【SS】しずく「あなたと理想のバレンタイン」【ラブライブ!虹ヶ咲】

SS


1: (SIM) 2022/02/14(月) 00:05:25.19 ID:2OgTsDoT
「後はええっと……。ああそうです、肝心のチョコレートを買い忘れていました」

「駄目ですよしずくさん。そんなにうっかりしていては、立派なお嫁さんになれませんよ?」

「申し訳ありませんしずくさん……。以後気をつけますね」

「まったくあなたという人は。バターとホイップクリーム、それにココアパウダーだけで、どうやってチョコを手作りしようと考えていたんですか?」

「えへへ。まるで錬金術師のようですね」


チョコ売り場に向かいながら、私は私と小さな声で会話をします。平たく言えば独り言です。機嫌が良い時って、自然と独り言が出てしまいますよね?
 

3: (SIM) 2022/02/14(月) 00:07:49.05 ID:2OgTsDoT
「ありましたありました。うふふ、楽しみですね」


到着してすぐ、私は迷わず森永の板チョコに手を伸ばします。勿論ビターです。これからバターやホイップクリームを混ぜるので、ミルクチョコを使うと甘くなりすぎてしまいます。

甘すぎるとすぐに飽きてしまいますよね、お菓子も恋愛も。だから私も、時には苦くて渋い大人の女性を目指してみたりするのです。
 
6: (SIM) 2022/02/14(月) 00:10:46.66 ID:2OgTsDoT
余談ですが、ホイップクリームには動物性のものと植物性のものがあるってご存知でしたか? 多少値は張りますが、手作りチョコを作る時は必ず動物性のものを使いましょう。味の深みが全く変わってきます。

さてさて。材料は全て揃いました。今年作るのは所謂生チョコです。渡す相手ですか? もちろん先輩です。実は桜坂しずくは、先輩に恋をしちゃっているのです。

鼻歌まじりに学校へ向かって歩きます。今日のリクエストは、神奈川県鎌倉市在住の桜坂しずくさんから、「あなたの理想のヒロイン」です。サビのどこか懐かしい雰囲気がくせになる名曲ですね。
 
7: (SIM) 2022/02/14(月) 00:12:59.95 ID:2OgTsDoT
***


MCしずくが3通目のお便りを読み終えた頃、学校に到着しました。調理室へ向かいます。


「ただいま」

「あ、しずくちゃん。おかえり」


ドアを開けてすぐに出迎えてくれたこの可愛い女の子は、同級生の天王寺璃奈さんです。宝石のような瞳がチャームポイントの、大切なお友達です。


「お留守番ありがとう。さ、作ろっか」

「うん。楽しみ」


頭を撫でると、璃奈さんは元気なお返事。可愛いのでもうしばらくなでなでタイムを続行します。
 
9: (SIM) 2022/02/14(月) 00:16:02.18 ID:2OgTsDoT
コンコンッ


突然鳴り響いたノックの音によって、私の至福の時間は中断を余儀なくされます。ちょっとムッとしてしまいましたが、きちんと笑顔で応対しましょう。


「どうぞ」

「やっほー。私も使わせてもらうよぉ」


入ってきたのは、2つ上の先輩、近江彼方さん。その間延びした声はまるで子守歌です。どうやら彼方さんもチョコレートを手作りするようです。

しかし――。何故か枕を抱えていらっしゃいます。おかしいですね。
 
10: (SIM) 2022/02/14(月) 00:18:55.23 ID:2OgTsDoT
「彼方さん」

「あの子はもう来てる?」

「まだ戻られていないようですよ。だよね、璃奈さん?」

「うん。さっきLINEしたら、7時くらいまでかかるって」

「だそうです」

「良かったー」


先輩は今日、次のライブの打合せに行ってらっしゃいます。ちなみに、生徒会長の栞子さんに頼んで、打合せは極力引き延ばしてもらっています。
 
12: (SIM) 2022/02/14(月) 00:21:48.01 ID:2OgTsDoT
「よーし。彼方ちゃん、張り切って美味しいチョコを作っちゃうぞー!」


枕を置いて腕まくりをする彼方さん。張り切るのは良いですが、肝心の材料はどうするのでしょうか?

……ふふっ。ご安心ください。この桜坂しずく、彼方さんの後輩としても経験豊富です。当然予備の材料を用意しています。


「それでは彼方さん、私の材料を使ってくだ」

「大丈夫よ。彼方の分はここにあるから」


いつの間にか、彼方さんの後ろに果林さんが立っていました。手にはスーパーの袋を提げています。
 
13: (SIM) 2022/02/14(月) 00:24:14.95 ID:2OgTsDoT
「果林ちゃんもチョコを手作りしたいらしくて、さっき一緒に買い物に行ってきたのさ」

「しずくちゃんたちも作るのね? 楽しくなりそうだわ」


妖艶。見る者を魅了する笑顔が、そこにはありました。流石セクシー系スクールアイドルです。ところで……。


「おふたりは、誰に渡すんですか?」


当然の疑問です。回答によっては、ライバルになるわけですから。


「んー? もちろん彼方ちゃんは同好会の皆にあげるよー」

「私もとりあえず皆に渡そうと思っているわ」


……なるほど。
 
14: (SIM) 2022/02/14(月) 00:28:46.68 ID:2OgTsDoT
「何を買ってきたか見せてもらっても良いですか?」

「ええ。いいわよ?」


果林さんが持っているレジ袋を覗き込む私。直後、ある違和感を覚えます。


「何だかやけに凝ったラッピング用品が2種類だけありますね……。これは?」

「なっ!? ……ち、違うわよ! これはあれよ! 一番安いのがたまたまこんな感じだったの!」

「へえ。その包装紙とリボン、さっき同じものをスーパーで見たんですけどね。結構高かったですし、『本命チョコにはこれ!』なんてポップも貼ってありましたが……」

「彼方さんは遥さん用だとして。果林さん、これはなんでしょうね?」

「……鋭いじゃない」


引きつった笑顔の果林さん。名探偵しずく、完全勝利です。私は得意げに腕を組み、したり顔で果林さんを見つめます。
 
15: (SIM) 2022/02/14(月) 00:32:00.62 ID:2OgTsDoT
「残念でしたね。でも、先輩はにぶちんなので、そんなに明らかな物を渡しても察してくださるかは怪しかったですけど」

「しずくちゃん、1つ勘違いしてるよ」


勝利宣言の途中で彼方さんが会話に入ってきました。大人びた雰囲気に反する、いたずらっ子のような笑顔で。


「どうしたんですか彼方さん……?」


私が訝しげに見つめると、彼方さんは「ふふん」と鼻を鳴らし――



「彼方ちゃんの本命チョコも、あの子のものだよ?」
 
17: (SIM) 2022/02/14(月) 00:34:57.60 ID:2OgTsDoT
***


嗚呼、乱世乱世。彼方さんの衝撃の一言により、調理室に集いし3人の乙女たちによる戦が始まってしまいました。競う内容は簡単、「誰のチョコレートが一番美味しいか」です。

幸い調理器具は豊富にありますし、公平かつ公正な勝負が出来そうです。


「それじゃあ、よーい……どーん!」


審査員の璃奈さんの合図と共に、材料に手を伸ばします。私が手に取ったのは先ほど購入した森永のビターチョコレート。彼方さんと果林さんは、明治のミルクチョコレートです。勝利を確信しました。
 
18: (SIM) 2022/02/14(月) 00:37:18.50 ID:2OgTsDoT
この戦いは、板チョコを使えばどんなものを作っても良く、その他材料は何を使っても構わないルールです。

とはいえ。この材料のラインナップなら、バターとホイップクリームを使用するのは殆ど確定事項。甘すぎるものを好まない先輩に対して、ミルクチョコレートをベースに使うのは自〇行為です。

一級先輩専用ヒロインである私は、当然先輩の好みを熟知しています。つまりは初手でこの勝負は決まってしまった。

……そう思っていたのですが。
 
20: (SIM) 2022/02/14(月) 00:40:19.60 ID:2OgTsDoT
「果林ちゃん!?」

選択した板チョコを溶かすところまで同じ動作をしていた私たちですが、彼方さんの声に反応して私も果林さんを一瞥。

「え!?」

何ということでしょう。そこには、溶かしたチョコレートをそのまま型に流し込み始める果林さんの姿がありました。これでは最早手作りチョコの「手」の字もありません。
 
22: (SIM) 2022/02/14(月) 00:43:31.14 ID:2OgTsDoT
「これが朝香流よ?」

「いやいやそれは何流とか、そういう問題じゃないでしょー?」

「気持ちさえこもっていれば良いのよ!」

早くもハートの型をいっぱいにした果林さんは、高らかに笑いながら冷蔵庫へと向かっていきます。

「璃奈ちゃん!」

「良いと思う」

彼方さんの抗議も空しく、璃奈さんは笑顔のボードで試合続行を宣言しました。

私はこの隙にバターを湯煎で溶かし、動物性ホイップクリームと共にチョコレートの海に投入します。今回は勝負用に少量作れば良いので、すぐに完成しそうです。
 
24: (SIM) 2022/02/14(月) 00:47:08.07 ID:2OgTsDoT
「しずくちゃんはそれだけしか使わないのかい?」

そう言って彼方さんが手に取ったのは、カナダ産のハチミツです。それ以上甘味を足してどうするつもりなんでしょう。

「彼方さんこそ、何を作る気なんですか。ハチミツだなんてそんな……」

「ふっふっふ。まあ見ていなさいな」

自信満々の彼方さん。何か策でもあるのでしょうか?

数十分後、私と彼方さんもチョコを冷蔵庫で冷やした後、私はココアパウダーを、瞳さんはトッピングシュガーで仕上げをしました。そして、判定は璃奈さんへと委ねられます……。
 
25: (SIM) 2022/02/14(月) 00:48:28.96 ID:2OgTsDoT
>>24
瞳さんって誰だ
すみません「彼方さん」です
 
26: (SIM) 2022/02/14(月) 00:51:49.93 ID:2OgTsDoT
***


「けっかはっぴょー!」

どこぞの大物司会者もびっくりの勢いで、璃奈さんが結果発表を宣言します。もはやこれは出来レースですが、一応毅然とした態度で臨むことにしましょう。

「いちばんおいしかったのはー!? どぅるるるるるるるるるるる」

口を尖がらせてドラムロールまで入れ始める璃奈さん。結構ためますね。自信はありますが、何だか不安になってきました……。
 
27: (SIM) 2022/02/14(月) 00:56:21.35 ID:2OgTsDoT
「彼方さんです!」

「やったぜー!」


全力のガッツポーズを見せる彼方さんを、私は呆然と見つめます。え? 嘘ですよね?


「ちょっと璃奈さん!?」

「流石ね彼方。しずくちゃんは……残念だったわね?」


果林さんが私の肩に右手を乗せ、にやりと笑います。納得いきません。私の勝利は確実だったはず……。
 
28: (SIM) 2022/02/14(月) 01:00:59.16 ID:2OgTsDoT
「璃奈さんどうして? ミルクチョコレートにケーキ用マーガリン、動物性生クリーム、更にはハチミツまで混ぜたチョコなんて甘すぎて食べられたものじゃ……」

「だから彼方さんが勝った」

「どういうこと?」

「この勝負の審査員は私。でもね。しずくちゃんのチョコレートは、私以外の誰かに向けて作られてた」

「……あ」


璃奈さんの言う通りです。私のチョコは……。
 
29: (SIM) 2022/02/14(月) 01:03:15.99 ID:2OgTsDoT
「しずくちゃんは、本当にあの子のことが大好きなんだね」


顔が熱くなるのを感じました。確かに私は、このチョコレートを先輩にあげるつもりで作っていました。璃奈さんの好みも知っていましたから、少し考えれば璃奈さん向けのチョコを作って勝つこともできたはずです。

それでも、私は無意識に先輩を想定して作っていたのです。
 
30: (SIM) 2022/02/14(月) 01:08:56.88 ID:2OgTsDoT
「い、いけませんか? この後本命を渡す先輩のことを考えてチョコを作るのは当然ですよ!」

「何よそれ。妬けちゃうわねぇ」

「ひゅーひゅーだねー」


何も恥じる必要が無いのは分かっていました。でも何だか無性に恥ずかしくって、たまらない気持ちになりました。穴があったら入りたいとは、まさにこのことです。
 
31: (SIM) 2022/02/14(月) 01:12:48.79 ID:2OgTsDoT
ガラガラッ


「ただいまー」

「あら。お疲れ様」

「丁度良かったねー」


ああ、先輩が帰ってきてしまいました。チョコは完成していますが、まだ気持ちの準備が出来ていません。
 
32: (SIM) 2022/02/14(月) 01:18:41.65 ID:2OgTsDoT
「わあ、良い匂い! 私も参加したかったなあ」

「でも、調理器具をそんな風に使っちゃだめだよ?」


先輩の視線の先には、先ほど璃奈さんが審査員用の小道具に使っていた調理器具たち。マイクとしての天寿を全うした泡だて器が、助けを求めるように先輩を見つめています。

私は緊張のあまり、目を閉じました。

先輩の足音がこちらに迫ってくるのが分かります。私は怒られてしまうのでしょうか?
 
34: (SIM) 2022/02/14(月) 01:22:50.35 ID:2OgTsDoT
「ごめんなさい先輩。実はかすかすしずしずで……」


便利な言葉を使って、私は説明の省略を試みます。だって、もうすぐ外の世界のバレンタインデーが始まってしまいますから。


「私も片付け手伝うから大丈夫だよ。それより……」

「今日は、その。これをしずくちゃんたちに作ってきたんだ」


目を開けると。先輩の手には、可愛らしいラッピングが施されたチョコレートが握られていました。1、2、3……4つあります。
 
35: (SIM) 2022/02/14(月) 01:25:37.38 ID:2OgTsDoT
「ハッピーバレンタインしずくちゃん。私からの気持ちだよ」


優しく微笑む先輩。鼓動が高鳴るのを感じます。


「ええっと、その……。ありがとうございます」


チョコを受け取り、顔を先輩と反対方向に向けます。だって今の顔を見られたら、私は本格的に入る穴を探し始めてしまいそうで。

でも。一つだけ聞かせてほしいんです、先輩。
 
36: (SIM) 2022/02/14(月) 01:28:10.29 ID:2OgTsDoT
「どうしてチョコが4つあるんですか?」

「……え」

「嫌いです」

「しずくちゃん?」

「嫌いです」


本命チョコは1つだけ。きっとシェイクスピアだってそう言いました。ちょっと不快だったので、私は先輩にささやかな罵倒をぶつけてみました。
 
37: (SIM) 2022/02/14(月) 01:32:28.05 ID:2OgTsDoT
「ごめんってば……。でも、しずくちゃんだけ特別なんだよ。開けてみて」


その言葉に従って、可愛いラッピングを惜しみつつ、チョコを開封しました。


「……ふふっ」


円形のチョコレートの中央、そこにはホワイトチョコで書かれた「だいすき」の文字がありました。とても、とても下手な字で。
 
38: (SIM) 2022/02/14(月) 01:34:25.31 ID:2OgTsDoT
「字が下手なのは見逃してね。意外と難しくってさ」

「……そうですね。とってもへたっぴです。こんな字じゃ、私たちの部長さんは務まりませんよ?」

「精進します……」


先輩は頭をぽりぽりとかきながら、彼方さんたちにもチョコを渡すため、私から離れていきました。


「本当は私が先に渡したかったんですが……」
 
39: (SIM) 2022/02/14(月) 01:34:46.47 ID:2OgTsDoT
先ほどいただいたチョコレートを改めてじっくりと見つめます。全く、先輩はとってもにぶちんで、一生懸命になると周りが見えなくなって、誰にでも優しくしちゃって。


――でも、そんな先輩だから。私は。



「私も、『だいすき』ですよ。先輩」



聞こえないよう細心の注意を払って、私は世界で一番小さな告白をしました。





 
40: (SIM) 2022/02/14(月) 01:34:56.15 ID:2OgTsDoT
おわりです。
 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1644764725/

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