

璃奈「かすみちゃん、長電話だったけど、どうかしたの?」

かすみ「え!?ま、まぁ、どうもしてないよ!だいじょぶだいじょぶ!」

璃奈「…そう。ならいいけど…」

かすみ「り、りな子は心配性なんだから~、あはは…」

歩夢「……」

侑「まあ何はともあれ合流できてよかったよ。そろそろ始まるし、席つこっか」

せつ菜「そうですね!」

かすみ「かすみんは~、侑せんぱいのお隣に座っちゃいま~す!」

歩夢「……じゃあ私はかすみちゃんの隣かな」

402: 2021/02/13(土) 07:58:08.19 ID:h5TW+zqD
歩夢「……ねえ、かすみちゃん」ヒソヒソ

かすみ「?」

歩夢「さっきの電話の相手って……しずくちゃん?」ヒソヒソ

かすみ「……」

歩夢「……しずくちゃん、なんだよね?」

かすみ「……そうですよ」

歩夢「……昨日のこと、伝えたの?」

かすみ「……はい」

かすみ「部長さんが犯人だった事と、その手口、犯行理由もしず子に教えちゃいました」

かすみ「……本番前に、そんなこと言っちゃいけないのは、かすみんも分かってましたけど……」

歩夢「……昨日、私に言ってた、かすみちゃんの気持ちは、まだ伝えてないの?」

かすみ「……はい」

歩夢「……そっか」

404: 2021/02/13(土) 08:13:23.82 ID:h5TW+zqD
歩夢「……考え直してほしい、なんて言うつもりはないよ」

歩夢「冷たいかもしれないけど、これはかすみちゃんとしずくちゃんの、二人の話だから」

かすみ「……」

歩夢「……でも、横槍を入れさせてもらえるなら」

歩夢「今日、しずくちゃんが舞台に立てたのは、かすみちゃんが一生懸命支えてくれてたから」

歩夢「しずくちゃんの恋人がかすみちゃんじゃやかったら、今日の舞台にしずくちゃんは居なかったかもしれない」

歩夢「そんなこと思いながら、これから始まる舞台の上のしずくちゃんを、見守ってあげてほしいな」

かすみ「……歩夢せんぱい」


ブーーー

『お待たせいたしました。ただいまより、虹ヶ咲学園の部、開演となります』


歩夢「……お節介、終わり。始まるみたい」

かすみ「……はい」


『演目は、『楼門五三桐』二段目の返し「南禅寺山門の場」です』

407: 2021/02/13(土) 14:55:24.27 ID:h5TW+zqD
かすみ「……」

かすみ(舞台は青い幕が下りています)

かすみ(開演した……はずですよね?)

かすみ(幕が開かれる気配がありません)

かすみ(もしかして、しず子に何かあったんじゃ━━━)


ベンッ♪

かすみ「!」


ベンッベンッベンッ♪

ベンベンベンベンベンッ♪

ベンッ♪


かすみ「これは……三味線……?」

侑「だね。まさに歌舞伎って感じだよ」


ベンベンベンベンベンッ♪


侑「迫力ある音色だね。かっこいい」

かすみ「皆さん、聞き入ってますね……」

かすみ(あいかわらず幕は閉まったままですが…)

ベンッベンッベンッ♪

ベンッベンッ♪

ベンッ♪

…………

かすみ(幕が開かないまま……三味線の演奏が……終わっちゃいました)

バッ

かすみ(!)

409: 2021/02/13(土) 17:01:45.07 ID:h5TW+zqD
かすみ(幕が一気に下がると、舞台の全貌が見えてきました)

かすみ(極彩色の門のてっぺん……を模した大きなセットが立っています)

かすみ(乱れ舞うは桜吹雪)

かすみ(そしてその真ん中に座している、豪華絢爛な衣装をまとった、セットをも上回る存在感を放つ人物━━━石川五ェ門)

かすみ(ただそこにいるだけなのに)

かすみ(この場を我が物顔で支配するかのように━━━)


しずく「…………」


かすみ(━━━桜坂しずくは、舞台上に君臨していました)


「しずくー!」

「しずくちゃーん!」


かすみ(ここにいる誰もがこの光景を楽しみにしていた事でしょう)

かすみ(客席がワッと沸き立ちます)

かすみ(会場が熱気に包まれる中、しず子の第一声への期待が高まっているのを肌で感じます)


しずく「…………ああ」


しずく「なんて絶景でしょう」


しずく「絶景じゃありませんか」

410: 2021/02/13(土) 17:24:21.52 ID:h5TW+zqD
かすみ(しず子の第一声は、かすみんたち観客を大きくどよめかさせました)


しずく「この春の眺めが千両ばかりとは」

しずく「小さいこと小さいこと」


かすみ(普段のしず子とは大きくかけ離れた、獣の咆哮のような、勇ましく強かな口上でした)


しずく「この五右衛門からすれば」

しずく「まるで万両、万々両」


「よっ!千両役者ぁっ!」

かすみ(本物の歌舞伎のように、勢いのある掛け声が、ここぞというタイミングで入ります)

かすみ(会場の空気は更にしず子に支配されていきます)


しずく「日は西に傾いて雲と棚引く桜花」

しずく「茜く輝くこの風情」

しずく「なんて麗らかな眺めじゃあ、ありませんか」


「しずくさんっ!」

「千両役者ぁっ!」

パチパチパチパチパチ


かすみ(名口上の終わりとともに、あちらこちらから放たれる掛け声)

かすみ(地響きのように鳴りやまない歓声)

かすみ(溢れんばかりの万雷の拍手)

かすみ(まさに、圧巻です)


かすみ「……すごい。すごいよ、しず子」

412: 2021/02/14(日) 01:35:29.37 ID:v2JwFW6G
その声。

その表情。

その立ち振舞い。

そのどれもが、あまりにも力強くて。

生命力に、満ち溢れていて。

いつも隣に居るしず子とは、まるで別人のように感じてしまいます。


かすみ「しず子……」


だけど、確かにそこに居るのはしず子で。

あの時、かすみんに弱い自分を曝してくれたしず子で。

あの時、かすみんに髪飾りを渡してくれたしず子で。

あの時、かすみんの告白を受け入れてくれたしず子で。

あの時、かすみんを抱き締めて、キスしてくれたしず子で。

あの時、かすみんだけに涙を見せてくれたしずの子で。


かすみ「声、聞こえたよ……」


かすみんの、最愛の人で。

かすみんの、自慢の恋人で。

かすみんを、必要としてくれる人で。

かすみんは、これからも、あなたの恋人であり続けたい。

かすみんの心に、消えかけていた炎を、あなたが再び灯してくれるから。

生命力を━━━希望を、届けてくれるから。


その美しき声と共に。

414: 2021/02/14(日) 09:54:25.59 ID:qqVVIlG0
「石川や」
かすみ「!」

かすみ(しず子だけだった空間に、別の人物が姿を現します)

かすみ(あれが石川五右衛門の敵役……真柴久吉)

かすみ(そして演者は━━━あの部長さん)


部長「浜の真砂は尽きるとも」


かすみ(豪華絢爛な衣裳のしず子とは対照的に、部長さんは質素な服装を着ています)

かすみ(……存在感は圧倒的にしず子の方が上)

かすみ(そのはずなのに)


部長「世に盗人の 種は尽きまじ」


かすみ(あの部長さんからも、ブラックホールのごとく吸い寄せられるような、そこ知れぬ不気味な存在感を放っています)

かすみ(しず子の存在感が、周囲を熱狂させる「炎」に例えるなら、)

かすみ(周囲を凍てつかせるような、部長さんの存在感は、「氷」と言ったところでしょうか)

415: 2021/02/14(日) 10:12:03.62 ID:qqVVIlG0
しずく「…………まさか、真柴久吉」


部長「巡礼、ありがとうございます」


しずく「…………」

ダンッ


かすみ(山門の屋上に座するしず子が立ち上がり、力強く足を柵に掛けます)


しずく「真柴、久吉」


部長「…………」


かすみ(上から部長さんを睨むしず子)

かすみ(下からしず子を見上げる部長さん)

かすみ(これが、有名な「天地の見得」の場面です)


しずく「……」

部長「……」


かすみ(しず子扮する五右衛門は、親の仇である真柴久吉に対して、憎しみの炎を燃やすように、強く睨み付けます)

かすみ(一方、部長さん扮する真柴久吉は、そのことを知りません。涼しい顔で、五右衛門を見下しています)


かすみ(台詞の応酬もなければ豪快なアクションもない。それなのに、)

かすみ(二人の睨み合いに、観客席の皆さんは息を呑んで見守っています。目が放せません)

417: 2021/02/14(日) 21:54:49.38 ID:qqVVIlG0
ベンッ♪

ベンッベンッベンッ♪

ベンベンベンベンベンッ♪


かすみ(鳴り響く三味線の音)

かすみ(お互いを睨み合い、微動だにしない二人の舞台に、幕が閉まっていきます)

かすみ(しず子の前を幕が横切る、その時━━━)

しずく「…………」チラッ

かすみ「!」ドキッ

しずく「…………」ニコッ

かすみ(今、一瞬しず子と目があって、微笑ってくれたような━━━)


ベンベンベンベンベンッ♪

パチパチパチパチパチ

ベンッベンッベンッ♪

パチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチ

ベンッ♪

パチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチ

かすみ(幕切れを告げる三味線と、割れんばかりの拍手)

かすみ(この臨場感は、かすみん達のライブとひけをとらないくらいです)

418: 2021/02/14(日) 22:01:48.79 ID:qqVVIlG0
歩夢「……すごかったね。しずくちゃん」

かすみ「はい……」

かすみ「……歩夢せんぱい」

歩夢「?」

かすみ「……かすみん、不安でした」

かすみ「しず子、かすみんに話してくれたんです」

かすみ「舞台なんてもういいって」

かすみ「電源が切れちゃったって」

かすみ「電源を入れ直すのが、面倒だって」

歩夢「……うん」

かすみ「かすみんは何とかしず子を勇気づけようとしましたけど……今日までずっと、不安だったんです」

かすみ「しず子が、舞台に戻れるのか」

かすみ「かすみんの言葉が、しず子に届いたのか」

かすみ「しず子の恋人として、かすみんは無力なんじゃないかって」

歩夢「…………」

419: 2021/02/15(月) 03:59:07.71 ID:WVgMB4JA
かすみ「でも、今日の舞台を見て……分かったことがあるんです」

かすみ「しず子は、こうして舞台に戻ってこれた」

かすみ「……かすみんのおかげだなんて言いたいわけじゃありません」

かすみ「侑せんぱいや皆さん、それに一番は、しず子自身の力で、舞台に復帰できたんだと思います」

かすみ「かすみんの力は1割くらいです」

歩夢「……1割だなんて、自己卑下し過ぎだよ」

かすみ「いえいえ、そのくらいですよ」

かすみ「……でも」

かすみ「たとえ1割でも、かすみんの言葉がしず子の支えになってくれたなら、それだけで嬉しい」

歩夢「……」

かすみ「かすみんは無力なんかじゃなかったって」

かすみ「しず子の恋人として、しず子に必要とされているって」

かすみ「そう思えるんです。今のかすみんは」

歩夢「……そっか」

420: 2021/02/15(月) 07:07:35.76 ID:WVgMB4JA
かすみ「……今って、しず子、裏にいるんですかね?」

歩夢「う、うん。だと思うけど……」

ガタッ

かすみ「かすみん、今の気持ち、伝えてきます」

かすみ「別れようなんて、かすみん、間違ってました」

かすみ「頑張り屋さんのしず子を、恋人として、その特等席で、ずっと応援したい」

かすみ「そう伝えてきます」

歩夢「……!うん、頑張って」

かすみ「行ってきます!」


━━━━━━
━━━━
━━━

421: 2021/02/15(月) 07:26:35.94 ID:WVgMB4JA
【虹ヶ咲学園 楽屋前 廊下】

部長「……ふぅ」


「素晴らしい劇だったよ」


部長「……!」


「『山門』の出来映えは、石川五右衛門役の演者の力量に大きく左右される、独演に近い演目だ」

「並みの演者では見るに耐えられないだろう……しずくのような例外を除いてね」

「桜坂しずくという、うちの切り札を最大限に活かせる舞台として最適だ。つまり、題材選びがに優れていたわけだ」


部長「……」


「君の真柴久吉役も見事だったよ。衣装が質素で、台詞も少ないけど、五右衛門の放つ存在感に匹敵しなくちゃいけない」

「石川五右衛門以上に難しい役だからね」


部長「……ありがとうございます。部長」


「よしてよ。今の部長は君だろう?」

旧部長「私はもう、部外者同然さ」


部長「……」

422: 2021/02/15(月) 07:34:52.19 ID:WVgMB4JA
旧部長「とりわけ良かったのは、最後の天下の見得」

部長「…………」

旧部長「あの説得力……リアリティーはかなりのものだった。仇敵である久吉と対峙した五右衛門の敵意……その憎悪が、観客のこっち側にも伝わってきた」

旧部長「まるで、しずくが本当に君のことを憎んでるかのような」

部長「…………!」

旧部長「私が在籍してた頃のしずくは、怒るとか、憎むとか、そういった演技はまだ改善の余地のある子だった」

旧部長「今日の彼女は、当時の彼女から想像もできない、見事なまでに怒りを表現できていた」

旧部長「どんな演技指導をしたんだろう? 気になるなぁ」

部長「……私は特別なにもしていませんよ。彼女の名演技は彼女による賜物です」

部長「なんせ彼女は『千両役者』ですからね」

旧部長「……ふーん、千両役者ねぇ」


旧部長「君の桜坂しずく評は、『大根役者』だったんじゃなかったっけ?」


部長「……!」

429: 2021/02/16(火) 03:40:13.71 ID:Dgh7M4rc
部長「どうしてそのことを……」

部長「まさか、同好会の人達があなたに喋って……」

旧部長「ああ、やっぱり君だったんだ」

旧部長「今回の一連の騒動を引き起こしたのは」

部長「……!鎌をかけた、わけですか」

旧部長「そう。私は演劇部の皆んなから話を聞いて、当てずっぽうで言ってみただけだよ」

旧部長「同好会? 何のことか、さっぱりだね」

部長「……嘘です。演劇部の部員のうち、ことの真相を知ってる人なんか居ないはずです」

部長「彼女達の話を又聞きしただけで、私を怪しいと思ったなんて、エスパーでもない限り不可能です」

旧部長「そうだろうね。普通の人間なら、そんな結論にはまず至らない」

旧部長「普通の人間ならね」

部長「…………」

旧部長「私は分かるよ。同業者だから」

旧部長「演劇に携わる人間だから、君の気持ちが手に取るように分かるんだよ」

430: 2021/02/16(火) 04:32:27.34 ID:Dgh7M4rc
旧部長「さて、せっかくだし、君の一連の行動に対する私なりの解釈を、この場を借りて聞いてもらおうかな」

旧部長「まず、犯行動機」

旧部長「去年の虹ヶ咲学園の好評を受けて、今年の演劇部部長である君は、去年を超える出来の舞台を目指そうとしていた」

旧部長「どうすれば去年を越えられるのか、君は考えに考えて……」

旧部長「桁違いの人気を誇る桜坂しずくに依存するという結論に至った」

部長「…………」

旧部長「となれば舞台の題材も、桜坂しずくが最も目立つことができるような作品が望ましくなる」

旧部長「そこで君は、『山門』が最適だと睨んだ……が、ある問題があった」

旧部長「桜坂しずくは怒りの演技が苦手だった、ということだ」

432: 2021/02/16(火) 05:01:59.71 ID:Dgh7M4rc
旧部長「『山門』の主役、石川五右衛門は、親の仇である真柴久吉に対して、激しい憤怒を向けている人物だ」

旧部長「物語終盤の『天地の見得』の場面も、五右衛門の強い憎しみがその背景にあるわけだからね」

旧部長「その点にかんして、五右衛門を演じるにあたって、桜坂しずくは力量不足だった」

旧部長「じゃあ、どうすればいいか。君はその演技指導を考えて、一つの結論に至った」


旧部長「簡単な話さ。桜坂しずくが君に怒りを覚えて、君が真柴久吉役を演じれば、桜坂しずくは五右衛門の憤りを追体験できる」


旧部長「だから君は、今回の事件を起こした」

旧部長「桜坂しずくから怒りを買うために、君は彼女のことを調べあげ、恋人の存在に目をつけた」

旧部長「恋人を捨てるように部長命令でも出せば、彼女から憎まれるのは当然のこと」

旧部長「そんなシナリオを目論んでいた……が、ここで思わぬ誤算が生じた」

旧部長「桜坂しずくが恋人の方を優先し、自主的に降板したからだ」

444: 2021/02/19(金) 05:55:00.93 ID:51D6Yr3D
旧部長「騒動に乗じてしずくを恋人と別れさせて、その怒りを舞台の上でぶつけてもらう」

旧部長「ところがしずくは恋人と別れず、舞台から降りてしまった」

旧部長「まさかしずくが自主降板するなんて思ってもいなかっただろうね。君は内心焦った」

旧部長「当然、舞台をおじゃんにする訳にもいかない。君自身が代役になって埋め合わせを図ったそうだけど……」

旧部長「正直な話、しずくが戻ってきたのは嬉しい誤算だったんじゃないかい?」

部長「…………誤算なんかじゃありません」

部長「彼女は必ず舞台に戻ってくると信じてましたよ」

旧部長「……」

部長「…スクールアイドル同好会の彼女がスクールアイドルとそのファンを信じていたように、」

部長「私も演劇部が舞台を捨てるはずがないと信じていましたから」

旧部長「……ふぅん?」

445: 2021/02/19(金) 06:25:10.36 ID:51D6Yr3D
部長「確かに彼女の自主降板は意外でしたが……再登板する未来は目に見えてました」

部長「大方、私を犯人だと暴いて、犯行を明かさないことを交換条件に」

部長「なんせ私があの写真を仕掛けた張本人だと判明するのは、時間の問題でしたから」

部長「だってそうでしょう?」

部長「演劇部のインタビューが掲示されるあのタイミングで、わざわざ貼り出すなんて、犯人が身内だと言ってるようなものじゃないですか」

旧部長「……」

部長「あとは隙を伺って犯人しか知り得ない情報でも口に漏らせば……、私が怪しいという疑念は確信に変わります」

部長「ひどく疲れましたよ。降板を迫った立場である以上、桜坂さんの再登板を認めない演技をしながら、なんとしても再登板の流れに持っていく訳ですから」

部長「同好会の皆さんは本当によく立ち回っていだきました……。感謝しかありません」

447: 2021/02/19(金) 12:46:01.91 ID:51D6Yr3D
旧部長「……なるほど」

旧部長「君の行動理念は、今日の舞台の成功のために、か」

旧部長「今回の舞台『山門』は、君がしずくのために用意したようなものだ」

旧部長「この舞台にしずくが立つことが前提で、君はとある演技指導を試みた」

旧部長「演技指導━━━要するに、彼女の怒りの演技に説得力を持たせること」

旧部長「具体的には、騒動に乗じて恋人と別れるように強要し、やがてその騒動を起こしたのが自分自身だと明かすこと」

旧部長「そうすることで、しずくが君に憎悪の念を向けるように仕掛けた」

旧部長「その怒りを彼女なら、舞台上を演技に昇華すると、君は確信していたから」

旧部長「自主降板というアクシデントはあれど……結果的に彼女は舞台の上にあがり、素晴らしい演技を見せた」

旧部長「全ては君の計画通りだったわけだ」

448: 2021/02/19(金) 14:05:48.45 ID:51D6Yr3D
旧部長「流石だよ。君に演技指導をさせたら右に出る者はいないだろうね」

旧部長「桜坂しずくも、スクールアイドル同好会も、そして観客も……全員が君の掌の上だったわけだから」

部長「……観客?」

旧部長「だってそうでしょう?」

旧部長「君が彼女の恋人の存在をああいった形で知らしめたことで、桜坂しずくに対する関心をさらに高めたわけなんだから」

部長「……」

旧部長「世間は、有名人の熱愛発覚だとか、そういった類いのスキャンダルが大好きだからね」

旧部長「演劇部の花形である桜坂しずくに恋人がいた、だなんて、そんなセンセーショナルな話題に飛びつかないはずがない」

旧部長「しずくの関心は虹ヶ咲のみならず他校にも広まっただろう。今日の観客席の盛り上がりを見れば明らかだからね」

旧部長「あっばれだよ、本当に」 

部長「……お褒めに与り光栄です」

453: 2021/02/19(金) 15:12:19.77 ID:51D6Yr3D
旧部長「本当に尊敬しちゃうよ」

旧部長「君のように、そこまで舞台に情熱を注ぐことは私には出来ないからね」


旧部長「━━━役者の尊厳を踏みにじってでも、舞台の成功を優先する。そんな真似はね」


旧部長「演劇を志す者として、ほんと、あっぱれだよ」

部長「……」

旧部長「まあ実のところ、私も人のことは言えないけどね」

旧部長「去年の今頃……私が部長だった頃かな」

旧部長「主演を務める彼女の演技に関して、腑に落ちない部分があった。……だから私は、しずくに降板を伝えた」

旧部長「……あの時、しずくに辛い思いをさせたのは、今でも申し訳ないと思っているよ」

旧部長「だけど、彼女の殻を彼女自身で破るためには……彼女が演技を続けていく上では、そこが避けて通れない壁だったと思っている」

旧部長「怖かったよ。しずくに嫌われたんじゃないかってね」

旧部長「だから舞台が終わった後、しずく本人から感謝された時は、胸を撫で下ろしたよ」

454: 2021/02/19(金) 15:59:47.14 ID:51D6Yr3D
旧部長「君がどう考えてるのかは知らないけど……少なくとも私は、しずくとの間に禍根を残したくなかった」

旧部長「一緒に活動するんだったら、ギスギスしないで、良好な関係の方がいいに決まってる」

旧部長「意味もなくギスギスしたり、グダグダとお互いを憎み合うだなんて、まっぴらごめんだね」

旧部長「そんなのは、三文小説の世界で十分さ」

旧部長「そう思わない?」

部長「……私のシナリオが、そうだって言いたいんですか」

旧部長「君のシナリオは完璧だよ。やや人間味に欠けている点を除けばね」

部長「あなたと私が、何が違うというんですか」

部長「やってることは、一緒でしょう」

旧部長「待って待って。君の大作と一緒くたにされるなんて恐れ多いよ」

旧部長「まあ、強いて言うなら……土台かな」

旧部長「しずくから好かれてるか、嫌われてるか。それだけじゃない?」

部長「……」

旧部長「…おっと、そろそろ時間かな」

旧部長「ごめんね。私はこれで、しずくの方に顔を出しに行くから、これで失礼するよ」

部長「……お疲れ様でした」

旧部長「うん、お疲れ」

旧部長「君が三文小説家でないことを、切に願うよ」

458: 2021/02/20(土) 02:11:19.61 ID:WHbh6VJ0
━━━━━
━━━━
━━━


【桜坂しずく様 楽屋】


しずく「…………ふぅ」

しずく(楽屋へと戻ってきて、しばらくはあえて何も行動しない)

しずく(舞台上の興奮状態を冷ますのに必要なクールダウンの時間を取る)

しずく(それが私のルーティンワークになりつつある)

しずく「…………」

しずく(普段ならもう落ち着いてきてもおかしくない頃だけど……まだ体に熱を帯びている……)

しずく(やっぱり今日この日は……色んな意味でいつもと全然違う……)


コンコンッ


しずく「……!ど、どうぞ!」


ガチャッ


「やあ、しずく」

しずく「……!部長!……あ」

しずく「元…部長の方が適切でしたね」

旧部長「わざわざいいよ。しずくの呼びたいように呼んでくれれば」

460: 2021/02/20(土) 07:33:43.76 ID:WHbh6VJ0
旧部長「お疲れ様。すごくいい舞台だったよ」

旧部長「しずくの演技も良かったよ。去年から更に磨きがかかっていた」

しずく「……ありがとうございます」

旧部長「……話は聞いたよ。大変だったね」

しずく「……!」

旧部長「頑張ったね。しずくは偉いよ」

しずく「……一時期は、本当にダメかと思いました」

しずく「全部投げ捨てたくなって、自分から役を降りたりして……」

しずく「目の前の世界が、灰色になってしまって」

旧部長「……」

しずく「だけど、私には……大切な人や、スクールアイドル同好会の皆さんが傍にいてくれて……」

しずく「そのおかげで、私の世界に彩りが戻ってきました」

旧部長「……そっか」

旧部長「しずくは愛されてるね」

463: 2021/02/21(日) 01:00:29.03 ID:kuP8T4Dw
旧部長「しずく。何も恐れることはないさ」

旧部長「恋人さんに、同好会の皆さんに、観客の皆さん」

旧部長「しずくには、しずくを応援してくれる沢山の味方がいるんだから」

旧部長「もちろん私も、しずくの味方だよ。どんな時も」

しずく「部長……」


「お、お客さま!ここからは立入禁止です!」

「ええい、離してください!」


しずく「……!」

旧部長「おや」

しずく「この声は……」


「ここからは関係者以外は入れません!」

「かすみんは、関係者ですよ!だって━━━しず子の恋人ですから!」


しずく「」

旧部長「おやおや」

しずく「あ、あの人、なにいって……」


バタンッ

かすみ「━━━しず子っ!」

464: 2021/02/21(日) 07:30:47.65 ID:kuP8T4Dw
かすみ「急に来てごめんしず子!でも、しず子にどうしても伝えたいことがあって、かすみん我慢できなくて……って、え?」

しずく「か、かすみさん……」

旧部長「やあ、中須さん」ニコニコ

かすみ「って、なんで部長さんがいるんですかぁ!?」

旧部長「中須さんと同じだよ。今日の舞台の感想を言いに来ただけ」

かすみ「……しず子に変なちょっかい出してないですよねぇ?」

旧部長「誤解だよ。これでもう帰るところさ」

旧部長「さて、厄介ごとに巻き込まれないうちに私は失礼するよ。またね、しずく」

しずく「は、はい。お疲れ様でした」

旧部長「お疲れ」

かすみ「……」ジー~っ

旧部長「じゃあ、後は頼んだよ。しずくの恋人さん」

旧部長「しずくのこと、守ってあげてね」

かすみ「……言われなくても、そのつもりですよ」

旧部長「そっか」ニコッ


バタンッ


しずく「……もう、ビックリしちゃったよ」

かすみ「……ごめん」

468: 2021/02/22(月) 01:42:22.64 ID:eG2vi/gM
しずく「……秘密にするの、やめたんだ」

かすみ「え?」

しずく「ほら、さっき廊下で言ってたじゃん」

しずく「しず子の恋人だって」

かすみ「あー……」

かすみ「……うん、変に隠すのはもうやめた」

かすみ「こうやって、しず子の近くに居られるし、その方がいいかなって」

かすみ「もしかしたら、また迷惑かけるかもしれないけど……」

しずく「……うんうん、迷惑なんかじゃないよ」

しずく「かすみさんがそばにいてくれれば、それだけでいいから」

かすみ「……しず子」

ギュッ

しずく「……かすみさん?」

かすみ「お疲れ、しず子」

しずく「……うん。かすみさんも、お疲れさま」

469: 2021/02/22(月) 02:46:52.47 ID:eG2vi/gM
しずく「今日の舞台、どうだった?」

かすみ「良かった。今日のしず子、すごくかっこよかった」

かすみ「釘付けになって…目が離せなくて…」

かすみ「しず子が舞台を諦めないでくれて、本当に良かったと思ってるよ」

しずく「……ありがとう。かすみさんにそう言ってもらえると、すごく嬉しい」

しずく「頑張った甲斐があったよ」

しずく「……でも」

しずく「私一人じゃ、ここまで頑張れなかったと思う」

しずく「皆んなが居てくれてたから……かすみさんが居てくれてたから……今日この日まで、頑張れたんだと思う」

かすみ「しず子……」

470: 2021/02/22(月) 03:09:13.36 ID:eG2vi/gM
しずく「ねえ、かすみさん」

しずく「かすみさんがこれからも私のそばに居てくれるなら…」

しずく「かすみさんのパワーを分け与えてもらえるなら…」

しずく「私、もう挫けない。どんなことがあっても、きっと頑張れる」

しずく「だから……」

かすみ「……大丈夫だよ、しず子」スッ

ぽむっ

しずく「……どうしたの、かすみさん?私の頭に手なんか置いて……」

かすみ「しず子のこと、なでなでしたくなったから、つい」

しずく「……」

かすみ「しず子、大丈夫。かすみん、もう迷ったりしないから」

かすみ「しず子の一番近くに、かすみんは居るから」

しずく「……うん」

かすみ「だってかすみん、誰よりも一番、しず子のこと大好きだもん」

かすみ「頑張ってるしず子も」

かすみ「おちゃめなしず子も」

かすみ「どんな時のしず子も、かすみんは大好きだから」

471: 2021/02/22(月) 06:56:53.81 ID:eG2vi/gM
しずく「かすみさん……」

かすみ「しず子……」

しずく「…………」

かすみ「…………」

しずく「……かすみさん、目つむって」

かすみ「え?」

しずく「あの時は、かすみさんからだったから」

しずく「今日は私からしたいの」

しずく「だから、目つむって」

かすみ「……あ」

かすみ(あの時って……あの駅前の時か)

かすみ(あれから色々あり過ぎて、だいぶ昔のように感じちゃうよ)

かすみ「こ、これでいい?」パチッ 

しずく「うん、いいよ」

しずく「……じゃあ、いくよ、かすみさん」

かすみ「う、うん」

しずく「…………」


ドキドキ


かすみ「…………」


ドキドキ


しずく「…………///」

かすみ「……は、早く来てよ///」

しずく「せかさないで/// 今いくから///」

473: 2021/02/22(月) 07:30:17.05 ID:eG2vi/gM
しずく「次こそ行くね……///」ドキドキ

かすみ「おいで、しず子……///」ドキドキ

しずく「ん……♡」


しずく(━━━今にして思えば、今日までの私たちのあれこれは、あの時から始まったのでしょうか)

しずく(あの日の帰り際のベンチから、始まったのかもしれません)

しずく(それは、私とかすみさんが恋人であることが証明するような、決定的瞬間で)

しずく(そこから色々なことがあって)

しずく(かすみさんも私も、一人で背負い込んだり、挫けそうになったりして)

しずく(それでも、お互いを支えあいながら、こうして今も一緒にいる)

しずく(どんなことがあっても、私たちなら乗り越えられると、そう信じている)

しずく(私たちの絆を断ち切ることなんて、誰にもできないと、そう信じている)

しずく(だから、かすみさん━━━)


チュッ…♡

しずく「……♡」

かすみ「……えへへ♡」

しずく「大好きだよ、かすみさん……♡」

かすみ「かすみんだって、しず子のこと、だいだいだいすきだよ……♡」

しずく「ん……♡」


これからも、あなたと相思相愛でいたい。

あなたの目に映る景色に、その一番近くに、これからもずっといたい。

そして、誰にも真似できない景色を見続けよう。

私たちだけの絶景を━━━。

474: 2021/02/22(月) 07:31:45.41 ID:eG2vi/gM
これにて完結です
長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました

475: 2021/02/22(月) 07:34:08.65 ID:iinXMDo8
乙!
これは名作!

476: 2021/02/22(月) 07:47:49.62 ID:Zccr5jas
完結乙
毎日更新が楽しみだった
素晴らしいクオリティとしずかすでした

477: 2021/02/22(月) 07:55:15.26 ID:XxJ12EzI
乙!めっちゃ面白かった

478: 2021/02/22(月) 07:57:23.82 ID:LWd3LCuU
おつでした。二人のこれからや現部長としずくの関係とか、完結後のストーリーも想像が捗って楽しいです。ありがとう

479: 2021/02/22(月) 08:17:28.68 ID:gADlyAfm
ずっと追ってたけど、めちゃくちゃ面白かった!

480: 2021/02/22(月) 08:17:53.11 ID:XmMnCI5D
約1ヶ月間毎日の楽しみでした、ありがとう
しずかすの強固な絆が見れてよかった

481: 2021/02/22(月) 08:57:28.63 ID:6ncltqta
乙!
約一ヶ月間ドキドキしながら追ってました
しずかすの絆が丁寧に描かれていて素敵でした

482: 2021/02/22(月) 09:34:05.67 ID:eynwqgCr
良かった…乙です

484: 2021/02/22(月) 15:09:12.65 ID:OlBW3uDi
めっちゃよかった、特に前半のデート描写がすごい癒やされた
次回作も期待してる

487: 2021/02/22(月) 21:48:06.12 ID:zGp90XCw
乙 おもろかった

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1610459833/

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