【長編SS】「くぅくぅ土星論」【ラブライブ!スーパースター!!】

Liella!ーSS


1: (空中都市アレイネ) 2022/12/01(木) 20:23:23.41 ID:IgpR6P+O
可可「こちら、タン星クク統治区(仮)」

可可「今日はなにもない一日デシタ」

可可「連絡はおわりデス、ばいばいデス」

くるくるくる……



可可「…………ふぅ~。たくさん歩いて疲れたので、そろそろおやすみしマスよ」

可可「明日はスバラシイ日になるといいデスね、グソクムシ♪」ナデナデ

グソクムシ「グムシャー」
 
3: (たこやき) 2022/12/01(木) 20:26:27.44 ID:IgpR6P+O



宇宙のどこか、とある星。

洞穴で眠る、ひとりと一匹。

お日様のかおりがしたら、ククたちの朝が始まりマス。


可可「んん~~~!!」ノビー

可可「……重いデス」

グソクムシ「zzz…」

可可「グソクムシー。起きてクダサイ~!」

グソクムシ「グゥ…」ペチペチ

可可「触覚でペチペチしてもむだデェス! さ、起きるったら起きるデスよ」


岩壁を手すりにして、むりやり上体を起こしマシタ。それでもグソクムシは、ククの胴体にガッチリとくっついてマス。


可可「そんなにククとハグしていたいのデスね~?」ニヤニヤ

可可「やれやれ、少しだけわがままに付き合ってやるデス」ハグー

グソクムシ「ムシャー…」
 
4: (たこやき) 2022/12/01(木) 20:30:18.93 ID:IgpR6P+O
穴から這い出たら、天を仰いで大きく深呼吸。

ここまでがククたちのモーニングルーティンというやつデス。


可可「朝は放射冷却でひんやりしマスね~」

グソクムシ「ムシャー」

可可「とはいえ、グズグズしていられマセン」

可可「"雨"が降る前に、やるべきことを済まさなければ! 早く出かけマショウ」

グソクムシ「グム」ノソノソ



可可「デッデッ♪ デデデンッ♪」

可可「早起きっ♪ の日曜日はどうして~♪」

可可「こぉんなに♪ 高鳴るの♪」

グソクムシ「~♪」


坂道トンネル草っ原。陽気に歌ってお散歩デス。

どれだけうるさくても近所迷惑にならないので、思う存分声を上げてやりマス!

さて、2曲目のサビに差しかかったところで、私たちは目的地に到着しマシタ。

そこでククを待ち受けていたのは──。



可可「!?」

可可「す、すみれェ……!」
 
5: (たこやき) 2022/12/01(木) 20:34:21.20 ID:IgpR6P+O
可可「ない……」ペタペタ

可可「すみれの果実が、千砂都サイズデス……!」

可可「すみれェ……」


あ、ちなみにここでいう"すみれ"は、あのギャラクシーな方とは違うデスよ?



荒野に生えた9つの低木。

きのう見かけた際、これらをLiella!に見立て、メンバーの名前をつけておいたのデス。"9"という数字は絶対数なので、運命を感じずにはいられませんデシタ!

センターはすみれデス。一番ふさわしいと思ったから選びマシタ。

しかし、すみれの果肉がメロンサイズに実ることは、ついにありませんデシタ……。


可可「おっほー! レンレンとシキシキはでかいの果実~♪」モミモミ

可可「──それに比べ、すみれはこの有り様」ペタペタ

可可「はあ……これだから、すみれはすみれなのデス。肝心なところで真価を発揮できないとは……」

グソクムシ「ムシャー!!」カサカサ

可可「ん? どうしてグソクムシが怒っているのデスか?」

グソクムシ「ムシャムシャー!!」カサカサ
 
6: (たこやき) 2022/12/01(木) 20:36:59.78 ID:IgpR6P+O
可可「はいはい、わかりマシタ。すみれの小さな果実も収穫してあげるデェス」


その場から一歩あとずさり、


可可「……グソクムシ。少し離れててクダサイ」

グソクムシ「…」カサカサ


意識を集中し、頭の〈環〉を回転させマス。





──くるくるくる
 
7: (たこやき) 2022/12/01(木) 20:41:04.71 ID:IgpR6P+O
環。

それは、土星のようでもあり、ぶかぶかの麦わら帽子のようでもありマス。

薄くて平べったい、いくつかの"クウゲキ"を持った円盤デス。

いつどうやって出現したのかは、よくわかりマセン。デスが、とにかく、ククの頭の周りをくるくるしているのデス。

右回転なのか左回転なのかは、どうか訊かないでクダサイ。とてもデリケートな問題デスので。


可可「すぅー」

可可「はぁー」


脳に酸素を送り、さらに環を加速させマス。

──くるくるくるくるくるくる

勢いそのまま、茎へと近づけ……。

ガリガリガリガリガリガリガリガリ!!

ぽとり。


グソクムシ「ムシャ!」

可可「ナイスキャッチ!」

可可「この調子でみんな収穫デスよー!」
 
9: (たこやき) 2022/12/01(木) 20:43:59.36 ID:IgpR6P+O
ガリガリガリガリガリガリガリガリ!

ガリガリガリガリガリガリガリガリ!!

ガリガリガリガリガリガリガリガリ!!!


ファンキーなココナッツをあらかた収穫したら、慣れた手つきで選別していきマス。

小さいものは、固いカラを切って食べちゃいマス。おいしくないけど水分補給ができるので、時間対効果は神ってマス!

大きいサイズは、食べる以外にもなにかと使えるので残しておきマス。鈍器に使えば、最高のパフォーマンスを見せてくれるはずデス!


可可「いちごジャムでもあれば、おいしくなりそうなのデスが……」モグモグ

グソクムシ「ムシャー…」モグモグ


ちなみに、ククは勝手にココナッツと呼んでマスが、その実態は知るところにありマセン。形状と硬度からなんとなく想像しただけなのデス。

真夏の申し子が、こんな寒冷地にカチコミするとは思えないので、きっとココナッツではないのデショウ。

この実の名前は、神のみぞ知るというやつデス。あいにく、神のご住所は存じマセンが。
 
10: (たこやき) 2022/12/01(木) 20:48:54.64 ID:IgpR6P+O



可可「ルンタッタッタ♪」

可可「学校がぁ♪ なければ~♪」

可可「毎日ぃ日曜日ー♪ お散歩日和~♪」

グソクムシ「~♪」


グソクムシについて行き、今度は湖にやって来マシタ。

着いたら早速、クレイジーにココナッツを振り下ろし、氷をくだいておきマス。



白シャツ!
デニム!
パンティ!
ブラトップ!

全部全部、スポポーン!!


可可「グソクムシ! ちゃんと洗濯しておいてクダサイね!」

グソクムシ「ムシャ!」


遮るもののない大自然のど真ん中。

スポポーン(全裸)になったククは、氷点下の湖へ飛び込みマス!


可可「」ブクブクブク

可可「……ぷはあっ!」

可可「はぁ~、毛穴シマルヒキぃ~……」プカプカ
 
11: (たこやき) 2022/12/01(木) 20:53:45.28 ID:IgpR6P+O
ひんやりタイムを堪能したら、本来の目的へ戻りマス。

寒さのあまり考えることをやめた葦を押しのけ、ズイズイズイ。湖の中央を目指し、スイスイスイ。


可可「この辺りがよさそうデス」


再び、環をくるくると回転させマス。

──くるくるくる

そして環をつかんで、ククの身体ごと回転させマス。すると、必死に抵抗する水すら巻き込み、じょじょに巨大な渦が生まれマシタ。

私を軸に、いきおいはどんどん増しマス。

──くるくるくるくるくるくるくる

平穏な水中世界をおそったハリケーン。アリ地獄さながら、哀れな魚がククのもとへ呑みこまれるのデス。

そんな魚を、一匹一匹しとめていきマス。覚えたい漢字をノートに何十回と書いていくみたいに、リズミカルに。

初めて渦巻き漁をやった時は、吐いて吐いて、半日動けなくなりマシタ。デスが、いまでは三半規管もムキムキなので大丈夫デェス!


可可「オェ、オェ、オェ」

可可「…………今日は大漁デス!」

グソクムシ「グムシャー!」ピョンピョン
 
12: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:00:09.87 ID:IgpR6P+O
パキパキに凍った洗濯物。氷を払えば、速乾デス!

『北海道の外干しは服が凍ってだめになるんすよ』と、いつの日か、きなきなが言っていたのを思い出しマシタ。

しかし、いまは時短が最優先デス! 衣服には申し訳ないデスけど。

着衣したら、お待ちかね、お料理の時間デス!


半分に切ったココナッツのお皿ふたつに、魚やらなにやらを添えて……。

〈なんちゃってカルパッチョ〉の完成デス!


可可「…………」モグモグ

グソクムシ「…………」モグモグ

可可「味がくたばってマス……」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「しっかり食べてクダサイね」

可可「次いつ、満足に食べられるかもわかりマセンので」

グソクムシ「ムシャムシャ」
 
13: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:04:55.53 ID:IgpR6P+O



ザァーーーー。


可可「ふぅ……。"雨"が降りだす前に帰れてよかったデス」

グソクムシ「グム」

可可「寒いデスか? ほら、もっと寄ってクダサイ」

グソクムシ「グム…」ノソノソ


ザァーーーー。


可可「"赤の雨"デス……」

可可「この土地では、もう食料は取れマセンね……」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「雨があがったら、すぐに移動をはじめマショウ」

グソクムシ「ムシャ」
 
15: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:08:06.28 ID:IgpR6P+O
しばらく待つと、静寂が訪れマシタ。どうやら雨はやんだようデス。

陰気なにおいを残して。


可可「やみマシター!」

可可「グソクムシ、新たな拠点探しに行きマショウ!」

グソクムシ「グムシャー!」





──くるくるくる


可可「!!」


おのずから回りはじめた、ククの環。

……なにかを受信したようデス。
 
16: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:13:58.49 ID:IgpR6P+O
環はククの耳であり、アンテナでもあるのデス。

そのアンテナが、どこかから音を集めてきマシタ。

環をそばだたせ、音に集中しマス。


可可(足音が聴こえる……二足歩行のリズム……)くるくるくる

可可(……"外星人"デス。まあ、向こう視点ではククが外星人なのデスけど)くるくるくる

可可(二体…………いや、三体デス)くるくるくる

可可(音量的に、数kmは離れてると予測できるので、ここまで迫ってこないと思いマスが……)くるくるくる


可可(……歩きながら会話してマス)くるくるくる

可可(言語によるコミュニケーションを取っている……やはり、知能はかなり高いようデス)くるくるくる

可可(……"再生"してみマショウ)くるくるくる
 
17: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:18:03.02 ID:IgpR6P+O
──再生



可可『──……………………。──』

可可『──iaoikwaaamonaakukw。──』

可可『──hwksoaiieiisnwka。──』

可可『──mwymioak……──』

可可『──…ioo……ザッ…a…──』

可可『──ザッザッ……ザッ…ザッ………──』

可可『──ザーーーッ──』
 
18: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:24:03.01 ID:IgpR6P+O
可可「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……!!」


ドクドクドクドクドクドク──胸が警鐘を鳴らす! 強く、強く!!

心が乱れ、環の回転も揺らいでしまい、音を受信できなくなりマシタ。


外星人の群れは、知らない言語を扱い、なにかしらの目的を持って行動している……。

生態も、容姿も、文化も、思考回路も、なにもかもわからない……。

怖い……。

怖い、怖い……!



私が思うに、ホラー映画に出てくる怪物は、正体のわからぬほうが恐ろしいはずデス。スティーブン・キ○グ作品は別デスが。

"わからない"という状態は、悪い想像ばかり膨らませ、恐怖をかき立てるものなのデス。まさに、いまのククのように。

この星のどこかにいる、外星人たち……。

知らない、わからない、理解できない…………。

未知が、こんなにも恐ろしい……!


可可「…………グソクムシ、怖いのデスか……?」

可可「だ、大丈夫デスよ、ククがそばにいマス!」

可可「大丈夫……大丈夫、大丈夫…………」ギュー

グソクムシ「……」ムギュ
 
19: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:31:05.17 ID:IgpR6P+O
結局、その日、ククたちが出かけることはありませんデシタ。

外星人は圏外に出たのか、音を受信しなくなりマシタ。

穴の外から、夜の優しい音色が聴こえてきマス。


可可「……グソクムシ」

グソクムシ「ムシャ?」

可可「いまごろ、空の暗幕には、満天の星々が輝いているのデショウか?」

グソクムシ「…」


真っ暗な洞穴の中、肩を寄せ合う、グソクムシと私。

空を仰いだって、そこにあるのは闇ばかり。夜空なんてどこにも見えマセン。

数億光年先の恒星も、宇宙船も、人工惑星も。手を伸ばしたって届きやしないのデス。


ギャラクシーというのは、ククたちの想像もつかないほどに広大デス。いまや、宇宙のどこにでも行けちゃう時代デス。

そんなオープンワールドで、ククはひとり、はぐれてしまいマシタ……。

……かのんたちはいま、どこでなにをしているのデショウか。


グソクムシ「…」ヨシヨシ

可可「ん……。グソクムシはやさしいデスね」

グソクムシ「…グムシャー」


グソクムシの触覚から伝わってくる温もり。触れた箇所から溶けてしまいそうデス。

なすがままにあやされ、ゆっくりと、眠りに落ちていきマシタ。
 
20: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:33:40.07 ID:IgpR6P+O
………………………。
………………………。


可可『すみれ。"土星論"はなにデスか?』

すみれ『……ギャラクシーチックでかっこいいわね、それ』

すみれ『違う違う、私は"ド正論"って言ったのよ』

可可『なにをぬかしやがりマスか。ククはいつも、正しいことを言っているだけデス』

すみれ『ほら、そーゆーとこ!』


夏美『すみれ先輩とクゥクゥ先輩、相変わらずの仲良しさんですの~』

クゥすみ『どこが(デスか)!?』

四季『──シンクロ率120%、もう偶然では片付けられない』

メイ『すげえな!? もはや夫婦だろこのふたり』

すみれ『こら、後輩! 冷やかさないの』

可可『…………すみれと、夫婦……』

すみれ『ん? どうかした?』

可可『な、なんでもないデス!』
 
21: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:39:57.77 ID:IgpR6P+O
かのん『遅くなってごめーん!』

可可『あ、来マシタ!』

恋『部室の外まで声が届いていましたが……なにかありましたか?』

きな子『どうせいつもの痴話喧嘩っすよ』

すみれ『きーなー子ー! あんた最近、口の利き方がなってないわねぇ……?』

きな子『ひ、ひはいっふ~!』

可可『きなきなを離すデス!』

夏美『三角関係……! これはいい映画が撮れそうですの~!』

四季『照明は任せて』

恋『みなさん、楽しそうでなによりです』

メイ『どこがだよ!』

かのん『あはは……今日もにぎやかだね』


千砂都『……みんな、なにやってるのかなぁ?』
 
22: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:44:09.98 ID:IgpR6P+O
可可『千砂都、聞いてクダサイ! 全部すみれが悪いのデス!』

すみれ『なんでよ! 元はといえば、アンタがねぇ……!』

千砂都『…………』

かのん『ち、ちぃちゃん……?』


千砂都『もうー! 大事な話があるのに、シリアスな雰囲気ぶち壊しだYOー!』

8人『!』

かのん『大事な、話……』


一瞬で、空気が変わりマシタ。

恐らくこの時、ここにいる全員が、千砂都の言おうとしていることを察したはずデス。


千砂都『あのね、実は──』



これは、夢デス……。かつての記憶…………。

──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
23: (たこやき) 2022/12/01(木) 21:46:56.84 ID:IgpR6P+O
可可「…………」


飛び起きて、必死に手を伸ばして……でもなにもつかめなくて。

空っぽの心は満たされることなく、ただ呆然とするしかありませんデシタ。

熱い露が、ほおを伝いマス。


グソクムシ「グムシャー」ペチペチ

可可「…………グソクムシ」

可可「……涙を拭ってくれているのデスね」ナデナデ

グソクムシ「グムシャー」

可可「ゴメンナサイ……。でも、弱いのククは、これで最後デス」


可可「私はもう、泣かないって決めマシタから……!」

可可「シタタカに生きると、誓いマシタから……!」

可可「"泣き虫クク"は、卒業デス!」

グソクムシ「ムシャー!」
 
24: (たこやき) 2022/12/01(木) 22:02:51.82 ID:IgpR6P+O
宇宙のどこか、とある星。

ここは氷に支配され、時々不思議な"雨"が降る、ヘンテコな星デス。

まさに紅蓮地獄。そんな星に落とされたのは、きっと、私への罰なのデショウ。

……しかし、なんだかんだで、ククはこれまで生きてこられマシタ。グソクムシがいっしょにいてくれたからデス。

とてもとても長い旅デシタ。喧嘩もいっぱいしマシタ。でもすぐに仲直りして、抱き合って眠りにつくのデス。

私たちは、いつもいつでもいっしょにいる、一心同体のパートナー。サ○シとピカチ○ウみたいなものデス。

しかし……。

この生活を、いつまで続けることができるのデショウか。


ククは、そう長くは生きられマセン。なんとなくわかるのデス。

ククが死ぬと、グソクムシが悲しんでしまうので、バンガッテ長生きしたいものデスけど……。


いつか迎える、この旅の終着点。それがどこにあるのかは、まだわかりマセン。

でも、もし……。

ひとつだけ、わがままをいってもいいなら……。



──最後に、みんなに会いたい!

Liella!のみんなに……私の仲間に……。


可可「…………すみれ……………………」
 
25: (たこやき) 2022/12/01(木) 22:07:25.35 ID:IgpR6P+O
──くるくるくる

『……………………クゥクゥ…………』


可可「!」


『…………会いたいよ……』



それは、環が集めた音デシタ。


可可(だれかが、ククを呼んでマス……!!)

可可(もしかして……すみれ、なのデスか……?)


音の出所はわかりマセン。ただ、この星のどこかにいると、無根拠に確信していマス。

たったひと言、名前を呼ばれただけで! ククの闇の世界に、一筋の希望が見出されマシタ。


可可(朝のにおいデス……)

可可「さ、出発しマショウ、グソクムシ。旅の続きデス!」

グソクムシ「グムシャー!」カサカサ


未知なる道を、ひとりと一匹は突き進みマス。

みんなに会える、未来を信じて。



序章 太陽的大冒険 終
 
26: (たこやき) 2022/12/01(木) 22:10:29.98 ID:IgpR6P+O
即死回避用SS

デデデッデッデッデッ デデデッデッデッデッ♪
☆くぅくぅ3分クッキング☆


6cƠᴗƠ∂ 「今日は〈なんちゃってカルパッチョ〉を作りマス」

6cƠᴗƠ∂ 「用意するのはこちらデェス」


〈材料〉
魚:獲れた分
ココナッツオイル:手さじ3杯
エキゾチック塩:少々
でかいの虫:ひと握り
野草:根から葉まで
凍土パウダー:ひとつまみ


6cƠᴗƠ∂ 「材料を混ぜたら…完成デス!」

6cƠᴗƠ∂ 「それでは、いただきますデス!」パク

6cƠᴗƠ∂ 「……パタリ」


味の評価 ★☆☆☆☆

一言メモ 「犬のえさデス」


 終
製作・著作
───
TKK
 
39: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:12:10.35 ID:XCRCCJJP
第1章 水星的推論



可可『──デケデケデッデッデー♪ ピローン♪──』

可可『──さあ今日もはじまりました! お昼のクウゲキを埋め……られてるといいなぁ、あはは。──』

可可『──〈スペースラジオ〉のお時間です。──』

可可『──私、ナポリタンモンスターがお送りします。よろくしお願いします!──』

可可『──実はたまに、「このラジオ需要あるのかなぁ……?」とか不安になったりするんだけど……。──』

可可『──ひとりでも聴いてくれる方がいるなら、その人のためにも、がんばって続けていきたいです!──』

可可『──それに、こうやってだれかに向けてお話するだけでも、私は楽しいですから……えへっ。──』

可可『──それでは早速、お便りのほう読んでいきたいと思います。──』

可可『──ペンネーム「哲学的ぞんびぃ」さんからいただきました。いつもありがとうございます!──』
 
40: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:13:59.46 ID:XCRCCJJP
可可『──ナポモンさん、こんにちは。いつも楽しく拝聴しております。スペラジは仕事の合間に聴けるので、とても重宝しています。ナポモンさんの歌も声も人柄も、すべてが心地よくて、何度聴いたって飽きがこないのです。

さて、話は変わりますが、わたくしにはずっと気になっていたことがあります。ナポモンさんの名前の由来はなんなのでしょうか? ナポリタン的なモンスターということでしょうか?

ちなみに、わたくしのペンネームといえばですね。日々生きていく中で、つくづく自らが哲学的ゾンビに思えてならないので、この名前にしました。イヌが自らをイヌと名乗るような不可思議さを感じますが(笑)。
(上記の(笑)は、本当に笑っています)

お便り、読んでいただけることを祈っております。──』
 
41: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:16:37.41 ID:XCRCCJJP
可可『──んー、名前の由来かぁ。そういえば、まだみんなには話したことなかったね。──』

可可『──ある日、ふと自分の左手を見てみると、「ナポリタン」って書いてあったんです。ナポリタンだよ? ナポリタン!──』

可可『──それはたしかに自分の筆跡なのに、書いた覚えがないんですよ。で、私、すごく恐ろしくなって……。──』

可可『──でも、「これにはきっと意味がある!」って、その時なぜか思って……だから、自分の名前にしました。──』

可可『──モンスターは、なんとなくの語感でつけました。あはは、変かな……?──』

可可『──これが由来です。特に深い意味があるとかじゃないけど、私はこの名前が気に入ってます。──』

可可『──なんだろうなぁ。私がこの名前でいれば、昔の親友とつながってられるような……そんな気分になれるんです。──』

可可『──…………って、ごめんなさい! リスナーさん置いてけぼりにしちゃった!──』

可可『──えーっと……。今日弾くのは、私が大好きなこの曲です。それではお聴きください。──』

可可『──「Stand By Me」──』

くるくるくる……
 
42: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:23:10.21 ID:XCRCCJJP



環が聞いた、かすかな声。

だれかが、ククを呼んでいマシタ。

『……………………クゥクゥ…………』
『…………会いたいよ……』

たった二行で、ククの心には光が灯りマシタ。環もきれいな回転を見せるようになったのデス。


あの日から、毎日欠かさず環を回し、アンテナを張っていマス。あの声の主の居所を、逆探知してやるのデス!

声の主──便宜的に「すみれ(仮)」と呼びマショウ。ククはいま、すみれ(仮)を捜している真っ最中デス。

すみれ(仮)は、この星のどこかにいるはず。しかし、あてもなく捜すわけにもいきマセン。

なので、環から得られる情報を頼りに、一歩ずつ近づいてるところデス。

……正直なところ、あれが本当にすみれなのかは、判別つきマセン。あくまで推測の域を出ないのデス。

でも、淡い希望にすがるのは、悪いことではないと思いマス。望み薄でも、明るい未来を信じたいのデス。


──話は逸れマスが。すみれ(仮)を探索する過程で、スバラシイラジオ番組を発見することができマシタ。

スペースラジオは、ククの環がたまーに受信する番組デス。

スバラシイ声の人がパーソナリティを務め、毎回ギターを弾いて、ステキな歌を届けてくださるのデス!

はあ……! あなたが歌うだけで、ククはうっとり聴きほれてしまいマス……! 一度お会いしたいものデス!

かのナポリタンモンスター様も、この星にいらっしゃるのデショウか……?

ラジオなので、どこか遠い惑星から送信している可能性も考えられマスね。地球か、新天地か。はたまた、三体問題に頭をかかえる惑星からか。
 
43: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:28:25.31 ID:XCRCCJJP



ククとグソクムシの大冒険は、ひたすら、東へ向けて進んできマシタ。すみれ(仮)の声を聞くより前から、ずっと。

念能力で予言されたわけではありマセンが、直感的に、東に行くべきだと思うのデス。いずれ、グ○ードアイランドにたどり着くかもしれないデスね!

東の方角は、お日様が昇る向きで確認していマス。……はたして、この星において、恒星の位置が方角の指標になるのかは知りマセンが。


とりあえずの針路を持っておかないと、あっという間に迷ってしまうのデス。

迷子は、物理的なものではなく、精神的問題なのデス。
 
44: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:35:27.18 ID:XCRCCJJP
可可「…………」

可可「なんデショウ、この音は?」

グソクムシ「ムシャー?」


グソクムシに聞こえていないなら、これは環が聞いた音デスね。

オノマトペで表現するなら、ブロブロブロ、という感じデス。まさか、エンジン音……?

だれかが……いる……?


可可(外星人か……)

可可(あるいは、この星の文明人か)


二通りの可能性がよぎりマシタ。しかし、どちらも考えにくいデス。

外星人の乗り物は、よく飼い慣らされた犬みたいに静かデスし……。文明に関しては、この寒冷地で栄えるとは思えないデス。

外星人が、この星の住人であるなら……いえ、それこそありえない話デス。やつらのテクノロジーは、明らかに大気圏外から飛来したものデスから。

もしククが、車や乗り物のたぐいに詳しければ、音の正体がなんなのか気づけたかもしれマセン……。いえ、仮定の話をしても仕方ないデスね。


可可(もしかしたら、ブロブロブロと鳴くタイプの動物かもしれマセン)

可可(……敵対しない限りは、気にしなくてもよさそうデスね)
 
45: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:41:13.80 ID:XCRCCJJP



ザァーーーー。


可可「……」グー

グソクムシ「グー…」

可可「……グソクムシ」

グソクムシ「…ムシャ?」

可可「ククたち、かれこれ何日、ごはん食べてないデスか」

グソクムシ「…グムシャー」

可可「そうデスか……」


いまのククたちは、すみれ(仮)を捜すどころではないデス。定期的に訪れる飢餓におちいってマス。ピンチデス。

外では、大つぶの"雨"が降り注いでいマス。


可可「…………」

グソクムシ「ム、ムシャ…?」

可可「おいしそうな肉デェス……うへへ……」

グソクムシ「ムシャー!?」ペチペチ

可可「痛いデス! 冗談デスよ!」

グソクムシ「ムー…ムー…」


ザァーーーー。


可可「……おなかすきマシタ、くたばりそうデス」

グソクムシ「グム…」
 
46: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:50:11.23 ID:XCRCCJJP
──くるくるくる

可可「こちら、タン星クク統治区(仮)」

可可「今日は空腹デシタ」

可可「アリェ? 昨日も同じような報告だった気がしマス」

可可「きっと、明日も空腹デショウ」

可可「……ばいばいデス」

くるくるくる……


ククの環は、受信専門なので、送信などできマセン。

それでもこうやって、だれに届くわけでもない交信を試みてしまうのは、せめて文化的でありたいと願うからデショウか。


可可「おなかがすいたら寝るに限りマス」

可可「まだ早いデスが、おやすみデス」

グソクムシ「ムシャー」ノソノソ


その辺に生えていた枯草を、穴ぐら一面にまいて作った、敷布団。

この草布団は、QOL(生活の質)を向上させたい文化的人間の、むなしい努力のたまものデス。

不健康で非文化的な最低最悪の生活でも、おなかがすいて倒れそうでも、多少は人間らしくありたいのデス! 

……なにか文句ありマスか? むだなことして悪いデスか!? コンチキショー!!
 
47: (たこやき) 2022/12/02(金) 22:57:32.73 ID:XCRCCJJP
………………………。
………………………。


千砂都『はい、あと3周! もう少しだよー!』


可可『へぇ、へぇ…………まだ、3周もあるデスか……!』

かのん『クゥクゥちゃん! がんばって!』

可可『あぇ…………かのんは、余裕そう……デスね……』

かのん『いやいや、私だってかなりキツいよ?』

かのん『ほら、私、昔は合唱部で、運動とかあんまりだったし』

可可『……は、走りながら……あぇ……それだけ、しゃべれるなら…………すごいデス……』

かのん『クゥクゥちゃんもすごいよ。スクールアイドルはじめたころより、体力ついてきてるんじゃない?』

かのん『ほら、いまもこうやって、私と同じペースで走れてるじゃん!』

可可『かのん……!』


実は、かのんはもっと早く走れるのに、のろのろなククのペースに合わせてくれていマシタ。
 
48: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:03:05.86 ID:XCRCCJJP
『おっさきー!』

可可『あぇ…………ぬわっ!?』

かのん『あ、すみれちゃん!』


すみれ『ずえっ……うぐっ…………』

すみれ『早く走りすぎてぇ…………周回差、つけちゃったわねぇ……!』

かのん『す、すみれちゃん! 顔色が……』

すみれ『大丈夫ったら大丈夫……よ!』

すみれ『それにしても、あんたたちぃ……はあ……ちんたら走ってるわねぇ…………』

可可『な、なにをー!』

かのん『クゥクゥちゃん!?』

すみれ『それじゃ、私は……先に行ってるわ……!』

可可『……待つデス!』

すみれ『なによ……周回遅れのクゥクゥ?』

可可『!! 二つ名みたいに……言うなデス……!』

可可『…………この、グソクムシ!』

すみれ『だぁれが……グソ……クムシぃ……!』

可可『グソクムシぃ……より……ククのほうが………早い……デス……!』

すみれ『……望む、ところよ!』

かのん『望んじゃだめだよ!? すみれちゃん、クゥクゥちゃーん!!』
 
49: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:09:07.91 ID:XCRCCJJP
千砂都『──それで急にペースあげて、ふたりともバテちゃった、と』

かのん『あはは……。止める前に、飛び出しちゃって……』


すみれ『はあ……はあ…………わたしの……かちぃ…………』

可可『おぇ、おぇ……目がくるくる……はあ……きもちわるい……はあ…………』

千砂都『呼吸はゆっくりと、ね。苦しいけど、すぐに落ち着いてくるから』

可可『はい……デス……おぇ……』

かのん『すみれちゃん……。まさか、クゥクゥちゃんをあおるためだけに、ハイペースで走ってたのかな……』

千砂都『仲良しなのはいいけどさぁ……』

すみれ『あああ……立てない……はあ……』

可可『心臓……ばくはつ……しマス……』

かのん『だ、大丈夫かなぁ、私たち3人……』

千砂都『…………』


これは、千砂都が加入する前の話……。

──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
50: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:16:09.04 ID:XCRCCJJP
可可(……また、懐かしい夢デス)


ククはいまも、周回遅れなのかもしれマセンね。

息も切れ切れ、ふらつきながら、なんとか歩いている状態デス。

『この世界はね、おっきい丸なんだよ!』
『まんまるだから、どこまでいっても、ひとつにつながってるの!』

千砂都が、こんな感じのことを言っていたような気がしマス。

どこまでいっても、つながってる……。

それなら、ククが進み続けていれば……周回遅れでも、いつかみんなに追いつけマスよね。

迷わず歩き続ければ、ククを呼ぶその人にも会えるはずデスよね!


可可「……」グー


デスが、その前に、まずは腹ごしらえデスね。腹が減ってはなんとやら。

人探しは、ディナーのあとデス。


可可「グソクムシ! 起きてクダサイ~!」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「……一狩り、いきマスよ!」
 
51: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:21:23.80 ID:XCRCCJJP



草がしげる荒蕪地に、不自然に生えた木が、一本。

りんごのような果実をぶら下げる、この木はなんと、ククが植えたものなのデェス!

いつかの飢えにそなえて、果実のたねを、ずっと大切に取っておきマシタ! そなえあればうれしーデス!


たねを植えたのが、数日前のこと。ずっと"雨"が降るのを待っていたのデス。

そして、昨日。

念願かなってようやく、"青の雨"が降りマシター!

急成長した木が、立派な根を張り、誇らしげに屹立しているのデス!


グソクムシ「グムシャー!」カサカサ


幾日ぶりのごちそうを前に、グソクムシのテンションもぶち上がってマス。


可可「おっと、グソクムシくん! そこで止まるデェス!」

グソクムシ「ムシャ!?」
 
52: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:24:13.54 ID:XCRCCJJP
可可「ここで欲に負け、りんごをむさぼってしまえば、それまで……。アダムとイブに成り下がってしまいマス」

グソクムシ「グム…?」

可可「ククたちにはすでに、知恵がありマス! ここはクレバーにいきマショウ!」

グソクムシ「ムシャ! ムシャ!」

可可「気持ちはわかりマス。ククだってケモノみたいにかじりつきたいデス! いますぐ空腹を満たしたいデスよ!」

可可「でも、これっぽっちのりんごで、満足していいのデスか……?」

可可「どうせなら、でかいの肉……狙いマセンか!?」

グソクムシ「!!」


可可「りんごをえさに、おろかなケモノを狩りマス」

可可「おそらく、実際に狩れるのは明日以降となるデショウが……それまで我慢できマスか?」

グソクムシ「グム…グム……」

グソクムシ「…ムシャー!!」

可可「その意気デス!」


本当は、上のほうになった実は食べても問題ないデスが……。ここは、ハングリーにいきマショウ!

期間は──"赤の雨"が降るまで、デス。
 
53: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:27:30.29 ID:XCRCCJJP
数時間後。


可可「できマシター!」

可可「陥穽(おとしあな)の完成デス~!」

グソクムシ「グム-!」


罠はちょうど、りんごの下あたりに仕掛けマシタ。食べようとして近づいたら、穴に落っこちる……という算段デス。

落ちていたフンの大きさから鑑みるに、この一帯には、体長1m弱のケモノがいると予想していマス。

落とし穴もそれくらいのサイズにしてあるので、規格外がハマることはないデショウ。


一応、鳥に食われる可能性も考慮し、対策は打っておきマシタ。ココナッツオイルを枝にぬりつけ、滑るようにしてありマス。

あわよくば、つるんと滑って、落とし穴にハマってくれれば、出てこられないはずデス。

『鳥ってね、真上には飛べないんだよ』と、いつだったか、かのんが言っていマシタ。

たしかに、ヘリコプターのように飛ぶ鳥は見たことありマセン。……でも、ありぇ? ク○ク先生は、垂直上昇していたような……。

かのんとモ○ハン、どちらが正しいのデスか!?
 
54: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:30:05.21 ID:XCRCCJJP



可可「……」グー

グソクムシ「グー…」

可可「……幸いなことに、水筒にはまだたくさん、水がありマス」

可可「獲物が罠にかかるまでは……のどを潤し、耐えしのびマショウ」

グソクムシ「ムシャ…」

可可「狩りが成功したら、うたげデス! 酒池肉林を喰らいつくしてやりマショウ!」

グソクムシ「ムシャー!」


草布団に寝ころがると、すぐにグソクムシが覆いかぶさってきマス。

グソクムシは、私の胴体とぴったり同じサイズなので、かけ布団の代わりになってくれているのデス。

……当然、重いデスよ? だけど長い付き合いデスから、すっかり慣れマシタ。

いまでは、圧迫祭りがないと眠れマセン。

幼少期はぬいぐるみがないと眠れず、留学してしばらくは左に壁がないと眠れず、いまは圧迫感がないと眠れず……。いやはや、ククの成長を感じられマスね。
 
55: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:31:49.93 ID:XCRCCJJP
とはいえ、圧迫されていようがなかろうが、眠れない時は眠れないものデス。


ククの頭を、不安が駆けめぐっていマス。

それは、狩りの成否や、すみれ(仮)の探索、言語化できない漠然としたものなど、さまざまデシタ。

とても複雑な対流に、心が振り回されてマス。

目はパッチリと冴えていマシタ。


可可「……グソクムシ」

グソクムシ「ムシャ…」

可可「……眠れないのデスか?」

可可「やれやれ、仕方ありマセン。ククがお話を読んであげマス!」

グソクムシ「グム…」

可可「んー……今日はなんの話をしマショウ?」


『ギャラクシスターSumire ~2nd season~』は、スミレがモテすぎなので、打ち切りにしたんデスよね。

そうなると、『さよなら三角vsまた来て四角vsチサト』のスピンオフか……。

それとも、『徒恋草』の新エピソードか…………。
 
56: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:33:03.66 ID:XCRCCJJP
可可「────!」

可可「いま、天啓が降りてきマシタ! アイデアが爆発的にあふれて、宇宙創生デス!」

グソクムシ「ムシャー…?」

可可「久々の新連載デスよ! タイトルは……」



可可「──『お歴々と100人の私』」
 
57: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:38:20.44 ID:XCRCCJJP
『お歴々と100人の私』 第1話

とある研究所。
お歴々は、巨大なガラスごしに実験室を見下ろし、"1人目"の誕生を心待ちにしていた。
ランプが赤から青に変わり、カプセルを満たしていた緑の溶液が流れだす。
円筒の容器が開くと、1人目である、彼女の生がはじまる──はずだった。
そこにあったのは、溶液に混ざった赤黒いかたまり。
浮力を失ったその身体は、自重に耐えられず、つぶれてしまったのだ。

「ああ、失敗か」
「まあまだ1人目だからな。想定内だ」
「失敗は成功の準備運動、この経験を次に活かそう」

お歴々の頭脳は、すでに次の実験へと移っていた。
実験室では、すでに宇宙服を着た清掃員が、彼女の死体を片づけていた。
ゴミ袋に入れられた彼女は、なにも見ることはなかった。
彼女は死んだ。自分の名前が、"ひぃ"であることすら知らず。
 
58: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:41:18.53 ID:XCRCCJJP
可可「……第1話、おわりデス」

グソクムシ「……グシャ?」

可可「ま、まだ1話目デス。これから面白くなっていきマスから!」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「1話ずつを毎夜、語っていきマス。最終話が100人目なので、100日でおわりデス」


千夜一夜ならぬ、百夜物語デス。100日後どころか、初日から死ぬ話デス。


可可「ふわぁ……。今度は眠くなってきマシタ……」

グソクムシ「グム…」

可可「……明日はおなかいっぱい食べられるといいデスね」

可可「おやすみ、グソクムシ」ナデナデ

グソクムシ「グムシャー」
 
59: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:49:17.96 ID:XCRCCJJP
………………………。
………………………。


すみれ『──行ったわね』

可可『はい……』

可可『…………ふぅ~、緊張しマシタぁ……』


白煙は青い空へ、まっすぐ伸びていマス。

この日、Sunny Passionのおふたりは、東京射場から宇宙へと旅立ったのデス。


すみれ『無事に打ち上がって、よかったわ……!』

可可『はいデス! 本当によかった…………』

可可『……って、いつまで握っているつもりデスか!』

すみれ『なっ……!』


ばつが悪そうに、すみれはククの手を離しマシタ。

すみれはずっと、握ってくれていたのデス。

……不安で震えていた、ククの右手を。ククを安心させるために、ぎゅっと。

そんなすみれのやさしさを、私はつっけんどんに突き放してしまいマシタ。

後悔した時には、もう手遅れ。一度離れてしまった手と手、再びつながることはありませんデシタ。
 
60: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:55:40.14 ID:XCRCCJJP
スペースシャトルは、群青の彼方へ。

見物のために集まっていた人々は、ぞろぞろと、港から去っていきマス。


すみれ『私たちも帰りましょう』

可可『そうデスね……』

可可『…………ん?』


打ち上げを見に来ていた人は、実にさまざまデシタ。

ククたちのように、無事を祈って見守る者。

人類の未来に期待を寄せ、歓喜する者。

どこか諦念に似た感情をかもしだす者。

そして……一瞬、ちらりと目に入ってしまいマシタ。

サニパをブジョクする、横断幕や看板を。


可可『……みんながみんな、宇宙行きを祝福しているわけではないのデスね』

すみれ『そりゃそうよ……。こればっかりは仕方ないわ』

すみれ『みんな、必死なのよ』
 
61: (たこやき) 2022/12/02(金) 23:59:55.51 ID:XCRCCJJP
自転車にまたがり、すみれと連れ立って走りマス。


すみれ『ねえ、クゥクゥは最後の晩餐、なにが食べたい?』

可可『……不謹慎デスよ』

すみれ『いいじゃない、私たちの仲なんだから』

可可『……では、ナポリタンが食べたいデス』

可可『冷凍の』

すみれ『ギャラ!? 最後なんだから奮発しなさいったらしなさいよ!』


ここで「すみれの手作りが食べたいデス!」……なんて言えたら、ククもかわいくなれるんデショウね。


さくらが、ひらひらと舞い落ちていマス。

来年も咲けるものだと、信じきっているようデス。だから、こんなにもたやすく、きれいな花を散らせてしまえるんデスね。


すみれ『あーーー! ほんっと理不尽よね、世の中!』

可可『Liella!も、ラブライブで優勝すれば……もしかしたら……』

すみれ『……そうね。その前に、隕石が落ちてこなきゃいいんだけど』


ククたちは、必死にペダルを漕ぎマシタ。

どれだけスピードを上げても、迫りくる未来から、逃げられるわけないのに。

"モノリス"が降ってきた、あの時から、すべての運命は決定づけられているのに。


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
68: (たこやき) 2022/12/04(日) 01:53:59.44 ID:B82mEJLs



翌日。

獲物が罠にかかるまで、穴ぐらに伏せ、ひたすら待ちマス。

朝からずっと同じ体勢を続けているので、だんだん身体が痛くなってきマシタ。


グソクムシ「…」ペチペチ

可可「……静かに。気配を消してクダサイ」

グソクムシ「シャー…」


環を回し、周囲の雑音に集中しマス。

──くるくるくる


可可(……むっ、音が近いデス)

可可(四足歩行……ひづめが土にめり込む音……)

可可(これは、もしや…………)

可可(一歩、また一歩……)

可可(警戒しているようデスが、足はまっすぐりんごへと向かっていマス……)

可可(あと、少し…………もうちょっとデス……)



グソクムシ「ムシャー!!」

可可「きたデス! 落ちマシタ!!」

可可「獲物ゲットデスよー!」
 
69: (たこやき) 2022/12/04(日) 01:55:04.82 ID:B82mEJLs
でかいの肉……いえ、でかいのケモノが落とし穴にハマりマシタ!

ここまで見事、ククの作戦通りに事が運んでいマス! 自分で自分をほめてあげたいところデス。

ただ、問題は──。


可可「……穴に落としたあとのこと、考えてなかったデス」

可可「うっかり!」

グソクムシ「グシャ…」


大きな木の下に掘られた穴から、ケモノのうめきが鳴り響いていマス。

それはもう暴れに暴れ、どったんばったん大騒ぎデシタ。


可可「がけ上からハメ攻撃したくても、長柄の武器がありマセンね……」

可可「ケモノが力尽きるまで待っていては、ククたちのほうが先にくたばってしまいマスし……」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「……ここは、ククが行くしかないデス!」

可可「ケモノ、覚悟デス!!」ピョン
 
70: (たこやき) 2022/12/04(日) 01:56:09.95 ID:B82mEJLs
可可「あいやー!?」


穴に飛び込んだククのおなかに、グサリ。ケモノの角が刺さりマシタ!

これ、鹿! 鹿デス!

もしかしたらトナカイかもしれマセンが、正直どっちでもいいデス! 肉は肉!


暴れ鹿に抱きついて、背中にライドできマシタ!

角を押さえつけ、首筋に狙いを定めマス。


──くるくるくる


可可「もっとデス! もっと速く……!」


──くるくるくるくるくるくるくる


ククの全力ヘッドバッド!

高速回転する環の刃を、勢いよく叩きつけマス!
 
71: (たこやき) 2022/12/04(日) 01:58:54.23 ID:B82mEJLs
ギギギギギギギギギギギギギギ!!

鹿のゴワゴワ毛に、刃をいなされてしまいマシタ。寒冷地仕様になっているのか、体毛には多層の空洞を含んでいるようデス。


鹿「シカ---!!」

可可「暴れるな……デス!」


毛がジャマで、皮膚まで環が通りマセン。

だったら……!


可可「もっともっと、回ってクダサイ……!!」


──くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる

ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!


可可「こうやって回転を押しつけていれば、摩擦熱が生まれマス」

可可「毛がゴワゴワでジャマなら、焼きはらってやるデス!!」


格闘すること、数分。

とつぜん、頭がカクンと前に倒れると、吹き出した鮮血がククの顔をぬらしたのデス。

環はくるくる回り、首をえぐり続け、一匹のケモノに死をもたらそうとしていマス。

ほとばしる血の噴水は、死に瀕した鹿の、必死の抵抗に思えマシタ。

……これが、狩りデス。
 
72: (たこやき) 2022/12/04(日) 01:59:59.83 ID:B82mEJLs
鹿「シ…カァァァ!!」ブンッ

可可「うっ!?」


鹿はステップ踏んで身体を跳ね上げ、背中にいるククを壁にぶつけマシタ。

一瞬、意識を失い、環が止まってしまいマシタ。角をつかんでいた手も離れていマス。

いまが好機と、鹿はククを踏み台にして、穴から逃げてしまいマシタ。

穴の底に残ったのは、顔面血まみれの私だけ。きっとSIR○Nみたいに目から血を流しているのデショウ。


グソクムシ「グムシャー!」フリフリ

可可「! グソクムシぃ……!」


穴の上で、グソクムシがおしりをふりふりしていマス。

きっと「私につかまって、穴から出て、鹿を追いかけて!」と言いたいのデショウ。
 
73: (たこやき) 2022/12/04(日) 02:00:52.87 ID:B82mEJLs
グソクムシの手を借り、土だらけになりながらも、穴から出ることができマシタ。

しかしすでに、鹿は逃亡したあと。

ククは目が見えないので、鹿がどこに行ったのかなんてわかりマセン。鼻も効きマセン。顔についた血のにおいが強すぎるのデス。

頼れるのは、環の耳だけ。

──くるくるくる


可可(不規則な足音に、切れ切れのあえぎ声……)

可可(かなり弱っているようデス……! まだそんなに遠くへは行ってないはず……!)


グソクムシ「グムシャー!」

可可「そっちにいるんデスね! 追いマショウ!」

グソクムシ「ムシャー!」カサカサ
 
74: (たこやき) 2022/12/04(日) 02:02:47.82 ID:B82mEJLs
鹿は、遠くないどころか、すぐ近くにいマシタ。


鹿「シ……シカ…」フラフラ

可可「…………」


世のカップルがそうするように。ククは鹿の背後から、やさしくハグしマシタ。

環を回し、そのたくましい命に終止符を打ちマス。

できるだけ苦しまぬよう、一思いに。


可可「はあ、はあ、はあ…………」

グソクムシ「……」カサカサ

可可「……グソクムシ」


可可「数日ぶりの、ごちそうデスよ!」

グソクムシ「ムシャー!!」
 
75: (たこやき) 2022/12/04(日) 02:05:11.82 ID:B82mEJLs



鹿を焼くため、環をくるくるして火をおこしマス。環はほんとに便利でいつも助かってマス。

さて、今日いただくのは〈鹿の直焼き〉デス!

火の上に鹿を立たせ、おなかを重点的に焼いていきマス。名づけて"ファラリス焼き"デス! ……あ、中にだれもいマセンよ?

今度はひっくり返し、背中をファイヤーデス。脚を持って、ぶら下げる形で火を通しマス。

ひもやロープがあれば、もっと楽にぶらぶらできるのデスが……。あいにく、持ち合わせていマセン。

私の服をやぶれば作るには作れマス。しかし、この服は大切なものなのデス。よほどの事態でないかぎりは消費したりしマセン。


可可「……それでは、いただきマス!」

グソクムシ「グムシャー!」

可可「…………」ガブガブ

グソクムシ「……」ハムハム

可可「…………おいしいデスぅ……!」

グソクムシ「ムシャー…!」

可可「ヒンナヒンナ……」モグモグ
 
77: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:36:13.92 ID:H3zDBM8s
たらふく食べて、大大大満足したククたち!

これ以上むだな体力を使わぬよう、穴ぐらに戻り、余韻にひたりながらおやすみタイムデス。

草食獣を狩って、肉をむさぼり、横になる……。なんだか、ライオンにでもなった気分デシタ。

昔見たサバンナが舞台のアニマル映画みたいに、あーすべんにゃーしてしまいそうデス。

ラフ○キに見つかったら、崖の上でかかげられるかもしれマセン!


グソクムシ「ムシャー」カサカサ

可可「んっ……」


グソクムシがククに乗っかりマシタ。圧迫祭りデス。

重みを抱きしめながら、まどろみに落ちていきマス。


可可「グソクムシ。またお話を読んであげマス」

可可「今日語るのは、わくわくを予感させる2話目デスよ」

グソクムシ「ムシャー…」
 
78: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:37:24.06 ID:H3zDBM8s
『お歴々と100人の私』 第2話

とある研究所。
荘厳なるお歴々の見下ろす中、"2人目"が誕生しようとしていた。
前回の失敗を受け、"2人目"には改良がほどこされている。自重に耐えうるよう、筋肉を増量したのだ。
ブザーとともに、溶液のカサが減り、じょじょに彼女の身体が現れはじめる。
容器が開き、ついに、生が始動した。そしてまばたきせぬ間に死んだ。
赤く染まる水たまり。変形した"それ"が横たわる。
青黒く変色した皮膚。彼女は大気圧に押しつぶされたのだ。

「ああ、また失敗か」
「いつになれば完成を見られるんだ」
「我々はまだスタートラインに立ったばかり。気長にいこう」

彼女は死の間際、なにも見ることはなかった。
彼女の名前は、"ふぅ"。その名はだれに呼ばれることもなかった。
 
79: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:39:04.71 ID:H3zDBM8s
……………………。
……………………。


頭がクラクラ、しマス……。

意識もうろうで、視界はぼんやり……。

鈍った思考は気休めの安心感を求め、こうして宇宙船外層まで逃げてきたのデス。

重力を感じながら、壁を背にして座り込みマス。なにかに触れているだけで、気持ちが幾分か、楽になりマシタ。


すみれ『────クゥクゥ!』

可可『!! すみれぇ……!』


ククを見つけると、すみれは胸を撫で下ろしたようで、いつものやわらかい笑顔を見せマス。

そして、こちらに駆け寄ろうとして、派手にずっこけマシタ。

いきなり走ろうとするからデス。この区域は遠心力によって、人工重力が発生しているというのに。

ふらふら揺れながらも、すみれは私のもとへ、シャニムニ歩み寄ってくれマス。


私の、いとしい人。

……なんて、口が裂けても言えマセンが。
 
80: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:40:24.73 ID:H3zDBM8s
クク『……すみれ、どうしてここへ?』


返事はわかっていマス。「あんたが心配で探してたのよ!」


すみれ『はあ、はあ……あんたが、急にいなくなるから……心配で探してたのよ……!』

可可『すみれ……』

すみれ『……ちょっと、大丈夫!? すごくしんどそうだし、汗すごいし……』

すみれ『あっつ! あんた熱あるじゃない!! なんでこんなところにいるのよ、早く医務室へ──』

可可『すみれぇ……まって……』

すみれ『……で、でも! もしかしたら、宇宙熱かもしれないでしょ!? あんたになにかあったら、私──』

可可『…………こえが、きこえるんデス……』

すみれ『え、声……? ……………………』

すみれ『なにも聞こえないわよ……?』

可可『あたまのなか……ひびいて…………ちゅうこく、してるんデス……』

可可『ん……すみれぇ…………おねがいデス。……だれにも、いわないでクダサイ』

可可『ククなら……だいじょうぶ、デスから……』

すみれ『……』
 
81: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:42:12.33 ID:H3zDBM8s
すみれ『……わかったわ』

可可『すみれぇ……』

すみれ『ただし、ムリはしないこと。もし危なそうだと思ったらすぐに船員さん呼ぶから! いい?』

可可『……謝謝』


すみれは着ていた白シャツを脱ぎだし、その豊満なバストをあらわにしマス。


すみれ『ほら、これ着てなさい。身体冷やさないようにしないと』

可可『……ありがとうデス』

すみれ『ちょっ! ……な、なんか恥ずかしいから、くんくんしないで!』

可可『あっ……すみマセン』


すみれがとなりに座り、右手の小指を出しマシタ。ククはそれを、左手の小指で結びマス。


すみれ『クゥクゥ……大丈夫ったら大丈夫よ』

すみれ『私が絶対に、まもるから……!』


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
82: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:44:36.89 ID:H3zDBM8s
可可「……おはようデス、グソクムシ」

グソクムシ「…」ギュー

可可「グソクムシ……?」


グソクムシは14ある脚で、がっちりとククをホールドしていマス。

たゆたう触覚から、動揺が伝わりマシタ。


可可「んふっ、今朝はいつにも増して、ハグが激しいデスね?」ナデナデ

グソクムシ「…」ギュー

可可「グソクムシ……大丈夫デスよ」

可可「ククが絶対に、グソクムシのことをまもりマスから!」

グソクムシ「グシャ…」ギュー


人さし指を眼前に持ってくると、グソクムシが触覚の先を合わせてくるのデス。

指と指でつながるコミュニケーション! 『E.○.』以来の異文化交流デス!

……まあ、あの映画の本編には指を合わせるシーンなんてありマセンが。ひどい広告詐欺デス。


可可「さて、今日からは、すみれ(仮)探しの再開デスー!」

グソクムシ「ムシャー!」
 
83: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:45:35.01 ID:H3zDBM8s



穴から這い出たら、天を仰いで大きく深呼吸。

──しようとしたところ、ある異変に気がつきマシタ。

空のようすが、変デス……。


消極的太陽が、なにかに怯えながら淡い光をもらす。それがこの星の普段デシタ。

デスが、今朝の空からは、いままで感じたことないほどの、強い意志があふれていたのデス。


可可「…………グソクムシ」


天に開いた穴から、一筋の光が差し込んでいマス。

それはまるで、偉大なる知性がもたらした、祝福のように。



可可「逃げ────」


ドゴォォォォォォォォォン!!
 
84: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:47:35.65 ID:H3zDBM8s
耳をつんざく轟音、一拍おいて巻き起こる暴風。

すさまじいインパクトを前に、なすすべなく吹き飛ばされるしかなかった。

数秒、地面から離れ、必死にもがいてもクウを切るばかり。


可可「──へぁっ!!」


なにかに叩きつけられる。それが地面なのか岩壁なのか、判別できないほど混乱していた。

しばらくすると、風が弱まったので、すぐさま体勢を立て直しマス。

『オ○ッセイ』の主人公くらい吹っ飛ばされマシタ……。このままではマット・デ○モンみたいに、惑星にひとり取り残されてしまいマス。まあ、すでに同じような境遇デスが。

……いえ、いまはそんなことより──。


可可「…………グソクムシ……?」

可可「どこデスか、グソクムシ……? 返事してクダサイ!!」

可可「グソクムシ……!」
 
85: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:48:36.36 ID:H3zDBM8s
可可「グソクムシ……グソクムシ……」


落としたメガネを探す要領で手を振りマスが、見つかるはずもありマセン。

──くるくるくる

不安定に回る環で、グソクムシの気配を探りマス。


可可「どこデスか……どこなんデスか…………」

可可「ううっ……いやだ、いやだ…………」

可可「ククを、置いてかないでクダサイ…………」

可可「ひとりにしないでぇ…………」

可可「グソクムシ…………」

可可「ううっ、あぐっ……あああ……ぐすっ…………」

可可「グソクムシぃぃ…………」


カサカサカサ。


グソクムシ「グムシャー!!」カサカサ

可可「!! グソクムシぃ……!」
 
86: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:50:40.94 ID:H3zDBM8s
カサカサと地を這って現れたのは。

ククの闇を照らす、光。


可可「やー! グソクムシー!!」ハグー

グソクムシ「ムシャー!!」ギュー

可可「もう! どこ行ってやがりマシタか!」

可可「この、ばかばか! ……ばーか!」

可可「……もう、私から離れないでクダサイね!」

グソクムシ「グムシャー!」


グソクムシの触覚が、ククの目もとを撫でマス。


可可「……な、泣いてなんかないデス!」

可可「私はもう、泣かないって決めたんデス!」

グソクムシ「グム…グム…」ナデナデ
 
87: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:52:28.44 ID:H3zDBM8s
感動の再会をはたした、ククとグソクムシ。……まあ、別れといっても数分デシタが。

そんなククたちは、さっきの衝撃が発生した地点へと向かうことにしマシタ。

なにが起こったのか、知りたいのデス。

グソクムシのあとについていき、たどり着いたのは……。


可可「……これ、クレーターになってマス」

可可「まさか……隕石…………」

グソクムシ「グ、グムシャー!」


高い熱により気流の吹き上がる、クレーターの中心部。

そこにあったのは、ククがよく見知った機体、"脱出ポッド"デス。この特徴的な周波数は忘れられマセン。

ククがこの星に墜落した時に乗っていたものと、同じ型番デショウか。
 
88: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:57:39.79 ID:H3zDBM8s
──くるくるくる


可可「!!」

可可「だれか、いマス……」

可可「あのポッドの中に、だれか乗ってマスよ……!」

グソクムシ「グム…!」


平穏な日常に、突如として舞い降りた非日常。

鬼が出るか、蛇が出るか。牛鬼蛇神のたぐいが顕現するか。

翼のある使者は、ククたちに、いったいなにをもたらすのデショウ。



──のちに、この出来事が引き金となり、ククたちはあと戻りできない波乱の道を歩むことになるのデスが……。

この時のククにはまだ、知るよしもなかったのデス。



第1章 水星的推論 終
 
89: (たこやき) 2022/12/05(月) 01:59:41.79 ID:H3zDBM8s
Interlude


──その日、世界は一変した。

広告や映画のキャッチコピーではなく、本当に180°、変わってしまった。

あれからどれだけの月日が経ったのかは、壁に刻んだ「正」の文字が教えてくれる。

正、正、正、正、正、…………。


はて、いったいなにが正しいの? どうすれば私は間違わずにいられたの?

そんなの、知っていたら苦労しない。無知を知るからこそ、よりいっそうつらい。

一日、また一日と、消えることのない傷が増えていく。


凍てついた窓、光の隔絶された車内。

私はひとり、闇にひたる。これでいいはず。

それなのにどうして、希望を探してしまうのだろう? 温もりを求めてしまうのだろう?

……この感傷は、私の弱さだ。


「…………会いたいよ……」


ぽつり。つぶやいたその言葉は、だれよりも生きていた。

けれど、だれにも届きやしない。

決して、だれにも。
 
95: (たこやき) 2022/12/06(火) 00:49:55.63 ID:LD47aUj9
第2章 金星的近接



上空からなにかが落ちてくる──。

古今東西、数ある映像作品の導入としては、わりと定番なのかもしれマセン。

「親方、空から○○が!」と言わせておけば、視聴者諸氏には、ここから物語が展開するであろうことは伝わりマスから。いわゆるテンプレートというやつデス。

落ちてくるものは、作品のテーマや売りによってさまざま。

飛行石を持った少女や、重さのない女子高生など、人間の落下率はかなり高めデスね。さえない主人公に力を与えてくれる天使や悪魔のケースも多いデス。

中には、トルネードに巻き込まれたサメが降ってくるパターンもありマス。……ファフロツキーズにしても、かなり珍しい部類デスが。

生物だけではありマセン。デ○ノートやスマホなど、物を落としたことが事件のきっかけになる場合もありマス。

『アル○ゲドン』に代表される、宇宙から飛来物が落ちてくるというはじまり方も、わりと定番なのデェス。


今回の落下物は、どれに該当するデショウか。

少女か、天の使いか、飛来物か。それともサメか。

……サメ映画のことはいったん忘れマショウ。
 
96: (たこやき) 2022/12/06(火) 00:52:29.94 ID:LD47aUj9



現在ククたちは、天から降ってきたポッドを見下ろす形で、クレーター手前に立っていマス。

地面はぼっこりくぼんでいマス。かつてネットでよく見かけた、ヤムチ○の画像とは比べものにならないほどに。

サイズは東京ドーム……何個分デショウ? なぜ日本人はなにかと東京ドームで喩えたがるのデスか?


可可「……よいしょ」ピョン


リスクヘッジの観点から見れば、この時ククが取った行動は、愚行に他なりマセン。

あろうことか、考えなしにクレーターへ飛び込んだのデス。

なぜ危険をかえりみず、そのような行為におよんだか。一言でいうなら、直感デシタ。

それはスピリチュアルではなく、内在的な衝動だったのデス。まったく合理的ではないデス。

ただ、いますぐポッドに駆け寄るべきだと強く思い、そう思った時には行動はすでに終わっていマシタ! ……どこかで聞いたことある言い回しデスね。


そんなわけで、気づくとククは、クレーターのど真ん中──落下したポッドの手前に立っていマシタ。

親譲りの無鉄砲、というやつデス。姐姐譲りかもしれないデスが。

行動力だけは、万人からほめていただけるのデス。
 
97: (たこやき) 2022/12/06(火) 00:54:52.00 ID:LD47aUj9
ガコン、プシュー。

ギイイイイ。


可可「ひゃっ」ビクッ


勝手に機体のハッチが開きマシタ!?

って、もちろんそんなわけありマセン。なに言ってるんデスか。中にいる者が、意図して開いたに決まっていマス。

……こちらの存在に、気づいてる……?


──くるくるくる

いまさらになって怖気づいてしまいマシタ。しかし、ここまで来たら確認せずにはいられマセン。

手遅れ感がすごいデスが、機体内部の音に耳を傾けマス。


可可『──…………ア……──』

可可『──ア……アア…………──』

可可(たしかに、声がしマス……)

可可(しわがれた音で、言語なのかすらもあやしいところデス。外星人なのデショウか……)


容姿も言葉も目的も、なにもかもわかりマセンが、ひとつだけ確信していたことがありマス。

この"人"は、敵ではありマセン。
 
98: (たこやき) 2022/12/06(火) 00:57:45.06 ID:LD47aUj9
可可「……グソクムシは待っててクダサイ」

グソクムシ「ムシャ…」


熱せられた合金が冷気に当てられ、機体周辺は常に高温の霧をまとっていマス。

手をぱたぱたしたり、息をふうふうしたりしながら近づき、ようやくハッチ入り口までたどり着きマシタ。

焼けた金属のにおい。やはり、宇宙から来たみたいデス。


可可「あ、あのぉ……大丈夫デスか……?」

「ア……ア…………」


大丈夫なわけがないのに、ばかな質問をしてしまいマシタ。もしククが逆の立場だったら、ブチギレ案件デスよ。

その人は苦しそうに息をもらしていマス。ククがなんとかしなければ!

公助が必要だとすばやく判断し、まずは近づこうと思いマシタ。

敵意がないことを示しつつ、接近を試みて──。
 
99: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:03:20.98 ID:LD47aUj9
可可「!?」ツルッ


中に入ろうとしたら結露で手がすべり、闘牛のように突っ込んでしまいマシタ。

衝突寸前、反射的に首を後ろにもたげられマシタ。おかげで頭の環が刺さることはなかったデス。

その代わりに、全体重をのせた、ククのあごで攻撃してしまいマシタ。


可可「あわわわわわゴメンナサイ! 〇意はなかったんデス!? 信じてクダサイ!!」


あごが凶器になるなんて、レンレンがやってた恋愛ゲームでしか見たことありマセンよ!


「アア……アッ……」

可可「!!」


どうやら生きているようデス。よかったデス……! 苦しそうにうめいてマスが。

ククは、彼女の胸に耳を当てるような体勢で、倒れ込んでいマス。心臓は弱々しくも動き続けていマシタ。

もみもみ。ぱふぱふ。

サイズはククと近く、ふわふわやわらか。さわり心地ばつぐんデスねぇ~……ふむふむ……。

途端に親近感が湧いてきマシタ。この人、すき。
 
100: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:06:37.02 ID:LD47aUj9
「アア……ア……アア…………」

可可「! もしや、どこかケガしてるんデスか……?」

「アア……アア…………」


理解はできなくても返事があるので、なぜか会話できているような錯覚におちいってしまいマス。

それでも、ククの想いはしっかり伝わっている気がするんデス。


可可「あの……」

可可「危害はくわえたりしないので、全身をさわってもいいデスか……?」

「ア……アア…………」


その嗄声を肯定と捉え、つま先から頭部まで、なめるように指をすべらせマシタ。

決して、ただ身体をさわりたいだけではありマセンよ? 本当デスよ!


可可(すごい! 宇宙にいたとは思えないくらい、筋肉がひきしまっていマス……!)

可可(全体的にすらりとしながら、女性的な肉つきも忘れてないのは高評価デスね)

可可(骨格は、いわゆる人間と同じデス……。肌はつるつるで、毛はないようデス)

可可(鎖骨……うなじ……のど……)

可可(そして…………これが、顔)
 
101: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:09:59.09 ID:LD47aUj9
ククは彼女の顔立ちを、知っているように思えてなりませんデシタ。


可可(まゆ……目もと……鼻筋……)

可可(くちびる…………)



「アァアァ……アア……?」

可可「!」


集中するあまり、無意識に顔を寄せていたようで……。

気づけば、互いの息がふれあうほどに接近していマシタ。


可可「あ、スミマセン! 違うことを考えていて、つい──」


……………………ありぇ?

いま、この人……。

ククの名前を、呼びませんデシタか……?

…………いえ、気のせい……デスよね。

天井のシミが人の顔に見えたりするように、ククの潜在的孤独感が都合よく聞きとっただけデス。きっとそうに違いありマセン。
 
102: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:14:58.48 ID:LD47aUj9
触診の結果、たいへんなことが発覚しマシタ。


可可(左腕が、付け根あたりから、なくなってマス……)

「アア……」


どうやら、かなり出血しているようデス。

ククは着ていた白シャツをやぶり、布切れを彼女の左肩に結んで、止血しておきマシタ。

映画やフィクションでは時折見かける場面デスが、まさか実際にやる日がくるとは……。結び加減がわからないので、念のため、かなり強くしておきマス。

……それと、すみれから借りていた大切な服を、やぶってしまいマシタ。でも、だれかのために使えてよかったデス。


「アア……アア……ア…………」

可可「な、なんデスか……? なにか伝えたいのデスか?」

「ア…………アア……」


言葉の通じない歯がゆさをあらためて感じていると、彼女は片腕でそっと、ククの手を取りマシタ。

そして、ククの手のひらの上を、指先でなぞりだしたのデス。

ふと、ヘレン・ケラーとサリバン先生の話を思いだしマシタ。

目と耳の不自由をかかえ、言葉も話せなかったというヘレン・ケラー。そんな彼女に「言葉」を教えた、サリバン先生を彷彿とさせる、言語伝達法デシタ。
 
103: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:16:59.53 ID:LD47aUj9
手のひらに全神経をそそぎ、彼女の思いを余すことなくシンシャクせんとしマス。

つるつると彼女の指がおどりマス。さながら、手のひらサイズのステージに立った、小人のダンサーデス。

指が離れ、ピリオドが打たれたようデス。ククはその軌跡をなぞりながら、なんとか理解しようとバンガッテみマス。


可可(……形象化すると、とてもアルファベット的デスね)


とりあえず総当たりで、私の知識に当てはめ解読してみマショウ。

まずは、アルファベットに変換してみマス。

『W,A,T,E,R』


可可(water……ゥワラー……)

可可「水デス! 水がほしいんデスね!」
 
104: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:19:21.37 ID:LD47aUj9
……いえ! いったん冷静になりマショウ。

先ほどククが、サリバン先生のことを考えていたせいで、無意識のうちに想起し、勘違いした可能性が高いデス!

……しかしどのみち、彼女は水を求めているかもしれマセンね。機内は暑くて熱いデスし。

たしか、まだ水筒に残っていたはず──



グソクムシ「ムシャー!」カサカサ

可可「グソクムシ!? 待ってるように言ったのに……」

グソクムシ「ムシャムシャー!」

可可「これは……ココナッツ水筒! 持ってきてくれたのデスね!」

グソクムシ「グム!」エッヘン


水筒が必要になるのを察し、先回りして行動できるとは……。

やたらめったらかしこいとは思ってマシタが、まさかここまでなんて! 就職したら一気に出世しそうデスね!

「外で待ってて」というククの言葉がむしされて、少しショックではありマスけど……、まあ今回は許しマス!
 
105: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:22:17.41 ID:LD47aUj9
「んっ……ん…………」ゴクゴク


ココナッツを下から支えてあげ、彼女にゆっくり飲ませマス。

この人が、間接キスを気にするタイプでないことを祈りマス。


「アア…………アア……」

可可「ん、また文字を描くんデスね。どうぞデス」


彼女はふるえる指で、ククの手相を切り裂いていきマス。

『f,o,o,d』


可可(food……やっぱり、アルファベットとしか思えないデス……!)

可可(食べものデスか……。まだりんごがいくつか残っていマス)

可可(吹き飛ばされてなければ、寝ぐらに戻れば取ってこれマスね)
 
106: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:23:57.29 ID:LD47aUj9
彼女のお願いはさらに続きマス。

『m,o,n,e,y』


可可(マニー!? こんな星では貨幣なんて無価値な紙切れデスが……)


『l,o,v,e』


可可(あ、愛……。哲学デスか……?)


『s,l,e,e,t』


可可(sleet……? なんデショウ、この英単語は)


んー、単語自体は聞いたことありマス……。たしか、シキシキと勉強していた時に覚えたような…………。

あ、そうデス! "あられ"デス! ……でも、なぜあられ?

あめゆじゅとてちてけんじゃデスかー? まるで宮沢○治の作品みたいデスね……?

……この人を助けてあげたいと思っていマシタが、さすがに注文が多すぎマセンか!?
 
107: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:27:27.83 ID:LD47aUj9



片腕の彼女から、かぐや姫よろしく、とんでもない注文を受けマシタ。

無理難題というわけでもないデスが、曖昧模糊な概念を用意するのに、かなり時間がかかってしまったのデス。


可可「……グソクムシ。これで満足してもらえると思いマスか?」

グソクムシ「ムシャ」

可可「お金は葉っぱ、愛はククのちゅー、あられは雪デス」

グソクムシ「……」フリフリ

可可「やはりだめデスか……」


ククの労力は、すべて水泡に帰してしまいマシタ……。

仕方がないので、とりあえず食べもの──りんごだけでも、彼女のもとへ届けにいきマショウ。

きっと、おなかをすかせて待っているはずデスから!

ケガの具合も心配デスし、早く戻って安心させてあげマショウ!



……そういえば、今日は"雨"が降らないデスね。

変な日もあるものデスねー。
 
108: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:28:55.66 ID:LD47aUj9



現在ククたちは、天から降ってきたポッドを見下ろす形で、クレーター手前に立っていマス。

さて、ゆるやかな斜面をくだって、ポッドの中にいる彼女のところへ行きマショウ──そう、思っていマシタ。


ドクン。

いやな予感がする。

なんなのデショウ、この空気は……。


──くるくるくる

このクレーターの穴に落ちれば、蟻地獄のように、飲み込まれてしまう……そう感じマシタ。

なので、取り返しのつく間に、危険がないかを調べておきマス。

──くるくるくる

環がここら周辺の音を拾ってくれマス。

いまだったら、脱出ポッドの機械音と、中にいる彼女の息づかいが聞こえてくるはずデス。
 
109: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:30:55.58 ID:LD47aUj9
可可「…………」


ひゅー、ひゅー、と空気がもれるような音がしマス。

まるで、肺に穴が空いたかのような音──。


可可「あっ……!!」


ゾワリ。

一瞬で心拍数が跳ねあがり、冷や汗がぶわっと噴き出しマス。


足音の数は、全部で三つ。

ククはこの音を、知っていマス。この星で、何度も聞いてきマシタ。


可可「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………」

可可(外星人……!!)
 
110: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:32:41.75 ID:LD47aUj9
──くるくるくる

──再生


可可『──アァアァ……アア…………。──』

可可『──?dhnkoowattiwn。──』

可可『──lhsklafooheolwheesy。──』

可可『──?wlsruooaeeeywrlrfeh。──』

可可『──…………アア……。──』

可可『──…………lilk。──』


パンッ。

短い銃声。

飛び散る血。

倒れる人間。

下卑た笑い。
 
111: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:35:59.85 ID:LD47aUj9
可可「っ~~~~~!!」


ぐちゃぐちゃに撹拌された感情は抑えがきかず、乱れた環は、アンテナとしての機能を失いマシタ。

音はもう、聞こえマセン。


可可「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………」


ククの怖れ続けていた外星人たちが、ほんの数十mの距離にいる……!

怖い……怖い……!

片腕で、お  いがやわらかくて……"あられ"を持ってきてと、ククにお願いした彼女は、ころされた……。

ククも……?

ころされる……。

ころされる……!!


グソクムシ「…」ナデナデ

可可「はあ……はあ…………」

可可「グソクムシ……」
 
112: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:38:57.08 ID:LD47aUj9
可可(…………そうデス)

可可(焦った時ほど、冷静にならなくては……)

可可(外星人との距離は離れていマス。まだ気づかれていないはず……)

可可(こっそりと逃げれば、事なきを得られるはず……)

可可(そうデス……、逃げマショウ……)

可可(そうすれば、グソクムシとククは平穏に暮らせるのデスから……)


可可「…………」


可可(……ゴメンナサイ、片腕の人)

可可(助けてあげられなくて……ゴメンナサイ……)

可可(私が……もっと強ければ…………)


可可「……………………」

可可「……………………………………」





可可「あ」
 
113: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:42:11.89 ID:LD47aUj9
だめデス。だめデス。だめデス。

すべて手遅れデシタ。


ククは、彼女の左肩に、ククの着ていたシャツを結びつけマシタ。全力で、なるたけ強く結んだものデス。

外星人がそれを見た時、どのような思考をするデショウか。

「片腕なのに、器用に止血したんだなあ」なんて思うわけありマセン。

「近くに仲間がいる」と、そう考えるはずデス……。


ドクンドクンドクンドクン。

心臓が、ククの身体を激しく揺さぶる。

逃げなきゃ。

いますぐ、立ち去らなきゃ。
 
114: (たこやき) 2022/12/06(火) 01:43:42.53 ID:LD47aUj9
聞こえてくる、足音、足音、足音。

クレッシェンドに、だんだん強くなる。


可可「」


息ができなかった。


可可(…………いま、環は止まっていマス)

可可(つまり、聞こえてくるこの音は……)

可可(私の…………すぐ、近く……!)


ゆっくり、一歩ずつ、後退する。

がさり。


可可「!?」


ちょっと触れただけの小石が、大げさに転がり、静寂を壊しマシタ。

まがまがしい〇気がまっすぐに、私をねめつけマス。

死は刻々と歩を進め、気づけば、その息づかいを感じられるほどに迫っていマシタ。



外星人「smaismrmilmepoetaleumibunenugttauiras」
 
120: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:26:18.96 ID:gA185jaE
ドクンドクンドクンドクンドクンドクン。

ゆっくりと、外星人が歩いてきマス。

明確な〇意を持って。


可可「はあ……はあ……はあ…………」


……考えてクダサイ、クク! 思考を放棄するな!!

環が回らなくても、頭を回しやがるデス!!


可可「すぅー……」

可可「はぁー……」


グソクムシを守りながら、このピンチを切りぬける方法が、必ずあるはずデス……!

……………………。

ありぇ? そういえば、グソクムシはどこに──。



グソクムシ「…」カサカサ


ちゃっかり逃げてマス!!

……なるほど。安全な道を示してくれているのデスね!
 
121: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:27:42.01 ID:gA185jaE
外星人「!sltflailwnkirziaeele」


発砲。近くの岩が四散する。


可可「へあっ!?」


ひるんでも、ふり返りマセン! 全速力でグソクムシを追いかけマス!

走って! 走って! 走りマス!

──ガコン。なにかにつまずく。


可可「んなっ!!」バタリ


ダイナミックにずっこけマシタ!

立ちあがろうとするククの背後から、聞こえてくる足音。ずり、ずり、ずり。

射程範囲に入ったのか、外星人は足を止めマシタ。

そして銃をかまえ、焦らすようにじわじわと、ククに照準を定めマス。

今度こそ、終わる……。
 
122: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:28:35.35 ID:gA185jaE
爸爸、妈妈、姐姐……。

ククを大切に育ててくれて、ありがとうございマシタ……。いろいろ迷惑かけマシタが、大好きデスよ……。


かのん、千砂都、レンレン……。

きなきな、シキシキ、メイメイ、ナツナツ……。

たくさんの思い出をともに過ごせて、よかったデス……。短い時間デシタが、楽しかったデス……。


…………。

すみれ……。
 
123: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:30:41.03 ID:gA185jaE
ゴメンナサイ……。ククはあなたに、謝らなくてはなりマセン……。

それなのに……謝りたいのに、どうやっても会えなくて……。

つのるのはいつも、後悔ばかり…………。

ゴメンナサイ……すみれ……。

せめて、最後に…………すみれの顔を、一目見たかった……デス…………。

すみれ……会いたいよ…………。

すみれぇ──。





グソクムシ「グムシャー!!」ドドド

外星人「!ahtw」グラッ

可可「グソクムシ……!?」


グソクムシのタックルで、外星人は尻もちをつきマシタ!


グソクムシ「ムシャー!」

可可「……はい!」


ククとグソクムシ。

指と指で伝わるカンバセーション、デス!
 
124: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:31:48.51 ID:gA185jaE



可可「どうしておまえだけでも逃げなかったのデスか……! ほんと、ばかなグソクムシ……」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「…………助けてくれて、ありがとう」ナデナデ

グソクムシ「~♪」


グソクムシのあとについていき、なんとか岩場の影にかくれられマシタ。

それでも外星人は、ねちねちとククたちを捜索しているようデス。しつこい性格デスね。


外星人「!dmudyhdeeoewuhoeioitcr」


可可(グソクムシ、息をころしてクダサイ)

可可(Quite Quietly……とても静かに……)

グソクムシ(ムシャ)
 
125: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:33:55.27 ID:gA185jaE
外星人「!cytsmakuonetioluaiol」

可可「……………………」

外星人「!lyuykokllkoikkyolyloiiuuliilyoulull」

グソクムシ「…………」

外星人「!tgstteujrwerlcwcceyaoirsniriaasauoec」

可可「…………………………………………」


未知の言語を叫び、暴れる外星人。その様子は、酩酊したDV夫のようで、怖くてたまりマセン。

……ふと、懐かしい記憶を思いだしマシタ。それは、最初に"スバラシイコエノヒト"を見かけた時のことデス。

かのんも、ククが怖かったのデショウか……?

『太好听的吧!!』
『な……なに!?』
『你唱歌真的好好听啊!! 简直就是天籁!!』
『えっ、中国語……?』
『我刚才听到你唱歌了!! 我们以后一起唱歌好不好!? 一起唱!!』
『ひぃぃぃぃぃ~~~……!』
『一起做学园偶像!!』
『……にいはお、しぇいしぇい、しょうろんぽー!!』
 
126: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:35:27.20 ID:gA185jaE
ガサッ。


可可「!?」

可可(音が、こちらに向かって接近中デス……)


外星人「nfouoidyu……♪」


可可(さっきまでとは違い、声色に余裕を帯びていマス)

可可(もしや、ククたちの場所がバレたのでは……!)

可可(音はたてていないはず……どうしてデスか……!?)

可可(……あ、足跡! うっかりしてマシタ!)

可可(バックトラックするべきデシタ~! ……いえ、あの状況で、そんなことする猶予ありませんデシタが)


外星人「?rwyuraeeeoh……♪」


可可(せめて、グソクムシだけでも、生き残ってくれれば……)

可可(そうすれば……ククはあと腐れなく死ねマス……)

可可「……………………」ギュー

グソクムシ「…………」ギュー



逃れようのない死を覚悟した、その時。

どこかから、歌が聞こえてきマシタ。
 
127: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:37:25.55 ID:gA185jaE
ま~るま~る♪


外星人「?nihuatswdhosits」

可可(…………なんデショウ、この気のぬけるメロディーは?)


それは、死神のマーチか。

それとも、天使のファンファーレか。

……どちらかは知りマセンが、とにかくククたちは、その歌に命を救われたのデス。


可可(……? 外星人の音が聞こえなくなりマシタ)

可可(先ほどの歌につられ、どこかに行ってくれたのなたら、幸いなのデスが)


グソクムシ「!!」

可可「グソクムシ……?」


警戒するグソクムシ。どうやら外星人と入れ替わりに、別の物体が現れたらしいデス。

…………いったい、ククの周辺でなにが起きているのデスか……!?
 
128: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:39:20.91 ID:gA185jaE
──しゅるしゅるしゅる


可可「…………な、なんデスか、これは」

グソクムシ「ムシャー…?」


ククたちの隠れている、岩場の影。そこに、動物のようなものがやって来マシタ。

細い糸で覆われていて、毛玉みたいデシタ。敵意もなく、平然と居座っていマス。


可可(西部劇でよく見かける、タンブルウィード……デショウか?)

可可(いえ、熱を持っていマスね……。動物であるのは確かなようデス)

可可(それと……この毛、絹のようにすべすべデスぅ……! はぁ~、ヤミツキになっちゃうやつデスよ、これ!)

可可(時代が違えば乱獲されて、富豪なんかのお召し物になってそうな高貴さがありマスねぇ~……)


丸くて、すべすべな毛に覆われたボディ。バランスボールくらいのサイズ感。

…………この動物は──。


可可「あるまじき(アルマジロ)デス……!」

あるまじき「……?」
 
129: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:41:02.68 ID:gA185jaE
可可「……はっ!」


まだ近くに外星人がいるかもしれないのに、大声を出してしまいマシタ!

焦って環を回し、索敵しマシタが、やはり外星人はいなくなっているようデス。ふぅ~、よかったぁ……。


可可「……この子はどこから来たのデスか?」ナデナデナデナデ

可可「いえ、そんなことより……ほゎ~!」ナデナデナデナデ

可可「半永久的にさわってしまう中毒性がありマス……ハゲるまでナデナデ……」ナデナデナデナデ

あるまじき「~♪」

グソクムシ「……」


グソクムシ「ムシャー!!」ペシペシ

可可「む、なにを怒っているのデスか、グソクムシ?」

グソクムシ「ムシャムシャー!!」

あるまじき「」コロン

可可「あー! あるまじきが逃げちゃいマシタ。全部グソクムシのせいデス!」

グソクムシ「グム!? グシャ! グシャグシャ-!!」
 
130: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:43:09.55 ID:gA185jaE
──しゅるしゅるしゅる

ぎゅっ。


可可「!?」

可可「あぇ、あぇ……?」

可可「いま、たしかに……"だれか"が、ククの手をつかんだような…………」

グソクムシ「……」


あるまじき「」コロコロ

グソクムシ「…グムシャー!」カサカサ

可可「え、あるまじきについていくんデスか……?」


しかし、ククたちにとってこの展開は、願ったり叶ったりデシタ。

この付近はもう安全とは呼べマセン。いつ外星人が戻ってくるかもわからないので、さっさと安全な場所に身を寄せたかったのデス。

こうして、ひとりと二匹は、その場をあとにしマシタ。


"巣"までは、そんなに遠くありませんデシタ。

ざっと2~3時間、休まず歩いた程度デス。
 
131: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:45:46.67 ID:gA185jaE



たどり着いたのは、なにもない場所。

ただ、地面には"穴"が空いていマシタ。

大きさはだいたい、東京ドーム……の周辺道路にある、マンホールくらいデス。ククはドームで喩えたりしマセンよ!

その穴からは、なぜか、異質な空気がただよっていマス。

深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている……。この奥に、だれかがいるのかもしれマセン……。


可可「……ここに、入れと?」

グソクムシ「……」


あるまじきは完全に静止し、そのまんまるな身体を休ませていマス。まったく、いつさわってもすべすべぇ~……。

……そして、不思議なことに。

地面に空いた、その"穴"のふちも、あるまじきの毛と同じくらいにすべすべぇ~なのデス。

二者に関係性を見出すことは、簡単そうで、とても難解な気がしマス。なので、いまある事実にだけ目を向けるようにしマショウ。
 
132: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:48:00.29 ID:gA185jaE
可可「ぐ、グソクムシ……どうしマスか……?」

グソクムシ「…グムシャ」

可可「ズルいデス! ククにばかり責任を押しつけて!」

グソクムシ「ム、ムシャー…」


この穴に入るのは、外星人から身をかくすなら、うってつけに思えマシタ。

それにもしかしたら、この穴の中に、すみれ(仮)がいるかもしれマセン。デスが……。

さっきからずっと、私の内在的直感がささやきかけてきマス。

「ここから先はもう、あと戻りできないったらできないわよ」……と。

落とし穴や、クレーターなどとは、わけが違う……。

入ったら本当に、出られなくなってしまうような……そんな不安がとぐろを巻いて、締めつけてくるのデス。


無鉄砲な私でも、考えなしに進んではいけないことだけは、理解していマス。

しばしの逡巡──。
 
133: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:50:38.39 ID:gA185jaE
可可(……わかってマス)

可可(クク自身が、決断しなくては)


マトリッ○スだったら、赤い薬と青い薬、どちらを飲むか選ぶシーンデス。

これまでの世界から離れ、未知なる未来へ飛び込むか……。

これまでとなにも変わらず、グソクムシとともにサバイバルを続けるか……。


可可(選択肢を用意するなら、こんな感じデスね)


くく
1.「なにか不安デス、行きたくない」
2.「未知が怖いデス、行きたくない」
3.「いやだいやだ、行きたくない」
4.「いまのままでいいデス、行きたくない」
5.「心胆を寒からしめマス、行きたくない」
6.「憂いていマス、行きたくない」
7.「恐れていマス、行きたくない」
8.「戦いていマス、行きたくない」
 
134: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:52:04.46 ID:gA185jaE
可可(……って、全部いっしょではないデスか!)


仕方ないデスね……。

頭の中にゲーム画面を浮かべて、カーソルを選択肢の下部まで持っていきマス。

そして、十字キーを下に押し込み、怒涛の99連打デス! オラオラオラ!!

テキストフレームが波を立て、震えはじめマス。ゆがんでは直り、またゆがみ、直りマス。


可可(……かくしコマンド、見つけマシタよ)


一行分、縦に伸びたフレーム。

ククは迷うことなく、一番下にある選択肢をクリックしマス。


9.「行きマショウ!」


──選ばれたのは、赤い薬デシタ。
 
135: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:53:57.38 ID:gA185jaE
可可「……グソクムシは、地上での生活のほうがよかったデスか?」

グソクムシ「…ムシャー」

可可「ククの選択についていく……デスか。それだけ信頼してくれているのデスね」


すみれ(仮)に会う──それがククの行動指標デシタから。ククたちは、新たな世界に飛び込まなくてはなりマセン。

なので、この決断はきっと、間違いではないはずデス。

徒労に終わるかもしれマセン。だけど、進まなければ道は切り拓けないのデス。

ククには、行動力しかありマセンから! 猪突猛進に突っ走るしかありマセン!


可可「グソクムシ。ククに抱きついてクダサイ」

グソクムシ「ムシャー」カサカサ

可可「前ではなく、後ろに……まあいいデスけど。こちらのほうがなじみ深いデスし」

あるまじき「」コロン

可可「では、行きマショウ──!」


グソクムシとともに、穴の中へ。そこに待つのは不思議の国か、はたまた、魔界への入り口か。

どちらにせよ、もう帰ることは叶いマセン。

なぜなら、"穴"は最初から、存在していなかったのデスから。
 
136: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:55:00.86 ID:gA185jaE



アンダーグラウンドの世界は、イメージどおりに閉鎖的なようで、かすかな物音でも何倍にも増幅され、耳に届きマシタ。

ククたち御一行は、地面の下の、さらに下へ。小さな段差をゆっくり刻んでくだりマス。

……段差は、感触からして石造りで、高さも幅も、すべてが均一に整えられていマシタ。


可可「すごいデスね、ここは……」

グソクムシ「グムシャー…」

可可(……これは間違いなく、文明の力デス)

可可(ほら、壁には強固な手すりもあって、階段として申し分ない仕上がりになってマス)

可可(曲がり角も、きれいな直角デス……。壁はどこも、コンクリートのような材質デスね……?)

可可(…………)

可可(これでは、まるで──)



「な、何者!?」

可可「!!」
 
137: (たこやき) 2022/12/07(水) 02:57:50.22 ID:gA185jaE
可可(人の声……! しかも、日本語デス!)

可可(……いったい、なにがどうなってるのやら)

可可(いえ、それよりも……いまの声は…………)


「…………」

可可「あのぉ……」

「……う、うそ……信じられない…………」

可可「……? あのぉ……」

「こんなことって……あるんだ……! 夢見てるみたい……!」

可可「……あの」

「…………クゥクゥ先輩っ……!!」


とつぜん抱きつかれてよろめきマシタが、なんとか踏ん張りマシタ。意外とクク、体幹ムキムキなのかもしれマセン。


「先輩っ……! 会いたかったです……!!」

可可「…………」

可可「もしかして……」

可可「きなきな…………?」

きな子「──はいっ!!」
 
138: (たこやき) 2022/12/07(水) 03:00:04.84 ID:gA185jaE
文明がないと思っていた星に、文明が存在して。

人間はいないと思っていたら、地下に人がいて。

しかも、その人は……ククの、大切な仲間……!


可可「っ~~~!! きなきなぁ~!!」ギュー


思いの丈をありったけ込めて、きなきなを抱きしめ返しマス!

きなきなは、ククが知っているころよりも成長したようで、背はククをゆうに超えていマシタ。

胸も立派に育って、どこに出しても恥ずかしくない存在感をかもしていマス。


可可「お顔……さわってもいいデスか?」

きな子「え……? はい、いいですよ」

可可「あぁ……本当にきなきなデスぅ~……!」ペタペタ

きな子「…………」

きな子「あ、あの、失礼だったらごめんなさい」

きな子「クゥクゥ先輩……」

きな子「目が、見えてないんですか……?」
 
139: (たこやき) 2022/12/07(水) 03:02:46.73 ID:gA185jaE
可可「はいデス。この星に落ちた時点で、すでに見えていなかったような記憶がありマス」

きな子「そ、そうだったんですね……」

可可「気をつかわなくていいデスよ? ククも気にしてないデスから」

可可「…………でも、ありぇ?」

可可「そういえば、どうして、きなきながこの星にいるのデスか……?」

きな子「えっと……それってどういう意味ですか?」

可可「ククは、この星に落とされマシタ。デスが、きなきなは地球に残されて──」


……もしや。

そう思った矢先に、きなきなが答え合わせをしてくれマシタ。


きな子「クゥクゥ先輩…………」



きな子「ここは、地球ですよ」
 
140: (たこやき) 2022/12/07(水) 03:03:59.15 ID:gA185jaE
可可「…………ギャラ」

きな子「日本の、東京の、地下鉄駅です」

可可「…………ギャラクシー!?」


まさかもまさか、超まさか!

そ、そんな……猿の○星みたいなオチが、現実に起こるなんて……。


……しかし、考えてみれば、とても明快なことデシタ。

風が吹けば桶屋がもうかるように、"隕石"が降れば、"氷河期"が来るものデス。

恐竜を絶滅させたのも、隕石飛来によってもたらされた、氷河期が原因なのデスから。……あ、諸説ありデスよ。

この星が地球とは思えないほど凍え切っているのは、隕石が"預言通り"に落ちたことの、証左にほかなりマセン。

そうデスよ……。自転の周期が地球と同じだったり、大気が生存に適していたり、車が走っていたり……ヒントはたくさんあったはずなのに……。
 
141: (たこやき) 2022/12/07(水) 03:05:17.97 ID:gA185jaE
声を大にして、叫びたい気分デス。

なんてことだ、ここは地球だったのか……!



そして、ククにとって、一番ショックだったことは……。

もう、『タン星クク統治区(仮)』という、勝手極まる土地の主張を、使えなくなったことデス……。

今日からここは、地球星東京デス。()もいらないので外れマシタ。

──いえ、この星はずっと、地球デシタね。


可可(遅くなりマシタが……)

可可(ただいまデス、地球……!)


地下での再会は、ククの今後を大きく左右する、隕石衝突級のイベントとなりマシタ。

「最後に、みんなに会いたい!」……いつの日か願った、ククのわがまま。

それがいま、まだ1/8デスが……実った瞬間デシタ。



第2章 金星的近接 終
 
146: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:03:36.88 ID:CHYXj8mf
Interlude


地下生活をしいられるようになって、早一年。意外なことに、こんな劣悪な環境にもだんだんと慣れてきました。

住人はそれぞれのコミュニティーを形成し、それぞれの暮らしの色を生み出しています。

どうやら多くの人は、地下での暮らしを後ろ向きなものと考えているみたいです。

ですがきな子は、前向きに捉え、"冬眠"と呼んでいます。

いつか来る、春を信じて。


「みんな、覚悟してるんだろうな。ここで一生過ごすことになるって」


地下に来てからメイちゃんは、ねこみたいに、なにもない空間を見つめる時間が多くなりました。フェレンゲルなんとか現象というらしいです。

きな子もマネして、同じあたりをぼーっとながめます。


「…………適者生存っすか……」

「ああ……。人口は半分以下まで減り、問題は山積み、打開される展望もなし……。まさに、お先真っ暗だな」


自嘲気味につぶやいたメイちゃん。いつの間にか、きな子のほうに視線を送っていました。


「けどよ……意地でも、生きるしかねえよな……!」

「!! ……はいっす!」
 
147: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:04:36.33 ID:CHYXj8mf
ある日きな子は、元スクールアイドルとして、地下に暮らすみんなに笑顔を届けたいと思いました。

この暗くてよどんだ世界を、ライブステージに変えようと思いついたんです! 大がかりなセットは組めないので、すごく簡素な舞台になりますけど……。


「それいいな! やろうぜ、私たちで!」


メイちゃんとふたり、いろんな駅をどさ回り。たくさん歌って踊りました。

お客さんはじょじょに増えていきました。みんなの沈んでいた心が浮かび、笑顔が戻ってきたような、そんな実感があったんです。

夏美ちゃんも、よく観に来てくれました。でも、ただの一度も、きな子たちといっしょのステージに立つことはありませんでした。


きな子たちのアイドル活動は、そう長く続きませんでした。

自警団によって、ステージや小道具はすべて破壊され、地下での"ライブ行為"全般が禁止されてしまいました。


「あいつら……私たちが支持を集めて、力を持つようになるんじゃないかって、ビビってるんだよ。……くそっ!」

「なんすか、それ……。みんなを笑顔にして、なにがいけないんすか……!」
 
148: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:05:52.53 ID:CHYXj8mf
……あれから、どれだけ時が進んだでしょうか?

住人も半分の半分まで減り、さらに空虚さが増した、この世界。服のこすれる音が反響するほど、静寂に満ちていました。

残念ながら、きな子は変えられませんでした。地下の光になれなかったです。

そうですよね……。がんばったからといって、必ず報われるわけではないですから。だれもが認めてくれるわけではないですから。


自身を鼓舞し、心がくだけないようにするのが、いまの精一杯です。

いつか……、いつか。

いつか、なにかの出来事がきっかけで、いい方向に変わるような気がします。

だから、いまは耐え忍びましょう。


クゥクゥ先輩やすみれ先輩が言っていたような……

「春のにおい」が訪れる、その日を夢見て。
 
149: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:06:44.58 ID:CHYXj8mf
第3章 地球的知己



夜、ククとグソクムシの寝室。

うんと伸びて、ふかふか枕に頭を沈めマス。環が食い込まないよう、サンバイザーくらいの角度に調整しておくのがポイントデェス。

ククが床に就くと、毎度恒例のグソクムシonクク。グソクムシが上に乗っかりマス。

さあ、いよいよお待ちかね、読み聞かせの時間デス!


可可「『お歴々と100人の私』……今日で99話目デスね」

グソクムシ「ムシャー!」

可可「クライマックスに向け、ここからどのように展開するのか! 伏線を忘れず回収できるのか……!?」

可可「──第99話、読んでいきマショウ」


毎夜、一話ずつ語ってきた、この物語。気づけばそれも、残すところ二話となっていマシタ。

ククたちが地下に来てからすでに、三ヶ月もの月日が流れていたのデス。
 
150: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:08:26.17 ID:CHYXj8mf
きなきな、メイメイ、ナツナツ。ともにLiella!として活動していた、かつての仲間たちとの交流。

消えたあるまじき。モグラ族の生活様式。

コミュニティー。内集団バイアス。

自警団。広告でよく見たやつ。狩り。

消えた銃。刻まれた「正」の文字。映画館。

ホタテ、湯たんぽ、お風呂。

グソクムシ語検定。「あい」の続き。

ポップコーンは沈黙の春へ。ジンギスカン。

スペースラジオ、自動車免許を取った「哲学的ぞんびぃ」さん。

消えたミサンガ。

神。ライブ。

ロケット、方舟計画、宇宙船ノア。

意味深に語られる、世界の真実。惑星国家。

夢。揺らぐ過去と未来、自己の存在。


この三ヶ月は……本当にいろんなことがありマシタ。
 
151: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:09:51.71 ID:CHYXj8mf



地下生活 初日


地下におりたククを待ち受けていたのは、なんと、きなきなデシタ!


可可「はぁ~! きなきなぁ~!!」スリスリ

きな子「せ、先輩……。再会のハグが激しいですぅ……!」

可可「ククはきなきなに会えて嬉しいんデスよ~! まさにギョウコウ!!」スリスリ

可可「……きなきな、よく生きてマシタ……!」

きな子「はい、なんとか……。私ひとりじゃ生きられなかったですけど、地下の人たちと支え合って、それで」

可可「なんと!? タクマシイジンルイ……!」

きな子「東京の地下は、広大な迷路ですからねぇ。駅やエリアごとにコミュニティーが発展してるんですよ」

きな子「いま私たちがいるのは、C-2駅です。向こうに改札があって、あっちには……」

きな子「って、あ! 先輩、目が見えてないんでした……! す、すみません……」

可可「気にするなと言ってマス! きなきな!」

可可「見えなくても、ククはこうして、きなきなと話せていマス……いまは、それだけでいいデス」

きな子「……そうですね。できるだけ、普通に接するようにします!」

可可「よしよし、いい子デス!」ナデナデ
 
152: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:11:19.77 ID:CHYXj8mf
きな子「ところで、先輩はどこから来たんですか……?」

可可「…………上からデスか……?」

きな子「ええ! 私に訊かれても……」

可可「ククたちは、あるまじきにいざなわれて、穴の中におりて──」

可可「…………ありぇ? そのあるまじきはどこデスか?」

きな子「あ、あるまじき……?」

可可「グソクムシ! あるまじきはどこ行きマシタか!?」

グソクムシ「グムシャー…」

可可「むー、肝心なときに役立たないデスねー」

きな子「え、グソクムシ……? なんか、でかくないですか!?」

可可「そうデスか? これが普通デスよ。それよりいまは、あるまじきデス!」

可可「あへぇ~……あのすべすべを、もう一度味わいたかったデス~……」

グソクムシ「ムシャ!? ムシャー!!」ペチペチ


きな子「ツッコミどころが多すぎて、どこから触れていいのやら……」
 
153: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:12:41.76 ID:CHYXj8mf
可可「ククとグソクムシは、ずっと外の世界を冒険してきマシタ」

きな子「えっ!? そ、外ですか……? 冗談、ですよね?」

可可「ククは冗談言いマセンよ?」

きな子「ええ……。そんなタンクトップ一枚で、どうやって生きてきたんですか……!?」

可可「…………」


そういえば、ククはどうやって生きてこれたのデショウか?

いままで過ごしてきたのは、異常こそ日常な世界だったので、なにも感じませんデシタが……。

こうして、常識の尺度を持つきなきなと話していると、ククのほうがおかしいように思えてきマシタ。いえ、おかしいのデス。


可可「ククは……変デスか?」

きな子「あ、いや、そんなことないです! 昔と変わらない、かわいさで──」

きな子「って、なんか頭についてませんか!? 輪っか!! ええ、なにこれぇー?!」


いま気づきマシタか!
 
154: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:13:38.12 ID:CHYXj8mf
しばらく環に夢中になっていたきなきなデシタが、満足したらすぐに離れマシタ。

さわられるのはムズガユイのデスが、さわられないのもさびしい……。乙女心は複雑デス。


きな子「あの、クゥクゥ先輩は……どこか行くあてとか、あるんですか?」

可可「"あて"はここデス。ククはすみれを探して地下へ来たのデス!」

きな子「すみれ先輩……」

可可「!! もしや、ここにいマスか!?」

きな子「あ、いえ。本人ではないですけど……」


きなきなは、やけに含みのある口調でにごしマシタ。

ただ、ここにすみれがいないのは確かなのデショウ。


きな子「先輩。もしこの地下に留まる予定なら、私がここを案内しますよ」

可可「ほんとデスか! 助かりマス、きなきな~!」


せっかくきなきなに会えたので、何日かはここでいっしょにいたいデスね~。

急いで地上に戻る理由もありマセンし。すみれ(仮)の捜索も、少し休憩ということにしマショウ。
 
155: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:15:24.62 ID:CHYXj8mf



きなきなにされるがまま……。ククはいま、介助を受けていマス。

手を腰に当て、ひじに角度を持たせる形(前に習えの先頭のポーズ)にすると、そこにきなきなが手を添えマシタ。

どうやらこれで、ククの歩行をサポートしてくれるみたいデス。


きな子「地下には……失明した人もいまして、それで介助とか手伝ってたんです」

可可「うむうむ……。きなきなはやさしいデス」

きな子「そ、そんなことないですよ? みんな、助け合わなきゃ生きてけないですから……」


……実は、ククにはグソクムシがいるので、介助はいらないのデス。しかし、きなきなの好意はありがたいので、全力で受け取りマス!


きな子「線路におりますよ、よいしょ……。ここから、C-3駅まで歩きます」

可可「線路……。高圧電気(こわいでんき)は流れてないデスか……?」

きな子「はい、心配ないです。この辺はそもそも、電気なんて送られてこないので」
 
156: (たこやき) 2022/12/08(木) 01:16:25.49 ID:CHYXj8mf
きなきなと連れ立ち、線路を歩きマス。

『スタ○ド・バイ・ミー』的展開デスが、電車が来ないとわかっていると、なんだか味気ないデス。

カサカサカサ。グソクムシは、背後からついてきている様子。線路を歩くのは初めてデショウか?


可可「きなきな以外にも、Liella!メンバーがいたりしマスか?」

きな子「はいっ! ここには夏美ちゃんとメイちゃんが──」

きな子「…………あ、いや。ここはサプライズで再会したほうが感動するよね…………」

きな子「──さ、さあ!? わかんないですぅ~~~!!」

可可「……そう、デスか」


きなきな……。自信たっぷりにかくしたつもりらしいデスが、ばっちり聞こえていマシタ。

ククはいま、試されていマス……!

おそらく今後訪れるであろう、サプライズ再会イベント……。そこでみんなが喜ぶ、盛大なリアクションをとらなければなりマセン。

やるしかありマセン……。かわいい後輩のため!
 
162: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:11:22.82 ID:RWluUGdp



可可「ふぅ~…………」

可可「今日はこれまでの中で、最もあわただしい一日デシタね……」

グソクムシ「ムシャー…」


ククたちは、きなきなに案内された部屋(駅長室らしい)を、寝室にあてがってもらいマシタ。

きなきなもいっしょおやすみしようと誘いマシタが、「やることがある」とのこと。


可可「ソファふかふかデス~……」

可可「革がボロボロで綿が飛びでてマスが、野外で寝るよりはましデスね」

グソクムシ「グム」


可可「……今日のお話は、3話目デスね」

可可「新しい世界にやってきマシタが、ククたちは変わらず過ごしマショウ」

グソクムシ「グムシャー!」
 
163: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:12:30.99 ID:RWluUGdp
『お歴々と100人の私』 第3話

とある研究所。
お歴々の眼下ではいま、"3人目"が生まれようとしている。
"彼女"はあぶくに包まれ、やがてその身に空気をまとう。
扉が開いた。彼女はおもむろに、生への一歩を踏みだす。
もろ手を挙げ、喜ぶお歴々。しかし、その表情はほどなく曇ることになった。
容器から出た彼女は、首をおさえてよろめき、地に伏せた。
それから陸にあがった魚のようにケイレンし、白目をむいて動かなくなった。
彼女はうまく息ができなかった。だから、地上で溺れ死んだのだ。

「少しずつだが、進捗は見られる」
「次はさらに完成へと近づくだろう」
「今後に期待しよう」

彼女は最後に、白い壁と、白い床を見た。
"みぃ"は死んだ。生まれた意味も知らず、ただ苦しみだけを味わって。
 
164: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:14:41.83 ID:RWluUGdp
………………………。
………………………。


可可『た、たいへんデスー!!』

かのん『クゥクゥちゃん、どうかしたの?』

可可『すごいデス、見てクダサイ~! じゃじゃーん!』


開け放たれた部室のドアを、結ヶ丘の生徒たちがぞろぞろとくぐりぬけマス。


夏美『なにごとですのー!?』

可可『聞いておどろいてクダサイ! ここにいるのは全員、スクールアイドルになりたいという、情熱あふれる子たちなのデス~!!』

きな子『えっ……』

恋『わあ、こんなにたくさん……!』

かのん『この部も大所帯になるね! みんな入りきれるかなあ!?』

可可『せまければ、拡張するまで! 第二第三部室を用意するのもいいデスねぇ~!!』


きゃっきゃと盛り上がるククたちをよそに、厳しい表情が数名。
 
165: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:16:11.99 ID:RWluUGdp
すみれ『……ねえ、入部希望のあなたたち。ちょっと訊いてもいい?』

すみれ『あなたたちは……本当にスクールアイドルをやりたいの?』

可可『なにを言うデスか、すみれ! もう新入りいびりデスか!?』

すみれ『あんたは黙ってなさい』

可可『なにをー!?』

女生徒A『も、もちろん! 前々から、スクールアイドルになりたくて……』

千砂都『"やりたい"じゃなく、"なりたい"か……』

かのん『え……。ちぃちゃん、どういうこと……?』

四季『センサー反応。この人たち、なにかをかくしてる』

メイ『だろうな……』

夏美『だいたい理由は察しがつきますの』

可可『……みんな、なにを言っているのデスか?』


すみれ『はあ……。宇宙行きのチケット欲しさに、スクールアイドルをはじめようとしてるんでしょ?』

可可『!?』
 
166: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:17:49.49 ID:RWluUGdp
可可『…………な、なにを……ばかな……』

可可『だって……、だって! ミナサン、スクールアイドルにあこがれていたと言ってマシタ!』

可可『……デスよね、ミナサン……?』

女生徒B『…………はー、だる。さっさと入部させてよ』

女生徒C『べつに宇宙目的でもいいでしょ? リエラに迷惑かけるわけじゃないし』

女生徒D『私たちは、楽して宇宙に行きたいんだよ』

可可『……!!』


胃のあたりから、ふつふつと湧きあがる激情。

気管を逆流し、口から吐きだされようとしマス。


可可『ばかに──』



きな子『ふざけるなっ!!』
 
167: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:19:30.56 ID:RWluUGdp
きな子『先輩たちが……きな子たちが! どれだけ勧誘しても、見向きもしなかったくせに…………』

きな子『いまになって、あこがれてましたー、だなんて……虫が良すぎるっす! 都合が良すぎるっす!!』

きな子『きな子たちは! 本気でラブライブ優勝目指して、毎日がんばってるんすよ!! 最後まで輝こうって、倒れるまで、必死に!!』

きな子『あなたたちにその覚悟があるんすか!? 千砂都先輩の鬼トレーニングについていく気力はあるんすか!? ないなら帰ってほしいっす!!』

きな子『──スクールアイドルを、ばかにするなっ!!』

きな子『……………………っす』


その場にいた全員が、あっけにとられていマシタ。

きなきなは息を整えるうちに、静まり返った空気を察し、そのあどけない顔が燃えるように染まりマス。


女生徒A『あーそうですか。よかったですね? あなたたちには地球脱出の可能性があって』

女生徒B『私たちには、指をくわえて死を待ってろっていうのかよ……!』


入部希望者は、ひとり残らずいなくなりマシタ。
 
168: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:21:43.68 ID:RWluUGdp
きな子『あっ……あああ……』

きな子『……ご、ごめんなさいっす! 急に怒鳴ったりして……勝手にスクールアイドルを語ったりして……』

可可『いえ、ありがとうございマス』

きな子『え……?』

すみれ『よくやったわ、きな子。あんたが代弁してくれたおかげで、だいぶ溜飲も下がったわ』

メイ『きな子ぉ! ナイスファイトー!』

きな子『あ……ありがとうっす……!』

かのん『でも……ちょっと、かわいそうな気もするなぁ』

すみれ『同情の余地なんて皆無よ。あの子たちは自分で努力もせず、都合のいい結果だけを求めてここに来たのよ』

恋『それに、そもそもわたくしたちも、宇宙に行けるとは限りませんし……』

かのん『そうだよね……。でも、なんかなぁ……』

かのん『私が神様だったら、みんな助けてあげられたのに……』


かのんが変なことを言いはじめるのとほぼ同時に、千砂都がカバンの中からなにかを取り出しマシタ。
 
169: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:23:32.98 ID:RWluUGdp
夏美『なんですの、これ?』

千砂都『これはね、Liella!のファンから届いたプレゼントだよ。自分の色のやつを付けてみて』

かのん『わあ、ミサンガだ! なつかしいねー』

メイ『小学生のころとか流行ったよなー。友達とおそろにして』

可可『へー。そのようなものがあるのデスね』

恋『……OKグー○ル、ミサンガについて教えていただけませんか?』

四季『手首や足首につけるアクセサリー。切れると願いごとが叶うというジンクスがある』

恋『なるほど……。お守りのようなものですね』

すみれ『それにしても、高そうな素材ね……。大丈夫? あとで高額請求されない!?』

可可『ひとりだけなにを心配しているのデスか。ファンの方からのプレゼントには、普段の素行やパフォーマンスでお返しするのデス』


ククは右の手首に、パステルブルーのミサンガを巻きマシタ。

つやつやした毛糸が派手に思えマシタが、意外にも自然となじんでいマス。


千砂都『これはね、私たちが仲間である証』

千砂都『これを付けていたら、その人はLiella!の仲間だって、わかるでしょ?』

メイ『ワ○ピースのアラ○スタ編みたいなこと言ってるな……』
 
170: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:24:56.73 ID:RWluUGdp
かのん『仲間の、証……』

きな子『うれしいっす……! みんなと、つながってる気持ちになれるっす!』

恋『さすが部長です!』

千砂都『えへへ~』

可可(みんなと、つながってる……)

千砂都『じゃあかのんちゃん! 全員のミサンガに、願いを込めてちょうだい!』

かのん『ええっ、私が!? えー……うーん、そうだなぁ…………』

かのん『──わ、私たちは、Liella!だー!』

千砂都『…………それ、願いごと?』

かのん『だめだった!? じゃあ変えよう……!』

可可『いえ、これがいいデス! Liella!だー!』

すみれ『ぷふっ……Liella!だー!』

かのん『わぁああ!! 恥ずかしいからやめてー!!』


こうして9人のLiella!が、ひとつなぎになりマシタ。


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
171: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:26:18.46 ID:RWluUGdp
可可「…………」


右腕を伸ばし、指先でさすってみマス。

肩からひじをすーっと伝い、手までたどり着きマシタ。

そこに、パステルブルーの証はありマセン。


可可(ミサンガ……いつの間になくなったのデショウか……?)

可可(物的なつながりが途絶えてしまいマシタ……)

可可(……デスが、ククたちは、心でつながってマス!)

可可(大丈夫デス! ……つながっている、はずデスから)


可可「私たちは、Liella!だー!」

グソクムシ「ムシャー!」
 
172: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:28:49.58 ID:RWluUGdp



地下での暮らしは、きなきないわく"冬眠"みたいなものらしいデス。

それを証明するかのように、出会うだれもかも、なんというか、停滞していマシタ。

冷えれば冷えるほど分子の運動はにぶくなりマスし、布団から出たくなくなりマスからね。

かというククも、なにかこれといって劇的な進展があるでもなく、のつそつと暮らし、地下の空気に慣れていきマシタ。


きなきなとは多くの時をいっしょに過ごし、その間、いろんな話をしマシタ。

最初に訊いたのは、"ククたちと別れた"あとのことデシタ。


きな子「ご存知かもしれませんが……」

きな子「私とメイちゃん、夏美ちゃんが乗るはずだったロケットは、打ち上げられませんでした」

可可「……やはり、そうデシタか」

きな子「なにかのトラブルだったらしいんですけど……そのあと回復することなく、ついにXデーを迎えることになりました」

きな子「……あ、実はそのXデーというのは、二回あったんですよ」

可可「二回? 隕石衝突と……もうひとつあるのデスか?」

きな子「はい……。隕石が降る前」

きな子「世界中に、核の"雨"が降り注いだんです」
 
173: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:30:50.98 ID:RWluUGdp
それは、耳を疑いたくなるほど荒唐無稽で、ふざけた話デシタ。

某国の発射を皮切りにして連鎖的に、世界中の空を、核が飛び交うようになったそうデス。

どうせ地球が終わるなら、最後に撃っちゃえ……というノリだったのデショウか? 卒業間近の思い出作りで羽目を外すのと同じかもしれマセン。

政治も法律も、倫理も道徳も、すべてが機能不全を起こしていた社会。追い詰められた国家は、ヤケになって、自滅を選んだのデショウか。


きな子「発射の映像は、まだテレビ局が生きていた時に一度だけ見ることができました」

きな子「世界各国の地面や船やらいろんなとこから、細長いミサイルがポップコーンみたいに、ポンポン飛んでいくんです」

きな子「もちろん、東京も壊滅しマシタ。ただ、地下に避難していた人は、とりあえず生き残ることができたんです」


そして、遅れてやってきた隕石が、ダメ押しするように地球環境を破壊したのデス。

追突の衝撃で巻き上げられた土や砂などが、空を覆いかくす。それらはやがて地球全土を飲み込み、太陽をしりぞけ、闇の世界を作りあげマシタ。

放射能に加え、年中氷点下。環境保護団体は卒倒ものの、地獄絵図が完成したのデス。
 
174: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:32:41.67 ID:RWluUGdp
こうして地球歴は、地上から地下へと移転しマシタ。

もしかすると、まだ地上に生存者がいるかもしれないデスが……。その可能性は、シキシキがSNSアカウントを作るよりも低いデショウ。いまは乱期デス。


きな子「ここ、東京地下界隈」

きな子「そのすべてのエリアを統括するのが、"自警団"です」

可可「ほぉ……。こんな世の中でも、自治組織は生まれるのデスね」

きな子「う、うーん……。どうでしょうね……?」


きなきなは苦々しい面持ちを浮かべていマス。

見なくてもなんとなくわかりマス。超直感ではなく、きなきなが顔に出やすいタイプなのを知っているだけデス。

どうやら、その自警団とやらの評判は、あまり芳しくはない様子。初期のレンレンみたいな狂犬集団なのかもしれないデス。


きな子「自警団の一部の人は、ここの住民のことを蔑んで、『モグラ族』って呼んでます」

可可「ククもモグラになりマスか?」

きな子「いえ、クゥクゥ先輩は……」

きな子「──天使です!」
 
175: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:35:00.55 ID:RWluUGdp



モグラ生活 7日目


この日は、きなきなに連れられ、少し遠出。

他の駅に出向き、地下街をお散歩デス。

出かける時は、いつもきなきながエスコートしてくれマス。慣れてきたので距離を詰めると、きなきなは恥ずかしそうに照れ笑いしマシタ。見なくてもわかりマス。

一方、案内役を解任されたグソクムシというと、RPGの勇者パーティのように、ククたちの後ろをぴったりついてくるだけデス。


可可「……たったの七日デスが、ここで暮らしてわかったことがありマス」

きな子「なんですか?」

可可「それは…………」


可可「きなきなが、スバラシイ人だということデェス!」

きな子「え、私!?」
 
176: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:36:51.68 ID:RWluUGdp
可可「この暗い世界でもくじけず、前向きでいられるきなきな! 本当にスバラシイデス!」

きな子「……そうですか? だとしたらそれは、クゥクゥ先輩のおかげですよ」

きな子「このポジティブさは、Liella!の先輩方からいただいたものですから!」

可可「き、きなきなぁ~……! いつ何時も、先輩を立てることを忘れない……! デキタコウハイ……!」

可可「はぁ、かわいいデス……。妹にしたいデェス……」スリスリ

きな子「クゥクゥ先輩……? なんか、顔が怖いですよ~!」


きなきなをすごいと思うのは、ククの本心デス。心から尊敬していマス。

しかし、ククにはずっと気になっていたことがありマス。

きなきなの、特徴的な語尾である「っす」は、どこに消えたのデショウか?

成長とともに抜け落ちるものなのデスか? だとしたら、いまだにカタコトなククは、まるで成長していないのデスか……!?
 
177: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:38:24.53 ID:RWluUGdp



きな子「いまいるのが、G-4駅デス」


そう言われても、ククにはさっぱりデシタ。

目が見えない分、他の感覚が鋭敏になっているのデスが、この地下世界はどこもかしこも似たような情報しかありマセン。

においが換気されず、常に死臭が漂い、聞こえてくるのは虚ろなため息ばかり。

いずれきなきな並みに、迷うことなく、駅から駅へと渡り歩けるようになるのデショウか?

……なんだか、地下暮らしを続ける前提で話してマスが……。ククはいつまで、ここにいるつもりなのデショウか?


きな子「先輩。部屋に入りますよ~」

可可「なんの部屋デスか?」

きな子「それは~……」



「──クゥクゥ先輩!」

可可「!」
 
178: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:40:35.16 ID:RWluUGdp
この声は……!


可可「……メイメイ、なのデスか!?」

メイ「ああ!」

可可「メイメイ……!」

きな子「どうですか、驚きましたか!? これが先輩への、サプライズです!」


ついに、この時がやってきマシタ……!

かわいい後輩たちに、ククの演技力、とくと見せつけてあげマショウ!


可可「んメイぃメイぃぃ…………!!」

可可「はあっ~! まさかまさか、こんなところで会えるだなんて…………ユメにも思いませんデシ……タぁ~!!」

メイ「おい、きな子」

きな子「なんですかー?」

メイ「サプライズ、バレてるぞ」

きな子「えーっ!? そ、そんなはずは……!」

可可「びっくりぃ……ドゥェェス…………」

メイ「昔から思ってたけど、力入りすぎだろ! どこ目指してんだよ!?」
 
179: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:42:26.93 ID:RWluUGdp
メイ「……あー、クゥクゥ先輩。ほんと、久しぶり……何年ぶりだ? もう長すぎて、わかんねえな……」

可可「はいデス!」

可可「メイメイぃ~……! 抱きしめさせてクダサイ~!」

メイ「なっ……! ……うん、わかった」


ギュー。

胸の中におさまったメイメイは、思っていたより小さかったデス。

いえ、きなきなのイメージが強かったので、メイメイも大きいのではと勝手に想像していただけなのデスが。


メイ「ああ…………クゥクゥ先輩だ……」

メイ「この骨格、肉付き、声質…………変わんない……。高校のころと、なにも変わんない……!」

可可「……メイメイ?」

メイ「!!」

メイ「……すまん、泣くつもりなかったのに…………感極まって…………ああ、だめだ……」
 
180: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:44:31.09 ID:RWluUGdp
メイメイの熱いしずくが、ククの心にワタルシミぃ……。


可可「…………メイメイ……!」ギュー

メイ「先輩……!!」ギュー


感動が伝播して、ククの涙腺もいままさに、くずれかけていマス……!

でも、泣きマセン! ククはシタタカに生きるんデス!

もう泣かないって、決めマシタから!


メイ「だめだな……歳とって、涙もろくなっちまった……」

メイ「先輩……先輩、先輩……!」

メイ「…………おいきな子! なに見てんだよ!!」

きな子「ひぃ!? ご、ごめんなさい~!」
 
181: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:46:13.79 ID:RWluUGdp
ククは、ひたすら泣いているメイメイの頭を、ずっと撫でてあげマシタ。

メイメイは、泣きながらもニマニマしているような気がしマス。見なくてもわかりマス。かわいい妹デス。


メイ「わりぃ、クゥクゥ先輩……。私のせいで服、汚しちまった」

メイ「……ってか、おいっ! なんでそんな薄着でいられるんだよ……!?」

可可「変デスか?」

メイ「変じゃなきゃつっこまねえよ!?」


メイメイはククのことについて、すでにいくつかの情報を持っていマシタ。きっときなきなが前知識をいれておいたのデショウ。


メイ「見えなくて不便なことはたくさんあるだろうけどよ……」

メイ「もしなにか困ったことがあったら、いつでも私に言ってくれ!!」

可可「ありがとうございマス。メイメイもデスよ」

メイ「私も……って、なにが?」

可可「メイメイも、困ったことがあったら、いつでもお姉ちゃんに言ってクダサイ」

メイ「おう! ……あれ、私いつの間にか妹にされてる!?」
 
182: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:47:13.64 ID:RWluUGdp
きな子「で、こちらが、クゥクゥ先輩とともに旅をしてきた、グソクムシ……ちゃん? さん?」

可可「グソクムシは呼び捨てでいいデスよ。グソクムシなので」

グソクムシ「ムシャー!!」ペチペチ

可可「痛いデス!」

メイ「……仲良いんだな」

可可「はいデス! ククはグソクムシと会話もできマスよ!」

メイ「マジかよ!? な、なんか話してみて……!」

可可「わかりマシタ~」


可可「グソクムシ。なにかククに話してみてクダサイ」

グソクムシ「…グムシャ、ムシャー」

きな子「えっ……!」

可可「『愚かな人類よ、我にひれ伏せ』……と言っていマス」

メイ「やばいじゃねえか! とんでもねえ魔獣連れてきたな!?」

きな子「……全然違います」

メイ「違うのかよ! というかきな子、動物と話せるって、グソクムシ語もわかんのか……?」

きな子「う、うん……そうみたい」
 
183: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:48:15.70 ID:RWluUGdp
メイ「先輩……。ほんとは話せないのに、私たちにいいとこ見せたくて見栄張ったんだな」

可可「!? そ、そんなわけ……ない……デェス……」

可可「さっきはたまたま調子が悪かっただけ! ククはグソクムシ語検定1級デスよ!?」

メイ「めちゃくちゃニッチな検定だな……」

可可「グソクムシ! またなにかしゃべって!」

グソクムシ「…」

グソクムシ「ムシャー、グムグム」

きな子「…………」

可可「『我、森羅万象を統べる神なり』……と言っていマス」

メイ「絶対に違うってのはわかる。きな子、正解は?」

きな子「えっ!? ……あー、おなかすいたなー、って……」

可可「そんなこと話してたのデスか!? さっき食べたばかりデショウ!」

メイ「やっぱりわかってねえのかよ!」

可可「はっ!?」


グソクムシ語検定1級の称号は、きなきなに譲らなければなりマセン……。

うう、ククが一番グソクムシを理解していると思ってマシタのに……。悲しい現実デス……。
 
184: (たこやき) 2022/12/09(金) 03:53:14.89 ID:RWluUGdp



『お歴々と100人の私』 第9話

とある研究所。
お歴々は、いよいよ来たる"9人目"に、心躍らせていた。
容器が開き、現れる"彼女"。
彼女はきょろきょろと周囲を見回し、次に、自分の身体を観察しはじめた。
スピーカーを通じて、お歴々が話しかける。

「きみの名前は"くぅ"だ」
「わたしは、"くぅ"……」
「そうだ。やはり、賢くしたかいがあったな」
「ああ。ガラスの破片を食べ、脳を突きやぶって死ぬマヌケはもう生まれない」
「やはり、9は絶対数だ」

お歴々は互いの肩に触れ合い、喜びを表現している。
その様子を、"くぅ"は観察していた。

「……ねえ、わたしよりまえには、なんにんいた?」
「8人だ。そしてきみが、9人目」
「だからなまえが"くぅ"なのね」
「すばらしい……! まさか、ここまで成長するとは!」

お歴々は、もはや、"くぅ"に視線を向けていなかった。
おのおの、自分の功績をほこり、自分がより優れていることを示すために、隣人をひどい口調で罵った。
お歴々のひとりが、チラッと彼女に目を配った。その視線の先には、一心不乱に頭を壁に打ちつける、"くぅ"の姿があった。

「死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる死んでやる」
「おい、やめろ!」
「命を粗末にするんじゃない!」
「賢すぎるのも毒なのか!」

"くぅ"は死の間際、悲壮に叫ぶ人間たちを見た。
その姿があまりにも滑稽だったので、痛みも忘れ、ほほえみながら果てた。
 
188: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:23:28.06 ID:fPMMqnho



アングラ生活 16日目


ここでの暮らしに慣れてきたククデスが、それに反比例して、ある問題が浮き彫りとなってきマシタ。

それというのも、どうやらモグラ族にとって、ククの存在はうとましいみたいなのデス。


可可「……ほうぼうから冷たい視線を感じマス。アツレキデス」

きな子「あはは……。たぶんみんな、様子をうかがってるんですよ」


ある日とつぜん降ってきた、頭に環がついた盲目の女と、でかいのグソクムシ。たしかに距離をとりたくなる気持ちもわかりマス。

駅構内に点在する、デカダンス的オーラをまとったモグラたち。毛布のすき間から、そのにごった双眸を見開き、投げかけてきマス。

おまえは、天使か悪魔か……。

彼ら彼女らが期待しているのは、タダ飯喰らいの招き猫ではなく、自身や集団に直接的な益をもたらす福の神なのデス。

んー。ククにもなにか、お手伝いできることはないデショウか……?
 
189: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:25:58.09 ID:fPMMqnho



きなきなが連れて行きたいという場所があるので、ククたちはF-16駅に向かいマシタ。

ちなみに、メイメイは自警団のお仕事があるので、普段あまり会えないのデス。あのオラついた声が聞けなくて寂しいデス……。

ナツナツに関しては、なぜか話題にもあがりません。まだ、きなきなプレゼンツのサプライズ企画は続いているのデショウか?


「移動は認められません」

きな子「な、なんでですか! メイちゃんがちゃんと、許可を取ってくれたはずです!」

「移動の許可ぁ? 知らないですね、決めるのは私です」


地下ではコミュニティー間の移動にも、いちいち自警団の許可が必要なようデス。そしていま、ククは厄介者として通せんぼされていマス。

しかしこの人、でかいの態度が鼻につきマスね。

この横暴な自警団幹部の髪型はポニテらしいので、ポニテと呼んでやりマス! こんぬぉコンチキショー、その髪ちょん切りマスよ!!
 
190: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:28:55.66 ID:fPMMqnho
ポニテ「頭に変なのがある化け物と、巨大な虫を、おいそれと通すわけにはいきませんよ」

ポニテ「そもそも、我々と同じ空間にいることすら許し難い。追放しないだけ感謝してほしいくらいです」

きな子「うっ……許可はちゃんともらったんです! それなのに通れないのは……おかしいです!」

可可「そうデスそうデス」

ポニテ「……はあ、わかりました。どうぞ通ってください」

ポニテ「しかし、あなたたちが問題を起こせば、それらはすべて米女さんの責任となります。それだけは忘れないように」


可可「いやな人デスねー。あれが自警団デスか!?」

きな子「うーん、いい人もいるんですけどね……。たとえば、メイちゃんとか……メイちゃんとか」


身内しかあがらないあたり、自警団の評判はお察しなのデショウ。

権力者はいつの時代も同じようなものなのデスね。
 
191: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:30:07.93 ID:fPMMqnho



「クゥクゥさん……!」

可可「この声……この胸は! すみれ──」

可可「…………妹……」

すみれ妹「はい! クゥクゥさん……またお会いできてうれしいです……!」


大きくなったすみれ妹の温度は、まるで本物のようで……。彼女に、すみれの影を重ねてしまいそうになりマス。


可可「…………」

すみれ妹「クゥクゥさん……!」ギュー


抱きしめてはいけない気がして、手持ち無沙汰になった両手はぶらりと垂れ下がりマシタ。


すみれ妹「こっちがうわさのグソクムシですね。こんにちは」

グソクムシ「ムシャー♪」

すみれ妹「なんだかこの子、お姉ちゃんみたい……」ナデナデ

可可「……はい」
 
192: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:32:30.46 ID:fPMMqnho
ふたりの話題は自然と、すみれに移りマシタ。


すみれ妹「……あの、クゥクゥさん」

可可「なんデスか?」

すみれ妹「もしよければ……お姉ちゃんのこと、聞かせてもらえませんか……?」

すみれ妹「お姉ちゃん自身も心配ですし……。家族を置いていくことになって、私たちを心配してたんじゃないかって」

すみれ妹「お姉ちゃん……やさしいから……。ひとりだけ助かったなんて知ったら、自分を責めちゃいそうで……」

可可「……はい。すみれは家族の安否を、とても心配していマシタ。何日も眠れていなかったのを覚えてマス」

すみれ妹「そうですか……。あー、なんで打ち上げが別々だったんだろ……なんでこんなことに…………」

すみれ妹「あ、ごめんなさい! 過ぎた話を掘り返しても、仕方ないですよね……」

すみれ妹「……あの、お姉ちゃんは……無事なんでしょうか……?」

可可「……ゴメンナサイ、ククにはわかりマセン。気づけば、地球に追放されていたので」

すみれ妹「そう、ですか…………。ありがとうございます……クゥクゥさん……」

すみれ妹「姉のそばにいてくれて、ありがとうございます……」
 
193: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:33:47.20 ID:fPMMqnho
すみれ妹と話している間、頭の環は終始、とても不規則に揺らいでいマシタ。すみれのことを強く想起しすぎたのかもしれないデス。

すみれ妹とわかれた後は、コミュニティーを飛び出し、きなきなに連れられ、駅のホームにあるベンチに落ち着きマシタ。


きな子「……迷惑、でしたか?」

可可「いえ! そんなわけありマセン」

可可「すみれ妹に会えて……ほんとによかったデス」

きな子「…………」

可可「きなきな」

きな子「え……はい?」

可可「まさか、ククの家族のことで気づかってるのデスか?」

きな子「!? そ、そういうわけでなくてですね、そのぉ……」アタフタ


きなきなは本当にわかりやすいデス。


可可「ククは早くから、家族が亡くなったことを知っていたので……ある意味、幸せだったのかもしれマセン」

可可「……そうやって、心に折り合いをつけていマス。だから心配いりマセン」

きな子「クゥクゥ先輩は、強いんですね……」

可可「ククは強くなんてないデス。いつもだれかの支えがあったから、ここまで生きてこられマシタ」

グソクムシ「……」
 
194: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:35:13.71 ID:fPMMqnho



C-3駅に戻り、寝室でぼーっと虚空を眺めマス。すると、すみれ妹に会った時のことが呼び起こされマシタ。

妹に、姉の姿を重ねるなんて、ククは最低デス……。それでもすみれへの劣情は膨張し、ククの頭を圧迫するのデス。

黒を背景に、すみれの姿が浮かびマス。

すみれ……すみれ……すみれ…………。

平安名や、ああ平安名や、平安名や。

記憶の中でまっすぐ微笑みかけられるだけで、悶々としてしまいマス。

しゅみりぇぇ…………。


グソクムシ「ムシャ…?」

可可「…………すみれ……」


衝動を抑えられず、ホワイトボードに、あふれる想いを書きつづりマス。

会いたい……!
 
195: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:37:37.20 ID:fPMMqnho
「あ」
「い」

そこまで書いて、ペンが止まりマス。

違いマス、違いマス、違いマス……。いえ、違わないのデス……!

すみれに、会いたい……。でも、それだけじゃない……。


可可「あああああああああ~~~!!」モジモジ

可可「ううあああ~~~……!!」バタバタ


ククは、欲張りさんデス! すみれとしたいことがいっぱいありマス……。やりたいことが、泉のごとくあふれてくるのデス……!

すみれの声を聞きたい、すみれの肌に触れたい、すみれの呼吸を感じたい、すみれに名前を呼ばれたい…………。

──すみれのとなりにいたい。


可可「ああ……あああぁ…………」

可可「すみれぇ……」



きな子「えっと……お取り込み中でしたか?」

可可「!?」
 
196: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:39:21.19 ID:fPMMqnho
見られた……! 恥ずかしいところを見られマシタ……!


可可「き、きなきな…………」

きな子「あの……一応ノックはしたんですけど……」

可可「……クク、いつもこんなことしてるわけではないデスから! ないデスから!!」

きな子「は、はい! わかりましたー!」


自分の顔が熱くなるのがわかりマス……。はぅ、トケそうデスぅ……。


きな子「…………『あいしてる』?」

可可「あぇ?」

きな子「これ、先輩が書いたんですか?」

可可「……?」


ククがボードに書いたのは「あい」だけデシタ。しかしなぜか、文字が増え、「あいしてる」になっているそう。

……不思議なこともあるものデスねぇ。
 
197: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:41:51.95 ID:fPMMqnho
可可「……スミマセン、取り乱しマシタ」

可可「それで、どうかしマシタか? きなきな」

きな子「……クゥクゥ先輩」


きなきなは真剣な面持ちで、ククを見つめマス。


きな子「──明日、夏美ちゃんに会ってくれませんか?」
 
198: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:43:16.35 ID:fPMMqnho



翌日。

C-1駅。そのさらに奥にある、車両が眠る暗室。

そこにはナツナツがいて、ひとり闇の中、ふさぎこんでしまっているそうデス。


メイ「夏美がああなったのは、私たちのせいだ……」

きな子「……私たちは夏美ちゃんが苦しんでるのに、気づいてあげられなかったんです」

可可(いったい、ナツナツの身になにがあったのデショウか?)


ちょっぴり不安を抱えながら、車庫へと足を踏み出しマス。

すると──。


夏美「オニナッツ~!」

夏美「夏美のお家へ、ようこそですの~!」

可可「!! この声は、ナツナツぅ……!」

夏美「クゥクゥ先輩~!!」
 
199: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:44:45.53 ID:fPMMqnho
夏美「先輩ー! 超超超お久しぶりですの~! 会いたかったですの~!!」

可可「ナツナツー! ククも会いたかったデスぅ~!!」


ナツナツと手をつなぎ、あてもないままくるくる回りマス。ランランラーン♪


メイ「なっ……! どうなってんだよ……急にキャラ変してんじゃねえか……」

きな子「……先輩に会えて、元気になったんじゃないかな?」

メイ「……だといいんだけどな」

可可「ナツナツ! この再会を喜びマショウ!」

可可「実に……ありぇ、何年ぶりの再会になるのデショウか……?」

夏美「……14年と5ヶ月ぶり、ですの♪」

可可「14年……! ククの半生デス……」

可可「しかし、よく覚えていマシタね?」

夏美「にゃはっ♪ 『正』の文字で、毎日欠かさず数えてますの」

夏美「いまの暦は、2022年184月17日ですの!」
 
200: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:47:19.66 ID:fPMMqnho
それからククたちは、日々のあれこれエトセトラについて歓談しマシタ。


夏美「先輩、そんなに肌を露出して寒くないんですの? よければ夏美の服を……」

可可「ククはあったかデスよ。ほれ」ピトッ

夏美「ほゎ~……。手がぬくぬくですの~……」


ナツナツは、失った14年にひたるように、とても楽しくおしゃべりしているように思えマシタ。

しかし、帰りの時間がやってくると、ひとりでまた暗闇の中に帰ってしまったのデス。


きな子「クゥクゥ先輩に会えば、いい方向に転ぶと思ったんだけど……」

メイ「くそぉ、だめかぁ……」


ククはナツナツについて、詳しくは訊きませんデシタ。ふたりもそれを望んでいないように見えたからデス

かつてのLiella!メンバー3人は、つながりこそあれど、昔とは違う関係性になっていマシタ。
 
201: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:48:33.05 ID:fPMMqnho



冬眠生活 22日目


もうすっかり、モグラ族の一員になっていたククの胸に、おき火のようにくすぶる激しい欲求。

ずっと考えていた、地下やモグラ族のためにククができること……。ククだからできること……。

──それは、ミナサンに笑顔を届けることデス!

ライブデス! この地下世界で、ライブをするのデス!

14年もの月日が流れてしまいマシタが……まだ卒業していないので、ぎりぎりスクールアイドルのはず!

この暗澹たる世界に、希望の光を灯しマショウ!

そうしたら、きっと、ナツナツも…………。


思い立ったが吉日。早速ライブを敢行するため、もろもろの相談をきなきなにすると、全力で否定されてしまいマシタ。


きな子「だ、だめです! ここでライブなんてしたら、自警団が……」

可可「では、自警団に見つからないよう、ゲリラライブにしマショウ!」

きな子「むりですよ……。だって、みんな……自警団のいいなりなんですから……」

きな子「お客さんが通報して、団員が駆けつけ……全部壊されるんです。ステージも、衣装も、希望も……なにもかも」


きなきなは、まるで実体験かのように語っていマシタ。
 
202: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:50:19.44 ID:fPMMqnho
可可「でも……やっぱり、ククはライブがしたいデス!」

きな子「クゥクゥ先輩……」


ククの脳裏を、これまで地下で出会った人たちの声が反響しマス。

生気をなくしたまま生きている、抜け殻のようなモグラ族。

彼ら彼女らは、毎日ウックツしながら、現実に絶望しながら、それでも自身の地位だけは失わないよう必死にもがいていマス。

ククは……そんなミナサンを変えたいデス。毛布の間からのぞくよどんだ目を、輝かせたいのデス。

きなきな、メイメイ、すみれ妹、ナツナツ……その他大勢! みんなに、ほんの一瞬でもいいので、楽しむ気持ちを思い出してほしいのデス!


きな子「……わかりました。きな子もできるだけ、先輩に協力します!」

可可「きなきなぁ……!」

きな子「では、まずは、自警団に許可を得るところから……ですね」


いきなりの超難関。デスが、ククたちなら乗り越えられるはずデス!
 
203: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:52:27.59 ID:fPMMqnho



ポニテ「……認められません」


ククときなきなは自警団本部まで出向き、ライブの企画を口頭で説明しマシタ。

しかしポニテ自警団幹部コンチキショーは、たいして熟慮もせず、テンプレ生徒会長のごとく、ククたちの案を一蹴しマシタ。


ポニテ「だいたい、なにがライブですか。ただ遊んでいるだけでしょ?」

可可「なにをー!?」

きな子「クゥクゥ先輩! 落ち着いて……!」

可可「ふぅ、ふぅ……。命拾いしマシタね……」


すぐカッとなってしまうのがククの悪いくせデス。


ポニテ「ライブの力で、みんなを笑顔に……? はっ、笑止千万!」

ポニテ「あなたたちは何様ですか? 神様にでもなったつもりですか?」

ポニテ「残念ながら、あなたたち程度の人間にできることなんて、これっぽっちもありませんよ」

可可「…………」
 
204: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:53:45.95 ID:fPMMqnho
かのん……。ククに勇気を……!


可可「…………やってみなくては、わかりマセン!」

可可「音楽の可能性は、無限なのデスから!!」

きな子「先輩……!」

ポニテ「……」

ポニテ「はあ、わかりました。ライブとやらは認めてあげてもいいでしょう」

可可「!! やりマシター!」

きな子「クゥクゥ先輩ー!」

ポニテ「……ただし、条件があります」

ポニテ「あなたは自分の主張ばかり通していますが、そもそも、あなたの存在をよく思わない人がたくさんいることを知るべきです」

可可「うっ……」


実際、ククの思いは独りよがりで、モグラのミナサンにとっては迷惑この上ない、ただの嫌がらせと受け取られてしまうかもしれないデス……。

それでも、なにかを変えたいと心が騒ぐから、ククは無鉄砲に走り続けマス! 結果はあとからついてくると信じて!
 
205: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:55:37.58 ID:fPMMqnho
ポニテ「もしライブがしたいのであれば、大前提として、この地下世界のためになにか貢献するべきではないですか?」

可可「貢献……」


「ライブこそ、まさに貢献デス!」……なんて言おうものなら、ヤマアラシのジレンマに陥ってしまうので、やめておきマス。


ポニテ「なんでもいいですよ。食料調達、施設修繕、治安維持……なんなら売春でも」

ポニテ「まあ、あなたにできるとは思えませんが」

可可(食料……!)


その時、「男の人っていつもそうですね!」と女性の叫ぶ声。廊下のほうで口論しているようデス。

まだ地球がかりそめの平和に満たされていたころ、広告でよく見たやつが、いますぐ目の前で行われていマシタ。


ポニテ「やれやれ、またですか……」

ポニテ「我々が寿命を削って地上を探索し、やっとの思いで手に入れた貴重な食料。それを、無産のモグラどもにも分け与えてあげているんです」

ポニテ「その見返りとしては、あれくらいして当然だと思いますけどねぇ」

きな子「…………」

可可「……なるほどデス」


見つけマシタ! ククが、ミナサンに貢献できる道……!
 
206: (たこやき) 2022/12/10(土) 02:56:48.83 ID:fPMMqnho
可可「食料調達は、自警団が行なっているのデスね?」

ポニテ「ええ、そうですが……」

可可「では、ククも行きマス!」

ポニテ「…………は?」

可可「ククも狩りしマス!」

きな子「せ、先輩……?」

ポニテ「……めくらのあなたに、なにができるというんですか」

可可「ククは約14年もの間、地上の世界でサバイバルしてきマシタ。そこで培った狩りのノウハウは、ここでも活かせるはずデス!」

きな子「あっ……そうですよ! クゥクゥ先輩には、圧倒的サバイバル能力があります! 熊だって倒したことがあるんです!」

可可「ククが集めた食料は、無償で各コミュニティーに配りマス。そうすれば、ミナサンハッピーになりマスよ」

ポニテ「……机上の空論ですね。ええ、どうぞ、食料調達部隊への参加を許可します。そこで無能をさらせば目が覚めるでしょう」

可可「はいデス! ……あと、ライブの約束も、忘れないでクダサイね?」


可可「もし約束をやぶったら──そのポニテ、ククの環でズタズタにしてやりマス!」

ポニテ「……いいでしょう、望むところです」
 
211: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:38:02.34 ID:j9XB83Jt



ハードボイルド・ワンダーランド生活 25日目


ブロブロブロ。5人を乗せた車は、がれきを蹴飛ばし、果てしなく広がるオープンワールドをひた走っていマス。

運転席、助手席には、自警団団員の男の人がひとりずつ。荷台には、同じく男の人ひとりと、ククとメイメイ。


──くるくるくる

可可『──……〈スペースラジオ〉のお時間です。──』

可可『──私、ナポリタンモンスターがお送りします。よろくしお願いします!──』

団員C「おい、なんだ? いきなり独り言はじまったぞ」

可可「……失礼な。それではククの頭がおかしいみたいではないデスか」

メイ「クゥクゥ先輩は、むさい車内を盛り上げようとしてくれてんだ! 文句言うんじゃねえ!」


メイメイは、ククがなにをしても擁護してくれマス。狂信者というやつで、最近ちょっと怖いデス……。
 
212: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:39:16.33 ID:j9XB83Jt
中断してしまいマシタが、再び意識を環に集中させマス。ラジオ再開デス。


可可『──ペンネーム「哲学的ぞんびぃ」さんからいただきました。いつもありがとうございます!──』

可可『──……実はわたくし、このたびようやく、自動車の免許を取ることができました。普段、うちのメイドに運転を任せきりなので、その労を減らせたらと思い、数年前から挑戦していたのです。そしてついに、試験に合格しました!──』

可可『──……しかし、事故を起こしたり、人をはねてしまうのではという不安に駆られてしまい、恐ろしくて車に乗れません。なので、結局、前と同じようにメイドさんに運転をお願いすることにしました。──』

可可『──ナポリタンモンスターさんもなにか、挑戦したものの、むだになってしまったことなどござい……──』

メイ「はぁ~! くるくる回ってるぅ……! かわいいぃ…………」

団員C「回転軸が安定してるな……。どれどれ……」

メイ「汚い手でさわんじゃねえ! 私も先輩にさわりたいけど、がんばって我慢してんだぞ!」

可可(……集中できマセン)
 
213: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:40:31.09 ID:j9XB83Jt
くるくるくる……


可可「ふぅー……」

メイ「やっぱ先輩ってすげえな! その環がソナー代わりになって、かなり広範囲の音を集められるんだろ?」

可可「はいデス! さっきのラジオも、どこかで流れているものを拾ってきただけデスよ」

団員C「こんな世界で、どこからラジオなんて流れてくるんだよ」

メイ「決まってんだろ。スペースラジオなんだから、宇宙からだよ!」

可可「宇宙デスか……」

可可(環はあくまで音しか感知しないので、だとしたら、電波を地球上で受信する者がいるはずデス……。しかし、地下の住人がそんなことしているとは思えマセン……)


団員B「ガソリン見つけたぞー!」

団員A「いつもよりお荷物が増えたのに、燃料も見つからなかったら最悪だったな」

可可「むっ」

メイ「クゥクゥ先輩がお荷物だと……!? いまに見とけよ、先輩はすごいんだからな……!」


なぜか、メイメイが代わりに怒ってくれマス。だんだんククのマネージャーのように思えてきマシタ。
 
214: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:42:36.51 ID:j9XB83Jt



"雨"が降りはじめたので、食料調達を打ち切り、ククたちはM17駅に戻ってきマシタ。

構内に待機していた団員は、働き蟻のように手際よく、大量の肉と大漁の魚を運んでいきマス。

いっしょに出かけた調達班の人たちは、ククのことを口々に、「すげえ」「見くびってた」などと呟いていマシタ。ククを見るその視線も、出発前とは異なっている感覚がありマス。


一仕事を終えたククとメイメイは、階段に座り込んで、だべりタイムデス。


可可「車という機動力があると、狩りはここまで効率化できるんデスねぇ~」

メイ「いや、それよりもクゥクゥ先輩がすごいんだよ!」

メイ「私たちは着ぐるみ状態だから動き鈍いけど、先輩は一枚着で、指示さえあれば軽々走り回れてるし!」

可可「はい! スイカ割りを思い出して楽しかったデス!」

メイ「急に全裸になって川に飛び込んだ時はさすがにビビったけどな……。男ども気絶させる羽目になっちまった」

可可「えへえへ」
 
215: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:44:31.35 ID:j9XB83Jt
先ほどまでククたちがいた地上には、いまだ放射能が滞留しているそうデス。

ぽつねんと置かれたガイガーカウンターは、常に沈黙を保っていマス。

どうやら放射線量が基準値を超えると、音が鳴らなくなるそうデス。なので、"音が鳴っている"ほうが安全なんだとか。

いまの世界はさながら、『沈黙の春 99レベル』といったところデショウか。


可可「……地下人にとって、外に出るのはかなり危険なのではないデスか?」

メイ「まあな……。命と引き換えにしてるようなもんだし」

可可「では、なぜメイメイはこの仕事に?」

メイ「私がやらないと、きな子たちが属してるコミュニティーが飢えちまうからな」

メイ「それに……夏美も……」

可可「!」

可可(メイメイが、ナツナツの話を……)

メイ「……でも、心配いらねえよ。私は絶対に死なねえから!」

メイ「"約束"があるからな……。私は絶対、生きなきゃいけないんだ」
 
216: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:45:21.53 ID:j9XB83Jt



可可「今日は久々に狩りをして、つかれマシタぁ……。ヘロヘロデェス……」

グソクムシ「ムシャー」

可可「グソクムシはお留守番デシタね。いい子にしてマシタか?」

グソクムシ「グム!」

可可「よしよし、えらいデス!」ナデナデ


グソクムシはククの上に乗っかり、いやすように抱きついていマス。

まったく、やさしいグソクムシなのデスね。


可可「今日は……27話デスね」

可可「では、読んでいきマショウ……」

グソクムシ「グムシャー」
 
217: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:46:17.17 ID:j9XB83Jt
……………………。
……………………。


かのん『大事な、話……』


部室が、静謐に満ちマス。みな立ち尽くし、千砂都の言葉を待っているのデス。


千砂都『あのね、実は私……』

千砂都『宇宙行きのチケット、もらえたの』

かのん『…………』

かのん『おめでとう、ちぃちゃん! すごいね……!?』

千砂都『かのんちゃん……』


そのチケットは、新天地で生きる道。全人類が喉から手が出るほど求めてやまない、希望行きの紙片デス。

それをなんと、千砂都が手に入れたというのデス。
 
218: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:47:40.37 ID:j9XB83Jt
恋『おめでとうございます!』

可可『千砂都のダンスが認められたんデスね!? これはすごいことデス!』

千砂都『……うん』

すみれ『千砂都……。絶対行きなさいよ』

千砂都『っ……。で、でも……』


いまの千砂都は、らしくない態度だと思いマシタ。

しかし、その内情はよくわかりマス。

この決断いかんで、Liella!のメンバーとは今生の別れとなるかもしれないからデス。


四季『実は、私も』

メイ『四季……おまえ……』

きな子『四季ちゃんも持ってるんすか……!?』

四季『両親の研究が認められて……。家族だから、私も』

夏美『……寂しくなりますの』

夏美『映画も……未完成になっちゃうんだ……』


一気に空気の重みが増し、だれも言葉を発せられなくなりマス。
 
219: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:48:40.54 ID:j9XB83Jt
夏美『四季……。千砂都先輩……』

夏美『…………"先に"行っててください』

千砂都『!』

すみれ『……そうね。どうせ私たちだって、あとから行くに決まってるんだから!』

かのん『ちぃちゃん! 四季ちゃん! 私たち、絶対ふたりのこと追いかけるから……!』

かのん『"Liella!"として、必ず宇宙に行くから……!』

千砂都『かのんちゃん……』

四季『……それなら、私もLiella!として宇宙に──』

メイ『おい、四季! おまえは賢いんだからわかるだろ?』

メイ『推しは推せる時に推せ……。宇宙は、行ける時に行くべきだ』

可可『もし今後、スペースシャトルに7人分の空きができた場合、9人だったら乗りあぐねてしまいマス』

可可『だったら、いまはふたりだけでも乗るべきデス!』

きな子『おまえ船降りろ、なんてことになったらいやっすもんね』

四季『…………そうだね。これは、私だけの話じゃないんだ』

千砂都『うん……。決めた、宇宙行くよ!!』
 
220: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:51:48.88 ID:j9XB83Jt
みんな、自然に手を重ね合わせ、いつもの円陣を組んでいマシタ。


かのん『あ、ミサンガ……』


9色がグラデーションとなって、丸を生み出しマス。


千砂都『これがある限り……』

千砂都『私たちは、つながってるよ……!』

かのん『……うん!』

可可『はいデス!』

すみれ『当然!』

恋『糸が、みなさんを結び合わせています!』

きな子『絶対に離れないっす!』

メイ『ああ! つながってる!』

四季『私たちはひとつ』

夏美『ですの!』

9人『私たちは、Liella!だー!』


みんな、顔がしわくちゃになるくらい泣いて……でも、重ね合わせた手だけは、だれも離しませんデシタ。


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
221: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:53:04.98 ID:j9XB83Jt



地下スクールアイドル生活 30日目


この日は狩りの収穫を祝って、コミュニティー内でささやかな晩餐会を開きマシタ。

鉄板を直火であぶり、焼き肉パーティーデス!


可可「ジンギスカン~♪ ジンギスカン~♪」

メイ「クゥクゥ先輩! ありがたくちょうだいします! いただきます!」

きな子「こんなに贅沢できるなんて、夢にも思わなかったです……。ありがとうございます、クゥクゥ先輩!」


ジュー。ふぅふぅ。ぱくっ。ジュー。

遠巻きに眺めていた住人たちも、香ばしい油のにおいに誘われて、鉄板を囲みだしマシタ。


モグラA「……おいしい! かなりかたいけど、おいしい……!」

モグラB「ありがとう……ありがとう……!」
 
222: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:55:05.47 ID:j9XB83Jt
いつしか、肉の焼ける音が聞こえなくなるほど、コミュニティーは活気に沸いていたのデス。

ミナサン、どんな表情を浮かべているのデショウか……? 笑顔だったらうれしいデス!


モグラC「クゥクゥさん、目が見えてないのにすごい!」

モグラD「頭の輪っかも天使みたいでかわいい~!」

モグラE「よく見たら、グソクムシもかわいい気がしてきた」

グソクムシ「ムシャー!」


お世辞にもおいしいとは言えない味デシタが、みんなで囲む食事は、とても幸せな時間になりマシタ。


きな子「夏美ちゃんの分、持っていってあげなきゃ……」

可可「……」


どうやらこの集団の中に、ナツナツはいないようデス。

人々の声はたくさん聞こえマスが、どこか物足りなさを感じマス。
 
223: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:56:07.41 ID:j9XB83Jt



焼き肉パーティーのあと、自警団からの許可を受け、ついにライブ開催が決定しマシタ!

会場設営から電力調達まで、すべてククたちがしなければなりマセン。デスが、なんとかなるはずデス!

やる気さえあれば、なんだってできるのデス! ククが言うと説得力も段違いデスね。


地下の電気はいくつかの発電所で作られているそうで、ここN-2駅もそのひとつ。

ライブに照明は必要不可欠なので、ここから電力を盗……いえ、拝借しようと思い、連れてきてもらいマシタ。


きな子「毎日毎日、自転車をこいで発電してるんです。それを蓄電器に貯めて……」

可可「ほへー」

きな子「あっ! 気をつけてください!」

きな子「むりやり工事したみたいで、壁にむき出しの配線が張り巡らされてるんです」

可可「さわったらどうなりマスか?」

きな子「まあ、自転車の電力なので大したことないですけど、ちょっとピリッときましたよ」


実体験のように語るきなきな。いえ、これは実際に経験してマスね。わかりマスわかりマス。
 
224: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:57:47.80 ID:j9XB83Jt



初ライブ当日。

ステージ、衣装、音響設備、照明器具、エトセトラ……。限られた資源でつくろったにしては、なかなかいいのではないデショウか!?

惜しむらくは、ククはその出来ばえを、目に焼き付けることができないデスけど。


きな子「いよいよですね!」

可可「はいデス! 資材集めから準備まで手伝っていただき、ありがとうございマス。きなきな!」

きな子「私たちの分まで、がんばってください!」

メイ「クゥクゥ先輩! 私が考えたセトリ通りなら、100%盛り上がること間違いなしだから!」

可可「はい! メイメイも、ありがとうございマス!」

メイ「先輩のためならお安い御用だ!」
 
225: (たこやき) 2022/12/11(日) 03:59:29.75 ID:j9XB83Jt
きな子「先輩……。肝心のパフォーマンスは大丈夫そうですか?」

きな子「目が見えないのもありますけど、14年ぶりに踊るわけですし……」

可可「心配には及びマセン! ククには、"ドリブル"がありマスから!」

きな子「ど、ドリブル……?」


『Liella!って、どのメンバーもすごいんだよ』
『かのんは歌うまいし』
『千砂都はダンスが抜群だよね』
『すみれはショウビジネスで』
『恋はかわいいもん』
『クゥクゥは……ドリブルがうまい』

いま思えば、あれはばかにされていただけデシタが……。でも、いいデス!

いまのククは、あれから成長していマスから! 圧巻のパフォーマンス、披露してやるデス!
 
226: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:00:55.68 ID:j9XB83Jt



照明の反射できらめく天井は、夜をかざる星々となり、ククのステージを見守ってくれマシタ。

地下街の広いスペースに設置した、即席ライブ会場。満員御礼とはいきマセンが、気配を感じるくらいには多くの人が観に来てくれていたように思いマス。

ライブ中、ククの身体は、思っていたよりも動いてくれマシタ。14年前とまるで変わらず。


可可「────♪」


メイメイが言っていたとおりデス。曲が進むにつれボルテージはどんどんとブチ上がり、終盤になると、フェスクラスの盛り上がりを見せマシタ。

観客の顔が見えないのが、残念でなりませんデシタ。この時ククは初めて、自身の盲目を悔やみマシタ。


可可「最後まで盛り上がっていきマスー!!」

観客「Fooooooo!!」



夏美「…………」


ステージから、少し離れたあたりに位置していたナツナツ。

その影は、ライトを避けるように、長く伸びていたのデショウか。
 
227: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:02:27.08 ID:j9XB83Jt



ライブ後。号泣するメイメイをあやしていると、きなきなに声をかけられマシタ。


きな子「……クゥクゥ先輩。ちょっといいですか」

可可「……?」


ふたりきりでその場を離れ、ホームまで下りマシタ。

線路に足を投げ出す形で、白線の外側にふたり、横並びに座りマス。


きな子「……まずは、ライブお疲れさまでした! 素晴らしいステージでした!」

可可「本当デスか! それならよかったデス!」

きな子「ほんとに……いいライブでした。とっても」


きなきなは、どこか遠くをぼんやり眺めていマシタ。古いアルバムをめくるように。
 
229: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:03:56.19 ID:j9XB83Jt
きな子「……実は、私……昔、この地下世界で、アイドル活動してたことがあるんです」

可可「なんと! それは初耳デス」

きな子「初めて言いましたからね……。メイちゃんもいっしょだったんですけど……まあ、言わないですよね」

可可「……"昔"の話、なんデスね」

きな子「はい……」


少しでも言葉が絶えると、空虚さがコンクリートの壁を反射し、闇に吸いこまれていきマス。


きな子「私たちもクゥクゥ先輩みたいに、この世界をよくしようと、奔走してたんです」

きな子「でも、だめでした……」

きな子「この闇の世界を照らす、星になることはできませんでした」


きなきなの視線が、ククに向いた気がしマス。重なった手から熱が送られてきマス。


きな子「……今日のライブ。きらきら輝くクゥクゥ先輩を見て、思いました」

きな子「クゥクゥ先輩なら、闇をはらう光になれる……」

きな子「──きな子はそう思ってるっす!」

可可「!!」
 
230: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:05:36.48 ID:j9XB83Jt
きな子「勝手にハードルあげて、期待を背負わせてるのはわかってるんす……」

きな子「だけど、クゥクゥ先輩こそ希望の星だって、きな子は思ったんす!」

きな子「先輩なら、この地下を…………いや、世界を! 変えられるはずっす!」

可可「きなきな……」

きな子「……あっ! わ、私、ひとりでべらべら変なこと言ってました……! 恥ずかしい……」


ククは身体をひねり、重なった手に、さらに手を重ねマス。


きな子「!」

可可「では……きなきなの期待に応えられるよう、ククも努力しなければ、デスね!」

きな子「先輩……!」

きな子「……きな子には、夢があるっす。叶うわけがないから、いままでずっと、心のうちにかくしてたんすけど……」

きな子「いつか、ここから地上に出て…………そして、"春"を見たいっす!」

可可「はいデス! ククが桜を咲かせてみせマス!」

きな子「ふふっ……。ありがとうっす、先輩♪」
 
231: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:06:57.30 ID:j9XB83Jt



それからは多忙な日々デシタ。

ライブツアーと称してコミュニティーを回り、行く先々で歌い踊り、くるくるしマシタ。


あと、ククの体温が高いことが、人口にカイシャしはじめていたようで……。

いつの間にかククは、湯たんぽや"ホタテ"として重宝されるようになっていマシタ。

三角座りするククをモグラ族が囲み、ご利益のある仏像を拝むように、手を差し出すのデス。


メイ「おい、そこ! おさわり禁止だ!」

メイ「そっちも! 先輩にセクハラしたらぶっ飛ばすからな!!」


メイメイはいつしか、アイドルの握手会などでよく見かける"剥がし"になってマシタ。いよいよどこに向かっているのかわかりマセン。

んー……。モグラ族のミナサンに頼ってもらえるのはうれしいのデスが、ククはいつも湯たんぽでいるわけにもいきマセン。そこで考えマシタ。

すでにある施設を改築して、お風呂屋にしてしまうのデス! これならいつでも、おっほ~できマスね!

こうして地下世界は発展していきマシタ。 そして、人々の心持ちにも、じょじょに変化が生まれはじめていマシタ。



ポニテ「ちっ……」
 
232: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:08:07.20 ID:j9XB83Jt



地下に来てから、何日目だったかのこと。

M14駅。ここでククは、ひとりの好々爺と出会いマシタ。


「おやおや、私になにかご用ですかな?」

きな子「この人は、"ソーリ"と呼ばれてるんす」

可可「ソーリ?」

きな子「総理に似てるからって理由なんすよ。安直っすよね」

ソーリ「ああ、困りましたなあ」

可可「なにかお困りデスか? ククにできることならなんでも──」

ソーリ「いやはや、大統領が〇された! こりゃ参りましたよ、ええ」

ソーリ「世界は真実をかくしている……私もそうだ! なんてことだ!」

可可(……話の脈絡が見えないデス)
 
233: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:08:55.32 ID:j9XB83Jt
ソーリ「ああ、きみは……"方舟計画"の端くれですね?」

可可「!」

ソーリ「なんてことだ、きみのような女の子が地球にいる! 正解です!」

可可「正解……?」

ソーリ「私はねえ、宇宙に行けたんですよ。なぜここにいると思うかね?」

可可「……地球と心中したかったから?」

ソーリ「そうだ! 私は惑星国家にいるんですよ、ええ!」

可可「あなたは、ここにいマスよ」

きな子「……この人は、あまり話が通じない人なんすよ。さ、先輩」

ソーリ「ここにいる、そうさ、ああいる! だけど、私の意志は惑星国家で生きる!! はははははは」

きな子「先輩!」

可可「……拜拜デス」

ソーリ「ははっはっはーはははっ」
 
234: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:10:39.21 ID:j9XB83Jt



地下暮らし 66日目


この日、ククの地下暮らしにおける、最も象徴的なイベントが起こりマシタ。


可可「食料調達デスね、ククにお任せデス!」

ポニテ「はい。ですが少し、あなたに知ってもらわなければならないことがあります」

可可「なんデス?」

ポニテ「あなたとともに食料調達に出向く、我が自警団の団員たち。彼らは日々、危険な屋外での作業で、身を削っています」

ポニテ「私としては、そんな団員たちの身の安全を優先したいんです」

可可「……と、いうと?」

ポニテ「わかりませんか? 察しの悪いオツムだこと」

可可「むっ」

ポニテ「あなた"ひとり"で、食料調達に出かけてください」

可可「クク、ひとり……デスか」
 
235: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:12:04.01 ID:j9XB83Jt
メイ「ちょっと待てよ! あんたよぉ、自分が何言ってるかわかってんのか!?」

可可「メイメイ!」

ポニテ「おや、米女さん。立ち聞きとは感心しませんね」

メイ「また、嫌がらせするつもりか……?」

メイ「クゥクゥ先輩が、地下の住人からしたわれてんのが気に食わないんだろ?」

メイ「あんたは自分より上の人間がいるのが怖いんだもんなぁ? なあ、ビビってんだろ?」

ポニテ「なっ……!」

ポニテ「……唐さん。聞くところによると、あなたは地上世界で十数年間、たったひとりで生きてきたとか」

可可「ひとりではありマセン。ひとりと一匹デス」

ポニテ「なんでもいいです。とにかく、あなたならひとりでも、食料調達が可能だと推定しての提案です」

ポニテ「この提案が飲めないならば、今後、地下でのライブ活動は禁止します」

可可「!?」

メイ「くそっ……! 結局こうなるのかよ……」
 
236: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:13:55.46 ID:j9XB83Jt
可可「待ってクダサイ! ククひとりだと、狩りの効率が著しく低下しマスよ」

ポニテ「……では、ひとりだけ連れていってもかまいません。あなたには盲導犬が必要でしょう?」

メイ「じゃあ、私がついてく。車も……がんばれば運転できるだろうし……」

ポニテ「……それは認められないです」

メイ「はあ!? なんでだよ、ひとりなら連れていってもいいって──」

ポニテ「あなたは自警団団員ですので、あなたの身は守らなくてはなりません。ですから、米女さんがついていくことは許可できません」

メイ「んだよ……! 普段あんな扱いのくせに、こんな時だけ仲間ぶりやがって……!」

可可(……モグラのミナサンのためには、このポニテの言うことを聞くしかありマセン)

可可(ひとりだけ連れていいそうデスが、だれにすればいいのデショウ……)

可可(…………グソクム──)


「オニナッツー!」
 
237: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:15:39.65 ID:j9XB83Jt
可可「!! ナツナツ……?」

メイ「なんでここに……!?」

ポニテ「あなたは……たしか、鬼塚さんでしたか。移動許可はとってあるんでしょうね?」

夏美「当然ですの~! 夏美はそのへん、抜かりないですの!」

メイ「……夏美! どうして、急に……」

夏美「話は聞かせてもらったですの~」

夏美「クゥクゥ先輩。お供には、ぜひ夏美をお選びくださいですの!」

可可「ナツナツを……?」

メイ「おい、夏美……なに企んでやがる……」

夏美「別にぃ? なにも企んでませんの~」

夏美「危険な外に行きたいと立候補する人はそういませんよ。さ、夏美を選んでくださいな」

可可「……はい。ナツナツ、いっしょに来てクダサイ」

夏美「喜んで、ですのー!」
 
238: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:18:08.57 ID:j9XB83Jt
ポニテ「……ではいつものように、食料調達のほう、頼みましたよ」

メイ「っ……」


可可「……ナツナツは、車の運転できマスか?」

夏美「夏美にお任せですのー! それくらい、お茶の子さいさいにこなしてみせますの!」

可可「では、お願いしマス!」

夏美「はいですの!」


ククたちはそのままの足で、外への唯一の出口がある、M17駅へ。

階段を昇ろうとすると、メイメイに止められマシタ。


メイ(クゥクゥ先輩。夏美に聞こえないよう、耳打ちで話す)

可可「!」

メイ(これは、私の杞憂で済めばいいんだが……)

メイ(実は、10年近く前……。自警団の管理していた銃が、なくなったことがあるんだ)

可可(銃……!)
 
239: (たこやき) 2022/12/11(日) 04:19:17.60 ID:j9XB83Jt
メイ(いまだに行方知れずで、特に事件も起きなかったことから、みんな忘れちまってるんだろうけど……)

メイ(……とにかく、夏美には注意しろ! あいつはなにするかわからない……!)

メイ(……夏美を、頼む)

可可(メイメイ……)


ふと、昔読んだ小説を思い出しマシタ。

「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはいけない」

外星人が持っていた銃は、躊躇も容赦もなく発射されマシタ。

……では、「消えた銃」は、どうなるのデショウか……?


夏美「なにしてるんですの、先輩。早く行きますの~♪」

可可「……はいデス!」



物語的にいえば、これは死を予感させるメタファーなのかもしれマセン。いえ、もっと直接的な表現デスね。

ククは、かつて出会った片腕さんのように、むざんにころされてしまうのかもしれマセン。

一歩、また一歩。死が大きな足音を立てて接近しマス。

……しかし不思議と、恐怖はありませんデシタ。
 
246: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:23:10.33 ID:4cIxEVRT



夏美「なっつ~!」キキー

可可「──!?」


ガンッ! ふわりと跳ねる車体。着地の衝撃で舌を噛みそうになりマス。

ナツナツの運転は、カーアクションを売りにした映画並みにひどいものデシタ。技術というより、エンターテイメント優先な運転態度に問題がありそうデス。

安全バーの代わりに目かくしをつけた、危険きわまりないジェットコースターデス。


可可「おぇ……」

可可「ナツナツぅ……。運転はだれに習いマシタか……?」

夏美「そんなの決まってますの。ドミ○ク・トレットですのー!」

可可「……納得デス」

夏美「さ、先輩。ここで降りてください」
 
247: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:24:20.98 ID:4cIxEVRT
言われたとおり車から降り、これからはじまる狩りにそなえ、軽くストレッチしておきマス。

…………。

車のそばで待機すること数分。おかしいデス、ナツナツがいマセン。

てっきりナツナツは狩りの準備でもしているのだと思っていマシタが、完全に気配がなくなってマス。

まさか、置いていかれた……?

しかし移動の足である車は、ククのとなりにでかでかと鎮座していマス。この状態で、いったいどこへ……。


環を回してナツナツを探そうかと思っていると、けたたましい鳴き声が、どこかから近づいてきマシタ。

ブォンブォーン!


可可(エンジン音が車とは違いマス……。これは……)

可可(…………バイク?)


爆音はククを目がけて直進してきマス。

ブォンブォンブォーン!


可可(ひかれる……!)


キィィィイイ!
 
248: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:25:09.11 ID:4cIxEVRT
夏美「お待たせしましたですの、クゥクゥ先輩!」

可可「ナツナツ……。なぜ、バイクに……?」

夏美「クゥクゥ先輩とツーリングしたかったからですの! ここに保管してあるのは聞いていましたから」

夏美「食料調達なんて、適当に済ませばいいんですの。それより、せっかくふたりきりなんだから、いっしょにデートしましょう!」

夏美「ほら、先輩! 早く後ろに乗ってくださいですの!」

可可「あぇ、あぇ」


ククの中で、メイメイの話していた言葉が浮かびあがりマシタ。

『……とにかく、夏美には注意しろ! あいつはなにするかわからない……!』

いぶかしく思いながらも、後部座席に乗るしかありませんデシタ。


夏美「しっかり夏美をつかんでくださいね。それでは、行きますのー!」ブォンブォーン

可可「……ナツナツ。バイクの運転は、なにを観て勉強したのデスか……?」

夏美「もちろん、『○KIRA』ですの!」
 
249: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:26:14.89 ID:4cIxEVRT
びょうぼうと広がる死の土地。ククとナツナツはでかいのバイクにまたがり、風をきってひた走りマス。

かすめる空気が、ナイフのように鋭く、肌を切り裂きマス。


夏美「にゃはぁ~~~! フルスロットルでブッ飛ばしますの~!!」

可可「ナツゥ~~~!?」


振り下ろされぬよう、ナツナツの手を回して必死にしがみつきマス!

ナツナツは楽しそうにはしゃぎ、エンジンを吹かせていマス。運転すると性格が変わるタイプなのかもしれないデスね。

しばらく走ると、エンジンは落ち着きを取り戻したようで、ふたりを乗せた車体は惰性で進み、やがて止まりマシタ。


夏美「クゥクゥ先輩、着きました!」

可可「……ここはどこデスか?」

夏美「東京湾に面した港です。ここから、東京射場が見えるんですの」

可可「あ、ククも来たことありマス! 隕石が落ちる前、すみれとふたりで」

夏美「…………そうでしたか」
 
250: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:27:56.79 ID:4cIxEVRT
カチャリ、撃鉄を起こす音。〇意が顔を覗かせる。

背後から死の宣告を突きつけられる。

その銃は、ナツナツのきれいな手には似合わないだろうと、勝手に妄想を膨らませてしまいマス。


夏美「…………クゥクゥ先輩、死んでください」

可可「……」
 
251: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:29:05.97 ID:4cIxEVRT
見えもしないのに、東京湾をながめ続けているクク。その至近距離にいるナツナツは、淡々と述べマス。


夏美「勘違いしないでください。私はクゥクゥ先輩が好きですし、ころしたいとは思いマセン」

夏美「でも……先輩には、ここで死んでもらわないといけません」

可可「……ウラハラというやつデスね」

夏美「だから、お願いです。この港で入水してもらえませんか……?」

夏美「でなければ、心臓を撃ちます。一発しか装填されてなかったけど、この距離なら絶対に当たりますから」


ククはくるっと振り返り、足の裏の感触を味わうようにゆっくりと、ナツナツに迫りマス。


夏美「う、撃ちますよ……!」


触れ合える距離まで近づいたら、両手でやさしく、ナツナツの手を包み込みマス。

それは、生きている人間の手デシタ。


可可「──〇していいデスよ」

夏美「なっ……つ……!?」
 
252: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:30:32.77 ID:4cIxEVRT
ナツナツの動揺は、指先まで伝わりマシタ。


可可「たまーに、死にたくなる時があるんデス。グソクムシのこととか過去の記憶とか、なにもかも投げ捨てて、楽になろうとしてしまうのデス」

可可「ひもやロープがあれば、ククはいまごろ、木の下でぶらぶらしてマシタ」

夏美「…………なにを言ってるんですか、先輩?」

可可「ククが死ぬとグソクムシが悲しむので、これまではなんとか生きてきマシタ」

可可「デスが、いまは地下という安全基地があり、モグラのミナサンがいマス」

可可「あそこでなら、グソクムシもかわいがってもらえるし、暮らしていけるはずデス」

可可「ククはもう、不要なのかもしれマセン」


夏美「……………………」

夏美「…………クゥクゥ……」
 
253: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:33:35.47 ID:4cIxEVRT
ナツナツの手から力がぬけ、銃が垂れ下がりマシタ。


可可「撃たないのデスか?」

夏美「…………撃てるわけ、ないよ……」


すでにひき金からは、指が外されていマシタ。銃はあてもなく、空中をさまよっていマス。


夏美「私、ずっと、変化が怖かった……」

夏美「寒くて暗い、地下の国……。自警団に支配され、資源も乏しい劣悪な環境だったけど……」

夏美「だけど、あそこには14年の生活があって、そこに安定が生まれていた……。波風立てず平穏に暮らせば、命は保証された」

夏美「だから、クゥクゥ先輩が現れ、地下がじょじょに変わりはじめて……恐怖したんです」

夏美「"私たち"の安寧が、破壊される……って」

可可「……そうデシタか」

夏美「大好きな先輩だとしても、目ざわりだったし、追い出したかった……」

夏美「でも、もうできないよ……。クゥクゥ先輩も、悩んだり葛藤したりする、普通の人間なんだって気づいちゃったから……」

夏美「先輩も……"私たち"の一部なんだから……」
 
254: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:35:09.55 ID:4cIxEVRT
ふるえるナツナツの手を握りマス。

つい先ほどまで自分をころそうとしていた人間を、励まそうとしているのデス。


夏美「……クゥクゥ先輩」

可可「はい?」

夏美「先輩が、死のうとしてたって話……だれかに言いました?」

可可「いえ、いまナツナツにしたのが初めてデスよ」

夏美「……じゃあ、絶対、きな子やメイには言わないでください」

夏美「あの子たちに、こんな悲しい想いはしてほしくないですから……」

可可「……はい」

可可「ナツナツ、ひとつだけ言っておきマス。ククは決して、自分から死のうとは思いマセンよ」

夏美「……信じられません。銃口を向けられてるのに、平然と近づいてくる人の言葉なんて」

可可「ナツナツは撃たないと、わかっていマシタから!」

夏美「……ほんと、ばかですの。夏美を信じちゃうなんて…………」
 
255: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:38:51.49 ID:4cIxEVRT
港を離れ、再びバイクで移動しマス。

デートはまだ続いているようで、今度はどこか、がれきの山にやってきマシタ。


夏美「先輩! ささ、こちらの席へ」

可可「ふかふかデス……! まさか、このいすは……」

夏美「はいですの! なんとなんと、映画館のシートですの~!」

可可「おっほー! すごいデス、座るだけで映画館の気分にひたれマスよ!」

夏美「まあ、壁や天井、スクリーンに映写機すらないんですけどね~」


寒風にさらされながら、貸切映画館でふたり語らいマス。


可可「ほ~。ナツナツの映画趣味はしぶいデスねぇ」

夏美「夏美は作品より、出演者で視聴を決めることが多いので、自然とそうなりますの」
 
256: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:40:41.13 ID:4cIxEVRT
可可「SF映画は観ないのデスか?」

夏美「んー……ベタですけど、タイムリープものは好きですの! 『○をかける少女』に感銘を受けたのがきっかけだと思いますの」

可可「実写のほうデスか? それともアニメ?」

夏美「両方ですのー」

可可「ククは『20○1年宇宙の旅』がSFの最推しデェス」

夏美「ずいぶんと古典作品が出てきましたの……。たしかに時代背景を考えれば、素晴らしい映像技術ですけど、やはり近代映画と比べると見劣りする部分が多く感じますのー」

可可「そうデスか……。ククたちが生まれたころにはすでに映画はCGが主流デシタから、そう感じるのも致し方なしデショウか」

可可「ただ、ククはCGに頼らない映画のほうが好きデス! CGを使わず創意工夫で表現している映像を観ると、監督や技術スタッフなどに賞賛を送りたくなりマス!」

夏美「あー、それは少しわかりますの! クゥクゥ先輩、ノー○ン監督とか好きそうですね?」

可可「『インタース○ラー』の監督さんデスね! はいデス! 『インセ○ション』の重ね合わさった図書館やぐるぐるホテルなんて興奮しすぎて鼻血ものデスよ!」

夏美「それ、渡○謙さんが出てたから観ましたのー! ああ、しぶくて深みのある演技、最高ですの……!」
 
257: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:43:15.08 ID:4cIxEVRT
肘かけの上で、ナツナツの手をにぎりマス。


可可「ナツナツ……。スクールアイドルになってくれて、ありがとうございマス」

夏美「な、なんですの? 藪から棒に……」

可可「……ククはよく、高校時代の夢を見るんデス。思い出補正込みの回顧なのかもしれマセンが、そんな夢寐にも忘れない思い出が、ククの救いなのデス」

可可「……その思い出の中に、ナツナツがいてくれてよかったデス」ナデナデ

夏美「あぅ……先輩……」


ナツナツは返答に窮しているようデス。なんだかソワソワしているような。


夏美「……せ、先輩、昔は夏美のこと、ナツゥと呼んでくれていましたよね。どうしていまはナツナツなんですの?」

可可「んー、妹だから……デショウか」

夏美「…………妹」

夏美「はあ……。そうですか……まあべつにいいですの……」


ナツナツはすねたようにボソボソつぶやきマス。クク、なにか変なこと言ってしまったデショウか?
 
258: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:47:56.96 ID:4cIxEVRT
可可「ククはずっと、Liella!妹化計画なるものを水面下で進行してきたのデェス」

夏美「なんですの、それ……」

可可「ククはLiella!の姐姐的存在なので、みんなを妹にしようと企んでマシタ。まあ、うやむやになって、最近まで凍結していたのデスが」

可可「ククの妹はみな、きなきな~、メイメイ~、レンレン~のような呼び方になるのデェス!」

夏美「すでに恋先輩も妹化してましたの!?」

可可「そういうわけで、ナツナツもククのこと、お姉ちゃんと呼んでクダサイ!」

夏美「いやですの……。クゥクゥ先輩は、クゥクゥ先輩ですよ」

可可「……デスが、ナツナツは裏ではククのこと、『クゥクゥ』と呼び捨てしてマスよね?」

夏美「なつぅ!? なぜそれを……」

可可「ククの環は、地獄耳なのデス!」

可可「まさか、すみれ(仮)の正体がナツナツとは思いませんデシタ。びっくりデス」

夏美「すみれかっこかり……?」

可可「いえ、こちらの話デス」

可可「ククは、ナツナツが毎日、Liella!のみんなの名前を呼んで泣いていることも、ぜんぶ知っていマァス!」

夏美「な、泣いてなんかいませんの!」

可可「ナツナツはかわいいデスねぇ~」ナデナデ

夏美「うぅ~……!」
 
259: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:50:20.86 ID:4cIxEVRT
可可「……今日はナツナツとたくさん話せて、とても楽しかったデス!」

夏美「夏美も……久々に、人といっぱい会話して、疲れましたの」

可可「では、そろそろ帰りマショウか……あ! 食料調達が……」

夏美「それなら大丈夫ですの。倉庫にはまだまだ備蓄がありますから、また今度でもいいはずですの」

可可「そうデスか……ほっ」


映画館を出て、駐輪場へと向かう道すがら。ナツナツはずっと、ククの手をにぎってくれていマス。


夏美「先輩。さっき夏美に、『スクールアイドルになってくれてありがとう』って言ってましたよね」

夏美「私からも言わせてください……。スクールアイドルの素晴らしさを教えてくれて、ありがとうございます……ですの!」

可可「ナツナツぅ……!」

夏美「Liella!でいた期間は短いですが……最高な日々でしたの」

夏美「唯一悔いが残るのは、映画が未完成のままということだけですの」

可可「はい……。ククのスバラシイ演技が歴史に埋もれてしまいマシタ……」

夏美「そんなものは、もとからありませんでしたの……」
 
260: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:52:55.77 ID:4cIxEVRT
砂けむりの雲のすき間から、太陽が覗いていマス。

それがスポットライトのように、ククたちが乗るバイクを照らしだしていマシタ。


夏美「……クゥクゥ先輩ー!!」ブォンブォーン

可可「なんデスかー!?」ブォンブォーン

夏美「今日、こうやって外に出て……ぼやけたお日様を拝んで……夏美には夢ができましたのー!!」ブォンブォーン

可可「それはよかったデスー!!」ブォンブォーン

夏美「マニーは天下の回りもの……!」ブォンブォーン

夏美「いつか、このお日様のもとで、資本主義社会を復活させる……それが、夢になりましたのー!!」ブォンブォーン

夏美「遠い未来になるかもしれませんが、夏美は絶対に、叶えてみせますの……!! そして、億万長者になってみせますのー!!」ブォンブォーン

夏美「クゥクゥ先輩!! その時はいっしょに、夏美の夢を叶えるのを、手伝ってくださいですのー!!」ブォンブォーン

可可「もちろんデス!!」ブォンブォーン

夏美「…………ありがとう!! お姉ちゃん!!」ブォンブォーン

可可「!!」


この日、ククは初めて、お姉ちゃんと呼んでもらえマシタ……!

だから今日は、お姉ちゃん記念日デス。
 
261: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:54:44.89 ID:4cIxEVRT



地下生活をはじめてから、あっという間の3ヶ月デシタ。

定期ライブは毎度盛況で、きなきなやメイメイ、ナツナツも参加してくれるようになり、ますます盛り上がりを見せていマス。

ファンの方の間でククが神格化し、貢ぎものが贈られるようになったのは困りマシタが……。

すみれ妹とは、適度な距離を保ちながら、交流を続けていマス。たまに、すみれのことを思い出して泣きそうになるので、伏し目がちになっていマス。変に思われてないといいのデスが。


可可「こちら、タン星クク統治区(仮)」

可可「……あらため、地球星東京地下鉄駅」

可可「今日はスバラシイ日デシタ!」

可可「明日はさらにいい日になるといいデスね、グソクムシ♪」

グソクムシ「グムシャー」


可可「『お歴々と100人の私』……今日で99話目デスね」

グソクムシ「ムシャー!」

可可「クライマックスに向け、ここからどのように展開するのか! 伏線を忘れず回収できるのか……!?」

可可「──第99話、読んでいきマショウ」
 
262: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:56:06.43 ID:4cIxEVRT
『お歴々と100人の私』 第99話

とある研究所
お歴々の寵愛を受け、この日ついに、"99人目"が誕生した。
"彼女"は生まれて間もなく、染みついた痕跡に気づいた。

「わたしの名前は、"くぅくぅ"……」

意気揚々と、研究所をあとにした"くぅくぅ"。
ジャングルをぬけ、巨大な川を飛び越え、平野を駆ける。
世界の頂点に立った時には、自分が世界そのものだという気分になった。
しかし、世界を10周してようやく、"くぅくぅ"は真実にたどり着いた。
"くぅくぅ"がいままで行ってきたことは、すべて、過去の"わたしたち"がすでに行ってきたものなのだ。
どこにも、オリジナリティーなんてない。全部全部、だれかのマネごと。
そして、これから行うことも、"100人目"への布石でしかない。

「わたしはわたしであって、"私"ではない。じゃあ、いまここにいる"わたし"はだれ……?」

"くぅくぅ"は怒り、戸惑い、狂った。これもまた"98人目"までと同じ行動だった。
しかし"くぅくぅ"は、いままでの"わたし"とは違う思考を持った。

「これまでの"わたしたち"もきっと、真実を知って絶望した。そして、答えを見つけられなかったんだ」
「かくいうわたしも、どうすればいいのかわからない……」
「だったら、99人分の想いを、最後に生まれてくる"私"へと……」

"くぅくぅ"は最後に、未来を見た。
歴代99人の"わたし"から受け継いだバトンを、"100人目"はどう受け取るのか。
世界の命運を左右する決断は、すべて、"私"に託された。
 
263: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:57:01.60 ID:4cIxEVRT
可可「次でようやく100話目……最終話を迎えマス」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「寂しいデスか? ふふっ、これが終わっても、また新しい物語がはじまりマスよ」ナデナデ

可可「明日……楽しみにしててクダサイね、グソクムシ♪」

グソクムシ「グムシャー!」


ククの上にくっついたグソクムシ。その硬い甲殻を撫でていると、ふと形容し難い不安感に襲われマス。


可可「……グソクムシ」

可可「……ずっとククのそばにいてクダサイね」

グソクムシ「ムシャー…?」


この時、ククが感じた不安は、実現してしまい……。

ククがグソクムシに、100話目を語ることはありませんデシタ。
 
264: (たこやき) 2022/12/12(月) 03:58:49.35 ID:4cIxEVRT
…………。

遠くから、不気味な歌が聞こえてきマス。

『サツリク者たちがやってくるー♪』
『みんなをころしにやってくるー♪』


可可(ん……夢デスか……?)


歌に拍を打つように、聞きなじみの足音が鳴りマス。

それはちょうど、三体分の足音。


可可「……………………」


──くるくるくる

回る環が、集めた音。

これは夢じゃない、現実。


可可「あっ…………あああっ……」

可可(外星人……!?)


この襲来によって、ククの平穏な地下生活は終わりを迎えマシタ。



第3章 地球的知己 終
 
269: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:25:46.38 ID:Wg2tLsDz
Interlude


私たちはいま、ガラス越しに顔を合わせてる。

このたった一枚の板が、声を、においを、温度を、すべてを遮断する。

四季はスマホを耳から離して、ガラスを息で曇らせた。それからすらりと伸びる指で、ハートマークを描きやがった。恥ずかしいからやめてくれ!

そして私たちは、板一枚を隔てて触れ合う。


「……四季」

「大丈夫。メイとはまた、生きて会えるから」

「……約束、だからな? 絶対忘れるなよ!?」

「うん、約束。絶対に忘れない、絶対に守るから」


少しだけ大きい四季の手に、自分の手を重ねる。しかし、そこに温度はない。

たった数ミリの厚さが、無限に感じられた。

旅立つ四季を、笑顔で見送ってやらなきゃいけないのに……。不安で声がかじかむ。

なにやってんだ、私……!
 
270: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:27:25.34 ID:Wg2tLsDz
「……メイ。いまから問題だすね」

「は?」


予想外の発言に、理解が遅れる。


「1から10までの数字を二組に分け、それぞれグループの数字をすべて掛け合わせる。その時、ふたつの積が等しくなるにはどうすればいい?」

「はあ……? なんだよ、急に……」

「これはメイへの宿題。答え合わせは、再会した時にしよう」

「!!」


四季らしい励ましに、顔が朱色に染まる。

指をどけてみると、四季はまっすぐ私を見つめている。いまさらになって気づいたが、四季は片時たりとも、その目線をそらさなかった。

透明なガラスを両側から曇らせ、指で描く。

私はそのまま、四季は逆さ文字で。ふたりの動きが鏡みたいにシンクロする。

浮かび上がった文字は透き通り、その箇所だけが、ふたりをつなぐ風穴となって、心と心を結んだ。
 
271: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:28:37.45 ID:Wg2tLsDz
それから1ヶ月後。宇宙へ行き、ようやく四季に追いつくことができると思った。だが、その希望はあえなく散った。

核が降り、隕石が降り、否応なしにはじまった地下生活。

こんな地獄で生きていく自信なんてなかった。実際、1年もしないうちに半分が死んだ。

でも私たちには"約束"がある。だから、絶対に生きなきゃならない。


私は毎日、遠く離れてしまった四季を想う。いまごろ宇宙のどの辺を、公転だか自転だかしてるんだろうか。

なぜかきな子も、同じあたりを見つめている。こいつも宇宙に行った四季や先輩たちを想ってるみたいだ。


「意地でも、生きるしかねえよな……!」

「!! ……はいっす!」


きな子とともに、地下でライブをするようになった。

ライブを通して、暗く落ち込んでる地下の住人たちにも、希望を持ってほしかったからだ。

でもそれは、私の自己満だった。私は自分のことしか見えてなかった。
 
272: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:30:34.95 ID:Wg2tLsDz
「よお、夏美! 今度さ、大型フェスをやろうと──」

「…………ああ、メイ……」

「!? おまえ、その顔……! だれにやられた!? そいつぶっ飛ばしてきてやる!!」

「や、やめてくださいですのー! これはただ転んだだけですのー! 夏美ってば、ドジしちゃいましたの~♪」

「はあ!? どう見てもそんなケガじゃねえだろ!!」

「……あはは、失敗しちゃった…………」

「夏美……」


夏美のはつらつとしたしゃべり口調は、から元気にしか聞こえなかった。

知らなかった。夏美がコミュニティーのため、自分の身を犠牲にしているなんて。

なにも知らなかった。いまのいままで気づきもしなかった。

そんな折、きな子とやってたライブ活動が、自警団による妨害を受けた。
 
273: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:31:57.58 ID:Wg2tLsDz
「衣装は……ぬい合わせたら、なんとかなりそうっす! ステージは、また一から作り直すことになりそうっすけど……」

「……やめるか、ライブ。ここらが潮時みたいだ」

「えっ……。な、なんでっすか!?」

「……私、自警団に入るよ。娯楽より、今日を生きる食べ物が必要だ」

「…………そっか。じゃあ、仕方ないね……」


それから何度も何度も、食料調達の遠征に出かけた。

地上に出るたび、寿命のメーターが急激に低下していく感じがする。

鏡を見るたび、いやでも老いが目につく。

日々、変化していく自分がいやだ。この地下空間みたいに、なにも変わらずにいたい。

四季と再会した時に、がっかりされたくない……。


──でも、進み続けなきゃ。
 
274: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:35:02.74 ID:Wg2tLsDz
あの日の約束が、私の進むべき道を示してくれる。だから、決して迷ったりなんかしない。

もう変わることは恐れない。下ばっかり見てたら、背が伸びたあいつを見落とすかもしれないからな。

四季はマイペースだしな……。私が見つけてやらないと!


なあ、四季。いつかおまえと触れ合えるって、信じてるから。

私はいつまでも、夢見てるよ。
 
275: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:36:40.36 ID:Wg2tLsDz
第4章 火星的仮説



ククは、外星人のことをなにも知りマセン。

その存在はずっと、たまに環を回している時に確認できるだけの、概念的なものデシタ。幽霊や枯れ尾花みたいなものデス。

独自の言語を持ち、宇宙から飛来した"なにか"。それが外星人デス。


どこから来た?

なにをしている?

なぜ地球へ?

どのような技術を持っている?


──外星人とは、何者?
 
276: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:38:02.17 ID:Wg2tLsDz
その生態も、容姿も、文化も、思考パターンも、なにもかもわからない。

ただひとつ、外星人について、以前の遭遇時に明らかになったことがありマス。

"彼らは嗜虐的に、人をころせる"……!



可可「…………」

グソクムシ「ムシャ…?」

可可「……いえ、なにもないデス」

可可「きっと気のせいデスよ! 夢と現実がうやむやになる、胡蝶の夢みたいなものデス!」


そうデス、気のせいデス。地下に外星人が現れるわけありマセン。

そう……きっと気のせい……。妖怪のせいデス…………。

──くるくるくる

勝手に環が回り、いやでも歌が聞こえてきマス。

『てっぴを開き♪ かいだんくだれば♪』
『ここは狩り場♪ たくさんくたばれ♪』


可可「っ……!」
 
277: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:40:03.22 ID:Wg2tLsDz
足音が甲高く、音が周囲に反響している……。発生源は、地下鉄駅の構内っぽい……。

間違いないデス……。

外星人は、地下におりてきている……!!


可可「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………」


ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク!!

エンジンを吹かしたように、血流が一気に促進されマス。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…………!

ころされる……! 今度こそ、ころされる…………!!


心が揺らぎ、環が止まりマス。

訪れたしじまが、さらに恐怖をかき立てマシタ。
 
278: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:41:45.58 ID:Wg2tLsDz
できるだけ身体を小さくしようと思い、筋肉をこわばらせて縮こませマス。

すると、グソクムシが苦しそうにしていマス。まだ寝ぼけまなこのグソクムシが、上に乗っかっているのを、うっかり忘れてマシタ。


可可「…………グソクムシ……」

グソクムシ「ムシャー」


そうデス……。ここにはグソクムシがいマス……。

いえ、それだけではありマセン。

きなきな、ナツナツ、メイメイ…………ククの妹たち……。

地下には、たくさんのモグラたちがいマス。それなのに……。

みんなみんな、ころされる……!


現時点で、地下を襲う未曾有の危機に気づいているのは、ククだけデス……。

ククが、守らないと…………!!
 
279: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:44:38.44 ID:Wg2tLsDz
可可「すぅー……」

可可「はぁー……」


いつだったか、千砂都から教わった呼吸法。焦った時ほど普段通りデス!

落ち着け、私、落ち着け、私……。

怖いけど……、足がすくんでガクガクだけど……。

できるだけ平静をよそおい、がむしゃらに環をくるくる回しマス……!

いまミナサンを助けられるのは、ククだけだから……!

──くるくるくる


可可(音のテンポが変わった……階段をくだっていマス)

可可(音の拡がり方……ホームまで来てマス。線路におりて……)

可可(…………となりの駅へ、移動をはじめマシタ……!)

可可(明確な目的を持った足取りで……進んでいマス……)
 
280: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:45:37.20 ID:Wg2tLsDz
可可「……グソクムシ、起きてクダサイ」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「起きて!!」

グソクムシ「!?」ビクッ

可可「……私になにができるのかはわかりマセン」

可可「デスが、なにもせず、モグラのミナサンが死ぬのを眺めてられマセン!」

可可「ククの大切な人を、守りたいのデス」

可可「グソクムシ……。ククについてきてくれマスか?」

グソクムシ「……グムシャー!!」

可可「……謝謝デス!」


寝室を飛び出し、声高に叫びマス!


可可「ミナサンー!! 起きてクダサイー!!」

可可「外星人が攻めてきマシタよーーー!!」
 
281: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:47:46.71 ID:Wg2tLsDz
…………。

ありぇ? 反応がありマセン。


可可「いますぐ逃げてクダサイー!!」

可可「外星人に、ころされてしまいマスよー!?」


…………。やはり返事はありマセン。『4分33秒』デショウか?

もしや、ひとりずつ声をかけ、ひとりずつ事情を説明し、ひとりずつ避難を誘導しなくてはならないのデスか……!?

そんなことしている間に、全員ころされてしまいマス……!


これは、正常性バイアスというやつデショウか。

地震などが起きた時に、「自分は大丈夫」と思い込み、避難しなかったことで亡くなってしまう人が一定数いるそうデス。

ミナサンも、地下の世界に安全神話を描き、正常性バイアスを働かせているのかもしれマセン。

なぜ起きないのデスか! グソクムシのほうが寝起きよかったデスよ!!

……なんだか、さっきからひとりで騒いでいる、ククのほうがおかしいのではないかと思えてきマシタ。
 
282: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:48:54.41 ID:Wg2tLsDz
可可「……そうだ、きなきなデス!」

可可「きなきなに手伝ってもらえたら、避難もスムーズにいくはずデス!」

可可「グソクムシ! きなきなはどこ!?」

グソクムシ「グム…?」

可可「もう! なぜ知らないのデスか! 肝心な時に役立たないグソクムシデスね!」

グソクムシ「ムシャ…」


『──突き当たりを、右にぃ~♪』


可可「!」

可可「グソクムシ……。いまの声、聞こえマシタか?」

グソクムシ「グム?」

可可「聞こえていないなら……環が聞いた音デスか……」


先ほどから、不気味な歌を歌う外星人。

いまはミュージカル風に、道案内をしているようデス。

……なぜ、地下鉄駅の地理を把握しているのデショウ? そもそも、なぜ日本語を話しているのデスか……?

それに、普段は謎の言語で会話していマスし、日本語で話しても伝わらないのでは──。
 
283: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:50:47.30 ID:Wg2tLsDz
可可「……………………」

可可「……………………」

可可「……グソクムシ」

可可「ここの突き当たりを、右に曲がってみマショウ」

グソクムシ「グム!」カサカサ


グソクムシのあとについていきマス。てくてくてく。

『そのまま、まっすぐぅ~♪』


可可「…………そのまま、まっすぐ」

グソクムシ「ムシャー!」カサカサ


てくてくてく。

『そこで、10時の方角に進路変更ぉ~♪』


可可「…………ストップ。ここで10時の方角に進んでクダサイ」

グソクムシ「グムシャー!」カサカサ
 
284: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:52:38.38 ID:Wg2tLsDz
外星人のナビを信じて、歩いていると……なんと、きなきなが眠っているテナントに着きマシタ。

なぜ……なにゆえ……。とにかくナビは、プロのスイカ割りスト並みに正確みたいデス。


きな子「んっ……。あれぇ……くーくーせんぱい……」

可可「きなきな! 大変なんデス!」


かいつまんで必要な状況だけ話すと、きなきなは飛び起き、身支度もせず出てきマシタ。


きな子「い、一大事じゃないっすかー!? どうしよう、どうしよう……!!」

可可「落ち着いて、きなきな!」

──くるくるくる

可可『──次はぁ~C-8駅♪ C-8駅ぃ♪──』

可可「ほら、外星人はまだ、ここから離れていマス!」

きな子「えっ、えっ……?」

きな子「……あ、いまのは外星人さんの声……なんすね?」
 
285: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:55:00.33 ID:Wg2tLsDz
可可「全員を助けることはできマセンが……」

可可「せめて、ククがお世話になってるコミュニティーの人たちだけでも、助けたいデス……!」

きな子「気持ちはわかるっす……。でも、身体が不自由な人も多くて、それすらもかなり難しいと思うんです……」

可可「そうデスか……」


〇意で行動する外星人に、逃げられないモグラ族……。

だったら、ククがいま、すべきことは……。


可可「……ククが、おとりになりマス」

きな子「な、なに言ってんすか……!? そんなのだめっすよ!」

可可「ククは、ミナサンを助けたいデス……。みんな、幸せに生きてほしいデス……!」

きな子「……それなら、きな子もついてくっす」

可可「きなきな……」

きな子「どのみち、先輩ひとりじゃ走ることもできないっすし、きな子が必要だと思うっす!」

可可「ありがとうございマス、きなきな!」

グソクムシ「……」
 
286: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:56:39.92 ID:Wg2tLsDz



外星人は一度、ククを取り逃した経験がありマス。

なので、ククの姿を見れば、よだれ垂らして追いかけてくるだろう──という想定のもと、作戦を立てマシタ。


まず、外星人にククの存在を視認させマス。

見つかったら、鬼ごっこ開始デス。

ククはとにかく、走って走って走りまくって、外星人のターゲットを集めマス!

その間に自警団の方々が避難誘導してくれたら文句ないのデスが、正直期待できないデショウ。なので、ククたちが外星人を地上まで連れていきマス。

そうしたら、意地の悪いポニテのことデス、きっと扉が開かないように接着剤で固めて、地下に籠城してくれるはずデス。

これで、外星人の魔の手からモグラのミナサンを守れマス!


……問題は、ククたちがうまくタゲを取りながら逃げられるか。

それと、仮に成功しても、今後一生きなきなが地上生活をしいられてしまう、ということ。


きな子「きな子は大丈夫っす! 小さいころから、寒いのには慣れてるっすから!」

可可「きなきな……。ククが毎日、暖めてあげマスから……!」
 
287: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:58:14.54 ID:Wg2tLsDz



現在。ククたちはC-4駅、三体の外星人はC-5駅を過ぎたところデス。

このまま外星人に見つけてもらい、G-2駅へと乗り換え、G-5駅でさらに乗り換え、一気にM-17駅まで行く。これが予定ルートとなってマス。


可可『──まもなくぅC-4駅♪ C-4駅ぃ♪──』

きな子「来たっす……!」


線路上に、仁王立ちでたたずむククときなきなとグソクムシ。

きなきなの手が自然と力みマシタ。ククも、汗が滝のように流れていマス……。


カン、カン、カン、カン、カン、カン。



外星人A「indtiofu」


パンッ! 出会い頭に発砲デス!


きな子「うひゃあ!? に、逃げるっすー!!」
 
288: (たこやき) 2022/12/13(火) 03:59:21.64 ID:Wg2tLsDz



乗り換えに使う通路は、できるだけ人がいない道を選んで逃げマシタ。

背後から迫る外星人は、下卑た笑みを浮かべ、じりじりと距離を詰めてきマス。

…………。

そういえば、外星人が地下に来てから、銃声は一度しか聞いていマセン。その一回というのも、ククたちに向けた威嚇デシタし……。

……まさか、彼らの狙いは最初から、ククひとり──。


メイ「クゥクゥ先輩! きな子!」

メイ「よかった……無事だ……!」

可可「メイメイ……!」
 
289: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:00:36.11 ID:Wg2tLsDz
メイ「さっきうわさで聞いたんだけどよ……。なんか、やばい装備の化け物が、地下に出没してるって……」

可可「いま、その化け物と、鬼ごっこ中デス!!」

メイ「そうなのか。鬼ごっこ中……って、はああああ!?」

きな子「メイちゃん、逃げて……」

メイ「……よくわかんないけど、私もいっしょに戦う! 手伝わせてくれ!!」

可可「……メイメイ」


もし、やつらの狙いがククだけなら……。

ククの個人的因縁に、きなきなやメイメイを巻き込んでしまい、非常に申し訳ない気持ちデス……。


きな子「あ! もうそこまで来てるっすー!?」

メイ「うわ、思春期の宇宙服みたいな集団……! あれが例のやつか……」

可可「目標は、地上デス! そこまで全力で逃げマス!」

メイ「ああ! 任せとけ!」
 
290: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:01:38.71 ID:Wg2tLsDz



G-2駅からG-5駅まで、全力で駆けぬけマシタ!

意外と外星人の足は遅いらしく、このままのペースなら無事に逃げ切れそうデス!

……ただ、外星人に関して、少し違和感はありマシタ。うまくいえないデスけど、なにか不自然な気がするんデス……。


メイ「ホームだ……! 先にきな子が昇って、クゥクゥ先輩をあげてくれ!」

きな子「はあ、はあ……、はいっす!」

メイ「それまでは時間稼ぎだ! おら、石だ! 痛いだろ!?」ブンッ

グソクムシ「ムシャシャシャシャ!!」カサカサ

メイ「グソクムシも手伝ってくれてる……! おら、もう一発ぅー!!」


パンッ!


メイ「ひぃぃ!? 撃たれた、撃たれた……!」

可可「メイメイ!? 大丈夫デスか!!」

きな子「違うっす! いまのはクゥクゥ先輩を狙ってたっす!」

可可「!! ククを……」
 
291: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:02:50.71 ID:Wg2tLsDz
きな子「……だめっす。先輩をホームにあげる時のすきを狙って、待ち構えてるっす……!」

メイ「くそっ! ちょっとはひるみやがれ! このっ……!!」ブンッ

可可「……予定変更。このまま線路を進みマス!」

メイ「……ああ、そのほうがよさそうだ」

可可「きなきなは、そのまま構内に逃げてクダサイ!」

きな子「えっ……」

きな子「……いやっす! クゥクゥ先輩を、置いてけるわけないじゃないっすか!」

可可「……」

きな子「よいしょ……。行きマショウ、先輩!」

メイ「先輩!」

可可「……はい」
 
292: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:03:52.66 ID:Wg2tLsDz



G-6駅までも、外星人とほどよい距離を保って逃げられマシタ。

あるいは、向こうがほどよい距離を保って、追いかけているのか……。


メイ「よし! 今度こそ乗り換えできる!」

きな子「クゥクゥ先輩!」

可可「……ありがとうございマス」ギュ

メイ「ぐ、そくむしぃ……重っ……!」

グソクムシ「グム!」

きな子「『重いとか言わないで』って言ってるっす」

メイ「いま通訳してるひまねえだろ!?」

可可「……さっきとは違って、全然撃ってきマセンね」

メイ「ま、それなら好都合。早く行こうぜ!」
 
293: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:05:05.58 ID:Wg2tLsDz



G-6駅からM-14駅への乗り換えの最中、またしても環が、歌を聞きマシタ。


可可『──ここを左にぃ~♪──』

可可「きなきな! ここを左デス!」

きな子「えっ!? でも、こっちはN-6駅の乗り換えっすよ?」

可可「……天啓があったんデス」

メイ「……わかった、そっちに行くぞ!」

きな子「ええっ……!?」


ククもびっくりデス。なぜ天の声は、こちらへの乗り換えをすすめたのデショウか……。

なにか、狙いがあるはず…………。
 
294: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:07:27.19 ID:Wg2tLsDz
可可『──ひとりでいいぃ~♪──』

可可「ひとり……?」

可可『──ひとりでいいから、おさえてくれたらぁ~♪──』

可可『──なんじは救われるぅ~♪──』

可可「……信じていいんデスね」

可可『──決断はあなたがすることぉ~♪──』

可可「…………」


可可「きなきな、メイメイ……」

可可「ククを、信じてくれマスか……?」

きな子「はいっす!」

メイ「もちろん!」

可可「……では、N-5駅方面に行きマショウ!」

メイ「おう! ……って、マジかよ!?」

きな子「乗り換えもできず、行き止まりっす……」

きな子「……でも、クゥクゥ先輩にはなにか考えがあるんすよね!」

可可「はいデス!」

可可「──ここで、外星人を倒しマス!」
 
295: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:09:13.13 ID:Wg2tLsDz



可可(この鬼ごっこ……。さんざんククが足を引っ張ってきマシタ)

可可(きなきなとメイメイの力を借りなくては、ククは走ることもままなりマセン……)

可可(デスが、そろそろ……。ふたりのお姉ちゃんとして、かっこいいとこ見せないとデスね……!)


外星人B「?gdhtdeieaonwras」

外星人C「……dnkooiontw」

外星人A「skhfrueotdtoloonlfitatarbh」


カン、カン、カン、カン、カン、カン。


可可「…………」


カン、カン、カン、カン、カン、カン。


外星人B「……?tashsthwii」

グソクムシ「ムシャー!!」

可可(──グソクムシの合図!!)
 
296: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:11:18.04 ID:Wg2tLsDz
物陰から飛び出し、まっすぐ突進!

命中さえすればどこでもいいので、手を横に広げ、エゾシカの構えで突っ込みマス!


可可「たぁーーー!!」

外星人B「!?」


もちろん、ククのへなへなタックルで倒せるとは考えてマセン。

ただ、少しよろけさせたら、それでいいデス。


外星人B「!huuau」フラッ


くずれたその先に待つのは──。

むき出しになった、配線デス!!



バチバチバチバチバチバチッ!!


外星人B「!!aaaaaaaaaaaaaa」
 
297: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:14:38.16 ID:Wg2tLsDz
ジュー……パタリ。


可可「うげっ!」


感電した外星人が、可可にのしかかりマス。グソクムシより重い……!


この駅にある発電所は、ライブの関係でよく来ていマシタ。なので、細かい設備まで覚えていたのデス。

……蓄電器の場所も。接続を変えれば、高圧電気(こわいでんき)を逆流できることも。


可可「ふぅ~……。なんとかひとり、倒せマシタ……!」

グソクムシ「グムシャー!」

可可「はいデス! 天の声の言う通りなら、これでどうにかなるはず──」


パンッ!


グソクムシ「ムシャー!?」

外星人A「smaismrmilmepoetaleumibunenugttauiras」

可可「──!!」

可可(ひとり倒したのに、ころされそうデス……!? 話が違いマス!!)

可可(うっ、外星人が上にいて、動けない……!)

可可(きなきなとメイメイは、蓄電器のほうにいマス……。ここからは遠い……)

可可(万事休す────)
 
298: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:16:16.60 ID:Wg2tLsDz
短い銃声。

飛び散る血。

倒れる…………人間?



外星人A「…………etuutbert」


パタリ。

だれかが撃たれた……? 外星人が倒れた……? なにが起きているのデスか……!?

とにかく、事態が急転していることだけはわかりマシタ。

……とりあえずククは、死んだふりしておきマショウ。


可可「」パタリ

外星人C「……死んだふりしなくてもいいよ」

可可「!!」

可可「もしかして、あなたは……天の声さんデスか!?」

外星人C「うん。もう、全部終わらせた」
 
299: (たこやき) 2022/12/13(火) 04:18:17.17 ID:Wg2tLsDz
カチッ。一瞬、どこかから聞こえた金属音。


可可(ん? いまの音は……)



メイ「うおおおおおおお!! クゥクゥ先輩から離れろーーー!!」


棒状のものを振る音、ぶつかる音、棒状のものが地面に落ちた音、手がしびれて悲鳴をあげるメイメイの音。


きな子「く、クゥクゥ先輩だけは……! お助けっす……!」

メイ「こ、これ以上近づくな!」

可可「待ってクダサイ! この人は……」


外星人C「…………久しぶり」

メイ「…………」

メイ「…………おまえ」

メイ「四季……なのか…………?」

外星人C「…………」
 
307: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:22:49.67 ID:idXfhcVt
きな子「え、四季ちゃん……!?」

可可「シキシキ……なのデスか……?」


声を聞いただけではわかりませんデシタ。まあ、宇宙服を着ているそうなので、当然といえば当然デスが。

シキシキ(?)は沈黙のまま。それでもメイメイは声をかけ続けマス。


メイ「……四季、だよな? そうなんだろ……?」

外星人C「…………」

メイ「なあ、四季。なんとか言えって──」


カチャ。撃鉄を起こす音。

再び、物語に拳銃が出てきマシタ。


夏美「……メイ。そいつから離れてください」
 
308: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:25:44.79 ID:idXfhcVt
きな子「夏美ちゃん……! どうして、ここに?」

夏美「朝からクゥクゥ先輩が叫んでいたので、気になってあとをつけてきましたの」

可可「そうだったのデスか……」

メイ「というか、その銃! やっぱおまえが盗んだのかよ……!」

夏美「そんなこと、いまはどうだっていいですの」

夏美「メイ。いますぐその不審者から離れてください。夏美が撃ちころしますの」

可可「ナツナツ! 聞いてクダサイ! この人はなんと、シキシキなのデスよ……!!」

きな子「そうっすよ! Liella!の1年生、14年ぶりの集結っす!」

夏美「……その危険生物が四季だという証拠は、どこにあるんですの?」

可可「メイメイがそう言ってマス!」

夏美「それは憶測といいますの。エビデンスもなにもない、当て推量ですの」

可可「……たしかに」

きな子「クゥクゥ先輩!? 負けないでっす!」


しかし実際、「外星人=シキシキ」を示すエビデンスは、いまのところ見当たりマセン。

メイメイが一方的に主張し、ナツナツが追求、当の外星人はだんまり決め込み……。話はきれいな平行線を描いてマス。
 
309: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:28:41.34 ID:idXfhcVt
夏美「メイ……。"それ"が四季でなければ、あなたがころされてしまいますの……!」

夏美「お願いだから……、そこをどいて……!」

メイ「……できねえ」

夏美「なんで…………」

可可「ナツナツ。もしこの人がシキシキでなくても、それすなわち、敵意があるとは限らないデスよ?」

可可「少なくともククたちは、この人のおかげで助かりマシタ。だからククは、味方だと思っていマス」

夏美「いまは羊のふりしているだけ。腹を見せた瞬間、食いころされてしまうかもしれませんの!」

可可「……たしかに」

きな子「先輩! 論破されないで!」


夏美「……ねえ、あなた。いますぐそのヘルメットを脱いでちょうだい」

夏美「そうしたら、夏美も少しは信用できるかもしれないですの」

外星人C「…………」


この沈思黙考は、やはりシキシキを彷彿とさせマス。……先入観によるバイアスがかかっているのは否めないデスが。
 
310: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:31:02.01 ID:idXfhcVt
夏美「どうして脱がないんですの? お顔を見せてくれないんですの?」

夏美「やはり、なにか企んでいますの……? ここにいる全員を、ミナゴロシにする方法を──」

メイ「夏美! いいかげんにしろ!」

夏美「じゃあメイは! その得体の知れない人間を信じるの!? それでみんなころされたら、だれも救われないよ……!!」

夏美「私がみんなを守る……私が、守るから…………」

メイ「夏美……」

きな子「夏美ちゃん……」


ナツナツは、純粋にククたちを助けようとしてくれていマス。

だからこそ、このコウチャクがもどかしいのデス。


外星人C「ごめん。私のせいで、混乱させてるみたい」

外星人C「だけど…………この顔を見たら、みんな、びっくりしちゃう」

メイ「……大丈夫、見せてくれよ。全部、受け止めるからさ」

外星人C「…………わかった。脱ぐね」


カチャ、ギュッギュッ、スポッ……。
 
311: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:33:02.42 ID:idXfhcVt
…………息のつまる音。出かかった声は、唾とともに飲み込まれマス。

駅構内はいっそう、静けさに包まれマス。


メイ「…………!!」

きな子「うっ……!?」

夏美「……………………」

夏美「ば、化け物っ……!!」

外星人C「…………」

可可(あぇ……あぇ……?)


目の見えぬが幸か不幸か。状況がまったくつかめマセン。

話は、ククを置いて加速しはじめマス。


夏美「メイ……。わかったでしょ? "それ"は四季じゃない……」

メイ「…………」

夏美「ここで、ころしておくべきですの……。それが、地下のためですの……」

メイ「だめ……だ……。撃つな…………」

夏美「どうして! メイにはその化け物が、四季に見えるの?!」

メイ「っ……」
 
312: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:35:45.94 ID:idXfhcVt
メイ「……おい、四季! なんでずっと黙ってんだよ!!」

メイ「おまえが四季だって、みんなに認めさせれば……それですべて解決するのによぉ!!」

夏美「どうせ、できるわけないですの!」

夏美「その化け物は、自分が四季でないとバレたら、ころされる可能性が高い……。だったら、ボロを出さないように黙っておくのが賢い方法ですの」

きな子「うぅ……もうわかんないっす……」


混迷を極める後輩たち。このままでは、死人が出てしまいマス……!

この場を変える切り札をあれこれ考えていると、まさかの人物が口を開きマシタ。


外星人C「私は、自分のことを……」

外星人C「みんなの記憶の中にある"四季"と、同一人物だと……言い切る自信がない」

外星人C「だから、メイに証明してほしい」

メイ「はあ!?」

外星人C「私が"四季"であることを、証明して」

メイ「わ、私がかよ……」
 
313: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:37:04.75 ID:idXfhcVt
メイ「四季の証明……四季の証明…………」

メイ「……あ、四季がつけてるピアス! これは四季である証拠品だろ!?」

きな子「あとLiella!のミサンガがあれば、もう間違いなく確定っす!」

外星人C「……うん、つけてる」

メイ「ほんとだ! どんどん正解に近づいてるぞ……!」

メイ「それから、口調とか、しゃべる時の間の取り方とか…………」

メイ「…………」


メイ「いや、違うな」

メイ「言葉なんていらないんだ……」

メイ「……なあ、四季」

メイ「おまえなら、私の考えてること……わかるよな」

外星人C「……うん」
 
314: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:41:41.57 ID:idXfhcVt
夏美「メイ! それ以上四季に近づいたら……撃ちますの!!」

グソクムシ「ムシャー!!」ピョン

夏美「なつぅ!?」パタリ

夏美「おもなっつぅ~!! な、なにするんですの……!」

可可「グソクムシ! いたんデスね、よくやりマシタ!!」

グソクムシ「…ムシャ」


きな子「はわわぁ~……!! ふたりの手と手が、重なって……指をからめて…………」

きな子「っ~~~!? せ、先輩は見ちゃだめっすーーー!!」バッ

可可「なにごとデスかぁ……?」


きなきな大興奮の光景が、目の前で繰り広げられているみたいデス。いったいふたりでなにをしているのやら。


メイ「うわっ! くちびる、ぬるぬるじゃねえか……。おまえの身体どうなってんだよ?」

四季「ちょっといろいろあって。メイは……老けた?」

メイ「うるせ! いい歳の取り方したって言ってくれ」
 
315: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:43:38.17 ID:idXfhcVt
四季「オッカムの剃刀……。だけど、メイがこんなに大胆になってるなんて……」ポッ

メイ「もういいだろ! さ、さっきしたことは、恥ずかしいから忘れろ!!」

四季「……ごめん、むり」

メイ「~~~!!」

メイ「…………やっぱり、目線そらさないな」

四季「?」

メイ「なんでもねえよ、ばーか」

四季「理不尽……」


いちゃいちゃオーラを放っているカップルをよそに、くずれ落ちるナツナツ。

なんと声をかけようかあぐねていると、先にきなきなが動きマシタ。


夏美「どうして、どうして…………」

きな子「……夏美ちゃんの想いは、間違ってないと思うっす。みんなを守りたいっていう想い……」

きな子「夏美ちゃんは、地下に来てからずっと……きな子たちのことを守ってくれてたんすよね。ありがとうっす!」

夏美「きな子……。あぅ、私……」
 
316: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:45:43.60 ID:idXfhcVt
きな子「……でもね、夏美ちゃん。すべてを疑って、暗鬼になってたら、心が壊れちゃうっすよ」

夏美「……でも、でも…………」

きな子「うん……。だから今度は、きな子たちが夏美ちゃんを守る番!」

きな子「もうひとりで、つらいこと全部、背負い込まないでほしいっす……。きな子たちを頼ってほしいっす……」

きな子「四季ちゃんは、私たちに危害を加えたりしないから……。大丈夫っすよ」

夏美「きな子…………」

きな子「…………ごめんっす……。いままで夏美ちゃんの心に、向き合えなくて……」

きな子「こんなあたりまえのことを言うのに、10年以上かかって……ごめんなさい……!」

夏美「……謝らないでよ……。気持ちが、楽になっちゃうから…………」


可可「……どうやらククたちはおじゃま虫みたいデスね。先に戻りマショウか」

グソクムシ「ムシャ!」


そう言って立ち去ろうとした時、ククたちのもとへ、新たな足音が近づいてきていマシタ。
 
317: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:47:14.67 ID:idXfhcVt
ポニテ「な、なんですか、これは……!」

可可「あ、ポニテの耳ざわりな声デス!」

ポニテ「……あなた! どうして、この女が生きているんですか!?」

四季「……」


ポニテはシキシキを知っているようデス。しかし、なぜ……?


メイ「お、おい、どういうことだよ……?」

四季「私たちは、この人の案内で、地下にやって来た」

可可「なんデスと!?」

ポニテ「話と違います! 唐さんをころしたいと言うから、地下へと招き入れたのに……!」

ポニテ「早くしとめてください!!」

メイ「こいつが黒幕か……!」

夏美「地下の住人を守るはずの自警団が、銃を持った危険人物を呼び込んだんですの!?」

きな子「ゆ、許せないっす……!」
 
318: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:48:04.14 ID:idXfhcVt
ポニテ「……わかりました。では、モグラたちに協力をあおぎ、化け物退治をさせましょう」

メイ「おいこらてめえ! ただで帰すと思ってんのか!?」

夏美「自警団幹部がこんなことして、黙ってるわけないですの!」

ポニテ「……私がなにかした証拠でもあるんですか?」

四季「夏美ちゃんみたいなこと言ってる」

可可「証拠ならありマス! ここにいる全員が、証言者デス! 綱紀粛正デェス!」

ポニテ「……あなた方の言葉を、だれが信用するんですか? 印象操作なんて簡単ですよ」

ポニテ「"あなたたち"を主語にして、私がしたことをモグラどもに吹聴します」

ポニテ「そうすれば、今日からモグラどもは、あなたたちの敵になるんですよ」

きな子「な、なんすかそれ……! でたらめじゃないっすか……!」

四季「……すべての住人が信じるとは思えない。なぜなら、クゥクゥ先輩は地下で絶大な人気をほこっているから」

可可「えへえへ」

ポニテ「そうですか……。では、決定的な"証拠"を作ればいいわけですね」
 
319: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:49:53.92 ID:idXfhcVt
ボギッ! なにかが折れる、嫌な音デス。


きな子「きゃあ!?」

メイ「はあ!? な、なにやってんだよ、ばか!!」

可可「……?」

ポニテ「……証拠、できましたー!」

ポニテ「腕、折れましたー! いえ、この人たちに折られましたー!!」

ポニテ「この人たちが呼び寄せた化け物が、私を襲ったんです!!」

ポニテ「私は被害者です! この人たちは加害者です!!」

ポニテ「ひぃ……ひぃ……これで、私の言葉は強い説得力を持ちましたよ……!!」

きな子「な、なんすか! この人……」

夏美「ここで撃っておくべきですの……。グソクムシ、銃を返しますの!」

グソクムシ「ムシャー!!」

メイ「そんなにいまの地位が大事かよ……!」

可可「…………」


言葉が通じないというのは、やはり恐ろしいものデス……。
 
320: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:51:25.22 ID:idXfhcVt



その後。ククとシキシキ……あとグソクムシは、地下を出ることにしマシタ。

今回の襲撃の件や、ポニテの策略によって、地下から追放されるのは目に見えていたからデス。

きなきなたちも、いっしょに地上へ行くと意気込んでいマシタが、すぐに考え直してくれマシタ。


きな子「……きな子たちがいなくなったら、コミュニティーのみんなが困っちゃうっす……」

可可「いえ、仕方ないデス。ククと違って、人生の半数近くをここで過ごしてマスからね」

可可「どのみち、地上で暮らすのは、ククでないと難しいと思いマス」

メイ「たくましいなあ……!」

可可「しかし……。みんなを置いて、ククだけ逃げるみたいで、なんだかもやもやデス……」

四季「それは違う。結局、ポニテさんの目的は、クゥクゥ先輩を消すことだから」

四季「先輩が地下に残るのは、一番の悪手。だからこれでいい」

可可「はい……」
 
321: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:56:08.80 ID:idXfhcVt
可可「どうか、ククの悪口で盛り上がってクダサイ! 敵の敵は味方デスから、ミナサン仲良しデス!」

メイ「いや、死んでも言わねえ! どんなに迫害されたって、クゥクゥ先輩の悪口はだれにも言わせねえから! 安心してくれ!」

夏美「あぅ……。できれば平穏に暮らしたいですの……」

きな子「大丈夫っす! 夏美ちゃんが嫌がらせされてたら、きな子たちが守るっす!」

メイ「おう! 背中は任せたぞ!」

夏美「きな子……メイ……!」


可可「三人は仲良しさんデスねぇ~」

四季「……ちょっとジェラシー」

可可「おほ、シキシキは嫉妬ファイヤーデスね? かわいいデスぅ~」ナデナデ

四季「あ、先輩……。私をさわったら……」

可可「気にしマセンよ? 外見がどうであれ、シキシキはシキシキデェス! ククのかわいい妹!」

四季「Thanks. そう言ってもらえるだけでもうれし……妹?」
 
322: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:57:29.55 ID:idXfhcVt
M-17駅。地上への階段を昇っていきマス。

すでにポニテのデマは流布されているようで、背後ではモグラたちのブーイングの嵐が巻き起こっていマス。


「悪魔め!」「信じてたのに!」「消え失せろ!」


きな子「前までは、天使天使ってほめたたえてたっすのに……。クゥクゥ先輩、気にしないでくださいっす!」

可可「はいデス。ネットの誹謗中傷よりはダメージ少ないデスから、心配いらないデス!」

夏美「スクールアイドルは効率的にメンタル鍛えられますの……」


四季「……メイ。"宿題"の答え、わかった?」

メイ「いや、全然! ……これでも一応、ちゃんと考えたからな?」

メイ「数字の中に7があるからさ、どうしてもイコールにならなくて、そこで頭ストップするんだよ」

四季「じゃあ、答え合わせ。7が孤独になるのは正解。問題は、どうすれば7を救えるか」

メイ「んー……。どうすればいいんだ?」

四季「……"7"は、メイのこと」

メイ「は?」

四季「だから、孤独なメイを救うには、だれかがそばにいてあげなきゃいけない……」

メイ「……おい、待て。さてはいまから、恥ずかしいこと言うつもりだろ!?」

四季「結婚しよう、メイ」

メイ「うわあああああ!! ばか、場所選べよ! もっとロマンチックな感じにしてくれよ!!」
 
323: (たこやき) 2022/12/14(水) 03:58:34.30 ID:idXfhcVt
ガコン。ピュゥゥゥ…………。

鉄扉を開けると、あいも変わらず死の世界が広がっていマス。

遠征で外出することは何度もありマシタが、今回はもう、ここに帰ってくることはありマセン……。

そう考えると、地下の国にも感慨深いものがありマスね……。シミジミワタルシミ……。


可可「きなきな! メイメイ! ナツナツ!」

可可「いっぱいお世話になりマシター! 三人に会えて、ククは幸せデスー!! 拜拜デスー!!」

きな子「ううう……せんばいぃ~……!!」

メイ「泣くなよ! こういう時こそ、笑って見送ってやろうぜ!」

夏美「はいですの! クゥクゥお姉ちゃん、またいつか、どこかでお会いしますの~!!」

メイ「四季も……またな!」

四季「……私は、定期的にここへ来ると思うから。式の日程も決めないといけないし」

メイ「おまえなぁ……」

夏美「ふぅふぅ~! おふたり、あつあつですの~♪」

きな子「末永くお幸せにっす……!」

メイ「ほら、茶化されるじゃねえかよー!」


可可「みんな、笑顔になってくれて……本当によかったデス!」

グソクムシ「ムシャー!」
 
324: (たこやき) 2022/12/14(水) 04:02:09.26 ID:idXfhcVt



可可「では、シキシキ! ククとグソクムシは、また旅に出マス。拜拜デス~!!」

四季「……お達者で」


可可「それではグソクムシ! 旅の続きを──」

可可「…………」

グソクムシ「……ムシャ?」


可可「……ククたち、どこに行けばいいのデショウ?」

可可「Liella!のみんなに会うためには、この星をぐるぐる回ってても仕方ないデス……。だってここ、地球デスから……!」

可可(かのんや千砂都、レンレン……)

可可(それに、すみれに会うためには…………)


四季「……クゥクゥ先輩は、宇宙に行きたい?」

可可「あ、シキシキ……。んー、ククの旅の目標を達成するには、宇宙へ行くのにマストとなりマスが……」


しかし、ククは一度宇宙に行って、強制送還させられていマス……。

果たして、いまさらどうすれば、惑星国家へと旅立てるのデショウか……。
 
325: (たこやき) 2022/12/14(水) 04:03:23.60 ID:idXfhcVt
四季「惑星国家」

四季「またの名を、『フロンティア』」

可可「フロンティア……」

四季「──私は、そのフロンティアから来た」

可可「あ、そうデス……。外星人は、地球外から来ていマシタ!」

四季「もし、クゥクゥ先輩が宇宙に行きたいなら……私が協力する」

可可「!?」


なんと! これは願ったり叶ったりな展開デス!


可可「あの、シキシキ! ひとつだけ教えてクダサイ!」

可可「その、フロンティアとやらには……かのんたちが、いマスよね……?」

四季「…………」

四季「うん……」

可可「っーーー!!」
 
326: (たこやき) 2022/12/14(水) 04:05:18.94 ID:idXfhcVt
ついに、会えマス……! Liella!の、はじまりのメンバーに……!

かのん! 千砂都! レンレン!

すみれぇ……!


ククたちの旅は、氷の地上をわたり、地下にもぐり、そして──。

目指すは、雲の上の世界……。

惑星国家〈フロンティア〉へ!



第4章 火星的仮説 終
 
327: (たこやき) 2022/12/14(水) 04:07:37.88 ID:idXfhcVt
Interlude


「998、999、……1000」


惑星探査任務の訓練をはじめてから、3年。

"いまの身体"になってからは、1年と4ヶ月。

長期にわたる惑星探査にあたり、私たちは日々、過酷な訓練を重ね、艱難辛苦を乗り越えてきた。

そして、その時が訪れた。

ついに明日、私は"チキュウ"と呼ばれる惑星へと飛び立つ。


この星では最後となるかもしれないトレーニングメニューを終える。ベンチに座り、ぼんやりとタイルのしみを目でなぞっていく。

同じ任務に配属された仲間がとなりに座る。私は仲間にたずねてみた。
 
328: (たこやき) 2022/12/14(水) 04:09:03.24 ID:idXfhcVt
「あなたは、なぜこの任務に志願したの?」

「さあ……? わからないな、覚えてないさ」


仲間は、まったくどうでもよさそうに答える。関心すら失っているようだ。


「そういうあんたは?」

「…………わからない」


気づけばここにいた。気づけば訓練の日々だった。でも、きっとこれは、自分の意思で選んだ道だと思う。

私はなぜここにいる? なにか目的があったのだろうか……?

時々、頭のすみにちらつく、赤い髪の少女。

私には、とても大切な人がいたような気がする……。
 
329: (たこやき) 2022/12/14(水) 04:10:11.63 ID:idXfhcVt
寮部屋に戻る。さっきシャワーを浴びたばかりのに、もう全身がぬるぬるしている。

ござに座り、小さな机の上に並んだ思い出の数々を眺めた。

人さし指と中指を足に見立て、思い出の品々を、山あり谷あり飛び越えていく。軽やかな足取りではじくたび、ひもづいたエピソードがシャボン玉となって現れ、私の視界を満たした。

しかし、最後に着地したその箱からは、シャボン玉は生まれなかった。私の記憶にない存在。

箱を開けてみると、中には丁重に仕舞われた、ふたつの赤い玉。星に照らされ淡く光る。

その玉を片方、持ち上げようとすると手が滑り、床に転がる。拾おうとして手を伸ばす。

チクッ。

ありのままを述べれば、赤い玉にはトゲがあり、それが指を刺した。反射的に手を引っ込めたが、痛みはさほどなかった。

ただ、私の意識はひどく混濁していた。

気だるげな声が聞こえてくる。


『あー、未来の私へ……』

『このメッセージを聞いているということは、私の目論見はうまくいったみたい』

『さあ、思い出して…………』


『──あなたの名前は、若菜四季』
 
330: (たこやき) 2022/12/14(水) 04:13:19.41 ID:idXfhcVt
刹那に、膨大な量のデータがインプットされる。


『私は若菜四季。生まれは太陽系第三惑星地球。誕生日はグレゴリオ暦で2006年6月17日。おそらく平凡で幸せな家庭で育つ。ともに科学者である両親の影響を受け、幼少から科学の道に興味を持つ。クワガタは裏切らない。……(略)』

『高校ではメイとともに、スクールアイドルをはじめる。そのグループ名は"Liella!"。地球最後の青春は、一生忘れられない宝物。……(略)』


映像がフラッシュバックする。光景はふわふわ浮かぶシャボン玉となって、私の心を満たした。

過去の自分は、もしもの時のために"記憶のバックアップ"を取っておいたのだ。よしよしとほめてあげよう。

策略通り、すべての記憶は戻ったが、まだ録音データには続きがあった。


『……最後に、ひとつだけ』

『このメッセージを残している現時点……つまり、過去の私は、メイのことが好き』

『いまのあなたは……?』


答えはもう知っていた。


「Me too」
 
331: (たこやき) 2022/12/14(水) 04:15:54.92 ID:idXfhcVt
「地球に行き、メイとの約束を果たす」──それが、私が任務に志願した動機。

調べたけど、メイはフロンティアには来ていなかった。なぜかロケット打ち上げが失敗し、まだ地球に残っているようだ。

隕石落下後の地球がどうなっているのかは不明。しかし、メイが生きている可能性はじゅうぶんある。希望はまだある。


宇宙船の窓。星々きらめくブラックスクリーンに、醜悪さが覗く。

鏡が怖かった。自分の変わり果てた姿を、メイに見られたくなかった。

メイと再会したとしても、気がついてもらえないかもしれない……。

ああ……。一度ネガティブになると、不安は方々にうずたかく積み上がっていく。

巨大な糸に飲まれて消えた千砂都先輩。鳴り響く神の声。変異体。フロンティア。

──それでも、前に進もう。約束を胸に抱いて。


一度、忘れてしまったけど、いまは全部思い出したから。

もう二度と忘れないように、ちゃんと、宝物箱に入れておこう。
 
334: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:01:09.23 ID:9lpBqYrP
第5章 木星的黙示



目を開くと、そこに広がるのは無数の星々。

砂つぶのような小さな光の群れが、漆黒の合間にきらめきマス。

その景色は、懐かしい故郷を思わせマシタ。ひとつ持って帰っても怒られないだろうと、目いっぱい手を伸ばしマスが、なにもつかむことはありませんデシタ。


私はいま、無重力をただよっていマス。

地に足つかず、ティアラのようにふわふわと直線運動を続ける浮遊物。

じたばたしても物理法則を逸脱できるわけもなく、五体は真空にさらされ、黒く膨張してきマシタ。

音速の数千倍の速度でしている自覚もなく、なすがままに流され続けマス。

あてのない漂流。そのうち、考えるのをやめてしまいそうデス。


突如、私の軌道が放物線を描きはじめマシタ。遠い彼方で、とてつもないエネルギーが、手をこまねき待っていマス。

抵抗する余地もないまま、運動はみるみる加速度を増し、黒い穴へと飲み込まれていくのデシタ。

………………………………。
 
335: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:03:47.13 ID:9lpBqYrP



可可「おぇ……。また死にマシタ……」

四季「おかえりなさい」

可可「ただいまデス……」


ゴーグルを外し、その場でうんと伸びマス。

全身にはまだ宇宙を漂う浮遊感が残っており、重力が異質に感じて気持ち悪いデス。

ククが"宇宙シミュレーション"で死んだ数は、ゆうに三桁を超えているデショウ。


ククは日夜、宇宙飛行訓練に励んでいるのデス。

シキシキが乗ってきたハイテク宇宙船の設備をフル活用し、来たる宇宙生活に備えマス。

筋力トレーニングは欠かせマセン。フロンティアの公用語"新言語"も、シキシキの手を借り、点字を使って頭に叩き込みマス。

──いまから半年後。ククは再び、宇宙へ行きマス。
 
336: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:06:37.39 ID:9lpBqYrP



時は少し遡り、2週間前。

シキシキから宇宙行きの勧誘を受けたあと、ククとグソクムシは、外星人の乗り物におじゃましマシタ。

異様にでかいのイスに腰かけ、シキシキと対面し、身の上話に興じマス。


そこでククは、これまでの半生を語りマシタ。宇宙に行って、地球に帰って、グソクムシと出会って、旅をはじめて…………。

地下に来てからの動向は、超小型ドローンで観察されていたらしく、ククよりもシキシキのほうが詳しいほどデシタ。

ククが環を耳にしていることも把握済みで、それを利用して、鬼ごっこ中のククに方向の指示を送っていたそう。

こうしてひとつ、疑問が解消されたわけデスが、一方で新たな疑惑が浮上してきマシタ。


可可「か、観察というのは、どこまで見ていたのデスか……?」

四季「プライベートなところはあまり映してないから、ご安心を」

四季「すみれ先輩の名前を叫び、悶絶しているところしか見てないので」

可可「一番やなとこ見られてマス! シキシキぃ……後生デス、忘れてクダサイ~!」
 
337: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:08:32.19 ID:9lpBqYrP
シキシキは、惑星国家に着いてから、地球に戻って来るまでのことを話してくれマシタ。


可可「地球探査……惑星再生……」

可可「向こうのお偉方たちは、地球を復興しようと試みているのデスか?」

四季「まあ、それに近しい考えを持っているみたい」

可可「だとしたら朗報デス! また地上で暮らせるようになるかもしれないんデスね!?」

四季「うん。そのために、こつこつと"種まき"を続けてるところ」

可可「種まき……」

可可「それはもしや、"雨"のことデスか?」

四季「雨……。そうか、地上からだと雨みたいなものだね、うん」

可可「ククはついこの前まで、この星が地球だと知らなかったんデス。だからここは、緑、青、赤の雨がローテーションに降る、へんてこな星だと思っていマシタ!」

四季「……先輩、色の識別ができるの?」

可可「いえ。なんとなくのイメージを色で表現しているだけデス」

四季「なるほど……。クオリアが色をつけたわけだ」

可可「デスデス」
 
338: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:11:35.55 ID:9lpBqYrP
ククが敵だと認識していた外星人たちは、実は地球にやさしい集団なのデシタ。ヤンキーが捨て猫をかわいがるようなものデスね。違いマス?

しかしだとしたら、なぜやつらはククに〇意を向けてきたのデショウか……? ククも地球の一部デスが? ククinアース!


四季「先輩を消そうとした理由、それは……」

四季「クゥクゥ先輩が、『変異体』だから」

可可「変異体」


聞きなじみのない単語を反芻しマス。へんいたい、へんいたい。

突然変異的な、なにかだと推測……。はて、ククはいたって普通の人間デスが……。


四季「なぜ変異体が命を狙われるのか。それを説明するにはまず、惑星国家について知る必要がある」

四季「私も、多くを知っているわけではないから。知っている範囲で話そうと思う」


シキシキは、自身の目で見てきた、フロンティアについて語りはじめマシタ。
 
339: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:14:34.18 ID:9lpBqYrP
四季「地球を脱出した人類の新天地(フロンティア)、人工惑星」

四季「その人工惑星に築かれたのが、惑星国家と呼ばれる"若い地球"だった」

四季「フロンティアは、進化論を否定し、創造論を体現した世界であり、フロンティアの住人には『"偉大なる知性"が生み出した世界』だと信じられている」

可可「なんだかID論みたいな話デスね?」

四季「そう、人類史を捻じ曲げる偏向教育……。それはまさしく、"歴史ロンダリング"と呼ぶべき」

可可「歴史ロンダリング」

四季「人工惑星、隕石、モノリス……」

四季「それらはすべて、"人類洗浄"のために仕組まれた、半世紀以上にわたる陰謀だった」

可可「人類洗浄」

四季「人々が救いを求め、希望を抱いた『方舟計画』」

四季「その実態は、優秀な者だけを選別し、その他の人類を滅亡させるというもの」

四季「宇宙行きのチケットを手にした各界の著名人──為政者、資産家、医者、宇宙飛行士、エンジニア、科学者、アスリート、クリエイター、スクールアイドル」

四季「……これらに属さず、人類の発展に寄与しないと判断された70億超の人間は、ばっさりと切り捨てられた」

四季「すべては、"新人類"のために」
 
340: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:18:38.67 ID:9lpBqYrP
そこまで話すと、シキシキは一息つきマシタ。

…………。

宇宙行きのチケットを手にした、そうそうたる職種の方々……。

なんだか、最後だけ浮いてマセンか? スクールアイドルは未来に受け継ぐべき宝ではありマスが……やはり浮いてマセンか!?

……きっと、方舟計画を敢行しただれかさんは、スクールアイドルヲタだったに違いありマセンね!


可可「しかし、シキシキ」

可可「技術跳躍(テクノロジー・ワープ)の恩恵で、仮に人類洗浄ができたとしてデスよ」

可可「地球からの異邦人たちは、国も言葉も宗教も、ダイバーシティにバラバラなはずデス。どのようにして歴史を刷り込ませたのデスか?」

四季「そう難しいことじゃない。データを消して、入れ替えればいいだけ」

可可「まさか、『メン・イン・ブ○ック』な非人道的行為が行われているのデスか!?」

四季「そのまさか。地球にいたころの記憶を消したら、『歌姫』の歌で洗脳され、新人類として作り直される」

四季「それが、フロンティアの真実」
 
341: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:22:20.86 ID:9lpBqYrP
可可「そんな……! では、かのんや千砂都たちも、記憶を……?」

四季「…………その可能性はある」

可可「……でも、ありぇ? シキシキは、ククたちのこと覚えてマスよね。なにか裏技で切り抜けたのデスか?」

四季「私は記憶を保存してたから、なんとか……。それでも、完璧にすべて思い出せたか、自信はないけど」

可可「そうデシタか……。向こうは向こうで大変なのデスね……」

四季「その記憶消去のおかげで、人種国籍にかかわらず、すべての人間がひとつになれた」

四季「こうして生まれた新たな人類を、"新人類"と呼んでいる」

可可「安直デス」

四季「言語も、地球の文化に汚染されていない新たなものに刷新され、すべての新人類に統一の言葉が与えられた」

可可「あ、それはいいデスね! エスペラント的なものデショウか」

四季「うん、その通り。少し違うのは、この"新言語"は新人類の母語であり、第一言語だということ」

可可「『バベルの塔』の話では、言語の違いがアツレキを生みマシタからね。これは賢い方法デスよ」

四季「そういう捉え方もあるんだ……」
 
342: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:22:36.83 ID:9lpBqYrP
四季「──と、ここまでが前置き」

可可「あ、そうデシタ! たしか、変異体とやらの話をしてたんデスね」

四季「うん。まずは変異体が発生するメカニズムから話そうか」

四季「地球から人工惑星への道のり。この間に、『魔の円球領域』と呼ばれるバミューダ的エリアが存在する」

可可「宇宙船が事故にあうのデスか?」

四季「宇宙船ではなく、これは人間に作用する」

四季「このエリアには特殊な重力場が発生していて、それが一部の人間に突然変異をもたらすの」

四季「その兆候として、異常な発熱があげられる。"宇宙熱"といわれたりしてたかな」

可可「宇宙熱……! ククもその症状になりマシタ!」

四季「先輩と同様、突然変異の末に、異形の変異体になる者は少なくなかった」

四季「そして、変異体たちの存在は、フロンティアにとっての不穏分子となった」

可可「だから害虫みたいに、見かけ次第にころす……と?」

四季「That's right」
 
343: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:24:47.81 ID:9lpBqYrP
四季「たいていの変異体は、人間とは似ても似つかない容姿をしている」

四季「偉大なる知性が新人類という単一種族を作り上げた……という設定なのに、それに反する存在が街中を闊歩するのは、フロンティアにとって都合が悪いことらしい」


なるほど。姉が黒髪なのに、妹は赤髪みたいなものデショウか。


四季「それと、変異体は特殊な能力を有していることが多い」

四季「もし変異体が組織して、反動的運動をはじめたら、抑えが効かない」

四季「だから軍の人間は、変異体を優先して処刑するよう、命令を受けている」

可可「……つまり、ククにとってフロンティアは、危険地帯であるわけデスね? 前途多難デス……」

四季「変異体でも、かくれて生活している人もちらほらいる。土台無理というわけでもないから安心して」
 
344: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:25:55.15 ID:9lpBqYrP
可可「……ククの能力は、このくるくるデスか」


──くるくるくる


四季「私も変異体。だけど、私の場合は人工変異体と呼ばれる」

可可「では、なかまデスね! ところで人工とは?」

四季「……あまり話したくないけど、とにかくむりやり、変異体にさせられる」

可可「ひどいデス! だれがシキシキにそのようなことを!?」

四季「ううん。私から望んでなった。地球探査任務に配属されるためには、必須だったから」

可可「……? 人工の変異体は、存在が容認されているのデスね」

四季「野犬は〇処分されるけど、警察犬は安全が保証されるようなもの」

四季「その代わり、人工変異体になる時、心臓に爆弾を埋められる。いつでも処分できるように」

可可「!? 身体の中に爆弾が……」

四季「たぶん、この身体じゃ、そう長くは生きられない……。それでも、メイに会いたかった」

四季「先が短くても、できる限りメイのそばにいたいから。……あ、このことはメイにはないしょで」

可可「シキシキぃ……」
 
345: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:28:29.28 ID:9lpBqYrP
四季「それと、地下でクゥクゥ先輩だけが狙われてたのには、もうひとつ理由が」

四季「……私が、他の仲間を先導したから」

可可「し、シキシキ……?」

四季「……新人類は、地球にいる人間を虫ケラとしか思っていない」

四季「地球が再生したら、原住民を奴隷にしてやる、といった意気込みだから」

可可「な、なんデスか……! 自分たちももとは同じ星の人間だったのに……」

四季「洗脳があったから、仕方ない……」

四季「……私の仲間も、地球人をころすのに躊躇がなかった。だから、クゥクゥ先輩にヘイトを向けさせたかった」

可可「……そういうことなら、許してあげマショウ! ククのせいで犠牲者が出たら嫌デスから」

四季「ありがとう、先輩」

可可「んー、しかし、フロンティアにいる人間が新人類なら、地球に残っている人間はなにになるのデショウ? 旧人類?」

四季「…………新人類にとって、彼らは反動的人類……」

四季「だから、反人類と呼ばれてる」
 
346: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:29:50.82 ID:9lpBqYrP



そして、現在。


可可「evv……evlle……」

グソクムシ「…」カサカサ

可可「ん……グソクムシ……」

可可「スミマセン、今日も先におやすみしててクダサイ……」

グソクムシ「ムシャー…」

可可「いまはとにかく、フロンティアに行くことだけを考えたいので……」

グソクムシ「……」
 
347: (たこやき) 2022/12/15(木) 03:31:28.52 ID:9lpBqYrP
環にひっかからないよう、腕を少し遠回りしてから、ゴーグルを装着。

ククが眠れば、シミュレーションがはじまりマス。


可可「このゴーグルがあれば、目が見えて楽しいデス~♪」ピョンピョン

四季「正確には、"脳が見てる"」

可可「どちらも同じことデス!」


宇宙シミュレーションでは、宇宙でのトラブルを想定し、その対処法を身体で覚えることができマス。

実際にククが宇宙に行く時には、なにも見えていないわけなので、いまのうちに映像を記憶しておかねば!


四季「……眠れ、青二才。あたりまえの宇宙航行じゃないか」


意識の棉は水面でまどろみ、だんだん水を吸って、底へと沈んでいきマス……。

…………。



目を開けば、そこは宇宙船の中デス。
 
350: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:41:47.28 ID:9T+I79IP
………………………。
………………………。


四季『……我々は、今ある次元でしか事象を観測できない…………』

可可『つまりは、すべてが視点の問題であり…………』


すみれ『……なんだかあのふたり、仲良さげね』

メイ『あ、すみれ先輩。よくわかんねえけど、"SF"の話をしてるんだとよ』

すみれ『ふーん……』


すみれ『…………ねえ! 私も混ぜなさいったら混ぜなさい!』

可可『なんデスか、すみれはお呼びでないデス。グソクムシには理解できない話デスよ』

すみれ『だれがグソクムシよ! 私だって、SF映画も多少は観るんだから』

すみれ『たとえば、車でタイムトラベルするやつとか、親指立てて溶鉱炉に沈むやつとか……』

可可『ククたちが話しているのは、その"SF"ではありマセン』

すみれ『え、違うの……? SF(すこしふしぎ)のこと……?』

可可『"狙撃手と農場主"の話デス』

四季『“Shooter and Farmer”──略してSF』
 
351: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:43:05.06 ID:9T+I79IP
すみれは勘違いをしていたようで、それっぽい言い訳を述べながら、ばつが悪そうにしていマス。

やれやれ。仕方がないので、すみれの尊厳はククが守ってあげマショウ。


可可『すみれが言うところのSFは、ククも好きデス!』

すみれ『そ、そう……?』

可可『見て。紙の両端に、ペケ印を書きマス』

可可『すみれは鉛筆を使って、このペケとペケを最短距離でつないでみてクダサイ』

すみれ『それだけでいいの? じゃあ、こうやって……』


すみれは自慢気に、ふたつのペケを結ぶ曲線を描きマシタ。


すみれ『ふふん、どう!』

可可『ぜんぜん違いマァス!』

すみれ『ギャラ!?』

可可『正解は、紙を折って、ふたつのペケを重ね、鉛筆で貫く……デシタ!』

すみれ『うっ……。文句をつけようと思ったけど、たしかに最短ね……』
 
352: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:44:15.57 ID:9T+I79IP
可可『……ところで、すみれ。なぜ直線にしなかったのデスか?』

すみれ『そんな簡単な問題、クゥクゥが出すわけないでしょ? だから少し頭をひねってみたの』

すみれ『まず、この紙が平面地図と仮定して』

すみれ『こっちのペケが東京、こっちが上海だとしたら……この曲線こそ、最短距離よ!』


思わず息を呑みマシタ。

勝手な設定を盛り込んではいマスが、その仮定のもとなら、すみれの解が正しいデス。

すみれとの視点の違いに、感嘆とさせられマシタ。


すみれ『……え? 私、変なこと言った……?』

可可『いえ……。むしろ…………』

可可『……それより、すみれ。なぜ東京と上海なのデスか? もっと遠い国でもよかったのでは?』

すみれ『だって、私とクゥクゥで考えたんだもの』

可可『!?』


すみれは平然と言ってきやがりマス! 変なこと言ってるのはいまデスよ!
 
353: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:45:02.70 ID:9T+I79IP
四季『クゥクゥ先輩との意見交換、とても有意義だった』

可可『ククもデス! 話の続きはまた別日にしマショウ』

四季『うん。……いまはメイが寂しそうだから、構ってあげなきゃ』

メイ『そ、そんなことねえよ!』


可可『では、ククも……』

すみれ『……そうだ、映画の割引券があるんだけど、よければいっしょに観に行かない?』

可可『!! はい、行きマス! ……あ、もちろん映画のためデスよ?』

すみれ『はいはい、わかってるから』


かつての日常の断片。

──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
354: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:46:06.29 ID:9T+I79IP



『デケデケデッデッデー♪ ピローン♪』

『さあ今日もはじまりました! 〈スペースラジオ〉!』

『みんなの心のクウゲキを埋め……られてるのかなぁ……? そうだといいなぁ』

『私、ナポリタンモンスターがお送りします。よろくしお願いします!』

『……私といえばですね、今日も今日とて、部屋でごろごろ~としております』

『お散歩とかして、ラジオで話す用のネタとかを集めたいんだけどね~。終日ずっと、天井を見つめる毎日です』

『天井にある黒いしみの位置を、だれにでも理解できるように伝えられないかな~とか考えたりするんだけど、いつも途中で諦めちゃいます』

『どれだけ考えても、答えを出せない……。そういう人間なんだろうなぁ、私って』

『あれ? なんで悲観的になってるの!? ポジティブポジティブ! 私はこのラジオで、リスナーのみなさんに笑顔を届けたいって思ったんだから!』

『よしっ……。それでは今日も、お便りのほう読んでいきたいと思います』

『ペンネーム「哲学的ぞんびぃ」さんからいただきました。いつもありがとうございます!』
 
355: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:47:11.30 ID:9T+I79IP
可可「スペースラジオ……! 初めて生で聴くことができマシタぁ~!!」

四季「いつもは環で聴いてたから、新鮮?」

可可「はいデス! この宇宙船で流れているラジオの音を拾ってたんデスねぇ」

四季「そうかも。ノアを経由して電波を受信してるから。地球でのリスナーは、私たちだけかもしれない」

可可「では、ククたちは名誉リスナーデスね。ほこらしいデス!」


『わたくしは毎日、ギターの練習を続けているのですが、なかなか上達しません。できることがひとつ増えるたび、できないことがその輪郭をあらわにし、わたくしの前に立ちふさがるのです』

『ナポモンさんにあこがれ、はじめたギター。なにか上達する方法などあるのでしょうか? ご教授いただけるとうれしいです』

『……えー、私にあこがれてはじめたのー? そんなこと言われたら……えへへ~、どうしよう~?』

『んー、ご教授っていわれても、私は気がつけば弾けてたからなぁ……。諦めずにがんばる……しかないかと思います、やっぱり』

『今日お聞きいただくのは、哲学的ぞんびぃさんのように、頑張るみんなに送りたい、このメッセージテーマ──』
 
356: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:48:11.56 ID:9T+I79IP
可可「そういえば、このラジオは日本語なんデスねぇ」

四季「!」

可可「……フロンティアにも、日本語を話せる人がいるのデスね。日系新人類などのコミュニティーが形成されているのデショウか?」

四季「……その可能性はある」

可可「惑星国家……いったいどのような世界が広がっているのデショウ……!」

可可「政権による支配が強そうに思えマスけど、平和で幸せあふれる、スバラシイ国なのデショウねぇ~……」

可可「かのんたち、元気にやっているといいデスねぇ~」

四季「…………」


四季「……先輩。非常にまずい状況」

可可「ふぇ?」

四季「やられた……」

四季「宇宙には、行けないかもしれない……」

可可「なんと!?」
 
357: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:49:05.08 ID:9T+I79IP
こちらのハイテク宇宙船は、オーバーテクノロジーによって、地球の重力圏外まで飛行することができるそうデス。

シキシキの考えでは、この宇宙船を使って『ノア』に向かう予定だったそうデス。しかし現在、ノアとの連絡が遮断されているとのこと。


四季「私が地下でころしたのが、任務のリーダーだった」

四季「もしかしたら死の間際に、私が裏切ったことを、ノアへ報告したのかも……」

可可(……たしかにあの時、カチッという変な音がなっていマシタね)

四季「もし宇宙に行っても……ノアには乗れない。どころか、撃ち落とされる可能性もある」

可可「!?」


このままでは、空気がないのに音がする『スタ○ウォーズ』的な宇宙バトルがはじまってしまいマス……!


可可「……では、諦めるしかないデスね」

四季「……待って。まだ可能性はある」

四季「本来、メイたちが乗るはずだったロケット……。それが打ち上げ失敗のまま、保管されていたら……」

可可「宇宙に……!」
 
358: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:50:05.95 ID:9T+I79IP
二機のロケットを横並びで同時発射させる、通称『アルマゲ○ン式発射法』。

この無茶な打ち上げを敢行しようとしたせいなのか、きなきなたちは宇宙に行けなくなりマシタ。

しかし、そのおかげで今回、ククが宇宙へと舞い戻れる機会が巡ってきたのデス……!


四季「……ノアの周回軌道を考えると、いまから2日後に発射しなくては。今回を逃すと、次に近くを通るまで年単位でかかる」

可可「2日後!? まだククは2週間しかトレーニングしてないデスよ……!」

四季「先輩は要領がいいから、大丈夫」

可可「適当デス……」

四季「ロケットの確認もかねて、いますぐ射場に出発したい」

四季「だけどその前に、先輩にはひとつ、決断しなければならないことがある」

可可「はい、なんデショウ?」

四季「…………」

四季「グソクムシを、どうするか」

グソクムシ「!」

可可「グソクムシ…」
 
359: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:51:02.56 ID:9T+I79IP
なんとなく、グソクムシもいっしょに出立できるものだとばかり考えていマシタ。

ククとグソクムシは、どんな時でもそばにありマシタから。

…………グソクムシとは、離れたくないデス……。


四季「これは、いずれ決めるべきことだった。それが早まっただけ」

四季「グソクムシの身体が、打ち上げや無重力環境に対応できるかどうか、私にはわからない」

四季「最悪、命に関わることになるかも……」


まんまるな機体に細い脚の生えたスプートニクが、脳裏をよぎりマス。


可可「……グソクムシ」

グソクムシ「ムシャー…」

四季「フロンティアに着いたあと、地球に戻って来られるとは限らない。ここで別れたら、もう会えないかもしれない」

四季「どうするかは、先輩が決めるべき」


可可「…………グソクムシ。あなたはどうしたいデスか?」

グソクムシ「ムシャ…グムグム…グムシャー!!」

可可「…………」

可可「なにを言っているか、わかりマセンよ……」
 
360: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:52:06.62 ID:9T+I79IP
長考の末、出した結論。

ククが下した決断。


可可「……グソクムシは、置いていきマス」

グソクムシ「!?」

四季「……最終確認。本当にそれでいいの?」

可可「ククは……グソクムシに死んでほしくありマセン」

可可「もし同伴するのが危険なら……ククが守れないなら、グソクムシは安全な場所にいてほしいデス」

グソクムシ「ムシャー…」

四季「わかった。じゃあグソクムシは、きな子ちゃんにお願いして、預かってもらうね」

可可「お願いしマス」


可可「……グソクムシ。おまえと会うのは、今日で最後になるかもしれないデス」

グソクムシ「ムシャー…!」

可可「最終話……。いつか絶対、話しマスから……!」

可可「…………愛してマス、グソクムシ」ギュー

グソクムシ「グムシャー…!!」ギュー


グソクムシの重みをしっかりと味わい、最愛のパートナーに、今生となるかもしれない別れを告げマシタ。
 
361: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:53:03.98 ID:9T+I79IP



シキシキが操るハイテク宇宙船は、重力に囚われず、自由自在に空を飛び回りマス。気づけば、あっという間に目的地にたどり着いていマシタ。

東京射場。地球脱出のために作られた、人工島。

急ピッチで建設されたこの発射場は、機能性だけを重視し、張りぼて感満載のデザインとなっていたのが、14年前の印象デシタ。


四季「太陽光発電は……いまのお日様の光じゃ、心許ない」

可可「電力、足りないんデスか?」

四季「土の雲が、光をほとんど遮ってるから……。それに、発電能力が生きているかも怪しいところ」

四季「でも、大丈夫。こんな時のために、私の"能力"がある」


シキシキの身体からは、バチバチとはじける音がしマス。どうやらそれで、電気をまかなえる様子。

燃料もじゅうぶんあり、打ち上げに支障はありませんデシタ。

グソクムシと別れてからというものの、話がとんとん拍子に進んでいきマス。

まるで、憑き物がとれたかのように。
 
362: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:54:03.56 ID:9T+I79IP



可可「"fytleiouauubaer"、あなたは美しい……」

可可「"ewkaiiauaryo"、あなたはかわいい……」


四季「ん……。まだ勉強してたの?」

可可「はい。きれいな言葉を覚えているところデス」

四季「うん……。殊勝な心がけ」


私は頭をフル回転させ、余計な考えをはじき飛ばしマス。

心にできたクウゲキを意識しないように。

グソクムシとの別れは……ククが決めたことデスから……。
 
363: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:55:05.91 ID:9T+I79IP
………………………。
………………………。


ククはすみれが嫌いデス。

デスが、唯一認めているのは、その横顔。端正に整った絵画のような美しさは、華になりマス。


すみれ『……なに? 人のことジロジロ見て』

可可『み、見てないデス!』

可可『……それより、ロクオン寺はなにデスか? なにを録音しマスか?』

すみれ『違うわよ、この時代にそんなハイテク技術ないし!』

すみれ『いい? 鹿苑寺っていうのは、金閣寺のことよ! 1397年に足利義満が創建して──』


人に頼られると、すみれはつんけんしつつも、うれしそうに応えマス。恐らく性質的に世話焼きな人間なのデショウ。

すみれが熱く弁を振るっている間は、横顔をじーっと眺めていても、不自然ではないはず。

だからククは、"すでに知っていること"をわざわざ質問し、すみれに答えさせているのデス。
 
364: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:56:03.24 ID:9T+I79IP
すみれ『……やっぱり。さっきからあんた、なにも聞いてないでしょ』

可可『!』


さすがに見過ぎたようデス。

すみれは自分の話をスカされ、立服している模様。まゆの端が吊り上がっていマス。


すみれ『あんたが質問したから答えてあげたのに、なんで聞いてないのよ!』

可可『……グソクムシの説明がわかりづらいのデス』

すみれ『なっ……!』

可可『グソクムシは語彙が貧弱で、金閣寺の美しさを1ミリも表現できていマセンよ~』


やめて。


可可『まあ、そのオツムでは仕方ありマセンね~。グソクムシは、愚鈍デスから!』


違いマス……!

ククはだれかを攻撃するために、日本語を勉強してきたわけではありマセン!

人を傷つけるために覚えた語彙じゃないのに、こんな使い方しかできないなんて……。

自分の性格の悪さが見え透いて、嫌になりマス。
 
365: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:57:09.16 ID:9T+I79IP
前に観た、言語を解読しながら異星人と交流する映画で、こんなセリフがありマシタ。「言葉は武器だ」

ククは悪びれもなく、罪のない彼女をナイフで斬りつけたのデス。

すみれを傷つけた。謝らなくては。


可可『……「歴史はいつだって午前中に学ぶべきよ。なにかが起こる前にね」』

すみれ『それ、だれの名言?』

可可『……ペパーミ○ト・パティ』

すみれ『だれよそれ……』

可可『ス○ーピーの親友のチャー○ー・ブラウンに片恋している少女デス』

すみれ『ふふっ。だれったらだれよ、それ!』


ククの試し行動を、すみれはいつも許してくれマス。

でもそれは、すみれのやさしさに甘えているだけなのに。勝手に許されていると、勘違いする私。

愚鈍は、ククなのデス。

ククには、すみれのとなりにいる資格なんて、ないのかもしれマセン……。


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
366: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:58:08.18 ID:9T+I79IP



打ち上げ前日。

ククたちはいま、神津島に来ていマス。


四季「……ひとりで平気?」

可可「ククは子どもじゃないデスよ」

四季「OK. じゃあ私は、夏美ちゃんたちに、明日ロケット打ち上げすることを伝えてくる。数時間で戻る予定」

可可「はい! グソクムシにもよろしく言っておいてクダサイ!」

四季「うん、言っておく」


巨大な機体が音もなく消え去ると、いよいよひとりぼっちになりマシタ。ふらふらと島を探索しマス。

薄明かりの太陽が、島と私を見守っていマス。

ここはもう人が住んでいないので、無人島という分類になるのデショウか? 悲しいデス……。


……Sunny Passionのおふたりは、無事フロンティアにたどり着いたのデショウか。向こうに行った時にお会いできたら、最高にハッピーなのデスが……。

いまでもまだ、歌って踊ってアイドルしているデショウか?

久しぶりにサニパのステージが見てみたいデスぅ~……。見えないデスけど、せめて音響と空気だけでも感じたい……!
 
367: (たこやき) 2022/12/16(金) 03:59:12.17 ID:9T+I79IP
ザッ、ザッ。凍った砂浜に、足跡を残しておきマス。

もちろん、アポロ11号のアームストロングと比べたら、このスタンプには大した価値はありマセン。

これは記念なのデス。ククが地球にいたことを示す、大切な記念デス。


それから、シキシキにいただいた干し肉をしゃぶり、スポポーンで海に入ろうとして引き返し、意味もなく環をくるくるさせて遊んでみたり……。

非生産的に、一日を消費しマシタ。

日が暮れ、世界は本格的に闇に染まりマス。

ククは一応、太陽の存在は感知できマス。なので、強い光であれば"見える"のデス。

それともうひとつ、ククの目に見えているものがありマシタ。

それは、グソクムシデス。

厳密にいえば、グソクムシの体内にある、ふわふわとした光の玉。

この光の玉があったから、ククはグソクムシを見失わずに済みマシタ。グソクムシはククを照らし、導いてくれる光デシタ。

そんな光が、いまはどこにもありマセン。

あるのは、底知れぬ闇。"なにもない"だけが目の前にありマス。
 
368: (たこやき) 2022/12/16(金) 04:00:28.17 ID:9T+I79IP
潮のにおいも、波の音も、風の歌も。すべてが凍っていマス。

ただ、雪のにおいだけが、鼻腔をくすぐりマシタ。

…………。

シキシキが帰ってきマセン……。数時間で戻ると言っていたのに……。

……長いこと闇の中にいると、自分の存在が不確かになってきマス。

触れている地面も錯覚でしかなく、無重力にたゆたうような感覚。

この世界から飛んで消えてしまいそうになり、得も言われぬ不安が、大挙して押し寄せてきマス。


孤独の怖さなんて、すっかり忘れていマシタ。

だって、ククのそばにはずっと、グソクムシがいてくれマシタから。

……地下では、きなきなの力を借りていたので、グソクムシのお仕事はあまりなかったデスね……。

最近ずっと、忙しさを言い訳に、構ってあげてませんデシタ……。

もっと……グソクムシといる時間を、大切にするべきデシタ……!

グソクムシ…………。
 
369: (たこやき) 2022/12/16(金) 04:02:12.14 ID:9T+I79IP
四季「……クゥクゥ先輩」

可可「! シキシキ……おかえりなさいデス!」

四季「ただいま。遅くなってごめんなさい」

可可「いえ、大丈夫……デス」

四季「打ち上げ予定時刻も伝えておいた。三人仲良く、港から見届けるらしい」

可可「そうデスか……」

可可「……グソクムシは、どんな様子デシタ?」

四季「様子はわからないけど、元気そうだった」

可可「それならよかったデス……」

四季「…………」

四季「先輩。昔みんなで撮影した、未完成の映画がある」

可可「……クク"以外"の演技がひどすぎて、メイキング映像が本編になった、あの?」

四季「記憶に齟齬がある……」

四季「私と千砂都先輩が先に宇宙へ旅立った時、夏美ちゃんからお守りとして渡されてたの」

可可「……観たいデス」

四季「じゃあ、宇宙船に戻ろう」


シキシキの大きな手に引かれ、音のない砂浜を去りマシタ。
 
370: (たこやき) 2022/12/16(金) 04:03:03.10 ID:9T+I79IP
………………………。
………………………。


かのん『きな子ちゃん…………メイちゃん…………夏美ちゃん…………』

すみれ『っ……! どうしてどこの家族も乗ってないのよ……!』

恋『…………サヤさん……』


船員『もし、体調の悪い方がいましたら、すぐに船員へとお伝えください』

船員『特に宇宙熱の場合、早く治療しないと、大変なことになりますので……。症状があれば、すぐに船員へと──』

少女『あ、あの! 私の家族はどこですか!?』

船員『あー、すみません。我々にはなにもわからないので……』

少女『家族もいっしょに搭乗しているはずなんです! どこですか! 会わせてください!!』

船員『…………わかりました。では、ちょっとあちらのほうで落ち着きましょうか』


可可『…………』
 
371: (たこやき) 2022/12/16(金) 04:04:54.51 ID:9T+I79IP
ノアの船内には、動揺が喧々とこだましマス。

船に乗り合わせたスクールアイドルたちはみな、不安と混乱を体外へと発散させていマシタ。


かのん『家族……会える、よね……?』

かのん『遅れてやってきてるんだよね……そうだよね……?』

すみれ『…………ええ、そのはずよ』

恋『ですが、話と違います……! いっしょに、人工惑星まで行けると聞いていました!』

恋「それが……どうして、どうして……!』

すみれ『落ち着きなさいよ! 私たちは、ただ信じるしかないでしょ!?』

恋『ううぅ…………』

可可『……大丈夫デスよ、きっと会えマス』

かのん『く、クゥクゥちゃん……』
 
372: (たこやき) 2022/12/16(金) 04:06:55.22 ID:9T+I79IP
すみれ『あんた……』

すみれ『ああ、ごめん……思ってるより余裕がないみたい……。頭がおかしくなりそう…………』

可可『気にしないでクダサイ。みんながつらいなら、ククがサポートしマスから!』

恋『…………クゥクゥさんは、強い人ですね』

すみれ『…………あー、だめね、私……』

すみれ『この子が一番つらいはずなのに、こんなに明るく振る舞ってるんだから』

すみれ『……いつまでも、ぐじぐじしてられないわね!』

かのん『……うん。信じなきゃ! またみんなに会えるって』

恋『……はい!』

可可『……きっと大丈夫デス』

可可『ククたちの進路は、希望を指しているのデスから!』


船内放送では、いくつかのパターンのCMのあとに、決まって同じ定型文が流れマシタ。

『惑星国家へいらっしゃい♪』
『ユートピアへようこそ!』


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
380: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:09:19.82 ID:RZ5P+0Ag



朝。寝不足の目をこすって、起き上がりマス。

ぼんやりとした頭は、上体をたやすく起こせたことを違和感に思いマシタ。あるべきはずのものが、失われている感覚。


可可「…………そうデシタ。もう、グソクムシとは離ればなれ……」


いつもの重みも、ククをつかんで放さない14ある脚も、いまはありマセン。

硬い甲殻をなでることもできず、熱い抱擁をかわすことも叶わないのデス。

無気力がククを支配し、動けなくなってしまいマシタ。

虫喰いのように、心の芯の部分がぽっかり穴を開けていマス。


カウントダウンは刻々と迫りマス。

打ち上げまで、あと5時間。
 
381: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:10:29.89 ID:RZ5P+0Ag



四季「……先輩、顔色がよくないけど……」

可可「あまり眠れなかったんデス……。グソクムシに圧迫祭りしてもらうのが、いつも寝る時のルーティンだったので……」

四季「……」

可可「グソクムシとは道を別にすると、決めたのはククなのに……。いなくなったら、不安で不安で仕方ないんデス……」

可可「……そういえば、以前宇宙へ旅立った時も、あまりいい精神状態ではなかったデスね。シキシキにはこの話、しマシタか?」

四季「ご家族の件?」

可可「はい……」

可可「ひどい話デスよね……。ククの家族は宇宙に行く予定デシタのに、チケットを持っていない暴徒たちに襲われて……」

四季「日本だと、宇宙行きが決まった人とその家族は、政府によって速やかに保護されるから。……ご愁傷様です」

可可「もし、ククがスクールアイドルでなければ、家族はまだ生きていたかもしれないデスね……。無意味な仮定デスけど」
 
382: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:12:00.70 ID:RZ5P+0Ag
四季「……私の家族は、いまもフロンティアにいる」

可可「お元気デスか? ご両親はかわいい娘と離れて、寂しい想いしてないデスか?」

四季「うん、大丈夫」

四季「家族は私のこと、忘れてるから」

可可「! ……す、スミマセン、そうデシタ」

四季「ううん。というより、記憶を取り戻した私が異端なだけ。忘れているほうが幸せだったのかな……」

四季「この宇宙で、私は孤独だった」

四季「だから、『メイに会うこと』は私にとって、約束であり……夢になってたんだ」

可可「夢……」

四季「そのために、たくさんころした。直接手を下さなくても、見ごろしにした。仲間もころした」

四季「……"夢"なんて、きれいなものじゃないね」

可可「……生きる希望になれるなら、それは夢デスよ」

四季「クゥクゥ先輩……」

四季「先輩には夢、ある?」

可可「ククデスか? ククの夢は、最後にLiella!のみんなに会うこと、デス!」

四季「…………」
 
383: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:14:17.94 ID:RZ5P+0Ag
シキシキは、含みのある沈黙を続けていマス。


四季「こんな直前になってから言うのは、卑怯だって承知してる……。でも、言わなきゃ……」

四季「私……先輩に、謝らないといけないことがあるの……」

可可「謝る? ククはなにもされてないデスよ」

四季「……私はずっと、先輩のことを騙してた」

四季「宇宙に出て、フロンティアに行っても…………会えない」


四季「Liella!メンバー全員には、会えない」

可可「え」


会えない……? Liella!に?

かのん。千砂都、レンレン……。

すみれ…………。


四季「すみれ先輩は、私が記憶をなくしてる時に見かけたから、会える可能性は高いと思う」

可可「ほんとデスか……!!」


……なぜ喜んでいるのデスか!? かのんたちの安否はまだ聞いていないのに……! すみれが無事とわかっただけなのに……!

うぅ……。ククは、こんなにも利己的で非情な人間だったのデスか……?
 
384: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:15:26.14 ID:RZ5P+0Ag
四季「千砂都先輩は、こつぜんと消えた」

可可「姿を消した……ではなく、消えたのデスか?」

四季「そう、消えた。いま思えば、宇宙熱の兆候があったから、千砂都先輩も変異体になってたんだと思うけど……」

四季「皮膚をやぶって全身から毛の束が生まれ、そのまま飲み込まれて…………」

四季「──最後には、まるで何事もなかったかのように、"無"だけが残った」

可可「千砂都……」

四季「恋先輩はわからない……」

四季「かのん先輩は……なぜか、塔に軟禁されている」


かのん、ディ○ニープリンセスみたいなポジションにいマスね……。いつか髪を伝って外に出るのデショウか。


四季「……そもそも、私が先輩に宇宙行きの話を持ちかけたのは……かのん先輩のことを、救ってほしかったから」

四季「全部、私の都合で話を進めてたの。騙しててごめんなさい」

可可「……そうデシタか」
 
385: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:18:11.98 ID:RZ5P+0Ag
四季「当然だけど、シャトル打ち上げに失敗したら、命の保証はできない」

四季「いまならまだ引き返せる。先輩が地球に残りたいというなら、私は止めない」

四季「……いや、止める権利なんてない。だって、私は先輩を騙し、自身の思惑通りに担ぎ上げてきたんだから」

四季「やめてもいい口実はある。だから、ここからは、クゥクゥ先輩が決断して」


危険があるのは、もちろん承知の上デス。

それでもなお、宇宙を目指したいかどうか。

ククの頭に、8つの選択肢が現れマス。


くく
1.「すみれに会いたい──!」
2.「すみれに触れたい──!」
3.「すみれの横にいたい──!」
4.「すみれとともに歩みたい──!」
5.「すみれと未来を見たい──!」
6.「すみれとエ チなことしたい──!」
7.「すみれに愛されたい──!」
8.「すみれと飽きるまで遊びたい──!」
 
386: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:20:56.14 ID:RZ5P+0Ag
相変わらず、ほとんど同じ内容が並んでいマス。

どれを選んでもいいデスが、一応9番の選択肢も確認しておきマショウ。

十字キーの下を連打し、処理落ちする寸前まで脳に負荷をかけ続けマス! ガガガガガ!

すると、8の次の数字──"絶対数"が現れマシタ。



9.「……嫌な予感がしマス。やめておきマショウ」



嫌な予感? なにをぬかしてやがるのデスか!?

打ち上げが100%成功するとは考えていマセン。ククだってそこまで楽観的にはなれないデス。

それでも、ククには夢がありマス!

『我愿意为我的梦想而死──!!』
『你是个爱哭鬼……』

…………覚悟は、もうとっくの昔に決めてマシタ。


可可「シキシキ」

可可「……眠れ、青二才。あたりまえの宇宙航行じゃないか」

四季「……OK. 決行しよう」

四季「私が宇宙へ連れて行く」

可可「はい! よろしくデス!」
 
387: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:23:05.64 ID:RZ5P+0Ag
これから、ククは再び、地球を離れマス。

二度目の宇宙体験デス。人類史においてはなかなか珍しいのではないのデショウか?

……最後にもう一度、グソクムシとお別れがしたかったデスが……ぜいたくは言えないデスね。


四季「クゥクゥ先輩。あなたへの敬意を込めて、その環に口づけしたい」

可可「はい、いいデスよ。切らないようにだけ気をつけてクダサイ」

四季「切れるの?」

可可「ノートの端くらい切れマス」

四季「それは危険だ。気をつける」


ククは環をつかみ、おじぎで環を差し出しマス。

シキシキは下からやさしく支え、そっとぬくもりを与えマシタ。


可可「いまは、ククの目標がフロンティアにいるメンバーに向いてマスが……」

可可「シキシキに会えたのも、ククはうれしかったデスよ!」

四季「私も……。クゥクゥ先輩と話すのは、何年経っても楽しい」


可可「……また会いマショウ、シキシキ」ギュー

四季「……行ってらっしゃい。宇宙へ──」
 
388: (たこやき) 2022/12/17(土) 02:27:02.00 ID:RZ5P+0Ag



東京射場を望む港。

三人は、打ち上げの時を待っていた。期待と不安を胸に抱いて。


きな子「ふたりとも、どうか無事にいきますように……!」

メイ「頼むから、成功してくれ……!」

夏美「…………2037年9月3日」

夏美「ようやく、夏美たちのロケットが、飛び立つんですの……!」


夏美は、グソクムシから返してもらった銃を振り上げ、その銃口を空に向けた。

パンッ。

撃ち出された鉛玉は、重力に逆らい垂直上昇していく。その姿はじょじょに変容し、内から風船のように膨張する。やがて、いびつな過渡期を経て、ロケットの形になった。

ロケットは白煙を吐きながら、ぐんぐん伸びていく。勢いが落ちることが致命的であると悟ったように、余すことなく、全力で。

いよいよその先端が土の雲にかかると、容赦なく突き刺し、そして、貫いた。

白煙が薄らぐにつれ、雲に空いたまんまるな穴から、光が差し込みはじめた。


およそ14年10ヶ月ぶりに、地球に降り注いだ"天使のはしご"。

その光景を人々は見上げた。そして、この星の未来を夢見るのだった。

だれかが言った。「光あれ」と。
 
392: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:28:04.96 ID:GAjsNsMX



体重の約3倍の負荷が、身体にのしかかりマス。

のしかかられるのはグソクムシで慣れたと思っていマシタが、地球脱出にかかるGは想像を絶するものデシタ。


『こちら、東京。クゥクゥ先輩、Are you ok?』

可可「……No」

『大丈夫そうだね。よかった』

可可「……成功、デスか……?」

『うん。無事に切り離しは終えた。機体も安定している』


シキシキからの指示を受け、ベルトを外した途端、身体がふわふわと浮きはじめたのデス。

地上の絶対法則である重力からの解放デス。もうなにもククを縛りつけるものはありマセン。


可可「おぇ…………」


吐きたい衝動をなんとか抑えマス。エチケット袋がどこにあるかわからないので、吐くに吐けマセン。

いま吐いてしまうと、表面張力で顔に張りついた吐瀉物で窒息するという、ダーウィン賞ものの最悪な死を迎えてしまいマス。それだけは嫌デス!

そういえば、前に来た時も吐いていたような……。あれから全然成長してないデスね、クク。
 
393: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:29:18.12 ID:GAjsNsMX
可可「……帰ってきマシタ、宇宙!」

『先輩。心拍数が急上昇してる』

可可「スペースハイというやつデス! テンションが最高潮に達しているみたいデス!」

『うん、精神状態を自己分析できてるね』

『加速してるけど、ノアまではもう少しかかる。それまでは、来たる宇宙船潜入へと備えて』

可可「はいデス!」


ふわふわ浮いていると、頭をよくぶつけるので、身体を壁に固定して過ごすことにしマシタ。

以前の打ち上げや、シミュレーションの時とは違い、今回はなにも見えない状態デス。

地に足つかない完全な闇の世界に、早く順応しないと……。


可可「……グソクムシ」


宇宙に来て、まず最初に考えたのは、他のなにでもない、グソクムシのことデシタ。

見てマスか、グソクムシ? ククはいま、宇宙にいマスよ。

ふわふわ浮いているククの姿なんて、想像できないデショウ?

グソクムシ……。ククは元気デスから、心配しないでクダサイね……?



カサカサカサ。
 
394: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:30:26.56 ID:GAjsNsMX
ククの黒い視界に、光の玉が現れマシタ。

それはビリヤードの的球のように、あちこちの壁に跳ね返り、宇宙船内を飛び交っていマス。

右へ左へ、上へ下へ、近くへ遠くへ。

そして、ククの正面あたりに止まったかと思うと、光の玉は勢いつけて拡大されマス。


グソクムシ「ムシャーーー!!」フワフワ

可可「……………………」

可可「グソクムシぃ……!!」

グソクムシ「グムシャーーー!!」ギュー

可可「グソクムシ……!!」ギュー

可可「なんで、なんで……!?」
 
395: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:31:56.29 ID:GAjsNsMX
『こちら東京。グソクムシも無事だったようでよかった』

可可「シキシキ! どうしてグソクムシも乗っているのデスか……?」

『グソクムシがきな子ちゃんに話したらしい。どうしても、クゥクゥ先輩といっしょにいたいって』

可可「……そうなのデスか?」

グソクムシ「ムシャー!」

『クゥクゥ先輩に黙っていた理由は、ふたつ』

『ひとつは、言えば先輩が拒否してしまう可能性があったから。もうひとつは……』

『「今度こそ、クゥクゥ先輩にサプライズっす!」……だって』

可可「……はい! びっくりしマシタ! 本当にサプライズデス……!!」


可可「グソクムシ……。強がってマシタが、やっぱりククにはグソクムシが必要なんデス……!」

可可「私たちは、イチレンタクショー!」

可可「これからはずっと、いっしょデスよ……!」

グソクムシ「グムシャー!!」
 
396: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:32:59.03 ID:GAjsNsMX



グソクムシとの再会に沸いた船内。

ククたちは喜びを分かち合い、無重力下でくるくる踊り、よく頭をぶつけマシタ。

備え付けの宇宙食を分け合い、寂しがっていたであろうグソクムシをいっぱい撫でてやりマシタ。

そして、ついに──。


『……ここからはもう、私の声は届かない』

可可「はい……。ここまで連れてきていただき、ありがとうございマシタ」

『クゥクゥ先輩。健闘を祈ります』

可可「……行ってくるデス」

可可「かのんは、ククが必ず助けてみせマス……!」


ドッキングが完了、ノアへの扉が開かれマシタ。

焼けた金属のにおい。肌を撫でる冷ややかな空気。


可可「…………行きマショウ、グソクムシ」

グソクムシ「グム…!」
 
397: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:34:50.48 ID:GAjsNsMX



…………。

いまから、十数日ほど前デショウか。

宇宙船ノアに侵入し、スニークミッションをこなしていた、ククとグソクムシ。

ククがシミュレーションで培った空間認識能力と、グソクムシの索敵能力を遺憾なく発揮し、無事に目的地へとたどり着きマシタ。

この船内の大部分を過ごすことになるその部屋は、コクーンと呼ばれていマス。

コクーンにあるコールドスリープ装置。これを使って、フロンティアまでの数ヶ月を冬眠するのが、当初の予定デシタ。

100日で起床するよう設定し、眠りについたクク。

グソクムシは装置の下にかくれておやすみデス。(グソクムシという生物は、じっとしていれば、数年単位で絶食しても生きていけるそうデス)


──そして、現在。

コールドスリープが中断され、すやすや眠っていたククは、むりやり叩き起こされマシタ。

容器を満たしていた溶液のかさがじりじりと減り、肌が空気に露出しマス。

近づいてくる足音が三つ。恐らくは船員デス。
 
398: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:36:17.00 ID:GAjsNsMX
はっきりしない意識で、なんとか状況をつかもうと努めマス。

なぜコールドスリープが中断されたのデショウか……? このままいれば、ククは捕まるのデショウか、それとも……。

かつて、宇宙熱を発症した時のことが頭をよぎりマス。

船員に注射を打たれ、ククは意識を失いマシタ。そして気がつけば、未知の惑星……死んだ地球に堕とされていたのデス。


可可「……グソクムシは隠れててクダサイ」


船員に聞こえない声量で、装置の下にいるグソクムシに指示しマス。

むくりと起き上がり、船員たちのほうに向きなおりマス。


船員C「あ、頭になにかついてる! 変異体だ……!」

可可「……抵抗しマセン。撃たないでクダサイ」


向こうの言葉を使い、両手を頭の後ろに組んで無抵抗をアピールしマス。

シキシキいわく、変異体は警告なしでころしてもいい存在らしいデス。

なので、あからさまに敵意がないことを伝え、なんとか生存のチャンスを作ろうと試みマス。
 
399: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:38:57.07 ID:GAjsNsMX
船員A「そうだ、そのまま容器を出てこい」

可可「…………」


転ばないよう、ゆっくりと足を下ろし、船内の床に着きマス。

冬眠明け、久しぶりに動くので、脚がぷるぷると震えていマシタ。

足裏にしっかりと、人工重力を感じマス。


全員A「こっちへ歩いてこい」

船員A「敵意がないなら、こちらも手は出さない。だからくれぐれも変な気は起こすなよ」


いま、服を全部脱いでスポポーン状態なのを思い出しマシタ。そんなことどうだっていいデス。

見えない目で、船員たちに必死の目配せ。ククはまだ、死にたくありマセン……!


船員B「以前いた侵入者も、ここにいたからな……。定期的に使用状況を確認しておいてよかったぜ」

船員A「余計な口を叩くな。こいつを連行する」

可可(……とりあえず、危機は脱せそうデスね)
 
400: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:40:09.86 ID:GAjsNsMX
カチャ。


可可(!!)


撃鉄を起こす音。ククの耳は聞き逃しませんデシタ。

船員の中にひとり、明確な〇意を持った者がいる……!


船員C「ふぅ…………ふぅ…………」

可可(1時の方角にいる人……。ククを撃とうとしてマス……)

可可(このままでは、ころされる……!!)


その時、光の弾丸がまっすぐに飛んでいきマシタ。


グソクムシ「ムシャー!!」

船員C「うわあーーーっ!?」ドテッ

可可「グソクムシ!?」


隠れているよう言いつけたのに、グソクムシは勝手に動き出していマシタ。
 
401: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:41:26.94 ID:GAjsNsMX
船員B「なんだ……!?」


グソクムシが作ってくれた隙をつき、ククは船員のひとりに飛びかかりマス。


可可「むきゃー!!」

船員B「うぐっ!?」


思いっきり頭突きをかます。どこに命中したかはわからないが、船員は力なく倒れた。

その間に、まだ残っている船員が、銃口をククのほうに向けていた。

倒した船員を盾にしようと思うも、ククの膂力で持ち上げられる体重ではなかった。

ククがタゲを取っている合間に、グソクムシが特攻しマス。


グソクムシ「ムシャー!!」

船員A「このっ……!」


バキッ。グソクムシの甲殻が、くだける音。


可可「!?」

可可「……あああああああ!!」
 
402: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:42:33.68 ID:GAjsNsMX
訳もわからず走り、頭突きともタックルともいえない体勢で、最後の船員を押し倒す。

両手を振り下ろし、みぞおちのあたりをなぐりつけた。気の済むまで、何回だって。

まだ気絶していないので、落とした銃を拾い、船員の頭を数回なぐっておく。


可可「はあ……はあ……」


グソクムシが攻撃を受け、つい血の気が多くなってしまいマシタ。死んでないデスよね……?

息を落ち着け、改めて状況整理デス。


可可「……グソクムシ、いマスか?」

グソクムシ「…グム」

可可「グソクムシ……! もう、無茶しマスね……」

グソクムシ「ムシャ…」

可可「これ以上のコールドスリープはむりそうデス。これからは、客室かどこかに潜伏することにしマショウ」

可可「服は……まあ、あとで適当に見繕いマス。早くここを離れたほうがよさそうデス」
 
403: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:44:02.73 ID:GAjsNsMX
コクーンを出て、連絡通路へ。

眠っていた分の体力がまだ戻ってないのか、戦闘の疲れからか、足もとがふらつきマス。

とにかく、できるだけ早く、安全な場所へ──。


──くるくるくる

足音が、ひとつ。

意味もないのに振り返ると、そこにだれかがいた。


船員C「化け物ぉ……! 死ねぇーーー!!」


根拠のない直感で、相手は私の胸を撃とうとしているのがわかった。

しかし、反応しようと思った時には、もうすでに、船員は引き金を引いていた。


パンッ。

銃声は、地上でも宇宙でも変わらず、軽やかにはじけた。
 
404: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:45:16.89 ID:GAjsNsMX
『私が絶対に、まもるから……!』


可可「…………………………………………」

可可「…………………………………………」


理解するのが怖くて。

必死に思考を先延ばす。


私は、知っている。

この重みを。

この14ある脚を。

ククの上半身にくっつき、なかなか離れない。ククたちのモーニングルーティンであり、いつもの風景。

……………………。

何度考えても、すべての要素が、ひとつの結論を導き出す。

最悪の結末を。



可可「…………………………………………」

可可「……………………グソクムシ…………?」


返事はなかった。

私にへばりついていた、14の脚は、弱々しくはがれていった。

いつもはぜんぜん離れてくれないくせに。この時だけはあっけなく、はがれ落ちた。
 
405: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:46:09.85 ID:GAjsNsMX
船員C「ふぅ……ふぅ……!」

可可「………………………………」


息を乱している船員のことなど、眼中になかった。

私の目の前に転がっている、でかいの死骸。

触れても撫でても微動だにせず、作りもののようにすら思えた。

そっと抱き上げようとして気づいた。グソクムシの甲殻はひび割れ、そこかしこでめくれ上がっている。

生温かい体液が、とめどなく流れる。

けいれんしていた脚は、吹いていた風が凪いだかのように、ぴたりと動きをやめた。

グソクムシの生きていた証が、どんどん消えていく。


可可「」


グソクムシが、しんだ。
 
406: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:47:03.08 ID:GAjsNsMX
──くるくるくる


環。

それは、土星のようでもあり、ぶかぶかの麦わら帽子のようでもありマス。

薄くて平べったい、いくつかの"カンゲキ"を持った円盤デス。


──くるくるくるくるくるくる


環とともに、私の心中もくるくると回転していマス。

憤怒。

瞋恚。

忿懣。

慨嘆。


可可「ああ…………あああ……」


──くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる狂くる
 
407: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:48:02.84 ID:GAjsNsMX
激昂。

慚愧。

愁傷。

勃然。


可可「ああああ……ああ……あああ…………」


──くるくるくるくる狂狂くるくるくるくるくる狂くるくるくるくるくるくる狂くるくる狂くるくるくる狂くるくる


切歯。

絶句。

自責。

動転。


可可「ああ…………あ……ああああ……ああ……」


──くる狂くるくる狂狂くる狂狂狂くるくる狂くるくる狂狂くる狂狂くるくる狂狂くる狂狂くるくるくる狂くるくる狂狂くる狂狂狂狂くるくる狂くる


紊乱。

周章。

敵愾。

慟哭。


可可「ああああああああああああああああああああああああああああああ…………」


──狂くる狂狂狂狂狂狂狂狂くる狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂くる狂狂狂狂狂狂狂狂くる狂狂狂
 
408: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:49:34.70 ID:GAjsNsMX
くる狂と回る環は、次第に大きくなっていマシタ。

ガリガリガリガリガリガリガリガリ。

壁を削り、狂狂と拡大していきマス。


船員C「う、うわあああああああああ!?」


だれかいる……? だれデシタっけ。

このままでは環に切られて死にマスよ?

……そうデス、グソクムシをころしたやつデス。

じゃあ、ころしマショウ。



ころすころすころすころすころすころすころすころすころす〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す。


可可「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ〇せ!
 
409: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:51:03.99 ID:GAjsNsMX
──狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!!


可可「〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す〇す…………!!!!!!!!!」

船員C「や……やめて…………」


グソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシグソクムシ!!!!!!!!

…………グソクムシぃ……!





~♪

どこかから、歌が聞こえマシタ。

やさしい歌が。


可可「…………」

船員C「ひぃ……!!」

可可「……woaayg(失せろ)」

船員C「……は、はいっ……!!」
 
410: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:53:30.18 ID:GAjsNsMX
可可「………………………………………」

可可「………………………………ああ……」

可可「……あああ…………ああ……ああ……」

可可「…………グソクムシ」

可可「グソクムシ……グソクムシ…………」

可可「クク…………クク、が……」

可可「あああああああ…………ああ……なんで……グソクムシ…………ああ……」

可可「いやだ…………いやだよ……あああ…………」

可可「私…………ああ……いや…………なんで…………あああああ……………………」



可可「…………………………………………」

可可「グソクムシぃ……………………」


もう、どうでもいい……。なにもかも……。

どうでもいい…………。

…………………………………………。
 
411: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:54:48.13 ID:GAjsNsMX



あぜ道を、一台の車が走っていた。

黒光りして、長い車体が特徴の車だった。


「先生。11時から東地区で会食があります。終わったらどこか食べに行きますか?」

「わたくしを食いしんぼうのように扱わないでください。心配には及びません、お腹いっぱい食べてきますから」

「そうですか。そちらのほうが食いしんぼうの印象を与えそうですが」

「……では、会食後に、どこか別のお店に行くことにしましょう」

「はい、承知しました」


先生と呼ばれる女は、窓の奥を眺めていた。右手に広がる景色はいつ見ても変わらない、ありきたりなものなのに。

しかし、その日は違った。


「……サヤさん、止めてください!」
 
412: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:56:12.66 ID:GAjsNsMX
運転手は、車を道の傍に停車させた。そしてすぐに車を降り、反対の座席のドアを開く。

先生と呼ばれる女は、礼を言って車を降り、いつもとは違う光景へと足を運んだ。


「どうかしましたか?」

「いやあ、どこから来たのか……。畑の中に、素っ裸の少女が倒れてたんですよ」

「体温が高いから、変異体かと思ったんだがなあ。どこからどう見ても、普通の"人間"だ」

「えっ……」

「どうかしましたか、先生? まるで、"ありえないもの"を目撃したかのようなお顔ですよ」

「…………」


「…………クゥクゥさん……?」



第5章 木星的黙示 終
 
413: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:57:10.41 ID:GAjsNsMX
Interlude


目を開くと、そこは真っ暗闇デシタ。再起動をかけるようにぱちくりしても、変わらずじまい。

不意に身体を動かそうとすると、節々に違和感を覚え、身悶えるような激痛が走りマス。

脈打つたびに痛みを思い出すので、何度も心臓を恨みマシタ。完全な八つ当たりデスが。


「うっ……ふぅぅ…………ぐっ……」


機内に充満しているこのにおいは、宇宙由来のものか、はたまた私の血なのか。

そんなことに思考を巡らせていると、とつぜん口内に、鉄の味が流れてきマシタ。

まさかと思い、おもむろに手で顔に触れてみると……ベタリ。

見えなくてもわかりマス、頭から出血していマス。同じ温度の鮮血が顔を滴っていても、どうやら人間はなかなか気がつかないみたいデス。

はやく、ここから出なければ──。


脱出方法を求め、暗闇の中、手探りで機内のあちこちを捜索しマシタ。

整然と並ぶボタンの平野を越え、林立する突起物の峰をすり抜け、灼熱の鉄板地帯を駆けていく。

そしてようやく光明をつかみ取りマシタ。手に馴染むようしっかりと握って、時計回りにひねっていきマス。

これで、やっと外に出られマス……!



──扉を開くと、そこは真っ暗闇デシタ。
 
414: (たこやき) 2022/12/18(日) 03:59:32.64 ID:GAjsNsMX
私が墜落したこの星には、幸運なことに大気がありマシタ。……デスが、それはあまりにも冷え切り、紅蓮地獄のようデシタ。

タイミングを見計らったように吹き始めた、吹雪、ブリザード──いえ、呼び方はなんでもいいデス。

風の群れは、どこからともなく無秩序に吹きすさび、温度と体力を奪おうと躍起になっていマス。

機内へ戻ろうと、身体を反転させマシタ。しかし今度は、辺りに広がる闇が、強い悪意を持って行く手を阻みマス。

さっきまではあれほど出たかった機内なのに、今は戻りたくて仕方ありマセン。

手を伸ばしても空を切るだけ。機体はどこにもなく、たったひとり、世界に取り残されてしまいマシタ。


「だれか……だれか……」


絞り出した声は、内で反響するだけ。

ホワイトアウトに加え、ブラックアウト。視界は完全にシャットアウト。

チェスで喩えるなら、チェックメイトというやつデス。

こわい。

さむい。

あつい。
 
415: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:02:32.89 ID:GAjsNsMX
(闇と氷の星で、ククは野ざらしのままくたばっていくのデスね……)

(見えない吹雪になぐられ続け、天然の冷凍庫で恒久的に保存されていくのデショウ……)


真っ暗な視界にぽつり、死が浮かびあがってきマシタ。

死は私のもとへ、寄り道もせずにまっすぐ行進してきマス。

今際の際、ククはすみれのことを思い出していマシタ。

もし、すみれがギューっと抱きしめてくれたなら……。

いま感じている恐怖も、瞬く間に氷解してしまうのデショウね。

すみれ……ごめんなさい……。

すみれ…………。



カサカサカサ。

私の眼前で、"なにか"が光っていマス。

それは私に覆いかぶさり、寒風を防いでくれていマス。

まるで、ククを救おうとしているような……。
 
416: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:04:13.09 ID:GAjsNsMX
そっと手を沿わせ、光の根源に触れマシタ。

その固い甲殻は瓦屋根のように連なり、細い脚は鉄筋のように立派に自重を支えていマス。

触覚は巧みに操られ、ワイパーのようにククに積もった雪を払い落としてくれマシタ。

このフォルムを、ククは知っていマス。

記憶にある姿よりも、かなりでかいデスが……。


「…………グソクムシ?」

「グムシャー!」


さも当然のように返事するグソクムシ。

それがとてもおかしくて、思わず破顔すると、心がポカポカ暖まってきマシタ。


「まさか、天の使いがグソクムシだとは……。天界はよほど人材不足なのデスね」


私は、グソクムシの頭(?)を撫でながら、天に召されるのを静かに待ちマシタ。

…………。

……なかなか召されマセンね。
 
417: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:06:40.81 ID:GAjsNsMX
もしかして、召し作業の前にしなくてはならない事務処理でもあるのデショウか? グソクムシに書類仕事ができるとは到底思いマセンが。

それとも、召しの順番待ち……? 天界の受け入れ態勢が整っていないのかもしれマセン。繁忙期に死んでしまって申し訳ないデス。

──そんなくだらないことを考えている最中、ふと気づきました。


心臓は力強く稼働を続けていマス。血が駆け巡るたびに、全身が痛みを訴えているのデス。

私、生きてる……。


「ムシャー」


長い触覚で二回ほどククを叩くと、グソクムシは移動をはじめマシタ。

どうやら、このグソクムシは天使でもなんでもなく、ただのでかい海生甲殻類らしいデス。

グソクムシの内に輝く光。その明かりを頼りに、移動したあとを追いかけることにしマシタ。
 
418: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:08:57.38 ID:GAjsNsMX
追いついたその場所は岩壁に囲まれており、雪に吹かれることはありませんデシタ。

ようやく一息つくことができマス。グソクムシも脱力して休んでいるようデス。

……本当に、このグソクムシは、私を助けようとしてくれているのデショウか?

訊いたとて、「グムシャー」と返ってくるばかりデスが。


落ち着いたところで、改めて、グソクムシを観察してみマシタ。

果てしない闇の中。なぜかククには、グソクムシだけが光って見えてマス。

グソクムシの中にふわふわと浮いている光の玉。これだけが、この世界で唯一、輝きを持っていマス。

それは周囲を照らす光源ではなく、まるで空間に付着した白いしみのように、単体として光っているのデス。グソクムシ本体すら、照らすことなく。

……グソクムシは、私のことが見えているのデショウか。
 
419: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:11:00.57 ID:GAjsNsMX
岩陰に隠れてから、30分。

心に余裕が生まれたおかげか、頭の中をいろんな考えが巡りはじめマシタ。

これからどうしよう……。

いずれ吹雪はやむとして……肝心なのは、その後のことデス。

ククはこの得体の知れない星で、生きていかなければなりマセン。食べ物は? 水は? 寝床は? 環境に適応できる?

考えれば考えるほど不安が積み重なってしまいマス。


グソクムシがいるということは、他にも生物の系譜が見られるはず……。つまり、地球と同様に、ここが弱肉強食の世界であろうことは推測できマス。

さらに、このグソクムシは従来のものよりも巨大デス。ということは比例して、この星に棲む他の動物たちも、巨大生物である可能性が高いデェス……。

…………小さな可可は、あっけなく食べられてしまうかもしれマセン。

この闇は、いつになったら晴れるのデショウか。もし晴れたとして、ククは未知の星で生きていけるのデショウか。

あふれる疑問も、晴れることはありませんデシタ。
 
420: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:14:11.64 ID:GAjsNsMX
……これはきっと、神様だか閻魔大王様だかが与えた、ククへの罰なのデショウ。

夢寐にも忘れられない記憶が回顧される。


『ねえ、クゥクゥ。やっぱりいますぐ診てもらうべきよ! あんた、すごくつらそうだし……』

『はあ……はあ…………はあ……………………うるさいデス……』


宇宙船。熱に侵される私。心配するすみれ。

ふらつく頭で絞り出した言葉は、すみれを傷つけるための凶器の数々。


『…………だれにでも、やさしくして……善人ぶって…………何様のつもりデスか? 気持ち悪い……』

『はあ……はあ……だれも、助けてなんて…………頼んでマセン……』

『……すみれは、だれからも相手にされない……寂しい人間デスから……』

『ククみたいな、弱者を助けて……取り入れば……自分を崇拝して、相手してくれるから…………さぞ、気持ちいいのデショウね…………』


膿を出すように、ククの中に湧いた不安な感情を置換し、すみれにぶつけマシタ。

すみれなら許してくれるだろうという、傲慢な思い込みのもとに。

すみれは気持ちを押しころし、口を結んでいマス。ククのすべてをその一身に受け止めるかのように。
 
421: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:17:48.49 ID:GAjsNsMX
『はあ……はあ………………あなたは、ククのこと……好きかもしれマセンが……』


だめ。やめて。


『ククは、あなたが……………………』


それ以上は言わないで。


『………………大嫌い、デス……!』

『っ……!!』


なにを言われたっていい。ただ、その言葉だけは聞きたくなかった。……そんな表情。

これが、すみれとの最後デシタ。


後悔だけがつのる。あんなこと言わなければよかった。もっとすみれを大切にすべきだった。もっと素直になればよかった。

でもそれらはすべて、後の祭り。SF映画のように、時間を遡行してやり直すことなんてできマセン。

過去を変えられないなら、いまを変える……なんてこともできマセン。すみれはとなりにいないから。会いに行くこともできないから。

すみれに、「ゴメンナサイ」を伝えることすら、叶わないのデス。
 
422: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:19:38.40 ID:GAjsNsMX
すみれに、あんなつらそうな顔をさせてしまった。

地獄への流刑でも足りない。……それくらいの大罪デス。

手は自然と首もとに回り、憎しみを込めて全身全霊で締め上げる。


「ムシャー!?」


グソクムシのタックルを受け、中断された。そのまま馬乗りされ、身動きが取れなくなりマス。


「…………まさか、『生きろ』と……そう言うのデスか?」

「グムシャー!」

「ひどいグソクムシデスね……」

「ムシャ!」

「……わかりマシタ。ククもちょうど、さあ生きようと思ったところデス」
 
423: (たこやき) 2022/12/18(日) 04:22:07.90 ID:GAjsNsMX
これからはじまるのは、ククの贖罪の旅。


「……決めマシタ!」

「ククは、これからずっと、シタタカに生きマス。絶対に泣いたりなんてしマセン……!」

「グムグム」

「未来のことなんてわかりマセンが……きっと、超特大スペクタルな大冒険になるはずデス……!」

「グソクムシ……。いっしょについてきてくれマスか?」

「グムシャー!」


耳ざわりな吹雪は、いつの間にか止んでいマシタ。


「さ、出発しマショウ、グソクムシ。旅のはじまりデス!」


ククとグソクムシは横並びになって歩きだしマシタ。

いつか来る、旅の終着点へ向けて。
 
426: (たこやき) 2022/12/19(月) 02:25:38.59 ID:zR+Nrqfg
第6章 天王星的転回



意識が、世界に接続されマシタ。

しかし身体はうまく動かせマセン。私の上に、見えない巨大な分銅が乗せられていマス。

重いまぶたを持ち上げてみマスが、見えている視界は真っ黒のまま、なにも変わりありマセン。


「おや、お目覚めになられましたか」

可可「…………だれ、デスか」


手を伸ばすと、案外あっさり声の主に触れられマシタ。

ふるえる手で感触を確かめマス。皮膚の上を滑らかに伝い、肩を始点に、首を通り抜け、最後は顔に。

私はその顔立ちを、知っているように思えてなりませんデシタ。……いえ、間違いなく、知っていマス。
 
427: (たこやき) 2022/12/19(月) 02:27:08.67 ID:zR+Nrqfg
「少々お待ちください。いま、先生を呼んでまいります」

可可「せんせい……」

「先生は、あなたを運んできてからというもの、一睡もしていません。ですから、これでようやく安眠できますね」


それだけ言うと、その人はドアを開け、部屋を出ていきました。うまく聞き取れませんデシタが、「先生」と呼ばれる人物を呼びに行ったのデショウか?

待っている間、私が置かれている状況を把握しようと、自分を俯瞰してみマス。

どうやら私は、ベッドに寝かされているようデス。自分の顔に触れ、いま確かに存在していることを確認しマス。


そう待たないうちに、バタバタと忙しない足音が響きマス。

音は階段を下り、角を曲がり、部屋へと入って私に急接近しマス。


「クゥクゥさん……! お目覚めになられたのですね……!!」

可可「!」
 
428: (たこやき) 2022/12/19(月) 02:28:35.20 ID:zR+Nrqfg
可可(私のことを知っている人デス……)

可可(この声、もしかして…………)

「丸三日は眠っていたんですよ。もしこのまま目覚めなかったら、どうしようかと……」


そう言って、その人はぬくもりを感じさせる両手で、私の手を包みマシタ。


可可「スミマセン……。まだ言語の勉強はじめたばかりで……もう少しゆっくりがいいデス」

「あ、そうだったのですね……。では気をつけます」

可可「……ここは、地球?」

「いいえ。ここは人工惑星ですよ」

可可「そうデスか……。いつの間にか、着いたんデスね」

可可「…………あの、あなたはだれデスか?」

「え……」


その声には、驚きの感情がこもっていマシタ。
 
429: (たこやき) 2022/12/19(月) 02:29:37.74 ID:zR+Nrqfg
「もしかして、目が見えないのですか……?」

可可「……はい。いまは真っ暗にしか」

「…………」


私の手を握る力が、少し強くなりマシタ。しばし沈黙を続け、何かを考え込んでいるようデス。



「…………では」

「──わたくしは、哲学的ぞんびぃと申します」
 
430: (たこやき) 2022/12/19(月) 02:30:30.30 ID:zR+Nrqfg



互いに自己紹介を交わすと、ぞんびぃさんから、事の顛末を聞かされマシタ。

三日前。私がスポポーンで倒れているのを、たまたま警察が見つけ、処刑するか迷っていたそう。

そこにぞんびぃさんが現れ、私を家まで連れ帰ってくれたらしいデス。


ぞんびぃ「すみません……。服は、お下がりのものしかありませんでした」

ぞんびぃ「わたくしのサイズなので、クゥクゥさんには合わないですが……」

可可「……いえ、ありがとうございマス」


胸もとがぶかぶかの寝間着を遊ばせながら、独り言のようにぼやきマシタ。


可可「声を聞いて……友達ではないかと思ったのデスが……」

可可「どうやらあなたは、レンレンではないみたいデス」

ぞんびぃ「!!」

ぞんびぃ「……ええ。あいにく、"恋"という方は存じておりません」
 
431: (たこやき) 2022/12/19(月) 02:31:23.42 ID:zR+Nrqfg
それから、ぞんびぃさんは、この家に住む"同居人"を紹介しマシタ。

……人と呼んでいいかはよくわかりマセンが。


ぞんびぃ「わたくしのそばに、メイドのサヤさんが立っています」

ぞんびぃ「サヤさん。クゥクゥさんにご挨拶を」

サヤ「サヤです。先生の秘書兼小間使いとして働いております」

可可「サヤさん……デスか」

ぞんびぃ「サヤさんは、この辺りでは珍しい、アンドロイドなんですよ」

可可「へえ、アンドロイ……ギャラ!?」

ぞんびぃ「それと、"電気いぬ"のチビがいます」

チビ『ワン』

可可「でんきいぬ……」


目の前で『ブレードラ○ナー』的世界観が展開され、かなり混乱していマシタ。

アンドロイドは電気いぬの夢を見るデショウか? いえ、見ないデス。相場が決まっていマス。
 
432: (たこやき) 2022/12/19(月) 02:32:26.86 ID:zR+Nrqfg
ぞんびぃ「あの……」

ぞんびぃ「クゥクゥさんは、どのようにして、この星に来られたんですか?」

可可「…………」

ぞんびぃ「す、すみません……。答えたくなければ、よいのです……」


ぞんびぃさんは、私との距離感を測りかねているようで、私に触れたり離れたりと、モジモジしていマス。


ぞんびぃ「……えっと、その…………」

ぞんびぃ「もし、クゥクゥさんに行くあてがないのであれば……しばらくうちに、お泊まりになりませんか?」

可可「いいんデスか……?」

ぞんびぃ「はい! 客室は8つあるので、問題ありません!」

可可「迷惑でないなら……」

ぞんびぃ「ほんとですか!? ありがとうございます!」


なぜ、ぞんびぃさんが礼を言うのデショウか? 私が言うべきなのに。
 
433: (たこやき) 2022/12/19(月) 02:34:40.64 ID:zR+Nrqfg
ぞんびぃ「すみません、クゥクゥさんは疲れているのに、長話になってしまい……」

ぞんびぃ「病み上がりですから、いまはとにかく、安静にしていてくださいね」

可可「はいデス」


ぞんびぃさんたちは私に気を遣い、ぞろぞろと部屋をあとにしマシタ。

メイド兼アンドロイドのサヤさんいわく、ぞんびぃ先生は三日も寝ていないそうデスが……。それでも私を気にかけてくださるとは、親切な方デスね。


うんと身体を伸ばし、ベッドの感触を確かめマス。

これまで、ほら穴の地べたや、地下鉄のソファで寝てきマシタ。それがいまでは、こんなにふかふかなベッドで眠れマス。

ふと、頭に触れてみマシタ。

……環はどこにもありマセン。

私の心のありさまを表していた環がなくなり、言いようのない不安が、いたずらに鼓動を早めマシタ。

私の質量が増え、ふかふかベッドに沈み、めり込んでいく錯覚に襲われマス。


そのうち、意識が切断されマシタ。
 
439: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:37:06.39 ID:vHIQknhh
………………………。
………………………。


すみれ『いいじゃない、恋! とても似合ってるわ』

恋『そ、そうですか……? すみれさんに選んでいただいてよかったです!』

可可『…………』


なにやら、すみれとレンレンが仲良しデス。面白くありマセン。


可可『…………レンレン~!!』

恋『わあ、クゥクゥさん!?』

可可『はぁ~……! レンレンいいにおい……』

恋『ひゃあ! 恥ずかしいから嗅がないでください~!』

すみれ『……ちょっと。いま私と恋が話してたところなんだけど?』

可可『なんデスか、すみれぇ? まさか嫉妬してるんデスかぁ~??』

すみれ『はあ!?』
 
440: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:38:12.38 ID:vHIQknhh
私はよく無意識のうちに、自分の感情を、他の人へとすり替えているみたいデス。

つまり他人の心に、私の気持ちを代弁させているわけデス。

無意識なので当然、その時々の私は気づいていマセンが。


可可『やれやれ、すみれはまったく……』

可可『嫉妬深く、傲慢で、欲深く、怒りっぽくて、エ チで、健啖家で、なまけものデスねぇ』

すみれ『だれが七つの大罪コンプリート女よ!』

可可『すみれ。ククとレンレンの仲を邪魔しないでクダサイ』

可可『ククたちは、"ヒヨクゥレンリ"なのデスから!』


すみれはきっと、自分のほうが仲良しだと言い張ってくるデショウ。そうしたらククは、さらにレンレンとの仲良しエピソードで応戦しマス! 先読みはレスバの基本戦法デェス!

……そう予想していマシタが、実際には、すみれは口を開けたまま固まってマス。"会話しゅみれーしょん"失敗デス。
 
441: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:39:34.26 ID:vHIQknhh
すみれ『あ、あんた……。それ、意味わかって言ってるの……!?』

可可『えっ……。仲良しさん、という意味デスよね?』

すみれ『……ええ、そうよ。でも私たち以外に軽々しく言っちゃだめだからね?』

恋『びっくりしました……。身体が熱いです……』

可可『?』


レンレンは顔を手であおぎながら、IMOを展開しマス。


恋『わたくしが思うに……』

恋『クゥクゥさんはすみれさんのことを慕っているので、もしや三角関係というものになるかと、内心ヒヤヒヤでした……! ほっ……』

可可『!? だ、だれが、すみれなどを好きになりマスか!』

すみれ『……そうよ。そんなことあるわけないでしょ』

可可『っ……!』

3人『…………』


千砂都『みんなー! ういっすー!』

千砂都『…………あ、あれ……? なにこの空気……』


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
442: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:41:01.94 ID:vHIQknhh



惑星国家──フロンティアでの生活がはじまりマシタ。

私は、お世話になっているぞんびぃさん家のお手伝いをして、毎日過ごしていマス。

……といっても、できることは少ないデスが。ハイテクな家電たちが、あらゆる家事を勝手にこなしてくれるのデス。


今日もキッチンに立ち、じゃがいもの皮をむいていきマス。方程式に決まった公式をあてがうような、パターン化された流れ作業デス。

なんの苦労もせず、他力で一皮むけて身軽になっていくじゃがいもに、強く嫉妬しマス。

なくした夢……いまの私は抜け殻デス。脱皮した本体は、私のことなど気にも留めず、カサカサとどこかに消えマシタ。

…………家族よりも、長い時間をともに過ごした存在。

それは、親友でもあり、パートナーでもあり、新たな家族でもありマシタ。

夜に寝ていても、違和感で目が覚めマス。

私を圧迫してくれる、重石はもういないのデス。
 
443: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:42:18.62 ID:vHIQknhh
ここに来てから、アンドロイドのサヤさんは、毎日スバラシイ料理を振る舞ってくれマス。

配給された野菜を余すことなく詰め込んだ、ホワイトシチュー。ほっぺが落ちるおいしさデス。

ハイクラスの衣食住が保証された、恵まれた生活。蛇口をひねると清潔な水が出てきた時には、思わずため息がもれマシタ。


フロンティアは気候も常に安定していて、一年中快適に過ごすことができるそう。

なんでも、空にはプラネタリウムのように天幕が張られていて、惑星全体が箱庭になっているらしいデス。

そして惑星中心部にあるという「循環器」が、"気候"そのものを司り、天気予報は100%的中するのだとか。


不自由のない生活、満たされた環境。QOLは最高。

デスが、私の心はいつも渇いてマス。

どれだけ水を注いでも、器の底に空いた穴から、すべてこぼれマシタ。

かけがえのない者が、欠けていたのデス。いつもそばにいたはずの、旅の友が。
 
444: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:44:01.88 ID:vHIQknhh
………………………。
………………………。


可可『…………』

可可『すみれ……いマスか……?』

すみれ『いるわよー』

可可『返事が適当デス……本当にいマスか……? すみれのふりした妖の類ではありマセンか……?』

すみれ『だからいるったらいるわよ……! こっちも眠たいの……』

すみれ『もう、まったくぅ……。なんで怖いの苦手なのに、ノリノリで怪談話に参加しちゃうのよ……?』

可可『まさか、日本の百物語が、あれほどハイレベルなものとは思っていませんデシタ……』

すみれ『クゥクゥってよく、後先考えず突っ走ったりするわよね……』

可可『うるさいデス! ぐちぐち言わず、黙っててクダサイ!』

可可『…………』

可可『……すみれぇ? いマスか……?』

すみれ『あんたが黙ってろって言ったんでしょ……!』
 
445: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:46:06.58 ID:vHIQknhh
すみれ『というか、用足すのにどれだけかかってるのよ!? 早く寝させて……』

可可『……緊張して出マセン』

すみれ『あんたねぇ……』

可可『すみれ。緊張がほぐれるような面白い話をしてクダサイ』

すみれ『むちゃぶり!?』

すみれ『そうね……。この前、うちの神社の賽銭箱に、間違えてスマホを投げ込んじゃったのよ』

可可『面白いデス! 無様なすみれの姿を想像するだけでニヤニヤしマス!』

すみれ『それで、「やばー!」っと思って賽銭箱を覗いてみたら、たまたま中でキャッチしてくれた人がいて、なんとか助かったのよー』

可可『…………賽銭箱の中に、人が……?』

可可『さ、最低デス、このギャラクシーばか……! ううぅ……また怖くなってきマシタ……!』

すみれ『ははは! クゥクゥはほんと、"かわいい"わね~』

可可『…………』

可可『……出マシタ』

すみれ『あ、そう……? じゃあ部屋に戻りましょ……ふあぁ~……』


たった一言で、ククに巣食っていた恐怖心が灰に変わり、一息で吹き飛びマシタ。

まあ、寝ぼけて言った、何の意味もない言葉デショウけど。
 
446: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:47:31.33 ID:vHIQknhh
可可『歩くたび、床がぎいぎいと鳴りマス……』

可可『す、すみれ……いマスか……?』

すみれ『はいはい、ちゃんといるから』

すみれ『暗いのが嫌なら、電気つければいいのに』

可可『灯りで、みんなを起こしては悪いデス……』

すみれ『あーそう、私以外には気を遣えるのね……?』

可可『…………すみれ、いマスか……?』

すみれ『いるわよ。そんなに心配なら……ほら、私と手、つなぎましょう?』

可可『はい……。あ、いえ! ククが子どもみたいなので嫌デス!』

すみれ『大人なら、私を揺り起こしてトイレまで同行させないわよ……』

すみれ『はい、問答無用。文句もクレームも受け付けないから』


すみれは縮むククの手を、有無を言わさず握りマシタ。

真っ暗でなにも見えなくても、すみれに触れられるだけで、不思議と心安らぎマシタ。


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
447: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:49:16.66 ID:vHIQknhh



ぞんびぃ「……クゥクゥさん。よければ、ドライブに出かけませんか?」

可可「ドライブ……」


それは、突然の誘いデシタ。


ぞんびぃ「あ、もちろん、無理強いはしません! ……いかがですか?」

可可「はい、行きマス」

ぞんびぃ「ほんとですか!?」


ぞんびぃさんは、声に感情がよく現れるようデス。とてもうれしそうにしっぽを振っていマス。

サヤさんも同行し、三人(?)で車に乗り込みマシタ。


サヤ「運転は先生がなさるのですね」

ぞんびぃ「は、はいっ……! わたくしだって、運転免許、持ってます……」


声色から、これでもかというくらいの緊張が伝わってきマス。


サヤ「どうか、あおり運転にはお気をつけください」
 
448: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:51:33.39 ID:vHIQknhh



ぞんびぃ「あ、やっ……あああ!!」ガリガリガリ

サヤ「やりました! 先生、車降りて見てください! 公用車が傷だらけですよ!」

ぞんびぃ「わ、わかっています……!」

サヤ「先生、ご存知ですか? 道路は右側通行なんですよ、キープライトです。なぜふらふらと反対車線に行こうとしているんですか?」

ぞんびぃ「違うんです……! まっすぐが、わからなくなって……」

サヤ「あ、ウィンカー出すの遅いですよ! ここで曲がるのはわかってましたよね? まさか、後続車への嫌がらせですか!? 流石です!!」

ぞんびぃ「す、すみません……!」

サヤ「なにをちんたら走ってるんですか? さては、公道でトラクターごっこですね! ははは、先生はユーモアのあるお方ですねぇ」

可可「あおり運転デェス……」


その後、ぞんびぃさんとサヤさんは運転を交代しマシタ。

ぞんびぃさんは泣きながら後部座席へと移っていきマシタ。でも、これでよかった気もしマス。ロケットに乗るより怖かったデスから。
 
449: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:52:32.08 ID:vHIQknhh
可可「……本当に秘書さんなのデスか?」

ぞんびぃ「はい……。わたくしの運転が危なっかしいので、サヤさんには指導してくださるよう、お願いしてあるんです」

サヤ「それにしても、先生。とつぜん運転したいなどとおっしゃって、どうかされましたか?」

ぞんびぃ「ひ、久しぶりにハンドルを握ってみようと思いまして……」

可可「できれば、二度としないほうがいいデス。世界のために」

ぞんびぃ「はい……」シュン


三人を乗せた車は、とても静かに進行していきマシタ。


可可「……私たちはどこに向かっているのデスか?」

サヤ「いえ、どこにも」

可可「はい……?」

ぞんびぃ「実はいま、わたくしの公務の真っ最中なんです。フロンティアの開拓現場の視察、および治安維持のための巡回をしています」

サヤ「先生は偉い為政者なんです。このUR地域を治めていらっしゃるんですよ」

可可「なるほど、合点がいきマシタ。だから"先生"」

ぞんびぃ「僭称ではありますが……一応」
 
450: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:54:19.85 ID:vHIQknhh
空から降り注ぐ光線が、地上の温度をほどよく保っていマス。外では、子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてきマシタ。

公務兼ドライブは、無限の時間を最大限楽しむように、緩慢に続きマス。


『デケデケデッデッデー♪ ピローン♪』

『さあ今日もはじまりました! 日常のクウゲキを埋めるためがんばります。〈スペースラジオ〉のお時間です』

『私、ナポリタンモンスターがお送りします。よろくしお願いします!』


可可「……スペースラジオ、やってるんデスね」

ぞんびぃ「! こちらの番組をご存知なのですか!?」

可可「はいデス。地球にいたころに、たまに流れてきて…………」


地球での思い出は、失った友の姿を呼び起こしマシタ。……実際に姿を見たことはないので想像のものデスが。

胸が絞った雑巾のようにねじれ、ぎゅーっと痛みマス。


サヤ「先生は、こちらの番組のヘビーリスナーですからね」

可可「このラジオが理解できるということは、ぞんびぃさんも、地球の言葉がわかるんデスね」

ぞんびぃ「え、ええ……。わたくしも、地球出身ですので……」
 
451: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:56:07.31 ID:vHIQknhh
恋「──あ、サヤさん! 止めてください!」


話題を逸らすかのように、ぞんびぃさんは叫びマシタ。

車が停まると、運転席を降りたサヤさんが、わざわざ後部座席のドアを開けていマシタ。

どこかから、歌が聞こえてきマス。


恋「……ありがとうございます。少々お待ちを」


ぞんびぃさんは、ドアをきっちり閉め、それから駆け出しマシタ。

車内に残ったのは、サヤさんと私。


サヤ「質問をシミュレートし、先に回答しておきます」

サヤ「先生は、歌集会の取り締まりにまいられました」

可可「……歌を規制するのデスか?」

サヤ「ええ。惑星国家では、"音楽的行為"は総じて禁止されていますので」


サヤさんは、私が言い切るのを待たずに答えマシタ。いまの反応すら、シミュレート通りだったのデショウか。
 
452: (たこやき) 2022/12/20(火) 03:58:37.27 ID:vHIQknhh
………………………。
………………………。


ククとすみれは、机の上にある物体に視線を落としマス。

それは、ククの愛情だけを込めた、"甘くて冷たいなにか"デシタ。


すみれ『……どうやったらアイス作りで失敗できるのかしら』

可可『デスが、現に失敗しマシタよ?』

すみれ『なんで開き直ってるのよ!』

可可『ありぇ……。ククにしては珍しく、しっかり軽量したはずなのに……』

すみれ『はあ……。こういう時のために、普段から料理の練習しときなさいよ』

可可『……ぐうの音も出ないとはこのことデスね。非常に腹立たしいデス』

すみれ『一言多いのよ! ……仕方ないから、このケーキをいっしょに作ったってことにしましょう』

可可『背に腹はかえられマセン……。断腸の思いデス。泣いて馬謖を斬りマス』

すみれ『また変な言葉覚えてる……』
 
453: (たこやき) 2022/12/20(火) 04:00:31.57 ID:vHIQknhh
アイスもどきは机の端に追いやられ、キッチンステージは、ケーキの独壇場となりマシタ。


すみれ『それにしても……恋の誕生日に、いちごのデザートを送ろうだなんて、いいアイデア考えたわね』

可可『はい! レンレンは友達と過ごす誕生日が初だというので、せっかくなら盛大にお祝いしたくて!』

すみれ『へー。あんた、結構やさしいところあるのね』

可可『なにを言いマスか! ククはやさしさの結晶体デスよ』

すみれ『だったらもっと私にも分けてほしいわね』

可可『だれがトートロジー女に分け与えるものデスか!』


すみれはきっと「だれがトートロジーったらトートロジーよ!」とつっこむので、ククはそこにブーメランをお見舞いしてやりマス!


すみれ『とーと……もしかして、私のことったら私のこと……?』

可可『……そもそもの知識が足りませんデシタか』

すみれ『はあ? なんの話よ……?』
 
454: (たこやき) 2022/12/20(火) 04:02:12.35 ID:vHIQknhh
すみれは、不思議なグソクムシ……いえ、人物デス。

最初は、ただただ嫌いデシタ。すみれの悪いとこばかり探して、いかに陥れてやるかばかり考えていマシタ。

しかしそのうち、すみれの人柄が見えてきたのデス。

すみれは、ククの姐姐にどことなく似ていマシタ。……まあ、姐姐のほうが美人さんデスが!

姐姐の面影を重ねてすみれを見ていたクク。さらに時間が経つと、今度は姐姐とは違うところが見えてきマシタ。

いまはもう、グソクムシでも姐姐でもない、"平安名すみれ"として、ククの視界に映っていマス。


そこまでの変遷で、すみれへの評価も乱高下し、からまったコードみたいによくわからなくなりマシタ。

「嫌い」だったはずが、すみれの人たらしのやさしさにほだされてしまったのデス。しかし、「好き」でもないのデス。

ククの中に芽生えた、知らない気持ち。この花に名前はあるのかどうか、それすらも判別つきマセン。


可可『……って、ああーーー!!』

すみれ『ギャラクシー!? なにったらなによ!!』

可可『…………アイスが、溶けかけてマス……』

すみれ『……はあ、何事かと思ったじゃない。もったいないし、ふたりでこっそり食べちゃいましょ?』

可可『……はい』


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
458: (たこやき) 2022/12/21(水) 03:46:32.96 ID:G+Ld0uGd



ぞんびぃさんとサヤさんがどこかに出かけていきマシタ。

玄関先で手をふりふりして見送ると、家の中は私とチビだけデス。


可可「仲良くお留守番デスよ、チビ」

チビ『ワン』


電気いぬ。

もこもこの毛に覆われた厚い皮の下には、複雑な回路が組み込まれているのを考えると、少しだけゆかいな気持ちになれマシタ。

私は、じゃがいもの皮むきを効率的に済ませてしまい、手持ち無沙汰デス。

なにかに触れていないと落ち着かず、手当たり次第に物を拾い上げていきマス。


この丸いオブジェは、千砂都が見たらよろこびそうデスね。
この肉球クッションは、メイメイが好きそうデス。
このつやつやなフラスコは、シキシキが持つと映えそうデスね。
このスムージー型インテリアは、ナツナツにぴったり。
このコーンアイスは、とてもおいしそうデス。
この土星のような物体は、ギャラクシーを思わせマス。
このきつねのぬいぐるみは、きなきなみたいデス。

そして、リビングの壁に立てかけてあるギターは、かのんのスバラシイ歌声を思い起こさせマシタ。
 
459: (たこやき) 2022/12/21(水) 03:49:31.22 ID:G+Ld0uGd
可可「…………チビ。私はなにしてるんデショウね」

可可「なんのために、宇宙まで来たのデショウか」

可可「大切なパートナーを失ってまで、私がすべきことなどあるのデショウか……」

チビ『ワン』


カコン。家のポストに投函される音。

私はぞんびぃさんから、勝手に外出しないよう言いつけられていマス。

しかし、ポストを覗きに出かけるくらいなら、外出にはならないデスよね。

靴を履いて、ドアを開けマス。そこからよちよちと進み、17歩のところにあるポストまでたどり着きマシタ。


可可「!!」


いま……すみれの声がしマシタ……。

間違いありマセン……。あれは、すみれデス……!

私はそのまま庭を抜け、すみれの影を追いかけマス。

環がないので、どこから聞こえたか探知できマセンが、まだそう遠くは行っていないはず……!

すみれすみれすみれすみれすみれすみれすみれすみれすみれすみれすみれすみれすみれすみれ…………。



「──クゥクゥさん!!」
 
460: (たこやき) 2022/12/21(水) 03:50:16.41 ID:G+Ld0uGd
車のドアを開け、飛び出してきたぞんびぃさん。二の腕を力強くつかまれマシタ。


ぞんびぃ「どこに行くつもりですか!? 危ないですよ!」

可可「でも……すみれが…………」

ぞんびぃ「…………すみれさんは、どこにもいませんよ」

ぞんびぃ「さ、家に帰りましょう」

可可「…………」


あれは確かに、すみれの声デシタ……。

シキシキも、惑星国家ですみれを見かけたと言ってマシタ。だから、その辺でばったり会っても、不思議ではないはずデス。

すみれ……。

すみれ、なのデスか……?
 
461: (たこやき) 2022/12/21(水) 03:53:26.10 ID:G+Ld0uGd



家に帰ると、ぞんびぃさんから説教がありマシタ。


ぞんびぃ「いいですか、クゥクゥさん! あなたが想像しているより、外の世界は危険なのですよ」

可可「車にひかれるから、デスか?」

ぞんびぃ「そういう問題だけではなくてですね……」

ぞんびぃ「と、とにかくだめなんです! もしまた、無断で外出しようとしたら……わたくし、堪忍袋の尾が切れますよ!」

可可「……はい。スミマセン」

ぞんびぃ「うぅ……近くで見ていないと心配です。わたくしもこの機会に、"夢見"の頻度を減らすべきなのでしょうか……」

可可「……夢見はなにデスか?」


知らない言葉が出てきたので、ぞんびぃさんに訊ねてまマシタ。すると、代わりにサヤさんが答えてくれマシタ。


サヤ「惑星国家の娯楽ですよ。庶民の間では広く親しまれてます」

サヤ「人工的に夢を見られるので、『夢見』。一部では魔術師とも呼ばれてるんですって」

可可「魔術師……」
 
462: (たこやき) 2022/12/21(水) 03:54:26.95 ID:G+Ld0uGd
息を〇すように黙っていたぞんびぃさんが、ようやく口を開きマシタ。


ぞんびぃ「クゥクゥさんにはあえて紹介しませんでしたが……。実は道路の傍に、数百キュビト間隔で『夢見所』があるんです」
>>1キュビト=約50cm)

ぞんびぃ「夢見所は、人ひとりが入れるサイズのボックスです。そこでダイヤルを回すと、夢見ができます」

サヤ「先生は、夢見ジャンキーですよ。一時期は一日に五回、夢見で絶頂されてましたからね」

ぞんびぃ「誤解を招く表現しないでください! 夢見は合法ですから! ……ほんとですよ!?」

可可「…………それは、好きな夢が見られるのデスか?」

ぞんびぃ「まさか、興味がおありで……? く、クゥクゥさんにはまだ早いですよ」

ぞんびぃ「夢見は……禁断の世界です。未成年の利用は固く禁止されています」

可可「私は計算上、32歳デスよ?」

ぞんびぃ「…………ええっ!?」
 
463: (たこやき) 2022/12/21(水) 03:57:46.45 ID:G+Ld0uGd
ぞんびぃ「……ああ、そうですよね。普通に考えれば……」

可可「?」

ぞんびぃ「す、すみません……。クゥクゥさんの容姿が、17歳のころと寸分違わず同じなもので……」

ぞんびぃ「てっきり、歳をとっていないのだと思い込んでいました」

可可「ウラシマ効果デスか? 年齢はしっかり重ねていると思いマスよ、私の身体が異常なだけで」

ぞんびぃ「ですよね……。ということは、地球でよく質問された『あなたは成人ですか?』にも、首肯できるわけですね……!」

可可「……冗談を言う気分じゃないデス」

ぞんびぃ「す、すみません…………」


うやうやしく謝るぞんびぃさん。腰まで伸びた黒髪が、藤の花のように美しく垂れ下がっているのデショウ。


ぞんびぃ「音楽が禁止され、娯楽に乏しいこのフロンティアでは、夢見は人々の心の安寧なのです」

ぞんびぃ「しかし、わたくしとしましては……クゥクゥさんには、使ってほしくありません」

ぞんびぃ「あるのは一時的な快楽のみ……。だれも、幸せになりませんから」
 
464: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:00:51.35 ID:G+Ld0uGd
外では、大音量のスピーカーから、洗脳放送が流れていマス。

『ラーラーラ~♪ ラーラーラ~♪』


可可「……音楽が禁止なのに、なぜかこの歌は許されていマスね」

ぞんびぃ「はい……。というより、この歌を傾聴させるために、一般国民の音楽活動を規制しているんです」

ぞんびぃ「わたくしも本音は、取り締まりなんてしたくありません……。しかし、立場上仕方ないのですよ」

ぞんびぃ「歌うことは、"神"への反逆。我々はいつも、五線譜に思いを馳せるほかないのです」

可可「……そうデスか」


しかし、私は知っていマシタ。

ぞんびぃさんは、毎日こっそり、ギターの練習をしているということを。
 
465: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:01:55.67 ID:G+Ld0uGd
………………………。
………………………。


かのんは、窓越しに外界を眺め、たそがれていマス。


かのん『……なんか、想像できないよね』

可可『なにがデスか?』

かのん『ほら、いまはこうやって、5人で毎日楽しく過ごしてるけどさ?』

かのん『あと数年以内には、世界そのものが終わっちゃうだなんて……』

すみれ『そうね。事実としては受け止めてるけど、実感は湧かないわね』

かのん『ねえ、隕石ってほんとに降るのかな……?』

可可『かのんが陰謀論めいたことを言い出しマシタ……! 隕石は来マスよ、絶対!』

かのん『だよねー……。あー、だれかが壊してくれたらなー』

千砂都『──恋ちゃん、いける?』

恋『むりですよ?』


伝説のジャム職人の不在に、みんな落胆していマス。

そもそも、ガッカリするほど期待を寄せていたのデスか……?
 
466: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:03:57.66 ID:G+Ld0uGd
すみれ『いまは、世界の心配してる場合じゃないでしょ』

千砂都『うん。新曲の心配しなきゃだね』

かのん『あーもう、どうしよぉー!?』

恋『いつも通り、かのんさんが作詞してくだされば、わたくしがメロディーを……』

かのん『ねえ、みんな! 今回は、新しい方法にチャレンジしてみない?』

可可『かのんの顔がキリッとしてマス!』

恋『新しい方法?』

かのん『うん。みんなで歌詞を持ち寄って、ひとつの歌にするの!』


かのんの言葉を要約すると、「歌詞ひとりで考えるの大変だから手伝って!」デシタ。


千砂都『もちろんオーケー! どんどんライム響かせちゃうYO!』

恋『しかし、わたくしの書いた歌詞では、世間からはあまりよく思われないのでは……』

可可『レンレン! 眼高手低な俗人どもに臆する必要はないデス!』

可可『書きたいものを書く、やりたいことをやる──それこそ、夢を追うということではないデスか!?』

恋『クゥクゥさん……! なるほど、おっしゃる通りですね……!』
 
467: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:05:44.15 ID:G+Ld0uGd
いいアドバイスができ、姉気取りで鼻高々なククを、レンレンは的確に突き刺してきマシタ。


恋『クゥクゥさんは、どのような歌詞をお考えなのデスか?』

可可『!?』

かのん『あ、クゥクゥちゃんって中国にいたころから、歌詞ノートつけてるんだよね』

可可『あぇ……。ありマスけど……』


ククがカバンからノートを取り出すと、みんなそろって覗き込みマス。


千砂都『わあ。中国語で書いたあとに、日本語訳にしてるんだ!』

すみれ『どれどれ……。「きみを知るたび、ぼくの世界は広がる」…………』

可可『あー!? 新しいページは見るなデス! あと朗読するなデス!!』


なんだか、スポポーンなククを視姦されているようで、いまさらながら恥ずかしくなってきマシタ……。

うぅ、ククの思いを書きつづったポエムが、みんなに見られていマス……!
 
468: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:08:23.84 ID:G+Ld0uGd
かのん『…………ねえ、これ……!』

かのん『……クゥクゥちゃん! この歌詞、すごくいいよ……!!』

可可『……あ、それは…………』


開かれた、最初のほうのページ。

かのんが指さすのは…………。



可可『……………………』

可可『ククの、大好きな人の言葉デス』



──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
469: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:12:27.88 ID:G+Ld0uGd



ここに来てからのクゥクゥさんは、常に重たい表情を変えません。

いったい彼女の身になにがあったのか、わたくしたちと離れてからどうやって生きてきたのか……。

訊きたいことは、列挙できないほどあります。

そんなある日、ダメ元で話題を切り出すと、クゥクゥさんは意外にもあっさり答えてくださいました。


変異体となったクゥクゥさんは地球へと追放されました。そして、滅びた地球で、およそ15年を過ごします。

旅のパートナーは、巨大なグソクムシ。頭にはいつの間にか環がついており、十徳ナイフのような汎用性をほこったとか。目が見えなくても、たくましく生きていたのです。

そんな地上でのサバイバル生活は、突如一変、地下での暮らしに変わりました。

地下にはなんと、きな子さんたち1年生3人組が! 他にも生き残った人類が身を寄せ合って、生活を続けていたのです!

……サヤさんの安否を知りたかったですが、質問はやめておきました。いまのわたくしには、"サヤ"さんがいますから……。

それから、四季さんの助力のもと、ノアを経由して人工惑星へと向かったそうです。


こうして、わたくしが抱いていた「どのようにフロンティアへ来たのか」という疑問は、解消されました。
 
470: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:18:29.43 ID:G+Ld0uGd
クゥクゥさんは、この数週間で、新言語がかなり上達しました。それでも、その容姿はやはり、17歳のまま。

もしかすると、精神年齢もまた、高校二年生で止まっているのかもしれません。

数多の愁嘆場は、未熟な少女の心には重すぎました。


ぞんびぃ「それでも……ここまでたどり着いたんですね」

ぞんびぃ「わたくしは、クゥクゥさんは強い人だと思います」

可可「……そんなことありマセン」

可可「私は、ずっと強がって……シタタカに生きているつもりになっていただけデス」

可可「絶対に泣かないと、心に誓ったのに……結局、何回も泣いていた気がしマス……」

可可「私が生きてこられたのは、私の力じゃない……。グソクムシがいてくれたから……」

可可「かのんや千砂都、すみれにレンレン……みんなに会いたいと思えたのも、グソクムシのいる安心感があったからデス」

可可「グソクムシがいなくなったいま、私はどうすればいいのかわかりマセン……」

可可「目標を見失い、行き先も不明……」

可可「もはや、自分の存在意義すらわからなくなっていマス……」


クゥクゥさんの叫びは、他人事には思えませんでした。
 
471: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:21:41.79 ID:G+Ld0uGd
可可「私……ずっと夢を見てるんデス」

可可「それは、夢寐にも忘れない思い出……」

可可「楽しかった高校生の時のこと……Liella!と過ごした濃密な2年間の記憶……」

可可「そんな過去に、ずっとしばりつけられているんデス……」

可可「もし、夢見というものを体験できるのであれば、私は……」

可可「もう二度と、過去のことを思い出さないように、記憶を改ざんしてしまいたいデス……」

ぞんびぃ「…………」


その日、わたくしはクゥクゥさんの心に、初めて触れられたような気がしました。


ぞんびぃ「……これは、わたくしの話です」

ぞんびぃ「かつて、わたくしにも……再び会いたいと願う人たちがいました」

ぞんびぃ「そのために、できることはなんでもしました」

ぞんびぃ「記憶を消さなくて済むよう、権謀術数を用いて成り上がり、いまの地位を確率しました」

ぞんびぃ「ずっと、ずっと……またあの人たちと会えることを願い、待ち続けたてきたのです」
 
472: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:26:30.45 ID:G+Ld0uGd
ぞんびぃ「…………しかし、もう疲れました……」

ぞんびぃ「重すぎる希望は心の底のほうに埋もれていき、何度掘り出しても、すぐに沈んでいってしまいます」

ぞんびぃ「……そのうち、わたくしは掘るのをやめました。希望を捨てました」

ぞんびぃ「いま残っているのは、器と地位と空虚な心だけ」

ぞんびぃ「なにをしている時でも、わたくしは自分自身がハリボテのように思えてならず、自分が何者かわからなくなるのです」

ぞんびぃ「これは、哲学的ゾンビと呼んでも差し支えないのではないでしょうか」

ぞんびぃ「……唯一の救いは、夢なんです」

ぞんびぃ「夢見の世界なら、わたくしは満たされていたあのころに戻れるのです……」

ぞんびぃ「あの世界でだけ、わたくしは人間に戻れるのです」

ぞんびぃ「夢に、すがるしかないんです……」


クゥクゥさんは、なにも言いませんでした。

その目がなにを見つめているか、だれにもわかりません。
 
473: (たこやき) 2022/12/21(水) 04:27:37.54 ID:G+Ld0uGd
わたくしは、いまのクゥクゥさんを、放っておくことができませんでした。


ぞんびぃ「クゥクゥさん」

ぞんびぃ「よければ、今夜は…………いっしょに寝ませんか……?」

可可「…………はい」


そう言うと、クゥクゥさんはお下がりの服を、スルスルと脱ぎはじめました。

その背徳的光景を、わたくしはただ、凝視することしかできませんでした。

しかし我に返り、慌てて止めます。


恋「ち、違います! この誘いは、そういうのではありません!」

可可「……そうデスか」


服を着るのを手伝い、それからわたくしの部屋へと案内します。

クゥクゥさんととなり合い、同じ空間で眠りにつきます。


ぞんびぃ「!」


クゥクゥさんは、わたくしの胸に顔をうずめ、声を押しころして泣いています。

熱いしずくが波紋となって広がり、わたくしの胸を湿らせました。
 
477: (たこやき) 2022/12/22(木) 03:52:34.62 ID:xqB05Zzn



私とぞんびぃさんが一夜を明かした、明くる日。サヤさんが人目を盗んで、私に接触してきマシタ。

いよいよじゃがいもむきは免許皆伝で、新たな野菜の皮むきを任せてもらえるかと思いきや、私の想像とはまるで違う用件デシタ。


可可「……車に乗っていればいいのデスか?」

サヤ「はい。先生にはバレないよう、後部座席でかくれていてください」


抑揚もなく、淡々とした声。恐らくは表情も鉄仮面のように固着して変わらないのデショウ。

サヤさんの思考が読めず、いぶかしんでしまいマス。


サヤ「クゥクゥさんには、先生の夢見に、同行してほしいんです」

可可「夢見……」

サヤ「ああ、すみません。とてもおかしな提案をしていることは、重々承知しています。私、なんだか変ですね……」

可可「エラー、デスか?」


サヤさんは、肯定も否定もしませんデシタ。


サヤ「私の存在意義は、先生の幸福にあります。そして、私に搭載された知能が、ある結論を導き出しました」

サヤ「あなたが、先生を照らす光になると」
 
478: (たこやき) 2022/12/22(木) 03:54:29.42 ID:xqB05Zzn



私はいま、車の後部座席に転がっていマス。


ぞんびぃ「クゥクゥさんはお昼寝されているのですね」

サヤ「……昨日は皮むきでお疲れだったようです」


私がいなくても不自然じゃないよう、サヤさんは適当な理由をつけてくれているようデス。適当すぎる気もしマスが。

ぞんびぃさんが車のドアを閉めると、音もなくエンジンがかかり、気づけば発車していマシタ。


夢見所には、さまざまな形態があることは、サヤさんが教えてくれマシタ。

町の方々に設置されている、ボックス型。専門の店舗に備えつけられた、店舗型。そして、ドライブスルー型。

ぞんびぃさんは、個人を特定されず、なおかつじっくり夢見したいという需要を満たすため、いつもドライブスルー型の夢見所を選ぶそうデス。

なので、このまま後部座席にいれば、ぞんびぃさんとともに夢見を体験できるわけデス。

……それがなぜ、ぞんびぃさんの幸福につながるかはわかりマセンが、夢見には興味ありマシタ。せっかくなので体験してみマショウ。
 
479: (たこやき) 2022/12/22(木) 03:57:55.51 ID:xqB05Zzn
車が停止し、いつの間にかエンジンも切られていマシタ。


『ファミリープラン、90分コースを開始します』


開いた窓から、ガス状のなにかが流れ込んできマス。

そのにおいに魅せられるうちに、意識は底なしの湖へと沈んでいきマシタ。

深く、深く。



私の、遠い記憶。

夢寐にも忘れない思い出へ──。
 
480: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:00:07.48 ID:xqB05Zzn
……………………………………………。
……………………………………………。 





ククは、土踏まずのない子どもだった。





……………………………………………。
……………………………………………。 
 
481: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:01:21.93 ID:xqB05Zzn
幼少のころから、ありとあらゆる運動が苦手だった。

走る、泳ぐ、跳ぶ、投げる、蹴る、打つ、踊る……。どれもすべて、だめだめ。

だからなのか、ククは自然と、家にいることを好むようになった。


姐姐『そうやって引きこもってるから、いつまで経っても上達しないのよ。ほら、お姉ちゃんと遊びに行きましょ?』


ククの姐姐(姉)は、いつも正論で、ククのことをばかにしてくる。

姐姐は、ククが嫌いだから、こうやっていじめてくるのだ。


可可(7)『運動できなくても……クク、お勉強がんばってるもん……』

姐姐『ふーん。日本語のテスト、何点?』

可可『……30点』

姐姐『ははは! あれだけ勉強しても、30点なのね。毎日遊んでる私はいつも100点よ?』

可可『う、うるさい……! ばーかばーか!!』

姐姐『あら、泣いちゃった。ククはほんとに泣き虫ね』


成長につれ、ククはますます引きこもりになった。

運動がだめだめな分、勉強だけでもがんばらなければ……!

ククは、勉強ができる理想の自分を妄想し、その虚像を追いかけるようになっていった。
 
482: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:02:13.08 ID:xqB05Zzn
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……………………………………………。 





ククは、お気に入りのぬいぐるみがないと眠れなかった。





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483: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:03:05.88 ID:xqB05Zzn
そのくまさんのぬいぐるみの名前は……もう忘れちゃったけど。

幼少期のククにとってその子は、爸爸(父)よりも大好きな、お友だちだった。


可可(5)『……妈妈(母)』

母『小可、なにか用?』

可可『腕……ククのぬいぐるみ、取れちゃった』


毎夜毎夜ククに抱きしめられ、よだれを垂らされても、文句ひとつ言わなかったぬいぐるみ。そのフェルトの身体にも、いよいよガタが来ていた。

目が飛び出てるのも愛嬌だと、かわいがってたけれど、ぬいぐるみはとっくに限界を迎えていたのだ。


母『ごめんなさい、お母さん忙しいの。また今度、新しいの買ってあげるから』

可可『い、いやだ! このくまさんがいい!』

母『まったく……。お姉ちゃんが小可の歳のころは、もっと利口だったわ』

可可『……また、姐姐の話…………』
 
484: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:04:10.34 ID:xqB05Zzn
翌日。


可可『ばあああ~~~!! あーんあああああ~!?』

母『なに!? 帰ってくるなり騒々しい……!』

可可『ククの……ククの、ぬいぐるみ……』


ククは、サイボーグ手術を受けたくまさんのぬいぐるみを、自分から離すように両手で持つ。

ぬいぐるみは、身体中つぎはぎだらけだった。そこかしこに空いた穴から、はらわたが飛び出している。


可可『妈妈! ククが、ぬいぐるみ卒業しないから……こんなことしたの!?』

母『知らないわ。言ったでしょ? お母さん忙しいって』

可可『でも……でも…………』

母『裁縫道具なら家にあるから、自分で繕いなさい』

可可『…………うん』


それからククは、お裁縫の練習をはじめた。

最初はいっぱい指を刺し、いっぱい泣いた。だけど続けていくうちに、だんだんと手際よくこなせるようになった。

楽しくてつい夢中になり、勉強がおろそかだと妈妈に怒られることもあった。もともと、引きこもりだったククには、お裁縫はちょうど合っていたのかもしれない。

9歳のクリスマスには、サンタさんからミシンをもらった。その時はうれしさのあまり、犬みたいにリビングをくるくると駆け回った。……なぜか、両親は不審がっていたけど。
 
485: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:05:13.43 ID:xqB05Zzn
ククの好きなものは、他にもある。

くまさんのぬいぐるみが屠〇されてから、3年後。妈妈とふたり、ショッピングモールに出かけた時のこと。


母『小可。気に入った服があったら買ってあげる』

可可(8)『うん!』


ククは年相応に、ステレオタイプなかわいいものが好きだった。

この日も、いつものようにかわいらしい服を選んだ。ピンクで花柄のワンピースだ。

しかし、妈妈は呆れた様子でククを見下した。


母『まだそんな服を着るつもりなの?』

可可『えっ……』

母『こっちのほうがいいんじゃない? 見て、水色のパンダ! 小可にお似合いでしょ?』

可可『…………うん。これにする』


ククはいつも、親の言いなりだった。
 
486: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:06:32.43 ID:xqB05Zzn
帰宅後。姐姐のために買ってきた服を、本人に見せると……。


姐姐『なにこれ。私、こんなダサいの着たくない!』

母『ダサい……!? そ、そう……じゃあ自分で買ってきなさい』

姐姐『うん、わかった。だからお金貸して』


そう言って、自然な流れでお金をせしめた。

姐姐は、両親に対して臆することなく、自分の意見をはっきり申すことができる。ククには、とてもじゃないけどできないことだった。

くるっと、振り返った姐姐。水色パンダのTシャツを身につけたククを見ると、鼻で笑った。


姐姐『我が妹も、かわいそうに……。そんなダサい服、着させられるなんてね』

可可『…………』

姐姐『これからお洋服買いに行くけど、いっしょに来る?』

可可『!』


妈妈が見ている……。妈妈を否定したくない……。


可可『…………パンダ、好きだから……』

姐姐『……そう。ならいいけど』


それは嘘ではなかった。だけど、本心でもなかった。
 
487: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:07:42.65 ID:xqB05Zzn
しばらくして、とびきりおしゃれな装いで帰宅した姐姐。

妹だけど、その姿に、思わず見惚れてしまう。


姐姐『はい、クク。これはあんたのお洋服』

可可『ククに……?』

姐姐『そうよ。パンダ服の妹なんて、こっちが恥ずかしいわ。早く着替えてきなさい』

可可『…………いらない!』


ククへのプレゼントを、力任せにはたき落とした。

姐姐ブランドのおしゃれ服をもらえるせっかくの機会だったのに、ククは固辞したのだ。

ピンクで花柄のワンピースは、廊下のすみで萎れている。怒られるかもと身構えたが、姐姐はなにも言わずにそれを拾い上げた。


姐姐『……妈妈にも、同じように言えばいいのに。なにがそんなに怖いの?』

可可『…………』

姐姐『はあ……。あんた、いつもそうよね』

姐姐『言いたいことも言えず、うじうじ足踏みして、立ち止まってばかり。見ててイライラするわ』

可可『むっ……』
 
488: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:09:15.84 ID:xqB05Zzn
姐姐はその無鉄砲さで、なんにでも恐れずチャレンジしてしまう。

もちろん、失敗することは多少なりともあるのだろうが、たいていは成功した。

でもそれは、姐姐がすごいから。だれにでも真似できるものではないのだ。

ククは、失敗が怖い。だから、最初の一歩すら踏み出せない。

ククが踏み出せるのは、徒競走のようにピストルで合図があった時と、逃げ出す時だけだ。


姐姐『好きなものを好きだと言う、やりたいことにチャレンジする……。最初は怖くても、一歩踏み出しちゃえば、恐怖なんて吹き飛ぶわ』

可可『……それは、姐姐だから』

姐姐『私は関係ない。いまは、あなたの話よ、クク?』

姐姐『物事はね、はじめたい時にはじめなきゃはじまらないの。……って、なんかトートロジーになっちゃったわね』


姐姐『思い立ったが吉日』

姐姐『……私の好きな日本語よ』


姐姐が好きな言葉……。

じゃあ、ククはその言葉が嫌いだ。
 
489: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:10:25.62 ID:xqB05Zzn
……………………………………………。
……………………………………………。 





ククは、なんでもできる完璧な姐姐が嫌いだった。





……………………………………………。
……………………………………………。 
 
490: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:11:45.76 ID:xqB05Zzn
姐姐は賢かった。小学のころからテストは常に上位で、いまでは国内で五本の指に数えられる大学に通っている。

おまけに、運動神経もよかった。なにをやらせても、それなりにこなせてしまう。それが、ククの姉だった。

さらにあろうことか、姐姐は美人なのだ。色恋のうわさは常に絶えなかったに違いない。

ついでに、人格も優れ(少なくとも体面では)、人望も厚かった。

文武両道で才色兼備。どんなほめ言葉も当てはまるような、全方位完璧人間。

……だから、嫌いだ。


姐姐のせいで、ククは周囲から"姐姐の妹"としてしか、見てもらえなかった。

そのくせ、姐姐の劣化版なのだから、あらゆる場面で見下された。

期待してくれている人を落胆させるたびに、申し訳ない気持ちと、姐姐への恨みつらみがつのっていった。

だから、姐姐が嫌いだ。
 
491: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:13:33.62 ID:xqB05Zzn
……姐姐が嫌い。だけど、姐姐が姉であることは、ククにとってほこらしいことだった。

いつもククの進む道の先にいて、先を照らしてくれた。

ククは、本当は、姐姐みたいな人になりたかった。

"泣き虫クク"とは違い、絶対に泣かない姐姐。したたかに生きるその姿に、密かにあこがれていたのだ。


…………でも。姐姐は、ククが嫌いなのだ。

なんでもできる自分に対し、妹はてんでだめだめだから、さぞかしガッカリしただろう。

嫌うには、それだけでじゅうぶんな理由となった。

先に嫌いはじめたのは、姐姐のほうだった。

なので、ククが姐姐を嫌うのも、当然の流れである。
 
492: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:14:43.72 ID:xqB05Zzn
──他の家族について。


妈妈は、好きだ。

学歴至上主義で、ククに勉強ばかりさせるが、それも全部ククのためだと理解している。

妈妈の言うことは、常に正鵠を射ている。だから、言われた通りに従うのが最適解なのだ。


爸爸は、どちらかというと好きだ。

……正直なところ、特にこれといった感想はないのだが。

ククが中学に入ったあたりから、爸爸は毎日仕事詰めとなった。なにをしているかは知らないが、そこまで大変な仕事なのだろうか?
 
493: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:16:45.53 ID:xqB05Zzn
……………………………………………。
……………………………………………。 





ククには、夢がなかった。





……………………………………………。
……………………………………………。
 
494: (たこやき) 2022/12/22(木) 04:18:11.16 ID:xqB05Zzn
光が集まり、夜の街をにぎやかす。

見上げると、街頭モニターにでかでかと映し出されている広告。

それは、どこかの大学の案内だった。偏差値はかなり上のほうだったと記憶している。


可可『…………』


勉強して、勉強して、勉強して。

いつか、大学に入って、卒業したら企業に就職して……。

それが、ククの幸せ。だからククは、がんばらなくてはいけない。

妈妈の言う通り、勉強し続けるしかない。

ククは、夢を見たことがなかった。でも、別によかった。

だって、いまいるこの世界は、現実なんだから。


街頭モニターから目を離し、重たい足取りで歩き出した。

──クク、13歳の春。
 
499: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:45:09.64 ID:pjIk2hZ5
…………。


母『お父さん、聞いて!』

母『小可……この子、このごろは塾に行かず、毎晩ゲームセンターに通ってたそうなのよ!?』

母『今日、警察の方から連絡を受けて、初めて知ったわ……。私、ショックで卒倒するとこだったわ……』

父『ああ、そうか……』

母『なにその反応……? ちゃんと話を聞いてよ! 娘の将来がかかってるのよ!?』

父『そうだなぁ……』

可可『…………』


母『中学に入ってから、成績が落ちてるのが気にかかってたけど……まさか、勉強をサボって遊んでるなんて……!』

母『……ねえ、小可。あなたはゲームセンターに通ってたから、成績が落ちたのよね……?』

母『これから、ちゃんと塾に通い続ければ、また成績も上位に戻るわよね……?』

可可『…………うん』


ククは嘘をついた。因果関係がまるっきり逆だ。

小学から中学に進学し、周囲のレベルが格段に上がったことで、相対的にククの成績は急降下した。

ククは、その現実に耐えられなかった。だから逃げ出した。勉強から逃げ、非日常を味わえるゲーム体験に身を置こうとしたのだ。
 
500: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:46:33.86 ID:pjIk2hZ5
…………。

なにもしゃべらず、大人しくうなずいていると、説教はすぐに終わった。

自室に戻ろうとすると、扉の前には姐姐が立ちふさがっていた。


姐姐『ゲーム、楽しかった?』

可可『……なに、嫌味?』

姐姐『単なる日常会話よ。姉妹なんだし、それくらい普通でしょ?』

可可『…………』


早く部屋に逃げ込みたかったが、姐姐がそれを阻止する。


姐姐『ねえ、クク。もし明日、地球が滅ぶとしたら……最後の晩餐はなにがいい?』

可可『……なんの話?』

姐姐『日常会話。で、なに食べたい?』

可可『……ナポリタン。冷凍の』

姐姐『えっ、そんなのでいいの……? 謙虚というか、発想が貧しいというか……』

可可『さっきからなんなの! 早くそこどいてよ。レポート忙しいんじゃないの?』

姐姐『そんなの通学中の数分で終わらせるわ。でも、ククと話せる時間は、家にいる間だけでしょ』


ククは、姐姐と話すことなんてなかった。それでも姐姐は話を続ける。
 
501: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:47:23.39 ID:pjIk2hZ5
姐姐『……隕石が落ちたら、流石に地球もおしまいよね~』

可可『まさか、そんなデマ信じてるの……? クラスの子が言ってたよ、隕石騒動はアメリカの陰謀だって』

姐姐『そうだったらいいわね……』

姐姐『あと数年内に降ってくる、それは間違いないわ。爸爸も家族での宇宙脱出のため、必死に働いてくれてるでしょ?』

可可『…………』

可可『ほんとに、地球……終わるの……?』

姐姐『……さあ、どうかしらね』

姐姐『案外、隕石落下後もしぶとく人類は続くかもしれないし、落下前に暴動が起きて勝手に絶滅するかもしれないわね』


とつぜん目の前に降ってきた、余命宣告。

数年以内に、地球はなくなる……?

……そうしたら、もう勉強しなくて済むのかな、なんてことを考えてしまう。

だって、人類に未来は存在しないのだから。
 
502: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:49:54.84 ID:pjIk2hZ5
姐姐『ねえ、クク』

姐姐『あんた……夢はある?』

可可『……ない』

姐姐『寂しいわねぇ。ちなみに、私はいっぱいあるわよ!』

可可『そう、よかったねー』


夢。

人が生きるのに、夢は必要なのだろうか。もし必要なのであれば、夢がないククは、なぜ生きているのだろう?

……なんてことを考えてしまう。


ククはどこか、現状を達観していた。いや、諦念というのだろうか。

余命宣告受容RTAがあるなら、ククは上位に入れる自信があった。
 
503: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:51:07.94 ID:pjIk2hZ5
…………。

──この日、ククの人生は変わった。


光が集まり、夜の街をにぎやかす。

見上げると、街頭モニターにでかでかと映し出されている広告。

それは、ククの人生の中で、見たことのない光景だった。


可可『』


息をするのも忘れて、その映像に観入った。

明るい曲に合わせ、ふたりの女の子が歌い、踊っている。

アイドルだろうか……? いや、どうもただのアイドルとは違うらしい。

あとで調べたところによると、このふたりは"スクールアイドル"という、日本ではかなりの知名度をほこる存在なんだとか。

……でも、名称なんてものは、いまはどうでもよかった。

その神々しいきらめきに、魅了されてしまった。

噴き出す炭酸飲料のように、ククの全身はエネルギーに満ちあふれていた。


その映像が流れ終わるまで、ククの目は、釘づけとなった。

街頭モニターから目を離したあとも、余韻が身体を支配し、軽やかな足取りで帰路についた。

──クク、15歳の秋。
 
504: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:52:23.70 ID:pjIk2hZ5
…………。

初めての夢は、壮大だった。

胸の奥から込み上げる衝動に、身体が驚き、震えが止まらなかった。


──ククは、スクールアイドルになりたい!


この興奮は、筆舌に尽くしがたい。

目に映るすべてが星のように輝き、耳に入るすべてが歓喜に沸いたのだ。

ククはインターネットで、ひたすら情報を漁った。アップロードされている映像を舐め回すように見まくった。

スクールアイドル……! Sunny Passion……!!


気づけば、ククは埃をかぶっていたミシンを取り出し、湧き起こる衝動がままに衣装を作りはじめていた。

かわいさだけを追求した、ククが考えた最強の衣装! ……ちょっと露出が多すぎるかもしれないけど。

この日から、ククは無我夢中で、衣装作りに没頭した。

……だけど、作った衣装はすべて、だれにも見つからない場所へとかくした。


ククの夢は、あまりにもでかすぎた。

スクールアイドルになるためには、日本へ留学しないといけない。しかし、両親がそれを許すとは到底思えなかった。

叶わない夢に夢見たって、仕方ないから……。この気持ちは全部、衣装とともにタンスにしまわないといけない。

思いは日増しにくすぶる。それでもククは、衣装作りを通して、スクールアイドルへの欲求を満たすしかなかった。
 
505: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:53:22.39 ID:pjIk2hZ5
そんなある日。いつものように衣装を作ろうと、部屋へと向かっていると、扉の前に姐姐がいた。

姐姐は無言のまま、手招きしている。

その目的はよくわからなかったが、なんとなくついていき、姐姐の部屋へと入った。

部屋の中は、いいにおいがした。


姐姐『私ね、最近、"新しい夢"ができたの』

可可『……だからなに?』

姐姐『思い立ったが吉日よ』

姐姐『いつ叶うのか、まだわかんないけど……。たったいまから、私は夢のために行動することにしたわ』

可可『っ!!』


それは、夢をかくし、くすぶっているククへの当てつけに思えた。


姐姐『自分の心に嘘ついて生きるのって、楽しくないでしょ? やりたいと思ったなら、すぐ行動しなきゃ!』

姐姐『……あんたはどう? いまのあんたは、本心で動いてるの?』

可可『ククは……』
 
506: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:55:06.48 ID:pjIk2hZ5
姐姐『あ、爸爸も帰ってきた! ほら、クク! 行ってきなさい!!』

可可『!?』


むりやり背中を押され、ククはリビングにたどり着いた。


父『ああ、小可。ただいま』

母『……小可?』

可可『……………………』


ククの、本心……。

そんなの、決まってる。

自分でも無謀だと思うし、周囲からはばかにされるかもしれない……。叶えられるかなんて見当もつかないほどの未知数……。

それでも、貫きたいと思えたこの衝動…………。

これが、夢の力……!


可可『……妈妈、爸爸』

可可『……話が、あります』
 
507: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:56:42.86 ID:pjIk2hZ5
両親に、日本の高校へ留学したい旨を訴えた。


可可『く、クク……は……』

可可『日本で、スクールアイドルがしたい……です』

可可『初めてできた、夢だから……! なんとしてでも追いかけたいの……!』


案の定、両親からは猛反対を受けた。

手を何度も握りなおして、空気に圧されないよう立ち向かう。


母『小可。もうすぐ地球が滅亡すること、知ってるわよね?』

可可『……うん』

母『宇宙へ脱出すれば、生きながらえることができるのも、知ってるでしょ?』

可可『……』

父『実はな。お父さんの研究がうまくいけば、その功績が認められ、宇宙に行けるかもしれないんだ』

父『もしその時になって、小可が中国に戻ってこられず、ひとりだけ宇宙に行けなくなったらどうする?』

可可『それは……』

父『命あっての物種。生きてなきゃ、夢も見られないじゃないか』

父『なあ、小可。利口なおまえなら理解できるだろう』
 
508: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:58:07.17 ID:pjIk2hZ5
無垢な感情が身体を燃やし、目頭が熱くなる。

……泣くな! 泣いたって、なにも変わらない……!!

スクールアイドルになりたい! 日本に留学したい! この想いは、だれにもゆずれない!!

もう、逃げない! ククは、ククのやりたいことをやる……! 

そのためには、立ち止まらずに進まなきゃ……!


ククは、一歩前へ──足を踏み出した。


可可『それでも……それでもククは、スクールアイドルになりたい……!』

可可『この夢を、叶えたいの……!』

母『どうしてわからないの!? 夢なんかより、あなたの命のほうがよっぽど大事なの!』

母『もし、小可の希望通り、日本に行って、スクールアイドルになれたとして……』

母『そのせいで地球脱出の機会をなくし、助からなくなったとしたら……それであなたは納得できる!?』

可可『……』

母『そんなの、死ににいくようなものじゃない! 夢に死ぬなんて、愚か者よ!!』


さあ、言え! 言え! 言え!

ククのありったけの想いを、いま! ぶつけるんだ!!


可可「ククは……………………」





可可『夢のためなら死んでやる──!!』
 
509: (たこやき) 2022/12/23(金) 03:59:54.68 ID:pjIk2hZ5
…………。

両親を相手取った水かけ論は、4時間続いた。

途中、何度も勘当されかけたが、ククの熱意に根負けした両親は、日本の学校の入試を受けることをしぶしぶ了承してくれた。

そして念願叶って、日本への留学が決まった。

さっき届いたばかりの合格通知を高々に掲げ、部屋の中でくるくると回る。

留学先は、私立結ヶ丘女子高等学校。来年から創立される新設校だ。

ここでククは、スクールアイドルになる夢を叶える……!


あの時、ククの背中を押してくれた姐姐には、感謝しなくてはならない。

まあきっと、嫌いなククを家から追い出すために、発破をかけただけ、なんだろうけど……。



ククが日本へと発つ、その日。

空港まで見送ってくれたのは、姐姐だけだった。……まあ、両親が来ないのは、当然といえば当然かもしれない。最後までククの留学をよく思ってなかったし……。

姐姐は、これで目障りなククがいなくなるから、せいせいしていることだろう。


可可『送ってくれてありがと。もうここでいいから』

姐姐『……うん』
 
510: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:01:00.95 ID:pjIk2hZ5
スーツケースをからから転がし、搭乗口へと向かう。


姐姐『…………クク!!』


大声で名前を叫ばれ、びっくりした。振り返ると、姐姐は口をモゴモゴさせ、言葉を探している。

……それは、いままで見たことのない、姐姐の姿だった。

姐姐は弱々しい表情を浮かべ、ククのもとへ駆け寄る。


姐姐『あ、あの……クク…………』

姐姐『私ね……? あんたに、謝らないといけないことが、あるの……』

可可『謝る?』


ククが姐姐に謝るならまだしも、姐姐がククに謝ることなんて、なにひとつ思い当たらなかった。


姐姐『ククが大事にしてた、くまのぬいぐるみ…………再起不能にしちゃって、ごめんなさい……』

可可『!?』


あのサイボーグ化は、姐姐の仕業だったの!?

というか、何年前の話してるの? もう10年くらい前だよ、その事件……!
 
511: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:03:16.69 ID:pjIk2hZ5
姐姐『ククを喜ばせたくて、お姉ちゃんがこっそり直してあげようと思ったの……。そしたら、元より悲惨な状態になっちゃって……』

姐姐『謝ろうと思ったけど……なかなか言い出せなくて…………』

姐姐『ククに嫌われたくなくて、ずっと黙ってたの……。いまさらだけど、ごめんね……?』

可可『そ、そうなんだ。別にいいけど……』


完璧超人だと思っていた姐姐に、垣間見えた不器用さ。

ククは、呆気にとられた。

……しかし、「嫌われたくない」というのは、どういう意味だろう? 姐姐もククも、互いに嫌い合ってるはずなのに。


姐姐『あんたは、私とは比べものにならないくらい、手先が器用よね……』

姐姐『ククの作る衣装、かわいらしくて好きだわ』

可可『!?』


どうして姐姐は、ククが衣装作りしてること知ってるの……!?


姐姐『いつか、見てみたいの』

姐姐『ククがあのかわいい衣装を着て、歌って踊っているライブステージを。この目で見たいの』

姐姐『──それが私の、"新しい夢"!』
 
512: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:04:31.64 ID:pjIk2hZ5
可可『……………………』

可可『……………………』


瞬間、すべてを理解した。

ククはとんでもない大ばか者だ。

姐姐はククのことを、嫌ってなどいなかったのだ。

ククが先に嫌いになったのに、いつしか、その感情を姐姐のものだと思い込んでた。無意識に気持ちをすり替えてたんだ。


そうだ、そうだ……あの時も。

姐姐は、ククがほしかった服を見つけてきてくれたし、ククのくすぶらせていた気持ちを焚きつけてくれた。

いつもなぜか、ククのほしいものに気づいてた。

いつもなぜか、ククの気持ちを察していた。

そうだ……。

姐姐はいつも、ククのことを、考えてくれてたんだ……。



姐姐だけが、ククを見てくれていた……!

姐姐はククの、一番の理解者だったんだ……!
 
513: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:05:40.04 ID:pjIk2hZ5
可可『あ…………あああ……ああ……』


知らなかった……姐姐の想いを……。

姐姐はいつも、ククの味方でいてくれたのに……。

そのやさしさに、ククは気がつかなかった……。


可可『姐姐……姐姐ぇ…………』


ぽろぽろと涙がこぼれる。一度流れ出すと、収まることはなかった。

視界がにごり、姐姐の姿もぼんやり捉えられなくなる。


姐姐『…………』

姐姐『クク……!』

可可『!』


姐姐に抱きしめられる。

背中に回された姐姐のか細い手に、ぎゅっと力が込められた。
 
514: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:07:41.76 ID:pjIk2hZ5
姐姐『もう…………』

姐姐『泣き虫なんだから……』


抱きしめられているので、姐姐の顔は見えなかった。

でも、声が震えていることだけは、よくわかった。


姐姐『…………私も、泣き虫だ……』


姐姐が泣いているところを、ククは人生で一度も、見たことがなかった。

……この日、姐姐は初めて、ククの前で泣いた。



姐姐『……だめね、私…………。ククの前では……完璧なお姉ちゃんで、いたかったのに…………』

可可『え……』

姐姐『私、ずっと……妹から、あこがれられるお姉ちゃんになるため……いつも必死で、いいお姉ちゃん演じて…………』

姐姐『なのに……最後の最後で、みっともないとこ見せちゃった…………』

可可『……姐姐』
 
515: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:08:53.55 ID:pjIk2hZ5
姐姐『本当は……本当はっ!』

姐姐『ククに、どこにも行ってほじぐないよぉ……!』

姐姐『い゛や゛なの! ククには……ずっと近くに、いでほしい……!』

姐姐『…………でも』

姐姐『やっと、夢を見つけたんでしょ……?』

姐姐『だったら、お姉ちゃんは……応援するから!』

姐姐『どれだけ遠く離れていても、応援してるから……!』

姐姐『絶対に夢を叶えなさい……。あんたならできるわ』

姐姐『みんなの心に、名を残すような立派な人間になりなさい……!』

可可『……姐姐……! 姐……姐姐ぇ…………!!』

姐姐『クク……』


姐姐とククは、力強く抱きしめ合った。


姐姐『ねえ、クク……。あんたずっと、勘違いしてたみたいだけど……』

姐姐『これが、私の本当の想いよ…………』


姐姐は、耳元でそっとささやいた。



姐姐『…………あいしてる』
 
516: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:11:16.51 ID:pjIk2hZ5
………………………………………………。



かのん『…………ねえ、これ……!』

かのん『……クゥクゥちゃん! この歌詞、すごくいいよ……!!』

可可『……あ、それは…………』

可可『……………………』

可可『ククの、大好きな人の言葉デス』

千砂都『大好きな人……?』

可可『……ククの、お姉ちゃんデス』

恋『クゥクゥさん、お姉さんがいらっしゃるんですね』

すみれ『すてきなお姉さんね』

可可『はいデス!』


姐姐の好きな言葉。

それはいつしか、ククの好きな言葉となった。



遅すぎるなんてない

不可能なんてない

いつだって

──思い立ったら、その日が始まりのDay1
 
517: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:11:52.76 ID:pjIk2hZ5



意識の奥底、深層部。

そこは、無色透明に広がる無限の空間。

その中にぽつんと、私がいマシタ。ひざを抱えて、ひとりうずくまっていマス。

私は泣き虫だったから、いつしか床は、涙で水びたしになっていマシタ。

水面に映る私の顔は、暗く落ち込んでいマス。まるで世界のあらゆる絶望を目にしてきたかのような表情デス。


──動かなきゃ。


だれかの意志を受け、立ち上がった私。でも、そこから前に進みマセン。

足はその場に生えているかのように、微動だにしませんデシタ。


どん。

背中を押され、踏ん張ろうと出た足が、最初の一歩を刻みマシタ。

背後を振り返っても、そこにはだれもいマセン。

……やさしくも、きびしい。そんな愛ある風が、私に吹いたのデショウ。
 
518: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:12:54.45 ID:pjIk2hZ5
それでも私は、二歩目を踏み出せないでいマシタ。

歩行中に時が止まったかのように、中途半端な体勢のまま、二の足を踏みマス。

うつむく私。すると、あることに気がつきマス。

一歩目を踏み出したことによって、足もとの水には波紋が広がっていマシタ。

波紋は、無味乾燥な世界に彩りを与えマス。私を中心に、でかいのキャンバスを水色で染めていくのデス。


私は、二歩目を踏み出しマシタ。

足が地面に触れた途端、水色が円形に拡散していきマス。

ひた、ひた、ひた。

三歩目、四歩目、五歩目。

歩くたびに、世界が私色にうつろっていきマシタ。


足は自然に、前へ出マシタ。次の一歩を刻むため。
 
519: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:14:26.37 ID:pjIk2hZ5
いつしか私の足は走り出し、水びたしの空間に、規則的で幾何学的な波紋を残していきマス。

たまに、水たまりを飛び越えるように跳ねてみたり、くるっと回転してみたり。

そうしたら、私の動きに呼応するように、世界には色がつき、愉快な音色が奏でられマシタ。

それが楽しくて、ただ楽しくて。私は運動の第一法則に従い、何者の干渉も受けず、ひた走り続けマシタ。

私が走ってきた軌跡には、水色の道ができているはずデス。でも、振り返ったりしマセン。もう背後は気になりませんデシタ。

私は無鉄砲に、心のおもむくままに、世界を表現していきマス。


そのうち、新たな彩りが生まれマシタ。

オレンジ、黄緑、ピンクに群青。そして水色。

5色は時に混ざり合い、時に反発し合い、けれどみんな、同じ方向へと進んでいきマス。

また、違う色が四つ増えマシタ。より複雑な色合いを生み、それぞれの個性を保ちながらひとつにまとまっていきマス。


進む方角は、みな同じ。

おのおのが描く、夢の終着点へ──。
 
520: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:15:20.45 ID:pjIk2hZ5



『お時間となりました。夢見を終了します』


世界が転換し、わたくしの意識は、現実に引き戻されます。

ほおを熱いものが流れました。


ぞんびぃ「…………お母様……」


目を閉じて、夢の余韻にひたろうとしたのも束の間。

車の後部座席から、うめき声がします。



可可「あぅ……うぐぅ……」

可可「姐姐…………!」

可可「ううっ……ぐすっ…………姐姐ぇ……」

ぞんびぃ「く、クゥクゥさん!? なぜ、ここに……!!」


あまりの衝撃に、涙もどこへやら。

パニックを起こした思考回路は、手近なサヤさんに助けを求めました。
 
521: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:16:14.69 ID:pjIk2hZ5
サヤ「どうやら、クゥクゥさんも夢見を体験されたようですね」

ぞんびぃ「この状況から推測するに、そういうことになりますね……」

ぞんびぃ「クゥクゥさんは初の夢見なので、明晰夢ではなく、過去の追体験になったと思われますが……」


可可「姐姐……もっとククのステージ、見てほしかった…………」

可可「あああ…………姐姐、姐姐ぇ……」

ぞんびぃ「…………」


身体を小さく丸め、泣きくずれる少女。

わたくしは、クゥクゥさんが内心を打ち明けてくださった、昨日の会話を思い出していました。

『絶対に泣かないと、心に誓ったのに……』


サヤ「先生。クゥクゥさんにお声がけされなくて、よろしいんですか?」

ぞんびぃ「……はい」

ぞんびぃ「わたくしはなにも見ていませんので」
 
522: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:17:08.23 ID:pjIk2hZ5



サヤさんの運転で、車はスムーズに走行し、家まで帰ってきました。

後部座席を振り返り、クゥクゥさんの様子を確認しようと思ったら、そこはもぬけの殻でした。

クゥクゥさんはすでに降車され、うんと背伸びをしています。


可可「ふぅ~! 気分すっきりデス!」

ぞんびぃ「クゥクゥさん…………」

ぞんびぃ「なんだか、見違えたようです……。お顔も明るくなられて……」

可可「はいデス! 夢を見たおかげで、ククは大切なことを思い出せマシタ!」


クゥクゥさんは、澄みわたる快晴の空に、手を伸ばしています。


可可「思い立ったが吉日……」

可可「これは、ククの大好きな人の言葉であり、ククの大事にしている言葉でもありマス」

可可「ククは少し、足踏みしてしまいマシタが……もう一回! 夢へと向かって歩き出そうと思いマス!」

可可「なので、ぞんびぃさん。いままでお世話になりマシタ。ククはもう出ていきマスね」

ぞんびぃ「えっ……? ……えええっ!?」
 
523: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:18:53.29 ID:pjIk2hZ5
わたくしは車の窓から身体を乗り出し、去りゆこうとする彼女を、なんとか静止させようとします。


ぞんびぃ「ま、待ってください! そんな、いくらなんでも急過ぎます……!」

可可「スミマセン……。デスが、もう決めたことなのデス」

可可「いつまでもふさぎ込んでいたら……笑われてしまいマスので」

可可「姐姐に、すみれに……そして、グソクムシに」

ぞんびぃ「で、ですが……! なにも、いますぐ出ていくことはないのでは……?」

可可「そういうわけにはいかないデス! ククは進むべき道を再確認できマシタ。もう立ち止まっていられないのデス!」

可可「それに、ぞんびぃさんはククとは関係のない人デスから。これ以上の迷惑はかけられマセン。それでは拜拜デス!」

ぞんびぃ「関係…………」

ぞんびぃ(つまり、わたしくとクゥクゥさんの間に、強い関係値があればよいのですね)

ぞんびぃ(しかし……いまのわたくしは、"葉月恋"ではなく、"哲学的ぞんびぃ"です……。クゥクゥさんとは、最近知り合ったばかりの、ただの他人……)

ぞんびぃ(これからもずっと、クゥクゥさんといっしょに暮らしたいですが……。クゥクゥさんはわたくしを置いて、どんどん先へと突っ走っていきます……)

ぞんびぃ(わたくしは、どうすればよいのですか……?)
 
524: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:20:14.52 ID:pjIk2hZ5
ぞんびぃ「…………あの、サヤさん!」

サヤ「……」

ぞんびぃ「サヤさん! わたくしはどうすればよいと思いますか!?」

サヤ「……現在、スリープ中です。ピー、ガガガガ」

ぞんびぃ「なにをふざけているのですか!!」

ぞんびぃ「……あー、もう! わたくしに決断しろと、そうおっしゃいたいのですね!? わかりましたよ!」


おもむろに、ドアノブに手をかけます。少し力を入れて引けば、ドアは簡単に開きます。


ぞんびぃ「…………」


わたくしはいま、一度は捨てたはずの希望を、また追いかけようとしています。

希望を持ち続けることがどれだけつらいか、痛いほど、理解しているはずなのに。

クゥクゥさん……。わたくしは、わたくしは…………。


ガチャ。

わたくしは自分の手でドアを開き、そして、クゥクゥさんを追いかけます……!
 
525: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:21:23.39 ID:pjIk2hZ5
ぞんびぃ「!? クゥクゥさん、速いです……!」

ぞんびぃ「いえ……わたくしが、運動不足なのですね……はあ、はあ…………」


数年ぶりに、足を使って走ったような気がします。イメージ通りに身体が動いてくれません……。

それでも遮二無二、追いかけるしかありません!


ぞんびぃ「はあ、はあ、はあ…………クゥクゥ、さん……!」

ぞんびぃ「クゥクゥさん……! 待ってぇ……クゥクゥさん…………」


クゥクゥさんの後ろ姿が、だんだん近づいてきました。あと少し……!


ぞんびぃ「…………クゥクゥさん……!!」

可可「!! ぞんびぃさん──」

ぞんびぃ「!?」


わたくしの声に振り向いたクゥクゥさんは、足を踏み外し、転倒寸前!

わたくしは咄嗟に、クゥクゥさんへと手を伸ばします!

ドテーン。
 
526: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:22:38.35 ID:pjIk2hZ5
ぞんびぃ「うっ…………」


倒れるクゥクゥさんの身体の下に、なんとか滑り込むことができました……。

いま、仰向けで倒れるわたくしの上に、クゥクゥさんがべったり重なっている状態です。なんだか……性的です!


可可「……ククたち、お寿司みたいになってマスね」

ぞんびぃ「!! いい喩えですね……!」

可可「ぞんびぃさん……大丈夫デスか?」

ぞんびぃ「は、はい……。少し背中を打った程度です」

可可「そうデスか……。あの、なぜククを追いかけてきたんデスか? もうお別れは済ませたつもりデシタが」

ぞんびぃ「えっとぉ……そのぉ…………」


ここまで来て、尻込みしてしまう自分が情けない……。

もう、覚悟を決めましょう……!

わたくしだって、まだ……夢を見られるはずですから……!!


ぞんびぃ「わたくし、実は……葉月です! 葉月恋なんですーーー!!」

可可「…………だれデスか?」

ぞんびぃ「えええええーーー!?」
 
527: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:23:55.21 ID:pjIk2hZ5
可可「……ふふっ、冗談デェス!」

可可「レンレン~……! ようやく会えマシタぁ~!!」ギュー

恋「クゥクゥさん……!」ギュー

可可「レンレンは、自分の正体をいつ言い出すのかと思っていたら、まさかこんなにかかるとは……」

恋「!! まさか、気づいていたのですか……?」

可可「もちろんデス! このやわらかさはレンレンのほかにいマセン!」モミモミ

恋「ひゃあ!? どこさわってるんですかー! もう……」

可可「……レンレン~~~!!」ギュー


クゥクゥさんは満面の笑みを浮かべ、再びわたくしに抱きついてきました。

正直、運動不足なわたくしには、かなり重かったのですが……。がんばって受け入れます。


可可「はぁ~……。やっぱり、レンレンいいにおいぃ~……」スンスン

恋「もう……恥ずかしいですよ、クゥクゥさん」

可可「えへえへ」


クゥクゥさんとわたくしは、迎えにきていたサヤさんの運転で、再び家へと舞い戻りました。
 
528: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:26:34.44 ID:pjIk2hZ5



家に戻ると、レンレンがギターを持ち出してきマシタ。


恋「まだ練習段階なので、完璧には弾けないのですが……」

可可「この世に完璧な人はいマセンよ」

可可「それより……フロンティアは、音楽禁止なのではなかったのデスか?」

恋「……ええ、禁止です。いまからわたくしが行うのは、違法行為となりますね」

可可「では、ふたりの秘密デスね!」

恋「いえ、"三人"です。サヤさんも合わせて」

サヤ「私は先生を裏切ったりしませんよ。告げ口なんて、たまにしかしません」

可可「たまにするのデスか……?」

恋「ユーモア機能をオンにしてあるので、こう言っているだけです。気にしないでください」
 
529: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:33:44.64 ID:pjIk2hZ5
ククはチビを撫でながら、レンレンのギター演奏をわくわくして待ってマス。

レンレンはあわあわしながら、ギターのチューニングをしていマス。結局、サヤさんがほとんどやってしまったようデスが。

それから、レンレンは透き通る歌声で、『Norwegian Wood』を弾き歌いマシタ。

曲を聴いている間、ククの頭には環の代わりに、鮭が回っていマシタ。


恋「クゥクゥさん……。わたくしの夢、聞いてくださいますか?」

可可「聞きマス!」

恋「……わたくし、またみんなでいっしょに、歌いたいのです」

恋「Liella!のみなさんと、いっしょに……!」

可可「レンレン……!」


ククは、レンレンの手を握りしめマス。お互いの温度を交換し合うように。
 
530: (たこやき) 2022/12/23(金) 04:34:55.92 ID:pjIk2hZ5
可可「その夢、叶えマショウ! ククも協力しマス!」

恋「……はい!」


つなぐ手と手。

レンレンとククの間に、ひとつの"輪"ができマシタ。



さあ、ここからがリスタートデス!



第6章 天王星的転回 終
 
537: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:07:05.69 ID:bdM6d/iB
Interlude


わたくしは、この宇宙でひとりぼっちです。


最初に、千砂都さんと四季さんが宇宙に行き、離ればなれとなりました。

次に、きな子さん、メイさん、夏美さん。三人とは同じ船に乗れず、別れることになりました。

宇宙航行中、クゥクゥさんがいなくなり、続いてすみれさんも消えました。

残ったのは、かのんさんとわたくし、ふたりだけ。

惑星国家に着いてからは、不安で震えるわたくしの手を、かのんさんが包み込んでくださいました。


「……大丈夫だよ、恋ちゃん」

「かのんさん……」

「いつか、絶対……みんなに会えるから……」


大丈夫、大丈夫……と、かのんさんは自分に言い聞かせるようにつぶやきます。

そんなかのんさんも、"バベル"へと連れ去られました。

……わたくしは、ひとりきりになりました。
 
538: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:08:05.15 ID:bdM6d/iB
それでも、いつか再び会えることを信じていました。

Liella!のみなさんが集まる日を、いつか、きっと、迎えられると。

わたくしは、この国家のお歴々におもねて、為政者まで登り詰めました。まつりごとに関わる方は特例として、記憶の消去が行われないと小耳に挟んだからです。

必死に新言語を勉強し、この星で生活できるよう順応していきました。

すべては、みなさんとまた、同じステージに立つため。

わたくしにとって、Liella!と過ごしたあの時間は、かけがえのない一番の思い出なのです。


惑星国家では、地球よりも科学技術が発展しており、アンドロイドなるものが一般に普及していました。

特に、新たに発表されたニューモデルはたいへんな人気で、街中どこでも見られました。

秘書として使う先生も多いらしく、わたくしも勧められました。しかし、アンドロイドの購入に、かなりの葛藤があったことは、言うまでもありません。

……それでも迷った末に、秘書兼メイドとして、迎え入れることにしました。

名前は──大切な人の名を借り、『サヤ』と呼ぶことにしました。

それと、電気いぬも買いました。名前はもちろん、『チビ』です。
 
539: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:09:11.95 ID:bdM6d/iB
毎日、空を見上げ、期待に胸を膨らませます。

生きてさえいれば、必ずまた……!


しかし、待てども待てども、現状が好転することはありませんでした。

電波塔、アンドロイド、箱に詰められたじゃがいも。

現実を突きつけられるたびに、夢は打ち砕かれ、希望がかすみます。

あれから、何年経ったでしょうか……。

わたくしは歳を重ねるたび、疲れてきてしまったのです……。

信じることに。期待することに。夢を見ることに。


「…………もう、いいですよね……」



──わたくしはドアを閉じました。

このドアを開くことは、二度とないでしょう。
 
540: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:10:06.44 ID:bdM6d/iB
第7章 海王星的邂逅



『デケデケデッデッデー♪ ピローン♪』

『さあ今日もはじまりました! 世界のクウゲキを埋めていきたいなぁ。〈スペースラジオ〉のお時間です』

『私、ナポリタンモンスターがお送りします。よろくしお願いします!』


恋「……」

恋「これよりわたくしたちは、惑星国家の中心部、"科学都市バベル"へと向かいます」

可可「バベル……」

恋「バベルにそびえる巨大な電波塔。その上部に、かのんさんがいます」


ククの脳内で、ホテルの引き出しとかによくあるポケット聖書が、ぱらぱらと頁をめくりはじめマシタ。

『バベルの塔』の物語も、『ノアの方舟』と同じく、聖書の創世記に出てくる話デシタか。

天まで届く塔を建設しようと試みる人類。その野望をくだくため、神様は人語をばらばらにし、人類はコミュニケーションが取れなくなってしまう……というあらましだったと記憶していマス。

その塔に、かのんがいる……。

かのんが塔に幽閉されていることは、シキシキに聞いていマシタ。なんとなく、レンガ作りの塔を想像していマシタが、意外と文明は発達しているようデス。
 
541: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:11:19.57 ID:bdM6d/iB
サヤさんの運転で、車は走り出しマス。


恋「……改めまして、クゥクゥさん。わたくしを連れ出していただき、ありがとうございました!」

可可「んー? なんの話デスか?」

恋「クゥクゥさんが元気に走り出すお姿を見て、わたくしのハートも焚きつけられました」

恋「クゥクゥさんがいなかったら、わたくしはずっと、空っぽのままだったと思います。本当にありがとうございます!」

可可「そうデスか? ククはなにもしてマセンが……まあいいデス! レンレンのお役に立ててよかったデス」


レンレンとククは、後部座席で仲良く横並びで座っていマス。

"妹"の頭をよしよししてやると、少し恥ずかしそうにしながら、でも無抵抗に撫でられていマシタ。


可可「レンレン、ポニテがないデェス……! とてもかわいかったのに……」

恋「!! クゥクゥさんがそう言ってくださるなら……また、戻してみますね」

可可「ぜひに!」
 
542: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:12:07.22 ID:bdM6d/iB
レンレンはとてもにこやかに、ククを見つめていマス。見えなくてもわかりマス。


恋「クゥクゥさんは、15年前となにも変わっていませんね……。肌もお若い」

可可「毎日グソクムシにプレスされてたので、成長も老化も止まったのかもしれないデス」

恋「……そうかもしれませんね」


先ほどからレンレンは、私の身体を余すとこなく撫で回してきマス。

残念ながら「セクハラ罪」はないので、ククは訴えられませんデシタ。泣く泣く泣き寝入りデス……。まあ、相手がレンレンならいくらでも構いマセンが。


恋「はあ……。わたくしとは、肌のハリつやが違います……。水もはじくようなすべすべ肌……」

恋「…………おや? クゥクゥさん……」

可可「どうかしマシタか?」

恋「……クゥクゥさん。ミサンガはもう、切れてしまったんですね?」

可可「!!」
 
543: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:13:20.53 ID:bdM6d/iB
非常にまずいデェス……!

Liella!メンバーの証明でもある"ミサンガ"をなくしてしまったことが、レンレンにバレてしまいマス……!

可及的速やかに話題を変えなくては……!!


可可「……ククは地球では、サヤさんやチビには会えませんデシタ」

可可「デスが、東京地下には、たくさん人がいマス。きっと、どこかで生きているはずデス!」

恋「……そ、そうですね。わたくしも、そう信じています」


ここで、車内は静寂に包まれマシタ。

目的地であるバベルまでは、まだまだ遠そうデス。


可可「かのん……千砂都……すみれ……」

可可「三人に会えたら……ククの夢は、すべて叶いマス」

恋「……そう、ですね」

可可「そういえば、この星ですみれを見かけたと、シキシキが言ってマシタ。レンレンは知らないデスか?」

恋「ふぇえ!?」


飛び跳ねたレンレンの声が裏返りマシタ。

なにか変なことでも言ったのデショウか?
 
544: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:15:17.27 ID:bdM6d/iB
恋「……わたくしは、あまりすみれさんにお会いしたくなくて……それで、都市部からここ、へき地に移ってきたんです」

可可「……? つまり、すみれはこの星にいると……」

恋「…………はい」

可可「~~~!!」

恋「ち、千砂都さんは……行方不明なんですよね?」

可可「……そのようです。レンレンが知らないなら、フロンティアにたどり着いていないみたいデスし……」

恋「四季さんの話からすると、ほぼ確定で、千砂都さんは変異体になったのだと思われます」

可可「千砂都も、ククのように地球へ追放されたのデスか?」

恋「どうでしょう……。なにか不思議な力で、不可解な現象が起きたことしかわかりません」

恋「変異体については、まだよくわかっていないのです。完全に未知の存在」

恋「なので、惑星国家において変異体の方は、問答無用で排除されてしまいます。新人類とのアツレキは、まだまだ大きいようです」

可可「ククをひとりで外出させなかったのは、そのためデスね」

恋「はい、それもあります」


レンレンの言葉や態度に、引っかかる点はありマシタ。デスが、あえてつっこまないようにしマシタ。
 
545: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:16:07.17 ID:bdM6d/iB
サヤ「先生、クゥクゥさん」

サヤ「この検問所をぬければ、バベルに入ります」

可可「いよいよデス……! いったい、どんな街──」

恋「……クゥクゥさん」

可可「はい?」

恋「あの……。かのんさんのことなんですが……」

恋「クゥクゥさんの目的は、『会いたい』だけですか……?」

可可「……会えたらうれしいデスし、お話して飽きるまで遊べたら、もっとうれしいデス」

可可「そして、シキシキとの約束した通り、囚われのかのんを助けたいと思っていマス」

恋「……」

恋「わたくしも、そう思っています」


検問所では、レンレンの名前を出すと、すんなり通してもらえマシタ。

ククたちは、惑星国家の心臓部に、足を踏み入れマシタ。
 
546: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:17:22.27 ID:bdM6d/iB
………………………。
………………………。


恋『いちごはよくフルーツに数えられるのですが、実は分類としては果実ではなく、野菜なのです。果実的野菜とも呼ばれていて──』


すみれ『……あの三人はなにしてるの?』

千砂都『いまはねぇ、インタビュー対策してるとこだよ』

すみれ『インタビュー?』

千砂都『うん。ラブライブ関連のインタビューとか、受けるかもしれないでしょ? だから、自分の好きな食べ物をプレゼンできるよう、練習中!』

すみれ『幼稚園生じゃあるまいし、好きな食べ物なんて訊かれないわよ!』


かのん『じゃあ次はクゥクゥちゃんね!』

可可『はいデス!』

可可『ククが好きな食べ物は、ナポリタン!』

可可『ナポリタンは名称詐欺もいいとこで、ナポリのくせに、日本発祥デス! そもそも名前の由来が──』


すみれ『……って、雑学ばっか! どこが好きなのかを語りなさいよ!!』
 
547: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:20:12.94 ID:bdM6d/iB
可可『最後はかのん!』

かのん『うん。……あー、緊張するなぁ……』

すみれ『なにに緊張してるのよ』

かのん『わ、私は、焼きリンゴです! 焼きリンゴといえば……りんご!』

かのん『いやあ、りんごはほんとにすごいんです! なんといっても、人類史には欠かせない、マクガフィンなので!』

かのん『たとえば、エデンの園でも出てくるし、ディ○ニーの白雪姫でも出てくるし、頭にりんごのっける弓のやつでも出てくるし……』

すみれ『……ウィリアム・テル』

かのん『そう、それ!』

かのん『がーふぁ(?)に入ってる世界的な企業も「Ap○le」だし、世界的ロックバンドの「ビ○トルズ」もリンゴのスターだし!』

かのん『いや~、りんごってすごいよね~。ほこらしいなぁ~』

かのん『あと……そうだ! ニュートンはね、りんごが木から落ちるのを見て、重力を発見したんだよ!』

可可『!?』
 
548: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:21:59.38 ID:bdM6d/iB
かのん『もしこの世にりんごがなかったら、私たちは重力を知らず育つことに──』

可可『か、かのん……!!』

可可『かのんのプライドを傷つける気はないデスが、我慢ならないので訂正させてクダサイ……!』

かのん『えっ……? あ、りんごが落ちた云々は、作り話だったんだっけ……?』

可可『そんなのどうでもいいデス!』

かのん『そんなの!?』

可可『重力は、ニュートンの発見ではありマセン。17世紀までには、わりと周知されてるはずデス。人類史をバカにしすぎデス!』

可可『アイザック・ニュートンの功績は、「万有引力が地球外の天体にも適用される」という説を提唱したことデス!』

かのん『へ、へぇ~……。そうなんだ……?』

すみれ『確か、当時はニュートンの説、周りから信じられてなかったのよね』

可可『はいデス! 万有引力は、地球上では証明のしようがなく、あくまで机上の空論でしかありませんデシタ』

かのん『クゥクゥちゃんはともかく……すみれちゃんも詳しいんだね?』

すみれ『当然! 宇宙トレンド入りした私なんだから、太陽系のことくらい調べておかないとね』
 
549: (たこやき) 2022/12/24(土) 04:23:51.58 ID:bdM6d/iB
恋『万有引力の法則が証明されたのは、海王星を発見したから……でしたよね』

かのん『恋ちゃん!?』

千砂都『うんうん。天王星の太陽を回る軌道が少しズレてるから、「まだ外に惑星あるんじゃね……?」ってなったんだよね』

可可『デスデス! それで、ニュートンの法則を用いたところ、計算通りの場所に新惑星が見つかったんデス!』

可可『死後になってようやく、万有引力の法則は認められたわけデスね。まあその後、アインシュタインの相対性理論に押しつぶされるんデスけど』


かのん『うぅ……ううぅ…………』

すみれ『……ちょっと。かのんが真っ赤になってるわよ』

可可『先ほどまで自慢気に語っていたのに……。忸怩たる思いデスね』

千砂都『大丈夫だよ、かのんちゃん! 人は恥を塗り重ねて成長するんだから! いまのかのんちゃんはすっごく恥ずかしいけど、この恥ずかしさも、いつかの糧になるんだよ!』

かのん『…………うわあああああ!!』

恋『かのんさん!? どこかに行ってしまわれました……』

千砂都『かのんちゃん……どうして……』

すみれ『千砂都がとどめさしたように見えるんだけど……?』


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
555: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:35:43.62 ID:iW4dFov9



車を降りてからは、レンレンに手を引かれて歩きマス。


恋「この通りを抜けると、"白の広場"に出ます。電波塔は広場の先です」

可可「……」テクテク

恋「クゥクゥさん……? 大丈夫ですか?」

可可「はい。じっくり惑星国家を歩くのは初めてだったので、空気を味わってマシタ」

恋「そういえばそうでしたね。こちらに来てからは、ずっとわたくしの家に囲っていたので……」


ドン。脚に子どもがぶつかり、つまずきそうになりマシタ。


淑女「すみません。うちの子が」

淑女「ほら、ベートーヴェン。謝りなさい」

ベートーヴェン「ごめんなさい」

可可「こけなかったので無問題デス! こちらこそ、よく前を見てなくてスミマセン」

淑女「……行きましょう」


恋「すみません、いまのはわたくしの不注意でした……」

恋「惑星国家の中心部なだけあって、人が多いですから。できるだけわたくしにくっついてくださいね」

可可「はいデス!」
 
556: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:37:21.52 ID:iW4dFov9
恋「……クゥクゥさんは、この国家に対して、どのようなご感想を抱きますか?」

可可「んー。地球よりも技術の進歩が見られマスが、根本的な部分は同じように思えマス」

可可「違う惑星というより、未来にきた感覚デス」

恋「未来、ですか……」

可可「違いマシタか?」

恋「過ぎた時間は二度と戻りませんから……その通りかもしれませんね」


寄り道することなくまっすぐ歩き、ククたち一行は、白の広場に着きマシタ。

視覚情報がないと、さっきまでの道となにが違うのか、ピンときませんデシタ。

唯一感じたのは、地面のタイルの敷き方が変わったことくらいデショウか。


その電波塔の存在感は、肌にひしひしと感じられマシタ。

ここでは、レンレンの顔が利きマシタ。警備の方やらいろんな人に交渉を行い、アポなしで塔内部に入ることができたのデス。


恋「わたくしも中に入るのは初めてです……。上層までは、どのように行けばよいのやら」

サヤ「先生。こちらに昇降機、向こうに階段があります」

可可「レンレンは運動不足なので、いっしょに階段から行きマショウ!」

恋「む、むりです! どれだけ段数あると思っているのですか!? この階段だけは登りたくありません……」
 
557: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:39:10.11 ID:iW4dFov9



立方体の箱は、垂直に上昇していきマス。かなりの速度が出ているのに、それを乗員に感じさせず、澄ました顔して気取ってやがりマス。

エレベーターはこのまま、宇宙まで行くように思われマシタ。しかし、そんな雑念をかき消すように、惰性で勢いをころし、やがて静止しマシタ。

カーン。

扉が開くと、機体は地上数百mの空気を飲み込み、一気に混ざり合いマス。


恋「!!」

恋「く、クゥクゥさん……! ちょっと待っててください……」

可可「?」


レンレンは慌てた様子で、どこかへ駆けていきマシタ。

その場に取り残された、サヤさんとクク。

きょろきょろと、見えない目で、周囲を見渡してみマス。

ここのどこかに、かのんが…………。





ま~るま~る♪


可可「!」
 
558: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:40:48.38 ID:iW4dFov9
近くから、角の取れそうな歌が聴こえてきマス。

この歌、以前にも聴いたような……。


──しゅるしゅるしゅる


可可「……!」


足もとにふれた"なにか"が、ククをどこかへいざなおうとしていマス。

心の中で万有引力が強く作用し、誘惑に引きずり込まれてしまいマシタ。


サヤ「あ、クゥクゥさん……!」


ククは、白うさぎを追いかけるように、私を呼び寄せる"なにか"についていきマシタ。

その先にたどり着いたのは、なにもない空間。壁に囲まれた行き止まりデス。


──しゅるしゅるしゅる


気づくと、壁に"穴"が空いていマシタ。ちょうど人ひとり通れそうな幅デス。

穴のふちは、とてもすべすべぇ~としていマシタ。

この感触、ククは知っていマス……。これは、確か…………。


可可「あるまじき(アルマジロ)……!」


ククは、恐る恐る、その穴の中に入りマシタ。

ククが入ると、"穴"と思っていたものは、痕跡もなく消え去りマシタ。
 
559: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:42:07.24 ID:iW4dFov9



その部屋は、完全に閉じ切られているのか、空気が重々しく停滞していマシタ。

あるまじきを見失い、あぇあぇするクク。石橋を叩くような慎重さで歩を進めていきマス。あと戻りするという選択肢は、最初からないデス!

その部屋からは、白色のイメージが湧きマシタ。『2001年~』の最後に出てくる部屋みたいな感じデス。

手をうろうろさせてモノリスを探していると、とつぜん──。


「ひゃあああ!?」

可可「はう!?」


反射的に跳ね上がりマシタ。心臓が、ぎゅうと縮みマス。


「だ、だだだ……だれぇ……!?」

可可「"あぇ……ククはククデス"」

「知らない言葉……! ひぃぃぃぃぃ~~~……!」

可可「……………………」



可可「"かのん…………デスか……!?"」
 
560: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:44:19.83 ID:iW4dFov9
かのん「な、何語なのぉ……! 英語、中国語!?」

可可「!」


どうやらかのんは、"新言語"が話せないようデス。

……ありぇ? でも確か、惑星国家では、新言語が第一言語だったはずデスが……。

いまはとりあえず、日本語で話したほうがよさそうデス。脳の言語設定を切り替えマショウ。


可可「……かのん。落ち着いてクダサイ!」

かのん「あっ……日本語……」

可可「かのん……デスよね? ククデスよ、クク!」

かのん「え、えっと…………」


かのん「『かのん』っていうのは……もしかして、私のこと……?」

可可「!?」

かのん「で、あなたは……クゥクゥちゃん?」

可可「か、かのん…………」


フロンティアに来た人間はみな、記憶を消されるのデシタね……。

それでも、シキシキやレンレンのように、かのんも記憶を保持しているのでは……なんて、淡い希望を抱いてマシタが、そう都合よくはいきマセン。
 
561: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:46:08.39 ID:iW4dFov9
可可「あなたはかのん! 澁谷かのんデス!」

かのん「澁谷、かのん……」

可可「覚えてマセンか!? ククたちと過ごした、星のきらめきのような日々を!!」シャオシンシン-

かのん「……わかんないよ、そんなこと。急に言われても……」

かのん「最後に、りんごを食べたことだけは覚えてるんだけど……」

可可「かのん……」


ククは髪を両側でそれぞれ結び、手で丸を作りマシタ。


可可「……丸っ!!」

かのん「な、なに!?」

可可「丸デス! 丸! この髪型と丸を見て、なにか思い出しマセンか?」

かのん「えっ、なにを……? 丸……?」

可可「!? まさか、千砂都のことまで…………」


かのんは、本当の本当に、なにも覚えていないようデス……。

丸こそすべてではなかったのデスか、千砂都……!?
 
562: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:47:42.06 ID:iW4dFov9
可可「Liella!は……」

可可「Liella!のことも、忘れてしまいマシタか……?」

かのん「…………りえら……」

可可「っ……」

かのん「あの、あなたは……私の知り合いなの?」

可可「……はい」


かのんが記憶をなくしているので、だんだんククも、自信を持てなくなってきマシタ。

この人は本当に、かのんなのデショウか?


可可「かのん! 腕! 腕見せて!」

かのん「ひぃっ!? ち、近いぃ……!」

かのん「あはは! くすぐった……あひゃ!」

可可「──ありマシタ! ミサンガデス!」

可可「これをつけているということは……やっぱりあなたは、かのんデスよ!!」

かのん「…………」
 
563: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:49:15.55 ID:iW4dFov9
かのんはうなだれ、ククには反応せず、口を結んでしまいマシタ。


可可「……かのん?」

かのん「ごめん……ごめんね……」

かのん「なにもわからない……。なにも思い出せないの……」

かのん「もしあなたが、嘘ついてるなら……すごく楽なんだけどなぁ……」

かのん「クゥクゥちゃんの目からは、すごく真剣なのが伝わってきて……本心からくる言葉なんだってわかるよ……」

かのん「そのことが、すごくつらいって、感じてる……」

可可「っ……!」


かのんは記憶を取り戻すべきだと考え、本人が望んでいないのに、むりやり思い出させようとしてマシタ……。

ククは自分の理想だけ押しつけて、かのんを苦しませていたのデス。
 
564: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:50:53.20 ID:iW4dFov9
可可「……スミマセン。再会がうれしくて、飛ばし過ぎマシタ……」

可可「あの、よければ! 普通にお話しマセンか?」

かのん「お話?」

可可「はいデス! ククは"あなた"の話が聞きたいデス!」

かのん「…………うん。ここにいてもやることないし……。話し相手ができて、すごくうれしいよ!」

かのん「あ、適当に腰かけて。この部屋なんにもないから、大したもてなしはできないけど……」

可可「…………」オロオロ

かのん「……クゥクゥちゃん、もしかして……目が……?」

可可「はい……。見えマセン」

かのん「ご、ごめんっ! 気づかなかった……! はい、これイスね!?」

可可「謝謝デス」

かのん「……あれ? クゥクゥちゃんって、中国人?」

可可「…………」

可可「はい、そうなんデス!」
 
565: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:52:30.70 ID:iW4dFov9
それからは、四方山話に花を咲かせマシタ。

もちろんかのんは、記憶がなくなって以降の知識しか、持ち合わせていませんデシタが。


かのん「嘘ぉ!? 私のスペースラジオ、聴いてくれてたの……!!」

可可「はいデス! ナポモンさんの歌声は、とてもスバラシイデェス~!」

かのん「いやー……面と向かって言われると、照れるなぁ……」

かのん「でも、リスナーさんが実在してるのを知れてよかったー! 聞いてくれてる人がいるだけでもうれしいもん!」


途中、話の流れで、この部屋でかのんはなにをしているのかを訊ねマシタ。

かのんいわく、部屋には定期的に手紙が届き、それに返事を出す仕事をしているのだとか。


かのん「まあ、文字は読めないんだけどねー」

可可「読めないのに、どうやって返信を?」

かのん「あそこに本棚があるでしょ。……あ、見えないか……えー、あそこに本棚があるの」

かのん「そこにある分厚い本に書いてあることを、適当に選んで書き写してるの。意味があるかは知らないけど、それが私の仕事……かな?」


なんとか話を理解しマシタが、なんとも不可思議デシタ。

かのんはなぜか、"中国語の部屋"のようなことをしているそうデス。だれに命じられているのか訊いても、わからない、とのこと。

毎日三食、小窓から食事が出てきて、飢えることもない。しかし出られもしない。それが、かのんの置かれている状況デシタ。
 
566: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:53:51.96 ID:iW4dFov9
かのん「あー、クゥクゥちゃんとは初めて話すのに、すごく楽しい!」

可可「……ククもデス!」

かのん「記憶がなくなる前の私は、クゥクゥちゃんと仲良かったんだろうね」

かのん「ねえ、私たちってどういう関係だったの? もしかして、恋人だったり……?」

可可「さあ、どうデショウ~?」

かのん「えっ、嘘!? ほんとにそういう関係なの!?」

可可「冗談デスよ! かのんには、ククよりお似合いの人がいマス」

かのん「そっかー。でもさ、クゥクゥちゃんといると時間があっという間だよ! ねえ、これからもずっとここに──」


「クゥクゥさんー!」と、レンレンが呼んでいマス。

そういえばクク、レンレンたちにはなにも言わずに、白い部屋まで来ていたのデシタ! あとでいっぱい怒られるやつデス……。


可可「スミマセン、ククはもう行かなくては」

かのん「あ……。うん、今日はありがとう……楽しかった」

可可「……かのん」

可可「もし、いっしょにここを出よう、と言ったら……ついてきてくれマスか?」

かのん「!」
 
567: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:55:12.18 ID:iW4dFov9
かのん「…………ごめん」

可可「……デスよね。話をしていて、そんな感じはしマシタ。むりは言いマセン」

かのん「うん……。ごめんなさい……」

かのん「私、自分がだれかもわからないから……ここしか安心できる場所がなくて……」

可可「……ククは、かのんに会えただけでも満足デスよ。それでは」

かのん「またね……!」


部屋をあとにしようと、出口を探しマシタが、先ほどの穴はなくなっていマシタ。

あぇあぇと手探りで触れ回っていると、背後に気配を感じマス。

次の瞬間、全身まるごと、毛で包み込まれマシタ。


ぐにゃん……。

ぐにゅん…………。

ぐにょん………………。
 
568: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:57:50.91 ID:iW4dFov9



千砂都『──クゥクゥちゃんっ!』

千砂都『Hey YO! わたしはあらしぃ、千砂都だYO!』

可可「…………」


この身に起きた異常を理解する間もなく、話は展開しマス。


千砂都『……あ、あれ?』

千砂都『千砂都……です。覚えてる……?』

可可「……はい、千砂都は覚えてマスが……」

千砂都『!! そっかそっか、よかった~。忘れられてたら悲しかったよ~』


足もとがおぼつかず、自己の存在すら曖昧に感じられマス。無の世界で、千砂都の声だけが響きマス。

それは、宇宙にいるような感覚デシタ。


可可「…………これは、夢デショウか?」

千砂都『ううん、現実。"夢みたいな体験"かもしれないけどね』
 
569: (たこやき) 2022/12/26(月) 03:59:49.09 ID:iW4dFov9
千砂都『いまクゥクゥちゃんがいるのは、ちぃちゃんが"超ひも"で作った異空間なの』

可可「超ひも」

千砂都『私よりクゥクゥちゃんのほうが詳しいだろうから、説明は省くよ。知らない人はW○kiで調べてね!』

可可「だれに話しかけているのデスか……?」

千砂都『あーあ、世界は丸で構成されてると思ってたのに、実は"ひも"製だったなんて……すごいショックだったな~』

可可「……あの、さっきからなんの話を?」

千砂都『でもね、―が―を選んだ―による―では、―的―を―だとするのが―として―と思われてたけど、実は―なんだよ』

可可「?? ……?」


首をひねるしかありませんデシタ。

千砂都の話は次元が高すぎて、もはや言語として認識できないのデス。オセアニアでは常識みたいなものデショウか。


千砂都『……あ、ごめんね。宇宙の真理を知ったら、人でいられなくなっちゃうんだった!』

千砂都『危うくクゥクゥちゃんも、"こちら側"に引き込むところだったよ!』

可可「あぇ……」
 
570: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:01:09.67 ID:iW4dFov9
千砂都に会えたのはうれしいデスが、その言動はククの脳みそでは追いつけず、不安になってきマシタ。環があったらふらふら揺らいでいるはずデス。

ククは安心を求めて、千砂都にすがりつきマス。


可可「千砂都ぉ~……身体さわりたいデス……」

千砂都『クゥクゥちゃんは甘えんぼさんだねぇ。はい、どこでもいいよ』

可可「はぁ~すべすべぇ~…………」ナデナデ

可可「! ……もしや、あるまじきは千砂都?」

千砂都『うん、あるまじき! かわいいネーミング!』

千砂都『あれはね、ミサンガを媒体に具現してたの。いまは"消費"しちゃったから、クゥクゥちゃんの腕にはないでしょ?』

可可「! 確かに、あるまじきと会ってから、ミサンガがなくなりマシタ……」

千砂都『今回の具現には、かのんちゃんのミサンガを使ってるんだ』

千砂都『いやー、3次元に帰ってくるのに、こんなに苦労するとは思わなかったよー』


思えば、Liella!のみんなでおそろっちしたミサンガも、シルクのようにすべすべデシタ。

あの時から、いまに至るまで……すべては丸く、つながっていたのかもしれマセン……。
 
571: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:03:59.17 ID:iW4dFov9
千砂都『3次元は時間に支配されちゃうから……そろそろ本題に入るね』

千砂都『──クゥクゥちゃんには、かのんちゃんを助けてほしいの』

可可「! ククが……」


同じようなことを、シキシキにも頼まれマシタ。

正直、難しいだろうと諦めかけていたのに、また改めてお願いされてしまいマシタ。


千砂都『私はね、かのんちゃんを助けるために、この次元に接触してるんだ』

可可「かのんを……!」

千砂都『かのんちゃんはいま、「神」として祭り上げられてるの。偉大なる知性に操られてね』

可可「偉大なる知性…………いったいそれは、何者なのデスか?」

千砂都『……そんなのいないよ』

可可「……」

千砂都『惑星国家がはじまったころには、いたのかもしれないけど……少なくとも、いまはいないの』

千砂都『指導者のいないこの国家は、時期に滅ぶ。そしてかのんちゃんは、どの世界でも宇宙のちりになって消えちゃった』

千砂都『そんな未来を変えられるのは……もう、クゥクゥちゃんしかいないの!』


まるで、数々の未来を見てきたかのような物言いデシタ。
 
572: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:05:58.46 ID:iW4dFov9
可可「かのんを助けたいのは、ククも同じデス」

可可「でも、なぜククでなければいけないのデスか? 千砂都の高次能力を使えば、すべて一件落着に思えマスが」

千砂都『……私じゃ、だめだった』

可可「!」

千砂都『他次元への干渉は、次元が離れるほど難しくなるの』

千砂都『私はミサンガを使って、制限時間付きで何度もかのんちゃんを説得しようとした。……でも、失敗した』

千砂都『失敗した、失敗した、失敗した…………』

千砂都『私の引力じゃ、かのんちゃんを連れ出せない……だから!』

可可「……ククが、やるしかない」

千砂都『私がこの次元でできることは少ないから……こうやってお願いするしかないの』

千砂都『私ね、かのんちゃんのことはいつも見てるんだ』

千砂都『だから感じる……。いまのかのんちゃんは、ずっと苦しそう……』

千砂都『クゥクゥちゃん……。あなたならきっと、かのんちゃんを救い出せるはず……!』
 
573: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:08:23.89 ID:iW4dFov9
──しゅるしゅるしゅる


千砂都『あー、もう時間切れだ……』

可可「千砂都……! まだ、いっしょにいたいデス……!」

千砂都『大丈夫。きっとまた会えるよ』

千砂都『恋ちゃんのミサンガがあるから、あと一回分だけ』

可可「…………え?」

可可「すみれの、分は…………」

千砂都『…………すみれちゃんのことは、私から言うべきじゃないから黙っておくね』

可可「それは、どういう意味──」

千砂都『クゥクゥちゃん!』

千砂都『この宇宙での金科玉条はね、「常に自分を信じること」!』

千砂都『……それだけは、忘れないでね』

可可「千砂都──!!」


千砂都の身体はほどけ、無数に散りマシタ。

千砂都……。千砂都はなにを知っているのデスか……?
 
574: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:09:49.96 ID:iW4dFov9



恋「クゥクゥさん!」

可可「…………かのんには、会えマシタ」

恋「もう、心配しましたよ……って、ええ!?」

可可「千砂都にも……」

恋「わたくしが見失っている間に、事態が急展開しています……!」


可可「…………レンレン」

可可「ククは、すみれに会いたいデス。いますぐに」

恋「!」

恋「……すみれさんには、すでにお会いしています」

可可「えっ……!? ほ、ほんとデスか……!!」


……すみれは、案外近くにいるみたいデス! これならすぐにでも会えそうデスね!!

久しぶりの再会デスので、ちゃんとおしゃべりできるよう、"会話しゅみれーしょん"しておきマショウ!

ククが「久しぶりデス」というと、すみれは「久しぶりね」といい、ククが「変わりマセンね」というと、すみれは「あんたこそ」と返し……。

…………。

…………。

すみれは…………本当に、いるのデショウか……?
 
575: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:11:50.81 ID:iW4dFov9
………………………。
………………………。


可可『あぇ……あぇ……』

千砂都『視線はまっすぐ! 遠くを見るよー!』


ふらふらと自転車を漕ぐククを、千砂都は叱咤激励しマス。


可可『……乗れマシタ! 千砂都!』

千砂都『うんうん! いい感じに乗りこなしてるよー!』

可可『……千砂都!』

可可『と、止まり方、わからないデス……!』

千砂都『ああ! クゥクゥちゃんー!?』


ガラガラガシャン。

自転車は鉄橋にぶつかり、ようやく停止しマシタ。
 
576: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:13:27.92 ID:iW4dFov9
千砂都『自転車は漕いでる限り、そうそう倒れないんだよ』

可可『ジャイロ効果デスね。……理屈はわかっていても、やはり身を預けるには不安がありマス』

千砂都『大丈夫! タイヤは丸だから、絶対裏切ったりしないよ!』

可可『なにを根拠にしているのデスか……?』

千砂都『ほら、よく言うでしょ? "All you need is maru"って』


だれがそんな無責任なこと言ったのデショウか。トム・ク○ーズあたりが怪しいデスね。


千砂都『クゥクゥちゃんは要領いいから、覚えが早いね! もう港まで行けるんじゃないかな?』

可可『ほんとデスか!?』

千砂都『サニパの宇宙打ち上げ、すみれちゃんと見に行くんだもんね』

可可『はいデス。すみれはどうしても連れていってほしいと懇願するので、仕方なくデスが』

千砂都『あはは、そっかそっか』
 
577: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:14:14.63 ID:iW4dFov9
千砂都はよく、ククの相談に乗ってくれマシタ。

今回の自転車の練習もそうデスし、ささいな相談でも親身に話を聞き、的確なアドバイスをくれマス。

最初は消去法で選んだ相談相手デシタ。しかしいまでは、一番信頼できる人デス。


可可『……あの、千砂都。これはククの友だちの話なのデスが』

千砂都『え、うん……。友だちの話ね?』

可可『クク……その友達には、好意を持った人がいマス。でも、その相手に冷たい態度を取ってしまうのデス』

可可『…………どうすれば、自分に素直になれマスか?』

千砂都『うわ、青春……! その友達は学生生活エンジョイしてるね……!』

可可『そ、そうデスか……?』

千砂都『んーとね』

千砂都『それはたぶん、好き避けというものだよ』

千砂都『大好きで大好きで仕方ないからこそ、つい冷たくしちゃうんだよね』

可可『ち、違いマス!! 大好きなわけがありマセン!!』

可可『…………って、その友達が言っていマシタ』
 
578: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:17:11.82 ID:iW4dFov9
千砂都『……その友達は、その好意を持った相手と、どうなりたいのかな?』

可可『!? そ、それは……』

可可『…………わからないデス』

千砂都『好きなら、付き合っちゃえば?』

可可『いえ、そうではなくて……』

可可『ただ、振り向いてほしいんデス。対等な関係になりたいんデス』

可可『その人のそばに、ずっといられるように……』


千砂都からのありがたいお言葉を期待していマシタが、千砂都はニヤニヤしながら、変なことを言い出しマス。


千砂都『……この場合は、あまり焦らないほうがいいかもしれないね』

可可『と、いうと……?』

千砂都『とりあえず、ステイ! このままの関係をしばらく続けてみよっか!』

千砂都『いまあるこの時間を、存分に楽しもうよ!』

可可『千砂都!?』


千砂都にも答えは出せなかったのデショウか? それとも、わざとなにも言わなかったのか……。

ククの苦難は、まだまだ続きそうデス。


──夢寐にも忘れない思い出。


………………………。
………………………。
 
579: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:18:51.22 ID:iW4dFov9



バベルの東部、工業地帯。

すみれに会うため、とある工場に向かいマシタ。

移動中に降りはじめた驟雨が、車の窓を叩きマス。


サヤ「およそ9分後、雨はやみます」


サヤさんの言った通り、雨はやみマシタ。循環器が天気を作るため、秒単位で100%の天気予報が可能なのデス。

ということは、「いまから晴れるよ」ごっこができそうデスね。


サヤ「さ、着きました」

恋「……これは、酷な首実験かもしれません」

可可「レンレン?」

恋「い、いえ……。行きましょう」
 
580: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:21:39.75 ID:iW4dFov9



そこは、アンドロイドの製造工場デシタ。

ククたちは倉庫へ案内されマス。倉庫には、出荷を待つ個体がずらっと立ち並んでいマシタ。

電源が入っていないため、微動だにしないアンドロイドたち。


可可「おっほ~! これだけいると圧巻デスね!」

可可「さながら、中国の兵馬俑のようデス!」

恋「……はい」


右にも左にも、アンドロイドは規則的に配置されていマス。

ククは、近くにいる個体に触れました。

手に触れて感じる、シュッとした輪郭。整った目鼻だち、ぷっくりとしたくちびる……。胸はぺったんこで、千砂都サイズデス。

この造形は、サヤさんとまったく同じデシタ。どうやら型番が一致しているみたいデス。


サヤ「初期に製造されたプロトタイプは、モデルの身体に忠実だそうです」

可可「モデルがいるのデスね……へぇ……」


しかし、この髪型……。サヤさんとは違いマス。

これは、ククがよく知る……。

この、手を伸ばした時に感じられる身長も、よく知ってマス…………。

…………。
 
581: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:23:37.74 ID:iW4dFov9
可可「…………あ、あの……レンレン」

可可「どうして…………すみれに会いたいというのに、ここへ来たのデスか……?」

恋「…………」

恋「いつかは、クゥクゥさんに話さなくてはならないと、覚悟はしていました」

恋「ですが…………これはあまりにも、つらすぎます……」

可可「レンレン……?」

恋「…………サヤさん」

恋「声を……"初期設定"に戻してください」



サヤ「──はい、かしこまりました」

可可「っ!!?」



可可「え…………あえ……?」

可可「すみれの、声…………?」

恋「……声だけではありません」

恋「顔も、髪も、体格も……」

恋「…………そのすべてが、すみれさんなのです……」
 
582: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:24:27.17 ID:iW4dFov9
可可「……………………」

可可「す、すみれは……声優になったのデスね!」

可可「あれデス! ボーカロイドみたいに……すみれの音声データを……」

恋「……違います」

恋「このアンドロイドは、兵馬俑のように……」

恋「すみれさんの、身体をかたどって……作られたものです……」


すみれさんの身体をかたどって作られたものです?


可可「……そうだったんデスね。すみれが、アンドロイドのモデルに……」

可可「確かに、すみれは顔はいいデスし、身体も悪くないデスから! 量産したら、需要は高そうデス……!」

可可「…………」


可可「それで、生身のすみれはどこデスか?」

恋「っ……」
 
583: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:25:53.27 ID:iW4dFov9
恋「わ、わたくしは……写真でしか見たことがありません……」

恋「それが本物だったのかも判別つきませんし、どれも憶測にすぎないものなのかもしれません……」

恋「……ただ、わたくしが見聞きした事実だけを、述べたいと思います」


恋「その写真には、全裸のすみれさんが写っていました」

恋「すみれさんは目をつむり、全身は青白く変色していました」

恋「胸部には、銃撃によってできた穴が、はっきり残っていました」

恋「写真を見せてきた為政者の方によると、『これは"反逆罪"で死んだ女で、次のアンドロイドのモデルに使った』……とのこと」

恋「……これが、わたくしの把握している情報です」


恋「ああ……気が狂いそうでした……」

恋「街にあふれるアンドロイドは皆、すみれさんの顔で……」

恋「そのすみれさん当人は、死んでいると言われ……」

恋「……もちろん、そんなばかげた話、信じたわけではありません! すみれさんは必ず生きているはずです!」

恋「…………ですが、すみれさんの生存よりも、死亡説を証明するほうが楽でした……」
 
584: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:27:08.15 ID:iW4dFov9
恋「…………クゥクゥさんには、わたくしと同じ気持ちを味わってほしくなくて……ずっと嘘をついてきました」

恋「しかし……いつかは知れること」

恋「つらい事実ですが……これが、この星で起こった現実です」

可可「…………………………………………」


すみれは、しんだ。

すみれは、ほしになった。

すみれは、アンドロイドになった。

とってもギャラクシーだ。


可可「…………ひとつ、訊かせてクダサイ」

可可「どうしてすみれは、反逆罪になったのデスか?」

恋「それは……。宇宙船ノアで、熱を出したクゥクゥさんを追いかけて……」

可可「…………つまり、ククのせいデスか……?」

恋「!! ち、違います! そのような受け取り方、しないでください……!!」

可可「……スミマセン」
 
585: (たこやき) 2022/12/26(月) 04:30:50.34 ID:iW4dFov9
心の器を指でなぞってみると、ざらざらと乾いていマシタ。


可可「…………不思議なことに、すみれの死を受け入れようとしている私がいマス」

恋「クゥクゥさん……」

可可「……たぶん、なんらかの防衛機制が働き、自分とは関係のない物事だと認識しているのデショウね」

可可「……思えば、家族の訃報を聞いた時も、ククはこんな感じデシタ」

可可「まるで他人事かのように、あっさりとしていたような気がしマス」

恋「……そうでしたね」


グソクムシの時とは違い、とても冷静に、死について考えられマシタ。

そのせいか……。心にヒビの入る音が、よく聞こえマシタ。


可可「……アンドロイドには、自我は芽生えるものなのデショウか」

可可「モデルとなったすみれの意思を持てば、すみれの代わりになるのデショウか」

恋「……」

可可「姿形が同じなら、"こ