【長編SS】曜「拝啓千歌ちゃんへ」【ラブライブ!サンシャイン!!】

SS


1: 2019/01/15(火) 21:53:28.59 ID:tSht9cis
千歌(17)「ん……」ムク…
 
 
千歌「あり、ここ、どこ?」キョロキョロ…
 
千歌(んと、私は確か……えっと……)
 

千歌「――梨子ちゃん?」

 
 
千歌(円卓に突っ伏して寝てる……でもここ、梨子ちゃんの部屋じゃない……。アパートみたい、な)
 
梨子(21)「すう……すう」
 

千歌「梨子ちゃん、おきて、梨子ちゃん」ユサユサ
 
梨子「ん……曜ちゃん、帰ってき――え」
 
梨子「千歌、ちゃん……?」パチ
 

千歌(な、なんか雰囲気違う!? 大人っぽい! しかも顔赤くて、い、色っぽい?)
 

千歌「ねえ梨子ちゃん――えっ、お酒飲んでるの!? これお酒の缶だよね!? こ、これも! 千歌知ってるよ! はいぼーるってやつ!!」

7: 2019/01/15(火) 22:13:35.36 ID:3f5pbgjV
梨子「……ゆ、め?」
 
千歌「ねえ梨子ちゃん何言ってるの? あれ、ちょっと髪切った……? それに、お酒、臭い……ねえさすがに、未成年飲酒はだめだよ……」ジロジロ
 
梨子「んぐ、んぐっ」
 
千歌「ちょちょ! そんなお酒一気飲みしたらっ!!」
 
梨子「はあっ、はあっ……千歌ちゃん……千歌ちゃん、なの!?」ガシッ
 
千歌「そ、そうだって!」
 
千歌(うう、お酒くさい……)

 
曜(22)「――たっだいま戻りました梨子大尉―」ガチャ…ヘニャヘニャ

 
曜「もう飲めないなんて言わないでさー、もっと渡辺さんとお酒のもおよー」エヘヘ…フラフラ
 

曜「追加で買ってきたからさ、日本酒でしょ、ういすきーでしょ、あはは」
 

8: 2019/01/15(火) 22:18:38.10 ID:3f5pbgjV
曜「げんかいまでよーそろー」ハハハ
 
千歌「っ!!」
 
千歌「え、あ、曜ちゃん!!」

曜「え」
 
ガシャン!!
 
曜「千歌、ちゃん……?」
 
千歌「え……またお酒……?」
 

千歌「あ、あれ、曜ちゃん……雰囲気、違う。眼鏡なんて、どうしてかけて。それに曜ちゃんもお酒、飲んでる……?」
 

曜「だ、れ? あなたは、だれ?」
 
梨子「そんな、わけ……」
 

千歌「え……?」
 

梨子「――千歌ちゃんがいるわけ、ないじゃない……」

10: 2019/01/15(火) 22:21:37.79 ID:3f5pbgjV
◇――◇
 
曜(22)「おえ……おえぇ……」
 
千歌(17)「……曜ちゃん、平気、なの」
 
梨子(21)「多分ね」
 
梨子「ぅ……私もはきそ」
 
千歌「ちょちょ」

 
 普段なら清潔感溢れる部屋なのかな、なんて考えてしまう。円卓には大量のお酒やお菓子の袋、料理をしたのか空きのお皿まである。


 ベッドに腰をかけて全体を見渡して、ここが梨子ちゃんが一人暮らしをしている部屋なんだ……と、感慨深いというかなんというか微妙な気持ち。

 
千歌「えっと、私は……本当に高海千歌で……みんなとスクールアイドルをやってて、えっと、えっと……気がついたら、ここに居て」

 
梨子「……わけ、わかんないよ」
 

千歌「私だって! ここは東京……梨子ちゃんや曜ちゃんは大学生! なにこれ……冗談ならタチ、悪いよ」

 
 トイレで絶賛戻し中の曜ちゃんは、私の顔を見るやいなや、買い出してきたお酒、ウイスキーというものを一気飲みしてしまった。


 直後にふらんふらんになっちゃって、会話はほとんどできていない。

13: 2019/01/15(火) 22:26:52.39 ID:3f5pbgjV
 梨子ちゃんも、青白い顔で……私のことをじっと見続けている。

 
梨子「あなたはいったいなんなの? 千歌ちゃんのそっくりさんなの」
 
千歌「千歌は千歌だよ!」
 
梨子「ああもう……ごめんなさい。まともな思考になってないみたい。頭痛いし、ぐわんぐわんする。寝るわね……」
 
千歌「え」
 

 梨子ちゃんは、頭を抑えながら、まるで逃げるようにベッドに入っていった。
 

曜「ぅ……」
 
 それとほとんど同時に、足元ががたがたになってしまっている曜ちゃんがトイレから出てきた。
 

千歌「曜ちゃ」

 
 ぱち、照明が消される。
 

14: 2019/01/15(火) 22:29:25.72 ID:3f5pbgjV
梨子「曜ちゃん邪魔」
 
曜「ベッドがいい」
 
梨子「いつも床でしょ」
 
曜「気持ち悪い」
 
梨子「吐かないでよ」
 
曜「わかってるよ」
 
千歌「……」
 

 まるで、私はこの空間にいないもの扱いだった。
 二人はお酒を浴びるように飲んでいたし、私に構っている暇などないのかもしれないけれど。

 
 照明がない真っ暗闇の中、二人の寝息が聞こえ始めた。
 
千歌「……千歌も寝よ」

16: 2019/01/15(火) 22:50:35.54 ID:3f5pbgjV
 
梨子(21)「あの、昨日のこと、なんとなく覚えているんだけれど……あなたは千歌ちゃん?」
 
千歌「うん」
 
梨子「でも……その髪の毛。今は何歳?」
 
千歌「17歳……高校生だよ? 梨子ちゃんだって同い年のはずでしょ?」

 
梨子「――大学4年生よ」
 

千歌「え」

 
 四年生……? てことは、22歳くらい。千歌と、五つも違う。
 
梨子「ここは東京。内浦じゃない」
 

梨子「私はこの近くの大学に通ってるし、曜ちゃんも……同じく東京に出てきたの」
 
千歌「どういう、こと」
 
梨子「わからない……でも」
 

千歌「みんながいるなら、千歌は? 私は、何をしているの?」

17: 2019/01/15(火) 23:02:13.42 ID:3f5pbgjV
梨子「……」
 
 表情が、曇る。間を置いて、口を開いた。
 
梨子「――去年の夏、死んじゃった、よ」
 
千歌「えっ」

 
梨子「病院で、看取ったもん」

梨子「……」
 
梨子「みんな、泣いた。すっごく、泣いた。イタリアにいた鞠莉ちゃんもかけつけて」
 
千歌「うそ、でしょ」
 
 だから、いるはずないって。私がいるはずなんて、ないんだって。
 
梨子「冗談でも、そんなこと言ったりしない!!!」
 

千歌「じゃあ……この世界は、いったいなんなの?」
 
 出してもらったサンドイッチが口に入っていくことはなくて……普段なら三口くらいで食べてしまえそうな大きさなのに。喉の奥で熱くて重苦しいものが、詰まっている。
 

曜(22)「ん……」ムク…

18: 2019/01/15(火) 23:03:11.09 ID:3f5pbgjV
梨子「……曜ちゃん」
 
千歌「おはよ、大丈夫?」

 
 眼鏡を探す手に、無事眼鏡が見つかると視界を取り戻した曜ちゃんは真っ先に私と目があった。
 

曜「なにこれ……」
 
曜「なにこれ、梨子ちゃん。千歌ちゃんとそっくりな人見つけてきたの!?」
 

 曜ちゃんは思い切り立ち上がって、怒声を飛ばし始める。

 
梨子「そういうわけじゃ……」
 
曜「誰……この人、出て行って、出ていけ!!!」
 
梨子「――曜ちゃん!!」
 
千歌「っ……」
 
梨子「落ち着いて、よ」
 
曜「……ごめん」

19: 2019/01/15(火) 23:04:02.04 ID:3f5pbgjV
◇――◇

 
梨子「タイムスリップとか、パラレルワールドとか、そういう類、なのかな」

 
千歌「でも、タイムスリップだったら……高校生時点での出来事は同じのはずじゃない?」

 
千歌「スクールアイドル始めた時、最初に一緒に始めたのは梨子ちゃんだよ? あ、果南ちゃんの方が正しいのかな」

 
梨子「え……私たちは」
 
曜「私が最初、だったよ?」
 

梨子「そう、よね?」

 
 違和感。

 さっきから高校生時点での会話も、なんだか食い違っている。それに、梨子ちゃんの口調もなんだか……少し違う気がする。五年も経って変わったっていう証拠なのかな。
 

千歌「やっぱり、私がいた世界と、ちょっと違う、よ」
 
梨子「そう、みたいね」
 

23: 2019/01/15(火) 23:12:47.79 ID:3f5pbgjV
曜「……」

梨子「でも本当に、正真正銘、高校生の時の――高海千歌ちゃん……」

 
 まるで、他人と話している感覚だった。いや、他人であることは変わらないんだけれども、ただ、そういう意味の他人ではなくって。
 

梨子「とりあえず、どうやったら戻れるかわからないし……」
 

梨子「服、なんとかする? 寝巻きだけじゃ」
 

千歌「うん……」
 
梨子「私の服、着れると思うんだけど」ガサゴソ
 
曜「あ」

 
曜「私、千歌ちゃんの服持ってるよ!」
 

千歌「ほんと?」
 

曜「うん、部屋にあるんだ。持ってこよっか?」

26: 2019/01/15(火) 23:16:29.27 ID:3f5pbgjV
梨子「あるなら、それがいいかも」
 
曜「待ってて、行ってくるから」
 
 曜ちゃんは脱ぎ捨ててあった緩いパーカーを羽織って、そそくさと部屋を飛び出していった。
 

千歌「千歌の服持ってるなんてー、タイミングいいっていうか」

 
梨子「……」
 
千歌「梨子ちゃん?」
 

梨子「ねえ――曜ちゃんのことも、違うの?」
 

千歌「へ?」
 

梨子「……付き合っていたんだよ、曜ちゃんと“千歌ちゃん”は」
 

千歌「は? えっ、え!?!?」
 

梨子「そっかやっぱりわかんないか。あ、でも二人が付き合いだしたのって確か……高校三年生の時だったっけ。だとしたら、言っちゃまずかったのかな」
 

千歌「こ、この世界だと私、曜ちゃんと付き合ってたの!?」
 

梨子「そうよ。大学も違う大学だけど、二人で東京に出てきて……曜ちゃんの部屋で――同棲、してた」

27: 2019/01/15(火) 23:19:12.17 ID:3f5pbgjV
千歌「っ」
 

梨子「だから、服があるんだと思う。まだ――捨てていないんだね」
 
千歌「私が、曜ちゃんと」
 

曜『私と、付き合ってよ』

 
千歌「ぅ……」ズキ…

梨子「大丈夫?」

千歌「なんか、わかんない……」

 脳みその奥がずきりと痛む。曜ちゃんの声が、聞こえた気がした。

 
 顔に熱が集まっていく。どういうこと、こっちの千歌ちゃんは曜ちゃんと付き合ってただなんて。それに、同棲、ま、で。

 
千歌「同棲……」///

 
梨子「くす……高校生の千歌ちゃんには刺激が強かったかしら?」
 

千歌「こ、子供扱いしてー!!」プリプリ


千歌「……」
 

28: 2019/01/15(火) 23:20:32.52 ID:3f5pbgjV
千歌「そうだ、私……」

梨子「?」


千歌「曜ちゃんに、告白されたんだ……」

梨子「え!?」


千歌「あの、なんでか全然覚えてないんだけど……絶対絶対告白されてる!」


千歌「うぅ、絶対忘れるわけないのに、なんで……」
 
梨子「高校二年生の時なんて、曜ちゃん……へたれてばっかりで、常に呻いてただけだったよ?」
 
梨子「高校の最後に告白したのだって、みんながとにかく押せ押せで……」
 

千歌「うええ……なんか、違くない?」
 
梨子「まあでも、それで千歌ちゃんと曜ちゃんは付き合ったのよね?」

千歌「え、あ…………おぼえて、ない」


梨子「……?」

29: 2019/01/15(火) 23:22:29.78 ID:3f5pbgjV
千歌「あのあの、なんかね……分かんないの……覚えてるはずなのに、覚えてなくちゃいけないはずのことがぽっかり抜け落ちてるような感じで……」
 
梨子「千歌ちゃん……」


千歌「どうして私がこっちの世界にいるのかもわからないし、その寸前どうなってたかも覚えてなくて…………」

梨子「わ、私もこんな不可思議なことが起きちゃって混乱してるけど……そうよね、千歌ちゃんも不安だよね」

梨子「ちょっと記憶がごちゃごちゃになってる可能性もあるから……しばらく様子をみながら――」

ガチャ

 
曜「ただいま戻りましたー」
 
梨子「お帰り」
 
曜「はい、どーぞ」

 
 曜ちゃんは部屋に入って来るやいなや、両手に持った大きなビニール袋をどしんと下ろした。その中には、大量の衣類が入っていてこれらが千歌ちゃんのもので……私のものってことになるんだろう。
 

梨子「こんなに」

30: 2019/01/15(火) 23:24:49.34 ID:3f5pbgjV
梨子「……」
 
曜「ささ、きてみて」
 
 こっちの千歌ちゃんは、曜ちゃんと付き合っていた。
 
 高校生の最後からってことは、去年まで、千歌ちゃんが死んでしまうまで……付き合っていたってこと、だよね。

 
 複雑な感情が渦巻きながら、千歌ちゃんが着ていた服を物色する。
 

千歌「これ、かわいいかも」
 
曜「それ、よく着てたんだよ」
 
千歌「そう、なんだ」
 
曜「着てみてよ」
 
千歌「うん」スルスル…
 

曜「!!」
 
千歌「どう?」エヘヘ
 
梨子「っ……」
 

曜「うん、似合ってるよ!」

 
 曜ちゃんは微笑んだ。でも、笑みに被さる濃い陰がとにかく印象的だった。
 

31: 2019/01/15(火) 23:26:24.88 ID:3f5pbgjV
◇――◇
 
梨子「曜ちゃんの家に行った方がいいんじゃない?」
 
曜「え」

梨子「久しぶりに千歌ちゃんと二人きりになりたいでしょ?」
 
曜「そ、それは」

 
曜「――わ、私の家はだめっ」

 
梨子「そ、そう?」
 
千歌「あの、ごめんなさい……迷惑かけちゃう、よね」

曜「あ、いや……」

梨子「……」

 
梨子「……じゃあ、しばらく私の家にいてもいよっか? ご飯の心配もしなくてもいいよ」

33: 2019/01/15(火) 23:31:20.78 ID:3f5pbgjV
千歌「で、でも……一人暮らしなんでしょ。迷惑かけるよ……」
 

梨子「そんなこと気にしなくていいのよ」ナデナデ
 
千歌「ん……いいの」ウワメ…
 
梨子「ぅ//はあ、かわいいぃ」ナデナデ
 
千歌「な」
 

曜「なんかすっごく小さく見えるというか幼く見える……高校生ってこんな感じだったっけ」ナデナデ
 

千歌「もおー、ペットじゃないよ!!」
 
ピンポン

 
千歌「ん?」
 

梨子「――あ、善子ちゃん来た」
 

千歌「え!? そっか、他のメンバーも」

34: 2019/01/15(火) 23:33:23.45 ID:3f5pbgjV
曜「三人で遊びにいこーって言ってて」
 
千歌「それなのにあんなにお酒飲んでたの?」
 
曜「大人はいろいろあるんだよーろそー」
 
千歌「まだお酒くさいよ」
 
梨子「うん」
 
千歌「梨子ちゃんも」
 
梨子「え」
 
曜「善子ちゃんと飲みたかったな昨日!」
 
梨子「あの子すぐ吐くんだからやめてよ……」
 

ピンポンピンポン!!!!
 

千歌「ああほら待たせてるよ!」タッタッタ
 
梨子「あっ」
 
ガチャ

 
善子(21)「もう!! 早く出なさい――え?」
 
 

千歌「――ヨハネちゃん!!!!!」
 

35: 2019/01/15(火) 23:34:22.32 ID:3f5pbgjV
千歌(――ち、ちょー美人っ……!!!!!)

 
 
千歌(わ、お化粧うま……え、え!! 美人すぎ。す、すっごく大人っぽい……)ジロ…ジロジロジロ…
 

善子「……」
 
梨子「あ、おはよう善子ちゃん」
 

曜「おはよー」
 
梨子「入って」
 
善子「あ、うん」スタスタ
 
善子「酒くさっ……あなたたち昨日どれだけ飲んでたのよ……」

 
善子「良かった来なくて」
 

千歌「昨日すごかったんだよー、曜ちゃんずっとトイレいて」

37: 2019/01/15(火) 23:43:44.73 ID:3f5pbgjV
善子「……あの、梨子、曜、私、おかしくなってる?」
 
梨子「なってないわよ」
 
善子「そう、よね。あの、千歌の姿が見えるんだけど」
 

曜「うん」

 
千歌「千歌だよ、よっちゃんすっごい綺麗になったね!」
 

善子「どど、どーいうことなのよー!!!!!!!」
 

38: 2019/01/15(火) 23:47:11.74 ID:3f5pbgjV
◇――◇


善子「信じられないわ……」
 
千歌「千歌だって」
 
千歌「地獄から帰還したのだ」シュビ
 
善子「……」

梨子「本当に笑えないわよ」

千歌「……ごめん」

千歌(ぅぅ、こっちの梨子ちゃんなんかキツイなぁ……)
 

千歌「あれ、ヨハネちゃんこういうのしないの? 堕天使ヨハネの心が動いて――」
 

善子「っ、よ、ヨハネ言うなあ!!!」
 
千歌「へ」

 
梨子「ふふっ」
 
曜「高校卒業してヨハネも卒業したんだもんねー?」ニヤニヤ
 
善子「ぅ」フルフル…

 
千歌「お団子もなくなってるー……」ポフポフ
 

39: 2019/01/15(火) 23:49:25.67 ID:3f5pbgjV
善子「あなたが今高校生なら……私は全盛期って感じね。ほんと、やめて……」

 
善子「というか、なんで普通にヨハネって呼んでるのよ……あなたは頑なに呼ばなかったじゃない……」

千歌「えー!? ヨハネちゃん、よっちゃん、可愛い名前だからずっとそう呼んでるけど……」


善子「よ、よっちゃん……? や、やめて……善子で、いいから……」


千歌「むぅ……そう言うなら……善子ちゃんにする」

 

善子「なんか、変な感じねあなたが年下っていうのは」


千歌「……」

 
千歌「うん――みんなは、大人になったんだね」

  

善子「……」
 

44: 2019/01/16(水) 00:02:58.94 ID:BxylELlf
善子「今日どうする?」
 
梨子「ああ……そうね」
 
曜「遊びいくの、やめない?」
 
善子「そうね……」
 
千歌「遊び行く予定だったの?」
 
善子「一応ね」
 
善子「でもなんでかわからないけど、あなたが来た。それだったら」

 
梨子「――みんなで、話してた方が楽しいかなって」
 

善子「……ええ」

 
善子「ゲームしましょ」
 
千歌「げーむ?」
 

梨子「善子ちゃん、とにかくうちに来るから……なんかもう、ゲーム機置いてあるの」
 
曜「三人でよくやるんだ」
 
千歌「ほええ……」

45: 2019/01/16(水) 00:04:33.12 ID:BxylELlf
善子「……曜のことは、聞いたの?」
 
千歌「え……私と、恋人だったって、こと?」
 
善子「ええ」
 
千歌「一応」
 
善子「そう……」
 

善子「一年前までね、ここに四人で集まっていたのよ」
 
善子「私と梨子とあなたと曜は、みんな東京に出てきて、大学に通ってた。みんな違う大学だったけどね」

 
千歌「私が大学生……」
 
善子「ええ……高校時代あんなに一緒にいたんだもの。大学生になって、別々になっても……ほんとによく集まってた」
 

善子「あなたと曜は恋人だったから、その聖域に遊びに行くのは少し申し訳なくって。だから梨子の家にね」

 
善子「――梨子の家に来るのは、久しぶりなんだけど」

46: 2019/01/16(水) 00:06:14.63 ID:BxylELlf
千歌「……」
 
善子「お願いがあるの」
 
千歌「?」
 
 善子ちゃんは、静かに言葉を下に落とした。
 

曜「うあー!!!」
 
梨子「やった!」
 
曜「アイテム! アイテム酷くないちょっと!?」
 

 二人が夢中になって大きな声を上げるのとは対照的に、善子ちゃんは傍らで唇を引き結んでいる。何か、喉元につまっているような、そんな感じ

 

善子「――曜と、一緒にいてあげて欲しいの」

 
千歌「え……」

 
曜「見てた見てた!? 次は四人でやろうよ!」
 
千歌「え、ああうん!!」

 

 善子ちゃんのその言葉だけでは、正直、よくわからなかった。

 でも、私が知らないところで、私がいないところで、みんなは時間を過ごしてきた。きっと、そこに答えがあるんだと思う。

47: 2019/01/16(水) 00:06:58.50 ID:BxylELlf
また。

62: 2019/01/16(水) 07:08:29.21 ID:0TfsXtcx
◇――◇
 
スーパー

 
千歌「お肉がいいなあ……」
 
梨子「そっか、じゃあそうしようね」
 
千歌「えへへ」
 
千歌「三人は大学生なんだよね? 他の人はなにやってるの?」
 
梨子「ん……ルビィちゃんは静岡の大学に居て、ダイヤちゃんも今は静岡に居て、花丸ちゃんと果南ちゃんは、家で働いてるよ。鞠莉ちゃんはイタリアにいったし」
 
千歌「そうなんだ……みんな……」

 
梨子「最近みんなと会ってないから、わからないんだけどね。善子ちゃんや曜ちゃんと会うのも、かなりひさしぶりだったし」

 
千歌「前は頻繁にあってたんでしょ?」
 

梨子「うん、千歌ちゃんたちが何もなくてもうちに来てさ、たまり場になってて……ダイヤちゃんも時々来てたんだよ」
 
千歌「じゃあ、どうして今は?」

63: 2019/01/16(水) 07:12:59.50 ID:0TfsXtcx
梨子「……思いだしちゃうから、かな」
 

梨子「――みんなで集まると、千歌ちゃんのことを」
 
千歌「……」

 
梨子「私たちは、千歌ちゃんがいてくれたから一緒になれて……すごくいい思い出を作れた。忘れようなんて思ってないんだよ、でも、でもさ……」
 
 梨子ちゃんは買い物かごの持ち手を握りしめて、私が欲しいと言ったお肉を少し乱暴に投げ入れた。
 
 千歌ちゃんのことを、思い出すから。みんな、千歌ちゃんのこと、大切に思ってくれていたんだ。大切に思うから、辛くなる。その気持ちはなんとなく分かる。

 
千歌「うん……」
 
梨子「曜ちゃん、一時期本当にひどい状態になっちゃってさ。学校も休学寸前までいって」
 
千歌「え」
 
千歌「……」
 
千歌「ねえ、梨子ちゃん私はどうしてこの世界に来たんだと思う?」

 
梨子「わからない……。でも、千歌ちゃんがいるだけで、何かがまた輝きだした気がして」
 
梨子「今日の集まりも、本当にたのしいなって。――まるで昔に戻ったみたいで」
 

千歌「うん……」

 
梨子「だから、来てくれてありがとう」

64: 2019/01/16(水) 07:15:48.97 ID:0TfsXtcx
◇――◇

 
善子「あなた、なんで千歌とあんまり話さないの?」
 
曜「……そんなこと」
 
善子「わかるんだから」
 
曜「……」
 
善子「今話さないでいつ話すの? あの千歌はあなたの知っている千歌じゃないのかもしれない!」


善子「でも!!!!」
 

曜「……」


善子「――きっとあなたを救ってくれる……!」


曜「……」


善子「逃げないでよ」

65: 2019/01/16(水) 07:20:42.72 ID:0TfsXtcx
曜「逃げてるつもりなんて、ない」
 
曜「私は……。だって……」
 
曜「ようやく、ようやく前に進めたかもしれないって思ったのに!! こんな、こんな!!!!」
 
善子「……」

曜「話せって!? 何を話せばいいのさ! そうやって話して心を許して信頼してっ、でも、あの千歌ちゃんはいついなくなる!? ただの夢かもしれない! 幻かもしれない! だったら」

 
善子「千歌はそこにいる」

 
善子「いくら呼びかけたって、返事が返ってこないわけじゃ、ないじゃない」

 
曜「……っっ」
 
善子「ライン、見せなさいよ。吹っ切れたんでしょ、じゃあ千歌へのライン、見せて」
 

曜「や、やだ」

66: 2019/01/16(水) 07:22:28.00 ID:0TfsXtcx
善子「どうして、見せて」ジリジリ…
 
曜「善子ちゃんには関係ないじゃん」
 
善子「……ある」

 
善子「あなたは前に進んでなんかいない。進んだ気になってるだけ」
 

善子「事実を受け入れられないで、一人殻の中に閉じこもってびーびー赤ん坊みたいに泣いて喚いて愚図って普通なら一生来もしない助けを願っているだけよ!!!」グッッァ

 
曜「うるさい……だまってよ、怒るよ……」

 
善子「怒ればいいじゃない、そんな気力がまだあなたにあるなら私だって嬉しいわ。……なにも変わってない。あの日千歌が、あなたの前から、みんなの前からいなくなった日から!!!」


善子「――あなたは何一つ変わってない!!!!」
 
 

曜「うるさい!!!!!」

67: 2019/01/16(水) 07:25:23.71 ID:0TfsXtcx
曜「なんで、なんで善子ちゃんにそんなこと――」
 
ガチャ…

 
千歌「ど、どうしたの? 外まで叫び声聞こえてたよ」
 
曜「っ、ああ千歌ちゃんお帰り。梨子ちゃんも」
 
梨子「ただいま」
 

梨子「……」
 
善子「……」

 
千歌(な、なに、この空気?)
 

梨子「……ご飯にしよっか」

68: 2019/01/16(水) 07:26:04.02 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

善子「じゃあ、私は帰るわね」

梨子「うん、今度は出かけようね」

善子「ええ、そうね」

善子「千歌」

千歌「?」

善子「なんであなたがここにいるかわからないけど……また会えたら、よろしくね」

千歌「う、うん! こちらこそ!」

善子「ふふ、じゃあね」

千歌「っ」ギランッ

善子「や、やめなさいっ!」

千歌「にししっ」


善子「もう……またね」バタンッ

69: 2019/01/16(水) 07:27:13.26 ID:0TfsXtcx
曜「堕天使ネタ最近誰もやらなくなったから……なーんか新鮮」


梨子「そうね……」

曜「私もそろそろ帰ろうかな」スッ


千歌「か、かえ ちゃうの?」

曜「う、うん」


千歌「服……ありがとね?」


曜「ううん、全然。私のじゃないし」

千歌「でも」

曜「千歌ちゃんにお礼、言った方がいいかも?」


千歌「……なんか変な気分」

曜「じゃあほんとに帰るね――また……」


千歌「あ……うん、ばいばい」


バタン…


 扉が閉められる。曜ちゃんが帰ってしまった。

 たったそれだけのことなのに。

 急に胸が締め付けられるような不思議な感覚になって。

梨子「千歌ちゃん……」


千歌「え…………」ポロ…


千歌「あ、あれ? な、なんだろこれ……」ポロポロ…


 気がついたらポロポロ、涙が溢れていて。


梨子「……」ギュッ…


 優しく柔らかく、梨子ちゃんが抱きしめてくれた。この感情がわからなくて、でもなんでか心が泣いていて……。どうしようもなくなった私はそのまましばらく、腕の中に抱かれていた。

70: 2019/01/16(水) 07:29:40.81 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


梨子「……ん、もしもし」

善子「寝てた?」


梨子「もう寝ようとしてたところ」

梨子「どうかしたの?」


善子「……ねえ、千歌はまだいる?」

梨子「いるけど、どうして?」

善子「いえ……なんとなく、まだ居て貰わないと困るから」

梨子「まだって……」


善子「よくある話じゃない、死んだ人が幽霊みたいになって1日だけ現れるみたいなお話。そういうのって、大抵……消えちゃうでしょ?」


梨子「っ」


梨子「不安だったって、こと?」


善子「まあ、そうね……まだ消えて貰っちゃ困るから」

梨子「安心して、すぐそばで眠ってるから」

善子「……その千歌、一体なんなのかしら」


梨子「……分からないよ」

71: 2019/01/16(水) 07:31:16.23 ID:0TfsXtcx
善子「この世界の過去の千歌ってわけじゃなさそうだし、話を聞いてたら……正直ちょっとずれてる世界の千歌? って感じだし……」


梨子「そう、よね……私の性格もちょっと違うって言ってた。時間経過で私が変わったのかな? とも思ったけど」


善子「多分言葉通り、その千歌が知ってる梨子はもう少し大人しい感じなのかもしれない」

善子「別の世界の千歌が、こっちに来てる……じゃあそっちの世界の千歌はどうなってるのかしら」


梨子「……?」

 

善子「ねえ……こんなこと、本当に言いたくないんだけど。その千歌……もしかして、向こうの世界では死――」


 

梨子「やめて」

善子「っ」

梨子「やめてよ……」


善子「……ごめんなさい」


善子「ただ、色々気になって考えすぎちゃって」

梨子「ええ……大丈夫」


梨子「とにかく、今は私の家にいるけど……善子ちゃんにも頼むことがあるかもしれないからその時はよろしくね?」


善子「ええ……、悪かったわねこんな夜中に電話して」

梨子「ううん」

善子「おやすみ」プツッ

千歌「すぅ、すぅ……」

梨子「……」

 

梨子「千歌ちゃん……」ギュッ…

72: 2019/01/16(水) 07:34:12.12 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

千歌の家


千歌(17)「ん……んー……」


千歌「あれ……あれ?」

千歌「えっ、家だ!? なんで!?」


千歌「…………」


千歌「そりゃそうだよね、なんだか変なふうにリアルな夢だったな……」

千歌「……うっ」ズキッ…

 

美渡「……千歌、起きてる?」

千歌「え、あ……おはよう」

美渡「……大丈夫?」


千歌「…………?」

73: 2019/01/16(水) 07:36:31.08 ID:0TfsXtcx
美渡「とりあえず、梨子ちゃんが来てくれたから通すね? あ、果南ちゃんも下で朝ごはん食べてるからすぐ呼ぶ」


千歌「うん……」

千歌(――大丈夫って、何が?)


スタスタ…


梨子「あ、開けてもいい?」

千歌「どうぞーっ」


梨子「……おはよう」

千歌「おはよ」


千歌「どうしたのー、そんな暗い顔して」

梨子「……ど、どうしたのって」

千歌「え?」


梨子「あんなことが起こったんだもん」

千歌「あんな、こと?」


梨子「冗談はやめてよ……曜ちゃんのこと」

74: 2019/01/16(水) 07:37:37.41 ID:0TfsXtcx
千歌「曜ちゃん……」


千歌「よう、ちゃん……」


ズキッ…


千歌「ぅっ、ぅっ……」

梨子「千歌ちゃん!?」

千歌「ぅ、ぅ……うぅぅぅ……なにこれ、なにこれぇ……」ポロポロ…


千歌(梨子ちゃんの声が鍵になったみたいに、脳みその奥から記憶が溢れ出してくる)

千歌(忘れちゃいけないと思っていたこと、絶対忘れないと誓ったこと)

 

千歌(曜ちゃん、私は――)

76: 2019/01/16(水) 07:49:06.75 ID:0TfsXtcx
◇――◇

 
千歌(17)『うーん、こっちの花火大会もいいね。みんなで行ったのとはまたちょっと違って』
 

 河川敷の土手。小さなブルーシートを下に敷いて、その上に曜ちゃんと二人で身を寄せ合っていた。視線は夜空。
 

曜(17)『そうだね!』
 
 どんっ。

 
 鼓膜を強く刺激する炸裂音。辺りにいる人々が歓声をあげる。生み出された大輪はゆっくり夜空に蕩けていく。今日の準目玉、らしかった。

 
千歌(17)『大きいねー』

 
曜(17)『メインはもっと大きいってさ!』
 
千歌『そうなんだ!!』
 

 ちょっと遠出して来た、初めて来る花火大会。

 曜ちゃんがなんだかとても興奮した様子で、私を誘ってきたの。みんなも……って言おうとした次の瞬間には「二人で!」と花火に負けないくらいの笑顔で詳細が乗ってる携帯電話の画面を押し付けられた。
 

 目玉の花火が、あがるらしい。
 

曜『お』
 

77: 2019/01/16(水) 07:58:49.28 ID:0TfsXtcx
 曜ちゃんが身を乗り出した。
 
 夜空を切り裂くように、ひゅるひゅると咲く前の種が、昇っていく。
 
 高く、高く。
 
 
曜『――千歌ちゃん!!』
 
 耳元で曜ちゃんの声が聞こえた。大きな声だった。横を向くと視線がぶつかる。大きな瞳、吸い込まれそうな淡くて透明な空の色。どきり、と何かが高鳴る。
 
曜『――好きです!!!!』
 
 どんっ。
 
 先ほどとは比べ物にならない炸裂音が響き渡った。思わず空を見上げると花弁がだらりと垂れたように光が尾を引きながら、緩やかにその形を崩している途中だった。
 

千歌『って、違う違う。あの。曜ちゃん、い、今なんて?』
 

 私は、呆けたような表情だったかな。曜ちゃんが口元に手を当て、くすりと笑みを浮かべた。

 
曜『あははっ! 聞こえなかったの?』

 
 聞こえていた。けどそういう意味じゃなくて。

78: 2019/01/16(水) 07:59:37.28 ID:0TfsXtcx
曜『もーしかたないなぁ、じゃあもう一回言うね』
 
 彼女はふっと、息を吐きつける。
 
 
曜『――私ね、千歌ちゃんのことが好き! だから、付き合ってください』
 

千歌『っっ』
 

 吸い込まれる。素直に、そう思った。
 

千歌『……!?』
 

 なによりも、大きな音だった。
 
 にっと、元気いっぱいに白くて美しい歯を見せる曜ちゃん。
 
 まるで時間が止まったような感覚。

 
 ――しだれ柳は、もう夜空に紛れてしまっていた。
 

79: 2019/01/16(水) 08:01:47.86 ID:0TfsXtcx
 思い返してみれば、どこか様子がおかしかったのかもしれない。
 

 午前六時半。珍しく夏休みの課題を早めに片づけたほうがいいかな、なんて思い立ってペンを握って五分。白紙のプリントが眼下にある。
 

千歌『はー、宿題なんてなくていいのに』
 
千歌『……』

 
 二日前の花火大会の日。
 
 久しぶりに、私と曜ちゃんのふたりでの夏祭り。すこし遠出してまで行きたかったらしい曜ちゃんのお願いだった。
 
 その一週間前にはみんなで地元の花火大会に行ったというのに。
 
 わざわざ私と二人で。
 

千歌『……いつからなんだろう』

 
 一体、いつから私のことを。
 
 私たちは、友達で、幼馴染で。

 
千歌『返事、しなくちゃ、だよね』
 
 
 なんでか、なんでかわからないけれど、ちょっと、そう、ほんの少しドキドキしてしまっている私も居た。でもそれは多分、今まで告白されたことなんてないし、真正面からあんなに堂々と言われたから……かな? びっくりしてるだけだと、思う。


  

千歌『でも、やっぱりいきなりは……』
 

 ――断ろう。

80: 2019/01/16(水) 08:04:28.51 ID:0TfsXtcx
 でも、なんて?
 
 告白されたって、曜ちゃんは私のなかで変わらず大切な存在。素直にそう思える自分がいる。良かった。
 

 せめて、傷つけたくない。一緒に、これからもなんて贅沢かな。
 

千歌『返事、しなくちゃ』

 
 花火大会の日、告白してきたというのに、曜ちゃんは今までとなんら変わらない対応だった。おどおどするわけでもなく、追求するわけでもなく。まるで告白なんて、なかったかのように。
 

 次の日は休みだったから、曜ちゃんとは顔を合わせていない。
 

 だから、今日の練習は、告白されてから初めて顔を合わすことになる。
 

 待たせることは、そのまま傷つけること。だから、今日だ。
 

千歌『いよっし、とりあえず。練習の準備だ』

 
 考えすぎるのは性に合っていない。その時出た言葉を、そのまま伝えよう。頬を手のひらで叩いて、自分を一喝。


 どたどた走って洗面台へ。スーツに身を包んだ美渡姉にうるさいと怒鳴られた。

81: 2019/01/16(水) 08:06:20.64 ID:0TfsXtcx
◇――◇
 
曜『おっはヨーソロー千歌ちゃん!』
 
千歌『おはよー』
 

千歌『今日は起きられたの?』
 
曜『ばっちし』

 
 朝が意外なほどに弱い曜ちゃん。学校もいつも遅刻してくるし、そのせいでお弁当も忘れるし。夏休みに入って少し余裕ができたのかな。

 
善子『私がモーニングコールしてあげたからでしょ』
 

曜『いやあ良い堕天使の言霊でありました』
 
善子『そ、そうでしょ』
 
千歌『なんだ、やっぱりおきられないんだ』
 
曜『睡眠こそ生きてる証っていうか』

 
千歌『あはは……』

 
 やっぱり、何も変わらない。曜ちゃんは、すごいや。

 でもそれに甘えちゃいけない、きっと私が返事を返さなくても、問い詰めてくることは無いと思う。自然消滅、なかったこととして、私たちの間で消えるのかな。
 
 
梨子『千歌ちゃん、眠いの?』
 

千歌『ううん……』
 

82: 2019/01/16(水) 08:07:33.94 ID:0TfsXtcx
◇――◇
 
 帰りのバスの中、曜ちゃんを呼び出した。
 
 ここで降りようって。一緒にコンビニ行こって。田舎にある救世主のような存在の。買い物をするっていったらそこくらいしかないから、コンビニでの買い物も結構楽しいの。
 

 バスを降りて、私たちが利用するコンビニまで、二人で歩いた。
 

 カンカン照りの日差しが、アスファルトに反射して容赦なく肌を焼く。日焼け止め、もっと強く塗ればよかったな。

 
 いつも通り、何気ない会話をしていた。コンビニに入ると、人工的で強烈な冷気に思わず声が漏れる。
 

千歌『はあ、きもちいいぃ』
 
曜『だねえ』
 
 ふたりして蕩けながら、店内を物色する。
 

千歌『あ、これ新商品』
 
曜『甘そうだね……』
 
曜『私はこっちのほうがいいかなあ』
 
 フライヤー商品をのぞき込んで、口元を緩ませる曜ちゃん。
 

千歌『えー、お弁当食べたじゃん』
 
曜『お腹へったよもうー!!!』

83: 2019/01/16(水) 08:09:12.44 ID:0TfsXtcx
 エネルギー消費が激しいのも、曜ちゃんです。
 
 結局、私はオレンジ味のちょっとおしゃれな果実ジュースを購入した。透明なボトルタイプの、なんと300円もしてしまう代物。

 曜ちゃんは例のごとく、4つの唐揚げを串に差し込んだ唐揚げ棒を二本と、冷たいお茶を購入。
 
千歌『あれ、お金ないんじゃ』
 
曜『それは、それ……』
 
 お金使いも私に負けず劣らず、荒い曜ちゃんでした。
 
 店内を後にして、またうだるような熱気に包まれる。
 
 併設されている駐車場の縁石に並んで腰を下ろす。背後に広がる大海原からの潮風のおかげで、幾分か涼しい。
 

曜『あむ』
 
千歌『一口ちょーだい』
 
曜『え、四つしかないのに』
 
千歌『けち』

 
曜『う、うそだってば』

84: 2019/01/16(水) 08:10:24.04 ID:0TfsXtcx
曜『代わりにそのジュース飲ませて』
 
千歌『え、一本300円もするのに』
 
曜『けち』
 
千歌『嘘だって』
 

 同時に笑い合って、お互いの購入品を交換。他愛ない話を続けた後、出たゴミをゴミ箱に投げ入れた。
 

千歌『ナイスシュート』
 
曜『でしょ』
 

 にしし、と無邪気に笑う。
 
 まるで、何もなかったかのように。あれは、ただの夢であったかの、ように。
 

千歌『……』
 
曜『……』
 

 示し合ったのかな。私たちの間に言葉が無くなった。私が考えていることが曜ちゃんはわかるのかもしれない。

 
千歌『ねえ、曜ちゃん……返事、するね』
 

曜『……うん』

 
 目は、合わせられなかった。いつか買った、登下校用の簡素な靴をじっと見ている自分がいる。

 
 曜ちゃんは、あんなに堂々と真っ直ぐに想いを伝えてきたのに。それに比べて、私は――。

 

 
 
千歌『ごめんなさい!!』

85: 2019/01/16(水) 08:13:21.04 ID:0TfsXtcx
 私たち以外。誰もいない駐車場。背後の海に、雄大な青い空に、そしてどこまでも広がるみかん畑に、私の声が溶け込んでいく。
 
 ああ、言ってしまった。

 頭を大きく下げて、唇をかみしめる。顔を上げられない。上げたら、いったい、曜ちゃんはどんな顔をして。
 
曜『――あはは!』
 
千歌『え』
 
曜『もー顔上げてよ、千歌ちゃん』
 

 言葉のまま、顔を上げる。優しく、微笑んでいた。
 
 なんでだろう、なんで、断った私のほうが、泣きそうになっているの?

 
千歌『ぅ……』
 
曜『気にしなくていいよ。答えてくれただけで、嬉しいから』
 
曜『んー』

 
 私に背を向けて、両手をあげて全身を伸びあがらせている。はあっと、勢いよく息を吐きつけながら、元の姿勢へ。
 

曜『すっっきりした』
 
曜『いやー、ずっと言いたかったんだよね。中学校くらいからかな、ずっと』

88: 2019/01/16(水) 08:19:08.29 ID:0TfsXtcx
千歌『……』
 
曜「中学生じゃまだ早いかな? って思ってて高校生になって、タイミングが来たら言おう!って思ってたんだけど……なんかそういうタイミングってあんまり分かんなくて」


曜「じゃあもう早く言うしかない!! って思ったんだ」

曜『自分勝手な告白だったと思うけどさ! でも言わなきゃ後悔するだろうなって――気持ち悪いかもしれないけど、本気だったから』
 

千歌『っ』
 
曜『だから、答えてくれてありがとね!!』
 


千歌『うんっ……でも今まで通り、私は曜ちゃんのこと、大切だから!!』
 

89: 2019/01/16(水) 08:20:48.94 ID:0TfsXtcx
曜『ふふっ』
 
 背中が、少しだけ震える。
 

千歌『?』
 
曜『うあーーーーー!!』
 
千歌『曜ちゃんっ!?』
 

 急に地面を蹴った曜ちゃん。跳躍するみたいに走り出して背中が遠ざかる。一瞬の出来事に目を疑った。
 
 そして駐車場からでた道の真ん中で立ち止まり、こちらに向きなおる。
 

曜『私も! 千歌ちゃんのこと、大切だよー!!!』
 
千歌『っ』///
 

 メガホンの要領で、両手を口元に当てて叫んだ。蝉の声なんて、めじゃないくらい。
 

千歌『はは……』
 
曜『にしし』


 やっぱりすごいや、曜ちゃんは。
 

千歌『これからも、よろしくお願いしまーーすっ!!!!!!!!』
 

90: 2019/01/16(水) 08:24:54.58 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

スタスタ…


千歌『……』

千歌(暑い…………暑い……)

千歌(バス停、まだかな……)

 

曜『千歌ちゃん大丈夫?』

千歌『……』

曜『千歌ちゃん?』

千歌『ぇ、あ……』フラッ…


曜『おっと……もしかして、熱中症気味なのかも……気持ち悪い?』


千歌『ぅ、ちょっと……』


曜(足取りもふらついてるし……どうしよ、日陰も全然ない……)


曜(それならこのまま私がおぶってバス停まで急いだ方がいいかも……バス停まで1キロあるかどうかだと思うし……平気なはず)

曜『うん、しょ』

91: 2019/01/16(水) 08:25:42.05 ID:0TfsXtcx
千歌『よ、曜ちゃん!?』

曜『バス停までもうちょっとだからこのまま行くね! 大丈夫大丈夫、体力だけはあるからさ!』

千歌『で、でも……』

曜『ほらこれ飲んで、バス停行ったらちょっと横になって休もうね』


千歌『わかった……』


スタスタ…

ジリジリ…


曜(それにしても、あっついな……)

曜(ほんと、何度あるんだろ……40度超えてそうだけど……今年の夏は流石に暑すぎて異常だよ……外に人っ子ひとりいないし……)

 
スタスタ…


曜(やば……なんか、私まで気持ち悪くなってきた……)

曜『千歌ちゃん、平気?』


千歌『う、ん……』


曜『……』

スタスタ


曜(バス停までもうちょっと、もうちょっと……)


スタスタ…

92: 2019/01/16(水) 08:28:42.85 ID:0TfsXtcx
曜『千歌ちゃん着いたよ、ちょっと汚いかもしれないけど……ここで横になってて』

千歌『ん……ありがと……』

曜(なんとかたどり着いた……)

曜(えっと、バスの時間は……)フラフラ…


曜(んー……だいぶ先だなぁ……これなら迎えに来て貰った方がいいかも……)


曜『ねえ千歌ちゃん』

千歌『?』


曜『バスの時間まだ先だから、迎え呼ぼうと思――ぁ……』フラ…ゴンッッ…


千歌『え』

千歌『よ、ようちゃん?』

千歌『曜ちゃん!!』バッッ


千歌『曜ちゃん! 大丈夫!? 曜ちゃん!』ユサユサ…

千歌(さ、さっき……倒れた時すっごい嫌な音した……)


千歌(頭から血は出てないけど……)


千歌『む、迎え呼ばなきゃっっ』


プルルルルルッッッ


千歌『し、しまねえ!! 曜ちゃんが、曜ちゃんが!!!!』

94: 2019/01/16(水) 08:31:48.45 ID:0TfsXtcx
◇――◇
 
千歌『ぅ……ぅ』
 
 真っ白のシーツを握りしめ、顔をうずめている。消毒液のような、病院独特のにおいが鼻を刺す。
 


 ぴっぴっっと、聞きたくもない電子音が小さな空間を埋め尽くしていた。ドラマなんかでよく見る光景は、今、私のすぐそばで起こってしまっている。



 この心電図の音だけが今の心の支えだというのが、また、最悪な気分だった。最悪だらけ。
 
 曜ちゃんが運び込まれた病院で、もう何時間こうしているだろう。
 

果南『千歌……そろそろ帰ろう』
 
千歌『やだっ、やだっ……曜ちゃんと一緒にいたいっっ!!』
 

果南『みんな外にいるから』
 
千歌『ぐすっ……ううぅ……』

 
果南『ね、もう時間も遅いから……』
 

 果南ちゃんが耳元で諭すように語り掛ける。
 

95: 2019/01/16(水) 08:34:25.36 ID:0TfsXtcx
 わかっている。わかってはいるけれど、離れたく、ないんだもん。

 
果南『いこ……』
 

 腕を優しく掴まれて、ベッドから引きはがされる。


 人工呼吸器を口元につけている曜ちゃんの表情はよく見えない。今日まであんなにころころと表情を変えていた大切な人のおもかげはどこにもない。
 
 果南ちゃんに肩を貸してもらって病室を出ると、みんなが居た。

 みんな、下を向いて、唇をかみしめていた。
 
 私だけじゃない。悲しいのは、私だけじゃない。
 

鞠莉『なんで、こんなことに』
 

千歌『わたしの、せいで……わたしのせいで……ごめんなさいっっっ』


 私が熱中症になりかけてなければ。

 私のこと心配してくれてた曜ちゃんがあんなになっちゃって、私は軽い点滴だけ……こんなのって。


ダイヤ『……あなたのせいじゃないわ』
 
 
ダイヤ『不運と、そうね……熱中症に対する知識不足が重なったとしか』

96: 2019/01/16(水) 08:35:45.17 ID:0TfsXtcx
 ルビィちゃんが小さくうめき声をあげ始める。ダイヤちゃんと花丸ちゃんが背中をさすって、なんとかなだめている。
 
梨子『千歌ちゃん……』
 
千歌『うん……』
 
 ひとしきり泣いた。
 

 曜ちゃんのお母さんによると、意識がいつ戻るかは全く予想が出来ないとのことだった。頭を強く、打ってしまったらしい。
 

 今のところは命に別状はないらしいけれど、意識不明のまま、目を覚まさない、“向こう”へ行ってしまうケースもあるらしい。
 

千歌『そんなの、あんまり、だよ』

 
 また涙が溢れそうになった時、美渡姉の声がした。
 

美渡『……迎えにきたよ、千歌』

千歌『うん……』
 
 私と梨子ちゃん、そして果南ちゃんも一緒に美渡姉の車に乗り込んだ。
 
 車の中でも、みんな、無言だった。
 

 重苦しくて、辛辣で、そんな空気が耐えられなくて……でも、言葉を発することも出来なくて。
 

果南『……』ナデナデ
 

 果南ちゃんの肩に頭を預けながら、目を閉じた。これが夢でありますように、そう願いながら。
 

97: 2019/01/16(水) 08:37:09.87 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


梨子「昨日美渡さんの車の中で眠っちゃって、そのまま起きなかったから果南ちゃんが部屋に運び込んだんだよ」


千歌「……」


梨子「美渡さんから普通に眠ってるみたいって聞いて安心はしてたけど……」

千歌(そうだ、私病院帰りの車の中で眠っちゃって……そのまま……)

 

千歌「よ、曜ちゃんはどうなった!?」

梨子「……わからない、けど。曜ちゃんのお母さんからの連絡を待つしかないよ」

千歌「そう、だよね」

千歌「……お見舞いいかなきゃ」

梨子「その気持ちもわかるけど、今日はみんなで話し合う日だよ」

千歌「でも!」

梨子「こ、これからどうするか……話し合わなきゃいけないと……私も思う」

千歌「っ……」


 
千歌(困惑しながらもなんだか楽しかった夢の世界)


 

千歌(梨子ちゃんの悲痛な表情が、私を現実に引き戻していった)

99: 2019/01/16(水) 08:46:07.53 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

ダイヤ「――で、曜ちゃんのことだけれど……」

千歌「……」


 重苦しい空気が私達にのしかかるなか、ダイヤちゃんが毅然とした態度で切り拓く。


ダイヤ「私は、今まで通り練習するべきだと思うわ」

千歌「!」


鞠莉「私もその方がいいと思う!」


鞠莉「今目を覚ましてなかったって、もしかしたら明日には覚めてるかもしれないし」


鞠莉「……曜だってきっと嫌でしょ? 目を覚ましたら練習をしてない私達がいたなんて。自分のせいでAqoursに杭を打ってしまったんだと、自分を責めることになるかもしれない」

100: 2019/01/16(水) 08:46:36.94 ID:0TfsXtcx
鞠莉「私達はいつも通り! 曜が帰ってくるのを待っていたわよって、態度で示さなきゃ!!」


果南「私も、そっちの方がいいと思うな」


果南「千歌は?」


千歌「え、あ……」

千歌「……」


 いつも通り、三年生が言うことは正しいんだろうけれど。


 だめだめっ!! ネガティブなことを考えるのはなんか私らしくもない! ここはダイヤちゃん達が言うように、私達はいつも通りになるべきなんだ。


果南「ちか――」


千歌「よしっ!! そうだよ! くよくよしてたって何かを自粛してたって、曜ちゃんが目を覚ますとは限らない!! だったら私達が今まで通り楽しんで、帰ってくる場所を用意しておいてあげよ!!」ニシシッ

101: 2019/01/16(水) 08:48:39.16 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

善子「千歌ちゃん……重症ね」

梨子「……うん」

善子「当然といえば、当然だけど」


梨子「でも、千歌ちゃんは凄いよ。今は空元気かもしれないけれど、暗い雰囲気にならないようにしてくれてる」


善子「……そうね」

梨子「……」


梨子「ずーっと小さな頃から一緒だった内の1人がこんなことになっちゃうんだよ、これから一緒に楽しいことをしようよって言い合ってたのに、こんなことになっちゃうんだよ」


梨子「千歌ちゃんの気持ちを考えると…………私だったら、だめになっちゃうかも」


善子「……いっそのことダメになれた方が楽になれるかもしれないわよ」

梨子「え……」

善子「支えがあるから必ず楽になるとは限らないかもってこと」


善子「千歌ちゃんにとって、私達が重みにならないようにしたいわねって話よ」


梨子「……そう、だね」


善子「まっ、あのヨーソロー魔今日か明日にはぴんぴんしながら学校に来そうじゃない。なんとなくそんな気がする」

梨子「ふふ、たしかにそうだね」

 

ダイヤ「曜ちゃんの今日のお見舞いはどうする? 千歌ちゃんが行きたいの一点張りなんだけれど……あまり人数が多くても病室の迷惑にもなるから……」


梨子「あ……わたし、行きたいです」


ダイヤ「そう言うと思ったわ、では2人に頼もうと思うけれどそれでいい?」


梨子「はいっ」

102: 2019/01/16(水) 08:52:10.22 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

千歌「曜ちゃん……起きないね」

梨子「…………うん」


千歌「私ね昨日すっごい眠ってたみたいなんだけど……なんだか夢を見たんだ」

梨子「?」

千歌「私が死んじゃった世界に行く夢」

梨子「……」

千歌「あははっ、ごめん……夢の話なんてつまんないよね」


梨子「……ううん、聞かせてほしいな」

――


千歌「千歌がもう死んじゃってるなんでそんな馬鹿みたいなことー!!! って思っちゃうけど……」


曜「……」

ピッピッピッ……


千歌「馬鹿みたいなことじゃないのかも、って……思えるのが、悲しいよ……」ギュッ…


千歌「今回はたまたま曜ちゃんだっただけで、私の身近な人や、私自身もこうなっていた可能性だってあるってこと…………すっごく、怖い」


千歌「交通事故に遭うかもしれない、急に病気になるかもしれない、何が起こるかわからなくて、起こってしまったら……みんなと、離れ離れになっちゃう……」

103: 2019/01/16(水) 08:53:11.91 ID:0TfsXtcx
梨子「…………」

梨子「でも」

梨子「じっとしているってわけには行かないよね」

千歌「……うん」

梨子「私たちだっていつ何が起こるかわからないんだから、動けるうちに精一杯やりたいことをする……そうでしょ?」

千歌「……うん」

 
千歌「…………曜ちゃんも、一緒がいいなぁ………」ウル…


梨子「……」

千歌「っ」ブンブンッッッ


千歌「こんな顔してたって曜ちゃんだって嬉しくないはずっ! さ、今日は帰ろう梨子ちゃん? 明日だって練習あるんだから! ね?」


梨子「…………うん」

曜「……」

千歌「また明日来るね」ギュ…

スタスタ…


梨子「あの、千歌ちゃん……」

千歌「?」

梨子「……無理、しないでね」


千歌「うん……」

104: 2019/01/16(水) 08:57:58.43 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


千歌の部屋


千歌「はぁ……」

千歌「今日も終わりかあ……」

千歌「なんか、あっという間だったな」


千歌「曜ちゃんがああなってからまだ2日目なのに……もう、練習も始めちゃったし……」


千歌「……私達はこれで、いいんだよね」


千歌「……」スゥ……スゥ…



――

105: 2019/01/16(水) 08:59:47.87 ID:0TfsXtcx
◇――◇
 

 夢を見ていた。
 
 これは夢? うん、恐らくそうだと思う。
 
 私は、ぬかるんだような荒れ地を一人、歩いている。
 
 一歩一歩、確かに歩みを進める。どうしてかはわからない、自分の意思とは関係なく、足が動いているような奇妙な感覚だった。
 
 空は暗くて重い灰色の雲が覆いつくしている。
 
 見上げてもさっきから同じ景色だ。

 
曜「……」

 
 歩いた。
 
 ひたすら、歩いた。
 
 そして、丘にたどり着いた。
 この先から、なにか聞こえる。水の音だ。
 
 相変わらず草も生えていない小さな丘を踏みしめながら、頂上に到達。

 
曜「!!!」

 
 眼下には、小川が流れていた。透き通る青、ゆったりとした流れの川は少し離れた場所からでも、底が確認できた。

 
 そしてさらに、川の向こうを見て、思わず目を見開いてしまった。
 

曜「楽園……?」
 

106: 2019/01/16(水) 09:01:32.23 ID:0TfsXtcx
 大小様々、色とりどりの花々が咲き誇っている。気が付けば、髪の毛を微かに揺らすくらいの弱い風が吹いていた。甘い、意識をとろけさせるいい匂い。

 重苦しい雲も、川を挟んで向こう側は、まるで私の故郷のような温かい太陽が照らしている。
 
 行ってみたい。
 
 向こう岸へ。
 
 心が躍った。
 
 なにがあるんだろう。とっても、綺麗。
 
 小走りで丘を降りていく。
 
 川のふもとまで近づくと、より一層、この世の物とは思えない透明さが際立って見えた。
 
曜「浅い……」
 
 少し濡れるけど、渡れそう。
 
 向こう岸へ、とてもとても、綺麗な場所へ。
 
 片足を踏み入れた瞬間だった。

 
「――だめ」

 
曜「!?」
 
 向こう岸に人影が、見えた。白いワンピースを着た、女の人のようだった。
 
 顔が良く見えない。白くて薄いもやがかかってしまっているかのように、不透明。
 

「……だめ」
 

 鈴を鳴らしたかのような、透き通る声。脳内に直接声が聞こえてくるような不自然な感覚に、思わず足を止める。
 

曜「だれ?」

 
 なんだか、懐かしい声だった。その人物の一挙一動に釘付けになる。
 

 口元が見える。

 
 初めて見た表情は、優しい微笑みだった。
 

107: 2019/01/16(水) 09:03:52.55 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


ジュ-…


千歌「……ん」パチッ…ムクッ…


千歌「……え」


 睡眠時間は本当に一瞬で過ぎちゃうなってことがよくあるんだけれど、今、まさにそういう時だった。

 目を開いて自然に身体が起きて、視界に入ってきたのが自分の部屋ではないことに気がつく。

 じゅーじゅーと何かを炒めている心地よい音が食欲をくすぐる。


 私の部屋とキッチンはとても離れていて、起きてすぐに聞こえることなんてあるはずがない。それに、薄いピンク色を基調とした部屋。


千歌「……………また?」

ガララ…

 
梨子(22)「あ、千歌ちゃんおはよう。もう少しで朝ごはん出来るから待っててね」

 
千歌「……」

 

 私はまた、この世界に来てしまったらしい。

125: 2019/01/16(水) 21:39:41.66 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


千歌(そっか、私は梨子ちゃんの腕の中で泣き疲れて……眠っちゃったのか……)

千歌(泣き疲れてばかり、だなぁ……)

梨子「……不思議な話ね」


梨子「こっちで眠ると元の世界に戻って、あっちで眠るとこっちの世界に来る……」

梨子「一日中活動してるようなものね、疲れてない?」

千歌「どっちの世界でも眠ってるからか体はすっごく元気だよ、でもちょっと気持ちが追いついていかないというか……なんか不思議すぎて」


梨子「そうよね……」

千歌「ねえ梨子ちゃん、朝からこんな話するのはどうかなとも思うんだけど」

梨子「?」

千歌「昨日ね……善子ちゃんに言われたの」


千歌「曜ちゃんと一緒に居てあげてほしいって」

126: 2019/01/16(水) 21:41:10.34 ID:0TfsXtcx
梨子「っ!!」

千歌「……どういう意味だと思う?」

梨子「善子ちゃん……」

梨子「そう、だね……多分千歌ちゃんにしかできないかもね」

梨子「曜ちゃん、今でも千歌ちゃんのこと……」

千歌「……引きずってる?」

梨子「そう、それだけでも、ないんだけど」


千歌「――どういう」


――プルルルルルルッッッッ



梨子「ん、善子ちゃんから……」

善子『もしもし、まだ千歌はいる?」


梨子「うん、いるけど……」

127: 2019/01/16(水) 21:41:53.65 ID:0TfsXtcx
善子『良かった、なんか消えちゃいそうな気がしたから』

梨子「……」

善子『じゃあ今日は千歌のこと貸して? 今日は私が預かりたい、話すこともあるし」

梨子「善子ちゃん……」

梨子「うん……わかった」

善子『じゃあ昼頃に行くわね』

プツッ


千歌「なんだって??」


梨子「善子ちゃん、千歌ちゃんと今日一日遊びたいんだって。泊まるところも善子ちゃんの家になるけど、それでいい?」


千歌「あ、うんっ!」

128: 2019/01/16(水) 21:43:31.06 ID:0TfsXtcx
◇――――◇




千歌「うぅ~都会でひとりぼっちは寂しいよぉ……携帯だって持ってないんだから……」キョロキョロ…


善子「千歌」

千歌「あっ! 善子ちゃん!」


善子「ごめんね待たせて」


千歌「ううん平気、携帯とかも持ってないからちょっと心細かったけど……」

善子「そっか……持ってないわよね……」


善子「じゃあ私から離れないようにしなさい」グイッ


千歌「わわ////」

善子「?」

千歌「ぅぅ」//


千歌(なんか、かっこいい気がする………善子ちゃんなのに……いやそれは失礼か……)

129: 2019/01/16(水) 21:46:47.52 ID:0TfsXtcx
千歌「き、今日はどうして?」

善子「高校生の千歌と遊んであげようと思って」フフ

千歌「ぅ、なにそれ」


千歌「わかった! ギランッ! てやつでしょ!」


善子「やめてっ、それはもう卒業したのっ!!」///


千歌「えへへ」


善子「じゃあそうね……私の家の近くの駅まで移動して、そのあたりでご飯でも食べましょ」


千歌「うんっ!」

130: 2019/01/16(水) 21:49:22.69 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


千歌(うわー……おしゃれなお店だなぁ……)

千歌(うぅ、千歌なんかが来ていい場所じゃない気が……)

善子「……」


千歌(善子ちゃん、ここの空間に溶け込みすぎっっ、美人になりすぎだってば!! 元から本当に可愛かったけど、これは。……顔ちっさ……首なが……)ジロジロジロ


千歌(街中で声かけられることもあるって言ってたしなぁ……そんなことほんとにあるんだ)


善子「……挙動不審すぎない?」


千歌「い、いやだってここ、おしゃれすぎてなんか……お金とか大丈夫なの?」

善子「案外安いわよ」

千歌「え、あ……ほんとうだ……」


善子「いいでしょここ、気に入ってるの」


善子「ほら選んで」

千歌「うん……」

131: 2019/01/16(水) 21:51:04.82 ID:0TfsXtcx
――

善子「……なんていうか」


千歌「?」


善子「あなたを見てると私もなんだかんだ年齢重ねたんだなって気がするわね」


千歌「なにそれー、子供っぽいってことー?」

善子「あなたは元から子供っぽいでしょ、でもなんかあなたはもっと子供っぽい気がする、気のせいかしら……」


千歌「えーー!」


善子「ふふっ、まあ私だってまだ社会に出てない身分だから……子供と言われたって否定は出来ないけど」


善子「昔の私だったら確かにこういうおしゃれなお店に入ったらキョロキョロ見回してたと思うし、都会の景色にもキョロキョロしてたと思う」

132: 2019/01/16(水) 21:52:16.28 ID:0TfsXtcx
善子「今は大分そんな風にはならなくなってきたけど…………千歌を見てると、それも本当に大切な感情だって良くわかるわ」


千歌「……」

千歌「……なんか」

善子「?」


千歌「――素直になったね!! 善子ちゃん!!」


善子「な///元から素直でしょ!?」

千歌「そんなわけないじゃん!? 私の知ってる善子ちゃんはぜーーーったい素直の真反対だもん!!」


善子「そ、そそそそんなわけっ!」


 年下で、素直とは程遠かった後輩も……どこか丸くなっているような気がした。5年という時間の川に乗って、角がまあるく取れてしまったらしい。


 それは良いことでもあるし、悪いことでもあるっていうことを善子ちゃん自身が一番わかっているような口ぶりだった。


 仕草や言葉や行動の節々から伝わってくる時間の差。それでもこうやって一緒にいると楽しいのは、“千歌ちゃん”の行動が間違ってなかったんだよって……言われている気がした。

133: 2019/01/16(水) 21:56:05.03 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

善子の部屋


善子「んー……そろそろ寝ましょうか」

千歌「そうだね!」


善子「って……あなたは眠ったら元の世界に戻っちゃうんだっけ」


千歌「多分、意識だけ? みたいなんだけど」

善子「……不思議ね」


善子「……なんか、このタイミングであなたが私達の世界に来たこと……偶然じゃない気がするの」

千歌「?」

善子「ほら、曜のことよ。後は最後の学生生活を過ごすだけなんだけど……」


善子「きっと、この学生生活に受けた傷のケジメをどこかでつけなくちゃならない。それは一年後かもしれないし、10年後かもしれない」


千歌「……曜ちゃんと一緒に居てあげてほしいって言ってたのは……」

134: 2019/01/16(水) 21:59:12.39 ID:0TfsXtcx
善子「そう――曜を助けてあげてほしいの」

千歌「っ」


善子「曜はね、千歌のことが本当に大好きだったの。それは恋人としても友人としても……」


善子「だから……今でも苦しんでる。底は抜けたって思うかもしれないけれど、今でもずぶずぶ沈み込んで……取り返しのつかない場所まで……」

善子「曜の止まった時間を……動かしてあげてほしい、私じゃだめなの、梨子でも果南でも、ほかの誰でも曜のことを助けてあげられる人はいないの!!!」

善子「曜の手を取って、また輝かせてあげられるのは“千歌”だけなの………」


千歌「千歌、ちゃん……」


善子「もう無理なのかもしれないって思った、諦めかけた。でも……千歌、あなたが現れてくれた」

 

善子「これは偶然なんかじゃない、運命だって私は信じてる。曜の学生最後のこの時に、あなたが現れてくれたのは……きっと……」

135: 2019/01/16(水) 22:00:47.53 ID:0TfsXtcx
千歌「……」

善子「ごめんなさい、熱くなっちゃった……」

千歌「ううん、いいの……」


 人が死んでしまう。


 誰にでも平等に訪れるそれは、みんな分かっていることなんだ。遅いか早いかの差でしかないことも、みんな、私だって頭ではわかっている。


 でもそれがいざ身近な人を飲み込むと、周りの人も足を取られちゃう。その時間に閉じ込められて、自分の足だけで乗り越えていくのは……難しいのかもしれない。

 救い、か……。


善子「私ね、千歌に感謝しているの」


千歌「わ、わたし、じゃなくて……。千歌ちゃんに?」


善子「……ええ、私ね千歌のことを思い出す時、千歌がもしいなかったらって思うとゾッとすることがあるの」

136: 2019/01/16(水) 22:02:22.41 ID:0TfsXtcx
千歌「?」

善子「高校生の時に友達が出来たり、世界で一番幸せだって思えた瞬間に立ち会えたり……今の私があるの……“あなた”のおかげなんだって、胸を張って言える」


善子「千歌が私を見つけてくれたから」

千歌「……」


善子「でも私は、言えなかった」


千歌「え」


善子「感謝してるってこと、いつか言おういつか言おうって思ってたんだけど……結局私が言う前に、“千歌”は」

千歌「っ……」

 
善子「あー……ごめんなさい」ウル…

千歌「ううん……」


善子「だから、言わせて……あなたを通じて」

千歌「っ……」

 

善子「――”私”を見つけてくれて……本当にありがとう……」


 

137: 2019/01/16(水) 22:03:14.91 ID:0TfsXtcx
 手を両手で包み込まれる。真っ赤になった瞳に浮かぶ涙、でも……解放感に満ち溢れているみたいだった。

 ああ……そっか。善子ちゃんも、その時間に囚われた1人なんだ。


 千歌ちゃんがこの世から居なくなってしまって、その時間に貼り付けにされていた1人だったんだ。


 私を見つけてくれてありがとう。


 正直、その言葉の真意はよくわからない。
 私は千歌ちゃんじゃないから。善子ちゃんとは、過ごしてきた時間が違うから。

 でも私に伝えることで、千歌ちゃんにも伝わってくれるのかもしれないって言うのは良くわかる。それで救われる人がいるのなら、これ以上のことはない。


 千歌ちゃん、聞こえていますか。


 善子ちゃんね、言いたいことがあったんだって。やっと言えたんだって。

 きっと、聞こえているよね。


千歌「……」ギュッ…

 

 善子ちゃんの少し冷たい手を握り返す。ほんの少しだけ笑いあって、お疲れ様と語りかけた。

138: 2019/01/16(水) 22:08:24.67 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


善子「っと、湿っぽいのはこれで終わりっ」

千歌「ギランッ」

善子「本当に怒るわよ」


千歌「えーーー」


善子「明日の予定は?」

千歌「特にないよ」


善子「まあそうよね、学校があるわけでもないし」


千歌「善子ちゃんは?」

善子「私は明日学校行かなくちゃだから、梨子のところにまた戻って貰うことになるけどいい?」


千歌「うんっ」

善子「……あと、これ渡しておくわ」

千歌「?」


千歌「鍵? あ、善子ちゃんの家の?」

善子「ううん」


善子「――曜の家」


千歌「え」


千歌「合鍵持ってるんだ……あ、仲良かったから?」

139: 2019/01/16(水) 22:17:58.24 ID:0TfsXtcx
善子「ん、いやだって私――曜と付き合ってたから」


千歌「…………」


千歌「へ?」


善子「……ほんの少しの間だけどね」



千歌「え、え!! なにそれ聞いてないよっ!」

善子「言ってないもの、ほかに梨子しか知らないし」

千歌「ほ、ほんとうなの?」

善子「ほんとよ」

千歌「…………」


善子「とにかく、そういうことだから」

善子「後は梨子から適当に聞いて」

千歌「……」

善子「じゃ、電気消すわね」


千歌「……うん」


善子「その鍵を使って、曜の家に入るって決意が出来たら……また私に声かけて」


千歌「……」


 やっぱり善子ちゃんの言っていることは良くわからなかった。次々に襲って来る新しいことのせいか、頭がパンク寸前なのも影響してるのかもしれない。


 本当なら善子ちゃんと曜ちゃんのことも、色んなことも聞いてみたいけれど…………そうさせないバリアが張られているみたいだった。

141: 2019/01/16(水) 22:40:29.83 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


チュンチュン…


千歌「え……」

善子「ん、おはよ……」

千歌「あれ、あれ?」

善子「どしたの?」

千歌「……戻ってない」

善子「は?」

千歌「私の世界に戻ってないよ!! なんで!?」

善子「え……ど、どうするのよ」


千歌「分かんないよっ!!!」


善子「……ごめんなさい、何も力になれそうになくて……」

千歌「う、ううん……」

千歌「帰れないなんてこと、ないよね……」


善子「……」


千歌「ご、ごめんねっ。今日学校なのに! 私すぐ梨子ちゃんち行くからっ」

善子「そんなに焦らなくても……」

143: 2019/01/16(水) 22:42:16.14 ID:0TfsXtcx
――


千歌「……おじゃましまーす」

梨子「あ、おかえりなさい」

梨子「良かったぁ、1人で戻ってこれて……」

千歌「む、チカをなんだと思ってるのー!」

梨子「ごめんね、冗談。ほら携帯も持ってないから……」

千歌「善子ちゃんに教えてもらったし、善子ちゃんちと梨子ちゃんちの往復は出来るようになったよ!! おかね……貰うのは申し訳ないけど……」

梨子「そんなのは気にしなくていいのよ、ね?」ナデナデ

千歌「もう、すぐ子供扱いするし……」

梨子「昨日は何してたの? 善子ちゃんと遊んで楽しかった?」


千歌「うん楽しかった!! なんかねー、すっごくおしゃれなお店にたくさん連れて行ってもらったんだよ! えへへ、善子ちゃんほんとうにかわいいしああいうの似合うんだね」


千歌「なんか千歌、すっごく場違い感があったというか……」

梨子「善子ちゃん、おしゃれな感じ好きだからね。私も時々連れ出されたりするんだけど」


千歌「りこちゃんもすっごく似合いそう」


梨子「そう、かな……そんなこともないと思うけど……千歌ちゃんだって、場違いとかそんなわけないんだから」


千歌「そ、そうかなぁ……わたしみたいな田舎の女子高生があんなところ……」

144: 2019/01/16(水) 22:43:32.54 ID:0TfsXtcx
千歌「…………千歌ちゃんは、どんなところが好きだったの?」

梨子「千歌ちゃん、ね……」

梨子「今のあなたとあんまり変わらなかったかな」クスッ

千歌「えー!? 成長してなかった!?」

梨子「ううん、してたわよ。おしゃれなところにも当然行ってたし、たまーに深いこと考えたりしてる時もあったわね。正直、千歌ちゃんはずっと変わらないなぁなんて思ってたんだけどね」


梨子「あなたを見たら……千歌ちゃん、本当に成長してたんだなって」


千歌「……」

梨子「もちろん、あなたを悪く言ってるわけじゃないのよ? ただ……ずっと一緒に居たからかな、それによく気がつけてなかったのかもしれないわね」

千歌「そっか……」

千歌「ねえ、梨子ちゃん……」

梨子「?」

千歌「昨日善子ちゃんにね、渡されたものがあるの、これなんだけど」

梨子「これは…………鍵?」


千歌「――曜ちゃんちの合鍵なんだって」


梨子「!!」


梨子(よしこちゃん、まだ持って……)


千歌「ねえ善子ちゃんから聞いたんだ、曜ちゃんと善子ちゃん……付き合ってたの?」

梨子「……そうね」

145: 2019/01/16(水) 22:45:28.09 ID:0TfsXtcx
千歌「詳しく知りたい」


梨子「善子ちゃんから聞かなかったの?」

千歌「梨子に聞いてって言われた」


梨子「はぁ……全く人任せなことを……」

千歌「……なんかちょっと、苦しそうだったから」

梨子「…………」


梨子「善子ちゃんね、高校生の頃曜ちゃんのことが好きだったんだって」

千歌「!?」

梨子「でも、曜ちゃんが千歌ちゃんのことを好きだってこと……ずっと知ってたみたいで」

梨子「善子ちゃんも相談とかされてたのかもしれないね」

梨子「だから……言わずに自分の気持ちはお墓まで持って行こうって思ってたみたい」


梨子「無事曜ちゃんと千歌ちゃんが付き合えて……大学生になって…………善子ちゃんもその気持ちはもう無くなったつもりだったらしいんだけどね」


千歌「……」

146: 2019/01/16(水) 22:48:50.44 ID:0TfsXtcx
千歌「千歌ちゃんが、死んじゃった?」

梨子「そう」

梨子「前も言ったと思うけど、曜ちゃん休学寸前まで追い込まれてたって言ったでしょう? そのボロボロの時支えてあげてたのがね、善子ちゃんなんだよ」

千歌「!?」

梨子「私はその時凄く忙しくて曜ちゃんのことケアしてあげられなかったから」


梨子「……それ以上深いところまではわからないけど……多分一緒に居てあげてる中で、自然と惹かれあってたってことじゃないかな……気がついたら付き合ってたから」


千歌「そう、だったんだ…………でも今は付き合ってないんだよね」


梨子「うん、気がついたら別れてた。多分付き合ってた期間は1ヶ月もないくらい、かな?」

千歌「……」


梨子「ごめんね、だから深いところまでは知らないの……踏み込んでいっていいところじゃない気もして……」


千歌「ううん、いいの……」

148: 2019/01/16(水) 22:49:31.99 ID:0TfsXtcx
善子『そう――曜を助けてあげてほしいの』


千歌「……よしこちゃんも、曜ちゃんを本気で助けてあげたいってことだよね……」

梨子「きっと、ずっと曜ちゃんのことを見ていたから……今の曜ちゃんを見ていると、辛くなっちゃうのかもしれないわね」


千歌「……」

千歌「わ、わたし!」

梨子「?」

千歌「力になりたいよ…………! 私に何ができるかわからないよ、私は千歌ちゃんじゃないから……何もしてあげられないかもしれないけど……!」


千歌「善子ちゃんは、曜ちゃんを救えるのは私しかいないんだって言ってくれた、信じてこの鍵を渡してくれた」


梨子「そうね……」

千歌「もっと曜ちゃんと話したい、お願い梨子ちゃん、曜ちゃんと話したい」

梨子「曜ちゃん、あなたと話すの……なんとなく怯えてる感じがしたわ」

千歌「怯えてる……」


梨子「でも、わかった……曜ちゃんに電話してみるね」


千歌「う、うん!!」

149: 2019/01/16(水) 22:52:52.06 ID:0TfsXtcx
――――


曜『もしもーし』

梨子「あ、もしもし今平気?」

曜『大丈夫だよー』

梨子「千歌ちゃんのことなんだけど」

曜『っ……ど、どうかした?』

梨子「曜ちゃんと会ってもう少し話したいって言ってるの、時間取れないかな?」

曜『話したい? うー……えーと……」


梨子「…………お昼からとか」


曜『き、今日!? 当然すぎる気が』

梨子「いつも突然なのは曜ちゃんの方でしょ」

150: 2019/01/16(水) 22:53:25.44 ID:0TfsXtcx
曜『そ、そうかもしれないけど』

梨子「どうかな」

曜『…………わかった』

梨子「千歌ちゃん、良いって」

千歌「ほんとー!? やった!!! かわってー!」

千歌「あ、もしもし曜ちゃん、ごめんね急に」

曜『ぁ……ちかちゃん……ううん、いいよー全然!』

曜『話したいって言ってたけど、どうする? 喫茶店とかの方がいいかな?』

千歌「うんっ、なんでもいいよっ!」

曜『おっけー、じゃあ迎え行くね』

千歌「はーいっ!」

ブツッ

千歌「……」

梨子「ちょっと強引だったかな?」クスッ

梨子「でもこうでもしないとこっちの曜ちゃんはダメなのよ」

千歌「そうなんだ……」

151: 2019/01/16(水) 22:57:42.99 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

駅周辺


千歌「まだかな?」

曜「千歌ちゃん」

千歌「あ、曜ちゃん!」

曜「あはは、暑いねーほんと。待たせちゃってごめんね!」

千歌「ううん、平気!」エヘヘ


曜「えーっと、そのあたりの喫茶店でいいよね」

千歌「うんっ」

スタスタ…

曜「もーいきなりびっくりしちゃったよ」

千歌「あはは、ほらせっかく成長したみんなと話せる機会だしと思って」


千歌「――この前は曜ちゃんとほとんど話せなかったから」


曜「……あはは」

カランコロン


千歌「ふぇぇ……あっついよぉ……なかはすずしー」ヘニャ…

曜「ほんとだね」フフッ

曜「何頼む?」


千歌「んと、チカはね……」

152: 2019/01/16(水) 23:00:35.42 ID:0TfsXtcx
千歌「うぅ、ほんとにごめんねおかねだしてもらって」

曜「気にしない気にしないこれくらいバイトしてるから平気だよー」

千歌「ありがとう……」

曜「久しぶりに、こうやって喫茶店なんかで話してるだけで本当に楽しかったしさ!」

千歌「ずっと話してたらもう夕方になっちゃったね……」アハハ

曜「あ、そろそろ帰ろうかと思ったけど……ちょっと買いたいものあるから雑貨屋さんとか行ってもいいかな?」

千歌「うんっ、行きたい!」

スタスタ

千歌「何買うの?」

曜「お箸とかコップとかもう傷んじゃってるから、新調しようかなーって」

千歌「いいね! チカも選ぶ!!!!」

カランコロン



千歌「んー、結構いっぱいあるなぁ……」

曜(……あ、これとか……いいかも)スッ

千歌「あ、それかわいいー!! チカそれ一番好きかも!」


曜「っ……そ、そうだよね……なんか、そんな気がした」

153: 2019/01/16(水) 23:01:26.95 ID:0TfsXtcx
千歌「?」

千歌「あ、これとかもすっごく曜ちゃん好きそう」

曜「っ」

千歌「どう?」キラキラ

曜(……ああ、やっぱり)

曜「一番好き、かも……」

千歌「でしょ! そんな感じしたもんっ!」エヘヘ


曜(この人は、千歌ちゃんじゃないけど……千歌ちゃんなんだ)


◇――――◇



千歌(コップもお箸も……なんで2つずつ買ったんだろ……来客用かな……歯磨き粉も……)

曜「今日はありがとね付き合ってくれて」


千歌「えー、付き合ってもらったのは千歌の方だよ! えへへ、曜ちゃんと話せて嬉しかった」


曜「っ……」

曜「じゃあ私は帰るね。また……」クルッ…

千歌「あ……まっ」


 曜ちゃんが背を向けて改札の奥に進んでいく。一歩一歩、距離が離れていく。背中が遠ざかる。


千歌「……」ウル…

 なんでか、また前みたいに目の奥が熱くてたまらなくなってくる。このままじゃ前みたいにわんわん子供みたく泣いちゃう。


 こんな人前でそんな姿晒すわけにはいかないと、駆け足で梨子ちゃんの家まで向かった。

154: 2019/01/16(水) 23:03:59.84 ID:0TfsXtcx
――

梨子「おかえ――……ちかちゃん?」

千歌「ぁ、りこちゃん……」ウルウル…

梨子「……どうしたの?」ギュッ…

千歌「わ、わかんない……なんか、でもね……ぐす……曜ちゃんが帰っちゃうのが、さびしくて……すっごく、不安になって」

梨子「……そっか、落ち着くまでこうしてようね」ギュッ…ナデナデ

千歌「う、ん……ぐすっ」


――



梨子「どうだった? 曜ちゃんと話してみて」

千歌「なんか……振り返ると当たり障りない会話しかできなかったかも」

千歌「その時は楽しかったんだけど……善子ちゃんのこととか、千歌ちゃんのこととか、何も聞けなかった、私の世界の曜ちゃんのこととかも言えなかった」


梨子「そっか……」


千歌「……でもね、私わかったの」

155: 2019/01/16(水) 23:04:34.31 ID:0TfsXtcx
梨子「?」

千歌「この世界の曜ちゃんのこと、全然わかってあげられてないんだなって。そりゃあもちろん過ごして来た時間が違うから当たり前といえば、当たり前なんだけどさ」

千歌「ちょっと、さびしい……」

梨子「……」

千歌「善子ちゃんが言ってたの、曜は今でも深い場所で苦しんでるって」


千歌「でもね、私ね……今日話してみて、わからなかった。苦しそうに見えなかった……全然普通だなって……思っちゃった。それって理解してあげられてないってこと、だよね」


千歌「私もっと曜ちゃんのこと知りたい」

梨子「……」


千歌「曜ちゃんの家に行きたいよ」


梨子「私も曜ちゃんの家には、千歌ちゃんがいなくなってから行ってないの……だから何がどうなってるのか、知ってるのは善子ちゃんだけ」


千歌「……曜ちゃんちの鍵をくれたことが答えってこと、だよね」

梨子「たぶん、ね」

156: 2019/01/16(水) 23:06:41.90 ID:0TfsXtcx
千歌「あの、善子ちゃんに電話を……」

梨子「あっ、と……今はやめたほうがいいかも」

千歌「へ?」

梨子「善子ちゃん多分今テスト期間中でぴりぴりしてると思うし……テスト以外のこと考えさせるのはちょっと……」

千歌「ぁ、そ、そうなんだ……」

千歌「いつ頃テスト終わるのかな」

梨子「聞いてみるね」


――


梨子「明後日くらいからなら解放されるってさ」

千歌「明後日かぁ……それまで何してよう……」


梨子「そもそも、千歌ちゃんはいつまでこっちの世界に居れるんだろうね……? 昨日眠ったのに元の世界に戻らなかったんでしょ?」


千歌「うん………わかんないけど、でも」


千歌「――絶対、意味があると思ってるから……」



梨子「……そうね」


千歌「あ! そうだ、今日曜ちゃんと話してた内容の中でね、果南ちゃんのことが出てきたんだけど――」

157: 2019/01/16(水) 23:12:07.05 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

次の日


ガタンゴトン…


千歌「果南ちゃん……どんなふうになってるのかな」

梨子「たのしみ?」

千歌「うん」

千歌「ほんとうは、楽しみとかそういう感情で会っちゃダメだってこと……わかってるつもりなんだけど」

梨子「?」

千歌「だって千歌ちゃんはもういないわけでしょ? 本来ならチカもいるはずのない存在なわけで……もしこの世界の果南ちゃんや他の人と会ったら、どんな影響があるのかもわからないし……」

千歌「悪い影響も、与えちゃうかもしれないし……」

梨子「そういうことも考えてたんだね……」


千歌「うん、だから梨子ちゃんも……他のメンバーに何も言ってなかったんじゃないの?」

梨子「それもあるかも……」


千歌「ほら」

梨子「かなんちゃん、驚くかな」


梨子「きっと、喜ぶよ」


千歌(また今日も私は戻れなくて)


千歌(でも、今は何故か不安じゃなかった。こっちの世界でやらなきゃいけないことが、見えてきたからなのかもしれない)

158: 2019/01/16(水) 23:17:41.80 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

淡島


ザァザァ…


千歌「うわー……変わってないなぁ……」

梨子「今はダイビングショップの方も開店してるからあんまり時間は取れないって言ってたんだけど、なんとか開けてもらったから」

千歌「うん、ありがとう」

梨子「じゃあ千歌ちゃん、いこっか」

千歌「うん」

スタスタ…

ジジジジジ


千歌(さらさら揺れる葉っぱの音に、耳を塞ぎたくなるくらいの蝉の声)

千歌(私が知ってる淡島だ、いつもの淡島だ)

千歌(ここは全然変わってなくて、帰ってきたんだなぁって……心の奥底が落ち着く)


千歌(千歌ちゃんも、ここを歩いていたのかな)

千歌(果南ちゃんに会いに来るとき毎回ここを歩いてきてたのかな……そう考えると、不思議な感じ)

千歌「……」ドキドキ…


千歌(わたし、ほんとにドキドキしてる……果南ちゃんちなんていーっつも来てたのに、一番落ち着ける場所なはずなのに)


梨子「さ、入ろ」


千歌「……うん」

159: 2019/01/16(水) 23:22:28.19 ID:0TfsXtcx
果南(22)「梨子ちゃんー? ちょっと待ってねー!」

千歌「っ」

千歌「かなんちゃんの、声だ……」

果南(22)「はいはいはい、久しぶり――って」

 

千歌「…………久しぶり、果南ちゃん」

 

梨子「……………」


果南「ちか…………」


千歌「うん」


果南「ど、どういうこと……そんな、わけっ!」


梨子「聞いて果南ちゃん! 実はね」

160: 2019/01/16(水) 23:23:22.11 ID:0TfsXtcx
◇――――◇


果南「は、はは……冗談もいいとこだよ……」

梨子「私、冗談でそっくりさんを連れてくる様な人だって思うかな」


果南「いや、でも……」


果南「本当に千歌、なの? 高校生の時の、ちかなの?」

千歌「うん……」

果南「は、はは……ほんとは泣いたりするのかな……びっくりしすぎて、涙も出ないや……」


梨子「善子ちゃんが言う運命って言葉、ぴったりだよね、私もびっくりしすぎて心臓止まっちゃうかと思ったもん」


果南「……ちょっと奥で話そう? 私も少し整理したいから、梨子ちゃん色々教えて?」

梨子「うん」


果南「あ、まって……その前に」

千歌「?」

161: 2019/01/16(水) 23:25:17.60 ID:0TfsXtcx
果南「……」スッ…

ギュッ…

千歌「!?」///


果南「ああ……千歌だ……ほんとうに千歌、だ」ギュッ……


ギュッ…

千歌「あ、あははいたいよーっ」


果南「……」

千歌「……」


千歌(そのハグは、私が知ってるなかでは一番長くて強くて)

千歌(離れた時間を手繰り寄せるみたいな、存在を確かめる様なハグ)

 

果南「――おかえりなさい、千歌」

 

千歌「かなん、ちゃん……」


千歌「ただいま……!」


千歌(暖かくて、果南ちゃんの心そのものと会話しているみたいだった)

千歌(触れ合って、安心できて……さっきまでの緊張はほぐれていた)

 
千歌(やっぱり果南ちゃんは果南ちゃんで、違う世界のはずなのに……一番安心できる場所なんだよって本能が教えてくれている)

162: 2019/01/16(水) 23:26:21.02 ID:0TfsXtcx
◇――――◇

居間


果南「なるほどね…………曜のことを」

果南「それがなんとかできたら、もうこっちの世界に来なくて良くなるかもしれないってことね」

千歌「物分かりすっごくいいね!」

果南「いやだって……もう言われたこと信じるしかないでしょ……」

梨子「たしかに……」クスッ…

果南「もっと話したいんだけどさ……ふつうに仕事しなくちゃいけないから……」

千歌「ぁ、ごめんねお仕事あるのに押しかけてっ」

果南「ううん、いいよ」

果南「今日はどうするの? まさかもう帰るなんて言わないよね?」

千歌「……どうするの?」

梨子「私の実家に戻ってもいいんだけど……」


梨子「果南ちゃんのお家にこのまま泊まらせて欲しいな」


果南「ふふっ、そうくると思った」

果南「いいよ、ウチに泊まっていって? 話したいこともたくさんあるし」

163: 2019/01/16(水) 23:27:22.78 ID:0TfsXtcx
千歌「やったー!!」

梨子「ねえ千歌ちゃん、他の人にも……会ってみたくない?」


千歌「他の、ひと?」

梨子「うん、連絡は取ってあるんだけど……」

果南「なになに、他のメンバーも呼ぶの? だれだれ?」

梨子「ダイヤちゃんだよ」

果南「ダイヤね! うわー、ダイヤが大学卒業して以来だよ」


千歌「ダイヤちゃん!? 来てくれるの!?」

梨子「内浦まで来たんだし、どうせならって」


千歌「ダイヤちゃん……ということはルビィちゃんも?」


梨子「ルビィちゃんと花丸ちゃんは都合合わなくて……明日ならいいよって言ってくれたんだけど、どうする?」


千歌「会いたい!!」


梨子「そうよね、ここまで来たら全員に会った方がいいのかなって思って」

164: 2019/01/16(水) 23:28:28.09 ID:0TfsXtcx
千歌「ほえー……みんなどうなってるんだろう……」

果南「じゃあ今日は4人で宴だね」


千歌「宴……!」


果南「まあ、宴ってほどの人数じゃないんだけど」フフッ

果南「じゃ、仕事してくるから」

千歌「うんっ、がんばってね!」


スタスタ


千歌「……」

梨子「果南ちゃんは、どうだった?」

千歌「なんか……一番安心する、かな? あんまり変わってないというか」


千歌「ええっと、少しの間海外に行ってたんだっけ? でも、なんていえばいいのかな……」

 

千歌「なんかね、不思議な気持ちなんだけど。この淡島に来れば果南ちゃんが居て、ずぅっと変わらないあったかい果南ちゃんが居て…………それがいつまでも続いてくれる気がするの」

165: 2019/01/16(水) 23:32:03.10 ID:0TfsXtcx
千歌「もし千歌ちゃんが色々悩んだりしても、ここにきたらゆっくり暖かい時間が流れてて……果南ちゃんが居て、帰る場所になってくれるのかなって」

梨子「……ここに来ると、いつでもみんなで一緒に居た時を思い出せるの」


千歌「それって……すごいことだよね、私はまだ実感仕切れてないんだけどさ……」


梨子「うん……本当に幸せなことだよ、きっと……あなたも実感する日が来ると思う」


 世界が目まぐるしく進んで行く中で、未来の果南ちゃんはこの淡島でゆったりと、ぷかぷか浮かぶみたいに漂っていた。


 何があってもどんな時でもふわふわ包み込んでくれる淡島での時間と空間。


 果南ちゃんの、変わらないことの強さがいつだって私を包み込んでくれる。

181: 2019/01/17(木) 20:01:08.14 ID:7xqLGuW0
◇――――◇

ダイヤ(22)「…………」


千歌「……」


ダイヤ「すみません、本当にこの世のことだとは思えなくて」

千歌「あはは……当然だよー」


ダイヤ「千歌さん、なのですね」

千歌「もー、さんなんて言い方やめて? いくら私がダイヤちゃんの知ってる千歌ちゃんじゃないとはいえ……そんなよそよそしく話さなくても……」


ダイヤ「い、いえしかし……私は生前もさんと呼んでいましたが……」

千歌「へ?」


梨子「あー……なんだかこの千歌ちゃんの居た世界と私達の世界、少し違うみたいなの」

ダイヤ「そうなのですね……もうどこから突っ込めばいいのか……」


梨子「それに! この千歌ちゃんは今ラブライブに向けて頑張ってる最中だから、未来のネタバレも禁止ですからね、絶対!」

182: 2019/01/17(木) 20:01:40.48 ID:7xqLGuW0
千歌「!」コクコクッ!


ダイヤ「き、肝に命じておきますわ」


果南「よーし、お仕事おわりー! ささ、みんなで宴の準備しよ!」


千歌「宴!!」

千歌「チカも手伝う!!」


果南「うん、よろしく」

果南「ごめん、悪いけど梨子ちゃんとダイヤも少し手伝って?」

ダイヤ「ええ、もちろんですわ」


千歌「チカも手伝うー!!!」


果南「ふふ、はいはい」

183: 2019/01/17(木) 20:06:20.15 ID:7xqLGuW0
◇――――◇

千歌「じゃあみなさんいいですかー!? かんぱーいっ!!」

果南「かんぱいっ!」


ゴクゴク…


千歌「あー……えへへ、おいしぃ」

千歌「って……みんなはお酒飲まないの?」

千歌「かなんちゃんもお酒好きだって言ってたのに」

果南「え、あー……」


ダイヤ「ほらみなさい」

果南「あはは……突っ込まれないと思ったんだけど」


千歌「?」

千歌「……私に気使ってるの?」

果南「……」


千歌「もー! そういうのやめてって言ったでしょー!?」


果南「ご、ごめんね」

184: 2019/01/17(木) 20:09:22.19 ID:7xqLGuW0
千歌「りこちゃんだって久しぶりに果南ちゃん達と会えて嬉しいでしょ? お酒だってあんなに飲むのに……気とか使ってほしくないもん」


梨子「あ、あはは……そうよね」


果南「じゃ……飲もっか、私たちは。ダイヤもいるでしょ?」

ダイヤ「お言葉に甘えて」

果南「持ってくるね」

スタスタ

千歌「それ、日本酒?」


果南「うん、ダイヤは結構好きなんだよ、梨子ちゃんは酎ハイね」


梨子「ありがとう」

千歌「なんか果南ちゃんとダイヤちゃん、日本酒って似合うね……!」

梨子「ふふっ、たしかに」


千歌「じゃあもう一度! かんぱーいっ!!」

185: 2019/01/17(木) 20:11:50.28 ID:7xqLGuW0
◇――――◇

2時間後


果南「ぅぅ……ちぃかぁ……」ギュッ…

千歌「あはは……あついよかなんちゃん」

果南「ぅぅ」ギュッ


梨子「すぅ……すぅ」


千歌「梨子ちゃんも慣れない日本酒、果南ちゃんに飲まされて潰れちゃったし……」


ダイヤ「……」ゴクッ…


千歌「強いんだね、ダイヤちゃんは」


ダイヤ「そうみたいですわね、でも……果南さんも普段はかなり強いんですよ……私よりも。まあ、今日は違ったみたいですが」

千歌「体調悪かったのかな?」


ダイヤ「いえ、そうではなくて……」


果南「だいすきだよぉぉ……ちかぁ……」ギュッ…


千歌「あーもう、よしよし……ね、大丈夫だから」


ダイヤ「……きっと、楽しすぎたのだと思いますわ」


千歌「楽しすぎると、こうなっちゃうの?」

ダイヤ「……ええ」

ダイヤ「千歌さんも、果南さんや他のメンバーと会ってお酒を飲んだ時は……良くそんな風になっていたらしいですわ」

千歌「あはは……なんか千歌ちゃんらしいかも……」

果南「……すぅ、すぅ…………」


千歌「眠っちゃった」


ダイヤ「千歌さん……少し、外を歩きませんか?」

千歌「え、うん!」

186: 2019/01/17(木) 20:15:36.00 ID:7xqLGuW0
◇――――◇


千歌「はぁーやっぱりこの島の夜は涼しいなー」スタスタ

ダイヤ「そうですわね、酔い覚ましにちょうどいい」


スタスタ…

ダイヤ「あなたの世界の曜さんのことなのですが」

千歌「?」


ダイヤ「絶対に諦めないで」


千歌「……」

ダイヤ「もう誰かに言われたかもしれませんが……信じていれば、奇跡は起きてくれる……起こせるものだと、私は信じていますわ」


千歌「ダイヤちゃん……」


千歌「信じてるよ。私は……曜ちゃんのこと、大好きだもん。絶対、信じる」

ダイヤ「……その想いは、きっと伝わります」

ダイヤ「私も、千歌さんのことが大好きでした」

千歌「……みんな、そう言うんだね」

ダイヤ「ええ……」


千歌「千歌ちゃんも……きっと、幸せだと思う」

187: 2019/01/17(木) 20:19:51.74 ID:7xqLGuW0
ダイヤ「人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻のごとくなり 一度生を得て 滅せぬもののあるべきか」


千歌「……ど、どうしたの?」


ダイヤ「かの天下人、織田信長公が詠んだ詩とされています」

ダイヤ「生を受けた人間は、どのような人間であろうと滅ぶ運命にある……という詩です」


千歌「……」

ダイヤ「今ここにあるものが、次の日には突然無くなってしまうかもしれない……苦楽を共にし絆を結び合った友が、神の命により……その生を閉じる日が、突然来るかもしれない」


ダイヤ「私達はそんな世界で生きている」


千歌「っっ」

千歌「……わかってる、よ……わかってるつもりだけど……」

ダイヤ「……」ギュッ…


千歌「ダイヤちゃん……」

192: 2019/01/17(木) 20:28:37.75 ID:7xqLGuW0
>>190
世間のイメージは信長だから許して

188: 2019/01/17(木) 20:22:53.31 ID:7xqLGuW0
ダイヤ「ええ……私もそんなこと、わかっているつもりでしたわ。誰だって分かっている自然の理ですもの。でも……つもり、でした。千歌さんがいなくなって、その意味を真に知ることになりましたの。不思議ね、葬式は何度も経験しているというのに……


ダイヤ「きっと梨子さんも、果南さんも……みんな」

千歌「……」

千歌「……死ぬって、何かな……」


ダイヤ「難しいことを聞きますのね」

千歌「こっちの世界に来て、向こうの世界に戻って……なんか、色々わからなくなって」

ダイヤ「私は少し考えましたの、生を受けた意味の、清算なのかもしれないと」

千歌「……?」


ダイヤ「また昔話になりますが……信長公が本能寺にて暗〇された際……世の人々は信長公が作り上げた仕組みを元に、発展していきました。後の天下人、太閤秀吉が没した際も……創り上げた仕組みを元に家康公が泰平を築きあげた」


千歌「……あ、あのダイヤちゃん……単語の半分もわかんない」


ダイヤ「あなた、中学校で勉強した内容でしょう?」

千歌「うぇぇ、そうだっけ」


ダイヤ「ちゃんと帰ったら勉強もするように!!」

189: 2019/01/17(木) 20:24:07.60 ID:7xqLGuW0
千歌「ふぁぃ……」

ダイヤ「話の続きですが……」

ダイヤ「私は千歌さんに貰ったかがやき、宝物、これからの人生ずっと……大切にしていくつもりです」


ダイヤ「滅することは避けられない、それが長いか短いかは天次第。でもね、死の運命が訪れることで、人はその人の生を思い浮かべ……生前貰っていたけれど開けることが出来なかった宝箱を真に自分のものに出来るのだと思います」


ダイヤ「皮肉だと思いませんか。死が訪れないと開かない宝箱。その中には、その人への想いが詰まっている。言いたかったことが沢山詰まっている。でも……もう言えない」


千歌「そっ、か……千歌ちゃんは、みんなに色々なものをあげたんだね」


ダイヤ「あなたの世界の曜さんからも、きっと色々なものを貰っているはずです。一つ一つ、思い浮かべてみるといいかもしれないですわね」


千歌「……うん、そうする」


プルルルルルルルルルルルッッッッ

 

ダイヤ「えっ、鞠莉さんから」


千歌「あっ、そういえば梨子ちゃん! 飲む前に鞠莉ちゃんとテレビ電話するって言ってたのに!」


ダイヤ「な、なるほど……これは怒っていますわね」

191: 2019/01/17(木) 20:26:28.92 ID:7xqLGuW0
テクテク……

果南「ぅぅ……酔ったぁ……ちかたちー、どこー?」

千歌「あ、果南ちゃん起きてきたー! こっちこっち!」

果南「あっ」スタスタ


ダイヤ「はい、もしも――」


鞠莉(23)『――ちょっとー!? 梨子はいつになったら出るのよ! もう何回電話しても出ないからダイヤにしちゃったじゃない!!!」


果南「わ……すごいおっきな声」

ダイヤ「す、すみません……梨子さんが酔いつぶれてしまって……私達も、その……盛り上がってしまって……ねえ?」

果南「そ、そうだよ鞠莉! 久しぶり!」


鞠莉『久しぶり果南! 盛り上がってたって……私のことなんて忘れてたってことでしょー!? ひどい」


鞠莉『ねえねえねえっ、ちかっちは!? ろんとうにちかっちがいるの!?』


千歌「……」

千歌「も、もしもし……鞠莉ちゃん」

鞠莉『……』

193: 2019/01/17(木) 20:29:39.29 ID:7xqLGuW0
鞠莉『ほんとに、ちかっちなの?』

千歌「うん……そうだよ、正確には違うけど……」

鞠莉『テレビ電話にして?」

千歌「あ、うん……どうやるの?」

ダイヤ「ここを押して……」

鞠莉『!!』

千歌「……鞠莉ちゃん」

鞠莉『……ちか、っち』


果南「ね? 本当だったでしょ? 私も梨子ちゃんから話聞いたとき、絶対嘘だって思ったもん」

鞠莉『そう、ね……ふふっ、なんかちかっちらしいっていうか』


鞠莉『本当に凄いわ! すごい……」

ダイヤ「鞠莉さんが言葉を失うのも無理ありませんわね」


鞠莉『ねえ、そっちは時間遅いかもしれないけど……話しましょ? みんなだけ盛り上がっててずるいもの!』

千歌「うんっ、えへへ……鞠莉ちゃんは海外なんだっけ?」

194: 2019/01/17(木) 20:30:41.83 ID:7xqLGuW0
――


千歌「んぅ……んっ、うん」コクッコク…

鞠莉『……眠い?」

千歌「そ、そんなことないよ」

鞠莉『いいのよ無理しないで? 1時間以上話してるんだし』

果南「私もさっきまでがっつり飲んでたし、眠くなってきちゃった……そろそろ眠ろっか?」

千歌「んぅ……そうしようかなぁ……ふぁぁ……」

鞠莉『もーまだ話し足りないけど……こうやってあなたと話せて良かったわ」

鞠莉『あなたがいると……本当にみんながどんどん集まるような気がして……』

千歌「そんな……やっぱり千歌ちゃん、凄いや……」

鞠莉『ふふ、そうね。じゃあまた何かあったら電話して? また話しましょう?』

千歌「うんっ! またね鞠莉ちゃん!」

プツッ


ダイヤ「では、戻りましょうか」

スタスタ


千歌「鞠莉ちゃんもぜんぜん変わってなかったなぁ……ビジネスだっけ、そういうのちゃんとしてるのは本当にすごいと思うけど」

195: 2019/01/17(木) 20:31:56.63 ID:7xqLGuW0
果南「ほんとね、金持ちの娘は違うよ」アハハ

ダイヤ「明日はルビィと花丸さんに会うって言ってましたわよね?」

千歌「うん、また梨子ちゃんが話つけてくれてるみたい」

果南「何するの?」

千歌「? なにするんだろう……ご飯でもたべるのかな……」

ダイヤ「こんなことを言うのは少し変かもしれませんが……千歌さんのお墓を参るのはいかがでしょう、せっかくこっちまで来たのですから」


千歌「お墓……そっか、当然お墓……あるんだよね」

果南「……高海家のお墓だよ」

千歌「てことは、あそこか……」

ダイヤ「私も少し前に言ったばかりですわ」

ダイヤ「あなたもお墓参りで何度も言っているとは思いますが……また見る目も変わってくるかもしれませんわね」

千歌「……千歌ちゃんが入ってるお墓、か」

千歌「ねえ……果南ちゃん、ダイヤちゃん」


千歌「ごめんね、先にいっちゃって……」


果南「……千歌」

ダイヤ「……」


ギュッ……

196: 2019/01/17(木) 20:33:29.92 ID:7xqLGuW0
◇――――◇

ブロロロロロ…


千歌「なんかさ! 梨子ちゃんが運転してる助手席に乗ってるって……すっごく不思議な感じ」

梨子「ふふ、たしかにそうね」

梨子「まあ一応免許もちゃんと取ったから」


梨子「千歌ちゃんのお墓に行きたいだなんて……」

千歌「なんとなく、見ておきたくて」

千歌「梨子ちゃんも、行ったりしてたの?」

梨子「うん、善子ちゃんといっしょに何回も行ったなぁ……」

千歌「そっか……曜ちゃんは?」

梨子「一回くらいしか見たことない、かな」


梨子「もしかしたら隠れて行ってたのかもしれないけれど、多分違うと思う」

千歌「行ってない理由って」

梨子「……」


千歌「千歌ちゃんが死んじゃったこと、受け入れられてない……から?」

梨子「…………そうなのかもね」


ブロロロロ…



梨子「もうすぐ着くよ」


千歌「うん」

梨子「花丸ちゃんとルビィちゃん、もう着いてるみたい」

千歌「ねーねー、運転中に携帯みちゃだめだよー」


梨子「ごめんね、安全運転します」


千歌「よろしいっ」エヘヘ

197: 2019/01/17(木) 21:11:24.27 ID:7xqLGuW0
――

バタンッ


千歌「んー……山の中だからちょっとすずしいねー」ノビ-…

千歌「花丸ちゃんたちは?」

梨子「花丸ちゃんの車で来てるって言ってたから……駐車場のどこかにいると思うんだけど……」

バタンッ


千歌「あっ!!」



花丸(20)「っ!」

ルビィ(20)「ちかちゃん……」

ルビィ「千歌ちゃん!!!!」


タッタッタッ


ルビィ「ほんとにちかちゃんだー!!!」ギュッ

千歌「わっ……えへへ、未来のルビィちゃんだぁ……なんか、すっごい……大人っぽくなったね……」


ルビィ「うんっ、うんっ……だって――もう大人だもん……」


千歌「っ」

千歌「そっか……身長も、ちょっと伸びた? 私と同じくらいになってる」

198: 2019/01/17(木) 21:14:34.14 ID:7xqLGuW0
ルビィ「そうかも……あんまり意識してないから……」

花丸「……」

千歌「……花丸ちゃん?」

花丸「ありえない……こんなこと……」


梨子「私もそう思ってたわ。ただのそっくりさんなんじゃないかって……でも違う、本当に千歌ちゃんなの……私達が知らない、別の世界の」


スタスタ…


花丸「……」ジッ…

千歌「……」ドキ…

花丸「……本当だ、千歌ちゃんだ…………」

ギュッ


千歌「わ」


花丸「こんなこと、本当はありえないずら……絶対に絶対に絶対に、あっていいことじゃない。でも…………嬉しいよ」

花丸「本当に嬉しいずらてん……」

ルビィ「私も、本当に嬉しい……」ギュッ


千歌「……うん、わたしも……」


梨子「……」

199: 2019/01/17(木) 21:16:20.38 ID:7xqLGuW0
――


スタスタ


千歌「ふたりとも県内にいるんだねー」

花丸「うん」


ルビィ「最初は東京に行こうと思ってたんだけれど……色々考えて話し合って、残ることにしたの」


ルビィ「これから先はどうなるかはわからないけれど……考えなくちゃ」

千歌「そっか……個人的にダイヤちゃんが東京に行ってたっていうのはすっごく意外だったなぁ」

ルビィ「あはは、私もそう思ったよ」


ルビィ「でもね――未来って、何が起こるかわからないんだよ」


千歌「っ」

ルビィ「私はそれを教えて貰った、千歌ちゃんに、みんなに」


花丸「うん」


ルビィ「お姉ちゃんが東京に出て行ってから、黒澤の家には私が残ったの。だから私が大学生になると今までお姉ちゃんがしてたこととか、お姉ちゃんがしたこと無かったこととかも私がするようになったの」


ルビィ「多分、同じように東京に出て行った時より、私は成長出来たって思うし、お姉ちゃんも帰って来たら驚くことが多かったから」


千歌「……そっか」

200: 2019/01/17(木) 21:16:59.07 ID:7xqLGuW0
スタスタ

千歌「未来、か……」

ルビィ「ねえ千歌ちゃん」

千歌「?」

ルビィ「私、大人っぽくなったかな」

千歌「すっっっごく大人っぽくなったよ!! 髪の毛伸びたからかな、でも顔もしゅっとしたし、何より全体の雰囲気が全然違うよ」

ルビィ「そっか……えへへ、嬉しいな」

ピタッ…

千歌「………お墓」


花丸「――千歌ちゃんが眠ってる、お墓だよ」


千歌(何度もお墓参りに来たはずの、見慣れたお墓)

千歌(私はおばあちゃんもおじいちゃんも生きていたし、今まで会ったこともないご先祖様に対しての形式だけのお墓参りをしていた)

千歌(お墓に入っている人たちへの想いも薄くて、何の意味があるだろうなんて考えたこともある)

千歌(でも……)


千歌「ここには……千歌ちゃんが眠ってる」


ルビィ「……そうだよ」


ルビィ「みんなが大好きだった、千歌ちゃんが眠ってるんだよ」

スッ…

201: 2019/01/17(木) 21:18:19.07 ID:7xqLGuW0
ルビィ「……千歌ちゃん、きこえていますか」


ルビィ「今ね、高校生の千歌ちゃんが来てるの。信じられないって思うかもしれないけれど、本当だよ」

ルビィ「奇跡だね」


ルビィ「私ね、大人っぽくなったんだって。自分ではあんまりわからないけれど……全然違うって言われたの」


ルビィ「年齢を重ねるの、嬉しいなって思うときもあれば嬉しくないなって思う時もあるんだ」


ルビィ「今はどちらかと言うと、嬉しく、ないかも」

千歌「……」

ルビィ「――もう少しで、千歌ちゃんの歳も追い越しちゃうもん」

 

千歌「っ……」

千歌(千歌ちゃんが亡くなったのは、去年の夏で……大学三年生の時)

千歌(そっか、もうルビィちゃん達が……追い越しちゃうんだ)


ルビィ「……これからも、ルビィを見守っててください」


花丸「……」スッ…

梨子「……」スッ…

千歌「…………」スッ


千歌(とにかく、不思議な気分だった。悲しいとも辛いとも違う)

千歌(千歌ちゃん……)

202: 2019/01/17(木) 21:41:34.96 ID:7xqLGuW0
千歌「……ねえ、2人はなんだか不思議だね」

花丸「?」


千歌「果南ちゃんやダイヤちゃん達もそうだったかもしれないけど、千歌ちゃんの死をちゃんと受け入れられているって感じがする……なんとなくだけど」


梨子「……」

花丸「……言いたいことをちゃんと言ってたからかもしれないね?」

花丸「ほら、私の家はお寺だからそういう倫理観は良く教えられて来たから。それに、言いたいことはちゃんと言うっていうのも……千歌ちゃんやみんなに教えられたし」

ルビィ「私も……最初はすっごく悲しかったけど、でも泣いたってどうしようもないもん。千歌ちゃんがいなくなっても時間は過ぎるし、私は大人になっていく。だったら天国で見てる千歌ちゃんに恥ずかしくない大人になりたいって思ったから」


梨子「……2人は強いね」

千歌「……すごいよ」

千歌「じゃあ……チカが来た意味って、なんなのかな」


千歌「千歌ちゃんの死を乗り越えられない人の手助けをしてあげる為なのかなって思ってたけど……それってすっごく無責任なのかな」

203: 2019/01/17(木) 21:42:54.69 ID:7xqLGuW0
ルビィ「どういうこと?」

花丸「人が死ぬ。本来なら2度と会えないはずなのに、こうやって会えてしまう……確かに物凄い影響があるに違いないずら。もしかしたら、自力で乗り越えた人に――また未練が発生しちゃうとかね」


千歌「っ」


花丸「乗り越えたって思いこんでた人の、深層の、受け入れられていない心を表面に出してしまったり……そういうことだってあるかもしれない」


梨子「……千歌ちゃん、曜ちゃんのこと?」


千歌「……うん」

千歌「私が来なかったら……時間はかかったかもしれないけど……みんなに支えられて、乗り越えられてたかもしれない」

千歌「でもチカが曜ちゃんに会っちゃったから……また傷をえぐっちゃったのかもしれない……」


花丸「……」


千歌「そ、それにね……善子ちゃんに言われたの。「私を見つけてくれてありがとう」って」


千歌「千歌ちゃんに言えなかった感謝の気持ち、私を通してやっと言えて……吹っ切れたみたいで」

204: 2019/01/17(木) 21:45:09.33 ID:7xqLGuW0
千歌「でもそれって、いいのかな。本来なら言えなかった言葉なのに……」

花丸「そっか……善子ちゃんも素直じゃないから、千歌ちゃんが生きている時に言えなかったんだろうね」


花丸「――他人の死は、1人で乗り越えるもの」

花丸「いくらほかの人が手を差し伸べても、いなくなった人への思いは自分の中で決着をつけなくちゃいけないの、立ち上がらせて貰っても、そこから歩くのは自分の力」

花丸「善子ちゃんはあなたにそう言って救われたのかもしれない、吹っ切れたのかもしれないけれど……それはきっと、善子ちゃんが1人で乗り越えたことなんだと思うよ」


花丸「あなたに正面から向き合って、千歌ちゃんはもういないっていう事実を本当の意味で受け入れられたから……その言葉を言えたんだと思う」


花丸「だから間違ってなかったと思うよ」

 

千歌「花丸ちゃん……」


花丸「曜ちゃんも、あなたを通してそうなれるといいね」

205: 2019/01/17(木) 21:46:08.46 ID:7xqLGuW0
千歌「1人で乗り越える…………曜ちゃんが千歌ちゃんへの想いに決着をつけられるように、手助けしたい……それは大丈夫なこと、かな?」

花丸「うん」

千歌「そっか……うん、わたし頑張ってみる」

 


花丸「んー……お腹減ったずらぁ……」

ルビィ「あ、私も」

梨子「ふふっ、ご飯食べに行く?」

千歌「行きたいー!」


梨子「時間もいい具合だし、そろそろいきましょうか」

花丸「そうするずら」

 

花丸「……また来るからね、千歌ちゃん」

ルビィ「またね!」

梨子「……」ペコリ

スタスタ…

千歌「……」ペコリ…


 
千歌(ルビィちゃんと花丸ちゃんは、本当に強かった)


千歌(ちゃんと自分の中で想いに決着をつけて、恥ずかしくないように生きていこうって決めているみたい)

千歌(大切な人がいなくなって……私はそれと同じことができるのか、わからなかった)


千歌(曜ちゃん……)

219: 2019/01/18(金) 21:42:17.83 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇

車の中


梨子「――家族には会わなくていいの?」


千歌「あ」


千歌「そっ、か……いるんだよね、私の家族……」


千歌「しまねえもみとねえも、お母さんもお父さんも」


千歌「私がいない世界で、みんな生きてるんだよね……」


梨子「……どうする?」


千歌「……」

220: 2019/01/18(金) 21:43:08.41 ID:s4FOEGTZ
千歌「……会わない」

梨子「どうして?」


千歌「私ね、家族のことは勿論1番大切だけど……世界の誰よりも1番信じてるんだ」

千歌「花丸ちゃんやルビィちゃんみたいに、ちゃんと想いに決着をつけて……より強く決着付けて、立派に生きてるに決まってる」

梨子「どうしてそう思うの?」


千歌「なんとなく!! なんとなくだけど」


千歌「――私は信じてるから」


千歌「だから会わない!!」

千歌「どうなってるか、ちょっと気になるけどね?」エヘヘ


梨子「そっか……じゃあ東京に戻る?」

千歌「うんっ、戻ろ……そして、善子ちゃんのところに行って、曜ちゃんの家に行く」


梨子「……わかった、じゃあ戻ろうか」

221: 2019/01/18(金) 21:44:13.49 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇


善子の家の前


善子「そう……みんなと会って来たのね」


千歌「うん……みんな、立派だった。みんな、千歌ちゃんの死をちゃんと乗り越えてて……」


善子(本当に乗り越えられてなかったのは、私と曜くらいだったってことね……)


善子「でも千歌が居たからあっちのみんなが久しぶりに集まれたって、本当に凄いことよ」


善子「で……今から曜の家に行くけど、思い残したことはない?」

千歌「そ、そんなラスボスのところ行くみたいな」アハハ


善子「ふふっ、そうね。でも、合鍵持ってるとはいえ実際は不法侵入みたいなものだから、訴えられたら一緒に御用されましょうね?」


千歌「うぇぇ…………」

223: 2019/01/18(金) 21:59:03.13 ID:s4FOEGTZ
――


千歌(ここが曜ちゃんのアパート……)


千歌「ほ、ほんとに帰って来ないんだよね!?」


善子「曜は今日バイトだからあと1時間くらいは帰って来ないわ」


善子「さ、その鍵を」

千歌「ごく……」カチャッ…


ギィィ…

 

千歌「お邪魔しまーす…………」


善子「……電気電気……」パチッ

善子「あっちがリビング」


千歌「う、うん…………」


善子「開けるわよ」

ガチャッ…

善子「電気、どこだっけ……えっと、あった」

パチッ…


千歌「ん……綺麗だけ、ど」

224: 2019/01/18(金) 22:01:54.04 ID:s4FOEGTZ
善子「……」スタスタ…

千歌「?」

千歌(クローゼット?)

ガラ


ガララララッッッ!!!


千歌「――ひっ」


善子「っ……増えてる」

善子「ね、わかったでしょ千歌……曜が、どんな状態かってこと」


千歌「な、なにこれ……クローゼットの中……壁とか床とか、いろんなところに……千歌ちゃんの写真とか……物……?」


善子「……」


善子「私もここに入ったのは半年以上前だから、その時とは比べものにならないことになってる。明らかに悪化してるわね」

千歌「……曜ちゃん」


千歌「これ、千歌ちゃんとのデートの写真かな」

善子「そうでしょうね」


千歌「……善子ちゃんは、知ってたの?」

225: 2019/01/18(金) 22:08:25.29 ID:s4FOEGTZ
善子「このこと?」

千歌「うん」

善子「そうね……こんなに酷くはなかったけど、前から片鱗は見えてた」

善子「ほら、私が曜と付き合ってたって話をしたでしょ?」


善子「その前からね、千歌のモノを捨てようとしなかったの。気持ちは分かるわ、思い出の品はとっておくべきだと思うし」

善子「でも……あなたが今着ている服、なんでずっと保存してあったと思う? 都合良く残ってたんじゃなくて、曜はずっと残しておくつもりよ」

善子「千歌が生活していた証を、ずっと残しておくつもりなの」

善子「勿論大切なものとかは千歌の家族に渡したんだろうけど……持ってて良いって言われた遺品は全部ここに入ってるんだと思う。千歌が使った食器、千歌が使ったゲーム機、千歌が使った化粧品、千歌が抱きしめてたぬいぐるみ、他にも千歌が好きそうな物」

千歌「……」


善子「あなたが着てる服もここから引っ張り出したんでしょうね」


善子「……撮った写真とかも、片っ端から現像してはここに放り込んでたんでしょうけど、幼少期のとかも全部ね」


千歌「……」


善子「私と付き合ったあとも、それは変わらなかった。時々千歌の写真をぼーっと見てたり、いつまでも千歌のことを追い求めてた」

226: 2019/01/18(金) 22:09:57.08 ID:s4FOEGTZ
善子「もう千歌はいないのに、となりにいる私のこと、見てくれなかった……当然よね。見る余裕なんて、無かったんだと思う」

善子「だからね、私じゃだめなんだなって思ったの……私なりに、支えてあげようとしてたんだけどね……それは仕方のないこと」


千歌「……」


善子「それに、ほら……食器棚とかも」


千歌「?」


善子「全部2つ以上ずつあるでしょ? 部屋には人絶対入れてないはずだから、本来は必要ないはずなの。こっちの歯ブラシとかも2つある」


千歌「……もしかして、全部千歌ちゃん用ってこと?」

善子「そうでしょうね、表向きには来客用って言うでしょうけど」


千歌「あのね、この前曜ちゃんとご飯食べて雑貨屋さん行ったんだけど、同じコップ二つ買ってたの……。そういうこと、だよね」

善子「……ええ」
 


ガチャッ…


善子「!?」

千歌「ほえ!?」


曜「だ、誰!?」


善子「……最悪」

千歌「えっ! ま、まってよぉ……」

 

善子「……おかえりなさい。私よ、曜」

227: 2019/01/18(金) 22:14:57.85 ID:s4FOEGTZ
曜「善子ちゃん!?」


スタスタ…

曜「千歌ちゃんも……なんで」

善子「……」チャリン

曜「合鍵……まだ持ってたんだ」

善子「こうでもしないと、あなたから歩み寄ってくることは無いって思ったからよ」

曜「それに、そんなところまで開けて」

 

曜「…………最低っ」

 

善子「…………ごめんね」


「……」


千歌「……あ、あの、曜ちゃん……」

千歌「私ね、曜ちゃんと話したいの。沢山、もっと話したいのっ!!」

曜「っ」

善子「私や他の人に、吹っ切れたなんて嘘……ついて欲しくないから」


曜「……うそ、なんて」


善子「……」

曜「……」


善子「お願いっ、少しの間でいいからこの子と暮らしてみてほしいの」


曜「く、暮らす!?」

228: 2019/01/18(金) 22:18:39.25 ID:s4FOEGTZ
千歌「……」


曜「ごくっ……」

曜「だ、だめだよ……そんな」


善子「どうして? お金とかの問題なら私が出す、でもそうじゃないんでしょ?」


曜「だ、だめなものはだめ!」


善子「またそうやって逃げるの!?」


曜「逃げてなんかない!!! なにさ急にどかどか人の家に上がりこんで!! 千歌ちゃんを連れて来て、何がしたいのさ!!!」

 

千歌「――やめてよふたりとも!!」



善子「……」

曜「っ、ごめん」


千歌「……ねえ曜ちゃん、私、出来るだけ迷惑かけないようにがんばるから」


千歌「お料理だって……千歌ちゃんよりは上手くないかもしれないけど、少しは出来ると思うし、えっと、部屋のお掃除だってするよ、洗濯だって任せて! あと、えーと……ゴミ捨てとか!」

曜「……」

千歌「だから、ね……私、曜ちゃんともっともっと話したいの……」

曜「……でも」

229: 2019/01/18(金) 22:22:57.60 ID:s4FOEGTZ
曜「わたし、は」フルフル…


善子「……じゃあ、私はもう行くわね。はい千歌、この鍵持っておいて」チャリン


千歌「ぁ」

曜「ちょ、ちょっと!」


善子「あ、出来れば不法侵入とかで訴えたりりするのはやめてほしいわ、私たちの仲じゃない、ね?」


曜「そ、そんなこと今はどうでも――」


善子「またね」バタンッ


曜「……」


千歌「あ、あの……曜ちゃん」

千歌「本当に嫌だったら、出てく、よ?」


曜「い、嫌じゃないよ! 大丈夫大丈夫! なんていうかその、準備が全然出来てなかったっていうか!」


千歌「そ、そうなの?」

曜「そうだよー!」アハハ…


千歌「そっか……ごめん」


曜「あ、謝らないでよー!」

曜「そうだ! ご飯にしよっか、お腹減ったでしょ? 何かあったかなー……」ゴソゴソ…

230: 2019/01/18(金) 22:24:19.78 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇


善子「……ふぅ」


梨子「――お疲れ様」


善子「わっ!?」

善子「な、なんでいるのよ!!」

梨子「なんとなく様子が気になったし、すぐに話が聞きたかったから」

善子「あー……」

梨子「善子ちゃんしかいないってことは、成功したってことよね?」

善子「成功って言うか……まあ半分無理やり押し付けて来たって言った方がいいかも」


善子「でも、それくらいしてあげないとダメでしょ、多分」


梨子「そうね」

善子「後はあの子がなんとかしてくれる」


梨子「あの子を通じて、曜ちゃん自身がなんとかする、でしょ」

231: 2019/01/18(金) 22:24:52.13 ID:s4FOEGTZ
善子「そう……ね、そっちの方が正しいかな」

梨子「まだ合鍵、持ってたのね」

善子「な、何かあった時のためよ」

梨子「何かあった時かあ……」


善子「な、なに!?」


梨子「ううん、なんでも」

善子「変なこと考えたでしょ」

梨子「そんなことないわよ」

善子「いーや、考えてたわ」


梨子「……言ってほしいの?」


善子「やめて、変なこと考えてるのもやめて」

梨子「はいはい、注文が多いなー」


善子「と、とにかくあなたが考えてるようなことは無いから。今の曜なんか見てられないだけ」

梨子「それはそう思うけど……」


善子「はいはいこの話は終わり、ほら適当にご飯でも食べに行きましょみんなに会って来たんでしょ、聞かせてよ」


梨子「はーい」

232: 2019/01/18(金) 22:27:15.70 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇


曜「じゃーそろそろ寝よっか」


千歌「あ、そうだね」


千歌(……曜ちゃんがご飯作ってくれて、なんだか意外だったけどすっごく美味しくて……)

千歌(でも、なんだろ……すっごい壁を感じるというか……踏み込んでいけない……)

千歌(もっと色々話したいって思ったから曜ちゃんの家に来たのに……これじゃあ意味ないよ)


曜「じゃあ千歌ちゃんのお布団これね」

千歌「……」

千歌「これ、千歌ちゃんもここで眠ってたの?」

曜「え」

千歌「教えてほしいな」

曜「……千歌ちゃんとは、一緒にこのベッドで寝てたよ」

千歌「そうなんだ……」

千歌「……」


千歌「あのっ!! 私も……曜ちゃんと一緒に、眠りたい……」

234: 2019/01/18(金) 22:29:59.35 ID:s4FOEGTZ
曜「っ……」

千歌「だめ、かな……」

曜「ううんいいよ、狭いけどいいかな?」

千歌「!! うんっ」

千歌「えへへ、ごろーんっ!」

曜「もー、壊れちゃうよ」


千歌「早く電気消してー」


ゴロン

曜「……」

千歌「ねえ曜ちゃん」

曜「?」

千歌「ちょっとだけ、私と曜ちゃんの話してもいいかな?」


千歌「あ、私の世界の曜ちゃんの話!」


曜「私の、あ、いやそっかそっちの世界にも私はいるんだもんね……うん、聞かせて?」


――


曜「熱中症で死んじゃいそうになってるなんて……もうなにやらかしてるのそっちの私は……」


千歌「――私のせいなの」


曜「え」

千歌「その日、というかその夏自体が本当に熱くてね。40度くらいで……私が先に熱中症みたいになって、ダウンしちゃって……」

235: 2019/01/18(金) 22:30:44.10 ID:s4FOEGTZ
千歌「ダウンした私をおんぶして、歩いてくれたの。私がちゃんとしてれば曜ちゃんが熱中症になることなんてなかったし、そのせいでアスファルトに頭ぶつけちゃって……他にも全部私のせいで……」


曜「っ……」


曜(私と、同じ……)

曜(私が、千歌ちゃんに感じてる思いと……)


千歌「……千歌ちゃんの話、聞きたいよ」


曜「……他のメンバーから、聞いてるでしょ?」


千歌「曜ちゃんの口から聞きたいの、1番近くに居た曜ちゃんの口から」

千歌「それに、詳しいこととかは何も聞いてないの」

曜「っ」


千歌「……ご、ごめんね無理やりどかどか聞こうとして」

千歌「……でもいつか、教えてくれると嬉しいな」


曜「……うん」


千歌「えへへ……おやすみ」

曜「おやすみ」

236: 2019/01/18(金) 22:36:32.50 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇

千歌「ん……」ムクッ…

千歌(まだこっちの世界、か……)

千歌(全然戻らない……どうなってるの……)


千歌「あれ、曜ちゃんは」

スタ…


曜「あ、おはよ、朝ごはん作ってるから待っててね」

千歌「あ、うん」


トントン


千歌「……」


曜「出来たよー」

曜「ごめんね、野菜とか無くて。卵くらいしか無かったから……」

千歌「きれーなオムレツー!」


千歌「えへへ、曜ちゃんのお料理食べるの初めてだから……」

曜「……そっか、お口に合うといいんだけど」


曜(そうだよね、初めてなんだもんね……)


千歌「いただきまーす!」


千歌「あむ……」


千歌「んっ!!! えへへ……おいしいぃ……」

237: 2019/01/18(金) 22:37:23.27 ID:s4FOEGTZ
曜「本当? 良かった……」

千歌「チカもね、ちょっとは料理できるかなって思うんだけど……やっぱり一人暮らししてると上手くなる?」


曜「まあ上手くならざるを得ないって感じかな、でも最近は全然料理なんてしてなくて……お惣菜買ってばっかりだったからさ。お口に合うようで良かった」


千歌「美味しいよ! ほんとに美味しい!」


曜「ま、ただのオムレツなんだけどね……」アハハ…

曜「あ、ごはん足りなかったら言ってね?」

千歌「うん、大丈夫」


千歌「あ、そうだ! ねえねえ、お夕飯はチカが作るねっ! 居候させて貰ってるんだし……ね、どうかな?」

曜「いいよいいよっ、私が作るよ?」

千歌「あ、分かった……高校生の時の私の料理なんて信じてないんだねー?」


曜「いやそういうわけじゃないんだけど」アハハ…

千歌「じゃあ!」


曜「もー、分かった。期待してるね」

238: 2019/01/18(金) 22:44:41.79 ID:s4FOEGTZ
曜「食材とか何も無いから、後でスーパーに買い物行こうね?」

千歌「うん!」

千歌「ごく……」

千歌「……」

千歌(あ……そういえばこのコップ……この前の買い物で一緒に買ってたやつだ)


千歌(千歌ちゃん用にってこと、なんだよね……)


千歌「曜ちゃんてさ、この家に人呼んだりするの?」

曜「うーん、呼ばないかなあ……行く方が多いかも」


千歌(そりゃそうだよね、昨日私と善子ちゃんに入られて青ざめてたし……しばらく……いや、多分千歌ちゃんが死んじゃってから人は入れてないし入れるつもりも無かったんだよね)

千歌(……それなのに、この家にあるものはきっちり2人分以上……新しいものでも2人……)

千歌(曜ちゃん……)

 

曜「ふぁぁ……」

 

千歌「眠いの?」

曜「ん、ちょっとだけね」

千歌「あ、一緒にお昼寝する?」


曜「千歌ちゃん、今起きたばっかりでしょ……」

千歌「え、あ……そうなんだけど……あはは」

239: 2019/01/18(金) 22:45:38.31 ID:s4FOEGTZ
◇――◇


千歌「お買い物って楽しいよねー!」

千歌「スーパー来るだけでなんか楽しいもん!」

曜「ふふ、そうだね」

千歌「何が食べたい?」

曜「うーん……そう言われても……」


千歌「ふっふっふっ……曜ちゃんの好きなものなんて、私が知らないわけないでしょ! ずばり、ハンバーグ!」


曜「だいすき!」

千歌「やった!」

千歌「よーしっ、じゃあ決めたひき肉買おう!」

千歌「あ、えっと……お予算とかは……」シュン…

曜「ふふ、そんなに気にしなくてもいいよ」

千歌「じゃあこれと……これと……」

千歌「お酒買わなくていいの?」


曜「くすっ、毎日なんて飲まないよ」


千歌「そうなの? 曜ちゃん、てっきりお酒だいすきなのかと……」


曜「完全に最初の方のイメージ引きずってるよね……」


千歌「だって梨子ちゃんと吐くまで飲んでたから……」

曜「あ、あれはたまたま! なんというか……たまたまなにもかも吐き出したくなるみたいな……そう! ストレス発散だから!」


千歌「ふーん?」


曜(よりによって一番最悪な場面見られてるなんて……)

240: 2019/01/18(金) 22:46:54.07 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇

千歌「んしょ……んしょ……うーん?」

千歌(ハンバーグ作る! とは言ったものの……うぅ、上手く混ざらないというか……ぽろぽろしちゃう……つなぎがおかしいのかなあ……)


千歌(大口叩いたはいいけど、作ったことなんて無かったしなぁ……でもでも、成功させないと……えーとレシピレシピ……)


曜「……大丈夫?」


千歌「ひゃっ、大丈夫大丈夫だから座ってて!!」

曜「あのー、大丈夫じゃなさそうだけど」


千歌「へ、へーきだから!」


千歌「……」

曜「……」


千歌「て、手伝ってもらっても……いい?」

曜「もーだから言ったのに」フフッ

曜「何がどうなってるの?」


千歌「んと、あのね……」

241: 2019/01/18(金) 22:48:03.05 ID:s4FOEGTZ
――

千歌「いただきまーす!」

曜「いただきます!」



千歌「こっちの半分失敗したやつが私ので……こっちのちょっと上手くできたやつが曜ちゃんに教えてもらいながら作ったやつで……この綺麗なのが曜ちゃんの!」

曜「結局1人3つも作っちゃったよ……」


曜(でも……千歌ちゃんとキッチンに立ってるの……なんか)


千歌「どれから食べる?」

曜「じゃあ千歌ちゃんの半分失敗してるやつにしようかな?」

曜「失礼します……あむ……んっ」

千歌「…………どう?」


曜「ん……歯ごたえあって美味しいよ! 結構こういうのも好きだから」

千歌「うぇぇ、絶対お世辞だぁ……」


曜「いやほんとほんと! 見た目より絶対美味しいから!」


千歌「あむ……まあ、たしかに……」


曜「じゃあ次はこっちの……あむ……うんっ!!」

242: 2019/01/18(金) 22:49:16.63 ID:s4FOEGTZ
千歌「美味しい? 美味しい?」


曜「こっちの方がもっと美味しい!」


千歌「やった!! もぐ……んー! ほんとだっ! 2つ目でこんなに成長するなんてチカすごいのかも!」エヘヘ


曜「ふふ」


曜(……千歌ちゃん、こんな風に時々ハンバーグ作ってくれたな……。好きでしょって毎回大量に焼いて……次の日の朝も昼もハンバーグなんてこともあったっけ……)


曜(もちろんその時に比べたらまだまだ全然下手だけど、でも……)


千歌「なーんてっ、曜ちゃんのおかげなんだけど――って……曜ちゃん?」


曜「……」ポロ…

曜「あ……ご、ごめっ……あははっ、どうしたんだろごめんねっ!」


千歌「……」


 
千歌「千歌ちゃん、ハンバーグ作ってくれたりしたの?」


曜「うん……」

243: 2019/01/18(金) 22:50:11.88 ID:s4FOEGTZ
曜「なんかね、当然私が知ってる千歌ちゃんよりは全然上手く出来てないんだけどね……でも、なんか……すっごく味に面影があるの」


曜「私が教えたのにどうして、千歌ちゃんの味になってるんだろうっ……」


千歌「……」

 

曜「やっぱり、あなたは千歌ちゃんなんだね……分かってたつもりだけど、さ」


千歌「うん……千歌は千歌、だよ」


曜「あはは……ごめんね、なんかいきなり湿っぽくなって……食べよっか!」


千歌「あのっ、話したいことがあったら……話してね?」

曜「……うん」


千歌「……じゃ、曜ちゃんの!」


千歌「おいしーーーー!!!!」

曜「本当?」


千歌「ほんとほんとっ!! だって肉汁の出方全然違うもんっ、ほら!」


曜「一時期延々とハンバーグ作り続けてた時期があるからね!」

千歌「……なんか極端で曜ちゃんらしいや……」


曜「千歌ちゃんも負けじと作ってくれたんだよ、日替わりハンバーグ勝負」

千歌「うぇぇ、なにやってるの私まで……」


曜「本当にしばらく食べたくなくなったからね……」

244: 2019/01/18(金) 22:55:15.94 ID:s4FOEGTZ
◇――◇


曜「眠ったら元の世界に意識が飛ぶんだっけ?」

千歌「一応、そうなってるんだけど……なんか最近こっちにいる時間の方が多い気がして」

曜「毎回世界が入れ替わるわけじゃないんだ?」

千歌「そうなの」


曜「こっちでの時間が過ぎてても、あっちで起きたら1日しか経ってないの?」


千歌「うん……だからすっごく変な感じ……」


千歌「というかなんかね、ずっと起きてる感じがしてそれも違和感が……」


曜「たしかに……ツラそう……」

千歌「まあでも、最近はずっとこっちなんだけど……」


曜「千歌ちゃんはどうして急に私達の前に現れたのかな……」

千歌「チカも、わかんない……」


千歌「でもね」

曜「?」


千歌「――曜ちゃんと暮らしていれば、わかる気がするの」


曜「……そっか」

曜「じゃあ明日もよろしくね」

千歌「えへへ、こちらこそ」


曜「おやすみ」

千歌「おやすみ」スッ…


千歌(今日は元の世界に戻れるかな……曜ちゃん……心配だよ………会いたいよ……)

245: 2019/01/18(金) 22:57:10.73 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇

千歌「……ん」パチッ…ムクッ…

曜「あ、おはよー」


千歌(こっちの世界……)

千歌「んー……おはよ」

曜「良く眠れた?」


千歌「……うん、また私の世界に意識が飛ばなかったから……」

曜「……そっか」


曜「私は正直なんとも言えないけど、きっと大丈夫だから……」


千歌「あはは……そうだよね」

曜「朝ごはん作ったから食べよ?」

千歌「本当! 食べる!」エヘヘ

曜「持ってくるねー」

曜「ふぁぁ……」


――


曜『じゃあ行ってくるね』


千歌「曜ちゃんはバイトに行っちゃったし……」

千歌「どこか出かけるわけにも行かないし……」

千歌「暇だな……」ゴロン…

千歌「んー……」


ピンポ-ン

246: 2019/01/18(金) 22:57:56.79 ID:s4FOEGTZ
千歌「っ」ビクッ

千歌「……」ソ-…チラッ


善子「……」

千歌「善子ちゃんだ!」ガチャ

善子「おはよ」

千歌「おはよー! どうしたの?」


善子「あなたが暇してると思うからって曜に言われたから」


千歌「! 流石曜ちゃん!」


善子「ふふ、暇だったのね」

千歌「めちゃくちゃ暇だったよー!」

善子「じゃあ出かける?」

千歌「んー……」

千歌「曜ちゃんからお金は貰ってるけど、なんか……申し訳ないし」


善子「そのくらい私が出すわよ」

千歌「それもなんか……申し訳ないし……」

善子「そんなの気にしなくていいのに」


善子「まあでも……あなたがそう言うなら適当に家で話してましょうか」

千歌「うんっ! そうしよっ!!」

247: 2019/01/18(金) 22:59:07.61 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇

千歌「でねでね!」

善子(相変わらずマシンガントークね……)

善子「あ、そうだ」

千歌「?」

善子「どう? 少しだけど曜と暮らしてみて」


千歌「んー……少しだけど千歌ちゃんのこととか話してくれたし、居心地もいいし……」


千歌「曜ちゃんにハンバーグも作ってあげたんだよ!」エヘヘ


善子「そう……」


善子(良かったわね……)


善子「じゃあ今のところいい感じなのね」

千歌「ばっちり!!」

千歌「あ、でも……なんか曜ちゃん眠そうなんだよね」

千歌「ちゃんと眠れてないのかな……?」


善子「……?」


千歌「まあでも曜ちゃんて眠るのも大好きだしそんなことも無いんだろうけど……」

248: 2019/01/18(金) 22:59:51.06 ID:s4FOEGTZ
善子「まあ多分大丈夫だろうけど……何か変だと思ったら私とか梨子に言ってね」


千歌「うん……」

善子「で、なんだけど」

千歌「?」

善子「お願いがあるの、今のあなたにしか出来ないこと」

千歌「私にしか?」


善子「そうよ――曜の携帯の中身、トークアプリの履歴を見て欲しいの」


千歌「な、なんでそんなこと」

善子「……お願い」

千歌「っ……また何かあるんだ?」

千歌「それなら、分かった。善子ちゃんが言うなら……」

善子「ありがとう……多分曜は今でも指紋認証だと思うから、眠ってる時にでも指を借りてロックを解除して」

千歌「……犯罪者みたい」

善子「どのみちもう不法侵入してるでしょ」

千歌「そう言う問題じゃないよぉ……」


――

ガチャ


善子「帰ってきたわね」

曜「ただいまー……あ、善子ちゃん今日はありがとね」

善子「まあ私も暇だったし」


千歌「いやー善子ちゃんを呼んでもらって良かったよー! 暇でどうにかなっちゃうかと思った!」

249: 2019/01/18(金) 23:01:55.27 ID:s4FOEGTZ
曜「それは良かった、善子ちゃんこのままご飯食べてく?」

善子「ううん、今日はそろそろ帰るわ用事もあるから」

曜「うーん、そっか」


千歌「それなら曜ちゃん疲れてるだろうから私がご飯作るね!」

曜「本当? ありがとう……ふぁぁ……」

善子「眠そうね?」

曜「疲れたからねー」


善子(……なんか、顔色悪いわね)


善子「じゃまたね二人とも」


曜「あ、良かったらまた千歌ちゃんの話相手になってあげてね!」

善子「暇だったらね」

ガチャ

曜「ふぁぁ……」

千歌「疲れてるの?」

曜「ちょっと、ね」


千歌「ならチカが腕によりをかけて元気が出るものを作ってあげるのだ!!」ニシシッ

250: 2019/01/18(金) 23:02:46.26 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇




千歌「おやすみー曜ちゃん」

曜「おやすみ」


千歌(元の世界にも戻りたいけど……とりあえず今日は曜ちゃんが眠るまでは寝ちゃダメだ……どうせ寝不足でも昼間は寝てることしか出来ないんだし、がんばらないと)


千歌(まあでも曜ちゃん、すごく眠そうだったし……すぐ眠ってくれるよね?)


――

千歌「すぅ、すぅ……」

千歌(眠ってくれたかな? 薄目で……)スッ…

曜「……」ジッ…

千歌(ん、ん? なんで目閉じてすらいないの……おかしいな)

――

1時間後


千歌(……そろそろ)スッ…

曜「千歌ちゃん……」ジッ

千歌(!?!?)


曜「……」ギュッ…


千歌(っっ……)////


千歌(……ああ、もしかして曜ちゃん……)


千歌(――眠ってない、のかな)

251: 2019/01/18(金) 23:03:19.06 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇




千歌(結局曜ちゃんが眠っちゃうより先に千歌が寝ちゃったし……元の世界には戻れないし)

千歌(携帯を見ようって思ってたのにその機会も無いし……朝も私より早く起きちゃってたからやっぱり曜ちゃんは……)

千歌(……ほとんど眠れてないってこと?)


千歌(なんで眠れないの? なんで、眠らないの?)


千歌(……でも)


千歌(もしかして……私がいる、から?)

千歌(でも、どうして……ああもう、分からないことだらけだよ)


千歌(……曜ちゃんの携帯も見なきゃいけないのに……これじゃあ指紋認証の突破も出来ない)


千歌(目の前にあるのになあ……)


曜「もうちょっとで朝ご飯出来るから待っててねー」


千歌「はーい!」

千歌(朝ごはんだって私が作ってあげたいのに……)


プルルルルルルルル

252: 2019/01/18(金) 23:04:59.96 ID:s4FOEGTZ
千歌「? 曜ちゃん電話!」

曜「はいはいー、バイト先からだ……もしもし渡辺です」

曜「あ、はい……まあ、2時間くらいなら……はい、はい分かりました、失礼します」

千歌「どうかした?」

曜「2時間くらいシフトの時間伸ばして入ってくれないかって、まあ2時間くらいならいいかな」

千歌「そうなんだ……」

曜「おっと、ごはんごはん……」タッタッタッ

千歌「……あ」


千歌(携帯、置いてった……電源ついたまま……)ゴクッ…


千歌(今しかないっ、モタモタしてたら電源消えちゃう。ごめん曜ちゃん……っ)サッ


ポチポチ

千歌「えっと、これだ」ドキドキ…

千歌「っ……1番上に来てるこれって」


千歌「――私とのやりとり……?」


千歌(私っていうより、千歌ちゃんのアカウントなんだろうけど……。え、でも千歌ちゃんはもうこの世にいないはずで昨日の夜も送ってる……一体何を……どういうこと?)ポチ…

253: 2019/01/18(金) 23:06:09.87 ID:s4FOEGTZ
久しぶりに千歌ちゃんとハンバーグ作ったよー、美味しかったー

千歌(昨日撮ってた写真……)

今日から高校生の千歌ちゃんと暮らすことになったよ。一体どういうつもり。ねえ本当に千歌ちゃんはいないんだよね?

千歌「……」


高校生の時の千歌ちゃんが居た、怖い。あの子は千歌ちゃんじゃないんだよね??教えてよ千歌ちゃん…


明日は梨子ちゃんちで久しぶりに飲むよー



千歌(千歌ちゃんに話しかけてるんだ……毎日、毎日……)

千歌(既読なんて、付くはずないのに……)

千歌(わわっ、曜ちゃんが戻ってくるっ……全然見れなかったっ)


曜「はいどーぞ」


千歌「あ、ありがと……」

254: 2019/01/18(金) 23:06:53.22 ID:s4FOEGTZ
曜「……?」

千歌「い、いただきます」


千歌(……このこと、善子ちゃんは知ってたってことだよね。いつ知ったんだろう……かなり前からだったとしたら、曜ちゃんはあれをずっと続けてて……)


曜「まずかったかな?」

千歌「えっ、そ、そんなことないよ! 美味しいよっ!」


曜「そっか……」

曜「ふぁぁ……」


千歌「曜ちゃんこそ眠そうだよ……バイト無理しないでね?」

曜「へーきへーき、心配ご無用であります」


千歌「あっ、今日良かったら……善子ちゃんに声かけておいてもらえない? 来れたらってことでいいから……」


曜「ん、おっけー」

255: 2019/01/18(金) 23:07:39.82 ID:s4FOEGTZ
◇――――◇

昼過ぎ

千歌「……」ソワソワ…


千歌「ひとりだと落ち着かない……」

千歌「なんか色々考えちゃうし……ああもう」

千歌「曜ちゃん……」

ピンポ-ン


千歌「あっ!」

ガチャ

善子「もう、2日連続なんてどんだけ暇してるのよ」

千歌「いやー……あはは」

善子「……で、暇だから呼んだんじゃないでしょ?」

千歌「…………うん」


――


善子「そっか……曜はまだやってたんだ」

千歌「うん、正直びっくりした」

千歌「あれはなんなの?」

善子「さあ……」


善子「まあでも大方……最初は千歌が亡くなったことを受け入れられなくて語りかけてたんでしょうけど……受け入れつつあっても認めたくない最後の抵抗か何かなんじゃないかしら」


千歌「……あれ、いつからやってるの?」


善子「千歌が亡くなってからね……。私も曜と付き合ってる時に気がついたんだけれど、もう半年以上前の話だから……曜はそれからもずっと続けていることになるわね」


千歌「……そんなに」


善子「これで本当にわかったでしょ? 曜は全然、千歌の死を認め切れてないってこと、引きずってるってこと」

256: 2019/01/18(金) 23:08:17.83 ID:s4FOEGTZ
千歌「……うん」

千歌「あ、あとねもう1つ気になったことがあるの」

善子「?」


千歌「曜ちゃんやっぱり――眠ってない」


善子「……は?」


千歌「曜ちゃんが眠ってる時に携帯見ようとしたの、でも……一向に眠らなくて」


千歌「気がついたら私の方が寝ちゃってて、気がついたら曜ちゃんはベッドから離れてて……多分、だから最近眠そうだったの」


善子「この前言ってたことね……ここ最近のストレスとかで追い込まれたから不眠って可能性もあるし……でも――」


ピンポ-ン

千歌「? 宅配便とかかな?」

千歌「はーい」

ガチャ

千歌「え、曜ちゃん……と?」


「こんにちは、曜ちゃんのバイト先の同僚なんだけど……」


曜「ちょ、ちょっと色々あってさ! 早上がりさせてもらったの!」

善子(なにかあったのかしら?)ソ-…

257: 2019/01/18(金) 23:10:16.32 ID:s4FOEGTZ
千歌「あ、そうなんだ」

 

千歌(でもなんで同僚の人が?)


曜「さ、もう家に着いたから大丈夫大丈夫! この子もいるし平気だって!」


「どうせこの子にも黙ってるつもりなんでしょ? だからダメ」


千歌「?」

「曜ちゃんね、寝不足みたいでジムで倒れちゃったのよ。すぐに意識は戻ったけど、何かあるとまずいからって私が帰るタイミングで、ここまで送ってきたってわけ」


千歌「えっ、倒れた!?」


曜「……だ、大丈夫だから!!」


「そうなの、えーと一緒に暮らしてる子よね? だから今日は安静にさせてあげて」


千歌「は、はい」


「じゃあまた。曜ちゃん、しっかり休まないとダメよ」


曜「はい……」

スタスタ

258: 2019/01/18(金) 23:11:50.85 ID:s4FOEGTZ
千歌「……」

曜「……」


千歌「と、とりあえず入ろう? 善子ちゃんも来てるよ」

曜「う、うん」

善子「おかえりなさい、暑かったでしょ」

曜「もうほんとに」アハハ…

善子「ま、曜が帰ってきたなら私はもう帰ろうかしら」

曜「あれ、昼過ぎとかに来てたんじゃないの?」


善子「ううん、こっちに来たの多分あなたがバイトに行ってからすぐくらいだと思うけど」


千歌「え」


善子「ということで、そろそろ帰るわね」

曜「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに……」

善子「私は暇じゃないの」

善子「千歌、お願いね」ボソッ…

千歌「っ……」

千歌(善子ちゃん……)


善子「じゃ、また時間あったら来るから」

千歌「うんっ、ばいばいっ!」

曜「あはは……なんか気使わせたかな」

千歌「そんなことないんじゃないかな」


千歌(善子ちゃんは、本当に心配してるんだろうな……本当なら、さっきの話について色々聞きたいはずなのに)

千歌(私に任せてくれたってこと、だよね……)

千歌(その期待にも答えたいし、曜ちゃんのことも解決したい……)


千歌(ど、どうやって話を切り出そう……ああもう、お話ならいくらでも続けられるのに、なんでこんな肝心な時に言葉が出てこないの……)


千歌(曜ちゃん……)

282: 2019/01/20(日) 02:33:34.96 ID:Qkb9peG/
◇――――◇




千歌「……」


千歌(結局曜ちゃんは帰ってきてお昼寝とかもしないし……)

千歌(夜は眠ってくれるのかな……)

曜「電気消すねー」パチッ…


千歌(多分、眠らないんじゃないかな……わかんないけど)

 

千歌「……よ、曜ちゃん!」

曜「ど、どしたの?」

千歌「あの……最近眠れなかったの?」

曜「あー……うん、なんか」

千歌「そっか……」

曜「大丈夫だよっ、全然大したことないからっ! ね?」

千歌「……」


千歌「――ごめん、信用出来ない」

 

曜「え?」

283: 2019/01/20(日) 02:34:43.92 ID:Qkb9peG/
千歌「っぁ……えっと」


千歌「ごめんね曜ちゃん、私……曜ちゃんのこと信じたいよ! 何でもないよ、大丈夫だよって言葉、信じたいの」


千歌「……でも、ダメだよ。もう信用出来ないよ」

曜「っ……ど、どうしたのいきなり」


千歌「私、曜ちゃんの携帯電話見ちゃったの」

曜「へ、いつのまに」

千歌「今日の朝、電源入れたまま私の前に置いていったから」


千歌「それでね、あのトーク画面……見ちゃった」


曜「!?」

千歌「善子ちゃんは知ってたみたいでね、私の目で確かめさせたかったみたい……」


曜「ああもう……また善子ちゃん」


千歌「それだけ心配してるんだよ!!!!」

284: 2019/01/20(日) 02:35:49.91 ID:Qkb9peG/
曜「っ……」


千歌「分かってあげて……」

曜「……」


千歌「見ちゃって、ごめんね」


曜「本当に見たの?」

千歌「うん……」

曜「はぁぁ……そっ、か」


千歌「曜ちゃんが千歌ちゃんのことを大切に想う気持ち、必要だって気持ち分かってあげたい…………でも」


千歌「千歌ちゃんはもう、いないんだよ」

曜「……わかってる、よ」

曜「そんなこと、分かってる……分かってるけど!!!」


ギュッ…

285: 2019/01/20(日) 02:36:24.89 ID:Qkb9peG/
千歌「ごめんね、そうだよね……曜ちゃんだって本当は分かってるはずなのに、こんなこと言っちゃって……」

千歌「もういない千歌ちゃんにメッセージを送るの、止めたりはしないよ。でも……眠らないって言うのはどういうこと? 今日倒れちゃったんだよね、そんなになるまで眠らないなんておかしい」

千歌「私が来たから? 私が側にいるからなの?」

曜「……」

千歌「このままじゃ曜ちゃんが壊れちゃうよ、無理しないで……だから教えて」

曜「……」


千歌「教えてくれないなら、私は善子ちゃんか梨子ちゃんのところに戻る。だって私のせいで曜ちゃんが寝不足になってるのだとしたら――」

 

曜「いなく、なっちゃいそうな気がして」

千歌「……?」

286: 2019/01/20(日) 02:39:02.82 ID:Qkb9peG/
曜「善子ちゃんや千歌ちゃんが言うようにね……多分私は、千歌ちゃんがもういないってこと、受け入れられてないんだと思う」


曜「千歌ちゃんがいなくなって約一年、すっごく長かった。長くて長くて、牢獄に囚われてるみたいだった」


曜「でもね……なんていうか、時間って怖いの」


曜「あんなに写真を撮ってたのに、あんなに色んなところに行ってたのに、あんなに色々なことを話していたのに……少しずつ、少しずつ千歌ちゃんの記憶がちぎられていくような気がして」


曜「千歌ちゃんとのこと、思い出したくても思い出せないことが増えて行って……」


曜「千歌ちゃんへのトーク、最初は本当に受け入れられなくて辛くてすがるようにやってたんだと思う」

曜「でもそこから時間が経つにつれて……千歌ちゃんのことを思い出すたび、思い出そうとするたび……話しかけるようになって……千歌ちゃんがまだ生きてたら……って思いながら過ごすようになって……」


曜「ごめん……自分でも、よく分かってなくて……」

287: 2019/01/20(日) 02:41:44.82 ID:Qkb9peG/
千歌「そっか……自分の気持ちをはっきりさせるのって、難しい時もあるよね……」


曜「うん……。なんていうのかな、私も時間が解決してくれるって思ったよ。時間が経てば千歌ちゃんのこと吹っ切れて、また私なりに頑張って生きていけるのかなって思ったよ」


曜「でも、さ。時間に記憶が奪われていくみたいな焦りはいつまでも拭えなくて、それでもなんだかんだ日常生活も普通に過ごせるようになって前を向けるようになってきたのかなって思ってたところに」


曜「――千歌ちゃん、あなたが現れた」


千歌「っ…………」


曜「どうして、だろうね……」

曜「どうして、こんな……思い出させるような残酷なタイミングなんだろうね」


千歌「…………ごめんなさい」


曜「謝らないで、千歌ちゃんは悪くないよ」

曜「でも、本当に怖かった」


曜「目の前にいる千歌ちゃんは何者なのか、私が知ってる千歌ちゃんなのか……本当に、頭の中がおかしくなるかと思った」

288: 2019/01/20(日) 02:42:30.33 ID:Qkb9peG/
曜「でもこうやって一緒に過ごしてみるとさ……楽しくて楽しくて、また怖くなった」


曜「あなたは私の知ってる千歌ちゃんじゃ無いのかもしれない。分かっててもさ――あなたが居なくなってしまうのが怖くて」


千歌「っ……」

曜「この世に存在しない夢みたいな存在なのかなって思ってるから、私が眠ってる間にどこかへ行ってしまうんじゃないかって……」


千歌「ぁ……だから、眠れなかったの?」

曜「……うん、だめだね私は。全然、吹っ切れてないって証」

曜「善子ちゃんにも言われてたんだよ、散々言われてたけど……認めたくなくて。私は吹っ切れたんだぞって強がってたのかもしれないね」


千歌「私は……」

 


千歌(いなくなったりしない!!)

 

千歌(なんて、言えない、よ……)

289: 2019/01/20(日) 02:45:03.12 ID:Qkb9peG/
千歌(曜ちゃんは、いなくなった千歌ちゃんじゃなくて私のことも大切に想ってくれてて……それで)

曜「私に気持ちを気がつかせようとしてくれてありがとう」ギュッ…

千歌「ぅ……///」

曜「……」

曜(ああ……千歌ちゃんの温もりにそっくり、本当にそっくり……でも)

曜「ねえ……」

スッ…

千歌「ふぇ……」

曜「……」サワ…


千歌(か、顔が近づいて!?!?)


千歌「だ、だめぇっ」////ブンブン

千歌「よ、ようちゃん今何しようとして//////」

曜「……」


曜「……そうだよね」



曜(そう、あなたは――私の恋人の千歌ちゃんじゃ……無いんだもんね)

290: 2019/01/20(日) 02:46:23.70 ID:Qkb9peG/
千歌「っ……ごめん」


曜「ううん、最後に確かめたかったから。謝るのは私の方だよ」

千歌(最、後?)

曜「はー……」

曜「ねえ千歌ちゃん!」

千歌「?」


曜「――明日、デートしよっか」


千歌「で、でーと?」

曜「そ! 完全に私の自分勝手なんだけどさ、良かったら付き合ってくれない?」

千歌「……う、うん。いいよ、どうせすることもないし」

曜「じゃあ今日はたっぷり寝なくちゃだね! 私も、たくさん寝る」

曜「だからさ」


曜「あと1日、あと1日でいいから……いなくならないでね……」ギュッ…


千歌「……うん、わかった」


千歌(曜ちゃんは、何を思ったんだろう)


千歌(どこか清々しそうな表情は、出口の見えなかった世界を照らしているようだった)


千歌(曜ちゃんが何を考えているのか全部は分からないけど、明日のデートってやつで……それも分かるかもしれない。そして曜ちゃん自身も、私を通じて……立ち上がるきっかけになってくれたら嬉しいな……)


千歌(なんか明日、全部が終わりそうな……そんな気がする)


千歌(少なくとも今日はしっかり眠って、曜ちゃんもしっかり眠って……明日に備えなきゃ……)

291: 2019/01/20(日) 02:48:59.20 ID:Qkb9peG/
◇――――◇

千歌「すぅ……すぅ」

千歌「ん……」


 
美渡「ちーかー!!! いつまで寝てるの!! 梨子ちゃんもう迎え来たよ!!!」

千歌「っ!!!」バッッッ


千歌「はーいっ今行く!!!」

 
 

千歌「って…………」

 

 

 
 
千歌「――え?」

292: 2019/01/20(日) 02:50:05.41 ID:Qkb9peG/
千歌「あれ、ここは。元の、世界」

千歌「日付日付……やっぱり、1日しか経ってない……」


千歌「…………」


千歌「そんな……私はまだ、戻ってきちゃいけなかったのに……」

千歌「明日まで……いなくならないでねって、言われたのに……」


千歌「……」ポロ…ポロ…


スタスタスタ…


梨子「千歌ちゃーん、開けるね?」

スッ…


梨子「え、あ……」

千歌「りこ、ちゃん」

梨子「ど、どうしたの? 大丈夫?」ワタワタ…

千歌「ああ……こっちの梨子ちゃんだ……」

梨子「え、え?」


千歌「私は――戻って来ちゃったんだ」

293: 2019/01/20(日) 02:51:48.33 ID:Qkb9peG/
◇――――◇

果南「はい、ワンツーワンツーワンツー」


梨子「……」

梨子(……千歌ちゃんの事情、詳しく聞いたけど、私まで集中出来なくなっちゃう……)

梨子(千歌ちゃんが見ている夢が、本当に夢なら何も気にすることはないんだけど……こんな、鮮明で連続している夢なんて……)

果南「ほら、千歌と梨子……何か考えてる? 全然集中できてないよ」

梨子「ぁ、ご、ごめんなさい」

千歌「……」

ダイヤ「やっぱり、曜ちゃんのこと?」


千歌「えっと、そうなんだけど……そうでもないというか……」


ダイヤ「……どういうこと?」

梨子「……あ、あのっ、その」

梨子「みんなに1つだけ、お話があるんですけど……いいですか?」

鞠莉「?」

梨子「千歌ちゃん……」

千歌「み、みんなに話すの?」

梨子「うん」

294: 2019/01/20(日) 02:52:57.99 ID:Qkb9peG/
◇――――◇

ダイヤ「なるほど、千歌ちゃんの今言った夢の内容というものが……本当に夢なのかどうかということね」

鞠莉「夢ってそんなに連続して物語みたいに見るものなの?」

ダイヤ「無くはないのでしょうけれど、ちょっと疑わしいわね」

ダイヤ「明晰夢、幽体離脱、この手の話は後を経たないけれどでも――別次元に意識が飛ぶなんてことはもっと疑わしいわ」


果南「夢が無いこと言うなあ……」


善子「でも、千歌ちゃんが嘘を言っているようには思えないけど」


ルビィ「別の世界の、ルビィ達……」


ダイヤ「ただでさえ、曜ちゃんのことで練習もままならないのに……夢のことも重なるなんてね」

梨子「……」


ダイヤ「で、前々から話を聞いていた梨子ちゃんも重く考えすぎて集中を極端に欠いていると」

梨子「ごめんなさい……でも」


ダイヤ「……優しいのね」

295: 2019/01/20(日) 02:54:25.98 ID:Qkb9peG/
梨子「そ、そんなこと……ないです」フルフル…


果南「で……結局千歌はどうしたいの? このことを私達に話して練習再開するの?」


鞠莉「出来るならそれでいいけれど……」

千歌「……」


千歌「まだ、戻ってきちゃだめだったの。まだしなくちゃいけないことがあるの」

千歌「私、もう一度……もう一日だけでいいから……またあっちの世界に行きたい、行かなくちゃいけない」


千歌「眠れば行けるのかわからないけど、今日も曜ちゃんの顔を見に行きたいの。なんだかそうすればあっちに行ける気がして」

千歌「みんなには申し訳ないんだけど、ちょっと早く練習切り上げたい」

千歌「それまで精一杯やるからっ、恥ずかしくないように全力でやって……こっちの曜ちゃんに会いに行って……もう一度夢の世界に行きたい」


鞠莉「……じゃ、時間が短くなる分、ベリーハードに行きましょうか」

鞠莉「そっちの方が良く眠りにつけるかもしれないし」

千歌「うん……」

ダイヤ「じゃあ、切り替えて行くわよ。梨子ちゃんも平気?」


梨子「は、はいっ」


千歌「よしっ、がんばろうっ!!!」パシパシッ

296: 2019/01/20(日) 02:57:32.07 ID:Qkb9peG/
◇――――◇

病院


千歌「何日もあっちの世界に意識が飛んでたのに、こっちでは1日しか経ってないの。不思議だよね」

梨子「……」

千歌「もちろん、こっちの世界の曜ちゃんのことも忘れてなかったよ」

千歌「でもさ、あっちにいると……あっちの曜ちゃんのことを中心に考えちゃうの。空元気を振りまき続ける曜ちゃん、見てられなくて」


ピッピッピッ…


千歌「……なんか、こっちの曜ちゃんと凄く離れてた気がする」

ギュッ…


梨子「もしかしたら、千歌ちゃんがあっちに長く居たから……寂しくなっちゃったのかもね」


千歌「……そうかもしれないね」


千歌「でも……ごめんね曜ちゃん、チカはまだあっちでしなくちゃいけないことがあるの」

千歌「とても大切なこと。でも、存在しないはずのチカが手助けするのはいけないことなのかもしれない」

千歌「それでも私はやるよ、あっちの曜ちゃんが一人で立てるように手助けしたいから」


千歌「心から笑ってて欲しいから」

梨子「うん……」


千歌「曜ちゃん……1日だけ、行ってくるね。行けるって信じてるから……見守っててください」

 

千歌「そうだなあ……帰ってきたら、早く曜ちゃんも目を覚ましてね。お見舞いで甘いもの持ってくるから」


千歌「だから――行ってきます」

297: 2019/01/20(日) 02:58:37.13 ID:Qkb9peG/
◇――――◇


千歌「ん……」パチ…

曜(22)「すぅ……すぅ」


千歌(ああ……やっぱり、戻ってきたんだ良かった)

チラ…


千歌(あ、眠ってる……良かった…………でも、涙の跡……)

千歌(何か辛い夢でも、見たのかな……)


千歌(しっかり眠れてるのかな……起こすのはやめておこう)


千歌(あ、そうだ……朝ごはん作ってあげようっ!! ……そろそろ起きるよね?)ソ-…

ギュ…

千歌「!?」


曜「――いか、ないで…………すぅ、すぅ」


千歌「………曜ちゃん」

千歌「千歌はここにいるからね……」ナデナデ

298: 2019/01/20(日) 02:59:35.71 ID:Qkb9peG/
――

曜「……ん」パチ…

千歌「あ、おはよっ」

曜「おはよ……」

千歌「しっかり眠れた?」

曜「んー…………多分」

千歌「良かった」

千歌「ねえねえ、朝ごはんはチカが作るね? 冷蔵庫のもの適当に使っていい?」


曜「え、悪いよ」


千歌「いいからいいからっ、曜ちゃんは寝転がってて! 二度寝は起こすからねっ!」


曜「じゃあ……お願いしようかな」アハハ…

299: 2019/01/20(日) 03:01:46.64 ID:Qkb9peG/
◇――――◇


千歌「でーとなんだからおめかししないとじゃん!!!」

千歌「お化粧お化粧……」

曜「あれ、もうお化粧とかする?」

千歌「失礼な! スクールアイドルやってるんだからしますー!!!」

曜「あはは、そっかそうだよね」

曜「じゃあこれ、えーと……どこにあったかな……」ゴソゴソ

曜「はい、お化粧セットね」

千歌「あ、うんありがと」

千歌(千歌ちゃんの……だめだめ、すぐ感傷的になっちゃいけない)


千歌(よしっ、これで可愛くお化粧しなきゃ! でーとだもんっ!)


千歌「あ、そうだ! 曜ちゃん曜ちゃん、携帯電話貸してっ! 梨子ちゃんと善子ちゃんに電話するっ!」


曜「え、あ……どうぞ。何か話すの?」


千歌「ちょっとね!」タッタッタッ

300: 2019/01/20(日) 03:02:25.61 ID:Qkb9peG/
プルルルルル


千歌「善子ちゃんは出ない……朝弱そうだから寝てるのかな?」


プルルルル

梨子『はい、もしもし』

千歌「あ、梨子ちゃんおはよー!」

梨子『なんだか久しぶりな気がするわね』

千歌「えへへ、たしかにそうかも」

梨子『今日はどうしたの? 暇になっちゃった?』

千歌「ううん、そういうわけじゃないんだけど……なんて言うのかな」


千歌「――もう梨子ちゃんに会えない気がして」


梨子『ど、どういうこと?』

千歌「漠然とした感覚だよ? よくわからないんだけど……私がこっちに来た理由、こっちでやらなくちゃいけないことが今日で終わりそうな気がして」

梨子『……そうなんだ』

301: 2019/01/20(日) 03:03:30.14 ID:Qkb9peG/
千歌「ありがとうねっ! 色々お世話してもらっちゃって」


梨子『ふふ、いいのよそんなこと。それよりも、あなたと居た時間が楽しかったもん』


千歌「えへへ、ありがと」


梨子『ほんの些細なことにも、意味があるって思えたら素敵よね』


梨子『私、こっちの千歌ちゃんと出会えたこと、本気で運命だったと思ってるのよ』


梨子『千歌ちゃんは私に新しい世界を教えてくれた、元からあった世界も広がった。千歌ちゃんが残してくれた宝物、ずっと大切にするから』

梨子『きっとあなたが来てくれたのも、千歌ちゃんのおかげなのかもしれないね』

千歌「え?」


梨子『私たちが足踏みしてるのが見ていられなくて、いい加減にしろーってあなたとこの世界を繋いだのかも』


千歌「あはは……千歌ちゃんのおかげかあ、なんかロマンチックだね!」

千歌「でも、そうだったらいいね」

302: 2019/01/20(日) 03:04:47.82 ID:Qkb9peG/
梨子『ええ』

梨子『あなたと私達を引き合わせてくれた運命に感謝しないと』

梨子『千歌ちゃん、あなたもこっちでやることが終わったら……向こうの世界でやることも忘れないでね』

千歌「もちろんっ! 大切な曜ちゃんのこと、手放したりしないから」

梨子『うんっ、よろしい』

梨子「じゃあね千歌ちゃん、最後に会いたかったけど……仕方ないわよね。もしまたこっちの世界に来たら、私の家に来てね」


梨子『大切なものをくれて、ありがとう千歌ちゃん。どこにいたって、違う世界にいたって……私たちは同じ場所を見てるよね』


 

千歌「……うん、ばいばい!」



プツッ


千歌「……」


千歌(梨子ちゃんにとって、千歌ちゃんとの出会いは、千歌ちゃんと過ごした時間の全部が運命そのもので……)
 

千歌(全部、残ってるんだ……何1つ、消えたりしない)

303: 2019/01/20(日) 03:05:38.42 ID:Qkb9peG/
◇――――◇
とある公園


千歌(でーと、でーと……そうだよね、私達はデートしてるんだよね)

千歌(どうしようっ、デートなんて初めてだし)

千歌(ていうか周りカップルばっかりな気が……)


曜「緊張してる?」


千歌「へ!? してない、してないよ!」

曜「ふふ、それならいいんだけど」


曜「うーーーん……潮風が気持ちいいなぁ」

千歌「海がすぐそこなんだね」


曜「そ、都内の中心にいると近くで海を見る機会ってなかなか無くてさ。海を見るだけで故郷を思い出すなんて単純だけど……私も千歌ちゃんもふたりで良くここに来てたんだよ」

304: 2019/01/20(日) 03:06:44.91 ID:Qkb9peG/
千歌「ほえー……」

曜「水族館も近くにあるから行こうね」

千歌「行くっ!!!」

曜「ふふっ」


◇――――◇


千歌「マグロだー!!!」

千歌「おいしいのかな……」

曜「鉄の味がしそう……」

千歌「あ、そっかお刺身嫌いなんだっけ……」

千歌「でもマグロステーキとかなら美味しいんじゃない?」

曜「マグロカツとかね」

千歌「それっ!」

曜「レストランにあったと思うから、それ食べよっか」

千歌「うんっ!!」


千歌「ねえねえねえねえ!! ペンギンはいないの?」


曜「もー、そんなに焦っちゃだめ」


千歌「うぅ、ごめん……」

305: 2019/01/20(日) 03:08:21.54 ID:Qkb9peG/
――


千歌「ペンギンさんかわいぃ…………あ、ほら見て見てっ!!」

千歌「曜ちゃん早く早く!! こっち!!」

千歌「ふぁぁ……お腹減ってきた……」

千歌「わっ、美味しいねこれっ! マグロだよマグロー! これなら曜ちゃんも食べられるよ!」

千歌「あ、曜ちゃんのも一口ちょーだいっ」

千歌「水族館終わっちゃったね……あの観覧車ってなに?」

千歌「あれって乗れるの?」

千歌「えっ、乗りたいっ!!」


千歌「ほわぁ……すっごく高いねー……」

千歌「わー……きれーな景色……えへへ、すごいね」

 

千歌『曜ちゃん』


千歌「『楽しいねっ!』」

306: 2019/01/20(日) 03:09:02.64 ID:Qkb9peG/
曜「……」

千歌「曜ちゃん? どしたの、おーい」

曜「え、あ……なんでもない」

曜「うん……」


曜(千歌ちゃん……私)


千歌「水族館も楽しかったしご飯も美味しかったし観覧車も楽しかったし……えへへ」

千歌「えっと、次はどうしよっか」

曜「あー……そうだなあ、まだまだ時間はあるし」


ザザァ…


曜「――海の方まで行こっか」

307: 2019/01/20(日) 03:12:15.45 ID:Qkb9peG/
◇――――◇

ザザァ……


千歌「やっぱり海の近くは気持ちいいね」

曜「うん……」

千歌「でも、都会に出てきちゃったら気軽に海とかも見れなくなるんだよね、それはちょっとやだなあ」

千歌「私達、ずーっと海で遊んでたもんね。曜ちゃんもそうでしょ?」

曜「うん、私も海は大好き。でもさ、こうやって海の近くに来るのって1年ぶりくらいなの」


千歌「えっ? 海水浴とかしないの?? 毎年してたのに」

曜「そうなんだけどさ……」

曜「ふー……」

千歌「?」

曜「前に言ってたよね。こっちの千歌ちゃんのこと、私の口から知りたいって」

千歌「…………」


曜「ようやく話せそうなの、聞いてくれる?」

308: 2019/01/20(日) 03:13:35.32 ID:Qkb9peG/
千歌「うん……」


曜「……じゃあ、千歌ちゃんがどうして死んじゃったのか」

曜「病気とかじゃなくて、表向きでは事故ってことになってる」

曜「高海千歌ちゃんは、海で溺死した」

千歌「溺死……」


曜「そう、千歌ちゃんは泳ぐのも得意だから全然想像つかないと思う」


曜「普通なら溺れちゃうなんてこと、無かったと思う。だから――私のせい」


千歌「曜ちゃんのせいって、一体……」

曜「離岸流って知ってるかな」


千歌「離岸流……えっと、なんだっけ。あっ! 浜辺から逆方向に流れてる波?」

309: 2019/01/20(日) 03:15:10.93 ID:Qkb9peG/
曜「そうそう、海で沢山遊んでたんだもん聞いたことくらいあるよね。離岸流は沖へ向かって流れる波のことで、泳いで戻ろうとしてもどんどん沖に流されていく」

曜「千歌ちゃんはそれにはまっちゃって……」


千歌「離岸流……そっか、千歌ちゃんはそれで」


曜「離岸流なんて、珍しいものじゃないんだよ。正直に言えばありきたりなことだし、事故は何回も起きてる。……でも、その対処法ってなると分からないってことが多くて」


曜「それに、その当時はなんというか……とにかくふたりきりになりたくてさ。私の提案でライフセーバーの人とかいない場所で泳いじゃってたんだ」


千歌「っ……」


曜「泳ぎ慣れてるし、危険なことなんて無いって思ってた。何かあったら私がなんとか出来るなんて、思ってた」


曜「でも現実は、私まで脚を攣って溺れて……ふたりで病院に運ばれる始末だよ。提案した私は助かって、千歌ちゃんは…………」

310: 2019/01/20(日) 03:20:03.56 ID:Qkb9peG/
千歌「曜ちゃん……」

曜「千歌ちゃんの家族にも、謝ったよ。何度も頭を下げたけど、運が悪かったねって優しく言われるばっかりで」


曜「悪いのは、全部私なのに!!!! 全部全部、私なのにっ!!!」


千歌「……提案したのは曜ちゃんでも、それに乗ったのも千歌ちゃんだもん」


千歌「千歌ちゃんにも責任があるって、みんな分かってるんだよ。私の家族だって曜ちゃんのこと大切だったと思うから、1人のせいにしたくなかったんだよ」


曜「千歌ちゃんは悪くないっ!」


千歌「悪いんだよ!!!!」

曜「っ……」

千歌「ごめんね……こんなこと、言っちゃって。運が悪かったっていうのも勿論あるのかもしれないよ、でも軽率な行動を取ったのは千歌ちゃんだって同じ」


千歌「私は千歌ちゃんじゃないけど、高海千歌だもん。多分……千歌ちゃんがどう思うかって、分かってあげられると思うの。曜ちゃんを恨むはずなんかない、絶対」


曜「……」


千歌「もうそれ以上、自分を責めるのはやめてあげて……? きっと、きっと、恨んでなんかない。むしろ曜ちゃんだけでも助かって良かったって思ってると思う」

311: 2019/01/20(日) 03:21:56.77 ID:Qkb9peG/
千歌「あんなに大好きだった海に行かなくなったのも、そのせい?」

曜「……思い、出しちゃうから」

曜「必死に伸ばして来た手と、怖いって訴えかける目と、苦しそうな声を……」フルフル…

千歌「っ……」


千歌「でもっ! 曜ちゃんはまたこうやって海に来れたよ」


曜「……」

千歌「前に、進めたね」

曜「私は……」

千歌「きっと千歌ちゃんは、自分を責め続ける曜ちゃんなんて見たくないと思うな」

千歌「こんな単純なことしか言えなくて、ごめんね」

曜「ううん……千歌ちゃんの言う通りかも」


曜「前だったら海に来るのが怖くて、波の音を聞くと千歌ちゃんを連れ去った悪魔の音みたいに聴こえて……吐きそうになってたし……今回の夏も無意識のうちに海に行く予定とか全部断っちゃってた」


曜「でも、どうしてかな」


曜「今日の千歌ちゃんとのデートでは、そんなこと微塵も感じなかったの」




曜「引き寄せられるみたいに――ふたりで海が見たいなって……思った」

312: 2019/01/20(日) 03:23:26.44 ID:Qkb9peG/
千歌「うん……」


曜「私、前に進めたのかな」

曜「少しでも、進めたのかな」


千歌「そうだよ! 曜ちゃんはもう座り込んでうじうじしてる曜ちゃんじゃないんだよ」

曜「そっか……そう、なのかな」


ザザァ…

曜「眺めてるだけで、落ち着くよね」

千歌「……うん」

曜「後ろめたい気持ちとか、後悔とか、全部波にさらって連れ去ってくれるみたい」
 

曜「……」

 

曜「あ」チラ…

曜「時間がそろそろ」

千歌「時間? なんの」


曜「今日ね、夜から都内で花火大会があるの」


千歌「花火……」

曜「千歌ちゃんと見に行きたいなって」


千歌「……うん、私も曜ちゃんと見たい」


曜「ふふ、ありがとう。じゃあちょっと急ぎめで行こっか。話し込んでたらこんな時間」

千歌「もー、お話に夢中になるからだよー!」

曜「いいでしょいいでしょ、行こー!」


プルルルルル

313: 2019/01/20(日) 03:24:04.08 ID:Qkb9peG/
曜「あ、善子ちゃんから電話返ってきたよ。出る?」

千歌「うんっ! あ、ちょっと向こうで話してきていいかな、すぐ終わるから」

曜「うん、行ってらっしゃい」

タッタッ


千歌「あ、もしもし善子ちゃん」

善子『ごめんなさい出られなくて、用があるのは千歌だったのね』

千歌「そうなの」

善子『どうかした?』

千歌「うーんと……なんて言えばいいのかな」


千歌「今ね曜ちゃんとデートに来てるの!」


善子『で、デート?』


千歌「うん、そうなの」

314: 2019/01/20(日) 03:24:44.44 ID:Qkb9peG/
千歌「海の見える公園でね、水族館もあって……これから花火大会に行くの」


善子『………』


千歌「善子ちゃんなら、何が言いたいのか……大体分かるよね」

善子「ふーん。なに? お別れでも言うつもり?」


千歌「そうかも、まだどうなるかもわからないんだけど」

善子「ま、わざわざこんな電話かけてきたんだもの。あなたのこと信じてもいいってことよね」

千歌「あはは……そう言われるとちょっとなあ」

千歌「でも、信じて欲しいな」

 

善子「――元から信じてるわよ」

 

千歌「……そっか、嬉しい」

315: 2019/01/20(日) 03:25:55.95 ID:Qkb9peG/
善子「そうねえ……なんか、最後っぽいけれど、もしまた会うことになったら恥ずかしいし……湿っぽい言葉は言わないとして…………うーん」

 

善子「何があっても、元気でね」
 


千歌「……っ」

千歌「うんっ、善子ちゃんも!」


善子「――だからヨハネよ、ばいばい」


プツッ……

千歌「……ふー」


千歌「元から信じてくれてるなんて……千歌ちゃんはすごいね……よしっ」タッタッ


曜「終わった?」


千歌「うんっ、ごめんね時間大丈夫かな? 早く行こっ!」


曜「おっけー!」


スタスタ…

316: 2019/01/20(日) 03:29:07.47 ID:Qkb9peG/
千歌「曜ちゃんはさ、善子ちゃんと付き合ってたんだよね」

曜「……ちょっとの間だけどね」


千歌「……どんな感じだったの?」


曜「どんな感じって言われても……私が最低だったってことくらい、かな」

曜「大学にも全然行かなかったし家に来てくれて身の回りのこと全部してもらって、そのくせ被害者面して善子ちゃんにも当たっちゃったりもして……本当、絵に描いたような最低な人間だよ」

曜「……ちゃんと謝れてないの、でも、次あったら絶対謝る」


曜「あんな酷い状態の私に、大切な時間を割いてくれたんだから……」


千歌「そうだったんだ……」


曜「みんな、私のことを見捨てないで居てくれた……本当に凄いよね、みんな凄すぎるよ……」

千歌「でも、もし他の誰かが曜ちゃんみたいに酷い状態になっても、曜ちゃんはその子のことを見捨てない」

曜「……」

千歌「そうだよね?」

曜「その時になってみないとわからないけど、見捨てないと思う……ううん、絶対」


千歌「それと一緒!!」エヘヘ


曜「そっか、そうだね……」

324: 2019/01/20(日) 18:52:31.87 ID:Qkb9peG/
◇――――◇


 電車で都心から少し離れた場所、と言っても……内浦や沼津よりかはずっと都会。

 曜ちゃんが言う花火大会があるという最寄駅は人でごった返していた。

 もみくちゃにされながら人の波をかいくぐって行く。押しつぶされちゃいそうな私の手を引く曜ちゃんは、さすが都会で何年も暮らしているだけあって頼りになった。

 少し歩くと、お祭りらしい屋台群が見えてきた。ここでも人はたくさんいたけれど、お祭りらしさが高まるから逆に楽しくなってしまう。たこ焼き、やきそば、からあげ、クレープ、りんご飴……。ぎゅるると鳴くお腹の虫。あっ、ラムネだけ外せないっ!


 通り過ぎる一つ一つに目移りしながらきょろきょろしていると、曜ちゃんは1つの屋台に滑り込んで1つください! と威勢良く叫んだ。


 たこやき……。


曜「花火あがるまで少し時間あるからさ、今のうちにいくつか買っておこうよ」

千歌「えへへ……」

325: 2019/01/20(日) 18:54:56.99 ID:Qkb9peG/
 花より団子、なんてことがバレちゃってるのかも……。いや、知ってるに決まってるよね。


 手元には目に付いたもの全部買っちゃってて……。曜ちゃんも楽しそうに買ってたから、きっと私たちは同じ感じなのかな。

 そのまま屋台群を後にして曜ちゃんに連れられるまま歩いて行く。土手を過ぎて、目指している場所は河川敷らしい。


曜「ここにしよっか、ちょっと中心の方から離れてるけど……人も少なめだし」


 目的地に到着らしい。曜ちゃんはカバンから二人用くらいのブルーシートを取り出す。


千歌「えへへ、ありがと。用意してくれてたんだ」


 花より団子、とは言いつつも……ちょっと人が少なそうなところが好きな曜ちゃんは少しロマンチストなところもあるのかな。

 花火が上がり始めるまでほんの少しらしい。たこやきを1つ、やきそばを一口。


曜「私、今日みたいな花火大会でね、千歌ちゃんに告白したんだ」


曜「沼津の方の花火大会だったんだけどね」

326: 2019/01/20(日) 18:56:57.20 ID:Qkb9peG/
千歌「梨子ちゃんから聞いたよ、全然誘えなかったって」


曜「そりゃそうだよー、ずっと一緒に居てさ……そこから踏み込むのって難しいし、考えすぎちゃうんだろうね。背中押してくれるみんなが居なかったら、きっと無理だったかも」


曜「それからこっちでも毎年花火大会は大切なイベントの一つにしてて……去年は行けなかったから」

千歌「……」

 こっちのAqoursの結末は、聞かないことにしていた、調べないようにもしていた。でもね、みんなが話している時の空気感や信頼感……何かをやりきった人達の姿を見ている様だった。

 やりきった先にある信頼が、曜ちゃんを後押しして……千歌ちゃんと結ばれて……そして、曜ちゃんを救おうとしていた。


 小さなブルーシートの上で、暑いのに身を寄せ合う私達。打ち上げ開始のアナウンスが知らされ、見上げる薄暗い空に花が咲く。


千歌「わぁ……」


 歓声をかき消す大きな炸裂音が響いて、花火の打ち上げが始まった。


曜「きれーだね……」


千歌「うん……」

327: 2019/01/20(日) 18:57:47.15 ID:Qkb9peG/
 1つ、また1つと打ち上げられては深まる夜に溶けていく。


 夜に花びらが散るたび……それがタイムリミットを知らせているようで、胸がきゅぅと苦しくなる。でも私にできるのはもう待つことだけ、曜ちゃんが自分の足で立ち上がってくれるのを待つことしか出来ない。


 手元にある食べ物をふたりで食べながら、なんの変哲もないお話をしていた。食べ物も一通り食べ終わって、りんご飴の甘酸っぱい味にうっとりしていると本日の目玉を知らせるアナウンスが聞こえてきた。


千歌「おっきい花火?」


曜「そうだね」


 とくん。

 また不自然に大きく胸が鳴る。なんだろう、この不思議な感覚。あっちの世界で曜ちゃんに告白された時も、同じようなシチュエーションだった。


 
 それを思い出して意識しちゃってるっていうのもあるんだろうけど……私が知らないはずの何かに、意識している気がする……。

328: 2019/01/20(日) 18:59:48.07 ID:Qkb9peG/
 目を向ければ、曜ちゃんは手を私の甲に乗せ……俯いたままひとつ深呼吸をついていた。重ねられた場所からじんわり暖かな心が流れ込んでくる。


曜「私ね、本当に千歌ちゃんのことが好きなの」

千歌「うん……」

曜「千歌ちゃんのことが大切で、千歌ちゃんと一緒にいる時間が何よりも大好き」

曜「あなたがこっちに来てくれて、私の前に現れてくれたことは何でかは分からない」


曜「でもね、最初はちょっと憎かったし怖かったの。せっかく前を向けたと思っていた時にあなたが現れるんだもん。千歌ちゃんとの思い出を、無くしたくないくせに……あなたといると色々思い出しちゃって……怖かったの」


曜「本当、忘れるのが怖いくせに思い出すのも怖いなんて、矛盾もいいところだよね」

329: 2019/01/20(日) 19:01:49.65 ID:Qkb9peG/
曜「でも、楽しかった。あなたは千歌ちゃんじゃないけど、たしかに千歌ちゃんだから。何気ないことひとつひとつで、無くしそうになってた思い出が蘇って、嬉しくなるけど辛くなる。でも……あなたがずっと居て欲しいって思った」


曜「今日ね、夢を見たんだ」


千歌「夢……」

曜「うん、あなたが居なくなっちゃう夢。朝起きたら、そんな存在は最初からなかったみたいになってるの」

千歌「っ……」


曜「でも、千歌ちゃんは居てくれた。美味しい朝ごはんを作ってくれたね」


曜「今日のデートも、本当に楽しくてさ……今は夢なんじゃないかってずっと思ってた。怖がってちょっと憎んでたあなたに、知らない内に依存してた。夢なら覚めないでって、ずっとずっと……思ってた」

曜「千歌ちゃんは、多分……私が立ち上がったら元の世界に戻っちゃうんだよね。だったら、立ち上がらないでずっとこっちに居てくれればいいのに、なんて考えちゃって」


曜「でも……」


曜「あなたにはあなたの世界があるんだと思うし、きっと千歌ちゃんはそんなこと望んでないと思うから」


曜「だって……私が好きになって、一緒に時間を過ごしてきた千歌ちゃんは――もう居ないから」

330: 2019/01/20(日) 19:05:19.90 ID:Qkb9peG/
千歌「……」

曜「小さい時からずっと一緒に居たね」

曜「高校生で、たくさん思い出作ったね」

曜「友達じゃない関係に、なれたね」

曜「大学生になってもやっぱり一緒にいたね」

曜「正直ちっちゃーいことで喧嘩も沢山したけど……その度に価値観が擦れあって、近づいた気がしてた」

曜「もう離れることなんて、無いかもねーなんて……冗談で言い合ってたね……」

 

 花火がひゅるひゅると、高く昇っていく音が聞こえた。

 私を通じて、千歌ちゃんに向かって……言葉を紡ぐことで、曜ちゃんは立ち上がろうとしている。

331: 2019/01/20(日) 19:07:15.26 ID:Qkb9peG/
曜「でも」

曜「……だから、言うね……私っ」


曜「千歌ちゃんのこと――大好き”だった”よ」


 千歌ちゃんへの想いを過去におしやって。

 吸い込まれそうな空色の瞳は、涙でいっぱいだった。同じタイミングで大きな花火が上がっていたんだと思うけど、その炸裂音なんて聞こえないくらい……私は曜ちゃんの言葉に耳を傾けていた。


曜「そしてこれからも……大好きだよ、千歌ちゃん」


 これからの想いを、ぶつける。

 千歌ちゃん。

 あなたの大切な人は、やっと立ち上がれたよ。私の力なんかじゃない、私を通じて……みんなの力も借りて、今度こそ曜ちゃんはあなたの居ない世界で一人、立ち上がったの。


 これで心配、いらないよね?


 曜ちゃんの言葉は私の心にじんわり染み渡って……何故か片方の目だけから、涙が止まらなかった。それがきっと伝わったって証なんだと思う。千歌ちゃんに伝えられた言葉に私は何も言えなくて、言う資格も無くて……そっと身を寄せた。

332: 2019/01/20(日) 19:08:02.93 ID:Qkb9peG/
 ――

 花火大会が終わって、最後はいつも通り過ごそうって決めていた。お腹は満たされていたけれど、帰り道にあるコンビニに寄って飲み物とお菓子を買って帰った。


 曜ちゃんの態度は少し変わったのかもしれない。失った恋人そっくりの私、じゃなくて……仲の良い友達に接しているような感じ。似ているけれど、少し違う。ただの違和感なのかもしれないけれど。


 汗だくになった身体をシャワーで流して、テレビを見ながらお菓子を食べて曜ちゃんとベッドに潜り込む。

 

千歌「これで明日もここに居たらどうしよっか」

曜「それはそれで嬉しいよ!」

千歌「もー、そういうことじゃないよぉ……」

千歌「ずっとお世話になるわけにはいかないもん……」

曜「まあ、たしかに戸籍とかも無いし……どうにかなるのかな……?」


曜「そうなったらそうなったらだよ、明日考えよ!」


千歌「まあそっかあ……」

曜「……帰れそうなの?」

千歌「……わかんない」

333: 2019/01/20(日) 19:11:49.40 ID:Qkb9peG/
千歌「今までだって、何か兆候があったわけじゃないから。眠って、気がついたらこっちにいたり戻ってたりしたからね」

曜「本当、不思議だよね」

千歌「本当だよー……ふぁぁ……」

曜「ふふっ、じゃ、そろそろ眠ろっか」パチッ

千歌「んー」


 照明が落とされる。曜ちゃんは私のこと、明日考えようって言ったけど……明日があるかわからないってことなんて1番よく分かってるはず。


 つまり、なんとなくだけど……曜ちゃんも察しているのかもね。


曜「ねえ……千歌ちゃん」

千歌「?」

曜「ありがとね」

千歌「こちらこそ」

曜「あと、曜ちゃんのことも……ほかの全部のことも、諦めないで」

千歌「うんっ……」

334: 2019/01/20(日) 19:12:24.75 ID:Qkb9peG/
曜「――大丈夫、きっと千歌ちゃんなら出来るよっ!!」

 なんでだろう。

 曜ちゃんに言われると、本当にそう思えてきちゃう。どうしてかな、曜ちゃんは千歌ちゃんの隣に居たから……わかるのかな。

 私もみんなに愛された千歌ちゃんに負けないくらい、がんばらなくちゃ。、


 柔らかく微笑みあって、ぎゅっと握られた手に温もりを感じながら、意識が落ちていく。

 

 ここに居た時間は、体験は夢だったのかな。夢だとしたら忘れてしまうのかな。

 もし仮に忘れてしまったとしても貰った宝物は絶対、消えたりしない。そう教えて貰ったから。


 曜ちゃんは先に眠ってしまったみたい。じゃあ私も眠ってしまおう。そして私はまどろみに意識を連れ去られて――。

335: 2019/01/20(日) 19:12:59.57 ID:Qkb9peG/
――


千歌「……」


 意識が半分くらい戻った時にいた空間は、白くて上下左右もわからないだだっ広い空間だった。

 ふわふわ、ふわふわ漂いながら眠りそうになる意識を繋ぎ止める。

 ここは、どこだろう。

 ふわふわ、ふわふわ。


千歌「……」

千歌「……!!」

千歌「曜ちゃん!!」


 虚ろになっていた視界が、途端にクリアになる。灰色のふわふわした髪の毛を持つ少女が、私と同じように浮かんでいた。

 あれは、私の知ってる曜ちゃんに間違いない。絶対、絶対そうだ。

 手を伸ばすけど、届きそうにない。曜ちゃんの元へと念じるけど、届きそうにない。

 なんで、どうして。

 私は……。


千歌「曜ちゃん!!!」

336: 2019/01/20(日) 19:15:23.08 ID:Qkb9peG/
 諦めないでって、言われたからっ!!


曜「っ!!」


 ああ、こっちを向いてくれた。私の声が、想いが届いてくれた?


曜「千歌ちゃん!」

千歌「曜ちゃん!」


 ふたりの想いが、急速に距離を繋げていく。どんどん、どんどん近くなる。指先が触れて、もう離さないとがっちり手を掴む。

 やっと会えた……曜ちゃん。


千歌「戻ろう? 私達の世界に!」

曜「うんっ!」


 ここは、あの世? あの世の狭間?

 白くてもやがかった世界は途端に色を持ち出して、光り輝く上の方に身体は引き寄せられていく。曜ちゃんは下が気になるみたいで、そちらに視線を向けていた。

 大小様々な花が咲き誇っていて、その中心に……見たことがある人影が見えた。

 顔までは良く見えない。誰かも、正確にはわからない。

 でもなんとなく、分かるんだ。

 私を夢の世界に導いてくれた人、私をこうやって曜ちゃんと繋ぎ合わせてくれた人。


千歌「ありがとー!!!」


 目一杯叫ぶ。

 最後にその人影の口元がふっと緩んで、視界から消えていく世界に飲み込まれた。

337: 2019/01/20(日) 19:16:42.03 ID:Qkb9peG/
 
――――


チュンチュン…



曜(22)「……ん」


曜「……」

曜「……」モゾモゾ…

曜(ベッドが広い……そっか)

曜「……」

 

曜(元に戻っただけ、なのにね)

 

 

曜「んー……はあ」


曜「朝ごはんつくらなきゃ……明日からバイト続きだしなあ」


曜「卒論もあるし……」トントントン…

338: 2019/01/20(日) 19:17:51.49 ID:Qkb9peG/
曜「大変だ大変だ……っと朝ごはんは一人前でいい、と」

トントントン…


曜「これ食べて……今日は何しようかな」

 

曜「あむ……」モグモグ…


「本日の天気は――」


曜「……」モグモグ…

曜「ごちそうさま」


曜「うーん……何しよう」

曜「……」ゴロン…

曜「……」
 

ピンポ-ン


曜「? はいはーい」


ガチャ


善子「おはよ」

梨子「おはよう、お目覚めは?」


曜「え、どうしたの急、に……」

339: 2019/01/20(日) 19:19:25.66 ID:Qkb9peG/
「……」

ポロ…


曜「あ、あれ……私」ポロポロ…


曜「あ、あれ……なんで、こんな……あれ、変だな……あれれ」


善子「……お疲れ様、よく頑張ったわね」ギュッ…

 
曜「ぐす……っ、うぅ……いなくなっちゃったぁ……」

曜「わかってたはず、なのに……でもっ」


梨子「分かってても辛いことだって、沢山ある。でも曜ちゃんは立ち上がれたんでしょ、顔を見たらなんとなくわかるわ」


曜「うん、うん……」

 

曜(夢が覚めて、私はいつもの日々に戻る)

 

曜(暗く深く沈んでいたせいで見えなかったみんなからの光が私を照らして、私は、千歌ちゃんの居ない世界を生きていく)

340: 2019/01/20(日) 19:21:19.61 ID:Qkb9peG/
◇――――◇


ダイヤ「そうですか……」

梨子『ごめんね、報告だけでもって思って』

ダイヤ「いえ……ありがとうございます」


果南「なんだ千歌ったら行っちゃったのかあ……全くしょうがないんだから」


果南「鞠莉も会いたい会いたいって暴れてたよ」

梨子『ふふ、鞠莉ちゃんらしいね』


果南「……ねえ、今度集まらない? 私が企画立てるから」

梨子『えっ、それは大丈夫だし嬉しいけど……』

果南「鞠莉にはこっちから適当に言っておくし、うちの店も気にしなくて平気。土日とかでいいよね?」


梨子『う、うん……じゃあお願い』


果南「はいはーい、またねー」


ブツッ

341: 2019/01/20(日) 19:31:14.05 ID:Qkb9peG/
ブツッ


ダイヤ「随分突然ですのね」

果南「これくらい突然でもないと集まらないからねー」

ダイヤ「まあ、そうですわね」

果南「千歌がいるって知った時の鞠莉、プライベートジェットでぶっ飛ばして来るつもりだったんだって」

ダイヤ「ええ……?」

果南「でも、大事な商談があったみたいで。鞠莉の肩にはたくさんの社員の未来もかかってるから」

ダイヤ「……そうですわよね」


ダイヤ「みんな色々抱えている中で、私たちを引き合わせてくれた千歌さんに感謝しないと」

342: 2019/01/20(日) 19:33:56.66 ID:Qkb9peG/
果南「ほんと、不思議だったね」

果南「千歌はいつだって私たちを振り回すんだから」

ダイヤ「ふふ、本当ですわね」

ダイヤ「人が死ぬ、どこにでもあるありきたりだと言うのに……どこにも無い奇跡を持ってくるのですから」

ダイヤ「千歌さんのことは本当に摩訶不思議でしたが、でも……もしかしたら私達の知らないところ、あるいは歴史の転換点、このようなことは起こっているのかもしれませんね」


果南「そうかもね。私がもし死んじゃったら、私もダイヤ達に会いにくるよ」

ダイヤ「そうしてください、その前に言いたいことは毎日言っておくように」

果南「はいはいダイヤはうるさいんだから」

ダイヤ「千歌さんが教えてくれたことですから」

果南「ふふ、そうだね」

343: 2019/01/20(日) 19:34:32.63 ID:Qkb9peG/
◇――――◇

数日後


ザザァ…


善子「あなたの部屋の大掃除中に千歌からの手紙でも出てくればロマンチックだったのに」

曜「……そんな都合の良いこと無いって」


善子「死んだはずの千歌が現れることの方がよっぽど都合良いと思うけど?」

曜「確かに……」

善子「ま、いいじゃない過ぎたことなんだから」

善子「で、その手紙には何を書いたの?」

曜「言えるわけないじゃん! これは千歌ちゃんに出すものなんだから」


善子「少しくらい教えなさいよ」


曜「やーだ」

344: 2019/01/20(日) 19:42:37.46 ID:Qkb9peG/
曜「ねえ善子ちゃん」

善子「ん?」

曜「ごめんね、本当……みんなにもだけど、善子ちゃんには多分……1番迷惑かけた」

善子「……別に、迷惑だとか思ってないわよ」

曜「……ありがと」

善子「感謝してるなら何書いたのか教えなさい?」

曜「それはやだ」


曜「……まあでも散々考えたんだけどは、ほぼ空白なの」

曜「よく考えたら千歌ちゃんへの想い、花火大会の日に言い切ったなって」

曜「だから最後におまけみたいに書いたんだ、きっと伝わってると思うんだけど」


善子「ふーん?」

345: 2019/01/20(日) 19:44:32.44 ID:Qkb9peG/
 私達の思い出が、千歌ちゃんとの思い出が沢山沢山詰まったこの海岸から……最後の想いを届ける。

 いつかの日みたいに、紙飛行機に乗せて。

 海岸方向に吹き付けた潮風を見計らって、投げつける。今までの想いと、これからの想いを全部乗せて。


曜「……ふー」

善子「さ、行きましょ」

曜「ねっ、来年も再来年も……ここに来ようね、他のみんなも連れて!」

善子「ふふ、そうね。あなたが企画するのよ?」

曜「まっかせてよー!」

 

 投げた先には、虹がかかっていた。

 返事なんていらないよ。
 

 だって、あの青い鳥と一緒にあの虹を超えて……千歌ちゃんの元まで届くって信じてるから。

346: 2019/01/20(日) 19:45:54.93 ID:Qkb9peG/
◇――――◇

美渡「千歌ー!!!! あんたいつまで寝てんの!!」

 

千歌「――ふぁい!!!!」


美渡「また梨子ちゃん来てるよ」


千歌「わかった!!」


梨子「お、おはよー千歌ちゃん……」

千歌「あ、おはよっ! こっちの梨子ちゃんだ」


千歌「じゃなくてっ!! お願い美渡ねえっ! 曜ちゃんが目を覚ますのっ、絶対目を覚ますの!」


美渡「あ、あんた何言って……」

千歌「お願いっ、病院の近くまで送って美渡ねえ……お願いっっ……」

千歌「お願いっ!!!!」

梨子「……」

347: 2019/01/20(日) 19:46:41.36 ID:Qkb9peG/
◇――――◇

病院

 

梨子「そっか……戻って来れたんだね」

千歌「たぶん、もうあっちに行くことは無いと思う。多分なんだけどね」

千歌「……」


スタスタ…

ガララ…


ピッピッピッ…

千歌「曜ちゃん……」

梨子「目、覚ましてないね……」

千歌「……」スッ…ギュ…

千歌「私ね、すごい体験をしてきたんだよ」

千歌「そこはね、夢の世界なの。あれが夢だったのかはわからないけど……」


千歌「その世界はね、もう一人の私が居るはずで、でももう死んじゃってて」

348: 2019/01/20(日) 19:51:59.48 ID:Qkb9peG/
千歌「残された人たちがどんな風に過ごしてるか、見てきちゃったの」

千歌「立ち直ってる人もいれば、立ち直れてない人もいたよ。私その世界に居て思ったの」

千歌「曜ちゃんがこのまま戻って来なかったら、どうしようって」

千歌「色々見てきたけど……チカね、立ち直れる自信、無いよ」

千歌「あっちの世界の曜ちゃんみたいに、ずるずる引きずっちゃうかもしれない、曜ちゃんはきっとそんなこと望んで無いってわかってても……無理かもしれない」

千歌「それは正直、その時になってみないと分からないね。だって曜ちゃんはまだこっちにいるんだもん!」

千歌「……まだ、スクールアイドルも始めたばっかりじゃん! まだ何も出来てない、何も成し遂げてない」

千歌「私、曜ちゃんと一緒がいいよ、曜ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だよ」


千歌「あっちの曜ちゃんにね、みんなにね諦めないでって言われたの。だから私、絶対諦めない」


千歌「曜ちゃんの目が覚めるまで、何度だってここに来る、何度だって手を握って……」ギュ…

349: 2019/01/20(日) 19:53:38.60 ID:Qkb9peG/
千歌「思い曜ちゃん……戻ってきて……!!!」

 

梨子「……千歌ちゃん」

梨子「……曜ちゃん」ギュ…

梨子「私からもお願い」

梨子「せっかく見つけた新しい世界、私も……曜ちゃんが居てくれないと嫌だから……お願い」ギュッ…


曜「……」

キュ………


千歌「!!」

梨子「!!」


 
曜「……」パチ…

 


曜「ちかちゃ……りこちゃん……」


千歌「曜ちゃん!!!!」


梨子「え、えとえとっ、ナースコール!? どれどれっ!?」


千歌「こ、これ!?」アワワワワ

350: 2019/01/20(日) 19:56:30.28 ID:Qkb9peG/
◇――――◇


曜「いやー本当にさ……ちょっと前まで死の直前まで行ってたなんて考えられないよ」ン-…


 防波堤によじ登って、青空に向かって伸びる曜ちゃん。熱中症で生死をさまよったのに、外にいることに抵抗は無いらしい。まったく、能天気なんだから。


千歌「こらっ、まだ激しい運動はダメなんだからね」

曜「えー、運動じゃないよこれは!」


 全く、こっちの曜ちゃんはとにかく身体を動かしてないと気が済まないから。

 目を覚ました時、少し手に痺れがあるって言ってた曜ちゃんだけど……3日もリハビリふればすぐに良くなったらしい。


千歌「だめー! 降りて!」


曜「むぅ……」

千歌「全く……」


曜「よっ、と……」スタスタ


曜「あ、そういえば最近ずっとバタバタしてたから話してなかったんだけど」

千歌「?」

 

曜「私が意識失ってる最中、夢なのかな……多分夢を見てたんだよね、はっきり覚えてるんだけど」

351: 2019/01/20(日) 19:57:59.19 ID:Qkb9peG/
千歌「ど、どんな夢!?」


曜「んと……なんか、見るからにあの世って感じの彼岸花とかが咲いてるお花畑で――千歌ちゃんそっくりの人に出会ったの」


千歌「……!!」


曜「ふたりで何か話してた気がするんだけどその内容は覚えてなくて……でも、諦めないでって言われたのだけは覚えてる」


曜「その後に千歌ちゃんに呼ばれた気がして……目を覚まして」


曜「なんか、偶然にしては出来てるよね。死の直前に行った人ってみんなこういう景色見てきたって言うけど、それがわたしにも起こってたのかも」


 まさか、その話を曜ちゃんからされると思っていなかった。でも今確信した。

 こうやって曜ちゃんと普通に話していられること、これからも曜ちゃんと普通に過ごしていけること……全部が奇跡で――千歌ちゃんのおかげなんだって。


 千歌ちゃん、あなたが曜ちゃんを……。


千歌「ありがとう……」

曜「?」

千歌「ねえ曜ちゃん!」


千歌「今から私の家に来て欲しいの!」

曜「どしたの、急に」

千歌「ちょっと長い話があって」

曜「……なんの話?」


千歌「私が見てきた夢の話と――」

 

 あなたが繋いでくれた、私と曜ちゃんの未来の話を。

352: 2019/01/20(日) 20:01:06.26 ID:Qkb9peG/
◇――――◇


「……」

「……」


ヒラリ…


「……?」

ピラ…

「……」

 

――

拝啓 千歌ちゃんへ
 
 
 
 
 
 


 
  
 
 
 
 
 
 
 
P.S. どうもありがとう!

 

曜より

――

 
 

「……ありがとう」


 
 
 
 
終わり。

354: 2019/01/20(日) 20:02:10.28 ID:Qkb9peG/
読んでくれた人、ありがとうございました。

355: 2019/01/20(日) 20:02:11.92 ID:UNjjLg1x
乙!
最高だった…

357: 2019/01/20(日) 20:03:26.82 ID:5QwYXcR/
こちらこそ、ありがとう

358: 2019/01/20(日) 20:06:16.18 ID:/x6uMjm0


泣いちまったぜちくしょう!

359: 2019/01/20(日) 20:06:33.13 ID:Brs1H8XS
お疲れさまでした
本当にありがとうございました

360: 2019/01/20(日) 20:11:28.11 ID:HRuVY+kq
凄く良かったです
ありがとう

361: 2019/01/20(日) 20:15:52.40 ID:081EvVGV
ほんっとよかった…

362: 2019/01/20(日) 20:30:58.65 ID:Kabx1nQ7
きれいなSSで、感動した
乙でした

364: 2019/01/20(日) 20:57:15.52 ID:EeVE9ri+
最高……

365: 2019/01/20(日) 21:13:30.74 ID:7iq4pee2
すごく良かった
途切れなく投稿してくれて本当にお疲れ様

367: 2019/01/20(日) 21:27:37.26 ID:4useYy+o
超良作

372: 2019/01/20(日) 22:29:21.88 ID:GIibTnNK
はい泣いた、俺泣いたよ

373: 2019/01/20(日) 22:49:05.81 ID:zvwx06M9
よかった
めっちゃ泣いた

374: 2019/01/20(日) 23:14:50.05 ID:fkBF2KoI
最高過ぎて泣いたんだが

380: 2019/01/21(月) 00:45:53.69 ID:0inNhjO+
おつおつ
タイトルをちゃんと見ていて忘れてるわけじゃないけど拝啓 千歌ちゃんへのところでの鳥肌がすごかった
最高でした、ありがとう

386: 2019/01/21(月) 04:37:54.27 ID:7PFsOUri
最高でした

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1547556808/

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