【SS】しずく「『あなたの理想のヒロイン』」

しずく SS


15: 2021/01/24(日) 20:36:38.73 ID:EjG1GYky
代行ありがとうございます

ゆうぽむ←しず
です

19: 2021/01/24(日) 20:37:59.85 ID:EjG1GYky
音楽科に転科した侑さんは、私たち同好会のメンバーそれぞれに曲を作っていた。
璃奈さんやかすみさん、何人かに曲を渡したあと、私にもその順番が来た。

しずく「あなたの理想のヒロイン、ですか……良い曲ですね」

侑「うん、作詞ってどうしたらいいのかまだわからなくて当て書き?みたいに書いてるんだけど……どうかな?」

しずく「とても素敵な歌詞だと思います。……侑さんには私がこんな風に見えているんですね」

侑「どっちかというとこんな風に歌っているしずくちゃんが見たい!っていうイメージで作ったけど……そうなのかも」

正直、私は同好会の中でも侑さんとはあまり関りがないほうなので、当て書きだとしても難しい作詞だったと思う。もちろん、侑さんは同好会みんなのためにいつも頑張っていてその中で比べると、という前提だけど。

21: 2021/01/24(日) 20:38:44.52 ID:EjG1GYky
しずく「そう思ってもらえて嬉しいですが…この曲を表現するのは少し難しいかもしれません」

侑「えぇっ?どこか分かりにくかったりしたかな……」

しずく「いえ、これは私の問題で……その、私……」

恥ずかしくて、少し言いよどんでしまう。


しずく「まだ、誰かを好きになったことがなくて……」

しずく「それで、恋をしている女の子の気持ちを想像して表現するのは少し難しそうだな、と思いまして」

23: 2021/01/24(日) 20:39:35.26 ID:EjG1GYky
侑「……そっかぁ」

しずく「すみません、私のために作っていただいた曲なんだと思うと、曲に込められた想いを全て表現したくて……そうすると恋をしたことがないのは、問題ですね」

侑「問題って……何事にも真剣なのはしずくちゃんのいいところだけどそこまで思わなくて大丈夫だよ」

しずく「私がこの曲を良いものにしたいんです!だから何か参考にしたり……あ」

侑「?」

しずく「侑さんは恋をしたこと、ありますか?」

侑「!!?!?///」ガタッ

しずく「……あるんですね」

わかりやすい。侑さん表情豊かで面白いなぁ。

26: 2021/01/24(日) 20:41:05.03 ID:EjG1GYky
侑「まぁ……ある、よ」

しずく「さっきの反応的に今も好きな人いるんじゃないですか?教えてほしいです」

侑「お、教えるの!?参考に話すのはまだいいけど誰が好きなのか教える必要なくない!?」

しずく「でもこの曲の女の子は先輩の理想のヒロインになろうとしてるんですよね?この詞を書いた侑さんにとっての理想のヒロインが知れれば参考になると思うんです」

侑「わかるような……わからないような…」

参考にしたいという気持ちもあるけど、単純に侑さんが誰を好きなのかは興味がある。恋愛をしたことはないけどこういう話を聞くのは面白いし、侑さんが恋をしているのは少し意外だったから。

しずく「この曲を作っている時は少なからず侑さん自身の恋愛を元にしているはずですし、侑さんがその人を好きになった理由も解れば、恋心の表現にも繋がると思います……どうでしょうか?」

27: 2021/01/24(日) 20:41:42.99 ID:EjG1GYky
私が絶対に引くつもりは無いと感じたのだろう。侑さんは唸って悩んで真っ赤になって、それから口を開いた。

侑「うぅ……内緒にしてよ……?」

しずく「はい!」

侑「…………歩夢だよ」

しずく「はい」

侑「薄くない???どういう反応なの?」

しずく「予想通りだな、って感じだったので……」

侑「そんなに分かりやすいかなぁ……えー、誰かにバレてたらどうしよう……」

しずく「大丈夫だと思いますけど……歩夢さんですか」

可愛らしくて、確かにヒロインという言葉はぴったりかもしれない。侑さんにとっては幼馴染なのだから尚更だろう。幼馴染という属性は強い。

侑「それであとは何が聞きたいの?歩夢のどこが好きかとか?」

少しやけになっている。今なら何を聞いても本当に答えてくれそう。

しずく「いえ、もう大丈夫ですよ。ありがとうございます」

侑「ちょっ…参考にするんじゃ」

しずく「参考にはしますよ、あとは歩夢さんにお願いしてみます」

侑「……え?」

28: 2021/01/24(日) 20:43:54.96 ID:EjG1GYky
歩夢「私を参考に?」

しずく「はい、詞を読んで思い浮かんだのが歩夢さんだったので、色々聞いてみたくて」

歩夢「えぇ…?う、嬉しいけど理想のヒロイン?そう言われてもよくわかんないよ……」

しずく「……」

侑さんには「絶対に私の名前は出さないでよ!」と言われたけど無理があると思う。
私は歩夢さんともあまり話したことがない。これは誰かと比べてじゃなく、実際にそうだ。
だから今二人でこうやって話していても、空気がぎこちない。
そんな後輩に理想のヒロインだと言われても、困って当然だ。
……じゃあ、こうしよう。

31: 2021/01/24(日) 20:45:29.61 ID:EjG1GYky
しずく「歩夢さんのどこにヒロインらしさを感じたのかは自分でもわかりません。
ですが、一緒に過ごしてみることでそれがわかって、表現に繋がるのではないかと……いえ」

しずく「歩夢さん、私はもっと歩夢さんのことが知りたいんです。今回のことは
ただの口実……なのかもしれません」

歩夢「……!」

歩夢さんにヒロインらしさを感じているのは本当だし、理由としては自然なものになったはず。
歩夢さんのことを自分で知ってみて、どこに人を惹きつける魅力があるのか感じてこそ、
恋心の表現に活かせると思う。だから侑さんにその辺りのことは聞かなかった。
……少し語りたそうな顔をしていたけど。

34: 2021/01/24(日) 20:47:07.45 ID:EjG1GYky
歩夢「そっか……私としずくちゃん、あんまりお話ししたことないもんね。
それなのに声をかけてくれてありがとう。ちょっと気を使わせちゃったかな?ごめんね」

しずく「大丈夫です。えっと、じゃあこのお話、ご協力お願いできますか?」

歩夢「うん!しずくちゃんの助けになれるといいな。よろしくね」
そう言って歩夢さんは柔らかく笑った。
この人のこんな笑顔を見たのは、たぶん初めてだった。

37: 2021/01/24(日) 20:49:03.11 ID:EjG1GYky
歩夢「それじゃあ、ごめんね」

侑「事情はしずくちゃんから聞いてたから大丈夫だよ……
私もしずくちゃんには納得いくように歌ってほしいからね」

歩夢さんが協力してくれることになって、つまり歩夢さんと私が今までより交流してみることになって、
今日は一緒に帰ることになった。
歩夢さんはバス通学、私は電車通学なので、一緒に行くのは歩夢さんの家の最寄り駅まで。
そうなると侑さんと三人で帰るはずだけど___

38: 2021/01/24(日) 20:50:26.77 ID:EjG1GYky
__

歩夢「侑ちゃんといると私、たぶん侑ちゃんとばっかり話しちゃうと思うんだ。
だから今日は侑ちゃんには悪いけど二人で帰らない?」

__

こう言ってもらえたことで、二人で帰ることになった。
思ったより積極的に協力してくれるつもりらしい。
距離感を掴みかねている後輩と二人で帰る提案なんて、なかなか出来ることじゃないと思う。
歩夢さん、優しいな。
好きな人との時間を奪われた侑さんからは当然、大丈夫ではなさそうな視線が向けられている。
いや「当然」なのかな?侑さんちょっと独占欲強くない?
恋愛のことはやっぱりまだわからない。

39: 2021/01/24(日) 20:53:14.05 ID:EjG1GYky
しずく「ありがとうございます侑さん。じゃあ歩夢さん……」

歩夢「うん、またあとでね侑ちゃん」

そうか。二人は家が隣同士だから家に帰っても話したり会ったりできるのか。
こんなことでも、二人の仲の良さや関係に改めて気づかされる。
私、本当に歩夢さんのこと知らないんだな……

今回のことはただの口実。
半分以上口から出まかせで出た言葉は、結構その通りだったのかもしれない。

41: 2021/01/24(日) 20:56:45.56 ID:EjG1GYky
虹ヶ咲から歩夢さんの家までは歩いて30分程度。
そんなに長くはない時間だけど、
普段話し慣れていない人と喋りながら過ごすには、なかなか長いと感じる時間だ。

歩夢「しずくちゃんは電車通学なんだよね。どの辺りから通ってきてるの?」

しずく「はい、鎌倉から通ってきているので、同好会の中では一番遠いと思います」

歩夢「そんなに遠くから通ってきてるんだ!?
うわぁ……演劇部との掛け持ちだけでも大変そうなのに、しずくちゃんはすごいね」

しずく「演劇もスクールアイドルも好きでやっていることですから。
確かに大変ではありますけど、毎日とっても楽しいですよ」

歩夢「そっか……でも、今回みたいに何か困ったことがあればいつでも頼っていいからね。私、一応先輩なんだから」

しずく「ふふっ……はい、お願いします」

43: 2021/01/24(日) 20:58:31.20 ID:EjG1GYky
しずく「……なんか歩夢さん、変わりましたよね。
最近というか、スクールアイドルフェスティバルの頃辺りから」

歩夢「あ……そうかな?」

しずく「はい、その頃はあんまり関りがなかったので違うかもしれませんが……
以前の歩夢さんなら、頼ってほしいなんて言わなかったと思います」

歩夢「うぅ……私ってそんなに頼りなく見えてたのかな……」

歩夢さんがしゅんとする。
いつだったか、歩夢は表情がコロコロ変わって見ていて飽きないところが可愛い、
というようなことを侑さんが言っていた気がする。
確かにこういうところは可愛いかも。

44: 2021/01/24(日) 21:00:40.92 ID:EjG1GYky
歩夢「私がスクールアイドルに本気で向き合えたのって、その頃だったから。
……しずくちゃんにもわかっちゃうくらい変われてたなら、嬉しいかも」

しずく「私も、今の歩夢さんの方が良いと思います」

歩夢「ふふ、ありがとう」

ふわりと微笑む歩夢さん。うん、可愛い。
こういう柔らかな雰囲気がヒロインっぽいのかも。歌の中の「私」が目指すヒロイン像もこんな感じかな。
やっぱり歩夢さんと自分で接してみるという方法は正解だったみたいだ。

45: 2021/01/24(日) 21:02:20.56 ID:EjG1GYky
歩夢「スクールアイドルに出会うまでは毎日侑ちゃんとなんとなく過ごしていて、そんな時間も好きだったけど、どこかちょっぴり物足りなくて……
今、やっと真剣に出来ることが見つかって私も毎日楽しいんだ」

歩夢「こうやって真剣になれているのは、侑ちゃんや応援してくれるファンのみんなのおかげもあるけど……
同じくらい、ううん、私よりももっともっと頑張ってる同好会のみんながいるからなの。
私ももっと頑張らなきゃって思えて、いつも励まされてる。……だからしずくちゃん、ありがとう」

しずく「……!あ、ありがとう…ございます……」

不意打ちだ。照れくさくて何と返したらいいのかわからない。
私が会話を繋げなかったので歩夢さんも困っているみたいだ。
こ、この空気恥ずかしい……。こういう時、人と本心で接することを避けてきた自分を少し恨む。
うぅ、助けてかすみさん。

46: 2021/01/24(日) 21:04:58.57 ID:EjG1GYky
歩夢「……あ、あれが家から一番近い駅だよ。線はニジガク前の駅と同じだから、大丈夫だよね?」

しずく「!は、はい大丈夫です」

もうそんなに経っていたのか。30分も話せるのか不安だったけど、思ったより上手く話せたみたいで良かった。
……最後の間は仕方ない。

歩夢「じゃあしずくちゃん、また明日同好会で」

しずく「はい、お疲れ様でした。また明日」

駅の入り口で歩夢さんと別れる。
また明日。
まだ歩夢さんが見えなくなってもいないのに、歩夢さんと明日話すのが、今から待ち遠しくなっている自分がいる。
こちらを振り返らずに歩いていく歩夢さんの後ろ姿から、私はしばらく目が離せずにいた。

132: 2021/01/27(水) 07:01:01.05 ID:nUgEgOHE
おわり

歌詞の要素を入れようとし過ぎて最後上手くまとまりませんでした。

>>54で言われていた通り以前からゆうぽむ前提のしずぽむを考えており、
色々と荒れる題材だとは思いましたが、
頂いたコメントのおかげで書ききることが出来ました。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

58: 2021/01/25(月) 01:29:53.63 ID:PwkLHlil
翌日。
今日は三年生が学年全体で進路に関する集会があるとかで一、二年生だけの活動になって、
同好会を少し早く切り上げることになった。
というのも。

かすみ「しず子ぉ~~~~助けてよ~~~~」

せつ菜「いいえかすみさん!今回という今回は私が教えます!」

かすみ「なんでですかぁ!勉強だったら同じ一年生のしず子かりな子に助けてもらいますから!」

せつ菜「……いいんですか?あの先生、再試でも落ちたら一週間毎日土日も補習を組んできますよ?
試験問題の傾向を知っているのは、璃奈さんやしずくさんより、同じ普通科の二年生である私だと思いませんか?」

かすみ「うぐっ……」

59: 2021/01/25(月) 01:31:11.43 ID:PwkLHlil
かすみさんが明日小テストの再試験なのを隠していて。
このままではとても再試をパス出来ないかすみさんのためにせつ菜さんが勉強を見ると言い出し、
半数が今日は休みということでなんとなく解散になったのだ。

しずく「時間……結構早く終わっちゃいましたね」
今日は同好会の活動の予定だったので、演劇部の方には休むと伝えてある。
今から顔を出してもいいけれど……

歩夢「そうだね……」

侑「じゃあ歩夢、久しぶりにお台場寄って帰らない?珍しく今日は課題もなくてさ、私もちょうど暇なんだよね」

歩夢「……ううん、今日はしずくちゃんと行こうかなって」

しずく「!」

侑「えっ」

60: 2021/01/25(月) 01:33:29.91 ID:PwkLHlil
歩夢「まだ昨日の帰り道ぐらいでしか話せてないから。
しずくちゃんさえよければ今日もどうかなって思ったんだけど……このあと予定あったりしたかな?」

しずく「いえっ!私からもお願いします!」

つい勢いよく返してしまった。意外な提案で驚いたけど、嬉しくて声が大きくなった。
うん、わざわざ誘ってもらえるなんて、歩夢さんも私と仲良くしたいと思ってくれているってことだ。嬉しいに決まっている。

侑「…………」

侑さんが目を白黒させている。
いや分かりやすすぎでしょ。やっぱり勘のいい果林さん辺りにはバレているかもしれないなぁ。

しずく「……すみません侑さん、今日も歩夢さんお借りしますね」

侑「いや別に放課後誰と過ごそうが歩夢の自由だし……いいよ、楽しんできて」

拗ねている。あとで機嫌直すのは……歩夢さんの仕事なんだろうな。
ほんと、ごめんなさい。

62: 2021/01/25(月) 01:34:26.60 ID:PwkLHlil
歩夢「もう、侑ちゃんとはまたいつだって遊べるでしょ?埋め合わせは今度するから、機嫌直して?」

侑「……お土産にコッペパン買ってきて」

歩夢「はいはい」

まだ少し拗ねているけど、一旦収まったのかな。
子どもとお母さんのやり取りみたいで微笑ましい。
なんて言ったら、また侑さんの機嫌が悪くなるから黙っておこう。

しずく「……侑さん、私からも今日のお土産話くらいは出来ますから」コソッ

侑「好きな子と他の人の楽しい話なんて聞きたくないよもう!」


侑「…………やっぱり歩夢が可愛かった話とかは聞きたいからあとでお願い。
……もし撮ったら写真も」

63: 2021/01/25(月) 01:35:48.88 ID:PwkLHlil
赤くなってお願いしてくる侑さん。可愛いんですけど。
昨日から今までだけでも、二人の初めて見る表情がたくさんある。
歩夢さんはともかく、恋愛の話というだけでこんなに初めての一面を見せてくれる侑さんには驚く。
好きな人が他の人と仲良くしていることなんて知りたくないけど、
自分の知らない好きな人がいるのも嫌だ。
私も恋をしたら、こんな風になるのかな。

しずく「はい、わかりました。……では、お疲れ様です」

歩夢「じゃあね侑ちゃん」

侑「うん、お疲れ様―」

ガラガラピシャ

侑「……はぁ、ピアノの練習でもしてから帰ろうかな」

64: 2021/01/25(月) 01:37:15.59 ID:PwkLHlil
しずく「私、実はあんまりお台場で遊んだことってないんですよね」

歩夢「えっ、そうなの?」

しずく「放課後は部活と同好会で基本いつも予定は埋まっていますし、家が遠いので休みにここまで来ることもなくて……」

歩夢「そっか……私は家もこの辺りだからもう昔からずっと来てるなぁ」

歩夢「うん、じゃあ今日はしずくちゃんが楽しめるように、色んなところ見て回ろうよ」

しずく「はい、お願いします」

65: 2021/01/25(月) 01:38:44.09 ID:PwkLHlil
歩夢「あ、見てあのわたあめ。虹色だ、どうやって作るんだろう」

しずく「ほんとですね。……以前かすみさんが作ってきたコッペパンみたいです」

歩夢「あはは、そういえばそうだね。おいしかったし見た目も可愛かったよね」

しずく「うーん……味はおいしかったんですけど、私には食べ物を虹色にするという感性はよくわかりません……」

歩夢「私は好きだけどなぁ」

しずく「虹色といえばかすみさん璃奈さんと食べたパンケーキも虹色でしたね……流行ってるんでしょうか」

歩夢「そうなのかも。私も食べてみたいな。そのパンケーキ食べに行く?」

しずく「ふ、二人で食べきれる量じゃないのでやめておきます……」

歩夢「じゃあまた今度食べに行こうか」

しずく「!は、はい!」

66: 2021/01/25(月) 01:40:22.62 ID:PwkLHlil
しずく「あれ、このパスケース歩夢さんのものと同じじゃないですか?」

歩夢「あ、そうだよ。このお店で買って侑ちゃんとお揃いにしたんだ」

しずく「そういえば侑さんも色違いでつけていたような……仲良しですね」

歩夢「えへへ、でもお揃いのものってあんまりなくて、渡すときは緊張したな」

歩夢「その直前に私はスクールアイドルやってみたい、って言って侑ちゃんの前で歌ったの。それもアカペラで。
ちょうど同好会が廃部になっていた頃だから、二人で新しく始めてみようよって想いを込めてパスケースを渡したんだけど……今思うとすごい度胸だよね」

しずく「えぇっ、歩夢さんがそんなことするなんて意外というか……歩夢さんから言い出したんですね。
てっきり、歩夢さんがスクールアイドルをやっているのは侑さんの影響かと思っていました」

歩夢「もちろんそれもあるんだけどね。でも、あの時スクールアイドルを始めようって思ったのは、私の意思の方が大きかったかな」

しずく「そうだったんですか……」

自分のためだけに向けられた想い人の懸命な初めてのステージ。
侑さん、その時感動して言葉も出なかったんじゃないかな。
想像できる。
私も観てみたかったかも。

68: 2021/01/25(月) 01:44:34.79 ID:PwkLHlil
歩夢「しずくちゃん犬派なの?」

しずく「はい!うちでもオフィーリアっていう犬を飼っていて、とってもかわいいんですよ!結構大きい身体なんですけど人懐っこくて……ふふ、顔を舐めてこようとする時もあるんですけどそういうところも可愛いんですよね。写真見ます?」

歩夢「……っふ、あはは、しずくちゃんほんとにその子のことが好きなんだね」

しずく「っす、すみません!いきなりこんな……」

歩夢「ううん、ちょっとびっくりしちゃったけど……しずくちゃんの初めて見る表情が見れて、嬉しかったよ」

しずく「う……そうですか……」

しずく「……ちなみに歩夢さんは犬派ですか?」

歩夢「うーん、私は……蛇が好きかな」

しずく「へび」

歩夢「昔は本当に蛇を飼おうとしていたこともあったんだけどね……。昔侑ちゃんと動物園に行ったとき蛇を身体に巻けるイベントがあって、私は楽しかったんだけど侑ちゃんはトラウマになっちゃったみたいで……歩夢が蛇飼うならもう歩夢の家に遊びに行けないよーって泣かれちゃったからやめたんだ」

しずく「えー、可愛いですね」

歩夢「ふふ、でしょ?」

69: 2021/01/25(月) 01:50:14.65 ID:PwkLHlil
歩夢「よかった、コッペパン屋さんまだいた……
侑ちゃんのお土産に買うけど……しずくちゃんも食べる?」

しずく「こんなお店あるんですね……。はい、何にしようかな」

私はさくらあんホワイトコッペパン、歩夢さんはイチゴにこにこコッペパンを頼んで、
侑さんにはたまごハンバーグコッペパンを買っていた。
イチゴにこにこコッペパン、名前も見た目も可愛いな……。
このお店には来慣れているみたいだけど、侑さんとよく来ているのかな。

歩夢「それ前に侑ちゃんが買ってた味だ。あの時一口くれるって言ったのに侑ちゃん結局一人で食べちゃったんだよね……」
しずく「よかったら一口食べますか?」

歩夢「あ!催促したみたいになっちゃった……そんなつもりじゃなかったんだけど、いいの?」

しずく「はい、どうぞ」

70: 2021/01/25(月) 01:53:28.94 ID:PwkLHlil
コッペパンを少し包みから出して歩夢さんに差し出す。
わ、髪を耳にかける仕草エッ…じゃなくて、綺麗……
パンを食べさせただけなのに、なんだかドキドキする。
今日長く隣で見ていて思ったことだけど、歩夢さんは仕草も可愛い。

歩夢「ん、これおいしいね!ありがとうしずくちゃん。私のも食べる?」

しずく「いいんですか?ありがとうございます」

歩夢さんもこちらにパンを差し出してきて、食べる。
あ、おいしい。ケーキはともかくイチゴの入ったパンって初めて食べたけど、お菓子に入っているものとはまた違った感じがする。

歩夢「あ、しずくちゃん……」

しずく「?はい…」

71: 2021/01/25(月) 01:57:23.42 ID:PwkLHlil
え。
歩夢さんの指が私の口元に触れて。
それから、歩夢さんが指についたクリームを舐めとっている。
あまりに自然な動きで、それに驚いている私がおかしいのかと思った。

しずく「ぁ、ぁゅむさん?」

歩夢「?……………!!!」

一瞬普通の顔をしていた歩夢さんだけど、すぐに気づいて真っ赤になる。
よかった。やっぱり今の行動は普通のことではなかったみたい。

歩夢「ごごごごごめんねしずくちゃん!!!!侑ちゃんには、小さいころからこうする癖みたいなものがついちゃってて!!
それで、なんか自然にやっちゃったんだけどふ、普通こんなことしないもんね!!!い、嫌じゃなかった?ごめんね……?」

大慌てで弁解してくる。
歩夢さんがあまりに慌てているので、私はなんだか落ち着いてきた。

73: 2021/01/25(月) 02:00:02.34 ID:PwkLHlil
しずく「……大丈夫ですよ。舐めるのは……ちょっとびっくりしちゃいましたけど。クリーム、取ってくれてありがとうございます」

歩夢「……よかったぁ」

ほっとした様子の歩夢さん。
私にはよくわからなかったレインボーコッペパンを可愛いと言ったり、
本当に飼おうとしたほど蛇が好きだったり(あのあと少し語ってくれたが、ひんやりむにむにした感触が気持ちいいらしい)、
意外と大胆で驚くような行動をしたかと思えば、急に恥ずかしがったり。
歩夢さんがこんなに楽しい人だったなんて、知らなかった。
もっともっと、色んな歩夢さんのことが知りたい。
誰かのことを知りたいという気持ちがこんなに溢れ出してくるなんて、初めての感覚。
今度はさくらあんをわざと頬につけてみたけど、それを取ってもらえることはなかった。

87: 2021/01/25(月) 23:44:25.04 ID:PwkLHlil
機嫌が悪い。
正確に言うと、元気がない。
私の話ではない。侑さんの話だ。

侑「…………」

ライブに向けての準備が進んでいることもあり、
歩夢さんと一緒に帰るようなことはあれっきりで、お台場で遊んだ日のように分かりやすく機嫌を損ねることもない。
だから他にこの異変に気付いているメンバーは歩夢さんぐらいだろう。
けれど、ここしばらく侑さんのことも観察している私にはわかる。
あれは歩夢さんのことを考えて落ち込んでいるんだ、と。

歩夢「しずくちゃん、走り込みお疲れ様。飲み物足りてる?」

しずく「は、はい、大丈夫です」

特別二人で行動するようなことはないけれど、以前よりも歩夢さんがよく話しかけてくれるようになった。
たぶん、一年生の中では一番話すようになっている。
そんなことを気にしている自分に少し驚く。
歩夢さんともっと仲良くなりたいって気持ちのせいかな。

89: 2021/01/25(月) 23:48:28.44 ID:PwkLHlil
しずく「じゃあ、ダンスレッスン行ってきますね」

歩夢「うん、いってらっしゃい」

今回のライブは、一年生だけのミニライブだ。
だから私たち一年生と二、三年生は練習のメニューを変えてある。
歌のイメージは、歩夢さんと、歩夢さんに恋をしている侑さんを見ることでつかめてきた。
あとは私がどう表現を高めていくか。
……良いライブが出来たら、歩夢さんは喜んでくれるかな。
頑張ったねって、言ってくれるかな。
歩夢さんは、頑張っている同好会のみんなに励まされていると言っていた。
だったら、私が頑張ることで、歩夢さんの喜ぶ顔が見たい。


侑「……あゆむ、ちょっといい?」

歩夢「……うん、なに?侑ちゃん」

90: 2021/01/25(月) 23:50:25.10 ID:PwkLHlil
今日の練習が終わって、解散になった後も私は一人で練習を続けていた。
新曲の歌やダンスは覚えた。少しでもステージを良いものにしようと努力している。
けれど、表現にはまだ納得できていないところがある。
それを埋めようと、居残って練習することが増えた。
他の皆に気を使わせるわけにはいかないので、部室から誰もいなくなったのを確認して練習をする。
一人での練習は自分の表現だけに集中できるので、嫌いではない。

しずく「うーん……」

続けていても、自分でどこに納得がいっていないのかわからないので、正直なところ、大した手ごたえは感じられていない。
やっぱり、誰かに見てもらった方がいいのかな。
でも、同じようにライブに向けて練習している璃奈さんとかすみさんには聞きづらいし、
前に彼方さんに見てもらったときはどこに納得いかないのかわからないくらいだよと褒めてもらった。
明日、誰か他の先輩に頼んでみようかな。

91: 2021/01/25(月) 23:52:21.72 ID:PwkLHlil
ふと、どこからか小さくピアノの音色が聞こえて来る。
まだ途切れ途切れだけど、優しい気持ちになれる音だ。
暖かくて、でも聴いていると頑張るぞって気持ちになれるような、
そう、まるで歩夢さんを思わせる____

歩夢「誰かいるの……って、しずくちゃん?」

しずく「わっ!?」

その時、歩夢さんがレッスン室に入ってきた。
ちょうど歩夢さんのことを考えていたので、かなりびっくりした。
もしかして私が残っているのを知って……
いや、今の言葉を考えると本当に偶然なんだろう。
部室には居なかったけど、帰ったかどうかは確認していなかったから何か用があって残っていたのかな。

94: 2021/01/25(月) 23:54:20.51 ID:PwkLHlil
しずく「まだ残っていたんですね。どうしました?」

歩夢「それはこっちの台詞だよー。もう誰もいないと思ってたのに明かりがついてたからびっくりしたよ。
しずくちゃん、こんな時間まで練習してるんだね。帰り、大丈夫?」

しずく「はい、……実はここのところ毎日残って練習しているので。今の時間でしたら、まだ平気です」

歩夢「毎日!?全然気が付かなかったよ……ライブが近くて張り切るのはわかるけど、絶対に無理はしちゃだめだよ?」

しずく「はい……心配をおかけしてすみません。でも、私は大丈夫ですから」

本当に大丈夫なんです。
だって、あなたと話しているだけで、さっきまでの疲れがどこかに行ってしまったから。

口には出さなかった。
けれど、事実だった。
二人だけで話すのが久しぶりだからかな。
歩夢さんとほんの少し話しただけなのに、まだ練習を続けたいという意欲がふつふつと湧いてきた。

95: 2021/01/25(月) 23:56:35.20 ID:PwkLHlil
歩夢「……もう!大丈夫じゃないでしょ!?」

しずく「わぅっ」

わしゃわしゃと。
歩夢さんにタオルで汗を拭かれている。
私のタオルは鞄の上にかけてある。
だからこれは歩夢さんの___

しずく「_____!!!」

歩夢「すっごく汗かいてるよ。集中してて水分も取ってないんじゃない?それに顔もなんだか赤いし。お水汲んでこようか?」

しずく「け!結構です自分の水筒がありますしタオルもありますから!!!」

思わず自分から距離を取る。
顔が熱い。
声が裏返って、早口になって、みっともないところを見せて恥ずかしい。
顔が熱いのは、恥ずかしさのせいだけだろうか。

96: 2021/01/25(月) 23:58:27.27 ID:PwkLHlil
歩夢「そ、そう?……あ!このタオル今日使ってないから汚くないよ!だから気にしないで」

気にしないでと言われても。
距離を取った今でさえ、タオルから漂った歩夢さんの匂いがしっかり鼻に残っているのだ。
もう一度同じことをされたら、身体が熱くて倒れてしまいかねない。
でも、タオルが未使用だったのは少し残念なような気もする。
さっきから私は何を考えているのだろう。

しずく「いえ、本当に……あ、そ、そうだ歩夢さん、私の練習、少し見てもらえませんか?」

歩夢「え、いいの?じゃあ……見せてもらおうかな。ふふ、しずくちゃんの新曲を見せてもらう、初めての観客だね」

ああ。どうして先に彼方さんに見てもらっちゃったんだろう。
彼方さんにすごく失礼な考えが真っ先に浮かんでしまった。
本当だったら、歩夢さんに一番に見てもらいたかった自分がいることには気づいていた。
それをしなかった理由は……自分でも、分からない。

97: 2021/01/26(火) 00:00:45.40 ID:GlwXaLjo
しずく「……じゃあ、いきますね」

呼吸を整え、音楽を流し、歌を披露する。
何度も、それこそ何度練習したかわからないほど繰り返したステップが。動きと歌が。
今はどうやっているのか、まったくわからない。
自分が何をしているのかよりも、
歩夢さんがどこを見ているのかに意識が向いてしまう。
どこを見られていても、上手くできているところなんてない。
歩夢さんに見せたかったのはこんな私じゃなかった。
情けなくて、今すぐ消えてしまいたくて、
ただ早く曲が終わることを願いながら歌い続けた。

100: 2021/01/26(火) 00:02:59.13 ID:GlwXaLjo
しずく「はぁっ……はぁっ…」

歩夢「お疲れ様、しずくちゃん」

歩夢さんが笑顔で拍手をしてくれている。
けれど、今はその拍手を素直に受け止めることができない。

しずく「……どこが、いけないと思いますか」

声が震えている。
どうしてこうなったのだろう。
彼方さんに見せたときも、練習の時も、一度だってこうはならなかった。
この失敗の理由を、教えてほしい。

101: 2021/01/26(火) 00:07:31.50 ID:GlwXaLjo
歩夢「歌もダンスもすっごく練習したんだなってことは伝わってきたんだけど……
たぶん緊張してたんじゃないかな。なんだか動きが硬かったけど、
疲れのせいもあるかもしれないから、今日はもうゆっくり休んだ方がいいと思うな。ね、こっちで座ろ?」

自分が座っている壁際の床をぽんぽんと叩く歩夢さん。
緊張。
今のは、ただ練習を見てもらっただけで。
演劇でも、スクールアイドルでも、もっと緊張する場面になんて何度も立ってきた。
そんな私がどうして歩夢さんに練習を見てもらうだけでこんなにも緊張していたのか。
知りたいのはそこなのに、答えは誰も示してくれない。

しずく「……はい」

歩夢さんに従って、おとなしく座ることにする。
これ以上練習を続けてももう今日は意味がないと思うし、それじゃあと帰るには、惜しいと思った。

103: 2021/01/26(火) 00:10:58.62 ID:GlwXaLjo
歩夢「私ね、しずくちゃんがこんなに一生懸命になってくれていてとっても嬉しいんだ」

しずく「え?」

歩夢「今回のミニライブは新曲のお披露目が中心だけど、今回の曲は新曲ってだけじゃなくて、侑ちゃんが初めて作ってくれた曲でしょ?
だから、今回私は出ないけど、今まで以上に成功してほしいって思ってるの」

しずく「……」

歩夢「歌ってくれるみんなのパフォーマンスが良いものになればなるほど、見てくれるお客さんにも曲の良さがもっと伝わる。
だから、侑ちゃんの作ってくれた曲にこんなに真剣に向き合おうとしてくれたことが、すごく嬉しくて。
しずくちゃんがそう思ってくれたことで私たちも前よりずっと仲良くなれたし……しずくちゃん、ありがとう」

しずく「……いえ」

もやもやする。
せっかく歩夢さんと話しているのに、先のことを聞きたくない気持ちになる。
私のライブの話をしているのに、歩夢さんは侑さんのことばかり話している。

106: 2021/01/26(火) 00:14:27.28 ID:GlwXaLjo
歩夢「私の新曲はまだできてないんだけど……私のことを考えていると、上手く曲のアイディアが出てこないんだって。
今日相談されたんだけどね。だから、曲の方は手伝えないけど歌詞の方なら出来るかもってことで、さっきまで考えてたんだ」

そういって歩夢さんは何枚か紙を見せてきた。
そこに書かれていたのは。




しずく「……『開花宣言』」

107: 2021/01/26(火) 00:16:56.16 ID:GlwXaLjo
歩夢「まだ途中だし、難しくって全然進まなかったんだけど……
前に、スクールアイドルフェスティバルの頃に私が変わったって話をしたでしょ?その時の思いを、歌詞にしようと思って……」

その歌詞は、侑さんへの想いがこれ以上ないほどまっすぐにつづられていて、
歌詞を書いている歩夢さんの気持ちが胸に刺さってきた。

どうかな?と言いながら歩夢さんは私をのぞき込んでくる。
見てきたからわかる。
歩夢さんを。歩夢さんに恋をしている侑さんを見てきたからわかる。

瞳を通して映された歩夢さんの心は、
侑さんに、恋をしていた。

109: 2021/01/26(火) 00:22:44.11 ID:GlwXaLjo
一旦ここまで

次かその次くらいの投下で終わると思います
少し書くのが遅くなるかもしれません。
出来ればまた今日の夜に来たいですが、
ある程度区切りのあるところまで書けたらまた来ます。

120: 2021/01/27(水) 06:35:01.50 ID:nUgEgOHE
あのあと、歩夢さんの前ではいつも通りの自分らしく振舞えた。
前に歩夢さんと話した時は、今まで本心を隠して過ごしてきたことを悔やんだくせに、今日ばかりはそれに助けられた。
侑さんが音楽室から来て、歩夢さんと帰っていくのを見ている時までの記憶はある。
そこから帰って、自室のベッドに倒れこむまでの私はどうだっただろうか。
すれ違う人や家族に変に思われていないといいけど。
もしこの涙でぐしゃぐしゃの顔を見られていたら、きっとそう思われている。

しずく「っ、はぁ……」

鼻が詰まって息が苦しい。さっきまでは苦しくなかったから、ちゃんと家までは我慢出来ていたみたい。
涙のコントロールが上手くなったなぁ。

121: 2021/01/27(水) 06:36:46.05 ID:nUgEgOHE
涙を拭って鼻をかんだ。少し楽になる。
自分がさっきまでどうしていたかはわからないけど、
どうして今こうなっているのかはわかる。
それは今日の違和感のすべての答えだ。

しずく「……すき…………」

好き。
侑さんが歩夢さんを、好き。
歩夢さんが侑さんを、好き。

そして私が歩夢さんを……好き。

ぱちりとパズルのピースがはまるような感覚がした。
私が歩夢さんに抱いている感情は、まさしく恋と呼べるものだった。

122: 2021/01/27(水) 06:37:34.25 ID:nUgEgOHE
侑さんと歩夢さんが両思いだと知って、私がこうなってしまう理由なんてそれしかない。
恋をしたことはないけれど、これは間違いなく事実だ。
歩夢さんと話すようになったのなんて、つい最近なのに。
いったいいつから好きだったんだろう?何がきっかけで?
……こんなこと気にしても何にもならない。
だって、何をどれだけ考えようとも私の恋は、もう終わっている。

123: 2021/01/27(水) 06:38:34.96 ID:nUgEgOHE
私に渡されたのは、後輩の女の子が先輩に秘めた思いを寄せる歌だった。
恋をしたことがないから、侑さんの好きな人を聞いた。
歩夢さんに何かヒントをもらえればと、協力してもらった。
そうした結果として、私が歩夢さんに恋をしている。

成果としては、これ以上ないほど参考になるものが得られた。
それは喜ぶべきことだ。
けれど、今は_____

しずく「……っ、ふ、…うぅっ…は………ぁゅむさんっ……」

とめどなく流れていく涙を。
どうしてと考えてしまう思考を。
頭に浮かんでは消えてを繰り返す歩夢さんの姿を。
どうしようもなく溢れ出してくるものたちを、止めるのに精いっぱいだった。

125: 2021/01/27(水) 06:41:41.71 ID:nUgEgOHE
泣き疲れて、頭がはたらかなくなって。
動かない頭で思い出していたのは、曲の歌詞だった。

『あなたの理想のヒロイン』

作詞をした侑さんのヒロインが歩夢さんだったことが、そもそもの始まりだ。
そして歩夢さんにとってのヒロインは、私ではなく侑さんだった。
曲の中の「私」の想い人には、明確な恋の相手がいないのだろう。
だから、いつか想い人にとってのヒロインになることを夢みている。
けれど、私の想い人の台本では既に役者が当てられていた。
一度決まった演目のキャスティングが入れ替わることはない。
私の、「桜坂しずく」の目指すべき理想のヒロインなんて__

___初めからいなかった。

126: 2021/01/27(水) 06:43:16.97 ID:nUgEgOHE
私には、曲の中の「私」のように理想のヒロインを目指すことはできない。
せっかく恋をする女の子の気持ちを知れたのに、これで私は歌に感情を込められるのだろうか。
ぼんやりと、また歌詞が頭に浮かんでくる。

しずく「…………そっか」

『あなたの理想のヒロイン』は、
後輩の女の子が先輩に秘めた思いを寄せる歌。
両思いでは終わらない歌。
……「私」が先輩との恋を、諦める歌。

そう考えると、打って変わって今の私にぴったりの曲に思えてくる。
ぴったりなのか、そうでないのか、どっちなんだと自分でもおかしい。
でも、そういうものだ。
私が立っているのは、舞台のように一つにお話が決まっているわけじゃない、
複雑で、何もかも筋書き通りにはいかない、現実なのだから。

127: 2021/01/27(水) 06:44:43.85 ID:nUgEgOHE
___歓声が聞こえる。

璃奈さんが曲を披露し終わったみたいだ。
舞台裏で最後のイメージトレーニングをしていた私は静かに目を開ける。
あの日から、曲を聴くたび涙が溢れそうになりながらも、今日までこの曲の表現を磨いてきた。
歌っている時も頭に浮かぶのは歩夢さんのことばかりで、涙を悟られないようにするのは大変だったけど、
それさえも私の中に歩夢さんがいることの表れだと思うと切なくて、少しだけ幸せに思えた。
私の番が来て、ステージに上がる。
深呼吸。
落ち着いて、今はステージのことだけに集中する。
今からこの舞台で観せるのは、
役者として、
スクールアイドルとして、
桜坂しずくとして____100%の「私」だ。

128: 2021/01/27(水) 06:46:38.93 ID:nUgEgOHE
歩夢「すっっっ……ごく素敵だったよ!しずくちゃん!」

ステージから戻ると、真っ先に歩夢さんが駆け寄ってきてくれた。
嬉しいな。

ステージの上でも、結局歩夢さんのことを考えていた。
歩夢さんが汗を拭いてくれたこと。
ダンスの中で少しだけ真似させてもらった、歩夢さんの可愛らしい仕草。
歩夢さんが私に教えてくれた、この感情。

歩夢さんのことを思いながら演じた舞台は、
まるで歩夢さんと二人で演じているかのように、幸せな気持ちになれるものだった。

129: 2021/01/27(水) 06:48:14.30 ID:nUgEgOHE
しずく「…………っ」

歩夢「し……しずくちゃん!?」

不意に涙が溢れてきた。
涙だけではない。これまで溢れては抑え込んできた気持ちも一緒に、
もう隠しきれない、と私の中で今にも破裂しそうになっている。

歩夢さんが好き。
その想いが溢れる。この気持ちが、ステージを通して歩夢さんに伝わることを少しだけ期待していた。
けれど、ステージを終えて歩夢さんが見せてくれたのは笑顔だった。
私の想いが届いていたら、歩夢さんはきっと笑顔を見せられない。
あぁ、けど今も、私が泣いているせいで歩夢さんが浮かべているのは困った表情だ。
どうしようどうしようと、涙を拭くものを探して慌てている。

130: 2021/01/27(水) 06:50:30.88 ID:nUgEgOHE
歩夢さんは、困った顔も可愛いなぁ。
でも、私が見たいのは、
……私が好きになったのは、あなたの笑顔だから。

歩夢さんと視線を合わせる。
けれど、私の視界は涙で滲んで、歩夢さんの目を見ることができない。

しずく「____」

歩夢「! し、しずくちゃん何か言った?」

しずく「……ありがとうございます、って……言いました」

しずく「こんなに素敵なステージを披露できたのは、歩夢さんのおかげです。
だから……ありがとうございます」

131: 2021/01/27(水) 06:52:31.79 ID:nUgEgOHE
そう言って微笑んで、涙を拭う。

私が想いを隠していれば、歩夢さんの台本の中で、私は「後輩」を演じる桜坂しずくでいられる。
隣で笑顔を見ていられる。
それでいい。それだけで私は幸せになれる。

だから、どうか。

ずっと側でただの後輩を、演じさせてください。

134: 2021/01/27(水) 07:23:57.92 ID:h4uYPG8B
乙!こういうエンド好きだわー

135: 2021/01/27(水) 08:11:18.86 ID:aA++lBJK
おつです。最後までしずくちゃんが本当に健気で切ない。内容だけじゃなくて文章も雰囲気あってとても良かったです。ありがとう

136: 2021/01/27(水) 08:29:02.17 ID:BbO9p/0R
おつ
切ないけど綺麗な話だった

137: 2021/01/27(水) 08:50:58.01 ID:PTzuUXsg
高校生らしい恋愛SSって案外ないから良かったよ

138: 2021/01/27(水) 09:02:23.82 ID:8qc0ref/
おつ
こういう報われない恋って儚い美しさがある

139: 2021/01/27(水) 12:49:59.83 ID:Z3Yw6hFb
開花宣言とかいう強すぎる歌
お疲れ様でしたすごいよかった

140: 2021/01/27(水) 14:48:16.20 ID:146SlWnd
描写が丁寧で凄く引き込まれた

142: 2021/01/27(水) 23:32:25.37 ID:+klWe1NH
乙です
こういうのも好き

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1611487875/

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