【SS】ミズギワトリートメント

SS


1: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:37:10.70 ID:He07ytaM0EVE.net
※非エ 
※えりうみがお風呂に入るだけのSS



  ◆  ◆  ◆


 ちゃぷん、
 と彼女の指先から湯船に沈んだ貝殻状の入浴剤が
 泡に包まれて形を失くしていく。

 水中で燃え広がる乳白色の煙が湯船を緩やかに染める、
 その動きすらもどかしい手首が水面にそっと挿し込まれ、
 二、三周かき回していく。

 潮が砂粒をさらうように泡を吐く静かな音も、
 水面に映っていた橙色の薄明かりや青い瞳の色も、
 すべては手首の立てた荒波にかき乱され白く濁って沈んでゆく。

 鼻腔を湿らせる湯煙の奥に柔らかな匂いを感じる頃、
 ブロンドの少女は満足げに手を抜き、
 リビングで待つ年下の恋人の名を口にした。
 

2: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:38:17.34 ID:He07ytaM0EVE.net
 呼びながら彼女は浴室のドアを閉め、
 洗面所のフックに掛かった空色のバスタオルで手の水気を拭う。

 廊下の向こうから返ってくる声は小さい。
 いくつかの壁に隔てられた声とはいえ普段ならもう少し届いても良いはずだ。
 もう一度呼ぶ。 海未、寝てるの?

 洗面所のフェイスタオルを掴んで洗濯機に投げ入れながらも
 今ここに至る数時間が脳裏をかすめていく。

 午後には乾ききった傘二本、
 冬服のブレザーと手に持ったイオンのビニール袋、
 積み上がった図書館の本を小言まじりに並べ直す背中、
 ビーフシチューを煮込みながら横目で見たあの子の小さな肩、
 そういえばテーブルの向かい側で
 箸を動かす今日のあの子はどこか上の空だった。

 思い返せば舌に染み込んだ夕食の味がまた染み出すようで、
 そんなこと考えたらまた夜食に手を出してしまいそうだと
 彼女は思考をそらしつつも
 新しいタオルと買いたての歯ブラシをセットした頃、
 ようやくはっきりと声がして我に返る。


 すみません絵里、いまいきますね。
 
4: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:38:52.23 ID:He07ytaM0EVE.net
 ソファー手前の小さなテーブルには
 広げられたままのノート、ストップウォッチ、英語の問題集、
 片隅で消しゴムのかすが小さじ一杯ほど溜まっている。

 旺文社の長文問題集の黄色い表紙は印刷がかすれていて、
 開いた頁には二人分の筆跡で
 そこかしこに書き込みがされていた。

 海未が足下の鞄にノートや筆記用具をしまい込む間、
 絵里は古い方の筆跡を眺めながら
 自分が使っていた頃を思い出したり、
 問題文を目で追って解答を組み立てたりしていた。


 少しして頁を隔てた向こう側から感じる視線に気づく。
 時間が足りないんです、と沈んだ声。
 それでも問題番号に新しい筆跡で付けられたバツ印は
 古い方よりずっと少ない。

 絵里は新しいバツ印を目で追いながら、
 半年以上してなまった頭でも解けるだろうか、
 あの子に訊かれて答えられるだろうかと焦りを覚え始める。

 いつの間にか少しこわばった表情で問題集を開く姿も
 海未にとっては頼もしいものだった。
 ぱたん、と本を閉じた真意もそんな海未には分からない。

 ちょっと気分転換しましょ、お風呂にでも入って。
 東西線で帰ればまだ時間いっぱいあるでしょ。

 絵里のごまかすような早口の意味を悟るよりも早く、
 その唇がそっと耳元に触れて離れた。
 
5: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:39:26.88 ID:He07ytaM0EVE.net
 ちくりと刺した熱病に浮かされたまま、海未は行ってしまった絵里を追う。

 ブレザーをハンガーに掛け、スカートのホックを外す。
 替えの下着や靴下を新しいシャツの中に隠してリビングを出る。
 両脚を少しすり合わせるようにして、
 シャツ一枚ではさすがに冷たい廊下を通り抜ける。

 薄暗い洗面所の光源は曇りガラス越しに滲む浴室のオレンジ色だ。
 かすかに浮かぶ白いシルエットに目移りしてしまう自分を恥じながら
 ボタン一つずつ外していく。

 やがてひらいた服の隙間から青白いブラと肌の色、
 同じデザインのショーツが露わになる。
 薄暗い鏡に映った自分の姿と目が合って、
 なんとなく、家でするように髪を払いなおして背筋を伸ばしてみたりする。

 人魚姫をモチーフに貝殻を模した刺繍や
 薄明かりに浮かぶパステルカラーなどが妙に浮ついて見えて、
 やはり自分などにはそぐわないように感じる。

 試着室でもそう訴えたのを思い出して、
 今になって胸元を鏡の視線から隠したりする。

 目をそらす、
 背中や肩を締めるブラは恋人が選んだもので、
 考えると今この瞬間もあの人に抱かれているようでもあった。
 
6: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:40:01.76 ID:He07ytaM0EVE.net
 なぜかはしたない方へと向きがちな思考を
 浴室のあの人のせいにして、海未はタオルで髪をまとめ、
 軽くなった背中のホックを自ら外す。
 はらりと胸元から外れ、緩んだ背筋に空気が触れた。

 私の身体の形、変じゃないだろうか。
 胸の形、
 へその辺りにうっすら浮かぶ筋肉の線、
 ちゃんと女の子の形をしているだろうか。
 生まれたままの姿をあの人にさらすのはいつになっても慣れない。

 様々なためらいが去来するままに、
 海未はショーツを足首から外しながら、
 胸の奥で恥じらいと奇妙な熱が息をふさいでしまわぬように、
 一糸まとわぬ肌を少しでもタオルで覆いつつも浴室の扉を叩く。

 絵里の着替えから少しはみ出た濃紺の肩紐は見ないようにした。
 
7: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:40:36.73 ID:He07ytaM0EVE.net
 開けると白い背中が目に飛び込んでくる。

 背を向けて腰掛けた絵里の後ろ姿は湯気にぼやける中でも一際輝いて、
 光を発しているようにも見えた。
 肩から腰へ伸びてゆく、
 弦楽器の名器を思わせるなめらかな輪郭につい見とれてしまった海未は、
 冷えちゃうからそこ閉めてよ、
 という絵里の声がするまでしばし動けずにいた。

 あわてて戸を閉める。
 甘い香りの立ちこめた二人きりの空間、
 考えるだけで海未はのぼせそうになる。

 だが目の前のその人は膨らんだ乳房を隠そうともせず、
 こちらに上半身ごと向けて呼びかける。
 ふにゃっと頬がにじんで笑顔を見せる。

 唇の感触に比べて
 垂れ気味の目元やあどけない頬がひどく幼く見えて、
 見下ろせば年下のようにも思えてしまう。

 自分に対してこんなにも心を開いてくれる絵里に比べると
 海未にはまだどこか気後れする部分があった。

 遅かったじゃない、
 と笑って手を伸ばす絵里からは思わず身を引いてしまう海未だったが、
 受け取ったシャワーを自分に浴びせて
 首筋や胸元の汗などを軽く流し終える頃にはこわばっていた心身もほどけたようで、
 先にあっためてあげますね、
 などと自然な微笑みを返せていた。


 少しでもあの人に近づきたい。
 あなたならきっとそれを喜んでくれるはずで、
 なにより私がそうしたいのだから。
 
8: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:41:38.26 ID:He07ytaM0EVE.net
 海未が自分の髪を整え直すと絵里は顔を少しあげて目を閉じる。
 鏡に映るその人の表情は接吻を待ちわびるようにも見え、
 その割には幼さの残る顔立ちや
 足首を少しふらつかせてみせる仕草がどこかあやうく感じる。

 シャワーを排水溝に向けて蛇口を回しながら
 手に当たる温水のちょうどいい温度を探す。
 もう片方の手で絵里のヘアクリップを外すと、
 向日葵が花開くように髪が背中にほどけた。

 皮膚に当たる飛沫、
 毛先まで丁寧に滑り抜けてゆく海未の指先、
 絵里はそっと後ろに重心を傾けてゆく。

 背中に海未の柔らかい感触が触れると、
 流せないです、
 だって気持ちいいんだもん、
 などと軽口を交わしつつ身体を戻してくれる。

 海未はシャワーが絵里の顔に当たらぬよう心掛けながら時間を掛けて洗い流す。
 絵里の黄金色の髪は一本一本が細く柔らかいため、
 ぞんざいに扱えば痛めてしまう。

 ただでさえ、忙しければ自分の世話など後回しにしてしまう絵里だ。
 大学の演習発表やバイトが重なって睡眠時間が少ないとも聞いている。
 こうした機会は有効活用しなくてはいけないと、
 次第に海未の意気込みは増してゆき、肩にも力がこもる。
 
9: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:44:22.39 ID:He07ytaM0EVE.net
 絵里越しに手を伸ばしていつものシャンプーを掌に垂らす。
 絵里は背中に押しつけられた海未の熱を感じて、
 普段ももう少しこういう風にできたらいいのに、
 などと目を閉じたまま想ってみる。

 付き合い始めて半年以上が過ぎて、
 この子はようやく一緒のお風呂を許してくれるようになった。
 海未は部活や受験勉強、
 自分は慣れない大学生活と、
 重なる時間が減ってしまったせいだろうか。

 夏の陽射しが冷たい秋風へと移り変わる頃には、
 二人の限られた逢瀬も少しずつ濃度を増していった。

 これまでの半生で自分の欲望を押し込めることに慣れきっていた海未が、
 相変わらず控えめといえども今日のように自ら求めるようになったのは、
 成長と見なしてもいいだろう。

 都合良く考えて心を弾ませる絵里の髪を泡立てる海未もまた、
 母親が娘を世話するような気持ちで
 恋人の髪を洗っていることに、少し口元の緩んだ絵里は気づかない。
 
10: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:45:23.00 ID:He07ytaM0EVE.net
 泡が擦れあう音、
 頭の皮膚をもみほぐす指の感触、
 目を閉じた絵里は遠い岸辺の景色を思い浮かべる。

 髪を洗う音はどこか小波が寄せては引き返す音にも似ていた。

 遠く沈む夕陽、
 海未の足首とビーチサンダルを涼しく湿らせる潮の感触、
 砂粒と冗談の混じった指先、夕凪の中で静かに乾いてゆく肌、
 いつかそんなところに行きたい、
 ふたりで。

 歌でもうたうように口ずさんだ夢物語に海未が聞き返す。
 絵里が言葉を返すと、
 一人で描いた夢が少しずつ二人の未来へと変わってゆく。

 来年の夏なんて遠い先なのに、
 いつしか海未も想像上の砂浜に腰を下ろしていた。

 それまでには縦列駐車ぐらい慣れておいてくださいね、
 なんて甘ったるい口答えをしながら
 海未は彼女の閉じた瞼に映る世界へと思いを馳せる。
 
11: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:46:23.59 ID:He07ytaM0EVE.net
 再びシャワーを流して、重たくなった髪から泡を洗い落としていく。
 勢いよく吹き出す温水が当たる感触と
 海未の手櫛とを愉しむ絵里の瞼は未だ閉じたままだった。

 塞いだ視界と心地よい刺激とが、今度は過去の記憶を紐解きはじめる。

 小さい頃、
 母親に身体を洗ってもらっていた時の懐かしい感じ、
 泡が目に入るのも目を閉じるのも嫌がってママをよく困らせていたっけ、
 目をつぶりながらママの名前を何度も呼んでた、
 そこにいるって確かめてたくて。


 ねぇうみ、なんて口ずさんでみる。
 髪を梳かす手が止まる。

 シャワーは絶え間なく流れ続け、
 背中に張り付いた髪の毛や胸元から滴る水流が身体を暖め続けている。

 ううん、なんでもなぁい。

 足を浮かせてふらつかせてみる、
 そこにいるのは年下の恋人だというのも忘れたふりをして。
 そうですか、
 と包み込むような声が注がれて、
 掌に支えられた分だけ髪の束が軽くなるのを感じた。


 海未はここにいる。

 浮き足立つ気持ちがあふれると
 爪先を立てて踵をくるくる回してみたりする。
 バレリーナになったみたい。
 だって海未がここにいてくれる。
 
12: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:47:24.24 ID:He07ytaM0EVE.net
 ヘアクリップで絵里の髪をもう一度まとめ直すと再び白い肌が露わになる。
 羽の付け根にも似た肩胛骨の隆起に沿って
 水滴がいくつか滑り降りて腰の奥へ注がれる。

 掌に広げて重ね合わせ膨らませたボディソープを背中に当て、
 水脈をなぞるように広げてゆく。
 指先に少し吸いつくような、
 カスタードクリームを思わせる柔肌の感触に海未は焦がれていた。

 肌の感じは絵里自身の、
 自分のすべてを受け容れてくれる存り方とも繋がるように思えて、
 泡を広げる指に力がこもる。

 身体の線に沿って何度も往復して、
 背中から腰、腰から背中を通って肩、
 右肩から腕を両手で包むようにして手の先へ、
 自分がいつもそうしてもらうように絵里の指を根本から一本一本流していく。


 甘い熱の籠もった溜息を感じた先を見上げると、
 絵里が蕩けた瞳で眺めていた。
 長い睫毛に見とれてしまえば、その目が甘く細められる。

 向き直ってあくせくと身体を動かし続ける海未の頭を
 絵里は戯れに撫でてみたり、
 溶かされていく皮膚感覚に母音混じりの吐息を小さくこぼしたりする。


 そんな絵里の手や息を感じながら、
 海未は左腕も同じようにいたわると腋から腰に手を伸ばしていく。
 
13: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:48:24.95 ID:He07ytaM0EVE.net
 いったん肩に戻った手、親指に多少の力を込める。
 絵里の肩はだいたい張っていて、
 こうして折を見てほぐすのも自分の仕事だ。

 ああ、もうちょっと、うん、そこ、いい……
 ガムシロップのような熱い声を洩らす絵里に、
 そんな大げさなと顔を赤らめる。


 と、情けない悲鳴が聞こえた。

 力の加減をつい間違えたのか、
 涙の滲んだ目が振り向いて少し睨むポーズもしてみせた。
 けれども元々垂れ気味の目尻では怒った顔もうまく作れない。

 それから加減を極端に弱めてしまう臆病な両手に、
 もっと強くしてと絵里がねだる。

 こちらに全てを許し委ねてくれるその身体を
 海未はときどき脈絡もなく抱きしめてしまいたいと思う。
 満たされた頃、
 海未自身もこわばってしまったのか、
 自分の肩を浮かせたり回すようにしたりして呼吸を整えた。
 
14: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:49:52.22 ID:He07ytaM0EVE.net
 そして前にしゃがみ込んで相対する。

 両眼の澄んだ青、
 薄く開いたままの唇、
 襟足から水滴が滴り鎖骨の小さな湖を濡らしてゆく。
 首筋からこぼれた泡は重く膨らんだ白い両胸を隠すには至らない。

 海未は鎖骨の固い線から手の泡を広げ、羽衣を着せるように全体を洗ってゆく。

 指の沈み込む柔らかな肌と確かな重み、
 唇を求めて親指の腹に当たる尖端、
 肌の白さに透けて見える静脈の細い線を塗りつぶすように指を動かす。

 じんと響く疼きが腰の奥で熱を垂らしそうで、
 海未ったらおっ〇〇そんなに好きなの、
 とわざと茶化した声でごまかそうとする。

 そういうこと言わないでください、
 と海未は目をそらしたまま腰に手を伸ばし、
 努めて何食わぬ趣で左の股から膝に向けて手を動かす。

 無意識に両脚を擦り合わせてしまいつつも
 絵里は空いた胸元と返された重みに物足りない顔を見せていた。
 
15: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:50:52.82 ID:He07ytaM0EVE.net
 少し上向いた足の親指、
 海未が手に取ると絵里も踵ごとそっと浮かせる。
 爪先から土踏まず、踵に擦り込んでいく。

 毎度のことながら、
 海未は絵里の身体を持ち主が恥ずかしくなるほど真剣に磨き上げていく。


 同じ形をしているのに、
 どうしてこの人はこんなにすてきなのだろう。

 手を動かせば動かすほど我欲は遠ざかって、
 ただひたすらこの人に尽くしたい、
 身も心も捧げていきたいと強く望んでしまう。

 海未にとって絵里の身体を洗うことは
 ある種の信仰であり、儀礼的なものですらあった。

 こうして崇高な何かに真心を込めて慕うこと、
 たとえばこの調和しきった身体に跪くことが
 海未の精神を何よりも落ち着かせていった。


 そういう気質は海未の凝り性な性格、
 あるいは由緒正しき生まれにも由来している、
 と絵里は密かに決めつけている。

 だとしてもまっすぐすぎる海未の所作を絵里はまだ受け止めきれず、
 今はただその淡い快感に流されながら、
 その奥で絶えずわずかな居心地の悪さを感じてもいた。


 あなたが心を煩わすくらいなら、
 もっと適当にしてくれたっていいのに。
 従われちゃうよりも、
 同じ場所にいられる方がずっとうれしいのに。
 
16: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:51:53.44 ID:He07ytaM0EVE.net
 一通り洗い終えるとシャワーが再び吹き出し、
 つかの間の羽衣は剥がされてゆく。

 よからぬ思いやはしたない雑念まで排水溝に吸い込まれて、
 ただ温水の当たる感触だけになって、
 心の中まで洗い流されてしまったらしい。

 絵里はどことも知れぬ場所に視線を投げたまま、
 海未の手が動かされるままになっていた。


 えり、と海未が呼ぶ。
 不安げな声。

 光の灯り直した瞳があわてて海未の方を向く、目を合わせる。

 ごめん、今ちょっと意識とんでた。

 言いながら自分の言葉に吹き出しそうで、
 緩んだ空気は海未にも伝わってしまう。
 どっか行っちゃいそうでしたよ、と冗談のようにとがめると、
 だって海未うまいんだもん、寝ちゃいそうだった、と絵里も笑って返した。

 腰掛けていた椅子から絵里が立ち上がる。
 まだその場に立ったままの海未の両肩を押して有無をいわさず座らせる。


 さ、今度は私の番ね。
 海未はなぜか素直な声が出せず、ただうなずいてみせた。
 
17: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:52:54.87 ID:He07ytaM0EVE.net
 クリップ使わないの、と頭のタオルをほどきながら絵里が尋ねる。
 解き放たれた艶やかな黒髪にシャワーを当てながら
 指を通しているだけで小川のせせらぎに触れるような心地がした。
 なんだか傷みそうですから、とその声が返る。

 こまやかに育てられたその髪は
 絵里と比べると重くしなやかで、
 一本一本が筋の通った弱竹のようで、
 持ち主の生真面目な性格とどうしても重ねてしまう。

 でも忙しいと面倒じゃない、と問うたところで、
 慣れてますから、と返される。

 絵里はその髪を流しながら、
 先ほど海未に軽くしてもらった頭にわずかな後ろめたさを覚えていた。

 きっと海未は小さい頃からこの洗い方で、
 大人になっても変わらないのだろう。
 ヘアゴムやクリップを使わせるよりも、
 ひょっとすると遺伝子に傷を付ける方がずっと容易いのかもしれない。

 曇りきって絵里には見えない鏡に恋人の陰だけが映る。
 表情は絵里には分からない。

 だが、もし鏡にこのシャワーを浴びせて洗い流したとしても、
 その頃には時も移ろっていてこの髪を縛るものも見落としてしまうだろう。
 海未はきっとそこに身を尽くすことを、
 波音一つ立てない水鏡のごとき在りようを自ら望んでさえいるはずだ。

 絵里はその髪をふざけてかき乱してしまおうと手を伸ばし、
 けれども手はそこに触れられず、少ししてシャワーの蛇口を閉めた。

 静けさ、生ぬるい水蒸気が行き場もなく残される。
 
18: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:53:55.54 ID:He07ytaM0EVE.net
 新しいシャンプーがあったんだけど、
 と絵里は舶来品の茶色いボトルを取り上げる。
 ラベルには金色のキリル文字で商品名らしき文言と、
 大きく開いた二枚貝の中で水浴びをするヴィーナスの姿が描かれている。

 使ってみますか、と聞かれた絵里はかえって戸惑いを見せる。

 海未からなんて、めずらしい。

 掌に真珠色の液体を広げながらそう尋ねると、
 先週の土曜にはなかったので、
 と海未は返した。
 それに、と小さく付け加える。

 ミントに似た涼しい香りが海未のにおいと混ざり合う。
 トリートメントの方だったら困るじゃないですか。

 絵里はそこで吹き出しながら、
 一ヶ月くらい前の光景を思い出す。
 海未も同じ場面に行き合ったのか、
 別に皮肉のつもりはありませんよ、とあわてて付け足した。

 冷たい香りの泡が膨らんで、指先に髪や肌の感触がなじんでいく。

 よけいに皮肉に聞こえるわよ、と少し強い力を込めてみる。

 顔をしかめたらしい海未と
 遠慮のない自分の手に満足したのか、
 絵里は髪を洗ったまま目の前の背中に少し体重を掛けるようにする。

 押し当てられた熱や感触に海未はうろたえつつも両足で堪えると、
 目に入りますから、
 とシャンプーより冷たい声で抗議した。

 それでも背中の熱は冷える気配もなく、
 絵里はつむじの辺りまで鼻をすり寄せては冷たい香りを楽しんでいた。
 
19: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:55:23.34 ID:He07ytaM0EVE.net
 目を閉じると由無しごとが幻灯のように浮かんでは消える。

 髪の付け根に与えられる一定の刺激や
 毛先を優しく動かす様々な力に身を委ねながら、
 人様に髪や身体を現れるのはいつぶりだったろう、などと考える。

 穂乃果やことりの家に泊まった際に髪を洗い合ったり、
 盆や正月に顔を見せる姉の背中を流したりすることはあっても、
 今のように頭から爪先までこんな風に扱われるのは
 乳飲み子の頃まで遡らなくては滅多にない。

 思えば自分の部屋を与えられたのも小学校に上がる手前であり、
 いつだかその話を聞いた絵里は目を丸くした。
 肉親に甘えるにせよ、
 その頃から節度としての一線が引かれており、
 父母は父母である以上に師としての顔があった。

 今でこそ父の不器用さや母の気苦労などを察する思慮深さも
 年相応に身に付いてはいるが、
 やはり全てを許し合う関係というものにどこか後ろめたさを感じてもいた。

 海未は気を許せば人一倍甘えてしまう、
 己の弱さを臆病すぎる程に認めていた。
 積年の想いはいわばパンドラの箱のようなもので、
 ひとたび開けてしまえば溢れ出た醜い欲望が絵里を押し潰してしまうだろう。

 海未は自分の預かり知らぬ自分自身を恐れていた。
 それゆえ、大切な人に自らを預けて世話までさせることを
 未だ言い訳なしでは甘受できずにいる。

 鼻歌交じりに自分の髪を洗い整えてくれる絵里に
 なかなか胸の内を開き切れない自分を、
 あくまであの人が喜ぶからこの身を捧げているのだという拙い言い訳で押し込め、
 背中に当たる絵里の体温に心を許そうとする。


 絵里は流れるような黒髪を指に通しながら、
 もし私が園田の家に生まれていてもこうも美しく存れただろうか、
 とつまらぬ空想に遊び、
 やがて目の前の少女が抱えるものを思っては自分の小ささに呆れ、
 不甲斐なさに苛まれたりもした。
 
20: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:56:25.80 ID:He07ytaM0EVE.net
 蛇口を思いっきりひねって浴びせる。
 きゅっとつむった目や顔にも湯が当たり、全てが洗い流されてゆく。
 吹き付ける雨嵐のような水流に浸っていれば、
 その時だけは自分の陰を忘れていられる。

 粗雑そうな勢いと裏腹に根本を痛めぬよう丁寧に洗い流す感触に、
 海未は姉の手を思い出してもいた。

 ちょうどその時、ちっちゃい頃はこうやって亜里沙も入れてあげてたのよ、
 と得意げに語るものだから、
 虚を突かれた海未は思わず台詞を跳ね返してしまう。

 子供扱いしないでください。

 口をついて出た言葉はそのまま自らの頭の中で跳ね回る。
 こんな言葉を吐いてしまうくらいには、
 私も、
 まだまだ。

 後ろでくすくすと笑いを隠しきれない様子の絵里に、
 いっそみじめにいじけてしまいたいとすら考える始末だった。
 
21: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:57:26.35 ID:He07ytaM0EVE.net
 湯を止めてシャワーヘッドを壁に掛ける。
 濡れた黒髪がまっさらな背中にまばゆく映えて、
 肩の小ささや腰骨の線や足首なんかも、絵里の目に焼き付いては離れない。

 かわいい、
 なんて言葉でごまかしきれない程の思いが喉の奥でくすぶり始めてしまう。

 肌を滑る雫から毛先から滴る水の一粒、
 彼女を包み込む湯気のベールまでもが甘く輝いて見えた。

 触れたくない、という気持ちと、
 甘いお菓子なら食べてしまいたい、という腰の底の欲望と、
 矛盾した胸の奥に引き裂かれそうで、
 ただ切ない、足りないと感じた。

 ついその細い腰へと腕をくるめてしまう。
 甘く高い嬌声が小さく漏れ出て、すぐ抗議の言葉へと変わった。
 それでも絵里は腕を緩めず、
 それどころか耳元で名前と共に熱い吐息までこぼすほどで、
 海未は変な声をあげてしまった自分に恥じ入り縮こまるばかりでなすがままになり、
 甘ったるい呼び声と共に絵里が唇を触れさせたところで
 ようやく後ろに振り払って突き飛ばすことができた。
 
22: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:58:27.18 ID:He07ytaM0EVE.net
 尻餅をついた絵里のはしたなく開いた脚の先が目に入って、
 とっさに目を向こうにやる。

 浴槽に背中をぶつけた絵里の情けない声に、
 海未ははじめ目を向けないまま謝罪を繰り返していたが、
 やがて絵里の過ちを責め始める。

 だって海未がかわいいんだもん、
 と子供のわがまま声で口をとがらせた絵里に返す言葉も見当たらず、
 魂の抜け落ちるほど長い溜め息でじゃれ合いに終止符を打つ。

 それでも海未は頬を真っ赤に火照らせたままで、
 心臓は高鳴ったまま、
 首筋の血管もどくどくと赤い血を流し続けていたのだが、
 絵里は身の危険を感じてか言葉を慎んでいた。
 
23: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 22:59:27.90 ID:He07ytaM0EVE.net
 変なことしないでくださいね、
 と何分かに一度は繰り返す海未の背中を洗うのに絵里ははじめ苦労する。

 海未の肌はただでさえ絵里に弱い。
 まして今のように過敏になっていれば、
 背筋をなぞるだけでも身震いしてしまったり、
 肩胛骨のくぼみに指を乗せるだけでも肩を震わせたりする程で、
 その気がなくとも警戒しきった海未の身体は絵里の一挙一動に反応してしまう。

 困った子だわ、と絵里は苦笑いを滲ませる。

 本当に困った子ですからね、と海未も冷ややかにこぼす。


 無垢な背中をボディソープの泡で染めながら絵里は、
 ハリネズミのジレンマって知ってる、
 と海未に尋ねる。
 それってヤマアラシらしいですよ、
 と返しながらも、
 ハリネズミは絵里の方がよく似合うなどと考える。

 遠い昔、
 海未が生徒会長の絢瀬絵里と初めて出会った頃の印象を重ねたりする。
 記憶のピースがうまく嵌まらないのは、
 ネズミの方が可愛いじゃない
 なんて暢気な声を降らせる姿を間近に見過ぎたせいだろうか。

 そういう問題じゃないでしょう、と言い返しつつも、
 絵里の柔らかな手がうなじから腕の線を滑っていく感触に
 少しずつほだされ始めていた。
 
24: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:00:55.22 ID:He07ytaM0EVE.net
 ハリネズミってよく慣れた飼い主にはトゲを立てないんですって、
 そういうものなんですか、
 ねぇ私いつかペット飼いたいんだけど、
 今はもっと大事なことがあるでしょう、
 海未はトクベツよ、
 そういう意味じゃありません、

 数分せずとも忘れてしまいそうな会話を続けながら
 絵里の手がたおやかな腕を往復する。

 締まった筋肉の線、
 それでいて女性らしい輪郭、
 指先を一本ずつ、
 結び目を付ける手振りで洗い落とす。

 軽く開いたままの海未の両手、
 手の甲に浮かぶ静脈の青、指の筋、関節に刻まれた線、
 爪の色はほんのり赤く染まっている。

 絵里はひざまずいてその形や重みをたしかに清めてゆく。
 海未は胸元を隠すのも忘れて、
 皮膚の繊細な神経に響く甘い刺激をぼんやりと見つめていた。
 
25: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:01:55.75 ID:He07ytaM0EVE.net
 私、海未の手、好きなの。

 もう何度目になるか分からない言葉、夢見心地の声を聞く。

 どうしてですか、
 だって海未みたいなんだもの、
 理由になってません、
 手は口ほどにものを言うっていうでしょう、
 聞いたことありませんよ、

 話しながら絵里の手はまた腕の付け根へと引き返し、
 言葉を紡ぐたび生々しく動く首筋や肺の振動をその手で感じていた。


 鎖骨が垂らした雫をなぞって膨らみに力を込める、
 鼻息に小さな声が漏れ出す、

 このシャンプーいいわね、
 指先を甘く跳ね返す感触と心臓の鼓動、
 私もこの香り好きです、
 皮膚の境目がぼやけて身体の奥まで触れられるような感覚、
 肋骨の線に沿って指先が滑り込み白い泡を滴らせる、
 おばあさまに海未の分も送ってもらわなくちゃ、
 それはさすがに悪いですよ、
 白い蜜のような溜息に混じった海未のにおい、
 腰骨の形を掌になじませて脚の付け根に指を擦り込んでゆく、
 細すぎる脚の確かな重み、
 こっちも化粧水とか送ってるからお互い様よ、
 絵里のお祖母様も肌が弱いのですか、
 見上げた先で頬から顎へと雫が伝って落ちる、
 ぽたりぽたりと膝の泡に吸われる、
 お互い苦労するのよね、
 そう言うと絵里の手が海未の両頬をつかまえた。


 はい、できました。
 ごほうびにキスをひとつ。
 
26: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:02:56.48 ID:He07ytaM0EVE.net
 暖かいシャワーが肩から背中へと浴びせられ、
 絵里の手によって
 泡のベールが払われてゆく。

 すべてを脱がされて生まれたままの姿に戻されていく、
 自分の殻がこの広くはない空間いっぱいに溶け出して蒸発していくような、
 絵里の手で身体すべてを許されていく心地、
 産まれるよりも昔の記憶、子宮に忘れてきた思い出、
 心の襞はもうほとんど満たされきって
 目を閉じてても染み込む白い光に甘えたくて、

 海未は甘い声で絵里を呼ぶ。


 水音が止まる。
 絵里の目に映る、ほどけた顔色。
 幼子のゆるんだ頬、
 でもその向こうでデジタル時計の光が睨んでいる。

 海未だってそう長くは居られない、
 この子の代わりに気に留めてあげなくちゃ、
 なにもかも忘れさせてあげたいの、
 少なくとも今だけは。
 
27: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:03:57.09 ID:He07ytaM0EVE.net
 絵里が湯船に脚を差し入れ、水音と共に身体を沈めていく。
 すくめた肩が浸るぐらいの水量、
 首まで熱に浸けようと両脚を遠くにやって腰をさらに落とす。
 一人分では湯が少し足りず、くつろぎ切れない体勢を強いられる。

 水の中で絵里の艶めかしい身体を隠す白い靄から、両腕が突き出てすっと伸びた。

 海未ちゃん、おいで。
 見つめる先には海未の瞳、その後ろで光る時刻表示。

 海未はまだ現世の煩いを意識から遠ざけている。
 子供みたいに両腕をぴんと伸ばして自分をねだる、
 母親のように淑やかな微笑を形作る唇、それだけを見つめていられる。

 遊び半分で伸ばした絵里の腕は重力に従って自然と下がってゆく、
 いつまでも持ち上げていれば身体が冷えてしまう。

 失礼します、
 と海未が片脚ずつ水面に沈めていく。
 
28: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:04:57.60 ID:He07ytaM0EVE.net
 絵里よりも静かな水音を立てて、海未の分だけ水嵩が増していく。
 絵里の肩から首へと湯が届き、
 骨の髄まで染み渡ってゆく。

 二人では少し小さい浴槽、伸ばした足の甲に海未の腰が触れる。
 少し脚をひらいて海未の居場所を作ると
 海未がそこに身を落ち着けていく。


 湯気で曖昧になった視界の向こう、絵里がぼやけている。

 遠い、
 触れあっているのに絵里が遠い、
 もっとほしい、もっと近く、あなたがほしい、あなたがいい、

 緩んだ心から滲み出る強い感情は
 その腕には重すぎると普段なら押し込めてしまう海未も
 あと少しで溢れてしまいそうだった、
 水の中で迷い泳がせた海未の手、


 その手を絵里が掴んで引き寄せた。


 ほんの少しの力。
 それでも海未がもたれるには十分で、
 ついに海未は自ら絵里の身体に自分を近づけ重ね合わせた。
 
29: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:06:24.95 ID:He07ytaM0EVE.net
 投げ出されたままの絵里の左脚にまたがるようにして、
 海未は自分を押しつける。
 胸と胸が重なって恋人の形に変えられ、
 絵里の腰骨の硬さを身体の深いところで感じながら、
 その背中に腕を回してしがみつく。

 耳と耳が触れあう、
 少し戻して頬を重ね合わせる、
 絵里はやわらかい、私のすべてをゆるしてくれる、
 あったかい、
 こわい、
 でも、すごくいい。

 名前を呼んでみたりする。
 えり、
 えり、
 その名を口にするだけでわたしは甘くなる、
 Lの音はキスの味、
 舌が歯の手前で跳ねるだけでとろけそうになる、
 そしたら背中を撫でてくれる、うみ、って呼んでくれる。
 
30: (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:07:25.48 ID:He07ytaM0EVE.net
 左肩に乗せられた海未の頭、
 絵里はその重たさを受け止めながら、
 恋人が水に溶けてしまわぬよう背中を支えている。

 時計の冷たい光を視界から外せずに、
 海未が急に会いたいと珍しく自分から言い出したこと、
 浮かない表情、夕食の席で上の空にしてたこと、
 ことりからこっそり知らされた話、頭の中で繋ぎ合わせていく。

 けれども点と点とがある画を描き出したとして、
 それをこの場で持ち出す必要なんてどこにもない。

 この小さな世界は二人だけのもので、今だけは目を休めていてほしい。

 海未の感情がその瞳からこぼれだす音に耳を傾けながら、
 雪解けを過ぎる頃には花開いた幸せで満たされていてほしいと、
 絵里は形のないなにかに向けて祈りを託した。

 祈りは見上げた換気扇の暗がりへ、その先の夜空へと溶け出していく。
 
31: ◆rB0CA7jVXk (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:08:26.16 ID:He07ytaM0EVE.net
 さっきの話、おぼえてるわよね。
 どこか遠くを見ていたらしい恋人が、ふと聞き返した。
 海未は目を閉じたままその人の肩で頷きを返す。

 ハリネズミの方じゃないわよ、
 なんておどけるから自然と笑いが漏れてしまう。


 海未が思い描いたのは夜の砂浜で、
 二人を照らす月影に向かって水際をどこまでも歩んでゆく、
 潮風のにおいとミントの香りを肌で感じながら手を繋いで歩いてゆく、
 そんな光景だった。

 二人の思い描く景色は実は少しずれたまま、
 ちょうど身体の形が違うように、はじめはうまく重なり合わない。

 それでも、
 同じ言葉で違う世界を夢に見ながら、
 いつか二つが身体のように重なって一つになることを信じている。


 百まで浸かったら上がりましょうね、
 なんて母親みたいなことを絵里は言う。
 海未が吹き出すほどゆっくりと、少しでも終わりの刻を遠ざける。
 
32: ◆rB0CA7jVXk (テレビ埼玉)@\(^o^)/ (中止 656c-0rGF) 2015/12/24(木) 23:09:26.72 ID:He07ytaM0EVE.net
 やがて絵里は子守歌になぞらえて数を数え始めた。
 海未も数を数えだす。
 ふたつの声がそこに共鳴していく。

 少しでも遅く、少しでも長く。

 ハーモニーはいつまでも続く。
 次に目覚めた時には世界が変わってしまうほど緩慢な、
 それでも自分たちに見合った緩やかなペースのまま、





 

引用元: http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1450964230/

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