にこ｢すれ違っても分からないくらい｣【長編SS】

翌日。


宣言通り海未が作ってくれている朝食の香りに目を覚ます。


今日はいつもと違ってトーストとハムエッグ、それとミックスジュースが出てきた。


いつもと違うのね？と訊ねると、これからの為に色々作れるようになっておかなければ、と返ってきた。


これからの為にって何だろうと思いつつもトーストを頬張ると、ミックスジュースも手作りだと言うことに気が付いた。


やたらと手が込んでるけどなんでだろう、と思ってそれもまた訊ねてみると、これから暑くなってきますから、夏バテ防止として身体に力を入れる為です、らしい。


ほぇ～、と間抜けな声を出した私。これは絶対いいお嫁さんになれるわ、と素直に口にすると海未は、そうですかね、と照れくさそうに笑った。


朝食の後に何事もせず二人でダラダラと休日を満喫していると、ふと昨日ことりから貰った小さなメモの事を思い出した。

にこ「そういえば、ね。昨日言ってなかったんだけどことりから連絡先貰ってるのよね」


海未「誰のですか？」


にこ「それが聞いてないのよ」


海未「何故ですか！？」


にこ「いやぁ……昨日は海未の話をしたすぐ後だったから妙に熱いテンションでね、掛ければ分かるんだから別にいいやとか思ってたんだけど」


海未「はぁ…完璧にその場のノリ、という奴ではないですか」


にこ「ホントに、その通りよね…正直頭痛いわ」


海未「ですが掛けるんですよね？」


にこ「そりゃあね。折角渡してくれたことりにも、私を心配してくれてるこの子にも悪いじゃない？」


海未「では今から掛けましょう、どうせやる事もありませんし」


にこ「今！？そ、それはちょっと急なんじゃない？」


海未「…なんで自信無くしてるんですか。ことりが渡して来たってことは少なくとも安心していいと思いますけど」


にこ「…そ、そうね……それじゃあ掛けるわよ？」



震える指先で、ことりの可愛らしい文字でメモに書いてある番号を打つと人差し指で通話ボタンをそろりと押す。


ぷるるる、ぷるるると感情のない電子音を鳴らす携帯。30秒ほど待つと、ぷつ、という短い音が鳴り、その後携帯から音が発される。ごくり、と唾液を飲み、これまた震える声で応答する。


にこ「も、もしもし……？」



『お掛けになった電話は、現在手が届かない場所にあるか…………』



にこ「って、出ないんかぁ～い！！！」

無情にも相手を知らせない通話を終了してから数時間。


また海未と二人でぐでー、という擬音が似合う程だらけていると、突然携帯が通話を受信してなり始めた。


おわぁ！と飛び起き、誰の携帯！？と確認すると勿論私の携帯だった。


そう言えば海未は携帯を持っていなかった。とよく分からない納得をすると、すぐさま海未の元へ行き報告をする。


にこ「海未！海未！！鳴った！電話！」


海未「あぁ、分かりましたから！少し落ち着いて下さい！」


ぐわんぐわんと海未の胸元を掴んで振り回すと、されるがままにしていた海未から宥められる。


すぅーはぁーと息を吸って吐き、気持ちを整える。


予期せぬ電話にどうしても心の準備が出来ない私は海未に頼んで手を握っていて貰った。


少しひんやりと冷たい海未の綺麗な手を強い力できゅ、と握ると私はようやく通話ボタンを押して耳に宛がった。


にこ「も、もしもし…………？」


『あ、こんにちは。…にこちゃん、久しぶり、だね』


これだけ会っていなかったとしても、不思議な事に不鮮明な電話越しの声でも気付くもので。


誰かと思っていた謎の相手とは。


どうりで。よくよく考えてみたらそうだ。ことりと穂乃果が渡して来た事、それに後残っているμ'sのメンバーの中でことりが態々心配しているから連絡してあげて、なんて言う人物は1人しか居ないはずだ。


昔から超が付くほど優しくて、今では私の憧れでもある。


小泉花陽の事だった。

いかんな、1回読み直してみたらやっぱ変な言い回ししてる所あるし性癖で海未ちゃんをショートカットにして眼鏡掛けさせた癖にその描写がおざなりだし饅頭買ってない。

…何とか無理やり捩じ込みます、すみません

花陽『そうだったんだね……何となくは私も知っていたけど、改めてにこちゃんから話を聞けて良かったな』


にこ「本当にごめんね、それに花陽に対しては他にも謝らないといけない事があるの」


花陽『……？』



そういって話を纏めるために言葉を選ぶ。



その事について頭の中を整理するにはまず小泉花陽について、私が知っていることを説明しなきゃいけない。




μ'sのメンバー。穂乃果、海未、ことり……他の子達も皆、何をしているか知らなかったけど。花陽の事だけは何年も見てきた。


花陽は、アイドルをしていた。私のなりたかった、夢だったアイドル。


花陽のアイドル人生は、お米の事を学びたいと進学した農業大学を卒業した所から始まる。


高校時代、第二回ラブライブから三大会連続で優勝グループに所属した超有望株として芸能界入りし、プロのアイドルグループとしてデビューした花陽。


持ち前のおっとりとした雰囲気とスキャンダルを一切寄せ付けない真摯にアイドルをする姿。


老若男女総てから愛されるのはすぐだった。


私は嫉妬していた。私がなれなかったアイドルに、それも27歳というアイドルとしては高齢になった今でも女優に転身すること無く生涯アイドル宣言をしてずっと人気を誇っているスーパーアイドル。


花陽が私の憧れになればなるほど、妬ましい思いも増えていった。


それこそ皆に謝ろうと決意するまでは、ずっと。


だから、花陽にだけは皆と同じ理由以外にも謝らなければいけない。




にこ｢私、花陽に嫉妬してた。だって貴女は私の憧れのアイドルだったんだもの。その想いが強くなればなるほど、その分素直に応援出来なくなっていった｣

花陽『……うん』


にこ「ごめんなさい。私、自分が情けないわ」


花陽『ねぇ、にこちゃん。知ってる？』


にこ「え……？」


花陽『あっ、そっか、私の事あんまり見ててくれなかったって事は知らないよね』


にこ｢ごめん…なんの事？｣


花陽『私ね、嬉しいことに雑誌にインタビューを掲載して貰える事が今でも結構あるんだ。あっ！…嫌な意味に捉えないで欲しいんだけどね……』


にこ｢うん、大人気だもの。当然よね｣


花陽『ありがとう…続けるね？………その中で多い質問の一つにね、憧れのアイドル、っていう質問があるんだ』


にこ「……。」


花陽『私はその質問、雑誌で……いや、雑誌以外のいろんなところでも、今までもうデビュー当時から数えたら10回以上されてるの』


花陽『私は毎回同じ人の名前、一人だけ挙げるの。……にこちゃん、私はね』


花陽『今まで色んなアイドルを見てきたよ…それこそデビュー当時はA-RISEを初めとした先輩アイドル。年齢を重ねてからもそう、どんな将来有望なアイドルも見てきた。でもその中でね』






花陽『私が憧れるのは一人、にこちゃんだけなんだよ』





花陽『μ'sの記憶がどれだけお茶の間から離れたって、どのプロデューサーにウチのアイドルを推してくれって言われたって。』




花陽『にこちゃんだけ、なんだよ』

その言葉を皮切りに私達は、ぼろぼろと泣いた。


私は勿論、花陽もごめんね、にこちゃんが辛い思いしてたのに、気付かなくてごめんねぇ。と涙でぐずぐずな鼻声で、確かにそういった。


そんな言葉に耐えきれず、余計に私は声を上げて泣いた。


海未はそんな私を支えるように、背中をさすってくれていた。


ひとしきり泣いた後、花陽が突然話し始める。


花陽『あっ！私これから生放送が……！』


にこ「えぇ！？やばいじゃないの！」


花陽『えへへ、引退会見だからどうせすぐ泣いちゃうし大丈夫』


にこ「えぇぇ！そんな大事な事、先に言っちゃっていいの？」


花陽『えへへ、にこちゃんには先に知っておいて欲しくて。……よかったら、見てね』


にこ｢うん、勿論よ｣


花陽『約束だよ』


にこ「今度ご飯に行きましょう？私が奢るわ。そうだ、凛にも謝らないといけないから、それが済んだら3人で」


花陽『凛ちゃんは……ううん、なんでもない。楽しみにしてるね』


にこ「…？……それじゃあ、またね」


花陽『うん、また』


そう言って私は電話を切った。

少しの間放心状態だった私を見かねて、海未が優しく抱き締めてくれた。


暫くして、花陽の出る番組を海未と一緒に見た。


サイリウムの海で踊る花陽は、注目してみていないと気付かない程たまに、あの頃私がやっていたポーズを振り付けに加えた。


笑顔で歌い踊る花陽。その目元はメイクで隠しているけれど、少し赤く腫れていた。

～幕間⒈その後の一コマ～

にこ「…凄かったわねぇ」

海未「ええ、花陽のパフォーマンスには目を見張るものがありますね」


にこ「こんな素敵なアイドルを現役で推せなかった私が憎いわ……」


海未「今度最後のコンサートがあるみたいなので、応募してみましょう」


にこ「そうね、これから曲予習して、コール覚えて……んん～、腕が鳴るわね！」

海未「にこは相変わらずな様ですね」

にこ「勿論よ。……海未、さっきは傍にいてくれてありがとね」


海未「いえ、当然の事ですよ」

にこ「それでも！……貴女が居てくれたお陰で勇気を出せた」


海未「ふふっ、それではその事は穂むらのお饅頭でおあいこにしましょう。……楽しみにしてたんですよ？」


にこ「え？」

海未「……え？」


にこ「……。」

海未「にこ……？」


にこ「………………わ、忘れてた…」


海未「…………。」


にこ「………はは、やだ海未ちゃん…顔が凄いことなってるわよ？」


海未「……。」


海未「………………。」




海未「……………………あなたはｧ！！！！」



～幕間終わり～

花陽の引退発表から2週間が経った。


あれから私達の生活は特に変わってはいなかったけど、変わった事と言えば海未は週に何度か私と一緒に寝る事をせがんだ。特に断る理由も無いから季節柄彼女の体温に少し寝暑さを感じながら就寝を共にした。


また、穂乃果とことりから頻繁に電話が掛かってきた。私が仕事で居ない間は家に掛けて海未と話をしていてくれたそうだった。


休みの日には携帯に掛かってきた。スピーカーにしながら3人、時には4人揃って話をした。


海未の家の事を調べてくれていた二人から新しい情報を受け取った。


なんでも、結婚相手はさほど重要ではないらしい。


だけど跡継ぎの為に結婚はさせようとしている、と穂乃果やことりの母は聞いたらしくとにかく家は海未を捕まえてその後の話をしようと考えているようだった。


海未に聞いてみたら、たとえあの人じゃ無くても自分の決めた人以外との結婚なんて考えられない、帰りたくない、と言った。


この生活を気に入っていて、正直言うと海未には実家に帰って欲しくなかった私は内心ホッとした。


花陽は引退発表はしたものの、今年の末に最後のソロコンサートが開催される為あまり暇がないようだった。


その忙しい中でも二日に一通は必ず連絡をくれた。今日はどんなレッスンをしたよ、だとかこんなものを食べたよ、だとか。几帳面で可愛らしい花陽らしく一通一通写真付きで。


アイドル好きの私としては、スーパーアイドルの何処にも載せてない激レアな写真が付いてくるメールが少し誇らしかった。


海未との再会から3ヶ月。
いつの間にやらμ'sの半数の人との関係を取り戻していた。


そしてそろそろ夏も本格的に始まり、徐々に気温が高くなる7月始め。そんな中、穂乃果からまた招集が掛かったのはやっぱり燦々と照りつける太陽が眩しい日の事だった。

にこ「穂乃果からまた集まろうっていう連絡があったから、近い内に行ってくるわね」

海未「はい、わかりました。今回はどのような用事なのですか？」


にこ「えーっとね、なんでも今回は私絡みらしくて。…多分μ'sの誰かと話す機会を設けてくれるんじゃないかって思って居るんだけど」


これは半分嘘で半分本当だった。今回の名目はそれなんだけど、もう一つ理由があった。

なんでも穂乃果から海未には話せない事があるから会って話しをしよう、っていう事だった。

とは言え最大の理由は私が仲直りをする、というもので間違いなかった。


海未「へぇ、そうでしたか」


にこ「うーん、次は誰なんだろ…誰かわからないとどうにもドキドキしてきちゃうわね」


海未「…ふむ、それなら次は希辺りではないでしょうか」

にこ「え、分かるの？」

海未「ええ、今の所比較的和解しやすいであろう順番で来ている様に見えるので、多分間違い無いと思います」


あ、そっか。私が皆から離れている間も仲間として関係を保ってきた海未からしたらμ'sの皆の事、私より理解が深いのは当たり前よね。


にこ「あ～、確かにそうよね、納得したわ。それじゃあ海未は誰が一番手強そうかも分かってるって事ね」


海未「ええ、思い当たる所はあります。…知りたいですか？」


にこ「いや、辞めておくわ。私は事前に攻略本読んだりしないタイプなの」


海未「…？よく分かりませんが、にこらしくて何よりです」


ここで海未に皆の事を聞いてしまったら、人の力に頼りすぎて胸を張れなくなってしまう。きっかけは海未に貰ったけど、せめて自分の力で皆との関係を修復させたいな、と思った。



にこ「と、じゃあそんな感じだから、土曜日は出掛けるわね」


海未「…帰りはいつになりますか？」


にこ「ん～、そうね…多分そこまで長く掛からないと思うし前と同じ時間には帰れると思うわ」


海未「そうですか、わかりました」

この前と同じ様に、帰りの時間を気にする海未。
私が日付が変わる前には帰れると思う、と伝えるとどこかホッとしたような表情でそう答えた。

穂乃果との約束を翌日に控えた金曜日、仕事の昼休憩で海未が持たせてくれたお弁当を食べながら行儀が悪いとは思いつつ午後から使う書類を食べていると向こうから歩いてきた後輩から声をかけられる。


｢あれ、先輩今日は手作りですか？｣


にこ「ん？あぁ、違うわよ。ちょっと友達がね」


｢えぇ～？なんか怪しぃ～。まさかコレですか？｣


今日日見なくなった親指を差し出してくい、と見せる素振りを見せるとにひひと笑って私の座っている向かいに腰を降ろす。


｢いや～、全く浮いた話が無かった先輩にもついに彼氏が……それに家事出来る男はポイント高いですよ｣


にこ「…だからそんなんじゃないってば。…仕事あんたに回すわよ？」


｢わ！それは勘弁です！…でもわざわざお弁当作ってくれる友達なんてそうとしか思えないですよ～｣


にこ「言っとくけど女の子だからあんたが思うような事はないわよ？」


｢な～んだ、そっかぁ。…って、お弁当作ってくれる女友達も結構珍しいと思いますけどねぇ…先輩の事好きだったり……｣


にこ「こーら、すぐそっちに話を持ってこうとするんだから……」


｢痛てっ、もう、叩かなくたっていいじゃないですかぁ｣


｢……でも、確かにそうですよね｣





｢……同性同士にそんな感情抱くなんて、ちょっと怖いですもんね｣



はっ、と息が詰まる思いがした。

この子は悪意があって言った訳じゃないのは分かっているけど、やっぱり《普通》じゃなかったら怖いものなのなのよね。分かっている。


でも、何かモヤモヤと黒い感情が湧き上がってくるのを感じた。


確認していた書類から海未の作ってくれた彩り豊かなお弁当に目を移す。作ってくれている姿を想像して、何故か悲しい切なさで胸が締め付けられた。


と、その時穂乃果から電話が掛かってきた。助かった、と思った。


後輩に席を外す事を伝えて部屋の外へ出て着信を伝える携帯電話の通話ボタンをたん、とタップした。

にこ「もしもし？珍しいわね、こんな時間に携帯に電話してくるなんて」


穂乃果「あ、うん。時間と集合場所が決まったから連絡しておこうと思って」


穂乃果から明日の詳細を告げられる。時間は夕方で、場所はこの前と同じ小洒落たお店という事だった。


にこ「りょーかい、時間通りに行くから遅刻するんじゃないわよ？…話はそれだけ？」


穂乃果「もう、私も大人なんだから遅刻なんてしないよ～。あ、実はもう一個話があって…」


にこ「なに？」

穂乃果「えっと……あれからにこちゃんが居ない時にも海未ちゃんと話してるじゃない？」


にこ「あぁ、そうね。それがどうかした？」


穂乃果「うん…なんて言うかね、海未ちゃん少し様子がおかしいっていうか」


にこ「はぁ？私にはいつも通りだと思うけど……」


穂乃果「いや、うん…私の思い過ごしだったらそれでいいんだけど」


にこ「何よ、珍しく歯切れが悪いじゃない」


穂乃果「う～ん、これは正直私の…なんて言ったらいいのかな、幼なじみとしての勘？でしかないから。…でもにこちゃんの方からも、少し様子を気にしてみて？」


それだけ言うとそれじゃあね、と電話を切られる。


私には分からなくて幼なじみの穂乃果には分かる、というのに何か引っ掛かる思いがした。


ふん、と鼻を鳴らしてデスクに戻る。先程と同じ様に机に置いてあるお弁当を見て、また先程の様にきゅ、と胸が動いた。

にこ「……ただいま」


海未「にこ、おかえりなさい。…どうしました？何か少し元気が無いように見えますが……」


にこ「あ、いや……うん、何でもないわ」


色々とあったせいで午後は少し仕事に手が付かなかった。家に帰ってもモヤモヤは消えなかったけど、心から私を心配してくれている海未の顔を見るとすぅ、と無くなるのを感じた。


一緒にご飯を食べる。やはり栄養までしっかりと考えられていて、海未の優しさが溢れた温かい料理。心まで暖かくなるのを感じた。


笑顔で食卓を囲み、夜は一緒に眠る。穂乃果に言われた通りに様子を気にしていたけど、海未を見ても何もおかしな感じはしなかった。


ほら、何も変わった様子なんて無いじゃない、幼なじみの勘よりも一緒にいる私の方が海未の事を分かっているんだから、と思った。

にこ「アイツは確かに遅刻しないって言ったのよ、もう社会人だからって……」


｢うんうん、そうなんや、穂乃果ちゃんらしいね？｣


にこ「大体高校生の時からそうなのよアイツは……」


｢まぁまぁ、穂乃果ちゃんも悪気があった訳じゃないと思うし許してあげよ？｣


にこ｢なんであんたもそんな感じなのよ！…………希！｣


希｢？…って言われてもなぁ……｣


土曜日。私は勿論時間通りに店に向かうと、約束と違い穂乃果の姿はそこにはなかった。


肝心の穂乃果が居なかったらどうしようも無いじゃない、と思って入口の所であたふたとしていると


希｢あ、にこっち。穂乃果ちゃんは遅刻かぁ……さ、じゃあ先に行って待ってよっか？｣


と、あっけらかんと言う希に私は咄嗟に言葉が出てこなくて。う、とかあ、とか言いながら席に着いたのだった。

希「でもにこっちは変わらんねぇ、少し大人っぽくなったけどまだ若々しいわ…羨ましい」


にこ「希だって全然老けてないじゃないの……ってそんな昔みたいに……何か言いたい事とかないの？」


希「あぁ、うん。久しぶりやね？」


にこ「あぁ、久しぶり……ってそうじゃなくて！」


希「えぇ～？もう、にこっちってばめんどくさいんやから……それとも、気にして欲しい？」


にこ「えっ……や……」


希「元から別にウチは怒ってないんよ。…でもそうやね……折角やから～、ワシっ！」


にこ「ぎゃっ！」


希「えっ……！にこっちに胸がある……！？」


にこ「元から無くはないわよ！そんなに驚く事無いでしょうが！」


穂乃果「いや～、ごめんごめん遅れちゃ……った……」



穂乃果「ごめん、邪魔しちゃったね。穂乃果もう少し時間潰してからまた来るから……」


久々に希からのお仕置、そして心外な驚き方をする彼女に腹を立てていると……最悪の状況で穂乃果は到着したのだった。

穂乃果「な～んだ、てっきり久しぶりの再会にこんな所で盛り上がっちゃったのかと思ったよ」


にこ「んな事あるわけないでしょうが！」


希「えぇ～、ウチは本気やったのに～」


にこ「うっさい！折角説明したのにややこしくなるような事言うのはやめなさい！」



穂乃果に今までの事を話し何とか納得してもらうと、今日の経緯について教えてくれる。

希に私と再会したということを話したら自分にも会わせて欲しいって頼まれた事。

なんでも希は当時からずっと私の事を庇っていてくれたそうで、心配してくれていたらしい。

そんな希に今までの事を説明する。もう何度目かにもなるので流石に途中で止まらずにスラスラと言うことが出来た。

にこ「本当にごめんなさい」


希「うん、いいよ。そもそもウチは怒ってないし」


にこ「それでも！皆から何も言わずに離れたけじめとしてこれだけは言わないと気が済まないの」


希「律儀やねぇ…確かに水臭いな、とは思ったけどにこっちの気持ちを考えたら仕方の無い事なのかも知れないと思ったんよ」


希「それにね、怒っている子達もにこっちに対して怒ってる訳じゃ無いと思うん」


にこ「……？」


希「にこっちに対して何もしてあげられなかった自分に対して…って言うんかな。そういう自分を責める気持ちを正当化する為にいつしか変わっていってしまったんと違うかなぁ」


にこ「どういう事？」


希「んーとね、とにかく皆にこっちの事が大好きって事」


どういう事か理解は追いつかなかったけど、希の優しい瞳だけが印象的に輝いていた。

いかん、3rdライブRED GEM WINKとWHITE FIRST LOVEが来るまでは見なくていいやと思って作ってたらちょうど終わってた

それからはあの頃の時みたいに色んな事を話した。やっぱりこの子達と話していると高校生の時に戻ったみたいで、今一緒にお酒を飲んでるのが不思議に感じた。


希は大学を卒業した後暫くは貯金を切り崩して旅をしていたらしく、今はその経験を活かして色々な場所に飛び回る仕事をしているらしい。


なんの仕事かまでは聞かなかった。まるで物語のように様々な土地での出会いや経験を話してくれた。


穂乃果も希も、意外にも恋人はいないらしくこの歳になったら少し焦り始めるって言って皆で笑った。


ふと昨日の穂乃果との電話での事を思い出した。


にこ「そういえば、今日呼んだ理由もう一つあるって聞いてたんだけど……」


穂乃果「あ、そうだったね。…ねぇ、にこちゃん。希ちゃんに海未ちゃんの話しても大丈夫かな？」


にこ「う～ん、わざわざ希もいるこの場で話したいって事はなにか希に頼みたい事があるって事よね？それなら事情を分かってる穂乃果に任せるわ」


希「なになに？なんの話？」


穂乃果「うん、じゃあ話すね。えっと、まずは海未ちゃんの事なんだけど……」



それから一緒になって希に海未の事を説明した。当たり前ではあるけど知らなかった様で、そんな事になってたんやね……と驚く希に穂乃果は続け、そこからは私も聞く側に回る。

穂乃果「まず二人は海未ちゃんにお姉さんがいるって事は知ってる？」


にこ「いや、私は知らなかったわ」


希「うん、ウチも聞いた事ないかな」


穂乃果「だよね。って言うのもね、海未ちゃんのお姉さんは私達が中学一年生の時に家を出て行っちゃったんだ」


穂乃果「お姉さんには将来を誓いあった恋人が居て、家に挨拶に来たらしいんだけどね、その頃海未ちゃんの家は今よりも厳しくて、絶対に許嫁との結婚以外は許さないっていう状況だったらしかったんだ。その時お姉さんはまだ高校生だったかな」


にこ「駆け落ちした……って事？」


穂乃果「そう。ここから先は私も知らなかったんだけど……それから、家の期待は全部海未ちゃんに注がれる事になったんだ。海未ちゃんからしたら酷い話だよね、お姉さんが居なくなって、しかも今までよりもずっと厳しくなったんだから」


穂乃果「でもそんな状況でも海未ちゃんは頑張った。今思えば海未ちゃんがあれだけしっかりした性格になったのはその影響もあったんだと思う」


穂乃果「高校生になっても勿論その生活は続いてたみたい。…私がアイドルに誘った時も。それでも海未ちゃんはその事に対して弱音も吐かずに両立させてきたんだ」


希「……そうだったんや、ウチ全然知らなかった」


にこ「私もよ、その状態であの頃倒れたりしなかったのが不思議なくらい」


希「でも、どうして今この話を…？」


穂乃果「あの頃とは違って、今は…跡取りが居ればいいんだよね…？」


にこ「まさか…！」





穂乃果「うん。…海未ちゃんのお姉さん、何とか探し出せないかな？」

穂乃果の話を聞いた後、更に三人で話を詰める。そもそも本当にお姉さんを見つけ出せたとして簡単に家に戻ってきてくれるかどうかも怪しいものだ。


穂乃果「でも元々は旦那さんも婿養子として継ごうとしていたんだよね、それなら可能性はあると思うんだ」


にこ「確かにそうかもしれないけど……」


希「うーん…でも穂乃果ちゃんの言う通り、それなら海未ちゃんが結婚する必要も無くなるし当たってみるのも一つの手なんやない？」


にこ「…そうね、可能性があるんならなんでもやってみるしかないか」


希「…で、ウチの出番って訳やね、穂乃果ちゃん？」


穂乃果「うん、希ちゃんはいろんな場所に知り合いが居るでしょ？だからなんとなくだけど何とかしてくれそうかなって…」


希「もう、知り合いが多いからってどうにもならん事もあるよ？でも、今回は心当たりあるね…昔、この仕事を始める前に少し手伝った探偵の知り合いがいるんよ」


にこ「何よそれ…どんな人生を送ってきたらそんな交友関係になるのよ」


私がそう呟くと彼女はあの頃のように人差し指を口元に当て、スピリチュアル、やん？とウィンクして悪戯っぽく微笑みを浮かべて答えた。


希「とにかく、その事はウチに任せて。にこっちは他にやる事もあるやろうし、ね？」


にこ「そうね、分かったわ。この事は希に任せる。……もしお金が必要なら私が何とかするから」


希「多分大丈夫やと思うけど…もしそうなったらにこっちに頼ることにするね」


穂乃果「にこちゃん、この事は海未ちゃんには内緒にしておいて。見つかるか分からないのに期待させちゃうのも悪いから…」


にこ「そうね、分かったわ」


希「さ、話も決まった所で！とにかく再会を祝して今日は飲も～！」


穂乃果「うん！にこちゃんとは前に約束したもんね！」


にこ「切り替え早っ！…まぁ、沈んでたって仕方ないもんね」



時計を見たら8時を回った所だった。

にこ「あ゛ぁ……飲みすぎた」


穂乃果「もう、にこちゃん大丈夫～？あははは！夜はこれからなんやから弱音を吐くには早いよ～！」


希「じゃあウチの家で飲み直そ～！にこっちも明日休みだから大丈夫よね？」


にこ「あ、いや……どうかしら」


海未の顔がちらつく。帰るって言ったのに泊まりがけになるのはどうなんだろう、海未が前みたいに体育座りで私のベッドで待っている姿を想像して胸が痛んだ。


穂乃果「えぇ～？ノリ悪いよにこちゃん！それにそんなフラフラじゃ帰れないでしょ？」


希「そうやよ、そんな状態で帰るくらいならウチの家に泊まっていき！」


にこ「そう、よね……」


アルコールが回って深く考える事が出来なくなった所にそう提案され、そうだ、帰れない状況何だから仕方ないわよね、と言い訳のように心の中で呟く。


家に電話をする事も忘れ、ふらふらと覚束無い足取りで二人の後を追うように歩き出した。

にこ「っ痛ぅ……あたま痛ぁっ……｣


結局あの後夜中まで飲み明かし目が覚めたのは朝10時を過ぎた頃だった。ふと周りを見るとすっかり空いてしまったボトルのワインや梅酒のパック、その中で眠る穂乃果と希の姿。はっ、として携帯を見ると十数件の着信履歴。全て自分の家から掛かってきていた。


胸騒ぎがして穂乃果と希を起こす。先に帰る事を伝え、まだ痛む頭を抑えながら直ぐに希の家を後にした。



………



やっと家に着いたのは昼を回ろうかという頃だった。


鍵を開けてバタバタと家に飛び入ると直ぐに海未の姿を見つけ一安心。しかしこの前の様に私のベッドの上で膝を抱え、両膝に顔を埋め震えているようだった。


慌てて駆け寄り声を掛ける。ぱっ、と顔を上げた海未は隈のできた目を赤く染め、心ここに在らずといった表情で私を見つめていた。


にこ「海未！大丈夫！？」


海未「ぁ、にこ……ごめんなさい、電話をしたんですが通じなくてし、心配になってしまって……ごめんなさい。ごめんなさい……」


明らかに連絡しそびれた私が悪いというのに、親に叱られた子供の様に何度もごめんなさい、と言う姿に激しく後悔する。不安定な状態の海未を放って自分は穂乃果や希と遊び呆けていた。


今の海未を支えられるのは私だけなんだ。絶対にしてはいけない事をしてしまった、と自分を責める。


にこ「ごめん！海未、ごめん……！！」


じわりと滲む涙を携え海未の頭を抱き締める。
この間も海未は何度も謝っていた。

ぎゅぅ、と海未を抱き締め、何とか落ち着かせると昨日寝ずに私を待ってくれていた為か泣き疲れて眠ってしまう。


きちんとベッドに横にならせると、穂乃果や希からは心配の連絡が入っていた。


大丈夫、と軽く返信をすると頭を冷やす為にシャワーを浴びる。


未だに残る頭の痛さが憎らしかった。


ガン、と頭を一発強く叩いた。


シャワーから上がると髪の毛を乾かす事も忘れ横たわり規則正しい寝息を立てて眠る海未の手を握り、地べたに座りベッドに頭を乗せる形で私もまたうつ伏せに眠りについた。

目を覚ますと海未は傍に居なかった。


焦って辺りを見回すと料理を作っている所だった。今日は私の当番の筈なのに…と思って傍に寄ると海未は眼鏡をくい、と直し私に微笑みかける。


海未「おはようございます、すみません先程は取り乱してしまいまして…お詫びに今日は私が夕飯を作りますから……」


にこ「いや、謝るのは私の方よ…本当にごめんね」


海未「いえ、私は大丈夫、大丈夫ですから…」


自分に言い聞かせる様に呟く海未。もう絶対に悲しませる様なことはしないと決め、ぐっ、と拳を握る。


海未はまた寂しそうに笑った。

それから1週間と少し、平日は勿論仕事が終わった後に直ぐに家に帰り、休日は希から誘いがあったけど断って海未と二人でゆっくりと過ごす。


そんな事で許されるとは思ってはいないけど、私も極力家から出ないようにした。当たり前の様に海未とは毎日寄り添って眠った。


花陽から電話が来たのは、七月も半ばに差し掛かった時だった。


今度の日曜日に連れて行きたい所がある、との事で、話しぶりからきっとμ'sのメンバーの所だと思った。


私が海未と一緒に居なきゃいけないからと断ろうとしたら、いつの間にやら傍に来ていた海未に肩を掴まれる。
ふるふる、と頭を左右に振って私なら大丈夫ですから、行ってきて下さい。と小声で伝えられた。


海未に気を遣わせてしまった、と内心自己嫌悪に陥りながら引き受けると花陽は安心したようでそれじゃあよろしくね、と電話を切られる。恐る恐る海未を見ると困った様に怒っていた。


海未「にこ、貴女は皆と和解する事を一番に考えて下さい。私なら住まわせて貰っているだけで助けられているんですから」


にこ「でも……」


海未「貴女の重荷にはなりたくないんです、分かってください……」


にこ「…分かったわ。絶対にその日のうちに帰るから……」


海未も私も、少しずつ壊れ始めている、という事に気付いていなかった。

次の日、いつものように仕事をしているとまた後輩がやって来た。


｢先輩、何だか最近疲れた顔してますよ……大丈夫ですか？｣


にこ「そんな事ないわ、普通よ」


突き放す様に言った。そ、そうですか……と言って悲しそうに去っていった。別に罪悪感は感じなかった。


昼には穂乃果から電話が掛かってきた。


最近海未に電話を掛けても出ない、だそうだ。


別にいいでしょ、私が傍にいるから気にしないで、と伝えると穂乃果もまた…そっか、と悲しそうに言って電話を切った。

日曜日。早く家に帰らないといけないから、と思って花陽との約束は出来るだけ早い時間して貰った。


一体どこに連れていかれるのか、と思っていたら花陽は私を連れて見覚えのある道を歩き始める。


到着したのは私達の通っていた学校、音ノ木坂学院だった。


にこ「ここは……」


花陽「音ノ木坂、来るのは久しぶりだね」


にこ「どうしてここに？」


花陽「…それは、中に入ったらわかるよ」


とりあえず花陽の言う通りに学院に足を踏み入れる。日曜日な事もあり、生徒は殆どいなかった。
真っ先に職員室に着くと、意外にも私が通っていた頃の先生も数多く居て私達の来訪を快く受け入れてくれた。


暫く先生達と思い出話に花を咲かせていると、ガラガラと音を立てて新しく誰かが入ってくる。
腰の辺りまで伸ばした綺麗な髪の毛に可愛らしくも綺麗な美人。どこか見覚えがあるような気がして、誰だったかな…と考えていると先生がその入ってきた人に対して星空先生、と呼んだ。


星空と珍しい名字の付く知り合いは一人しかいない。あの頃との変化に驚いて声も出ない私にその人、星空凛は口を開く。


｢来てたんだ、久しぶりだねかよちん……それと、矢澤先輩｣


人懐っこくて笑顔の似合う私の知っている後輩はそこにはいなかった。

先生達の計らいであの頃使っていた部室を貸して貰い、三人だけの場を設けてもらう。


部室は今でもアイドル部が使っている様で、あの頃寄付したグッズが今も残っている事に感慨深い思いがした。

ホワイトボードには恐らく歴代のアイドル部の子達の写真が貼ってあって、その中には私達の写真も飾ってあった。懐かしいな、この写真を撮った頃はまだ絶対にアイドルになるんだって、そう思っていたのにな、と思った。

懐かしさに耽っていると、痺れを切らしたのか凛が話し始める。


凛「で、何をしに来たの？用が無いなら私は仕事に戻るけど」

にこ「あ、えっと…実は話したい事があって、来たんだけれど……」


凛「…何？今更矢澤先輩から私になんの話があるって言うのかな」


私を視界にも入れずに、顔を見せずに冷たく突き放すように言う凛。花陽は黙って凛を見つめていた。


にこ「あの…皆の前から急にいなくなってごめんなさい……その事を、謝りたくて」


凛「……聞きたくない。どんな理由があったとしても、貴女が私達を捨ててどこかに逃げた事は変わらないから」

凛の言う通りだった。言い返す言葉も無かった。

…9年前、私がアイドルを諦めた、その時。
凛は何度も私に会いに来てくれていた。

私は冷たくあしらって、玄関から中へ招き入れる事もしなかった。そんな私に凛はごめんね……と謝り、毎回の様にまた、来るから……と言って帰っていったのだった。

凛は私が大学を卒業して家を出ていくまで、何度も来てくれた。何度も、何度も……。

これは、その罰だ。凛は最後まで私の事を心配して考えてくれていたのに、私は自分の事しか考えていなかったんだから。今もそう、折角花陽がここに連れて行こうと考えてくれていたのに…最初は海未の為と理由を付けて断ろうとしていたんだから。

昔も、今も。私は自分の事しか考えていなかったんだ。


にこ「っ…ごめん、なさい……私、凛の気持ちを踏みにじって……」


凛「聞きたくない！今更なんなの！？私は貴女の事なんて忘れてた、それでよかった！！」


にこ「…それでも私は……皆と仲直りがしたくて…………！」


凛「ふざけないでよ、仲間面しないで！貴女なんか…にこちゃんなんか、もう仲間でもなんでもない！！」

にこ「ごめん、ごめんね……ｸﾞｽｯ」


凛「ぁ…ぅ……。な、泣いたって意味なんて無いから、もうにこちゃんの事なんて……」



堪えきれなかった。凛の言うことはもっともで、私には泣く権利なんてないのに。

私は、どこか甘えてた。これまでそうであったように皆なら何も言わずに許してくれるんじゃないかって……また、仲間って呼んでくれるんじゃないかって。

でもそれは違う。自分から手放した癖にもう一度掴みたいだなんて図々しい事この上なかったんだ。

そう、凛の言う事が正しい。わかっているのに…それなのに、涙が止まらなかった。

そんなときだった。





ﾊﾟｼﾝｯ






花陽「………ざけないで」


凛「…えっ……？」







花陽｢ふざけないで！！！｣



これまで黙って凛の事を見つめていた花陽が、急に凛に詰め寄り思い切り顔を叩いたのだった。

一瞬何が起きたか分からなかった。
険しい顔を浮かべた花陽はこれまで見た事も無いような顔で、これまで聞いた事の無いような大声で。親友の事を非難する。


花陽もぼろぼろと涙を零していた。


花陽「ねぇ、凛ちゃん言ってたよね…にこちゃんが悲しんでるのに何も出来ないって。役に立てないって……」


花陽「確かににこちゃんは私達の前から姿を消したよ、それでもその気持ちは分かる、そうでしょ？…だって、にこちゃんがアイドルになる事を一番楽しみにしていたのは…にこちゃんが私達に負い目を作る一番の原因になったのは、私達だから」


花陽「だからあの時言ったよね？私達がにこちゃんに負担を掛けてたんだって、それが心残りだって。今凛ちゃんがしていることはただの八つ当たりだよ」


凛「ち、違……」


花陽「違わない！！…私達は、気を遣って言えなかったんだよ。にこちゃんがアイドルじゃ無くなっても、それでも大好きだって」


花陽「だから凛ちゃんは自分を責めてた！それなのに今になってにこちゃんの事責めるのはおかしいよね、違う？！」


凛「……か、かよち…」


花陽「長い間会えなくて寂しかったんだよね……そりゃそうだよ、私達はにこちゃんの事大好きなんだもん」


花陽「でもにこちゃんは帰ってきてくれた。私達に謝って、また仲間になろうとしてくれたんだよ……？」


凛「…う……うぅ…………！」


花陽「凛ちゃん……素直に、なろう？」


凛「うぅぅ、ぁぁ……あぁぁ………！！」


花陽の言葉についに堪えきれなくなり大声と共に涙を流す凛。


凛「ごめん、ごめんね……！酷い事言っちゃった…ホントはずっと会いたかった、寂しかった…！」


にこ「ううん、悪いのは私よ……本当にごめんなさい」


凛「ずっと言いたかった…アイドルじゃなくたってにこちゃんの事大好きだって、ずっと仲間だって…」


にこ「うん……。うん……！ありがとう、凛…！」


花陽「凛ちゃん…！うぅ、良かった…………」

こうして私達は数年分の想いを何度も何度も言葉にして、謝りあった。涙が流れなくなる頃には、これまで会えなかった分の時間が取り戻せたような気がした。

凛はこれじゃ職員室戻れないじゃん、と泣きながら笑っていて、花陽は泣き疲れたらお腹が空いちゃったな、とお腹を小さく鳴らせていた。


凛「ねぇ、今日はずっとこっちにいるの？仕事が終わったら三人でご飯とか行けたら……」


にこ「あ、ごめんなさい……今日はどうしても用事があって……」


凛｢あ、そっか…ごめんね……それじゃあまた今度行こう？｣


にこ「そうね。また、今度……」


嘘を吐いた、本当は特に予定なんて無かった。だけど海未が家で待ってる。早く帰って安心させてあげないと……

口をついて出た、また今度、という言葉。


校門まで見送りに来てくれた花陽と凛に別れを告げて母校を後にする。





今度、なんていつ来るか分からなかった。

二人と別れ、家に戻る。時刻はまだ15時を過ぎた頃だった。



海未が出迎えてくれる。目元が少し赤くなっていた。ぎゅ、と軽く抱き締めただいま、と言うと照れくさそうにおかえりなさい、と答えた。




今日は私が腕によりをかけてご飯を作る。やっぱり海未はとても美味しそうに食べてくれるので、こっちまで嬉しくなる。



人の為にご飯を作るのは楽しかった。




食事を終えて海未に先にお風呂に行かせると、携帯が着信を知らせる。誰からかと思ったら相手は穂乃果だった。

にこ「もしもし？」


穂乃果「あ、にこちゃん、こんばんは」


にこ「あ、うん。なんの用事？」


穂乃果「あのね、今海未ちゃんは近くにいる？」


にこ「いや、居ないけど……なによ？」


穂乃果「うん、海未ちゃんの事なんだけどね…」


にこ「……。」








穂乃果「…にこちゃんに依存してるんじゃないかって、思うんだけど」

にこ「は？何よそれ……」


穂乃果「元々おかしいなとは思ってたんだ。電話してもにこちゃんの話しかしないし…それに、前に希ちゃんの家に泊まってから海未ちゃんは私からの電話に出ないんだよ」


にこ「…別にいいでしょ、何もおかしくなんかないわよ。…あんまり悪く言わないで、気分悪いわ」


穂乃果「…そっか……そっちもか…………」


にこ「なに、なんか言った？」


穂乃果「ううん、なんでもないよ。…うん、分かったごめんね」


にこ「……じゃあね」


穂乃果「うん、またね」


にこ「ええ、また」




にこ「……はぁぁ…………」


深いため息を吐く。たまたま上がってきた海未が大丈夫ですか？と心配そうに訊ねてきたので、大丈夫よ、お風呂入っちゃうから先に寝ていて、と言って頭を軽く撫でる。

くすぐったそうに笑う海未の髪の毛はまだ湿っていた。

それからはまた、職場と家を行き来する生活だった。
あれから後輩は話しかけては来なかった。

仕事から家に帰ると毎日海未が出迎えてくれる、それが救いだった。

土曜日は一緒に映画を見た。恋愛映画だった。あの頃と違い海未も普通に観る事が出来ていて、ラストに主人公の勇気が無いせいでヒロインと離れ離れになってしまう切ない終わり方だった。

私はこういう話が嫌いで少しむっ、としたけど海未は、私はこういう話、嫌いじゃないですよ、と言っていた。


夜はやっぱり一緒に寝た。あ、と思い出して、イタズラしなくなって偉いわね、とからかうとぷくりと頬を膨らませて我慢してますから、とへそを曲げていた。


日曜日は一緒にスイカを食べた。少しシーズンには早いかもしれないけれど、十分に熟れていて美味しかった。

しゃくしゃくと、頬を膨らませ口に入れる海未の口元に種がついていたのでくす、と笑って取ってあげると恥ずかしかったらしく、ぷっ、とこちらに種を飛ばしてきた。


そうしてまた仕事が始まる。毎日が幸せだった。

次の土曜日。今日は何をしようかな、とそんな事を考えていた時だった。

ぴんぽん、と呼び鈴が鳴らされる。何だろう、と思いながらパタパタと扉へと向かう。


にこ「はーい、どちら様………………」


ガチャリ、と音を立てて開く扉。






にこ「……えっ……………？」



｢………………久しぶりね、少し…いいかしら｣



彼女は太陽の光が煩わしいとばかりにサングラスを掛けて、あの頃のようにムッ、とした表情を浮かべていた。

思考が追いつかない。なんで、どうしてこの人がここにいるのか。まず住所なんて誰にも教えていないし、それに……貴女とはもう何年間も会ってないのよ…？


にこ「どうして…………真姫、ちゃん」


真姫｢……。｣


彼女はその問いには答えずに、ただ髪の毛を整えながら横目でこちらを見ていた。


真姫｢…ちょっと邪魔するわよ｣


そう言ってバタバタと家主を放って家の中に無遠慮に入っていく。


にこ「ちょ、何よ！急に来てそんないきなり……！！」


海未「どうしたんで…………真姫…！？」


真姫｢……いた｣


少しきょろきょろと周りを見渡して海未を見つけると、つかつかと歩み寄りその右腕をばっ、と掴む。


真姫「…今日から海未は私の所で預かるから」


にこ「はぁ…？いきなり来て急に何よ、そんな事許す訳……！！」


真姫「どいて。…ついてきなさい海未。」


にこ「痛っ……！」


海未「にこ……！いや…嫌です！」


真姫に押されドスン、と尻もちをついて倒れる私。
そんな私を見て海未は心配そうにこちらに目を向ける。抵抗していたけど思いの外真姫が強引に引っ張るので腕を痛そうにしていた。

にこ「うぅ……うあぁぁあ！！」


真姫「っ……！？……ﾁｯ…」


意を決して真姫に組みかかる私。そんな私を見て小さく舌打ちをした彼女は、


ﾄﾞｺﾞｯ


にこ「ぐっ……ｺﾞﾊｯ……」


その長い足を思い切り伸ばして、私の腹部の辺りを強く蹴り飛ばした。お腹が痛い。息が上手く吸えない。荒い呼吸を整える事も出来ず、蹲ったまま海未を掴んでいる真姫の顔を睨む。


海未「にこっ！嫌ァ！！」


真姫「ついてきなさい！……にこちゃんがもっと傷付く事になるわよ」


海未「そ、それは……！」


にこ「ｳｸﾞｯ…待って…！待って海未……！！」


海未「にこっ……！ごめんなさい、ごめんなさい……！」


真姫「ほら、行くわよ」


海未「あぁっ…！」


にこ「待って！いや、いやぁぁあ！！」


何も出来ずにただ蹲ったまま腕を伸ばす。海未も同じ様に左腕を伸ばしていたけど、勿論捕まえる事なんて出来ずに。

急に現れた真姫の手によって、海未は連れていかれてしまった。



真姫「ダメね……二人とも思ったよりも…………」



彼女のそんな呟きは私の耳には届かなかった。

海未が連れ去られてから一時間…いや、二時間位かも知れない。その間私は何をする事も出来ずにただ呆けていた。

ほろほろと涙が頬を伝う。何で、どうしてこんな事になってしまったの？家に連れ戻されたりはしないだろうか、でも預かるってことは大丈夫よね…と答えの見つからない自問を繰り返していた。

海未と再会して…それから毎日が楽しくて。μ'sの皆と少しずつ仲を取り戻す事が出来て、浮かれていたのかもしれない。

海未だけは特別だって、もう離れたりしないんだって、そういう風に考えていたのかもしれない。


そんな私から海未を奪い取っていった真姫が、とてつもなく憎かった。抵抗する事もままならず指を咥えて見ているだけの弱い私が、何よりも憎かった。


その日は何も喉を通ることは無かった。

それからはただ死んだような顔で仕事をこなすだけだった。

後輩は心配そうに私を見ていたけれど、誰とも話したく無かった私は気付かないフリをした。


家に帰ってもやる事は何も無かった。


何をしなくてもお腹は減るもので、ぐぅ、と鳴るお腹の音にうんざりとしながらも、自分の為だけにご飯を作る気にもなれなくて味気ないコンビニの弁当を食べて過ごした。


ことりや希、凛や花陽からは何通も連絡が来ていたけど、そのどれにも返信はしなかった。


ついに30歳の誕生日を迎えた。……傍で祝ってくれる人は、誰も居なかった。


そんな抜け殻の様な生活を続けていた私。そんな私に来客が来たのは、8月を過ぎた頃だった。

その頃には洗濯物も溜まり、空の弁当のパックや紅茶のペットボトルが辺りには散乱した部屋。


来客用のベルがぴんぽん、と鳴る。ムクリと体を起こそうとして、やっぱりいいか、と居留守を使う。


ガチャッ、と音を鳴らせて開かれる扉。あぁ、なんだ、鍵を締めるのも忘れていたのね、と。強盗ならいっそ、そのまま〇してくれたらどれだけ楽になれるか、と半ばやけになって呟いた。


希｢なぁに無視してるんにこっち？…うわっ、ひっどい顔やね｣


にこ「…なに、一体何をしにきたのよ」


仕事で必要な最低限以外では久しぶりに声を出したせいか、驚く程に掠れた声だった。希もまた私の家を知らないはずなのに、とかいう疑問は面倒臭くて考えもしなかった。


希「何をしに来た？……そんなん自分が一番分かってるんやない？」


にこ「…知らない。お願いだから放っておいて…誰とも今は話したくないから」


そこまで私が呟くと、希の後ろからすぅ、と人影が動いた。寝転んだままの私はその人影を目で追おうともせずに、ただぼう、と足元を見つめていた。


｢何よ、これ。はぁ……こんなんじゃ何を言う気にもなれないわね｣


やれやれ、といった様子でため息を吐く。…今更何が来ても驚かないけど、希の前まで来て腕を組んでこちらを睨んでいるその顔は、今は見たくなかった。


絵里「こんな貴女の顔、見たくなかったわ。何も言わずにいなくなったこと、一つは文句言ってやろうと思ってたんだけど。……もう、怒る気にもなれない」


その氷の様に冷たい眼差しは、生徒会長として私たちを反対していたあの頃よりも更に鋭いものだった。

にこ「……何で貴女まで」


絵里「…教えて欲しいんなら一から説明しましょうか？……愚かな貴女にはそれがぴったりね」


にこ「……何、馬鹿にしに来たんだったら帰って」


絵里「馬鹿にする？勘違いもいい加減にして。馬鹿な貴女に何を言ったって正論でしかないんだから」


にこ「あんたねぇ……！」


カッとなって立ち上がる。急に力を入れた両足が少しもつれて立ち直る。


絵里「海未が傍に居なくなっただけで、自分のするべき事も忘れてただひたすらに怠惰に生きている貴女に、愚か以外の言葉が当てはまるのかしら？」


絵里「折角取り戻した絆さえ放ったらかしにして、またもう一度同じ過ちを繰り返すつもり？」


にこ「…っさいわね」


絵里「皆も可哀想よね、折角何も告げずに去った貴女を赦したのに、また同じ事をされようとしているんだから」


にこ「うるさい！あんたに何がわかる訳！？」




ﾊﾟｼﾝｯ




絵里「甘ったれないで！！」

頬を叩かれる。絵里の言う事が正論だって分かってて気を逆立て声を荒らげた私には酷く痛かった。



絵里「…本当に海未の事を考えるのなら、今こんな事をしている場合じゃないわ。あの子は貴女になんて言ったの？私だけを見て、なんて言われた？」


海未の言葉をふと思い出す。


『にこ、貴女は皆と和解する事を一番に考えて下さい』

『貴女の重荷にはなりたくないんです、分かってください……』


絵里「海未も、貴女と同じよ、貴女に依存して、傷付いて……でも、そんな中でも貴女の事を最優先に考えていた。そうでしょう？」


絵里「確かに私は貴女達の生活をよく知らない。…それでも。貴女が海未を大切に思うなら……貴女が海未の事を、本当に好きなら。今はそんな事している場合じゃないでしょう」


にこ「ぁ……う……」


絵里「ねぇにこ、私はあの頃貴女の事、本当に尊敬していたのよ？…そして今も。……あまり失望させないで」


にこ「ごめん、なさい……」


希「これ、海未ちゃんから。……読んであげて」


希から小さな紙を渡される。そこには酷く達筆な字でこう書かれていた。

にこ、貴女と離れてから時が過ぎるのがとても遅く感じます。

真姫から、私は貴女に依存している、という事を聞かされました。

…いえ、私はどこかで気付いていたのかも知れません。
家の事で弱っていた私に、貴女優しく声を掛けて下さり、愛情を与えて下さいました。

ですが私は、そんな貴女の優しさに、甘えてしまっていたんです。

今は真姫の紹介で少し離れた小さな病院に居ます。ここで、貴女に頼りきっていた心を正すんだそうです。

私なら大丈夫、貴女に胸を張って会える様に…貴女に、好いてもらえる私になれるように。一度自分自身を見つめ直してみようと思います。

貴女は、どうか貴女自身の事を第一に考えて。


…酷く優しい貴女の事ですから、私が居なくなった事を気にして自分を責めてしまっていないか、それだけが心残りです。

最後になりますが、一緒に迎えられなかった事を悔やんでこの言葉を送らせて下さい。


誕生日おめでとう、にこ。どうか貴女が幸せでありますように。



園田海未

所々水の跡で歪み、インクが滲んでいる手紙。
それでも、私の事を思い書いてくれた文章を読み涙を流す。




絵里「…貴女と離れてまだ数日。海未は今も不安定な精神状態らしいわ。…そんな中でも貴女の事を一番に考えている」


希「にこっちが辛いのも分かる。…でもね、だからといって海未ちゃんが繋げてくれた絆を捨てちゃいかんよ」


にこ「ぅう……ごめんなさい海未、ごめんなさい…皆……」


絵里「さぁ、貴女のすべきこと、もう分かるわね？」


にこ「ｸﾞｽｯ……ええ、私は海未の繋いでくれた皆との絆を大切にする必要がある。そして海未の問題を解決するわ」


絵里「ハラショー、流石にこ、ね」


希「うん、それでこそにこっちや。…それでね、一つ伝えておかなきゃいけない事があるんよ」








希「海未ちゃんのお姉さん、見つかったよ」

～幕間2 西木野真姫の受難～



真姫「はぁ？……どう言う事？」


穂乃果「あの、今話した通りなんだけど……」


真姫「話はちゃんと聞いてたわよ…ちょっと待って、まだ頭が追いついてない」


突然訪れた穂乃果からの一報は、私の頭では処理しきれないくらい情報量が多くて。


だってそうでしょう？あの海未が家に反抗して、にこちゃんと再会して、それから依存していて。

そしてあんな頑固なにこちゃんが皆に謝って回っていて、今は海未の件を何とかするために奔走してるなんて。どんな物語なのよ、って思うわ。


うん、でも穂乃果が相談相手に私を選んだのは妥当な判断ね。こんなの他の誰に説明しても一発で理解しきれる人なんて居ないから。その点この私は違うわ、少し戸惑ったけど大体の状況は理解した。


それにしてもにこちゃん、謝りに来るならこの私の所へ真っ直ぐ来なさいっての……。と軽くぼやくと、穂乃果から、いやぁ…真姫ちゃんは……。と何とも煮え切らない返事が返ってくる。

……何よ、なんか文句あるっていうの？


真姫「まぁ、大体は分かったわ。…で？私に何を期待している訳？｣


穂乃果「流石真姫ちゃん！で、そんな真姫ちゃんだったらこの状況をなんとか出来ないかなって……」


真姫「………出来ない事は無いわ。だけど、状況によっては手荒な手段になるかも知れないわよ」


穂乃果「…それでも、二人を助ける為だから」


真姫「…はぁ、分かったわ、私が何とかする。…ったく」


損な役回りじゃない、私も……。

悪役がお似合いって訳ね。


…それから私は、これからの事を考えて気が重くなりつつも2つの場所に電話を掛ける。一つは知り合いの経営する小さな町医者へ、もう一つは……


真姫「……もしもし、エリー？話があるんだけど」



賢い先輩には、三回説明しても理解を得られる事はなかった。


～幕間2 終わり～

希「…って感じなんやけど」


希から聞いた海未のお姉さんの話はこうだ。
あまり人口の多くない田舎に絞って捜してみたらどんぴしゃだったらしく、彼女は意外にも直ぐに見つかった。
現在小さな子供一人と旦那さんとで慎ましく生活している様子で、近所とはあまり付き合いがなくその地域では駆け落ちしてきたんじゃないかと軽い噂になっていたんだそうだ。

にこ「うん、でも会いに行くにも直ぐにいける距離でも無いし、行くなら休暇に入ってからになるかしら」


希「そうやね。…それに、お姉さんの事よりもまず先にお家の事を何とかした方がいいかも」


にこ「…そっか、実家の方に許可を得ない事には何も始まらないもんね」


絵里「えぇ、そうね。それなら別に今からでも行ける距離だから、休暇に入るよりも前にそっちにアプローチをかけてみるのがいいんじゃないかしら」


にこ「…ごめん、私一人だと感情的になっちゃうかもしれないから二人も着いてきてくれないかしら」


希「うん、最初からそのつもりやよ。…にこっちに交渉なんて向いてないしね」


にこ「うぐっ…その通りだけど……。まぁいいわ、出来るんなら今すぐにでも行きたい所だけど」


絵里「にこならそう言うって思って海未の実家には連絡してあるわ。明日の午後からお話して貰えるように頼んだから」


にこ「…随分信頼されてたのね、私」


絵里「ええ、それはもう、ね」


にこ「ありがとう……。｣

にこ｢……そういえば、余りに自然に居るから気づかなかったけど、絵里にはまだしっかりと謝れて無かったわね」


絵里「大丈夫、真姫から連絡貰って、穂乃果からも大体の理由は聞いているから。…それに、その事に関してはにこに寄り添ってあげられなかった私達にも原因はあるしね」


にこ「それでも、ごめんなさい。…そっか、真姫ちゃんも分かってたのね……あの子にも今度謝らないと」


絵里「残されてた事に不満がっていたから、しっかり謝らないとダメよ？」


にこ「…今から胃が痛くなってきたわ。それにしても、こんな突拍子も無い話をよくすんなりと信じてくれたわね？」


絵里「ん～、まぁね。…運命ってあるのね、とは思ったけど」


にこ「ホントに、よく出来てるわよね。……私だったらこんな話、一回聞いただけじゃ絶対に理解出来なかったと思うわ」


絵里「えっ、あ、そうね。それは大丈夫だったわ、ほら…私生徒会長だったし」


一瞬狼狽えたかと思うと直ぐにきりっ、と得意げな表情になる絵里。その横では希がなにやら楽しそうに、にやにやと絵里の方を見ていた。

生徒会長関係無くない？とは思ったけど、口には出さないでおいた。

にこ「デカいわね……」

絵里「あら、怖気付いた？」

にこ「うっさいわね、仕方ないでしょ！」

希「えりちも心無しか足震えてるようにみえるけど…」

絵里「そっ、そんな事ないわ！」


結局二人にはそのまま家に泊まって貰って翌日を迎えた。
散らかっていた部屋は二人にも少し手伝って貰いながら片付けをする。
海未の私物が目に入り寂しくなったけど、今もどこかで頑張っている海未の事を考えて私も頑張らないと、と思い直すことが出来た。

そして海未の家の前。大きく開く門に少し怖気付く。
ぱちり、と両頬を叩いて気合を入れ、呼び鈴を鳴らす。


少し時間を置いて、凛とした声がインターホン越しに響いた。


｢矢澤さんですね。……そのまま真っ直ぐお進み下さい｣


言葉の通りに従うと、玄関の前に綺麗な黒髪をたなびかせ、風格の感じられる美しい女性が立っていた。


海未母｢ようこそおいで下さいました。此方へどうぞ｣



通された大部屋には、海未の父が正座で待っていた。海未の母はその隣に正座をし、私達をその前まで招く。

二人に倣い、私達も正座で両親に向き直ると、彼女は口を開いた。


海未母｢それで、お話とはなんでしょうか｣

にこ「お初にお目にかかります。まずは自己紹介をさせて下さい。私は矢澤にこ、海未さんの高校時代の学友です。こちらは同じく学友の東條希、絢瀬絵里です」


私の言葉に合わせて二人がすっ、と頭を下げる。


にこ「本日は海未さんの事についてお話があって参りました」


海未母｢あの子が今家を出ている事にも関係する話なのでしょうか｣


にこ「はい。……単刀直入に言います、海未さんを無理に結婚させる事をお考え直し下さい」


海未母｢……なるほど。…申し訳ありませんが、それは出来かねます。私どもとしても、跡継ぎが必要なものですから｣


海未のお母さんがそう口にする。予想していた答え通りだったので、事前に決めていたように希が話を始める。


希「それは跡継ぎさえいれば、海未さんが結婚する必要はない、という事でよろしいですか？」


海未母｢はい？…海未が結婚しなければ跡継ぎが生まれる事はありませんが……｣


希「いえ、いるはずですよね？もう一人、お母様と血の繋がりを持つ人物が」

海未母｢……存じ上げませんね、私共の娘は海未一人ですので｣


にこ「海未にお姉さんがいる事は分かってるんです！とぼけるのはやめてください！」


絵里「にこ！…落ち着きなさい」


にこ「……ごめん」


絵里に窘められ一旦気持ちを落ち着ける。
すぅ、はぁ、と軽く深呼吸をした所で海未の母がもう一度口を開いた。


海未母｢…仮にそれを認めた所で貴女達にどうする事が出来ると言うんです？……もう10年以上も前に出ていった子の行方など、私ですら分からない事です｣







希「……もう調べがついてる、と言ったらどうしますか？」







海未母｢そんなっ…！有り得ません！……私達がこれだけ長い間掛けても見つからな…………｣





海未母｢い、いえ、何もありません。続けて下さい｣

にこ「…お姉さんに対して、今も変わらない愛情があるとお見受けする事が出来てなによりです。…もし、私達が彼女を連れ戻す事が出来たら、その時は無事に跡を継ぐことが出来ますよね？」


海未母｢…そんなこと、認められると思いますか！？遠い昔に家を出ていき、それ以来音沙汰も無いような娘を今更……！！｣


そこまで話した所で、今まで沈黙を貫いてきた海未の父が、感情的になって声を荒らげる海未の母を手で制す。

数秒の静止と共に、その重たい口を開いた、



海未父｢……もういいだろう｣

海未父｢矢澤さん、絢瀬さん、東條さん…と、言ったね｣


海未父｢これでも、長女の事は私達二人とも気に病まなかった日は無いよ。…あの頃はまだ園田家としても今ほど地位を確立させる事が出来ていなくてね、彼女には酷な事を敷いてしまった｣


海未父｢海未にも、悪い事をした。…聞けば許嫁として私らが選んだ男は、口を開けば海未に心無い事を言っていたらしいよ。知らなかったとはいえ、彼の事を知ろうともしない海未を叱ってしまった｣


海未父｢それからすぐにその男との許嫁関係を解消した。そしてせめて海未の好きに決めさせようとは思っていたんだ。
しかし、海未ももういい歳だ。跡継ぎを母体の心配なく産んで貰う為にはそろそろ結婚を決めて貰わなければいけなかった。……彼女が結婚自体を望んで居ないことは、分かっていたはずなのに｣


海未父｢君たちが海未の事を心から思ってくれていることは表情からも見て伝わった。くだらないと思われるかもしれないが、小さなプライドのようなもので、今更自分達から動く事は出来ない。だが、君達が本当に娘を…海未の姉を連れて戻ってきてくれるんなら｣


海未父｢その時は、認めよう。…海未が好きに生きる道を｣


海未の父の話す姿を見て、私達の認識が間違っているということに初めて気がついた。

その姿は、海未に無理な結婚を強いている悪ではなく家の事と娘の事との間に揺れ、その中でも必死で一番良い選択をしようと考える、親の姿だった。

そうして、ここに出向いた目的を無事に達成し、両親に挨拶をすませる。
それではお暇しようかと三人で目を合わせ、踵を返し歩き出すと、海未の父に呼び止められた。


海未父｢矢澤くん｣


にこ「…はい？」


海未父｢海未は…元気にしているのかい｣


にこ「ええ、今は事情があって少し離れた所におりますが、友人の紹介で安全な所に居ると聞いています」


海未父｢よかった、それだけ聞ければ十分だ。…君達には、苦労を掛けるね｣


にこ「いえ、私が好きでやっている事ですから」


海未父｢……あの子はいい仲間を持ったようだ。……あの許嫁も、君のように真っ直ぐな人間だったら良かったんだがね……｣


にこ「そんな、とんでもないです。……それでは、失礼します」


海未父｢あぁ、海未を…娘をどうかよろしく頼むよ｣



そう言った海未の父の目は、その後ろで心配そうに私達を見つめる海未の母の目は。……子を慈しむ優しいものだった。

にこ「二人とも、ありがとうね。……お陰で、約束を取り付ける事が出来た」


希「ん～ん、当たり前の事をしただけやん？」


絵里「ええ、仲間の事を思いやるのに理由なんて要らないわ」


希「くくっ、カッコイイこと言ってる割にはにこ！って叫んだだけやったけどねぇ～？」


絵里「う、うるさいわね…私の出る幕無かったんだから仕方ないでしょ。それに、あそこで感情的にならないように止めるのだって、立派な役割だったんだからね？」


にこ「確かにその通りだけど、なんだか最初に会った時から段々賢さが下がってるような……」


絵里「にこっ！それ以上言うなら許すの止めるわよ」


きっ、とこちらを睨みつける絵里に希と二人で思わず笑みが溢れた。絵里はそんな私達につられて遅れて笑顔を向け、久々に三人で笑い合う。

そんな光景がまた見られるなんて少し前までは思いもしなかった。この恩を返す為にも、必ず海未に報いようと固く心に誓った。

希「う～ん、これからどうする？まだ時間あるけど…」


にこ「ごめん、今日はもう行くわ。……最近帰ったばかりだけど、また実家の方に戻ろうと思ってね」


希「…うん、それがいいね。ウチも久しぶりにお母さんに電話でもすることにするわ」


絵里「ええ、それじゃあ次に会う時は休暇に入ってからになるわね。勿論私達も着いていくから、また連絡して頂戴」


にこ「うん、ありがとうね。貴女達のお陰でまた前を向くことが出来たわ」


希「な～に恥ずかしいこと言ってるんにこっち？素直になられるとちょっと気持ち悪いわ」


にこ「ぬわぁんでよ！…もう、じゃあまた今度ね。日にちはまた三人で相談して決めましょ」


絵里「分かったわ。それじゃあね」


希「うん、また」


にこ「あ、やっぱりちょっと待って！……あのね、ちょっと急だとは思うんだけど……」

～幕間3 bitter＆sweet holiday～



実家に帰り、お母さんに日頃の感謝を伝える。母は何よ急に、と照れくさそうに笑った。


妹達も今日は泊まる、と言ったらとても喜んでくれて。


虎太郎も別に…とは言っていたけど、母が言うにはその日はいつもより口数が多いみたいだった。


前は食べられなかったお母さんの豪勢な手料理を皆で一緒に食べ、その日は実家で一夜を明かす。


そして、翌日。




にこ「……大変、申し訳ありませんでした」


穂乃果「…なんか最近にこちゃんが謝ってる姿ばっかり見てる気がするよ」


ことり「あはは……私も気にして無いから、にこちゃん頭上げて？」


凛「このまままた居なくなったりしたら引っぱたいてやる所だったけど、こうやって約束も守ってくれたし…ね？」


花陽「うん、私も…気にしてないよ。それよりもこうやってまた集まれるのが嬉しいな」


にこ「皆……本当にありがとう……」


希「くぅ…泣かせるやん……この熱い友情…！」


絵里「もう、なにふざけてるのよ。……それにしてもこんな急でよくこれだけ集まれたわね」


……




にこ『急だとは思うんだけど……明日、皆で集まれないかしら？ずっと連絡撮れてなかったこと、皆に謝りたくて……』


希『ん～、ウチは別に大丈夫やけど…皆を集めるなんて出来るんかな？』


絵里『流石に急だしね…ま、でもとりあえず聞いてみるだけ聞いてみたらいいんじゃない？私も予定ないし』


……

昨日、希と絵里を引き止めそう提案した私は、今まで返信を返せていなかったことを謝り今日集まれないかと聞いた。

驚く事に全員大丈夫なようで……いや、もしかしたら私が心配かけたから無理やり空けてくれたのかも知れないわね。

とにかく、今日こうやってほぼ皆で集まる事が出来たのだった。


にこ「絵里の言う通り、急だったのに皆来てくれてありがとう｣


凛「割と私は夕方からなら空いてること多いからね～、全然大丈夫だよ！」

ことり「私も仕事柄、暇は作れるから全然！」


穂乃果「あ、一応真姫ちゃんも誘ってみたんだけど、やらないといけない事があるからって断られちゃった」

にこ「そう……真姫ちゃんにはまた違う機会にお詫びする事にするわ」


にこ｢…改めて、ありがとう。今日は私の奢りだから、存分に食べて頂戴」


凛「えぇ、奢り！？やったぁ！」


穂乃果「今日は存分に食べるぞ～～！」

ほのりん｢おぉ～！｣


ことり「穂乃果ちゃん……最近ちょっと太ったって言ってなかった？」

穂乃果「ちょっとことりちゃぁん……そういう事は今は言わないでおいて…」

花陽「あはは……にこちゃんに甘えさせてもらって、程々にご馳走になろ？」


絵里「いいえ、遠慮すること無く存分にいくべきよ」


希「そうやねぇ…数年分の思いを食欲に変えるくらいでいってもいいんやない？」


にこ「うげっ、この人数に奢りは言いすぎたかしら……」


希「もう遅いよ～？皆、いっくよ～！」


『おぉ～～！！』


にこ「程々にお願いね！程々に！！」


会計は、飲食店での金額としては今までの人生で見た事が無いくらいの値段だった。皆の注文によってどんどんとかさんで行く金額に途中で諦め、とぼとぼとコンビニのATMにお金を降ろしに行ったのだった。


～幕間3 終わり～

それからは、これまでの抜け殻のように仕事をただこなすだけの毎日では無くなった。


数週間後に控えた私にとっての大一番を後悔なく迎える為に、何事にも全力で取り組んだ。



後輩とは一緒にご飯に行った。勿論私の奢りで。


彼女はあれから人が変わったように壊れていく私をとても心配してくれていたようで、何も声掛けることが出来なくてすみません、と謝ってくれた。


謝るのは私の方だと伝え、避けていた事を謝る。


何があったかは聞きません。
それでも、何があっても…私は先輩の事尊敬してますから、と柄じゃなく少し照れた様子で言う彼女。



どこか救われたような気がした。

そして、休暇に入った8月の3週目。


この日は朝も早くから、絵里と希が迎えに来てくれた。


県外のこれまた外れに住んでいる海未のお姉さんの元へと行く為に新幹線のチケットを購入し、その場所までへと向かう。


流石に小旅行気分にはなれなかった。


現地に到着すると、一度お昼ご飯を三人で済ませ目的の場所へと歩き出す。

特に入り組んでいる訳でもなく一本道が続いていた事で、割とすんなり目的地に辿り着く事が出来た。


住宅地の外れ、少し辺鄙な場所にその家はあった。


この前に海未の実家を見てきたせいかとてもこじんまりとした印象を受ける。



表札には園田と書かれていた。


｢あら、お客さんですか？｣


いざチャイムを鳴らそうと思った矢先。

戸がガラガラと開き、中から子供が居るとは思えない、妙齢と言った言葉が当てはまるとても綺麗な女性が出てきたのだった。

海未姉｢ここにこんな若い人達がわざわざ私を訪ねてくるなんて。…一体どういう理由があるんですか？｣


にこ「……実は」


そこまで話した所で、希の携帯が鳴る。


希「あ、すみません…少し外へ外します」


分かった、外への行き方は今来た所だから分かるわね？と返しまた私に向き直ると、そのまま話を続ける。


海未姉｢…何か言いづらいこと？｣


にこ「いえ…あの、貴女は、海未のお姉さんで間違い無いですか？」


海未姉｢……！？……どういう事？｣


にこ「私達は、貴女に実家に戻って貰いたいと思ってこちらに伺ったんです」


海未姉｢……帰って｣


にこ「ちょっ……とりあえず話を……」


海未姉｢帰って！何も話すことなんてない！｣


取り付く島さえ無いかのように頑なに声を荒らげる彼女。

その大きな声に驚いたのか、慌てて旦那さんがこちらにやってくる。

酷く取り乱すお姉さんを見て、宥めながらこちらを非難するような目でじっ、と見つめてきた。


にこ「話を聞いて欲しいんです。…私達が、何を目的にこんなお願いをしに来たのか」


男｢……そこまで言うなら話を聞くよ｣

旦那さんも交え、これまでの経緯を簡単に説明する。

海未が望まない結婚をするしかない状況に陥っていること。

両親から二人を連れて戻る事が出来るのならそれを回避する事が許された事。


だから私達がここに来たという事。


終始無言で聞いていた二人が、私の言葉に答えるように口を開いた。


海未姉｢それを聞いた所で、私の意思は変わらないわ。……もう、あの家は捨ててきたの｣


男｢今はこうやって別の場所で新しい生活を初めてるんだ。悪いけど、放っておいてくれないか？｣



あっけらかんとそう言い切ってみせる二人。

私のこれまで感じて来た違和感が確かなら、それが嘘である事が分かった。


にこ「だったら……！」

にこ「……あの家を捨てたんだったら、なんで園田という名前を捨てずに名乗っているんですか！！」


海未姉｢……っ！！｣


にこ「こうやって、この田舎に移り住んできて…近所ともあまり関わらずにいるのは何でなんですか！？」


にこ「本当に家を捨て、幸せな生活を送っているのであれば何も言わずに帰るつもりでした。…でもそうじゃない！そんな生活をしているって事は、本当は……！！！」


希「にこっち！……そこまでにしとき」


いつの間にやら戻って来ていた希が、扉の傍からこちらへ呼びかける。


希「…会わせたい人がいるんです。」


そう言って希がすっ、と横にずれると。

そこに居たのは真姫。





｢……姉さん｣




……そして、あの日から一度も顔を見ていなかった、海未の姿だった。

海未姉｢……う、海未ちゃん……！？｣


海未「はい、お久しぶりです姉さん……もう15年振りくらいになりますか」


海未姉「どうして……！」


海未「……ごめんなさい」


そう言うと海未は深々と自分の姉に対して頭を下げる。


海未「にこ、絵里も…ありがとうございます。……ですがもう大丈夫です」


にこ「…どういうこと？」


海未「話は希から全部聞きました。……私のわがままで、姉さんの幸せを壊してしまうのならば、私が実家に戻ります」


にこ「どうして…！？貴女はお姉さんが居なくなってから今まで、途端に厳しくなった稽古にも耐えて来たのよ？！…それに自分の幸せを捨ててまで……！！」


海未「にこ！！！…やめてください」


にこ「だけど……！」


海未「大丈夫。…私なら、もう大丈夫ですから」

そして、悲しそうに笑顔を浮かべてまた話し始める。



海未「にこ、貴女から頂いた幸せな思い出さえあれば……このまま頑張っていけるって、そう思うんです。」


にこ「そんな……！」


海未の話を聞いて尚引き下がろうとする私を、絵里が手で抑える。

どうしてここで諦める事が出来るのかと絵里をきっ、と見つめると、彼女もまた下唇を強く噛み悔しそうな顔をしていた。


海未「さぁ、帰りましょう。……すみませんでした姉さん、叶うのならば今日の事は忘れて下さい。……幸せに、生きて下さい」


海未姉「…待って！！」


何も出来なかった事に悔恨の思いを抱きつつ、重い足を引き摺る様にしてその場を後にしようとする私。


玄関の所まで来た所で海未のお姉さんが声を上げる。

海未姉「ごめんなさい、海未ちゃん……貴女が今まで私の代わりに家の期待を一人で背負っていたことに気付きもしないで……いや、気付いていたのかもしれないわね」


海未姉「考えれば簡単に答えが出るはずだった。…私が結婚を頑なに反対され許嫁との結婚を強要された事を思えば、同じ性別である貴女に同じ事を繰り返すに決まってる」


海未姉「それに、本来継ぐはずの私がいなくなったら貴女に継がせる為に稽古も今まで以上に厳しくなる事なんて分かっていたはずなのに……それでも自分の幸せを優先して逃げた、弱い姉よ私は……」


海未「そんな、私はそんなつもりなんて……」


海未姉「貴女は昔から優しいから、そう言うでしょうね……本当は嫌だなんて事心の内に隠して」


海未姉「……もし許されるのなら、こんな最低な姉だけど…少しは姉らしい事をさせて……」


お姉さんは海未に近寄り、ぎゅっ、と抱き締める。


海未姉「今更遅いかも知れないけど、もう嫌な事は嫌って言っていいの。……今まで苦労を掛けて本当にごめんなさい」


海未「姉さん……！」


小さい子供のように泣き出す海未。そんな彼女をあやすかのようにお姉さんは寄り添い、頭を撫でる。

人生の約半分を離れ離れで過ごした姉妹がようやく再び元の形に戻れたような、そんな瞬間だった。

そして。


海未姉「貴方にも、子どもにも…私の事情で辛い事をお願いする事になる、本当にごめんなさい」


男｢いいさ…僕は君と一緒に居られるならどこだって。…娘もまだ幼い、それにこれから産まれてくる息子だって…分かってくれるさ｣


海未姉「貴方……ごめんなさい。……ごめんなさい…」


男｢元々僕だって君の家を継ぐつもりで結婚を申し込んだんだ。子供達には酷な事かも知れないが、だからといって大事な君の妹を犠牲者にする訳になんかいかないよ｣


そう言い切り抱擁を交わす二人。

二人の真実の愛をそこに見たような気がした。

～幕間4 言葉は少なくても～





にこ「真姫ちゃん、言いそびれて居たけど今まで姿も見せず本当にごめんなさい。それと、色々とありがとう」


真姫「…別に。もう気にしてる暇もなかったし、大した事もしてないわ」


にこ「ううん、これまで行方を眩ませていた私の事を何も言わずに助けてくれたんだから、私にとっては大した事よ。…やっぱり優しいわね」


真姫「はぁ？もう、分かったわよ。………おかえり」


にこ「…うん、ただいま、真姫ちゃん」


～幕間4 終わり～

それから、トントン拍子で話が進んで……という事はなく。


海未の両親に結果を報告し、問題は晴れて解決する事が出来たのだけど。


お姉さん達は流石に直ぐに引っ越すという事も出来ずとりあえずは話を進めるだけに落ち着いた。


名目上はお姉さんとその旦那さんに家を継いで貰う事となり、海未はと言うと師範代として実家に戻るという事になった。


そして少し時間が進んで、九月も暮れに差し掛かってきた頃。

真姫ちゃんの許可も出て無事に家に戻る事が出来た海未が、私の家に忘れ物を取りにいきたいという事だった。


あの家に海未にとってわざわざ取りに行く程大切な物があったかしら、と疑問には思ったけど、海未の意見はなるべく尊重しようと思って快く承諾する。



駅まで海未を迎えに行くと二人で言葉も無く家路に着く。


ついこの間までは言葉通り、海未にとってもあそこが家だった訳で。


外に出た海未と一緒に家に帰っているのが少し不思議な気分になった。

海未が折角だから、と公園に寄り道をする。
公園のベンチに腰掛けると、私はしみじみと口を開いた。


にこ「…それにしても、色々あったわねぇ……」


海未「そうですね…にこには、本当にお世話になってしまいました」


にこ「いいのよ、それくらい。私だって海未のお陰でまた皆との仲を取り戻すことができたんだから」


海未「ありがとうございます。｣


ぺこり、と私の座るベンチの隣で軽く頭を下げる海未。

よく見ると、滅多に化粧をしない海未が今日は薄くメイクをしているみたいだった。


お姉さんにやって貰ったのかしら、と思って少し考えていると。

グロスで艶っぽくなった唇をぎゅっ、とつぐみ、海未は意を決したかのように口を開く。

海未｢……にこ、少しいいですか？」


にこ「ん、なに？」


何気なくそう返すと、海未は両手ぐっ、と握りしめ何事かを言いたそうに、でも中々その言葉は声にならず。

一秒

二秒

三秒。


海未「…やっぱり、なんでもありません」

何なのよ？と不思議に思い首を傾げる私に海未は、さ、そろそろ行きましょうか。と立ち上がり、すっ、と歩みを進める。

私には、どうにも海未が遠くに行ってしまうような気がして。


にこ「……海未っ！」


茹だるような暑さもすっかりとなりを潜め、優しく包み込むかのように私達を照らす太陽の光。

公園に植えられた街路樹の蔭から差し込む、木漏れ日の中。

海未の名前を呼んでみたけど、風が不意にかき消す。


海未「……にこ？どうかしましたか？」


ふと足を止め、こちらを振り向く海未。


海未と初めて同じベッドで眠りについたあの日、あの場所に置いて来た感情に今こそ名前を付けようか、なんて思って。

だけど、これからまた新しい生活が始まろうとしている海未にそんな言葉を伝えていいのか、重荷になってしまうんじゃないか、と考え直し。


にこ「……ううん、なんでもない」


と答える。

海未「……そうですか」


そうしてまたやっぱり少し悲しそうに、笑顔を浮かべる海未。


今まで何度も見てきたその表情に、これまでの事が頭の中を逡巡する。



海未との幸せな毎日、その思い出を思い出す。


すれ違っても分からないくらい大人になって、初めて海未を見かけたあの日。


皆の前から姿を消してからずっとしまい込んでいた私の心を海未の体温で溶かしてくれた。


本当に色々あった。恥ずかしそうに頬を赤らめる姿、あの頃の様に怒る姿、楽しそうに笑う姿。


…そして、悲しそうに笑う姿。


何度も見てきた。いつしか常に隣にいることが、それが当たり前になって。


悩んだり笑ったりの、二人の毎日がきっと続いていくものだと思ってた。


そして気づく。


楽しいと思う今を、保存したい気持ち。

…多分あの時に初めて感じたんだ。

じわりと私の目に涙が滲む。


少し前を歩く海未の後ろ姿を眺めながら、今にも溢れそうになる涙を堪える。





また、後ろを歩く私を確認するかのように振り向く海未の姿に。






一瞬なんだか、切なさへと。景色が揺れ動いた。



海未「……にこ？」





…………景色が、揺れ動いた。

終わりです。正直最初らへんのいちゃいちゃが書きたくて始めた様なものでして、ヤギ事件からも分かる通り推敲とかもしてない行き当たりばったりな話になってしまったんですが……ありがたい事に感想等頂けてとても励みになりました。

途中であ～ここもっとこうすれば良かったなぁと思う所とかあったんで気が向いたら推敲して違う所に投稿でもしようかなと思います。

皆様数日間の間お付き合い頂き、ありがとうございました。

それでは書きたいと思います。
とりあえず補完の海未ちゃん話だけ投下しておきますね。

～幕間Last side海未～




9月の暮れ、ようやく色々と落ち着き家に戻る事になった私はにこの家に忘れ物を取りに行かせてもらうように頼んだ。


正直大した物は持って行っていなかったのでわざわざ取りに行くことも無かったけど、この機会を逃せば次はにこと二人きりで会う事が出来るのか分からなかったから。


…あの日から私の胸の中にあるこの気持ちは絶対に勘違いなんかじゃないって、今でもそう思っているから。



海未姉『化粧をして欲しい？』


家を出る前、たまたま引っ越すよりも前に一度家に戻ってきた姉にお化粧を頼む。

にこと会うのに少しでも可愛い私で会いに行きたい、と思った。


そして最寄りの駅に着く。改札を抜けると、にこがこっちこっち、と右手をブンブンと振った。



なんとも微笑ましい光景に笑顔が溢れる。

二人でにこの家へと歩き始める。言葉は無くとも、不思議と気まずさは無かった。


海未「あ、にこ。……折角ですから、少し寄っていきませんか？」


家路の途中に見つけた小さな公園。そのまま帰ってしまうのは少し味気がないような気がして、つい誘ってしまう。

にこは二つ返事で了承してくれ、そのまま二人でベンチに腰掛ける。


にこ「…それにしても、色々あったわねぇ……」


にこが、しみじみと思い返すかのようにそう呟く。


海未「そうですね…にこには、本当にお世話になってしまいました｣


にこ「いいのよ、それくらい。私だって海未のお陰でまた皆との仲を取り戻すことができたんだから」


海未「ありがとうございます。｣


私はほんのきっかけを作っただけなのに、私がにこから貰ったものはそれと比べられないくらい大きい物なのに。

当たり前の事をしたかのように軽く、それでいて更に私に感謝の言葉さえくれるにこ。

…そんな優しいにこに、私は……。

海未｢……にこ、少しいいですか？」


にこ「ん、なに？」


意を決してこの気持ちを伝えようと口を開く。

しかし言葉が詰まる。息が詰まる。


……にこに掛かる迷惑を考えて私はあの日、待とうって決めたじゃないか。この言葉を私からにこに伝えるのは、ルール違反だ。



海未「…やっぱり、なんでもありません」



首を傾げ、どういう事か分からないといった様子のにこ。


海未「さ、そろそろ行きましょうか。あまり長居してしまってもいけませんし」


そう伝えると私は未練を断ち切るかのように立ち上がり、にこに背を向けて歩き出す。









海未「にこ。…私は、貴女の事をお慕いしています……」






私の呟きは、風と共に消えた。


～ fin ～

遅くなってしまってすみません、それでは分岐ルート投下して終了にしたいと思います。

にこ「……好き」


海未「えっ……？」



熱に浮かされているのが分かる。顔はとても熱を持っていて、心もまた困ってしまうくらいに熱を上げていく。



にこ「好き、どうしようもなく。…私は貴女の事が好きなの……！」


にこ「ダメ、言っちゃダメなのに…。……抑えられない…！」


目をぎゅっ、と瞑り両手で胸を押さえる。


にこ「ごめん、ごめんね……！困らせるつもりは無いの…！」


意思とは関係なく口からポロポロと溢れる本心。
この気持ちをはっきりと口にしてしまったら海未に迷惑が掛かるって分かっていたはずなのに。もしかしたら依存していただけで私の事なんてもう何とも思って無いかもしれないのに。


自覚してしまわないように堰き止めていた心に気付いてしまった。

怖くて海未の顔が見れない。やっぱり困らせちゃったかな。


海未「にこ」


海未「こちらを、向いてくれますか？」


ドキリ、と心臓が跳ねた。

意を決して閉じていた目をゆっくりと開いていく。

視界の真ん中に映った海未は目に涙を浮かべ、笑う。
その顔には悲しそうな笑顔ではなく、喜びを含んだ優しい心からの笑みだった。


そして胸に手を当て、ふぅ、と一息吐いてから、真剣な眼差しになり言葉を紡ぐ。



海未「にこ、私が家を出たあの日からとても色んなことがありましたね」


海未「私にとって貴女との思い出は何ものにも変え難い大切な記憶ばかりでした。」


海未「実家の事で悩んだ時や諦めてしまおうかという事もも何度もありました。そんな時は貴女から貰った素敵なことを数えるんです。なんだか貴女との思い出が私を守ってくれてる気がして、とても前向きになれました」


海未「真姫に連れられたあの日から自分の事を見つめ直してきて、確実に分かったことがあります｣


海未「あの日同じベッドで貴女はこの気持ちは勘違いなのかもしれないから、と言いましたが……そんな事は絶対にありえないって思うんです」


海未「にこ、私からも言わせて下さい」


私の両肩に手を乗せ、言葉を続ける。

海未「私も……貴女の事が好きです。……世界で一番、愛しています」


にこ「ぁ……ぅ………」


顔が熱い。心臓が痛いくらいに鳴ってる。動揺してしまっているのか、あ、とかう、とかしか言葉が出て来ない。


ダメ、そんな真剣な顔でこっちを見つめないで。胸がきゅんきゅんと高鳴ってしまうから。


もう20代でも無くなってしまったのに、どうしようもなく乙女の顔になってしまっているのが自分でも分かる。


目が潤んで、とても切ない。


にこ「…ぅ…海未ぃ………」


海未「～っ！…にこ。」


絞り出すかのように海未の名前を呼ぶと、彼女も私に返してくれる。

貴女のその声で名前を呼ばれるだけで、幸せが溢れ出してくるような感覚がした。

海未の顔がゆっくりと近づいてくる。熱に浮かされた私の頭の中では、これから何が起こるのか全く分からなかった。


頭では理解していなくても、それでも口を軽く開いて準備万端といった風に海未を求める私の身体。




ゆっくり、ゆっくりと距離が縮まっていく。




後3センチ




2センチ






1センチ……。








死んじゃいそうなくらいときめく心と共に、二人の影が重なった。

二人で手を繋ぎ言葉も無く家路を歩く。


海未の手のひらから…そして絡み合った指から、体温を感じる。


手から感じるその温もりで、とろとろに溶けてしまいそうだった。


ちらっ、と横を歩く海未の顔を見る。


全く同じタイミングでこちらを見る海未の目と視線がぶつかって、また胸がきゅんっ、と高鳴り。


考えている事は同じだなって顔を見合わせ、どちらからともなく笑いあう。


ふ、と。いつだったか海未が歌っていた歌を思い出す。


懐かしいあの頃の曲。


10年経っても忘れない、そんな曲。
そう言えばあの頃から私はこの歌が好きだった。






溢れ出す愛おしさが自然だと思えたから。



幸せになれる、二人は……きっとなれる。



＿＿＿そう、信じてるの。

おしまいです。この先二人にどんな未来が待っているかは皆様自身のご想像にお任せします。

ここまで長編のssを書いたのは初めてだったので構成であったりと至らない点が多々あったと思いますけど皆様暖かくお付き合い下さりありがとうございました。

きっと自分の技量じゃ本編だけでは伝えきれてないものが沢山あると思いますし、なにか設定等で不明な点あれば、自分が考えていた範囲でならお答えさせて頂きます。

素晴らしいssをありがとう

乙！面白かった！

このssに出会えて心底幸せです
乙でした

どっちのルートも良かったよ

いやぁ良かった、地の文も構成も上手い……
気が向いたら蛇足の後日談チョロっと書いてくれてもいいのよ

ふたりハピネスが一番好き

おまえがこのss書いたせいでsss聞く度に鳥肌ぶわぁてなったわ

スレが残る限り後日談を書いて……？

有難いことに後日談希望して下さる方がいるみたいなので蛇足になるかもしれませんが書いてみようと思います。
それで相談なのですが、見るとしてどちらのエンディングを迎えた方を見たいですか？
特に要望無ければ本筋の方で書こうと思いますが、2個目の方が見たい方多ければちょっと考えます