【SS】侑「これは私が持っちゃいけないモノだったんだ」【ラブライブ!虹ヶ咲】

ゆう SS


1: 2020/12/13(日) 01:52:57.99 ID:4iP/dBeQ
「歩夢が部屋に来るの、久しぶりだね」

同好会が始まってからは本当に部屋に来る機会が減ったような気がする。

そもそも機会なんてなくても、入り浸ったりしていたはずなんだけど。

「そうだね──」

部屋の奥に進む私を歩夢が視線で追って──ぴたりと、まるで縛り付けられたように『そこ』で止まった。

電子ピアノ。お小遣いをため込んで叩いた私の未来と夢への第一歩となる、大切なものだ。

「っ」

歩夢が息を呑んだ。
まあピアノの運指もまともにできなかった私が、いきなりあんな大層なものを部屋に置いていたらそりゃびっくりするよね。

2: 2020/12/13(日) 01:54:04.03 ID:4iP/dBeQ
「ああ、これ? 少し前から練習してるんだけど、全然上手くならなくて」

CHASE!を弾くのも一苦労だ。いやまあバイエル、ブルグミュラーを突破した程度ではどうにもならないんだけどね。

私は鍵盤に手をやる。

月の光に照らされて、私のピアノは私がここ最近ずっと思い描いては夢想する、夢と未来みたいにキラキラ輝いていた。

……言おう。歩夢に話そう。その為に呼んだんだから。私が思い描く、キラキラ輝く夢と未来。

「あのね、歩夢に話そうと思ってた事があるんだ」

夢と未来を乗せたピアノから目を離し、世界で一番大切な存在に目を向ける。

月明りはピアノを照らしてくれるけれど、私が光を遮っているみたいで歩夢の表情は伺えなかった。

3: 2020/12/13(日) 01:54:39.84 ID:4iP/dBeQ
「ただ、自分でも自信が持てなくて。もっと弾けるようになってからって思ってたら、時間経っちゃってさ」

本当に時間が経ってしまった。なんならピアノを買ってすぐ打ち明けたほうが良かったのかもしれないけど。

まともに鍵盤を叩けない人間が何を言っているんだ! なんて思われたら恥ずかしいし。

そんなことを考えていると、今の私にとって大それた望みを背負ってくれている、このピアノの傍に立っているのが恥ずかしくなってきた。

そう感じて、ピアノに背を向けて逃げるようにベッドの方へ向かう。

「それってピアノの事?」

「えっ? うん、それもあるんだけど……」

答えを一つ先回りされて、私はふっと歩夢を見る。

4: 2020/12/13(日) 01:55:16.98 ID:4iP/dBeQ
彼女は俯いていて、前髪が彼女の表情を隠す。そのまま私を見ずに、ピアノの方へ歩夢は歩いていく。

「だったら、どうしてせつ菜ちゃんには教えたの? 私には言えなくて、せつ菜ちゃんには……!」

月光が、歩夢を照らす。彼女の語調も、震える肩も、ピアノに置かれた握りこぶしの震え方も気になったけど。

せつ菜ちゃん? どうしてせつ菜ちゃんの名前が?

あまりに唐突で、私は思ったことをぽんと口に出していた。

「えっ……なんでせつ菜ちゃんが出てくる──」

5: 2020/12/13(日) 01:56:10.16 ID:4iP/dBeQ
の? まで言わせてもらえなかった。

いつもの歩夢からは考えられないほどの勢いで振り向いて、目を剥いて私を睨みつける。

「せつ菜ちゃんの方が大事なの!?」

彼女の言葉の意味を、耳と目と心で受け止める。その問いかけに、私は一切の揺らぎはない。

例え比べる相手が誰であったとしても、私は言う。

「違うよ」

誰よりも歩夢が大事だ。私にとって歩夢は、ただの友達でもないしよくある幼馴染でもない。私にとって一番大事な人間だ。

私の答えに、彼女の表情が緩む。

7: 2020/12/13(日) 01:57:21.05 ID:4iP/dBeQ
月光が彼女の表情を照らし、上気した頬と安堵で下がる眉がふわりと視界に入る。

そうだよ歩夢。私はせつ菜ちゃんよりも歩夢を優先するよ。だって歩夢の方が大事だから。だから、笑っていて。

そう想いを込めて、微笑む。

歩夢も微かに口を開き、笑みを浮かべてくれる。良かった、これでもう一つ、私の伝えたいことが言える。

ねえ歩夢。歩夢に伝えたいことはね、せつ菜ちゃんどころか、世界中でまだ誰も知らない事なんだよ。

歩夢が一番大事だから、誰よりも一番先に、歩夢に聞いてほしいんだ。

「歩夢に伝えたかったのは、もっと──先の事」

私は歩夢から視線を外し、夜空を見上げる。

ねえ、聞いて歩夢。特にこれと言ってやりたいことのなかった私が見つけた、夢と未来を。

きっと歩夢、喜んでくれるよね。

ピアノに載せた夢と未来を照らしてくれる月を見上げる。

きらきら輝く月の光。今不安に押しつぶされそうな歩夢に、私の事を一番に伝えれば、きっともっと笑ってくれる。安心してくれる。

8: 2020/12/13(日) 01:58:43.41 ID:4iP/dBeQ
「私ね、夢が──」
「嫌っ!!」

え? と思った。今、嫌って言った? 思わず月から歩夢に目を向けて──。

「歩夢!?」

どん、と全身に衝撃が走る。視界がグンと揺れて、暗い天井と歩夢の髪が私の視界を埋め尽くす。

かたんかたんと、ポケットから飛び出した私のケータイが、床に落ちた音がした。

微かに私を照らす月光は、今にも歩夢で遮られそうになっている。

右脚はベッドに乗っているけれど、左脚はベッドからはみ出していて……歩夢の両脚の間に投げ出されているようだった。

咄嗟に動けたのは、押し倒してきた歩夢がベッドから落ちないように構えた左腕だけ。

9: 2020/12/13(日) 01:59:23.80 ID:4iP/dBeQ
二の腕には歩夢の柔らかで暖かな、それでいて冷たい感覚。

歩夢は左腕を私の首に──ほんの少しでも力を入れれば、私の首は締まる様な位置に──添えて。

ぎゅうと、私は歩夢に引き寄せられる。ほんの少しだけ、息がしにくい。

でも、それよりも私は、たった一つの事だけが気がかりでしょうがなかった。

歩夢は、私の話を嫌がった。聞きたがらなかった。

私のどんなくだらない話も、いつもニコニコ、嬉しそうに楽しそうに聞いてくれた歩夢が。

小さなころに将来の夢を語った時も、歩夢は『侑ちゃんならきっとなれるよ!』なんて無邪気に言ってくれた歩夢が。

「聞きたくないよ……」

ほんの少し掠れた声。ああ。嘘でもなんでもないんだ。歩夢は本気で、この話を聞きたくないんだ。

「歩夢……?」

10: 2020/12/13(日) 02:00:41.30 ID:4iP/dBeQ
更に締まる。暗い天井と、歩夢の髪が、月光を狭めていく。

私の夢。未来。それが、歩夢に少しずつ塗り潰されていくような気がした。

「私の夢を一緒に見てくれるって──」

歩夢の夢を、一緒に……。

「ずっと隣に居てくれるって」

暗い天井から目を反らす。わずかに差し込む月光を頼りに、歩夢へと視線を向ける。

「言ったじゃない」

言った。私は確かに、そういった。だって歩夢が世界で一番大事だから。だから、歩夢の隣で歩夢の夢を一緒に見るって言った。

そう、約束した。

「ぁ……」

11: 2020/12/13(日) 02:01:32.98 ID:4iP/dBeQ
私から漏れたこの声は、歩夢にとってどう聞こえるんだろう。激しく動揺しているのに、なぜか心の片隅は酷く冷静な気がした。

「私、侑ちゃんだけのスクールアイドルで居たい」

これは、歩夢の夢。即ち、私も歩夢と一緒に見つめ続ける夢。それ以外に、よそ見をしてはいけないこと。

それ以外の場所に、歩みを進めてはいけない。だった私と歩夢が約束したんだから。

そうだよ、と言わんばかりに歩夢の両脚が私を挟み込む。

暖かい足。ぎゅうと挟み込まれて、でも全然痛くないのだけど、それでも胸が苦しくなるほど痛かった。

「だから──」

聞いてはいけない。私はそう思う。

聞かなくちゃいけない。私はそう感じる。

聞くな。私はそう考える。

聞きたい。私はそう願う。

「私だけの侑ちゃんで居て」

歩夢だけの私で居る──。

12: 2020/12/13(日) 02:02:20.29 ID:4iP/dBeQ
「それは」

言葉が継げない。でも、言わないと。歩夢、私は。

「私、は」

「駄目」

更に締まる。また少し、息が苦しくなる。歩夢が更に私の視界を奪う。月の光が失われていく。

暗い天井。ブラウンの髪。闇に惑っているような。

「言わないで。どこにも行かないで、侑ちゃん」

左脚が、何かに絡め捕られる。

「エマさんも、果林さんも彼方さんもだめ」

右脚が、何かに縛られる。

「しずくちゃんも、璃奈ちゃんも愛ちゃんもだめだよ」

行き場のない右腕が、少しずつ力を失って、ぴくりとも動かせなくなった。

更に締まる。呼吸が浅く早くなる。少しずつ酸素が足りなくなっているんじゃないかって。

13: 2020/12/13(日) 02:02:56.42 ID:4iP/dBeQ
「かすみちゃんなんて、もっと駄目」

歩夢のぬくもりを感じる。甘く重い、苦しくて優しいぬくもり。

「せつ菜ちゃんなんて、絶対駄目」

首を絞める腕が、こんなにも熱くて冷たくて、苦しくて甘い。

「侑ちゃん、私だけの侑ちゃんで居て」

繰り返される歩夢の言葉。

また少し、視界が黒とブラウンで埋められていく。

14: 2020/12/13(日) 02:04:17.16 ID:4iP/dBeQ
私は、私の夢と未来の方が大事なのかな。

歩夢の夢の方が大事なのかな。

私にとって世界で一番大切なのは、私なのかな? 歩夢なのかな? どっちが大切なんだろう。

絡め捕られた左脚。縛られた右脚。力を失った右腕。たった一つ自由なのは、左腕だけ。

そう。歩夢を支えようと本能的に動いた、左腕。それが自然と歩夢の背に添えられる。

光が消えた。

「うん──わかったよ。私は、歩夢だけの私で居るよ」

15: 2020/12/13(日) 02:04:44.10 ID:4iP/dBeQ
歩夢の為を想い動いた左腕だけが、ただ優しく歩夢の背をなでる。

これでいいんだ。

捨てるよ、歩夢。

これは私が持っちゃいけないモノだったんだ。

電子ピアノも。未来も夢も。

私はただ、歩夢の隣で、歩夢の見る夢を、一緒に見るよ。

だって。だって──。

「歩夢が世界で一番、何よりも大切で大事だから」

17: 2020/12/13(日) 02:23:57.13 ID:xHvX0xMS
こんな哀しい結末……

@悪くないな?

18: 2020/12/13(日) 02:25:02.38 ID:EsoZTEdH
メリバすこ

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1607791977/

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