【SS短編集】穂乃果「シンクロニシティ?」

SS


1: (SIM) 2022/01/16(日) 23:30:17.29 ID:Vc6iEPOE
代行 
μ'sのホラー短編集
2年生多め
 

5:◆s6beWYooKs (やわらか銀行) 2022/01/16(日) 23:37:24.81 ID:PfZKszeX
希「お地蔵さん」


 ウチ、実は神田明神で巫女さんをやってるんや
 ふふ、羨ましいやろ〜
 巫女服を着て朝早くに境内を掃除してると、不思議と頭がスッキリするんよ

 もちろん普段の学校生活もあるから、お手伝いできるんは早朝と夕方くらい。
 
 μ'sに入ってからは、放課後はほとんどが練習で潰れてしまうから、せめて朝だけでも!と思って、今日も4時に起きてお手伝いに来てるんやけど……ふわあぁ。
 
 アハハ、流石に寝不足になりそうや…
 
 これじゃ、えりちに偉そうに言えんなぁ
 
7:◆s6beWYooKs (やわらか銀行) 2022/01/16(日) 23:38:58.93 ID:PfZKszeX
>>5
希(あ、そろそろ学校行かんと…)

 巫女服から制服に着替えて、急いで歩き出す。
 こーんなに早起きしてるのに、遅刻だなんてもったいないもんなぁ

  なんて思いながら通学路を歩いていると

希「…ん?」

 灰色の道路の中で、きらりと銀色に輝くものが見える。
 

希「むむっ、どれどれ…」ヒョイ


 拾い上げると、それはウチもよく見知ったもの。
 

希「おお、今日は百円!大金や!」

 まじまじと見つめて、制服のポケットにそっとしまう。
 って、決して拾ったお金をウチのお駄賃にしてるわけやないんよ!?
 これには深いふかーーい事情があるんや
 
8:◆s6beWYooKs (やわらか銀行) 2022/01/16(日) 23:40:29.86 ID:PfZKszeX
>>7
希「っと、お地蔵さんはーー」


希「あ、いたいた」

 百円玉を拾った所から少し歩くと、10体くらいのお地蔵さんが並んでいる場所がある。
 まさか現代の東京に、こんな古そうなお地蔵さんが残ってるなんてな

 お地蔵さんにはところどころ苔が生えてる
 つまり、それだけ長い間ここにいるってことやんな

 ウチが思うに、ここは相当なスピリチュアルパワーを蓄えてるスポットなはずや!


 だから

希「今日も、いいことありますように♪」チャリン


 ウチは今日も、お地蔵さんにお賽銭を届ける。
 
11: (やわらか銀行) 2022/01/16(日) 23:44:58.23 ID:PfZKszeX
>>8


──でもな、少しだけ不思議なんよ
ウチが硬貨を拾うのは、決まってこのお地蔵さんたちの近くにいる時だけ。隣町に行ったって、お賽銭どころかゴミ一つ落ちてない。

なのに、ここの近くを通ると必ずお金が落ちているんよ

 最初はどうしようか迷ったんやけど、わざわざ交番に届けるのは時間がかかるし、自分のものにするのもなんだか悪いし…
 
 気がついたら、お金を拾うたびにお地蔵さんに届けてたってワケや!
 
12:◆s6beWYooKs (やわらか銀行) 2022/01/16(日) 23:46:41.03 ID:PfZKszeX
>>11

どうやらウチ、拾ったお金をこの賽銭箱に入れる係に任命されちゃったみたい♪

ネコババするときっと仏様に怒られちゃうから、真面目なのぞみんはしっかりとお賽銭箱に納めてます♡


希「ふふ、これで今日も一日安泰やんな〜」

 欲を言えば、焼肉食べ放題のチケットでも道に落ちててくれたら最高にラッキーなんやけど♪

希「って、さすがにそれはないか」ニシシ


 『───ありがとう』


希「…ん?」
 
13:◆s6beWYooKs (やわらか銀行) 2022/01/16(日) 23:47:56.83 ID:PfZKszeX
>>12

 振り向くと、そこには誰もいない。

希「んー?今、声がしたような…」ウーン


希「って、あぁ!


  もうこんな時間!」


希「遅刻だけは堪忍や〜!!」バタバタ



終わり
 
9:◆s6beWYooKs (やわらか銀行) 2022/01/16(日) 23:42:45.94 ID:PfZKszeX
言い忘れた
ss内容については不思議ネットさんからお題をお借りしてます。興味あったらどうぞ

http://world-fusigi.net/archives/9465614.html
 
33: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 00:30:46.94 ID:Easmfhtt
穂乃果「シンクロニシティ?」

 これは練習終わり、いつもみたいに三人で帰ってたときのことなんだけど。

 穂乃果、朝二人に会った時からずーっとこの提案をしたくてそわそわしてたんだ!
 えへへ、きっとことりちゃんあたりには、様子がおかしいのバレてたかな?

穂乃果「ねえねえ!ことりちゃん、海未ちゃん!」ガバッ

って、興奮のあまり二人に抱きついちゃった♡

ことり「きゃあっ♡」

海未「ちょっ///…穂乃果!耳元でいきなり大声を出さないでください!」

穂乃果「む、大声なんて出してないよー!!穂乃果、これでもしゅくじょってやつなんだから!」プンスカ

海未「穂乃果は普段から声が大きいんです!というか意味をわかって言っているのかですかあなたは!」

ことり「アハハ……穂乃果ちゃんも海未ちゃんも声おっきいよぉ…」

ことりちゃんが耳を抑えて苦笑いしてるから、私と海未ちゃんはハッとなって顔を見合わせる。
ほんと私たちって、ことりちゃんがいないとつい熱くなっちゃうみたい…
 
34: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 00:33:29.50 ID:Easmfhtt
>>33
穂乃果「あっ、ごめんねことりちゃん」コソコソ

海未「す、すみません。取り乱しました」コソコソ

ことり「ふふ、いいよぉ。二人ともちゃんと静かにできてえらい!」ナデナデ

 ことりちゃんの撫で撫で攻撃!
 穂乃果はこれでイチコロです♡

穂乃果「くぅ〜ん」ゴロゴロ

海未「こ、ことりっ、ここは外ですよ///」

───クスクス、海未ちゃんったら、耳まで真っ赤になっちゃって♪

本当はことりちゃんの撫で撫でが大好きなの、穂乃果知ってるんだからね。


って、違う違う!
 
35: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 00:40:45.40 ID:Easmfhtt
>>34
穂乃果「そう!三連休だよ!!!」ガバッ

ことり「わぁっ」

海未「ーーー穂乃果?わかっているとは思いますが、世間が三連休だからと言って練習がなくなるわけではありませんよ?特に最近は放課後全員で揃う機会が無かったんですから、この三連休でしっかり振り付けの確認をーーー」

穂乃果「ああーっ!!もう海未ちゃんってば、それくらいわかってるよぉ!」

放っておくと海未ちゃん、すぐにお説教のスイッチが入っちゃうんだよ〜…


穂乃果「穂乃果は!せっかくの三連休なんだから三人でなにかしたい!って言いたかったの!!」

海未「三人で…ですか?」

ことり「穂乃果ちゃん、どこかに遊びに行きたいの?」

穂乃果「うーん、遊びたいのもそうなんだけど、もっと他に何かあるんだよねぇ」

穂乃果の突然の思いつきに、キョトンとした顔の海未ちゃんとことりちゃん。
二人にはいつも迷惑かけっぱなしです♪
そして今日も、たくさん迷惑かけちゃうんだっ
 
36: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 00:50:50.22 ID:Easmfhtt
>>35
海未「言っておきますが、宿題の手助けならしませんよ?」

穂乃果「ちがうよぉ!」

うーーーん
さっきまでアイデアが出かかってたんだけどなぁ…

海未ちゃん、ことりちゃん、穂乃果で、三人で……
遊びでもなく、宿題でもなく……
幼馴染三人、水入らずのーー

穂乃果「あ!思いついた!!お泊まり会だよ!」

ことり「…お泊まり、会?」

穂乃果「うん!穂乃果、久々に三人でお泊まりしたいの!それも今日!!」

海未「また急な話ですね…」ヤレヤレ

海未ちゃんは呆れて首を振っている。
むー、予想通りの反応だよ!
 
37: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 00:52:26.97 ID:Easmfhtt
>>36
ことり「ふふ、私は賛成かな」

穂乃果「おおー!さっすがことりちゃん!」ヤッター!

さすがことりちゃん!
ことりちゃんって、こう見えて結構ノリがいいんだよ。


──ふふ、穂乃果とことりちゃん、二人揃えば海未ちゃんなんて敵じゃないんだから♪

海未「……言っておきますが、私は無理ですよ。いくらなんでも今日だなんて急すぎます」

───ほら、こう言うと思ったもん。


ことほの「「うみちゃん…」」ウルウル

海未「!?!?」

穂乃果「おねがい、うみちゃん…」ウルウル
ことり「うみちゃんと、シたいの……(お泊まり)」ウルウル

え〜い、堅物の海未ちゃんめ、喰らえ!
ことほのの必〇おねだりビームだよ♡
 
38: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 00:55:26.04 ID:Easmfhtt
>>37
海未「そっ、そんな目をしたってだめです!だいたい、お母様になんと言われるか」

穂乃果「あ、海未ちゃんのお母さんにはもう連絡しといたよ!」

ことり「これでバッチリだね♡」

海未「!!!!」


海未(速い…!いつの間に!)

 
その瞬間、海未に戦慄走る…!

海未(二人とも…そこまでしてお泊まりしたいのですか…)


海未「はぁ…しかたないですね…」

ことほの「やった〜!!」ピョンピョン

───クスクス、作戦大成功♡
 
44: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 01:41:20.36 ID:Easmfhtt
というワケで、無事に私たちのお泊まり会が始まったのです!

穂乃果「……」

海未Zzz
ことり「むにゃ、…」スヤスヤ

穂乃果(どうしてなの〜!!!)ウガーッ

みんなでご飯を食べてお風呂に入って、穂乃果の部屋で布団を並べて…
三人で川の字!スーパー幼馴染の最強形態だっていうのに…海未ちゃんとことりちゃん、早々に寝ちゃうなんてあんまりだよ〜

穂乃果「むぅ…」チラッ

海未Zzz
ことり「へへ、ちーずけーきぃ…」スヤァ


海未ちゃん、寝てる時は本当に静か
ことりちゃん、どんな夢を見てるんだろう?


穂乃果「………」

穂乃果「ふわぁーあ…」

穂乃果(もう、穂乃果も寝ちゃうんだからっ)モゾモゾ


へへ、二人とも朝起きたら覚悟してよね♪
 
45: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 01:45:13.46 ID:Easmfhtt
>>44
ーーーーー


穂乃果「……うーん」

穂乃果「ユッキーぃ〜…お茶〜」

穂乃果「……あれ?」


ーーーチュンチュン

カーテンからは太陽の光が溢れている。
穂乃果、結構寝ちゃってたかもしれない!


穂乃果「今何時!?」ガバッ


穂乃果「って、なーんだぁ」ホッ


時計は七時半を指していて、思ったよりも早い時間帯にほっとする。
朝になるのって、あっという間なんだね…

ついさっき寝たばっかりの気がするのに、まだまだ寝足りないよお!

穂乃果「あと1時間〜」モゾモゾ

でも、今日は二度寝しても大丈夫!
なんたって三連休♪練習もお昼からだし、海未ちゃんとことりちゃんを二度寝地獄にご招待♡


穂乃果(あれ、そういえば海未ちゃん,今日は起きるの遅いんだ?……まあいっか!)

穂乃果「うひひ、海未ちゃーん!」ガバッ
 
46: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 01:46:41.87 ID:Easmfhtt
でも、そこにいたのは海未ちゃんじゃなくて、


穂乃果「ーーーーえ?」


白アルパカ「メエエエ」

穂乃果「あっ、アルパカ〜!?!?」

 なにこれ、新手のドッキリ番組!?
 だって穂乃果の部屋なのに、隣にはアルパカが寝てて…

穂乃果「はっ、ことりちゃんは!」

   「むにゃ、ホノカチャ…」

 よかった…!ことりちゃんはいるみたい

穂乃果「大変だよことりちゃん!海未がぁ!」ユサユサ



茶アルパカ「もー、朝からうるさいよお〜」グルルッ


穂乃果「ぇ、…?」


茶アルパカ「海未ちゃんに怒られちゃうよお?」グルルッ

穂乃果「えええ〜〜〜!?!?」


ーーーー嘘。誰か嘘って言ってよ
最愛の幼馴染二人が、起き抜けからアルパカになっちゃってるだなんて〜!!

穂乃果「うわーーーん!!こんなのやだよお〜!!!」
 
47: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 02:17:57.29 ID:Easmfhtt
in夢

白アルパカ「メエエエエエ!!!」

茶アルパカ「ホノカチャン大好き♡」ペロペロ


穂乃果「うわあああっ、海未ちゃんことりちゃん!助けてえええ!」ワーンッ

ーーーーーー


深夜3時 in穂乃果の部屋


穂乃果「う〜ん、う〜ん…」グヌヌ

海未「ーーーー!」パチッ



海未「今のは、一体…」


海未(というか、まだ夜中の3時…)


ことり「ーーーあれ、海未ちゃんも起きた?」


海未「こ、ことり!?なぜこんな時間に…!」

ことり「うーん、なんだか目が覚めちゃって…」

海未「ことりもでしたか…」

ことり「うん。もってことは、海未ちゃんも?」

海未「…えぇ、普段なら朝まで起きることなどないのですが、なぜ…」

ことり「ふふ、いつもは海未ちゃん、朝までぐっすりだもんね」クスクス

海未「す、睡眠は大切なんです!」

ことり「わかってるよぉ」クスクス
 
48: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 02:18:53.27 ID:Easmfhtt
海未「ところで、穂乃果は…」チラッ


穂乃果「う〜ん……」モゾモゾ

ことり「アハハ…穂乃果ちゃん、お腹出しっぱなし…」

海未「穂乃果は相変わらずですね…」


海未(全く、いつ見ても酷い寝相です…)


でも、なんでしょう。
この言い表せないもやもやは。


ことり「海未ちゃん、もう寝る?」

海未「ええ。明日も練習がありますし、ことりも寝ましょう」

ことり「ーーーうん。そうなんだけどね…」モジモジ

海未「……」ゴクリ

ことり「なんだか、穂乃果ちゃんに呼ばれてるような気がして…」

海未「!」

海未「…やはり、ことりも感じていたのですね」
 
49: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 02:19:33.28 ID:Easmfhtt
私たち二人がほぼ同時に目を覚ますなんて、普段だったら有り得ません。
それに加えて、寝ている穂乃果の様子がおかしいのです。

ことり「よ、よかったぁ…ことりの勘違いじゃなくて」

海未「しかし、一体穂乃果はどうして助けなんて…」


穂乃果「うーん、うーん」ジタバタ


ことり「なんだか穂乃果ちゃん、苦しそう…」


海未「ーーー穂乃果が、私たちに助けを求めている」

ことり「!!」

海未「ーーー私は、大切な友達が困っているときには……」スッ

ことり「海未ちゃん、まさか…」

海未「ーーー何も聞かずに」

海未「ーーー全力で助けになるのが、剣の道だと思うのです」


海未「穂乃果、御免ッッ!」

パァアアン‼︎



穂乃果「ーーーーーいッッ、ッッ、たあぁあああ〜い!!?!?!?」ガバッ



ことり「きゃ〜♡海未ちゃんのあな最(あなたは最低ですビンタ)!生で見れる日が来るなんて思わなかったよ〜!!」キャッキャッ
 
50: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 02:37:28.69 ID:Easmfhtt
海未ちゃんの強烈ビンタで叩き起こされた穂乃果は、涙目で海未ちゃんをキッ!って睨みつけたんだ。
でも全然効果ないみたい。
ひどいよ海未ちゃん!


穂乃果「なッ、なにすんのさ海未ちゃん!!!」ヒリヒリ

海未「おはようございます」スンッ

ことり「おはよう、穂乃果ちゃん♪」


穂乃果「あれ……」

穂乃果「アルパカじゃ、ない?」


あれ?さっきまで二人はアルパカだったはずなのに
もしかして、さっきのは夢だったのかな?


ことり「アルパカ?」

海未「穂乃果、何を言っているのですか?」


ペタペタとことりちゃんと海未ちゃんを触ってみる。
わあ、まるで人間みたい…!
 
51: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 02:38:05.91 ID:Easmfhtt
ことりちゃんのトサカ、ふわふわで気持ちいい〜♡
ほっぺももちもち!
海未ちゃんの髪の毛、さらさらで最高〜♡
お腹の筋肉も、引き締まってる!

うん!やっぱりこれぞ私の最愛の幼馴染だね!


海未「ほ、穂乃果///寝ぼけているのですか?」

ことり「穂乃果ちゃんったら大胆///」


そして私は、二人の肩をがっしりと掴むと


穂乃果「うわあああ〜〜ん!!!!よかったよおおお〜〜〜」


大号泣するのでした♪


海未「穂乃果ァ!!??」
ことり「ホノカチャン!??」


穂乃果「アルパカじゃなくてよかったよ〜!!!」ウワーーンッ



終わり
 
53: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:26:18.49 ID:Easmfhtt
にこ「エレベーター」

 
高ニの頃、アキバのとあるメイドカフェでバイトをしてた時のことよ。

結構古い雑居ビルで、昔から「出る」って噂があったらしいの。

まあ、にこは信じてなんかいなかったんだけどね。
 
54: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:28:55.88 ID:Easmfhtt
その店のスタッフ用エレベーターは地下から屋上までの合計8個ボタンがあったんだけど、地下は使われてなかったのよ。
だからB1のボタンを押すと『その階へは止まりません』という音声が流れるようになってたの。

まあ、使わないんだから行く必要もないもの。
当たり前っちゃ当たり前ね。
でもね、あのエレベーターにはきっと何かある。
にこはそう思っているわ。
 
55: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:29:48.38 ID:Easmfhtt
にこ「う〜寒っ」ブルブル


にこ(こころ達、いい子にしてるかしら?)


ある日のバイト終わり、いつも通りエレベーターで一階まで降りようとしたのよ。

当然のように「1」のボタンと「閉じる」ボタンを押したわ。

そしたら

『その階へは止まりません』

あの音声が流れたわ。

にこ(ん?もしかしてにこ、間違ってB1押した?)
 
56: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:30:17.13 ID:Easmfhtt
たしかに「1」を押したと思ったんだけどね。
きっと疲れが溜まってるんだって思ったわ。
学校行ってバイトして妹達の面倒見て…我ながらよくやってるわ、ほんと。
だからなおさらさっさと帰ろうと思ったのよ。


今度こそしっかりと「1」を押したわ。


『その階へは止まりません』

にこ(めんどくさいわね…)


 ビル自体が古かったからね。
 もう立て替えどきだったんじゃないかしら。
 エレベーターまで壊れるなんて、どんだけボロいのよってね。
 とりあえずもう一度「1」を押してみたわ。

 『その階へは止まりません』

 まあ予想通りよ。
 
57: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:31:20.10 ID:Easmfhtt
にこ(はぁ…階段使うかー…)

 疲れてるから階段なんて使いたくなかったけど、このままじゃ埒が明かないから仕方ないわ。
 とりあえずエレベーターから降りようと思って「開く」のボタンを押したの。

シーン


にこ「無反応かい!」

 
「開く」を連打しても全く扉の開く気配の無いエレベーターに、徐々に嫌な予感が湧いてきたわ。
 
普段希のオカルト話を話半分に聞いてたし、くだらいと思ってたけどーーーその時ばかりは希が恋しかったわ。
 
58: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:31:48.83 ID:Easmfhtt
次に「2」のボタンを試してみたの。
 『その階へは止まりません』

「3」…『その階へは止まりません』

「4」…『その階へは止まりません』

「5」…『その階へは止まりません』

「6」…『その階へは止まりません』

残っているのは屋上と地下へのボタンだけ。

にこ「勘弁してよね…」ハァ


とりあえず、早く外に出れそうな「B1」を押したわ。


 『その階へは止まりません』
 
59: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:32:15.20 ID:Easmfhtt
まあ、もともと地下のボタンを押したときに流れる音声だもの。正しい反応ね。

残すは屋上への「R」ボタンのみ。


にこ「はぁ〜〜」

にこ「早く帰りたいっつーの!」ポチッ

ガコン ウウウウウウ

にこ「っ」 

 余裕ぶってみたけど、にこの膝は相当ガクガクしてたわ。
 だって今までうんともすんとも言わなかったエレベーターが、屋上に向かって急発進し始めたのよ?
 私、生きて帰れるか真剣に考え込んだわよ。
 
60: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:34:57.38 ID:Easmfhtt
にこ(これ、開けたら絶対なんかいるパターンじゃない!!)ガタガタ

にこ(もし帰れなかったら、どうなるのかしら…)

心細くて泣きそうになる。
でも、頭に妹達の顔が思い浮かんでハッとしたわ。

にこ「……今夜は豆腐のハンバーグ、こころ達に食べさせなきゃいけないのよ!!しっかりしなさい矢澤にこ!」

そうやって気合を入れた。
そうでもしなきゃやってられなかったから。
 
61: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:36:05.52 ID:Easmfhtt
チーンッ

にこ「っ」ビクッ


エレベーターが屋上に到達したわ。

何が襲ってくるかわからないから、「閉める」のボタンをいつでも押せるように身構えていたの。

ウイィイン

にこ「…」
 
そしてついに扉が開いて、屋上の景色が視界に飛び込んで来たの。夜だから結構夜景が綺麗だったわ。


にこ「……?」キョロキョロ

少し降りて辺りを確認したけど、何もいない。


にこ「……ぬわぁんでよ!!!」


今までの恐怖を返しなさい!!
 
62: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 09:38:22.74 ID:Easmfhtt
にこ(はぁ、とんだ拍子抜けだわ……)


結局そのあとは特に何もなく、エレベーターも元に戻ったわ。
すぐさま「1」と「閉める」を押してやったわ。

大昔にこの雑居ビルで飛び降り自〇があったらしいけど、何か関係があるのかもね。


その日はとりあえず希に迎えに来てもらって一緒に帰ったわ。
あの体験をした後で、暗い夜道を歩いて帰る自信はなかったからね。


その日以降、にこはその雑居ビルには近寄らなくなった。




終わり
 
68: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:14:22.66 ID:Easmfhtt
ことり「ヘアピン」

これは、ことりの幼馴染のUちゃんのお話です。

まだピカピカの高校一年生だった頃、ことりはいつものようにUちゃんのおうちに遊びに行っていたんです。
もう一人の幼馴染のHちゃんは家の手伝いで来れなかったので、ことりは一人でUちゃんの家に向かいました。夏の日差しがジリジリと肌を焼くのが嫌で、できるだけ日陰を歩いて渡ります。
ふふっ、今のことり、まるで忍者みたい。
 
69: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:15:00.60 ID:Easmfhtt
「お邪魔しま〜す」

「いらっしゃい、ことり」

Uちゃんのおうちは日本舞踊の家元で、すごく立派なお屋敷なんです。

和風なUちゃんのお部屋でくつろぎながらお茶を飲んでると、とっても落ち着きます。


「ふぅ〜、Uちゃんちのお茶はおいしいね〜」

「そ、そうでしょうか…?」

「うん。うちは紅茶が多いから、緑茶はあんまり詳しくないだ」

「たしかに、ことりの家は紅茶の種類がすごいですからね」

「えへへ、お母さんが出先でよく買ってくるんだぁ」


Uちゃんとたわいない話をしてる時間はとっても幸せで、落ち着きます。
 
70: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:15:43.81 ID:Easmfhtt
そして対面にはUちゃんのきりっとしたお顔。


ことり(はあ〜ん♡しあわせぇ〜)プワプワ


えへへ
こう見えて実はことり、他の人がびっくりするくらい幼馴染ラブなのです♪

もちろんHちゃんとの時間も大好きだけど、こうやって静かにUちゃんと二人で過ごすのも大好きです。
そんな大切なUちゃんと次は何を話そうか少し考えていると…


ことり(……あれ?)

Uちゃんのお部屋の畳に、黒いヘアピンが落ちているのを見つけました。


ことり(…珍しい)


というのも、Uちゃんは普段からサラサラのストーレートヘアー。ことりの憧れでもあります。
部活の時に髪を結んだりはするものの、ヘアピンで髪を留めているのはほとんど見たことがありませんでした。
 
71: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:16:37.04 ID:Easmfhtt
「Uちゃん、これ落ちてたよ」

「………あぁ、ありがとうございます、ことり」

「ーーー?でも珍しいね、Uちゃんがヘアピン使うなんて」

「あ、いえ。これは私のではありません」


ことり(……え?)


ことりは一瞬、理解が追いつきませんでした。
だってここはUちゃんのお部屋で。
そこに落ちていたヘアピンがUちゃんのじゃないなんて…

ことり(まさか…!)
 
72: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:17:47.58 ID:Easmfhtt
ことりは気づいてしまいました。
Uちゃんの部屋に頻繁に出入りするのなんて、今までことりとHちゃんだけだったのに。

それに、Hちゃんもことりも、ヘアピンは普段使っていません。

ーーーーそう、これはきっと、Uちゃんの彼女のモノーー

ことり(……そっか)


Uちゃん、私たちに相談くらいしてくれてもよかったのに…


「ーーーUちゃん、ことり、応援するよ」

「……あの、なんのことですか?」

「ーーーでもね!せめて私たちに一言くらいあってもいいと思うの!誓って二人の邪魔なんてしないから!」

「すみません。意味がわかりません」

必死になって叫んでも、Uちゃんはとぼけています。
こうなったら、真正面から聞くしかありません!

「だってこれ、Uちゃんの彼女さんのモノでしょう…?」

「違います」

「ーーそう、だよね…やっぱり彼女さんが……え?」

「ですから、私に恋人はいませんし、そのヘアピンは誰のものでもありません」


「え?ええ〜!?」
 
73: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:41:10.33 ID:Easmfhtt
「はぁ……ことりはすぐ早とちりするんですから…」

「ご、ごめんね。だってUちゃんとあんまり遊べなくなるのかなって思ったら、つい…」

「私があなた達を蔑ろにするわけないでしょう」

「Uちゃん…」

やっぱりUちゃんは優しいです。
でも、たった一つのヘアピンで勝手に勘違いして落ち込んでーーーことりはいつになったら幼馴染離れできるのでしょうか。少し心配になりました。
 
74: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:43:17.10 ID:Easmfhtt
「あと、そのヘアピンは捨ててください」

Uちゃんの発言に、は思わず耳を疑います。

「ええっ?す、捨てるなんていいの?それに、誰のでもないってどういうこと?」

「………少々、現実味に欠けるのですが、」


Uちゃんは眉間にシワを寄せて、なんだか難しい顔をしているけど、そんな表情も素敵です♪
じっと続きを待っていると、Uちゃんはゆっくり口を開きました。


「ーーーー高校に入った直後から、部屋の中でヘアピンが湧くようになったんです」


「初めは、Hかことりのモノだと思っていたのですが、余りに回数が多いので気味が悪くなって捨ててしまったんです」


「でも何度捨てても、気づくと必ずヘアピンが落ちているんです」
 
75: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:44:50.65 ID:Easmfhtt
Uちゃんの話は、たしかに現実離れしていました。
ヘアピンが湧くだなんて、聞いたこともありません。
私が突然のオカルト話に戸惑っていると…

「ことり、ゴミ箱を見てみてください」

「ーーーえ??う、うん…」

言われた通りにUちゃんの部屋のゴミ箱を覗いてみるとーーー


「ひっ…!」

そこにはおびただしい数の黒いヘアピンが入っていました。

「ど、どういうことなの…?」

「毎日どれだけ念入りに掃除をしても、必ず見つかるんです。面倒なので、今は見つけ次第ゴミ箱に投げ入れています」

「えぇ……」

この謎の怪奇現象にもびっくりだけど、Uちゃんの順応力にもびっくりだよぉ…
 
76: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:47:33.31 ID:Easmfhtt
「でもこのヘアピン、Uちゃんのお部屋以外では見つからないんだよね?」

「ええ。どうやらヘアピンが湧くのは私の部屋だけみたいです」

困った、というよりはもはや辟易している様子のUちゃんに思わず苦笑いが漏れます。
私だったら怖くなって、一人で部屋にいられないかもしれない。
改めて、Uちゃんはすごいなぁと思いました。
 
77: (やわらか銀行) 2022/01/17(月) 15:49:39.53 ID:Easmfhtt
「お邪魔しま〜す」

「おっじゃましまーす!」

「二人とも、いらっしゃい」


あれから一年経ちますが、Uちゃんの部屋はすっかり元通りになりました。
もうあの大量のヘアピンを見なくて済むと思うと、心底ホッとします。

ーーーもしかしてあれは、Uちゃんに惚れちゃった幽霊さんの仕業だったのかも?
そう思うと、少しだけ、ほんのちょっとだけ可愛く思えます。


でも一番問題なのは……
Uちゃんったら、お部屋が元に戻ったことを教えてくれなかったんです!
Uちゃんは「心配をかけたくなかったから」なんて言っていましたが、ことりと後から事情を知ったHちゃんはカンカンでした。


私たちスーパー幼馴染に隠し事は不要なのです♪



終わり
 
85: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:42:45.54 ID:9n/ejX2B
穂乃果「留守電」

ウチのお店ね、穂乃果が一人で留守番してる時に限って、よく電話が鳴るんだ。

穂むらは古くからある老舗の和菓子屋だから、店内の電話は昔ながらの黒電話なんだ。
ジリリリーンっておっきい音が鳴るもんだから、近くにいたら思わず飛びあがっちゃうくらい。

電話機はレジに近い茶箪笥の上にあるんだけど、本当に音が大きいの。ニ階にいてもベルの音が聞こえるから参っちゃうよ。もう、何度昼寝を邪魔されたことやら…
 
86: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:44:20.76 ID:9n/ejX2B
しかもね、穂乃果がお店まで降りてきて、受話器を取ろうとすると切れちゃうんだ。
ひどいと思わない!?
頑張って昼寝から起きてきたっていうのにさ!


でも不思議なのは、その悪戯電話は決まって穂乃果が一人の時にかかってくるんだ。
電話機の故障でもないし、お母さんや雪穂がいる時はかかってこないから信じてもらえないし…

あーんもうモヤモヤするよ!
 
87: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:45:02.84 ID:9n/ejX2B
ーーーー

今日はお母さんもお父さんも出掛けてて居ないし、雪穂は塾で帰りが遅くなるから、穂乃果は一人ぼっちで店番です。
今の時期はそこまで忙しくもないし、お茶を啜りながらのんびり過ごしてたんだ。



ジリリリーン

穂乃果「うわっ」


電話が鳴ったのは、ちょうど日が暮れてきた夕方。
穂むらは店舗スペースが住居より一段低い土間になってるから、冬はすごく寒いんだよね。
 
88: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:45:48.30 ID:9n/ejX2B
穂乃果「もう、また〜?」


寒いからあんまり動きたくないんだけど、お客さんからの電話だったらいけないから、のそのそ電話機の前まで向かう。

穂乃果(……また悪戯だったらやだな〜)ガチャ

穂乃果「お電話ありがとうございます!穂むらです」

『…………』

受話器の向こうから聞こえるのは、沈黙。


穂乃果(またかぁ…)ハァ


いつもの悪戯電話みたい。
もう、こんな時までやめてほしいよね。
 
89: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:46:42.61 ID:9n/ejX2B
穂乃果(あれ?)


普段だったらすぐに切れるはずなんだけど、今日はずっと繋がったままだから、少し不思議に思ったの。もしかしたら、本当にお客さんなのかも。

穂乃果「もしもし?あの、ご用件は…」

『………』

受話器の向こうに気配はするけど、声は聞こえない。


穂乃果「あの〜、電話機の調子が悪いみたいなので、失礼します…」ガチャッ


穂乃果(あーあ、結局いつもと同じパターンかぁ…)

 ため息をついて、ストーブの前に戻ろうと歩き出したところで

ジリリリーン

穂乃果「っ」

またベルが鳴る。
 
90: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:47:47.01 ID:9n/ejX2B
穂乃果(もう〜!!)ガチャ

穂乃果「もしもし、穂むらです」

『………』

やっぱり相手の声は聞こえない。

穂乃果「もしもし!!」

苛立ちまぎれに大きな声を出したら、受話器からザザッというノイズが聞こえてきた。


『……お姉ちゃん』

穂乃果「あれ、雪穂!?」
 
91: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:50:29.96 ID:9n/ejX2B
いつもと声が違う気がしたんだけど、穂乃果のことお姉ちゃんって呼ぶの、雪穂しかいないし…
もしかして、今までの全部雪穂の悪戯だったのかも!
そう思うと、怯えてたのが馬鹿らしくなっちゃった。

穂乃果「もう、悪戯はやめてよねー。そうだ、後で雪穂にもおかえししちゃうんだから!」

うひひ、お姉ちゃんを舐めたら痛い目みるぞ〜

でも、返事は返ってこない。

穂乃果「雪穂?」

『……もうすぐ帰る』

穂乃果「およ?今日は随分早いんだね」

『……もうすぐ帰るから』

穂乃果「わかったよ。ねえねえ、帰ってきたら店番変わってよ、お願い!」

『……帰るから、入れてね。お姉ちゃん』

穂乃果「…雪穂?」

雪穂、勉強の疲れで穂乃果の話全然聞いてないみたい。もう、世話が焼けるんだから。
 
92: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:54:50.46 ID:9n/ejX2B
穂乃果「それはもう聞いたってば。ていうか、雪穂だって家の鍵持ってるでしょ?」

そもそも、お店から上がってくればすぐなのに。
今日の雪穂、変なの。


そう思っていた時、お店の引き戸がガラガラと開く音がした。

穂乃果「い、いらっしゃいまーー」

海未「お邪魔します」

ことり「こんにちは〜」

雪穂「ただいま〜」


穂乃果「海未ちゃんことりちゃん!?雪穂も!?」

海未「途中で雪穂に会ったので、一緒に来たんです。最近は物騒ですから」

ことり「ふふ、雪穂ちゃんがね、穂乃果ちゃんの恥ずかしいエピソードをーーー」クスクス

雪穂「わー!わー!秘密って言ったじゃないですか!バラすの早すぎますよ!!」アセアセ
 
93: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:56:45.23 ID:9n/ejX2B
なーんだ。お客さんかと思ったら全然違ったみたい。

穂乃果(ーーーーって、あれ?)

穂乃果は雪穂と電話をしてて、でも雪穂は目の前にいて…
うーん??パニックで頭がくらくらしちゃう。

海未「穂乃果…?」

雪穂「お姉ちゃん?」

ことり「あ、穂乃果ちゃん電話中だったんだ。ごめんね?」

みんな私が受話器を持って固まっているから、不思議そうな顔をしてる。
あれ、電話は…
 
94: (やわらか銀行) 2022/01/18(火) 08:58:53.43 ID:9n/ejX2B
穂乃果「ッ」

ハッとして、手に持っていた受話器をもう一度耳に当てた。

『ーーーから、おねえちゃん、もうスグカエルから、いれて、ね、イレテ、ネ』

電話の向こうで、声は早口に同じセリフを繰り返していた。


終わり
 
99: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 08:56:22.94 ID:eaUtQPO8
海未「よもつひらさか」

プシュー

海未「やっと着きましたね…」

朝のうちに東京を出たというのに、目的の駅に着く頃には既に日は高くなっていました。

降りる人もほとんどいない寂れた無人駅。
私は重厚なリュックを背負うと、早速歩き始めました。

海未「山頂アタックです!!」

園田海未、今年の夏最後の山登りです。
 
100: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 08:57:27.70 ID:eaUtQPO8
ーーー

海未(東京よりもかなり涼しいですね…)


まだまだ残暑が厳しい東京と比べて、ここでは既に秋の気配が漂っていました。


周辺が畑ばかりの一本道をしばらく歩き続けていると、林の方へと伸びるなだらかな坂道に出ました。登山口に繋がる道というのはここのことでしょう。事前にしっかりと地理を調べていたので、迷うことはありません。


海未「おや…」

地図で見た時は特に名前は書いていませんでしたが、坂の上り口に、石の道標のようなものが立っています。


海未(……『ひらさか』?)
 
101: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 09:35:45.91 ID:eaUtQPO8
私はそれに近づいてじっくりと見てみました。
所々苔の生えた石には、「ひらさか」と平仮名で刻まれていました。


海未(平らな坂で『ひらさか』でしょうか?)


なぜか妙に興味を惹かれた私は、しゃがみ込んでその石標をまじまじと眺めます。



海未(……しかし、その割には上にまだスペースがありますね…)


海未(まるで、長年の雨風によって風化したような…)

海未(なんと書いてあるのでしょうか…)


海未「ーーつ、ひらさか?」
 
102: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 09:39:31.80 ID:eaUtQPO8
顔を近づけ一生懸命読み取ろうとすると、辛うじて「つひらさか」とまで読むことができました。しかしそこから上は苔に覆われていて、読むことは叶いません。


海未(……つひらさか、つひらさか)

海未(どこかで聞いたことがあるような…)


木々の隙間から差し込む太陽が、私の頭皮をジリジリと焼いていきます。なんだかぼんやりする思考の中、私は魂が抜けたように石標を見つめていました。

海未「…!」ハッ


汗が顎をつたい、ぽたりと下に垂れたのにハッとして、慌てて立ち上がります。


海未(いけない、早く行かなければ…!)
 
103: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 12:47:04.54 ID:eaUtQPO8
その瞬間。


海未「ーーー」フラッ


ぐらりと視界が傾き、景色が歪む。
思わず膝から崩れ落ち、その場にしゃがみこんでしまいます。水分は摂っているつもりでしたが、熱中症か貧血でも起こしてしまったようです。

海未「ーーーう、ぐ…」

海未(……園田海未、一生の不覚です)


普段から鍛えていても、こうも容易く人間は動けなくなるものなのですね。頭の中がぐるぐると掻き回されているような奇妙な感覚。おまけにむかむかと吐き気までが襲ってきます。

海未「うう……」グッタリ
 
104: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 12:47:49.88 ID:eaUtQPO8
「ーーーどうかされました?」


今日は帰った方がいいかもしれない、と諦めかけていると、頭上から優しい声がしました。


海未(……?)


ゆるゆると顔をあげると、目の前には一人の女性が立っていました。心配そうな表情でこちらを見つめています。

海未「ーーー少し、立ちくらみがしまして…」

人に見られているということを認識すると途端に恥ずかしくなって、すぐにでも立ち去りたくなりますが、体が思うように動きません。
 
105: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:28:11.96 ID:eaUtQPO8
「大丈夫ですか?」

海未「すみません、ありがとうございます…」

女性はかがみこんで私の背中を摩ってくれました。
そして、肩にかけていた上品な鞄から小ぶりな水筒を取り出すと、蓋をあけて私に差し出してきました。

「これ、まだ口をつけてないので飲んでください」

海未「しかし…」

「飲んでください」

私はおずおずと水筒を受け取ると、慎重に口を付けます。


水筒の水はなまぬるく、妙に甘い味がしました。
 
106: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:29:17.47 ID:eaUtQPO8
気づけば私はゴクゴクとはしたなく喉を鳴らして、水筒の中身を飲み干してしまったのです。こんなに喉が渇いているのに気づかないとは、恥ずかしい限りです。

女性に背中を摩られているうちに、私の気分はようやく良くなりました。

海未「ありがとうございます。もう、平気ですので」

「よかった。この先に御用ですか?」

海未「えぇ。この坂の先が登山コースの入り口と聞いたので」

「山ですか。山はいいですね」

海未「はい。特にこの時期は登りやすいので」


女性は目をキラキラさせて言いました。

「私もこの先に用事があるんです。せっかくなので、ご一緒しても?」

海未「ーーあ、えと、はい…」

「ふふ、ありがとう」

女性はにっこりと微笑んでいます。
 
107: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:30:05.34 ID:eaUtQPO8
海未(なぜでしょう……この人は、どこか懐かしい雰囲気がします)

海未(あぁ)

海未(ーーーことりや希に似ているんですね。おっとりとして、いつも笑顔でーー)

「お嬢さんのお名前は?」

海未「あ…」ハッ

海未「そ、園田海未と申します。先程はお世話になりました」

「ふふ。しっかりしていますね」

海未「いえ、そんな…」
 
108: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:35:01.87 ID:eaUtQPO8
褒められたことが恥ずかしくて、俯いてしまいます。私は何も言うことが出来ず、互いに沈黙したまま坂を上り続けます。正直言って、気まずいです。


海未「……長い坂ですね」

「そうですか?もう少し行くと、石の道標が見えてきますよ。そこが坂の終わりです」


海未「ーーー道標、ですか…」

海未(…そういえば)

海未「来る時にもあったような…」

「ええ」



私はふと、あの苔に覆われた石柱のことを思い出しました。

海未「あの、この坂はひらさか、というのですか?」

「あぁ。地元の人はみんなひらさかと呼びますよ」

「最も、本当の名前はよもつひらさか、というんですけど、長いのでね」

海未「ーーーよもつ、ひらさか…」
 
109: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:36:08.19 ID:eaUtQPO8
そう言われて、私はようやくこの坂の名前と、それにまつわる伝説を思い出しました。どうやら今日の私は察しが悪いようです。

黄泉比良坂。
下っていけば、黄泉の国へと至る坂。


古事記の中の話は、確かこうでした。
国造りの最中にイザナミが亡くなり、夫であるイザナギは黄泉の国まで降りていきます。
しかし、イザナミはその国の食べ物を口にしてしまっていたので、現世には帰れないというのです。
 
110: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:49:15.75 ID:eaUtQPO8
その後、夫に強く説得されたイザナミは黄泉の国の神と話をしに行きます。その間、絶対に私の姿を見てはいけないと夫に忠告を残して。
しかしその言いつけを破ったイザナギは、醜く腐った蛆だらけのイザナミの姿を見てしまいます。

怒ったイザナミは亡者の軍隊を引き連れて、黄泉比良坂の入り口までイザナギを追いかけます。かろうじて逃げ切ったイザナギは、坂の入り口を巨大な岩で塞いでしまったのでした。以来、生者の世界と死者の世界が二つに分かれたという話です。
 
111: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:49:48.96 ID:eaUtQPO8
海未「しかし、なぜここがそんな名前なのでしょう」

「………出るんですよ」

海未「え?」


女性は微笑みながら、かわいらしい声で言いました。

「亡者が、ね…」

海未「亡者…」


私がポカンとしていると、女性はクスクスと笑いました。
 
112: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:51:24.14 ID:eaUtQPO8
「そうだ」

海未「?」

女性はガサゴソと鞄を漁ると、銀紙に包まれた薄い長方形のものを取り出した。


「ガム、いかがですか?」

海未「!」

海未(……確か、伝説では)


私は本に書いてあった伝説を思い出しました。

『 黄泉の国のものを口に入れてはいけない。なぜなら、黄泉の国で飲食したは、そこの住人になってしまうから。』

海未(ーーー亡者から差し出されたものを飲み食いしてはいけない…)
 
113: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:54:04.01 ID:eaUtQPO8
目の前の女性はどう見ても実態のある人間だというのに、なぜか嫌な予感がしました。

海未「い、いえ。結構です」

「あら、私は亡者ではありませんよ?」

女性はクスクスと笑っています。

海未「そんな、疑ってなんて」

私は弁解をしようと慌てます。


「このガムには助けられました」


海未「ーーーえ?」

海未(助けられた、とは…)
 
114: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:55:10.80 ID:eaUtQPO8
「沢に落ちたんですよ、この間」

海未「それは……大丈夫でしたか?」

「ええ。なんともありませんでしたよ」

海未「はあ…」

海未(……何が言いたいのでしょう)

また二人の間に沈黙が訪れて、私は居心地の悪さに足を早めます。



「足が折れてましてね。あの時は本当に参ってしまいました」

海未「っ」
 
115: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:56:28.63 ID:eaUtQPO8
海未「でも、さっき、なんともなかったと…」

「両足を骨折したんですよ」

海未「え、いや、でもさっきは」

「いえ、両足を骨折したって言ったじゃないですか」

海未「………」


女性は微笑んでいます。


「困りましたよ。助けを待つ間、何も食べるものがないんですから。だから、このガムで凌いだんです」

海未「そ、れは…」
 
116: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:57:45.78 ID:eaUtQPO8
海未(……一体、この人は)


海未「…ッ」

私はハッしました。
周りが暗いのです。
坂を上り始めた頃は、太陽は天高くに輝いていたというのに。腕時計を見ると、針は駅に着いた時間のまま止まっていました。


海未「今、何時ですか」

「ーーーあら、すみません。私の腕時計は壊れているので…」

海未「……そうですか」
 
117: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:58:24.86 ID:eaUtQPO8
さっきから歩き続けているというのに、坂の終わりは一向に見えてきません。


海未(ーーーそういえば、坂の入り口で立ちくらみがしたとき…)


海未(ーーー私は、水を)



「もうすぐですよ」
 
118: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 13:59:46.57 ID:eaUtQPO8
冷や汗が止まりません。
私は違和感の正体を見つけました。

下りになっているのです。

上り続けていたはずの坂が、いつのまにかゆるやかな下りになっていました。

「もうすぐですから」

海未「………」


もはや何も見えない暗闇の中、隣から嬉しそうな声が響いています。


終わり
 
119: (やわらか銀行) 2022/01/19(水) 14:03:49.45 ID:eaUtQPO8
>>118
今回は今邑彩さんの短編集から話をお借りしました
オリジナルではないということを表記しておきます
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1642343417/

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