【SS】海未「冬空コネクト」

SS


1: (笑) 2018/12/01(土) 13:07:54.28 ID:hK6qDHZ8
──
──


   『海未』

  
その熱い吐息に、体温に、白く舞う雪の寒さを忘れ、ただ私は、目の前のあなたに魅入られて。


   『海未』


きらびやかな街の光さえ遠のくぬくもり。不意に抱きしめられた身体。


   『目を、瞑って』
  
  
佇む二人の淡く儚い影が、寄り添い、近付いて、そっと、そっと近付いて、そして──。


──
──
 

2: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:08:51.89 ID:hK6qDHZ8
海未 「っはぁ…はぁ……」


……。

夢、ですか。

……。

……。

…………。


海未 「うあああああ!」
 
3: (玉音放送) 2018/12/01(土) 13:09:54.04 ID:hK6qDHZ8
今日は十二月二十四日。クリスマスイブです。はい。

本日午後十六時から…その、ですね……ご友人と遊びに出かける約束をしているんです。はい。

ということで早く支度をしなければなりません。

まず、髪型を整えましょう……ああ寝癖が直らない。前髪も変です。上手くいきません。

先に来てゆく服を決めましょう……これもだめ、あれもだめ、全部ダメです!今から買いに行く時間なんてありません!

前もって通い慣れない美容室へも行きましたし昨日はあれ程時間をかけて服を厳選したというのに、まさか当日になってこれほどずさんなものと気付くとは思いませんでした。
 
4: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:10:50.38 ID:hK6qDHZ8
こうなっては仕方がありません、最終手段です。召喚です。


ことり「もしもし?海未ちゃん?」

海未 「はい。すみませんが今から家に来てもらえますか」

ことり「うん、そうだと思ったよ♪」


いでよ!


海未 「すみませんがことり、今日……ゆ、友人と出掛けるので、身嗜みを整えてほしいのです」

ことり「うんうん。そういうことだと思って、メイクセット持ってきちゃった。ことりにお任せですっ♪」
 
5: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:11:29.24 ID:hK6qDHZ8
頼もしいことりの手によって髪は整えられ服は選別され、おまけに顔にはうっすらメイクまで施してもらいました。

鏡の私を見て、息を呑みます。


海未 「これが、私」

ことり「どうかな」

海未 「ええ。何と言いますか、普段の私ではないと言いますか、大人っぽくてお洒落で可愛らしくて……。こ、ことり!今の私は変ではありませんか?」

ことり「ことりが海未ちゃんのスタイリストさんなんだから変にはしないよ。安心して。問題があるとすればあとは、海未ちゃん次第かな。自信、持ってくれた?」

海未 「はい。ありがとうございます。すごく、素敵です」

ことり「良かった。じゃあ、今日のデート頑張ってね♪」

海未 「で、でででででで」
 
6: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:12:30.32 ID:hK6qDHZ8
そして、で、でででお出掛けです。友人と。

街の駅前の時計台の下、約束の十五分前になると、彼女の姿が見えました。


絵里「お待たせ。ごめんなさい、これでも早く来たつもりだったのだけど。待たせちゃって」

海未「いえ、全然待っていません。今来たところですから」

絵里「そう。ありがとう。それと……すごく、可愛い」

海未「な、なななな」


とにかく行きましょう!

顔見られたくありませんし。

でもこのままではいけない気がして、ちらっと横目で振り返ると慌てて追ってくる絵里の、普段よりお洒落でそれは魅力的な姿があったのですが、絵里の方こそ可愛いですという呟きは、ついぞ彼女に向けて発することはできないのです。

情けないです。
 
7: (笑) 2018/12/01(土) 13:13:15.78 ID:hK6qDHZ8
並んで歩く街中。暗くなり始めた街をイルミネーションが照らします。


絵里「どこへ行く?」

海未「ええと、そうですね」


ええと。まずいです。あれほど反復して音読したででお出掛けプランが思い出せません。


絵里「ねえ、映画見に行かない?気になってるのがあるの」

海未「あ。はい。そうしましょうか」


……。

まだです。まだこれからです。
 
8: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:14:40.50 ID:hK6qDHZ8
絵里の選んだ恋愛映画を見終えました。

れ、恋愛映画なんて破廉恥です。クリスマスイブにチョイスするジャンルではありません。もう。


絵里「面白かった?」

海未「は、はい。まあまあです」


それどころではありませんでした。なぜなら──。


絵里「そう?私は……あまり楽しめなかったかしら。海未のことが気になりすぎて」

海未「──」


それは。

それは──。


絵里「ね、私おなかすいちゃった。いい場所見つけたの。食べに行きましょ?」


どういう意味ですかー!

わー!
 
9: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:15:29.80 ID:hK6qDHZ8
上手く顔を見ることもできずに絵里にひっついていくと、なんだか小洒落たレストランに到着しました。

私の調べておいた場所など比べ物になりません。


絵里「海未は何にするかもう決めた?」

海未「いえ、まだです。絵里はどうするんです?」

絵里「それなんだけど、海未さえ嫌じゃなければこれにしない?何種類か来くるから、半分ずつに分けて食べるの」

海未「いいですね、そうしましょう」


ふむ、なになに。

カップル様限定セット。


絵里「不満?」

海未「い、いえああのあの」

絵里「そうね、これが嫌だったら」

海未「そ、れにしましょう……」


私、爆発しそうです……。
 
10: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:16:44.70 ID:hK6qDHZ8
海未「こんな素敵な場所に連れてきてくれてありがとうございます。とても美味しかったです」


味は正直よくわかりませんでしたが。


絵里「喜んでくれて嬉しい」


素直な「嬉しい」にドキッとして、絵里の横顔を見るとそのまま目が合いました。

クリスマスのイルミネーションに映し出された、その髪は華やかに輝き、その肌は闇の中ですら美しく透き通り、その瞳は何もかもを深層へと吸い込んでいるようです。

私は目を逸らすことができず、彼女もまた、深い深い瞳で、私を見つめていました。言葉に出来ない表情で。

二人きりの時間。
 
11: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:17:33.74 ID:hK6qDHZ8
何秒か。何分か。誰かの肩が立ち止まった私たちに触れるまでそれは続いて、硬直が解けると、安心したような、そうでないような、もう何がなんだかわかりません。

絵里は一端向こうを向いて深呼吸をすると、いつもの絵里に戻っていました。


絵里「ねえ海未、クリスマスじゃない?プレゼント、前もって用意しておくべきなのかもしれないけど、私は初めてのクリスマス、海未に選んでほしいの」
 
12: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:18:36.05 ID:hK6qDHZ8
輝かしいジュエリーの数々。

ちょっとうろたえます。

値段といい、何より私はことりなどと違ってこういったものに疎いですし。


海未「あの、私はこういうのに詳しくないですし、ここまで本格的なものはいくらなんでも選べません。気持ちだけで十分ですよ」

絵里「じゃあ、前言撤回。海未が選んだものを買うんじゃなくて、私が買おうかしら」

海未「いえ、本当に悪いです。だってそれに、こんな華美なもの私には似合わないですから」

絵里「……ばか」


顔をあげると、大人びた絵里のどこかあどけない、拗ねた表情があります。
 
13: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:19:37.24 ID:hK6qDHZ8
しかし、こういったものは。

ですが。

言い訳もできず、火に油を注いでしまったようで、絵里に手伝ってもらいながら選んでいきました。

絵里の手に握られているのは、淡いブルーのネックレス。


絵里「これ、どうかしら」


首にとめて、鏡に映してみました。


海未「これ……綺麗、です。絵里!これ、どう思いますか?」

絵里「ええ。そのネックレス、私もすごく似合ってると思う!」
 
14: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:20:25.15 ID:hK6qDHZ8
海未「ありがとうございます。こんな高価なものを頂いてしまって、本当に申し訳ないです」

絵里「もう、しつこいわよ」

海未「しかし」

絵里「海未」


常より鋭い絵里の声にはっとします。


絵里「もっと自分に自信持ってよ」

海未「……」
 
15: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:20:54.85 ID:hK6qDHZ8
絵里「そんなに、自分を低く言わないでほしい。誰よりも魅力的な海未を、それじゃあ、私がバカみたいじゃない。自分なんかって、悪く、言わないで。ほしい」

海未「……」


ああ。

なんと、情けない。

送り出してくれたことりが自信を持たせようとあんなにも頑張ってくれたというのに。

絵里だって、私に自信をもたせようと、何かに気付いてほしくて、きっと今日を、いえこれまでも、必死に送ってきたのでしょう。

私は、何をしていたのでしょうか。

ああ。
 
16: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:21:41.09 ID:hK6qDHZ8
絵里「あ、ごめんなさい。今私、すごく変なこと言ったから、その」

海未「いいえ。私のほうが、どうやっても悪いんです。こればかりは私の臆病さが原因です。謝らせてください」


いつもこうでした。

いつもこうです。

いつもこうなんです。


海未「ずっとそうでしたね」


二人歩きながら、思い出します。
 
17: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:22:32.78 ID:hK6qDHZ8
海未「あの時のこと、覚えてますか?」

絵里「ええ」


私が絵里先輩と仲良くなったあの日。

部室で、どうしても周囲のメンバーのように可憐に振る舞えない自分を改善しようと、練習後の部室で一人鏡の前であんなことをやっていた時のことでした。


  『に、にっこにっこにー。

   ……。
   
   剣道…弓道……。みんなのハート、打ち抜くぞ~!ラブアローシュート!!ばぁん♡』


  『……ふふふっ』


人には一番見られたくない現場を、悲しいかな、憧れの先輩に見られてしまったのです。

結果から見ればオーライというものかもしれませんが。
 
18: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:23:11.62 ID:hK6qDHZ8
海未「あの時点で、既に私はあこが……な、なんでもありません!」

絵里「ふん?」


  『意外ね。もっとお堅い子かと思ってた』
  
  『嘘です嘘です誤解です!幻覚ですから忘れてください!』
  
  『へえ?幻覚ねえ』
  
  『あ、あああああ』
  
  『どうしようかしら』


海未「あの頃の絵里は、もっと意地悪でした」

絵里「それは親切に手伝ったじゃない」

海未「結果的にはそうでしたが」
 
19: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:24:10.45 ID:hK6qDHZ8
  『じゃあ、みんなに追いつくために一人で練習してたの』
  
  『はい……』
  
  『ふふ、笑える。あなた、自信無さ過ぎよ。こんなに可愛いじゃないの。あなたはあなたのままでいい。無理に変えたらあなたじゃなくなる』
  
  『しかし』
  
  『しかし禁止。言い訳ご無用。さあ、見てあげるから踊ってもらえる?』
  
  『……踊るのですか?』
  
  『ええ。今あなたに技術的に欠けているものがあるとすればそれ。まあ、それも欠けてるなんて全然なんだけど。自信がないなら、そうするのが一番手っ取り早い』
 
20: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:25:00.04 ID:hK6qDHZ8
絵里「あの頃は、可愛いって言うのも簡単だった」


その言葉がどういう意味なのか。知っています。


海未「私と絵里が逢ったあの時からずっと、私は何も変わっていないんです」


自信のない私。格好良くて素敵な、絵里先輩の後を追っているだけ……引き摺ってもらっているだけの私。

変わったのは絵里という呼び方くらいでしょうか。

だから。今日こそ、と意気込んだのです。

はずだったのです。
 
21: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:25:55.78 ID:hK6qDHZ8
あの時から、私たちは、部活の終わった後に二人きりで練習して、出掛けるようになって、たくさん話して、絵里を知っていきました。


絵里「色んな場所へ行ったわね。近隣のショッピングモールは行き尽くしたし、遊園地に水族館に動物園、公園でピクニック」

海未「はい。そして思い返すまでもなく、どれも、絵里に引っ張られるように付いていくばかりでした」


いつの間にか、一番長く一緒にいる人になっていて。

一緒にいると、本当に楽しくて。嬉しくて。心地よくて。幸せで。

思い出話をしながら、まばゆい街の光より一つ高い、橋の上まで歩いてきました。
 
22: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:26:54.45 ID:hK6qDHZ8
海未「ですから、私は、自信がないんです。常に多くの人を導いてくれる器量のある絵里の隣にいられるだけの資格があるのか、怖いんです」

絵里「ほんと、ばか」


表情を月明かりが照らしました。


絵里「海未にだけよ、こんなの。海未にしか、できなんだから」


涙を湛えたその瞳は、やはりどこまでも深くに飲み込んでいきそうで、甘く切ないものです。


絵里「ごめんね、海未。ずっと、怖かったのよね。私だって、臆病だったんだもん。もう言うから。だから、海未、聞いて」

海未「ま、待ってください!」
 
23: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:28:06.39 ID:hK6qDHZ8
負けてはいけないのです。園田海未。

ずっと私に教えようとしてきてくれた絵里。ここが正念場なのではないですか。

クリスマス、今日こそは勇気を振り絞って、私がリードする日なのではなかったのですか。

恩返しを、そして私の溜め込んできた気持ちを全部伝えるには、もはや今しかないのではないですか?

しかしどうすれば。どうすれば。どうすれば。


海未「あの!これ、受け取ってください!」

絵里「……これって。開けていい?」


どうか。
 
24: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:28:58.86 ID:hK6qDHZ8
海未「そ、その……このようなネックレスを頂いたのに、本当に、もうどうしようもない代物で」


包み紙を広げた絵里の手には長い毛糸の変なのが貴重品みたいに握られています。


絵里「……手編みの、マフラー?」


海未「本当に本当に、ひどい代物です」


その時の大粒の涙は一生忘れることはありません。

特別な夜の、一番大切な人の、特別な涙です。


絵里「巻いて、いい?」

海未「巻いてください」


もう逃げません。

ふさわしい人になるため、堂々胸を張って隣に寄り添える人になるために。
 
25: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:29:49.97 ID:hK6qDHZ8
絵里がコートの上からしていたマフラーを解きました。

そのまま、驚く彼女に構うことなく、ぎゅっと身体を抱きしめると、2つのマフラーが地に落ちました。

愛おしい彼女を、抱きしめました。


海未「手作りのマフラーではあまりも絵里に不釣り合いです。これが釣り合うかはわかりませんが、どうか、受け取ってください」


顔は見ませんでした。ただ、震える肩を感じて。
 
26: (魔女の百年祭) 2018/12/01(土) 13:30:44.71 ID:hK6qDHZ8
海未「絵里、目を瞑ってくださいっ」


その熱い吐息に、体温に、寒さを忘れ、ただ私は、目の前のあなたに魅入られて。

きらびやかな街の光も音も遠のいて。

佇む二人の淡く儚い影が、寄り添い、重なり合って、そっと、そっと近付いて、そして──。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
fin
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1543637274/

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