【SS】絵里「風を切る音、心を射て。」

SS


2: 2015/12/15(火) 23:33:17.17 ID:Ftr9+zSm0.net
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「それじゃ、行って来るわ。」


「うん、いってらっしゃい、えりち。」



希に軽く手を振って

生徒会室を出て、右に

私は、校舎内を歩く



運動場から聞こえる元気な声と

廊下から聞こえる、ブラスバンドの音



生徒会長としての責務を任されて

今日は、各部活に顔を出す

3: 2015/12/15(火) 23:33:52.90 ID:Ftr9+zSm0.net
部活動の視察という名目で

それぞれの部長に挨拶する


業務的な会話を終え

資料を渡して、また次の部活へ


友達は…正直、多い方ではなくて

淡々と、坦々と

挨拶をして、活動を聞く


部費の捻出や生徒の状況を知る為に

これも、立派な責務のひとつだ


回り始めておよそ1時間が経つ頃

私は、武道場に足を踏み入れる

4: 2015/12/15(火) 23:34:45.56 ID:Ftr9+zSm0.net
校舎から離れた別館に位置するこの場所は

少しだけ、漂う雰囲気が違った


…どこか、心地よく感じるくらいに



国立の高校であるが故か

音ノ木坂の部活動は多い


それを見て回るだけでも、大変な作業で

ひとつひとつにかけられる時間は幾ばくもない

5: 2015/12/15(火) 23:35:15.74 ID:Ftr9+zSm0.net
次回の活動報告の会議の為に

記載してもらう書類一式と

私用のレポートを携えて

ひやりと冷えた、床に足を伸ばす



「…ッ。」

分かってはいたけれど、声が出そうになる



夏の終わりだからなのか

足の裏に伝わる冷たさは

私の、心を引き締めようとするかのように

6: 2015/12/15(火) 23:35:46.65 ID:Ftr9+zSm0.net
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「…失礼します。」


少し大きな声で、中に入る


「あっ…絢瀬さん。」



弓道場に足を踏み入れると

こちらに気付いて、近寄ってくる、影


「お疲れさま。」

「どう?生徒会も慣れた?」


「…いいえ、まだまだよ。」

「やらなきゃいけない事が多すぎて…」


「それで、今日は視察って訳だ。」


「ええ、そんな所。」

7: 2015/12/15(火) 23:36:13.52 ID:Ftr9+zSm0.net
弓道部の部長とは

クラスが同じ事もあってか

少しだけ、話せる仲にある


なにより、実力があるのに

それを見せない飄々とした雰囲気は

…どこか、惹かれる物があった



「…それじゃあ、それを書いておけばいいのね?」


「ええ、お願い。」

「あと、何か困った事とか…」


私語も程々に生徒会役員としての仕事を果たそうとした時

背後で聞こえた、凛、と鳴る風の声

9: 2015/12/15(火) 23:36:44.72 ID:Ftr9+zSm0.net
聞こえた音の方へ目をやった時には

矢は、真ん中に命中していた


「絢瀬さん?」


呼ばれて、気がつく


「え、ええ、それで…」


ちらりと、横目で彼女を見る


矢を番え、胸の前で構える

彼女の纏う、空気が変わるのが分かった


その手から放たれた矢は

吸い込まれる様に、的の中心に

11: 2015/12/15(火) 23:37:14.18 ID:Ftr9+zSm0.net
「…すごい。」


素直に、口から出た

感嘆する、とはこういう事かもしれない


「…気になる?彼女の事。」


「あ、えっと…」


「凄いでしょ♪」

「まだ、1年生なんだよ?」


「え…?」


「今年うちの部に入って、既に賞を総なめしてるの。」

「私でも、敵わないんじゃないかな?」


そう言って、あはは、と笑う彼女を見て

小さな想いが、胸に込み上げる


「家が名家らしくてね。」

「武道を、色々と嗜んでるみたいでさ。」

12: 2015/12/15(火) 23:37:52.36 ID:Ftr9+zSm0.net
「やっぱり、才能って奴なのかな?」

「…羨ましいや。」


そう言って、彼女は少し視線を落とした


「才能…」


その言葉は、私の心に重くのしかかった

かつての、日々を思い出す


ぼーっと見つめる視線の先で

彼女は、また弓を引く


その表情は変わる事無く

放たれた矢は、ひゅんっという小さな音とともに

的の中心へと、一分の狂いも無く吸い込まれていった

13: 2015/12/15(火) 23:38:20.96 ID:Ftr9+zSm0.net
彼女の纏っていた空気が掠れ始めると

彼女は、こちらに気がついた


部長が、彼女に軽く手を振る

私に気付いたその瞳は

柔らかい笑顔で、深々と頭を下げる


…その雰囲気に気圧されてか

私も、慌てて頭を下げた


「…あっ。」


その時に、手を滑らせて書類を床に落とす


「ほら、大丈夫?」


部長にも手伝ってもらい、まとめて手に取った

14: 2015/12/15(火) 23:39:30.25 ID:Ftr9+zSm0.net
「ごめんなさい。」


無駄な、手間を取らせて


「ふふっ。」

「完璧超人に見える貴女も…」

「案外、おっちょこちょいなのね♪」


「わ、私は、別に…」


自分の与り知らぬ所で上がる評価

期待と、畏怖の混ざり合った視線は

今まで、いくつも経験してきた


…でも、彼女のそれは

どこか、心があたたまる様に感じられた

15: 2015/12/15(火) 23:39:55.06 ID:Ftr9+zSm0.net
「それじゃ、明日までには用意しておくから。」


「…ありがとう。」

「助かるわ。」


「お互い様、でしょ?」

「残りの視察も、頑張ってね。」


「…ええ、勿論。」



小脇に抱えた資料をまとめて

私は、弓道場を後にする


最後に見た、あの1年生は

また、厳かな空気を纏っていた



「…失礼しました。」


入って来た時と同じ様に

ぺこりと、頭を下げて---

16: 2015/12/15(火) 23:40:54.45 ID:Ftr9+zSm0.net
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「…さて、こんなところかしら?」


一通りの視察と資料の提出を終えて

私は、荷物をまとめる


バイトで希は先に帰って

私一人が残った生徒会室に

聞こえる、運動場からの声



「才能…か。」


いつかの、かつての自分に想いを馳せる

才能があると、ちやほやされて

いつか、きっと…って


少し、鞄を持つ手に力が入った時

今日見た、あの1年生の顔が浮かんで来た

17: 2015/12/15(火) 23:41:15.11 ID:Ftr9+zSm0.net
寄せられる絶大な信頼と

今まで成し遂げて来た物の重さ


かつて挫折した自分にはない、もの

諦めた私とは…違う


ほんの少し見ただけで、分かった

あの場所にいる彼女は、輝いて見えた



「羨ましい…の、かしら?」


まさか、とは思ったが

胸に浮かんだ、素直な気持ちだった


「あの…」


「…!」


不意に、後ろから声をかけられた

19: 2015/12/15(火) 23:41:43.56 ID:Ftr9+zSm0.net
「貴女は…」


「すみません。」

「ノックをしても、反応がなかったので…」


どうやら、ノックの音に気付かなかったみたい

それにしても…


「いえ、いいのよ。」

「それで、どうしたの?」


「部長から、書類を預かってきました。」

「何でも、違う書類が混ざっていたと…」


「…ああ。」


きっと、あのばらまいた時に


「ごめんなさいね、ありがとう。」


「いえ…それでは、失礼しました。」

20: 2015/12/15(火) 23:42:08.83 ID:Ftr9+zSm0.net
「あっ、ちょっと待って…!」


「…?」


出て行こうとするその姿を、引き止める

不思議そうな顔を浮かべる、彼女


「さっき、挨拶できなかったから…」

「貴女の名前は?」



「…園田です。」

「園田海未。」



「園田さんね、よろしく。」

「私は…」



「絢瀬生徒会長、ですよね。」

「よろしくお願い致します。」


目尻の下がった無垢な笑顔に

私は、どんな顔を見せていたのだろう



あの日、2人で初めて言葉を交わした---この場所で

21: 2015/12/15(火) 23:42:45.02 ID:Ftr9+zSm0.net
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「へえ…そんな子がいるんやね。」

「ウチも、見てみたいなあ。」


「ふふっ、そのうち見られるわよ。」

「それより、早く終わらせるわよ?」


「はーい。」



新たな出会いがあったとしても

私達の日常が大きく変わる事は無い


まして、彼女は1年生で弓道部


特にこれといった接点も無かったのだから

22: 2015/12/15(火) 23:43:12.09 ID:Ftr9+zSm0.net
「えりちっ。」

「じゃーんけーん…ぽんっ!」


「…ッ!?」


希の突然の声に

思わず手のひらを突き出す


「ふっふっふ~♪」


希が私にピースをした


「それじゃあ絢瀬くん、りんごジュースでよろしく♪」


「もう…」


いつも急な希の提案に呆れつつも

そういえば休憩を挟んでなかったな…

なんて我に返る


本当に、希はよく見ている

23: 2015/12/15(火) 23:43:37.80 ID:Ftr9+zSm0.net
「…仕方ないわね。」


「それじゃ、軽く資料をまとめておいてくれる?」

「一旦、休憩にしましょう。」


「はーい!」


そう言って、少し乱雑な紙の束を集める希

目の前の開いた机上スペースに

身体ごと倒れ込んだ


「いってらっしゃい、えりち~。」


「はいはい。」


また違った無邪気な笑顔で送り出されて

苦笑を浮かべつつも

私は、生徒会室を後にした

24: 2015/12/15(火) 23:43:59.13 ID:Ftr9+zSm0.net
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運動場からは、いつもの部活の声

それとは別に

各教室からも、賑やかな声が聞こえる


生徒みんなが、日に日に迫る舞台に向けて

団結しようとしているのが見て取れる


生徒数が少ないというのは

必ずしも悪い事ではないと思う

…こんな光景が、見られるのなら



その風景を横目に見て

私は、一階の踊り場へと足を伸ばす


中庭の自販機へは、少し遠いから

25: 2015/12/15(火) 23:45:09.78 ID:Ftr9+zSm0.net
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「えっと、りんごジュース…」


がこん、という音と共に

足下の取り出し口に、ジュースが落ちる

ひやり、と冷たいその缶を持つと

冬が近付いて来た---なんてしみじみ思う


私は…何がいいかしら?


自分の飲み物を選んでいると

背後に、誰かの気配を感じた


私が振り向くより先に、声がかかる


「生徒会長。」


「…園田さん。」

26: 2015/12/15(火) 23:45:31.70 ID:Ftr9+zSm0.net
「貴女も、飲み物を買いに?」


「ええ。」

「頼まれてしまいまして。」



「ふふっ、貴女もなのね。」



「…という事は、生徒会長も?」



「ええ、そうなの。」

「うちの副会長は、人使いが荒くて…」


なんて、言ってみる


「ふふっ…お互い、大変なんですね。」


そう言って、明るく笑顔を見せる園田さん

本当に、いつも、彼女の笑顔は綺麗に見える

27: 2015/12/15(火) 23:45:56.81 ID:Ftr9+zSm0.net
「今日は、道着じゃないのね。」


「ええ、今日はクラスの方で…」


「園田さんのクラスは、何をするの?」


「喫茶店…を、するそうです。」

「私は、部活もあってなかなか参加できないので。」

「そう決まったのも、今日初めて知りました。」


喫茶店…か

なんとなく、メイド服姿を想像してしまう


…うん、可愛い


「メイド服なんかも、着てみたりするの?」


もし本当にそうなら、顔を出して…




「むっ…無理ですっ!!」

28: 2015/12/15(火) 23:46:27.56 ID:Ftr9+zSm0.net
そう言って彼女は目を瞑り

顔を真っ赤にする


「そっ、そんな、メイド服だなんて…」

「恥ずかしすぎますっ!!」


そういえば、次の日部長に言われたかしら

『あの子、案外可愛いんだよ。』って


ようやく、意味が分かった気がする


「ふふ、ごめんなさい。」


そう言いながらも、目の前の少し小さくなった彼女が可愛くて

…なんだか、仲良くなれそうな気さえする



「それじゃ、私はそろそろ行くわね。」

29: 2015/12/15(火) 23:47:30.56 ID:Ftr9+zSm0.net
「あ…はい。」

「失礼します、生徒会長。」


その言葉使いと、先ほどまでの彼女の姿が

…どこか、噛み合ってなくて、おかしくて


同時に、もどかしくも感じてしまう


「絵里でいいわ。」


「え…?」


「生徒会長、なんて呼ばれるのは、集会の時だけで十分。」

「それに…」


今ここにいる私は、生徒会長としての私じゃないから


「で、でも…」


少し慌てる、彼女

30: 2015/12/15(火) 23:47:52.06 ID:Ftr9+zSm0.net
「…駄目かしら?」

そっと、首を傾げてみる


「う…分かりました。」

「その…絵里…せんぱい。」


どうやら、それが彼女の精一杯みたい


「それじゃ、私は行くわ。」

「ありがとう、そ…」


「先輩も、です。」


「え…?」


「海未、でいいですよ。」

「皆からも、そう呼ばれてますから。」


そう言って、またあの笑顔


「…そう。」

「よろしくね、海未。」


「はい、絵里先輩。」

31: 2015/12/15(火) 23:48:55.71 ID:Ftr9+zSm0.net
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彼女と別れて、来た道を戻る

生徒会室には

気持ち良さそうに寝ている希が待っていた



「…ひゃあっ!?」


希の首に、缶を当てる


「もう、えりちはひどいなあ…」


そう告げて、缶を受け取る希


「あれ?えりち、自分のは?」


「え…?」


ああ、話に夢中で気がつかなかった

32: 2015/12/15(火) 23:49:16.32 ID:Ftr9+zSm0.net
「…何か、良い事でもあったん?」


「どうして?」


「んー、何となく。」

「嬉しそうやん♪」


そう言いながら

プルタブに指を掛ける、希



顔に出ていたのかしら

…なんて、頬を軽くつねりながら


廊下を歩いて

ほんの少し火照った体を冷ます為に


誰かさんが開けたばかりのりんごジュースを

喉に、こくこく、と注ぎ込んだ

33: 2015/12/15(火) 23:58:35.98 ID:Ftr9+zSm0.net
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季節は10月中旬

街並に茂る木々が色褪せ始めた頃

ここに来て2度目の催しが開催された


各クラスや部活が一丸となって

様々な彼女達らしさが見られる、そんな一時


強いて言えば

今年は純粋にそれを楽しむだけではいられないのが

少し…心残りかしら?



「あっ、えりち、クレープ食べへん?」


「ほら、あと少しで休憩なんだから。」

「それまで我慢しなさい。」


「も~、えりちは固いなあ…」

34: 2015/12/15(火) 23:59:07.09 ID:Ftr9+zSm0.net
隣でしゅんとなる希を見て

少し可哀想にさえ思えたけれど

まずは、仕事を終わらせないと



「せっかくの学園祭なんよ?」


「だからこそ…でしょう?」

「全て上手く行く様にするのが、私達の仕事。」


「上手くいってるか確認する為に。」

「まずは、味見を…♪」


「ほら、後で買ってあげるから。」


「わ、分かったから引っ張らんといてーっ。」


子供みたいな誰かさんの腕を引いて

私達は、講堂の方へと足を動かす

35: 2015/12/15(火) 23:59:33.18 ID:Ftr9+zSm0.net
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「~♪」


講堂から聞こえて来たのは

最近よく聞くアイドルソング


といっても、テレビで流れてる曲を聞いただけで

誰の、なんて曲かは知らないけれど…


「あ…にこっちや。」


「…知ってるの?」


「ほら、よく門前でビラ配りしてる…」


「ああ、アイドル研究部ね。」

「知り合いだったの?」


「まあ…ちょっとね。」

36: 2015/12/16(水) 00:00:28.65 ID:Bh8yHydg0.net
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少しだけ、講堂の中をのぞいてみる

お客さんは、決して多いとは言えない


「頑張ってるなあ、にこっち。」


送られる拍手は、まばらで

スポットライトに照らされた先で

それでも笑顔で踊る、彼女は


…一体、何の為に頑張るのだろうか


「行くわよ、希。」


「…うん。」


講堂を出て、中庭に繋がる踊り場に出た時

ふいに、希が声をかけた

37: 2015/12/16(水) 00:00:51.66 ID:Bh8yHydg0.net
「えりちは…やっぱり、ああいうのは嫌い?」


「…どうしたの?急に。」


「ううん、なんとなく。」


「別に、私は…」


何を持ってそれが有意義と決めるのか

それは、当人にしか分からないもの


ただ、正直な気持ちを言わせてもらえば…


「…えりち?」


きっとそれを口に出してしまえば

目の前の彼女は、きっと悲しそうな顔をする


「いいえ、何でも無いわ。」

そっと、それを胸にしまって

私は、振り切る様に足を動かした

38: 2015/12/16(水) 00:02:33.65 ID:Bh8yHydg0.net
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「これで、だいたい半分ぐらいは見回れたかな?」


「そうね。」

「特に大きな問題も無いみたいだし…」

「そろそろ、一息つきましょうか。」


「やったー♪」


そう言って笑顔になる希を見て

少しだけ、気分が晴れる


「それじゃ、何か食べにいこっ!」


「ちょっ、ちょっと希…!」


さっきまでとは反対に

ぐいぐい、と腕を引っ張られる

39: 2015/12/16(水) 00:03:00.95 ID:Bh8yHydg0.net
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「はあ~、満足、満足♪」


通路にある屋台に片っ端から声をかけ

仲良く談笑しつつも、減らない食欲に驚きながら

…気付けば、思っていた以上に散財していた


「本当、どうしてそんなに食べて体重が変わらないのよ…」


彼女の、豊満なそれに目を向ける


「ふふんっ♪」


何処かその姿は、誇らしげにさえ見える


「ウチの、チャームポイントやからね。」


そう言って、一層胸を張る、希

…いやいや、別に羨ましくなんてないから

40: 2015/12/16(水) 00:03:37.50 ID:Bh8yHydg0.net
「…それにしても。」

「やっぱりこうして見ると、飲食関係が多いわね。」


今まで通って来た廊下を見て、そう思う


「そりゃあ、みんな笑顔になれるからと違う?」


「…え?」


「みんなで協力して何かを作って。」

「待ってるお客さんに、喜んでほしくて。」

「それを食べたお客さんに、笑顔になってほしいから。」

「そんなお客さんを見て、自分達も笑顔になれるんよ。」


「こんなに嬉しい事って…ないよ?」

41: 2015/12/16(水) 00:04:16.38 ID:Bh8yHydg0.net
「誰かの笑顔が、自分の笑顔に繋がるって事。」

「何となく…似てるような気、しない?」


希が何を言わんとしているのか

私にも分かる


それでも…


「もう、えりちは頑固なんやから。」


「…希もでしょ。」


「ウチは、えりちの味方だよ?」


「…知ってる。」


そう告げて、また一歩踏み出した

42: 2015/12/16(水) 00:04:54.74 ID:Bh8yHydg0.net
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「ほら、えりち、あそこ!」


希に引っ張られて連れてこられたのは

周囲に比べて、やや混み合ってる教室


「何でも、店員さんがめっちゃ可愛いらしいんよ♪」


「でも希、もうすぐ休憩終わり…」


「2名です!」


「って、聞きなさい!」


「まあまあ♪」


気付けば、ズルズルと中に連れられて…

43: 2015/12/16(水) 00:05:25.33 ID:Bh8yHydg0.net
「いらっしゃいませ~♪」

「お好きな席へどうぞ♪」


案内してくれた彼女は、確かに可愛らしくって

でも、何処かで見た事が…


「2名様、ご案内でーすっ!」



「いっ、いらっしゃいませー…」


何処か、か細い声が聞こえて来たと思ったら…



「え、り…先輩?」


「…海未?」


目の前には、頬を真っ赤に染めた

メイド服姿の、海未がいた

44: 2015/12/16(水) 00:07:10.75 ID:Bh8yHydg0.net
「あれ?知り合いなん?」


「は…」


「は?」


「恥ずかしすぎますっ…!」


「もう、海未ちゃん逃げちゃだめだよ~♪」


そう言ってさっきの店員に捕まる、海未


「は、話して下さい、ことりっ!」


「ダ~メ♡」



ああ、可愛いって、そういう…


どこか、妙に納得した

45: 2015/12/16(水) 00:07:11.12 ID:Bh8yHydg0.net
「あれ?知り合いなん?」


「は…」


「は?」


「恥ずかしすぎますっ…!」


「もう、海未ちゃん逃げちゃだめだよ~♪」


そう言ってさっきの店員に捕まる、海未


「は、話して下さい、ことりっ!」


「ダ~メ♡」



ああ、可愛いって、そういう…


どこか、妙に納得した

46: 2015/12/16(水) 00:07:51.93 ID:Bh8yHydg0.net
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「それで…結局、押し切られちゃったのね。」


「はい…」


商品を持って、海未がテーブルへ


「何度も嫌だと言ったのですが、ことりが…」


ああ、道理で見た事があると思った

あの子、理事長の…


「…でも、似合ってるわよ?」


ひらひらしたレースとステッチのついた

可愛らしい、メイド服

こんなに似合うのに…もったいない


「なっ…、えり先輩ぃ…」


どこか懇願するような口調で、海未は声を出す

47: 2015/12/16(水) 00:08:15.27 ID:Bh8yHydg0.net
「海未ちゃーん、こっちお願い!」


元気な声に呼ばれる、海未


「そ、それでは、失礼しますっ…」


そう言って、声のする方にパタパタと駆け出した


「…あの子が、えりちの言ってた?」


「ええ、そうよ。」


「でも、なんか、聞いてたのと印象違うね。」


「ええ、私も意外だった。」


でも、どこかそれが印象深くて


「ふーん…」


何やら意味深に、希が声に出す

48: 2015/12/16(水) 00:08:42.84 ID:Bh8yHydg0.net
カチャ…と、ソーサーにスプーンを置いて

カップを、口元へ

うん、いい香り…


「それで、えりちはあの子の事、好きなん?」


「ぶっ…!?」


「もう、えりち汚いよ?」


そう言って、おしぼりを出す、希


「のっ、希…!」


「だって、えりちが誰かの話するのって、珍しいし。」

「てっきり、そうなんかと…」


「ちっ、違うわよ!」


決して、そんな訳じゃない

私があの子を気にかけるのは、ただ…

49: 2015/12/16(水) 00:09:26.66 ID:Bh8yHydg0.net
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その後も、学園祭は滞りなく進んで

気付けば、夕日が校舎を照らし始める時間に


どのクラスも後片付けを初めて

昼間の活気が、まるで幻だったかの様に



「…さて、私達は最後の見回りね。」


「はーい。」


お腹いっぱいで、どこか眠たそうな希を連れて

また、校舎内を歩く


「…後一回すれば、卒業なんやね。」


「もう、気が早いわよ?」


あと、1年以上もあるんだから


「来年のウチらは、どうなってるんかな?」


「きっと…変わらないわよ。」

50: 2015/12/16(水) 00:11:22.98 ID:Bh8yHydg0.net
受験生として、勉強して

大学の事を考えて

生徒会も全うして

きっと、楽しかったって言える様に


「…えりちは、今、楽しい?」


「急にどうしたの?」


「ううん、なんとなく気になって。」

「何か…」



「…希?」


希の瞳は、一体何を見ているのだろうか


視線の先に目をやると

かつて訪れた弓道場が目に入る


何の気無く、足を向かわせてみた

51: 2015/12/16(水) 00:11:41.62 ID:Bh8yHydg0.net
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「ウチ、実は弓道場って初めて来た。」


「そうなの?」


「あんまり関わる事ってないし。」

「生徒会室での資料作成とかの方が多いしね。」


「そう…」


また、入る時には一礼して

そっと、冷たい床に足を伸ばす


やっぱり、私達に一番に気付くのは部長で


「あれ、今日も視察?」


「いいえ、何となく立ち寄ってみて…」

52: 2015/12/16(水) 00:12:09.16 ID:Bh8yHydg0.net
「あ、そっか、れなっちは弓道部の部長やったね。」


「忘れてたの?」

「酷いなあ…」


「ふふっ、ごめんごめん。」



2人が他愛無い会話をしている間に

そっと、目で彼女を探す自分がいた


…いた


今日もやっぱり、彼女は同じ様に弓を引いて

そして、心地よい音と共に吸い込まれる、矢

53: 2015/12/16(水) 00:12:33.19 ID:Bh8yHydg0.net
お昼にクラスで見かけた

あの可愛らしい姿と相反する

凛々しくも気高く纏った雰囲気


「…凄いね、彼女。」


いつの間にか、希もその姿に見惚れていた


人を惹き付ける魅力というのは

テレビに映る偶像や

甘いスイーツなどではなく


こういった、類希なる才能を指して言うのではないだろうか

54: 2015/12/16(水) 00:13:06.28 ID:Bh8yHydg0.net
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弓道場を後にして

生徒会室への帰り道


「…なんとなく、えりちがあの子に惹かれる理由が分かったよ。」


「そう?」


「うん。」


きっと、希も感じたんだろう

出会ったときの希を、思い出す


「もう…秋なのね。」


「…そうやね。」


肌に触れる温度が夏の終わりを告げる


そろそろ、コートを買わないと

…なんて事が頭によぎりながら


家の冷蔵庫の中身を思い出そうとしていた

55: 2015/12/16(水) 00:24:03.33 ID:Bh8yHydg0.net
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「「ハッピーバースデー!!」」


「…えっ?」


「んもう…えりち、ノリ悪いなあ。」


「そうだよー。」

「せっかく希ちゃんと、考えたんだよ?」


学園祭が終わって一週間

冬服に身を包む生徒が増え始めた頃

私は、放課後に空き教室に呼ばれて…



「ああ…今日だっけ。」


どこか、他人事の様に呟く


「うわっ、華の女子高生が自分の誕生日忘れる?」


「し、仕方ないじゃない…」

56: 2015/12/16(水) 00:25:32.72 ID:Bh8yHydg0.net
どこか、自分には縁がないと思ってた

いや、それも寂しいけど…


そこまで多くない友達に

祝ってもらえるなんて思ってもみなかったし


…そういえば去年は

希がプレゼントをくれたかしら


なんて事を思い出す


「ほら、座って座って♪」


部長…もとい、玲奈に手を引かれ

いわゆる『お誕生日席』に座らされる

57: 2015/12/16(水) 00:26:01.52 ID:Bh8yHydg0.net
「みんな、今日の為に予定開けてくれたんだから♪」


玲奈にそう言われて、気がついた

クラスのメンバーを中心に

各部活の、部長達まで…



「どうして…」



理解が追いつかずにいると

希が、私に声をかける


「…みんな、えりちのために集まってくれたんよ?」


「え…?」

58: 2015/12/16(水) 00:26:25.68 ID:Bh8yHydg0.net
正直、どっきりなのかとも思った

だって、ちゃんと喋った事なんて数回で

業務的な会話がほとんどだったのに…


「…どこか、納得してない、って顔してるね。」


そんなに、分かりやすい顔をしているのかしら


「みんな、ちゃんと知ってるんだよ?」

「いつも難しい顔して、厳しい絵里だけど。」



「…一生懸命、みんなのために頑張ってくれてる事。」


「…ッ。」


慌てて、目頭に力を入れる

それが溢れてしまわないように

59: 2015/12/16(水) 00:26:57.74 ID:Bh8yHydg0.net
正直、分かってもらえなくても良いと思ってた

自分の性格は変えられないと分かっていたし

理解してほしいとも思ってなかった


…ただ、私の努力が

いつか、みんなの、生徒の役に立てればって

そう…思っていたから


そう思って、私は生徒会長になったんだから



「それじゃ、改めまして…」


「「誕生日おめでとう!!」」



「…ありがとう。」



きっと、私は今、幸せだ

60: 2015/12/16(水) 00:27:39.39 ID:Bh8yHydg0.net
-----



みんなが開いてくれた

ささやかでも、最高の誕生日会を終え

私は、帰路につく


『ウチらは、後片付けがあるから。』


そう言って、早々に一人で帰されると

…少し、寂しくも感じてしまう


さっきまでの楽しいひとときが

まだ、胸の中に残っている

冷たくなって来た風を受けても

心は、とてもあたたかかった



「…」


校門の前に、その姿を見つけた

綺麗な長い髪をたなびかせて

誰かを待つ様に佇む、一人の少女


「…お疲れさまでした、絵里先輩。」


「海未…」

61: 2015/12/16(水) 00:28:15.16 ID:Bh8yHydg0.net
-----



「すみません、引き止めてしまって。」


駅前のカフェで、海未が告げる


「…いいのよ。」

「ちょっと、寂しくも感じてたから。」


そう言って、メールを送信して

海未に、優しく笑いかける


「ありがとうございます。」


そんな私を見て、彼女も笑顔になった


「今日、お待ちしてたのは…」


「もしかして、玲奈に言われた?」


「…はい。」


おせっかいなのは、希と似ている



「お誕生日、おめでとうございます。」

62: 2015/12/16(水) 00:28:39.81 ID:Bh8yHydg0.net
「あの、ご迷惑かとは思ったのですが…」


そう言って、小さな包みを差し出す


「これは…」


「プレゼント、です。」

「絵里先輩の好みに合うかは分かりませんが…」


可愛らしく彩られた、小さな箱

中身は…何かしら?


「…ねえ、開けてみてもいい?」


「こっ、ここでですか!?」


少し、赤くなる表情


「…気に入らなかったら、すみません。」


弱々しく告げる声に笑みを浮かべつつも

そっと、リボンを外す

63: 2015/12/16(水) 00:29:06.31 ID:Bh8yHydg0.net
「これ…」


明るい外装に反して

出てきたのは、万年筆


「あっ、あの…」

「絵里先輩が、どんなものが欲しいか分からなくて…」


慌てながら、そう口を開く


「結局、使える物で当たり障りの無い物に…」


だんだんと、声が小さくなる


「…もう。」


少し苦笑しながらも

うつむいている海未の頭を撫でる


「絵里…せんぱい?」



「ありがとう、海未。」

64: 2015/12/16(水) 00:29:33.64 ID:Bh8yHydg0.net
「迷惑じゃ…なかったですか?」


「どうして?」


「その、会ってまだそんなに経ってないのに。」

「プレゼントをもらっても困るんじゃないかと…」


「どうせ、玲奈に何か吹き込まれたんでしょ?」


「それは…」


すぐ、顔に出る

嘘が、つけないタイプみたい


「でも、貴女はちゃんと考えて、これを私にくれたんでしょう?」


「…はい。」


「なら、私が嫌がるはずないじゃない。」


「え…?」

65: 2015/12/16(水) 00:29:58.43 ID:Bh8yHydg0.net
「例え出会ってからの時間が少なくても。」

「今、こうして私と貴女は仲良くなれた。」


「そして、貴女はほとんど何も知らない私の為に。」

「悩んで、それでも選んでくれた。」


「…」


「そんな貴女の気持ちを、無駄になんて出来ない。」

「何より…嬉しいの、海未。」



「…先輩。」



「私ね、正直に言うと、友達が多い方じゃないのよ。」

「いつも、自分の気持ちを率先して。」

「…誰かに、歯向かう事ばかりで。」

66: 2015/12/16(水) 00:30:38.65 ID:Bh8yHydg0.net
「…いつかは、直さなきゃとは思うんだけどね。」

「でも、まだしばらくは無理そうだから。」



「だからね、今日、皆が私の誕生日会を開いてくれた事。」

「皆と仲良くなるような事、してこなかった私が。」

「ここにいていいんだよ、って…言ってもらえたみたいで。」


「すごく、嬉しかった。」


「そしてそれは、貴女にも言えるの。」

「ありがとう、海未。」


「これをくれた事も。」

「…私と、ともだちになってくれた事も。」



「ともだち…」


「…あら、違った?」


私の言葉に、ぶんぶん、と首を振る

67: 2015/12/16(水) 00:31:32.17 ID:Bh8yHydg0.net
「でも…」


「でも、どうして…?」


「?」


「どうして絵里先輩は、私の事を、そんなに…」



「…憧れるから。」



「…え?」


私の声を、賑やかな声がかき消す

…よかった

心の中で、小さくそう呟く



「…ふふっ。」

「貴女の事、好きになっちゃったのかも♪」


「なっ…!?」

68: 2015/12/16(水) 00:33:21.04 ID:Bh8yHydg0.net
「じょ、冗談はやめて下さいっ!」


顔を真っ赤にして、否定する


「あら、冗談に聞こえる?」


その顔が可愛らしくて

ついつい、からかってしまう


「そ、それは…」



「ふふ、冗談♪」



「怒りますよ!?」



ああ、こんな顔もするんだ、なんて

ぼんやりと考える


さっきまで頭に浮かんだ言葉を

かき消す様に、塗りつぶす様に

69: 2015/12/16(水) 00:33:46.98 ID:Bh8yHydg0.net
「それはそれとして…」

「本当に、ありがとう海未。」



「…いえ、気に入って頂けたらよかったです。」


「早速明日から、使わせてもらうわ。」


「そう言って頂けると、嬉しいです。」



「…それじゃ、そろそろ帰りましょうか。」


「すみません、こんな時間まで引き止めてしまって。」


「いいのよ。」

「楽しい時間をありがとう。」


「こちらこそ、です。」

「あ、出る前に、化粧室に。」


「ええ、待ってるわ。」


海未が席を立ってから、伝票を持ってレジに

…たまには、先輩らしいとこ見せなきゃね♪

70: 2015/12/16(水) 00:34:12.87 ID:Bh8yHydg0.net
-----



「…どうも、ありがとうございました。」


「ほら、そんな暗い顔しないの。」


「ですが…!」


「いいのよ、これくらい。」


「…ありがとうございます。」


深々と、頭を下げる


「もう、気にしなくていいわよ。」

「またの機会に…ね?」


「う…分かりました。」

「それでは、連絡先を教えて頂けませんか?」


「そういえば、知らなかったわね。」

「…はい、どうぞ。」


お互いの携帯を振り合って

なかなか繋がらない事に笑い合って


私は、帰路についた

71: 2015/12/16(水) 00:34:55.16 ID:Bh8yHydg0.net
-----



「おかえりなさいっ、お姉ちゃん!」


「遅くなってごめんなさい、亜里沙。」


「ううん、大丈夫だよっ!」

「ちゃんとメールくれたし…」

「あ、それと、お誕生日おめでとう♪」


「…ふふ、ありがとう。」


そっと、そのふわふわしたの髪の毛を撫でる


「えへへ~♡」

「はいこれっ、プレゼント!」


「開けても良いかしら?」


「モチロン!」


その可愛い包みを開くと…

一層可愛い、バレッタが


「…どう?似合う?」


そっと、それを頭に当ててみる

72: 2015/12/16(水) 00:37:23.60 ID:Bh8yHydg0.net
「うん、すっごく似合ってる!」

「雪穂と選んだの♪」


「そう、ありがとう。」

「今度出かける時に、必ずつけるわね?」


「約束だよ?」


「ええ♪」

「…それじゃ、ご飯にしましょうか。」


「はーい!」


パタパタと、廊下を駆けていく亜里沙


「さて、今日は…」


ブレザーを脱ぐのとほぼ同時に、携帯が鳴る


「…?」


光る画面を、覗いてみると…

73: 2015/12/16(水) 00:37:53.02 ID:Bh8yHydg0.net
=============
改めて、お誕生日おめでとう
ございます。

プレゼントも、受け取って頂
けて何よりでした。

それと、カフェでの事も、
ありがとうございました。

また、よければ先輩とお話で
きたらと思います。

その時は私が払いますので。


          海未
=============


「ふふっ。」


女子高生らしからぬ飾り気のないメールに

また、笑みがこぼれる

律儀だなあ、とか

そんな事を考えながら

手早く、メールを返信した

74: 2015/12/16(水) 00:38:47.11 ID:Bh8yHydg0.net
-----



「…お姉ちゃん、何か良い事あった?」


「そう見える?」


「うん、いつもより笑ってる気がする!」


「…そうね。」

「すっごく、良い事があったの。」





=============

プレゼントも、メールも、
どうもありがとう

また、会って話しましょう

その時に、海未の事聞かせて
くれるかしら?

もっと、仲良くなりたいから

それじゃ、また学校で会いま
しょう♪

          絵里
=============

97: 2015/12/17(木) 01:48:01.58 ID:ZTmdkH6W0.net
-----



暦は霜月に突入して

その名の通りか、朝の窓に霜が降りる


ああ、掃除がめんどくさい

…なんて思ったりもするけれど


そこは誰かさんと違うから、ちゃんとやらなきゃね



一昨年買った厚手のコートを羽織って

今年は、赤いのが欲しいわね…

なんて考える


妹からもらった誕生日プレゼントをつけて

いつもの私の、いつものポニーテール

98: 2015/12/17(木) 01:48:31.35 ID:ZTmdkH6W0.net
特にこだわりがある訳じゃないけれど

何となく楽だからこうしてる

…というより、自分に似合う髪型が分からなくて

何より、お婆様に褒められた髪だから


「…寒い。」


玄関を開けて、閉めて

マフラーを巻き直す


「いってきます。」


誰も応えない、がらんとした我が家に

そっと告げて、またドアを開けた

99: 2015/12/17(木) 01:49:00.29 ID:ZTmdkH6W0.net
こんな寒さにも負けずに

街は、活気づいている


秋葉だからこそなのか

それとも、どこでもこうなのか



街に飾られたイルミネーションは

少し早いクリスマスカラー

街中のカップルが増えだすのを見ると

…浅はかね、なんて呟いてしまう



「はーっ…」


両手に、吐息を吹きかけて

私は、目的地へと足を速めた

100: 2015/12/17(木) 01:49:26.11 ID:ZTmdkH6W0.net
-----


「まだ…着いてないのかしら?」


全く、希ももっと早く言ってくれれば…

そんな気持ちを浮かべながらも

そんな彼女だから、私といられるんだろうとも思う


仕方が無いから、駅前のカフェに入る

待ち合わせの広場を見渡せる様に

ガラス張りのカウンター席へ



「…ふう。」


少しだけ、身体が温まる

ホットのチャイティーなんて初めて飲んだけれど

案外、悪くはないものね

101: 2015/12/17(木) 01:49:48.63 ID:ZTmdkH6W0.net
-----


「絵里先輩。」


ぼーっと曇った空を見ていると

真横から、声がかかった


「…海未。」


「こんにちは。」


隣には、カプチーノを持った海未がいた


「…隣、いいですか?」


「断ると思う?」


「いいえ、思いません。」


そう告げて、席に座る

102: 2015/12/17(木) 01:50:24.65 ID:ZTmdkH6W0.net
今日はお出かけかしら?

…なんてぼんやり考えていると


「希先輩、遅いですね…」


「え?」


「あれ?」



「海未、今日は希に呼ばれたの?」


「ええ、絵里先輩と3人で出かけようって…」


「希ぃ…」


私は、そんな事一言も聞いて…


「…!」


机に置いた携帯のバイブが鳴る

103: 2015/12/17(木) 01:50:55.15 ID:ZTmdkH6W0.net
「希…?」


明るい画面に映る、一文


=============

後は、お2人で楽しんで~♪

          希
=============


「…やられた。」


素直に声が出る

海未にも、携帯の画面を見せる


苦笑しながらも海未は

希先輩って、こんな方なんですね、なんて笑ってた


「…それじゃあ、行きましょうか。」


「いいの?」


「ええ、暇でしたから。」


そう言って始まった

私達の、初めてのお出かけ

112: 2015/12/18(金) 13:06:54.76 ID:17ozLSpV0.net
-----



…なんだけど

正直、遊びに行くのなんて

希とどこかに立ち寄ったりするだけで

あんまり、案がある訳じゃなくて…


「どうする?海未。」


…なんて、すぐに頼ってしまう


「うーん、そうですね…」


それでも、嫌な顔ひとつせずに

海未は、一緒になって考えてくれる


「とりあえず、歩いて決めましょうか。」


ただの女子高生らしく

駅前を、ぶらぶらと

113: 2015/12/18(金) 13:07:32.22 ID:17ozLSpV0.net
-----



「海未は…よく、こういう所へ来るの?」


「ほとんど連れてこられて、ですけどね。」

「幼馴染みが、じっとしていられないタイプなので。」


「幼馴染み…か。」

「羨ましいわね。」


私には、ない物


「…いつも、騒がしいんですよ。」

「無邪気に、無鉄砲に走り回るから。」

「それに着いていく私達は、振り回されてばかりで…」


「嫌になった事は、無いの?」


「…どうなんでしょう。」

114: 2015/12/18(金) 13:08:10.28 ID:17ozLSpV0.net
「確かに、振り回されてばかりで、疲れるときもあります。」

「…ですが。」

「不思議と、嫌になった事はないんですよね。」


「どうして?」


「…私にも、正直な所よく分かりません。」

「でも、そうして振り回された結果。」

「自分では出来なかった事や…」

「知らなかった事と出会えるんです。」


「…案外私も、じっとしていられないタイプなのかもしれませんね。」


また、あの笑顔

朗らかで、明るくて…そして、本当に楽しそうで


羨ましくて…切なくて

私の目は、つま先を向く

115: 2015/12/18(金) 13:08:52.93 ID:17ozLSpV0.net
「ああ、すみません絵里先輩。」

「私の話ばかりで…」


「いいのよ?」

「それに、海未の事、もっと知りたいと思ってたから。」


「ありがとうございます。」

「先輩は…優しいですね。」


「えっ?」


その言葉に、ふと、足を止める


「…違うのですか?」


きょとん、とした顔の海未を見て

どこか、自分の反応こそおかしいのではないかとさえ思える


「きっと…違うと思う。」

116: 2015/12/18(金) 13:09:36.45 ID:17ozLSpV0.net
…違うと思う

どこか、煮え切らない返事

それは、あの日の事があったから


あの日、変わらない日々を過ごしていたら

あの日、みんなに祝ってもらってなければ


きっと…私は自分の事をそうは思えなかった


だからこれは、一種の自己暗示だ

私は、優しくなんて無い

けど、もしかしたら…なんて

そんな『たられば』を口に出す


…きっと、私は弱いから



「でも、もしかしたら…なんてね。」

117: 2015/12/18(金) 13:10:12.18 ID:17ozLSpV0.net
「絵里先輩は、優しいですよ。」

「私は…そう思います。」


さっきよりも、強い声で彼女は告げる


「海未…?」


「…実はですね。」

「私、恋愛映画が少し苦手なんです。」

「そして、得意料理は餃子とチャーハンです。」


「え…?」


「意外だと、思いますか?」


「まあ…そうね。」


「確かに、この事を知った皆には、驚かれます。」

「ですが…これを知って、先輩の目に私はどう映りますか?」


「え…?」

118: 2015/12/18(金) 13:10:43.80 ID:17ozLSpV0.net
いきなり向けられる、なぞなぞの様な質問

海未は、一体何を言いたいのかしら



「…何が言いたいのかは、察せられないけれど。」

「でも…特に変わらないわ。」

「貴女は、海未だもの。」



「…私も、そう思います。」

「絵里先輩は…絵里先輩ですから。」


「…」


「私が言うのも烏滸がましいですが。」

「自分の評価は、決して自分が決める物ではないのですよ。」


「海未…」


「絵里先輩。」

「貴女は、優しいです。」

「少なくとも…私の目には、そう映ってますから。」

119: 2015/12/18(金) 13:13:00.21 ID:17ozLSpV0.net
どこか上手く言えているようで

その逆、そんな事はないような


…案外、こういう話は苦手なのかも


「…」


それでも目の前の彼女は

私の事をちゃんと見てくれている

…そんな気がした



きっと彼女は、こちらが思っているよりも不器用で

思っていたよりも…いい子なんだと

120: 2015/12/18(金) 13:13:45.20 ID:17ozLSpV0.net
「…ありがとう、海未。」

「私にも…貴女は、優しく映ってるから。」



「ありがとう…ございます///」


「さ…さあ、おなかが空きましたね!」

「何処かに入りましょうか!」


真っ赤になった顔を見せない様に

彼女は、先陣を切って歩き出した


「自分が決める物じゃない…か。」


また、胸に刺がささる

ちくちくと…ずきずきと


「…ッ。」


振り切る様に、足を前に

さあ、何を食べようか…なんて

どうでも良い事に、思考を埋めさせて

125: 2015/12/19(土) 22:48:16.74 ID:QSWEtNla0.net
-----



「…ごちそうさまでした。」


「本当、綺麗に食べるわね。」


動作ひとつひとつが凛、として

まるで、年下だなんて思えない振る舞い


「そんなことないですよ。」

そう言って、彼女はまた笑う

こうして幾度、彼女の笑顔を見て来た事か


「そろそろ、行きましょうか。」

「少し、失礼しますね。」


ああ、またトイレかな…なんて考えていると

机の上にあった伝票が無い事に気付く


「…やられた。」


まるでその顔は、いたずらっ子の様に

126: 2015/12/19(土) 22:48:47.76 ID:QSWEtNla0.net
-----



「もう…」


「ふふっ、やりました。」


その顔は、どこか誇らしげで


「今日は、決めていましたから。」


なんて言う彼女の気遣いを無碍にするなんて出来なくて

いつかの、おおよそ倍のお礼をしてもらった


「ごちそう様、海未。」

「ありがとう。」


「どういたしまして…です。」


2人で、笑い合う


…ああ、やっぱり

貴女といると、等身大でいられるから

127: 2015/12/19(土) 22:49:15.40 ID:QSWEtNla0.net
-----



「ねえ、海未。」

「こんなのはどうかしら?」


「ええ、似合ってますよ。」


「さっきから、それしか言わないじゃない。」


「本当に、そう思ってますから。」


「むぅ…」


なんてやりとりをしてみたりして

歪な始まりから一転

女子高生らしい、身の丈に合った行動


「それじゃ、あっちも見てみましょう。」


どこにでもありふれた時間が

早く---早く、過ぎる

128: 2015/12/19(土) 22:50:56.07 ID:QSWEtNla0.net
-----



「ゲームセンター…」


「先輩は、あまりこういった所に来ないんですか?」


「…そうね。」

「生徒会長になって仕事も忙しくなったし。」

「あんまり、遊ぶ機会もなくて…」


そもそも、遊ぶような相手さえ多くはない


「今日は、海未がエスコートしてくれるんでしょう?」


大丈夫、今は目の前に海未がいる


「…!」


目についた物は

奥まった場所にある、あるひとつのゲーム

目を…そらした

129: 2015/12/19(土) 22:51:30.72 ID:QSWEtNla0.net
「絵里先輩?」


めざとい、なんて言葉は失礼だけれど

海未は、よく気がつく

それは、きっと優しさからくるもので…



「ダンスゲーム…ですか。」


今は、正直後悔した



「海未は…やっぱり、ああいうのも得意なの?」


「どうなんでしょう?」

「幼馴染み達が良くやっているのを見る事はありますが…」

「私は正直、あまりした事が無いですね。」


「どうして?」


「…人が集まって来て、恥ずかしいですから。」

130: 2015/12/19(土) 22:52:30.09 ID:QSWEtNla0.net
「海未らしい…の、かしら?」


『らしい』なんて、まだ知らない海未に対して失礼だけど

以前の学園祭の様子を見ると

決して、間違ってはいないらしい


「でも…そうですね。」

「今日は、何故か人も少ないですし…」

「絵里先輩がいますから、少しだけ勇気をもらえます。」


恥ずかし気も無くこんな事を言える海未は

…やっぱり、どこかおかしかったりする


「…やってみますか?」


「え、でも…」


ふと、それが頭をよぎる


「私も、一緒にやりますから。」


「…」




…そっと、その手を取った

131: 2015/12/19(土) 22:53:54.02 ID:QSWEtNla0.net
-----



最後に身体を動かしたのは、いつだっけ?


勿論、体育の授業ではちゃんと参加しているし

お風呂上がりの、柔軟も欠かしてない


でも、いつだったか…


最後に---踊ったのは




耳に響く音楽と

流れてくるノーツに合わせて

私の足は、動く、動く


頭に浮かぶバラバラな日々が交錯し合っても

身体は、こんなにもしっかりと動く物なんだと…ある意味感心した


『パーフェクト!やったね!』


無機質な音声が、声を告げる

同時に上がる、歓声

132: 2015/12/19(土) 22:54:26.06 ID:QSWEtNla0.net
「えっ…?」


まばらだった人影は

気がつけば、私達を取り囲んでいた


「なっ…こっ…~~~!」


海未の頬を染めるピンク色が

紅色へと変わっていく

…ああ、これはまずいわね


どこか他人事の様に感じながらも

私は、後ろからの刺さるような視線が気になった


「…」


入り口辺りで佇む、3人の少女達

どこかで、見た事あるような…

133: 2015/12/19(土) 22:55:10.75 ID:QSWEtNla0.net
私の視線に気がつくと

…そっと、その場から離れていった


誰…だったかしら?



「とりあえず…」


今は、この状況をなんとかしないと


脱ぎ捨てた上着を手に取って

使い慣れた鞄を、肩に担ぐ


未だに放心状態の海未の手を取って

群衆を抜けて、外へと歩き出した

134: 2015/12/19(土) 22:55:42.37 ID:QSWEtNla0.net
-----



「…すみません、落ち着きました。」


「よかった。」


少し離れた位置にある

公園のベンチに座って

…私は、飲み物を手渡す



「それにしても、あんなに人が集まるとはね。」


「ええ、意外でした。」

「でも…なんとなく、皆の気持ちも分かります。」


「…え?」


「絵里先輩のダンスは…とても、魅力的でしたから。」


「魅力的?」



たった…あれだけの事で?

135: 2015/12/19(土) 22:56:16.86 ID:QSWEtNla0.net
「…凄いです、絵里先輩は。」


彼女の賞賛の言葉は

…どこか、自分に向けられた物ではない気さえ、して



「何か、やっているんですか?」


「え?」


「動きが、素人のそれとは明らかに違いましたので。」

「てっきり、スポーツか何かでもやっているのかと…」


「…」

「昔…ね。」


暗くなってきた、空をあおぐ


「今は…」


言いかけた海未が、口をつぐむ


本当にこの子は、察しがいい

その気持ちがどこか…私を、狂わせるぐらいに

136: 2015/12/19(土) 22:57:14.64 ID:QSWEtNla0.net
「今は…何も、やらないんですか?」


「…ええ。」


「勿体…ないと思います。」

「それだけの素質があるなら…」



分かってる


分かってる


その気持ちは、痛い程、嬉しい


それが、本心からの言葉だと分かっているからこそ

私の拳に、力が入る


『貴女みたいな人とは違う』


喉を焼尽そうとするその言葉を

噛み砕いて、飲み込んで

137: 2015/12/19(土) 22:57:44.62 ID:QSWEtNla0.net
「あの、絵里せんぱ…」


「さて、今日は帰りましょうか♪」


「…そうですね。」


強引に作った空気を読んで

彼女は、いつもと似た笑顔を作る


分かってる


…今のそれは、似て非なる物だと


分かってる


…そうしなければならない程

私を包む空気が---違っている事に



「今日はありがとう、海未。」


「私も…です、絵里先輩。」

138: 2015/12/19(土) 22:59:10.28 ID:QSWEtNla0.net
-----


海未と別れ、日が落ちきった逢魔が時

私は変わらず、空を見上げる


「今は…か。」


私は、何を勘違いしていたんだろう

…いや、もしかすると、逃げていただけかも


その方が楽だから


そう考えてしまえる程、居心地が良くて

そして…笑顔になれたから


ともだちと言ったあの時の私は

貴女の放つ矢に魅入った私は

…果たして、どちらの『私』なのか



噛み合ったと思った歯車は

かつての日々の代用品で

徐々に…それが軋む音を告げる


気付かなかった小さな亀裂から

少しずつ、少しずつ…



気付いた時には---もう

139: 2015/12/19(土) 22:59:33.69 ID:QSWEtNla0.net
続きは明日のお昼ごろに

145: 2015/12/20(日) 13:15:56.64 ID:g71Yl+Jp0.net
-----



「どうやった?この間のデートは。」


「…ええ、楽しかったわよ?」

「誰かさんのおかげでね。」


資料をまとめる手を動かしながら

私は希を見ずに、答える


「なら、よかった。」


隣で、彼女が微笑むのがわかる


「偶然、前の日に海未ちゃんと会ってな?」

「お喋りしてたら、次の日は暇だ、って言うから。」


こっちは、いきなり前日に連絡が来て吃驚したのだけれど

146: 2015/12/20(日) 13:16:27.14 ID:g71Yl+Jp0.net
「それにしても…今日はどうしたんやろ?」


そっと、希が手を止める


「定例会議なら、先月やったばかりなのに…」


「真意は分からないけれど…」

「理事長の事だから、何か意図があるはずよ。」


あの人は、本当に頭がいい

だからこそ、理解する


…何かが、おかしい


「何にせよ、年越しで大忙しな時にしなくても…」


そう言いながらも、希も分かってる

何だか分からない、焦りが加速する

147: 2015/12/20(日) 13:17:28.07 ID:g71Yl+Jp0.net
「とにかく、急ぎましょう。」


不安を振り切る様に

資料を持って、生徒会室に鍵をかける


「…えりち。」


「行きましょう。」


第2会議室の方に向き直って

そっと、一歩を踏み出す


理事長は、本当に頭がいい

いつも何かを考えていて、必要な事は会議で話す

私達の時間を、奪わない様に


イレギュラーなんて、存在しなかった---今までは


何処かで聞いた事のある噂

噂であってほしいと…願った

148: 2015/12/20(日) 13:17:54.38 ID:g71Yl+Jp0.net
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「…失礼します。」

「失礼します。」


会議室の空気は、どこか重たかった

学年主任の方々が、こちらを見る


何かしてしまったのだろうか


そんな不安は、彼らの視線に寄って打ち消された

…何処か哀れみを含んだ、その目に


「遅くなって申し訳ございません。」


「いいえ、大丈夫よ。」

「こちらこそ、今日は急に集まってもらってごめんなさいね。」


「いえ…」


理事長に促されて、席に着く

149: 2015/12/20(日) 13:19:32.01 ID:g71Yl+Jp0.net
「それでは、会議を始めます。」

「まずは、急であるにも関わらず…」

「こうして皆さんに集まって頂き、本当にありがとうございます。」


理事長が、軽く頭を下げる


「…本来ならば。」

「これは職員会議でのみ共有すべき事だとは思いますが。」

「今日は、絢瀬さんと東條さんにも、参加して頂きたいと思いました。」

「この場を借りて、報告させて頂きます。」


彼女の瞳は、どこか優し気で

それでも、呼ばれた理由が掴めず、困惑の表情を浮かべる


「議題について、ですが…」


どくん、と心臓が高鳴る音が聞こえる

ポンプから押し出された血液が

体中を駆け巡る


…まるで、危機が迫っている時のように

150: 2015/12/20(日) 13:20:36.82 ID:g71Yl+Jp0.net
「…音ノ木坂学院は。」

「来年度の新入生の入学をもって…」


…それ以上、聞きたく無かった

途中で、気付いてしまう


生徒の中に、気付く人がいて

そして…それが噂になったように


その噂が、実は本当の事でした---なんて



「廃校になる事が、決定しました。」



目の前が真っ白になる…なんて表現を聞く事があるけれど

その言葉は、どこか語弊がある




だって…今、目の前に光は無いのだから

151: 2015/12/20(日) 13:21:06.88 ID:g71Yl+Jp0.net
「理由を…教えてもらえますか?」


私の代わりに、希が口を開く


「…」


「我が校は年々、生徒数の減少に悩まされてきました。」

「歴史のある…国立の高校として、出来る事はやって来たつもりです。」


「それでも、最近の傾向としては。」

「学区外の高校への受験希望者の増加。」

「…そして、UTX高校の設立。」


「色々な要因が重なり合った結果が、現状に繋がっています。」


「その現状を鑑みた結果。」

「そして、夏期の中学生一斉模試の情報を考慮した結果。」

「来年度の入学希望者は、およそ一クラスにとどまる事となりました。」



「そんな…」

152: 2015/12/20(日) 13:21:33.43 ID:g71Yl+Jp0.net
私達の絶望的な---表情を察してか

理事長は、話を続ける


「…勘違いしないでほしいのは。」

「この決定は、あくまでも現時点での状況を鑑みて、という事です。」


「端的に言うならば…」

「生徒数が増えさえすれば、解決するという事。」

「我々教職員一同は、まだ諦めてなどいないという事。」


「その事は…理解してくれるかしら?」



「…はい。」


「私が今日、貴女達にも話したのは。」

「貴女達の今までの行動を、見て来たから。」

「それに…」


彼女は、言い淀む


「とにかく、知っておいてほしかったの。」

「貴女達には…ね?」

153: 2015/12/20(日) 13:22:05.71 ID:g71Yl+Jp0.net
-----



「…失礼しました。」


あの後は、通例通りの会議を終えて

これからの方針を、決めて

あとは…何を話しただろうか


気がつけば会議室をでて

生徒会室に、戻って来ていた


がちゃり、と鍵の開いたドアの前で

掛けた手に、力が入るのが分かった


「…ッ。」


「えりち。」


「希…?」


「…」

「パフェ、食べにいかん?」


優しい顔の、彼女

154: 2015/12/20(日) 13:22:35.14 ID:g71Yl+Jp0.net
-----



「いただきます♪」


「…いただきます。」


無理矢理に、連れてこられて

無理矢理に、パフェを頼まれる


そびえ立つような大きな生クリームに

そっと、スプーンを突き刺す


「甘…」


口の中に、甘ったるい香りと白いクリームが広がる

濃い味のクリームは、水分を求めて

横に添えられたフルーツと一緒に、喉に吸い込まれる


「…えりち、クリームついてる。」


そっと、それを指で取って咥える、希


笑顔な希とは対照的に

無言で、目の前のタワーを喉に押し込む



…あの日も、こうして食べたっけ

166: 2015/12/23(水) 21:35:09.97 ID:bgCoYnSE0.net
-----



「パフェ、食べにいかない?」


そう言われたのは、今年の春だったか

進級して、クラスが変わって

…わずか、2日


桜が散り始める少し前に

私と彼女は、出会った…らしい



「…え?」


らしい、とどこか他人事なのは

その出会いはあまりにも唐突すぎたから


「貴女…誰?」


あくまでもまともな、率直な意見だった

167: 2015/12/23(水) 21:35:38.49 ID:bgCoYnSE0.net
「あ…ごめんなさい。」


咄嗟に出た言葉を、自ら遮る


「…まあまあ、行こっ♪」


そう言って私の手を引いて

彼女は、鞄を持って駆け出した


「ねえ、ちょっと…!」


「いいから、いいから♪」


どんな思いで、あの時走ったのかなんて

もう覚えてすらいないけれど

あの時の笑顔は、今でも胸に残ってる

168: 2015/12/23(水) 21:36:08.04 ID:bgCoYnSE0.net
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「…で、一体どういう事?」


この時の私は、ただただ帰りたかったんだと思う

ましてや、知らない顔に連れられて

たどり着いたのは、駅前のカフェ

そして目の前には特大のタワー


ただ、かかっていたチョコソースには興味をひかれた


「どうって…」

「パフェ食べにいこ、って誘ったよ?」


「そうじゃなくて…」


どこか不思議そうな顔をして彼女は言う

どうして、私の方が間違ってるようなのかしら

169: 2015/12/23(水) 21:36:34.33 ID:bgCoYnSE0.net
「貴女は…」


「絢瀬絵里さん、だよね?」


こくん、と喉をならして

紅茶で一息ついた彼女は、言う


「どうして…」


後から考えれば、当たり前の事だったけれど


「自己紹介、してたでしょ?」


彼女の言葉で、クラスメイトである事を理解した


「ともだちに、なろう!」


えへへ、と差し出した小さな手を

取るのは、まだ、もう少し経ってから

170: 2015/12/23(水) 21:37:05.73 ID:bgCoYnSE0.net
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「…はあ。」


ようやく分かった

きっと彼女には、振り回される事になるんだろう


一週間と経たずに

また、目の前に置かれる大きなそれを見つめる


「いただきます♪」


「…頂きます。」


ただ、あまりこういう所に出入りする機会は無かったから

そこにだけは、感謝をしていた


「どうして?」


こんなに私に、構うのか

171: 2015/12/23(水) 21:37:35.01 ID:bgCoYnSE0.net
出会ってから、たった一週間

私は、一人でいる事が少なく…いえ、ほぼ無くなった


気がつけば、隣にいて

振り向けば、そこにある笑顔


「憧れ…だから。」


だからこそ、ドキッとした

目の前にいるのは、本当にさっきまでの彼女なのか


「…で、生徒会長、立候補するの?」


そこにさっきまでの空気はなくて

いつもの様に、彼女は笑う


「…どうして、知ってるのよ。」


「ふふふ♪」


また一口、スプーンを咥える

172: 2015/12/23(水) 21:37:59.30 ID:bgCoYnSE0.net
「…手伝おうか?」


「まだ、決定事項じゃないんだけど。」


「でも、もうほとんど決定事項でしょ?」


「…呆れた。」


決して、その態度にではなくて


「きっと、良い学校に出来るよ。」

「貴女と…私なら。」


その真意は、到底理解できる物ではなかったけれど

どこかで、決意が固まった気がした


「…って事で、改めてよろしく♪」


「ちょっと、とうじょ…!」


「ウチの事は、希って呼んで。」


「…な?えりち。」

173: 2015/12/23(水) 21:38:30.37 ID:bgCoYnSE0.net
-----



「生徒会長就任おめでとう、えりち♪」


「…他人事みたいだけど、貴女も副会長なのよ?」


「ウチはほら、名前だけだから♪」


「…もう。」


なんて言っているけれど

彼女の功績は、目に見えないものばかりで


広報活動や、公開演説の段取りを含めて

何度も助けられた事は、言うまでもない


「さて、今日も食べよっか♪」


もはや常連と言っても過言ではない

季節に合わせたパフェを口に運んで

クーラーの風を、肌に感じていた

174: 2015/12/23(水) 21:39:13.16 ID:bgCoYnSE0.net
-----


それから幾度となく、この場所を訪れた

問題が起こる度、二人で遅くまで活動して

過ぎ去れば、ここへきてパフェを食べて

…また、新たな取り組みに


何かある度に、希は私をここへ連れてくる

その何かは…いつも

私一人では気付けない事で



「…美味しい?えりち。」


にこにこと、いつもの笑顔に対して


「ええ、そうね。」


少しぶっきらぼうに答える


「…えりちは、どうしたい?」


この質問も、いつもと変わらない

いつも彼女は優しくて

…そして、答えをくれないから

216: 2016/01/31(日) 00:32:01.14 ID:nI9lPxV8.net
「そんな事、決まってるわ。」


そう…伝えたかった

いいえ、伝えるべきだった


あの時も貴女は同じ様に笑うばかりで

そして、私の気持ちを分かっている


いつだって貴女は分かっていて

そして、間違った時はヒントをくれる


そんな日常が、その時にはあって

そして、その日も同じだと思っていたから


あの時告げなかった自分に

今は、後悔しか残っていなかった


ほつれ始めた糸が、元通りにならないように---

217: 2016/01/31(日) 00:33:00.84 ID:nI9lPxV8.net
-----



「…南さんのとこ?」


「…ええ。」


去年と同じ桜を見て

あれから一年が経ったと実感する


私は、何か変われたのだろうか


「まずは、知らないと。」


あまりにも無知な私には

もう、これしか無い様に思えた


「でも…」


何か言いたそうな、希

その顔に、目は向けなかった

218: 2016/01/31(日) 00:33:35.22 ID:nI9lPxV8.net
-----



「廃校」


その二文字が現実となって生徒に公表されたのは

通算三度目の桜を見た時だった

残り四ヶ月の努力も虚しく

ただ、静かにそれは張り出された


「…ッ。」


学内アンケート

近隣中学への広報活動


一学生の私が努力した所で

この結果は目に見えていた


「私は…」


それでも、諦め悪く藻掻いてみようと思ったのは…

219: 2016/01/31(日) 00:34:09.10 ID:nI9lPxV8.net
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「…!」


「…えりち?」


「いいえ、何でも無いわ。」


一瞬、止めた足をまた動かして

彼女の---彼女達の元に向かう


「…ねえ。」


「「!!」」


「ちょっといい?」


「「はっ、はい。」」


突然の最上級生の襲来に

驚く顔は無理も無いのかしら


「え…」

「だ、誰…?」


その子の声を塞ぐ様に

サイドテールの彼女が声を発した

220: 2016/01/31(日) 00:34:48.16 ID:nI9lPxV8.net
「…生徒会長ですよ。」


「…南さん。」

「はいっ!」

あくまで、目的は彼女


「貴女確か、理事長の娘よね?」


「は、はい。」


「理事長、何か言ってなかった?」


「いえ…私も、今日しったので…」


「…そう、ありがとう。」


そう言って私は、踵を返した


「あの…!」

「…?」


「本当に学校、無くなっちゃうんですか?」


その手にパンを握りしめて

サイドテールの彼女は告げる


「…貴女達が気にする事じゃないわ。」


何か言いたげなその瞳は

あの時、何を思ったのだろうか---

221: 2016/01/31(日) 00:35:12.85 ID:nI9lPxV8.net
-----



「…海未ちゃん、いたね。」


ぽつりと、独り言の様に呟く


「あの子達が、海未ちゃんの友達なんやね。」


「…希。」

足を、止める


「気を使わなくても、大丈夫よ。」


「…そっか。」


あの日、デートと呼ばれるような事をした日から

一度も、会ってはいなかった

希も、それに気付いたからこそ


…それが、彼女の優しさだから


呼吸を整えて、ノックをする

トン、トン、トン


よし…切り替えた

222: 2016/01/31(日) 00:35:58.57 ID:nI9lPxV8.net
「失礼します。」


「…あら、絢瀬さん。」

「東條さんも、いらっしゃい。」


「…理事長、お話があります。」


「…どうぞ。」


あくまで優しく、諭す様に

この人もまた、何についてなのか悟っている


「入学希望者が定員を下回った場合。」

「廃校という決定をせざるを得ない、とありました。」


「つまり定員を上回れば…」


「…確かに。」

「ですが、そう簡単に生徒が集まらないからこそ、この結果なんです。」

「何か良い方法があるのですか?」

223: 2016/01/31(日) 00:36:32.55 ID:nI9lPxV8.net
「思いつきで行動しても、簡単に状況は変わりません。」

「生徒会は、今いる生徒の学園生活をより良くする事を考えるべきです。」


「でも、このまま何もしない訳には…っ!!」

「えりち!」


希の声で、我に返る

切り替えた…はず、だったのに


「…ありがとう、絢瀬さん。」

「私は、私の決定が間違っているとは、思いません。」

「そしてそれは、貴女にも言える事です。」


「あの時、貴女を会議の場に呼んだのは。」

「貴女が、この学園の事を本当に考えて動いていてくれたから。」

「そしてそれは、会議の後も、本年度が始まるまで…ずっと。」

「貴女は、学校のために努力してくれました。」

224: 2016/01/31(日) 00:37:08.24 ID:nI9lPxV8.net
「それは…!」


「貴女はもう、解放されてもいいと思うの。」

「残りの学園生活を、謳歌してほしい。」

「貴女を生徒会長に選んで、本当によかったと思っているの。」

「それは今までの貴女の、努力を見て来たから。」


「…だからこそ、一人の子を持つ親として。」

「最後の1年間ぐらい、笑っていてほしいのよ。」


「…ッ。」


大人は、ずるい

意地になって食らいつこうとする私を

こんなにも優しく、無気力にする


…分かっていた

何も変えられない事は

…分かりたくなかった

そんな力も無い、自分を


「…失礼しました。」


ただ、唇を噛み締めて---

225: 2016/01/31(日) 00:37:33.21 ID:nI9lPxV8.net
-----


「先…戻ってるな?」


希はそう告げ、生徒会室へと戻る

私は、校内をぶらついた



「うわぁっ!?」


連絡通路を歩いていると

花壇の方から声が聞こえた

それは、どこかで聞いたような…


「あの子…」


確か、今日パンを握りしめていた…


立ち上がる彼女は、おぼつかない足取りでとんだり跳ねたり

何をやっているのか、一瞬分からなかった程

226: 2016/01/31(日) 00:38:02.58 ID:nI9lPxV8.net
「…ダンス?」


いや、まさか

あんなステップで?


…ほら、また転んだ


バランスも、むちゃくちゃ

足首の動きだって、固い


まずは体幹を鍛えないと…


「…ッ。」


はっと、気付く

どうして私は、こんな事を考えているのか


「…くだらない。」

吐き捨てる様に口に出して

その場を、後に…

227: 2016/01/31(日) 00:38:37.19 ID:nI9lPxV8.net
する、つもりだった

私の足を止めたのは


かつて見た彼女が、手を差し伸べたから


「…」


その姿から目をそらす様に

私は、もう一度足を動かした


おかえり、と告げる希をよそに

生徒会室の席に腰をかける


「…なにかあった?」


「…別に。」


そう言って、机につっぷす


何も無い

きっと、友達だから


なぜか宿った焦燥感を消そうと頭を振ったとき

扉をノックする音が聞こえた

228: 2016/01/31(日) 00:39:26.69 ID:nI9lPxV8.net
「…失礼します。」


入って来たのは、さっきまでの3人

その艶髪の彼女と、目が…合う


「生徒会長、これを。」


「…これは?」


「アイドル部、設立の申請書です!」

屈託の無い笑顔で、彼女は口を開く


「それは見れば分かります。」


「では、認めて頂けますね?」


「いいえ。」


「部活は同好会でも、最低5人は必要なの。」


「ですが、校内には部員が5人以下の所も沢山あるって聞いてます。」

229: 2016/01/31(日) 00:40:18.40 ID:nI9lPxV8.net
「設立した時は、みんな5人以上いたはずよ。」


「…あと2人やね。」


さっきまで黙っていた希が、そう告げる


「あと2人…」

「分かりました。」


「いこ。」


「…待ちなさい。」

ただ、聞いておきたかった


「どうしてこの次期にアイドル部を始めるの?」

「貴女達2年生でしょう?」


「廃校をなんとか阻止したくて!」

「スクールアイドルって、今すごい人気があるんですよ?」

「だから…!」

230: 2016/01/31(日) 00:41:22.01 ID:nI9lPxV8.net
「だったら…」

「例え5人集めて来ても、認める訳にはいかないわね。」


「えっ!?どうして…」


目の前の彼女がかつての姿と重なる気がしたから


「部活は生徒を集める為にやる物じゃない。」

「思いつきで行動した所で…」

「状況は変えられないわ。」


「「…」」


目の前の申請書を、かざす


「変な事考えてないで…」

「残り2年自分の為に何をするべきか、よく考えるべきよ。」


「せいとか…!」

「分かったら、さっさと帰りなさい。」


海未の言葉を遮る様に言葉をかぶせる


「…失礼しました。」

231: 2016/01/31(日) 00:42:27.95 ID:nI9lPxV8.net
-----



「…さっきの。」

「誰かさんに聞かせたい台詞やったなあ…」


「いちいち一言多いのよ…希は。」


「ふふっ♪」

「それが副会長の仕事やし…♪」


名前だけと言っておいて、こんな時だけ…なんて

少し、拗ねてみる


「海未ちゃん、何か言いたそうやったけど…?」


「別に、彼女を特別扱いするつもりは無いわ。」

「ただ…」


「ただ?」


…勿体ない

言葉には出さずに…ただ、心の中で呟く

あの懐かしい、声が響く


希の仕事がそうなら

私の仕事は、きっと…


二つに分かれ始めた糸は、その速度を上げて---

241: 2016/02/01(月) 13:38:12.55 ID:DWPUBVlC.net
-----


「失礼しますっ!」


朝の雰囲気を纏わずに

彼女は勢い良く扉を開ける


「生徒会長、これを!」


「…朝から何?」


「講堂の使用許可を頂きたいと思いまして。」


「…部活動に関係なく。」

「生徒は自由に講堂を使用できると、生徒手帳に書いてありましたので。」


「新入生歓迎会の放課後やなあ。」


申請書に目を通して、希が答える


「何をするつもり?」


嫌な予感…しかしない


「ライブです!」


---ほら

242: 2016/02/01(月) 13:38:55.30 ID:DWPUBVlC.net
「3人でスクールアイドルを結成したので。」

「その初ライブを講堂でやる事にしたんです。」


溌剌と答える彼女の後ろで

残りの2人の顔には、不安の色


…そこまでして、どうして彼女といるのか


「…できるの?そんな状態で。」


こんな言葉しか、出ては来なかった


「だっ、大丈夫です!」


「新入生歓迎会は遊びではないのよ?」


今でさえこの状況、そして昨日の話

こんな企画を、押し進める意義なんて…


「3人は講堂の使用許可を取りに来たんやろ?」

「部活でもないのに、生徒会が内容までとやかく言う権利はないはずや。」


「それは…」


確かに、希の言う通りかもしれない

でも、だからといってこんな事で何かが生まれるとも思えない

243: 2016/02/01(月) 13:39:27.76 ID:DWPUBVlC.net
-----


「…なぜあの子達の味方をするの?」


「何度やっても、そうしろって言うんや。」

「カードが…ウチにそう告げるんや。」


春風に舞う、希のタロット


「カード…ね。」


足下に落ちた、1枚を拾い上げる


「…それで、貴女の気持ちは?」


そっと、それを希に向ける


「えりちの、そのカードと一緒。」


そう言ってまた、外に目を向ける



THE WHEEL OF FORTUNE…運命の輪


意味は、確か---

244: 2016/02/01(月) 13:40:25.34 ID:DWPUBVlC.net
-----



「…気になる?」


「えっ…?」


「弓道場、見とったよ。」


「…別に。」


そう言って、また足を踏み出す

おそらく、そこにまだ姿はあるんだろう


矢を放つ、弓也の音

見なくても分かる

きっと…これは彼女だと


「えりちは…どうして、反対するん?」


「え…」


「何か、意固地になってるんと違う?」


「私は…」

245: 2016/02/01(月) 13:41:04.53 ID:DWPUBVlC.net
-----



「ふぁ…」


小さなあくびをして、生徒会室に入る

机の上の書類を見て、少し苦笑した


今日は希がバイトだから、頑張らなきゃね


そう思って席に付き、書類の山に手を伸ばす


淡々と、澹々と

毎日のルーティンの様にそれを片付ける


頭の中で、リズムを刻む

流れるのは、クラシック


流行の曲は、どれも同じに思えるから


「…こんな所かしら。」


一息ついて、パソコンをネットに繋げる

「今日の記事は…」


ニュースサイトを検索していると

小さな、それが目に止まる

246: 2016/02/01(月) 13:41:38.45 ID:DWPUBVlC.net
「…」


何の気もなしに、ただ漠然と

そのリンクをクリックしてみる


特設ページに現れる、色鮮やかな文字達


そこに、NEWの文字を見つけた

音ノ木坂学院という、見慣れた文字の隣に


「…」


ただの、気まぐれ

専用ページに移ると、ランク外と書かれていた


「どうして…か。」


電源を切って、パタンと閉じる

少し、早起きしすぎたかしら


…そっと、軽く、目を閉じた

247: 2016/02/01(月) 13:42:01.37 ID:DWPUBVlC.net
-----



「ちょっと…いいかしら。」


彼女達がどこで活動してるのか

希が教えてくれた

本当に…どこから知ってくるんだか


「…スクールアイドルが今まで無かったこの学校で。」

「やってみたけどやっぱり駄目でした、となったら。」

「みんなどう思うかしら…?」


「それは…」


「私もこの学校が無くなってほしくない。」

「本当にそう思っているから…」

「簡単に考えてほしくないの。」


「「…」」


「別に…貴女達が、憎い訳じゃない。」


---本当に?

248: 2016/02/01(月) 13:42:38.28 ID:DWPUBVlC.net
-----



「絵里っ。」


「あ…」


ある日の放課後、校門の辺りで声をかけられる

振り向くと、玲奈が駆け寄って来た


「久しぶりだね。」


「…そうね。」


「どう?調子は。」


「まあまあ…かしら。」


「廃校かあ…何だか、実感湧かないや。」


そう言って、気だるそうに伸びをする


「生徒会でも、頑張ってるんでしょ?」

「色々、話は聞いてるよ。」

249: 2016/02/01(月) 13:43:06.58 ID:DWPUBVlC.net
「でも…」


結果、どれも上手くいかなくて

砂をかむ、日々が続いている


「最近さ、海未も部活に来る事が減ってさあ…」

「今の内に追い抜こう、って、みんな頑張ってるんだよね。」


微笑みながら、彼女は告げる


「最初は何事かと思ったけど…」

「スクールアイドル、やるんだって?」

「応援してあげなきゃね♪」


「あ、えと…」


彼女のその笑顔に、言葉に、鼓動が跳ねた


「…絵里?」


「…何でもない。」

250: 2016/02/01(月) 13:43:43.59 ID:DWPUBVlC.net
「しっかし、人一倍恥ずかしがり屋の海未がねー。」

「一体何があったんだか…」


「…」


「絵里の事、気にしてたよ?」


「…え?」


「海未が…さ。」

「何かあったのか、って。」


「そう…」


「ねえ、玲奈。」

「ひとつ、聞いても良い?」


「ん?いいよ?」



「諦めようとか…思った事、ない?」

251: 2016/02/01(月) 13:44:11.14 ID:DWPUBVlC.net
「弓道の事?」


「…」


私は、何を聞いてるんだろう


「…そりゃあ、今まで何度も思ってきたよ。」


「え…?」


「私だって、ずっと努力してきたし…」

「それでも、やっぱり私より凄い人はいくらでもいて。」

「才能無いんだ、って思った事もある。」


「…でもね。」

「やっぱり、好きだから。」


「…!」


「好きな事だから、諦められないんだよ、きっと。」

252: 2016/02/01(月) 13:44:41.18 ID:DWPUBVlC.net
「好きでも、諦めてしまったら…?」


「…」

「絵里が、何について悩んでるかは分からないけどさ。」


「諦めちゃったのなら、また違う何かを探せばいいんじゃ無いかな?」


「違う、何か…」


「…好きなんでしょ?」

「諦めても、忘れられないくらい好きなら。」

「きっと、似た何かが必ずあるよ。」


「…」


「私は諦められないから、絵里の気持ちは分からないけど…」

「それでも、絵里にはきっと、絵里だけにしか無いものがあるんだよ。」

253: 2016/02/01(月) 13:45:10.52 ID:DWPUBVlC.net
-----



「えーりちっ♪」


「希…」


「奇遇やね、こんなとこで会うなんて。」


「ええ…バイト帰り?」


「ま、そんなとこ♪」


「…」


「な、えりち。」


「…?」


「今日も、パフェ食べて帰ろっか。」


「また…?」


「ふふっ…なんとなく、えりちも食べたいんじゃないか、って♪」


「希が食べたいだけでしょ?」


「ほら、行くよっ!」


「…はいはい。」

254: 2016/02/01(月) 13:45:43.13 ID:DWPUBVlC.net
-----


「帰るわよ、希。」


いつもの業務を終えて、帰り仕度をする


「はーい。」


そう言いつつも、携帯とにらめっこをする、希


「さ、いこっか♪」


一瞬笑顔になって、携帯をポケットにしまう


「…何かあったの?」


「ま、そんなとこやね♪」




帰って何気なくつけたパソコンは

彼女達にある票が入った事を私に知らせた

てっきり、希が入れたと思ったそれだったけれど…


「違う、何か…か。」


歪なその輪は、軋んだ音を響かせつつも、廻り始める---

259: 2016/02/03(水) 02:32:30.93 ID:RrTrLwjQ.net
-----



「希、用意できた?」


「うん、ばっちり♪」



講堂での最終確認を終えて

もうすぐ、時間が来る


先生達の誘導に従って

少ないながらも、新入生達が講堂に


「緊張しとる?」


「…まさか。」


今まで、何度だってやって来た事

これが、私の仕事だから


壇上に立って、生徒を見渡す

私が、彼女達に出来る事

私が、やらなければならない事


生徒会長として

でなければ、ここにいる意味なんて…

260: 2016/02/03(水) 02:33:04.06 ID:RrTrLwjQ.net
-----



進行はつつがなく進んで

各部活のPRタイムに

刻々と流れる時間の中で

生徒達に、アピールをする


「…次は、弓道部です。」


「…!」


マイクに向かう前の、ほんの一瞬

玲奈と、目が合った気がした



「…新入生のみなさん、はじめまして。」

「弓道部の部長です。」

「本当は、色々誘い文句があったんだけど…」

「あまりに緊張して、忘れちゃいました!」


彼女の言葉に、少しの笑い声が聞こえる

261: 2016/02/03(水) 02:33:40.45 ID:RrTrLwjQ.net
「えー…ですので。」

「ここで私が言える事は、そんなに無いんです。」


「そんなに大きくない部で、部員も多くはありません。」

「弓道というと、凄く難しいイメージがあるかもしれません。」

「私も、部長をやらせてもらってはいるけど、成績では後輩に負けちゃったりしてます。」


玲奈が、恥ずかしそうに笑う


「それでも、今まで続けてこられたのは。」

「私が好きな、『何か』に出会う事が出来たからです。」


心臓が、高鳴る


「単に格好いいから、なんて理由で始めた弓道で。」

「練習はしんどいし、指は痛いしで、正直辛かったです。」

「でも、引けなかった弓が引ける様になって。」

「飛ばなかった矢が的に当たった…あの瞬間が、忘れられなくて。」


「たったそれだけの事で、あの時私の世界は変わりました。」

262: 2016/02/03(水) 02:34:20.27 ID:RrTrLwjQ.net
「正直言って、私に弓道の才能はありません。」

「好きだからここにいる。」

「ただ、それだけなんです。」


「部員のみんなも、ほとんどが未経験者です。」

「それでも、そんな『何か』が好きだから、一緒に頑張っています。」


「きっとそれは、弓道じゃなくてもいいんです。」

「おしゃべりが好き、道着が好き、理由なんて、いくらでもあると思います。」


「ぶっちゃけちゃうと、練習は結構しんどいです!」

「足は冷たいし、指は力が入らなくなったりします!」


「…それでも、貴女が好きな『何か』を、私達と一緒に見つけてみませんか?」


「ありがとうございました。」



一瞬の、間

続いておこる、まばらな拍手


…一体、何人にこの言葉は届いたのだろうか

263: 2016/02/03(水) 02:34:53.46 ID:RrTrLwjQ.net
「…えへへ、忘れちゃった♪」


舞台袖で、下を出す玲奈

さっきまでの彼女とは、まるで正反対で


「…私は、弓道が好き。」

「でも、それと同じくらい。」

「絵里や、みんなと笑ってるのが好きなんだよ。」


「玲奈…」


「きっとさ、諦めたつもりでも。」

「本心は、諦めてないんだよ。」


「…本当に、大好きなら。」

「後悔しちゃ、駄目なんじゃないかな?」


「…」


「さっ、終わった終わった♪」

「何人来るか分かんないけど、準備しなきゃねー。」


その姿を見送って、ほんの少し、想いを馳せた

264: 2016/02/03(水) 02:35:20.03 ID:RrTrLwjQ.net
-----


「えりちっ。」


「…!」


「ほら、もう終わるよ?」

「そろそろ準備しないと…」


「え、ええ、分かってる。」

「ありがとう、希。」


「りんごジュースな?」


「…もう。」


ぱしっ、と軽く頬を叩いて壇上に上がる



「これで、新入生歓迎会を終わります。」

「各部活とも、体験入部を行っているので…」

「興味があったら、どんどん覗いてみて下さい。」



…書類を、片付けないと

265: 2016/02/03(水) 02:35:47.93 ID:RrTrLwjQ.net
-----



「…希?」


「ん?どうしたん?」


「これは一体どういう事?」


「…いやあ、何だか今日は頭が冴えてな?」

「すらすらーっと、手が動いてくれたんよ♪」


「…もう。」


そこにあったはずの書類は、全ての作業が終わっていて

積み上げられていた冊子は、元通りの位置に


やる事が無くなって、ふと、窓の外を眺める

瞳に映るのは、さっきまでいた大きな箱


「…気になる?」


「希…」


「ウチは帰ろうかな。」


そう告げて、生徒会室を後にした

266: 2016/02/03(水) 02:36:37.41 ID:RrTrLwjQ.net
-----



「…失礼します。」


「はい…っ!?」


「ここで、見させてもらってもいいかしら?」


「は、はいっ!」


生徒会権限…なんて物じゃないけれど

全体を見られるのがここしかなかった

それに、気付かれたら面倒そう

下の映写室に入る時も、十分注意したから



「…開演は?」


「もう…間もなくです。」


とても静かな観客席に、目を落とした

267: 2016/02/03(水) 02:37:05.95 ID:RrTrLwjQ.net
-----



アナウンスを終え、幕が開く

目に入る、可愛らしい衣装


対比する、暗い客席


「…やっぱり。」


そこに座ってた子も、出て行った


「…」


どれだけ努力しても、叶わない事がほとんどで

越えられない壁はいくらでもある


今だって、そう

好きなだけじゃ、到底続けられない壁を目の当たりにして


彼女達は今、何を思うのか

268: 2016/02/03(水) 02:37:32.23 ID:RrTrLwjQ.net
いい気味だ、なんて思う訳じゃない

でも、その泣きそうな顔を見て

いつかの光景を思い出す


「…ここまでね。」


荷物を片付けて帰ろうとすると

一人の生徒が、駆け込んで来た


正直、単なる冷やかしかとさえ思った

だけど、その姿はあまりにも…


気付いた時には、

さっきまでの悲壮感は彼女たちから微塵も感じられなかった


「…っ!」


さっきの子が、飛び込んでくる

2、3合図をして


…曲が、流れる

269: 2016/02/03(水) 02:38:09.58 ID:RrTrLwjQ.net
-----


「…」


この曲は、一体どうしたんだろう


あの、衣装は?


振り付けは?



拙いそれを見ながらも

ただ、笑顔で踊る彼女達


静まり返っていた講堂は

彼女達の歌で、溢れていた


いつの間にか増えていた、観客とは言えない程度の人数

歌い終わった彼女たちに

まばらな、拍手が届く


「…潮時ね。」

270: 2016/02/03(水) 02:38:54.79 ID:RrTrLwjQ.net
-----



止んだ拍手と、向けられる視線

これが映画なら、最高のヒールになれるのかもしれない


「生徒会長…」


「どうするつもり?」


そんな事、分かりきっているはずなのに

返ってきた答えは、予想を大きく外れていた


「…続けます!」


「何故?」

「これ以上続けても、意味があると思えないけど。」


「やりたいからです!」


「今…私、もっともっと歌いたい。」

「踊りたいって思ってます。」


「きっと海未ちゃんも、ことりちゃんも…」

271: 2016/02/03(水) 02:39:27.44 ID:RrTrLwjQ.net
「こんな気持ち、初めてなんです!」

「やってよかったって、本気で思えたんです!」


「…今はこの気持ちを信じたい。」

「このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。」

「応援なんて、全然もらえないかもしれない。」


「でも、一生懸命頑張って…」

「私達がとにかく頑張って届けたい…!」

「今、私達がここにいる、この想いを…!」


「いつか…いつか私達、必ず…」

「ここを満員にして見せます!!」


そう叫ぶ、彼女の瞳に

後悔なんて、感じられなかった


「どうし…」

言葉を、飲み込んで


「…貴女達も?」

272: 2016/02/03(水) 02:40:40.16 ID:RrTrLwjQ.net
「「…!」」


「貴女達は、どう思うの?」


「…」


「…海未ちゃん?」


「評価は、決して自分が決める物ではありません。」

「私が今、ここにこうして立っているのは。」

「ここにいる2人がいてくれた事と…」

「私自身が、ここに立とうと決めたからです。」



「…そう。」


下った階段を、上り始める


「生徒会長!」


彼女の言葉に、反応はしなかった

ただ、鞄の中に1枚のディスクを忍ばせて…

273: 2016/02/03(水) 02:42:04.13 ID:RrTrLwjQ.net
「…帰るわよ、希。」


「…バレてたん?」


校門の前で、風に揺れる長い髪


「希が仕事に真剣になるなんて、あり得ないもの。」


「うわ、酷いなあえりち。」


「本当の事でしょう?」


「ふふ~ん♪」

「ウチかって、やる時はやるんよ?」


「なら、次のテストの結果が楽しみね。」


「えりちぃ~…」


「…もう。」


どうでも良い事を口に出す

まるでそれさえ、どうでも良いと言いたげに



「どうして…」


口に出来なかった想いは

ただ、風に飲まれるばかりで---

277: 2016/02/03(水) 12:35:32.37 ID:RrTrLwjQ.net
-----



「えりち…」


「…」


「失礼します。」


「あら、絢瀬さん。」

「歓迎会、お疲れさま。」


「…いえ、仕事でしたから。」


「それで、今日は…?」


「…」

「生徒は全く集まりませんでした。」


「そう。」


「きっと、このまま活動を続けても…」


「学校の事情で、生徒の活動を制限するのは…」


「でしたら、学院存続のために生徒会も独自に活動させて下さい。」

278: 2016/02/03(水) 12:35:59.01 ID:RrTrLwjQ.net
「それは駄目よ。」


「っ…何故ですか?」


「それに…」

「全然人気がない訳じゃないみたいですよ?」


理事長が見せてくれた、パソコン

そこに映っていたのは…


「この前のライブの…」


「…」


「誰かが撮ってたんやなあ。」


その閲覧回数に、素直に驚いた


「絢瀬さん。」


「…はい。」


「貴女は今、迷ってるんじゃないかしら。」

279: 2016/02/03(水) 12:36:32.66 ID:RrTrLwjQ.net
「…」


「迷っても良いのよ?」

「私だって、迷う事もある。」


「まして、貴女はまだ子供なんだから。」


「私は…!」


「子供である事が、悪い訳じゃないの。」

「どれだけしっかりしていても、貴女はまだ17歳。」

「無理して、大人になる必要はないの。」


「無理している訳じゃ…」


「子供だからこそ、出来る事は沢山あるのよ?」

「貴女達は皆、可能性に満ちてるんだから。」


「…失礼します。」


「失礼します、理事長。」

280: 2016/02/03(水) 12:37:02.45 ID:RrTrLwjQ.net
-----


「…」


目の前の書類を、片付ける

カタカタとキーボードを打つ手が、止まる


「…」


私は、今…


「ひゃあっ!?」


「んふっ♪」


首元に感じた冷たさに

思わず、素っ頓狂な声を上げた


「ッ…希!」


「ふふっ、ごめんごめん。」

「心ここにあらず…って感じやったから。」



「…ありがとう。」

281: 2016/02/03(水) 12:37:32.49 ID:RrTrLwjQ.net
手渡された缶を受け取り

プルタブに、指をかける


カシュッという気持ちのいい音を響かせて

ふいに、甘い香り


「えりち、最近疲れてるんじゃない?」


「別に、疲れてなんか…」


「ぼーっとしてる事、多いよ?」


「…」


「前の、理事長の言葉、気になる?」


「…別に。」

「自分の娘のやっている事を、否定したくはないでしょ。」


「…本気で、そう思ってるん?」


「…」

282: 2016/02/03(水) 12:38:21.41 ID:RrTrLwjQ.net
「ウチらは可能性に満ちてる…か。」


慣れた手つきで、キーボードを叩く


「これって…」


彼女達の、トップページ


「お客さんが集まらなかったんと違う。」

「あの子達の仲間は、確かにあの場におったんよ。」


そこには、6人になった、笑顔が


「…ウチらは、果たしてどっちなんやろね♪」


そう言って流す、彼女達の曲


一体何度、この曲を聴いただろう

街に流れるポップサウンドより

記憶に残った、この歌を




「私は…」

283: 2016/02/03(水) 12:38:58.81 ID:RrTrLwjQ.net
-----



上手くまとまらない気持ちを抱いたまま

季節は6月を迎える


あれだけ青く澄んでいた空は

鈍い、曇天の色を映す


雨、雨、雨…

止む事の無い雨空は

一体、誰の心を表しているんだろうか



生徒会室の窓から見える、あの屋上に

彼女達の姿を、見る事も無くなった




…諦めたのか

なんて、言えるはずも無く

ただただ、仕事に没頭する


これが、今までも、これからも

私の、いつも通りだから

284: 2016/02/03(水) 12:39:28.12 ID:RrTrLwjQ.net
「雨、やまないね。」


ぽつりと、希が告げる


「…気になる?」


察しが良いと言えばいいのか

それとも、単におせっかいなだけか


「昔の事…?」


本当に、希には敵わないと知る


「…ウチな。」

「れなっちの言った事が、全てやと思うん。」


「希は、彼女たちの味方なの?」


「…ウチは、えりちの味方だよ?」


そう言っていつも通り笑う、希


「…そう。」


外に向けた視線は、手元の資料に注がれた

285: 2016/02/03(水) 12:39:53.99 ID:RrTrLwjQ.net
-----



「アイドル研究部?」


それから数日

彼女たちは、生徒会室にやってきた


「そう。」

「既にこの学校には、アイドル研究部というアイドルに関する部が存在します。」


「まあ…部員は一人やけど。」


「えっ…でもこの前、部活には5人以上って…」


「設立する時は5人必要やけど…」

「その後は何人になってもいい決まりやから。」


「…生徒の数が限られている中。」

「いたずらに部を増やす事はしたくないんです。」

286: 2016/02/03(水) 12:40:44.63 ID:RrTrLwjQ.net
「アイドル研究部がある以上、貴女達の申請を受ける訳にはいきません。」


「そんなあ…」


「これで話は終わり…」


「になりたくなければ。」

「アイドル研究部とちゃんと話をつけてくる事やな。」


「希…!?」


「ふたつの部がひとつになるなら、問題はないやろ?」


「…」


「部室に行ってみれば?」


「「はいっ!」」


希に勧められて、彼女達は生徒会室を後にする


「…私の味方じゃなかったの?」


「モチロン♪」


そう言って希は、無邪気に笑った

287: 2016/02/03(水) 12:42:28.02 ID:RrTrLwjQ.net
-----



「…頃合いやね。」

「ちょっとウチ、出てくるな?」


「希…?」


「大丈夫、ちゃんと仕事は終わってるから。」


資料に目を落とすと、確かに希の分は終わっていた


「ほな、またあとで~♪」


「…」


こういう時の希は

いつも、誰かのために動く時だ

そこまで、彼女に…

彼女達に期待するのは、どうしてなのか


「んっ…」


そっと、伸びをして

窓の外を、眺める


理事長に子供だとは言われたけれど

こうして、昔ばかり思い出すのは…

293: 2016/02/06(土) 09:15:02.87 ID:rs5roxwz.net
-----


「えーりちっ♪」


「もう、その呼び方辞めてって…」


「えー、呼びやすいやん?」


「知らないわよ…」


いつからだったか

こう呼ばれる様になった

彼女の事もいつからか

希、と呼べる様に


「それより、このあと暇?」

「講堂いこ?」


「講堂…?」


「いいから、いいから♪」


そう言って、手を取って走り出す

294: 2016/02/06(土) 09:15:28.26 ID:rs5roxwz.net
-----


「もう、いきなりどうしたのよ…」


「ふふ、ちょっと見てみたい物があったんよ♪」


扉を閉めていても聞こえる

何処かで、聞いた事のある…


「うわあ…!」


そこには可愛い衣装を身に纏った

可愛らしい、少女達がいた


「これ…」


「アイドル研究部、やって。」

「自分達も、スクールアイドルしてるみたいよ?」


「スクール…アイドル…」


それは、私が初めて彼女を目にした時だった

295: 2016/02/06(土) 09:15:51.72 ID:rs5roxwz.net
「去年から活動してたみたいやけど…」

「なかなか、見に来る機会なくて。」


「なら、どうして私を…?」


「えりちも、興味あるかな、って。」


そういって無邪気に笑う希から目をそらして

彼女達に、目を向ける


「…」


あえて、それを口には出さなかった

いくら私でも、この場の空気は読める


ただただ、純粋に

心のどこかで、そっと


目の前の活動に---呆れていた

296: 2016/02/06(土) 09:16:44.78 ID:rs5roxwz.net
-----


「…えりちは、何かやってたん?」


「え?」


パフェをつつきながらの、突然の台詞

前後に、何か話をしていた訳ではない


「何かスポーツとか、やってたんかな…って。」


「どうしたの、急に。」


「…」


「希…?」


「矢澤…にこちゃん、って、言うらしいんよ。」


「…?」


「真ん中で踊ってた、ツインテールの子。」


心臓が、少しだけ跳ねた

297: 2016/02/06(土) 09:17:47.71 ID:rs5roxwz.net
「一年の頃から、ずっと。」

「ああして、頑張ってたみたい。」


「それと、さっきの話がどう繋がるの?」


「…最初、驚いた顔して。」

「徐々に…難しい顔になった。」


「嫌いとか、そんなのやなくて…」

「なんだか、別の所を見てた気がして。」


「…」


本当に、よく見ている

どこか、それが怖くも感じた


「だから、何かダンスとかやってたんかな、って思っただけ。」

「間違ってたら、ごめんな?」

298: 2016/02/06(土) 09:18:36.28 ID:rs5roxwz.net
「…」


どうして、素直に答えたのかは覚えていない


「バレエを…やってたわ。」


「今は?」


「私には…才能、無かったから。」


どこかで、知ってほしかったのかもしれない


「才能が無きゃ…続けたら駄目なんかな?」


「それは、個人の自由でしょう?」


カップに入った、ミルクティに口をつける


「えりちの目に、あの子達はどう映った?」


「それは…」

299: 2016/02/06(土) 09:19:27.61 ID:rs5roxwz.net
正直な感想なんて、言えないけれど

1年頑張ってきた結果があれなら

彼女達にも、才能はない


自分をよく言う気は更々無いけれど

それでも…届かなかったから


「どうして…続けられるのかしら。」


「…きっと。」

「ただ、好きなんよ。」


「たとえ今がどんなに辛くても。」

「結果が伴う事が無くたって…」

「続けたい、って思えるくらい。」


「…」



「ね、えりちがバレエしてたとこ、見てみたい!」


「へ?」

300: 2016/02/06(土) 09:20:16.04 ID:rs5roxwz.net
「きっと、凄く可愛かったんやと思うし。」


「いきなりどうしたのよ。」


「だって、仲良くなったって言っても。」

「まだ、お互いの事知らない事の方が多いやん?」


「もっと…えりちの事、知りたいなって。」


にこにこと笑う、希

さっきまでの、雰囲気とは違って…


「別に、教えたんだからいいでしょ?」


「えー、えりちのいけずぅー」


にこにこと、その右手を差し出してくる


「…この手は?」


「見ーせてっ♪」

301: 2016/02/06(土) 09:20:53.37 ID:rs5roxwz.net
断ろうと思えば、できた

理由なんて、いくらでもつけられる


でも、私がそうしなかったのは…


「…はい。」


ケータイを、希に渡す

食い入る様に見つめるその瞳は

一体、どう感じるのだろう


「…」


どこかで、認めてほしかったのかもしれない

どこかで、言ってほしかったのかもしれない

才能あるよ、って

頑張ったね、って


誰かの事を蔑みながら

自分は過去の栄光にすがろうと…

302: 2016/02/06(土) 09:21:42.34 ID:rs5roxwz.net
断ろうと思えば、できた

理由なんて、いくらでもつけられる


でも、私がそうしなかったのは…


「…はい。」


ケータイを、希に渡す

食い入る様に見つめるその瞳は

一体、どう感じるのだろう


「…」


どこかで、認めてほしかったのかもしれない

どこかで、言ってほしかったのかもしれない

才能あるよ、って

頑張ったね、って


誰かの事を蔑みながら

自分は過去の栄光にすがろうと…

316: 2016/02/07(日) 01:35:45.52 ID:vwUGnSmv.net
再開する前に、>>302の後に入れ忘れた部分を
そこまで話に影響しませんが、気になるので…

-----


「…すごい。」


たった一言の、感想


「すごいよ、えりち…!」

「ウチ、バレエの事とか全く分からんけど…」


「でも、とにかく凄い!」


あの時、私はどんな言葉を期待していたんだろう


そんな思いを無視して

『すごい』と連呼される



安直だ、なんて思うかもしれないけれど


希の瞳は、目の前にいる私じゃなく

動画の中の少女に対して向けられた

素直な…気持ちだったから

303: 2016/02/06(土) 09:22:08.59 ID:rs5roxwz.net
「えりちには…」


「…?」


「ううん、何でも無い。」

「それにしても…綺麗やね。」


「あ…ありがとう。」


「やっぱりウチは、もったいないって思うな。」


「希…?」


「だってこんなに、綺麗なんよ?」

「バレエの事、何も知らないけど、でも…」


「…でも、やっぱり私には才能ないから。」


「でも、好きなんやろ?」


「え…?」


「好きじゃなかったら…」

「諦めた物を、手元に置いとくはずないよ。」

304: 2016/02/06(土) 09:22:39.79 ID:rs5roxwz.net
「…」


何も声を発せずにいると

不釣り合いな電子音が、目の前から聞こえた


「ふふっ。」

「えりちの動画、もらっちゃった♪」


「なっ…!?」

「ちょっと、消しなさ…!」


「…ウチは。」

「頑張ってる誰かを、応援するのが好き。」

「頑張ってる誰かの笑顔を見るのが好き。」


「それは、えりちにも言える事なんよ?」


「…」


「でも、私は…!」

305: 2016/02/06(土) 09:23:09.63 ID:rs5roxwz.net
「諦める事が、悪い事じゃないよ。」

「才能は、確かにあると思う。」


「…でも、好きなら。」

「いつかきっと、どんな時でも。」

「たとえ諦めた事だって…」


「叶える事は、できるよ。」


「希…」


「だからこれは、ウチのお守り。」

「いつか、ウチらの夢が叶ったとき。」

「…叶えられる様に。」


「えりちの頑張りは、ウチがちゃんと横で見てるよ。」


裏表の無い、その瞳で

その口で、そんな事を言われたら…


「もう…」


どこかで、錯覚してしまう自分がいた

306: 2016/02/06(土) 09:24:00.82 ID:rs5roxwz.net
-----



それから、おおよそひと月経った頃

生徒会選挙の準備をしていると

教室に希が駆け込んでくるのが見えた


「えりち…っ!」


今まで見た事の無い

焦りと、泣きそうな顔


アイドル研究部が一人になった事を---知らされた


「…そう。」


希の言葉を否定したかった訳じゃない。

ただ、やはりどこか納得したのも事実で


『やっぱり』

なんて言葉が、頭をよぎる

希の、次の言葉を聞くまでは…

307: 2016/02/06(土) 09:24:35.06 ID:rs5roxwz.net
「にこっちは…アイドル、続けるらしい。」


「え…?」


いつの間に仲良くなったのか

なんて話は、どうでもよくって

ただただ、聞き間違えたのかと思って、希を見る


「一人でも、続けるって決めたみたい。」


「どうして…」


訳が、分からない

努力していたのは、知ってる

それでも、届かないから諦めて、分裂した

結果は、分かりきっている

ましてや、たった一人で…



「それでも…大好きなんよ。」

308: 2016/02/06(土) 09:25:02.08 ID:rs5roxwz.net
「にこっち…」

「一人でも、絶対夢を叶えてみせるって言ってた。」

「たとえ何があっても、諦めないって…」


「えりち、ウチ…!」


そっと、その泣きそうな顔の頭を撫でる

初めて見る、希の顔と

初めて知った、話した事も無い誰かの意志に

ただただ…困惑する、ばかりで



それからの事は、何故か良く覚えている


何度も校内で、彼女の姿を見る様になった

一人で、チラシを配って

声をかけて、踊って



それでも、その背中はどこか小さく見えて…

309: 2016/02/06(土) 09:25:30.44 ID:rs5roxwz.net
-----



「…ふう。」


もう一度、伸びをする

彼女に関しての記憶は、それが最後だった

3年に上がってからは

その姿を、見る事もほとんど無くなって…


あの時も、今と同じ6月頃だったか

雨が降り続いてた、季節


「…ただいま。」


「おかえりなさい。」


そして今、彼女は渦中にいる


「どうして、そこまで頑張るの?」


「ただ…好きだから、やん?」


それでもあの頃と想いは一分も変わらずに

この2人の叶えたい夢は、そこにあるらしかった


なら、私は…?

310: 2016/02/06(土) 09:26:23.84 ID:rs5roxwz.net
-----


今日も、書類に目を通す

かたかたと、カタカタと

キーボードを覆う、両手

まるでこの雨雲のように


「…はい、えりち。」


「これは…!」


彼女達は、7人になった


「えりち。」


「…?」


「見てみ。」

「雨…止んでる。」


曇天の空の切れ間から射す、あたたかな光の下で

いつかの小さな背中の彼女の

見た事も無い、笑顔が見えた


私に、あるひとつの想いを芽生えさせて---

311: 2016/02/06(土) 09:26:52.37 ID:rs5roxwz.net
仕事いってきます

317: 2016/02/07(日) 01:37:06.27 ID:vwUGnSmv.net
-----



「ビデオ?」


「そう♪」

「各部活の紹介ビデオを作らないか、って話になったんよ。」

「後は、えりちの承認だけよ?」


「いつの間に…」


「えりちには、自分の仕事があるやろ?」

「こっちで出来る事は、やろうってみんなで決めたんよ。」


「…」


確かに、学校をアピールする上で

部活動の紹介は大きな材料になる

もうすぐ始まる、説明会に向けて

用意するのは、間違ってはいない

でも…

318: 2016/02/07(日) 01:37:42.19 ID:vwUGnSmv.net
「一体、何を企んでるの?」


「何も企んでなんてないよ?」

「ただ、ウチらで話し合って出た事や♪」


「…はあ。」

「まあ、確かに必要だとは思うし。」

「私から、先生に伝えておくわ。」


「ありがと、えりち。」

「あ、撮影はウチらで手分けしていくから。」

「えりちは、自分の仕事頑張ってな♪」


「え、でも…」


「いいから、いいから♪」


そう言うと、各々カメラを持って生徒会室を後にする

何だか、釈然とはしないけれど…

319: 2016/02/07(日) 01:38:17.20 ID:vwUGnSmv.net
-----



気がつけば、たくさんの映像が集まって

日々、それを編集する作業に没頭する


そんなに得意な訳ではないけれど

それでも、皆の頑張りはカメラを通して感じられる


「あとは、天文学部、料理研究部。」

「それと…」


目に入る、その7文字が

徐々に、現実味を帯びだす


「ただいまー。」


「希…」


「はいこれ、天文学部の分。」


「…ええ、ありがとう。」

320: 2016/02/07(日) 01:38:38.37 ID:vwUGnSmv.net
「…彼女達のは?」


「ん?」

「えりちもようやく、興味出て来たん?」


「違うわよ…」

「ちゃんと、期限に間に合うのかを聞いてるの。」


「ああ、それなら大丈夫。」

「もうすぐ完成って、言ってたから♪」


「…そう。」


「楽しみやね。」


「別に…」


別に、楽しみな訳じゃない

ただ、この感情は…

321: 2016/02/07(日) 01:39:11.88 ID:vwUGnSmv.net
-----


そんな話をしていた2日後

希から、一枚のディスクを渡された


パソコンを起動して見ると

彼女…高坂さん達の簡単な挨拶の後

流れて来た、初めて聞く曲


「…もう、ネットにも上がってるよ。」


慣れた手つきで、希がパソコンをいじる


「何を言ったの…?」


「ウチは思った事を素直に言っただけや。」

「誰かさんと違うて。」


「…」


「もう認めるしかないんやない?」

322: 2016/02/07(日) 01:39:44.77 ID:vwUGnSmv.net
「えりちが力を貸してあげれば、あの子らももっと…」


「なら、希が力を貸してあげれば?」


「ウチや無い…」

「カードも言ってるの。」


「あの子達に必要なのは、えりちや。」


「…駄目よ。」


「なんで、そこまで意地はるん?」

「現に、あの子らは…」


「駄目っていってるでしょう!?」


「えりち…」


「私が、手を貸す必要なんてないじゃない!」

「私に出来る事なんか…!」


「出来るよ。」


「…!?」


「えりちなら、出来るよ。」

323: 2016/02/07(日) 01:41:05.25 ID:vwUGnSmv.net
-----



「…最低。」


先に帰った希を追う事もせず

椅子に、深く腰掛ける


「最低ね…私。」


自分がただ、目を背けているだけだと分かっているのに


「一体、私に何が出来るって言うのよ…」


諦めた、その事実が胸に突き刺さる

もう、諦めたのに…


玲奈の言葉が、頭をよぎる


「今更、どうやって…」


認めたくない

認めて、しまったら…

324: 2016/02/07(日) 01:41:36.02 ID:vwUGnSmv.net
「…ッ。」


あれだけ頑張って、届かないと諦めた私


諦めずに頑張って、もがき続ける彼女達


この違いは…何?


認めてしまったら

私は、きっと後悔するだろう

認めてしまったら

今、私がやっている事は無駄になるんじゃないか


今の…今までの私は、一体…


奥歯を、噛み締める

心に生まれる苛立ちと

どこにもぶつける事の出来ない、愚かさに

325: 2016/02/07(日) 01:42:20.13 ID:vwUGnSmv.net
「…やればいいんでしょう。」


もし、彼女達が間違っていないのだとしたら

今の私がやっている事も、間違っていないはず


努力すれば叶うのなら

私の力で、廃校を阻止してみせる


そのために私は生徒会長になったのだから

これは、私の仕事だ

他の誰でもない、私だけの…責務だから



この時に気付く事が出来たなら

私は、もっと早くに素直になれたんだろうか

また、違った道を歩めたんだろうか



拾い上げた、落ちていた歯車を

はめ込む場所が分からずに

ただ、間違った場所で、噛み合う音がした

ゆっくりとそれは、逆向きに音を立てて---

326: 2016/02/07(日) 01:42:58.72 ID:vwUGnSmv.net
-----



「失礼しました。」


話は、ずっと平行線のままで

理事長は、頑に私を否定する

なんで

どうして


何故、彼女達とこんなにも違うのか…


「お揃いでどうしたん?」


理事長室の扉を開けると

さっきまで考えていた彼女達が、そこにいた


「…何の用ですか?」


「理事長にお話があって来ました。」


「…各部の理事長への申請は。」

「生徒会を通す決まりよ。」

327: 2016/02/07(日) 01:43:50.13 ID:vwUGnSmv.net
「申請とは言ってないわ。」

「ただ話があるの。」


「…真姫ちゃん、上級生だよ。」


熱くなった彼女を、高坂さんが止める


「…!」


後ろから聞こえるノックの音に振り返ると

理事長が、立っていた


「どうしたの?」


理事長に促されて

高坂さん達と中に戻る


そこで彼女達が発した内容は

ラブライブという物に、ついてだった

328: 2016/02/07(日) 01:44:12.73 ID:vwUGnSmv.net
「…へえ、ラブライブねえ。」


「はい、ネットで全国的に中継される事になっています。」


「もし出場できれば、学校の名前を皆に知ってもらえる事になると思うの。」


「私は反対です。」

咄嗟に、声が出た


「…理事長は、学校の為に。」

「学校生活を犠牲にするような事はすべきではないと仰いました。」

「であれば…」


「…そうね。」

「でもいいんじゃないかしら?」

「エントリーするくらいなら。」


「…!」


「ちょっ、ちょっと待ってください!」

329: 2016/02/07(日) 01:44:52.09 ID:vwUGnSmv.net
「どうして彼女達の肩を持つんです…!」


「別に、そんなつもりは無いけど…」


「だったら生徒会も学校を存続させる為に活動させて下さい。」


「うーん…それは駄目。」


「…意味が分かりません。」


「そう?」

「簡単な事よ?」


理事長が、分からない


「えりちっ。」


軽く頭を下げて、部屋を後にする

後ろ髪を引かれる、思いで…

330: 2016/02/07(日) 01:45:30.30 ID:vwUGnSmv.net
-----


「…」


彼女達の動画に、集まったコメント

そのどれもが、彼女達を応援する、誰かの声で


かつで自分が行った事を、少しだけ後悔する


「…!」


机の上の携帯が、震える

画面には、見慣れた文字が映っていた


「もしもし?」


「ええ、どうしたの?」


「…分かった。」

「それじゃ、終わったら迎えにいくから。」


「ええ、校門で待ってて?」

「お願いね…それじゃあ。」


携帯を、鞄にしまって

そっと、パソコンを閉じた

331: 2016/02/07(日) 01:46:50.01 ID:vwUGnSmv.net
-----



「…ふう。」


あれから、希は戻ってこない

まあ、仕事は無いから構わないけれど

希の事だから、きっと…


「いけない、待たせちゃうわね。」


生徒会室の鍵を職員室にもどして

夕暮れの中に、足を踏み出した


「…亜里沙!」


紅色に染まり始めた空の下

光る髪色に声をかける

隣にいる誰かが、彼女である事に気付いたのは

もう2、3歩近付いた時で


「貴女…」


「絵里…先輩。」


---視界は、そっと鈍色に変わり始めた

339: 2016/02/12(金) 02:21:52.90 ID:fne+f+Az.net
-----


「ごめんなさい、亜里沙。」

「これで、飲み物買って来てくれないかしら…?」


「うんっ!」


財布からお札を一枚取り出して、亜里沙に渡す

元気よく駆けていく、その姿を見送って…


「久しぶり…ですね。」


「…そうね。」


「何度か…メールも、送りましたが…」


「ごめんなさい、忙しくて。」


当たり障りの無い…

いえ、私が逃げているだけの会話を繰り返す


「おまたせしました!」


戻って来た、その手に目をやる

340: 2016/02/12(金) 02:22:41.41 ID:fne+f+Az.net
「ありがとう。」


下を向いた海未の瞳に映る

そぐわない、飲み物ではないもの


「ごめんなさい。」

「向こうの暮らしが長かったから…」

「まだ日本に慣れてない所があって。」


「ロシアの…ですか?」


「ええ。」

「亜里沙、それは飲み物じゃないの。」


「…!」

「ハラショー。」


手に持ったそれを、まじまじと見つめる


「別なの買って来てくれる?」


「はい!」

341: 2016/02/12(金) 02:23:14.30 ID:fne+f+Az.net
「…それにしても。」

「貴女に見つかってしまうとはね。」


「前から…穂乃果達と話していたんです。」

「誰が撮影してネットにアップしてくれたんだろう、って。」


「でも、絵里先輩だったなんて…!」


「…」


「あの映像が無ければ。」

「私達は今、こうしてなかったと思うんです。」


「あれがあったから、見てくれる人も増えたし。」

「だから…」


「やめて。」


「えっ…」


「別に貴女達の為にやったんじゃないから。」

342: 2016/02/12(金) 02:23:48.18 ID:fne+f+Az.net
「…むしろ逆。」

「貴女達のダンスや歌が、いかに人を惹き付けられないか。」

「活動を続けても意味が無いか、知ってもらおうと思って。」


「だから…今のこの状況は想定外。」

「無くなるどころか、人数が増えるなんて。」


「…でも、私は認めない。」


「ッ、どうして…!」


「人に見せられる物になっているとは思えない。」

「そんな状態で、学校の名前を背負って活動してほしくないの。」


「…話はそれだけ。」


鞄を肩にかけて、亜里沙の荷物を手に取る

分かってる、こんなの…


「待って下さい!」

343: 2016/02/12(金) 02:24:32.83 ID:fne+f+Az.net
「…」


「なに?」


「それは…先輩の、本心ですか?」


「何を言ってるの?」

「言ったでしょう。」

「そんな貴女達に、学校の名前を背負って…」


「その事じゃありません!」

「貴女は…絵里先輩はどう思っているんですか!?」


「…同じよ。」


「本当に?」


「…」

「意味があるとは、思えないもの。」


「意味…?」

344: 2016/02/12(金) 02:24:58.16 ID:fne+f+Az.net
この言葉の意味は、分からなくていい

伝えたかった訳じゃない

ただ、口に出てしまっただけ

だから、きっと…


「じゃあ、もし私達が上手くいったら。」

「人を惹き付けられる様になったら…認めてくれますか?」


「…」


「無理よ。」


「どうしてですか?」


「貴女に…」

「貴女達に、そんな才能なんて無い。」


「そんな…」

345: 2016/02/12(金) 02:25:47.23 ID:fne+f+Az.net
「お姉ちゃん、ごめんね。」


駆け寄って来た亜里沙に、告げる


「もう、話は終わったからいいわ。」


「…?」


後ろから、聞こえてくる足音


「その言葉が本心なら…」

「貴女に私達の事、そんな風に言われたくありません!」


「…行くわよ、亜里沙。」


「え?あ、えっと…」


決して、振り向いたりはしない

振り向かなくても、どんな顔なのか分かるから


だから…この顔も、見せたりなんてしない

貴女の瞳に映るのは、頭の固い、生徒会長で十分だから

346: 2016/02/12(金) 02:26:41.89 ID:fne+f+Az.net
-----



「…はい。」

「元気にやっていますわ、おばあさま。」


「もちろんです、おばあさまの母校ですもの。」


「私が必ず守ってみせます。」


「…はい、おやすみなさい。」


流石、とでも言いたくなるくらいのタイミングで

かかってきた電話を終えて、棚の上を見る


並べられた、いくつかの写真と

かつての栄光が目に入る


「…違う。」


もう、昔の話だ

そう心に決めて、ベッドに入る


「私の、やりたい事なんて…」

347: 2016/02/12(金) 02:27:20.29 ID:fne+f+Az.net
-----



「そんな!」

「説明してください!」


唐突に告げられたその言葉に

納得なんて出来るはずも無く


…声を、荒げてしまう


「…ごめんなさい。」


「でもこれは決定事項なの。」


机に置いた手のひらに

嫌な、汗がにじむ


「音ノ木坂学院は、来年より生徒募集を辞め。」


「…廃校とします。」


突きつけられる、現実

それはいつかの、オーディションに似ていた

348: 2016/02/12(金) 02:28:49.79 ID:fne+f+Az.net
「今の話、本当ですか!?」


いきなり、ノックもせずに飛び込んでくる、彼女達


「貴女…!」


「本当に廃校になっちゃうんですか!?」


「…本当よ。」


「お母さん、そんな事全然聞いてないよ…!?」


「お願いします!」

「もうちょっとだけ、待って下さい!」

「あと1週間…いや、あと2日でなんとかしますから!!」


彼女の気迫に圧されつつも、理事長は言葉を続ける


「い、いえ、あのね…?」

「廃校にするというのは、オープンキャンパスの結果が悪かったらという話よ?」

349: 2016/02/12(金) 02:29:42.94 ID:fne+f+Az.net
「お、オープンキャンパス…?」


「一般の人に…見学に来てもらうってこと?」


「見学に来た中学生にアンケートを取って。」

「結果が芳しくなかったら廃校にする。」

「…そう、絢瀬さんに言っていたの。」


「なんだ…」


ほっとした顔の彼女が、どこか気に入らなくて


「…安心してる場合じゃないわよ。」


「オープンキャンパスは2週間後の日曜日。」

「そこで結果が悪かったら本決まりって事よ。」


年度末までじゃ、無い

あとたった14日足らずで、決まってしまうのだから

350: 2016/02/12(金) 02:30:22.69 ID:fne+f+Az.net
「…理事長。」

「オープンキャンパスの時のイベント内容は…」

「生徒会で提案させて頂きます。」


もう、迷ってなんていられないから

私がやらなければいけない事を、しよう

例えそれが…



「止めても聞きそうにないわね。」


どこか、呆れ顔のその表情に、頭を下げて


「…失礼します。」


扉を閉めると、後ろから声がかかる


「…どうするつもり?」


いつもの、あの台詞に

私は…


「決まっているでしょう。」

351: 2016/02/12(金) 02:31:07.50 ID:fne+f+Az.net
-----

生徒会で、緊急に会議を開く


「これより生徒会は独自に動きます。」

「なんとかして廃校を食い止めましょう。」


「「…」」


何処か場違いな雰囲気が、包み込む


「…なにか?」


「あ、いえ…」


いち早く気付いた希が、口を開く


「言いたい事あったら、言った方がいいよ?」


「…はい。」

「あの、これってこの学校の入学希望者を増やす為に…」

「何をするかの話し合いですよね?」


「ええ。」

352: 2016/02/12(金) 02:31:36.28 ID:fne+f+Az.net
「だったら…!」

「楽しい事をいっぱい紹介しませんか?」


「学校の歴史や、先生が良いってことも大事だとは思うんですけど…」

「ちょっと…今までの生徒会は堅苦しい気がしていて。」


「例えば、ここの制服って、可愛いって言ってくれる人、多いんですよ?」


「それいい!」

「そういうのアピールしていきましょうよ!」


「スクールアイドルとかも、人気あるよね!」


「いいねえ!うちらの学校にもいるし!」

「μ'sだっけ?」


「あの子達に頼んで、ライブやってもらおうよ…!」


「「いいねえ!!」」


「他にはっ!?」

353: 2016/02/12(金) 02:32:23.40 ID:fne+f+Az.net
-----



「…」


意味も無く、声を張り上げて

彼女達には、少し悪い事をした


決して、今まの中で一番盛り上がっていたからじゃない

決して、彼女達の名前が挙がったからじゃない…と思う


ただ、それじゃあ今までの私達は…



「これ、ですか…?」


唐突に目の前に現れたもふもふした物に

思わず、思考が止まった


「はい!」

「他校の生徒にも、意外と人気あるんですよ…?」


そうは言っても


「ちょっと、これでは…」

354: 2016/02/12(金) 02:32:59.67 ID:fne+f+Az.net
「…ッ」


一瞬、何が起きたかさえ分からなかったけれど…

後ろで希が、お腹を抱えて笑っているのだけは分かった


急いでハンカチで制服を拭いてくれる役員の子達を見て

…まだ、嫌われてはないのかなんて思ったりもしてしまう


「生徒会長…さん?」


「貴女達…!」


「あっ、スクールアイドルの!」


「丁度良かった!」

「今度オープンキャンパスがあるんだけど。」

「良かったら、ライブとか…」


「待ちなさい!」

「まだ何も決まってないでしょう!?」


「あ…はい。」


ああ、もう、どうしてなのよ…

355: 2016/02/12(金) 02:33:37.51 ID:fne+f+Az.net
-----



「このように、音ノ木坂学院の歴史は古く…」

「この地域の発展に、ずっと関わってきました。」


「更に、当時の学院は音楽学校という側面も持っており…」


亜里沙の学校の友達にも協力してもらって

オープンキャンパス時の演説も聞いてはもらったけど…

結果は、火を見るより明らかで


「…ごめんね、退屈だった?」

慌てて入るフォローも

仕方が無い事ではあるのだろうけど…


「亜里沙はあまり面白くなかったわ。」


「…!」


「なんでお姉ちゃん、こんな話しているの…?」


「学校を、廃校にしたくないからよ。」


「私も音ノ木坂は無くなってほしくないけど…」


「でも…」

「これがお姉ちゃんのやりたい事…?」

356: 2016/02/12(金) 02:34:05.50 ID:fne+f+Az.net
-----



「そっか、亜里沙ちゃんがそんな事…」


「だって…嫌でしょう?」

「自分の学校が廃校になったら…」


「それはそうやけど…」


「廃校をなんとか阻止しなきゃ、って。」

「無理しすぎてるんやない?」


「そんな、無理なんて…」


「えりちも頑固やね。」


「私はただ…学校を存続させたいだけ。」


「…何の為に?」


「何のため…?」


「そ。えりちは、何の為に今、頑張ろうとしてるん?」


「そんなの…!」


扉を叩く---音

357: 2016/02/12(金) 02:34:38.35 ID:fne+f+Az.net
「何しに来たの…?」


「私達に、ダンスを教えて下さい!」


「私にダンスを…?」


「はい、教えて頂けないでしょうか?」

「私達、上手くなりたいんです!」


「どうして…」


「生徒会長のバレエ、見させてもらいました!」


「な…っ!?」


「凄いって、思ったんです!」

「羨ましいって…憧れたんです!」

「お願いします!」


…きっと、これは気の迷いだ

後で希にお仕置きするのは置いておいて

私は…


「…分かったわ。」

358: 2016/02/12(金) 02:35:10.08 ID:fne+f+Az.net
「本当ですか!?」


「貴女達の活動を認めるつもりは無いけど。」

「人気があるのは間違いないようだし…」

「引き受けましょう。」


どうせ、きっとすぐに…


「でも、やるからには私が許せる水準まで頑張ってもらうわよ…?」

「いい?」


「…はい!」

「ありがとうございます!」


去っていく、彼女達の背中を目で追いながら

逃げ出そうとする希の襟首を、そっと掴む


「あ、あのなえりち…」


「問答無用。」


生徒会室に引きずり込んで

…そっと、鍵をかけた

359: 2016/02/12(金) 02:35:39.10 ID:fne+f+Az.net
-----



「はあ…はあ…ッ。」


「ま、こんな所かしら?」


乱れた衣服を整えて

ぬるくなった缶に、口を付ける


「ウチ…もうお嫁に行かれへん…」

「えりちぃ…」


「はいはい。」

「希が料理できる様になったらね。」


軽くあしらいつつ、荷物をまとめる


「…でも、どうして引き受けたん?」


ほら、やっぱりわざとじゃない


「…別に。」


脳裏にちらつくかつての日々を

振り切る様に、屋上へ足を速めた

360: 2016/02/12(金) 02:36:14.06 ID:fne+f+Az.net
-----



思っていた通りに

いや、それ以上に

彼女達の現状に、辟易する


「…よくこれでここまで来られたわね。」


どうして、この程度で人気がでるのかしら

凛、って子の背中を、目一杯押し込む


「痛いにゃあ~っ!!」


イライラする?

何に?

…分かっていた、はずでしょう


「…もういいわ、今日はここまで。」


向けられる敵意に、どこかでほっとする自分がいた


「…待って下さい!」


もういやだ、なんて言葉が出るのだと思った

その方が、有り難かったから


「ありがとうございました!」


「えっ…」


「明日もよろしくお願いします!」

「「お願いします!!」」

361: 2016/02/12(金) 02:36:42.69 ID:fne+f+Az.net
-----


どうして?


誰も私に、答えなんてくれない


どうして彼女達は…


「…覗き見ですか?」


「!」


「っ…ちょっと!!」


後から来た彼女達に、背中を押されて、屋上に


「おはようございます!」


「まずは、柔軟ですよね?」


もう、聞かずにはいられなかった


「…辛くないの?」


「「えっ…」」


「昨日あんなにやって、今日また同じ事をするのよ?」

362: 2016/02/12(金) 02:37:08.19 ID:fne+f+Az.net
「第一、上手くなるかどうかも分からないのに…」


「やりたいからです!」


「!」


「確かに、練習は凄くきついです!」

「体中いたいです!」


いつかの、玲奈の言葉が頭をよぎった


「でも、廃校をなんとか阻止したいと思う気持ちは。」

「生徒会長にも負けません!」


「だから今日も…よろしくお願いします!!」


「「お願いします!」」


「…ッ。」


「生徒会長!?」


ただ、その瞳から逃げたくて…

363: 2016/02/12(金) 02:37:42.77 ID:fne+f+Az.net
-----


「…ウチな?」


「!」

「希…」


「えりちが友達になってくれて。」

「生徒会一緒にやって来て…」

「ずーっと思ってた事があるんや。」


「えりちが、本当は何がしたいんやろう、って。」

「…ううん。」

「えりちは…何が好きなんやろう、って。」


「一緒にいると、分かるんよ。」


「えりちが頑張るのは、いつも誰かのためばっかりで。」

「だから、いつも何かを我慢してる様で…」

「全然自分の事は考えてなくて…」


「貴女に何が…!」


「学校を存続させようって言うのも、生徒会長としての義務感やろ!?」

364: 2016/02/12(金) 02:38:30.94 ID:fne+f+Az.net
「だから理事長は、えりちの事を認めなかったんと違う!?」


「えりちの…」

「えりちの本当にやりたい事は!?」


「…何よ。」


「なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!」


「私が今までどんな気持ちで…!」


「…分かるよ。」


「希になんて分かる訳…」


「分かるよ。」

「だって…」

「だからこそウチは、えりちと友達になれたんだから。」


「希…」


「…いつまで経っても。」

「えりちは、ウチの憧れなんやから。」

365: 2016/02/12(金) 02:39:16.06 ID:fne+f+Az.net
-----



「…」


私が…

私の、気持ちは…



「…生徒会室にいたんですね。」


「!」


「もう…探したんですよ?」


「どうして…」


「やっと…見つけました。」


「…ッ。」


「もう、逃げるのはやめにしませんか?」


「逃げてなんか…!」


「…逃げてますよ。」

「自分の、気持ちから。」



「貴女に分かる訳…!」


「…そうですね。」

「貴女の気持ちがわかる程。」

「私達、一緒にいなかったですから。」


「だったら…!」

366: 2016/02/12(金) 02:39:51.82 ID:fne+f+Az.net
「だからこそ。」

「ちゃんと、向き合いたいと思ったんです。」


「貴女と…貴女の、心と。」


「でも…っ。」


「…ふふっ。」


「?」


「やっぱり貴女は、優しい人です。」


「…やめてよ。」


「優しいですよ。」

「出会った時から…ずっと、今まで。」

「違いますか?」


「絵里先輩。」


「海未…」




貴女と初めて言葉を交わしたこの場所で

貴女はあの時と変わらない、笑顔のままで---

378: 2016/02/19(金) 17:44:49.67 ID:L6Jsoxy3.net
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「ここ…か。」


今日は日曜日

オープンキャンパスまで

残り…一週間


本当なら、登校許可申請をして

あのいつもの場所で、資料をまとめて

希を引き連れて、挨拶の練習をしたり

各クラス・部活の進捗状況を確認して

それに、受験勉強だって…


なのに、何故か私はここにいる

都が運営する、市民体育館

その一番奥にある、この、厳格な雰囲気を纏う、この場に…

379: 2016/02/19(金) 17:45:17.76 ID:L6Jsoxy3.net
「…」


改めて、どうしてここに来てしまったのか

今までの私なら、意味が無いと言うだろう

さっさと帰って、準備をして、学校に…


なら、どうして?


呼ばれたから?

それとも…



『週末の日曜日。』

『来て頂きたい、場所があるんです。』


あの時の言葉を

そのまま、受け取ったのは…


それは彼女が、彼女だったから?

心の中で、何かが

燻って、燻って…

380: 2016/02/19(金) 17:45:41.42 ID:L6Jsoxy3.net
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「…私が、行くと思う?」


「絵里先輩は、優しいですから。」


「ッ、それは卑怯よ…」


「私はただ、伝えたい事があるだけです。」


「…」


「それは、きっと。」

「今の貴女には届かない気がするんです。」

「私の…言葉、だけでは。」


「なら…なに?」


「単に、私が望んでいるだけなのかもしれません。」

「それでも…」



「…海未?」



「待ってますから。」

381: 2016/02/19(金) 17:46:13.42 ID:L6Jsoxy3.net
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あの時、貴女はどんな顔をしていたのかしら

差し込む夕日が、貴女の顔を照らして

顔色から心は掴めず

高揚していたのか…それすら、分からずに


色々な想いを逡巡して

気がつけば、こんな時間

指定された時間から---1時間が経っていた


「…ッ。」


踏み出そうとする足を

どこかの、誰かの声が止める


「そういえばさ、園田海未って子、いるでしょ?」


「ああ、あの大きな道場の?」


それは、他校の生徒の、単なる会話なだけで…

382: 2016/02/19(金) 17:47:33.31 ID:L6Jsoxy3.net
「最近、練習にすらほとんど出てなかったらしいよ?」

「何だっけ…ほら、スクールアイドル?やってるんだって。」


「ああ、最近噂の…」


「それでさ、練習でなくなったから成績も落ちてるんだってさ。」

「しかも、噂によればアイドルは学校を存続させるためって…」


「何それ、本気?」


「そんなの、出来る訳ないのにね。」


「一時期、天才だとかずっと持ち上げられてた人がねえ…」


「ほんと、ザマアミロって感じ。」

「調子乗ってはやし立てられたくせに、今日だって…ほら。」


「ま、たかが部活に熱くなってもねえ。」

383: 2016/02/19(金) 17:48:01.04 ID:L6Jsoxy3.net
「貴女達に…!」


一体、何が分かるのか

どれだけ、彼女が頑張って来たか知らないのに


私が言えるはずも無い言葉が喉までこみ上げた時

後ろから、声が聞こえた


「…じゃあ、君らはなにか熱くなれるもの、ある?」


「「!?」」


「玲奈…」


「君らが言う、たかが部活だけどね。」

「本気で頑張ってる人がいるんだよ?」


「どれだけ努力しても、届かない目標に。」

「それでも諦めたくないって皆、もがいてるんだよ?」


「結果は、伴わないかもしれないし。」

「初戦で潰える事だって…勿論ある。」

384: 2016/02/19(金) 17:48:43.02 ID:L6Jsoxy3.net
「じゃあ、そこで諦めなきゃいけないの?」

「本気で悔しくて、悲しくて、泣いて。」

「それでも諦めず努力する誰かを。」

「君たちは、たかが部活と切り捨てるんだ?」


玲奈が、声を張る


「じゃあそんな君たちは、どうしてこんな所にいるの?」


「「…」」


「ま、どうせ何言っても響かないだろうけど…」


「戦わない奴らが、戦ってる奴らを笑うなよ。」



「…もう行こっ。」


「あっ、ちょっと待ってよ…!」


駆けて行く、2人の生徒を見送りながら


「…ま、単なる漫画の押し売りだけどね♪」


そう言って玲奈は、小さく笑った

385: 2016/02/19(金) 17:49:08.67 ID:L6Jsoxy3.net
「玲奈…」


「奇遇だねえ、絵里。」


「えっと…」


なんだか、急に自分が恥ずかしくなって来た

さっきの、玲奈の言葉が---


「…ありがとね、絵里。」


「えっ…?」


「彼女達に、言い返そうとしてくれたでしょ?」


「あれは…」


「正直ね、嬉しかった。」

「私達、部活の仲間だけじゃない。」

「ちゃんと…海未の努力を見て来てくれた人がいるんだ、って。」


「それとも、海未だからかな?」


さっきまでと違い無邪気に笑う彼女から

ただただ、顔を勢いよく背ける事しか出来なかった

386: 2016/02/19(金) 17:49:42.69 ID:L6Jsoxy3.net
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「…それで。」

「今日は、たまたま通りかかった訳じゃないんでしょ?」


「あ…ええ。」

「そうだ、海未は…」


「…」


「玲奈?」


「ま、とりあえず来なよ。」


玲奈に促されて、彼女の後をついていく


「玲奈、海未は…?」


「今ちょうど、戦ってるとこ。」


そう言って、少し足が速まったのが分かった

387: 2016/02/19(金) 17:51:19.05 ID:L6Jsoxy3.net
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「…絵里って、弓道のルールは知らないよね?」


「え…」


歩きながら、玲奈が口を開く


「色々とルールはあるんだけどね。」

「今日の大会では、射詰で勝敗を決めるんだ。」


「いづめ…?」


「今日は人数が多いからね。」

「各ブロック3人ずつのリーグ戦みたいになっててね。」

「各ブロック勝ち上がった人が最後に決勝戦をする、って感じなんだよね。」

「ま、決勝戦のルールはまた別にあるんだけど…」


頭の中で、何となくのイメージを作る


「それで、今は射詰ってルール。」

「言わば、最初に中てた人が勝ち。」

388: 2016/02/19(金) 17:51:59.85 ID:L6Jsoxy3.net
玲奈の説明が終わるのと同じくらいに

会場2階の、観客席にたどり着いた


「…それで、今は3射目。」


海未の射た矢は…外れていた


「え…?」


「あくまで、一人一射ずつ。」

「次の人が中てれば、海未の負けが決まる。」


それでも、まだ海未の目に諦めは見えなかった


「玲奈は…」


「あはは、それ聞いちゃう?」

「負けちゃったよ…海未に。」


「あ…」


「もう、個人戦だからってあの引きはないよー。」

「海未の気迫がすごいのなんの…」

389: 2016/02/19(金) 17:52:30.02 ID:L6Jsoxy3.net
「でも、3回戦が始まる時にね。」

「なんだか海未、そわそわしててさ。」

「心ここにあらず…って感じで。」


「海未…」


「もしかしたら、誰かを待ってたのかもね。」


「…」


海未の次の生徒が、矢を番える

その動きは、凛々しくて

放たれた矢は---的の、わずか数センチ横で


「さ、海未の番だよ。」


「…」


今まで見て来た通りに、矢を番え

背筋をピンと伸ばして、弓を張りつめて、矢を放つ


わずか1秒にも満たない時間で

中たる矢は、的の右下、ぎりぎりに留まった

390: 2016/02/19(金) 17:53:27.04 ID:L6Jsoxy3.net
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「うーみっ!」


「部長、一体どこに行って…!」


『次が決勝戦だから、激励しなきゃね♪』


そう告げる玲奈に連れられて

うちの学校の更衣室に


「絵里先輩…」


「あ、えっと…」


「来て…くれたんですね。」


「もー、見ててハラハラしたよ!」


何となく気まずい空気を察してか

玲奈が、明るく声をかける


「ささ、気分転換しておいで!」


玲奈が、私達の背中を押し出して…

391: 2016/02/19(金) 17:54:00.17 ID:L6Jsoxy3.net
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「見苦しい所をお見せしました。」


広場になっている場所で

そっと、海未が頭を下げた


「…どうして?」


「いえ、私が誘って来て頂きましたので。」


どこか、少し言いづらそうに


「来ないかと…思ってました。」


少し、寂しそうに海未が笑う


「あ…」


「でも、来てくれてありがとうございます。」


「どうして…?」


「え?」

392: 2016/02/19(金) 17:54:31.69 ID:L6Jsoxy3.net
「どうして、今日は呼んだの?」


「…言ったでしょう?」

「絵里先輩と、向き合いたいと思ったからです。」


その海未の瞳は、あの時と少しも変わらずに


「…」

夏風が、海未の髪を揺らす


「絵里先輩の目に。」

「今の私は、どう映ってますか?」


「え?」


「かつての私と…変わらずに映っていますか?」


「…」


「改めて、来てくれてありがとうございます。」

「もう、迷ったりしませんので。」

「見ていて下さい。」

「話は…その後に。」

393: 2016/02/19(金) 17:58:35.29 ID:L6Jsoxy3.net
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「…ほんとはね。」

「絵里をこの場に呼んだら、って言ったの、私なんだ。」


「玲奈が…?」


「頑固な絵里には、言葉だけじゃ伝わらないと思ったから。」


「…」


「あの子は、良くも悪くも向き合う事しか知らないからさ。」

「きっと…絵里が嫌われない限り、ずっと向き合い続けるよ。」


「どうして…」


「ん?決まってるじゃん。」

「海未も、絵里が好きだからだよ。」

「私と、同じ。」


「…ッ。」


「誰かの為に、って頑張る絵里が。」

「私達は、みんな好きなんだよ。」

394: 2016/02/19(金) 17:58:59.68 ID:L6Jsoxy3.net
「でも…!」


「海未から聞くまでもないけどさ。」

「絵里と、彼女達との話は知ってる。」

「絵里の…気持ちも、全部じゃないけど分かるよ。」


「でも、その気持ちってさ…」


「…玲奈?」


「ううん。」

「この先は、私が言うのはちょっと違うかな?」


「…」


「ほら、始まるよ?」


アナウンスがかかり、会場の空気が張りつめる


「次が最後、決勝戦。」

「海未は…どうするのかな?」

「それに、絵里はどう答えるの?」



「私は…」

395: 2016/02/19(金) 17:59:36.04 ID:L6Jsoxy3.net
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「決勝戦はね、さっきまでの射詰とは、少しルールが違うんだ。」

「ま、決勝戦まで上がってくる子達が外すまでは時間がかかるからね。」

「だから、遠近競射ってルールで決める。」

「モチロン、今回の大会では、だけどね♪」


一人目の矢が、的に当たる

遠くてよく見えないけれど…

的の中心から、わずかに離れた位置に


「一人一射ずつなのはさっきと変わらないけど…」

「これは、一発勝負。」

「全員が射て、中心に一番近い人が優勝。」

「…ね、簡単でしょ?」


簡単に言ってのける玲奈とは裏腹に

会場の空気が、とても重くのしかかる


二人目の矢は、的の左上

一人目よりも、わずかに膨らんで

396: 2016/02/19(金) 18:00:11.43 ID:L6Jsoxy3.net
「例え中ったとしても、所作が崩れてたら減点。」

「だから外れても落ち込めないし…」

「中てても、喜んだら駄目なんだよ。」


「そんな雑念をこっちに置いて。」

「彼女達は、あそこに立ってる。」


三人目の矢は、ぎりぎり的を逸れる

それでも、落ち込んだそぶりは見せない

ただ、その目だけは潤んでいる気がした


「…ほら、海未の番だよ。」


射場に足を踏み出す、その前の一瞬

海未と、目が合った気がした


どこかの誰かが壇上に上がる際

私に見せた、あの微笑みと共に


「海未…すっごく、良い表情してるね。」


どこかの誰かも、気付いたみたいだった

397: 2016/02/19(金) 18:00:45.70 ID:L6Jsoxy3.net
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会場が、息を飲むのが分かる

今、この場で弓を引くのはただ一人

そしてそれは、最後の一人で…



28メートル先を見つめる、その瞳が映すのは

直径36センチの的か、それとも…



「…綺麗。」


思わず、声が漏れる

隣で誰かがニヤついているのが分かった


その動き、ひとつひとつが

かつて見た彼女の、どの動きよりも凛として

吸い込まれる様に、的の中心を---貫いた



「…お見事。」


玲奈の声に、ハッとする

それほどまでに魅入っている自分が、そこにいた

398: 2016/02/19(金) 18:01:27.21 ID:L6Jsoxy3.net
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「ちょっ…やめ…ッ」

「んっ…もう…ッ///」



「やめて下さいっ!!」


その叫びは意味を成さず

他の部員にもみくちゃにされる、彼女


大会は、海未の的中で幕を閉じた


制服に着替える事も忘れて

更衣室は部員の歓声で包まれる


嫌がりながらも、どこか頬の緩んだ海未が見て取れて

…そっと、その場を後にした



「声かけなくて、いーの?」


「今は…邪魔しちゃ悪いから。」


外にいた、玲奈に声をかけられる

399: 2016/02/19(金) 18:01:54.76 ID:L6Jsoxy3.net
「どうだった?感想は。」


「…凄かった。」


本当に、凄いとしか思えなくて

ただ、それ以外は口に出来なかった

「…初めての時も、そう言ってたっけ?」

「じゃあ、それを本人に言ってあげなきゃね♪」


「え…?」


玲奈が、私の後ろを見る

振り返ると…彼女がいた


「それじゃ、お邪魔虫は退散しますね~。」


飄々と、海未の背中---更衣室へと消えていく


「少し…歩きましょうか。」


海未に示され、外へ

400: 2016/02/19(金) 18:02:24.01 ID:L6Jsoxy3.net
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「今日は、本当にありがとうございました。」


「もう、いいから。」


一体何度、彼女はお礼を言うのか


「いえ、凄いと言って頂けた事も含めて、です。」


「それは…」


「絵里先輩に、良い所を見せる事が出来ました。」


その笑顔に、思わず胸が痛む

…これじゃまるで、恋に恋する女の子みたい


「…それで、話って?」


無理矢理に、話題を変える


「言いたい事が、いくつかあったんですが…」

「忘れてしまいました。」


本当に、どこか彼女達は似ている

それも、良くない方向に

401: 2016/02/19(金) 18:03:19.76 ID:L6Jsoxy3.net
「ですから、伝えたい事はひとつだけです。」

「私達と一緒に、踊りませんか?」


「なっ…!?」


それは、あまりにも真っ直ぐで


「どうして…そうなるのよ。」

「私は…」


「…絵里先輩の、やりたいことって、何ですか?」


「え…?」


「絵里先輩の、本当にやりたい事と。」

「私達と…μ'sと一緒に活動する事。」


「絵里先輩の好きな、『何か』と。」

「私が、私達が好きな『何か』は。」


「…共に歩む事は出来ませんか?」


「そんなの…」

402: 2016/02/19(金) 18:03:51.84 ID:L6Jsoxy3.net
分かっていた

彼女達の想いに

分かっていたからこそ…逃げ出した

過去の自分から、目を背けるために


「…無理よ。」


「無理なんかじゃ、ないですよ。」

「学校を存続させたい、その想いは同じでしょう?」

「最初から、皆同じ方向を向いていたんです。」

「方法が、違うだけだったんです。」

「だから…」


「そんなの無理よ!」

「だって私は…!」


「絵里先輩。」


「貴女なんかに…ッ!」


「分かりますよ。」

「私も…諦めた事、ありますから。」

403: 2016/02/19(金) 18:04:32.03 ID:L6Jsoxy3.net
「え…」


「…やっぱり、そうでしたか。」


「海未?」


「ずっと…気になっていたんです。」

「どうしてそこまで、絵里先輩が意地になるのか。」


「別に、そんなのじゃ…」


「初めて会ったときから…ずっと。」

「どこか、触れてほしくないようで。」

「それでいて、知っていてほしいような。」

「…そんな気が、したんです。」


「…」


「変な所で、意地になって。」

「頑固で、素直じゃなくて。」

「どこか不器用で、でも、いつも誰かの為に動いて。」


「だからこそ…私は、貴女に憧れたんです。」

404: 2016/02/19(金) 18:05:02.31 ID:L6Jsoxy3.net
「…」


「信じられませんか?」


「だって…」


「きっとそれは、私だけじゃないと思いますよ?」

「みんな、そんな貴女が大好きなんです。」


「海未…」


「私も、何度も諦めてきました。」

「ほんの些細な事も含めて、何度も。」


「その度に、穂乃果やことりが励ましてくれたんです。」

「何度も何度も、私なら出来る、って。」

「そばにいてくれたから、今、私はここにいるんです。」


「今度は、私が貴女にとってそうありたいんです。」

405: 2016/02/19(金) 18:05:33.19 ID:L6Jsoxy3.net
「私はそんな…」


「いつか、言ったでしょう?」

「その人の評価は、その人自身が決めるものではない、と。」


「私の目に映る貴女は…」

「いつまでも、私の憧れなんです。」


「…」


「私が今、やりたい事は。」

「貴女と、同じステージに立つ事ですから。」

「…絵里先輩。」


「どうして、そこまで…」


「自分でも、らしくない事を言っていると思います。」

「でも、そうですね…」

「少し、クセになってきたのかもしれません。」

406: 2016/02/19(金) 18:06:15.28 ID:L6Jsoxy3.net
かつて見た、朗らかな笑顔で

頬を赤らめる、目の前の彼女


「勿論、強制はしません。」

「貴女が、選んで下さい。」


「でも、欲を言えば…」

「先輩のステージ衣装には、少し興味がありますね。」


どこかふざけて、でも真面目に答えるその姿に

いつか、遊びに出た日を思い出す


「それでは、今日は失礼しますね。」

「それと…」


どこか少し、言いにくそうに


「また…よければ、遊びに行きましょう。」

「いつかの、貴女と同じ様に。」

「ここにいる私は、ただの園田海未ですから。」

407: 2016/02/19(金) 18:06:45.36 ID:L6Jsoxy3.net
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「…」


青い、空を見上げて

はあ、とため息をつく


仕事に身が入らずに

思い出すのは、昨日の記憶


「私の、やりたい事…」


もし私が、生徒会長なんかでは無かったら

もし私が、もう少し自分に素直だったなら


「そんな物…」


それはきっと…


「…!」


不意に、視界が捉えた誰かの右手


「貴女達…」

408: 2016/02/19(金) 18:07:17.36 ID:L6Jsoxy3.net
「生徒会長…いや、絵里先輩。」

「お願いがあります!」


「な、何…?」


「絵里先輩!」

「μ'sに、入って下さい!」


強制じゃないって、言ったじゃない


「一緒にμ'sで踊ってほしいです!」


海未の…嘘つき


「…スクールアイドルとして!」


「…」


けど、差し出されたその手を取ってみたくなるのは…


「やってみればいいやん?」


「希…」

409: 2016/02/19(金) 18:07:50.45 ID:L6Jsoxy3.net
「ウチらは皆、可能性に満ちてる。」

「やりたいなら、やってみればいい。」

「その手を取ったら…きっと。」

「えりちの好きな、新しい『何か』と出会えるよ。」


「…いつかの、ウチみたいに。」

「本当にやりたい事って、そんな感じで始まるんやない?」



『ともだちに、なろう!』


そうやって始まった---私達のように


「私も…そう思います。」


背中にふれた、ぬくもりの先

目を奪われた---私達のように


ただ、今だけは


「…」


---ありがとう

なんて、口にはせずに


そっと、右手のあたたかさを感じて

410: 2016/02/19(金) 18:08:30.28 ID:L6Jsoxy3.net
「絵里さん…」


「これで、8人…!」


「…いや。」

「9人や、ウチをいれて♪」


「希先輩も…?」


「占いで出てたんや。」

「このグループは9人になった時、未来が開けるって。」

「だからつけたん。」

「9人の歌の女神…μ'sって。」


「じゃっ、じゃあ…あの名前つけてくれたのって希先輩だったんですか!?」


「うふふっ♪」


「希…」


ずっとやりたかったくせに

なんて、言いたくなるのを我慢する

一人だった頃から…ファンだったのを、知っているから

411: 2016/02/19(金) 18:09:07.20 ID:L6Jsoxy3.net
「…」


そっと、足を踏み出して


「…どこいくん?」


「…決まってるでしょ?」


今度こそ、答えは決まってるから


「練習よ!」


「「やったあ~!!」」


…なんて言ってみた物の

私を押しのける勢いで、走っていく彼女達


「もう…呆れるわ。」


「そんな事言って、楽しみで仕方ないんやろー?」


「はいはい、さっさと行く。」


「はーい!」


あの日、ここで初めて言葉を交わした日

きっと…私は、笑っていたと思うから

412: 2016/02/19(金) 18:09:38.72 ID:L6Jsoxy3.net
-----



「決めたんだ?」


「いつからいたのよ…」


「『私の、やりたい事…』からかな?」


「…全部じゃない。」


「ふふ、ホントは励ましに来たんだけどね♪」

「そんな必要なかったかな?」


「…ありがとう。」


そっと、彼女に頭を下げる


「んふっ♪」

「なんか、優越感♡」


「っもう…!」


憎めないくらいの、笑顔

413: 2016/02/19(金) 18:11:20.45 ID:L6Jsoxy3.net
「…決めたから。」


それは、いつもの日常で

山も谷もない、平凡な日々で

劇的な快進撃も、涙溢れる喜劇もなくて

…ただの、ノンフィクションの一日で


「…」


あの日初めて聞いた風を切る音は

今はもう、聞こえる事は無くなって


「絵里先輩!」


駆け寄って、手を取って

代わりに聞こえる、心に届く声

繋いで、紡いで

ここからが、新しい…



「頑張りなよ?」

「μ'sの、絢瀬絵里♪」


「…ええ!」


私の---私達の、物語

414: 2016/02/19(金) 18:14:08.50 ID:L6Jsoxy3.net
これにて完結です
一度落ちたにも関わらず、読んで頂きありがとうございました
定期的に来られず、保守してくれた方々もありがとうございます

質問等あれば、どうぞ。

415: 2016/02/19(金) 18:43:54.45 ID:A8seCbiX.net
タイトル回収の仕方綺麗だったぞお疲れ

416: 2016/02/19(金) 19:06:06.81 ID:k/p2iaRa.net
乙。よかった

419: 2016/02/19(金) 21:28:52.51 ID:b0NbnVjB.net
2か月間楽しませてくれてありがとう。

422: 2016/02/19(金) 23:25:05.24 ID:GbnN3eBY.net
素晴らしかった、この雰囲気まじ大好きだった
海未ちゃんからμ'sへ繋がるってのがまた、美しかった
乙 ありがとうございました

423: 2016/02/20(土) 01:33:36.24 ID:bJgoO+XF.net
やっぱり良い作品だった
前回のも今回のこのお話もあなたが持っている雰囲気にとても合っていて凄く引き込まれた

ありがとうございました

428: 2016/02/22(月) 20:54:30.85 ID:TFxa+tbB.net

ハラショーだわ

引用元: http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1450189951/

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